9月27日(土)は1年ぶりに大栗博司先生による数学講座を聴講してきた。
素数の話、解の公式の話(朝日カルチャーセンター)
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=257160&userflg=0
先生にお会いするのは昨年9月の「ブルーバックス創刊50周年、特別記念講演会」以来である。久しぶりに科学ブログ仲間とも再会できることもあって、この日がくるのを楽しみにしていた。先生の今回の帰国(来日?)の目的のひとつには著書「大栗先生の超弦理論入門」が講談社科学出版賞を受賞されたこともあり、「講談社三賞授賞式」に出席することにあった。
朝日カルチャーセンター新宿教室で開催された大栗先生の講座は重力の話から、強い力と弱い力、そして超弦理論までひととおり完了している。続きはどうなることだろうとずっと思っていた。
ところが今回は物理学ではなく数学だった。昨年11月から半年間「幻冬舎plus」に連載されていた「数学の言葉で世界を見たら」という連載記事から特に人気の高かった「素数の不思議」と「難しさを測る、美しさを測る」の2つをまとめて「素数の話、解の公式の話」として昼食をはさんで合計4時間の講義にまとめたものだった。
素数の不思議 前編
http://www.gentosha.jp/articles/-/1554
素数の不思議 後編
http://www.gentosha.jp/articles/-/1662
難しさを測る、美しさを測る 前編
http://www.gentosha.jp/articles/-/2310
難しさを測る、美しさを測る 後編
http://www.gentosha.jp/articles/-/2311
僕の大学時代の専攻は応用数学だ。群論はカリキュラムに含まれていたし、この数年何冊かの教科書で学んでいた。しかし整数論やガロア理論は「数学科」では選択可能だったが「応用数学科」では学ぶことができなかった。ガロア理論は2年前に「数学ガール/ガロア理論:結城浩」を読んだのが初めてで、整数論については最近「素数夜曲―女王陛下のLISP:吉田武」を読み始めたばかりである。「整数論は数学の女王」と言われるものの、なぜ女王と呼ばれるにふさわしいのか数学を専攻していたにもかかわらず実感として理解できていないなさけない状態なのだ。今回の講座でほんの少しでもそれが実感できればよいのだけれどというのが正直な気持だった。
今年の夏も猛暑やゲリラ豪雨で相変わらず荒れた季節を過ごしてきたわけだが、幸いこの日はすがすがしい秋の晴天に恵まれた。いつものように開講30分前に新宿教室に到着。いつもだと机の上には先生が用意したスライドの印刷物が乗せられているのだが、今回は何もない。そのかわりに黒板2つとホワイトボード2つが教壇の横に置かれていた。板書しながら講義が進むのだとわかった。いつもの科学ブログ仲間数名に加えて、今回は僕の大学時代の同級生のI君も席についた。
先生が到着される頃までには120人入る71番教室は満席になる。「せっかくのお休みの日に、わざわざ数学の授業を聞きにいらっしゃるみなさんは立派です。」と笑いをとられてから講義が始まった。
板書を写した僕のB5版のノートは午前と午後の4時間で24ページになった。流れは次のようなものだった。
午前(10時から12時まで):素数の話
- 幻冬舎plusで数学の記事を書くことになったいきさつ
- 自然数は素数と合成数に分かれる
- 素数をみつける方法、エラトステネスのふるい
- 素因数分解は一意(ユークリッド)
- 素数は無限個ある
- 素数の分布、密度分布をあらわす関数を求める
- 10の指数の話:日本のGDP(10^14円)、トヨタの売上(10^13円)、文教予算(10^12円)、東大の予算(10^11円)
- コイン投げによる確率の話
- ネイピア数、自然対数、常用対数の話
- 素数の判定、素数テスト
- 剰余類の話
- フェルマーの小定理
- パスカルの三角形
- フェルマーの小定理の帰納法による証明
- 新しいテスト方法では小定理が拡張され、合成数でも使えるテストになった
- RSA暗号、公開鍵のしくみ
- オイラー関数
- 量子コンピュータ、量子暗号理論
- 素数スマッシュ: http://panasonic.net/apps/jp/primesmash/
午後(13時から15時まで):解の公式の話(ガロア理論)
- 1次方程式、2次方程式の解、因数分解
- リーマンのゼータ関数
- オイラーによるゼータ関数の素数を使った表現
- 古代ギリシアにおける2次方程式の解が求められた
- イスラム世界からヨーロッパに数学が入った
- 3次方程式の解、16世紀にデル・フェッロが解いた
- カルダーノの公式、アルスマグナ
- 4次方程式、フェラーリ
- ガウスの定理:どんな次数でも複素数で解があることを証明した。最終的に6つの方法で証明
- 「解けるとは?」:解を加減乗除とべき根で書けること
- 18世紀、ラグランジュは「なぜ解けるのか?」を研究
- アーベル、ガロア=ビクトル・ユゴーのレ・ミゼラブルと同時代
- アーベル(1802-1828):5次方程式は解けない
- 2次方程式の解の対称性、対称でないものを対称にするために2乗する
- 3次方程式の解の対称性
- 3つの解の入れ替え、群、アミダクジ(置換群)の話
- 正三角形の回転、左右反転
- 共通する性質=群という性質、群の定義
- 3次方程式における解と係数の関係
- 4次方程式の場合も大丈夫
- 5次方程式の場合は無理
- 正20面体の話、20面体群、単純群の話
- モンスター群に至る散在群の話、Atlas of Finite Group
- 散在群の全体は1000ページに渡るいろいろな数学者による証明の合作。全体を通して証明を確認した人はいない。
- 5次方程式はべき根に制限しなければ楕円関数、超幾何関数を使って解ける
- クライン:「20面体群と5次方程式」という著書
- 代数->関数->幾何
- マシュー群は物理と関連があることがわかった
- プラトニックな世界
というわけで、講義はテンポよく進んだので4時間はあっという間だった。ノートをこれだけ集中して書いたのは大学生以来かもしれない。板書写しがいちばん忙しかったのは3次方程式の解と係数のあたり。ゼータ(ζ)の文字を書くのに慣れていないので手こずった。僕が書くζはどれも形がまちまちだ。すらすらと「美しいζ」を書いている大栗先生はやはり慣れていらっしゃると本筋とまったく関係ないところで僕は感心していた。
驚かされたのは「散在群の全体は1000ページに渡るいろいろな数学者による証明の合作。全体を通して証明を確認した人はいない。」という話。すべての散在群が見つかったというのがすごいことだし、恐ろしく深遠な世界が存在していることに感動した。やはり数学は発明ではなく発見だと僕は思うのだ。
コンウェイがまとめあげた「アトラス」の話についてだが、全ての有限単純群の数え上げを証明したのはゴーレンシュタインが率いる研究チームで、半世紀にわたり数百本の論文を発表し、全部合わせると数万ページになるという。
同級生のI君も「これだけ分かりやすい講義は素晴らしい。」と感激していた。今回の講座のポイントは「解と係数の関係」を導くことが「解けること」と直接関連していることを理解することにある。
先生がおっしゃっていたように群とは数学の世界のプラトニックな研究対象である。つまり群とは哲学者プラトンの仮想世界の存在なのだ。その話を聞いていたとき僕は「仮想恋愛のプラトニック・ラブも語源はプラトンなのだけど、プラトニック・ラブからプラトンを連想している人はきっと少ないに違いない。」などと余計なことを考えていた。余計な妄想をしているうちに、大切なところを聞き逃してしまうのが学生時代からの悪い癖である。
今回、僕は2つの質問をさせていただいた。
質問1) ガロア理論の本を読んで挫折する人はたくさんいるが、今回の話はガロア理論をどこまで理解したことになるのでしょうか?
先生の回答) それは今回の講義で何を省略したかという質問ですね?と笑いをとられたあと、次のように説明された。ガロア理論は群論の研究を進めて、正規部分群などをはじめ群の構造を理解し、ガロア群というものを理解することです。その部分は今回の講座には含まれず、今回の講座では「5次方程式は解けない」ということを理解するための最短ルートを解説しました。
質問2) 「群」は英語で「group」です。日常用語でもある「group」を使うと英語圏の初心者は群論を学ぶときに混乱しないでしょうか?
先生の回答) 混乱はしないと思います。英語では日本語にくらべて専門用語でも日常用語と同じものを使う場合が多いです。たとえば「強い力」や「弱い力」がそうですよね。
大栗先生、今回も素晴らしい講義をありがとうございました。
講座の後はいつものように銀座ライオン(西新宿店)でオフ会。今回は5人参加。途中から大学時代の同級生I君の奥さんも合流して6人になった。彼女も大学時代の同級生(数学専攻)で、卒業してから数年して付き合い始めて結婚した夫婦である。
関連書籍:
今回のテーマに沿った推薦図書や講座で先生が言及されていた本を紹介しておこう。
整数論入門としては、これがいちばん楽しそうだ。超お勧め。
「素数夜曲―女王陛下のLISP:吉田武」
今の時点でガロア理論を学ぶのには、この本がいちばんだと思う。昨年刊行された。
「ガロア理論の頂を踏む:石井俊全」
有限単純群については「有限群村の冒険 - あなたは数学の妖精を見たことがありますか?」という本を7年前に紹介したが、先生が講座で言及されていたのは原田先生のこの本だ。しかし絶版なので現在は9800円以上でしか買うことができない。
「モンスター―群のひろがり: 原田耕一郎」
現在入手しやすいのは次の本である。
「シンメトリーとモンスター 数学の美を求めて:マーク ロナン」(英語原書版)
有限単純群の分類について先生は「Atlas of Finite Groups」を紹介されていたが、リング製本版とペーパーバック版が刊行されている。しかしどちらも高価なので買うのにはとても勇気がいる。ウィキペディアの「モンスター群」や「有限単純群の分類」、「有限単純群のリスト」を読み、さらに2日以上考えてから購入ボタンをクリックすることをお勧めしたい。
「Atlas of Finite Groups(リング製本版)」
「Atlas of Finite Groups(ペーパーバック版)」
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