「テンソル解析:田代嘉宏」(Kindle版)
内容紹介:
初歩的な教科書から一歩踏み出して、専門書を読むと、テンソル量で表される物理量が随所に現れ、ベクトル解析についての知識の類推だけでは理解することができない。
本書では、理工系の読者が応用上必要とする3次元ユークリッド空間に限り、ベクトルについての復習的な解説を加えながら、テンソルの代数と解析を述べている。
1981年2月5日刊行、250ページ。
著者について:
田代嘉宏(たしろ よしひろ):研究者情報:https://nrid.nii.ac.jp/ja/nrid/1000090032995/
1926年生まれ。長野県出身。旧制松本高等学校、東京大学理学部数学科卒業、岡山大学助手、同助教授、同教授、同教養部長(併任)、広島大学教授、広島工業大学教授を経て岡山大学および広島大学名誉教授。理学博士。主な著書『社会科学者のための基礎数学』、『線形数学』、『ラプラス変換とフーリエ解析要論』、『理工系の微分積分学』、『応用解析学』、『確立と統計要論』、『数学ハンドブック応用編』、『古典幾何学』、『Conformal Transformations in Complete Riemannian manifolds』。
田代先生の著書: Amazonで検索
理数系書籍のレビュー記事は本書で399冊目。
先日紹介した「線型代数学(新装版):佐武一郎」の最終章でテンソル代数が書かれていたのでテンソルのことが気になりだした。代数理論としてのテンソルは本来この本に書かれているように一般化した形で導入するのがよいのはわかる。しかし、これでは物理や工学系の学生に理解してもらえるはずがない。もっとやさしく書かれた本があったよなと10年ほど前に買っていた「テンソル解析:田代嘉宏」(Kindle版)があったことを思い出した。
新学期を目前に控え、大学ではどのような数学を学ぶのだろう?と期待したり、不安に思っている人がいるかもしれない。大学数学には高校までの数学にはない概念がきっとあるに違いない。「テンソル」や「群・環・体」などは入学前の学生には目新しい概念なのだろう。(とはいえ今の高校数学では「行列」も教えられないのだが、ひとまず忘れることにする。)
理工系の学生が教養課程で学ぶ数学で大切なのは「線形代数」と「微積分」には違いない。この2つは大学から学ぶ「代数学」、「解析学」、「幾何学」という3つの柱のうち「代数学」、「解析学」の基礎的な内容だ。入学してからみっちり勉強することになるから、それぞれお勧めの教科書や演習書で学ぶとよい。
とりあえず目新しいことを先取りしたい学生のために、大学入学前でも読めそうな本を紹介するのが今回の記事である。(とは言っても今回の本は線形代数を前もって学んでおくことが前提になる。未習の方は「高校数学でわかる線形代数:竹内淳」や「改訂版 行列とベクトルのはなし: 大村平」をお読みになるとよい。)
大学の数学では高校までに学んだ概念や方法を拡張したり、一般化することが行われる。実数から複素数への拡張もその一例だ。(旧課程の)高校数学で教えられていた行列は実数を縦横に並べた2次元だったが、大学では3次元、4次元....n次元になり、行列の要素を複素数や複素数関数として扱うようになる。ベクトルについても同じで多次元化、複素数化が行われる。
ベクトルや行列についてはこのような一般化のほかに、この図のように2次元の行列を奥行方向に重ねた数字の組み合わせも考えることができる。
この例は奥行方向に3枚重ねた「3階の」立体行列になっていて、各要素は3つの添え字で指定することができる。これがテンソルの一例だ。図示はできないけれど4階、5階...n階のテンソルまで考えることができる。このように考えればベクトルや行列もテンソルだと言うことができる。
これが視覚的なイメージで理解できる第一歩だ。数学的にはこのような導入方法は邪道なのかもしれないが、最初の一歩としての理解ならば、このようなイメージも許されると思う。そしてこのようにして拡張して得られた数学的対象に、代数的な計算規則が成り立っていることが重要である。(テンソルは広く「代数系」というくくりで学ぶことができる。)
本書の章立ては次のとおり。
第1章:テンソル代数
第2章:直交テンソル解析
第3章:テンソル解析の応用
第4章:一般のテンソル代数
第5章:一般のテンソル解析
本書はベクトルや行列の単なる拡張としてのテンソルから始まり、章を追うごとにより一般的な意味でのテンソルへと進む。高校数学では矢印や座標軸として視覚的イメージをもっていたベクトルが、線形代数学で一般的なベクトル空間が導入されたのと同じようなスタイルだ。第1章と第2章では、行列やベクトルの拡張としてのテンソル、第3章では物理学でテンソルが使われるのを流体力学、弾性論(応力テンソル)、電磁気学、等方テンソルを例に取り上げて解説する。ここまでのテンソルは直交テンソルで、前提としているのは3次元の直交座標の空間上での話だ。「ベクトル解析」として学ぶことがらとだいぶ重なる。
第4章と第5章では斜交座標をベースに理論が展開する。反変ベクトル、共変ベクトル、反変テンソル、共変テンソル、混合テンソル、アインシュタインの縮約、計量テンソル、曲線座標、共変微分、曲率テンソルなどだ。これらは一般相対性理論を学ぶために必須の数学である。しかし、本書で取り扱うのは3次元空間までなので、4次元時空の理論は対象外。微分幾何学やリーマン幾何学の入口あたりまで学んでおしまいである。曲がった空間の測地線の方程式も対象外。
一般相対性理論を目指してテンソルを学びたいのであれば「一般相対性理論に挑戦しよう!」でガイドした順番に従うか「一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全」をお読みになるのが近道だと思う。
本書はあくまで3次元空間をベースにした、物理系、工学系寄りの数学書だ。少々物足りないところもあると感じたが、テンソルだけを取り上げてまとめた教科書が少ないこと、読みやすい本であることを考えればユニークな本であり、お勧めできる1冊だと思う。少なくとも「テンソルって何?」という疑問に答えるには十分である。
言い忘れたが線形代数が機械学習のプログラミングの基礎として必須であるのはもちろん、テンソルもこの分野では使うことがある。
なお、本書が収められている裳華房の「基礎数学選書」は続々とKindle化されている。「裳華房の基礎数学選書がKindle化され始めた件」という記事にまとめておいたので確認してほしい。
関連記事:
大学で学ぶ数学とは(概要編)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/07137c47d16d95ddde8f5c4cb6f37d55
線形代数学入門のための教科書談義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9d2ac30c9f5f620ad703304d710ed90b
一般相対性理論に挑戦しよう!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea7ad9292ce01ad4abbbc8c98f3303d0
発売情報:一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1699a1c22477c269c68c02091d0ca049
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「テンソル解析:田代嘉宏」(Kindle版)
まえがき
第1章:テンソル代数
1.1 ベクトル
1.2 テンソルの定義
1.3 テンソルの和,積
1.4 対称・交代テンソル
1.5 直交基底の変換とテンソルの成分
1.6 成分によるテンソルの構成
1.7 軸性テンソル
1.8 相反系
1.9 ダイアディクについて
第2章:直交テンソル解析
2.1 テンソル関数
2.2 曲線と質点の運動
2.3 2変数のテンソル関数と曲面
2.4 テンソル場
2.5 線積分
2.6 積分公式
第3章:テンソル解析の応用
3.1 流体力学
3.2 弾性論
3.3 電磁気学
3.4 等方テンソル
第4章:一般のテンソル代数
4.1 反変ベクトル,共変ベクトル
4.2 テンソル
4.3 テンソルの和,積
4.4 成分によるテンソルの構成
4.5 基本計量テンソル
4.6 テンソル密度
第5章:一般のテンソル解析
5.1 曲線座標
5.2 自然基底
5.3 クリストッフェルの記号
5.4 共変微分
5.5 直交曲線座標系
5.6 曲率テンソル
索引
内容紹介:
初歩的な教科書から一歩踏み出して、専門書を読むと、テンソル量で表される物理量が随所に現れ、ベクトル解析についての知識の類推だけでは理解することができない。
本書では、理工系の読者が応用上必要とする3次元ユークリッド空間に限り、ベクトルについての復習的な解説を加えながら、テンソルの代数と解析を述べている。
1981年2月5日刊行、250ページ。
著者について:
田代嘉宏(たしろ よしひろ):研究者情報:https://nrid.nii.ac.jp/ja/nrid/1000090032995/
1926年生まれ。長野県出身。旧制松本高等学校、東京大学理学部数学科卒業、岡山大学助手、同助教授、同教授、同教養部長(併任)、広島大学教授、広島工業大学教授を経て岡山大学および広島大学名誉教授。理学博士。主な著書『社会科学者のための基礎数学』、『線形数学』、『ラプラス変換とフーリエ解析要論』、『理工系の微分積分学』、『応用解析学』、『確立と統計要論』、『数学ハンドブック応用編』、『古典幾何学』、『Conformal Transformations in Complete Riemannian manifolds』。
田代先生の著書: Amazonで検索
理数系書籍のレビュー記事は本書で399冊目。
先日紹介した「線型代数学(新装版):佐武一郎」の最終章でテンソル代数が書かれていたのでテンソルのことが気になりだした。代数理論としてのテンソルは本来この本に書かれているように一般化した形で導入するのがよいのはわかる。しかし、これでは物理や工学系の学生に理解してもらえるはずがない。もっとやさしく書かれた本があったよなと10年ほど前に買っていた「テンソル解析:田代嘉宏」(Kindle版)があったことを思い出した。
新学期を目前に控え、大学ではどのような数学を学ぶのだろう?と期待したり、不安に思っている人がいるかもしれない。大学数学には高校までの数学にはない概念がきっとあるに違いない。「テンソル」や「群・環・体」などは入学前の学生には目新しい概念なのだろう。(とはいえ今の高校数学では「行列」も教えられないのだが、ひとまず忘れることにする。)
理工系の学生が教養課程で学ぶ数学で大切なのは「線形代数」と「微積分」には違いない。この2つは大学から学ぶ「代数学」、「解析学」、「幾何学」という3つの柱のうち「代数学」、「解析学」の基礎的な内容だ。入学してからみっちり勉強することになるから、それぞれお勧めの教科書や演習書で学ぶとよい。
とりあえず目新しいことを先取りしたい学生のために、大学入学前でも読めそうな本を紹介するのが今回の記事である。(とは言っても今回の本は線形代数を前もって学んでおくことが前提になる。未習の方は「高校数学でわかる線形代数:竹内淳」や「改訂版 行列とベクトルのはなし: 大村平」をお読みになるとよい。)
大学の数学では高校までに学んだ概念や方法を拡張したり、一般化することが行われる。実数から複素数への拡張もその一例だ。(旧課程の)高校数学で教えられていた行列は実数を縦横に並べた2次元だったが、大学では3次元、4次元....n次元になり、行列の要素を複素数や複素数関数として扱うようになる。ベクトルについても同じで多次元化、複素数化が行われる。
ベクトルや行列についてはこのような一般化のほかに、この図のように2次元の行列を奥行方向に重ねた数字の組み合わせも考えることができる。
この例は奥行方向に3枚重ねた「3階の」立体行列になっていて、各要素は3つの添え字で指定することができる。これがテンソルの一例だ。図示はできないけれど4階、5階...n階のテンソルまで考えることができる。このように考えればベクトルや行列もテンソルだと言うことができる。
これが視覚的なイメージで理解できる第一歩だ。数学的にはこのような導入方法は邪道なのかもしれないが、最初の一歩としての理解ならば、このようなイメージも許されると思う。そしてこのようにして拡張して得られた数学的対象に、代数的な計算規則が成り立っていることが重要である。(テンソルは広く「代数系」というくくりで学ぶことができる。)
本書の章立ては次のとおり。
第1章:テンソル代数
第2章:直交テンソル解析
第3章:テンソル解析の応用
第4章:一般のテンソル代数
第5章:一般のテンソル解析
本書はベクトルや行列の単なる拡張としてのテンソルから始まり、章を追うごとにより一般的な意味でのテンソルへと進む。高校数学では矢印や座標軸として視覚的イメージをもっていたベクトルが、線形代数学で一般的なベクトル空間が導入されたのと同じようなスタイルだ。第1章と第2章では、行列やベクトルの拡張としてのテンソル、第3章では物理学でテンソルが使われるのを流体力学、弾性論(応力テンソル)、電磁気学、等方テンソルを例に取り上げて解説する。ここまでのテンソルは直交テンソルで、前提としているのは3次元の直交座標の空間上での話だ。「ベクトル解析」として学ぶことがらとだいぶ重なる。
第4章と第5章では斜交座標をベースに理論が展開する。反変ベクトル、共変ベクトル、反変テンソル、共変テンソル、混合テンソル、アインシュタインの縮約、計量テンソル、曲線座標、共変微分、曲率テンソルなどだ。これらは一般相対性理論を学ぶために必須の数学である。しかし、本書で取り扱うのは3次元空間までなので、4次元時空の理論は対象外。微分幾何学やリーマン幾何学の入口あたりまで学んでおしまいである。曲がった空間の測地線の方程式も対象外。
一般相対性理論を目指してテンソルを学びたいのであれば「一般相対性理論に挑戦しよう!」でガイドした順番に従うか「一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全」をお読みになるのが近道だと思う。
本書はあくまで3次元空間をベースにした、物理系、工学系寄りの数学書だ。少々物足りないところもあると感じたが、テンソルだけを取り上げてまとめた教科書が少ないこと、読みやすい本であることを考えればユニークな本であり、お勧めできる1冊だと思う。少なくとも「テンソルって何?」という疑問に答えるには十分である。
言い忘れたが線形代数が機械学習のプログラミングの基礎として必須であるのはもちろん、テンソルもこの分野では使うことがある。
なお、本書が収められている裳華房の「基礎数学選書」は続々とKindle化されている。「裳華房の基礎数学選書がKindle化され始めた件」という記事にまとめておいたので確認してほしい。
関連記事:
大学で学ぶ数学とは(概要編)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/07137c47d16d95ddde8f5c4cb6f37d55
線形代数学入門のための教科書談義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9d2ac30c9f5f620ad703304d710ed90b
一般相対性理論に挑戦しよう!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea7ad9292ce01ad4abbbc8c98f3303d0
発売情報:一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1699a1c22477c269c68c02091d0ca049
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「テンソル解析:田代嘉宏」(Kindle版)
まえがき
第1章:テンソル代数
1.1 ベクトル
1.2 テンソルの定義
1.3 テンソルの和,積
1.4 対称・交代テンソル
1.5 直交基底の変換とテンソルの成分
1.6 成分によるテンソルの構成
1.7 軸性テンソル
1.8 相反系
1.9 ダイアディクについて
第2章:直交テンソル解析
2.1 テンソル関数
2.2 曲線と質点の運動
2.3 2変数のテンソル関数と曲面
2.4 テンソル場
2.5 線積分
2.6 積分公式
第3章:テンソル解析の応用
3.1 流体力学
3.2 弾性論
3.3 電磁気学
3.4 等方テンソル
第4章:一般のテンソル代数
4.1 反変ベクトル,共変ベクトル
4.2 テンソル
4.3 テンソルの和,積
4.4 成分によるテンソルの構成
4.5 基本計量テンソル
4.6 テンソル密度
第5章:一般のテンソル解析
5.1 曲線座標
5.2 自然基底
5.3 クリストッフェルの記号
5.4 共変微分
5.5 直交曲線座標系
5.6 曲率テンソル
索引