「量子と情報 ―量子の実在と不確定性原理―: 小澤正直」(Kindle版)
内容紹介:
存在論と認識論をまたぐ量子力学の展開と、超情報化社会のテクノロジーが出会う、驚異の交差点! 量子コンピュータや量子暗号の技術的イノベーション、そしてそれらのアイディアを生み出し、 また、そのようなアイディアに触発されて進展しつつある量子力学の新しい姿とは?
2018年11月9日刊行、206ページ。
著者について:
小澤正直(おざわまさなお): プロフィール: http://www.math.cm.is.nagoya-u.ac.jp/~ozawa/
1950年東京都生まれ。数学者。東京工業大学理学部卒業。同大学院理工学研究科博士課程修了。専門は量子基礎論、量子情報科学。名古屋大学名誉教授。ハイゼンベルクの不確定性原理を表す不等式の破れを正した「小澤の不等式」で世界的に知られている。2013年に中日文化賞、2015年に紫綬褒章を受章。
理数系書籍のレビュー記事は本書で386冊目。
量子力学を基礎づける方程式が発表されたのは1925年から1927年、そしてその数学的裏付けがノイマンによって与えられたのは1932年のことである。
- ハイゼンベルクによる行列力学(量子の粒子性)の提唱(1925年)
- シュレディンガーによる波動方程式(量子の波動性)の提唱(1926年)
- ハイゼンベルクによる不確定性原理の提唱(1927年)
- 量子力学の数学的基礎: J.v.ノイマンの原書が刊行(1932年)
これらの前提無しには量子力学を考えることはできない。量子力学の教科書に数十年に渡って記述されてきた常識中の常識である。
だから「ハイゼンベルクの不確定性原理」を破った「小澤の不等式」が2003年に「Universally valid reformulation of the Heisenberg uncertainty principle on noise and disturbance in measurement」という論文で発表されたとき、科学界に衝撃が走った。量子力学の根底に修正を加える内容だったからである。一般向けには「ハイゼンベルクの顕微鏡(不確定性原理は超えられるか)」として刊行されている。
小澤先生は数学者、数理物理学者であり実験系の科学者ではない。小澤の不等式が正しいことは2012年に実験で証明されている。
ハイゼンベルクの不確定性原理を破った! 小澤の不等式を実験実証(日経サイエンス)
http://www.nikkei-science.com/?p=16686
今回紹介する「量子と情報 ―量子の実在と不確定性原理―: 小澤正直」(Kindle版)はこの不等式を発表した小澤先が青土社の月刊誌『現代思想』に寄稿した論考をまとめたものだ。
量子力学は近年、量子情報理論に応用されて量子コンピュータの動作原理に不可欠になっている。これまでマクロの世界の道理が成り立たない量子力学の不可思議な解釈に対しても修正が加えられ始めている。不思議さをウリにしてきた科学教養書や教科書は、そろそろ新しいスタイルに書き直されるべきだろう。
ボーアとアインシュタインの論争が行われていたときに、量子力学は理解が困難な矛盾を数多くはらんでいた。ノイマンが数学的に定式化したとしても、その物理的解釈はじゅうぶん納得できるものではなかった。
本書の章立ては次のとおりだ。現代までに行われた実験や理論的裏付けをふまえて、量子測定や不確定性原理、ノイマンがたどった数学的裏付けの再考、ボーア=アインシュタイン論争研究、コペンハーゲン解釈研究、EPRパラドックス研究、ベルの不等式研究の最前線を紹介する。小澤の不等式の発表以降の研究を紹介する本である。つまり一般には知られていない事が満載だ。
第1章 量子情報技術と科学基礎論
第2章 量子力学の転換点――量子測定・不確定性原理・重力波検出
第3章 フォン・ノイマンと量子力学の数学的基礎
第4章 情報技術と社会の変化
補 章 科学の示す実在像について――ボーア=アインシュタイン論争研究の最前線
このような知識を得られるのは本書をおいて他にはない。強いて似たような本をあげるとすれば「アインシュタインの反乱と量子コンピュータ: 佐藤文隆」(紹介記事)ということになるだろうか。
本書を読んで驚いたことがある。小澤の不等式が重力波の検出に貢献していたことだ。(参考記事:「重力波の直接観測に成功!」)重力波を検出するためにはハイゼンベルクの不確定性原理に基づく限界を打破する必要があった。そのため「共振器型」を使う方式と「干渉計型」を使う方式が比較検討されていたのだが、小澤の不等式によって、より精度の高い後者が採用されたのである。
「ブラックホールと時空の歪み―アインシュタインのとんでもない遺産: キップ・S. ソーン」(原書ハードカバー)(原書ペーパーバック)(原書Kindle版)という本には、小澤の不等式が発表されるより前、1980年代の重力波検出方式の移り行きが描かれているという。著者のキップ・ソーン博士は1980年代の中頃にはすでに共振器型方式による重力波検出およびそれに基づく重力波天文学の実現に悲観的であったそうだ。
ご存知のとおりLIGOではレーザービームの干渉による検出装置が使われている。重力波という一般相対論のマクロな世界に量子力学の基礎理論が適用されたのは意外なことだった。
教科書や科学教養書で量子力学を学び終えた方、量子情報理論や量子コンピュータに興味がある方、量子力学史に興味がある方は、ぜひお読みになるべきである。最先端の研究内容なので難しいわけだが、学部レベルの学生でも概要はつかめると思う。
本書と同じ時期に、併読するのにちょうどよい本が刊行された。量子力学が正しいことは1982年に行われた「アスペの実験」でベルの不等式の破れが確認されたからだと学んできたが、じゅうぶんではなかったようである。最終決着したのはなんと2015年までに行われた3つの実験によるという。特に谷村省吾先生による「ベルの不等式の破れ」を検証するための実験の解説は、とてもわかりやすかった。
「日経サイエンス2019年2月号」
記事の短い紹介はここから読める。
特集:量子もつれ実証
最終決着「ベルの不等式」の破れの実験 R. ハンソン/K. シャルム
アインシュタインの夢 ついえる 測っていない値は実在しない 谷村省吾
「小澤の不等式」について詳しく知りたい方は、こちらをお読みになるとよい。
「ハイゼンベルクの顕微鏡(不確定性原理は超えられるか)」
関連記事:
ハイゼンベルクの顕微鏡(不確定性原理は超えられるか)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5597b85d83e795a22e97ca4d4ab97123
アインシュタインの反乱と量子コンピュータ: 佐藤文隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9fa38724ad6881636cdff2903ee14a5b
量子力学の数学的基礎: J.v.ノイマン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/09b65f36119894f5b852bbf38421af45
部分と全体: W.K. ハイゼンベルク
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6e7d8da99e4b9e76f5cd9f7dbf7f959
量子革命―アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突:マンジット・クマール
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/19d16104cb20787443c84b8692b0424b
重力波の直接観測に成功!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a8439e8e4d81d7873422737d7bd1640d
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「量子と情報 ―量子の実在と不確定性原理―: 涌井良幸」(Kindle版)
第1章 量子情報技術と科学基礎論
1 はじめに
2 存在論的量子力学から認識論的量子力学へ
3 電波から光へ
4 通信の量子限界
5 量子情報と古典情報
6 フォン・ノイマンの測定理論
7 認識の限界と測定理論
8 公開鍵暗号と量子計算
9 量子暗号
10 量子と実在
第2章 量子力学の転換点――量子測定・不確定性原理・重力波検出
1 はじめに
2 ハイゼンベルクの不確定性原理
3 反復可能性仮説
4 重力波検出プロジェクト
5 ユエンとケーブスの論争
6 量子インストルメント
7 標準量子限界
8 論争の決着
9 普遍的不確定性関係
10 LIGOプロジェクト
第3章 フォン・ノイマンと量子力学の数学的基礎
1 はじめに
2 量子力学の発見
3 非有界作用素のスペクトル理論
4 隠れた変数の非存在証明
5 ベルの反論
6 熱力学的考察
7 同時測定可能性
8 不確定性関係
9 量子測定理論
第4章 情報技術と社会の変化
1 はじめに
2 ビットコインとブロックチェーン
3 量子情報技術とコンピュータ
4 社会は変化を続ける
補 章 科学の示す実在像について――ボーア= アインシュタイン論争研究の最前線
1 はじめに
2 不確定性原理
3 EPRのパラドックス
4 ボーアの反論
5 隠れた変数
6 様相解釈
7 ハルヴォーソン=クリフトンによるボーア解釈とその一般化
8 むすび──相補性の観点から
内容紹介:
存在論と認識論をまたぐ量子力学の展開と、超情報化社会のテクノロジーが出会う、驚異の交差点! 量子コンピュータや量子暗号の技術的イノベーション、そしてそれらのアイディアを生み出し、 また、そのようなアイディアに触発されて進展しつつある量子力学の新しい姿とは?
2018年11月9日刊行、206ページ。
著者について:
小澤正直(おざわまさなお): プロフィール: http://www.math.cm.is.nagoya-u.ac.jp/~ozawa/
1950年東京都生まれ。数学者。東京工業大学理学部卒業。同大学院理工学研究科博士課程修了。専門は量子基礎論、量子情報科学。名古屋大学名誉教授。ハイゼンベルクの不確定性原理を表す不等式の破れを正した「小澤の不等式」で世界的に知られている。2013年に中日文化賞、2015年に紫綬褒章を受章。
理数系書籍のレビュー記事は本書で386冊目。
量子力学を基礎づける方程式が発表されたのは1925年から1927年、そしてその数学的裏付けがノイマンによって与えられたのは1932年のことである。
- ハイゼンベルクによる行列力学(量子の粒子性)の提唱(1925年)
- シュレディンガーによる波動方程式(量子の波動性)の提唱(1926年)
- ハイゼンベルクによる不確定性原理の提唱(1927年)
- 量子力学の数学的基礎: J.v.ノイマンの原書が刊行(1932年)
これらの前提無しには量子力学を考えることはできない。量子力学の教科書に数十年に渡って記述されてきた常識中の常識である。
だから「ハイゼンベルクの不確定性原理」を破った「小澤の不等式」が2003年に「Universally valid reformulation of the Heisenberg uncertainty principle on noise and disturbance in measurement」という論文で発表されたとき、科学界に衝撃が走った。量子力学の根底に修正を加える内容だったからである。一般向けには「ハイゼンベルクの顕微鏡(不確定性原理は超えられるか)」として刊行されている。
小澤先生は数学者、数理物理学者であり実験系の科学者ではない。小澤の不等式が正しいことは2012年に実験で証明されている。
ハイゼンベルクの不確定性原理を破った! 小澤の不等式を実験実証(日経サイエンス)
http://www.nikkei-science.com/?p=16686
今回紹介する「量子と情報 ―量子の実在と不確定性原理―: 小澤正直」(Kindle版)はこの不等式を発表した小澤先が青土社の月刊誌『現代思想』に寄稿した論考をまとめたものだ。
量子力学は近年、量子情報理論に応用されて量子コンピュータの動作原理に不可欠になっている。これまでマクロの世界の道理が成り立たない量子力学の不可思議な解釈に対しても修正が加えられ始めている。不思議さをウリにしてきた科学教養書や教科書は、そろそろ新しいスタイルに書き直されるべきだろう。
ボーアとアインシュタインの論争が行われていたときに、量子力学は理解が困難な矛盾を数多くはらんでいた。ノイマンが数学的に定式化したとしても、その物理的解釈はじゅうぶん納得できるものではなかった。
本書の章立ては次のとおりだ。現代までに行われた実験や理論的裏付けをふまえて、量子測定や不確定性原理、ノイマンがたどった数学的裏付けの再考、ボーア=アインシュタイン論争研究、コペンハーゲン解釈研究、EPRパラドックス研究、ベルの不等式研究の最前線を紹介する。小澤の不等式の発表以降の研究を紹介する本である。つまり一般には知られていない事が満載だ。
第1章 量子情報技術と科学基礎論
第2章 量子力学の転換点――量子測定・不確定性原理・重力波検出
第3章 フォン・ノイマンと量子力学の数学的基礎
第4章 情報技術と社会の変化
補 章 科学の示す実在像について――ボーア=アインシュタイン論争研究の最前線
このような知識を得られるのは本書をおいて他にはない。強いて似たような本をあげるとすれば「アインシュタインの反乱と量子コンピュータ: 佐藤文隆」(紹介記事)ということになるだろうか。
本書を読んで驚いたことがある。小澤の不等式が重力波の検出に貢献していたことだ。(参考記事:「重力波の直接観測に成功!」)重力波を検出するためにはハイゼンベルクの不確定性原理に基づく限界を打破する必要があった。そのため「共振器型」を使う方式と「干渉計型」を使う方式が比較検討されていたのだが、小澤の不等式によって、より精度の高い後者が採用されたのである。
「ブラックホールと時空の歪み―アインシュタインのとんでもない遺産: キップ・S. ソーン」(原書ハードカバー)(原書ペーパーバック)(原書Kindle版)という本には、小澤の不等式が発表されるより前、1980年代の重力波検出方式の移り行きが描かれているという。著者のキップ・ソーン博士は1980年代の中頃にはすでに共振器型方式による重力波検出およびそれに基づく重力波天文学の実現に悲観的であったそうだ。
ご存知のとおりLIGOではレーザービームの干渉による検出装置が使われている。重力波という一般相対論のマクロな世界に量子力学の基礎理論が適用されたのは意外なことだった。
教科書や科学教養書で量子力学を学び終えた方、量子情報理論や量子コンピュータに興味がある方、量子力学史に興味がある方は、ぜひお読みになるべきである。最先端の研究内容なので難しいわけだが、学部レベルの学生でも概要はつかめると思う。
本書と同じ時期に、併読するのにちょうどよい本が刊行された。量子力学が正しいことは1982年に行われた「アスペの実験」でベルの不等式の破れが確認されたからだと学んできたが、じゅうぶんではなかったようである。最終決着したのはなんと2015年までに行われた3つの実験によるという。特に谷村省吾先生による「ベルの不等式の破れ」を検証するための実験の解説は、とてもわかりやすかった。
「日経サイエンス2019年2月号」
記事の短い紹介はここから読める。
特集:量子もつれ実証
最終決着「ベルの不等式」の破れの実験 R. ハンソン/K. シャルム
アインシュタインの夢 ついえる 測っていない値は実在しない 谷村省吾
「小澤の不等式」について詳しく知りたい方は、こちらをお読みになるとよい。
「ハイゼンベルクの顕微鏡(不確定性原理は超えられるか)」
関連記事:
ハイゼンベルクの顕微鏡(不確定性原理は超えられるか)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5597b85d83e795a22e97ca4d4ab97123
アインシュタインの反乱と量子コンピュータ: 佐藤文隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9fa38724ad6881636cdff2903ee14a5b
量子力学の数学的基礎: J.v.ノイマン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/09b65f36119894f5b852bbf38421af45
部分と全体: W.K. ハイゼンベルク
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6e7d8da99e4b9e76f5cd9f7dbf7f959
量子革命―アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突:マンジット・クマール
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/19d16104cb20787443c84b8692b0424b
重力波の直接観測に成功!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a8439e8e4d81d7873422737d7bd1640d
1つずつ応援クリックをお願いします。
「量子と情報 ―量子の実在と不確定性原理―: 涌井良幸」(Kindle版)
第1章 量子情報技術と科学基礎論
1 はじめに
2 存在論的量子力学から認識論的量子力学へ
3 電波から光へ
4 通信の量子限界
5 量子情報と古典情報
6 フォン・ノイマンの測定理論
7 認識の限界と測定理論
8 公開鍵暗号と量子計算
9 量子暗号
10 量子と実在
第2章 量子力学の転換点――量子測定・不確定性原理・重力波検出
1 はじめに
2 ハイゼンベルクの不確定性原理
3 反復可能性仮説
4 重力波検出プロジェクト
5 ユエンとケーブスの論争
6 量子インストルメント
7 標準量子限界
8 論争の決着
9 普遍的不確定性関係
10 LIGOプロジェクト
第3章 フォン・ノイマンと量子力学の数学的基礎
1 はじめに
2 量子力学の発見
3 非有界作用素のスペクトル理論
4 隠れた変数の非存在証明
5 ベルの反論
6 熱力学的考察
7 同時測定可能性
8 不確定性関係
9 量子測定理論
第4章 情報技術と社会の変化
1 はじめに
2 ビットコインとブロックチェーン
3 量子情報技術とコンピュータ
4 社会は変化を続ける
補 章 科学の示す実在像について――ボーア= アインシュタイン論争研究の最前線
1 はじめに
2 不確定性原理
3 EPRのパラドックス
4 ボーアの反論
5 隠れた変数
6 様相解釈
7 ハルヴォーソン=クリフトンによるボーア解釈とその一般化
8 むすび──相補性の観点から