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ブログ紹介: 高校数学で分かる数学topics!!

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とね日記では自分が面白いと思ったブログをときどき紹介している。今回は先日見つけたばかりの数学ブログを紹介させていただこう。


高校数学で分かる数学topics!!
http://indoctus2.blogspot.jp/




管理人のDelih Shoorさんは今月に入ってからブログを始められたようだが、精力的に毎日いくつも記事を投稿されている。「にほんブログ村」の「数学ランキング」では堂々1位にランクイン。

高校数学から少しだけ発展させた適度な「背伸び感」がとてもいい感じだ。僕のブログの「理科復活プロジェクト」というカテゴリーのマインドと共通している「理数系高校生応援」の気持ちがこめられていると思った。


僕のお気に入り記事は次の3つだ。

sin x=2 を満たすx は??
http://indoctus2.blogspot.jp/2015/03/sin-x2-x.html

高校生の知識だけで証明するガウス積分
http://indoctus2.blogspot.jp/2015/03/blog-post_7.html

実数の絶対値と複素数の絶対値の根本的な違い
http://indoctus2.blogspot.jp/2015/03/blog-post_12.html


とね日記は「にほんブログ村」の「物理ランキング」に登録しているので、読者は主に物理学系の方々だ。数学ブログのチェックが甘い方も多いだろう。

このブログを少しでも多くの方、特に理数系の高校生に知ってもらいたいと思ったので、紹介させていただいた。(管理人の方には紹介記事投稿の許可を得ています。)


とね日記からのお知らせ: 次の理数系書籍紹介記事はおそらく今週末になります。500ページ以上ある分厚い数学書なので読むのに時間がかかっています。いま400ページあたりを読書中。それまでにいくつか別の話題で記事投稿すると思います。お楽しみに!


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知ろうとすること。(新潮文庫): 早野龍五、糸井重里

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知ろうとすること。(新潮文庫):早野龍五、糸井重里

内容紹介:
福島第一原発の事故後、情報が錯綜する中で、ただ事実を分析し、発信し続けた物理学者・早野龍五。以来、学校給食の陰膳(かげぜん)調査や子どもたちの内部被ばく測定装置開発など、誠実な計測と分析を重ね、国内外に発表。その姿勢を尊敬し、自らの指針とした糸井重里が、放射線の影響や「科学を読む力の大切さ」を早野と語る。未来に求められる「こころのありよう」とは。文庫オリジナル。2014年9月刊行、192ページ。

著者について:
早野龍五(はやの・りゅうご)
1952(昭和27)年岐阜県生れ。物理学者。東京大学大学院理学系研究科教授。専門はエキゾチック原子。世界最大の加速器を擁するスイスのCERN(欧州合同原子核研究機関)を拠点に、反陽子ヘリウム原子と反水素原子の研究を行う一方で、2011(平成23)年3月以来、福島第一原子力発電所事故に関して、自身のTwitterから現状分析と情報発信をおこなう。

糸井重里(いとい・しげさと)
1948(昭和23)年群馬県生れ。コピーライター。「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。広告、作詞、文筆、ゲーム制作など多彩な分野で活躍。著書に『ぼくの好きなコロッケ。』『ボールのようなことば。』『海馬』(池谷裕二との共著)『黄昏』(南伸坊との共著)ほか多数。東日本大震災以来、福島で継続される早野氏の情報発信活動に注目していた。


理数系書籍のレビュー記事は本書で270冊目と書きたいところだが、厳密にいえば本書はブルーバックスのような科学教養書ではないのでカウントしないことにする。

本書のことは刊行されたときから知っていて「早く読まなきゃ。」と思っていたのだが、できればKindle版で読みたいと今まで購入をためらっていた。けれども電子書籍化される気配がなく、先日東日本大震災から4年たったこともあり、しびれを切らして紙の本を読み始めたのだ。これまで多くの方が感想文をブログなどに投稿されている。遅まきながら僕も紹介記事を書かせていただこう。


震災直後のこと

4年前を振り返ってみる。地震発生直後の津波で多数の方が犠牲になった映像を見て心が折れそうになり、その数日後に福島第一原発の水蒸気爆発のニュースで恐怖がつのり、政府発表を信用してよいのか半信半疑になっていた自分を思い出す。

何を信じていいのかまったくわからず、不安を抱えながら避難生活が始まったばかりの人たちの心配をしていた日々。繰り返し流されるAC公共広告機構のコマーシャルを見るたびに僕は鬱っぽくなっていた。あの頃は怖くてテレビから目をそむけていた人もたくさんいたはずだ。

しかし、何がおきているかは知っておきたい。原発から放出された放射性物質はいつどのように広がり、これから福島の住民をはじめ私たちの健康にどのような影響を与えていくのか。シーベルトやベクレルという単位があることや、原発から出てくる放射性物質がヨウ素やセシウムであり、被ばくには内部被ばくと外部被ばくがあることを、その頃に学んだ。

でも、どの発表を信じたらよいのだろう。不安をあおるツイートや報道ばかりが目についた。本当に危険ならば東京を脱出しなければならないし、そうはいっても建て直したばかりの実家をそうやすやすと離れるわけにはいかない。第一、仕事はどうするのだ?


健康被害を知るためのデータ蓄積には時間がかかる

2013年9月に紹介した「高校数学でわかる統計学:竹内淳」では、155ページから福島第一原発による放射線とガンの発生率の因果関係を統計学的に調べることの難しさが解説されている。

線量が微量であるほど、ガンの発症との因果関係を検証するために必要になる標本数は指数関数的に増えてしまうのだ。



この表を見たとき僕は暗澹たる気持になった。25万人近くの人に対して検査をお願いしなければならないのだ。行政はちゃんとこれを行なってくれるのだろうか?ものすごく時間がかかりそうだし。

でもきちんと測定してなければ、いつまでもチェルノブイリの放射線被害のデータを参考にしたり、各地で測られる線量をもとに予測するしかないわけだから。急がなければならない。不安がつのる中で住民はどんどん全国に移転してしまう。

そのような気持をもちながら、ときどき放送されるNHKスペシャルで事故当時に起きていた新事実に驚愕しつつ政府や東電に対する不信感を増幅させ、そして日常の忙しさに埋没して4年が過ぎてしまった。


ツイッターを始めてよかったこと

同僚に勧められてしぶしぶ始めたツイッターは、今では僕にとって欠くことのできないツールになり、このブログのおかげで830人を超える方にフォローしていただいている。

特によかったと思えるのは、日常生活では無縁の大学教授や著名人の生の声を聞き、お人柄を知ることができるようになったことだ。物理学系ブログを書いているので早野先生のアカウントは震災前からフォローし、糸井さんは早野先生つながりで震災後にフォローさせていただいている。

結局のところ何を信頼し、誰が信用できるのかということは自らその人に対して感じる人柄だと思うのだ。非科学的に聞こえるかもしれないけれども、どんなに正しい数値を見てもその人が信用できなければ話にならない。ことさらに高い線量を見せつけて声高にツイートする人や、日ごろ他人に対して攻撃的なツイートをしている人が発信する内容をどうして信じることができるだろうか。

よくわからないことには、とりあえず心配しておいたほうがよいだろうという心のあり方は、結局のところ風評被害しかもたらさない。「知ろうとする」意識を持つことで、そこから脱却する一歩を踏み出せるのだ。

早野先生は震災前から日ごろのツイートを読ませていただいた印象から信頼できる方であったし、震災後の冷静なツイートは信用したいと積極的に思いながら読ませていただいていた。糸井さんのツイートも、僕には世間一般の人が感じていることを雄弁に語られていると、その表現力に感心しながら読ませていただいていた。


早野先生は物理学者といえども原発については専門外

早野先生のご専門は素粒子物理学の中での一分野、「エキゾチック原子」である。原子の構造はもちろんお詳しいが、原子力発電や放射線の専門家ではない。物理学といっても細分化されているから、専門外のことは特に興味をもって勉強していない限り詳しいことを知っているわけではない。

そのような先生が、自ら原発からでる放射線や福島の住民の線量を調査し始め、医者や専門の先生方からのアドバイスを得ながら、事実を明らかにしていったことに僕は驚くばかりだった。お忙しいはずなのに、行動をおこされたというのはいったい何なのだろう?

物理学者として先生がこれまで培われてきた能力と、お人柄のよさがその調査を実り多いものにしていった経緯が本書を読むとよくわかる。線量を測るにしても、計器を調整しなければ正しい値がでないことは当たり前なのだけど、実際に現地で行われた調査ではそれが行われずに誤った結果を発表しかねなかったということも本書では紹介されている。

早野先生が行なったのは、住民おひとりずつにどれくらいの線量が蓄積されているかを測定し、危険なレベルに達していないかどうかを判断するものだ。高い線量がある人がいれば問診をしてその原因をさぐるのである。

そして、結果を社会に発表することの難しさは科学とはまた別の難しさがあることについても僕は学ばせていただいた。先生がポケットマネーで始めた住民に対する線量調査は、後に行政に引き継がれ、3年後、本書を執筆するころまでに、10万人を超える住民の方々のデータが蓄積され、原発から放出された放射線はチェルノブイリに比べてごくわずかしかなかったこと、福島の住民の内部被ばくや外部被ばくの影響はなかったことが確認されたのである。

早野先生は検査を行うにあたって、もちろん客観性を重視していたわけだが、先生ご自身の被ばく体験に基づく安心感を早い段階からお持ちになっていた。それは先生ご自身が肺がんの検査のためにCTスキャナで200ミリシーベルトを被ばくしていたこと、1973年6月に中国が大気中で行なった水爆実験により、放射能を含んだ雨がその当時東京に降って被ばくしていたことなのだ。それだけ放射線を浴びていても先生ご自身はなんともなく、現在も元気に生活していらっしゃるからだ。ご自身の中に福島原発とは別の物差しをもっている先生だからこそ語れる安心感なのである。

恥ずかしながら僕は1973年の水爆実験のことを本書で知った。小学4年生のときにそんな大事件がおきていたとは。。。その日に僕が雨に濡れていたかどうかはもちろん覚えていない。


赤ちゃんは大丈夫?カリウム40のこと、甲状腺がんのこと

福島の住民がいちばん心配なのは子供に対する健康被害のことだろう。これについても早野先生は多くの方の協力を得ながら検査を行っている。その結果得られた結果は「心配することはない。」というものだった。印象に残ったのは工業デザイナーに依頼して、子供が安心して中に入って線量を検査できる機器を開発したという逸話だった。グロテスクな形の箱に入らなければならないとしたら、母親は心配になり検査に協力する人が激減してしまうからだ。

人間の体内にもともとある放射性カリウム40の話は、特に安心感を与えるものだ。実際に測定される放射性セシウムの線量に対して、もとからある放射性カリウム40の線量のほうがずっと大きいからだ。わずかな線量に振り回されず、安心して生活を送ることができるようになる。

甲状腺がんの検査については、本書刊行当時にやっと1回目が終わったばかりで、おそらく問題はないだろうというのが早野先生がお持ちになっている印象だという。けれども甲状腺がんは4~5年たって発症することが多いため、2回目に行う検査の結果と比較しなければならないそうだ。


138億年前の話、科学の話

放射性元素にはセシウムやヨウ素、ウラン、プルトニウムなどのほか、温泉に含まれるラドンもある。早野先生と糸井さんの対談はラドンの話にうつる。これを説明するためには宇宙の始まり、138億年前のことから始めなければならない。門外漢の糸井さんに対して早野先生のわかりやすい解説、科学はどのように真実を明らかにしていくのか、数式をもちいることの意味、紙と鉛筆で解ける問題とコンピュータで計算して解ける問題など、素人にもわかる科学談義が繰り広げられ、放射性元素も含めて私たちひとりひとりに宇宙誕生時に生まれた水素やその後に生まれた放射性元素がもともと入っていることを納得することができる。


マイナスからゼロへ、ゼロからプラスへ

早野先生の3年におよぶ調査やツイッターによる情報発信は、データやグラフとして福島の住民や私たちに安心をもたらす結果を与えてくれた。これはマイナスからゼロへ到達する過程だった。次はこれをどのようにプラスにもっていくかである。

その手始めとして早野先生は福島の高校生をCERNに引率し、ヨーロッパの高校生の前でその結果を英語で発表させた。そのための費用をどのように得たかという話も「大胆だなぁ。」と読んでいて僕はうれしくなった。

高校生にとっては海外で発表するために渡航するなんて「遣隋使」や「遣唐使」のようなものである。心臓が破裂しそうな思いでCERNに向かったに違いない。

海外ではいまだに「福島に人が住んでいるはずがない。」と信じられている。高校生たちの行なった発表はその誤解を払拭するために大いに貢献することができた。そして帰国後、彼らは他の生徒の前で同じ発表をすることになる。後輩たちは大いに刺激を受け、自分でも何かできると自信をもらったに違いない。

このように本書はすがすがしい読後感のある本なのだ。


今の僕にできること

今の時点で僕に何ができるのか?

数日前に震災や津波で犠牲になった方へ黙祷を捧げてから僕はずっと考えていた。幸いなことに読者のみなさんのおかげでそこそこのアクセス数があるこのブログを僕はもっている。紹介記事を書いて、少しでも多くの方に本書を読んでもらうというのが、まず僕ができることなのだなと思った。

本書をお読みいただき実際に蓄積されたデータから得られる安心感が、今後の被災地の復興活動の心理的土台になってほしいと僕は切に願っている。

Kindle版をお待ちの方は、そろそろあきらめて紙の本で読んでほしい。そしてご自身でも感想を書いて他の方に勧めていただくことを僕は期待している。(早野先生の5日前の「お待ち下さい。」というツイートで、電子書籍化は予定されていることがわかった。)

あと、本書は英訳して世界中の人に読んでもらえればよいのにと思った。

今日は3月15日。福島第一原発3号機が水素爆発をおこしてから、ちょうど4年である。


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知ろうとすること。(新潮文庫):早野龍五、糸井重里



序章:まず、言っておきたいこと。
- 糸井重里が言っておきたいこと。
- 早野龍五が言っておきたいこと。

1章:なぜ放射線に関するツイートを始めたのか
- 自分でもよくわかんないんですよ
- 被ばくに関するふたつのバックグラウンド

2章:糸井重里はなぜ早野龍五のツイートを信頼したのか
- 叫ぶ人は信用できない
- 間違ったデータに騙され続けていたんです
- 当時、恐れていたこと
- 現場で働いている人たちのこと

3章:福島での測定から見えてきたこと
- 給食の陰膳調査
- 二人のお医者さんとの出会い
- 内部被ばくに関しては大丈夫だった
- 厳しい規制値と1000万袋の検査
- 外部被ばく対策、D-シャトル

4章:まだある不安と、これから
- 「私はちゃんと子供を産めるんですか?」
- 甲状腺ガンについての不安

5章:ベビースキャンと科学の話
- 科学的には必要のない道具
- カリウム40とは
- 138億年前の話
- これからの科学について

6章:マイナスをゼロにする仕事から、未来につなげる仕事へ
- 高校生をCERNへ

あとがき 早野龍五

もうひとつのあとがき
こころのありよう、というか「姿勢」のこと 糸井重里

発売情報: ヒルベルト空間と量子力学 改訂増補版:新井朝雄

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内容紹介:
ヒルベルト空間と線形作用素の理論の基本的なアイデアと結果を系統的に叙述し,ヒルベルト空間の形式を用いて量子力学の数学的基礎を解説。
改訂増補版である本著は,関数解析への接続を意識し,新たにバナッハ空間とコンパクト作用素についての記述をそれぞれ大幅に追加した。また,量子力学の応用例として「水素原子のスペクトル解析」についての章も追加している。
平成9年の初版以来,多くの方にご愛読を頂いた本書に,新たな応用的知識を増補することにより,ヒルベルト空間に関する更なる広い知識と深い理解の修得を目指す。2014年7月刊行、338ページ。(改訂前の版は276ページ)

著者略歴:
新井朝雄
1979年東京大学理学系大学院修士課程修了。現在、北海道大学大学院理学研究院教授。理学博士


5年前に「ヒルベルト空間と量子力学:新井朝雄」の記事で紹介した数理物理学書が、2014年7月に改訂増補版として発売されていることに気がついた。すでにご存知の方もいると思うがツイートしている人が少ないので発売情報として紹介しておこう。

初学者の方へ: 「量子力学の数学的基礎を解説」と言っても、本書は量子力学を学ぶために必要な数学を解説した本ではないのでご注意いただきたい。量子力学を学ぶのならば本書ではなく物理学の教科書を読んでほしい。本書は量子力学の理論を数学的に厳密な形で裏づけを与えるための数学書である。これは「物理学の問題を解くための道具としての数学からの脱却」を意味するものだ。量子力学をひととおり学んでから読んでいただきたい。

これから読もうと思っている方は改訂増補版をお買い求めいただきたい。

ヒルベルト空間と量子力学 改訂増補版:新井朝雄



正誤表は共立出版のホームページで確認できる。

本書の紹介ページ(共立出版)
http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320110892

改訂前の版の紹介記事の中で僕は「読後の感想としては、後半の量子力学系の解説にもう少しページを割いてほしかった。」と書いている。改訂増補版の第8章は、まるで僕の要望にこたえていただいたかのようだ。

細かい改訂箇所はいくつかあると思うが、増補された箇所を青字で示しておこう。今回の改訂増補によってページ数は276ページから338ページに増えた。

第1章 ヒルベルト空間
1.1 ベクトル空間
1.2 内積空間
1.3 ヒルベルト空間
1.4 正射影空間
1.5 完全正規直交系
1.6 L2(Rd)におけるいくつかの基本的事実
1.7 より一般的な空間への上昇 ―ノルム空間とバナッハ空間

第2章 ヒルベルト空間上の線形作用素
2.1 線形作用素
2.2 有界線形作用素
2.3 有界線形汎関数とリースの表現定理
2.4 ユニタリ作用素とヒルベルト空間の同型
2.5 有界作用素の基本的性質
2.6 非有界作用素
2.7 作用素の拡大と共役作用素
2.8 閉作用素と可閉作用素
2.9 レゾルヴェントとスペクトル
2.10 自己共役作用素
2.11 自己共役作用素のスペクトル
2.12 コンパクト作用素
2.13 一般の線形作用素のスペクトルの分類

第3章 作用素解析とスペクトル定理
3.1 正射影作用素
3.2 単位の分解と作用素値汎関数
3.3 作用素値汎関数の性質 ―作用素解析
3.4 スペクトル定理

第4章 自己共役作用素の解析
4.1 自己共役性に対する判定条件
4.2 本質的自己共役性
4.3 強連続1パラメータユニタリ群とストーンの定理
4.4 自己共役作用素の強可換性

第5章 偏微分作用素の本質的自己共役性とスペクトル
5.1 急減少関数の空間とフーリエ変換
5.2 偏微分作用素とその本質的自己共役性
5.3 スペクトル
5.4 一般化されたラプラシアン

第6章 量子力学の数学的原理
6.1 量子力学とはどういうものか
6.2 量子力学の基礎概念 ―状態と物理量
6.3 ハイゼンベルクの不確定性関係
6.4 正準量子化
6.5 状態の時間発展 ―シュレーディンガー方程式
6.6 物理量の時間発展 ―ハイゼンベルクの運動方程式
6.7 最低エネルギーに対する変分原理

第7章 量子調和振動子
7.1 量子調和振動子のハミルトニアンと固有値問題
7.2 固有値問題の抽象的定式化とその解
7.3 ハミルトニアンのスペクトルと固有関数

第8章 球対称なポテンシャルをもつ量子系と水素原子
8.1 水素様原子のハミルトニアン
8.2 球対称ポテンシャルをもつ量子系

付録A ルベーグ積分論における基本定理

付録B 確率論の基本的事項

練習問題解答
あとがき
索引


関連記事:

ヒルベルト空間と量子力学:新井朝雄
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fa4d9da634afbdb8a9dfc1ac162f7afe

量子力学の数学的構造 I:新井朝雄、江沢洋
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/196b59dc50fca361ba523036e7eeb908

量子力学の数学的構造 II:新井朝雄、江沢洋
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a4ef01e94a8c0384cec353ebe4d542e4

量子力学―観測と解釈問題:高林武彦著、保江邦夫編
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9d1668e20488e295c2d2ff41eb3bb022


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地下鉄サリン事件から20年

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1995年3月20日の朝

あの日から20年。この事件やオウム真理教のこと、あの朝に僕がどのように過ごしていたかについては昨年「僕にとってのあの日 (地下鉄サリン事件)」という記事を書いたが、昨日のNHKニュースによるとオウム真理教が改称した宗教団体アレフは今でも麻原彰晃の説法ビデオを使って修行し、勧誘活動を強化して毎年100人くらいが入信しているという。

地下鉄サリン事件は当時戦後最大級の無差別殺人行為であるとともに1994年(平成6年)に発生したテロ事件である松本サリン事件に続き、大都市で一般市民に対して化学兵器が使用された史上初のテロ事件として、全世界に衝撃を与え、世界中の治安関係者を震撼させた。

同じようなことが二度と繰り返されることのないように、若い世代に対してもう一度注意喚起しておこう。詳しいことは昨年書いた記事をお読みいただきたい。

僕にとってのあの日 (地下鉄サリン事件)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bd4f209d9465bf3c8a8f0d29badca7b8


今もなお事件に関わった元幹部たちの裁判は続いており、昨年以降この事件やオウム真理教の特集番組がいくつか放送された。20年もたっているのに新しい事実がいくつも明らかになっている。

- オウムは国家転覆を企てていただけでなく、核兵器を使った人類全滅も企てていた。オーストラリア内陸の広大な土地で核兵器開発のためのウラン採掘を行っていたことが今年になってスクープされた。

- 富士山麓に建てられていたオウム真理教の施設では70トンものサリン製造が可能だということが明らかにされた。

- 宗教団体アレフは、衰えるどころか近年勧誘活動を強化しつつある。麻原彰晃の教義に基づく活動を続け、アレフという名称を隠して勧誘活動を行っていることが明らかになった。信者は今も増えつつある。


20年の節目を迎えるにあたって、東京メトロ霞ヶ関駅ではサリン事件慰霊式が行われる。ニコニコ動画でも放送されるそうだ。

地下鉄サリン20年:霞ヶ関駅・地下鉄サリン事件慰霊式
http://live.nicovideo.jp/watch/lv214259095


テレビでは次のような特集番組が放送される。

NHKスペシャル「オウム真理教 地下鉄サリン事件」
2015年3月20日(金)NHK G 午後7:30~8:45 放送
http://www.nhk.or.jp/mikaiketsu/file004/index.html

激動!世紀の大事件 オウム真理教と闘った家族の全記録~地下鉄サリン事件20年~
2015年3月20日(金)フジテレビ 午後9:00~10:52 放送
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/150320akatokuronogekijyo/


地下鉄サリン事件やオウム真理教のことを知らない方はぜひご覧いただきたい。過去のことだと決めつけることはできない。このような団体に入信してしまう社会的な風土は現代においても当時とほとんど変わっていないと僕は思うのだ。

1995年当時のニュース番組(地下鉄サリン事件の翌月の時点での放送)

オウム早川紀代秀会見1995.04.19:ひとつ上のフジテレビの予告動画の中で武器を構えているのはこの早川という男である。(2009年7月17日、死刑が確定。東京拘置所に収監されている。再審請求中。)


報道スペシャル「サリンとオウム徹底検証」鳥越俊太郎


地下鉄サリン事件 警視庁警察無線全記録 (完全版)



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ガロア理論の頂を踏む: 石井俊全

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ガロア理論の頂を踏む: 石井俊全

内容紹介:
本書は、「一般の5次方程式が根号で解けないことをきちんと証明する」ことを頂上(ピーク)として、そこに向かって一歩一歩、しっかりと登っていく本です。前提としているのは、高校数学の知識です。それがしっかりと理解できていれば読めるようになっています。ピークへの過程に出てくる定理には、証明が全て書いてあります。一番易しいルートを選択しながら、途中から急に難しくなることなく、最初から最後まで、同じ丁寧さで解説していきます。 2013年刊行、504ページ。

著者について:
石井俊全(いしいとしあき)
1965年東京生まれ。東京大学建築学科卒、東京工業大学数学科修士課程卒。大人のための数学教室「和」講師。書籍編集の傍ら、中学受験算数、大学受験数学、数検受験数学から、多変量解析のための線形代数、アクチュアリー数学、確率・統計、金融工学(ブラックショールズの公式)に至るまで、幅広い分野を算数・数学が苦手な人に向けて講義をしている。著書に『中学入試 計算名人免許皆伝』『中学入試 カードで鍛える 図形の必勝手筋』『数学を決める論証力 大学への数学』(いずれも東京出版)『まずはこの一冊から 意味がわかる線形代数』『まずはこの一冊から 意味がわかる統計学』(ベレ出版)がある。(石井先生の著書をAmazonで検索する。


理数系書籍のレビュー記事は本書で270冊目。

ガロア理論を制覇するための決定版。

「一般の5次方程式が根号で解けないことのきちんとした証明を、いちばんやさしい筋道で理解し感得する。」

と銘打った本書は画期的な本だ。これまでにない詳しさで定理を積み重ねることで、ガロア理論を「完全に証明する」ための道筋を一歩ずつたどった本なのだ。

- ガロア理論の啓蒙書を読んだけれども、最後の方の5次方程式が根号で解けないところの説明・証明がクリアにわからない。
- そこで、専門書を手に取ってみたが挫折した。
- でもやはり、5次方程式が根号で解けないことの証明が気になるので読んでみたい。

このような読者のために書かれている。

特徴:

1)証明がこの本に全部書いてある。(省略が全くない。)
2)初めから終わりまで同じ丁寧さで解説している。
3)例から説明している。
4)高校数学を履修した人であれば読める。
5)一番やさしいルートを選択している。

とはいえ僕がかなり手こずったことは否めない。500ページあまりを読み終えるのにまるまるひと月かかった。本書は昨年9月に大栗博司先生の「素数の話、解の公式の話(朝日カルチャーセンター)」を受講するための準備として購入していた。結局講座には間に合わず、やっと今になって読み終えることができた。

僕が買ったのは第2刷だ。正誤表や詳細目次、サンプルページはベレ出版のホームページで確認することができる。

ガロア理論の頂を踏む(ベレ出版)
http://www.beret.co.jp/books/detail/487

本書のおおまかな流れは次のとおり。(画像クリックで拡大)



第4章から第5章にかけては、一般に「最小分解体道」、「正規道」、「アルティン道」という3つのルートが知られている。本書はこのうち「最小分解体道」に沿って解説を行っている。

「アルティン道」をたどる本としては「ガロア理論入門 (ちくま学芸文庫): エミール・アルティン」が有名だ。この本は名著として知られ、高校数学参考書や旺文社大学受験ラジオ講座、代々木ゼミナールで教鞭をとられていた「寺田文行」先生が翻訳をしている。僕も高校時代、受験生のころは寺田先生の「数学鉄則シリーズ」や代々木ゼミナールの講座でお世話になった。定年退官されたときのお写真は「このページ」でご覧いただける。

ガロア理論入門 (ちくま学芸文庫): エミール・アルティン



第6章でピークの定理を証明し「5次方程式が根号で解けない。」ことが示される。

ピークの定理:
方程式 f(x)=0 の解が根号で表される ⇔ 方程式 f(x)=0 のガロア群が可解群である

章立ては次のとおりだ。

第1章:「整数」
第2章:「群」
第3章:「多項式」
第4章:「複素数」
第5章:「体と自己同型写像」
第6章:「根号で表す」

詳細の目次は、ベレ出版のホームページで確認できるが、ここにも載せておこう。(画像はクリックで拡大)

  

  

  


実際に読んでみると第4章の「複素数」までは楽に進めた。ここまでは群論の入門書としても読むことができる。しかし、第5章以降はとても手こずった。分厚い本だけに前の章までに導いた数々の定理を忘れてしまうので、戻って確認しなければならず、かなりの忍耐力が要求される。

本書の特徴の3つ目「初めから終わりまで同じ丁寧さで解説している。」は正しいのだが、これは証明のすべてを記憶している著者だからこそ主張できることであって、読者にとっては同じ程度の難易度勾配で証明の理解が進んでいくわけではない。登山にたとえると第5章から上り坂はきつくなる。ちょうど富士山のような形で上り坂はきつくなっていると僕は感じた。

ガロア理論については3年前に「数学ガール/ガロア理論:結城浩」で学んでいる。この本は最終章の1歩手前までは、比較的易しく、読者は楽しみながら読み進めることができる。しかし、最終章はいきなり「絶壁の登山」になっていた。数学ガールシリーズは最終章がいきなり難解になるという印象を僕は持っている。

だから、本書は今のところ入手できる中では、いちばん読者に優しいガロア理論入門書であり、完全に理解するための本として決定版だと言えるのだ。


数学ファンにとってガロア理論を制覇することは、いくつかある大きな夢のうちのひとつである。これまで挫折を繰り返して、苦い思い出をお持ちの方には特に本書をお勧めしたい。


ガロア理論の頂を踏む: 石井俊全




関連記事、関連ページ:

数学ガール/ガロア理論:結城浩
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a5450818389e0220779e363617332a76

代数系入門: 松坂和夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/055c0887eb88f94bceb53b859524c952

Gの夢~ 解けない方程式の謎を解く ~
http://galois.motion.ne.jp/


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数学の言葉で世界を見たら: 大栗博司

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数学の言葉で世界を見たら 父から娘に贈る数学:大栗博司」(Kindle版

内容紹介:
考える力・創造する力がグングン伸びる。
人生がもっとワクワクしてくる。

基礎の基礎から役立つ話、驚く話、美しい話まで。
楽しみながら学ぶ、数と論理の世界。

数学は、英語や日本語では表すことができないくらい、シンプルに正確にそして本質的に、物事を表現するために作られた言葉です。だから数学がわかれば、これまで見えなかったことが見えるようになり、言えなかったことが言えるようになり、考えたこともなかったことが考えられるようになります。
本書では、世界的に有名な物理学者である著者が、高校生になる娘に語りかけるかたちをとりながら、驚きと感動に満ちた数学の世界を道案内します。イラスト多数。

自分の頭で考える。物事の本質を捉える。新しい価値を創造する。君が幸せに生きていくための魔法の言葉を教えよう。楽しく学ぶ数学入門。2015年3月刊行、263ページ。

著者について:
大栗博司(おおぐりひろし):ホームページ: http://ooguri.caltech.edu/japanese
カリフォルニア工科大学ウォルター・バーク理論物理学研究所所長、フレッド・カブリ冠教授、数学・物理・天文部門副部門長。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究員も務める。1962年生まれ。京都大学理学部卒、東京大学理学博士。東京大学助手、プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授などを歴任。専門は素粒子論。2008年アイゼンバッド賞(アメリカ数学会)、高木レクチャー(日本数学会)、09年フンボルト賞、仁科記念賞、12年サイモンズ研究賞授賞。アスペン物理学センター理事、アメリカ数学会フェロー。著書に『重力とは何か』『強い力と弱い力』(ともに幻冬舎新書)、『大栗先生の超弦理論入門』(ブルーバックス、講談社科学出版賞受賞)、『素粒子論のランドスケープ』(数学書房)、『マンガでわかる超ひも理論』(監修、サイエンス・アイ新書)がある。


理数系書籍のレビュー記事は本書で271冊目。

科学ファンなら誰でも知っている物理学者の大栗博司先生が一般向けの数学書をお書きになった。発売前からネット上の反響は大きく、3月18日に発売されたばかりなのにAmazonでは「科学テクノロジー部門」でのベストセラーで3位にランクインしている。あらゆるジャンルを含めた一般のランキングではなんと106位。数式がたくさん書かれている数学書としては極めて異例だと思う。僕も発売と同時に購入し、さっそく読ませていただいた。

先生がこれまでお書きになった物理学の教養書が「です/ます調」で書かれているのに対し、今回は娘さんに語りかける「である調」のスタイルだ。文体を変えるだけで雰囲気はずいぶん変わるものだなぁというのが第一印象だった。

先生の娘さんについては、朝日カルチャーセンターの物理学講座でLHCが建設中に、素粒子加速器を背景に撮られた子供の頃の写真を見せていただいたことがある。先生は超多忙な方だから、ご家族とゆっくり話をする時間をとれているだろうかとか、娘さんに数学や理科を教えることはあるのかなとか、よそのご家庭のことなのにあれこれ想像しながら僕は物理学講座を聞いていた。(先生の奥様が書いているブログに本書のことが紹介されていて、その中に子供のころの娘さんと先生のお写真が公開されている。その記事はこちらをクリック。)

無事第一志望の高校に合格し、寄宿舎生活を始める娘さんへの愛情と期待がこめられた本である。科学に数学は不可欠であるだけでなく、人生を生きていくうえでも数学はこれほど大きな意味をもつのだいうことが明快に示されている本なのだ。

数学嫌いの子供は「数学っていったい何の役に立つのかわからない。数学使わなくても生きていけるでしょ!」と思いがちだが、本書を読めば、たとえ半分くらいしか理解できなかったとしても、大いに刺激を受けることだろう。そんな力を持った本である。

本書の中でいちばん僕の印象に残ったのは「数学は人間の都合とはお構いなしに、自分自身の生命を持って発展していく。」という言葉だった。


大栗先生は刊行に合わせて特設ページを開設されている。本書をお読みになった後はぜひ確認してほしい。

『数学の言葉で世界を見たら』 特設ページ
https://ooguri.caltech.edu/japanese/mathematics

章立ては次のとおり。「第4話 素数はふしぎ」と「第9話「難しさ」「美しさ」を測る」は昨年9月に「素数の話、解の公式の話(朝日カルチャーセンター)」を受講していたから僕にとっては既習の内容だ。

第1話 不確実な情報から判断する
第2話 基本原理に立ち戻ってみる
第3話 大きな数だって怖くない
第4話 素数はふしぎ
第5話 無限世界と不完全性定理
第6話 宇宙のかたちを測る
第7話 微積は積分から
第8話 本当にあった「空想の数」
第9話「難しさ」「美しさ」を測る

数学の話の中でも特に人気の高いテーマがこの1冊にたくさん詰め込まれているので、とても「お得感」がある。それは「本書で紹介する定理たち」の数を見るとおわかりだろう。また特設ページには、本書の付録として「補遺」が公開されていて、これがまた充実しているのだ。大学で数学を専攻していた僕にとっても読み応えのある内容である。

各話の感想を書いておこう。


第1話 不確実な情報から判断する

導入部の「つかみ」がとてもよい。当時全米の話題をさらったO.J.シンプソン事件と数学がどう関係してくるのか、読者はいきなり本書に没頭できると思った。彼は妻を殺したのかどうか?弁護団の1人の主張によれば「妻を虐待している夫の中で妻を殺してしまう夫は2500人に1人しかいない。」そうなのだ。確率としてはものすごく小さい。でもこれは彼が無実だということを示しているのだろうか?大栗先生は「条件付き確率」や「ベイズの定理」を解説しながら、この問題をどう考えるべきかを明らかにしている。アメリカは陪審員制、日本では裁判員制だが、その立場になる可能性は誰にでもある。将来自分がこのような確率の問題にごまかされないようにするためにも、ベイズの定理は大切なのだということが強く印象付けられる。

また乳がん検診を受ける意味はあるのか?原発に重大事故が再び起こる確率を計算することも、そのような確率が計算できることに驚きながら、自分自身のこととして確率の計算が重要な意味を持っていることを納得できるはずだ。


第2話 基本原理に立ち戻ってみる

この章でいう「基本原理」とは足し算や掛け算の分配則、結合則、交換則のことだ。これらを学校で学んだとき、みなさんはどのような気持になっただろうか。僕の場合「そんなの当たり前じゃん!」だった。けれども、第2話ではこれらの法則が思いもよらない威力を発揮するのを知ることになるだろう。

人類が数の概念としてゼロ、マイナスの数を受け入れるのが容易でなかったことは数学史が示しているとおりだ。(-1)×(-1)はなぜ1になるか、うまい説明ができないかと頭をひねって考えたことがある方もいるに違いない。ところが分配則、結合則を使うことでゼロやマイナスの数の存在や(-1)×(-1)はなぜ1になるかが自然に導き出せるのだ。

また連分数の話題も興味深かった。連分数は面白いけど何の役に立つのだろう?円周率の近似値が355/113であることは連分数を使って導くのだ。また「暦」を作るためにも連分数が活躍する。そしてこの章で紹介されているのが冲方丁の小説「天地明察」である。

天地明察(上) :冲方丁」(Kindle版
天地明察(下) :冲方丁」(Kindle版


第3話 大きな数だって怖くない

数学では解を厳密に求めるのが普通だが、概数を知ることも大切なことだ。その例として取り上げられているのが「フェルミ推定」である。「大気中の二酸化炭素の増加量」や「人類のエネルギー消費量、二酸化炭素排出量」など、日ごろの生活で気になる数値を求めることができるのだ。フェルミ推定は昨年放送された「NHK宇宙白熱教室:第2回:物理学者の秘密のお仕事 ~物事を大ざっぱに捉える!~」で取り上げられていたので、ご存知の方も多いだろう。さまざまな例を通して「勘」をつかむことが大事だと思った。

概数で重要なのは「対数」である。対数の発見は天文学者の計算にとてつもない省力化をもたらした。昨年僕が購入した明治時代の対数表のことを「五桁ノ 對數表 及 三角函數表:えふ.げい.がうす著」という記事で紹介していたことを思い出した。


第4話 素数はふしぎ

素数については語るべきことが多く、これだけのページ数にまとめていらっしゃることに僕は驚いた。昨年9月の朝日カルチャーセンターの講座でしっかりノートをとっていたが、細かいところを忘れてしまっている。第4話は僕にとってよい復習になった。

また、クレジットカード番号を守る「公開カギ暗号」に素数が使われているのはよく知られているが、一般の方はその計算手順はとてつもなく難しいと誤解している人もいると思う。本書で解説されている説明を理解できれば大いに自信がつくことだろう。

素数や初等整数論については昨年の秋に「素数夜曲―女王陛下のLISP:吉田武」という記事を書いたので、さらに学んでみたい方はこの本をお読みになるとよいだろう。


第5話 無限世界と不完全性定理

ホテル・カリフォルニアは僕にとっても懐かしい曲である。この曲は高校時代によく流れていたなぁという思いにとらわれたが、すぐ「なぜ、ホテルカリフォルニアなの?」と我に返り、先を読み進めることになる。

私たちが認識できるのは有限の数だ。でも「無限の世界」を数学が取り込むことで、日常感覚ではとても理解しがたいことが導かれてくるのだ。

第5話のテーマは「メタ数学」。数学基礎論という分野のことで、数学自身のことを数学を使って研究するものだ。その中でもいちばん有名な「ゲーデルの不完全性定理」の内容を初心者にもわかるように説明しているのが素晴らしいと思った。

大栗先生がここで紹介している本については「数学ガール/ゲーデルの不完全性定理:結城浩」という記事で僕のブログでも紹介したことがある。ぜひこの本もお読みになってほしい。

また第5話のゲーデルの不完全性定理に対する誤解の文脈で紹介されていた「「知」の欺瞞」とはこの本のことだ。

「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用 (岩波現代文庫):アラン・ソーカル, ジャン・ブリクモン


第6話 宇宙のかたちを測る

第6話の意味はとても深い。ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学の話である。なぜ深いかというと「デカルト座標」の発見の偉大さを気がつかせてくれるからだ。私たちが数学を学ぶとき「座標」は当たり前のように使われている。けれどもよく考えてみれば、それ以前の幾何学は座標のない世界だ。初等幾何学の証明を解いたときには座標を気にせず、長さと角度だけを使っていたことを思い出してほしい。デカルト座標を導入することで初めて幾何の問題は代数の問題として解けるようになったのだ。

先生が紹介していたデカルトの「方法序説」は文庫本やKindle版で読むことができる。

方法序説 (岩波文庫):デカルト」(Kindle版

またここで紹介されていた「一生忘れないピタゴラスの定理の証明法」のことも僕は知らなかった。確かにこれは素晴らしい!

そして最後に大宇宙に描く巨大な3角形を測ることで、3次元の宇宙空間の曲率を計算することを学ぶ。これについては昨年放送された「NHK宇宙白熱教室:第4回:そしてダークエネルギーの発見 ~私たちのみじめな最後~」でも取り上げられていた。


第7話 微積は積分から

第7話は「高校数学で微積分は習ったけれど、何のことだか結局わからなかった。」という人にはうってつけの内容だ。本書を読むと科学史では積分→微分の順に発見されていたということが新鮮に思えるかもしれない。それは微分のほうが「極限」という高度な概念の理解が必要だったからだ。数学において何が高度で何がそうでないかということを考えさせてくれるのがよいと思う。

最後のほうで指数関数の微分と積分を取り上げているところは、次の第8話に話をつなげやすくするためかなと思った。

微分、積分についてさらに深く学んでみようという方には次の2冊を僕はお勧めしたい。

改訂版 微積分のはなし〈上〉:大村平
改訂版 微積分のはなし〈下〉:大村平


第8話 本当にあった「空想の数」

虚数や複素数が第8話のテーマだ。出だしの「空想の数」という話がとても面白かった。2歳から7歳ぐらいの子供は「空想の友達」、つまり想像上の友達を持つことがあるという話だ。空想の友達は子供が小学校にあがるころにはいなくなってしまうのだが、空想の数はいなくならない。虚数の実在性は数学の世界の中で確固たるものとして受け入れられていく。

ここでそれを裏付けるのに用いられたのは「加法定理」である。第2話で強調されていた基本原理の大切さがここでも示されているのがよいと思った。加法定理の重要性については、先日たまたま僕は「複素数 a+bi のプラス記号は「足す」という意味?」という記事で紹介したばかりだ。

そしてこの話の最後では、その後の数学や科学の発展に大きな役割を果たす「オイラーの公式」が紹介される。


第9話 「難しさ」「美しさ」を測る

本書でいちばん難しいのが第9話、群論とガロア理論の話だ。朝日カルチャーセンターの講座で学んだことのうち、いちばん復習したかったのがこの部分だ。

「群」は図形の対称性を表しているだけでなく、代数方程式の解のあり様と密接に結びついている。5次以上の方程式の解はべき根で表すことができないことをガロア理論で証明できる。

アーベルが証明したのは「5次方程式の解の公式が存在しないこと。」であり、ガロアが発見したのしたのは「あらゆる次数の方程式について、その方程式がべき根で解けるかどうかを判定する方法」だ。両者を区別して覚えておくのは大切だ。

この話の中で先生がお勧めしているのが「群の発見:原田耕一郎」である。また先生は「数学ガール/ゲーデルの不完全性定理:結城浩」もお勧めになっている。最近の動向にもアンテナを張っていらっしゃることに僕は驚かされた。

僕としてはひとつ前の記事で紹介した「ガロア理論の頂を踏む:石井俊全」もお勧めしておきたい。


本書の巻末で僕の目をひいたのは「参考文献」だ。内容は特設ページの中に公開されている。

この中には本書を書くにあたって先生が参考になった本とコメントが一覧されている。その中には若い頃先生が勉強に使われた本もある。私たちにとって、先生がどのような数学書で学ばれたかはとても興味があるところ。ぜひ確認してほしい。

先生が挙げた参考文献は「とね書店」の中の「大栗先生お勧め」のページにまとめておいた。Kindle版が出ている本もあるので、購入するときは電子書籍をまず確認してほしい。


本書はご自身でお読みになるだけでなく、友達や(高校生以上の)お子さんへのプレゼントとしてもふさわしい。ぜひお読みになっていただきたい。

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翌日に追記:

この感想文記事を大栗先生はさっそくご自身のブログで紹介してくださいました。

ケンブリッジ大学 その1(大栗博司)のブログ
http://planck.exblog.jp/23741943/
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関連記事:

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f63cdcd45ec542fa62d535b4cc715d69

強い力と弱い力:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75dfba6307d01a5d522d174ea3e13863

素粒子論のランドスケープ:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5201583450c82ac59cb4d71efe52b3d9


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数学の言葉で世界を見たら 父から娘に贈る数学:大栗博司」(Kindle版



はじめに - 父から娘に贈る数学

第1話 不確実な情報から判断する
- O.J.シンプソン裁判、弁護側教授の言い分
- まずはサイコロを振ってみる
- ギャンブルで負けない方法
- 条件付き確率とベイズの定理
- 乳がん検診は受ける意味がないのか
- 「経験に学ぶ」を数学的に学ぶ
- 原発重大事故が再び起こる確率
- O.J.シンプソンは妻を殺したか

第2話 基本原理に立ち戻ってみる
- イノベーションを起こすために必要なこと
- 足し算、掛け算と3つの規則
- 引き算、そしてゼロの発見
- (-1)×(-1)はなぜ1になる?
- 分数があれば何でも割れる
- 仮分数→帯分数→連分数!
- 連分数で暦を作る
- 本当は認めたくなかった「無理数」
- 2次方程式の華麗な歴史

第3話 大きな数だって怖くない
- 世界初の原爆実験とフェルミ推定
- 大気中の二酸化炭素はどのくらい増えているか
-- 人類はどれくらいエネルギーを消費しているか
-- 人類はどれくらい二酸化炭素を排出しているのか
- 大きな数が出てきても恐れない
- 天文学者の寿命を2倍にした秘密兵器
- 福利効果を最大にする預金の方法とは?
- 銀行預金、倍になるのに何年かかる?
- 自然法則は「対数」で見抜ける

第4話 素数はふしぎ
- 純粋数学の華として
- 「エラトステネスの篩」で素数を見つける
- 素数は無限個ある
- 素数出現にはパターンがある
- 「パスカルの3角形」で素数を判定する
- フェルマー・テストに合格すれば素数?
- 通信の秘密を守る「公開カギ暗号」とは?
- クレジットカード番号を送る、受け取る

第5話 無限世界と不完全性定理
- ホテル・カリフォルニアにようこそ!
- 「1=0.99999・・・」は納得できない?
- アキレウスはカメに追いつけないのか
- 「今、私は嘘をついている」
- 「アリバイ証明」は「背理法」
- これがゲーデルの不完全性定理だ!

第6話 宇宙のかたちを測る
- 古代ギリシア人は地球の大きさをどう測ったか
- 基本の基本、3角形の性質
-- 「内角の和は180度」を証明する
-- 一生忘れない「ピタゴラスの定理」の証明法
- デカルト座標という画期的アイデア
- 6次元でも9次元でも10次元でも
- ユークリッドの公理が成り立たない世界
- 平行線公理だけが成り立たない世界
- 外から見ないでかたちを知る「驚異の定理」
- 1辺が100億光年の3角形を描く

第7話 微積は積分から
- アルキメデスからの手紙
- なぜ「積分から先に」なのか
- そもそも面積はどう計算する?
- どんな図形でもOK、「アルキメデスのはさみうち」
- 「積分」では何を計算しているのか
- いろいろな関数を積分してみる
- 飛んでる矢は止まっているか
- 微分は積分の逆
- 指数関数の微分と積分

第8話 本当にあった「空想の数」
- 空想の友達、空想の数
- どうしても出てくる「2乗して負になる数」
- 1次元の実数から2次元の複素数へ
- 複素数の掛け算は「回して伸ばす」
- 掛け算で導く「加法定理」
- 幾何の問題が方程式で解ける!
- 3角関数と指数関数をつないだオイラーの公式

第9話 「難しさ」「美しさ」を測る
- ガロア、20年の生涯と不滅の功績
- 図形の対称性とは何か
- 「群」の発見
- 2次方程式「解の公式」のひみつ
- 3次方程式はなぜ解けるのか
- 「方程式が解ける」とはどういうことか
- 5次方程式と正20面体
- ガロアからの最後の手紙
- 式の難しさと形の美しさ
- もうひとつの魂を得る

あとがき
補遺と参考文献
事項索引
人名索引

バイクのエンジンオイル交換

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バイクのエンジンオイル交換

前回のオイル交換から10ヶ月たっていたので、近所のバイク屋さんで夕方エンジンオイルの交換をしてもらってきた。今日現在で累積走行距離は37307.1Kmだ。前回は36313.5Kmだったので10カ月で994Km走ったことになる。




今回入れてもらったのはこのオイル。1リットルで2500円かかった。(工賃含む)

WAKOS PRO-S プロステージS (10W-40)
http://www.wako-chemical.co.jp/products/recommendation/PRO-S.html




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増補改訂版 語りかける中学数学: 高橋一雄

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増補改訂版 語りかける中学数学:高橋一雄
語りかける中学数学 問題集:高橋一雄」(Kindle版

内容紹介:参考書
「いっしょに悩む、いっしょにわかる」
2005年の発売以来、数学を学びなおしたい方や現役の中学生、そのお父さん・お母さんなど、多くの方から熱烈に支持されてきた『語りかける中学数学』が、新指導要領に対応した増補改訂版として新たに生まれ変わりました。新原稿を追加し、既存の原稿もさらにブラッシュアップ。832ページのフルボリュームで、全ての方のニーズに応える内容に仕上がりました。数学の基本がこの一冊に詰まっています! 2012年刊行、832ページ。

内容紹介:問題集
話題のロングセラー『語りかける中学数学』の問題集版の登場です。『語りかける中学数学』はどんなに苦手な方でもスッキリ理解できる徹底解説が大好評でしたが、この問題集も解答までのプロセスをできる限り丁寧に解説していきます。また著者が中学数学の基礎固めに必要と考える問題をすべて掲載し、細かな項目分けをしているので、苦手箇所をピンポイントで克服できます。学習者を置き去りしにない解説が魅力の中学数学問題集の決定版です。 2010年刊行、1023ページ。

著者について
高橋一雄(たかはしかずお)
東京学芸大卒、教育学部情報環境科学課程/自然環境科学専攻・生命科学専修予備校を経て、現在、川口イングリッシュ・アカデミーにて数学担当。著書に『語りかける中学数学』『語りかける中学数学・問題集』『語りかける高校数学・数1編』(ベレ出版)『もう一度高校数学』(日本実業出版社)『つまずき克服!数学学習法』(筑摩書房)など。


姪がこの春、中学生になるので数学の参考書をプレゼントした。

この子は勉強好きで公文式の算数も自分からすすんでやるタイプ。中学の数学もたぶん大丈夫だとは思うのだが、どのような先生に教えてもらうことになるかが数学好きと数学嫌いを分けることになるのは今も昔も変わらない。

高校生用の参考書は日頃から書店でチェックしているのでかろうじて僕の守備範囲だ。しかし中学生用の参考書はさすがに見ていなかった。取り急ぎ地元の書店ですべて立ち読みして、この2冊に決めたというわけだ。

この本の良い点は「自習しやすい」ということ。生徒がどこでつまづくか、どのようなところを難しいと感じるかという視点に立って書かれている。前に紹介した「数学の教科書が言ったこと、言わなかったこと:南みや子」と共通する精神が色濃く反映された参考書である。

「自習しやすい」というのは重要なポイントだ。何かの理由でしばらく学校を休まなくなってしまったとき、授業に追いつくのは生徒にとって大変なことだからだ。

授業についていけなく理由はこれ以外にもいろいろ考えられるが、数学の場合ある日とつぜん先生の言っていることがわからなくなるものである。少しわかるとかだいたいわかるというのではなく、全くわからなくなってしまうのだ。

そのような状態で授業を受け続けるのは苦痛以外の何物でもない。学校嫌いになる種のひとつがここにある。逆に授業がわかれば学校へ行くのが楽しくなるものだ。(もちろん授業以外に楽しいことはたくさんある。)

本書を選んだ理由の中に、そのようなセーフティネット的な気持もあった。本書は中学数学を学びなおそうという社会人にとっても良い本だと思う。


目次や立ち読みページ、本の紹介などは出版社の書籍紹介ページで確認していただきたい。

増補改訂版 語りかける中学数学(ベレ出版)
http://www.beret.co.jp/books/detail/459

語りかける中学数学 問題集(ベレ出版)
http://www.beret.co.jp/books/detail/356


また著者の高橋先生はこの参考書の内容をベースに、ネット上で学べる有料のオンライン講座を開講している。

インターネットカルチャーセンター ビュールタウス
http://www.asunaro-online.com/polyglot/index.html


中学の数学って何を学ぶんだっけ?という方は、次のようなサイトをご覧になるとよい。

中学校数学学習サイト
http://math.005net.com/

中学数学の基本問題
http://www.geisya.or.jp/~mwm48961/math/index_m.htm


この参考書と問題集は僕のイチオシだ。身近に中学生がいたらぜひ勧めてほしい。

増補改訂版 語りかける中学数学:高橋一雄
語りかける中学数学 問題集:高橋一雄」(Kindle版

 


この「語りかける~」シリーズには高校数学用の本もある。: Amazonで検索する


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数学の言葉で世界を見たら(朝日カルチャーセンター)

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数学の言葉で世界を見たら(朝日カルチャーセンター)
https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/2e7f0295-b67b-c893-5222-54b9eb5ca711

数学には、普段の生活にすぐに役に立つものも、すぐには役に立たなくても、ものの考え方や 世界の見方を変えるようなものもあります。そこで今回の講座では、日常生活に関わる確率計算やフェルミ推定の方法から、ユークリッドの幾何学やゲーデルの不確定性原理、宇宙のかたちを測る方法まで、数学に関する様々な話題の中からいくつかを選んで紹介しながら、数学を学ぶ意義について考えてみます。


昨日は朝日カルチャーセンター新宿教室で大栗博司先生による「数学の言葉で世界を見たら」という講座を聴講してきた。先生の著書「数学の言葉で世界を見たら」の発売に合わせ、本の中からトピックを厳選した一般市民向けの数学講座である。今回は平日の夜6時半に開講だ。

2月下旬から本業の仕事で激務が続いているので、当日の夜、残業にならないかやきもきしていた。3月の末日ということで、この日のうちに発注しなければならない案件があり、朝から複数の部門の部門長と社長の承認を得るために、はらはらしながら細かい作業に没頭していた。またこの日の翌日には父が腰部脊柱管狭窄症の手術を控えており、夕方5時にオフィスを出て頼まれていた物を病院に届けなければならない。(参考:「それは突然やってきた」)

幸い父が入院している病院と講座が行われる新宿教室はとても近い。とりあえずできるだけのことは全部してから予定どおり5時にオフィスを出た。その後、病院の待合室で発注依頼した件の承認状況を確認してから新宿教室に向かった。

スタッフの方が先生を紹介してから6時半に予定通り講義が始まる。いつもの71番教室、当然のように満席だ。

僕は前から2列目に陣取り、ノートパソコンで仕事の承認状況を確認しながら講義を聴いた。結局、講座の始まる直前に承認手続きが完了し、講座が始まってから30分後に無事発注されたのを確認することができた。打ち上げた人工衛星が無事静止軌道を回り始めたのを確認したようなものだ。

肩が楽になり、ほっと胸をなでおろした。講義に集中できるようになったのがうれしい。


いつものように先生はにこやかでお元気そうだ。風邪ひいたり体調をくずされたりすることはないのかなといつも思うのだ。前もって著書を読んでいたこと、そして昨年9月に受講した「素数の話、解の公式の話(朝日カルチャーセンター)」と内容がかぶるので、楽な気持ちで聴講することができた。

配布されたコピーにはスライドが全部で139枚。2時間の講座にしては多い。次のような流れで解説が進む。

- 数の種類、ウォームアップ:なぜ (-1)x(-1) = 1か
- 整数から有理数へ、有利数から無理数へ
- 古代ギリシア数学の危機(無理数の連分数表示)
- 極限という考え方(1=0.999999・・・?)
- ゼノンのパラドックス
- ゲーデルの不完全性定理(無限のふしぎの例)、第1不完全性定理
- プログラムの停止問題
- 素数は数のアルファベット
- 素数、算術の基本定理、エラトステネスの篩
- パナソニックのiPadアプリ(Prime Smash!)
- 素数は無限にある(ピタゴラスの証明)
- ガウス(数学は科学の女王である。そして、素数の性質を調べる数論は数学の女王である。)
- 素数定理(ボブ・ディランと素数、素数ゼミ)
- 役に立つ素数
- 素数の判定、フェルマー検定、フェルマーの小定理
- 12を法とする算術(足し算、引き算、掛け算ができる)
- 素数を法とする算術(足し算、引き算、掛け算だけでなく割り算もできる)
- AKS素数検定
- インターネット通信への素数の応用(公開カギ暗号、RSA暗号、オイラーの定理)
- ウィッテン博士(京都賞記念座談会)
- 量子コンピュータが実現すると素因数分解が効率的にできるようになり、RSA暗号は破れてしまう
- 素数の魅力、素数の歌(シカゴ大学教授の加藤和也)
- 素数の理論は素粒子論にも使われている
- ラマヌジャンが最後に書いた手紙
- ヘンリー・デイビッド・ソロー(数学は詩のようだといわれるけれど、そのほとんどはまだ詠われていない
- 自然数や素数の不思議に引きつけられた数学者が、純粋な探究心から研究してきた素数の性質は、現在のインターネット経済で中心的な役割を果たしている

全体的に昨年9月の講座よりやさしいと感じた。すでに理解している内容なので、そのまま聞いて考えるより、数学が苦手な高校生になったつもりで聴講してみた。

数学が苦手な人はどこをどう難しく感じるのか、どのようなところを面白く感じるのか。そのような聞き方をするのである。とはいっても知っていることを知らないつもりになるのは結構難しい。それぞれ書き出してみると次のようになった。

難しいと感じる箇所:

連分数の計算、ゲーデルの不完全性定理とプログラムの停止問題の関係、ピタゴラスによる素数が無限にあることの証明、12を法とする算術

面白く感じる箇所:

素数は数のアルファベット、ボブ・ディランと素数、数論は数学の女王、RSA暗号、素数の理論は素粒子論にも使われる


講座が半分ほど進んだところで、先生はイギリスで購入されたお土産のクッキーをふるまってくださった。今回のは大きい缶なので重かったそうだ。

いつもの4時間の講義に慣れてしまっているので楽しい2時間はあっという間だ。講義中には質問も活発に行われ、講義の後で個別に先生に質問する受講者も多かった。恒例のサイン会も長蛇の列である。

次回の講座も予定されているそうだ。詳細は朝日カルチャーセンターからの正式発表を待っていただきたい。


講座ですでに顔見知りになっているいつものメンバーとのオフ会は、平日の夜ということもあり、近くの喫茶店で30分ほどコーヒーを飲みながら雑談。参加者は僕を含めて5人だった。


その後、僕は地元笹塚のイタリアン居酒屋に向かった。その店で友達になった常連の男性、そして彼の同僚の女性と待ち合わせをしていたからだ。

僕の物理学の話を聞きたいということで、だいぶ前から依頼を受けていたお二人である。ビールを飲みながら深夜までとめどない物理小話、数学小話をさせていただいた。話した内容は次のようなことだった。ずいぶん楽しんでいただけたようで僕は大満足だった。

- その日の大栗先生の講座のこと
- 量子テレポーテーション、量子の絡み合いの話、電子のスピンのはなし
- 不確定性原理、可逆な運動と不可逆な運動、AND回路など計算は不可逆であること、情報かがエネルギーに変換されること
- 特殊相対性理論、空間の縮み、時間の伸び、空間が曲がるとはどういうことか、E=mc^2、原爆の話
- 次元の話、3脚の脚はなぜ3本か、ひもとひもが絡むのは3次元空間特有の現象、エキゾチックな球面
- 電気通信の歴史、電磁波が飛ぶ原理、電磁気学の歴史
- 電卓の歴史、電卓の構造、どのように計算がおこなわれるか


余談: 翌日午後から行われた父の手術は結局4時間におよぶ大手術になった。酸素マスクをつけていたので父と会話することはできなかったが、お医者さんの話によると、杖をつけば歩けるような状態にまでは回復すると思いますとのこと。これからリハビリテーションの日々が続く。しっかりサポートを続けたい。

------------------------------
2015年4月2日に追記:

この記事は大栗先生のブログからリンクしていただきました。

東京 その3(大栗博司のブログ)
http://planck.exblog.jp/23818449/


関連記事:

素数の話、解の公式の話(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f8c531f52d2a788ea6906555dcbfb87c

数学の言葉で世界を見たら: 大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8ffea17402dcf34e5991b154acef39d9


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「フレンテ笹塚」が本日オープンした

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地元に新しく建った「メルクマール京王笹塚」という駅前ビルの中に「フレンテ笹塚」という商業施設が本日オープンした。

フレンテ笹塚 公式サイト
http://www.frente-sasazuka.com/


在宅勤務を中断し、夕方さっそく探検してきたので写真で紹介しよう。全体は郊外にあるショッピングモールを小ぶりにしたような印象だ。

15分ほどかけて1階から3階まで見て回った。予想したほど込み合っていなかった。庶民的な笹塚にはないタイプの空間だ。オープンセールをやっている店がたくさんあるので、お近くの方は行ってみるとよいだろう。

4階には数百メートル離れたところにあった笹塚図書館が移転してきた。都内に住んでいる人ならば誰でも利用できるそうだ。

数年たつうちに、この目新しい商店街もこの街に馴染んでくることだろう。


1F入口(改札を出てすぐ右。昔、定食屋「常盤」があったあたり。)



案内図(クリックで拡大)


1F


2F


2Fから3Fに通じるエスカレーター


3F


3F



関連ページ:

ささはたドッとこむ
http://www.sasahata.com/


おまけ: 京王線が開通する前、明治時代の笹塚の地図。「牛窪」と書いてある場所が現在の中野通りと甲州街道の交差点のあたりだ。また「つか」と書いてある位置が現在のサミットストアの駐車場あたりである。水道道路と当時は砂利道だった中野通りの交差点あたりは土地が高く、トンネルがあったことがわかる。中野通りは母が嫁いできた昭和33年の時点でも舗装されていなかったそうだ。



笹塚駅は玉川上水が大きく湾曲している位置の少し上のあたりに建設されることになる。(大正2年4月に開業)


関連記事:

むかしの笹塚
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/900ceceba644a8966c71f6463c16a4d8

変わりゆく笹塚
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9d0a6d9f56e509df481094999460b156

笹塚、南台の風景(2011年6月)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c89e8b036a3ab84c5fdbad3ebfbe66b9

京王クラウン街 笹塚 リニューアル・オープン(2011年7月12日)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/92dd01e21bc6f0eacdfbd9c0ab0355b8

笹塚で撮影された動画(1990年~2009年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5621714b6d56540b3709b9fc5cac7ff8

昔ながらの喫茶店
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/66f8e0d89eddf985fa37569adaeab618


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NHKニューヨーク白熱教室:第1回 アインシュタインの夢

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NHKニューヨーク白熱教室(4回シリーズ)
毎週金曜日 Eテレ 午後11時から11時54分まで(2か国語放送)
http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/newyork/index.html

ニューヨーク市立大学シティーカレッジ
ミチオ・カク 教授
超弦理論が専門で、世界で最もその名を知られている物理学者の一人。日系3世。物理学のみならず未来論についての啓蒙活動で知られる。コンピューターの驚異的発展、バーチャル世界の膨張、不老不死研究、心や意識の未来など、これまでにない全く新しい未来像を提示し続けている。最新の科学を一般の人向けにわかりやすく情熱的に伝える力量が世界で高く評価されている。


NHKニューヨーク白熱教室:第1回 アインシュタインの夢

科学の歴史は、“創造主の意思”ともいえるたった一つの自然法則を探求する道のりであった。17世紀、ニュートンは地上と天空の現象を統一的に説明する万有引力の法則を発見。19世紀には電気と磁石による現象が実は同一だという発見がなされた。そして21世紀、人類は全ての法則をわずか一行で説明する“万物の理論”へ肉薄しているという。最有力候補は超弦理論。異次元の存在を予言する奇妙な最先端理論への道のりをひもといていく。

昨夜放送開始のNHK白熱教室の新シリーズ。数々のポピュラー・サイエンス書や講演で知られているニューヨーク市立大学シティーカレッジの理論物理学者、ミチオ・カク先生による現代物理学講座だ。

この番組のことを知ったのは放送開始のわずか1分前だった。前もって告知記事を書くことができなかったのが悔しい。

このブログが理数系化したのも先生の著書「パラレルワールド」を読んだがひとつのきっかけだったし、超弦理論の教科書も邦訳された最初の本ということで昔から有名だったから番組を見逃すわけにはいかない。

始まってすぐ気がついたのは会場の受講者が少ないこと。「白熱教室」なのに空席が目立つ。受講者も大学生ばかりなので、おそらくこの講座は一般市民は対象になっていなかったのだと思った。

第1回は54分で2000年の科学史を総括するものだった。1955年にアインシュタインが死去したとき、世界中に紹介されたのが博士の机と黒板の写真。偉大な科学者がやり残した仕事とは何だったのか?カク先生はそれが何なのか知りたくなり、図書館へ向かったのだという。

カク先生の著作は「超弦理論」と「未来社会」の2つの結びつきを紹介するものがほとんどだ。その前段階として第1回の放送でこれまでの歴史をたどるものとなっていた。

- 古代における自然についての理解
- ハレー彗星の軌道、ニュートン力学の誕生
- ニュートン力学から熱力学が導かれ、産業革命を生み出した
- 電気による現象、磁気による現象がそれぞれ研究され実用に活かされた
- フランクリン、ファラデー、マクスウェルらの研究、実験による電磁気学の完成
- アインシュタインの相対性理論、そして果たせなかった万物の理論(統一場理論)への夢
- 量子力学、素粒子物理学、標準理論、そして果たせなかった重力理論との統一
- 超弦理論の紹介とそれが万物の理論の候補であることの説明

これだけのことを1時間足らずの間に解説するのだから、それぞれの論理関係を十分に掘り下げて説明することはできない。物理学はある程度詳しく説明しないと面白味が損なわれてしまうものだ。ふだん科学教養書を読み込んでいる人にとっては単なる知識の寄せ集めのように思った人が多かったと思う。2012年に放送されたNHKの「神の数式」のほうが面白いと思った人が多かっただろう。

それでもネットを検索したら多くの人が「この番組面白い!」とツイートされているのがわかった。物理学を世の中の人に知ってもらうためには、要約して簡単に説明する番組も必要なのだと、後になって僕は納得した。

あと気がついたのは、過去に放送された科学教養番組で科学史全体を総括するものがほとんどなかったことだ。とりわけ電磁気学の発展史は貴重だ。この意味で昨夜の放送は価値のあるものになったと思う。

フランクリン、ファラデー、マクスウェルらによる電磁気学の発展史は、以下の記事で紹介したドラマ仕立ての動画として見れるので、ご覧になるとよいだろう。

物理学、数学の動画: 相対性理論、量子論、電磁気学、超弦理論など)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/381f2242143b9804e25c95a948c8758f


カク先生の発言を問題視する物理学者は多い。話がトンデモな方向、SFの話に発散してしまい科学ではなくなるからだ。だから第2回以降の番組は気をつけて見なければならない。僕としても科学と非科学(空想)を明確に区別して紹介記事を書くつもりだ。


なお、昨夜の放送はすでにネット上に公開されてしまっている。見逃した方はここから検索してみるとよいだろう。(この記事を投稿した時点では「NHKオンデマンドの見逃し番組」からは見れるようになっていない。)


以下、ミチオ・カク先生の著書を刊行順に紹介しよう。

科学(?)教養書もしくは科学SF書: Kindle版がお買い得だ。

パラレルワールド―11次元の宇宙から超空間へ:ミチオ・カク」(Kindle版)(紹介記事)- 2006年刊行



内容
ブラックホールへの決死の旅や、タイムマシン、もうひとつの宇宙、そして多次元空間―本書は宇宙論の世界を席捲する革新的な宇宙の姿を鮮やかに描き出す。今日、ひも理論とその発展理論であるM理論は圧倒的な支持を得て、世界の名だたる物理学者や天文学者が、最先端の波検出器、重力レンズ、衛星、天体望遠鏡を動員し、多宇宙(マルチバース)理論の検証に取り組んでいる。もしパラレルワールドが存在するのなら、いつかこの宇宙が暗く凍ったビッグフリーズを迎えるとき、われわれの未来の先進文明は、次元の「救命ボート」によってこの宇宙を脱出し、パラレルワールドへと至る方法を見つけるであろう。

サイエンス・インポッシブル―SF世界は実現可能か:ミチオ・カク」(Kindle版)- 2008年刊行



内容
今でも当たり前のGPSや携帯電話は、かつて想像の世界にしか存在しなかった。だとしたら、タイムトラベルやテレポーテーションも、実現できる日が来るかもしれない。『スター・トレック』や『透明人間』など、古今のSF作品に登場する「ありえない」テクノロジーは、いつ、どのように実現できるのか…。現代物理学界を代表するミチオ・カク博士も、昔はSF大好き少年だった!だれもが持つ「少年時代の夢」をかなえる最先端の科学理論をカク博士が熱く語った、全米ベストセラーのポピュラー・サイエンス書。

2100年の科学ライフ:ミチオ・カク」(Kindle版)- 2012年刊行



内容
コンピュータ、人工知能、医療、ナノテクノロジー、エネルギー、宇宙旅行…近未来(現在~2030年)、世紀の半ば(2030年~2070年)、遠い未来(2070年~2100年)の各段階で、現在のテクノロジーはどのように発展し、人々の日常生活はいかなる形になるのか。世界屈指の科学者300人以上の取材をもとに物理学者ミチオ・カクが私たちの「未来」を描きだす。

フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する:ミチオ・カク」(Kindle版) - 2015年刊行



内容
テレパシー・記憶の増強・AI…SFが現実になる!「心」をめぐる科学の最前線、そこから導かれる驚愕の未来図。NHK「NEXT WORLD私たちの未来」出演の理論物理学者が綴る第一級のサイエンス・ノンフィクション。

専門書: うかつに手を出してはいけない。

超弦理論 :ミチオ・カク」- 1989年刊行



内容
過去50年もの間解けなかった、場の量子論と一般相対論の統一という問題を解決する超弦理論についての本格的入門書。2000年刊行の改訂版では省かれた「アティヤ=シンガーの指数定理」の証明が掲載されている。

超弦理論とM理論:ミチオ・カク」(購入リンク2)- 2000年刊行



内容
過去50年もの間解けなかった、場の量子論と一般相対論の統一という問題を解決する超弦理論と、その最近の定式化であるM理論についての本格的入門書。1989年刊「超弦理論」の改題改訂。


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固体物理の基礎 上・1 固体電子論概論: アシュクロフト、マーミン

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固体物理の基礎 上・1 固体電子論概論: アシュクロフト、マーミン

内容紹介:
学部生にも大学院生にも使えるよう工夫され、内容の取捨選択がしやすく、種々の目的、異なる水準でもうまく使い分けられる。固体物理学の現象の記述と理論的解析による統一という著者の目標は完全に達成されている。1981年刊行、309ページ。

著者について:
ニール・W・アシュクロフト(ウィキペディア経歴詳細
イギリスの物理学者(固体物理学)、1938年生。1958年ニュージーランド大学卒業。学位は1964年ケンブリッジ大学。シカゴ大学およびコーネル大学で博士研究員、1975年教授。1990年にHorace White Professor of Physics。2006年名誉教授。

デヴィッド・マーミン(ウィキペディアホームページ
コーネル大学名誉教授(物理学)。米国物理学会のリリエンフェルト賞および米国物理教育学会のクロプステッグ賞を受賞。米国科学アカデミー、米国芸術科学アカデミーの会員。この数十年の間に、量子論の基礎的な問題に関する多くの著作を執筆しており、科学の啓蒙に関する明瞭さと機知には定評がある。

訳者について:
松原武生(まつばらたけお)
1921-2014 昭和後期-平成時代の理論物理学者。
大正10年4月3日生まれ。北大教授をへて昭和30年京大教授となる。61年岡山理大教授。誘電体、超伝導、超流動などを研究。「温度グリーン関数」の概念を提案した。36年仁科記念賞。日本物理学会会長をつとめた。平成26年12月15日死去。93歳。大阪府出身。大阪帝大卒。著作に「超流動と超伝導」「固体物理学」など。

町田一成(まちだかずしげ)
1968年東京教育大学理学部卒業。1973年同上理学研究科博士課程修了。京都大学理学部助手、岡山大学理学部助教授、教授を経て、岡山大学大学院自然科学研究科教授。


理数系書籍のレビュー記事は本書で272冊目。

ようやくこの大著に取りかかることができた。固体物理学に本格的に入門するのだ。

新年のご挨拶」の記事の冒頭で「すでに買い置きしてある入門書レベルの教科書を1冊読んで、その後はアシュクロフト&マーミンの「固体物理学の基礎」の4冊を読んでみたいです。」と僕は宣言していた。3ヶ月たってようやくこの名著に取り掛かることができた。

学部で学ぶ固体物理の定番の教科書といえば「キッテル固体物理学入門」が有名だが、アマゾンでの評判は日本語版、英語版ともによろしくない。

また新しい教科書「グロッソの固体物理学」はアマゾンでの評価がよく、興味を持ったのだがまだ広く受け入れられていない教科書のようなので、ひととおり定番の教科書で学んでから読むことにした。

あと「物性物理」や「固体物理」というキーワードで検索すると、学部の教科書として使えるくらいのページ数の教科書がたくさん見つかる。それらの中には良書も多いのだろうけど、僕はすでに「基礎の固体物理学: 斯波弘行」という260ページの本で学んでいるので、同じようなレベルの本だと重複してしまう。

ということでページ数にこだわらず、定番中の定番であるアシュクロフト&マーミンを読むことにした。特にアマゾンのレビューに書かれている次の2つのコメントが僕の決断を後押しした。

コメント1:
国内で出版されている物性の本で、一番分りやすい本は恐らくこの本であろう。吉岡書店からこのシリーズは計4冊出版されているが、その最も基礎的なトピックをまとめたのがこの一冊である。内容としては、電気伝導性の古典論から始まり、量子論の導入、逆格子、そしてバンド計算の方法へと展開していく内容で、物性物理の歴史的な流れに沿っている。

コメント2:
本書は文学作品のように一つのストーリーとして構成されています。頭から読み進めていき、この先はどうなるんだろうとわくわくしながらページをめくっていくような読み方をすることが筆者の意図に合っているのかもしれません。学生のときに読んだドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟を思い出します。推理小説のような側面もあり、かつ文学作品として完璧といった感じ。周りの読んだことのある人たちに聞くと、事前に予習をしてからという人もいれば前提知識なしに読んでからもう一回読み返したという人もいました。本書を読むときにも、どうするかは読者それぞれの本の楽しみ方に任されているのでしょう。


英語版は1976年に出版され、日本語版は僕が高校を卒業した1981年に出版された。その後、新しいテーマを取り入れた形で2008年に第4巻だけが改訂されている。日本語版は次のような構成だ。

上・1 固体電子論概論 - 1981
上・2 固体のバンド理論 - 1981
下・1 固体フォノンの諸問題 - 1981
下・2 固体の物性各論 - 2008

上記のコメント1に書かれているように第1巻は最も基礎的なトピックをまとめた内容だ。とはいっても「基礎の固体物理学: 斯波弘行」では少ししか解説されていなかった結晶構造(格子)の種類についての解説がとても詳しい。

高校で物理を学んでいない人は「金属に結晶があるの?」と思うかもしれない。それは金属は「展性」という性質をもっているために水晶や塩化ナトリウムのように結晶構造をもつことが想像しにくいからだ。

塩化フタロシアニン銅の電子顕微鏡写真(解説ページ


水素とバナジウムの化合物の電子顕微鏡写真(解説ページ



実際は金属も原子が周期的に並ぶことにより格子が繰り返されて、結晶のような形で存在している。電子ひとつひとつの挙動などわかるはずがないのに、金属のもつ性質が説明できてしまうのが固体物理学のすごいところだ。金属の元素が違えば格子構造も異なり、鉱物の結晶のように7種類に分類される。

以下、本書に掲載されている図版を載せておこう。これらの図の原典は1960年代に書かれたれた教科書や論文から本書に引用されたものだ。金属元素とひとくちに言っても、状況はさまざまであることがおわかりになるだろう。

ブラベー格子の点群対称性
(a)立方対称 (b)正方対称 (c)斜方対称 (d)単斜対称 (e)三斜対称 (f)三方対称 (g)六方対称


14種類あるブラベー格子の分類と結晶構造の分類


(a)体心立方格子の第1ブリルアン・ゾーン
(b)面心立方格子の第1ブリルアン・ゾーン


面心立方ブラベー格子のウィグナー・サイツ・セル(面が菱形の12面体)


fccブラベー格子の自由電子エネルギー状態。Γ(k=0), K, L, W,およびX点を結ぶ第1ブリルアン・ゾーン内の方向に従ってエネルギーが示されている。横線は基本単位格子あたりの電子数に対するフェルミ・エネルギーを示す。曲線内に示された点の数はその曲線で表される自由電子状態の縮退度を表す。


(a)体心立方と(b)面心立方結晶に対する第1、第2、第3ブリルアン・ゾーン面。


4価の面心立方金属のフェルミ球。(第1ゾーンから第4ゾーンまで)


第1ブリルアン・ゾーンの水平な六角形面により互いに切り離されていた部分を集め直して得られた2価hcp金属のフェルミ面。第1と第2ゾーンを一緒にして左側の構造ができ、第3と第4ゾーン内の多くの部分から右側の構造となる。



章立ては次のとおりだ。「固体物理学史」にほぼ沿った流れで解説が展開される。

第1章:金属のドゥルーデ(Drude)理論
第2章:金属のゾンマーフェルト理論
第3章:自由電子モデルの破綻
第4章:結晶格子
第5章:逆格子
第6章:X線回折による結晶構造の決定
第7章:ブラベー格子の分類と結晶構造の分類
第8章:周期ポテンシャル中の電子状態、一般的性質
第9章:弱い周期ポテンシャルの中の電子
第10章:強く束縛された方法

第1章のドゥルーデの理論は金属の電気伝導に自由電子のモデルを適用したことで知られ、調べてみたところこの理論が提唱されたのは1900年であることがわかった。(参考ページ

電子はJ.J.トムソンが1897年に行なった陰極線の実験によって発見され、原子の存在を最終的に証明したのがアインシュタインが1905年に発表した気体の分子運動論だったので、1900年をはさんでいろいろな研究がかなり早いペースで進行していたのだ。そして量子力学的な条件を考慮したゾンマーフェルトの理論が発表されたのは1916年のことである。

だれが原子をみたか(岩波現代文庫):江沢洋
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0f1e91e296d8d83ff2759c2de190be57

新版 電子と原子核の発見(ちくま学芸文庫):S.ワインバーグ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d6244b03bafe78c8c2316c91342df73e


高校までの物理学でも金属原子が格子構造をもつことや、その中の電子が動くことで電流が流れることを学ぶが、あくまで定性的なイメージでしか教えられない。また量子力学によると電子の位置は確率的にしか求められないわけだから、格子の中で電子がどのような状態で存在し、どのような運動をするのかイメージすることすらおぼつかないはずだ。

電子は格子中を移動するものもあるし、原子核に引き寄せられた(束縛された)ものもある。金属の結晶の中でそれらがどのように存在し、どのように周囲の原子核や電子から影響を受けるかを突き止めていくプロセスが第1巻で示されていることなのだ。

結晶構造が複雑になるにつれて、そして原子価が大きくなるにつれて様相は複雑さを増してくる。計算で示された結果と実際の金属元素で測定した結果を比べ、理論の正しさや不正確さを判断していくのだ。

特に僕にとって新しい学びとなったのは「第6章:X線回折による結晶構造の決定」である。X線の波長は典型的な金属元素の原子間距離に近いので、金属結晶の構造を反映した回折をおこす。知識として知っていても、実際にどのような実験をして、どのような計算をするのか、そしてどのように検証すればよいかを本書で学ぶことができる。

こういうことが20世紀の前半に行われていたことを思うと、自然科学の学問としての威力とそれに貢献した物理学者や技術者たちの「仕事の質」に感動させられるのだ。そのための計算を計算尺や手回し計算機でしていたわけなのだから。

また、上に紹介した図はすべて手描きである。結晶や格子の構造を文章だけで理解するのはよほどの想像力、空間認識力が必要だ。本書には図版が載せられているとはいえ、その数は十分ではない。現代のコンピュータ・グラフィックスを駆使すれば、よい教科書が書けるに違いないと僕は思った。


本書で特に重要なキーワードを解説しているページと短い説明を書いておこう。

ブラベー格子: http://ceram.material.tohoku.ac.jp/~takamura/class/crystal/node7.html

格子は並進対称性と点対称性を持っている。対称操作(並進、回転、反転、鏡映)を施すことによって存在可能な格子は14種類である。この14種の格子を「ブラベー格子(Bravais Lattice)」と言う。ブラベー格子は、格子の点対称性に着目すると、7つの「結晶系」に分類することができる。

逆格子、逆格子ベクトル: http://ceram.material.tohoku.ac.jp/~takamura/class/crystal/node16.html

逆格子ベクトル(ぎゃくこうしべくとる、Reciprocal lattice vector)とは、物性物理における問題、特に結晶構造の解析やバンド計算等に用いる数学的な概念の一つで、波数の概念の一般化である。

ウイグナー-ザイツ・セル: http://www.f-denshi.com/000okite/300crstl/303cry.html

ウィグナー-ザイツ・セルとは、ある格子点と、その周りの格子点との間の垂直二等分面で囲まれた領域における最小のセル(胞)のことである。ユージン・ウィグナーとフレデリック・ザイツが名前の由来。ウイグナー-ザイツ・セルは、自動的にその結晶の基本単位格子となる。

ブリルアン・ゾーン: http://www.f-denshi.com/000okite/300crstl/306cry.html

ブリルアン・ゾーンとは逆格子におけるウィグナー-ザイツ・セルのことである(第1ブリルアン・ゾーン)。ある逆格子点の周りの逆格子点の垂直二等分面によって作られる領域は、無数にできるが、その中で最小の領域のことを第1ブリルアン・ゾーンという。それ以外は、第2ブリルアン・ゾーン、第3、、と称していく。ブリルアン・ゾーンは固体物理学において、波の散乱による回折条件を表現するために広く用いられている。これは、電子のエネルギーバンド理論などの説明に便利である。

ブロッホの定理: http://www.f-denshi.com/000okite/100ryosi/103free%20particle.html

物理学の法則の1つ。1928年に、フェリックス・ブロッホによって提出された。エネルギーバンドの計算をする場合に、結晶の並進対称性に関する重要な定理である。並進対称性とは、結晶が基本格子ベクトルだけ並進すると、自分自身と重なり合うことである。


この教科書で学んでみようという方は、こちらからどうぞ。

固体物理の基礎 上・1 固体電子論概論: アシュクロフト、マーミン」- 1981
固体物理の基礎 上・2 固体のバンド理論: アシュクロフト、マーミン」- 1981
固体物理の基礎 下・1 固体フォノンの諸問題: アシュクロフト、マーミン」- 1981
固体物理の基礎 下・2 固体の物性各論: アシュクロフト、マーミン」- 2008

   


翻訳のもとになった英語版はこの本だ。

Solid State Physics 1e: Neil W. Ashcroft, N.David Mermin」(ハードカバー)(ペーパーバック




関連ページ: ネットで学びたい方はこちらからどうぞ。

目で見て操作する「分子の世界」-そのミクロ構造と物性-
http://rikanet2.jst.go.jp/contents/cp0200a/start.html

物性物理学(筑波大学物理学系 小野田雅重先生のページ)
http://www.px.tsukuba.ac.jp/~onoda/cmp/cmp.html

結晶回折学 講義資料
http://ceram.material.tohoku.ac.jp/~takamura/class/crystal/crystal.html

ときわ台学:物質・材料の掟 (公開版)
http://www.f-denshi.com/000okite/000matrl.html


関連記事:

物性物理30講(物理学30講シリーズ):戸田盛和
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/00d399f545bc69dfa213015f153a312a

基礎の固体物理学: 斯波弘行
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d2287a9fdbc66eac443fe0888d835602


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固体物理の基礎 上・1 固体電子論概論: アシュクロフト、マーミン」- 1981

 

第1章:金属のドゥルーデ(Drude)理論
- モデルの基礎仮定
- 衝突時間、緩和時間
- 直流電気伝導度
- ホール効果と磁気抵抗
- 交流電気伝導度
- 誘電関数とプラズマ共鳴
- 熱伝導度
- 熱電気効果

第2章:金属のゾンマーフェルト理論
- フェルミ・ディラック分布
- 自由電子
- 許された波数ベクトルの密度
- フェルミ運動量、フェルミ・エネルギー、フェルミ温度
- 基底状態エネルギーと体積弾性率
- 自由電子気体の熱的性質
- 伝導度のゾンマーフェルト理論
- ヴィーデマン・フランツの法則

第3章:自由電子モデルの破綻
- 自由電子モデルの困難
- 基礎仮定の復習

第4章:結晶格子
- ブラベー格子と基本ベクトル
- 単純立方格子と体心立方格子と面心立方格子
- 基本単位格子とウイグナー-ザイツ・セルと慣用単位格子
- 結晶構造と単位構造のある格子
- 六方最密構造とダイヤモンド構造
- 塩化ナトリウム構造と塩化セシウム構造とセン亜鉛鉱構造

第5章:逆格子
- 定義と例
- 第1ブリルアン・ゾーン
- 格子面とミラー指数

第6章:X線回折による結晶構造の決定
- ブラッグとフォン・ラウエの定式化
- ラウエの条件とエバルトの構成
- 実験方法:ラウエ法、回転結晶法、粉末法
- 結晶構造因子
- 原子形状因子

第7章:ブラベー格子の分類と結晶構造の分類
- 対称操作とブラベー格子の分類
- 7個の結晶系と14個のブラベー格子
- 結晶点群と空間群
- シェーンフリース記号と国際記号
- 元素の例

第8章:周期ポテンシャル中の電子状態、一般的性質
- 周期ポテンシャルとブロッホの定理
- ボルン-フォン・カルマンの境界条件
- ブロッホの定理の第2の証明
- 結晶運動量、バンド指標、速度
- フェルミ面
- 状態密度とファン・ホーブの特異点

第9章:弱い周期ポテンシャルの中の電子
- 摂動論と弱い周期ポテンシャル
- 単一ブラッグ面近くのエネルギー状態
- 1次元での拡張、還元、および周期ゾーン形式の説明
- フェルミ面とブリルアン・ゾーン
- 結晶構造因子
- スピン-軌道結合

第10章:強く束縛された方法
- 原子軌道1結合
- s準位からのバンドへの応用
- 強く束縛された状態の一般的特徴
- ワニア関数

付録
A:金属の自由電子論に出てくる重要な数値的関係式のまとめ
B:化学ポテンシャル
C:ゾンマーフェルト展開
D:1次元以上の周期関数の平面波展開
E:ブロッホ電子の速度と有効質量
F:周期系のフーリエ解析に関した恒等式

索引


その他の巻の章立て

上・2:固体のバンド理論

第11章:バンド構造を計算する他の方法
第12章:電子の動力学の半古典的モデル
第13章:金属伝導の半古典的理論
第14章:フェルミ面の測定
第15章:いくつかの金属のバンド構造
第16章:緩和時間近似を越えた近似
第17章:独立電子近似を越えた近似
第18章:表面効果
付録

下・1:固体フォノンの諸問題

第19章:固体の分類
第20章:凝集エネルギー
第21章:静止格子模型の破綻
第22章:調和結晶の古典論
第23章:調和結晶の量子論
第24章:フォノン分散関係の測定
第25章:結晶の非調和効果
第26章:金属中のフォノン
第27章絶縁体の誘電的性質
付録

下・2:半導体、磁性体、超伝導体論

第28章:均質な半導体
第29章:不均質な半導体
第30章:結晶中の欠陥
第31章:反磁性と常磁性
第32章:電子相互作用と磁気的構造
第33章:磁気的秩序
第34章:超伝導
付録

NHKニューヨーク白熱教室:第2回 “万物の理論”の驚くべき予言

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NHKニューヨーク白熱教室(4回シリーズ)
毎週金曜日 Eテレ 午後11時から11時54分まで(2か国語放送)
http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/newyork/index.html

ニューヨーク市立大学シティーカレッジ
ミチオ・カク 教授
超弦理論が専門で、世界で最もその名を知られている物理学者の一人。日系3世。物理学のみならず未来論についての啓蒙活動で知られる。コンピューターの驚異的発展、バーチャル世界の膨張、不老不死研究、心や意識の未来など、これまでにない全く新しい未来像を提示し続けている。最新の科学を一般の人向けにわかりやすく情熱的に伝える力量が世界で高く評価されている。


NHKニューヨーク白熱教室:第2回 “万物の理論”の驚くべき予言

“万物の理論”の最有力候補である超弦理論はSF以上の極めて不思議な世界を予言する。まずは「多元宇宙」。ビッグバンから生まれた私たちの宇宙は実は唯一ではなく、無数に多くの“別の宇宙”が存在しうるという。また、未来や過去への時間旅行も可能だと考えられる。そしてブラックホールの中に入り込めば、別の宇宙への一足飛びの旅行も可能だという。“万物の理論”が指し示す、驚くべき世界を堪能する。

先週放送が開始したNHK白熱教室の新シリーズ。数々のポピュラー・サイエンス書や講演で知られているニューヨーク市立大学シティーカレッジの理論物理学者、ミチオ・カク先生による現代物理学講座だ。


第2回は昨年放送された「宇宙白熱教室」を凝縮した内容だった。(「宇宙白熱教室」のほうがずっと面白く、ためになった。)

カク博士は物理学者であると同時に「未来学者」でもあるという。超弦理論が予言する未来とはいっても、まだそれは仮説に過ぎず、僕の抱く感じではそのような未来が実現する可能性はほとんどないと思うのだ。

たとえば人間には両手、両足がある。「両手があるのだから数億年後には、人間は足ではなく両手を使って歩くようになるだろう。」

確かにその可能性はゼロではない。超弦理論から博士が予言する未来も、このレベルとほとんど変わりはない。未来学という学問をするのであれば、せいぜい10年後、20年後の未来、私たちが生きている間に実現する未来のことを予言すればよいのにと思った。

並行宇宙やワームホール、タイムトラベルは明らかにSFであることを忘れてはならない。


今回の講義も空席が目立つ。

次のような流れで説明が進んだ。SFの部分は赤文字にしておこう。

- 宇宙の誕生、ビッグバンの謎
- 夜空はなぜ黒いのか?(エドガー・アランポーが解決)
- かつての宇宙像:時間的にも空間的にも無限の広がりをもつ
- エドガー・アランポーが宇宙が有限で、始まりがあることを見つけた
- ビッグバンの3つの証拠:赤方偏移、宇宙マイクロ波背景放射、宇宙の元素の割合(75%の水素と25%のヘリウム)
- 1916年、アインシュタインの一般相対性理論が発表、銀河系だけ存在すると信じられていた
- エドウィン・ハッブル:他の銀河の存在、宇宙の膨張の発見
- ハッブルの法則:銀河の遠ざかる速さはその銀河までの距離に比例する
- アーノ・ペンジアス(ニューヨーク市立大学卒業):宇宙からの電波のノイズを観測=宇宙マイクロ波背景放射であることがわかる
- COBEとWMAPで宇宙マイクロ波背景放射を観測
- 一般相対性理論はビッグバンがおきた理由を説明することができない
- それを説明する最も有力な候補が超弦理論、ビッグバンは何度もおきていた
- 超弦理論の予言:並行宇宙の存在、宇宙の誕生は繰り返される
- 並行宇宙の物理法則はそれぞれ異なる
- 宇宙重力波検出装置:LISAによる観測
- 生まれたばかりの宇宙は並行宇宙とつながるへその緒をもっている
- 並行宇宙の存在を確認する方法
- 73%は暗黒エネルギー、23%は暗黒物質、4%は水素とヘリウム、普通の物質は0.01%
- 暗黒物質が銀河系をまとめている
- 重力レンズ効果
- ヴェラ・ルービン:パルサーの発見により暗黒物質の存在を発表
- 大型ハドロン衝突型加速器で暗黒物質の検出を目指す
- 超弦理論で予言される重たい素粒子が暗黒物質だと考えられている
- 重力は11次元の空間を行き来できるので並行宇宙の存在を確認できる
- 暗黒物質のほとんどは銀河系の外にある
- 超弦理論の予言:ワームホール、タイムトラベル
- 一般相対性理論はブラックホールの存在を予言する
- ブラックホールの中心部からはジェットと呼ばれるX線などの電磁波が放射される
- 銀河系は「棒渦巻き銀河」
- ブラックホールの中心には特異点がある=これは「わからない」と言っているのと同じ
- 相対論と量子論によりブラックホールの中心にはリングがあり、他の宇宙へのゲートウェイとなる=ワームホール
- ワームホールは空間の近道、タイムトラベルは時間の近道
- タイムパラドックス
- タイムラインの分裂
- タイムマシンの作り方:ブラックホールに匹敵するエネルギー、マイナスのエネルギーを使う
- 超弦理論の帰結を利用できる文明とは?
- 宇宙には高度に発達している文明が存在しているかもしれない
- 利用するエネルギー源によって3つのタイプに分類できる
- タイプ1の文明:惑星の全エネルギーを支配できる文明
- タイプ2の文明:恒星の全エネルギーを支配できる文明
- タイプ3の文明:銀河の全エネルギーを支配できる文明
- 太陽系外惑星探査機ケプラー
- 銀河系には10億個ほどの地球型惑星があり得る
- 超弦理論の帰結を利用できる文明はタイプ1やタイプ2
- なぜエイリアンは地球を訪れないのか?エイリアンは高度な文明をもつので我々に興味がないから
- 人間の知能を進化させた要素:物をつかむ能力、立体視、言語
- 物理学で宇宙の未来についてはあまりわかっていない
- 50億年後、太陽は赤色巨星になり地球に死が訪れる
- 太陽は矮星という星(核廃棄物)になって終わる
- 宇宙は数兆年後には冷え切ってしまう、それまでに文明はタイプ3に進化し、別の宇宙に逃げるべきだ

並行宇宙について詳しく知りたい方は「隠れていた宇宙:ブライアン・グリーン」という記事をお読みいただきたい。


もし人類がひとつになりタイプ1~3の文明へ進化するのだとしたら、それ以前に地球上の問題を解決しておかなければならない。文明がひとつになるというのは反乱分子を排除するということでもある。もし、テロリストがそのような便利で高度な技術を利用したら、どのような争いがおこるのか?つねに科学や技術が「諸刃の剣」であることを心にとめておかなければならない僕は思うのだ。


なお、第1回の放送はすでにネット上に公開されてしまっている。見逃した方はここから検索してみるとよいだろう。(この記事を投稿した時点では「NHKオンデマンドの見逃し番組」からは見れるようになっていない。)


以下、ミチオ・カク先生の著書をジャンル別に紹介しよう。

科学教養書:

アインシュタイン よじれた宇宙(コスモス)の遺産:ミチオ・カク」- 2007年刊行



内容
アインシュタインの相対性理論はイメージとして現れた。光と並んで走るイメージ、いすから落ちるイメージ。そして宇宙の謎を統一する未完の試み、統一場理論。アインシュタインのイメージを軸に、現代理論物理学の権威ミチオ・カクがその生涯と業績を分かりやすく解説する。


科学(?)教養書もしくは科学SF書: Kindle版がお買い得だ。

パラレルワールド―11次元の宇宙から超空間へ:ミチオ・カク」(Kindle版)(紹介記事)- 2006年刊行



内容
ブラックホールへの決死の旅や、タイムマシン、もうひとつの宇宙、そして多次元空間―本書は宇宙論の世界を席捲する革新的な宇宙の姿を鮮やかに描き出す。今日、ひも理論とその発展理論であるM理論は圧倒的な支持を得て、世界の名だたる物理学者や天文学者が、最先端の波検出器、重力レンズ、衛星、天体望遠鏡を動員し、多宇宙(マルチバース)理論の検証に取り組んでいる。もしパラレルワールドが存在するのなら、いつかこの宇宙が暗く凍ったビッグフリーズを迎えるとき、われわれの未来の先進文明は、次元の「救命ボート」によってこの宇宙を脱出し、パラレルワールドへと至る方法を見つけるであろう。

サイエンス・インポッシブル―SF世界は実現可能か:ミチオ・カク」(Kindle版)- 2008年刊行



内容
今でも当たり前のGPSや携帯電話は、かつて想像の世界にしか存在しなかった。だとしたら、タイムトラベルやテレポーテーションも、実現できる日が来るかもしれない。『スター・トレック』や『透明人間』など、古今のSF作品に登場する「ありえない」テクノロジーは、いつ、どのように実現できるのか…。現代物理学界を代表するミチオ・カク博士も、昔はSF大好き少年だった!だれもが持つ「少年時代の夢」をかなえる最先端の科学理論をカク博士が熱く語った、全米ベストセラーのポピュラー・サイエンス書。

2100年の科学ライフ:ミチオ・カク」(Kindle版)- 2012年刊行



内容
コンピュータ、人工知能、医療、ナノテクノロジー、エネルギー、宇宙旅行…近未来(現在~2030年)、世紀の半ば(2030年~2070年)、遠い未来(2070年~2100年)の各段階で、現在のテクノロジーはどのように発展し、人々の日常生活はいかなる形になるのか。世界屈指の科学者300人以上の取材をもとに物理学者ミチオ・カクが私たちの「未来」を描きだす。

フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する:ミチオ・カク」(Kindle版) - 2015年刊行



内容
テレパシー・記憶の増強・AI…SFが現実になる!「心」をめぐる科学の最前線、そこから導かれる驚愕の未来図。NHK「NEXT WORLD私たちの未来」出演の理論物理学者が綴る第一級のサイエンス・ノンフィクション。


専門書: 通常の教科書である。場の量子論までの物理学を学んでいることが前提。(参考:「超弦理論に至る100冊の物理学、数学書籍」)

超弦理論 :ミチオ・カク」- 1989年刊行



内容
過去50年もの間解けなかった、場の量子論と一般相対論の統一という問題を解決する超弦理論についての本格的入門書。2000年刊行の改訂版では省かれた「アティヤ=シンガーの指数定理」の証明が掲載されている。

超弦理論とM理論:ミチオ・カク」(購入リンク2)- 2000年刊行



内容
過去50年もの間解けなかった、場の量子論と一般相対論の統一という問題を解決する超弦理論と、その最近の定式化であるM理論を追加して改訂した本格的入門書。1989年刊「超弦理論」の改題改訂。


関連記事:

NHKニューヨーク白熱教室:第1回 アインシュタインの夢
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/274adc0121aba0485a16318d343c176f


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金曜ドラマ: アルジャーノンに花束を

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心に残るあの名作が野島伸司さん脚本でドラマ化された。原作は累計330万部の不朽の名作である。

僕が昔読んだのはこのような装丁の単行本だった。現在アマゾンからは買えないようだ。




ウィキペディアの「アルジャーノンに花束を」を見ると2002年にユースケ・サンタマリアさん主演でドラマ化されていたようだ。(僕は見ていなかった。)映画化は3度もされている。(1968年、2000年、2006年)

先週金曜から放送されているドラマのホームページはこちら。

アルジャーノンに花束を(金曜夜10時)
http://www.tbs.co.jp/algernon2015/


第1回の放送を見たところ、原作とは違った設定だと思ったが物語の本質は尊重されていた。小説のテーマは「IQが低いこと、知的障がいをもっていることは不幸なことなのか?」、「脳科学の発展によって人は天才になることができるのか?そしてそれは人の幸せに結びつくのか?」の2つである。

このドラマの後、金曜夜11時枠で「NHKニューヨーク白熱教室」が放送されているので脳科学の未来が人類に何をもたらすのかということも含めて考えるよい機会になると思う。

試験管ベビー」と呼ばれたルイーズ・ブラウンさんが生まれたのは1978年。世界で初めて体外受精で生まれた人だ。その後、社会的に成功した男性の精子と優秀な女性の卵子による体外受精も行なわれた。(もちろんそれは人種差別や優生学であるという批判を受けた。)

その結果、たしかに天才並みのIQをもつ子供が生まれたのだが、遺伝的には知能が高くても人格を形成するために必要なしつけや教育などの環境が違うので、数値的には天才だとしても努力をしなければ能力が伸びることがなく、人間形成という意味でその多くに問題がでてきたのだという。結局多くの子供が大人になってごく普通の人生を選ぶことになった。

これは脳科学によるIQ向上の例ではないけれども、このドラマや小説の2番目のテーマに対する現実の結果が示している回答なのだと思う。


原作者のダニエル・キイス氏が昨年亡くなっていたことを、この記事を書くにあたって僕は知った。現在発売されている新版の文庫本には1999年の文庫化に際して著者から日本の読者に贈られた序文や、昨年の訃報に対する訳者の小尾芙佐さんの追悼文が掲載されている。

本をめくっているうちに、この小説が現代にもあてはまるもうひとつの意味を持っていることに気がつかされた。それは誰にも訪れる「老い」のことだ。

物理学や数学を勉強している僕は、もう少し頭がよければなぁと思う。けれども自分が老いて認知症になったらせっかく学んできたことをすべて忘れてしまうことだろう。そのことに思い至ったとき愕然とした。

学んだことを忘れるどころか、自分が誰なのかさえわからなくなってしまうかもしれない。家族や友達のことも思い出せなくなってしまう。昔の記憶を現実だと錯覚して理不尽なことを言い、徘徊するようになってしまうのだ。あれだけ優秀で頭が切れたイギリスのサッチャー首相でさえ晩年には認知症に悩まされていたのだから。

そう、誰もがこのドラマや小説の主人公のようになる可能性があるのだ。僕が将来、認知症になってしまったとき、社会の状況や働き盛りの世代そして若者たちは、知的弱者に対して寛容さを持てるくらい経済的余裕、精神的余裕を持ってくれているだろうか?経済格差が進行していくなかで、老いてもなお幸せを感じられる世の中になっているのだろうか?

また「頭の悪い子供」はとかくいじめられやすい。将来の大人世代は新たな形をとっているであろう子供たちのいじめ問題に対し、適切な対応をとってくれるだろうか?

このドラマや小説は、そのような問いも私たちに投げかけている。


主演の山下智久さんは知的障がい者を演じるにあたり、とても努力されているようだ。原作も英語でお読みになったそうだ。(参考:山下智久さんへのインタビュー

原作がハッピーエンドではないだけに、ドラマのほうも悲しい終わり方になってしまうのだろう。どのようにそのせつなさを表現するのかが僕が気になっているところ。

ドラマは舞台を現代の日本に移しているだけに小説よりもリアルに伝わる。毎回の放送で私たちに投げかけられる問いの答を自分なりに考えてみたいと思う。

アルジャーノンに花束を: 動画を検索してみる


読書離れが進んでいるそうだが、日ごろ本を読まない人でも今回のドラマが読書のきっかけになればと僕は思う。いま本を買うとこのような帯がついている。



アルジャーノンに花束を(ハヤカワ文庫NV):ダニエル・キイス



内容:
32歳になっても幼児なみの知能しかないチャーリイ・ゴードン。そんな彼に夢のような話が舞いこんだ。大学の先生が頭をよくしてくれるというのだ。これにとびついた彼は、白ネズミのアルジャーノンを競争相手に検査を受ける。やがて手術によりチャーリイの知能は向上していく…天才に変貌した青年が愛や憎しみ、喜びや孤独を通して知る人の心の真実とは?全世界が涙した不朽の名作。著者追悼の訳者あとがきを付した新版。2015年刊行、464ページ。

著者について:
1927年ニューヨーク生まれ。ブルックリン・カレッジで心理学を学んだ後、雑誌編集などの仕事を経てハイスクールの英語教師となる。このころから小説を書きはじめ、1959年に発表した中篇「アルジャーノンに花束を」でヒューゴー賞を受賞。これを長篇化した作品がネビュラ賞を受賞し、世界的ベストセラーとなった。その後、オハイオ大学で英語学と創作を教えるかたわら執筆活動を続け、『五番目のサリー』『24人のビリー・ミリガン』(以上、すべてハヤカワ文庫)など話題作を次々と発表した。2014年6月没。享年86。

原作の英語版はこちら。1959年に中編小説として発表し、1966年に長編小説として改作された。

Flowers for Algernon: Daniel Keyes」(Kindle版




関連記事:

お勧めドラマ: 世紀末の詩(1998年、日本テレビ)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/45b117475aadbd8f43c55d1d5953584d

月9ドラマ: 薔薇のない花屋(2008年、フジテレビ)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f3e679235dcadc104ca24c0ed7181f45


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超ひも理論をパパに習ってみた: 橋本幸士

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超ひも理論をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速阪教授の70分講義:橋本幸士」(Kindle版

内容紹介:
平凡な女子高生・美咲のパパは、なんと超ひも理論が専門の天才物理学者(そして関西人)。「理解のカギは『異次元空間』や!」と最先端物理学を嬉々として語りだすパパに、美咲は最初辟易するが…!? 物理ファン垂涎の名講義、堂々開講! 2015年2月刊行、160ページ。

著者について:
橋本幸士(はしもとこうじ)
ホームページ: http://kabuto.phys.sci.osaka-u.ac.jp/~koji/youkoso.html
1973年生まれ、大阪育ち。1995年京都大学理学部卒業、2000年京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。サンタバーバラ理論物理学研究所、東京大学、理化学研究所などを経て、現在、大阪大学大学院理学研究科教授。専門は理論物理学、弦理論。著書に『Dブレーン 超弦理論の高次元物体が描く世界像』(東京大学出版会)がある。Twitterアカウントは@hashimotostring


理数系書籍のレビュー記事は本書で273冊目。

「同じような時期に物理学者の橋本先生も娘さんのために本をお書きになったのか!」これが本書の第一印象だった。先日、大栗先生が娘さんのためにお書きになった「数学の言葉で世界を見たら: 大栗博司」を紹介したばかりだ。たまたまなのだろうなぁと思いつつ、あまりのタイミングのよさが僕には可笑しかった。そして男親にとって娘というのは特別な存在なんだろうなと。

大栗先生と同じく本書の著者の橋本幸士先生も超弦理論を研究されている。一般向けの本として「大栗先生の超弦理論入門:大栗博司」の評判がすでに定着しているので、同じ超弦理論をテーマにどのようなことを橋本先生はお書きになったのだろう?僕の興味はその1点に集中していた。

本書の章立ては次のとおりだ。

【予習】 異次元パパ
【第0講義】 一日10分で異次元がわかる、ってウマい話
【第1講義】 陽子の謎と、1億円
【第2講義】 異次元が見えていないワケ
【第3講義】 空間の次元を力で数えよう
【第4講義】 陽子の兄弟が多すぎる、という謎
【休憩】 科学者の世界を覗いてみた
【第5講義】 異次元を使って陽子の兄弟を説明する
【第6講義】 超ひも理論によると「次元はまやかし」!
【第7講義】 陽子の謎とブラックホール
【復習】 結局、異次元はあるんでも無いんでも、ない


第0講義から第7講義はそれぞれ中身が次の3つの部分に分かれている。

1)橋本先生こと浪速阪教授と娘さんの対話形式で進む部分:この部分がいちばんやさしい。娘さんの日記として書かれている。
2)浪速阪教授の日記:教授の仕事日記である。物理学者の研究生活の様子がよくわかる。
3)「おまけの異次元」と題した中級者向けの解説: 数式も遠慮なく使った解説。

物理学をほとんど理解していない読者は1)の部分だけ読んでもよいし、大学で物理学を専攻している学生くらいの知識があっても3)の部分はじゅうぶんためになるのだ。

「高校生の娘に書いた」と銘打っているわりに対象読者はかなり広いレベルをカバーしている。これまでにない科学教養書のスタイルだと僕は思った。


本書は全部で160ページ。すぐ読めてしまう分量だ。だとするとあらましだけを紹介するにしても、超ひも理論の歴史や理論全体をカバーするのは無理というもの。いったいどの部分にフォーカスを当てるのだろう?一部分だけ紹介しても理論の必然性がわかりにくくなってしまいがちだ。そのように思いながら読み進める。

橋本先生の娘さん(名前は美咲さん)は高校で物理を学んでいるそうなので理数系だ。とはいえ父親がふだんどんな仕事をしているのかは理解できていない。学校で「異次元」のことが話題になり、それはSFの世界だと思っていたのに実はそうではないらしい。そんなことを父から聞いて唖然とする。これがきっかけで親子による物理学講義が始まったのだ。

NHKの「神の数式」でも紹介されたこの「異次元」は「余剰次元」とも呼ばれ、超ひも理論では実際に存在するとされる多次元空間である。

橋本先生(浪速阪教授)は娘さんに「7日間かけて教える。」と約束し、次のようにきちんとした筋道をたどって説明が繰り広げられる。

- 異次元のこと、陽子をはじめクォークなど素粒子の話、
- 素粒子の質量は一般常識では考えられられないほど不思議なからくりで計算されること
- なぜ陽子や中間子は兄弟のようにたくさんの種類があるのか、
- クォークの基礎方程式について、
- グルーオンについて
- ファインマン図
- マルダセナのホログラフィー理論、マルダセナ予想
- 超ひも理論
- ブレーン
- ブラックホールと超ひも理論の関係
- 重イオン衝突の実験

中級者向けの部分で、特によかったと思えたのは次のような事柄だった。今後、専門の教科書で学ぶ際に大いに助けとなりそうだと思った。

- ミレニアム問題のひとつ「量子ヤン-ミルズ問題の数学的な定式化と質量ギャップの存在」について詳しく解説されていること。
- 異次元空間(多次元空間)での力の伝わり方についての解説。
- ヒッグス機構により質量が生じることを、比較的シンプルな数式を使って説明している箇所。
- 超弦理論と量子重力、超弦理論のモジュラー不変性についての解説。
- マルダセナ予想の応用例:マルダセナ予想を詳しく解説しているだけでなく、その応用例、たとえばクォークとグルーオンの理論、物性物理、量子情報理論など今後の研究の方向性が紹介されている。マルダセナ予想とは「AdS/CFT対応」のことだ。

紹介されている数式は物理学科の学生ならば理解できるレベルのもので、込み入った数式の導出はないので安心して読むことができる。


大栗先生の超弦理論入門:大栗博司」と内容が重複しているところは少ししかないので、大栗先生の本をお読みになった方でもじゅうぶん楽しめるし、超弦理論への知見を大きく広げることができる本なのだ。

ページ数が少ないにもかかわらず、得るものがきわめて多い良書である。ぜひお読みいただきたい。


関連記事:

Dブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像:橋本幸士
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e18ed1e00f1c877cf3e7926a564f01ae

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75dfba6307d01a5d522d174ea3e13863


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超ひも理論をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速阪教授の70分講義:橋本幸士」(Kindle版



【予習】 異次元パパ
【第0講義】 一日10分で異次元がわかる、ってウマい話
【第1講義】 陽子の謎と、1億円
【第2講義】 異次元が見えていないワケ
【第3講義】 空間の次元を力で数えよう
【第4講義】 陽子の兄弟が多すぎる、という謎
【休憩】 科学者の世界を覗いてみた
【第5講義】 異次元を使って陽子の兄弟を説明する
【第6講義】 超ひも理論によると「次元はまやかし」!
【第7講義】 陽子の謎とブラックホール
【復習】 結局、異次元はあるんでも無いんでも、ない

おわりに

NHKニューヨーク白熱教室:第3回 科学が変える未来社会

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NHKニューヨーク白熱教室(4回シリーズ)
毎週金曜日 Eテレ 午後11時から11時54分まで(2か国語放送)
http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/newyork/index.html

ニューヨーク市立大学シティーカレッジ
ミチオ・カク 教授
超弦理論が専門で、世界で最もその名を知られている物理学者の一人。日系3世。物理学のみならず未来論についての啓蒙活動で知られる。コンピューターの驚異的発展、バーチャル世界の膨張、不老不死研究、心や意識の未来など、これまでにない全く新しい未来像を提示し続けている。最新の科学を一般の人向けにわかりやすく情熱的に伝える力量が世界で高く評価されている。


NHKニューヨーク白熱教室:第3回 科学が変える未来社会

人類史の中で物理学の発展は社会を大きく変えてきた。では、このまま科学が進歩すると近未来の社会はどう変貌するのか? コンピューターはコンタクトレンズに組み入れられ人間が意識するだけであらゆる情報の入手が可能になり、医療では常に超小型の医療ロボが体内を巡回し、痛んだ臓器は交換可能となる。そして不老不死も可能になるという。理論物理学者が語る、SFとは一線を画したリアルな未来社会の姿を探求する。

先週放送が開始したNHK白熱教室の新シリーズ。数々のポピュラー・サイエンス書や講演で知られているニューヨーク市立大学シティーカレッジの理論物理学者、ミチオ・カク先生による現代物理学講座だ。


第3回は「科学が変える未来社会」をテーマに話が進んだ。

今回は夢物語を語るカク先生に対して批判的な記事を書くことになるのだろうなと思っていたのだが、そうはならずに僕は納得させられてしまった。紹介されていた未来の科学技術のほとんどが、どこかで読んだり耳にしていたものばかりだったからだ。

ICやメモリーチップのめざましい小型化はすでに実証済みだから、コンタクトレンズに埋め込むことのできるコンピュータやスクリーンというのも、おそらく実現すると思う。

とはいっても「不老不死」だけは実現しないと僕は思う。

ただし「動物の寿命を2倍にする実験には成功している。」ことは知らなかったので今夜は驚いているのだが。。。あとワニの寿命がわかっていないことも僕は知らなかった。

もし人間の寿命が2倍になったとしたら、社会はどのように変わるのだろう?いったい何歳まで仕事をすればよいのだろう?

あと少し安心できたのは「未来の教育」の形態の話。オンライン講座だけでは生徒のモチベーションは維持できないから、必ず生身の教師の個別指導が必要になるということ。人間の教育はロボット任せにできるはずはないし、してはいけないと思うのだ。

番組終了後にツイッターを検索してみたのだが、今回の放送に批判的、懐疑的なツイートはほとんど見つからなかった。それは番組が科学技術がもつ負の側面について触れていなかったためかもしれない。つまりそれは未来の兵器技術のことだ。


思い巡らすことはいくつもあるのだが、今夜の流れを箇条書きにしておく。

- 物理学の未来、社会の未来について
- 万物の理論に我々は迫りつつある、万物の理論はなにをもたらすか
- 20年後、50年後、コンピュータはどうなってるか、ロボット、医療、注文できるか、不老不死は
- 未来は予測できるのか
- ジュール・ヴェルヌ、19世紀に100年後を予測した
- 月世界旅行の宇宙船のサイズの誤差は10%、月までは3日かかることを予測していた
- 1860年頃、「20世紀のパリ」を予測した小説
- 鉄骨でできたガラス張りの高層ビル、ガスを燃料とする交通手段、出版されなかった
- 当時の最先端の思想家、天文学者、産業界のリーダーと話をした
- トップクラスの科学者300人と話をした
- 未来を創る科学技術とは
- 豊かさはどこからくるか、富は科学から生まれる
- 政治家は「富は課税によって生まれる」と信じている
- 富そのものの量は増やせる
- レーザーとトランジスタ、テレビ、ラジオ、MRI、GPS
- 科学技術が社会に富をもたらす
- 第1の波は蒸気機関によって富がもたらされた
- 第2の波は電気、エンジンによって富がもたらされた
- 第3はハイテクとコンピュータの波、レーザー、コンピュータ、インターネット、タブレット端末
- 第4の波は人工知能、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーによって富がもたらされる
- ムーアの法則:ICチップのトランジスタ数は18ヶ月ごとに2倍になる
- 次のステージ:コンピュータの姿は消える
- 2020年:コンピュータは電気のように存在すら気に留められなくなる
- 2020年:コンタクトレンズの中にインターネットにつながる装置が組み込まれる
- 自動通訳がコンタクトレンズの中で見れる
- パーティでどのパートナーを選べばよいか相手の経歴が映されるようになる
- 建設、宇宙飛行士、無限の知識
- 未来の紙の姿:追ったり曲げたり自由自在、壁紙も同様
- 壁に人工知能をもったロボットドクターがあらわれ、最新の医療情報を提供してくれる
- 運転中の事故:腕時計の中のロボット弁護士が助けてくれる
- 未来の車の姿:自律走行、
- 未来の癌の診断:トイレにICチップが備えられ、癌細胞が数百個の時点で発見できる
- 腫瘍やコンピュータという単語はなくなる
- ナノテクノロジーによりひとつひとつの癌細胞を攻撃できる、現在のような抗がん剤は不要になる
- 診察:細胞サイズの顕微鏡を体内に入れて癌細胞を見つける。(カプセル内視鏡)
- 体内に入れたICチップが健康を守るようになる
- MRIは磁場を均一にする必要があるから装置が大きくなる
- 現在はブリーフケースのサイズにでき、将来は携帯電話のサイズまで理論上は小さくできる
- バイオテクノロジー
- 人工臓器を作れるようになる:耳、骨、皮膚、軟骨、血管、心臓弁、膀胱弁、肝臓などが培養されるようになる
- 人の臓器を注文して購入できるようになるかも:老化に対抗する
- 臓器不全という言葉がなくなる
- 3Dプリンタにより臓器を作れるようになる
- 腎臓や肺なども作れるか:いまは膵臓の製造にターゲットを絞っている
- 複雑な臓器は後回し
- 不老不死は実現するのか?
- 動物の寿命を2倍に伸ばすことには成功している
- 霊長類の実験は2年前。人間の実験はまだ行われていない。
- 長生きする動物:ワニの寿命はわかっていない。老化が死因になることはない。
- 鯨の寿命も長い。不老不死に見える。
- クルマの老化は、駆動装置や燃料装置、タイヤ、エンジンの消耗によってわかる
- 細胞のエンジンはミトコンドリア、ミトコンドリアの老化はDNAのコピーミスによってわかる
- 老化とはDNAの複製時におきるコピーミスの蓄積
- 遺伝子治療によるDNAの修復
- カロリー制限による寿命の延長が期待される
- チンパンジーの場合:98%遺伝的に人間と同じ、人間のほうが寿命が2倍長い
- 脳のサイズをコントロールする遺伝子は発見されている
- 熱力学第2法則:エントロピー増大の法則(閉鎖系)、どんなものでも無秩序になって滅ぶ
- なぜわれわれは秩序だって存在できるのか?、進化は不可能ではないか?という矛盾があるのだが
- 地球は閉鎖系ではない、太陽がエネルギーを与えてくれる、それがその矛盾を解決する
- 不老不死によって地球の人口爆発はおきないか?なぜ2000年に人類滅亡しなかったのか?
- ひとつは農業の技術革新、品種改良
- もうひとつは人口推移の予測ミス:子供の数は社会保障のようなもの
- 都市化によって子供の数が減る、日本の人口減少、次はヨーロッパ、アメリカの人口が減る
- 未来の仕事はどうなるか
- 将来仕事はあるのだろうか?ロボットが働くだけになるのか?
- 反復作業だけの仕事は将来なくなる:自動車の製造はロボットが行う
- 仲介行のような仕事はなくなる:代理人、ブローカー、(ネットサービスによって置き換えられる)
- ロボットにはできない付加価値がある仕事はなくならない
- 建築作業員や庭師、警察官の仕事はなくならない:反復作業ではないから
- 独創性、創造性が要求される仕事はなくならない
- イギリスはロックミュージックの収益が炭鉱労働による収益より大きい
- 教師の役割:発展途上国ではオンライン講座は90%は脱落してしまう。それはプレッシャーや個人的なアドバイスがないから
- よいオンライン講座はコンピュータの良さと生身の教師の指導を組み合わせたものが必要
- 2100年に生きる人間:医療は不老不死、核融合の実現、羽のある馬に乗っているかもしれない
- 次回は脳と心の未来:テレパシー、テレキネシス、ブレインネットなどの話をする


なお、第2回までの放送はすでにネット上に公開されてしまっている。見逃した方はここから検索してみるとよいだろう。(この記事を投稿した時点では「NHKオンデマンドの見逃し番組」からは見れるようになっていない。)


以下、ミチオ・カク先生の著書をジャンル別に紹介しよう。

科学教養書:

アインシュタイン よじれた宇宙(コスモス)の遺産:ミチオ・カク」- 2007年刊行



内容
アインシュタインの相対性理論はイメージとして現れた。光と並んで走るイメージ、いすから落ちるイメージ。そして宇宙の謎を統一する未完の試み、統一場理論。アインシュタインのイメージを軸に、現代理論物理学の権威ミチオ・カクがその生涯と業績を分かりやすく解説する。


科学(?)教養書もしくは科学SF書: Kindle版がお買い得だ。

パラレルワールド―11次元の宇宙から超空間へ:ミチオ・カク」(Kindle版)(紹介記事)- 2006年刊行



内容
ブラックホールへの決死の旅や、タイムマシン、もうひとつの宇宙、そして多次元空間―本書は宇宙論の世界を席捲する革新的な宇宙の姿を鮮やかに描き出す。今日、ひも理論とその発展理論であるM理論は圧倒的な支持を得て、世界の名だたる物理学者や天文学者が、最先端の波検出器、重力レンズ、衛星、天体望遠鏡を動員し、多宇宙(マルチバース)理論の検証に取り組んでいる。もしパラレルワールドが存在するのなら、いつかこの宇宙が暗く凍ったビッグフリーズを迎えるとき、われわれの未来の先進文明は、次元の「救命ボート」によってこの宇宙を脱出し、パラレルワールドへと至る方法を見つけるであろう。

サイエンス・インポッシブル―SF世界は実現可能か:ミチオ・カク」(Kindle版)- 2008年刊行



内容
今でも当たり前のGPSや携帯電話は、かつて想像の世界にしか存在しなかった。だとしたら、タイムトラベルやテレポーテーションも、実現できる日が来るかもしれない。『スター・トレック』や『透明人間』など、古今のSF作品に登場する「ありえない」テクノロジーは、いつ、どのように実現できるのか…。現代物理学界を代表するミチオ・カク博士も、昔はSF大好き少年だった!だれもが持つ「少年時代の夢」をかなえる最先端の科学理論をカク博士が熱く語った、全米ベストセラーのポピュラー・サイエンス書。

2100年の科学ライフ:ミチオ・カク」(Kindle版)- 2012年刊行



内容
コンピュータ、人工知能、医療、ナノテクノロジー、エネルギー、宇宙旅行…近未来(現在~2030年)、世紀の半ば(2030年~2070年)、遠い未来(2070年~2100年)の各段階で、現在のテクノロジーはどのように発展し、人々の日常生活はいかなる形になるのか。世界屈指の科学者300人以上の取材をもとに物理学者ミチオ・カクが私たちの「未来」を描きだす。

フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する:ミチオ・カク」(Kindle版) - 2015年刊行



内容
テレパシー・記憶の増強・AI…SFが現実になる!「心」をめぐる科学の最前線、そこから導かれる驚愕の未来図。NHK「NEXT WORLD私たちの未来」出演の理論物理学者が綴る第一級のサイエンス・ノンフィクション。


専門書: 通常の教科書である。場の量子論までの物理学を学んでいることが前提。(参考:「超弦理論に至る100冊の物理学、数学書籍」)

超弦理論 :ミチオ・カク」- 1989年刊行



内容
過去50年もの間解けなかった、場の量子論と一般相対論の統一という問題を解決する超弦理論についての本格的入門書。2000年刊行の改訂版では省かれた「アティヤ=シンガーの指数定理」の証明が掲載されている。

超弦理論とM理論:ミチオ・カク」(購入リンク2)- 2000年刊行



内容
過去50年もの間解けなかった、場の量子論と一般相対論の統一という問題を解決する超弦理論と、その最近の定式化であるM理論を追加して改訂した本格的入門書。1989年刊「超弦理論」の改題改訂。


関連記事:

NHKニューヨーク白熱教室:第1回 アインシュタインの夢
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/274adc0121aba0485a16318d343c176f

NHKニューヨーク白熱教室:第2回 “万物の理論”の驚くべき予言
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0dabd5f45be62719d2ee0ba493b1a8da


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発売情報: 明解線形代数 改訂版(日本評論社)

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明解線形代数 改訂版(日本評論社)

内容紹介
定評ある教科書の改訂版。高校数学新指導要領で、行列が教えられなくなったので、行列の導入部分をより詳しく丁寧に解説。2015年3月刊行、285ページ。

目次は次を参照: http://www.nippyo.co.jp/book/6773.html



理数系(そして工学系)の大学1年生のみなさん、入学おめでとうございます。

みなさんは高校新課程で学んで大学に入学したはじめての学生ということになります。つまり高校で「行列」を学んでいない方々です。

数学科に限らず、理学や工学系の学部の教養課程で線形代数や微積分は必須科目ですし、経済学部や経営学部などの文系学部でも数学は教養課程で教えられます。


4月も半ばを過ぎ、そろそろ授業が始まっていることでしょう。今日は比較的やさしい線形代数の副読本を紹介させていただくことにしました。

線形代数を学ぶためには「行列」の知識が必須です。けれども、これまでに刊行された教科書は高校で行列を学んでいることが前提なので、この部分の説明が不足している本がほとんどなのです。

このような状況の中、昨年末から今年にかけて「行列」を解説している線形代数の本が出版され始めました。中でも特に僕がお勧めしたいのがこの1冊です。

もし大学で使っている教科書が難しいとお感じになったら、ぜひお読みになってください。

明解線形代数 改訂版(日本評論社)




あと、線形代数と微積分の両方を揃えたいのでしたら技術評論社の2冊がよいでしょう。この線形代数の教科書も行列の解説から始まっています。

1冊でマスター 大学の線形代数:石井俊全
1冊でマスター 大学の微分積分:石井俊全

 

内容紹介
1冊でマスター 大学の線形代数:石井俊全
講義と演習で効率よく確実に力がつく!
大学数学の必須科目「線形代数」を1冊でマスターできます。
高校で扱わなくなっても理系では必須である行列、掃き出し法などを
計算過程を省かずにていねいに解説します。
線形代数の初歩から実践まで
参考書と問題集を兼ねた構成でじっくり学ぶことができます。
物理・工学系で役に立つ固有値、敬遠されがちな単因子、ジョルダン標準形などももちろん取り上げています。
別冊(見開き完結型の演習問題と確認問題)とあわせてホップ、ステップ、ジャンプ
の流れで順を追って問題を解いていくことで定着度もアップします。
さらに別冊については問題部分のみを抜粋したPDFをホームページにて用意しています。
2014年12月刊行、320ページ。

目次やサポートページは次を参照: http://gihyo.jp/book/2015/978-4-7741-7037-4


内容紹介
1冊でマスター 大学の微分積分:石井俊全
講義と演習で効率よく確実に力がつく!
大学数学の必須科目「微分積分」を1冊でマスターできます。
高校の復習から大学生を悩ませるε-δ論法まで懇切丁寧に解説。
図とグラフを多用した説明と豊富なパターンの問題を解いていきます。
単なる解説ではなく、どうしてそう考えるのか、どうとらえるとよいかといった
実際に学ぶ人の視点を意識した構成になっています。
さらに付属の別冊(見開き完結型の演習問題と確認問題)でよりスキルアップを図ることができます。
2014年7月刊行、304ページ。

目次やサポートページは次を参照: http://gihyo.jp/book/2014/978-4-7741-6545-5


ここまでに紹介した3冊は、かなりやさしいので数学科の学生はいちど立ち読みしてから購入するかどうか決めることをお勧めします。


それから前にも紹介しましたが、線形代数や行列を学ぶのならば次のような本もお勧めです。

高校数学でわかる線形代数―行列の基礎から固有値まで (ブルーバックス)」(Kindle版




もし高校のチャート式で学ぶのであれば、この参考書の「行列」の範囲で学ぶとよいでしょう。

チャート式 数学C




参考ページ:

数学の変化~高校数学はこんなに変わる~
http://sankousho.info/exp/exp-math.php

高校数学学習支援【数学C】
http://naop.jp/sien/sien_c.html

高校数学の基本問題(ページ下のほうの「(参考)旧教育課程」を参照)
http://www.geisya.or.jp/~mwm48961/koukou/index_m.htm

Wikibooksの「高等学校数学」の中の「数学C_行列」を参照


関連記事:

大学で学ぶ数学とは(概要編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/07137c47d16d95ddde8f5c4cb6f37d55

大学で学ぶ数学とは(実用数学編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/975ad3faa2f6fd558b48c76513466945


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明解線形代数 改訂版(日本評論社)



第1章 数ベクトルと行列
1.1 平面ベクトルのスカラー倍と和
1.2 平面ベクトルの幾何学的な意味
1.3 複素数
1.4 n 項数ベクトル
1.5 行列の演算
1.6 行列のブロック分割
1.7 正則行列
1.8 第1章付録

第2章 連立1次方程式と行列
2.1 基本変形
2.2 逆行列の計算
2.3 連立1次方程式
2.4 行列の階数
2.5 第2章付録

第3章 行列式
3.1 はじめに
3.2 置換
3.3 行列式の定義と展開
3.4 行列式の性質
3.5 よくでてくる行列式の例
3.6 第3章付録

第4章 行列式の発展
4.1 多項式
4.2 固有多項式
4.3 階数と小行列式
4.4 行列式の意味を理解するためのコース
4.5.1 多重線形生と行列式
4.5.2 ベクトルの外積

第5章 数ベクトル空間と線形写像
5.1 線形写像と行列
5.2 線形写像の像と核
5.3 線形写像と部分空間

第6章 ベクトル空間と線形写像
6.1 ベクトル空間と部分空間
6.2 線形独立性と基底
6.3 ベクトル空間の次元
6.4 部分空間の和と直和
6.5 線形写像
6.6 商空間と同型定理
6.7 発展:双対空間と双対定理
6.8 計量ベクトル空間
6.9 第6章付録

第7章 固有値と固有ベクトル
7.1 正方行列の固有値と固有空間
7.2 正方行列の対角化可能性
7.3 線形変換の固有値と固有ベクトル
7.4 半単純な線形変換

第8章 幾何学的な応用―2次曲面の分類と回転対称
8.1 対称行列の符号
8.2 2次曲面の分類
8.3 直行行列と回転

第9章 ジョルダン標準形
9.1 広義固有空間
9.2 ジョルダン分解
9.3 ジョルダン標準形

解答

NHKニューヨーク白熱教室:第4回 変貌する“心の未来”

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NHKニューヨーク白熱教室(4回シリーズ)
毎週金曜日 Eテレ 午後11時から11時54分まで(2か国語放送)
http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/newyork/index.html

ニューヨーク市立大学シティーカレッジ
ミチオ・カク 教授
超弦理論が専門で、世界で最もその名を知られている物理学者の一人。日系3世。物理学のみならず未来論についての啓蒙活動で知られる。コンピューターの驚異的発展、バーチャル世界の膨張、不老不死研究、心や意識の未来など、これまでにない全く新しい未来像を提示し続けている。最新の科学を一般の人向けにわかりやすく情熱的に伝える力量が世界で高く評価されている。


NHKニューヨーク白熱教室:第4回 変貌する“心の未来”

物理学の発展を背景に、この15年ほどで脳と心、意識とは何かについての理解が急速に進んだ。今後は日々の記憶や仕事のノウハウを互いに送りあったり、人間の人格そのものだと考えられる“神経回路の全体図”をデータとして送信できたりするようになると考えられる。すると宇宙旅行もレーザービームに人間の意識を乗せ、光の速さで行うことが可能になるというのだ。大変貌を遂げる人間の脳と心の未来に最先端の理論物理学者が挑む。

先週放送が開始したNHK白熱教室の新シリーズ。数々のポピュラー・サイエンス書や講演で知られているニューヨーク市立大学シティーカレッジの理論物理学者、ミチオ・カク先生による現代物理学講座だ。


第4回は「変貌する“心の未来”」をテーマに話が進んだ。

現代科学がこのまま進歩すると、私達はどこに行き着くのか?
この宇宙を心でコントロールすることができるようになるのだろうか?

予定どおり最終回は冒頭からとてつもない話をぶち上げて講義は始まった。そして案の定、僕は途中からついていけなくなった。

特に「ブレイン・ネットが構築できないという物理法則はない」はダメでしょう。ブレイン・ネットとは人間の意識を遠くに送るためのネットワークのことだ。これを言ってしまえば、ほとんどの夢物語が「実現できないことはない」ということになってしまう。


以下が全体の流れ。僕がまともに聞くことができた部分を「黒」、半信半疑な箇所を「緑」、まったく夢物語だと思った箇所を「赤」で示しておこう。

- 意識や心の未来
- 人間の脳以上に精巧なものはない
- 脳には1000億個の神経細胞がある
- 爬虫類脳、小脳:動物として生きるための最低限必要な判断をする
- 哺乳類脳:周囲に対する振舞い方、礼儀などを理解する
- 前頭前皮質:人間らしさを決める
- 10代は前頭前皮質が発達段階
- 脳の研究の歴史
- アリストテレス:魂は心臓にある
- 古代エジプト:ミイラにする際は脳を捨てていた
- 現在は脳の地図作りが磁気を使って可能になった
- 脳のそれぞれの領域の役割がわかるようになった
- 食べることと手を使うことの役割を果たす部分が脳の大きな領域を占めている
- 脳りょうを切断すると2つの人格があらわれることがある
- 脳とコンピュータは何が違う?
- アラン・チューリングのチューリングマシン
- 現代のコンピュータはすべてチューリングマシン
- 脳にプログラムは存在しない、CPUもない、OSもない、...
- 脳はみずから学習するマシンである、脳はみずからを配線しなおすことができる
- 脳はチューリングマシンではない
- 物理学のおかげで思考している脳の中をじかに調べられるようになった
- 1950年代には脳波計があった。現在はMRIで脳を調べられるようになった
- 心理学で不可能だと思われることが可能になった。パラダイムシフトとなった
- 機械に脳をつなげることが可能になる
- 念じるだけで、機械を操作することが可能になる
- スティーブン・ホーキング博士:まばたきだけでパソコンを操作する
- 脳の運動つかさどる部分にチップを載せる:ブレイン・マシン・インタフェース
- 意識するだけでメールを送信したり、ロボットアームを操作できるようになった
- ロボット・アーム、ロボット・レッグ
- アシモ:人間の脳につなげてコントロールできる
- サロゲート:人間が遠隔操作できるロボット
- サロゲート:人間のかわりに月や惑星、宇宙に行く
- 記憶をたがいにやりとりすることができる
- ヘンリー・M:海馬に損傷を受けて記憶することができなくなった
- 記憶が1箇所で処理されているということがわかった
- 記憶をデータとして取り出すことができるようになった
- マウスの記憶を取り出すことに成功した。水の飲み方の記憶を読み出し、戻すことに成功した
- 猿がバナナを食べているときの記憶の読み出し、戻しに成功した
- 未来の認知症の治療を目的にする
- 微積分についての記憶、スキルの記憶
- 嘘の記憶の植え付けの実験に成功した
- 映画「マトリックス」の世界:自分以外はすべて仮想の世界
- 現在は記憶の断片を記録できるだけ。
- 意識を録画することができる
- 意識によって生じた血流を分析して得られたデータから映像を再構築する実験に成功
- 夢を映像化することができるか?
- 夢だと自覚しながら夢を見ること。明晰夢。
- 夢の方向性をコントロールできるようになる。
- 明晰夢を利用して画像化する
- サバン:超天才(特定の分野での極めてすぐれた才能をもつ)
- 写真記憶(映像記憶):見たものをそのまま映像化できる能力
- キム・ピーク:映画「レインマン」のモデルになった人物
- 彼は左右のページを同時に読むことができた
- 彼は左脳と右脳をつなぐ脳りょうが欠損していた
- 記憶できるが忘れることができない
- 後天的にサバンになった人もいる(事故などで)
- 脳の左側にダメージを受けると超天才になれる?MRIで解明できるかも?
- アイザック・ニュートンという超天才
- ニュートンに社交的な能力はほとんどなかった
- ダニエル・タメット:円周率の記憶で有名
- アインシュタインの脳は医師がこっそり持ち出した
- 脳はガラスのビンに入れて40年間冷蔵庫に入れた
- 脳は通常より小さかった。ごく普通の脳だった。
- 抽象的な思考をつかさどる領域が通常より広かった
- 意識とは何か?
- カク博士が考える意識の定義:環境を評価する方法の集合体
- サーモスタットには1単位、花は10単位の意識がある
- 動物は数百単位の意識をもつ
- 爬虫類脳:レベル1の意識をもつ:空間の中で自分がどこにいるかを理解できる
- 哺乳類脳:レベル2の意識をもつ:社会を理解できる
- 人間脳:レベル3の意識をもつ:時間を認識できる
- 動物は「今」だけを生きている。人間は「計画」をたてて生きている
- なぜ成功する人としない人がいるのか?
- 「満足を先延ばしにできる能力」をもっている子供は将来成功できる
- 将来を見据える能力、時間の意識が大切
- オバマ大統領の「ブレイン・プロジェクト」:精神疾患への対策
- 精神疾患:大きな社会問題
- ヒトコネクトーム:人間の神経回路の全体図
- 記憶も遺伝情報もディスクに記録できる
- 「魂の図書館」が実現するかもしれない
- ホログラムのあなたが未来に登場するかもしれない
- ヒトコネクトームを宇宙に送り出せるかもしれない(100年後くらい?)
- 光の速度でヒトコネクトームを送ることができる
- これは意識を宇宙に送ることである
- ブレイン・ネット:意識を西海岸に1秒以内に送ることができるかもしれない
- 未来には感情も宇宙に送ることができるかもしれない
- ブレイン・ネットが構築できないという物理法則はない
- 宇宙人がもしかしたらヒトコネクトームを送ってきているかもしれない


しかし「意識によって生じた血流を分析して得られたデータから映像を再構築する実験に成功」していることには驚かされた。脳や意識などは複雑すぎて解明できるはずはないと僕は思っていたからだ。

番組で映されたされた映像を4つ掲載するが、放送で再現されていた映像は動画だった。

夢の映像化は、もしかしたら実現できるのかもしれない。










あと驚かされたのは「記憶のやり取りをする実験に成功していたこと」、「記憶の読み出しや書き込みに成功していたこと」である。実験の詳細が紹介されていなかったので、僕としては半信半疑なのだが、これってホントに本当なの?という感じである。

フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する:ミチオ・カク」(Kindle版)には実験のことが詳しく書かれているのか気になってきた。


僕はこの最終回を次のように結論したい。

「これらの夢物語は現代科学で予想されているのではない。現代の科学では否定することができない夢物語なのだ。」


なお、今回までの放送はすでにネット上に公開されてしまっている。見逃した方はここから検索してみるとよいだろう。(この記事を投稿した時点では「NHKオンデマンドの見逃し番組」からは見れるようになっていない。)


以下、ミチオ・カク先生の著書をジャンル別に紹介しよう。

科学教養書:

アインシュタイン よじれた宇宙(コスモス)の遺産:ミチオ・カク」- 2007年刊行



内容
アインシュタインの相対性理論はイメージとして現れた。光と並んで走るイメージ、いすから落ちるイメージ。そして宇宙の謎を統一する未完の試み、統一場理論。アインシュタインのイメージを軸に、現代理論物理学の権威ミチオ・カクがその生涯と業績を分かりやすく解説する。


科学(?)教養書もしくは科学SF書: Kindle版がお買い得だ。

パラレルワールド―11次元の宇宙から超空間へ:ミチオ・カク」(Kindle版)(紹介記事)- 2006年刊行



内容
ブラックホールへの決死の旅や、タイムマシン、もうひとつの宇宙、そして多次元空間―本書は宇宙論の世界を席捲する革新的な宇宙の姿を鮮やかに描き出す。今日、ひも理論とその発展理論であるM理論は圧倒的な支持を得て、世界の名だたる物理学者や天文学者が、最先端の波検出器、重力レンズ、衛星、天体望遠鏡を動員し、多宇宙(マルチバース)理論の検証に取り組んでいる。もしパラレルワールドが存在するのなら、いつかこの宇宙が暗く凍ったビッグフリーズを迎えるとき、われわれの未来の先進文明は、次元の「救命ボート」によってこの宇宙を脱出し、パラレルワールドへと至る方法を見つけるであろう。

サイエンス・インポッシブル―SF世界は実現可能か:ミチオ・カク」(Kindle版)- 2008年刊行



内容
今でも当たり前のGPSや携帯電話は、かつて想像の世界にしか存在しなかった。だとしたら、タイムトラベルやテレポーテーションも、実現できる日が来るかもしれない。『スター・トレック』や『透明人間』など、古今のSF作品に登場する「ありえない」テクノロジーは、いつ、どのように実現できるのか…。現代物理学界を代表するミチオ・カク博士も、昔はSF大好き少年だった!だれもが持つ「少年時代の夢」をかなえる最先端の科学理論をカク博士が熱く語った、全米ベストセラーのポピュラー・サイエンス書。

2100年の科学ライフ:ミチオ・カク」(Kindle版)- 2012年刊行



内容
コンピュータ、人工知能、医療、ナノテクノロジー、エネルギー、宇宙旅行…近未来(現在~2030年)、世紀の半ば(2030年~2070年)、遠い未来(2070年~2100年)の各段階で、現在のテクノロジーはどのように発展し、人々の日常生活はいかなる形になるのか。世界屈指の科学者300人以上の取材をもとに物理学者ミチオ・カクが私たちの「未来」を描きだす。

フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する:ミチオ・カク」(Kindle版) - 2015年刊行



内容
テレパシー・記憶の増強・AI…SFが現実になる!「心」をめぐる科学の最前線、そこから導かれる驚愕の未来図。NHK「NEXT WORLD私たちの未来」出演の理論物理学者が綴る第一級のサイエンス・ノンフィクション。


専門書: 通常の教科書である。場の量子論までの物理学を学んでいることが前提。(参考:「超弦理論に至る100冊の物理学、数学書籍」)

超弦理論 :ミチオ・カク」- 1989年刊行



内容
過去50年もの間解けなかった、場の量子論と一般相対論の統一という問題を解決する超弦理論についての本格的入門書。2000年刊行の改訂版では省かれた「アティヤ=シンガーの指数定理」の証明が掲載されている。

超弦理論とM理論:ミチオ・カク」(購入リンク2)- 2000年刊行



内容
過去50年もの間解けなかった、場の量子論と一般相対論の統一という問題を解決する超弦理論と、その最近の定式化であるM理論を追加して改訂した本格的入門書。1989年刊「超弦理論」の改題改訂。


関連記事:

NHKニューヨーク白熱教室:第1回 アインシュタインの夢
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/274adc0121aba0485a16318d343c176f

NHKニューヨーク白熱教室:第2回 “万物の理論”の驚くべき予言
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0dabd5f45be62719d2ee0ba493b1a8da

NHKニューヨーク白熱教室:第3回 科学が変える未来社会
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/94a3e2d36e33b12098be80d6c527b1e5


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「知」の欺瞞:アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン

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「知」の欺瞞―ポストモダン思想における科学の濫用 (岩波現代文庫):アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン

内容紹介:
科学をめぐるポストモダンの「言説」の一部が「当世流行馬鹿噺(ファッショナブル・ナンセンス)」に過ぎないことを示し、欧米で激論をよんだ告発の書。名立たる知識人の著述に見られる科学用語の明白な濫用の数々。人文系と社会科学にとって本当の敵は誰なのか? 著者らが目指すのは“サイエンス・ウォーズ”ではなく、科学と人文の間の真の対話である。2012年2月刊行、464ページ。

著者について:
アラン・ソーカル
1981年プリンストン大学で物理学の博士号を取得。現在、ニューヨーク大学教授、ロンドン大学ユニヴァーシティカレッジ教授

ジャン・ブリクモン
1977年ルーヴァン大学で物理学の博士号を取得。現在、ルーヴァン大学教授

訳者について:
田崎晴明
学習院大学理学部

大野克嗣
イリノイ大学アーバナ・シャンペイン校物理学科

堀茂樹
慶応義塾大学総合政策学部


理数系書籍のレビュー記事は本書で274冊目。

厳密にいうと本書は人文科学系なのだが、科学をネタにしたパロディ論文について紹介した本なので理数系人向けの教養書として紹介したい。

大栗博司先生の「「科学の方法」の発見」というブログ記事や「「現在の基準で過去を裁く」ことの是非」というWEBRONZAの記事の中の「「科学者が発見したと称する自然界の法則は社会的構築物にすぎず、そこには社会的/文化的な制限を越えた客観的な意味はない」という社会構成主義者シャピンさんの主張」の文脈からたどりついたというのが本書を読んだ直接のきっかけだ。またそれ以前に、僕のブログの読者の方々からお勧めいただいていたので、本書はかなり前に購入していた。

いわゆる「ソーカル事件」を僕は知らなかったわけだが、この事件のあらましは僕があらためて説明するより、次のようなページで読んでいただきたい。

- ウィキペディアの「ソーカル事件(1994年)
- 「きみはソーカル事件を知っているか?
- 本書の訳者のおひとりである田崎清明先生の「「知」の欺瞞 について」のページ。


本書を紹介していただいた読者の方からは「トンデモ科学をテーマにしたパロディーの本です。」とご説明いただいていたので、さぞかし楽しい本なのだろうと期待していたのだが、期待は見事に裏切られた。この10年で読んだ本の中で僕にとってはいちばん読みにくく、ページをめくるたびにため息をついていたという有様だった。

本書はいわゆる「告発の書」である。

うんざりさせられてしまったのは次のような本書の構成、章立てのせいもあったと思う。

日本語版への序文
翻訳について
- はじめに
- ラカン
- クリステヴァ
- 第一の間奏―科学哲学における認識的相対主義
- イリガライ
- ラトゥール
- 第二の間奏―カオスと「ポストモダン科学」
- ボードリヤール
- ドゥルーズとガタリ
- ヴィリリオ
- ゲーデルの定理と集合論―濫用のいくつかの例
- エピローグ
参考文献
付録A:境界を侵犯すること―量子重力の変形解釈学に向けて
付録B:パロディーへのいくつかの注記
索引


26ページにおよぶ「はじめに」で著者は「ソーカル事件」の概要、そして著者がこの事件をおこした理由を解説する。本書はいわゆる人文科学系、哲学系の著名な学者の一部の論文が「トンデモ」であることを告発する本なので、著者は反撃の対象にされる可能性が高い。だから前もって「人文科学系の研究や論文のすべてを否定しているわけではない。」とか「その学者の論文すべてを馬鹿にしているわけではない。」など、言い訳ともとれる注意書きを述べておく必要があったのだ。

この段階で読者は実際に書かれた「酷い論文」をまだ読んでいないので、「はじめに」の章は何とも言い訳がましく、大仰に思えてしまうのだ。

ようやく次にラカン、クリステヴァ、イリガライ、ラトゥールなど著名な学者の論文が紹介される。恥ずかしながら僕はこれらの学者の名前を全く知らなかった。ウィキペディアで調べると、各分野で著名な人物であることがわかる。

そして本書の大半を占めるトンデモ論文を紹介している部分で僕はストレスを溜めてしまったのだ。人文科学系の論文はただでさえ難解で僕にとっては意味不明だ。必要以上に難解な専門用語を多用し、ときには1つの文がまるまる1段落に及ぶこともある読みにくい文章は、明らかに自慢げであり、エリート主義の牙城を誇示する意図しか感じられない。

そのような論文に盛り込まれた科学や数学についての彼らの記述は最悪だった。ほとんど理解していない科学や数学の用語や理論を持ち出し、自らの人文系理論の裏付けとしてしまっている。

延々と続くこのような文章を読むのが僕には苦痛だった。何についてであれ文章を読むときは「理解しようという意識」が常に働いているからだ。せっかく読むのだから少しでも意味をくみ取ろうとする試みはことごとく拒絶されてしまう。あまりもバカバカしいので、理解する必要がない文章なのだと気がついた後でも、でたらめな論文を読み続けるのはつらい。

「裸の王様」や「王様の耳はロバの耳」という言葉が頭に浮かんだ。馬鹿げた論文であっても著名な学者が書いたものは、その分野の知識人たちには批判されることなく受け入れられているという悲しい現実に僕は落胆した。そのような人たちに科学の素晴らしさを伝えることはきっとできないのだろう。どんなにわかりやすい科学教養書が出版されても意味がないのだと思えてしまう。

そして論文の間に挿入された著者による解説がストレスを倍増させてくれる。論文のどこが馬鹿げているか、いちいち引き合いに出して批判を展開する。しつこく繰り返される批判に納得しながらも、争いごとが嫌いな僕としては「トンデモ学者を相手にそこまで容赦なく攻撃しなくてもいいのに。」と読んでいるうちに嫌気がさしてきた。


そして本書の最後に収められた付録Aと付録Bが「ソーカル事件」の発端となったパロディー論文の全文とその解説である。ここは楽しく痛快だ。それまでの章で溜め込んでいたストレスを解放することができた。

本書はなにせ分厚いので、ストレスに負けてしまい、最後までたどり着けない読者もいることだろう。

そのような読者を増やさないために、僕はひとつの読み方を提案したい。次のような順番で読めばストレスはかなり軽減されると思うのだ。

1)まず付録A、付録Bを読む
2)「ラカン」の章から「エピローグ」までを順に読む
3)「はじめに」を読む

美味しいところだけを先につまみ食いするような読み方だが、本書はこの順番で読むのをお勧めする。付録Aと付録Bだけ読むのでも構わないと思う。


最後に本書で紹介される人文科学系の学者たちが、どのようなトンデモ論文を書いていたのか、少しだけピックアップしておこう。これらの論文のほとんどは1980年代、1990年代に書かれたものである。

- ラカン(1901-1981):フランスの哲学者、精神科医、精神分析家。:ウィキペディアの記事

複素数の理論においてはいまもiと記されている象徴√-1は、ただその後の使用においてはいかなる自立も求めないことによって正当化される。....(中略)....
このようにして、勃起性の器官は、それ自身としてではなく、また心象としてでもなく、欲求された心象に欠けている部分として、快の享受を象徴することになる。また、それゆえ、この器官は、記号表現の欠如の機能、つまり(-1)に対する言表されたものの係数によってそれが修復する、快の享受の、前に述べられた意味作用の√-1と比肩しうるのである。


- クリステヴァ(1941-):ブルガリア出身のフランスの文学理論家で、著述家、哲学者。:ウィキペディアの記事

詩的言語を現行の論理的(科学的)手法で形式化をすれば、詩的言語を変質させてしまうことになるであろう。詩的論理を出発点として文学記号論が形成されねばならないのである。この詩的論理においては、連続の濃度という概念が0と2のあいだを包含しているのであり、この連続は、0が明示され、1が暗々裡に踏みにじられていることを表わしているのである。
0から2にいたるとりわけて詩的な「連続の濃度」において、(言語、心理、社会の)「禁止」というのは1(神、法、定義)のことであり、この禁止を「免れている」唯一の言語実践は詩の言説であるということは明らかである。アリストテレス論理学が言語に応用するには不十分であることが指摘され、しかもその指摘をしたのが、一方で、神にかわって陰と陽の「対話」のくりひろげられる、異なった言語の地平(表意文字の地平)から現れた中国の哲学者張東孫(草冠+孫)であり、他方で、革命期の社会で形成されたダイナミックな理論化によってフォルマリズムを克服しようとするバフチーンであるというのはなにも偶然ではない。バフチーンにとって、物語の言説のコードは、かれは物語を叙事的言説と同一視しているのであるが、禁止、「独話関係」、1すなわち神に従属しているのである。したがって、叙事行為は宗教的、神学的であり、「リアリズム」の物語はいずれも、0-1の論理に服従しているのであるから、教条的である。


- イリガライ(1930-):ベルギー出身の哲学者、言語学者。専門は、フェミニズム思想、精神分析学。:ウィキペディアの記事

固体の力学が流体力学よりも重視されていること、そして、科学が乱流をまったく扱えないという事実は、流体性が女性に対応させられていることに起因する。男性は突出していて硬化することのある性器をもっているのに対し、女性は経血や膣からの分泌液を流す開口部をもっている。男性も、たとえば射精するときなどには、液体を流すことはあるが、男の性のこのような側面は強調されない。重要なのは男性器の硬質性であって、その液体の流れとの関係ではない。これらの理想化は、液体を薄層状の面やその他の変形された固体として記述する数学的な手法に刻印されている。


- ラトゥール(1947-):フランスの社会学者。専門は、科学社会学、科学人類学。:ウィキペディアの記事

変形(deformation)のない変換(transformation)によって情報(information)を送りたいというアインシュタインの強迫観念。読み取った情報を正確に重ね合わせたいという彼の情熱。遠くに派遣された観測者が、自分を裏切り、特権を維持してわれわれの知識の拡大に役立たないような報告を送ってくるのではないかと考えたときの彼の狼狽。派遣する観測者たちを規律の下に置き、彼らを時計の目盛を読み取るだけの、装置に従属した部品にしてしまおうという彼の欲望。...


- ボードリヤール(1929-2007):フランスの哲学者、思想家。『消費社会の神話と構造』(La Société de Consommation 1970)は現代思想に大きな影響を与えた。ポストモダンの代表的な思想家とされる。:ウィキペディアの記事

いちばん素晴らしいのは、二つの仮説、リアル・タイムのアポカリプスと純粋戦争の仮説と、現実性にたいする潜在性の勝利の仮説が、おなじ時空で、同時に成立し、しかも互いに追いかけあっていることだ。これは、出来事の空間が多重に屈折するハイパー空間となったことの記号、戦争(湾岸戦争のこと)の空間が決定的に非ユークリッド的空間となったことの記号である。


- ヴィリリオ(1932-):フランスの思想家、都市計画家。速度術(ドロモロジー)を鍵概念として、テクノロジーやメディアの発展によって、人間の知覚や行動がどのように変容していくのかを分析している。しかし、速度と加速度の概念を取り違えた論文が散見される。:ウィキペディアの記事

最近の≪巨大都市≫(メキシコシティー、東京、...)への超集中はそれ自体が経済的交換の速さの増大の結果であるので≪加速≫と≪減速≫(物理学者が正および負の速度と呼ぶものである)の概念の重要さについて再考する必要があると思われる。...≪時間的≫間隔(正の符号)と≪空間的≫間隔(負の符号)が農地(土地区分帳)や都市部(土地台帳)の幾何学的分割をとおして世界の地理と歴史を整備してきたのであり、その一方、暦の編成と時間の測定(時計)が人間社会の広範な時政学的統制を司ってきた。


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「知」の欺瞞―ポストモダン思想における科学の濫用 (岩波現代文庫):アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン



日本語版への序文
翻訳について

- はじめに
- ラカン
- クリステヴァ
- 第一の間奏―科学哲学における認識的相対主義
- イリガライ
- ラトゥール
- 第二の間奏―カオスと「ポストモダン科学」
- ボードリヤール
- ドゥルーズとガタリ
- ヴィリリオ
- ゲーデルの定理と集合論―濫用のいくつかの例
- エピローグ

参考文献

付録A:境界を侵犯すること―量子重力の変形解釈学に向けて
付録B:パロディーへのいくつかの注記

索引

父がようやく退院した(脊柱管狭窄症)

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父の杖

腰部の脊柱管狭窄症で3月20日から入院していた父が本日ようやく退院して家に戻ってきた。

父がこの病気になったときのことは3月12日に投稿した「それは突然やってきた」という記事で紹介した。両脚が麻痺して全く立てなくなり、痛みに耐えながら自宅で1週間過ごした後にやっと入院。その後、次のような経過をたどった。

3月20日:西新宿の総合病院に入院。リハビリ開始。

4月1日:4時間におよぶ大手術。リハビリの継続。

4月24日:JR中野駅北口の救急病院に転院。リハビリの継続。

5月1日:退院

今日現在、杖なしで数百メートル歩けるまでに回復している。家の中は杖無しで過ごせるが、外出するときは杖がないと疲れてしまうそうだ。ということで昨日杖を買っておいた。


転院したときに撮影した父と母



退院祝いに夕食は家族で刺身を食べることになった。病院へ行く前に母と立ち寄った中野ブロードウェイ地下の魚屋さん。仕入れたばかりの新鮮な魚が買える激安店だ。

並べられる商品が増えていくにつれて、おばちゃん、おばあちゃんたちの戦いは激しさを増していく。1円でも安く買うためにエネルギーと時間を惜しまない戦中戦後の苦境を生き抜いた昭和一桁世代の執念には頭が下がる。彼らにとっては今でも贅沢は敵なのだ。お目当てのマグロがでてくるまで1時間あまり。病院で父が待っているのに母は動じない。




買い物をすませてから父が待つ病院へ。そしてタクシーで帰宅。

父のいちばんの楽しみはカラオケで演歌を歌うこと。近所のスナックに行くのは週一ペースだ。

これまで携帯電話を持つことを頑として拒否していた父。けれどもさすがに足元がおぼつかない状態でのスナック通いは家族にとって心配の種になる。今度ばかりは携帯を持ってもらおうともちかけたのだが「そんなもの買わなくていい!」との反応。

でも「今どき老人が携帯もつのは常識よ!周囲に心配かけちゃだめ!」と強く母に言われて、結局買うことになった。

帰宅してすぐ、僕はドコモショップ笹塚店へ。



緊急時に通話のためだけに使う電話なので、いちばん安い料金プランにした。僕が昔使っていたFOMA携帯(ガラケー)を開通させればよいだけのこと。

店員の説明によると、今はキッズ携帯のキャンペーン中なのでキッズ携帯の本体を0円で購入すると月額料金が900円台ですむそうだ。(タイプSSバリューの50%割引、月25分の無料通話付き)そしてキッズ携帯用のSIMカードを持参したFOMA携帯に挿して使うことになる。

これはいい!このプランを契約することにした。そして忘れてはならない「イマドコサーチ」も契約。これがあれば父がどこかで歩けなくなっても見つけることができる。

とりあえず今日のところはひと安心。朝からあちこち歩き回ったので、あっという間に日が暮れた。


高齢者の12人に1人は脊柱管狭窄症になるそうだ。自分で予防したり、症状が軽いうちは治したりすることもできるという。いちど治っても再発することがあるというので、この本を買って父に渡しておいた。


脊柱管狭窄症を自力で治す本



内容紹介
皆さんは、脊柱管狭窄症という病気をご存じでしょうか。
脊柱管は、背骨の後ろ側を通っている神経の通り道。
主に加齢などの原因によって、この管が細くなって、神経を圧迫し、足腰に痛みやびれが生じる病気です。
しかも、脊柱管狭窄症は、ジリジリ進行する病気なので、整形外科などで治療を受けても、なかなかよくならないケースが多いのです。
「処方された痛み止めを飲んでも、全く効果がない」「マッサージや鍼灸をやってもだめだった」「どうやっても、足の痛みが消えない」「つえなしでは歩けない」
「50mも歩くと、足がしびれて動けなくなる」「頻尿になってしまった」「手術しても、足のしびれが取れなかった」
脊柱管狭窄症症状に悩むかたの悲痛な声が、『壮快』編集部にもたくさん届いています。
脊柱管狭窄症とはいかなる病気なのか。日常生活ではどんな注意が必要か。
このムック本では、脊柱管狭窄症の改善に必須の基礎知識から、お勧めの体操や食事法など、数々の健康法や治療法をご紹介します。
確かに脊柱管狭窄症は、難しい病気です。それでも敵をよく知り、攻略法を工夫することで、手術をせずに予防・改善が可能だと『壮快』編集部は考えます。
このムック本が、お役に立てば幸いです。


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