「ホーキングとペンローズが語る 時空の本質」―ブラックホールから量子宇宙論へ
内容紹介:
本書は、1994年にケンブリッジ大学アイザック・ニュートン数理科学研究所で行なわれたスティーヴン・ホーキングとロジャー・ペンローズによる宇宙論歴史的な連続講義の記録である。時空の本質の解明のため、一般相対性理論と量子力学を統一した「量子重力論」の構築をめざし、お互いが3回ずつ交互に講義し、最後に2人が討論するという形式で展開された。宇宙は科学でどこまで解明できるのか―この気の遠くなるような問いに敢然と挑み続ける天才2人が、大域的トポロジー、ツイスター理論など、独創的理論を縦横に駆使しながら、時に互いの見解の相違にまで踏み込んで宇宙の本質に肉迫する、待望の、そして最も新しい宇宙論。
1997年4月1日刊行、189ページ。(原書は1996年1月8日刊行)
著者について:
スティーヴン・W・ホーキング(Stephen W. Hawking)
1942年、イギリスのオックスフォード生まれ。アインシュタイン以来の最も優秀な理論物理学者の一人と言われる。1963年、ケンブリッジ大学の大学院生だった21歳のときに、運動ニューロン疾患を発症し、余命2年と告げられる。しかし、その宣告を覆して優秀な研究者となり、かのアイザック・ニュートンも就任したルーカス教授職を30年にわたり務めた。王立協会フェロー、全米科学アカデミー会員であったほか十数個の名誉学位を持ち、1989年には名誉勲位を授けられた。ケンブリッジ大学理論宇宙論センターに研究責任者として在籍中の2018年3月に死去。著作に『ホーキング、宇宙を語る』『ホーキング、未来を語る』『ホーキング、宇宙と人間を語る』など。
ホーキング博士の著書: 日本語版 英語版
ロジャー・ペンローズ(Roger Penrose)
1931年、イギリス、サセックス州コルチェスター生まれ。数学者、数理物理学者。1964年、S.ホーキングとブラックホールの特異点定理を証明、1972年、王立協会会員に選出、1973年、オックスフォード大学ラウズ・ボール教授職に就任、1994年にはナイトに。宇宙の構造モデルとして量子重力理論とツイスター理論を提唱、ペンローズタイルやペンローズの三角形を考案。1989年に発表した『皇帝の新しい心』で意識の解明に宇宙論や量子力学が深く関わるというアイデアを提出、賛否両論の論争を巻き起こした。
ペンローズ博士の著書: 日本語版 英語版
理数系書籍のレビュー記事は本書で407冊目。
ブラックホールに入ってしまうとなかなか抜け出せない。ちょうどよい機会だとあきらめて、今回もブラックホール、ホーキング博士関連書籍を紹介しよう。NHKBSプレミアムのコズミック フロント☆NEXT 宇宙の"冒険者" ~ホーキング博士ラストメッセージ~を見たばかりだし、今度の木曜夜に再放送される。
本書はホーキング博士と数学者&数理物理学者のペンローズ博士が、1994年にケンブリッジ大学アイザック・ニュートン数理科学研究所で一般市民向けに行なった連続講義を書籍化したものだ。ホーキング博士の著作としては『ホーキング、宇宙を語る』に続く2作目である。これはそのときの様子を写したものだが、両先生ともにお若いことが見て取れる。ペンローズ博士はホーキング博士の博士論文を審査されていたし、11歳年上だ。
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日本語訳をされたのは林一(はやしはじめ)先生。『ホーキング、宇宙を語る』や『ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環』の翻訳者として知られている。
一般向け講義を元としているのだが、本書はホーキング博士、ペンローズ博士のほかの著作と比べると難しめである。内容がその当時先生方が研究されていた最先端の理論を解説していること、そして数学や物理の専門用語や若干の数式を遠慮なく使って解説を行っているからだ。一般向け科学教養書から本格的論文に一歩か二歩踏み出したレベルである。しかし、図版がふんだんに挿入されているので、数式が苦手な読者でも話の筋道を追うことができると思う。
両先生が交互に講義を行った。次の章立てのように進行する。
第1章:古典理論 S・W・ホーキング
第2章:時空特異点の構造 R・ペンローズ
第3章:量子ブラックホール S・W・ホーキング
第4章:量子論と時空 R・ペンローズ
第5章:量子宇宙論 S・W・ホーキング
第6章:ツイスターで見る時空 R・ペンローズ
第7章:討論 S・W・ホーキング、R・ペンローズ
以下は各章の概要だ。
第1章:古典理論 S・W・ホーキング
宇宙論、大域的な時空の構造に関する解説である。ビッグバンから始まる宇宙がどのように終わりを迎えるか。重力が時空の始まり、そしておそらく終わりも引き起こすという予想のもとに、ミンコフスキー時空を使った解説が展開される。その過程で時空の特異点の存在が導かれること(特異点定理)、ブラックホールの特異点と比類されることが提唱される。1965年から1970年にかけてペンローズ博士とホーキング博士が証明した特異点定理は、エネルギー条件の違いによって3つあることが紹介される。さらにこの章では「宇宙検閲官仮説」、「ブラックホールの熱力学(第0法則、第1法則、第2法則)」が解説される。
第2章:時空特異点の構造 R・ペンローズ
時空特異点の構造に関して、宇宙検閲官仮説を時空の過去と未来が取りうる因果関係をいくつかのクラスに分けて解説を行う。その過程で裸の特異点を導入する議論もなされる。さらに熱力学の第2法則、COBEによる宇宙マイクロ波背景放射の一様性、ブラックホールの存在、ワイル・テンソルを導入した宇宙モデルを提唱する。
第3章:量子ブラックホール S・W・ホーキング
一般相対性理論だけを前提としたブラックホールの古典理論が、量子力学の不確定性によりどのような影響を受けるかが解説される。ホーキング博士が提唱した「ノーヘア定理(ブラックホールには毛がない)」はヤン-ミルズ場については証明されていない。この定理が証明したのは物体が崩壊してブラックホールを作るときは、大量の情報が失われるということだ。量子論を導入することで「ホーキング放射」が発見されたのと同時に「情報喪失パラドックス」が生じる。この章ではブラックホールの熱放射(ホーキング放射)の数式を紹介し、さらに「虚時間」を導入することで、ローレンツ時空の特異点がユークリッド的な時空となり、シュヴァルツシルト・ブラックホールをユークリッド化した「ユークリッド・シュヴァルツシルト計量」では特異点を解消できることが示されている。また虚時間の導入による時空のユークリッド化がブラックホールのエネルギーや熱力学、熱放射の理論と整合していることが解説される。(注意:情報喪失パラドックスは2004年にホーキング博士がキップ・ソーン博士との賭けで負けを認めたことにより、情報喪失は起きないことが知られている。本書は1994年時点での理論だ。)
第4章:量子論と時空 R・ペンローズ
時空に量子論を適用するのがこの章のテーマ。一般相対性理論では特異点の問題、場の量子論では(重力の)無限大発散の問題、量子論では観測問題があることを紹介して解説を進める。ブラックホールの情報喪失に関してはペンローズ博士も賛成しているが、ホーキング博士が考えるように量子論の不確定性に対してつけ加えられた、物理学における新たな不確定性だと見なしているのに対し、ペンローズ博士は「相補的な」不確定性だとお考えになっている。そして時空のカーター・ダイヤグラムを構成することで情報の喪失、ホーキング放射がどのように起こるかを紹介する。その後、この議論は量子力学の位相空間上での解説、ヒルベルト空間上での量子的時間発展(ユニタリ的発展)の解説、観測問題、状態の重ね合わせ(シュレーディンガーの猫)の話へと発展する。(感想:ちょっと理解に苦しむ章だった。)
第5章:量子宇宙論 S・W・ホーキング
この章がいちばん読み応えがあった。「宇宙論はこれまで疑似科学とされ、若いころには有益な研究をしたかもしれないが、耄碌(もうろく)して神秘家になった物理学者の領分と考えられてきました。」と笑いをとる前置きをされている。この章で繰り広げられる量子宇宙論で中心的な役割を果たすのは「ファインマンの経路積分」である。この手法では時間を虚時間に移す「ウィック回転」が使われる。ローレンツ時空のユークリッド化である。そして自然な選択として「計量は漸近的にユークリッド的」、「計量は境界がなくコンパクト」であるという条件をつける。そのような前提のもとにハートル博士とホーキング博士が提唱した「無境界仮説」が解説され、COBEが観測した宇宙マイクロ波背景放射の結果と矛盾しないことが主張される。その他「ホイーラー・デウィットの方程式」、「ローレンツ・ド・ジッター計量」が紹介され、この条件の時空での温度やエントロピー、事象の地平線の面積が求められ、ビッグバン・モデルとの整合性、と矛盾が検証される。さらにインフレーションとCOBEによる宇宙マイクロ波背景放射の観測結果をもとに、重力波摂動、エネルギー密度摂動、初期宇宙の固有の重力温度の見積もり、インフレーション期がユークリッド的(虚時間)としたときの理論との整合性、CPT不変性、ワイル・テンソル仮説の問題点が議論される。
第6章:ツイスターで見る時空 R・ペンローズ
ペンローズ博士が提唱している「ツイスター理論」、ツイスター時空の解説である。第5章のホーキング博士の講義に対して意見を付け加えることから始まった。はっきり言ってこの章はよく理解できなかった。他の本をお読みになったほうがよいだろう。専門書だと「ツイスターの世界―時空・ツイスター空間・可積分系」、科学教養書だと「ペンローズのねじれた四次元〈増補新版〉 時空はいかにして生まれたのか」(Kindle版)あたりになるのだろうか。
第7章:討論 S・W・ホーキング、R・ペンローズ
第6章までの講義を踏まえ、まずホーキング博士が「ロジャーと私の違いがはっきり現れました。彼はプラトン主義者で、私は実証主義者です。」とペンローズ博士との相違点に関して話し始めた。ペンローズ博士がシュレーディンガーの猫の議論にこだわるのに対し、量子重力論ではその議論は不要だと主張する。その結果、マイクロ波背景放射のゆらぎがたとえ非常に正確に観測できたとしても、それは古典統計的な分布をもつように見えるだろう、異なったモードのゆらぎの間に、干渉あるいは相関のような量子状態の性質が検出されることはなくなる。全宇宙について語っているときにシュレーディンガーの猫は不要という主張である。またホーキング博士がユークリッド的方法(虚時間)を使っていることにペンローズ博士が疑問を発していることに関しても7ページに渡って反論と解説を行う。
次にペンローズ博士が反論と解説を行う。シュレーディンガーの猫の問題になぜこだわるのか、ホーキング博士が用いているウィック回転(虚時間、ユークリッド的方法)が通常の場の量子論におけるウィック回転と異なるレベルのものであるという説明だ。またブラックホールの情報喪失に関しては意見が一致しているものの、ブラックホールにおける位相空間の消失に関しては意見が異なっていることを解説している。
さらにホーキング博士が、「ロジャーはシュレーディンガーのかわいそうな猫について心配しています。このような思考実験は今日では政治的に正しくないでしょう。」と前置きして反論、解説を行なった後、量子重力理論、ブラックホールとホワイトホールについて解説をする。
そしてペンローズ博士がシュレーディンガーの猫の問題に関し、さらに補足説明をし、ホーキング博士のブラックホールとホワイトホールの説明に異を唱えた。ホーキング博士がペンローズ博士のことをプラトン主義者だと言ったことに対し、自分は実在主義者だとおっしゃった。そしてボーアとアインシュタインの有名な討論になぞらえれば、ホーキング博士はボーアの役割を、ペンローズ博士はアインシュタインの役割を演じているそうだ。
その後、会場の聴講者に対する質疑応答がなされ、5つの質問に対する先生方の回答が本書に書かれている。
本書の雰囲気を知っていただくために、2か所だけサンプルページを載せておこう。
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ホーキング博士の発想は宇宙全体の話、とてつもないスケールでの話が多いので科学教養書を読んでも、にわかに信じられないことがある。本書のように理路整然と論文に近い形で具体的に説明を読むことで、素人物理学ファンの僕でも納得した気分になってくる。本書はそのような教養書と専門書をつなぐ位置付けの本だ。
翻訳の元になった原書はこちら。ハードカバー、ペーパーバック、Kindle版があるがそれぞれ表紙が違う。これは1996年に刊行されたハードカバー版の表紙だ。
「The Nature of Space and Time」(ハードカバー)(ペーパーバック)(Kindle版)
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(再放送)コズミック フロント☆NEXTはホーキング博士
たまたまであるが、今週再放送されるコズミック フロント☆NEXTはホーキング博士の特集だ。
コズミック フロント☆NEXT 宇宙の"冒険者" ~ホーキング博士ラストメッセージ~
NHKBSプレミアム 4月18日(木)午後10時00分~午後11時00分(再放送は4月24日(水)午後11時45分~)
番組ホームページ:
https://www4.nhk.or.jp/cosmic/x/2019-04-18/10/12340/2120246/
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内容: 2018年、76才で亡くなった宇宙物理学者スティーブン・ホーキング博士。宇宙の始まり、ブラックホール蒸発、タイムトラベル…。常識外れの理論を次々と打ち出し究極の謎に挑んできた。NHKは、晩年の博士を密着取材。難病ALSを患いながら、なぜ危険も顧みずに世界中を旅したのか?なぜ最後の著書で、環境問題やAIの脅威など「人類の未来」に警告を発したのか?友人たちの証言をまじえ、人間・ホーキングの素顔に迫る。
関連ページ:
ホーキング vs. ペンローズ 時空の本質―ブラックホールから量子宇宙論へ
(日経サイエンス、1996年)
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/9609/hawk-pen.html
関連記事:
ホーキング、宇宙を語る:スティーヴン・W. ホーキング
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1e3dbc9b3d10d4a9b6518b6b32429e22
ホーキング、ブラックホールを語る:BBCリース講義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6fb5c3578db1c26382c831983fd44e04
ビッグ・クエスチョン―〈人類の難問〉に答えよう:スティーヴン・ホーキング
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f45aa5bd48c74a64ca3aafaa0083b8a8
ブラックホールと時空の歪み: キップ・S. ソーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/76795b03e7dc89cd08dac67dc25b73ab
ブラックホール戦争:レオナルド・サスキンド
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c8ad22de70df7be8e51a066ca8354106
ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論:小林晋平
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f4401f2ce79451070b7b9c089f304315
ホーキング博士の訃報に接し (Stephen Hawking passed away)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/63860b8ac08b47f1fc9c5cbac3f9ca8f
史上初!ブラックホールを撮影し、その存在を証明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a3bdd0676cf497a9731a729d3a0da5a4
巨大ブラックホールの謎 宇宙最大の「時空の穴」に迫る: 本間希樹
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c847e0b9662e20720b9e6acf5cd4f370
ゼロからわかるブラックホール: 大須賀健
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d3f08c2ddb0f6168b502dac4a70f3a7e
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「ホーキングとペンローズが語る 時空の本質」―ブラックホールから量子宇宙論へ
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まえがき
謝辞
第1章:古典理論 S・W・ホーキング
第2章:時空特異点の構造 R・ペンローズ
第3章:量子ブラックホール S・W・ホーキング
第4章:量子論と時空 R・ペンローズ
第5章:量子宇宙論 S・W・ホーキング
第6章:ツイスターで見る時空 R・ペンローズ
第7章:討論 S・W・ホーキング、R・ペンローズ
訳者あとがき
出典一覧
内容紹介:
本書は、1994年にケンブリッジ大学アイザック・ニュートン数理科学研究所で行なわれたスティーヴン・ホーキングとロジャー・ペンローズによる宇宙論歴史的な連続講義の記録である。時空の本質の解明のため、一般相対性理論と量子力学を統一した「量子重力論」の構築をめざし、お互いが3回ずつ交互に講義し、最後に2人が討論するという形式で展開された。宇宙は科学でどこまで解明できるのか―この気の遠くなるような問いに敢然と挑み続ける天才2人が、大域的トポロジー、ツイスター理論など、独創的理論を縦横に駆使しながら、時に互いの見解の相違にまで踏み込んで宇宙の本質に肉迫する、待望の、そして最も新しい宇宙論。
1997年4月1日刊行、189ページ。(原書は1996年1月8日刊行)
著者について:
スティーヴン・W・ホーキング(Stephen W. Hawking)
1942年、イギリスのオックスフォード生まれ。アインシュタイン以来の最も優秀な理論物理学者の一人と言われる。1963年、ケンブリッジ大学の大学院生だった21歳のときに、運動ニューロン疾患を発症し、余命2年と告げられる。しかし、その宣告を覆して優秀な研究者となり、かのアイザック・ニュートンも就任したルーカス教授職を30年にわたり務めた。王立協会フェロー、全米科学アカデミー会員であったほか十数個の名誉学位を持ち、1989年には名誉勲位を授けられた。ケンブリッジ大学理論宇宙論センターに研究責任者として在籍中の2018年3月に死去。著作に『ホーキング、宇宙を語る』『ホーキング、未来を語る』『ホーキング、宇宙と人間を語る』など。
ホーキング博士の著書: 日本語版 英語版
ロジャー・ペンローズ(Roger Penrose)
1931年、イギリス、サセックス州コルチェスター生まれ。数学者、数理物理学者。1964年、S.ホーキングとブラックホールの特異点定理を証明、1972年、王立協会会員に選出、1973年、オックスフォード大学ラウズ・ボール教授職に就任、1994年にはナイトに。宇宙の構造モデルとして量子重力理論とツイスター理論を提唱、ペンローズタイルやペンローズの三角形を考案。1989年に発表した『皇帝の新しい心』で意識の解明に宇宙論や量子力学が深く関わるというアイデアを提出、賛否両論の論争を巻き起こした。
ペンローズ博士の著書: 日本語版 英語版
理数系書籍のレビュー記事は本書で407冊目。
ブラックホールに入ってしまうとなかなか抜け出せない。ちょうどよい機会だとあきらめて、今回もブラックホール、ホーキング博士関連書籍を紹介しよう。NHKBSプレミアムのコズミック フロント☆NEXT 宇宙の"冒険者" ~ホーキング博士ラストメッセージ~を見たばかりだし、今度の木曜夜に再放送される。
本書はホーキング博士と数学者&数理物理学者のペンローズ博士が、1994年にケンブリッジ大学アイザック・ニュートン数理科学研究所で一般市民向けに行なった連続講義を書籍化したものだ。ホーキング博士の著作としては『ホーキング、宇宙を語る』に続く2作目である。これはそのときの様子を写したものだが、両先生ともにお若いことが見て取れる。ペンローズ博士はホーキング博士の博士論文を審査されていたし、11歳年上だ。
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一般向け講義を元としているのだが、本書はホーキング博士、ペンローズ博士のほかの著作と比べると難しめである。内容がその当時先生方が研究されていた最先端の理論を解説していること、そして数学や物理の専門用語や若干の数式を遠慮なく使って解説を行っているからだ。一般向け科学教養書から本格的論文に一歩か二歩踏み出したレベルである。しかし、図版がふんだんに挿入されているので、数式が苦手な読者でも話の筋道を追うことができると思う。
両先生が交互に講義を行った。次の章立てのように進行する。
第1章:古典理論 S・W・ホーキング
第2章:時空特異点の構造 R・ペンローズ
第3章:量子ブラックホール S・W・ホーキング
第4章:量子論と時空 R・ペンローズ
第5章:量子宇宙論 S・W・ホーキング
第6章:ツイスターで見る時空 R・ペンローズ
第7章:討論 S・W・ホーキング、R・ペンローズ
以下は各章の概要だ。
第1章:古典理論 S・W・ホーキング
宇宙論、大域的な時空の構造に関する解説である。ビッグバンから始まる宇宙がどのように終わりを迎えるか。重力が時空の始まり、そしておそらく終わりも引き起こすという予想のもとに、ミンコフスキー時空を使った解説が展開される。その過程で時空の特異点の存在が導かれること(特異点定理)、ブラックホールの特異点と比類されることが提唱される。1965年から1970年にかけてペンローズ博士とホーキング博士が証明した特異点定理は、エネルギー条件の違いによって3つあることが紹介される。さらにこの章では「宇宙検閲官仮説」、「ブラックホールの熱力学(第0法則、第1法則、第2法則)」が解説される。
第2章:時空特異点の構造 R・ペンローズ
時空特異点の構造に関して、宇宙検閲官仮説を時空の過去と未来が取りうる因果関係をいくつかのクラスに分けて解説を行う。その過程で裸の特異点を導入する議論もなされる。さらに熱力学の第2法則、COBEによる宇宙マイクロ波背景放射の一様性、ブラックホールの存在、ワイル・テンソルを導入した宇宙モデルを提唱する。
第3章:量子ブラックホール S・W・ホーキング
一般相対性理論だけを前提としたブラックホールの古典理論が、量子力学の不確定性によりどのような影響を受けるかが解説される。ホーキング博士が提唱した「ノーヘア定理(ブラックホールには毛がない)」はヤン-ミルズ場については証明されていない。この定理が証明したのは物体が崩壊してブラックホールを作るときは、大量の情報が失われるということだ。量子論を導入することで「ホーキング放射」が発見されたのと同時に「情報喪失パラドックス」が生じる。この章ではブラックホールの熱放射(ホーキング放射)の数式を紹介し、さらに「虚時間」を導入することで、ローレンツ時空の特異点がユークリッド的な時空となり、シュヴァルツシルト・ブラックホールをユークリッド化した「ユークリッド・シュヴァルツシルト計量」では特異点を解消できることが示されている。また虚時間の導入による時空のユークリッド化がブラックホールのエネルギーや熱力学、熱放射の理論と整合していることが解説される。(注意:情報喪失パラドックスは2004年にホーキング博士がキップ・ソーン博士との賭けで負けを認めたことにより、情報喪失は起きないことが知られている。本書は1994年時点での理論だ。)
第4章:量子論と時空 R・ペンローズ
時空に量子論を適用するのがこの章のテーマ。一般相対性理論では特異点の問題、場の量子論では(重力の)無限大発散の問題、量子論では観測問題があることを紹介して解説を進める。ブラックホールの情報喪失に関してはペンローズ博士も賛成しているが、ホーキング博士が考えるように量子論の不確定性に対してつけ加えられた、物理学における新たな不確定性だと見なしているのに対し、ペンローズ博士は「相補的な」不確定性だとお考えになっている。そして時空のカーター・ダイヤグラムを構成することで情報の喪失、ホーキング放射がどのように起こるかを紹介する。その後、この議論は量子力学の位相空間上での解説、ヒルベルト空間上での量子的時間発展(ユニタリ的発展)の解説、観測問題、状態の重ね合わせ(シュレーディンガーの猫)の話へと発展する。(感想:ちょっと理解に苦しむ章だった。)
第5章:量子宇宙論 S・W・ホーキング
この章がいちばん読み応えがあった。「宇宙論はこれまで疑似科学とされ、若いころには有益な研究をしたかもしれないが、耄碌(もうろく)して神秘家になった物理学者の領分と考えられてきました。」と笑いをとる前置きをされている。この章で繰り広げられる量子宇宙論で中心的な役割を果たすのは「ファインマンの経路積分」である。この手法では時間を虚時間に移す「ウィック回転」が使われる。ローレンツ時空のユークリッド化である。そして自然な選択として「計量は漸近的にユークリッド的」、「計量は境界がなくコンパクト」であるという条件をつける。そのような前提のもとにハートル博士とホーキング博士が提唱した「無境界仮説」が解説され、COBEが観測した宇宙マイクロ波背景放射の結果と矛盾しないことが主張される。その他「ホイーラー・デウィットの方程式」、「ローレンツ・ド・ジッター計量」が紹介され、この条件の時空での温度やエントロピー、事象の地平線の面積が求められ、ビッグバン・モデルとの整合性、と矛盾が検証される。さらにインフレーションとCOBEによる宇宙マイクロ波背景放射の観測結果をもとに、重力波摂動、エネルギー密度摂動、初期宇宙の固有の重力温度の見積もり、インフレーション期がユークリッド的(虚時間)としたときの理論との整合性、CPT不変性、ワイル・テンソル仮説の問題点が議論される。
第6章:ツイスターで見る時空 R・ペンローズ
ペンローズ博士が提唱している「ツイスター理論」、ツイスター時空の解説である。第5章のホーキング博士の講義に対して意見を付け加えることから始まった。はっきり言ってこの章はよく理解できなかった。他の本をお読みになったほうがよいだろう。専門書だと「ツイスターの世界―時空・ツイスター空間・可積分系」、科学教養書だと「ペンローズのねじれた四次元〈増補新版〉 時空はいかにして生まれたのか」(Kindle版)あたりになるのだろうか。
第7章:討論 S・W・ホーキング、R・ペンローズ
第6章までの講義を踏まえ、まずホーキング博士が「ロジャーと私の違いがはっきり現れました。彼はプラトン主義者で、私は実証主義者です。」とペンローズ博士との相違点に関して話し始めた。ペンローズ博士がシュレーディンガーの猫の議論にこだわるのに対し、量子重力論ではその議論は不要だと主張する。その結果、マイクロ波背景放射のゆらぎがたとえ非常に正確に観測できたとしても、それは古典統計的な分布をもつように見えるだろう、異なったモードのゆらぎの間に、干渉あるいは相関のような量子状態の性質が検出されることはなくなる。全宇宙について語っているときにシュレーディンガーの猫は不要という主張である。またホーキング博士がユークリッド的方法(虚時間)を使っていることにペンローズ博士が疑問を発していることに関しても7ページに渡って反論と解説を行う。
次にペンローズ博士が反論と解説を行う。シュレーディンガーの猫の問題になぜこだわるのか、ホーキング博士が用いているウィック回転(虚時間、ユークリッド的方法)が通常の場の量子論におけるウィック回転と異なるレベルのものであるという説明だ。またブラックホールの情報喪失に関しては意見が一致しているものの、ブラックホールにおける位相空間の消失に関しては意見が異なっていることを解説している。
さらにホーキング博士が、「ロジャーはシュレーディンガーのかわいそうな猫について心配しています。このような思考実験は今日では政治的に正しくないでしょう。」と前置きして反論、解説を行なった後、量子重力理論、ブラックホールとホワイトホールについて解説をする。
そしてペンローズ博士がシュレーディンガーの猫の問題に関し、さらに補足説明をし、ホーキング博士のブラックホールとホワイトホールの説明に異を唱えた。ホーキング博士がペンローズ博士のことをプラトン主義者だと言ったことに対し、自分は実在主義者だとおっしゃった。そしてボーアとアインシュタインの有名な討論になぞらえれば、ホーキング博士はボーアの役割を、ペンローズ博士はアインシュタインの役割を演じているそうだ。
その後、会場の聴講者に対する質疑応答がなされ、5つの質問に対する先生方の回答が本書に書かれている。
本書の雰囲気を知っていただくために、2か所だけサンプルページを載せておこう。
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ホーキング博士の発想は宇宙全体の話、とてつもないスケールでの話が多いので科学教養書を読んでも、にわかに信じられないことがある。本書のように理路整然と論文に近い形で具体的に説明を読むことで、素人物理学ファンの僕でも納得した気分になってくる。本書はそのような教養書と専門書をつなぐ位置付けの本だ。
翻訳の元になった原書はこちら。ハードカバー、ペーパーバック、Kindle版があるがそれぞれ表紙が違う。これは1996年に刊行されたハードカバー版の表紙だ。
「The Nature of Space and Time」(ハードカバー)(ペーパーバック)(Kindle版)
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(再放送)コズミック フロント☆NEXTはホーキング博士
たまたまであるが、今週再放送されるコズミック フロント☆NEXTはホーキング博士の特集だ。
コズミック フロント☆NEXT 宇宙の"冒険者" ~ホーキング博士ラストメッセージ~
NHKBSプレミアム 4月18日(木)午後10時00分~午後11時00分(再放送は4月24日(水)午後11時45分~)
番組ホームページ:
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内容: 2018年、76才で亡くなった宇宙物理学者スティーブン・ホーキング博士。宇宙の始まり、ブラックホール蒸発、タイムトラベル…。常識外れの理論を次々と打ち出し究極の謎に挑んできた。NHKは、晩年の博士を密着取材。難病ALSを患いながら、なぜ危険も顧みずに世界中を旅したのか?なぜ最後の著書で、環境問題やAIの脅威など「人類の未来」に警告を発したのか?友人たちの証言をまじえ、人間・ホーキングの素顔に迫る。
関連ページ:
ホーキング vs. ペンローズ 時空の本質―ブラックホールから量子宇宙論へ
(日経サイエンス、1996年)
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/9609/hawk-pen.html
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ホーキング、宇宙を語る:スティーヴン・W. ホーキング
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ホーキング、ブラックホールを語る:BBCリース講義
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ホーキング博士の訃報に接し (Stephen Hawking passed away)
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ゼロからわかるブラックホール: 大須賀健
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「ホーキングとペンローズが語る 時空の本質」―ブラックホールから量子宇宙論へ
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まえがき
謝辞
第1章:古典理論 S・W・ホーキング
第2章:時空特異点の構造 R・ペンローズ
第3章:量子ブラックホール S・W・ホーキング
第4章:量子論と時空 R・ペンローズ
第5章:量子宇宙論 S・W・ホーキング
第6章:ツイスターで見る時空 R・ペンローズ
第7章:討論 S・W・ホーキング、R・ペンローズ
訳者あとがき
出典一覧