「微分積分学の誕生 デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで:高瀬正仁」(Kindle版)
内容紹介:
デカルトからフェルマ、ライプニッツ、ベルヌーイ兄弟、そして、オイラーまで。微分積分学が生まれ育つまでの数学者たちの思索の森へ読者を誘い、新しい数学が創られていく過程を鮮やかに描き出す、著者入魂の一冊。
「古典に直接学ばなければ、数学の正体はつかめない」と地道に研究を続けてきた著者は、今回も、デカルト『幾何学』やライプニッツの1684年論文、1686年論文などの原典に直接あたり、彼らが思考し、心に描いていた「数学の正体」とはどういうものだったのかに迫ります。
原典からの貴重な図版も多く掲載しており、格調高い文体と合わせて数学や歴史に関心のある読者の目を十分に楽しませてくれることでしょう。
2015年7月刊行、256ページ。
著者について:
高瀬正仁(たかせまさひと):ウィキペディアの記事
1951年、群馬県に生まれる。現在、九州大学基幹研究院教授。博士(理学)。専門は近代数学史、多変数関数論、ヤコビ関数、虚数乗法論。数学の古典的著作の翻訳などの執筆活動により、2009年度日本数学会出版賞受賞。著書に『dxとdyの解析学』(日本評論社)、『岡潔 数学の詩人』(岩波書店)、『高木貞治とその時代 西欧近代の数学と日本』(東京大学出版会)、『無限解析のはじまり わたしのオイラー』(筑摩書房)など、訳書に『ガウス 整数論』、『アーベル/ガロア 楕円関数論』(いずれも朝倉書店)、『オイラーの無限解析』、『数の理論』(いずれも海鳴社)、『ガウス 数論論文集』 (筑摩書房)、『ヤコビ 楕円関数原論』(講談社)などがある。
高瀬先生の著書、訳書: Amazonで検索
理数系書籍のレビュー記事は本書で293冊目。
「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」を読んでニュートン力学の100年におよぶ形成史を知り、その裏に微積分の発展史があることがわかり「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで:高瀬正仁」を読んだ。今回紹介するのはその姉妹本である。昨年1月に「姉」のほうを出版してから半年後の6月に同じテーマで出版した「妹」だ。
立て続けになぜ高瀬先生は同じような本をお書きになったのだろう?
この2冊はどう違うのか?
気になったので両方とも読んでみたわけだ。まず「姉」と本書の違いについて述べておこう。
微積分発展史だけを知りたいのなら本書のほうがよい
「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」の背景としての微積分発展史ということならば「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで:高瀬正仁」を読んだほうがよいが、山本先生の古典力学発展史の本との読み合わせにこだわらず、微積分学の誕生までのことを集中的に知りたいのならば本書をお勧めする。
本書の記述は重複が少ない
「姉」には同じような記述が重複しているのだが、本書にはそれがほとんどない。
学者別に説明がまとまっている
本書のほうが数学者別に説明がまとまっていて、記述も整理されていて読みやすい。数学者の生涯年表も各章の冒頭に記載されていて著作物が書かれた年を確認しやすい。
図やグラフ、解き方が具体的に示されている
それぞれの学者が取り組んだ問題の解法が示されているが、「姉」の本よりも図やグラフが多く、具体的な数式が本書のほうが多い。そのためよりわかりやすい。「姉」のほうはページ数が本書と同じ程度にもかかわらず、解説している数学者が多いため図やグラフをじゅうぶんに掲載できなかったのと僕は想像している。
コーシーやラグランジュやの記述がない
本書は副題に「デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで」とあることからもわかるように、微積分学を最終的に精密化したコーシーや解析力学を完成させたラグランジュの記述は含まれていない。コーシーやラグランジュの業績を知りたいのならば「姉」のほうを読む必要がある。
価格が手ごろ
ページ数にはそれほど違いがない「姉」のほうが4,860円であるのに対し本書は2,160円。出版社が違うことで価格設定に違いがでたのだと僕は思っている
本書で紹介される数学者と著書を年表で提示しておこう。
拡大
本書を読むと微積分学の発明者はライプニッツであることがはっきりとわかる。けれども微積分のアイデアの種はライプニッツ以前のデカルトやフェルマにもみられる。本書でとりあげられている学者たちがそれぞれ何を考え、どのレベルに至っていたか。大まかに書き出してみよう。
デカルト
デカルトの関心ごとは古代ギリシアの幾何学で扱われた曲線に集中していた。彼の功績はそこに座標の概念を持ち込み、曲線を代数方程式であらわし、その次数によって曲線の分類を試みたことである。座標といっても直交座標だけでなく、現在斜交座標と呼ばれているものも含まれている。古代ギリシアの幾何学はコンパスと定規だけを使って描ける曲線を主に扱うわけだが、そこには代数方程式であらわせる曲線とサイクロイド曲線のように代数方程式であらわせない曲線がある。そのうちデカルトが解けたのは代数曲線についてだけである。
彼は著書『方法序説(1637)』において定規とコンパスによる作図を論じ、代数方程式を解くことで曲線の法線を求めた。法線は接線と直交するので接線を求めたことに等しい。
デカルトが生きた時代までには「タルタリア・カルダノの公式」で3次方程式の一般解が、カルダノの弟子のルドヴィコ・フェラーリによって4次方程式の一般解が求められていた。
一次方程式・二次方程式・三次方程式・四次方程式の解の公式
http://www.akamon-kai.co.jp/yomimono/kai/kai.html
5次以上の代数方程式の一般解が解けないことはデカルトの時代からおよそ200年後のことである。したがってデカルトは5次以上の代数曲線については解を求めることに成功していない。またサイクロイド、正弦曲線や余弦曲線、対数曲線など代数方程式であらわすことができない「超越曲線」もデカルトの考察の対象からはずされている。(注意:この時代には関数の概念はまだ生まれていない。)
1545年 ジェロラモ・カルダーノが『アルス・マグナ』を出版。三次、四次方程式の解法が公表される。
1770年 ラグランジュが代数方程式の解法と根の置換について考察し、代数方程式が解けるための条件を初めて見いだす。
1799年 ルフィニが最初の不可能性の論文を発表。同年ガウスが代数学の基本定理を証明した学位論文中で五次方程式の不可能性について予言。
1824年 最初の論文によりアーベルによってルフィニの欠陥が解決される。定理の成立。
1826年 2番目の論文が出版される。
1829年 アーベル没。ガロアが代数方程式の可解性について最初の論文を書く。
1832年 ガロア没。
1846年 リウヴィルによりガロアの仕事が世に出る。
フェルマ
数論の研究で知られているフェルマは微積分の分野でも独自の接線法と求積法を論文「極大および極小を探求するための方法、および曲線の接線についての方法(1629)」で提案した。法線法を考案したデカルトと共通した視点もあるが、フェルマは極大極小問題も考察している点で進んでいる。
またフェルマには求積法でも際立った探求があり、曲線で囲まれた面積を求めたり、曲線の弧長を算出したりしている。
デカルトとフェルマの方法には共通点がある。それは既知量と未知量に名前をつけて、代数の計算に持ち込むところだ。デカルトの方法が代数曲線に限定しているのに対し、フェルマの方法はサイクロイドのような超越曲線にも適用できる点でデカルトの方法を凌駕している。
ライプニッツ
次の2冊の発表が決定的である。どちらもニュートンの『プリンキピア(1687)』より前に発表されている。
1684年:微分法すなわち接線法の完成を告げる論文「分数量にも無理量にもさまたげられることのない極大・極小ならびに接線を求めるために新しい方法」を発表。代数曲線、超越曲線の両方に適用できる「万能の接線法」の確立である。
1686年:積分法、すなわち逆接線法と求積法のアイデアを告げる論文「深い場所に秘められた幾何学、および不可分量と無限の解析について」を発表。その後、ベルヌーイ兄弟(兄のヤコブと弟のヨハン)と文通をつづけた。
ライプニッツはdx、dy、dx/dy、ddy、∫などの記号を考案しただけでなく、現在高校数学で学ぶ微積分の公式(和積、商)や三角関数や指数・対数関数の微積分の公式、置換積分、部分積分の方法、定積分、不定積分の方法まで求めている。(注意:関数の概念はまだ発案されていないので、dx=sin(y)dy のような無限小量の間の関係としてあらわしていた。)また2階微分が曲線の「変曲」をあらわしていることも発見した。
ライプニッツの方法はまだ「曲線」に焦点があてられていたが、同時に「無限小の量」の間の関係の研究に移り始めたことも重要である。
ライプニッツは微積分の研究についてベルヌーイ兄弟(兄のヤコブと弟のヨハン)と文通をつづけた。後にヨハン・ベルヌーイはオイラーの数学の師匠になり、微積分学を受け継ぐだけでなく発展させていくことになる。
オイラー
微積分学についてのオイラーの著作は次の3種類ある。
『無限解析序説(1748)』全2巻
『微分計算教程(1755)』全1巻
『積分計算教程(1768-70)』全3巻
『力学(1736)』全2巻
『極大または極小の性質を備えた曲線を見つける方法、あるいはもっとも広い意味合いで諒解された等周問題の解法(1744)』
オイラーが微積分学に持ち込んだ新たな概念は「関数」、「変分法」などである。代数関数、超越関数だけでなく不連続な関数、多変数の関数などにもおよび、微分方程式や複素関数の微積分学へつながる道筋をつくった。変分法はいわば汎関数(関数の関数)を考えて、関数そのものが解になるような方程式を解く方法である。そして『力学』、『極大極小曲線を見つける方法』という著作で力学の進展にも貢献した。
オイラーの関心はもはや曲線ではなく関数であり、関数がどのようなグラフとしてあらわされるかということが研究された。超越関数の中にはもはや曲線とは言い難い不思議な図形が出現することもある。この謎めいた形を解明する鍵を握っていたのが虚数だった。複素解析への道を開いたのもオイラーである。
このように姉妹本は同じテーマを扱いながら、姉は「コーシーやラグランジュまでを含めた史的展開」に力点を置き、妹のほうは「誕生までの歴史」に特化している。両方の長所を合わせて1冊にできればよいのだろうが、コーシーやラグランジュを含めたり、図版やグラフを入れることでページ数はかさみ400~500ページになってしまうのではないかと想像される。そのぶん値段も高くなり、読者は減ってしまうだろう。このような意味では現在のように2冊別々に刊行されているのがベストな状態なのかと思われる。2冊とも読む人は少ないと思うが、より理解が深まるので、まず妹のほうを、そしてさらに深く知りたくなったら姉のほうを次にお読みになるとよいだろう。
本書の姉妹編(黄色い表紙のほうが姉)として今年の1月に刊行されているのがこちらの本。内容は似ているが姉妹で補い合う関係にあるというので両方読んでも大丈夫だと著者の高瀬先生はお書きになっている。黄色い表紙の本のほうにはベルヌーイ兄弟、ラグランジュやコーシーに関する記述も含まれている。ラグランジュとコーシーはオイラー以降の学者である。
「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで:高瀬正仁」(Kindle版)(紹介記事)
オイラーやコーシーによる数学史上の名著を高瀬先生は翻訳されている。挑戦される方はどうぞ。
「オイラーの無限解析:レオンハルト・オイラー」
「オイラーの解析幾何:レオンハルト・オイラー」
オイラーの無限解析の入門書はこちら。上の名著をお読みになる前にどうぞ。
「無限解析のはじまり―わたしのオイラー:高瀬正仁」
コーシーの解析教程は1821年に出版された。
「コーシー解析教程:コーシー」
そして本書にも微分積分学の集大成として何度か引用されているのが高木貞治先生の「解析概論」だ。今年のはじめにはアニメにも登場した永遠の名著である。(参考リンク:「(祝)解析概論アニメ出演」、「あるアニメの中の解析概論」、アニメに登場したのは「解析概論 軽装版」)
「定本 解析概論:高木貞治」
応援クリックをお願いします!
「微分積分学の誕生 デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで:高瀬正仁」(Kindle版)
はじめに
第0章:学び始めのころ--≪あこがれ≫と≪とまどい≫
◆『微分積分学の誕生』略年譜
1. 『解析概論』を振り返って
関数の微分可能性の定義をめぐって/接線の方程式/微分商と微分係数/微分と無限小量/関数と接線
2. 曲線の理論と微分積分学
関数概念がまだなかった時代の微積分の姿/曲線に接線を引くこと/極大極小問題/「万能の接線法/フェルマの極大極小問題の例/放物線の求積法/逆接線法と求積線
第1章:デカルトの幾何学的曲線論
◆ルネ・デカルト年表
1. 作図問題と方程式
デカルトの『幾何学』と注意事項/代数的演算とは/代数的演算に対応する幾何学の操作/作図問題を代数の計算に還元すること/表記法をめぐって/代数の演算に自由性を与える/等式と方程式/平面的な問題/3線・4線の軌跡問題/2線の軌跡問題と「アポロニウスの円」/デカルトの幾何学的曲線論の出発点/作図問題と代数に見る具象と抽象/n線の軌跡問題/パップスの問題/16世紀イタリアの代数学/正多角形の作図とガウスの円周等分方程式論
2. 曲線のいろいろ
アルキメデスの螺旋とヒッピアスの円積線/古代ギリシアの三大図形問題(1)円の方形化問題/古代ギリシアの三大図形問題(2)角の3等分問題/古代ギリシアの三大図形問題(3)立方体の倍積問題/ニコメデスのコンコイド/ディオクレスのシソイド/古代ギリシアの曲線の世界/機械的な曲線とは何か/幾何学的曲線とは何か(その1)/幾何学的曲線とは何か(その2)/幾何学的曲線と代数方程式
第2章:フェルマの接線法と極値問題
◆ピエール・ド・フェルマ年表
1. 曲線を表す方程式
法線と接線/幾何学的曲線とは何か(その3)/真根と偽根/デカルトの代数方程式論/デカルトの曲線論の回想/曲線を表す方程式
2. デカルトの法線法とフェルマの接線法
楕円の法線--デカルトの方法/フェルマの接線法/
楕円の接線--フェルマの方法/アポロニウスの接線法/ライプニッツの方法/フェルマの極大極小問題/極大極小問題と接線法/デカルトの法線法とフェルマの接線法
第3章:ライプニッツの無限解析
◆ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ年表
1. クザーヌスの言葉
ライプニッツの「万能の接線法」/ニコラウス・クザーヌス/不思議な言葉の数々/サイクロイドをめぐって/曲線の接線とクザーヌス
2. 微分計算の規則
フェルマとライプニッツ/ヤコブ・ベルヌーイとヨハン・ベルヌーイ/往復書簡/マルキ・ド・ロピタル(ロピタル公爵)/縦線と向軸線/「差」と「差分」/微分の計算規則(その1)定量の微分/微分の計算規則(その2)和と差と積の微分/微分計算の公理系/微分計算のアルゴリズム/高校数学の微分公式/代数的でない曲線に対する「万能の接線法」
3. 曲線の形
無限小の代数学/接線の変化と曲線の形状/2階微分と曲線の変曲/ライプニッツの計算例(1)スネルの法則/ライプニッツの計算例(2)/接線と軸の交点の決定/関数と曲線/接線法再考
4. 逆接線法と超越曲線
「ライプニッツ1686」/「超越的な曲線」の由来/ドゥボーヌの問題/逆接線法と積分計算/逆接線法と求積線/超越曲線への関心/デカルトの求積法/非代数的な表示式について/求積法と求積線/「積分されるべき微分」/オイラーの関数概念/「曲線の世界」から「変化量と微分の世界」へ
第4章:オイラーの解析幾何学
◆レオンハルト・オイラー年表
1. オイラーの曲線論
『無限解析序説』/オイラーの語る「定量」と「変化量」/代数関数と超越関数/代数方程式と代数関数/超越関数の世界/関数と曲線/曲線の解析的源泉/超越曲線のいろいろ
2. 逆接線法から微分方程式へ
レムニスケートに由来する微分方程式/最短降下線と最速降下線/サイクロイド/オイラーの力学/関数概念の導入/オイラーの第2の関数/代数関数と代数曲線/オイラーの第3の関数/関数と変分法/変化するものは何か/オイラー方程式の解について
コラム
- 3線・4線の軌跡問題の具体例と解析幾何学による解法
- 代数方程式の代数的解法とは
- ロピタルの原理
おわりに
参考文献
索引
内容紹介:
デカルトからフェルマ、ライプニッツ、ベルヌーイ兄弟、そして、オイラーまで。微分積分学が生まれ育つまでの数学者たちの思索の森へ読者を誘い、新しい数学が創られていく過程を鮮やかに描き出す、著者入魂の一冊。
「古典に直接学ばなければ、数学の正体はつかめない」と地道に研究を続けてきた著者は、今回も、デカルト『幾何学』やライプニッツの1684年論文、1686年論文などの原典に直接あたり、彼らが思考し、心に描いていた「数学の正体」とはどういうものだったのかに迫ります。
原典からの貴重な図版も多く掲載しており、格調高い文体と合わせて数学や歴史に関心のある読者の目を十分に楽しませてくれることでしょう。
2015年7月刊行、256ページ。
著者について:
高瀬正仁(たかせまさひと):ウィキペディアの記事
1951年、群馬県に生まれる。現在、九州大学基幹研究院教授。博士(理学)。専門は近代数学史、多変数関数論、ヤコビ関数、虚数乗法論。数学の古典的著作の翻訳などの執筆活動により、2009年度日本数学会出版賞受賞。著書に『dxとdyの解析学』(日本評論社)、『岡潔 数学の詩人』(岩波書店)、『高木貞治とその時代 西欧近代の数学と日本』(東京大学出版会)、『無限解析のはじまり わたしのオイラー』(筑摩書房)など、訳書に『ガウス 整数論』、『アーベル/ガロア 楕円関数論』(いずれも朝倉書店)、『オイラーの無限解析』、『数の理論』(いずれも海鳴社)、『ガウス 数論論文集』 (筑摩書房)、『ヤコビ 楕円関数原論』(講談社)などがある。
高瀬先生の著書、訳書: Amazonで検索
理数系書籍のレビュー記事は本書で293冊目。
「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」を読んでニュートン力学の100年におよぶ形成史を知り、その裏に微積分の発展史があることがわかり「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで:高瀬正仁」を読んだ。今回紹介するのはその姉妹本である。昨年1月に「姉」のほうを出版してから半年後の6月に同じテーマで出版した「妹」だ。
立て続けになぜ高瀬先生は同じような本をお書きになったのだろう?
この2冊はどう違うのか?
気になったので両方とも読んでみたわけだ。まず「姉」と本書の違いについて述べておこう。
微積分発展史だけを知りたいのなら本書のほうがよい
「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」の背景としての微積分発展史ということならば「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで:高瀬正仁」を読んだほうがよいが、山本先生の古典力学発展史の本との読み合わせにこだわらず、微積分学の誕生までのことを集中的に知りたいのならば本書をお勧めする。
本書の記述は重複が少ない
「姉」には同じような記述が重複しているのだが、本書にはそれがほとんどない。
学者別に説明がまとまっている
本書のほうが数学者別に説明がまとまっていて、記述も整理されていて読みやすい。数学者の生涯年表も各章の冒頭に記載されていて著作物が書かれた年を確認しやすい。
図やグラフ、解き方が具体的に示されている
それぞれの学者が取り組んだ問題の解法が示されているが、「姉」の本よりも図やグラフが多く、具体的な数式が本書のほうが多い。そのためよりわかりやすい。「姉」のほうはページ数が本書と同じ程度にもかかわらず、解説している数学者が多いため図やグラフをじゅうぶんに掲載できなかったのと僕は想像している。
コーシーやラグランジュやの記述がない
本書は副題に「デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで」とあることからもわかるように、微積分学を最終的に精密化したコーシーや解析力学を完成させたラグランジュの記述は含まれていない。コーシーやラグランジュの業績を知りたいのならば「姉」のほうを読む必要がある。
価格が手ごろ
ページ数にはそれほど違いがない「姉」のほうが4,860円であるのに対し本書は2,160円。出版社が違うことで価格設定に違いがでたのだと僕は思っている
本書で紹介される数学者と著書を年表で提示しておこう。
拡大
本書を読むと微積分学の発明者はライプニッツであることがはっきりとわかる。けれども微積分のアイデアの種はライプニッツ以前のデカルトやフェルマにもみられる。本書でとりあげられている学者たちがそれぞれ何を考え、どのレベルに至っていたか。大まかに書き出してみよう。
デカルト
デカルトの関心ごとは古代ギリシアの幾何学で扱われた曲線に集中していた。彼の功績はそこに座標の概念を持ち込み、曲線を代数方程式であらわし、その次数によって曲線の分類を試みたことである。座標といっても直交座標だけでなく、現在斜交座標と呼ばれているものも含まれている。古代ギリシアの幾何学はコンパスと定規だけを使って描ける曲線を主に扱うわけだが、そこには代数方程式であらわせる曲線とサイクロイド曲線のように代数方程式であらわせない曲線がある。そのうちデカルトが解けたのは代数曲線についてだけである。
彼は著書『方法序説(1637)』において定規とコンパスによる作図を論じ、代数方程式を解くことで曲線の法線を求めた。法線は接線と直交するので接線を求めたことに等しい。
デカルトが生きた時代までには「タルタリア・カルダノの公式」で3次方程式の一般解が、カルダノの弟子のルドヴィコ・フェラーリによって4次方程式の一般解が求められていた。
一次方程式・二次方程式・三次方程式・四次方程式の解の公式
http://www.akamon-kai.co.jp/yomimono/kai/kai.html
5次以上の代数方程式の一般解が解けないことはデカルトの時代からおよそ200年後のことである。したがってデカルトは5次以上の代数曲線については解を求めることに成功していない。またサイクロイド、正弦曲線や余弦曲線、対数曲線など代数方程式であらわすことができない「超越曲線」もデカルトの考察の対象からはずされている。(注意:この時代には関数の概念はまだ生まれていない。)
1545年 ジェロラモ・カルダーノが『アルス・マグナ』を出版。三次、四次方程式の解法が公表される。
1770年 ラグランジュが代数方程式の解法と根の置換について考察し、代数方程式が解けるための条件を初めて見いだす。
1799年 ルフィニが最初の不可能性の論文を発表。同年ガウスが代数学の基本定理を証明した学位論文中で五次方程式の不可能性について予言。
1824年 最初の論文によりアーベルによってルフィニの欠陥が解決される。定理の成立。
1826年 2番目の論文が出版される。
1829年 アーベル没。ガロアが代数方程式の可解性について最初の論文を書く。
1832年 ガロア没。
1846年 リウヴィルによりガロアの仕事が世に出る。
フェルマ
数論の研究で知られているフェルマは微積分の分野でも独自の接線法と求積法を論文「極大および極小を探求するための方法、および曲線の接線についての方法(1629)」で提案した。法線法を考案したデカルトと共通した視点もあるが、フェルマは極大極小問題も考察している点で進んでいる。
またフェルマには求積法でも際立った探求があり、曲線で囲まれた面積を求めたり、曲線の弧長を算出したりしている。
デカルトとフェルマの方法には共通点がある。それは既知量と未知量に名前をつけて、代数の計算に持ち込むところだ。デカルトの方法が代数曲線に限定しているのに対し、フェルマの方法はサイクロイドのような超越曲線にも適用できる点でデカルトの方法を凌駕している。
ライプニッツ
次の2冊の発表が決定的である。どちらもニュートンの『プリンキピア(1687)』より前に発表されている。
1684年:微分法すなわち接線法の完成を告げる論文「分数量にも無理量にもさまたげられることのない極大・極小ならびに接線を求めるために新しい方法」を発表。代数曲線、超越曲線の両方に適用できる「万能の接線法」の確立である。
1686年:積分法、すなわち逆接線法と求積法のアイデアを告げる論文「深い場所に秘められた幾何学、および不可分量と無限の解析について」を発表。その後、ベルヌーイ兄弟(兄のヤコブと弟のヨハン)と文通をつづけた。
ライプニッツはdx、dy、dx/dy、ddy、∫などの記号を考案しただけでなく、現在高校数学で学ぶ微積分の公式(和積、商)や三角関数や指数・対数関数の微積分の公式、置換積分、部分積分の方法、定積分、不定積分の方法まで求めている。(注意:関数の概念はまだ発案されていないので、dx=sin(y)dy のような無限小量の間の関係としてあらわしていた。)また2階微分が曲線の「変曲」をあらわしていることも発見した。
ライプニッツの方法はまだ「曲線」に焦点があてられていたが、同時に「無限小の量」の間の関係の研究に移り始めたことも重要である。
ライプニッツは微積分の研究についてベルヌーイ兄弟(兄のヤコブと弟のヨハン)と文通をつづけた。後にヨハン・ベルヌーイはオイラーの数学の師匠になり、微積分学を受け継ぐだけでなく発展させていくことになる。
オイラー
微積分学についてのオイラーの著作は次の3種類ある。
『無限解析序説(1748)』全2巻
『微分計算教程(1755)』全1巻
『積分計算教程(1768-70)』全3巻
『力学(1736)』全2巻
『極大または極小の性質を備えた曲線を見つける方法、あるいはもっとも広い意味合いで諒解された等周問題の解法(1744)』
オイラーが微積分学に持ち込んだ新たな概念は「関数」、「変分法」などである。代数関数、超越関数だけでなく不連続な関数、多変数の関数などにもおよび、微分方程式や複素関数の微積分学へつながる道筋をつくった。変分法はいわば汎関数(関数の関数)を考えて、関数そのものが解になるような方程式を解く方法である。そして『力学』、『極大極小曲線を見つける方法』という著作で力学の進展にも貢献した。
オイラーの関心はもはや曲線ではなく関数であり、関数がどのようなグラフとしてあらわされるかということが研究された。超越関数の中にはもはや曲線とは言い難い不思議な図形が出現することもある。この謎めいた形を解明する鍵を握っていたのが虚数だった。複素解析への道を開いたのもオイラーである。
このように姉妹本は同じテーマを扱いながら、姉は「コーシーやラグランジュまでを含めた史的展開」に力点を置き、妹のほうは「誕生までの歴史」に特化している。両方の長所を合わせて1冊にできればよいのだろうが、コーシーやラグランジュを含めたり、図版やグラフを入れることでページ数はかさみ400~500ページになってしまうのではないかと想像される。そのぶん値段も高くなり、読者は減ってしまうだろう。このような意味では現在のように2冊別々に刊行されているのがベストな状態なのかと思われる。2冊とも読む人は少ないと思うが、より理解が深まるので、まず妹のほうを、そしてさらに深く知りたくなったら姉のほうを次にお読みになるとよいだろう。
本書の姉妹編(黄色い表紙のほうが姉)として今年の1月に刊行されているのがこちらの本。内容は似ているが姉妹で補い合う関係にあるというので両方読んでも大丈夫だと著者の高瀬先生はお書きになっている。黄色い表紙の本のほうにはベルヌーイ兄弟、ラグランジュやコーシーに関する記述も含まれている。ラグランジュとコーシーはオイラー以降の学者である。
「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで:高瀬正仁」(Kindle版)(紹介記事)
オイラーやコーシーによる数学史上の名著を高瀬先生は翻訳されている。挑戦される方はどうぞ。
「オイラーの無限解析:レオンハルト・オイラー」
「オイラーの解析幾何:レオンハルト・オイラー」
オイラーの無限解析の入門書はこちら。上の名著をお読みになる前にどうぞ。
「無限解析のはじまり―わたしのオイラー:高瀬正仁」
コーシーの解析教程は1821年に出版された。
「コーシー解析教程:コーシー」
そして本書にも微分積分学の集大成として何度か引用されているのが高木貞治先生の「解析概論」だ。今年のはじめにはアニメにも登場した永遠の名著である。(参考リンク:「(祝)解析概論アニメ出演」、「あるアニメの中の解析概論」、アニメに登場したのは「解析概論 軽装版」)
「定本 解析概論:高木貞治」
応援クリックをお願いします!
「微分積分学の誕生 デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで:高瀬正仁」(Kindle版)
はじめに
第0章:学び始めのころ--≪あこがれ≫と≪とまどい≫
◆『微分積分学の誕生』略年譜
1. 『解析概論』を振り返って
関数の微分可能性の定義をめぐって/接線の方程式/微分商と微分係数/微分と無限小量/関数と接線
2. 曲線の理論と微分積分学
関数概念がまだなかった時代の微積分の姿/曲線に接線を引くこと/極大極小問題/「万能の接線法/フェルマの極大極小問題の例/放物線の求積法/逆接線法と求積線
第1章:デカルトの幾何学的曲線論
◆ルネ・デカルト年表
1. 作図問題と方程式
デカルトの『幾何学』と注意事項/代数的演算とは/代数的演算に対応する幾何学の操作/作図問題を代数の計算に還元すること/表記法をめぐって/代数の演算に自由性を与える/等式と方程式/平面的な問題/3線・4線の軌跡問題/2線の軌跡問題と「アポロニウスの円」/デカルトの幾何学的曲線論の出発点/作図問題と代数に見る具象と抽象/n線の軌跡問題/パップスの問題/16世紀イタリアの代数学/正多角形の作図とガウスの円周等分方程式論
2. 曲線のいろいろ
アルキメデスの螺旋とヒッピアスの円積線/古代ギリシアの三大図形問題(1)円の方形化問題/古代ギリシアの三大図形問題(2)角の3等分問題/古代ギリシアの三大図形問題(3)立方体の倍積問題/ニコメデスのコンコイド/ディオクレスのシソイド/古代ギリシアの曲線の世界/機械的な曲線とは何か/幾何学的曲線とは何か(その1)/幾何学的曲線とは何か(その2)/幾何学的曲線と代数方程式
第2章:フェルマの接線法と極値問題
◆ピエール・ド・フェルマ年表
1. 曲線を表す方程式
法線と接線/幾何学的曲線とは何か(その3)/真根と偽根/デカルトの代数方程式論/デカルトの曲線論の回想/曲線を表す方程式
2. デカルトの法線法とフェルマの接線法
楕円の法線--デカルトの方法/フェルマの接線法/
楕円の接線--フェルマの方法/アポロニウスの接線法/ライプニッツの方法/フェルマの極大極小問題/極大極小問題と接線法/デカルトの法線法とフェルマの接線法
第3章:ライプニッツの無限解析
◆ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ年表
1. クザーヌスの言葉
ライプニッツの「万能の接線法」/ニコラウス・クザーヌス/不思議な言葉の数々/サイクロイドをめぐって/曲線の接線とクザーヌス
2. 微分計算の規則
フェルマとライプニッツ/ヤコブ・ベルヌーイとヨハン・ベルヌーイ/往復書簡/マルキ・ド・ロピタル(ロピタル公爵)/縦線と向軸線/「差」と「差分」/微分の計算規則(その1)定量の微分/微分の計算規則(その2)和と差と積の微分/微分計算の公理系/微分計算のアルゴリズム/高校数学の微分公式/代数的でない曲線に対する「万能の接線法」
3. 曲線の形
無限小の代数学/接線の変化と曲線の形状/2階微分と曲線の変曲/ライプニッツの計算例(1)スネルの法則/ライプニッツの計算例(2)/接線と軸の交点の決定/関数と曲線/接線法再考
4. 逆接線法と超越曲線
「ライプニッツ1686」/「超越的な曲線」の由来/ドゥボーヌの問題/逆接線法と積分計算/逆接線法と求積線/超越曲線への関心/デカルトの求積法/非代数的な表示式について/求積法と求積線/「積分されるべき微分」/オイラーの関数概念/「曲線の世界」から「変化量と微分の世界」へ
第4章:オイラーの解析幾何学
◆レオンハルト・オイラー年表
1. オイラーの曲線論
『無限解析序説』/オイラーの語る「定量」と「変化量」/代数関数と超越関数/代数方程式と代数関数/超越関数の世界/関数と曲線/曲線の解析的源泉/超越曲線のいろいろ
2. 逆接線法から微分方程式へ
レムニスケートに由来する微分方程式/最短降下線と最速降下線/サイクロイド/オイラーの力学/関数概念の導入/オイラーの第2の関数/代数関数と代数曲線/オイラーの第3の関数/関数と変分法/変化するものは何か/オイラー方程式の解について
コラム
- 3線・4線の軌跡問題の具体例と解析幾何学による解法
- 代数方程式の代数的解法とは
- ロピタルの原理
おわりに
参考文献
索引