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再封鎖:2020年10月28日のエマニュエル・マクロン大統領の演説

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第2波の到来を受けて、フランスでは全土で再びロックダウンが行われることになった。マクロン大統領はこれに先立ち、2020年10月28日午後8時(日本時間2020年10月29日午前4時)にフランス国民へ向けて演説を行なった。学習のために、この演説を和訳してみた。

動画の頭出しをす簡単にするため、ところどころに再生開始からの時間(分:秒)をつけておく。リンクをクリックすると、その箇所からYouTubeで再生するようにしておいた。また、日本語訳は原文のレイアウト、段落区切りに対応させておいた。フランス語を学んでいる方は、リスニングの勉強にお使いいただきたい。

演説の原稿は書かれていただろうし、プロンプターも使っていたかもしれない。しかし、目を見ればそれらを読んでいないことがわかる。朗読するのと直接語るのでは、信頼感や受け止め方に大きな違いが出てくるのだ。

そして、国が国民の生活に影響をおよぼす施策を決定するとき、フランスでは透明性の高い議論をしたうえで、民主的に決定するプロセスを大切にしていることが、この演説でよくわかる。そのようにすれば後になって「説明できないこと。」など生じるはずがないのだ。


スピーチの和訳は以下のとおり。フランス語全文も合わせてお読みいただきたい。(フランス語全文


和訳:

28 OCTOBRE 2020 - SEUL LE PRONONCÉ FAIT FOI

(0:00)
フランス人女性、男性、親愛なる同胞の皆様

前回、私たちを襲っているパンデミックについてお話ししたとき、私は、行われた選択の有効性を判断し、新しい対策の妥当性を決定するための期限(約10日)を設定しました

その時が来ました。

そして、行われた努力が役に立った場合、明快さはこれが十分ではないことを認める必要があります、それはもはや十分ではありません。


(0:33)
-- 現時点での私たちの流行の状況はどうでしょうか?

ウイルスは、最も悲観的な予測でさえ予想していなかった速度でフランス全土を循環しています。

私たちに報告された感染者数は2週間もたたないうちに2倍になりました。

昨日、527人の同胞がCOVID-19で亡くなりました。昨日、集中治療を受けている人が約3,000人を数えました。これは、国で対応可能な能力の半分以上になります。

第1波のときとは異なり、すべての領域で警告のしきい値になりました。多くの場所で、COVID-19患者をサポートするために、心臓または癌の手術のプログラムを解除し始めました。春に延期しなければならなかったのと同じ措置もあります。

私たちは行動を起こしましたが、すでに困難でした。そして私はそれらの行動をあなた方の多くがご存知だったことを理解しています。それらの行動は不可欠でありますが、心地よくなかったためにしばしば抵抗を受けました。しかし、それらは今日ヨーロッパ全体に影響を与えていた波を食い止めるには不十分であることが証明されています。

私たちはどのようにすべきかを夏に決めました。それはウイルスと共に暮らすことでした。それは、「検査、警告、保護」、感染防止のための行動様式、最も弱い人の保護、および地域の流行をできるだけ遅らせるの対策をとすることによって、ウィルスの拡散を制御する問題でした。これが私たちが8月からしてきたことです。

私たちはすべてを正しく行なってきたでしょうか?いいえ、2週間前に言いましたが、いつでも改善できるわけですが、できる限りのことを行なっており、私たちの戦略は、私たちが持っていた情報を踏まえると、正しいものであったと深く信じています。さらに、それはすべてのヨーロッパ諸国と同様でした。検査の開始時にはもっと速くできたかもしれませんが、数週間の間、私たちはヨーロッパで最も検査を行なっている国の1つでした。つまり、私たちは間違いなく、特に最も汚染されている場所である家庭内や友人たちとの感染防止行動をもっと尊重すべきでした。いま私たちは反省すべきなのでしょうか?

しかし何よりも私たちは、すべての隣人と同様に、気温が下がるにつれて、冬が近づくにつれて強さを増すように見えるウイルスによって、流行の突然の加速にさらされていることを認識しなければなりません。繰り返しになりますが、これを甘くみてはなりません

私たちはみな、ヨーロッパでウイルスの拡大に驚いています。スペイン、アイルランド、オランダなどの一部の国では、私たちよりも早い段階でより厳しい措置を講じました。しかし、私たちはみな同じ時点にいます。私たちがいま知っているように、間違いなく第1波よりも難しく、より致命的な第2波に圧倒されています。

この段階では、私たちが何をするにしても、11月中旬には約9,000人の患者が集中治療を受けることになります。これはフランスの能力のほぼすべてです。もちろん、私たちはそれに立ち向かい、追加のベッドを再度利用可能にするために組織的な行動を始めており、私たち全員が最大限の努力をしますが、それだけでは十分ではありません。

今回、感染にブレーキをかけなければ、ウイルスが原因で多くの患者をある地域から別の地域に移す可能性がなくても、病院はすぐに飽和状態になります。いたるところでそうなります。

今回、急いで感染にブレーキをかけなければ、医師はここでCOVIDの患者と交通事故の人の間で、またCOVIDの2人の患者の間で選択を行う必要がでてきてしまいます。私たちの価値観を考えると、すなわちフランスとは何か、私たちが何であるかなどという想いなどは受け入れられなくなります。

この状況において、私の責任はすべてのフランス人を守ることです。そして、数々の論争があること、下すことになる決定が難しいことを承知の上で、私は今晩あなたの前でその役割を完全に引き受けることにいたします。


(4:37)
-- 私たちの目的は何でしょうか?

第一に、糖尿病、肥満、高血圧、慢性疾患に苦しんでおり、COVID-19の最初の犠牲者である高齢者、最も脆弱な人々を保護するのが最優先となります。

年齢が最も重要な要素です。死亡した患者の85%は70歳以上です。

第二の目的は、最年少の人々を守ることです。

今日、私があなたに話しているように、集中治療を受けている人々の35%は65歳未満です。したがって、それは深刻な形で、すべての世代に影響を及ぼします。

そして、私たちは今の時点で、長期的な結果がどのようなものになるかを知りません。嗅覚の喪失、味覚の喪失、呼吸困難:このウイルスに感染することは、たとえあなたが20歳であっても、決して些細なことではありません。

第三の目的は、病院、医療社会の組織、市中において、春の間に多くを与えている介護者を守ることです。それから、春には延期されてしまった活動を取り戻すため、夏の間は活動を倍増する必要があり、その疲労があるにもかかわらず、彼らは現在、突然拡大した緊急事態に直面しているのです。

ウイルスの拡散を制限するためにあらゆる予防策を講じられているのは彼らのおかげです。私たちが自分たちのために、愛する人たちのためにしないのならば、彼らのために予防策を講じることにしましょう。

第三の目的に関してですが、介護者たちはより限られたスペースで不安定な仕事をしており、健康面ではウイルスから最も大きな影響を受けており、また経済的および社会的危機の影響を最も受けているから守る必要があるのです。

そして最後に、経済を守る必要があります。

私は、一部の人が確立したいと思っている健康と経済の間の対立を信じていません。

活発に循環しているウイルスによって悪化した健康状態で成功する経済などありえません。そして、私はみなさんにはっきりと言います。また強く資金を供給する経済がなければ、健康を維持できるしくみは存続させることができません。

したがって、私たちが常に追求しなければならないのはちょうどよいバランスです。

私たちは不可侵の原則を見失ってはなりません。人間としての生活ほど重要なものはないということです。


(7:00)
-- では、これらの目的を達成するための可能な戦略は何でしょうか?

ウイルスを循環させるという前提で、何もしないという方策をとることができます。これは「集団免疫」の模索と呼ばれます。つまり、人口の50、60%が感染したときのことです。

科学評議会は、そのようなオプションの結果を評価しました。

ウィルスは執拗です:非常に短期的には、これは病院で患者を選別することを意味します。そして、数ヶ月以内に、辛いことですが少なくとも40万人がさらに亡くなることになるでしょう。

フランスは決してこの戦略を採用しません。私たちは何十万人もの市民を死なせることは決してありません。これらは私たちの価値観ではなく、私たちの利益でもありません。

2番目の方法は、危険にさらされている唯一の人々を隔離することです。この方法も、お話しさせていただいているように使用できません。

まず、それは倫理的な議論を前提としているからです。

一方で、脆弱な人々や、高齢者はしばしば彼らの世話、彼らの家族、彼らの食事を配達するために外部の援助を必要としています - 中にはしばしばそのような手段がないために彼らの親戚や子供たちと一緒に住んでいます。したがって、世代間の障壁のような特定の人々の世代の周りに囲いを作るのは現実的ではなく、この段階では不十分です。

一方、ウイルスが最年少の人に発症すると、深刻な症状をおこします。したがって、高齢者だけを閉じ込めることには効果がありません。ウイルスは常にあまりにも速く、他の人々に深刻な形で循環するからです。そのため、この戦略では、介護者、緊急対応する人々、さらには高齢者を守ることができませんでした。

それは(高齢者の閉じ込めは)正しいことなのかもしれませんが、それだけでは十分ではありません。

また、「検査、警告、保護」の戦略にすべてを賭けることもできるでしょう。

結局のところ、私たちは週に190万回の検査を実施しており、この分野でヨーロッパで最高の国の1つです。また、健康保険と地域保健機関の目覚ましい取り組みのおかげで、接触事例を特定し、感染の連鎖を断ち切るために、毎日100,000件の電話がかけられています。

けれども、このシステムが1日あたり数千件のケースで効果的である場合、今日、1日あたり40,000〜50,000の感染が検出され、そしておそらく実際には2倍になっているはずです。このシステムはもはや効果的ではなく、ヨーロッパの国々は今日このシステムを維持していません。

蘇生能力を高める道については、今日は難しい対策をとらなければならないと言われています。はっきりとお伝えしますが、現在進行中ですが、これも良い答えではありません

私たちは、第1波の間に私たちの欠点や不足しているものを知ったことで、薬、呼吸器、マスク、ガウン、手袋、すべての必要な機器の在庫を現在は確保しています。

また、7,000人近くの看護師と医師を集中治療で働けるように訓練し、第1波の前の5,000床から今日の6,000床に戻した能力を、10,000床以上に増やす予定です。集中治療、訓練と投資の面で莫大な努力が払われてきました。しかし、今回の波に直面するためには十分ではありません。

中期的にも行動を起こしています。病院と私たちの健康維持のために年間80億ユーロを投資するSégur de la santéは、この仕事の魅力を高めることを可能にすることでしょう。

しかし、看護師蘇生者の訓練には5年、麻酔科医の訓練には10年かかります。手品のような方法はありません。まったく異なる能力を真に生み出すことができるようになるのは、数か月以内です。他のヨーロッパ諸国が飽和状態にあることを考えると、短期的に外国人労働者を呼ぶこともできません。

さらに言えば、もっと多くのベッドを開けることができたとしても、2倍の努力で成功したにもかかわらず、何千人もの同胞に集中治療に何週間も費やし、医療レベルに影響を与えてしまうことを、いったい誰が真剣に望んでいるでしょうか?


(11:19)
-- では、今日採用べき正しい戦略は何でしょうか?

高齢者、最も脆弱な人々の隔離、検査、警告、保護、そして蘇生のためのベッドの増床:これらの解決策のどれも現在の状態では十分ではありません。したがって、さらに先に進める必要があります。

科学者に相談し、政治的、経済的、社会的勢力と対話し、ヨーロッパのパートナーとも交流し、賛否両論を比較検討した後、ウィルスを止めるために金曜日から次のような封鎖を行う必要があると私は判断しました。

国内の領土全体、および海外の領土のみに対して適用することになります。


しかし、春の出来事から学んだので、今回の封鎖は3つの主要な点に適用されます。:

- 学校は開いたままとする

- 仕事は継続することが可能

- 養護施設や老人ホームへの訪問は可能


(12:16)
-- この新しいステージのルールはどのようなものでしょうか?

政府は明日、記者会見でそれらを詳しく説明いたします。まず、春に経験したことから変わらないことがあります。

春のように、仕事、医療の予約に行く、愛する人を助ける、本質的に必要な買い物をする、または家の近くで空気を摂取するためだけに家を出ることができます。したがって、それらについては、証明書が再び必要になるという状況に戻ります。

したがって、春のときのように、家族以外の個人的な集まり、公開の集まりは禁止され、万聖節の休日の帰省を除き、ある地域から別の地域に移動することはできません。 、したがって、今週末については、誰もが休暇の場所から戻ることができ、家族が準備することができるだけの猶予があります。

春に必須ではないと決められた、バーやレストランなど一般に公開されている施設は閉鎖されます。

春のときのように、「コストがどうであれ」、世界で最も保護的な経済の対応は続くでしょう。管理上閉鎖された中小企業にとって、売上高の損失の月額最大10,000ユーロの責任を引き受けることは、3月のときよりもさらに重要なものになります。働くことができない従業員と雇用主は、部分的な失業の恩恵を受け続けることになるでしょう。そして、今後数週間で支払いと家賃のキャッシュフロー対策を完了し、何よりも危機を恐れている自営業者、トレーダー、そして非常に中小企業のための特別な計画を立てます。

3月から4月のときに比べて進歩しました。これが、一部のルールが変更される理由です

まず第一に、私たちの子供たちからは、教育、教育、または学校システムとの接触を長期間奪うことはできません。特に最も控えめな場合でも、影響が多すぎ、ダメージが多すぎます。したがって、保育園、学校、大学、高校は、より強化した健康対策をしつつ、開いたままにします。逆に、学部や高等教育機関ではオンラインで授業を提供します。

可能な限り、テレワークが再び主流になります。しかし、これは春のときと比較して2番目の違いであり、活動はより集中的に継続されます。公共サービスの窓口は引き続き営業します。工場、農場、建物、公共事業は引き続き運営されます。

経済を止めたり崩壊させたりしてはなりません!したがって、私は、一人一人の可能性の範囲で、近所からのリモートでの注文、持ち帰り、または宅配を通じて革新した企業を支援することによって、この取り組みに参加していただくことをお願いいたします。政府は、デジタル化イニシアチブを実施する技術者だけでなく、中小企業をサポートします。

ヨーロッパ地域への国境の内部への移動は開かれたままであり、1つの例外を除いて、国境の外部への移動は閉鎖されたままです。明らかに、海外に住むフランス人は自由に領土に戻ることができます。海外旅行のための港や空港では、すべての到着者に対して必須の迅速な検査が展開されます。旅行者は、ウイルスを持っていないことを確認しないままヨーロッパ地域に入ることができません。

最後に、人生の終わりに人々が完全に孤立していると感じる人間の悲劇が発生するのを防ぐために、今回は健康規則を厳守して、老人ホームや養護施設への訪問が許可されます。また、障害のある人が必要な柔軟性の恩恵を受けることができることを願っています。墓地については、万聖節のこの時期も営業を続けており、近親者を尊厳をもって弔い続けていただきたいと思います。

この新しい封鎖は、全員が自分の役割を果たすことによってのみ成功します。

危険にさらされている人々、最も脆弱な人々、70歳以上の人々に対して、私は警戒を強めるよう求めます。たとえそれが悲痛であったとしても、家族や友人との会合は少なくなります。そして、自宅を含め物理的な距離を尊重し、愛する人、子供、幼児でさえ、他の人の前にいるときに必ずマスクを着用していただきます。それは非常に重要なことです。

病院の介護者は明らかにこの状況で重要な役割を果たしますが、町の医師、看護師、薬剤師、すべての医療関係者、すべての町の医療専門家が複雑な形態の発症を防ぐために、初期の症状から患者の早期管理をしていただくことになります。

選ばれた役人が必要になります。市長たちは重要な役割を果たしており、私は彼らに敬意を表します。市長、地域社会の長、大都市圏、この分野で選出された役人、私たちはあなた方をさらに必要とし、予防の観点から提案し、さらに前進するために人員を動員して最も孤立した人々をサポートしなければなりません。十分な情報を得て、講じた措置の適切な適用を確保します。どのようすれば決められた時間外であっても、若者の近くに寄り添うことができるのか、最も弱い立場にある人や高齢者をサポートすることができるのかということです。

これらの対策を的確に行うために内部のセキュリティ・チーム、検査のプラットフォームを展開して住民に手を差し伸べるための市民によるセキュリティ・チームが必要です。

また、すべての人の責任感と市民の精神も必要です。できるだけ家にいてください。ルールに従ってください。

繰り返しになりますが、成功は私たち一人一人の市民意識にかかっています。

この新しい段階は、時間の経過とともにどのように展開するでしょうか?

1時間ごとが重要です。したがって、これらの措置はすべて、できるだけ早く発効します。それらは木曜日から金曜日まで一晩適用され、少なくとも12月1日まで適用されます。

明日から、議会で討論とそれに続く投票が行われます。明日、政府はこれらすべての措置を詳しくお伝えする予定です。この透明性と、これらの困難な決定がすべての反対を表明できる民主的な枠組みの中で行われるという事実を尊重しなければなりません。

また、明日から、欧州評議会に参加して、欧州連合のさまざまな国の健康への対応を調整します。

2週間ごとに、流行の進展を把握し、必要に応じて追加の対策を決定します。そして、特にビジネスに関する特定の制約を緩和できれば、対策を進展していくことができます。私はビジネス関係者の多くが商取引が閉鎖しないことを望んでいるのを知っています。ダウンタウンのビジネスでは、非常に大きな努力が求められていることを私は知っています。 15日間は厳しく耐えることにしましょう。15日以内に状況をうまく処理できれば、状況を再度評価し、特にクリスマス休暇前のこの非常に重要な時期に、特定の事業については開始できることを望んでいます。この貴重なクリスマスの時期と年末を家族で祝うという希望を育むことができるかどうかを見ていきたいと思います。

私たちの長期的な目標は単純です。感染を大幅に削減することです。1日あたりの感染を40,000から5,000に減らし、病院や集中治療室への入院率を大幅に低下させることです。

そしてそれが実現した暁にのみ、改善して完成形となった「検査、警告、保護」戦略を再展開することができるようになります。そのため、今後数週間には、イノベーションと新しい組織を通じて、さらに多くの検査プラットフォームを設定するための大規模な取り組みも行います。 TOUSANTICOVIDアプリをまとめて展開する必要があります。これは、この封じ込めフェーズを終了するための手段になります。 30分で検査し、より良い追跡を行い、陽性の人々をより効果的に隔離します。これは私たちがまだ考えなければならないことです。流行のピークが過ぎたら、これらのツールはすべて、明日の夏のワクチンまで有効に使えるはずだと科学者たちは語っています。

親愛なる同胞のみなさま、私たちはみな、流行の突然の加速に驚いていました。みなさん!「終わりのない日」の疲労、この感覚を知っているのなら、私たち全員がこれに勝利し、何が起こっても、ひとつに団結し続け、分断の毒に屈することがあってはなりません。。

今回の期間は、私たちの粘りと団結が試されるという点で困難を強いられます。しかし、この困難は私たちが何者であるかの指標となります。女性と男性は互いにつながっています。私たちのように同時に多くの課題を抱えている世代はほとんどないでしょう。この歴史的なパンデミック、国際的な危機、テロ、社会の分断、そして前例のない経済的および社会的危機は、第1波によるものでした。けれども、私はあなた方を信頼しています。この試練を克服する私たちの能力に対する信頼です。私たちは、それぞれの立場で、透明性のある議論をし、自分たちのために設定した規則を適用する決意に立ち、一緒に徹底して行う必要があります。もう一度、立ち上がりましょう。私たちが団結すれば、その団結は続きます。私たちはお互いを必要としています。私たちは団結し、団結した国であり、その条件があってこそ私たちは達成することができるのです。私たちはフランスです。私はあなた方一人一人を頼りにしています、私はみなさんと一緒です、私たちはそこにいます、そして私たちは全員で成し遂げます。

共和国万歳。

フランス万歳。

演説の動画は、ここからご覧いただける。

Reconfinement: le discours d'Emmanuel Macron du 28 octobre 2020



関連記事:

フランスの緊急事態宣言(3月12日)で学ぶフランス語
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/30150b050c4e1549ed50d952bd0f2abb

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緊急事態宣言で学ぶフランス語と英語: #コロナウィルス #coronavirus #covid19
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4013bf4bb35b6d73134d225f0d22fc50


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モモ: ミヒャエル・エンデ

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モモ(単行本): ミヒャエル・エンデ」(文庫版)(愛蔵版)(Kindle版

内容紹介:
時間におわれ、おちつきを失って人間本来の生き方を忘れてしまった現代の人々。このように人間たちから時間を奪っているのは、実は時間泥棒の一味のしわざなのだ。ふしぎな少女モモは、時間をとりもどしに「時間の国」へゆく。そこには「時間の花」が輝くように花ひらいていた。時間の真の意味を問う異色のファンタジー。

原書:1973年刊行、316ページ。(参考ページ:http://michaelende.de/momo
日本語版単行本:1976年9月24日刊行、360ページ。
日本語版文庫本:2005年6月16日刊行、409ページ。

著者について:
ミヒャエル・エンデ: ウィキペディアの記事
1929‐1995。南ドイツのガルミッシュに生まれる。父は、画家のエトガー・エンデ。高等学校で演劇を学んだのち、ミュンヘンの劇場で舞台監督をつとめ、映画評論なども執筆する。1960年に『ジム・ボタンの機関車大旅行』を出版、翌年、ドイツ児童図書賞を受賞。1970年にイタリアへ移住し、『モモ』『はてしない物語』などの作品を発表。1985年にドイツにもどり、1995年8月、シュトゥットガルトの病院で逝去。

ミヒャエル・エンデの著作: 書籍版 Kindle版

翻訳者について:
大島かおり: ウィキペディアの記事
1931年東京生まれ。翻訳家。東京女子大学英米文学科卒業。英語教師を10年間勤めたのち、ドイツに渡る。帰国後、翻訳家に。ミヒャエル・エンデのモモをはじめ、ナチス、ハンナ・アーレント、アドリエンヌ・リッチ、ノーマ・フィールドなど、プロテスタント左派、フェミニズムの立場からのドイツ語からの翻訳が多いが、英語の翻訳も行う。2018年没。


日本テレビで放送中の「35歳の少女」で取り上げられていた児童書だ。このドラマは自転車での事故で植物状態になった主人公の10歳の少女、望美が25年後に意識を回復したという設定。身体は35歳でも心と知識は10歳のままである。このドラマは彼女が失った25年間を取り戻していくという話である。事故に遭う前にクラスメイトの結人から借りていたのがミヒャエル・エンデの『モモ』だった。時間泥棒がテーマの本なのでドラマで取り上げられたのは、そのためである。25年ぶりに35歳の結人と再会した望美は、借りっぱなしになっていた本を返すことになる。(ドラマの動画: YouTubeで検索TVerで検索




本書は児童書だが、侮ってはいけない。大人でもギクッとされられるメッセージがたくさん見つかるのだ。自分ではあたり前の日常だと思っていても、本来はそうではなかったはずと気づかされるのである。この本でエンデが伝えているのは「豊かな時間とは何か?」ということである。日々、忙しい生活をしている中で、以前にはもっていた気持ちのゆとり、他人に対する想像力が失われていく。本当にそれでよいのですか?精神的に豊かな時間を過ごせていますか?という問いかけなのである。ページをめくるたびに心に刺さる言葉を読むことになる。

ドイツ語版の原書が刊行されたのは1973年。日本で新幹線が開業したのは1964年、マクドナルド1号店が銀座にオープンしたのは1971年のことである。これらが象徴しているのはスピード化と効率化の社会だ。東京⇔大阪間の日帰り出張が可能になり、ファーストフード店で急いで食事をする生活は「豊か」なのだろうか?忙しさが私たちからゆとりを奪っていった。それは日本だけでなく、海外でも同じことである。

1987年に社会人になった僕は、当時のMS-DOSパソコンや新しいプログラミング言語を見て「これからますます便利になり、面倒なことはコンピュータに任せる時代になる。人々はより多くの自由時間がもてて、豊かな生活が送れるようになるだろう。」と想像していた。もちろん、現実はそうならなかった。西暦2000年を過ぎてから、世の中が変化するスピードはさらに加速している。それでは、経済的には豊かになっただろうか?大半の人にとっての現実は、まったくそう言い切れない。

もう一度「豊かさとは何か?」を問いただすために、とてもよいきっかけを与えてくれる読書になった。

さて、本書には「灰色の男」と呼ばれるビジネスマン風の男たちが登場する。彼らが人々から「あなたの時間を貯蓄して、後になったら利子を付けて返してあげるから、もっと効率的な生活をしなさい」と人々から時間を奪ってしまう悪の集団なのだ。灰色の男たちは、次のように言って人々の心をそそのかす。

「人生でだいじなことはひとつしかない」男はつづけました。「それは、なにかに成功すること、ひとかどのものになること、たくさんのものを手に入れることだ。ほかの人より成功し、えらくなり、金もちになった人間には、そのほかのもの --- 友情だの、愛だの、名誉だの、そんなものはなにもかも、ひとりでにあつまってくるものだ。きみはさっき、友だちがすきだと言ったね。ひとつそのことを、冷静に考えてみようじゃないか。」

この魅力的に聞こえる申し出を断れずに時間を奪われた人々は、これまでのように精神的なゆとりをもった生活ができなくなり、日々効率ばかりを考えて生きることを強いられるようになってしまう。主人公の女の子モモはそのような状態に陥った友達を助けるために、最終的には灰色の男たちと闘うことになる。

子どもたちも例外ではない。灰色の男たちは街じゅうの子どもたちを施設に閉じ込め、社会の役に立つ有能な一員になるよう教育を始める。灰色の男たちに感化されてしまった大人たちはそれに文句を言わないどころか、次のように言い始めてしまう。

「子どもは将来の人的資源だ。これからはジェット機とコンピューターの時代になる。こういう機械をぜんぶつかいこなせるようにするには、大量の専門技術者や専門労働者が必要ですぞ。ところがわれわれは、子どもたちを明日のこういう世界のために教育するどころか、あいもかわらず貴重な時間のほとんどを役にもたたない遊びに浪費させるままにしている。このようなことは、われわれの文明にとっての恥辱、将来の人類にたいする犯罪ですぞ!」

物語上は「灰色の男たち」は敵であるが、実をいうと彼らは人間の心の隙が生じさせる亡霊のようなものだということをエンデは伝えていることに気がつく。私たちの心には、知らない間に灰色の男たちが住み着いてしまっているのではないだろうか?忙しい、忙しいと言って、友達や家族とのコミュニケーションをおろそかにしていないだろうか?自分自身を振り返るためにじっくり考えたり思ったりすることを放棄していないだろうか?SNSばかりしていて、ふと気がつくと1日が終わってしまっているのではないだろうか?本書を読んでいると、そのような気づきの瞬間が何度も訪れる。

新型コロナウィルスが流行して、私たちの生活様式は一変した。ファーストフード店やデリバリー・サービスが重宝されるようになり、先日も地元の商店街に唐揚げ専門のチェーン店がオープンしていたことを思い出した。唐揚げは好物であるが、毎日食べるものではない。これは食生活が豊かになったと言えるのだろうか?ふとそんなことを考えた。チェーン店を運営している会社にとってみれば、1品料理の専門店にしたほうが経費がかからず合理的である。これも効率を極限まで追求しただけの話で、消費者から豊かな食生活をもたらすものではないと思ったのだ。これはほんの一例である。さまざまな外食産業のチェーン店が進出することで、もともと商店街にあった個性豊かな店が次々とつぶれていった。社会の効率化の陰で、生活の豊かさと多様性が失われていったのだと思う。

資本社会に生きているのだから、もちろん仕事をするのは大切である。効率化をして最大限の利益を追求すべきである。ある程度の忙しさは当然のことである。けれども、それが行き過ぎていないだろうかということをエンデは伝えていると思うのだ。

時間がテーマであるから物語の中には、時間が止まったり逆行したりする場面がでてくる。これは先日紹介した映画『TENET テネット』のような話。また、他人の時間を奪ったり、貯蓄したり、まして利子をつけて増やしたりするのは物理学的にはもちろん不可能である。そもそもミクロの世界では時間はもともと存在していないのだということが昨年紹介した「時間は存在しない: カルロ・ロヴェッリ」に書かれていたことを思い出した。

この物語は1986年に映画化された。映画のことは後に書かせていただくが、本では物語が終わった後に、映画では本編の前で描かれる列車の中の場面がある。客席に向かい合って座っているのは一人の老紳士と、もうひとりはミヒャエル・エンデ自身だ。この物語は、エンデがこの老紳士から聞いたという設定で始まっているのだ。そしてこの老紳士は、最後にこう付け加えた。

「わたしはいまの話を、」とその人は言いました。「過去におこったことのように話しましたね。」でもそれを将来おこることとしてお話ししてもよかったんですよ。わたしにとっては、どちらでもそう大きなちがいはありません。」

その将来が「今」なのではないかと思わせるには十分だ。先日紹介した映画『この空の花 -長岡花火物語(2011)』の「まだ戦争には間に合いますか?」を思い出した。豊かな心を取り戻すために、私たちはまだ間に合うのだろうか?効率化を目指して進んできたのは過去のことであり、これからそれに抗って本当の意味での豊かさを取り戻すことはできるのだろうか?そのようなことを僕は思わずにはいられなかった。

ところで、この本はブームになっていて、僕が読むことになったきっかけのドラマ以前に売れ始めていたそうだ。文庫版はベストセラーだということがAmazonのサイトを見るとわかる。『鬼滅の刃』の大ブレイクの影で、『モモ』ブームが起きているのである。その理由は、このニュースの動画をご覧いただくとわかる。

コロナでなぜ人気?児童文学の名作 ミヒャエル・エンデ(著)「モモ」
(by 2020.9.23(水)NHK「おはよう日本」) 再生時間:5分18秒


子供向けの本だと決めつけずに、ぜひお読みいただきたい。


日本語版、ドイツ語版、英語版、フランス語版

日本語版は以下の3つの装丁のものが買えるほか、Kindle版でも読むことができる。

モモ(単行本): ミヒャエル・エンデ」(文庫版)(愛蔵版)(Kindle版
  

日本語版の章立てはこのページで確認いただける。

原作のドイツ語版は、日本のAmazonから購入できる。

Momo (German, Hardcover): Michael Ende
Momo (German, Paperback 1): Michael Ende
Momo (German, Paperback 2): Michael Ende」(Kindle版
  

英語版とフランス語版は、これである。Kindle化はされていない。表紙が気に入らないという人がいると思う。どちらの言語も表紙が違うものを数種類見つけたが、オリジナルのドイツ語版の表紙の絵を活かしたものは見つからなかった。

Momo (English, Paperback): Michael Ende
Momo (French, Paperback): Michael Ende
 


『モモ』のオフィシャル・ウェブサイト

ドイツ語のページは読めないが、眺めているだけでも楽しいので載せておく。

Momo | Michael Ende | Offizielle Webseite
http://michaelende.de/momo

ドイツ語(German):
http://michaelende.de/buch/momo

英語(English):
http://michaelende.de/en/book/momo-0

〈特集〉ミヒャエル・エンデ『モモ』(岩波書店)
https://www.iwanami.co.jp/news/n35725.html


映画

1986年に映画化された。映画の冒頭のシーンには、ミヒャエル・エンデ本人が出演している。日本語字幕付きのDVDは販売されていたが、新品のものは購入できず、中古のものが2万円以上でしか買えない状態だ。また、Amazon.co.jpからは、その後発売されたDVDBlue-rayは定価で購入できるが、音声がドイツ語で日本語字幕はない。(英語とスペイン語の字幕のBlue-ray、そしてイタリア語の字幕のDVDはある。)であるから、DVDやBlue-ray、有料のネット配信サービスでは、日本語で楽しめるものは購入できない状態なのだ。

予告編はドイツ語のものを観ることができる。

予告編(ドイツ語)


どうしてもご覧になりたい方は、ここから検索されるとよい。

ニコニコ動画: 日本語吹き替えの動画を検索する
YouTube: 英語音声の動画を検索する

ちなみに、モモを演じた子役「ラドスト・ボーケル(Radost Bokel)」は現在45歳。ウィキペディアの記事画像検索で確認することができる。


ラジオドラマ

この配役で1985年にラジオドラマ化されている。

ラジオドラマ資源:1985年 放送データ
http://mezala.la.coocan.jp/radiodrama/rd1985.html

ミヒャエル・エンデ:原作,大島かおり:翻訳,石山透:脚色,神谷重徳:音楽.
篠遠哲夫:効果,佐々木幹夫:技術,斎明寺以玖子:演出.(NHK東京)
出演:宮城まり子,森繁久彌,大路三千緒,三津田健,橋爪功,高木均,大塚国夫,斎藤晴彦,三谷昇,立川光貴,杉本幸二,益富信孝,金田明夫,山路和弘,今井和子,伊藤幸子,仲谷昇,坂本長利,高山真紀,杉浦悦子,宮寺知子,池田誠,敷屋綾;山崎努(na).
初放送:1985-03-23{FMドラマスペシャル}, 再放送:1985-10-26/1986-12-27/1995-09-03 {FMドラマスペシャル:ミヒャエル・エンデ追悼}.
ステレオ 90分

YouTube: ラジオドラマを検索する


NHK 100分de名著

今年の8月にNHK 100分de名著で『モモ』が取り上げられた。NHKオンデマンドで観ることができる。NHKのページでは、女優の「のんさん」による、心のこもった朗読を聞くことができる。

NHK 100分de名著で『モモ』
https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/100_momo/index.html

4回にわたって放送された番組は、NHKオンデマンドで観ることができる。

100分de名著 ミヒャエル・エンデ“モモ”
https://www.nhk-ondemand.jp/program/P202000205700000/



YouTube: 番組を検索する

番組のテキストはこちら。

NHK 100分 de 名著 ミヒャエル・エンデ『モモ』」(Kindle版



ミヒャエル・エンデがNHKの番組に出演

アナログ放送だった時代に、ミヒャエル・エンデはNHK教育テレビ(現在のEテレ)の番組に出演した。これが放送されたのは1986年8月25日で「世界の児童文学者に聞く」という番組タイトルだった。この番組は2009年に「ETV50もう一度見たい教育テレビ〜教養番組アンコール〜」として再放送された。

ミヒャエル・エンデ NHK教育


ミヒャエル・エンデが話したこと(「世界の児童文学者に聞く ミヒャエル・エンデ」)
https://kuribou.hatenablog.com/entries/2009/10/29


関連記事:

これまでに読んだ児童書の紹介記事を載せておこう。

「はてしない物語: ミヒャエル・エンデ」、「不思議の国のアリス・オリジナル(全2巻): ルイス・キャロル」
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7cb3511763c1d6d8f2b3a46e3f06354b

「エルマーのぼうけん」シリーズ: ルース・S・ガネット
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d7e850de5b1469a8a99e88d00e177699

「エルマーのぼうけん」をかいた女性 ルース・S・ガネット
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d56fcd12712435bf63fe7bbc29e94ba0

不思議の国のアリス、鏡の国のアリス
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3201f911d2f060ad956148609139a6a4

宮沢賢治童話集(岩波書店、1963年)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c194c863cb8b8c84dd76ab3298679a54

だれも知らない小さな国: 佐藤さとる、村上勉
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9297ca496ec1f4069614e2452b28a8ef

だれもが知ってる小さな国(コロボックル物語):有川浩、村上勉
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ca8ad5b02a398bbafad942587907bc92

トムは真夜中の庭で : フィリパ・ピアス
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a8f1223f0242059f6d3a9abe61c26e85


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ル・モンド紙:日本の首相が知的世界と戦争

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日本の新総理、菅義偉氏(9月16日、東京)
画像:ロイター通信提供

菅総理による日本学術会議の会員任命拒否をめぐって、先週から国会で論戦が始まった。海外での報道を紹介するのにはよいタイミングである。これまで科学専門誌のサイエンス誌およびネイチャー誌の記事の和訳をブログに掲載したが、今回のブログ記事ではフランスのル・モンド紙に掲載された仏文記事の和訳を紹介する。

元記事:
https://www.lemonde.fr/international/article/2020/10/06/le-premier-ministre-japonais-yoshihide-suga-en-guerre-avec-le-monde-intellectuel_6054962_3210.html


日本の首相が知的世界と戦争
日本学術会議への行政干渉は、学界から強い批判を受けています。

記事:フィリップ・ポン、2020年10月6日12:51

日本の新首相、菅義偉氏は批判的な声がお嫌いのようです。彼は、日本学術会議が推奨する6人の教授からなる国の科学評議会への任命を承認することを拒否したばかりです。政府の長がメンバーの更新に関して日本学術会議の推薦に耳を傾けるのを拒否したのは、初めてのことです。

政治学、法学、歴史学、宗教学の研究分野で著名なこれらの人物を拒否した理由についての説明はまったくなく、この決定は、あらゆる分野の84万人の研究者を代表するこの機関の独立性を保証するプロセスを尊重することよりも、君主の専制的行為によるものであり、(この組織が)学術的な問題について政府に助言し、同様の国際機関との連携を強化するという責任に関わる問題です。

参考記事:菅義偉、将来の首相、安倍晋三の影(仏文)

首相の拒否は抗議を引き起こしました。毎日新聞によれば、菅氏の拒否は「学術研究の自由を脅かす可能性のある政治的介入」を構成しています。日本学術会議の推薦を尊重するよう首相に求める請願が出回っており、2015年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章会長は、首相に彼の決定を再考すること、そして少なくとも理由を示すよう求める手紙を届けました。政府の官房長官の加藤勝信氏によると、「菅氏は法律の範囲内で行動し、菅氏の選択を検証、正当化する必要はない」とのことです。彼は「首相はこの決定を覆すつもりはない」と付け加えました。

« 独立した組織 »

早稲田大学の行政法教授の岡田正則氏は、朝日新聞に対して、日本学術会議は「独立した組織であり、首相が誰に会員になるかどうかを決定することは容認できない」と主張しています。梶田氏は、「日本学術会議は研究者の業績に基づいて決定を下します。この原則に疑問を投げかけてはなりません」。月曜日(10月6日)の記者会見で、菅氏は彼の決定が「政治的なものではない」と述べました。

法的には首相の指導下に置かれていますが、日本学術会議は、正式な手続きとして推薦するメンバーを首相に提出し、これまでの首相はその推薦をそのまま承認してきました。これは少なくとも、1983年に当時の中曽根康弘首相が言っていたことです。菅氏の前任者である安倍晋三首相は、日本学術会議のメンバーの任命方法を変えようとしていましたが、学問の自由を保証する機関に対し、事実上の行政統制を実施しませんでした。

参考記事:日本の民主主義の大きな不幸(仏文)

首相が日本学術会議の研究者を任命したり解任したりする権利をめぐる法的議論の背後には、政府にあまりにも公然と批判的な研究者を排除するための、ベールに包まれた行政干渉の危険性があります。

日本学術会議が推薦した105人の候補者のうち、任命拒否された6人の共通点は、菅氏が前任の安倍氏の8年間の政策に批判的であることです。歴史学者の加藤陽子氏や憲法学者の小沢隆一氏などは、平和主義的な条項を無効にするための憲法改正に反対しています。一方、行政法を専門とする岡田正則弁護士は、沖縄の米軍新基地建設を批判しています。

« 赤軍の巣窟 »

科学倫理や意見の自由を尊重するという点で、6人の人物を排除した横暴は、菅氏が安倍内閣の官房長官として発揮した権力行使の縦割りの姿勢の証明となります。

能力よりも忠誠心に基づいた一連の人事で政権を掌握し、様々な形での自己検閲圧力でメディアを煽り(2020年、国境なき記者団の報道の自由度指数で日本は180カ国中66位)、今や総理大臣となった菅氏は、学界を攻撃しています。東大法学部の佐藤岩夫教授は「政府の任命権への干渉は危険であり、政教分離の関係を変えるものだ」と話しています。

アメリカ占領下で設立されて以来、日本学術会議は右派から「赤軍の巣窟」として認識されてきました。時代は確かに変わりましたが、意見の自由への攻撃ともいえる菅氏の決断は、日本の知識人の世界にかなりの不安を与えています。

記事:フィリップ・ポン


関連記事:

サイエンス誌:日本の新首相、日本学術会議(SCJ)との戦いを選択
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8892ba9db7f928d7e0124073350caeab

ネイチャー誌:これまで以上にネイチャー誌が政治をカバーしなければならない理由
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4be5323228aade9b232fea3b4b796a94

フィナンシャルタイムズ紙:日本学術会議スキャンダルが菅政権の蜜月時代を脅かす
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/39d3cee6f630b01f8c9df532b5565626

ロイター通信:日本の菅政権、学術会議の任命拒否の弁明に非難
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/25ce64d8f43c3fa093d64b8b43105556


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フランス語記事全文:

Photo: Le nouveau premier ministre japonais, Yoshihide Suga, le 16 septembre à Tokyo. REUTERS

Le premier ministre japonais, Yoshihide Suga, en guerre avec le monde intellectuel
L’ingérence de l’exécutif dans une institution scientifique suscite de vives critiques dans les milieux académiques.
Par Philippe Pons Publié le 25 septembre 2020 à 06h30

JLe nouveau premier ministre japonais, Yoshihide Suga, n’aime pas les voix critiques. Il vient de refuser d’entériner la nomination au Conseil scientifique du pays de six professeurs recommandés par cette institution. C’est la première fois qu’un chef du gouvernement refuse de tenir compte des recommandations du Conseil pour le renouvellement de ses membres.

Sans la moindre explication des raisons du rejet de ces personnalités connues dans le domaine de la recherche en science politique, droit, histoire et religion, cette décision tient plus du fait du prince que du respect du processus garantissant l’indépendance de cette institution représentant 840 000 chercheurs de toutes les disciplines chargée de conseiller le gouvernement sur des questions académiques et de renforcer les liens avec des organisations internationales similaires.

Lire aussi Yoshihide Suga, futur premier ministre du Japon, ombre portée de Shinzo Abe

Le veto du premier ministre a soulevé un tollé. Selon le quotidien Mainichi, le veto de M. Suga constitue une « intervention politique qui peut menacer la liberté de la recherche académique ». Une pétition circule appelant le premier ministre à respecter les recommandations du Conseil scientifique, et son président, Takaaki Kajita, prix Nobel de physique en 2015, a remis en mains propres au premier ministre une lettre lui demandant de revenir sur sa décision et, au moins, d’en donner les raisons. Selon le porte-parole du gouvernement, Katsunobu Kato, « M. Suga a agi dans le respect de la loi et il n’a pas à justifier un choix ». Il a ajouté que « le premier ministre n’entend[ait] pas revenir sur cette décision ».

« Organisme indépendant »

Masanaori Okada, professeur de droit administratif à l’université Waseda, fait valoir dans le quotidien Asahi que le Conseil scientifique est « un organisme indépendant et qu’il est inacceptable que le premier ministre décide de ceux qui méritent ou non d’en être membres ». Pour M. Kajita, « le Conseil prend ses décisions en fonction des travaux des chercheurs. Ce principe ne doit pas être mis en cause ». Au cours d’un point de presse, lundi 6 octobre, M. Suga a affirmé que sa décision « n’avait rien de politique ».

Bien que placé juridiquement sous la tutelle du premier ministre, le Conseil soumet pour la forme la nomination des membres au chef de l’exécutif qui jusqu’à présent entérinait ses choix. C’était du moins ce qu’avait déclaré en 1983 le premier ministre de l’époque, Yasuhiro Nakasone. Le premier ministre Shinzo Abe, prédécesseur de M. Suga, entendait changer le mode de désignation des membres du Conseil, mais il n’avait pas mis à exécution cette mainmise de fait de l’exécutif sur une institution garante de la liberté de la recherche académique.

Lire aussi Le grand malaise de la démocratie japonaise

Derrière le débat juridique sur le droit du premier ministre de nommer ou d’évincer des chercheurs du Conseil se profile le risque d’une ingérence voilée de l’exécutif pour écarter des chercheurs trop ouvertement critiques du gouvernement.

Sur les 105 candidats recommandés par le Conseil scientifique, les six rejetés ont en commun d’être critiques de la politique menée pendant huit ans par M. Abe, dont M. Suga se veut le continuateur. Ainsi, l’historienne Yoko Kato ou le constitutionnaliste Ryuichi Ozawa s’opposent à la révision de la Constitution destinée à vider celle-ci de ses dispositions pacifistes. Le juriste spécialiste de droit administratif Masanori Okada critique pour sa part la construction d’une nouvelle base militaire américaine à Okinawa.

« Nid de rouges »

L’exclusion de six personnalités connues pour leur intransigeance dans le respect de la déontologie scientifique et de la liberté d’opinion témoigne d’une conception verticale de l’exercice du pouvoir que M. Suga avait démontrée en qualité de secrétaire général des cabinets Abe.

Après avoir mis au pas la haute administration par un jeu de nominations en fonction souvent de l’allégeance plus que de la compétence, et avoir incité les médias par des pressions diverses à s’autocensurer (en 2020, le Japon occupe la 66e place sur 180 pays dans le classement de la liberté de la presse établie par Reporters sans frontières), M. Suga, devenu premier ministre, s’en prend au monde académique. « Les interférences du gouvernement dans les nominations constituent un danger et modifient la relation entre la politique et le monde académique », estime Iwao Sato, professeur de droit de l’université de Tokyo.

Depuis sa création sous l’occupation américaine, le Conseil scientifique a été perçu par la droite comme un « nid de rouges ». Les temps ont certes changé mais la décision de M. Suga, ressentie comme une atteinte à la liberté d’opinion, suscite un malaise certain dans le monde intellectuel japonais.

Philippe Pons

フィナンシャルタイムズ紙:日本学術会議スキャンダルが菅政権の蜜月時代を脅かす

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菅義偉氏は、硬派な権力者として知られています
(c) AFP via Getty Images

菅総理による日本学術会議の会員任命拒否をめぐって、先週から国会で論戦が始まった。海外での報道を紹介するのにはよいタイミングである。国内だけでなく海外からも反応が出始め、科学専門誌のサイエンス誌およびネイチャー誌が記事を掲載した。今回のブログ記事ではフィナンシャルタイムズ紙に掲載された英文記事の和訳を紹介する。最後はお金の話で締めていることに、フィナンシャルタイムズらしさを感じた。

元記事:スマホで開くとなぜかわかりませんが購読手続きなしで、そのまま全文が読めます。(PCだと購読しないと読めません。)
https://www.ft.com/content/da2086e9-543d-4784-990f-82c75e66d2c8


フィナンシャルタイムズ紙:日本学術会議スキャンダルが菅政権の蜜月時代を脅かす
2020年10月5日 9:50am ロビン・ハーディング、東京

日本の菅義偉新総理は、6人の教授の政治的見解への報復として、日本学術会議の指名を拒否した後、初めてのスキャンダルに巻き込まれました。

日本の学界を代表する独立公的機関である日本学術会議は、正式な任命権を持つ首相官邸が候補者を前代未聞の不採用にしたことについて、説明を求めています。

教授陣の拒否により、首相の蜜月期間は早期に終了するリスクがあり、菅氏の強硬な権力者としての評判を浮き彫りにし、彼のイメージを軟化させようとする最近の努力を損なうことになるでしょう。

先月、安倍晋三氏の後を継いで以来、世論調査では菅氏の支持率は70%を超えています。しかし、日本ニュースネットワークの世論調査によると、国民は51対24の賛成多数で菅氏の指名を拒否したのは間違っていると回答しました。

野党の立憲民主党の安住淳国会議員は、科学機関への任命は政治化されるべきではないと述べ、国会での質問に答えるよう閣僚に求めました。そして「菅氏がなぜそこから逸脱したのか、内閣の誰かが説明する必要がある」と述べました。

同団体の候補者は通常、学界から選ばれ、首相官邸はは精査せずに通すものですが、今回これまでの慣例とは異なり、105人中6人の候補者の任命を理由も示さず拒否しました。

拒否された6人の学者の中には、憲法・法律系の学者3人、歴史学者2人、キリスト教学者1人が含まれていました。そのうち数人は、安倍政権が2015年に可決した、米軍が攻撃された場合に日本が米軍を守るために駆けつけることを認める安保法制に反対していました。

6人のうちの1人、立命館大学法学部教授の松宮隆明氏は、2017年に安倍政権が成立させた共謀罪法に反対する国会証言を行いました。松宮氏は地元メディアへのコメントで、日本学術会議の任命権を拒否する決定を「学問の自由を脅かすもの」と表現しました。

野党党首は今回の決定は違法だとし、菅政権は合法だと主張しました。加藤勝信官房長官は、学術会議は年間10億円の公的資金を受けており、会員は公務員であると述べました。

日本学術会議には約2,000人の会員がおり、その主な役割は、さまざまな委員会を通じて政策問題について政府に助言を与えることです。

このスキャンダルは、菅政権が来年発効する新たな財政刺激策について議論を始めたときに発生しました。アナリストによると、その内容は約150兆円で、コロナウイルス対策の賃金補助や家賃補助の延長、家計への新たな現金給付などが含まれるとされています。

これは、2021年3月までの日本の第3次補正予算となります。


関連記事:

サイエンス誌:日本の新首相、日本学術会議(SCJ)との戦いを選択
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8892ba9db7f928d7e0124073350caeab

ネイチャー誌:これまで以上にネイチャー誌が政治をカバーしなければならない理由
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4be5323228aade9b232fea3b4b796a94

ル・モンド紙:日本の首相が知的世界と戦争
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/91aa2c98e57c07d12ba0acda7aac1f38

ロイター通信:日本の菅政権、学術会議の任命拒否の弁明に非難
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英語記事全文:

Yoshihide Suga is known as a hard-nosed powerbroker (c) AFP via Getty Images

Science Council scandal threatens Yoshihide Suga’s honeymoon period
Japanese prime minister has refused to appoint 6 professors to an advisory body
October 5, 2020 9:50 am by Robin Harding in Tokyo

Japan’s new prime minister Yoshihide Suga has become embroiled in his first scandal after refusing to confirm the nomination of six professors to an advisory council, in apparent retaliation for their political views.

The Science Council of Japan, an independent public body that represents the country’s academic community, has demanded an explanation for the unprecedented rejection of its candidates by the prime minister’s office, which has the formal power of appointment.

Rejection of the professors risks an early end to the prime minister’s honeymoon period and will highlight Mr Suga’s reputation as a hard-nosed powerbroker, undermining recent efforts to soften his image.

Opinion polls have given Mr Suga approval ratings of greater than 70 per cent since he took over from Shinzo Abe last month. But according to a poll by the Japan News Network, the public said he was wrong to reject the nominees by a majority of 51-24.

Appointments to a scientific body should not be politicised, said Jun Azumi, head of parliamentary affairs for the opposition Constitutional Democratic party. Calling for ministers to answer questions in the Diet, he said: “Someone in the cabinet needs to explain why Mr Suga has departed from that.”

Candidates for the body are normally chosen by the academic community and waved through by the government, but the prime minister’s office unexpectedly rejected six out of 105 candidates, without giving any reasons.

The six rejected scholars included three lawyers, two historians and one theologian. Several were public opponents of the security law passed by Mr Abe’s administration in 2015, which allows Japan to come to the defence of US forces if they are attacked.

One of the six, Takaaki Matsumiya, a Ritsumeikan University law professor, gave parliamentary testimony against a conspiracy law passed by the Abe government in 2017. In comments to local media, he described the decision to reject appointees to the council as a threat to academic freedom.

Opposition leaders said the decision was against the law while Mr Suga’s government insisted it was legal. Katsunobu Kato, the chief cabinet secretary, said the Science Council received ¥1bn ($9.5m) a year in public funding and its members are public servants.

The Science Council has about 2,000 members and its main role is to advise the government on policy issues via a range of committees.

The scandal broke as the Suga administration began the debate on a new fiscal stimulus to take effect next year. Analysts suggest the package could be about ¥15tn and include the extension of coronavirus wage and rent subsidies as well as new cash handouts to households.

It would be Japan’s third supplementary budget for the year to March 2021.

ロイター通信:日本の菅政権、学術会議の任命拒否の弁明に非難

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2020年9月16日、東京都内で行われた首相就任確認後の記者会見で話す菅義偉氏
Carl Court/Pool via REUTERS/File Photos

菅総理による日本学術会議の会員任命拒否をめぐって、先週から国会で論戦が始まった。海外での報道を紹介するのにはよいタイミングである。国内だけでなく海外からも反応が出始め、科学専門誌のサイエンス誌およびネイチャー誌が記事を掲載した。今回のブログ記事ではロイター通信に掲載された英文記事の和訳を紹介する。

元記事:
https://www.reuters.com/article/uk-japan-politics-academics/japans-suga-under-fire-defends-rejection-of-scholars-for-science-panel-idUKKBN26Q1HO


フロイター通信:日本の菅政権、学術会議の任命拒否の弁明に非難
2020年10月5日 7:40 By Linda Sieg, Yoshifumi Takemoto

東京(ロイター通信) - 日本の菅義偉首相は月曜日、憲法の学問の自由の原則に反するとの批判が高まる中、日本学術会議の会員として6人の学者を拒否したことで炎上していたが、自身の決定を擁護しました。

安倍晋三が辞任した後、先月就任した菅氏は、経済を再生させ、COVID-19を抑制しようとする中で、規制緩和、携帯電話料金の引き下げ、サービスのデジタル化などを公約に掲げ、有権者の間で高い支持を得ています。

しかし、過去の安倍政権批判で知られる6人の候補者を拒否したことで、有権者との蜜月を脅かすような騒動が起きる可能性があります。

問題となっているのは、第二次世界大戦後、政策に独立した科学的意見を提供するために設立された、影響力のある210名の日本学術会議です。

3年ごとに半数の会員を選ぶパネルの会員に推薦された105人の学者のうち、6人が選ばれました。

彼らが批判した政策には、安倍首相が平和主義憲法を再解釈して海外で軍隊を戦わせるという歴史的な防衛政策の転換や、2013年にメディアの自由への懸念に火をつけた秘密保護法などが含まれています。

野党は決定を攻撃し、菅氏に公的な説明を要求し、批評家たちはソーシャルメディアを利用し、Change.orgの請願書は月曜日の夜までに10万人以上の署名を集めました。

菅氏は国内メディアのグループ・インタビューで、日本学術会議が年間10億円(947万ドル)の公的資金を受け取っていることを付け加え、決定は正当なものだと繰り返しました。

菅氏は個々のケースについてはコメントを差し控えましたが、今回の決定は「学問の自由とは全く関係ない」ものであり、政府がバックアップした法案に対する学者の立場とは何の関係もないと述べました。

1983年以来、首相は日本学術会議の勧告に基づいて会員を任命しており、それを拒否する前例はないと複数の政治アナリストは述べています。

上智大学の中野晃一教授は、「日本国憲法には学問の自由のための条文があるが、それは、戦時中の軍国主義者による学問と科学の統制の直接的な結果である」と述べています。

軍事利用の可能性のある学術研究に懐疑的な姿勢を取ったことで、2017年に安倍政権ともつれた日本学術会議は、菅氏に説明と6人の任命を求めています。

「なぜ私が任命されなかったのか、まったくわからない 」と、6人のうちの1人、岡田正則・早稲田大学大学院法務研究科教授はロイター通信に「私が(過去に)書いたことは、政府は法律に基づいて行動すべきだということだった...。それは当然のことだ」と語りました。

保守派の中には、安倍晋三首相の中国に優しい姿勢を非難する人もいます。岡田氏は北京とのあらゆる特別な関係を否定しました。

任命拒否されたもう一人の学者、宇野重規・東京大学社会科学研究所教授は直接のコメントを拒否しましたが、言論の自由の重要性を強調しました。

「民主主義社会の最大の強みは、批判対してオープンかつ継続して修正を加えていく能力にある。」と彼は声明で述べています。


関連記事:

サイエンス誌:日本の新首相、日本学術会議(SCJ)との戦いを選択
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8892ba9db7f928d7e0124073350caeab

ネイチャー誌:これまで以上にネイチャー誌が政治をカバーしなければならない理由
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4be5323228aade9b232fea3b4b796a94

ル・モンド紙:日本の首相が知的世界と戦争
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/91aa2c98e57c07d12ba0acda7aac1f38

フィナンシャルタイムズ紙:日本学術会議スキャンダルが菅政権の蜜月時代を脅かす
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/39d3cee6f630b01f8c9df532b5565626


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英語記事全文:

FILE PHOTO: Yoshihide Suga speaks during a news conference following his confirmation as Prime Minister of Japan in Tokyo, Japan September 16, 2020. Carl Court/Pool via REUTERS/File Photo

Japan's Suga, under fire, defends rejection of scholars for science panel
By Linda Sieg, Yoshifumi Takemoto
OCTOBER 5, 2020 7:40

TOKYO (Reuters) - Japanese Prime Minister Yoshihide Suga, under fire for rejecting six scholars for membership of a science advisory panel, defended the move on Monday amid growing criticism that it violated the constitution’s principle of academic freedom.

Suga, who took office last month after Shinzo Abe resigned, has enjoyed high support among voters who approve of his promises to deregulate, reduce mobile phone rates and digitalise services as he tries to revive the economy and rein in COVID-19.

But his rejection of the six candidates - some of them known for past criticism of Abe’s policies - could stoke a furore that threatens his honeymoon with voters.

At issue is the influential 210-strong Science Council of Japan (SCJ), set up after World War Two to provide independent scientific input for policy.

The six were among 105 scholars recommended for membership of the panel, which chooses half its members every three years.

Policies they criticised include Abe’s reinterpretation of Japan’s pacifist constitution to let troops fight overseas in a historic shift for defence policy, and a 2013 state secrets act that sparked concern over media freedom.

Opposition parties have attacked the decision and demanded a public explanation from Suga, critics have taken to social media and a Change.org petition urging the appointments drew more than 100,000 signatures by Monday evening.

In a group interview with domestic media, Suga repeated that the decision was legitimate, adding that the Council received annual public funds of 1 billion yen ($9.47 million).

He declined to comment on individual cases but said the decision was “totally unrelated to academic freedom,” and had nothing to do with scholars’ positions on government-backed legislation.

Since 1983, the prime minister has appointed members based on SCJ recommendations, and there is no precedent for rejecting them, political analysts said.

“The constitution of Japan has a specific article just for academic freedom, which is ... a direct result of wartime control of academia and science by the militarists,” said Sophia University professor Koichi Nakano.

The council, which tangled with Abe’s government in 2017 after taking a sceptical stance to academic research with potential military uses, has demanded that Suga explain his decision and appoint the six.

“I don’t know at all why I was not appointed,” one of the six, Masanori Okada, a professor at Waseda Law School, told Reuters. “What I wrote (in the past) was that the government should act in accordance with the law... That is only natural.”

Some conservatives have blasted the SCJ for what they call its China-friendly stance. Okada denied any special relationship with Beijing.

Another of the spurned scholars, Shigeki Uno, a political science professor of the University of Tokyo, declined direct comment on the rejection, but stressed the importance of free speech.

“The greatest strength of a democratic society is its ability to be open to criticism and constantly modify itself,” he said in a statement.

三島由紀夫事件 50年目の証言―警察と自衛隊は何を知っていたか: 西法太郎

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三島由紀夫事件 50年目の証言―警察と自衛隊は何を知っていたか: 西法太郎」(Kindle版

内容紹介:
昭和45年11月25日―「そこ」で何が起こっていたのか?公安は察知していたのか?生き残った楯の会隊員たちは何を語ったのか?非公開だった裁判資料や、佐々淳行氏ら関係者への取材から、半世紀を経て今なお深い謎に迫る。
2020年9月18日刊行、301ページ。

三島由紀夫関連本: 書籍版 Kindle版
三島事件関連本: 書籍版 Kindle版
三島由紀夫の小説・著作: 書籍版

著者について:
西 法太郎
昭和31(1956)年長野県生まれ。東大法学部卒。総合商社勤務を経て文筆業に入る。

西法太郎の著書検索: 書籍版 Kindle版


今月11月25日は三島由紀夫没後50年となる。45歳のとき自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺をするという衝撃的な最期を遂げた(三島事件)こと、ノーベル文学賞の候補にもあがった世界的に有名な文豪も、50年という時の経過によって三島ことを知らない世代が増えているようだ。若者が本を読まなくなったこともそれに拍車をかけている。

三島由紀夫の特集番組が放送され始められる前の11月7日にアンケートをとってみたところ、回答いただいた26歳以上の25人については三島のことを知らない人はいなかったが、25歳以下の方で彼のことを知らない人が4人のうち1人という結果となった。回答していただいたのは8人だけだが、少しは参考になると思う。(アンケートのツイート



1970年11月25日の11時頃、三島は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に自ら組織した楯の会の学生4人とともに東部方面総監の益田兼利を人質にとり総監室に立てこもった。その後、幕僚らと乱闘の後、部隊内放送を聞いた自衛官約800から1000名に対しバルコニーから「憲法改正のために自衛隊員は決起せよ」という演説をする。演説は怒号にかき消され、首長が受け入れられないことを悟ると、彼は総監室に戻り割腹自殺を遂げ、その場にいた楯の会のメンバーが介錯をした。

バルコニーからした演説の中で三島は「今、日本人がだ、ここでもって立ち上がらねば、自衛隊が立ち上がらなきゃ、憲法改正ってものはないんだよ。諸君は永久にだね、ただアメリカの軍隊になってしまうんだぞ。」と訴えている。これは2016年3月に安全保障関連法が施行されたことによって、事実上現実のものとなった。(参考:「安保法 29日施行 集団的自衛権行使が可能に(毎日新聞)」、「集団的自衛権ってどういうこと?(朝日小学生新聞)」)

この三島事件については、3年前に「昭和45年11月25日―三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃: 中川右介」という本を紹介した。これは事件の経緯に加え、政界、財界、メディア、芸能界など三島と交流があった人々、日本社会がどのようにこの衝撃的な事件を知り、どのような反応を示したかを紹介した本だ。記事で紹介したように、当時の日本にタイムスリップしたような感覚でこの事件を疑似体験できるので、あわせてお読みいただきたい。

三島事件がおきたとき僕は8歳だった。この日は金曜日なので、小学校で授業を受けていたはずである。また、1987年に社会人になって初めて勤めた会社は、住友市谷ビルにあった。現場のすぐ近くであるし、事件の詳しいことを知らされていなかった楯の会のメンバーが控えていた市谷会館(現在の市谷グランドヒル)は、学生時代の友人が結婚式をあげた場所だ。また10年前には高校の同窓会が、そこから橋を渡ったところにある私学会館でおこなわれた。ここは縦の会の結成式がおこなわれた場所である。このように市谷は、若き日の思い出と強く結びついているエリアなのである。また、三島に続いて割腹自殺を遂げた楯の会のメンバーの森田必勝が中心となっていた「十二社(じゅうにそう)グループ」の拠点は、西新宿の十二社にあった下宿で活動していた。僕が新宿に向かうときに利用するバスの路線上にある。だから、その日に何がおきていたかという興味がおこるのは自然なことなのだ。

さて、今回読んだ「三島由紀夫事件 50年目の証言―警察と自衛隊は何を知っていたか: 西法太郎」(Kindle版)は、事件そのものに迫る読み応えのある本だった。

「大儀のために自決するのは人間にとっていちばん英雄的な死に方だ」と考える三島がおこした事件の経緯やその決断に至るまでの三島の行動や考え方は、ウィキペディアやNHKのアナザーストーリーズのような番組で知ることができている。この本は、著者が事件後の裁判記録や雑誌に掲載されたインタビュー記事を丹念に読み、事件関係者にインタビューを繰り返し、この事件を当時の警察と自衛隊がどこまで知っていて、どのように行動していたかを調べ上げた結果を著者の考えとともに解説したものだ。

直接事件に関わったキーマンの多くが鬼籍に入っている。インタビューのいくつかは、お亡くなりになるギリギリのタイミングで間に合った方が多い。三島の友人で事件当日は警視庁警務部参事官兼人事第一課長だった佐々淳行へのインタビューがとても重要である。また、先日自民党が2回目の葬儀を行なった中曽根康弘は、当時の防衛長官である。事件を彼がどのように知り、事件後にどのように処理したかは特に重要である。それは人質となり三島らに監禁されていた総監の益田兼利が事件からわずか3年後に「憤死」というほとんど自死に近い形で亡くなったという謎にかかわるからだ。さらに、極めて重要な「証拠」は、もし男に生まれていたらきっと楯の会に入っていただろうと発言していた小説家の倉橋由美子が、三島事件前から警察にマークされていたことから明らかになった。

裁判記録やインタビューを詳しく調べると、この事件にはいくつもの謎が浮かび上がる。

- 三島らはなぜ、日本刀を持ってやすやすと市ヶ谷駐屯地の表門を通過できたのか?自衛隊に何度も体験入隊をし、何人もの幹部から信頼を得ていた三島であるが、荷物チェックはされていたはずである。

- 自衛隊から警察に通報があった時刻が11時12分なのか11時22分なのかはっきりしない。また、規定で定められているホットラインは、第一報には使われなかった。それはなぜか?

- 自衛隊の要請により約150名の警察官が現場に駆けつけたのだが、なぜあれほど早く駆けつけることができたのか?

- 駆けつけた150名の警察官は、何もしないで見ているだけだった。それはなぜなのか?

- 複数名の幕僚らと乱闘をしたが、制圧することができなかった。自衛隊には敷地内で起きる事件を解決する責任が規定されており、銃や武器を使用できる部隊もあった。その部隊を投入すれば三島らを制圧できたのだ。しかし、なぜそれをしなかったのか?

- 三島らに監禁された総監の益田兼利が事件からわずか3年後に「憤死」することになったのはなぜか?

- 佐々淳行は、事件に先立って警務部参事官兼人事第一課長に人事異動していたため、現場に急行することができなかった。この人事には疑問が残る。

これらの謎を解決するのが本書なのだ。そのカギとなるのは次の2つのことである。

- 「自衛隊は国民に対して銃を向けてはならない。」ということが戦後徹底して自衛隊内で教育されていた。これは先日NHKニュースで自衛隊の元幕僚長が語っていた。

- 「三島由紀夫ほど立派な人が、そんなことをするとは思ってもいなかった。」と関係者すべてが感じていた。

わざわざ「」で囲んだのには、それが2つの意味合いをもっているからだ。ひとつは、世間や社会の人に納得してもらいやすい理由として意味をもっていること。そしてもうひとつは、自衛隊や警察の組織を防衛するための隠蔽としての意味をもっているということなのだ。

端的にいうと、警察や公安は三島と楯の会のメンバーがこの事件を起こすことを、かなり前の段階から察知していて、関係者をマークしていたこと。そして、三島自身が自衛隊幹部らとの会食の場において「憲法改正や自衛隊によるクーデターの必要性」を何度か説いていたこと、そして幹部らに「大儀のためであれば自決するのが人間としてあるべき姿である。」と自らの考えを述べていた。警察と自衛隊は、ともに三島が人質の命を奪うことがないということ、自決するだろうということも知っていたのだ。

当時の警察庁長官は後に第1次、第2次中曽根内閣で官房長官を務めることになる後藤田正晴である。彼の指示が三島事件の現場での警察官がとった行動に影響したことは間違いない。

つまり、警察も自衛隊も三島がこの事件を起こすことを知っていたにもかかわらず、させるままにしていたということなのだ。それはなぜなのか?これも本書で明かされることになる。

昨年8月に、NHKで「全貌 二・二六事件 ~最高機密文書で迫る~」という番組が放送された。(全編前編後編NHKオンデマンド)この番組で、1936年2月26日の1週間前に海軍は陸軍の青年将校らの決起の詳細を知りながら静観していたことが明らかになった。その理由も番組で解説されていた。



二・二六事件のときと同じような「静観」が三島事件のときも行なわれていたのである。その「証拠」を見つけるきっかけになったのが作家の倉橋由美子への警察のマーク、そして佐々淳行らから得られた証言だった。


本書は暴露本であり、問題作である。このような本が出版できたのは、おそらく事件から50年が経ち、関係者の多くが亡くなっているからなのだと、読み終えてから気がついた。

戦後、警察予備隊として発足した自衛隊が、警察の下部組織だったのはGHQへの配慮や再軍備化を嫌う国民感情に従う意味合いが大きいが、旧日本軍の軍人が所属するこの組織がクーデターを起こす可能性があるからという意味合いもあったそうだ。その後、警察と自衛隊は互いをどのように見なしていたかが本書で解説されている。これは現場にかけつけた警官たちが行動を起こさなかった理由に結び付く。

NHKの番組では、放送できないことがたくさん書かれている。興味をもった方は、ぜひお読みいただきたい。


三島事件に至る心理・思想を理解するために

三島由紀夫がこのような事件をおこしたことを以外に思う方がいると思う。自決に向かう彼の心理・思想は「花ざかりの森・憂国」、「英霊の声」、「葉隠入門」など初期の作品、そして「太陽と鉄・私の遍歴時代」にあらわれている。

憂国 (Yūkoku) - 三島 由紀夫 (Yukio Mishima)


そして、深く理解するためには遺作となった「豊穣の海」4部作を読むことが欠かせない。

春の雪 (新潮文庫―豊饒の海)」(英語Kindle版
奔馬 (新潮文庫―豊饒の海)」(英語Kindle版
暁の寺 (新潮文庫―豊饒の海)」(英語Kindle版
天人五衰 (新潮文庫―豊饒の海)」(英語Kindle版
   


初版本については「三島由紀夫『豊饒の海』の初版本」という記事で紹介している。

拡大



関連動画:

三島由紀夫 「最後の叫び」: YouTubeで検索 NHKオンデマンド


11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち: Prime Video YouTubeムービー


【討論】没後50年 三島由紀夫が予期した日本は今[桜R2/10/31]


三島由紀夫の動画: YouTubeで検索
三島事件の動画: YouTubeで検索
Mishima Yukio: YouTubeで検索


関連ラジオ番組:

テレビやラジオ出演した三島由紀夫の音声が聴ける。

カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス▽声でつづる昭和人物史~三島由紀夫(5回シリーズ)
>https://www4.nhk.or.jp/P1890/29/

解説を担当している保阪正康氏の著作: 書籍版 Kindle版


関連記事:

昭和45年11月25日―三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃: 中川右介
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/aae6dd28574e06eb3c3c0c63791e80cc

三島由紀夫『豊饒の海』の初版本
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/42650d60a4009468fe9d63e89083edb4

潮騒(新潮文庫): 三島由紀夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b669465d590800dce4558ba7fa1aeb04


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三島由紀夫事件 50年目の証言―警察と自衛隊は何を知っていたか: 西法太郎」(Kindle版


「三島事件」に立ち会った私 徳岡孝夫

はじめに

第一章「楯の会」に籠められたもの

三島由紀夫と昭和の時代
天皇臨席の真偽/楯の会結成、自死への道
祖国防衛隊としての楯の会
集団こそは“同苦”の概念/つねにStand byの軍隊/入会・訓練/組織・規約・三原則/楯の会隊員手帳/楯の会は天皇の御楯/楯の会の資金/楯の会に入った同志を除名処分した民族派/間接侵略を強く危惧/学生諸君と共に、毎日駈け回り、歩き、息を切らし、あるいは落伍した

警察と自衛隊
治安出動への緊迫した事態/自衛隊を「国土防衛軍」と「国連警察予備軍」に分離/治安出動はクーデターになりうる/敵は本能寺にあり/僕はいまだに憲法改正論者/晩年遷移した憲法論/天皇は「一般意志」の象徴

自衛隊との接点
「影の軍隊」の機関長――平城弘通/山本舜勝/三島との出会い/七〇年安保のときの自衛隊は治安出動する準備をものすごくやっていた/警察が全滅するような状況になったら、そのときは我々の屍を乗り越えて治安出動していただきたいという覚悟である

警察との唯一の絆――佐々淳行(一)
沈黙を破る/おなじ東京山の手育ち/姉・紀平悌子と三島の交際/私、美津子の“代用品”かしら/『豊饒の海』に協力/香港での三島との密会/民兵問題 彼もふみ切る/安田講堂事件の修羅場/一〇・二一国際反戦デーで潰えたスキーム/楯の会の一味、徒党と見ていた/楯の会の隊員で国会を占拠し、憲法を改正したらどうか/経過ならびに事前の行動/決起の具体化/ある批評家の慧眼

第二章「市ヶ谷」に果てたもの

惨劇の刻
一陣の木枯し/死ぬることが三島の窮極の目的だった/『わが同志観』――非情の連帯/自衛隊市ヶ谷駐屯地一号館二階/「要求書」/総監室での攻防/一気に騒然となった世情/バルコニーからの演説/三島由紀夫と森田必勝の最期/三島の最期の言葉/解剖所見・傷害状況

カメラは見ていた――佐々淳行(二)
ただちに現場に急行/血を吸いこんだ赤絨毯/蒼白の益田総監/秘められた最後の写真/三島展と三島書誌の不思議

“変言自在”の人――中曾根康弘
警察出動を指示/三島との濃密な交流/三島と中曾根の暗闘/真相を知る唯一の生存者も逝った/「檄」の謎/自衛隊蔑視論である

益田兼利東部方面総監の法廷証言
韜晦の裏の苦衷/マニヤックな裁判長/帝国陸軍と自衛隊/自衛隊の統帥権/戦前の軍法会議/上官の命令/古賀浩靖と総監の論戦

“憂国三銃士”の上申書
三人の自筆の上申書/小川正洋(日本の改革を願うなら、まず自ら行動することである)/小賀正義(当然あるべき自衛力さえも否定している現行憲法が存在することこそ「悪」)/古賀浩靖(一連の欺瞞・虚偽のうえに、戦後の社会は上積みされてきた)

森田必勝の夢
先生のためには、自分はいつでも命を捨てます/民族運動の起爆剤を志向

第三章「三島事件」に秘められたもの

謎の人――NHK記者伊達宗克
三島さん一流の華麗なる遊び/不可解な行動/疑惑の目が向けられ記者活動を中断/楯の会のシンパサイザーだった/NHK会長が明かした隠密行動/切腹を窺知/川端康成“幻の長編小説”発見/三島夫人へのインタビューに割り込む/無頼な記者/“院殿”と“大居士”が入った戒名

益田総監の死
恩を仇で返す行動だ/自衛隊への痛憤/総監辞任の真相/総監の悲壮/総監死の真相/親族に訊くしかない/保田與重郎の厳しい見方

監視の網のなかで――佐々淳行(三)
虎がネズミに襲われて猫を呼んだようなもの/楯の会はマークしていた/警察の人事異動への疑念/CIAの執拗な接触/三島家への微行/見せられた三島の妻あて遺書/後に残された者

秘かに蠢いた国家意思
なぜあの状況で古式通りの切腹ができたのか/第一報が一一〇番通報への疑問/固定電話の連絡ルート/疑念を解明するカギ/権力による“不作為の罪”/警察はつかんでいた!/当日事件発生前から刑事に監視されていた作家/三島ともあろう者がバカなことをすることはないだろう/なぜ寸止めしたのか/何とも気持の悪い事件/老獪の人――後藤田正晴/想定はすべて外れた

second languageとしての肉体
死への固執/自死への宣言書『太陽と鉄』/意識の絶対値と肉体の絶対値とがぴったりとつながり合う接合点/相拮抗する矛盾と衝突を自分のうちに用意すること、それこそ私の「文武両道」なのであった/拳の一閃、竹刀の一打の彼方にひそんでいるものが、言語表現とは対極にある

身滅びて魂存する者あり
吉田松陰論に狂わされた/天地の悠久に比せば松柏も一時蠅なり/日本の歴史を病気というか!/空な討ち方だった

[参考資料一]
自衛隊市ヶ谷駐屯地バルコニーからの演説
[参考資料二]
「三島事件」判決主文と理由(全文)
跋にかえて

とね日記賞の発表!(2020): 物理学賞、数学賞、他

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毎年12月10日、スウェーデンのストックホルムでアルフレッド・ノーベルの命日に行われるノーベル賞の授賞式の日程にあわせて、「とね日記賞」を発表している。今年で11回目。

ところが、今年は新型コロナウィルスの世界的な流行により、授賞式はオンラインで行われるようになった。極めて異常な事態である。この記事トップの画像も例年とは違う画像を掲載している。

けれども、コロナが流行しようがしまいが、ノーベル賞を僕がもらう見込みはどうもないことに変わりはない。どうせもらえないのなら自分で賞を作って「あげる側」になってしまえ!という思いつきで始めたのが「とね日記賞」である。

「とね日記賞」はその年に読んだ物理学書、数学書の中から自分のためになった本、この分野を勉強している学生や社会人にお勧めする本を物理学、数学など各分野に分けてそれぞれ1~2冊発表する。あとテレビドラマ賞や贈り物にふさわしい本としてクリスマス賞も設けている。


名著であっても僕がその価値を理解できなければ受賞できない。昨年以前に読んだ本は自動的に選考対象から外されるし、どんなに良書であっても読んでいなければ対象外。何より僕の学習進度や理解度や好みに影響される。

メダルも賞金も授賞式もスピーチも晩餐会も舞踏会もないから、ありがたくも何ともなく、主観だらけのアンフェアな賞だ。

今年は次の賞を発表する。

- 物理学賞
 物理学の教科書、専門書から選考。

- 数学賞
 数学の教科書、専門書から選考。

- 教養書賞
 一般向け書籍から分野別に選考。

- ブルーバックス賞
 講談社ブルーバックスの書籍から分野別に選考。

- 洋書賞
 洋書の教科書、専門書、科学教養書から選考。

- 新人賞
 書籍出版デビューを果たした方が書いた本から選考。

- 文学賞
 ジャンルを問わない小説、文学書から選考。

- アカデミー賞
 今年観た映画の中からよかったものを選考。

- テレビドラマ賞
 テレビドラマの中からよかったものを選考。

- クリスマス賞
 クリスマスプレゼントにふさわしい本を選考。


この1年で読んだ本は15冊で、次のような本である。通算434冊~448冊目。今年最大の事件はもちろん「新型コロナウィルス」だ。僕もすっかり生活パターンの調子が狂い、例年に比べて読書量が半分にも達しなかった。(参考:「400冊の理数系書籍を読んで得られたこと」)

434/4次元以上の空間が見える: 小笠英志
435/一般相対性理論の直観的方法: 長沼伸一郎
436/カオス的世界像―非定形の理論から複雑系の科学へ: イアン・スチュアート
437/極低温の世界 (1982年) : 長岡洋介
438/時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体: 松浦壮
439/時間はどこから来て、なぜ流れるのか? : 吉田伸夫
440/量子とはなんだろう 宇宙を支配する究極のしくみ: 松浦壮
441/スッキリわかるJava入門 第3版 (スッキリシリーズ)
442/神は数学者か?―ー数学の不可思議な歴史: マリオ・リヴィオ
443/時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて: 高水裕一
444/初級講座 ループ量子重力: R. ガムビーニ 、J. プリン
445/すごい物理学講義: カルロ・ロヴェッリ
446/Reality Is Not What It Seems: Carlo Rovelli(すごい物理学講義)
447/解読! アルキメデス写本: リヴィエル・ネッツ、ウィリアム・ノエル
448/L'ordre du temps: Carlo Rovelli(時間は存在しない)

今年の科学ニュースを象徴するキーワードは「日本学術会議」である。安倍政権のころに始まった政府による同会議への人事介入は、菅政権になってからその内情を露呈し、科学だけでなく日本の学問、研究全体に大きな影を投げかけている。ブログやツイッターでの発信をすることで、今後も僕は日本の学問、科学の自由な活動を支援するために、微力ながら貢献していきたい。これまでに書いた記事では「サイエンス誌:日本の新首相、日本学術会議(SCJ)との戦いを選択」と、その関連記事をお読みいただきたい。

また、個人的な関心事として今年を象徴するのは「時間」だった。8月8日にはNHKラジオの「夏休み子ども科学電話相談」で、小学1年生の女の子が「どうして時間は動く(流れる)のですか?」と質問して、回答を担当された先生方を困らせていた。その様子は「【文字起こし】小学生に「時間が動く理由」を聞かれてめちゃくちゃ困るおじさんとおじさん」というまとめ記事で読むことができる。僕も時間の謎に関する本を何冊か読み、メルマガの「週間とね日記マガジン」で8月から11回に渡って解説記事を書いている。

とにかく今年の関心事は「時間づくし」だった。それは以下に発表する「とね日記賞」の各分野の授賞に色濃く反映される結果となった。


それでは2020年の「とね日記賞」を発表しよう。(書籍名と画像は本の購入ページにリンクさせておいた。)


* 物理学賞

初級講座 ループ量子重力: R. ガムビーニ 、J. プリン


授賞理由: 現代物理学の難問 - 一般相対性理論と量子力学の矛盾を解決するための仮説は超弦理論だけではない。そのもうひとつの仮説がループ量子重力理論である。しかしながら、この理論は超弦理論に比べて研究者が少ないため専門的に学ぼうとするには、いくつか刊行されている英語の教科書に頼らざるを得ない。唯一日本語に翻訳されているのがこの教科書である。翻訳してくださった樺沢先生(@adx50150)には感謝、感謝である。とはいえ「初級講座」と銘打っているので、数式の導出はほとんど省かれている。その反面、どのようにこの理論が発展してきたか、どのような成果が得られたか、どのようなことが未解決であるかを、理論の発展史に沿いながら理解することができる。これがまさに僕がとりあえず知りたかったことなのだ。図版と文章だけの教養書から一歩踏み出すのに最適な本だった。そして、この本を通じ時空が創発するからくりをこの理論が説明していることを確認した。「時間」は、昨年「時間は存在しない: カルロ・ロヴェッリ」を読んで以来、僕が継続的に考察を深めているテーマである。

紹介記事は次のリンクからお読みいただきたい。

初級講座 ループ量子重力: R. ガムビーニ 、J. プリン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/50940e09a28985e4f8256de5faebe1d0


* 数学賞

カオス的世界像―非定形の理論から複雑系の科学へ: イアン・スチュアート


授賞理由: 素晴らしい本である。決定論に従う古典力学、数値的な決定論から複雑で予測不可能な未来がもたらされる。それはなぜなのか?未来が決まっていないことは量子力学の不確定性原理以外に、古典力学の中にもあった。本書は科学教養書、ポピュラーサイエンスの本であるが、数式を使った解説がいくつもあるので専門書として授賞することにした。昨年2月に読んだ「天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ」以来、カオス理論への興味はますます深まっている。今後は、複雑系、フラクタル理論などさらに深く学んでみたい。もしかすると新型コロナウィルスの感染拡大の研究にも使える理論なのかもしれないと思った。感染症の数理には統計学や微分方程式だけでは解決できない何かが必要である。その鍵は、時間軸に沿った複雑な現象を、どのように視覚化し計算可能なものに落とし込むことから始まる。

紹介記事は次のリンクからお読みいただきたい。

カオス的世界像―非定形の理論から複雑系の科学へ: イアン・スチュアート
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4ace135356ba99a1cb549bbbf073a591


* 教養書賞(物理学部門)

すごい物理学講義: カルロ・ロヴェッリ


授賞理由: 姉妹書「時間は存在しない: カルロ・ロヴェッリ」よりも前に刊行された本で、時間に関する概念の変遷を主軸にして、古代ギリシャ科学から現代の最新の宇宙論までをカバーした本、ループ量子重力理論を解説した本である。第7章に「時間は存在しない」ことの解説がある。この章の詳細は、その後に刊行された姉妹書のほうをお読みになるとよい。講談社ブルーバックス、これまでの物理学入門書とはまったく違う語り口で物理学の世界に入門するために、とてもよい本だと思った。原題は「La realtà non è come ci appare: Carlo Rovelli(現実は見えているとおりではない)」である。英語版の「Reality Is Not What It Seems: Carlo Rovelli(すごい物理学講義)」のほうも読んでおいた。著者のカルロ・ロヴェッリ博士は、今年の物理学賞を授賞した「初級講座 ループ量子重力: R. ガムビーニ 、J. プリン」のガムビーニ博士と同じくループ量子重力理論研究の第一人者のお一人だ。古代ギリシャ科学に造詣が深いロヴェッリ博士の本を通じて、僕は大数学者アルキメデスの偉大な業績を再認識することになった。それが、次に発表する教養書賞(数学部門)の授賞につながる本を読むきっかけになったのである。

紹介記事は次のリンクからお読みいただきたい。

すごい物理学講義: カルロ・ロヴェッリ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/93767d1f796efe646e13b54905a445cf


* 教養書賞(数学部門)

解読! アルキメデス写本: リヴィエル・ネッツ、ウィリアム・ノエル


授賞理由: 今年いちばんワクワクしながら読んだポピュラーサイエンス書である。カルロ・ロヴェッリ博士の著作を通じて、古代ギリシャの大数学者アルキメデスの偉大な業績を再認識することになった。本書は1906年に発見されたアルキメデスの「C写本」を入手するまでの経緯、現代科学技術を使ってこれまで読むことができなかった内容を復元するまでの経緯、その内容を解説したドキュメンタリー的な本である。2000年の時間を超えて、彼の業績に新たな発見がもたらされつつある。アルキメデスの著作は、活版印刷された本を17世紀のガリレイやニュートン、ライプニッツが読み、彼らに大きな影響を与えた。特にニュートン、ライプニッツによる微分・積分の発明はアルキメデスの著作を読まなければ不可能だったはずだ。ニュートンがケプラーの3法則を証明し、万有引力の法則を提示した『プリンキピア(自然哲学の数学的諸原理)』も書かれることはなかったと思われる。古代ギリシャ数学は幾何学を使った証明で成り立っている。ユークリッドを基礎数学に例えれば、アルキメデスの幾何学は応用数学と言ってよい。そして、平面図形や立体図形の体積や重心を求める問題には、図形の「重さ」を考えに入れて証明をするというアプローチをとっている。物理の問題を数学的に解くという「数理物理学」の先駆けという意義付けができるのだ。次はより専門的な本でアルキメデスの数学を学んでみたい。

紹介記事は次のリンクからお読みいただきたい。紹介記事に埋め込んである15分の動画だけでもぜひご覧いただきたい。

解読! アルキメデス写本: リヴィエル・ネッツ、ウィリアム・ノエル
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/aba2a2674ac2cb8c79ead88f65a2eb6e


* ブルーバックス賞

これら3冊に授賞することにした。

時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体: 松浦壮
時間はどこから来て、なぜ流れるのか? : 吉田伸夫
時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて: 高水裕一
  

授賞理由: 今年の関心事は、とにかく「時間」なのである。そしてたまたま講談社ブルーバックスから近年刊行されていたのがこの3冊だった。なぜ立て続けに同じテーマの本を出したのだろう?意図的だったのか、たまたまだったのかはわからないが、3冊の違いが気になって仕方がなかった。読んで紹介しておけば、これから読もうとする人の参考にもなるだろう。どれもKindle版がでているから立て続けにクリックしてしまった。内容には一部重複があるが、それぞれの先生方の解説のしかた、語り口はまったく違う。優劣をつけるのは不可能だ。3冊とも読んでみるとよいだろう。特に3冊目の高水先生の本は、時間の逆行について解説してあり、後に授賞するアカデミー賞の映画のテーマに直結する。

紹介記事は次のリンクからお読みいただきたい。

時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体: 松浦壮
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/30e586091ba9dda356e9a0d2d3a0e815

時間はどこから来て、なぜ流れるのか? : 吉田伸夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5bc8d145f76b637ece8d2de8eaa7e81d

時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて: 高水裕一
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c14a3269ad7ef2f8f11702ef584e7d3c


* 洋書賞

L'ordre du temps: Carlo Rovelli(時間は存在しない)


授賞理由: これも「時間」がテーマの本である。同じ本を3カ国語で読むという「ロゼッタストーン外国語学習法」を実践するために読んだ「時間は存在しない: カルロ・ロヴェッリ」というベストセラーの仏訳である。フランス語版の前に英語版の「The Order of Time: Carlo Rovelli(時間は存在しない)」も読んでいる。本書では時間とは何か?時間の概念はどのように変容していったか?そして時間はもともと存在しなかった、時間はどのように生まれ、私たちが認識しているのかについて、深い考察をもたらしてくれる。ベストセラーになるだけのことはあると感銘を受けた。

紹介記事は次のリンクからお読みいただきたい。(日本語版英語版の紹介記事のほうをお読みになるのもよいだろう。)

L'ordre du temps: Carlo Rovelli(時間は存在しない)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3179036e31b41c237ea9f0aca2b9a43e


* 新人賞

未読の本には授賞しないのがルールであるが、話題になった本なので今年は例外的にルールを破ってこの本に授賞することにした。

一般ゲージ理論と共変解析力学: 中嶋慧、松尾衛

書影拡大

授賞理由: ツイッターで相互フォローしていただいている中嶋慧氏(@subarusatosi)の出版デビュー作である。姉妹書「相対論とゲージ場の古典論を噛み砕く」をお書きになった松尾衛先生(@mamorumatsuo)との共著。今後の研究、執筆を応援する意味で授賞させていただいた。刊行直後、大きな話題をさらった。それは、日ごろのツイートでよく目にする中嶋氏の本がついに完成したという驚きであり、難解な物理学書であるにもかかわらず売れ行きが好調だったことがブームに拍車をかけた。ざっと眺めた(読んだとはとても書けない)ところ、僕には難し過ぎるようだ。一般の科学ファンの多くは、この本で紹介している理論の位置づけが現代物理学のどこにあるのか理解できないのではないかと思った。一般ゲージ場の「一般」と共変解析力学の「共変」とは、ともに一般相対性理論そのもの、一般相対性理論に要求される条件を意味している。中嶋氏には、文章だけで本書が解説している理論の意味、現代物理学上での位置づけ、本書の流れを一般の読者に向けて文章だけで解説する「お助け本」、「ガイドブック」のような本を執筆していだだければと、僕は淡い期待を持つに至った。この理論を解説する科学教養書は皆無だから、きっと売れるに違いないと思う。

紹介記事は書いていないため、本書のサポートページと中嶋慧さんのページ、本書を読む前に読んでおくとよい姉妹書の紹介記事を載せておく。

一般ゲージ理論と共変解析力学(MMATSUO.COM)
https://mmatsuo.com/cam/

中嶋 慧(さとし)のページ
http://physnakajima.html.xdomain.jp/

相対論とゲージ場の古典論を噛み砕く: 松尾衛
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b0d1802a96037c9f99d92848b042e30a


* 文学賞

潮騒(新潮文庫): 三島由紀夫


授賞理由: 今年は昭和の天才作家、三島由紀夫の没後50年である。自衛隊市谷駐屯地でおこした三島事件について、僕はこれまでに「昭和45年11月25日―三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃: 中川右介」と「三島由紀夫事件 50年目の証言―警察と自衛隊は何を知っていたか: 西法太郎」の紹介記事を書いているが、これらは文学賞ににはふさわしくない。「金閣寺」、「仮面の告白」という代表作は、すでに読んだことがあるので三島の文才を堪能できる「潮騒」を読んでみた。没後50年ということで新潮文庫は三島の小説は、新しいイラストに表紙を変更している。日本語版に続き、英語訳も読んでおいた。

紹介記事は次のリンクからお読みいただきたい。

潮騒(新潮文庫): 三島由紀夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b669465d590800dce4558ba7fa1aeb04

The Sound of Waves(潮騒): Yukio Mishima
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4af6155f90a90a1547ee93cc4e78ec63


* アカデミー賞

アカデミー賞の授賞も「時間」を作品に活かした映画になった。これは時間の逆行や遅延を巧みに取り込んだクリストファー・ノーラン監督の作品。新型コロナウィルスで大打撃を受けた映画界、映画館を復活させようと、ノーラン監督はこの作品に期待をかけていた。大成功である。日本公開の2日目に池袋の映画館で友達と観た。時間だけでなく熱力学の第2法則、反粒子など物理学の素養が要求されるために難解なのだと誤解していたが、実際に見たところこの映画の難解さは、順行する時間と逆行する時間が同じシーンに混在したり、シーンとシーンのつながり、時間を行き来することによる出来事の因果関係の複雑さなど、ストーリーを理解するのがとても難しいことに気がついた。DVDやBlue-rayディスクは、来年1月8日に発売される。

映画『TENET テネット(2020)』


予告編動画を埋め込んだ紹介記事は次のリンクからお読みいただきたい。

映画『TENET テネット(2020)』
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5dd254586815f8d834cf15f00daca235

今年は日本映画界に悲しいニュースが飛び込んできた。2016年ガンを公表されてからも映画を撮り続けてきた大林宣彦監督が4年間の闘病の末に、4月10日に逝去された。追悼させていただきたいと思い、映画『この空の花 -長岡花火物語(2011)』を観てブログ記事として紹介させていただいた。長岡空襲、新潟県中越地震を乗り越え復興した長岡市民のために制作した心にしみる映画である。平和を願い続け、若者にその大切さを訴え続けた大林監督に対し、謹んでご冥福をお祈りします。

映画『この空の花 -長岡花火物語(2011)』大林宣彦監督
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e4abaf7d78c34adc8706f63ebac8a616


* テレビドラマ賞

新型コロナウィルスはテレビドラマにも大きな影響を与えた。4月7日から5月6日まで続いた緊急事態宣言によって撮影が中断し、4月クールのドラマは大打撃を受けた。7月クール、10月クールも完全には回復しきっていない。それは1月クールのドラマの本数に比べて4月以降の本数が少ないことからわかると思う。NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』も撮影が1か月に渡り中断し、最終回を年を越した2021年2月7日に放送するという異例の事態となった。



苦境にありながら、各テレビ局は過去に放送したドラマを再放送したり、ドラマ出演者による特別番組を組むなど、工夫をこらしていた。緊急事態宣言解除後は、撮影が再開し徐々に新ドラマを楽しめるようになった。日曜劇場『半沢直樹』の新シリーズは、前シリーズより格段にパワーアップして、僕も毎週楽しく観ていた。また、『#リモラブ ~普通の恋は邪道~』ではコロナ禍を逆手にとって、Withコロナの生活をドラマに取り込み、出演者はマスクをつけて演じている。また『危険なビーナス』、『七人の秘書』も毎週観ている。

今年は観ることができたドラマの本数が少なかったわけだが、いちばん心に残るドラマに授賞することにした。それは日本テレビで放送されている『35歳の少女』である。このドラマは自転車での事故で植物状態になった主人公の10歳の少女、望美(柴咲コウ)が25年後に意識を回復したという設定。身体は35歳でも心と知識は10歳のままである。このドラマは母親(鈴木保奈美)との衝突と仲直りを繰り返しながら失った25年間を取り戻していくという話である。

つまり、テレビドラマ賞も「時間」が重要な題材になったのである。

『35歳の少女』


『35歳の少女』公式ページ
https://www.ntv.co.jp/shojo35/

今年は、俳優の三浦春馬さん、芦名星さん、竹内結子さん、藤木孝さんの4人が、普通ではない亡くなり方をされた。映画界、テレビドラマ界にはとてもつらい年になってしまった。ここにあらためてご冥福をお祈りしたいと思う。


* クリスマス賞

そしてクリスマス賞はミヒャエル・エンデの『モモ』に授賞することにした。この児童書はテレビドラマ賞を授賞した『35歳の少女』の中で取り上げられている。自転車での事故で植物状態になった主人公の10歳の少女、望美(柴咲コウ)が事故に遭う前にクラスメイトの結人(坂口健太郎)から借りていたのがミヒャエル・エンデの『モモ』だった。時間泥棒がテーマの本なのでドラマで取り上げられたのは、そのためである。25年ぶりに35歳の結人と再会した望美は、借りっぱなしになっていた本を返すことになる。

この本は、コロナ禍で見直され、今年の初めくらいから『モモ』ブームが起きているのである。その理由は、このニュースの動画をご覧いただくとその理由がわかる。

コロナでなぜ人気?児童文学の名作 ミヒャエル・エンデ(著)「モモ」
(by 2020.9.23(水)NHK「おはよう日本」) 再生時間:5分18秒


本の紹介記事は、こちらでお読みいただきたい。

モモ: ミヒャエル・エンデ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3760861392f8a08a2d6224227092cfe4

というわけで、クリスマス賞も「時間」に関わる授賞となった。

日本語版は以下の3つの装丁のものが買えるほか、Kindle版でも読むことができる。ドラマで使われていたのは単行本である。

モモ(単行本): ミヒャエル・エンデ」(文庫版)(愛蔵版)(Kindle版
  

日本語版の章立てはこのページで確認いただける。

クリスマスには、もっと他の本を贈りたいという方は、過去の「とね日記賞」のクリスマス賞を参考にしていただきたい。僕のイチ押しは2015年にクリスマス賞を授賞した「アリスとキャロルのパズルランド 不思議の国の謎解きブック」である。


* ノーベル物理学賞、化学賞

今年のノーベル物理学賞、化学賞は次の記事で紹介している。

2020年 ノーベル物理学賞はペンローズ博士、ゲンツェル博士、ゲーズ博士に決定!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/379d0faef6100f33e962cbee08b1e4a7

2020年 ノーベル化学賞はシャルパンティエ博士、ダウドナ博士に決定!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bf11e4584bfd9e575b3b835720bb04ee


物理学賞の発表で使用された2番目のスライドで、ブラックホールの外と内では空間と時間の役割が入れ替わることが説明されたが、これに興味を持った方がいると思う。

ブラックホールの外と内を説明。時間が流れるのは事象の地平面までである。


事象の地平面(Event Horizon)をはさんでブラックホールの外と内で空間(Space)と時間(Time)の役割が入れ替わる。(解説)外の空間では、自由に空間を行き来できるが、時間を操ることが出来ない。事象の地平面内では、空間を行き来が出来ないが、時間を制御できる。なお、ブラックホールの中心が特異点(Singularity)である。

拡大


その詳しい解説は、次の本の第III章「ブラック・ホールの時空構造」に書かれている。ただし、この本は名著であるものの、初版は1973年刊行、そしてこの新装版は2003年刊行と、とても古い本なので現在では誤りだとわかっている理論も書かれている。お読みになる方はご注意いただきたい。(簡単かつ手短かな解説でよければ、このページの「揺らぎは時間と空間の区別さえ崩壊させる」という節に書かれている。)

新装版 相対論的宇宙論―ブラックホール・宇宙・超宇宙」(Kindle版


今年のとね日記賞は、「時間づくし」だったので、あえて補足させていただいた。状況によっては時間と空間の区別が崩壊することがあり得ることを覚えておいてほしい。

最後になりますが、本日受賞される先生方、ノーベル賞受賞おめでとうございます!


関連記事:

過去の「とね日記賞」一覧: 開く


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発売情報: グリフィス 電磁気学 I、II

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グリフィス 電磁気学 I
グリフィス 電磁気学 II

内容紹介:
本書は、中級レベルの電磁気学のテキストとして抜群の定評をもち、北米を中心に広く使われている。語り口の味わいやわかりやすさは勿論のこと、その真価は脚注で引用されている文献とそれに密接に関連づけられた内容が本文や演習問題にさりげなく反映されている点にある。最近議論される内容までも意欲的に反映され、改訂のたびに新しい視点を取り込んでいる、まさに生きた電磁気学のテキストともいえる。さらに、演習問題は単なる章末問題としてではなく、例題とともに本文中に内容の理解を促進させるかたちで埋め込まれていることが特徴であり、周到な学習過程デザインがなされている。
第I巻では、真空中および物質中の静電場と静磁場の基本法則について取り扱った後に、時間変動する電磁場を記述するマクスウェル方程式を導入する。
第II巻では、おもに時間変動を伴う電磁気学的現象を扱う。通常のテキストで扱われる電磁波の伝搬や輻射の問題に加え、遅延ポテンシャルやジェフィメンコ方程式によるマクスウェル方程式の解を詳細に取り扱っている点、相対論について詳細に述べている点が特徴である。
I巻: 2019年12月11日刊行、422ページ。
II巻: 2020年12月19日刊行、256ページ。
原書第4版:2017年6月29日刊行、620ページ。

著者について:
D.J.グリフィス: ウィキペディア
リード大学名誉教授。物理学者。教育者。電磁気学、素粒子物理学や量子力学のテキストが英語圏の多くの大学で採用され、定番書として親しまれている。
ホームページ: https://www.reed.edu/physics/faculty/griffiths/


待望の第II巻がようやく発売された。本来は年明け早々に発売される予定だったのだ。第I巻はAmazonのサイトで、アダルト商品として一時期間違えて表示されていたことで有名になった。理由は何であれ、話題になったのはよかったのだと思うことにしよう。

グリフィス 電磁気学 I
グリフィス 電磁気学 II
 

第I巻:目次
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784621304224

第II巻:目次
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784621304235

第I巻

第 1 章 ベクトル解析
    1.1 ベクトル代数 ● 1.2 ベクトル場の微分 ● 1.3 ベクトル場の積分
    1.4 曲線座標系 ● 1.5 ディラックのデルタ関数 ● 1.6 ベクトル場の理論
第 2 章 静電気学
    2.1 電場 ● 2.2 静電場の発散と回転 ● 2.3 静電ポテンシャル
    2.4 静電場における仕事とエネルギー ● 2.5 導体
第 3 章 ポテンシャル
    3.1 ラプラス方程式 ● 3.2 鏡像法 ● 3.3 変数分離法 ● 3.4 多重極展開
第 4 章 物質中の電場
    4.1 分極 ● 4.2 分極した物質の電場 ● 4.3 電気変位 ● 4.4 線形誘電体
第 5 章 静磁気学
    5.1 ローレンツ則 ● 5.2 ビオ・サバールの法則 ● 5.3 磁場の発散と回転
    5.4 ベクトルポテンシャル
第 6 章 物質中の磁場
    6.1 磁化 ● 6.2 磁化した物質の磁場 ● 6.3 補助場 H ● 6.4 線形媒質と非線形媒質
第 7 章 電磁気学
    7.1 起電力 ● 7.2 電磁誘導 ● 7.3 マクスウェル方程式

付録 A 曲線座標系におけるベクトル解析
    A.1 前置き ● A.2 表記 ● A.3 勾配 ● A.4 発散 ● A.5 回転 ● A.6 ラプラシアン
付録 B ヘルムホルツの定理
付録 C 単位
付録 D 公式集


第II巻

第 8 章 保存則
     8.1 電荷とエネルギー ● 8.2 運動量 ● 8.3 磁気的な力は仕事をしない
第 9 章 電磁波
     9.1 1次元の波 ● 9.2 真空中の電磁波 ● 9.3 物質中の電磁波 ● 9.4 吸収と分散 ● 9.5 導波
第 10 章 ポテンシャルと場
     10.1 電磁ポテンシャルによる定式化 ● 10.2 連続分布 ● 10.3 点電荷
第 11 章 輻射
     11.1 双極子輻射 ● 11.2 点電荷
第 12 章 電磁気学と相対論
     12.1 特殊相対論 ● 12.2 相対論的力学 ● 12.3 相対論的電気力学


翻訳のもとになった原書第4版はこちら。

Introduction to Electrodynamics Fourth Edition: David J. Griffiths」(Kindle版



同著者では、素粒子物理学の教科書がすでに翻訳されている。原書Kindle版はKindle Unlimitedの対象だ。

グリフィス 素粒子物理学
INTRODUCTION TO ELEMENTARY PARTICLES: David J. Griffiths」(Kindle版)(2nd Ed
 

英語圏で標準的に使われている素粒子物理学テキストの翻訳版。
初学者が素粒子物理学の全体像をとらえるのに最適な一冊である。章はじめに学習の目的を掲げ、読者が自分のレベルにあわせて読み進められる構成となっている。本書では、理論の理解に重きをおき、実験手法や装置についてはほとんど触れない。さまざまな素粒子の紹介、理論の土台となった歴史にはじまり、粒子の運動学から標準模型について、そしてこれからの方向性までを述べる。また、本分野を学ぶうえで重要なファインマン図も丁寧に解説。例題や問題も多数掲載し、計算力を養うことができる。

詳細目次
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784621303924


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天秤の魔術師 アルキメデスの数学:林栄治、斎藤憲

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天秤の魔術師 アルキメデスの数学:林栄治、斎藤憲」(正誤表

内容紹介:
アルキメデスは古代世界で最も有名な数学者であり、技術者でもあった。しかしその数学の内容を説明することは、それほど容易ではない。そこで本書では、『方法』というそれほど大きくない著作を中心に展開し、アルキメデスの議論の背景や意図を徹底的に探求して解説することを目指した。この『方法』という著作は、理論的(あるいは仮想的)な天秤の使用によって驚くような結果を導き出す、非常に魅力的な技法を含む―本書のタイトルの「天秤の魔術師」がここから来ることは言うまでもない。しかも幾何学と機械学の二つの分野にまたがるアルキメデスの数学的活動をいわば要約する著作であり、アルキメデスの数学のかなりの部分を把握することができる。読者は、アルキメデスが問題解決の技法を発見し、それを利用し、さらに他の問題を解くために変形・発展させていく場面に立ち会える。『方法』を伝える唯一の写本の最新の解読成果も利用しつつ、数学史の書物では例を見ないほどに証明や議論の展開を丁寧に解説した本書は、数学教育の教材としても十分な意義をもつだろう。アルキメデスの数学の世界を堪能してほしい。

2009年12月23日刊行、268ページ。

著者について:
林栄治
1971年早稲田大学教育学部理学科数学専修課程卒業。1972年より、都立工芸高校、群馬県太田市立商業高校、群馬県立桐生女子高校、高崎工業高校に勤務。1999年早稲田大学大学院教育学研究科数学教育専攻修了。2007年高崎工業高校教諭退職。在職中に、三省堂高校数学教科書執筆グループに参加。『数学セミナー』、『数学教室』、『数学教育』などに研究成果を発表。とくに、1985年11月『数学セミナー』のアルキメデスの求積に関する研究の発表が以後の研究の端緒となり、1993、4年『科学史研究』にアルキメデス『方法』に関する論文発表、現在に至る。

斎藤憲
HP: https://www.greekmath.org/kensaito/index_j.html
Twitter: @ken_saito_greek
1958年生まれ。1980年東京大学教養学部卒業(科学史科学哲学)。1982年東京大学文学部卒業(イタリア語イタリア文学)。1990年東京大学大学院理学系研究科博士課程(科学史科学基礎論)修了。理学博士。千葉大学文学部助教授、大阪府立大学総合科学部助教授、人間社会学部助教授・准教授を経て、2011年より同大学人間社会学部教授。専攻はギリシア数学史。


理数系書籍のレビュー記事は本書で449冊目。

10月に読んだ「解読! アルキメデス写本: リヴィエル・ネッツ、ウィリアム・ノエル」という科学教養書で、古代ギリシアの数学者アルキメデスの偉業を思い知った。これは2000年以上前にアルキメデスがパピルスの巻物に書き残した数学研究の内容が、数奇な運命を経て現代の科学技術によって、解読しなおされた経緯を紹介した本だ。

アルキメデスの著作は、その後羊皮紙に書かれた本として書き写され、現在はそれぞれA写本、B写本、C写本と呼ばれている。「解読! アルキメデス写本」はこのうち、C写本について紹介した本で、主に彼が発見した「求積法」について書かれている。つまり図形や立体の面積、体積を求める方法、そしてその証明を紹介した著作である。C写本に含まれる求積法の部分にアルキメデスは「方法」という名前をつけていた。

『砂粒を数える者』(A写本)
『平面のつり合いについて』(A写本、B写本、C写本)
『放物線の求積について』(A写本、B写本)
『球と円柱について』(A写本、C写本)
『円柱の計測』(A写本、C写本)
『螺旋について』(A写本、C写本)
『円錐状体と球状体について』(A写本)
『浮体について』(B写本、C写本)
『方法』(C写本)
『ストマキオン』 (C写本)

しかし、「解読! アルキメデス写本」には具体的に数学的な解説もされているものの、あくまで紹介程度のもので詳しいことを知ることができない。もう少し詳しく知りたいと思い、「天秤の魔術師 アルキメデスの数学:林栄治、斎藤憲」を読むことにしたわけだ。

円錐や球、円柱の体積を求める公式は小学校の算数で学ぶ。そしてそれらの公式を積分を使って求めることは、高校の数学IIIまでの数学で理解することができる。けれども積分法が発明されるはるか以前、アルキメデスはどのようにしてこれらの体積を求めたのだろうか?そして半径が同じ場合、円錐、球、円柱の体積比は1:2:3であることが知られている。(参考:「中学1年の数学の証明なしの解説ページ」)

これは円錐、球、円柱の体積比が1:2:3であることを確認する実験動画だ。




小学生のとき僕は三角錐の体積についても、底面積と高さが同じ三角柱の体積の3分の1であることを知って、とても驚いたことがある。底面が円のときと三角形のときの体積は、まるで違う形の公式になると思っていたからだ。それならば四角柱、五角柱、六角柱、...N角柱であってもそれらの錐の体積は3分の1になるはずだ。小学生のときはそこまで想像をめぐらせて終わっていた。そして、球の体積が円柱や円錐の体積と整数比になることなどは、僕の理解をはるかに超えていた。

ちなみに、三角形の面積の公式に2分の1が掛けられているのは、平面が縦横の2次元であることの現れであり、三角錐や円錐の体積の公式に3分の1が掛けられているのは立体が縦横高さの3次元であることの現れである。

アルキメデスは球の体積を求めるために、仮想天秤という方法を考案した。小学校で習うように天秤はつり合いの中心からの距離が遠くなるほど、それに反比例した質量の物体をつるせばつり合わせることができる。彼は円柱と円錐、球を天秤に吊るしてつり合わせた状態を想像して、切断面の質量についてつり合いの中心からの距離の比を求め、その総和をとることで、球の体積を求めていたのだ。想像上の天秤とはいえ、実際の道具を使った求積法なので、アルキメデスおよび本書ではこれを「機械学による方法」と呼んでいる。重要な点は、アルキメデスは実験をして立体をつり合わせて体積を求めたのではない。あくまで仮想天秤という思考実験をしただけなのだ。

これは、仮想天秤を使って球の体積を求める方法を解説した動画である。文字による説明は、積分を使わずにアルキメデスの幾何学的方法を現代の表記でおこなっていることに注意していただきたい。



なんと斬新な発想だろうか。何もない状況から、自分はこの方法を思いつくことができるだろうか?もちろんできないと思う。さらに彼は、同じ方法を使って半球の重心の位置を求める方法を紹介している。

アルキメデスが天才数学者と言われるゆえんは、これだけにとどまっていないことだ。仮想天秤という機械学を使った方法で体積や重心を求めた後、天秤に吊るしたこれらの図形についてつり合いの中心からの距離などの比を用いた方法で、「幾何学的な証明」をしていることだ。さらに、アルキメデスは現在の積分法に通じる「取り崩し法」という手法を発明し、立体を無限分割したそれぞれの体積の総和として立体全体の体積を求めることまで行っている。曲線の下の面積を求めるために長方形公式を使って計算することを立体に応用した手法である。この段階で、アルキメデスは1900年後にニュートンやライプニッツが発明する積分法、そして無限級数の計算をすることによって20世紀にカントールによって導かれた実無限の概念にまで達していたことがわかるのだ。まさに驚異的である。

数学者無限をど䛾ように捉えてきたか
https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~kohno/lectures/kohno_infinity.pdf

本書の章立ては次のとおりだ。

第1章 アルキメデスとその著作
第2章 回転放物体の切片(命題4, 5)
第3章 球(回転楕円体)の体積と半球の重心(命題2, 3, 6)
第4章 球の切片(命題7-10)
第5章 残された立体:回転双曲体命題11の復元
第6章 放物線の切片の面積(命題1)
第7章 爪形の体積(命題12+13:天秤による求積)
第8章 爪形の2つの求積法(命題14, 15)
第9章 交差円柱とアルキメデスの意図
第10章 交差円柱:失われた証明
第11章 補章

球だけでなく回転放物体、回転双曲体、爪型(斜切円柱)、交差円柱などさまざまな立体の体積を求めていることがおわかりだろう。本書ではアルキメデスの仮想天秤の方法、幾何学による証明だけでなく、それぞれについて現代の積分法に匹敵する取り崩し法のよる計算方法も紹介している。

彼がどのような立体を仮想天秤に吊るして求積を行ったか、著者は実際に写真に撮って紹介している。このような状況を私たちはモデル化して計算することができるだろうか?

回転放物体の体積を求める


回転放物体の体積を求める


円柱、円錐、球のつり合い


爪型(斜切円柱)の体積や重心を求める:拡大


参考:体積・表面積の数学公式集


さて、僕にとっての本書の難易度であるが、じっくり読んだところ証明を含めてやっと理解できる程度だった。もちろん、自分で本書で紹介されているような仮想天秤に立体を吊るすモデルは思いつくことができないし、自分で証明することもできないと思う。証明を理解できたとき、何かすごいことを経験してしまった感動が湧いてくる。

このような立体の体積や重心を求めることが、いったい何の役に立つのだろうか?単なる数学的な意義にとどまるのだろうか?それは本書の最後のほうで解説されているように、建築物の設計に利用できるのである。古代ギリシア建築は曲面を多用し、とても美しい。神殿などの巨大建築を構成するパーツはその優雅さだけでなく、バランスよく組み合わせるために体積や重心の位置を求めておく必要がある。つまり、アルキメデスによる求積法は応用数学でもあったのだ。

そして円錐形は物理学にも現れることがある。特殊相対論・弦理論では「オービフォールド」と呼ばれるクリスマス・パーティーでかぶるとんがり帽子のような形に巻かれた形の余剰次元の空間として存在している。これは「初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ」の第2章「特殊相対性理論・光錐座標系・余剰次元」で解説されている。


本書はお二人の先生による共著である。そのうちのお一人の斎藤先生は、その後2014年に次の本をお書きになっている。今回紹介した本より手ごろな分量で、Kindle版としても刊行されている。

アルキメデス『方法』の謎を解く:斎藤憲」(Kindle版)(正誤表


そして、ここまでの2冊の元にされたのが次の本だ。この本は1990年に刊行され、アルキメデスの『方法』の全訳とその解説がされている。刊行年からおわかりのように1998年以降に現代の科学技術により再発見された内容は含まれていないことに注意すべきだ。この本は、1906年にハイベアにより解読された内容をベースにしている。

アルキメデス方法:佐藤徹



2200年前の数学に想いを巡らせていただきたい。本書に書かれていることは、すべてこの写本に収められていたのだ。

ウィリアム・ノエル:失われたアルキメデスの写本の解読(日本語字幕あり)



関連記事:

解読! アルキメデス写本: リヴィエル・ネッツ、ウィリアム・ノエル
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/aba2a2674ac2cb8c79ead88f65a2eb6e


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天秤の魔術師 アルキメデスの数学:林栄治、斎藤憲」(正誤表


第1章 アルキメデスとその著作
1.1 アルキメデスの2つの顔と著作『方法』
1.2 アルキメデスの時代と逸話
1.3 著作を伝える写本
1.4 甦ったC写本と『方法』
1.5 数学的予備知識:本書で使われる定理

第2章 回転放物体の切片(命題4, 5)
2.1 『方法』の構成と内容
2.2 回転放物体の切片の体積(命題4)
2.3 回転放物体の切片の重心位置(命題5)
2.4 回転放物体の重心位置に関する補足

第3章 球(回転楕円体)の体積と半球の重心(命題2, 3, 6)
3.1 球の体積(命題2)
3.2 回転楕円体の体積(命題3)
3.3 半球の重心位置(命題6)
3.4 半球の重心位置に関する補足

第4章 球の切片(命題7-10)
4.1 球の切片の体積(命題7)
4.2 回転楕円体の切片(命題8)
4.3 球の切片の重心位置(命題9)
4.4 回転楕円体の切片の重心位置(命題10)

第5章 残された立体:回転双曲体命題11の復元
5.1 回転双曲体の切片の体積
5.2 証明の復元(回転双曲体の切片の体積)
5.3 回転双曲体の切片の重心位置
5.4 証明の復元(回転双曲体の切片の重心位置)

第6章 放物線の切片の面積(命題1)
6.1 放物線の切片と『方法』の命題の順序
6.2 『方法』命題1:放物線の切片の面積
6.3 放物線の切片:同じ結果に3つの議論
6.4 『放物線の求積』(1):天秤を使った求積
6.5 『放物線の求積』(2):後半の幾何学的証明
6.6 アルキメデスの発見と証明:著作の執筆順序
6.7 新たな謎:『方法』の末尾とアルキメデスの意図

第7章 爪形の体積(命題12+13:天秤による求積)
7.1 命題の概要
7.2 アルキメデスの議論
7.3 見落とされた球との関連

第8章 爪形の2つの求積法(命題14, 15)
8.1 命題14の概要
8.2 アルキメデスの議論
8.3 命題14をどう評価するか
8.4 参考:命題15(二重帰謬法による爪形の求積)

第9章 交差円柱とアルキメデスの意図
9.1 残された図形:交差円柱
9.2 球・爪形・交差円柱の共通性

第10章 交差円柱:失われた証明
10.1 『方法』の羊皮紙の構成
10.2 方法の末尾部分の謎
10.3 残された可能性:爪形との比較
10.4 アルキメデスの意図をさぐる
10.5 浴場の丸屋根と交差円柱

第11章 補章
11.1 『平面のつり合いについて』と失われた著作
11.2 天秤を使った爪形の求積
11.3 アルキメデスの時代の円錐曲線とその回転体の名称
11.4 『方法』命題4:原文の全訳

参考文献

新年おめでとうございます。

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2021 元旦
読者のみなさまへ

新年おめでとうございます。昨年は当ブログをお読みいただきありがとうございました。

数えてみたところ昨年は60本の記事を投稿していました。そして2019年以前は

2019年は106本
2018年は150本
2017年は204本
2016年は105本
2015年は111本
2014年は96本
2013年は100本
2012年は114本
2011年は145本
2010年は118本
2009年は115本
2008年は200本
2007年は148本
2006年は154本
2005年は67本

の記事を投稿していました。


趣味の読書に目標や予定をたてても、なかなかそのとおりに進まないものです。今年も興味の趣くままに読書や勉強を進めてまいります。


楽しい正月をお過ごしください。今年中には以前のような日常を取り戻せるようになることを願ってやみません。みなさまの健康とご活躍を心より願っております。


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「週刊とね日記マガジン」の目次一覧(2021年1月~2021年12月)

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2019年6月からまぐまぐ!でメルマガを始めましたが、2021年1月から12月に配信したメルマガの目次をここに書き足してきます。

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2021年1月:

第84号:
■非ユークリッド幾何学の偉業のわかりにくさ
■年初にあたり


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発売情報:感染症の数理モデル(増補版):稲葉寿

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感染症の数理モデル(増補版):稲葉寿

内容紹介:
本書は、感染症疫学における数理モデルの先駆的研究を行ってきた執筆者陣により、斯学の基本的な考え方から最近の発展までを具体的な事例を取り上げながら丁寧に解説・紹介した本邦初の成書であり、感染症の理論・予防・治療における数理モデルの利用に関心をもつ学生・研究者にとって必携の書である。なお、増補にあたっては、COVID‐19に関する一章を新たに設け、各章には最近の進展・動向を補足している。

2020年12月15日刊行、342ページ。

著者について:
稲葉寿[イナバヒサシ]: HP: https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~inaba/index.html
1957年神奈川県茅ヶ崎市生まれ。1982年京都大学理学部数学系卒。1982~96年厚生省人口問題研究所勤務。1989年オランダ国立ライデン大学Ph.D.現在、東京大学大学院数理科学研究科教授。


新型コロナウィルスの感染拡大は、今後どのように推移していくのだろうか?誰もが気にしている関心ごとだ。政府の対策が遅すぎる、第1波のときと比べて緊急事態宣言による規制が不十分だ、コロナに慣れてしまって国民の気持ちも緩み切っている。思いは人それぞれだろう。何も手を打たなければ、感染は大ざっぱには指数関数的(ネズミ算式)に増えていくのだが、採用する対策によって感染の拡大や収束のカーブは違ってくる。だから、より正確に計算して予測を立てる必要があるのだ。

第3波を迎えている今、取りうる対策によって今後の東京都の日毎の感染者数はこのように推移すると予想されている。



政府の解除目安では「50日で元通り」 西浦教授、東京都基準で試算
https://mainichi.jp/articles/20210113/k00/00m/040/330000c




このシミュレーションを行ったのがこの分野の第一人者である西浦博(北大教授)である。「8割おじさん」というニックネームがつけられ、新型コロナが国内で発生して以来、誰もが知っている有名人になった。数学的裏付けがある感染シミュレーションが今後の感染推移を予測するうえで重要なことは言うまでもない。

本書は、西浦教授がこのシミュレーションを行うためによりどころとしている計算モデル(シーケンシャルSEIRモデル)、計算方法を解説した数学書の中でいちばんお勧めする本である。本書で解説されている計算モデル(感染シミュレーションのための微分方程式)を解くのに「富岳」などのスパコンは不要で、事務用パソコンがあればじゅうぶんだ。旧版は新型コロナ拡大によって人気があがり絶版となったが、先月新型コロナに関する記述を追記する形で増補版として刊行された。コロナ禍において、本書のように重要な本は絶版にしてはならない。

Amazonからも発売されたが今日現在は在庫切れとなり、高値で取引されている。入手したい方は書店もしくは、次のネット書店で購入されるとよいだろう。それぞれ本書のページが開くようにリンクを貼っておいた。

KINOKUNIYA Web Store: リンクを開く
Yahoo!ショッピング: リンクを開く
Rakutenブックス: リンクを開く
honto: リンクを開く
e-hon: リンクを開く

章立ては次のとおりである。

1 基本再生産数R0と閾値原理
2 感染症数理モデルのデータサイエンス
3 常微分方程式と体内感染ダイナミクス
4 時間遅れのあるモデル
5 感染症の空間的な伝播を記述する数理モデル
6 感染症の確率モデルと複雑ネットワーク
7 エイズと性感染症の数理モデル
8 季節変動と感染症動態
9 病原体の進化と疫学動態
10 COVID‐19の数理モデル解析

また、著者の稲葉教授は次の寄稿をされている。

【論説空間】コロナ禍で理解は進むか 感染症数理モデルの活用(稲葉寿教授による寄稿)
https://www.todaishimbun.org/sequentialseirmodel20200629/

微分方程式と感染症数理疫学(稲葉 寿)
https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~inaba/inaba_science_2008.pdf

感染症の数理
東京大学大学院数理科学研究科 稲葉 寿
https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~inaba/inaba2009_actuary_manuscript.pdf


一般の人が読めるものとしては、現在この本が注目されている。2019年の暮れから1年間の西浦先生の奮闘が時系列で書かれている。

理論疫学者・西浦博の挑戦-新型コロナからいのちを守れ!」(Kindle版


【特別寄稿】「8割おじさん」の数理モデルとその根拠---西浦博・北大教授
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/8-39.php

次のサイトからリンクしているページでは、西浦教授による解説を読めるほか、感染シミュレーションを行うことができる。

感染症数理モデル;Sequential SEIR model
https://biostat-hokudai.jp/seirmodel/

SEIR モデル シミュレータ
https://covid19-seir-model.netlify.app/

新型コロナウイルス各国施策分析レポート4:SEIRモデルによる各国施策の分析
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20200424.html

Shiny で SEIR モデルを表示する
https://qiita.com/ekzemplaro/items/51b96c09c9374f69c2b7

感染症流行を予測する数理モデル SIR|微分方程式によるシミュレーション
(SIRモデルはシーケンシャルSEIRモデルよりも初歩的、単純なモデルで1927年、生化学者ケルマック(1898-1970)と軍医・疫学者マッケンドリック(1876-1943)によって発表された。)
https://club.informatix.co.jp/?p=140


感染症の数理モデルに関しては、次の本も先月発売され、手ごろな価格なのでお勧めだ。第1波のパンデミック・シミュレーションをして解説している。

新型コロナウイルス感染症第一波のパンデミック・シミュレーション~数理モデルからの振り返り:栗田順子」(Kindle版


内容:
2009年、新型インフルエンザ(豚インフルエンザH1N1)のパンデミックが発生した。前作『パンデミック・シミュレーション』では、すでに遠い過去となった新型インフルエンザ発生前の議論を記録し、危機管理というものを考えてみた。あれから約10年。新型コロナウイルスという新たなパンデミックが発生し、世界中が大混乱に陥っている。今回は、日本の第一波までの状況をふまえ、数理モデルでパンデミックを振り返ってみた。私たちは、過去の経験から何かを学んでいたのだろうか?前回のパンデミックで得た苦い経験を活かすことはできたのだろうか?危機管理というものを今一度考えてみたい方々に、ぜひお読みいただきたい。(目次と詳細、著者情報


新型コロナウィルス、感染シミュレーションという枠にこだわらず、もう少し基礎のレベルで微分方程式による数学モデルを学びたい方には、次の本をお勧めしたい。大学の学部生レベルが読むための教科書だ。第7章の4つめの項で伝染病の数理モデルとしてSIRモデルが解説されている。

微分方程式で数学モデルを作ろう:デヴィッド・バージェス モラグ・ボリー」(専門家による書評みんなの感想


第1章 序論
数学モデルのつくりかた / 人口問題 / モデル化のための枠組み
微分方程式:基礎概念とアイデア、など

第2章 成長と減衰
薬の吸収 / 放射性炭素 / 水の加熱と冷却 / アルコールの吸収と事故危険率
人工腎臓器の数学モデル、など

第3章 変数分離形微分方程式
刺激に対する反応 / ロケットの飛行 / トリチェリの法則 /
抑制された成長モデル / 技術革新の普及、など

第4章 線型1階微分方程式
広告に対する売り上げ反応 / 美術品の贋作 / 新古典派の経済成長
電気回路 / 五大湖の汚染、など

第5章 線型2階微分方程式
力学的振動 / 個人の消費行動 / 糖尿病の検査 / 電気回路網、など

第6章 非線型2階微分方程式
惑星の運動 / 化学反応速度論、など

第7章 微分方程式系
種の相互作用 / 競争種:生存闘争 / 伝染病 / 軍備競争の力学
ばね質点系、など


感染シミュレーションに使われる数学モデルに、微分方程式の理解は必須である。微分積分から微分方程式まで速習したい方には、大村平先生による次の本をお勧めする。特に緑色の2冊は素晴らしい入門書である。

改訂版 微積分のはなし(上):大村平」(紹介記事
改訂版 微積分のはなし(下):大村平」(紹介記事
今日から使える微積分 普及版(ブルーバックス):大村平」(Kindle版)(詳細
  


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感染症の数理モデル(増補版):稲葉寿


1 基本再生産数R0と閾値原理
2 感染症数理モデルのデータサイエンス
3 常微分方程式と体内感染ダイナミクス
4 時間遅れのあるモデル
5 感染症の空間的な伝播を記述する数理モデル
6 感染症の確率モデルと複雑ネットワーク
7 エイズと性感染症の数理モデル
8 季節変動と感染症動態
9 病原体の進化と疫学動態
10 COVID‐19の数理モデル解析

理論疫学者・西浦博の挑戦-新型コロナからいのちを守れ!

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理論疫学者・西浦博の挑戦-新型コロナからいのちを守れ!」(Kindle版

内容紹介:
厚生労働省クラスター対策班「8割おじさん」の真実。未知のウイルスとの闘い、サイエンス・コミュニケーションへの挑戦、政治家・官僚との葛藤まで、本音で語る!「科学者の社会的使命とは何か?」自らに問いながら走り抜いた半年間の記録。

2020年12月8日刊行、292ページ。

著者について:
西浦博: ウィキペディア
1977年大阪府生まれ。宮崎医科大学医学部卒業、広島大学大学院医歯薬総合研究科修了(保健学博士)。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学、香港大学で専門研究と教育を経験。2020年8月より京都大学大学院医学研究科教授。専門は感染症数理モデルを利用した流行データの分析。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組んだ。
公式ウェブサイト: https://plaza.umin.ac.jp/~infepi/hnishiura.htm
Twitter: @nishiurah

川端裕人: ウィキペディア
1964年兵庫県生まれ。東京大学教養学部卒業。ノンフィクション作品に『PTA再活用論』『我々はなぜ我々だけなのか』(科学ジャーナリスト賞、講談社科学出版賞)『科学の最前線を切りひらく! 』『動物園から未来を変える』(共著)『「色のふしぎ」と不思議な社会』など、小説作品に疫学者が主人公の『エピデミック』など、著書多数。
ブログ: https://blog.goo.ne.jp/kwbthrt


理数系書籍のレビュー記事は本書で450冊目。(著者が理系で、感染症数理モデルの専門家なので理数系書籍としておく。)

先日は「感染症の数理モデル(増補版):稲葉寿」という専門書を紹介したが、今回は数式アレルギーの人でも読める一般書を紹介する。新型コロナウィルスの感染予測は、ホットなテーマであるだけに、本書は昨年発売されて以来注目されており、今日現在のAmazonの売れ筋ランキングは、総合部門で1,474位、ノンフィクション部門で244位だ。


第3波を迎えている今、取りうる対策によって今後の東京都の日毎の感染者数の推移が1月13日の時点ではこのグラフのように予想されていた。



政府の解除目安では「50日で元通り」 西浦教授、東京都基準で試算
https://mainichi.jp/articles/20210113/k00/00m/040/330000c



その後、緊急事態宣言が発出、飲食店への時短要請が行われ、1月末の段階で東京都の日々の感染者数は収束し始めたように見える。(引用元

拡大


西浦先生の予測だと横ばいになるはずだったのだが、これはどうしてだろう?このツイートこのグラフを見ると、若者の陽性者数が減っているためだとわかるが、主に若者の検査数が減っているのだという判断もできる。また、高齢者の重症者数はほぼ高止まりしている。だから西浦先生の予測が外れたというわけではないと僕は思う。

そして医療崩壊は改善されていないこと、自宅療養者の突然死が増えていることから緊急事態宣言解除やGoToキャンペーン再開は慎重に行わなければならない。

ともかく、先ほどのシミュレーションを行なったのがこの分野の第一人者である西浦博(北大教授)で、本書の著者である。「8割おじさん」というニックネームがつけられ、新型コロナが国内で発生して以来、誰もが知っている有名人になった。数学的裏付けがある感染シミュレーションが今後の感染推移を予測するうえで重要なことは言うまでもない。

【特別寄稿】「8割おじさん」の数理モデルとその根拠---西浦博・北大教授
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/8-39.php


章立てはこのとおり。詳細目次はこの記事のいちばん下をご覧いただきたい。

はじめに 西浦博
第1章 はじまりの時
第2章 クラスターを追え!
第3章 緊急事態と科学コミュニケーション
終章 ひとときの平穏の中で
対談 新たな波に立ち向かうために―西浦博×川端裕人
あとがき 川端裕人

西浦先生は、厚生労働省、専門家会議の中のクラスター対策班に入り(正式メンバーではない)、感染者のデータをご自身の専門である感染症数理モデルの手法を駆使して分析し、政府や厚労省へ助言をするために協力された。

可能な限り正確な情報を提供し、感染を抑え込みたいと先生は奮闘されるわけであるが、これまでに経験したことがない行政組織や政治からの圧力、担当者の理解不足(学力不足?)がある交渉の場、さらに公式に社会に対して発表したところ、思わぬ反論や批判を受けるなど、学者としてのご苦労だけでないストレスとフラストレーションを抱えることになる。挙句の果てに先生は殺害予告まで受けてしまったのだ。

本書には、昨年末に中国武漢の生鮮市場で広がった新型コロナウィルスのことを知り、日本国内への感染を予測する段階から、昨年10月の第3波が始まる前、政府への助言の役割が専門家会議から分科会へと移るあたりまでの奮闘ぶりが書かれている。西浦先生はその後、京都大学に移って研究と新型コロナウィルス対策への助言を続けられている。

読み始めてすぐわかるのは、口語体で文章が書かれていること。これは西浦先生がお話になったことを共著者の川端さんが書き起こしたからだ。そして川端さんは西浦先生のお話に対し、コラムという形で説明をお書きになっている。

昨年以来、私たちの誰もがダイヤモンド・プリンセスでは実際に何が行われていたのだろう?そして厚労省や専門家会議の中では、何がどのように議論されていたのだろう?と気になっているはずだ。マスコミから伝えられていたのは、公式発表に対するリアクションばかりで、不安を募らせるのがほとんどだったからだ。

実際のところ、政府の対策は後手後手、不十分だという実感がある。だからSNSで政府への批判が集中するのは仕方がない。しかし、批判したことはすべて理にかなったことばかりなのだろうか?政府や、厚労省、専門家会議はどのような努力をしていたのだろうか?知りたいことは山ほどある。

本書は、ざっくり行ってしまえばそのような内情を暴露している本である。しかし、それは批判のための暴露ではなく、今後どのように改善していったらよいかという西浦先生の願いが込められている建設的な暴露なのだ。

先生もそうだが理系の人は、とかく分析結果や予測をそのまま伝えようとする。それは理系の学会では当然のことで、そのような習慣が科学者の身に沁みついている。

ところが、これをそのまま発表してしまうととんでもないことが起きる。ひとつめは「8割おじさん」と呼ばれるようになったゆえんの「他人との接触を8割減らす」ということを昨年4月に発表したことだ。

これは科学的には正しい。けれども公式に発表されたのは「他人との接触を7割減らす、そして極力8割減らす」という曖昧なものだった。西浦先生は「7割だと感染者数は横ばいあるいは減少はなだらかなものにとどまってしまう」と厚労省に伝えていたのだ。

けれども、この発表がされたおかげで、感染者数は減って第1波を収束させることができた。本来であれば西浦先生は賞賛されるはずだが、反対のことがおきてしまう。過度な対策がされたことで、社会活動、経済活動が抑制されてしまったと怒り出す人がでてきたからだ。その元凶が西浦先生の発言だったというのだ。

また、「感染対策を行わず、感染爆発をしてしまうと最大42万人の死者がでてきてしまう。」と西浦先生が発言したのも世間の批判を浴びた。これはシミュレーションした結果で得た数字である。

行動制限なしなら42万人死亡 クラスター班の教授試算
https://www.asahi.com/articles/ASN4H3J87N4HULBJ003.html

恐怖や不安を煽ったから批判されたのではない。結局、強い感染対策を行った結果、死者数は42万人よりはずっと少なくてすんだ。だから、西浦先生の予測は外れたと世間は反応したのである。「最大」という言葉がいつのまにか抜け落ちて、批判の矛先が西浦先生に向けられた。本来であれば死者数は予想よりずっと少なくて済んだ、とった対策は有効だったと賞賛されるべきなのだ。

科学者としての良心にもとづき、正直に発言すると、このような落とし穴があることが今回の経験を通じてわかる。理系の人はこのような傾向が強いから、特に気をつけたいと僕は思った。科学を理解していない行政や世間一般に科学的な内容を上手に伝える科学コミュニケーションのあり方は、今後取り組むべき課題であることが、本書でも強調されている。


また、僕は尾身先生についてネガティブな印象をもっていた。会見や報道を見る限り、どうみても御用学者にしか見えなかったからだ。

この点、西浦先生はまったく違うお考えをお持ちになっている。「専門家会議のリーダーが尾身先生であることは、日本にとって幸いなことだ。」と断言している。外から見ればぶれまくりの御用学者に見えても、専門家会議内部での尾身先生がまったく違うことを本書を読んで僕は知ることができた。

感染を減らすだけでなく、経済も回していかなければならない。「ブレーキを踏みながらアクセルを踏む」ようなものだ。政府からは厚労省、専門家会議に圧力がかかる。政治と行政から圧力がどのようにかかっていたかを西浦先生は本書で明かしている。「専門家会議の助言を聞いたうえで判断する」という政府の発言は、もっともらしい理由付けであるが、責任を専門家会議に押し付けているように見える。

GoToキャンペーンは前倒しで実施された。そのために政府が協力を依頼して専門家会議に加えたのが経済の専門家たちだ。ところがこの専門家たちが西浦先生が期待していたのとはまったく違っていた。メンバーに加わったのはマクロ経済学の専門家であり、国内の経済活動の情報収集や分析を行うためには、むしろミクロ経済学の知見が必要とされる。そのうえ配属されたのは定量的な計算ができない先生方だったのだ。経済的損失と感染拡大を両方とも定量的に調査、分析して初めてアクセルとブレーキのバランス、踏むタイミングを決めることができる。したがって、GoToキャンペーンの前倒しは、定量的な分析の結果にもとづいて決められたことではなかったことが本書で明かされている。

感染症の数理モデルの数学的な道具は微分方程式である。その微分方程式に肝心なのは実効再生産数Rを決定することだ。このRは1人の感染者が1日で平均何人に感染させるかという値で、Rが決まることで今後の感染者数を予測することができるようになる。そのためにはPCR検査の報告日だけでなく、発症日、そして特に感染日を知ることが重要になる。保健所での入力作業の負荷が増えるにつれて、未入力のデータが増え、分析を難しくしていたことが本書で説明されている。

また、分析のためデータは東京都から一般公開されたものも使用する。このデータを使って分析した結果やその根拠を発表するときだ。一般公開されているデータであるにもかかわらず、そして2次加工したデータであっても公式の場で使用するときは東京都の許可が必要になるのである。その許可が下りずに、西浦先生は分析内容の正当性を示すことができなかった。

国内での感染が始まったばかりの頃の分析には、統計学が必要になる。感染者数が少ないうちは特に推定値に誤差が生じるからだ。ダイヤモンド・プリンセス内の感染者数の分析、国内での市中感染者数の推計に統計学がどのように活用されていたかが本書で説明されている。

さて、ワクチンについてだが、医療従事者と高齢者を優先的に接種することが決まっている。これは海外でも同じだそうだ。この優先順位について僕は疑問をもったことがある。感染予防のためのワクチンは感染拡大の要因となる若い世代から接種したほうがよいと思ったからだ。

本書にはワクチン接種の優先順位についても「対談 新たな波に立ち向かうために―西浦博×川端裕人」のところに書かれていた。第1波のときのように感染が若い世代に広がっているときは若い世代の接種を優先しがほうがよいし、第2波のケースでは高齢者の接種を優先したほうがよいことを西浦先生は述べている。しかし、最終的には医療従事者と高齢者を優先的に接種するのが正しいと結論付けていた。


どのような雰囲気の本なのか、最後に本書からの引用を載せておく。ぜひお読みになっていただきたい。

(以下、本文より)
・・・川名先生から、ぽんとメールが届いたんです。僕が頑張っているのを川名先生は分かっているし支持していると。そして「西浦さんが発信する情報は専門家会議のクレジットですから」とまでおっしゃってくれました。つらい時には1人このメールを見て泣いたこともあります。
 僕自身が折れると終わりだから、科学者は勇気を持って科学的事実を正確に伝えるのが間違っていないのなら、頑張らないといけないし、これはまだ第1波だから序の口だと思って、継続して頑張ってみようと、心新たにできました。感染症の数理モデルで定量的なものだったら、あるいは、データ分析をさせたら、日本では自分の右に出る者はいないだろうと自分自身を鼓舞します。ニコニコ生放送で何万人というような人が参加する中でプレゼンをするわけですが、自信を持ってやろうと決意しました。僕がこけると、感染症数理モデルをやっている同志や研究室の弟子たちがこける。僕がここで敗けたり折れたりするわけにはいかないのです。

・・・僕には脅迫状が届き、生まれて初めて殺害予告を受けました。一番緊迫した頃には、厚労省と新橋のビジネスホテルの間を歩くだけなのに警察の方に護衛してもらったことすらありました。

・・・厚労省とも仲違いしそうな時、尾身先生がテーブルをたたきながら、先生より若い我々専門家全員を叱るように仰ったんです。
「厚労省がちびちび書き換えるとか、そんなしょうもない話はどうだっていいんだ。責任取れと言われるんだったら俺が取るぞ。お前たちはそんなもんなのか」「今は流行しているんだから、流行を止めるんでしょうが。お礼参りは終わったらちゃんとやるから、今はとにかく流行を止めるぞ」と言いながら、目に涙をためてみんなをいさめてくれたことがありました。


以下は、西浦先生が分析に使用された数理モデルを解説しているページだ。数学が得意な方はお読みいただきたい。西浦先生による解説を読めるほか、感染シミュレーションを行うことができる。

感染症数理モデル;Sequential SEIR model
https://biostat-hokudai.jp/seirmodel/

SEIR モデル シミュレータ
https://covid19-seir-model.netlify.app/

新型コロナウイルス各国施策分析レポート4:SEIRモデルによる各国施策の分析
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20200424.html

Shiny で SEIR モデルを表示する
https://qiita.com/ekzemplaro/items/51b96c09c9374f69c2b7

感染症流行を予測する数理モデル SIR|微分方程式によるシミュレーション
(SIRモデルはシーケンシャルSEIRモデルよりも初歩的、単純なモデルで1927年、生化学者ケルマック(1898-1970)と軍医・疫学者マッケンドリック(1876-1943)によって発表された。)
https://club.informatix.co.jp/?p=140


関連動画:

以下は、本書で解説されている公式の会見、勉強会の動画である。

北大・西浦教授「8割接触削減」評価の根拠について説明(2020年4月24日)
YouTubeで再生


緊急勉強会 北大の西浦教授に実効再生産数(Rt)を使ったコロナ対策について聞く(2020年5月12日)
YouTubeで再生



関連記事:

発売情報:感染症の数理モデル(増補版):稲葉寿
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6975897873712a3ea674752a20adba8a


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理論疫学者・西浦博の挑戦-新型コロナからいのちを守れ!」(Kindle版


はじめに 西浦博

第1章 はじまりの時

プロローグ 武漢の生鮮市場から解き放たれたもの

- ダイヤモンド・プリンセス部屋にて
感染症の数理モデルという研究分野/最初の数百人を徹底的に分析するFF100のキックオフ/大臣との面会、そのまま”ダイヤモンド・プリンセス部屋”へ/下船オペレーションの始まり/ダイヤモンド・プリンセスを分析する/カーニバル社を訪ねる/大臣から電話がかかってくる/緊急対応センターを作ろう!

 コラム
 ■ AMEDの研究費
 ■ ダイヤモンド・プリンセス
 ■ 専門家会議(とクラスター対策班)

- クラスター対策班ができた!
家庭が大変なことになった/マニラに行かなければならなかった/厚労省のビルでやるのがいいのか/日本で初めて数理モデルが信頼を得た/王将の儀式

 コラム
 ■ クラスター対策班のメンバーたち

- クラスターの共通項を探る「3密」の誕生
「おかしいな、おかしいな」と押谷先生が言う/シンガポールや香港のデータ/もわっとしている?締め切った空間?/「3密」の誕生/このまま制御できるのか

 コラム
 ■ 再生産数Rと二次感染の分散の大きさ
 ■ 西浦研究室の論文

第2章 クラスターを追え!

- 北海道が危ない!
いきなりたちはだかった壁/北海道で940人がすでに感染の可能性/独自の緊急事態宣言へ/道知事に会う/データ入力が限界に~ボランティア版の誕生

 コラム
 ■ FETP
 
- オーバーシュートの危機が迫りくる―コミュニケーション問題の始まり
イタリアの衝撃/クラスター対策への批判が高まる/脇田座長の単独会見/国際協力ボランティアの知られざる「帰国オペレーション」/イベントの自粛要請が解除される/オーバーシュートの誕生/病床が足りなくなる!/父権主義か、意思決定支援か/3連休、お花見、ツイッター/NHKはとりあげてくれない/医師に訴える

 コラム
 ■ 日本独特のクラスター対策
 ■ 3月19日の専門家会議
 ■ コロナ専門家有志の会
 
- 東京、大阪、そして夜間の休業要請へ
モバイル空間統計から東京と大阪の危機を知る/必要な病床数予測を伝える/大阪は大きく反応する/東京都とは壮大なやりとり/「PCR検査が少ない!」の大合唱/都内でリンクが追えなくなる/「先生がこれを発表してくれますか?」/夜間の外出自粛へ

 コラム
 ■ 数理モデルの予測とコミュニケーションのむずかしさ
 ■ 志村けんの死

第3章 緊急事態と科学コミュニケーション

- 病院クラスターが止まらない
クラスター対策と緊急事態の分水嶺/押谷先生が炎のように/第二のダイヤモンド・プリンセス?/ノーマークの病院にも広がる/東京都医師会に突撃してお願いする

- 緊急事態宣言の舞台裏で、科学コミュニケーションの場が準備される
専門家有志の会でのコミュニケーション/リアルタイム予測で情報を伝える/パニックを起こさないために/メディア勉強会の始まり/クラスター対策班が「声」を持った

 コラム
 ■ メディア勉強会とネットでの発信をめぐって
 
- 8割と42万人
最低7割、極力8割/「42万人」という被害想定/「重たい風邪」ではない/ピュアにやりすぎている/励ましのメッセージと科学顧問

 コラム
 ■ 西浦の乱
 ■ 科学コミュニケーションへの努力
 
- ニコニコ生放送で実効再生算数ナイト
「西浦さん、大丈夫ですか?」/実効再生産数Rについてならすぐ話せます/物理学者たちのモデルを見る/データに限界があった/感染時刻を逆計算していた/川名先生のメール。勇気をもってニコニコ生放送へ

 コラム
 ■ 3万2000人の夜
 
- 「経済の専門家はいないんですよ」と尾身先生は言う~経済と科学の二項対立
「とにかく解除したい」というプレッシャー/経済と流行対策の二項対立/政治家は責任を取りたがらない/一線を越えないポリシー/経済対策の大臣が感染症対策をするおかしさ/経済の専門家が来たものの...

 コラム
 ■ 感染症、経済、差別。そしてメディアにできること
 
- 専門家会議が卒論を書いた~科学者から政治家へのフィードバック
尾身先生が目に涙をためてテーブルを叩く/尾身先生のこと/日本記者クラブでの「卒論」発表/一つの区切り

 コラム
 ■ 卒業会見と新たな体制
 
終章 ひとときの平穏の中で
日常が戻ってくる、移動が再開する/国境があぶない、再び/「接触削減は必要なかった論」が台頭する/えぐいくらいの研究を

 コラム
 ■ ふたたび研究を推し進める~注目すべき4つの論点
 
対談 新たな波に立ち向かうために―西浦博×川端裕人

あとがき 川端裕人

物理学者のすごい思考法: 橋本幸士

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物理学者のすごい思考法: 橋本幸士

内容紹介:
物理学者の頭のなかは、どうなっているの?
物理学者は研究だけでなく、日常生活でも独自の視点でものごとを考える。著者の「物理学的思考法」の矛先は、日々の身近な問題へと向けられた。
通勤やスーパーマーケットでの最適ルート。ギョーザの適切な作り方、エスカレーターの安全性、調理可能な料理の数…。
超ひも理論、素粒子論という物理学の最先端を研究する著者は、何を考えて学者になったのか? レゴを愛し、迷路づくりに勤しむ少年時代。数学の才能の無さに絶望し、物理学の面白さに開眼した大学時代。思考に集中すると他のことが目に入らず、奇人扱いされる研究者人生…。
超ひも理論、素粒子論という物理学の最先端を研究する学者の発想は、日常をまさに異次元のものにしてしまう。
面白く読み進めながら物理学の本質に迫る、スーパー科学エッセイ。

2021年2月5日刊行、224ページ。

著者について:
橋本幸士(はしもと こうじ)
HP: http://kabuto.phys.sci.osaka-u.ac.jp/~koji/welcome.html
Twitter: @hashimotostring
大阪大学大学院理学研究科教授。1973年生まれ、大阪育ち。専門は理論物理学、超ひも理論、素粒子論。1995年京都大学理学部卒業、2000年京都大学院理学研究科修了、理学博士。東京大学、理化学研究所などを経て現職。著書に『超ひも理論をパパに習ってみた』『「宇宙のすべてを支配する数式」をパパに習ってみた』、共著に『ディープランニングと物理学』(すべて講談社)など。


理数系書籍のレビュー記事は本書で451冊目。

絶賛発売中の人気本の紹介記事。一般の人には想像ができない理論物理学という超難解な研究を仕事にしている人が書いた本であるにもかかわらず、今日現在Amazonでは総合部門で229位という人気ぶりである。



気軽に読める新書版のエッセイ集。コロナ禍で鬱々と過ごしている理系人に清涼感を与えてくれる楽しい本だ。著者は素粒子論、超弦理論研究の第一人者のおひとりの橋本幸士先生だ。書き溜めていたエッセイを本書で一気に放出された。

「物理学者のすごい思考法」というタイトルは、理系人である先生が日ごろ感じ、考えていらっしゃることを内側から紹介したものであることがわかる。それを外側から観察して書けば「理系男性のココが面白い」や「理系クン (文春文庫):高世えり子」ということになるのだろう。

本編は3章で構成されている。

第1章 物理学者の頭の中
第2章 物理学者のつくり方
第3章 物理学者の変な生態

楽しい話ばかりであるが、自分の思い出話を交えつつ、特に気に入ったエピソードにフォーカスして感想を書いておきたい。

「肉」の文字の美

左右対称の形をした漢字が多いことは知っていたが、それが地球上に重力があるためだという発想に脱帽した。「木」や「林」、「森」などは象形文字だから特に「重力説」がうなづける。象形文字を起源とせず、左右対称の漢字にまで無意識に重力の影響が及んでいるのかなと思った。

磁性と人生

出発地と目的地が決まっていると最短ルートはひとつに決まる。ところが行きと帰りでは違う道筋を通っていることに気づいた先生は、それは磁性のもつヒステリシス的な行動現象ではないかと発想された。僕も家から地元のバス停まで行き来するとき、行きと帰りでは違う道を通っている。それはいびつなヒステリシス曲線の形をしていた。考えてみたところ行と帰りのルートが違う理由は2つあることがわかった。ひとつめの理由は行き道の道筋は幼稚園児だったころの通園路であり、無意識にその方向へ歩いていたこと。そしてふたつめの理由は行き道をそのルートに選べばバス通りに沿って歩かなくてすむからだ。帰り道として選んでいる道はバス通りに沿っている。その道を行き道で歩くとすぐ横をバスが通り、バスに追いつけずに乗り遅れる悔しさを感じることがたびたびあったからだ。帰り道であれば、バス通り沿いを歩いてもバスの運行を意識せず、最短距離で帰宅できる。このエッセイを読んでそのようなことを考えた。

たこやき半径の上限と、カブトムシについて

このエッセイ、オチが最高に面白かった。どのようなオチかは、書かないでおこう。「オチが面白かった」とツイートしたところ、橋本先生から「とねさん @ktonegaw は「直径」派ではなく「半径」派と見ました」という返信をいただいた。なるほど、そうである。そして直径を意識するのは、モノの差し渡しを考えるときであり何か実体があるときだ。工学系、機械系でよく使う。それに対して半径は実体がないものについて考えるときにも使う。物理学や数学では半径を意識することが多いのは実体がない対象を扱うとき、実体としては存在しない円の中心からの距離を考えるときが多いからだと思った。

レゴと素粒子物理

子供の頃のことを懐かしく思い出した。1ドル360円の固定相場制から変動相場制に移行したのは1971年、僕が小学3年のときである。そのころ、外国製品はとても高価でレゴも高級品だった。だから庶民は日本製のダイヤブロックしか買えなかったのである。僕もダイヤブロックで遊んだうちのひとりだ。

役に立ちますか?

理論物理学上の発見が人類の生活に役立つまでには、たいてい数十年から数百年かかるものだ。まったく役に立たずに終わってしまうものだってある。このエッセイはオチが気に入ったうちのひとつ。古典物理の中には生活の役に立つものがいくつもあるのだと気づかせられた。

別人格の自分に出会う

日本語で聞かれたときと英語で聞かれたときでは、違う返事やリアクションをすることに先生は気づかれた。日本文化と英語圏の文化の違いがその理由として考えられる。これは僕にも言えることだと思った。英語で返事をするとき、話すときのほうがより積極的になっていることを日ごろから感じている。

危険な物理

何の話かと思ったら、運転中に渋滞に巻き込まれたとき「この渋滞はなぜなのか」とつい考えに気を取られてしまうから危ないという話だった。空想や思考に耽りがちなのが物理学者、理系人である。僕もそれは同じで、運転中に他のことに気を取られてしまうことがたまにある。よほど注意していても、避けられない事故はあるわけだし、自分で運転するのはやめようと思った。すでに6年前、車は手放している。

ニンニクの微分

ニンニクに限らず、丸いものの皮むきは微分なのだという発想が面白いと思った。皮をむいたニンニクを右に置き、むいた皮は左に置く。すると右側のニンニクの山に比べて、左側の皮の山は、大きさがほぼ3倍になる。それはどうしてか?からくりを理解したとき、目から鱗が落ちた。

読む人によって、ハマるツボはそれぞれだと思う。ぜひ、お読みになってご自身の発想と重なる部分、当てはまらない部分を確認してみてほしい。

【本文より】
皆さんの周りでは、いろいろな問題が日々発生しているでしょう。そして、解決に頭を悩ませているかもしれません。物理学は、現象に現れる問題の原因を見つけ、問題が起こる仕組みを論理的に考え、そして問題のないシステムを提案する学問です。ですから、物理学でふんだんに用いられる物理学的思考法が、皆さんのお役に立つかもしれないのです。
皆さんは、発想の転換を必要としているかもしれません。物理学的思考法は、現象をまったく異なる視点から見る、ということを含みます。この本で取り扱っている「異次元の視点」が生む発想の転換は、皆さんの人生を豊かにしてくれるかもしれません。
皆さんが教育に関心をお持ちなら、お子さんの論理力や理系力を教育しこれからのビッグデータの時代を生き抜いてほしいと思われるでしょう。科学者になりたいと希望する小学生も大変多いようです。この本には、私個人がどうやって科学者になったか、つまり物理学的思考をどう培ってきたか、が書かれています。


橋本幸士先生が出演されている動画:

物理学者はいかにして世界とつながるのか


高校理科から最先端研究へ~つながるサイエンス~「物理-素粒子編」

PART2: 超ひも理論: YouTubeで再生
PART3: 理論物理学者の真剣議論: YouTubeで再生

コズミック フロント☆NEXT 「宇宙が“真空崩壊”!?宇宙の未来をパパに習ってみた」

出演:松本穂香、橋本幸士
語り(語り手):萩原聖人 、中條誠子
声の出演:植竹香菜 、宗矢樹頼
2017年10月5日放送
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017077922SA000/


関連記事:理系人をテーマにした本と記事

理系バカと文系バカ: 竹内薫著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f2c954eee4759584b971f435c82b66c2

理系クン (文春文庫):高世えり子
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d773113fd49fa599c3bbd9d2f9739b69

理系男性のココが面白い
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/570beb9d2db2dd05647d5006e654fad5


関連記事:橋本幸士先生の著書と記事

深層学習と時空:橋本幸士先生 #MathPower
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bf7e7e661246866943c765bdd371248f

ディープラーニングと物理学 原理がわかる、応用ができる:田中章詞、富谷昭夫、橋本幸士
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5edea35c359ead77cf30915e9dd28bce

物理学者,機械学習を使う ー機械学習・深層学習の物理学への応用ー
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/069b899edd696e92ffcaae55e348397e

超ひも理論をパパに習ってみた: 橋本幸士
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/05d22e7299a4b30b24efb05cf01176a2

「宇宙のすべてを支配する数式」をパパに習ってみた: 橋本幸士
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f63919605c4e5556fb0d12171ce458e8

橋本幸士×板倉龍「Newton超ひもナイト」@ 下北沢
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/567088304d1f2dca5349826c561adb3e

Dブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像:橋本幸士
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e18ed1e00f1c877cf3e7926a564f01ae


 

 


物理学者のすごい思考法: 橋本幸士


はじめに

第1章 物理学者の頭の中
エスカレーター問題の解/無限の可能性
数字の魔力/ギョーザの定理
経路積分と徒歩通勤/スーパーマーケットの攻略
時間は2次元?/近似病
「肉」の文字の美/磁性と人生
かっこいい専門用語/グネグネの建物
カオス的人生/玄米とカニ
たこやき半径の上限と、カブトムシについて
物理学者の思考法の奥義

第2章 物理学者のつくり方
数学は数学ではなかった/レゴと素粒子物理
迷路を書き続ける/近眼の恩恵
人生のおける数字/黒板の宇宙
神と触れ合う時/役に立ちますか?
孤独からの世界/シャーロック・ホームズ
鉄道から宇宙へ/視覚を操って宇宙を感じる
パイソンとのお付き合い/科学は美しいのか?
幾何を感じたい欲求/別人格の自分に出会う

第3章 物理学者の変な生態
奇人変人の集合体/理学部語
雲/かな漢字変換
歩数計を欺く/踊る数式
危険な物理/ニンニクの微分
提灯の物理/20年ぶりのパズル
古代文明と時間旅行/ハンカチのありか
整理整頓をしてしまう/緑の散歩道と科学
研究という名の麻薬

コラム1 素数の見分け方
コラム2 経路積分
コラム3 17種類の素粒子
コラム4 素粒子論とファインマン図

問診表
さらに思考法を深めたい方へ
おわりに

ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環: ダグラス・R. ホフスタッター

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ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環: ダグラス・R. ホフスタッター

内容紹介:
世界を揺るがした衝撃の超ベストセラーは「本当は何を書いた本なのか?」多くの読者を悩ませ楽しませてきた問いに、ついに著者自ら答える序文収録。20周年記念版。

『ゲーデル、エッシャー、バッハ - あるいは不思議の環』(ダグラス・ホフスタッター著、野崎昭弘、はやしはじめ、柳瀬尚紀 訳、原題は Gödel, Escher, Bach: an Eternal Golden Braid)は1979年に米国で刊行された一般向けの科学書。単に GEB とも呼ばれる。 1985年に白揚社から日本語訳が発行され、1980年代後半から90年代前半にかけて日本でも小ブームが起きた。1980年ピューリッツァー賞受賞。 GEBの内容を一言で説明するのはむずかしい。中心となっているテーマは「自己言及」だが、これが数学におけるゲーデルの不完全性定理、計算機科学におけるチューリングの定理、そして人工知能の研究と結びつけられ、渾然一体となっている。エッシャーのだまし絵やバッハのフーガはこれらをつなぐメタファーとして機能している。ホフスタッター自身、本書の中で「これは自分にとっての信仰告白である」といっているように、おそらくこの本は特定の概念を読者に説明するといった目的のものではない。むしろ人間は自分自身に興味をもつことを永久にやめられないであろうという、ホフスタッターの信念をひたすら熱狂的に記述したものとなっている。 GEBでは自己言及を人間の知性のもっとも高度な形態として位置づけており、それゆえに人工知能の研究を礼讃している。また随所に自己言及のパラドックスや言葉遊び、数学パズル、そして禅などがちりばめられており、この本自体も自己言及をおこなっている。このようなスタイルは当時の計算機にかかわる研究者やプログラマーから生まれたハッカー文化に類似している。

2005年10月1日刊行、763ページ。

著者について:
ダグラス・ホフスタッター: ウィキペディアの記事
1945年2月15日生まれ。ニューヨーク生まれのアメリカの学者。2014年現在、インディアナ大学ブルーミントン校教授。専門は認知科学および計算機科学。ホフスタッターは多くの一般書を執筆しており、その中でも特に有名なのが『ゲーデル、エッシャー、バッハ - あるいは不思議の環』(1979)。 ホフスタッターは1980年に同書でピュリッツァー賞の一般ノンフィクション部門及び全米図書賞を受賞した。この本は人工知能の問題を高エネルギー物理学、音楽、芸術、分子生物学、文学、といった多彩なテーマに絡めて記述し、多くの人々の興味を惹いた。この本がきっかけになって、人工知能分野へ進むことを決めた学生も大勢いると言われている。

翻訳者について:
野崎 昭弘: ウィキペディアの記事
はやし はじめ: ウィキペディアの記事
柳瀬 尚紀: ウィキペディアの記事


理数系書籍のレビュー記事は本書で452冊目。

僕が大学を卒業したのは1987年のことだ。数学(応用数学)を専攻していて4年生のときから週1で内定していた会社で機械翻訳システムのソフトウェア開発のバイトや家庭教師をして過ごしていた。今回紹介する本の初版はその2年前の1985年に刊行されていて、およそ35年ぶりに20周年記念版(2005年刊行)を読み直してみた。


本書の概要

本書は数理論理学とソフトウェアのアルゴリズムを主軸に置き、形式的で厳密なシステムを考察することで、人間が意識を持ったり思考したり、意味や概念をどのように獲得しているのかを解明しようとする壮大な試みを紹介する本である。生物の設計図としてのDNAの4種類の塩基配列は、ありとあらゆる生物の根源が本質的には分子という化学物質に帰着されることを意味している。脳をはじめあらゆる器官、臓器の設計図もDNAの塩基配列として書かれている。DNAという無生物から人間という生物へ至るしくみは、何層もの階層の間で行われている働きにより理解されるはずだが、数理論理学をもとにした形式的なシステムの演繹によって、それを説明し、模倣することができるのだろうか。

著者のホフスタッターはバッハの音楽、エッシャーの絵画をこよなく愛する科学者だ。自身の研究テーマの認知科学と計算機科学を結びつけてこの問題を解決しようと試みる中で、現代数学、数理論理学に大きな問題として立ちはだかった「ゲーデルの不完全性定理(1930年)」がひとつのカギを握っていることに気がつく。わかりやすいが不正確な言い方になるが、これは「閉じた数学理論の体系には、それがどのようなものであっても必ず穴があり、完全なものにはなりえない」ということを証明した定理である。この定理が発表されたことで数学そのものへの信頼を根底から揺さぶられることになった。

論理的な推論を無限回繰り返すこと、論理式自体をその論理式の中で言及すること(再帰的なプロセス)により、そこに「意味」や「意識」が生まれることを彼は本書で示している。再帰的とは自己言及的ということであり、ゲーデルの不完全性定理にも、その証明の中に自己言及が含まれている。再帰性とは、たとえばテレビを見ている自分が映っているテレビ番組を見ている自分のことであり、このような入れ子構造の階層の繰り返しは無限に続いていく。(再帰的なアルゴリズムは「階乗を求めるプログラム」や「クイックソートのプログラム」に使われることがある。)そしてその「再帰的な繰り返し」により生じる環(ループ)には、交差したよじれが生じているのだという。このよじれた環の構造は無限に続く階層を構成しており、蟻の群れがコロニー(巣)を建設する過程、DNAの複製プロセス、脳が意識や概念を獲得する過程など、複雑な生命現象を彼が理解しようとする上で欠かせないものとなった。

ひとつ例をあげれば「おばあさん」という概念は、脳の中にどのように格納されているのだろうか?あなたが「おばあさん」を思い浮かべるとき、脳の中にあるシナプスのうちどの部分が活性化するのだろうか?また、構造がほぼ同型と考えられる私の脳は「おばあさん」を思い浮かべるとき、あなたの脳と同じ部位のシナプスが活性化するのだろうか?電気信号を伝達する複雑な脳の回路の本質は「物質」である。物質がどのように概念を格納しているのかは、まだ解明されていない。しかし、著者は果敢にこの問題の解明に取り組んでいる。

彼はエッシャーの絵画や、バッハの「音楽の捧げもの」という曲の中にも「よじれた環の構造」、「無限に繰り返される再帰的な構造」があることに気がついた。本書は数理論理学者ゲーデル、画家のエッシャー、大作曲家バッハの頭文字をとって「GEB本」と呼ばれている。著者は理論を構築しながら、数理論理学、エッシャーの絵画、バッハの曲をかわるがわる紹介することで、同じ構造が3つの世界に見て取れることを読者に示している。

また、各章には「アキレスと亀」が登場する著者オリジナルの対話が載せられている。「飛ぶ矢は止まっている」という古代ギリシアの自然哲学者ゼノンが主張したパラドックスに登場するアキレスと亀だ。本書には加えて「蟹」も登場する。論理学が好きな人にはこの3者による対話がたまらないだろう。蟹はバッハの「音楽の捧げもの」に含まれている「蟹のカノン(YouTubeで再生)」からやってきた蟹だ。バッハの天才ぶりの一端を感じさせてくれるのがこの曲である。そしてアキレス(Achilles)、遺伝子(Gene)、蟹(Crab)、亀(Tortoise)の頭文字がAGCTというDNAの4つの塩基、アデニン、グアニン、シトシン、チミンの頭文字になっているのは偶然ではない。


昔と今のコンピュータに対するイメージ

たいていの人にとってパソコンはオフィスソフトを使ったりオンライン会議をするために使う事務用品のひとつであり、大型コンピュータの「富岳」はコロナの飛沫感染をシミュレーションしたり気象予測をするための超高速計算機である。コンピュータのことを考えるとワクワクしてくるという人は、ごく一部に限られていることだろう。

本書の初版を読んだ1986年頃は違っていた。国産初のパソコンNEC PC-8001が発売されたのは1979年であり、漢字が自由に扱えるようになったPC-9800シリーズは1982年から販売されていた。本書の日本語版の初版が刊行された1985年はWindows以前のMS-DOSパソコンとしてこのような機種が売られていた時代である。日本語ワープロソフト「一太郎」バージョン1が発売されたのも1985年だが、ほとんどの会社ではワープロ専用機が使われていた。また、プログラミングするために無料で使えるのはBASIC言語と機械語だけで、C言語やFortranのコンパイラは5万円以上していた。それにもかかわらずパソコンはヒットして爆発的に売れた。それは粗いドット絵で表示されるゲームをするために買った人が多かったからである。

当時、大型コンピュータのほうは、まだまだイメージしにくいものであり、神とは言わないまでも、SF映画の『2001年宇宙の旅』にでてきた「HAL 9000」のように意識をもつ何かが宿っていてもおかしくない存在だったのが1970年代から1980年代の感覚である。しかし現代は違う。スパコンに飛沫感染シミュレーションをさせて大々的に報じたことで、一般の人が最先端のテクノロジーに抱いていた夢や期待、その神秘的なイメージは大きく損なわれてしまったと僕は思う。

これが当時の一般人のコンピュータに対して抱いていたイメージだったわけだが、機械翻訳システムの開発者を志していた僕は少し違っていた。アルバイト先では大型のシステムを使うことができ、石田晴久先生がUNIXやC言語の入門書を刊行していた時代でもあるからだ。どのようにすればコンピュータソフトが翻訳をすることができるようになるのかというテーマは僕の興味の中心であり、インタープリタやコンパイラのしくみだけでなく、人間の知性を超える人工知能への夢を掻き立てる本書は、モチベーションを高めてくれる本だったのだ。


原書が書かれたのは1970年代

けれども、翻訳のもとになった原書が刊行されたのは1979年である。ホフスタッター氏が本書を書き始めたのは1973年、そして集中的に書いていたのは彼が30歳を迎えた1976年から1979年にかけてのことだ。大型計算機を使ったとしても、僕が読んだ80年代後半とはコンピュータやソフトウェアでできることは制限されていた。人工知能の歴史にあてはめると第1次ブームと第2次ブームの間の冬の時代である。本書で紹介されている人工知能プログラムは第1次ブームの頃のものがほとんどんだ。本書の最後のほうで「未来のコンピュータについての10の質問」に著者は回答を与えている。その中で「世界チャンピオンを打ち負かすチェスプログラムは将来開発されるか?」という質問に著者は否定的な回答をしている。その後、世界チャンピオンを打ち負かすソフトウェアは、チェスでは1997年に登場し、囲碁では2016年、将棋では2017年に登場している。

とはいえ、本質的には何も変わっていないのだ。コンピュータであるかぎり昔であっても現代であっても避けられない限界がある。それはどのようなシステムにも数理論理学に裏打ちされたアルゴリズムに従っているという縛りがあるからだ。


万能なアルゴリズムは可能か

ゲーデルの業績のひとつに「ゲーデル数(1931年)」がある。それは形式的な論理式、演繹はすべて数に置き換えることができるというものだ。「すべてのAはBである」、「Aの倍数から2を引いたものはBに属さない」、「AにBの操作を行って得た結果をCに加える」など、あらゆる規則は、A、B、Cなどの対象だけでなく、操作(演算)を含めて符号化された自然数で置き換え、それらの算術演算(加減乗除)に写像できることをゲーデルは証明した。つまり、すべての形式的な論理演算、演繹は数論(整数論)という数学の問題に帰着されるのである。

コンピュータは0と1の二進数の計算しているというのはよく聞くフレーズだが、これには深い意味がある。0と1という数字は数であるとともに、その演算は2進数の計算をするAND回路、NOT回路などの0と1の入力から0または1を出力するゲート回路によって実現され、計算操作自身にも2進数を割り当てることができる。Excelのような計算を行うソフトだけでなく、YouTubeやTwitterやInstagram、Facebook、Amazonなどのショッピングアプリ、初音ミクのようなボーカロイド、シンセサイザー、OSやコンパイラ、Mathematicaのような数式処理ソフト、Google翻訳のような自然言語の翻訳ソフトなど、この世のありとあらゆるソフトウェアは2進数の算術だけで実現されているのだ。ピタゴラスが発した「万物は数である」という言葉を思い起こさずにはいられない。

2進数の算術を具体的に実現するのがアルゴリズムである。そしてゲーデル以後に証明された「チューリングの停止性問題(1936年)」がアルゴリズムの可能性に立ちはだかった。正しい論理式を使った演繹を繰り返していけば、どのような問題でも解けるようになるかもしれないという万能なアルゴリズムへの期待は、ゲーデルの不完全性定理(1930年)だけでなく、停止性問題によっても否定されてしまったからだ。チューリングが証明したのは「任意のプログラムが停止する(無限ループしない)ことを判定するようなプログラムは計算可能でない」ということである。コンピュータにいくら計算させようと、そしてアルゴリズムをどのように工夫しても有限時間では解決できな問題が存在するということが証明されたのだ。

スパコンの富岳であれ、量子コンピュータであれ、ありとあらゆるコンピュータはゲーデルの定理とチューリングの定理の2つの縛りを宿命として背負っている。


現在のAI技術

それにも関わらず、人工知能は劇的な進化をとげ、現在は第3次ブームの真っ最中である。その発端は2016年から脚光を浴びているディープラーニング(深層学習)というアルゴリズムであり、ビッグデータを扱えるようになったからである。この2つのおかげでゴッホやゴーギャンの新作絵画を描かせたり、初期のガンを発見させたり、3D CGの技術を援用することで美空ひばりを舞台に再現してコンサートを開くことができるようになった。AIの技術はそれだけでなく自動車の自動運転から犯罪捜査まで、ありとあらゆる方面での可能性が有望視されている。今では髭を剃るために使う電気シェーバーに搭載されているほどAIは普及している。(参考ページ

しかし、第3次ブームを支えているAI技術は、圧倒的な計算速度の向上と膨大なデータ量の利用が可能になったことのおかげであり、1970年代に本書の著者が目指していたのとはまったく異なる「力技」、「力任せ」が実現できるようになったからに過ぎない。人間が物事を認知する仕組みが解明されていないという点では、昔も今も同じで、本書が書かれていた第1次ブームの頃の方法論とは論理的な飛躍がある。この飛躍はブレイクスルーであるが、それと同時に人間による理解を阻むという2つの側面をもっている。

また、昨年のノーベル化学賞はゲノム編集技術の開発に対して授賞されたことは記憶に新しい。(参考記事:「2020年 ノーベル化学賞はシャルパンティエ博士、ダウドナ博士に決定!」)人間のすべてのDNAの解析が可能になっただけでなく、編集できるようになったのである。しかし、本書の著者が目指しているようにDNAの塩基配列と生命現象との関係の謎は、ほとんど解明されていない。そのスタートラインに立っているという状況は昔も今もほとんど変わっていない。

今回読んだ20周年記念版が刊行されたのは2005年、すでに16年経っている。(20周年記念版の原著は1999年に刊行されているから22年経っている。)古い本であるとはいえ、語られていることの本質は変わっていない。本書が今でも魅力にあふれ、深い思索をもたらしてくれる理由は、この本質の不変性にある。人間の知性や記憶の神秘、コンピュータや人工知能に関心がある方だけでなく、ソフトウェア開発に携わっているすべての人に読んでいただきたい本なのだ。ぜひ書店で手にとっていただきたい。


日本語、英語、フランス語版

勢いあまって原書とフランス語版も買ってしまった。いずれ読みたいと思う。知的なアナロジーや駄洒落、言葉遊びが満載の本書を訳した翻訳者の技量に驚くのが、もうひとつの楽しみ方である。このように高度な翻訳技術をもった翻訳者が活躍していたのが1980年代なのである。本書の訳者のおひとりの柳瀬尚紀氏は、20世紀最大の奇書「フィネガンズ・ウェイク」を和訳したことで知られている超一流の翻訳者である(参考記事:「フィネガンズ・ウェイク: ジェイムズ・ジョイス、柳瀬尚紀 訳」)

ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環: ダグラス・R. ホフスタッター
Godel, Escher, Bach: An Eternal Golden Braid: Douglas R Hofstadter
Gödel, Escher, Bach - Les brins d'une guirlande éternelle: Douglas R Hofstadter
  

3冊並べると圧巻だ。

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1985年版はとても安く買うことができる。本編は20周年記念版とまったく同じなので、お金をかけたくない方には1985年版のほうをお勧めする。

ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環: ダグラス・R. ホフスタッター

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不完全性定理を知るために

本書を読むために前提知識は必要ない。必要なのはある程度の忍耐力だけだ。しかし、読んだからといってゲーデルの不完全性定理が理解できるわけではない。不完全性定理を事前に知っておくと、本書の理解がずっと深まると思う。本書を翻訳した野崎昭弘先生が勧めているのは、この2冊である。

ゲーデルの世界―完全性定理と不完全性定理
ゲーデルは何を証明したか―数学から超数学へ
 

そして僕がお勧めするのは次の4冊だ。

不完全性定理とはなにか: 竹内薫」(Kindle版
数学ガール/ゲーデルの不完全性定理: 結城浩」(Kindle版)(紹介記事
今度こそわかるゲーデル不完全性定理: 本橋信義」(Kindle版
不完全性定理―数学的体系のあゆみ: 野崎昭弘」(Kindle版
   


関連動画:

日本語動画ではよいものが見つからなかった。英語の動画でお勧めのものを紹介したおこう。

You Are A Strange Loop(あなたは不思議な環である)


Limits of Logic: The Gödel Legacy(著者による講演)


Douglas Hofstadter on the Singularity(著者による講演)


GEB MIT(本書についての全7回の講義): プレイリスト


BWV 1079 - Musical Offering (Scrolling):J.S.バッハ『音楽の捧げもの』全曲


映画『エッシャー 視覚の魔術師』予告編



 

 


ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環: ダグラス・R. ホフスタッター


GEB20周年記念版のために
感謝の言葉
GEB概要

PART I: GEB

序論:音楽=論理学の捧げもの *三声の創意
第1章:MUパズル *二声の創意
第2章:数学における意味と影 *無伴奏アキレスのためのソナタ
第3章:図と地 *洒落対放題
第4章:無矛盾性、完全性、および幾何学 *小さな和声のための迷路
第5章:再帰的構造と再帰的過程 *音程拡大によるカノン
第6章:意味の所在 *半音階色の幻想曲、そしてフーガ演争
第7章:命題計算 *蟹のカノン
第8章:字形的数論 *無の捧げもの
第9章:無門とゲーデル

PART II: EGB

*前奏曲
第10章:記述のレベルとコンピュータ・システム *・・・とフーガの技法
第11章:脳と思考 *英仏独日組曲
第12章:心と思考 *アリアとさままざまの変奏
第13章:ブーとフーとグー *G線上のアリア
第14章:形式的に決的不可能なTNTと関連するシステムの命題 *誕生日のカンタータータータ
第15章:システムからの脱出 *パイプ愛好家の教訓的思索
第16章:自己言及と自己増殖 *マニフィ蟹ト、ほんまニ調
第17章:チャーチ、チューリング、タルスキ、その他 *SHRDLUよ、人の巧みの慰みよ
第18章:人工知能=回顧 *コントラファクトゥス
第19章:人工知能=展望 *樹懶のカノン
第20章:不思議の環、あるいはもつれた階層 *六声のリチェルカーレ

訳者あとがき・著者紹介
参考文献
索引

SHARP PC-1450 (1985)、CASIO fx-860P (1987)

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昨日投稿した「ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環: ダグラス・R. ホフスタッター」という本の記事の中で、僕が大学生だった1985年頃に売られていたパソコンのことを紹介していた。今日はパソコンではなくポケコンである。大学の授業で使っていた機種(SHARP PC-1450)をヤフオクで見かけて懐かしくなり、思わず落札させていただいた。ヤフオクで購入したポケコンはこれで8台目だ。

ポケコンとはもちろんポケットコンピュータの略称である。関数電卓やグラフ関数電卓、プログラム関数電卓などは相変わらず新しい機種が発売されているが、ポケコンという製品は開発、製造されなくなってしまっている。

昨今はポケコンを知らない若者がいるに違いない。半分くらいの学生は知っているかな?理工系なら7割くらいの学生は、そういうものがあったということくらいはきっと知っているだろうと思い、4年前にツイッターでアンケートをとってみたところ37人の方から回答をいただいた。(アンケートのツイートを見る



なんと7割の理工系学生がポケコンを知らない。。。世代間ギャップはこのようなことにもあらわれている。

僕は数学を専攻(応用数学科)していたわけだが、ポケコンを買わされることになった授業が何なのかよく覚えていない。おそらく3年生のときの計算機演習だと思う。メインは大型計算機を使ったFortranの実習、そして付加的な形でポケコンを使っていたのだろう。ニュートン法による方程式の数値解を求めたり、行列の固有値や行列式の値を計算していたのだと思う。いや、ポケコンを使っていたのは1、2年生のときの必須科目だったのだろうか?記憶は飛んでしまっている。しかし、この機種が発売されたのは1985年であるし、PC-1450という型番はしっかり覚えているから3年生のときに違いない。

世の中にはレトロ電卓マニアがいるが、僕もその一人だ。特に関数電卓、プログラム関数電卓系が好みである。CASIOかSHARPかと言われればCASIO派である。それは大学生、いや高校生の頃から同じだった。

その流儀でいえば僕はCASIOのポケコンを買っていたはずである。しかし、「ポケコン(ポケットコンピュータ)の世界へようこそ!」という歴代のポケコン一覧がトップページにあるサイトを見て、なぜSHARPの製品を買ったのかわかった。それは「関数電卓モード搭載」という条件にこだわっていたからである。

1983年から1985年に発売されたCASIOのポケコンには関数キーがない。CASIOのポケコンで関数キーがつくのは1987年以降である。SHARPの製品にしたのは関数電卓っぽく使うことができるからだった。

マニアにはそれぞれこだわりがある。僕がポケコンに求める条件は、次のようなものだ。

- アルミ筐体で1970年代の電卓の雰囲気をかもしだしていること
- 薄型であること
- 関数電卓モード、関数キーがついていること
- 表示行数はできれば2行以上
- アルファベットキーの並びは長方形であること(このサイズだとブラインドタッチ入力はできないから、コンパクトな配列のほうがよい)
- CASIOかSHARPかについてのこだわりはない

これらの条件を満たしている製品はとても少ないことがわかる。SHARP PC-1450 (1985)CASIO fx-860P (1987)は、まさに僕の好みにマッチしているのだ。特にSHARPのほうは実際に使っていたから懐かしい。

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その後も新製品が発売されたが、機能と性能が向上していったものの、本体の厚みが1.5~2倍増し、筐体がプラスチックになったりして(僕にとっては)あまり魅力がなくなってしまった。

ポケコンとしたくくりで、最後に製品化されたのはSHARP PC-850V (2002)SHARP PC-850V (2009)である。BASIC言語のほかC言語でプログラミングできる機種だ。(両者は同じスペック、VSのほうは学校教育用で一般には販売されないモデル)数年前まで新品のものが販売されていた。現在は中古品しか買えない。

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操作マニュアル

懐かしいものをせっかく手にしたのだから、プログラミングして遊んでみよう。


SHARP PC-1450 (1985)

SHARPのポケコンのほうは、どうにか操作手順を思い出すことができた。ネット上には、この製品の操作を知ることができるマニュアルが公開されていることがわかった。ただし、後継機種(SHARP PC-1460 (1986))のもので英語版である。

SHARP PC-1460 manual
http://pocketcomputerworld.free.fr/Manuals/PC-1460.pdf

なお、Windowsで動作するエミュレータを見つけた。

エミュレータの公開ページを開く



CASIO fx-860P (1987)

後継機種のCASIO fx-890P (1992)の操作マニュアルは実物を持っている。プログラミングの箇所の説明は、ほぼそのまま使えることがわかった。あと、ネット上に公開されている後継機種のCASIO fx-870P (1992)のマニュアルも利用できる。リンクを開いて写真をご覧いただくとわかるが、fx-870Pやfx-890Pの本体はfx-860Pよりもだいぶ分厚い。

FX-870P/VX-4 マニュアル
http://luckleo.cocolog-nifty.com/pockecom/VX-4/HTML/fx-870p_manual_jp.html


 

 

CASIO fx-650M (199X): 事務用関数電卓?

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ポケコンを買ったせいでビョーキが再発してしまったようだ。(参考記事:「SHARP PC-1450 (1985)、CASIO FX-860P (1987)」)今日紹介するのは、関数電卓としては珍しい大き目サイズ、事務用電卓として使えるCASIO fx-650M (199X)だ。

PCやスマホで電卓が使えるとはいえ、事務用電卓は何かと便利である。手元に2つほど持っているが、数年ほど前からカシオのこの関数電卓が気になっていた。ヤフオクやメルカリではときどき見かけるし、それほど高額ではない。70年代、80年代のカシオ電卓の雰囲気を受け継いでいる。つい、ポチってしまったのが月曜のことだ。

中古市場ではレアでないにもかかわらず、ネット上にこの電卓の情報は少ない。発売年月がはっきりしないのだ。このURLから1995年のカシオ電卓のカタログがPDFでダウンロードできる。11ページ目にこの電卓が掲載されているから、この年には「使いやすい大きめサイズ」、関数の種類を抑えた7,900円の廉価版として販売されていたのだとわかる。10進だけでなく、2進数、8進数、16進数との相互変換、計算ができるのがこの電卓のよいところ。



日本で消費税が導入されたのは1989年だから、事務用電卓であれば税率キーがあってもおかしくない。しかし、この電卓には税率キーがない。

そして商品が届いた。内臓電池は消耗していて、開けてみたところ交換しにくいようだ。ソーラーパワーだけで動くからそのまま使うことにした。

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そしてさらに不思議に思ったのは関数の計算速度なのである。三角関数、指数・対数関数の計算は、それぞれ0.5秒ほどかかる。先ほどのカタログの同じページに掲載されている他の関数電卓だとそれらは瞬時に計算され、表示される。けれどもこの電卓の計算速度は、精度が2桁高いとはいえ1977年発売の手帳型関数電卓CASIO fx-2200と同じなのだ。(参考記事:「思い出の関数電卓(CASIO fx-2200、SHARP EL-586)」)

事務用電卓サイズの関数電卓は、他のメーカーも含め、僕が知る限り後にも先にもこのCASIO fx-600シリーズの2機種だけである。fx-650Mの前にはfx-600が販売されていたようだ。fx-650Mには科学定数キーがあり、fx-600には科学定数キーがない。それはここここに公開されているPDFファイルを見るとわかる。日本で販売されていたものには「M」がつき、海外で販売されていたものには「M」がついていないようである。英語の操作マニュアルは、ここからダウンロードできる。

CASIO fx-650 manual (English)
https://casio.ledudu.com/images/calculs/casio/manuels/fx650.pdf

このような大きめサイズ、事務用電卓っぽい関数電卓は、他のメーカーを含め、僕が知る限りではこの2機種だけである。今でも需要はあると思うし(ツイッターで検索してみる)、復刻版の「fx-650M II(仮称)」(できれば12桁)が開発、販売されるのを僕は期待している。そのように昨年ツイートしたところ、カシオ計算機の公式アカウントからは「開発に伝えました!」とご返事をいただいた。(ツイートを見てみる

しかし、この電卓が発売されたのはいつなのだろう?


 

 

東大の入試問題で学ぶ高校物理:吉田弘幸

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東大の入試問題で学ぶ高校物理:吉田弘幸」(詳細
『はじめて学ぶ物理学』演習篇

内容紹介:
東大の入試問題を教材に、考え方と探究方法を手ほどきします。
東京大学の入試問題は基礎を重視してつくられており、教材としても最適な素材である。「問題演習を通して高校物理の理論体系を実践的に学ぼう」との目的で,約50年間にわたる過去問から61題を精選し、[考え方][解答][探究]という形で丁寧に解説する。高校生・受験生にも、大人の物理ファンにも楽しめる好著が誕生!

2021年3月1日刊行、304ページ。

著者について:
吉田弘幸(よしだ ひろゆき): Twitter: @y__hiroyuki
科学的教育グループSEG講師。高校生と大学受験生に物理を河合塾、SEGなどで教鞭をとられている。数年前まで駿台で数学も教えていた。大磯小・中・高の出身。最終学歴は慶應義塾大学法科大学院。


理数系書籍のレビュー記事は本書で453冊目。

ツイッターでときどき交流させていただいている吉田先生の最新刊である。

僕が大学受験生だったのは1980年代前半だから、およそ40年前のこと。社会人になってからはセンター試験の問題はたまに確認していたが、2次試験の問題はまったくチェックしていなかった。細かいことはまったく忘れている。当時と今とはどう違うのだろう?これが本書を読んでみたいと思った1つめの理由だ。

物理に関してはその後、大学の物理学の知識が脳内に上書きされ、自分が学んだ高校物理はどのように解いていたのか思い出せない。微積は使っていないはずだから、今になって思うと入試の問題はどのように解いていたのだろう?

また「東大の物理」というジャンルの本は、すでに何種類か刊行されている。吉田先生は既刊の本とどのように差別化をしたのだろう?これは本書を読みたいと思った2つめの理由だ。そのような疑問を持ちながら、順番に読み進んだ。昔、受験生だったころの感覚は蘇ってくるのだろうか?

まず、「東大の物理」という言葉でイメージしがちなのは難問・奇問が多いのではないだろうかというものである。しかし、この予想は外れていた。物理にせよ数学にせよ難問・奇問が出題されていたのは、全国いっせいに行われる共通一次試験が行われる前の時代、1970年代までだ。それは団塊の世代が受験生だったころのこと。だから、そのような難問は1980年代初めに受験生だった僕は、過去問として見かけてはいた。

本書に取り上げられているのは、難問・奇問ではなく「易しくはない良問ばかり」である。そして、次に思ったのは問題が長文なので読解力が求められること、そして現実の自然現象や実験をテーマにした「役に立つ」問題がほとんどであることだ。これはそのまま大学の物理学の勉強に結びついていく。

また「解答・解説」の観点でみた本書の特徴は、入試のためだけでなく、大学に入ってからの学びを強く意識して書かれていることだ。理解を深めるために微積は必要に応じて使っていること、扱われているテーマに関する科学史を解説し、出題者の意図や気持ちがわかるように書かれている。

ただし、実際の入試では微積は使わないので、受験生は注意しなければならない。そのため高校物理では公式を覚えて、問題に対して適用する方法、パターンを習得することが求められている。本書での解説は、論理的な整合性を大切にし、微積を使っているわけだが、高校生や受験生が読むと高校物理では何が教えられていなかったがよくわかるはずだ。外側から高校物理を見ることになるからである。

僕は東大以外の国立大学を受験していたから、東大の物理の問題を詳しく学んだのは初めてだ。40年前にこれらの問題が解けたとは思えない。当時の感覚はすっかり忘れているから、今の僕が自力で解けるのはセンター試験レベルの問題なのだろう。しかし、いまじっくり読んでみると、良問ばかりであることはよく理解できた。受験生だけでなく社会人であっても大いに楽しめる本に仕上がっている。

本書は吉田先生の前著「はじめて学ぶ物理学 上、下 学問としての高校物理: 吉田弘幸」の演習書として書かれているのが大きな魅力である。これは「東大の物理」というジャンルの他の本にはない利点だ。

あと、本書は書店の学習参考書のコーナーにはほとんど置かれていない。一般の理学書のコーナーだけでなく、学習参考書のコーナーにも置くべきだと思う。全国の書店には、これをお願いしたい。

問題をひとつずつ解説するのは本書にお任せして、印象に残った問題について感想を書いておこう。

第1部 力学

力学に関しては、エネルギー保存則、運動量保存則、角運動量保存則が重要で、問題に対してどのように適用すればよいかを身に着つけるのが大切だということがとてもよく理解できた。

第9講 円軌道から浮き上がらない条件【1995年度第1問】
第10講 円錐面上の質点の運動【2007年度後期第1問】

これら2問は、入試の問題とは関係なく、高校時代から「こういう問題が解けるようになるといいなぁ」と自分自身で思いついていた問題で、解答するに至らずそのままになっていた。思わぬ形で解き方を学べてうれしかった。

第14講 地球を貫通するトンネル内の振動【2005年度第1問】

これは有名な問題だ。しかし、現実にはあり得ない状況である。実際にこのような状況をあてはめることができる現象はあるのだろうか?と思いながら僕は解説を読んだ。

第2部 熱学

第18講 熱気球【1973年度第1問】

本書のなかでいちばん古い問題だ。団塊の世代の人たちは、こういう問題に頭を悩ませていたのだなと思った。

第21講 コンデンサーの極板間引力と気体の圧力【1987年度第2問】

昨年は「コンデンサーなど物理」という前文部科学大臣のツイートが話題になった。しかしコンデンサーが熱学の問題として出題されるのは異例である。受験生はさぞ焦っただろうと想像した。

第3部 力学的波動

第25講 防波堤の開口部における回折【1997年度第3問】
第26講 媒質の境界における反射【2016年度第3問】
第29講 水路を伝わる水面波【1989年度第3問】

これら3問はどれも(水の)波に関する出題である。高校物理で学ぶ波は正弦波であるが、これら3問を学んでいるときどうしても2011年3月の東日本大震災の津波のことを思い出さずにはいられなかった。特に2016年度の問題は震災後である。水面の表面の波(波浪)や津波は正弦波ではないから高校物理では学ばない。津波はどのような波なのか?周期性がある波なのかと気になったので調べたところ、次のPDF資料を見つけた。

2.2.3 津波伝播の概要 第 2章 - 総務省消防庁
https://www.fdma.go.jp/disaster/higashinihon/item/higashinihon001_06_02-02-03.pdf

12回 津波を知る 1. 津波とは (1)津波の定義:津波と波浪の違いは?
https://www.srm-bcp.com/lecture01/images/20120704135730_1.pdf

第4部 電磁気学

第32講 磁場による加速【2004年度第2問】
第33講 磁場によるレンズ【2013年度第2問】
第36講 箔検電器【1994年度第2問】
第42講 磁石の落下による電磁誘導【2007年度第2問】

解説の中で微積分がいちばん使われているのが電磁気学だ。高校時代に学んだときは d ではなく Δ は使われていたことを思い出した。しかし、微分方程式を解いて公式を導出していたわけではない。

磁場による加速や磁場によるレンズの問題は、ブラウン管のしくみの理解に通じる出題である。液晶テレビに切り替わった時期、テレビのアナログ放送が終了したのが2011年7月24日だ。地デジが普及して液晶テレビが広まったのは2007年あたりで、受験生が4歳の頃だ。ブラウン管を知らず、この問題が何の役に立つのか想像できない受験生がいるかもしれないと思った。

第43講 磁場の時間変化による電磁誘導【1985年度第3問】

この問題では次のブログ記事の2つめの例「ファインマンも解けなかった問題を解明~ファラデーの電磁誘導の法則とローレンツ力はなぜ同じ起電力を与えるのか~」を思い出した。高校物理ではこれを自明のこととして学んでいたのだろうか?

自然法則: 量子力学による古典物理学の謎の解明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a1e326855ceb0a640f75c08d2c0fb423

第5部 光波
第47講 光を用いた距離の測定【1991年度第3問】
第49講 虹の原理【2003年度後期第3問】
第53講 マイケルソンの干渉計【1982年度第4問】

光を用いた距離の測定、マイケルソンの干渉計は科学史の中で特に重要な実験に使われた装置だ。とてもセンスがある出題だと思った。また虹の原理に関する出題は、本書のなかでいちばん難度が高いと思った。当時はもちろん、今でも僕はこの問題を解くことができない。解説を読んでようやく理解した。

第6部 原子

第54講 光電管を組み込んだ電気回路【1989年度第2問】
第55講 光の圧力による振動【1991年度後期第2問】
第56講 物質波の二重スリット干渉【2005年度第3問】
第60講 電子・陽電子の対消滅【1981年度第4問】

原子や素粒子は、僕が高校生の頃の教科書や学習参考書にも書かれていたが、前期量子論にここまで踏み込んでいただろうか?ほとんど覚えていないのだ。2006年以降、僕は大学レベルの量子力学を学んでいるため、受験生だったころの記憶が改変、上書きされているのだろう。プランク定数が高校時代の教科書に書かれていたのは何となく覚えている。プランクの量子説、アインシュタインの光量子仮説、ド・ブロイ波やボーアの原子模型の説明もきっとあったのだろう。しかし、40年も経つとほとんど忘却の彼方である。はっきり覚えているのは、これらのことを学んでいたとしても、僕は量子力学のことをまったく理解していなかったということだ。それは、2006年以降に量子力学を学んだとき、すべて初めてのことばかりだったからである。

けれども、光の圧力や物質波の二重スリット干渉、電子・陽電子の対消滅を高校時代に学んでいなかったことは断言できる。このような問題が出題されていたことを知り驚かされた。近年は高校物理でここまで踏み込んで量子論を教えるようになっているのだろうか?


本当に久しぶりに、入試問題の雰囲気を味わわせていただいた。高校生、受験生の頃は目先の目標が頭を占めており、入試に関係ないことに想いを巡らせる余裕がないのが普通だ。僕自身もそうだったし、大学で学ぶ物理学や数学がどのようなものかまったくイメージできていなかった。

高校時代、僕は力学と電磁気学、熱学、波動、原子の単元で扱われている自然現象、物理法則の間に整合性があるとは思っていなかったし、それぞれエネルギーや運動量を通じて関連づいていることに気がついていなかった。その整合的な関連付けは大学以上の物理学で理論的に学ぶことなのだ。

今のようにインターネットで先取りして知ることができず、周囲に大学入学後に学ぶ内容を教えてくれる人がいなかった。その意味で今は昔よりもずっと恵まれている。志望する大学の学部、学科の選択を誤らないためにも、本書はよい指針となるだろう。また、社会人にとっては自分が受験生だった頃を思い出しながら読むことで、実に味わい深く読むことができる。立場が違うと読み方、感じ方が変わってくるのだ。


ところで、「東大の物理」というジャンルではすでに何種類か本が刊行されている。吉田先生の本とどのように違うのか、どのような差別化がされているのかを述べておこう。

まず、有名なのが次のような本である。これは受験、入試に特化した本だ。解答や解説はあっさり書かれている。東大を物理で受験しようとする人には、じゅうぶんなのかもしれないが、自然科学としての物理を学ぶのには不十分である。微積分を使わないで解答、解説が行われている。この2冊は、毎年刊行されるから常に新しい問題で学ぶことができるのが長所だ。

東大の物理27カ年[第7版] (難関校過去問シリーズ)
2021年度用 鉄緑会東大物理問題集 資料・問題篇/解答篇 2011-2020」(Kindle版
 


あと、次の本は一見、吉田先生の本と競合しているように見える。しかし、書店で確認したところ「レベル」がまったく違うので、はっきりと棲み分けされていることがわかった。この本の対象読者は低く設定されており、東大を物理で受験する学生がこの本を読むとは思えない。少なくとも入試向けではないし、実際の入試問題がそのまま掲載されているわけでもない。あくまで東大の物理の問題を題材にして物理学、自然科学を味わい、楽しむための本である。吉田先生の本が難し過ぎると感じる人は、こちらの本を読んだ方がよいと思った。

入試問題で味わう東大物理:三澤信也」(Kindle版)(詳細



以下は、吉田先生がこれまでにお書きになった本である。先生はなんと通勤電車(丸の内線)で執筆されているのだという。ほんの数駅乗車するだけの短い時間、東京の電車はコロナ禍とはいえ、それなりに混んでいる。電車でノートPCを広げたことがない僕には、通勤しながら本を書いたり仕事をしたりするのは「芸当」なのだ。真似するのは無理である。

はじめて学ぶ物理学 上 学問としての高校物理: 吉田弘幸」(Kindle版)(紹介記事
はじめて学ぶ物理学 下 学問としての高校物理: 吉田弘幸」(Kindle版)(紹介記事

 


道具としての高校数学 : 吉田弘幸」(Kindle版)(詳細情報




関連記事:

はじめて学ぶ物理学 上、下 学問としての高校物理: 吉田弘幸
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4e7d533361d93a855199ec4e2f26a044


 

 


東大の入試問題で学ぶ高校物理:吉田弘幸」(詳細
『はじめて学ぶ物理学』演習篇


はじめに

第0講 物理の問題の解き方【1992年度後期第3問】

第1部 力学
第1講 宇宙ステーション内の仮想重力【1998年度第1問】
第2講 電車内の単振動【2003年度後期第1問】
第3講 棒の重心の位置の測定【2002年度第1問】
第4講 斜面を滑る三角台上の物体の運動【2004年度第1問】
第5講 駆動装置をもつ2物体の運動【1987年度第1問】
第6講 3通りの条件による物体の加速【2008年度第1問】
第7講 台と物体の繰り返し衝突【1990年度第1問】
第8講 ばねで繋がれた2物体の運動【2003年度第1問】
第9講 円軌道から浮き上がらない条件【1995年度第1問】
第10講 円錐面上の質点の運動【2007年度後期第1問】
第11講 糸で結ばれた質点とおもりの運動【1983年度第3問】
第12講 斜面に沿って滑る小球の単振動【2000年度後期第1問】
第13講 2つのローラーに支えられた棒の運動【1998年度後期第1問】
第14講 地球を貫通するトンネル内の振動【2005年度第1問】
第15講 糸で結ばれた2物体の運動【2015年度第1問】
第16講 宇宙船の軌道【2001年度後期第1問】

第2部 熱学
第17講 重力による密度や圧力の傾斜【2008年度第3問】
第18講 熱気球【1973年度第1問】
第19講 浮沈子の原理【2015年度第3問】
第20講 2室に仕切られた容器内の気体【1988年度第3問】
第21講 コンデンサーの極板間引力と気体の圧力【1987年度第2問】
第22講 水の相転移【2009年度第3問】
第23講 空気ばねによる振動【1996年度第3問】
第24講 熱サイクルの可逆性【1999年度後期第3問】

第3部 力学的波動
第25講 防波堤の開口部における回折【1997年度第3問】
第26講 媒質の境界における反射【2016年度第3問】
第27講 流れのある場合の水面波の反射【2003年度第3問】
第28講 固体中の横波と縦波【2013年度第3問】
第29講 水路を伝わる水面波【1989年度第3問】
第30講 閉管内の気柱の共鳴【1993年度第3問】
第31講 斜め方向のドップラー効果【1983年度第1問】

第4部 電磁気学
第32講 磁場による加速【2004年度第2問】
第33講 磁場によるレンズ【2013年度第2問】
第34講 2つの点電荷による電場【2004年度後期第2問】
第35講 静電場中の荷電粒子の運動【1997年度後期第3問】
第36講 箔検電器【1994年度第2問】
第37講 コッククロフト-ウォルトン回路【2011年度第2問】
第38講 太陽電池の特性【2014年度第2問】
第39講 傾斜のある磁場中のコイルの運動【1995年度第2問】
第40講 交差するレール上の金属棒の運動【2003年度第2問】
第41講 磁場中の回転子の運動【1996年度第2問】
第42講 磁石の落下による電磁誘導【2007年度第2問】
第43講 磁場の時間変化による電磁誘導【1985年度第3問】
第44講 オシロスコープ【1983年度第4問】
第45講 変圧器によるエネルギーの伝送【1993年度第2問】
第46講 鉄心内の磁束の時間変化【2002年度第2問】

第5部 光波
第47講 光を用いた距離の測定【1991年度第3問】
第48講 全反射による輝点の強度変化【1992年度第3問】
第49講 虹の原理【2003年度後期第3問】
第50講 くさび干渉【1998年度第3問】
第51講 可干渉光と非可干渉光【1987年度第3問】
第52講 回折格子【1994年度第3問】
第53講 マイケルソンの干渉計【1982年度第4問】

第6部 原子
第54講 光電管を組み込んだ電気回路【1989年度第2問】
第55講 光の圧力による振動【1991年度後期第2問】
第56講 物質波の二重スリット干渉【2005年度第3問】
第57講 Fe原子のエネルギー準位【1998年度後期第3問】
第58講 炭素14,三重水素のβ崩壊【1995年度第3問】
第59講 放射線の観測【2000年度後期第3問】
第60講 電子・陽電子の対消滅【1981年度第4問】

あとがき

探究する精神 職業としての基礎科学:大栗博司

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探究する精神 職業としての基礎科学:大栗博司」(Kindle版

内容紹介:
自然界の真理の発見を目的とする基礎科学は、応用科学と比べて「役に立たない研究」と言われる。しかし歴史上、人類に大きな恩恵をもたらした発見の多くが、一見すると役に立たない研究から生まれている。そしてそのような真に価値ある研究の原動力となるのが、自分が面白いと思うことを真剣に考え抜く「探究心」だ――世界で活躍する物理学者が、少年時代の本との出会いから武者修行の日々、若手研究者の育成にも尽力する現在までの半生を振り返る。これから学問を志す人、生涯学び続けたいすべての人に贈る一冊
2021年3月25日刊行、328ページ。

著者について:
大栗博司(おおぐりひろし)
1962年生まれ。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構機構長。カリフォルニア工科大学フレッド・カブリ冠教授およびウォルター・バーク理論物理学研究所所長。アスペン物理学センター前所長。京都大学大学院 修士課程卒業後、東京大学理学部助手、プリンストン高等研究所研究員を経て、1989年東京大学理学博士号。シカゴ大学助教授、京都大学数理解析研究所助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授を歴任。2000年にカリフォルニア工科大学に移籍し、現在に至る。紫綬褒章、アメリカ数学会 アイゼンバッド賞、ドイツ連邦共和国フンボルト賞、ハンブルク賞、仁科記念賞、米国サイモンズ賞、中日文化賞などを受賞。アメリカ芸術科学アカデミーとアメリカ数学会のフェロー。科学監修を務めた3D映像作品『9次元からきた男』は、国際プラネタリウム協会最優秀作品賞を受賞。著書に『重力とは何か』、『強い力と弱い力』、佐々木閑氏との共著『真理の探究』(いずれも幻冬舎新書)、『数学の言葉で世界を見たら』(幻冬舎)、『大栗先生の超弦理論入門』(ブルーバックス、講談社科学出版賞受賞)、『素粒子論のランドスケープ12』(数学書房)などがある。

HP: https://ooguri.caltech.edu/japanese
Blog: https://planck.exblog.jp/
Twitter: @PlanckScale


理数系書籍のレビュー記事は本書で454冊目。

大栗先生が本をお書きになったのは久しぶりだ。今回はブルーバックスではなく幻冬舎新書である。ツイッターで本のことを知り、発売されるのを心待ちにしていた。

理論物理学の解説書ではなく、科学者になるまでの先生の生い立ち、好奇心や探究心、学ぶことの大切さ、基礎科学の意義を語っている本である。

「はじめに」に書かれている大栗先生に降りかかった異変に驚いたが、乗り越えられたということで一安心である。(先生に何がおきていたかは本書でお読みいただきたい。)50代になると体にいろいろ異変がおきるものだと60代半ばの従姉が言っていたことを思い出した。

回顧録を書くには先生は若すぎる。しかし、コロナが全世界的に猛威をふるい、いつ命を落とすかわからない世の中、日本にとっても東日本大震災以来の危機である。いつもお忙しい先生が幻冬舎の担当編集者、小木田さんの提案を受け入れ、本書を執筆されたのはそのような背景があったのだろうし、回顧だけでなく東日本大震災後に先生が自問された基礎科学の意義を伝えることの必要性を再びお感じになったからである。今がそのタイミングだったのだ。


以下、本書の流れを僕なりにまとめてみた。詳細目次は大栗先生のブログのこの記事に書かれているので、そちらを参照していただきたい。

第1部 知への旅の始まり

1 考える楽しさ
小学生から高校生までのことが書かれている。展望レストランから地球の大きさを見積もったこと、自由書房という地元の書店、ブルーバックス、万有百科大事典がその後の人生を決める大きなきっかけになった。

2 考え方を鍛える
大学受験から大学時代について書かれている。哲学との出会い、物理学・数学の歴史、受験参考書、なぜ東大ではなく京大を選んだか、なぜ医学部ではなく理学部を選んだか、ファインマンの物理学、理論物理学教程、文章の書き方、英会話習得など。

3 物理学者たちの栄光と苦悩
20世紀の量子力学発展史をたどりながら、原爆や戦争に利用されてきた物理学の歴史、科学者の責任と倫理、日本の原爆研究、仁科・朝永、湯川博士らの研究・戦争とのかかわりを解説している。

第2部 武者修行の時代

大学院以降、研究者としてのスタートを切った頃の話が中心。場の量子論を何度も勉強したこと、米国留学するか東大の助手になるか、韓国やインドへの出張、プリンストン高等研究所、シカゴ大学への転職、博士論文、南部陽一郎先生、おもちゃの弦理論、BCOV理論(トポロジカルな弦理論)など。

第3部 基礎科学を育てる

研究生活の続きと大学や研究所の運営者、責任者としての話。米国でのキャリア再挑戦、第2次超弦理論革命、カリフォルニア工科大学への移籍、アスペン物理学センター、IPMU誕生からカブリ冠研究所へ、コロナが基礎科学に与える影響、世界の動きに乗り遅れている日本など。

第4部 社会にとって基礎科学とは何か

東日本大震災を契機に、基礎科学という浮世離れした研究をしている意味があるのかと大栗先生は自問した時期があったそうだ。科学の発見は善でも悪でもない。そしてそれは役に立つのかどうかまったくわからない。むしろ害になることもある。科学の歴史をたどりながらその発展にとって何が重要かを考える。そして最後に現代の社会における科学の意義についてお考えを述べている。


さて、感想を書かせていただこう。

第1部 知への旅の始まり

僕は大栗先生とたまたま同年齢、同学年だ。科学者(天文学者)になりたいという夢を持っていたから、小学生から大学入試まで、先生と自分がどう違っていたのか書くことで、好奇心に満ちていた幼少期から青年期の先生のお姿を知っていただきたい。

科学への目覚めという点について、いちばん違っていたのは、自由書房という複数のフロアがある大きな書店で先生が小学生のときに科学書を自由に閲覧していたことだ。小学生にとって徒歩で行ける範囲に書店があるのはとても大事だと気がついた。僕の場合、地元の駅前に紀伊國屋書店笹塚店(中型規模の店舗)ができたのは中学2年の終わりで、科学を一般の市民向けに解説する「講談社ブルーバックス・シリーズ」とはその書店で出会うことになる。

小学生の頃、地元の商店街にあったのは個人経営の書店が2店舗だけだった。毎月「月刊天文ガイド」を買いに行ったし、学習参考書もそこで買ったが、レジで店主の母親のおばあちゃんが睨みをきかせていたから自由に立ち読みできる雰囲気ではなかった。もちろん個人経営の店に、ブルーバックスはおろか科学書はほとんど置かれていない。

幸い中野駅や新宿駅へのアクセスがよい地域に住んでいたので、中野ブロードウェイにある明屋書店(中型規模)や新宿の紀伊國屋書店(本店、大型規模)へはバスや京王線で簡単に行ける。しかし、小学生は何か目的がないと交通機関は利用しない。これらの店舗へはよほど欲しい本があるときだけ行っていた。そして目的の本を買ったらすぐ店を出ていたことを思い出した。大きな図書館へ行くにはバスに乗らなければならなかったし、子供用の図書館は大人用と区別され別室になっていた。特定のテーマについて好奇心にかられた小学生が「難しい本」を立ち読みできるようにするためには、気軽に行ける場所に中型や大型の書店や広い図書館があることが重要なのだ。都会に住んでいたにも関わらず、僕は大栗先生より不利な状況だった。

Amazonをはじめ、ネットで利用できる書店は絶版の本も検索できるからとても便利である。しかし、そのために個人で経営している書店はほとんど無くなり、大型書店をかかえるチェーン店でさえ閉店する店舗がでてきている。(自由書房も例外ではない。)好奇心旺盛な子供の知識欲を満たし、探究心へ育てるためには親が買い与える本だけではだめだ。親が学者やインテリ(死語かな?)でない限り、家に難しめの本は置かれていないと思う。子供の目に触れる場所に知的好奇心を喚起する大人向けの紙の本(電子書籍ではだめ)を常備しておくのは、今後の日本の知力と経済力を支える大切な要件だと思った。ちなみに大栗先生が小学生のときに読んだのは分野別に巻が分かれていて大人向けの「万有百科大事典(メルカリで検索)」であり、そのころ僕が読んでいたのは親から買い与えられた学研の五十音順「学習こども百科(写真)」である。この百科事典には「空間が曲がる」ことや「時間の進み方が遅くなる」ことは書かれていなかった。

そして大栗先生が理論物理学者への道を進むきっかけになったのが、小学生のときに読んだ2冊のブルーバックス本である。中身が気になったので中古本を買ってみた。現在のブルーバックスだと3~5冊になりそうなほど話題がてんこ盛りで小さな活字がぎっしり詰まっている。これを小学生のときに理解できたのだから、さすがだと思った。

はたして空間は曲がっているか―誰にもわかる一般相対論:都筑卓司」-1972
目次1 目次2
マックスウェルの悪魔―確率から物理学へ:都筑卓司」-1970
目次1 目次2 目次3 目次4
 

なお、「マックスウェルの悪魔」のほうは、2002年に活字を現代のものにした新装版が刊行されている。内容は1970年の版と同じだ。

新装版 マックスウェルの悪魔―確率から物理学へ:都筑卓司」(Kindle版


取り寄せた本は状態がよい。近いうちに読んでみよう。

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僕がブルーバックスを知ったのは中学2年のときだ。主に天文学系の本を数冊買って読んでいたが、アインシュタインの相対性理論を知ったのは、この本が最初である。しかし、当時の僕の関心は太陽系内に限られていて、ブラックホールやビッグバン、宇宙誕生の謎、とてつもないテーマだから研究の意義の理解と興味の限界を超えていた。僕は月や惑星を観測したり、軌道計算をするほうが好きだったのだ。

アインシュタインの世界―物理学の革命:L.インフェルト」-1975


本書には、周囲から医学部受験を勧められていたが、大栗先生は物理学を学びたいという気持が固まっていたから理学部を受験したことが書かれている。同じことは僕にもあてはまっていた。大学付属の私立高校に通っていたが、付属高の全国統一試験の理系で1位をたまたまとったからだ。担任の先生からは医学部受験を勧められた。当時の僕は国立大(実は京大理学部)を受験し、天文学者になりたいと思っていたから医学部受験などまったく考えられなかった。しかし、共通一次試験の社会科の教科を甘くみてしまい、おまけに2次試験は京都の底冷えのする冬を知らず健康管理に失敗し、風邪をひいた状態で試験に臨んでいた。その結果、私立大学で数学(応用数学)を専攻することになったわけである。(共通一次試験では、倫理・社会と世界史、物理と地学を選択していた。)

大栗先生はご自身が育った地域を「田舎」だとお書きになっているが、1970年代後半の岐阜市がどれくらい田舎だったのか、僕には想像がつかない。先生が卒業された高校は進学校だから当時でも受験対策はしっかり行われていたのだろう。大都市には予備校や塾がたくさんあったが、地方都市にはそれらがほとんどなかった。代ゼミの札幌校が開校し、地球物理学者の竹内均先生が初代校長になったのは、大栗先生や僕が高校を卒業した1981年である。(そして竹内先生が初代編集長として科学月刊誌『Newton』を創刊されたのも、その年の夏である。)

小学校から大学までストレートに進学された大栗先生であるが、学習塾や予備校(あるいは受験対策のための学校)のことをお書きになっていないことに後から気がついた。現在ではそれらに通わないと東大や京大に合格するのは、ほぼ無理である。大都市と地方都市の学習環境の不公平を是正するために、旺文社は「大学受験ラジオ講座」を毎晩放送していたのが僕たちの時代だ。このラジオ講座については「寺田文行先生の「数学の鉄則」シリーズ」というブログ記事の最後のほうで音源を聴けるようにしておいた。現在は塾や予備校の授業もオンラインで受講できるようになったから、大都市と地方都市の学習機会の格差はかなり改善されていると思う。

大栗先生には朝日カルチャーセンター(新宿教室)で開催された「重力の不思議(ブログ記事)」を受講し、初めてお目にかかって以来、何度か講座・講演会に参加させていただいた。今になって思うと、この講座が開催されたのは東日本大震災の翌年で、先生が基礎科学の意義を一般市民に伝えることを実践され始めた頃だと気がついた。市民向け講座でのアウトリーチは、その目的を実践するために行なった活動であるとともに、執筆中の著書の内容の感触を先生がお確かめになるためのものでもあった。

「3 物理学者たちの栄光と苦悩」では、科学者の社会に対する責任について書かれている。現代ますますその重要性が増している。原爆や戦争に利用されてきた物理学、物理学者、科学者のことはハイゼンベルクの「部分と全体」やフランクルの「夜と霧」を引用しながら先生は解説されている。この2冊は僕も読んで紹介記事を書いたが、核の脅威と人種差別は現代でも全く解決していないことを思い起こさせてくれた。

第2部 武者修行の時代

大学院進学以降は、先生と僕はまったく違う人生を歩んでいるので、自分と比較するのはまったく意味がないからやめておこう。僕が先生に対して抱いていた印象とずれていたのが第2部である。小学生から現在に至るまで、超エリートコースをまっすぐ進まれてきたのだと思っていたからだ。どれほど優秀な人でも、人生の選択に迷い、また予測のつかない事態に翻弄され、まっすぐ進めないことがあるのだということがわかった。先生も例外ではない。場の量子論は(先生が学ばれたころは特に)誰にとっても学ぶのが難しい分野であるし、進路の選択を間違えると後悔することになる。シカゴ大学へ転職したことを当時は後悔されていたそうだが、人生に無駄なことはひとつもないと僕は思った。第2部の最後でトポロジカルな弦理論という大きな成果を得られたことが紹介されているが、それまでのご努力と数々の研究者との出会いによるものだと思う。

あと、大栗先生をシカゴ大学にお招きになった南部陽一郎先生(2008年ノーベル物理学賞受賞)が渥美清の「男はつらいよ」シリーズがとてもお好きだったことが書かれており、うれしくなった。なぜなら僕も寅さんシリーズの大ファンで、ときどきカラオケで主題歌を歌うことがあるからだ。南部先生はDVDボックスも揃えていたそうである。大栗先生は南部先生のお宅で「寅さん」をご覧になったそうだ。(第何作だったのだろうか?)南部先生は2015年に急逝されたが、2019年に公開された第50作「お帰り寅さん」をご覧になっていただけていたらなぁと思ったが、きっと天国でご覧になっているに違いないと思うことにした。僕は昨年の正月に映画館で観たが、とてもしみじみとしていてよかった。今の若い人にはこのシリーズを順番に観てほしい。何気ない日常のシーンの中に、現代の日本ではあまり見られなくなった大切であたたかい心遣いをいくつも見つけることができるはずだ。「お帰り寅さん」はAmazon Primeで観ることができる。(Prime Videoで開く

第3部 基礎科学を育てる

どのような仕事であれ、昇進すると現場の仕事から管理者、責任者としての業務に移行していくものだ。大栗先生も例外ではない。科学界全体としては、優秀な人がトップに立ち、指揮をとったほうが研究の推進、後身の育成のためによいのだと思う。高等教育でマネジメントを専攻しなかった先生が、ご自身にとっての新たな領域でどのように貢献、ご活躍されていたことがよくわかった。これまでブログやニュースで知っていたのは「大栗先生が~研究所の所長に就任された」のように表面的なことばかりであったし、就任のあいさつ文も読んでいたが、そこに至る経緯や問題点がわからなかったからだ。

「コロナが基礎科学に与える影響」は意外だった。コロナは悪影響ばかりでなく、基礎科学に対して(一時的であるにせよ)その推進や優秀な研究者の雇用に役立っていたことを知り、自分の考えや想像力の欠如に気がつくことができた。詳しくは本書を読んでいただきたい。

あと日本が世界の動きに乗り遅れているのは、基礎科学だけでなく科学全般、電子産業、AIをはじめとするソフトウェア産業などあらゆる領域について言えることだと思った。学校教育の質も僕が学んだ頃より、低下していると思う。研究予算が削られ、日本の科学が危機に瀕していることは大栗先生だけでなく、自然科学系、生理・医学系でノーベル賞を受賞された何人もの先生方が指摘されている。「すぐ役に立つ研究」だけでなく「役に立つかどうかわからない研究」への投資が大切なことは、本書で先生が強調していることであり、まったくそのとおりだと思う。変化のスピードが速い社会において「すぐ役に立つ研究」は「すぐ役に立たなくなる研究」なのである。

第4部 社会にとって基礎科学とは何か

本書でいちばん大切なのは第4部である。超弦理論の9次元空間の研究が進み、量子物理学と重力理論の間の矛盾が解決したからといって、一般市民や国には(差し当たり)何の役にも立たない。そのような研究に税金が使われているわけである。しかし東日本大震災で多くの人が命を落とし、生き残った多くの人が避難生活を強いられている中、税金はそのような人たちのために使うべきではなかろうか?先生には後ろめたさを感じることがあったそうである。税金を使って研究をする限り、納税者にはその意義を伝えなければならない。そして科学は善でも悪でもない。それを使う人間次第である。

そもそも科学とはいったい何なのだろうか?第4部では科学の歴史をたどりながら、科学と科学者が社会とどのようにかかわってきたかを解説し、現代はどのように考えるべきかということをお書きになっている。先生のご専門は基礎研究、基礎物理学であるから、自然科学全般の中では「すぐ役に立つ」という観点でいちばんかけ離れている。そして一般市民にとってはいちばん理解しづらい難解な研究領域だ。

国を動かしているのは政治家と役人である。そして政治家を選ぶのは国民である。難しい研究内容であってもその意義をわかりやすく伝えることは極めて重要だと思った。今の日本が抱える科学研究の危機科学教育の危機だけでなく、日本学術会議会員の任命拒否問題を思い出した。また、学校教育についても科学教育だけでなく国語教育の問題や、英語教育でも問題が指摘されている。これらの問題の原因は根が深いし人によって考え方がまちまちだ。そして政治家や経済界の利害がからんでいる。問題の範囲を広げるほど、解決は困難になる。だからとりあえず、科学の基礎研究に焦点を絞り、問題解決への糸口を探るのがよいと思った。


ところで、朝日カルチャーセンターの講座では、講座が終わった後、受講者が先生を囲んでオフ会(飲み会)をすることがある。もちろん大栗先生は超多忙であり、受講生の人数が多過ぎるから、オフ会まったく無理なことで、僕は少し残念に思っていた。けれども本書を読み、その気持ちはかなり取り除くことができた。なぜなら、もしオフ会があったら聞きたいと思っていた子供時代から大学時代に至る先生の生い立ちが本書に詳しく書かれていたからだ。YouTubeから見ることができる大栗先生の講演やインタビューの動画からわかるように、子供のころから明るく、気さくな方だったのだとあらためて思った。

また、本書にはブルーバックス本のほか、先生の研究者人生に影響を与えた本が何冊も紹介されている。まず本書を読んでから、興味のある本を選んでお読みになるとよい。僕はポアンカレの「科学と方法」を読みたいと思った。


本書は先生のご専門である超弦理論を詳しく解説した本ではない。以下の動画では「科学者の矜持」と題して、本書の第2部 武者修行の時代、第3部 基礎科学を育てるに書かれている時期の研究内容を詳しく解説しているので、本書の補足として見ることができる。さらに『大栗先生の超弦理論入門』をお読みになると、より理解を深めることができる。

科学者の矜持(きょうじ):再生時間 1時間22分: YouTubeで再生


動画の内容: 社会における科学者の役割や基礎研究の意義がひろく問われる中、理化学研究所研究員会議総会において行われた、大栗博司氏による「科学者の矜持」というタイトルでの講演。自身の研究成果も含め、素粒子物理学や宇宙物理学のトピックスや応用例をやさしく解説。「基礎研究はきっと役に立つ、研究を真剣に楽しもう」という科学者への熱いメッセージ。


大栗先生、これまでの本とは違い、好奇心をもって学ぶことの大切さ、科学の意義について深く考えさせてくれる本をお書きになってくださり、ありがとうございました。


関連記事:

「9次元からきた男」ブロガー特別試写会の感想
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7d229570736d1e0a174a5aca8e209f88

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る:大栗博司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f63cdcd45ec542fa62d535b4cc715d69

強い力と弱い力:大栗博司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75dfba6307d01a5d522d174ea3e13863

真理の探究 仏教と宇宙物理学の対話: 佐々木閑、大栗博司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6df5d9f8790904322b7e4db5e688fb39

数学の言葉で世界を見たら: 大栗博司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8ffea17402dcf34e5991b154acef39d9

素粒子論のランドスケープ:大栗博司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5201583450c82ac59cb4d71efe52b3d9

素粒子論のランドスケープ2:大栗博司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/dda75ff673f068509d46027305389ee2


 

 


探究する精神 職業としての基礎科学:大栗博司」(Kindle版


詳細目次は大栗先生のブログのこの記事を参照。

三体問題 天才たちを悩ませた400年の未解決問題:浅田秀樹

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三体問題 天才たちを悩ませた400年の未解決問題:浅田秀樹」(Kindle版

内容紹介:
宇宙に浮かぶ3つの天体――「3体」 ニュートンの万有引力の法則によって「2体」の運動が明らかにされた17世紀初頭。科学者達は「3体」の運動を解明しようとさまざま試みでアプローチした。
オイラー、ラグランジュ、ポアンカレ……科学史にその名を残す天才数学者・天文学者たちをもってしても、この「3体の運動」の「一般解」を見つけることはできなかった!?
なぜ解けないのか? 「解ける」とはなにか?

「三体問題」をめぐる400年にわたる解明へのアプローチを通して、人類が辿り着いたものとは?「オイラーの直線解」、「ラグランジュの正三角形解」など、不思議な軌道を取る「特殊解」の存在。万有引力の法則からアインシュタインの一般相対性理論、アインシュタイン方程式、そして重力波へ。さらに一般解への研究は「カオス理論」へと発展し、コンピュータによる数値解析手法も進化させた。
天文学では、星の位置を知るための「位置天文学」や軌道計算などさまざまな分野へとつながり、実際、20世紀の初頭には、ラグランジュの見つけた特殊解を太陽系にあてはめたときに、その解の位置から「トロヤ群」という小惑星群も発見されている!

「三体問題」をめぐる400年の歴史の背景にある奥深い科学世界を、数学史・科学史ととも語り尽くす、2021年、最高にスリリングな科学書!
2021年3月18日刊行、328ページ。

著者について:
浅田 秀樹(あさだ ひでき)
1968年、京都府生まれ 。弘前大学大学院理工学研究科教授。博士(理学)。京都大学理学部卒業、大阪大学大学院理学研究科博士後期課程修了。京都大学基礎物理学研究所ポスドク研究員,弘前大学理工学部助手,准教授を経て現職。2003年、パリ天体物理学研究所にて主に重力波に関する在外研究(1年間)。
専門分野は、一般相対性理論、重力理論、理論宇宙物理学。
著書に「Equations of Motion in General Relativity(一般相対性理論における運動方程式)」(2011年刊行、オックスフォード大学出版局、共著)などがある。

インタビュー
宇宙の謎に挑み続ける弘前大学
研究成果はノーベル賞級?!
理工学部 数物科学科(物質宇宙物理学コース) 教授 浅田 秀樹(あさだ ひでき)
https://www.hiromaga.com/20180628-2288/

「三体問題」はなぜ難しいのか? 一体問題、二体問題との本質的な違いとは
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81272


理数系書籍のレビュー記事は本書で455冊目。

そろそろ物理学や数学の専門書に取り組みたいと思っていたのだが、この本だけは先に読んでおきたかった。読んで大正解である。天文学や物理学をほとんど知らない初心者から専門家まで、興味深く読める科学教養書。特長を箇条書すると次のようになる。

- 3つの天体どうしが引力を及ぼしながら運動する、いわゆる「三体問題」を扱う日本語の本はごくわずかで貴重な本であること。

- ニュートン力学、万有引力の法則にしたがう三体問題だけでなく、一般相対性理論にしたがう三体問題を扱う日本語の本は、この本しかないこと。

- 三体問題は数学理論としての意義があるだけでなく、重力波が観測され連星ブラックホールや連星中性子星の存在が確認されたいま、現実の問題になり一般相対性理論を適用する最先端の研究や今後の観測計画が解説されていること。

- 1次方程式を学ぶ中学生程度の読者から読める本であること。途中で難しくなり、わからなくなっても最後まで読み通せるように書かれていること。

- 方程式がなぜ解けるか、解けないかを言葉を尽くして詳しく説明していること。


三体問題を扱った科学教養書は「天体力学のパイオニアたち: F.ディアク、R.ホームズ」が有名である。(上巻の紹介記事下巻の紹介記事)三体問題の発見から1960年代までの古い研究までについては、今回紹介する本よりもこの本のほうがずっと詳しい。ただし、ニュートン力学、万有引力の法則にしたがう研究までしか書かれていない。

高校までの理科で学ぶように、引力を及ぼし合う天体が2つまでだと軌道は2次曲線(円、楕円、放物線、双曲線)という単純な形になる。惑星の軌道も楕円であり、ケプラーの法則に従っていることはご存知だろう。

しかし、天体の数が3つになったとたん、軌道は3次元空間内の極めて複雑な曲線になり、その方程式は一般的な条件では解けなくなる。これを三体問題と呼び、一般解は数学的に解けないことが証明されている。三体問題は「力学系」と呼ばれている数学の一分野である。

三体問題が求積可能であるかという可積分性(つまり三体問題を解くためにたてた微分方程式を積分を使って解けるかどうか)についての否定的な結果は、フランスの数学者アンリ・ポアンカレによって導かれた。1889年にスウェーデン兼ノルウェー国王オスカー2世の還暦を祝うために開催されたコンテストで、ポアンカレはいくつかの仮定を置いた制限三体問題を考察し、運動を定める第一積分がある種の摂動級数では表現できないことを示した(ポアンカレの定理)。

さらに、ポアンカレはこの研究の中で安定多様体、不安定多様体が交差するために生じるホモクリニック軌道と呼ばれる極めて複雑な運動の挙動の概念に到達した。三体問題を端緒とする積分可能性やカオス現象の研究は、現代的な力学系理論の発展の契機となっている。(参考記事:「ポアンカレによるカオスの発見と先見性」)

三体問題(3D): YouTubeで再生


一般的には数学的に解けないのだが、ポアンカレ以前にオイラーやラグランジュは条件を制限すれば、解ける場合があることを発見し、それぞれオイラーの直線解、ラグランジュの正三角形解を導いていた。これらはいわゆる特殊解である。もちろん実際にこのような天体があるかどうかとは関係なく、数学の研究としての発見である。

オイラーの直線解: YouTubeで再生


ラグランジュの正三角形解: YouTubeで再生


そして1990年代には三体が単一の閉曲線上を運動する解(例えば8の字を描く「8の字解」)の存在が証明され、注目を集めた。この曲線は8の字形のレムニスケート曲線のように初等関数であらわされる曲線ではないことが証明されていることも興味深い。

8の字解:YouTubeで再生


その後、コンピュータによる数値計算、シミュレーションを援用して、次々と複雑な周期解が見つかっている。最初の1つ(カオス軌道)を除き、これらはみな軌道が閉曲線の周期解であること、平面上の曲線に制限されている(制限三体問題である)ことに注意していただきたい。

三体問題の周期解:YouTubeで再生


ここまでは、ニュートン力学、万有引力の法則にしたがった三体問題である。そして実際にこのような天体があるかどうかとは関係なく、純粋に数学的な研究だった。

けれども現実は違う。ニュートン力学を修正する形で提唱されたアインシュタインの一般相対性理論をベースに天体の運動を研究すべきなのだ。とはいっても、これを手で計算するのは不可能で、コンピュータの数値計算に頼らなくてはならない。

一般相対性理論を使うことを前提とすると、二体問題さえ天体の軌道を求めることができない。それは水星の近日点移動の量をアインシュタインが計算したことでわかる。この計算は水星の軌道がニュートン力学やケプラーの法則であらわされる楕円軌道ではないことを意味している。

二体問題や三体問題を一般相対性理論に基づいて解くにはどのようにすればよいのか?一般相対性理論を適用しても、オイラーの直線解やラグランジュの正三角形解、8の字解は成り立つのだろうか。このような課題がでてくるのである。これら最新の研究の成果と今後の見通しを本書は紹介、解説している。

その要はEIH方程式(Einstein–Infeld–Hoffmann equations)と呼ばれるポスト・ニュートン近似を使って計算をすることだ。

論文はここに: 一般相対論の方程式で弘大が快挙
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/89d89ebc0097bb78a3af6d4e93a35c7a

一般相対論的三体問題の三角解(弘前大学理工学研究科、山田慧生)
http://www.astro-wakate.org/ss2012/web/proceeding/proceedings/proceeding/gravity_35a.pdf


ところで2015年に2つのブラックホールが合体して生じる重力波が観測されたことにより、事態は一変した。(参考記事:「重力波の直接観測に成功!」)

つまり、この実験を契機に連星ブラックホールや連星中性子星が合体する現象の存在が実証されたからである。ブラックホールや中性子星の周りの重力場はきわめて強いため、ニュートン力学(万有引力)ではだめで、一般相対性理論(アインシュタインの重力場の方程式)を適用する二体問題となる。この研究はもはや数学の世界だけの問題ではなくなってしまったのだ。

そして2014年には、PSR JO337+1715という3つの中性子星からなる連星が発見された。三体問題は現実のものとなったわけである。

Triple-Star System Can Give Clues to True Nature of Gravity
http://www.sci-news.com/astronomy/science-triple-star-nature-gravity-01664.html

The millisecond pulsar triple system PSR J0337+17: YouTubeで再生


銀河系の中心には太陽質量の400万倍の質量をもつブラックホールがあることもわかった。2020年のノーベル物理学賞は、この発見に対して授賞されている。(参考記事:「2020年 ノーベル物理学賞はペンローズ博士、ゲンツェル博士、ゲーズ博士に決定!

銀河系の中心には質量が集中し、三体問題だけでなく四体、五体、...多体問題を一般相対性理論に基づいて解かなくてはならない天体現象が見つかるはずなのだ。三体問題、特に一般相対論的三体問題は、もはや机上の理論としての意味を超えた天文学、物理学となっているのである。

本書の章立ては次のとおりだ。(詳細の目次は、この記事のいちばん下に掲載した。)

1章 解ける方程式
2章 解けない方程式
3章 ケプラーの法則とニュートンの万有引力
4章 三つの天体に対する解を探して
5章 一般解とはなにか
6章 つわものどもが夢のあと
7章 三つの天体に対する新しい解が見つかる
8章 一般相対性理論の登場
9章 一般相対性理論の効果をいれた三つの天体のユニークな軌道
10章 天体の軌道を精密に測る

章タイトルでわかるように、第1章と第2章は「方程式」とはどういうものかを説明している。それも何と1次方程式の説明からなのだ。そこまでレベルを下げなくてもよいだろうにと思ったが、もし中学生が興味をもってこの本を手にしたら、この2章の説明はありがたいと思うことだろう。第3章も高校物理程度の内容だが、初心者にもわかるように難易度を下げている。

理系大学生レベルの人は、第6章「つわものどもが夢のあと」あたりから面白くなってくると思う。三体問題の歴史から始まり、コンピュータの数値計算を援用して得られた、さまざまな周期解を解説しているからだ。

そして本書の存在意義を実感できるのが第8章の「一般相対性理論の登場」からである。どのような内容なのかは、あえて紹介しないでおこう。ぜひ本書を読んでいただきたい。

著者は、一般向けの科学教養書を書くのはこれが初めてだそうだ。とても読みやすい本に仕上がっているし、改善したほうがよいと思うことも特に見つからなかった。

以下は、著者のインタビュー記事だが、浅田先生のご研究や成果、研究室のことがよくわかる。

宇宙の謎に挑み続ける弘前大学
研究成果はノーベル賞級?!
理工学部 数物科学科(物質宇宙物理学コース) 教授 浅田 秀樹(あさだ ひでき)
https://www.hiromaga.com/20180628-2288/


関連SF小説:

ところで「三体問題」をテーマに取り上げたSF小説が昨年話題になった。現在IIまでが日本語に翻訳されていてIIIの日本語版は5月25日に刊行予定。とても評判がよい小説だ。原書は中国語だが、英語版はIIIまで翻訳されている。(英語版のKindle版を検索

この小説の舞台は、3つの太陽が互いに引き合って三体運動する三連星系に属する惑星で、この星に生命が誕生し進化と滅亡を繰り返すというストーリーだ。系外惑星はすでに発見されているし、三連星も存在している。確率的には低いとはいえ、このSFが現実のものとなる日が来ないとは言い切れないのである。

『三体』の難しさ、魅力を徹底解説!それでも読んだら面白い!【ネタバレ注意】https://honcierge.jp/articles/shelf_story/8718

『三体』あらすじと感想【圧倒的なスケールで描くファーストコンタクト中華SF】
https://reajoy.net/book-report/novel/sf/32854/

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三体問題 天才たちを悩ませた400年の未解決問題:浅田秀樹」(Kindle版


まえがき

1章 解ける方程式
- 方程式とはなにか
- 1次方程式
- 図形として1次方程式を眺める
- 1次方程式の解の個数
- 2次方程式
- 2次方程式に対する厳密な解
- 2次方程式の近似的な解
- 逐次解のココロ
- 2次方程式に対する解の個数

2章 解けない方程式
- 3次方程式と4次方程式も解けた
- 5次方程式は解けない!
- 5次方程式の秘密
- 5次方程式の解が見つかる

3章 ケプラーの法則とニュートンの万有引力
- 彷徨う星
- 国外追放された天文学者
- 彷徨う星は規則的に動いていた
- 天空の法則を地上の科学で解き明かす
- ニュートン力学
- 万有引力の法則
- 万有引力の法則で観測事実を説明できる
- ベルトランの定理
コラム 観測的「二体問題」

4章 三つの天体に対する解を探して
- 一体問題と二体問題
- 三体問題 -- 何に対する方程式なのか
- 「解く」とは何ぞや
- もつれ合う方程式 -- 三体問題の続き
- オイラーの直線解 -- 5次方程式が再登場
- ラグランジュの正三角形
- ラグランジュ点
- 仮想的な数式が現実になる! -- トロヤ群の発見

5章 一般解とはなにか
- 方程式を解くための礼儀作法
- 一定速度で移動する物体と微分方程式
- 微分方程式を解く作法
- 積分の登場
- 積分を用いて微分方程式を解く
- 可積分とは その1 -- はじめに
- 可積分とは その2 -- 別の座標系を用いる
- 可積分とは その3 -- 運動の定数を用いた簡単クッキング♪
- 可積分とは その4 -- スパイスが決め手
- 可積分とは その5 -- 2種類目のスパイス:角運動量
- 可積分とは その6 -- 求積法とその限界

6章 つわものどもが夢のあと
- 「三体問題」の一般解への挑戦
- ハミルトンの力学理論
- 「三体問題」とリウヴィルの定理
- 求積法の作戦の頓挫
- ポアンカレの登場
- カオスの発見
- 人類 v.s. AI

7章 三つの天体に対する新しい解が見つかる
- 特殊な解
- 8の字解
- その他の面白い解
- 四体問題の解

8章 一般相対性理論の登場
- 一般相対性理論の誕生前夜
- アインシュタインの一般相対性理論登場
- ニュートン v.s. アインシュタイン
- 逆2乗帝国の崩壊 -- 水星の近日点異常
- 新しい運動方程式および逆2乗則に対する補正
- 二体問題さえ解けない!?
- 重力波の存在

9章 一般相対性理論の効果をいれた三つの天体のユニークな軌道
- 一般相対性理論における「三体問題」
- EIH方程式に対する「三体問題」を解く
- 8の字解は生き残れるか
- 8の字軌道の天体からの重力波
- 非常に強力な重力場での三連星は見つかるのか
- PSR JO337+1715

10章 天体の軌道を精密に測る
- 天体の軌道を観測する
- 位置天文学
- 恒星の位置を精密に測るハイテク天文衛星
- 銀河中心の巨大ブラックホール
- 太陽系以外の多重惑星を持つ恒星たち

あとがき
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