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ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論:小林晋平

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ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論:小林晋平」(電子版

内容紹介:
物理学者は、いかにして現象を記述し、世界を見るのか?
「ブラックホールを数式で表す」とは、いったいどういうことなのか?
高校数学から出発し、「一般相対論」へと一気に駆け上がる、
本気の物理学を知るための独習書。

~15歳の読者へ~
本書では、15歳、つまり中学3年生~高校1年生くらいを想定して、「ブラックホールを表す数式を導くところまで一緒に歩いていく」ことを目指しました。本書に出てくる数式の意味や、そこに描かれている物理の世界を理解するための数学や物理学の知識はそのつど説明しています。とはいえ、本書の内容をすべて理解するのは難しいかもしれません。わからないところは飛ばしながら、挑んでみてください。

~高校で物理と数学を学んだことのある方へ~
高校で学んだ内容が、実は一般相対論という最高峰の物理理論に直結している様子を味わっていただければと思います。大学で学ぶ数学も出てきますが、物理を介することでそれらが具体的になり、実感をもちやすくなるはずです。

~すでに一般相対論を学んだ方へ~
一般相対論には多くのすぐれた入門書があります。それらの多くでは、歴史の時系列に沿って解説するスタイルが採用されています。本書はそれらとは少し異なり、「ブラックホールを表す数式を理解する」という目的を最初に置き、その目的を達成するために必要な道具を揃えていくという、理論物理学者が研究を進める際と同じスタイルをとります。直感的イメージを重要視し、目標に向かってなるべく短いルートで進むことを目指したこともあり、厳密な議論は割愛せざるを得なかったところもあります。詳細な議論は他の専門書で補いつつ、一般相対論のモチベーションに立ち返り、また新たな視点でそれをとらえるきっかけとしていただければと思います。

2018年12月12日刊行、288ページ。

著者について:
小林晋平(こばやし しんぺい): ホームページ:http://shimpei.sgtpepper.net/welcome.html
1974年長野県生まれ。東京学芸大学教育学部准教授。相対論、宇宙論、量子重力を専門とする理論物理学者。2004年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター研究員、日本学術会議海外特別研究員(カナダ・ウォータールー大学およびペリメーター理論物理学研究所にて研究)、群馬工業高等専門学校准教授を経て、2015年より現職。群馬高専では6年連続して学生からベストティーチャーに選出される。相対論・宇宙論・量子論をわかりやすく解説する一般向け講座を多数開催している。


理数系書籍のレビュー記事は本書で381冊目。

発売から10日ほどで重版となる人気ぶりである。今話題の本だから僕がわざわざ紹介するまでもないのかもしれない。タイトルの「15歳からの~」、「ブラックホール」、「時空の方程式」という3つのキーワードはかなり強烈だ。

僕がブルーバックスで相対性理論を知ったのは40年前の高校1年生のときだ。学校の勉強とはまったく違う物理学の世界をワクワクしながら読みふけっていたのだが、数式を使って研究された成果だという事実を軽視していた。本にはおそらくアインシュタイン方程式くらいは紹介されていたと思うのだが、意味不明の数式であったことは間違いない。

もしその頃に本書のような本がでていたら、僕はよろこんで飛びついたことだろう。当時の僕が読み通せていたかはわからない。もちろん今ならすらすら読めるわけだが、過去にさかのぼって自分の数式の理解力を判断するのは困難だ。だとしても、わからないところを残しながら読み進めていたのだろうなぁと想像している。

近年、相対性理論(特に一般相対性理論)を数式で理解させるための本のハードルは低くなっている。本書が刊行される前ならば、発売情報として書いた「一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全」が代表例で、この記事の中に他の本との比較を書いたことがある。また「一般相対性理論に挑戦しよう!」という記事では、ゴールに到達するための最短ルートを紹介しておいた。しかし、これらはすべて高校卒業程度の数学と物理学の知識があることを前提としている。

今回発売された「ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論:小林晋平」は、前提知識のスタートラインをさらに3歳下げて「中学卒業程度の数学と理科の知識」に設定したことである。そしてたかだか288ページの1冊の本として完結しているのが重要な点だ。

相対性理論の本をいくつも読み込んでいる僕でさえ「え、そんなことが可能なの?」と思うわけだ。高校数学と物理の部分は学習参考書や教科書で学べばよいじゃないか?そのように思ってしまう。出発点はやはり高校卒業程度にしておくのがいいんじゃないかな?そのような固定観念を持ちながら本書を読んでみたのだ。著者の小林先生は既刊の本を意識されていたはずで、結果的に既刊本との棲み分けに成功し、「競合」しない本に仕上がっている。

本書の章立てと構成はこのとおり。

第1章 ブラックホールを「表す」:数式から現れる世界
第2章 距離を測る:線素と微分積分
第3章 測り方を変えてみる:デカルト座標から極座標へ
第4章 次元を上げる:偏微分と3次元極座標
第5章 「時間と空間」から「時空」へ:特殊相対論
第6章 空間の曲がりを表現する:ベクトルと曲率
第7章 重力は時空の曲がりである:一般相対論
第8章 ブラックホール解を導く:アインシュタイン方程式とシュヴァルツシルト解
付録A 特殊相対論に関する補足
付録B 一般相対論に関する補足
付録C よく使う微分積分の公式

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高校1年生に戻った自分を想像して読み始めてみた。しかし、これまでに一般相対性理論の教科書は何冊も読んでいるからシミュレーションにはやはり無理があるようで、すらすらと読み進んでしまう。こんなに丁寧に書かれているのにハイペースで読むから「あー、もったいない!」と、少々悔しい思いがした。ゴールにたどり着くまでに学ぶべき数学は、図版を多用しながら、そして高校では学ばない物理を取り入れ、興味を掻き立てるように書かれていた。次のような数学が学べるわけである。

高校数学の範囲:
- ピタゴラスの定理
- 微積分
- 三角比、三角関数
- デカルト座標と極座標、そしてその変換
- ベクトルと行列

大学数学の範囲:
- 偏微分
- テンソル
- 微分幾何学、リーマン幾何学(ベクトル場、共変微分、曲率、内在幾何、計量、接続、測地線)

これらの数学を前提知識として他の本で学ぶとしたら、高校1年生にはおそらく無理なわけで、「1冊で完結している」という本書の特長が効いてくるわけだ。さらにガリレイの相対性原理やニュートン力学も数学を学びながら自然に理解することができる。

本書で学ぶ物理学的内容は詳細目次を参考にしていただきたいが、第5章で特殊相対論やミンコフスキー時空にたどり着くことができる。(特殊相対論で導かれる有名な「E=mc²」は付録A「特殊相対論に関する補足」で導出されている。(「EMANの相対性理論」での「E=mc² の求め方」)

そして第7章で一般相対論が解説され、第8章の冒頭でアインシュタイン方程式が紹介されている。相対性理論の本質が「4次元時空の幾何学」であることから、本書全体で幾何学の記述が多くなるのは当然であるが、アインシュタイン方程式自体の解説は第7章に文章で説明しているだけなので、右辺のテンソル「T」の中身の数式的な解説が少々物足りなく感じた。(ページ数が限られているから仕方がないのかもしれない。)

アインシュタイン方程式(左辺は時空の曲がり具合、右辺は物質の分布)


本書は時空の幾何(左辺)の解説に重点が置かれている。右辺の「T」、つまり物質の分布の部分については「エネルギー運動量テンソル」を参考になさるとよい。

第8章では冒頭でアインシュタイン方程式を紹介し、それをブラックホールに適用し、もっとも基本的、代表的な「シュヴァルツシルト解」の導出が行われている。ブラックホールの表面を通過するとき、どのようなことが起こるのか?ブラックホールの中や中心はどうなっているのか?などは素人でも興味を掻き立てられるテーマである。一般相対性理論だけでは解明できないこのテーマは宇宙誕生の謎の解明に直結していて、どのようにこの壮大なテーマの研究が始まったのかを理解することができる。

ページ数を抑えたため、一般相対性理論から導かれる「重力波」や「水星の近日点移動」、「重力レンズ効果」、「天体の回転よる時空の引きずり効果」などは省略されている。それらは本書を読み終えた後、巻末の参考文献で紹介されているような本で学べばよいと思う。


読み終えた後にまず思ったのは、ごまかすことなく丁寧さを保ちながら、よくこのページ数で書き上げられているなぁということだ。「15歳からの~」は確かにキャッチコピーとしてはわかるが、言い過ぎかもしれない。世の中の平均的な15歳のうち何割くらいが本書を読破、理解できるのだろうか?

僕が想像するおよその感触は次のとおりである。

- 全国の高校1年生のうち完読できる人は1%くらい。
- 将来理系の大学に進むことになる高校1年生のうち完読できる人は5%くらい。
- 将来大学で物理学科に進むことになる高校1年生のうち完読できる人は10%くらい。
- 将来東大、京大、大阪大学などの物理学科に進むことになる高校1年生のうち完読できる人は20%くらい。
- 灘高校、開成高校の理系の高校1年生のうち完読できる人は40%くらい。
- 将来物理学の分野で博士号を取得することになる高校1年生のうち完読できる人は70%くらい。
- 数学オリンピックに出場経験のある高校1年生のうち完読できる人は90%くらい。
- 将来ノーベル物理学賞を受賞することになる高校1年生のうち完読できる人は100%。


本書を手に取ったことがきっかけで、数十年後にノーベル物理学賞を受賞する子供が出ればよいなぁと楽しい空想に浸った読書体験となった。中学までは数学できたのにと思っている方は、ぜひ書店で立ち読みをしてみてほしい。

本書に寄せた森田先生、橋本先生の推薦文は以下のとおり。

「たった一行の方程式を理解する経験が、どれほど豊かなことかを著者は教えてくれる。物理と、物理を学ぼうとするすべての人への思いが詰まった、まるで個人授業を受けているかのようなライブ感溢れるテキスト。」
――森田真生(独立研究者、『数学する身体』著者)

「ブラックホール時空への直通の登頂路!
シュバルツシルト解をじっくり「鑑賞」することから始まる本書は、そこに三平方の定理が隠されていることを見つけ、時空の冒険が始まる。平らな空間とは何か、座標とは何か、時間と空間、といった、ブラックホール解を理解する最小要素がかみ砕かれて解説される。丹念にその文章と数式を追っていくと、最後にはアインシュタイン方程式とシュバルツシルト解、という山に登頂させてくれるのだ。
初学者が詰まりがちなポイントも丁寧に説明され、痒いところに手が届いている。空間や距離の考え方の解説に前半が費やされているので、自分のペースでじっくり登ることができるため、高校生に登山道を開いてくれている。友人や、物理や数学の先生と一緒に登れば、なお楽しい登山になるに違いない。著者の「物理学者」感もにじみ出て、一緒に山に登ってくれる好著。」
――橋本幸士(物理学者、『「宇宙のすべてを支配する数式」をパパに習ってみた』著者)


関連記事:

一般相対性理論に挑戦しよう!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea7ad9292ce01ad4abbbc8c98f3303d0

発売情報:一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1699a1c22477c269c68c02091d0ca049

趣味で物理学:広江克彦
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/90aa60383b600ff4e4fd7bea6589deaa

趣味で相対論:広江克彦
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/90aa60383b600ff4e4fd7bea6589deaa

時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ffc643a688ce45dec7460d107fe1392e

重力(上) アインシュタインの一般相対性理論入門: ジェームズ・B・ハートル
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d45a93d43478a133c6a514c980572632

重力(下) アインシュタインの一般相対性理論入門: ジェームズ・B・ハートル
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ae6e91eec0ecb404b3b77d46ca04b49b

重力理論 Gravitation-古典力学から相対性理論まで、時空の幾何学から宇宙の構造へ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f838b8f6c2554000933187df89e08013

日本物理学会2016年度公開講座 「一般相対性理論と宇宙 -重力波研究の最前線-」
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d39ec747fb47e0c8418e7e167e2f60c4

マックスウェル方程式を1本にまとめたのは誰?
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/226568b2c27822fb9fdfdb088e7018d3

マーミン相対論―新しい発想で学ぶ: デヴィッド マーミン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6e47253b0622e867f57fb15b88d18149


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ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論:小林晋平」(電子版


はじめに

第1章 ブラックホールを「表す」:数式から現れる世界
1.1 ブラックホールとは?
1.2 ブラックホール時空を数式で表す
1.3 数式から読み取れる物理
1.4 本書の構成

第2章 距離を測る:線素と微分積分
2.1 三平方の定理
2.2 局所的に考える・瞬間的に考える
2.3 微分積分の考え方
2.4 力学は微分積分の式で書かれる

第3章 測り方を変えてみる:デカルト座標から極座標へ
3.1 座標はなぜ必要か
3.2 デカルト座標と極座標
3.3 三角比とは
3.4 デカルト座標と極座標の関係:三角比の応用と座標変換
3.5 極座標での線素
3.6 時空の三平方の定理を表す量:計量

第4章 次元を上げる:偏微分と3次元極座標
4.1 3次元空間とデカルト座標
4.2 偏微分と全微分
4.3 線素の使い道:球面上の距離

第5章 「時間と空間」から「時空」へ:特殊相対論
5.1 光速の謎:物理法則と不変性の関係
5.2 特殊相対論における速度の加法則
5.3 時空の新しい見方:光速の不変性とローレンツ変換
5.4 特殊相対論の式をすっきりと表すために:行列
5.5 線素から世界間隔へ
5.6 科学には適用範囲がある

第6章 空間の曲がりを表現する:ベクトルと曲率
6.1 一般座標変換とベクトル・テンソル
6.2 ベクトルと曲率
6.3 ベクトルを微分する:偏微分と共変微分
6.4 接続と計量の関係
6.5 接続から曲率へ
6.6 曲率の具体的な計算
6.7 内在的曲率と外在的曲率

第7章 重力は時空の曲がりである:一般相対論
7.1 特殊相対論から一般相対論へ
7.2 一般相対論の基本原理
7.3 曲がった時空と重力の類似性
7.4 「重力=時空の曲がり」と数式

第8章 ブラックホール解を導く:アインシュタイン方程式とシュヴァルツシルト解
8.1 アインシュタイン方程式
8.2 シュヴァルツシルト解を求める
8.3 シュヴァルツシルト解を読み解く
おわりに

付録A 特殊相対論に関する補足
A.1 ローレンツ変換の導出
A.2 速度の合成則の導出
A.3 運動物体における時間の遅れとローレンツ収縮
A.4 固有時間と物理量の4次元化

付録B 一般相対論に関する補足
B.1 テンソルと変換性について
B.2 滑らかな空間と局所的に平坦な空間について
B.3 測地線と測地線方程式
B.4 シュヴァルツシルト解における積分定数の決定
B.5 パンルヴェグルストランド座標について

付録C よく使う微分積分の公式

参考文献
索引

はじめて学ぶリー環: 井ノ口順一

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はじめて学ぶリー環: 井ノ口順一

内容紹介:
本書はリー環のなかでも微分幾何学や理論物理学で使われることの多い古典型複素単純リー環の初歩(の初歩)を解説する。
線型代数を学べばリー環論の初等理論は手の届く位置にある。とは言うものの独学でリー環を学ぶとき線型代数とのギャップで戸惑う読者も少なくない。この本は,リー環論の入門書と「初歩の線型代数」の間のギャップを埋めることを目的に書かれた。やさしめに書かれた線型代数の教科書では学びにくい双対空間,対称双線型形式,一般固有空間分解などが(単純)リー環を扱う上で活用される.このような学びにくい(あるいは学び損ねた)線型代数の知識についてページを割いて丁寧に解説した点が本書の特徴である.この意味で,本書は「本格的にリー環について学ぶための線型代数の本」とも言うことができる。また,戸田格子や幾何構造についても紹介している。
2018年2月刊行、280ページ。

著者について:
井ノ口順一(いのぐちじゅんいち):教員情報
千葉県銚子市生まれ。東京都立大学大学院理学研究科博士課程数学専攻単位取得退学。福岡大学理学部、宇都宮大学教育学部、山形大学理学部を経て、筑波大学数理物質系教授。教育学修士(数学教育)、博士(理学)。専門は可積分幾何・差分幾何。算数・数学教育の研究、数学の啓蒙活動も行っている。日本カウンセリング・アカデミー本科修了、星空案内人(準案内人)、日本野鳥の会会員。

井ノ口先生の著書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で382冊目。

本書は昨年9月に読んで紹介した「はじめて学ぶリー群: 井ノ口順一」の姉妹書ということなのだが今月初めから読んでいたのだが、読了するまで時間がかかったことからおわかりのように相当難儀した。前著の「はじめて学ぶリー群」よりずっと難しく感じた。

リー環に関しては7年前に紹介した「連続群論入門 (新数学シリーズ18):山内恭彦、杉浦光夫」の中にほんの少しだけ触れられていたのを読んだのと、同じ頃に読んだ「群と表現:吉川圭二」の次の章で本書で学ぶ、随伴表現、カルタン計量、ルート系、ルート図、ディンキン図ウェイトと既約表現分類定理などを数学的な証明抜きで速習していた。

第8章「単純リー代数とその表現」
第9章「SU(3)」
第10章「単純群リー代数の分類」

本書は、このあたりのことを証明つきで詳しく解説する数学書なのだが内容紹介によると「初歩(の初歩)」だということ。章立てはこのとおり。

第1章 線型代数速習
第2章 リー環入門
第3章 随伴表現
第4章 ルートとウェイト
第5章 抽象ルート系
第6章 複素単純リー環の分類
第7章 無限次元へ
附録A 線型代数続論
附録B 標準化定理
附録C 順序関係
附録D 幾何構造
附録E 演習問題の略解


証明の細かいところは、いくつか理解できずに飛ばしてしまったが、随伴表現、ルートウェイト、そしてディンキン図を使ってどのように複素単純リー環がそのように分類されるのかは理解した。本全体の筋書きがきちんと追えたのが良かった点。

物理学の勉強に役立てるという観点から考えると、ここまで詳しく学ぶ必要はないと思うが、一般教養として理解しておくに越したことはない。天下りな記述を鵜呑みにせず、なぜそのように分類されるようになったのかを知っておくと安心して学んでいける。


2冊まとめてお買い求めになる方は、こちらからどうぞ。

はじめて学ぶリー群: 井ノ口順一」(紹介記事
はじめて学ぶリー環: 井ノ口順一
 


同じ分野の教科書では、佐武先生がお書きになった次の2冊が有力候補になるのだろう。「線型代数学(新装版) (数学選書) : 佐武一郎」を読んでから取り組みたい。

リー群の話 (日評数学選書) : 佐武一郎
リー環の話 (日評数学選書) : 佐武一郎
 
 

関連記事:

はじめて学ぶリー群: 井ノ口順一
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f789b3291f8fd6cd09bee94f1a5e1422

連続群論入門 (新数学シリーズ18):山内恭彦、杉浦光夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/71f347a51bbd16f3c72bb9116d23f597

群と表現:吉川圭二
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/35c16a71ff26b71d6ffc8c2c4730439f

線形代数と群の表現 I :平井武
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3e510783ca6272470f4c9b04f239c425

線形代数と群の表現 II:平井武
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1711924db691840bf740aa39dc1d37d1


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はじめて学ぶリー環: 井ノ口順一


第1章 線型代数速習
- 線型空間
- 双対空間とスカラー積
- 鏡映
- 直交直和分解

第2章 リー環入門
- リー環
- イデアル
- *部分群と部分環の対応
- リー環に対する操作
- 実験

第3章 随伴表現
- *不変内積
- 実験
- キリング形式
- 半単純リー環

第4章 ルートとウェイト
- 広義固有空間分解
- 冪零行列
- 行列の対角化とは
- 実正規行列の標準化
- 実験
- カルタン部分環
- ルート系の性質

第5章 抽象ルート系
- 抽象ルート系の性質
- ルート系の例
- ワイル群
- 単純ルート
- 既約ルート系
- カルタン行列
- ディンキン図形
- 具体的な表示

第6章 複素単純リー環の分類
- 複素単純リー環とルート系
- A型単純リー環
- C型単純リー環
- B型単純リー環
- D型単純リー環
- 例外型単純リー環
- 複素単純リー環の分類
- コンパクト実形
- まとめ
- *スピノル群

第7章 無限次元へ
- 非負行列
- カルタン行列の一般化
- 戸田格子とその一般化
- ループ群
- *微分同相群

附録A 線型代数続論
- 交代双線型形式と外積
- 線型変換の三角化
- 広義固有空間分解

附録B 標準化定理
- *ユニタリ行列の標準化
- *直交行列の標準化
- *ユニタリ・シンプレクティック行列の標準化

附録C 順序関係
- 大小関係の見直し
- 順序付線型空間
- 単純ルート

附録D 幾何構造
- G構造
- ホロノミー群

附録E 演習問題の略解

参考文献
索引

docomoスマートフォン機種変更: SH-01H ⇒ SH-03K

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自分のための備忘録。

スマートフォンはdocomoのをメインに、SoftBankのiPhone Xをサブで使っているが、docomoのスマートフォンのバッテリーの減り方が早くなり、アプリもインストールできないという異常事態に陥っていた。前回機種変更してから3年2ヶ月たっている。やむなく機種変更することに。


機種変更前:AQUOS SH-01H
https://www.nttdocomo.co.jp/product/smart_phone/sh01h/

4.9インチ Full HD TFT(IGZO)(横1080×縦1920ピクセル Full HD)
Android 5.1 → 7.0
Qualcomm MSM8992ヘキサコア(1.8GHzデュアルコア+1.4GHzクァッドコア)
ROM 32GB、RAM 3GB/最大64GB(microSDXCカード)

機種変更後:AQUOS R2 SH-03K
https://www.nttdocomo.co.jp/product/smart_phone/sh03k/

6.0インチ 約1,678万色 IGZO WQHD+(1440×3040)
Android 8.0
SDM845 2.6GHz(クアッドコア)+1.7GHz(クアッドコア)オクタコア
ROM 64GB、RAM 4GB/最大512GB(microSDXCカード)


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アダプター無しでイヤフォンを差せるのがうれしい。ケーブルタイプのイヤフォンだとDolby®4対応なのでBluetoothイヤフォンより格段に音がよい。

最近Apple Musicを解約してAmazon Musicに入会したばかり。(参考記事:「映画『ボヘミアン・ラプソディ(2018)』」)

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壁紙は相変わらず水戸黄門の印籠だ。真似したい方のためにここから画像をダウンロードできるようにしておいた。


関連記事:

docomoスマートフォン機種変更: SH-02D ⇒ SH-02E
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/640a553779e25aeec40db62f398c215a

docomoスマートフォン機種変更: SH-02E ⇒ SH-01H
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/508e108803e0a23e851bb44c77f3b56b


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新年おめでとうございます。

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2019 元旦
読者のみなさまへ

新年おめでとうございます。昨年は当ブログをお読みいただきありがとうございました。

数えてみたところ昨年は150本の記事を投稿していました。そして2017年以前は

2017年は204本
2016年は105本
2015年は111本
2014年は96本
2013年は100本
2012年は114本
2011年は145本
2010年は118本
2009年は115本
2008年は200本
2007年は148本
2006年は154本
2005年は67本

の記事を投稿していました。

昨年は11月に次の記録を達成しました。

祝: 累計500万アクセス達成!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d1dd213ffba4f3b85ee2abd6076e2095

そして昨日の大晦日にはトータルページ閲覧数が1500万ページに達しました。




1000万ページに達したのが2016年10月17日ですから500万ページを閲覧していただくのに805日かかっています。同じペースを維持できれば累計2000万ページに達するのは2021年3月15日前後となります。


趣味の読書に目標や予定をたてても、なかなかそのとおりに進まないものです。今年も興味の趣くままに読書や勉強を進めてまいります。


楽しい正月をお過ごしください。みなさまの健康とご活躍を心より願っております。


初詣は「とね神社」へお越しください。お賽銭クリックはこちらからどうぞ!それぞれのランキングサイトに投票が行われます。

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おみくじはここで引けます。今年も運勢を占ってみましょう。(画像をクリックして進みます。)




  

 

力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪

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力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪

内容紹介:
自然哲学から自然科学へ、ニュートン以後の静かな革命。十八世紀のヨーロッパ大陸で、力学は生まれ直した。惑星の運動から球の衝突まで、汎用性をもつ新たな知が立ち上がる過程を丹念に追跡し、オイラーの果たした画期的役割を、ライプニッツやベルヌーイ、ダランベールやラグランジュらとの関係の中で浮彫りにする。
2018年10月10刊行、356ページ。

著者について:
有賀暢迪(ありが のぶみち): ホームページ:http://www.ariga-kagakushi.info/index.html
1982年岐阜県に生まれる。2005年京都大学総合人間学部卒業。2010年京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2013年国立科学博物館理工学研究部研究員。2017年京都大学博士(文学)。
Twitter: @ariga_prdgmmkr


理数系書籍のレビュー記事は本書で383冊目。

力学は中学理科の物理と高校物理で学んでいたが、それがニュートン力学だと教わったのはいつのことだったのだろう?今でも物理の大学入試問題くらいは解けると思うし、高校物理までさかのぼって復習する必要はない。

中学、高校時代に自分はどのようにして力学の基礎概念を理解していたのだろうか?落体の法則や運動エネルギー、物体の衝突や放物運動、速度や加速度、力の平行四辺形運動量や運動エネルギー保存則、作用、仕事、力積、剛体の回転運動、回転モーメントなどなど。あと物理ではなく地学の中で学んだのがニュートンの万有引力の法則だった。

高校で物理を学んでいたころは、「ニュートン力学」と呼んでいるくらいだから、力学3法則はもちろん、力や放物運動、物体の衝突などの数理的解明と計算方法もアイザック・ニュートンの功績だと思っていた。ニュートンが著した「プリンキピア(自然哲学の数学的原理)」を知らなかったから無理もない。しかし運動エネルギーや運動量の概念がニュートンの業績でないことを何かの本で読んだとき「それじゃ、誰が発案したの?」と思っていた。その疑問は本書「力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」を読んで、40年ぶりに解決したのだ。


目から鱗が落ちるとはまさにこれである。高校生でも理解できる力学の概念は、ニュートン以後、世界最高水準の科学者たちの頭脳をもってしても、およそ100年におよぶ研究と論争が必要だったのだ。その過程で成果を共有するために多くの本が出版され、熾烈な論争が繰り返された。その初めの長い期間の中で私たちが「初等力学」として学ぶ概念が理解され、最終的にラグランジュによる「解析力学」という一般化した形にまとめられていった。

僕は3年前に「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」を読み、私たちが「ニュートン力学」と呼んでいるものとニュートン自身が到達し、理解していた「ニュートンの力学」との間に大きな開きがあることを学んでいる。この山本先生の本と今回紹介する有賀先生の本は、ともにニュートンから始まりライプニッツからラグランジュに至る古典力学史を解説し、引き合いに出される科学者はほぼ共通している。しかし、以下のような特長があるから2冊とも読んでおくべきだと思った。

山本先生の本:
- 横書き本である。(数式を記述するため。)
- それぞれの科学者の業績を数式を多用して紹介、解説している。(大学物理を学んだ人向け)
- ニュートン、ガリレイ、ケプラーの業績に関する記述が多い。
- ライプニッツそしてライプニッツ以降の解析学(微積分学)の発展史を含めて解説している。
- ライプニッツヴァリニョンヤコブ・ベルヌーイヨハン・ベルヌーイモーペルテュイダニエル・ベルヌーイオイラーダランベールラグランジュなどが行なった研究を個別に数式を紹介しながら解説しているため、力学全体に対する貢献がどこにあるか、力学の個別の概念をどのように理解していたかが読み取りにくい。(僕の理解力が足りないだけかもしれないが。)
- 地上の力学(静力学、動力学)だけでなく、天体力学史(月や惑星の運動、潮汐理論)にも多くのページを割いている。つまり「遠隔力」をめぐる議論が解説されている。

有賀先生の本:
- 縦書き本である。(数式はほとんどない。)
- 数式はほとんどないが、理解するには高校物理レベルの知識は必要。大学の解析力学は入門書程度の知識はあったほうがよい。
- ニュートン、ガリレイ、ケプラーに関する記述はほとんどない。
- ライプニッツそしてライプニッツ以降の力学の発展史がメイン。解析学(微積分学)発展史はない。
- 年代をたどりながら科学者がどのように影響を及ぼし合って力学概念の継承、変化したかを詳細に解説している。
- 地上の力学(静力学、動力学)に関する記述がメイン。天体力学史や「遠隔力」をめぐる話はほとんど書かれていない。


力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」の章立ては次のとおり。おおまかに言えば第I部と第II部は初等力学史、第III部が解析力学史である。

序 論 力の起源をたずねて
第1章 18世紀力学史の歴史叙述

第I部 活力論争と「運動物体の力」の盛衰

第2章 17世紀の自然哲学における「運動物体の力」
第3章 活力論争の始まり
第4章 活力論争の解消

小括 「運動物体の力」の否定とそれに替わるもの

第II部 オイラーの「力学」構想

第5章 「動力学」の解析化
第6章 活力論争における衝突理論の諸相と革新
第7章 オイラーにおける「力学」の確立

小括 「力学」の誕生

第III部 『解析力学』の起源

第8章 再定義される「動力学」と、その体系化
第9章 作用・効果・労力 ― 最小原理による力学
第10章 ラグランジュの力学構想の展開

小括 静力学と動力学の統一、あるいは衝突の問題の後退

結 論 自然哲学から「力学」へ


そもそも「力」が何なのかすらわかっていなかったのだ。「えっ!そうなの?」と思われるかもしれない。ニュートン以前であっても、物体の落下や投射運動、振子の運動は観察されていたし、テコや滑車、バネも使われていたし、物体の衝突だって日常的に経験していたはずだ。難しいのは天体の運動の力学や計算であり、地上の力学はほぼ解決済みだと僕は思っていた。小学校で実験するように「バネばかり」を使えば力は測定できる。

しかし、微積分記号を発明して力学研究に使っていたライプニッツさえも「力」とは物質に内在する「何か」であると考えていた。もちろん間違いである。そして「力の大きさを表す尺度」をどのように求めればよいかということが科学者の間で問題とされていたのだ。

なるほど、日常生活では「力を込める」とか「力を溜める」という言葉があるくらいだから、力とは物質の中にあるものだという誤った理解に陥っていたのかもしれない。

そして注意すべきは、この時代に使われていた「力」という言葉が、現代の物理概念で言うところの「運動エネルギー」あるいは「運動量」であるということなのだ。「力の量の尺度」として「1/2 mv²」と「mv」のどちらを採用すべきかということをめぐって「活力論争」は何十年にもわたって繰り広げられた。(ウィキペディアで調べると「運動エネルギー」という用語はは1850年頃ウィリアム・トムソンによって初めて用いられたとある。運動量については「運動の量」としてニュートンやライプニッツはすでに理解していた。)

現代の私たちは完成した力学と力学概念を整理された形で学んでいるから、発展途上で科学者が使う用語が同じだとしても現代とは違った概念のことがある。ライプニッツが「活力」、「死力」と呼んでいたものが何なのか、オイラーだけについてでも同じ用語であらわされる概念がどのように変化していったかを注意深く理解する必要がある。オイラーは「労力」や「最小労力の原理」という現代では使われない用語を使っているので、最初は戸惑うかもしれない。完成した力学を知っているだけに、当時の科学者が使う用語の意味を正しく理解するのが難しいのだ。

しかしながら、著者の有賀先生は分かりにくい用語、誤解をしやすい用語がでてくると、言葉を尽くして説明してくださっているから、読者は安心して読み進めることができる。また一度説明したことも、後のほうの章で必要になるときには繰り返して説明してくださるから、忘れっぽい読者でも途中で置いて行かれることはない。とても親切な本である。

ひとつだけ難点を言わせていただくと、数式がほとんどないため、科学者たちが個別に研究した内容を知らないと、どのようにして彼らが力学概念をそのように理解するに至ったかが読み取りにくいということがあげられる。これは多数の文献を調べる必要があるため、力学概念をどのようにとらえていたかを書物の中の文章表現から拾わなければならず、数式で記述された個別の研究内容の理論的脈絡からは拾いきれなかったことが影響しているからではないだろうかと僕は思った。少なくともウィキペディアなどで、それぞれの科学者がどのような研究をし、業績をあげたのか抑えておけば、この難点は軽減されると思う。(この点については、山本先生の本では数式を現代の流儀に書き換え、そこから意味をくみ取る作業をされているので問題は生じていない。)


本書は「あとがき―本書に辿り着くまで」に書かれているように、有賀先生の博士論文がもとになっている。著者の18世紀の力学とのかかわりは学生時代の2003年にまで遡る。それがようやく実を結び1冊の本になった。数多くの原書を読み解き、歴史と科学の狭間で苦労されて完成した力作である。先生ご自身が「あとがき」にお書きになっているように、「運動方程式」に関する記述が少ないこと、ダニエル・ベルヌーイの『流体動力学(1738年)』に触れていないという不備な点があるという。


僕には久しぶりにのめり込み、熱中できた読書体験となった。どなたかがツイートされていたが、本書は英語に訳して世界中の物理学関係者に読んでもらいたいと思う。

超お勧めの本なので、ぜひお読みいただきたい!


どちらを先に読むかは自由だが、山本先生の著書と紹介記事はこちらからどうぞ。

古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」(紹介記事



有賀先生の本を読んでいるうちに、初等力学の本を無性に読みたくなってきた。高校物理の参考書までは遡る必要はないが、以前「初等力学までは読む必要はないな。」と思って未読だった前野先生の本を注文した。また、すでに紹介記事を書いている前野先生の「よくわかる解析力学」のほうも、僕が読んだ第1刷以来、誤植が訂正されている最新刷を取り寄せておいた。この2冊は有賀先生の本で語られている力学概念が現代どのように理解されているかを考えるのに(難易度が低く、丁寧で読みやすいことも含めて)最適な読み合わせの本だと思う。

よくわかる初等力学: 前野昌弘」(サポートページ
よくわかる解析力学: 前野昌弘」(紹介記事)(サポートページ
 


関連記事:

古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e808487b7e9d668967f703396e32d80a

古典力学の形成: 山本義隆―続きの話
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b5904a574fd4c4e276da496bd2c1821b

よくわかる解析力学:前野昌弘
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bd9d328483de3bc3f9a3ad14ec6fe078

マッハ力学―力学の批判的発展史:伏見譲訳
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b283e623ad8c112556fc107f4c422b4b

マッハと現代物理学: 伏見康治
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/199aca0e09948ec308f1cd870fd06b43


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力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪


序 論 力の起源をたずねて

第1章 18世紀力学史の歴史叙述
1 解析化と体系化
2 活力論争と力の概念
3 「力学」の誕生

第I部 活力論争と「運動物体の力」の盛衰

第2章 17世紀の自然哲学における「運動物体の力」
1 物体の中の「力」と衝突の問題 ― デカルト
2 「固有力」と「刻印力」― ニュートン
3 「活力」と「死力」―ライプニッツ

第3章 活力論争の始まり
1 ドイツ語圏での支持拡大
2 オランダからの反応
3 フランスでの論戦の始まり

第4章 活力論争の解消
1 ダランベールの「動力学」構想
2 モーペルテュイの最小作用の原理
3 オイラーによる「慣性」と「力」の分離

小括 「運動物体の力」の否定とそれに替わるもの

第II部 オイラーの「力学」構想

第5章 「動力学」の解析化
1 活力と死力、その異質性
2 活力と死力、その連続性
3 死力による活力の生成

第6章 活力論争における衝突理論の諸相と革新
1 衝突の法則と物質観
2 ス・グラーフェサンデによる「力」の計算
3 パリ科学アカデミー懸賞受賞論文
4 ベルヌーイによる衝突過程のモデル化
5 オイラーによる「運動方程式」の利用

第7章 オイラーにおける「力学」の確立
1 活力と死力の受容
2 「動力」、「静力学」、そして「力学」
3 ライプニッツ-ヴォルフ流の「力」理解に対する批判

小括 「力学」の誕生

第III部 『解析力学』の起源

第8章 再定義される「動力学」と、その体系化
1 パリ科学アカデミーにおける「動力学」の出現
2 「力」の科学から運動の科学へ
3 ダランベールの「一般原理」と、そのほかの「一般原理」

第9章 作用・効果・労力 ― 最小原理による力学
1 弾性薄板と軌道曲線における「力」
2 「労力」の発見
3 最小労力の原理
4 2つの最小原理、2つの到達点

第10章 ラグランジュの力学構想の展開
1 「動力学」のさらなる体系化
2 「普遍の鍵」としての最小原理
3 「一般公式」の由来と『解析力学』の力概念

小括 静力学と動力学の統一、あるいは衝突の問題の後退

結 論 自然哲学から「力学」へ

あとがき
補 遺
年 表

参考文献
索 引

よくわかる初等力学: 前野昌弘

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よくわかる初等力学: 前野昌弘

内容紹介:
◎力学をちゃんと学ぶと物理学がみえてくる
力学をなめてはいけない。例えばあなたが、物理の大学入試問題を楽勝で解けたとしても、「根本はわかってないけど計算はできる」状態であったなら、その先に進むことはできない。本書は「力学の学習を通じて物理的思考方法を身につけられるように」という方針で書いた。微分や積分、ベクトルなどの数学についても可能な限り詳しく解説し、「計算ができないので物理がわからない」という状況に陥らないように配慮した。力学をちゃんと学ぶと物理学が見えてくる。その魅力を堪能してほしい。

- 背伸びをして大学物理の世界を覗いてみたい高校生
- 指定の教科書が簡潔すぎてとっかかりがつかめない大学生
- 大学の力学をじっくりと、勉強しなおしてみたい人

などなど「悩める力学徒」のために「くそ」がつくほど丁寧な本」にしました。

2013年2月刊行、416ページ。

著者について:
前野昌弘(まえのまさひろ): Twitter: @irobutsu
1985年 神戸大学理学部物理学科卒業。1990年 大阪大学大学院理学研究科博士課程修了。1995年より琉球大学理学部教員。現在 琉球大学理学部物質地球科学科准教授。
著書は「よくわかる電磁気学」、「よくわかる量子力学」、「よくわかる初等力学」、「よくわかる解析力学」、「ヴィジュアルガイド物理数学(シリーズ)」(東京図書)、「今度こそ納得する物理・数学再入門」(技術評論社)、「量子力学入門」(丸善出版)
(以上のサポートページは
http://irobutsu.a.la9.jp/mybook/index.html
にあり)
ネット上のハンドル名は「いろもの物理学者」

ホームページは
http://irobutsu.a.la9.jp/
http://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/~maeno/cgi-bin/pukiwiki/index.php

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理数系書籍のレビュー記事は本書で384冊目。

力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」を読み、「よくわかる初等力学: 前野昌弘」が無性に読みたくなった。僕の学習進度を考えれば読む必要はないので、前野先生がお書きになった他の教科書は読んでいたが、本書は書店での立ち読みで済ませていた。

しかし、それでよかったのだろうか?念のため確認することにしたわけなのだ。前野先生がおっしゃっているように問題が解けても正しく理解しているとは限らない。たとえば、次の問いにあなたは答えられるだろうか?前野先生がお描きになったポップである。



あとニュートンの力学3法則に関してだが、「第1法則:慣性の法則は第2法則 F=d/dt(v)の特別な場合だから不要なのでは?に対する回答」や「第3法則:作用・反作用の法則の理解に関するよくある間違い」は目から鱗が落ちる。


大学での初等力学は高校物理で学んだ力学を、微積分やベクトルを使って学びなおす。より計算が中心になるため「意味」や「考え方」を問い直す機会は減るのだと思う。その点、前野先生の教科書はご自身が「「悩める力学徒」のために「くそ」がつくほど丁寧な本」にしました。」とお書きになっているように「しつこい」、「くどい」と思えるほど言葉を尽くして、図を描きつくして学生に伝えようというエネルギーが伝わってくる。

とはいっても僕の場合は学生と同じ読み方をするわけではない。次のような点を意識しながら読み進めた。

- 学んでいる内容が「力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」だと、どの年代、どの段階に対応しているのか想像すること。
- 力学史の発展の順番と本書の構成を対照しながら読むこと。
- 現代ではどのように整理され、学びやすくなっているかを知ること。
- これまでの力学の学習で取りこぼしていた発想や考え方を本書から拾い上げること。
- 一般の力学の教科書には書かれていないことが本書ではどのあたりに該当するのか注意を払うこと。

同じ本でも、視点や読み方が変われば読む価値も変わってくる。このような読書体験ができたのは結果的によかった。

もちろん、本書は本来大学1年生向けであるし、意欲的な高校生が大学物理や大学レベルのベクトル(ベクトル解析の初歩の初歩)を先取りして学ぶための本である。独習にうってつけの本である。

章立てと学習項目は次のとおり、高校で物理を学んだ人ならば、どこまで学べるかがすぐおわかりだと思う。

第1章 静力学その1―力のつりあいの1次元問題
1.1 静力学の法則
1.2 作用・反作用の法則についての注意
1.3 重力と垂直抗力だけを用いた例題
1.4 糸の張力
1.5 系
1.6 弾性力
1.7 ベクトルへの第一歩―力の向きを正負で表現する

第2章 静力学その2―2次元・3次元での力のつりあい
2.1 2次元のつりあい
2.2 静止摩擦力
2.3 ベクトルを使った計算
2.4 ベクトルの分解と成分表示
2.5 斜めの力がある場合のつりあい
2.6 滑車
2.7 連続的な物体に働く力
2.8 質点の静力学に関する補足

第3章 静力学その3―剛体のつりあい
3.1 つりあいの条件と回転しない条件
3.2 てこの原理と力のモーメント
3.3 力のモーメントと外積
3.4 重力のモーメントと重心
3.5 実例における、力と力のモーメント
3.6 面に働く力

第4章 運動の法則その1―1次元運動
4.1 力は何をもたらすか?
4.2 慣性の法則
4.3 運動の法則の理解のために―1次元の速度と加速度
4.4 運動の法則ー運動方程式
4.5 1次元的な運動の運動方程式
4.6 動摩擦力が働く運動
4.7 微分方程式としての運動方程式
4.8 運動の法則に関する補足


本書を読み終えた後「よくわかる解析力学: 前野昌弘」(紹介記事)のほうにも目を通しておいた。「力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」の第III部「解析力学」に対応する部分も再確認しておきたかったからだ。章立ては次のとおりだが、太字の部分が有賀先生の本の中で紹介されている「解析理学に至るまでの力学(仮想仕事、変分法と「ラグランジュの解析力学」)である。このあたりは特に面白い。

第1章 解析力学入門の準備
第2章 簡単な変分問題
第3章 静力学―仮想仕事の原理から変分原理へ
第4章 ラグランジュ形式の解析力学?導入篇
第5章 ラグランジュ形式の解析力学?発展篇
第6章 ラグランジュ形式の解析力学―実践篇1・振動
第7章 ラグランジュ形式の解析力学―実践篇2・剛体の回転
第8章 保存則と対称性
第9章 ハミルトン形式の解析力学
第10章 正準変換
第11章 ハミルトン・ヤコビ方程式
第12章 おわりに 解析力学と物理


この2冊は有賀先生の本で語られている力学概念が現代どのように理解されているかを考えるのに(難易度が低く、丁寧で読みやすいことも含めて)最適な読み合わせだと思う。

よくわかる初等力学: 前野昌弘」(サポートページ
よくわかる解析力学: 前野昌弘」(紹介記事)(サポートページ
 

すでに紹介記事を書いている前野先生の「よくわかる解析力学」のほうも、僕が読んだ第1刷以来、誤植が訂正されている最新刷を取り寄せておいた。

失礼ながら、前野先生の教科書は刊行時には誤植が多いため、中古本ではなく新品の本をお買い求めになるほうがよい。古い「刷」をお持ちの方のために、サポートページから本に貼り付けて使う訂正用のPDFファイルが公開されている。誤植が多いというのは、刊行後も熱心に内容をチェックされ、よりよい本にしたいという熱意のあらわれである。


関連記事:

力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/39015937594a6282316377ae34a6a240

古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e808487b7e9d668967f703396e32d80a

古典力学の形成: 山本義隆―続きの話
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b5904a574fd4c4e276da496bd2c1821b

よくわかる解析力学:前野昌弘
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bd9d328483de3bc3f9a3ad14ec6fe078

よくわかる電磁気学:前野昌弘
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3f7e34e15a862a7c6471d5eb60be0273

よくわかる量子力学:前野昌弘
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/08beb004bf1a5c9e6f6192439045c120

今度こそ納得する物理・数学再入門:前野昌弘
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8777ea8175e9c48e0170df5b930f42d9

発売情報: ヴィジュアルガイド 物理数学 ~多変数関数と偏微分~: 前野昌弘
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1a891954f5d6e7d280caff962e4b5275


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よくわかる初等力学: 前野昌弘」(サポートページ


はじめに

第1章 静力学その1―力のつりあいの1次元問題
1.1 静力学の法則
1.1.1 力がつりあうということ
1.1.2 鉛直な力のつりあい
1.1.3 力の絵の描き方についての注意
1.2 作用・反作用の法則についての注意
1.2.1 「作用・反作用」と「つりあい」は全く違う概念であること
1.2.2 名前に引きずられないように
1.3 重力と垂直抗力だけを用いた例題
1.4 糸の張力
1.4.1 糸でつながれた物体
1.4.2 質量のある糸:今後のための準備運動
1.5 系
1.5.1 「系」とは
1.5.2 内力_作用・反作用の法則の有り難さ
1.6 弾性力
1.6.1 バネの力
1.6.2 バネの連結
1.6.3 垂直抗力や糸の張力をミクロに見れば
1.6.4 力は状態で決まる量である
1.7 ベクトルへの第一歩―力の向きを正負で表現する

第2章 静力学その2―2次元・3次元での力のつりあい
2.1 2次元のつりあい
2.1.1 二つの方向に働く力
2.2 静止摩擦力
2.2.1 面に働く(垂直抗力以外の)力
2.2.2 静止摩擦力の性質
2.2.3 静止摩擦力がある場合の練習
2.3 ベクトルを使った計算
2.3.1 ベクトルの定義
2.3.2 ベクトルの表記について
2.3.3 ベクトルの和
2.3.4 ベクトルの定数倍と単位ベクトル
2.3.5 ベクトルの差
2.4 ベクトルの分解と成分表示
2.4.1ベクトルの分解
2.4.2 ベクトルの成分
2.4.3 3次元ベクトルの成分表示
2.5 斜めの力がある場合のつりあい
2.5.1 斜めに伸びた糸
2.5.2 斜面に載せた物体
2.5.3 斜めに糸で引っ張る
2.6 滑車
2.6.1 滑車とは
2.6.2 自分を持ち上げる
2.6.3 動滑車
2.7 連続的な物体に働く力
2.7.1 滑車にかけられた質量が無視できる糸の張力
2.7.2 滑車にかけられた、質量のある糸の張力
2.8 質点の静力学に関する補足
2.8.1 力を測る(静力学の範囲で)
2.8.2 質量の定義について、静力学の範囲で

第3章 静力学その3―剛体のつりあい
3.1 つりあいの条件と回転しない条件
3.1.1 ここまで無視してきたこと
3.1.2 剛体が静止する条件―一つの剛体に二つの力が働く時
3.1.3 作用点の移動
3.1.4 剛体が静止する条件―一つの剛体に三つの力が働く時
3.2 てこの原理と力のモーメント
3.2.1 てこの原理
3.2.2 力のモーメントの定義
3.3 力のモーメントと外積
3.3.1 モーメント
3.3.2 支点が任意の点に設定できること
3.3.3 偶力
3.3.4 力のモーメントがベクトルとして足し算できること
3.4 重力のモーメントと重心
3.4.1 棒に働く重力のモーメント
3.4.2 重心
3.4.3 2次元物体の重心
3.5 実例における、力と力のモーメント
3.5.1 床に置かれた物体
3.5.2 壁に立てかけられた板
3.5.3 水平に保持した棒
3.6 面に働く力
3.6.1 圧力
3.6.2 パスカルの原理

第4章 運動の法則その1―1次元運動
4.1 力は何をもたらすか?
4.1.1 アリストテレス的な運動の考え方
4.2 慣性の法則
4.3 運動の法則の理解のために―1次元の速度と加速度
4.3.1 座標とは何か(1次元で)
4.3.2 速度とは何か(1次元で)
4.3.3 加速度とは何か(1次元で)
4.4 運動の法則ー運動方程式
4.5 1次元的な運動の運動方程式
4.5.1 重力の下での運動
4.6 動摩擦力が働く運動
4.6.1 動摩擦力
4.7 微分方程式としての運動方程式
4.7.1 速度に比例する抵抗力が働く場合
4.7.2 次元解析を使った考察
4.7.3 速度に比例する抵抗を受けながらの落下
4.7.4 速度の自乗に比例する抵抗を受けながらの運動
4.8 運動の法則に関する補足
4.8.1 運動方程式は物理法則である
4.8.2 第一法則は要らないのか?

高校生からわかる複素解析: 涌井良幸

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高校生からわかる複素解析: 涌井良幸

内容紹介:
“複素数”とは高校で学ぶものですが、「2乗して-1になる数iを用いてa+biと書ける数」のことです。“i”は虚数単位です。本書のテーマである複素解析とは、一言でいうと、「変数が複素数である関数の、微分法・積分法を扱う数学」のことです。中学・高校で学んだ関数は“実関数”といって、変数xは実数ですが、複素関数の変数zは複素数です。実関数と複素関数には天と地ほどの差があります。本書は、量子力学や電磁気学、流体力学などの理学・工学分野で活躍し、さらに経済学などの社会科学でも広く使われている複素解析を、高校生からでもわかるよう、丁寧に解説していきます。

2018年9月刊行、285ページ。

著者について:
涌井良幸(わくい よしゆき)
1950年、東京都生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)数学科を卒業後、高等学校の教職に就く。現在はコンピューターを活用した教育法や統計学の研究を行なっている。 【著書】『多変量解析がわかった』、『道具としてのベイズ統計』(日本実業出版社)、『統計学図鑑』(技術評論社)、『「数学」の公式・定理・決まりごとがまとめてわかる事典』『高校生からわかるベクトル解析』(ベレ出版)ほか。

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理数系書籍のレビュー記事は本書で385冊目。

本書のことは「多変数関数論 (数学のかんどころ 21):若林功」の紹介記事を書いたときに、「1変数の複素関数論でお勧め本がでました。」と紹介した。僕の場合いまさら読む必要はないわけであるが、せっかく買ったのだから読まないともったいない。図版がきれいだし、涌井先生がお書きになってきた副読本にはこれまで好感をもっていたから好奇心に抗うことができなかった。

いまの大学生は恵まれていると思う。先日紹介した「ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論:小林晋平」や直前で紹介した「よくわかる初等力学: 前野昌弘」のように、親切でわかりやすい教科書、副読本は僕が大学生の頃にはほとんどなかった。かの伝説の書、理工系学生の救世主、目から鱗が落ちまくりの「物理数学の直観的方法〈普及版〉 (ブルーバックス):長沼伸一郎」(出版経緯の紹介記事)の初版が発売されたのは、卒業してから半年たった1987年10月のことだから、僕はその恩恵にあずかっていない。このようなお助け本、親切本は遅くとも最終学年になるまでに読んでおきたいものだ。


物理数学の直観的方法〈普及版〉 (ブルーバックス):長沼伸一郎」でも1章が割かれているように「複素関数論」は理工系学生が卒業までにぶち当たる難所のひとつである。このような学生に向いている。

- 背伸びをして大学物理の世界を覗いてみたい高校生
- 指定の教科書が簡潔すぎて、とっかかりがつかめない大学生
- 何を学んでいるのか、さっぱりわからず途方に暮れている大学生

昨今は「これを学ぶと、何の役に立つのですか?」と問う若者が多い。それは数学専攻の学生でも変わらなくなっているのが、僕の学生時代との違いだと思う。無論本書は高校生からでも読めるように配慮した本だから、プロローグでまず「複素解析とは何か」と「複素解析を学ぶ効用」を紹介している。それは次のようなことだ。

- 複素関数と実関数は「天と地」の違い
- 高所から広い視野で数学を見ることができる
- 理学や工学は複素解析が活躍する世界(量子力学、電磁気学、流体力学)
- 複素関数を使って実数の世界では困難な問題を解決できる
- 理工学でよく使われるフーリエ変換、ラプラス変換は複素関数が前提
- その他にもまだまだある

本書の章立てはこのとおり。

プロローグ 複素解析を学ぶ前に
第1章 複素数と複素関数
第2章 いろいろな複素関数
第3章 実関数の微分・積分
第4章 複素関数の微分
第5章 複素関数の積分
第6章 複素関数の級数展開
エピローグ 橋渡しの最後に


複素間数論は複素解析と呼ばれたり、関数論と省略して呼ばれたりもする。複素数を変数とする関数やその微分、積分に成り立つ法則を学ぶ。高校数学までの実数関数やその微積分には見られない強力な定理、一見不思議で美しい法則が花開いているのが複素関数論の世界だ。特に留数一致の定理解析接続リーマン面などは実数関数の世界には存在しない概念である。

留数定理(EMANの物理数学)
http://eman-physics.net/math/imaginary11.html

一致の定理、解析接続(EMANの物理数学)
http://eman-physics.net/math/imaginary07.html


余談:複素関数論は主にコーシーの業績であるが、彼がこの研究をしていたのは24歳だった1825年頃のことである。そして留数の定義は1826年に発表された。(参考ページライプニッツが実数関数の微積分記号を発案してからおよそ140年後のことである。(ライプニッツは1684年に「極大と極小に関する新しい方法」を出版して、その中で微分法を発表し、ついで1686年に「深遠な幾何学」を出版して積分法を発表した。)


実をいうと本書は「物理数学の直観的方法〈普及版〉 (ブルーバックス):長沼伸一郎」とすこぶる相性がよい。この本は複素関数論に1章を割いているほか、「高校生からわかる複素解析: 涌井良幸」で取り上げられている次のようなテーマについても、直観的な解説をしているからだ。

- 第1章 線積分、面積分、全微分
- 第2章 テイラー展開
- 第4章 e^iπ=-1の直観的イメージ
- 第7章 フーリエ級数・フーリエ変換
- 第8章 複素関数・複素積分

長沼先生の本を読んでから涌井先生の本をお読みになるか、涌井先生の本を読みながら、必要に応じて長沼先生の本をお読みになるとよいだろう。


本書には姉妹本がある。「物理数学の直観的方法〈普及版〉 (ブルーバックス):長沼伸一郎」で1章を割いている「ベクトル解析」についても、涌井先生は本をお書きになった。こちらも合わせてお読みになるとよい。

高校生からわかる複素解析: 涌井良幸」(図版サンプル)(正誤表
高校生からわかるベクトル解析: 涌井良幸」(正誤表

 


本書で留数定理や解析接続まで複素解析(複素関数論)の基礎をひととおり理解したら、一般的な教科書はかなり読みやすくなるはずだ。これまでに紹介したこの分野の副読本、教科書の紹介記事を易しい順に列挙して、今回の記事を締めくくろう。


関連記事:

なっとくする複素関数:小野寺嘉孝 ← この副読本もお勧め!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/de4d9ea37c56d434505002d35e0132bf

定本 解析概論:高木貞治
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cf579e91cb873cda1126e70a6bd3def2

ヴィジュアル複素解析
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2f47e7b748d4ca7022dc53305388a00b

解析学入門のための教科書談義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22c325e49cfd7c721679dbc2896b86a4

複素解析: 小平邦彦
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f2d66f57d8e7e4bc971fedc5b204f5e9


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高校生からわかる複素解析: 涌井良幸


はじめに
本書の使い方
ギリシャ文字と数学の記号

プロローグ 複素解析を学ぶ前に
- 複素解析って、なんだ?

第1章 複素数と複素関数
- 複素数とは何か
- i は虚しい数か
- 複素数を図示した複素平面
- 複素数の+、-、×、÷
- 複素数の極形式
- ド・モアブルの定理
- 平面図形の複素数表示
- 複素関数とは
- 複素関数のグラフ
- 一価関数と多価関数

第2章 いろいろな複素関数
- 多項式と有理関数
- オイラーの公式
- 指数関数 e^z の定義
- 指数関数 e^z の性質
- 指数関数 e^z の振る舞い
- 三角関数 cos(z) の定義
- 三角関数 cos(z) の性質
- 三角関数 cos(z) の振る舞い
- 対数関数 log_e(z)の定義
- 対数関数 log_e(z)の性質
- 対数関数 log_e(z)の振る舞い
- ベキ関数 z^a の定義
- ベキ関数 z^a の性質
- ベキ関数 z^a の振る舞い

第3章 実関数の微分・積分
- 関数の連続
- 微分可能
- 導関数
- 合成関数の微分法
- 逆関数の微分法
- 偏微分
- よく使われる偏導関数の性質
- 積分の定義
- 置換積分法

第4章 複素関数の微分
- 複素関数の連続
- 複素関数の微分可能
- 複素関数の導関数
- 微分可能(正則)とコーシー・リーマンの方程式
- 複素関数の微分の公式
- いろいろな複素関数の導関数

第5章 複素関数の積分
- 実関数の線積分
- 複素関数の積分
- 複素積分の基本計算
- 閉曲線と領域
- コーシーの積分定理
- 積分路の変更
- 多重連結領域と周回積分
- 不定積分を用いた定積分の計算
- コーシーの積分公式
- グルサの公式

第6章 複素関数の級数展開
- ベキ級数と収束域
- 正則関数のベキ級数展開
- 特異点を中心としたローラン展開
- 留数と留数定理
- 関数の拡張と解析接続

エピローグ 橋渡しの最後に
- 専門数学への橋渡し

付録
- なぜ e^(iθ) = cos(θ) + i sin(θ) なのか
- リーマン積分
- コーシー・リーマンの方程式の逆
- 全微分
- 極形式で表わされたコーシー・リーマンの方程式
- W(z, z^~)判定法
- 平面におけるグリーンの定理
- 2重積分
- ML不等式
- 実関数のテイラーの定理・マクローリンの定理
- 1次分数関数と反転
- 多価関数とリーマン面

索引

量子と情報 ―量子の実在と不確定性原理―: 小澤正直

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量子と情報 ―量子の実在と不確定性原理―: 小澤正直」(Kindle版

内容紹介:
存在論と認識論をまたぐ量子力学の展開と、超情報化社会のテクノロジーが出会う、驚異の交差点! 量子コンピュータや量子暗号の技術的イノベーション、そしてそれらのアイディアを生み出し、 また、そのようなアイディアに触発されて進展しつつある量子力学の新しい姿とは?
2018年11月9日刊行、206ページ。

著者について:
小澤正直(おざわまさなお): プロフィール: http://www.math.cm.is.nagoya-u.ac.jp/~ozawa/
1950年東京都生まれ。数学者。東京工業大学理学部卒業。同大学院理工学研究科博士課程修了。専門は量子基礎論、量子情報科学。名古屋大学名誉教授。ハイゼンベルクの不確定性原理を表す不等式の破れを正した「小澤の不等式」で世界的に知られている。2013年に中日文化賞、2015年に紫綬褒章を受章。


理数系書籍のレビュー記事は本書で386冊目。

量子力学を基礎づける方程式が発表されたのは1925年から1927年、そしてその数学的裏付けがノイマンによって与えられたのは1932年のことである。

- ハイゼンベルクによる行列力学(量子の粒子性)の提唱(1925年)
- シュレディンガーによる波動方程式(量子の波動性)の提唱(1926年)
- ハイゼンベルクによる不確定性原理の提唱(1927年)
- 量子力学の数学的基礎: J.v.ノイマンの原書が刊行(1932年)

これらの前提無しには量子力学を考えることはできない。量子力学の教科書に数十年に渡って記述されてきた常識中の常識である。

だから「ハイゼンベルクの不確定性原理」を破った「小澤の不等式」が2003年に「Universally valid reformulation of the Heisenberg uncertainty principle on noise and disturbance in measurement」という論文で発表されたとき、科学界に衝撃が走った。量子力学の根底に修正を加える内容だったからである。一般向けには「ハイゼンベルクの顕微鏡(不確定性原理は超えられるか)」として刊行されている。

小澤先生は数学者、数理物理学者であり実験系の科学者ではない。小澤の不等式が正しいことは2012年に実験で証明されている。

ハイゼンベルクの不確定性原理を破った! 小澤の不等式を実験実証(日経サイエンス)
http://www.nikkei-science.com/?p=16686


今回紹介する「量子と情報 ―量子の実在と不確定性原理―: 小澤正直」(Kindle版)はこの不等式を発表した小澤先が青土社の月刊誌『現代思想』に寄稿した論考をまとめたものだ。

量子力学は近年、量子情報理論に応用されて量子コンピュータの動作原理に不可欠になっている。これまでマクロの世界の道理が成り立たない量子力学の不可思議な解釈に対しても修正が加えられ始めている。不思議さをウリにしてきた科学教養書や教科書は、そろそろ新しいスタイルに書き直されるべきだろう。

ボーアとアインシュタインの論争が行われていたときに、量子力学は理解が困難な矛盾を数多くはらんでいた。ノイマンが数学的に定式化したとしても、その物理的解釈はじゅうぶん納得できるものではなかった。

本書の章立ては次のとおりだ。現代までに行われた実験や理論的裏付けをふまえて、量子測定や不確定性原理、ノイマンがたどった数学的裏付けの再考、ボーア=アインシュタイン論争研究、コペンハーゲン解釈研究、EPRパラドックス研究、ベルの不等式研究の最前線を紹介する。小澤の不等式の発表以降の研究を紹介する本である。つまり一般には知られていない事が満載だ。

第1章 量子情報技術と科学基礎論
第2章 量子力学の転換点――量子測定・不確定性原理・重力波検出
第3章 フォン・ノイマンと量子力学の数学的基礎
第4章 情報技術と社会の変化
補 章 科学の示す実在像について――ボーア=アインシュタイン論争研究の最前線

このような知識を得られるのは本書をおいて他にはない。強いて似たような本をあげるとすれば「アインシュタインの反乱と量子コンピュータ: 佐藤文隆」(紹介記事)ということになるだろうか。

本書を読んで驚いたことがある。小澤の不等式が重力波の検出に貢献していたことだ。(参考記事:「重力波の直接観測に成功!」)重力波を検出するためにはハイゼンベルクの不確定性原理に基づく限界を打破する必要があった。そのため「共振器型」を使う方式と「干渉計型」を使う方式が比較検討されていたのだが、小澤の不等式によって、より精度の高い後者が採用されたのである。

ブラックホールと時空の歪み―アインシュタインのとんでもない遺産: キップ・S. ソーン」(原書ハードカバー)(原書ペーパーバック)(原書Kindle版)という本には、小澤の不等式が発表されるより前、1980年代の重力波検出方式の移り行きが描かれているという。著者のキップ・ソーン博士は1980年代の中頃にはすでに共振器型方式による重力波検出およびそれに基づく重力波天文学の実現に悲観的であったそうだ。

ご存知のとおりLIGOではレーザービームの干渉による検出装置が使われている。重力波という一般相対論のマクロな世界に量子力学の基礎理論が適用されたのは意外なことだった。

教科書や科学教養書で量子力学を学び終えた方、量子情報理論や量子コンピュータに興味がある方、量子力学史に興味がある方は、ぜひお読みになるべきである。最先端の研究内容なので難しいわけだが、学部レベルの学生でも概要はつかめると思う。


本書と同じ時期に、併読するのにちょうどよい本が刊行された。量子力学が正しいことは1982年に行われた「アスペの実験」でベルの不等式の破れが確認されたからだと学んできたが、じゅうぶんではなかったようである。最終決着したのはなんと2015年までに行われた3つの実験によるという。特に谷村省吾先生による「ベルの不等式の破れ」を検証するための実験の解説は、とてもわかりやすかった。

日経サイエンス2019年2月号


記事の短い紹介はここから読める。

特集:量子もつれ実証
最終決着「ベルの不等式」の破れの実験  R. ハンソン/K. シャルム
アインシュタインの夢 ついえる 測っていない値は実在しない  谷村省吾


「小澤の不等式」について詳しく知りたい方は、こちらをお読みになるとよい。

ハイゼンベルクの顕微鏡(不確定性原理は超えられるか)



関連記事:

ハイゼンベルクの顕微鏡(不確定性原理は超えられるか)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5597b85d83e795a22e97ca4d4ab97123

アインシュタインの反乱と量子コンピュータ: 佐藤文隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9fa38724ad6881636cdff2903ee14a5b

量子力学の数学的基礎: J.v.ノイマン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/09b65f36119894f5b852bbf38421af45

部分と全体: W.K. ハイゼンベルク
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6e7d8da99e4b9e76f5cd9f7dbf7f959

量子革命―アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突:マンジット・クマール
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/19d16104cb20787443c84b8692b0424b

重力波の直接観測に成功!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a8439e8e4d81d7873422737d7bd1640d


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量子と情報 ―量子の実在と不確定性原理―: 涌井良幸」(Kindle版


第1章 量子情報技術と科学基礎論
1 はじめに
2 存在論的量子力学から認識論的量子力学へ
3 電波から光へ
4 通信の量子限界
5 量子情報と古典情報
6 フォン・ノイマンの測定理論
7 認識の限界と測定理論
8 公開鍵暗号と量子計算
9 量子暗号
10 量子と実在

第2章 量子力学の転換点――量子測定・不確定性原理・重力波検出
1 はじめに
2 ハイゼンベルクの不確定性原理
3 反復可能性仮説
4 重力波検出プロジェクト
5 ユエンとケーブスの論争
6 量子インストルメント
7 標準量子限界
8 論争の決着
9 普遍的不確定性関係
10 LIGOプロジェクト

第3章 フォン・ノイマンと量子力学の数学的基礎
1 はじめに
2 量子力学の発見
3 非有界作用素のスペクトル理論
4 隠れた変数の非存在証明
5 ベルの反論
6 熱力学的考察
7 同時測定可能性
8 不確定性関係
9 量子測定理論

第4章 情報技術と社会の変化
1 はじめに
2 ビットコインとブロックチェーン
3 量子情報技術とコンピュータ
4 社会は変化を続ける

補 章 科学の示す実在像について――ボーア= アインシュタイン論争研究の最前線
1 はじめに
2 不確定性原理
3 EPRのパラドックス
4 ボーアの反論
5 隠れた変数
6 様相解釈
7 ハルヴォーソン=クリフトンによるボーア解釈とその一般化
8 むすび──相補性の観点から

科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで : 三田一郎

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科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで : 三田一郎」(Kindle版

内容紹介:
宇宙や物質の究極のなりたちを追究している物理学者が、なぜ万物の創造主としての「神」を信じられるのか? それは矛盾ではないのか? 物理学史に偉大な業績を残したコペルニクス、ガリレオ、ニュートン、アインシュタイン、ボーア、ディラック、ホーキングらが神をどう考えていたのかを手がかりに、科学者にとって神とはなにかを考える異色の一冊。しかし、この試みは「科学とは何か」という根源的な問いを考えることでもある。
聖書が教える「天地創造」の物語はもはや完全に覆され、「神は死んだ」といわれて久しい。しかし実は、宇宙創成に関わる重要な発見をした科学者の多くは、神を信じていた。天動説を葬り去ったコペルニクスとガリレオ、物体の運行を神によらず説明したニュートン、宗教に強く反発して「光」だけを絶対としたアインシュタインらも神への思いを熱く語り、さらには量子力学を創ったボーアやハイゼンベルク、ディラック、シュレーディンガー、特異点なき宇宙を考えたホーキングら、「無神論者」といわれた現代物理学者たちさえも実は神の存在を強く意識していたのだ。彼らの神への考え方を追うことで見えてくる、宇宙論を発展させた本当の原動力とは? 日本人には理解しにくい世界標準の「宗教観」を知るためにも最適の一冊!
2018年6月20日刊行、272ページ。

著者について:
1944年生まれ。1965年6月イリノイ大学工学部物理学科卒業。1969年6月プリンストン大学大学院博士課程修了、Ph.D.の学位を取得。コロンビア大学研究員、フェルミ国立加速器研究所研究員、ロックフェラー大学準教授などを経て、1992年より名古屋大学理学部教授、2006年4月より名古屋大学名誉教授、神奈川大学工学部教授。 2007年より東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構プログラムオフィサーを兼務。『B中間子系でのCP対称性の破れの理論』で1993年度井上学術賞、1997年度仁科記念賞、2002年度中日文化賞、2004年J・J・サクライ賞、2015年度折戸周治賞を受賞。2002年紫綬褒章受章。2017年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。B中間子系でのCP対称性の破れの測定によって小林・益川模型の検証理論を展開。


理数系書籍のレビュー記事は本書で387冊目。

2013年に放送されたNHKスペシャル「神の数式」を見たとき、タイトルに違和感を感じた。わざわざ神などを持ち出さなくてもよいのにと思ったからだ。

ところが本書によると国連のある調査では、過去300年間に大きな業績をあげた世界中の科学者300人のうち、8割ないし9割が神を信じていたそうなのだ。これはとても不思議なことで、神を否定するかのような研究をしている人たちがなぜ、神を信じることができるのだろうか?これが本書のテーマである。

著者の三田先生ご自身も素粒子物理学者であるとともに、カトリック教会で助祭として神に仕えている方だ。あるとき、高校生を相手に科学についての講演をしていたところ、ある生徒から次のような質問をされたそうだ。

「先生は科学者なのに、科学のなかで神を持ち出すのは卑怯ではないですか。」

三田先生はそのとき、「科学によって宇宙のはじまりや物質のはじまりを少し理解したら、同時に、いままで気がつかなかった疑問が湧いてくる。人間には神の業を完全に理解することはできない」という話をされたのだが、高校生は「科学とは、神の力を借りずに宇宙や物質のはじまりを説明するものであるはずなのに、最後には神を持ち出すのは卑怯ではないか。」と言っていたそうだ。

三田先生の中では、科学者であることと、神を信じていることが矛盾しているわけではない。本書はそのことを、この高校生を含め、一般の人にどのように説明したらわかってもらえるか、その思考の遍歴から生まれたものである。

コペルニクス、ガリレオ、ニュートン、アインシュタイン、ボーアやハイゼンベルク、ディラック、そしてホーキングなど、彼らのなかにはごく自然に神を信じていた者もいれば、はじめは神を否定していながら、あとで信じるようになった者、最後まで否定しつづけた者もいる。

科学史の流れを追いながら、彼ら科学者たちが創造主としての神をどのように考えていたかを辿る本である。章立ては次のとおり。

第1章 神とはなにか、聖書とはなにか
第2章 天動説と地動説 ――コペルニクスの神
第3章 宇宙は第二の聖書である ――ガリレオの神
第4章 すべては方程式に ――ニュートンの神
第5章 光だけが絶対である ――アインシュタインの神
第6章 世界は一つに決まらない ――ボーア、ハイゼンベルク、ディラックらの神
第7章 「はじまり」なき宇宙を求めて ――ホーキングの神
終章 最後に言っておきたいこと ――私にとっての神


かねがね考えてみたいテーマだったこともあって読んでみたわけだが、納得できる点もあれば、あてが外れたところもあった。

まず、本書が前提としている神とは「キリスト教の神」であること。それは人間の形をしておらず、そして宇宙の創造主であるという意味だ。引用している科学者はみな欧米で生まれ育ったのだから、生活環境とキリスト教社会が密接に結びついている。仏壇に手を合わせ、初詣には神社に行き、結婚式は教会で行う日本人とはまったく違う。

そのようなわけで、本書では聖書の記述や教会の教えと科学上の発見の矛盾を取り上げて考察することになる。自分としては既存の宗教にとらわれない形で「創造主=神」を考えてみたかった。しかし、そのように考えるのも大半の国民が特定の宗教を信じない日本という国で生まれ育ったからなのだろう。

通読してみると、本の最初の3割はキリスト教や聖書の歴史、そして残りの7割のうちのほとんどが科学史の説明にあてられていた。科学者が宗教、神をどのように考えていたかという点に関する記述は本書全体の2割ほどである。科学教養書を読み込んでいる人は知っている内容で、読み飛ばしてすんでしまうページが多いと思う。科学史に詳しくない人にとっては最初から最後まで興味深く読める本だ。

コペルニクス、ガリレオ、ニュートンあたりまではキリスト教が宗教的、政治的にヨーロッパ世界を支配し、悪名高き宗教裁判が行われていた時代である。コペルニクスは教会からの迫害を恐れて著書「天球の回転について(1534年)」は死後に出版した。ガリレオも生涯2度の異端審問を受け、公式には地動説を撤回している。しかし真理を追究することと神を信じることは彼らの内心で矛盾していたのだろうか?学術とは切り離してキリスト教を信じていたのだろうか?

ニュートンが神の存在を信じていたこと、必要としていたことは「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」の中の「キリスト教徒としてのNewton」で解説されている。ニュートンの学説とキリスト教信者としての立場は矛盾していない。

さらに「神はサイコロを振らない。」と言ったアインシュタインはどうだったのか?そして量子力学の創成期に貢献した物理学者たちはどのように神を考えていたのか?このあたりになると、一般の科学書では知ることができない領域になってくる。

そして神の存在を最後まで否定したホーキング博士はどうだろうか?イギリスというキリスト教の国で生まれ、生活している彼が神を否定することを、一般のイギリス人はどのように感じているのか。日本人の僕には想像がつかないものがある。

海外で働くビジネスマンのマナーの中で「あなたは神を信じていますか?」と聞かれたときに「特定の宗教を信じてるわけではありません。」と正直に話すのはタブーとされていることがある。宗教と無縁の生活を送ることがよくないとされる社会で育った欧米人に「日本流」は理解されないのである。そのように聞かれたときは「仏教に従って祖先を祀っています。」とか「神道が日本古来の宗教です。」のように回答するのが無難なところ。

だから、ホーキング博士の発言を欧米人がどのように感じるかは、機会があったら聞いてみたいと思った。いちばん面白く読めたのは、ホーキング博士のこと、ホーキング理論に対してのローマ教会の反応について解説している第7章だった。

科学者たちがそれぞれどのように神を考えていたかは、ネタバレになるのでここには書かないが、ローマ教会の法王ヨハネ・パウロ二世が宗教裁判の誤りを認め、正式に謝罪してガリレオの名誉回復がされたのは350年近く経った西暦1983年のことである。

- 1983年5月9日にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が、バチカンで開かれたシンポジウムで謝罪
- 1992年のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の謝罪によりガリレオの破門措置が解かれた
- 2008年12月21日、ローマ法王ベネディクト16世は公式に地動説を認める

科学的事実と聖書の記述の乖離がますます進んでいく中、現代のキリスト教はその矛盾に対し、どのように折り合いをつけ、矛盾を解消しているのか。このあたりも本書で述べられている。

最終章では著者の三田先生の「科学とキリスト教は矛盾しない」というお考えが述べられている。読者は納得する人としない人に分かれるだろう。本書の冒頭で「先生は科学者なのに、科学のなかで神を持ち出すのは卑怯ではないですか。」と疑問を投げかけた高校生が納得できる回答になっているだろうか?実際に本書をお読みになって判断してほしい。


読後に思ったことがある。イスラム教国で生まれ育った科学者たちは、どのように科学とイスラム教の教えと折り合いをつけているのかということだ。いずれそれらの国から来ている人と話す機会が持てたら聞いてみたいと思う。


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科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで : 三田一郎」(Kindle版


第1章 神とはなにか、聖書とはなにか
- なぜ科学者が神を信じられるのか
- キリスト教の特徴とは
- 「三位一体論」とイエスの降臨
- キリスト教ができるまで
- 聖書の成立と「創成期」
- 「聖書」の写本の驚くべき正確さ

第2章 天動説と地動説 ――コペルニクスの神
- 世界最大の宗教になったキリスト教
- 意外に知られていない真実
- 地動説の祖はピタゴラス派だった
- アリストテレス
- なぜ教会は天動説を採ったのか
- 宇宙はこれほど複雑なのか
- 「火星の謎」を解いた地動説
- ついに「天球の回転」を執筆
- 書き加えられた「前書き」

第3章 宇宙は第二の聖書である ――ガリレオの神
- アリストテレス自然学への反発
- 2000年の常識を覆した「落体の法則」
- 27歳で背負った「生活」という重荷
- 地動説を裏付ける観測成果
- ガリレオ、ついに訴えられる
- 第1回ガリレオ裁判
- 火あぶりになったブルーノ
- 第2回ガリレオ裁判
- 350年後の謝罪
- 現在の境界が考える「聖書の読み方」
- 「天地」の概念も変わった

第4章 すべては方程式に ――ニュートンの神
- 神の存在意義を問いただす革命
- ガリレオの好敵手
- 惑星は楕円を描く
- ケプラーの神
- 驚異の1年半
- ニュートンが発見したこと1:運動方程式
- ニュートンが発見したこと2:万有引力
- 万有引力を証明したケプラーの観測
- 「神」の矮小化と「悪魔」の誕生
- 「創造主としての神」への信仰
- 信じたものは「科学と神」

第5章 光だけが絶対である ――アインシュタインの神
- 「光」を解明する物理学
- 二つの遠隔力
- ファラデーが発見した「電場」と「磁場」
- 「光」を数学の言葉で表したマクスウェル
- ファラデーとマクスウェルの神
- 「二度とだまされない
- スピノザの決定論への共感
- 「奇跡の年」をもたらしたもの
- ガリレオの相対性原理
- 相対性原理と矛盾するマクスウェル方程式
- 光速だけが絶対である
- 万有引力も近接力だった
- 宇宙はつぶれるのか
- ルメートルの膨張宇宙とビッグバン理論
- 教会は「ビッグバン」を歓迎した
- 宗教者としてのアインシュタイン

第6章 世界は一つに決まらない ――ボーア、ハイゼンベルク、ディラックらの神
- 思いもよらなかった迷路
- キルヒホッフの黒体放射
- プランクの苦し紛れ
- 陰極線の謎
- アインシュタインの光量子仮説
- 光は粒でもあり波でもある
- ありえないが必要な力学
- ボーアの原子モデル
- ハイゼンベルクの不確定性原理
- パウリの排他原理
- ディラックの反粒子
- アインシュタインとボーアの「サイコロ問答」
- 量子力学の俊英たちの神々
- アインシュタインVSボーア
- ディラックの”変心”

第7章 「はじまり」なき宇宙を求めて ――ホーキングの神
- 天動説とビッグバン
- 特異点定理の発見
- 神なき宇宙創成への思い
- 宇宙の量子化とホーキング放射
- ヨハネ・パウロ2世の戒め
- 「虚時間宇宙」の完成
- 量子的にみた虚時間宇宙
- 宇宙無境界仮説のその後
- 量子宇宙論から生まれたインフレーション理論
- 15ページにわたって書かれた「God」
- 最後の論文が求めたもの

終章 最後に言っておきたいこと ――私にとっての神
- 素粒子物理学の難題
- 小林・益川理論の実証に貢献
- 科学法則への感動
- 神を信じることは思考停止か
- 科学と神は矛盾しない

参考文献

完訳 天球回転論 : ニコラウス・コペルニクス

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完訳 天球回転論 : ニコラウス・コペルニクス

内容紹介:
〈もしコペルニクスの科学上の「転回」を「革命」と言ってよいとすれば、その革命は静かに始まったのである。革命の喧騒とは無縁に、そして人々の気づかないままに、そしてさらに重要なことに、当人もその帰趨を自覚しないままに、それは始まったのである〉
(「まえがき」より)
1543年、ニコラウス・コペルニクスが地球中心説(天動説)から太陽中心説(地動説)へと理論を革新させた、科学史第一級の古典全6巻をここに完訳。さらにコペルニクスが太陽中心説の構想を初めて著した未刊の論考『コメンタリオルス』、ヨハン・ヴェルナーの著作を批判した書簡を収録し、コペルニクス天文学のすべてを凝集する。
コペルニクスの生きたルネサンス期、天文学は依然としてアリストテレス的な自然哲学に支配されていた。『天球回転論』の出版は、折しも古代の天文学者にして天動説の泰斗・プトレマイオスの理論が復興された時代においてであった。
コペルニクスはいかにして、そしてなぜ地動説へと辿りついたのか? 全篇に付した精緻な訳注、天文学史を古代から〈コペルニクス以後〉まで詳細に綴った訳者解説「コペルニクスと革命」によって明かされる、革命の全貌。

2017年10月19日刊行、728ページ。

著者について:
ニコラウス・コペルニクス: ウィキペディアの記事
ニコラウス・コペルニクス(1473年2月19日 - 1543年5月24日)は、ポーランド出身の天文学者、カトリック司祭である。当時主流だった地球中心説(天動説)を覆す太陽中心説(地動説)を唱えた。これは天文学史上最も重要な発見とされる。(ただし、太陽中心説をはじめて唱えたのは紀元前三世紀のサモスのアリスタルコスである)。また経済学においても、貨幣の額面価値と実質価値の間に乖離が生じた場合、実質価値の低い貨幣のほうが流通し、価値の高い方の貨幣は退蔵され流通しなくなる (「悪貨は良貨を駆逐する」) ことに最初に気づいた人物の一人としても知られる。コペルニクスはまた、教会では司教座聖堂参事会員(カノン)であり、知事、長官、法学者、占星術師であり、医者でもあった。暫定的に領主司祭を務めたこともある。

訳者について:
高橋憲一
1946年生まれ。1970年早稲田大学理工学部電気工学科卒業。1979年東京大学大学院理学研究科退学(科学史・科学基礎論専攻)。1990年理学博士(東京大学)。九州大学大学院比較社会文化研究院教授を務め、九州大学名誉教授。2010年に定年退官。2006年『ガリレオの迷宮』で毎日出版文化賞受賞。
高橋先生の著書、訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で388冊目。

太陽の周りを地球が公転しているという地動説を提唱したこの本の原書が刊行されたのは1543年のこと。著者のコペルニクスにはその死の当日に印刷されたばかりの本が届けられた。しかし彼はその数日前から危篤状態にあり、著作の完成を確認していない。

6年前に読んで紹介した「天体の回転について:コペルニクス著、矢島祐利訳」は、全6巻からなる厖大な著作のうち、もっとも重要な第1巻だけを日本語訳したものだ。

その後、高橋憲一先生が1993年に第1巻を「コペルニクス・天球回転論」として翻訳され、ついに全6巻の翻訳を2017年に完了させた。以下の章立てからおわかりのように第 II 部 コメンタリオルス、第 III 部 ヴェルナー論駁書簡、第 IV 部 解説・コペルニクスと革命を含めた第一級の科学史資料、コペルニクス研究の集大成である。

まえがき
旧版へのまえがき

第 I 部 天球回転論
『天球回転論』解題
読者へ この著述の諸仮説について
カプアの枢機卿ニコラウス・シェーンベルク〔の書簡〕
最も聖なる主・教皇パウルス3世宛て回転論諸巻へのニコラウス・コペルニクスの序文
ニコラウス・コペルニクスの『天球回転論』6巻各章の目次
第 I 巻
第 II 巻
第 III 巻
第 IV 巻
第 V 巻
第 VI 巻
訳注
付録 1 種々の暦・暦元等について
付録 2 ニコラウス・コペルニクスの読者宛ての戒告および訂正

第 II 部 コメンタリオルス
『コメンタリオルス』解題
ニコラウス・コペルニクスの小論(コメンタリオルス)
訳注

第 III 部 ヴェルナー論駁書簡
「ヴェルナー論駁書簡」解題
ヴェルナー論駁書簡
訳注

第 IV 部 解説・コペルニクスと革命
1 はじめに
2 コペルニクス以前の天文学 1
――ギリシャとローマの世界――
3 コペルニクス以前の天文学 2
――イスラームとヨーロッパの世界――v 4 コペルニクスの生涯と著作
5 コペルニクスの天文学
――地球中心説から太陽中心説へ――
6 コペルニクス説の受容と変容の過程


値段が高いこと、本文は素人が読めるレベルのものではないことから、なかなか購入に踏み切れなかった。しかし、昨年この原書の実物を見る機会が2度もあったこと、そして直近に読んだ「科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで : 三田一郎」が後押しをしたのだろう。気が付くと手元に本書が届いていたというわけである。

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477ページに渡って訳出された第1巻から第6巻の本文はとても難しいから斜め読みである。精読したのは「まえがき」と「旧版へのまえがき」、そして以下の記述である。135ページに渡って書かれた第 IV 部の解説がいちばん読みたかった部分だ。

『天球回転論』解題
読者へ この著述の諸仮説について
カプアの枢機卿ニコラウス・シェーンベルク〔の書簡〕
最も聖なる主・教皇パウルス3世宛て回転論諸巻へのニコラウス・コペルニクスの序文
ニコラウス・コペルニクスの『天球回転論』6巻各章の目次
第 IV 部 解説・コペルニクスと革命


キリスト教の圧倒的な支配のもと、常識として千年もの間定着していた天動説に反証するために、どれだけ多くの時間が天体観測と著述に費やされたことだろう。天文学の目的は暦の編纂の元となる天文表を作成することであり、天動説の集大成、プトレマイオス著「アルマゲスト」で目的は果たされていた。

コペルニクスが目視で行なった観測精度は角度の4分といわれ、特に入念に観測したものは1分の精度と言われている。コペルニクス以前の観測精度は約10分であるから2倍以上の精度を獲得したことになる。(ちなみにケプラーの偉業の元データとして使われたティコ・ブラーエの観測精度は2分であったという。:参考ページ

数十個の円を組み合わせたプトレマイオスの周転円理論は、非常に精緻なもので、コペルニクスが観測した精度をもってしてもなかなか反証できるものではない。天体の運動は幾何学的な相対運動であり、地球を中心に置こうが太陽を中心に置こうが説明がついてしまうからだ。(参考:「天動説と地動説 Java実験室」)

第 IV 部「解説・コペルニクスと革命」が本書の読みどころである。コペルニクス以前の天動説を解説した天文書、コペルニクスの説の変遷、コペルニクス以後の天文書、地動説がどのように浸透していったのかを知ることができる。


地動説を提唱したのはコペルニクスが最初ではない。古くはピュタゴラス学派が地動説を提唱していたし、特に傑出していたのは、紀元前3世紀のイオニア時代の最後のアリスタルコスである。彼は、地球は自転しており、太陽が中心にあり、5つの惑星がその周りを公転するという説を唱えた。彼の説が優れているのは、太陽を中心に据え、惑星の配置をはっきりと完全に示したことである。これは単なる「太陽中心説」という思いつきを越えたものである。そしてこれにより、惑星の逆行を完璧に説明できるのである。これはほとんど「科学」と呼ぶ水準に達している。紀元前280年にこの説が唱えられて以来、コペルニクスが登場するまで、1800年もの間、人類はアリスタルコスの水準に達することはなかった。(ウィキペディアからの引用)

圧倒的に優勢だった天動説は「アルマゲスト」以後コペルニクスの時代まで、そのバリエーション的な書物もいくつか刊行され、地動説を説いたコペルニクスの「天球回転論」は異説を唱えた1つであった。コペルニクス以後も地動説はすぐ広まったわけではなく、地動説の良いところを取り出して再構成する天動説の本も刊行されている。


発想の180度転換という意味で使われる「コペルニクス的転回」という表現があるが、彼はひらめきのようにして地動説を思いついたわけではない。当初は天動説を支持していた彼が地動説を信じるに至るには、天動説の矛盾を見つけていく過程、綿密な天体観測と計算による裏付けが必要だった。本書はその思考過程をすべて網羅している。

コペルニクスの時代には、天体間に働く万有引力が発見されていなかったから、天体が運動するための力学の概念がない。コペルニクス自身も惑星はそれぞれ別の「天球」の球面ℬに貼りついていて、天球が回転することで惑星が回転(公転)するのだと考えていた。そして彼にとっての天球は「エーテル」と呼ばれる物理的実体をもった何かであった。したがって本書のタイトルは「天球回転論」となる。

天動説の矛盾に気が付いたのは、彼が金星と太陽の動きに注目したことだ。天動説を地球の周りを回転する金星の天球と太陽の天球が交差してしまうことになる。実体のある天球が重なり合い、それぞれが違う速さで回転することはあり得ない。太陽を宇宙の中心に置くことで、この矛盾は解消することができる。このようにして誕生した地動説に基づく宇宙体系を、彼は観測結果をもとにしながら再構成し6巻の本にまとめ上げた。

しかし、コペルニクス死後に出版された地動説は浸透していくのに長い年月が必要だった。天動説を支持する立場で考えると、地球にいちばん近い距離にある月が、太陽の周りを公転する地球から取り残されずについて来れることの説明がつかないからだ。万有引力が理解されていない時代だから、そのように考えられてしまうのは無理もない。天動説は理論として完成していたし、直観にも合っていた。そもそも地球のように巨大な天体が動くはずがないのである。

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コペルニクスが生前にこの本を出版していたとしたら、ガリレイと同じく異端審問にかけられていたことは間違いない。キリスト教のカトリック司祭でありながら、教義に真っ向から対立する説を書き残した彼の心境がどのようなものだったろうか。世界でこのことを知っているのは自分ただ一人だけなのだから。仮説としながらも、コペルニクスが地動説に確信を抱いていたことは本書冒頭の「最も聖なる主・教皇パウルス3世宛て回転論諸巻へのニコラウス・コペルニクスの序文」に生き生きと語られている。

本書の原書は1543年に刊行された。地動説を信じたガリレイが「星界の報告」を書いたのは1610年、ケプラーが「宇宙の神秘」、「新天文学」、「宇宙の調和」を書いたのは順に1596年、1609年、1619年、そしてニュートンが「プリンキピア」の初版を書いたのは1687年のことである。


翻訳の元になったオリジナルの原書は昨年9月の「[世界を変えた書物]展(上野の森美術館)」と12月に開催された「印刷博物館、企画展「天文学と印刷」(凸版印刷株式会社)」で実物を見ることができた。

コペルニクスの『天球回転論』とプトレマイオスの『アルマゲスト』は、オンラインで閲覧できる。どのような著作なのかぜひご覧になっていただきたい。

拡大: コペルニクス『天球の回転について(1543年初版)』

閲覧 ウィキペディア 解説 日本語版 日本語完訳版

拡大: 『アルマゲスト(1496年初版)』

閲覧 ウィキペディア 解説 日本語版


手ごろな価格で『天球回転論』をお読みになりたい方にはこの英語版をお勧めする。この本には第1巻から第6巻の内容が含まれている。

On the Revolutions of Heavenly Spheres: Nicolaus Copernicus」(Kindle版



関連記事:

天体の回転について:コペルニクス著、矢島祐利訳
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3399c1e7e3fc346b2235b70eb3f8c08b

[世界を変えた書物]展(上野の森美術館)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/67cec3d33c33810b91d0f7591bfbc2ee

印刷博物館、企画展「天文学と印刷」(凸版印刷株式会社)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/53a91e385578b10f4a270d0cf798b41b

宇宙の神秘 新装版:ヨハネス・ケプラー
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f6a05c374c0716ad409f1ee2c0cef0f1

新天文学:ヨハネス・ケプラー
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e82e8d8fb7ee8f95a715bdf92301269e

日本語版「プリンキピア」が背負った不幸
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bff5ce90fca6b8b13d263d0ce6fc134e

Kindle版で復刊: 日本語版プリンキピア(自然哲学の数学的原理):アイザック・ニュートン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a5ce0252019a5d9b63c20200f019e199

全5巻完結!:ラプラスの天体力学論(日本語版)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a720b0cfb775d00625763f87a56b2414


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完訳 天球回転論 : ニコラウス・コペルニクス


まえがき
旧版へのまえがき

第 I 部 天球回転論
『天球回転論』解題
読者へ この著述の諸仮説について
カプアの枢機卿ニコラウス・シェーンベルク〔の書簡〕
最も聖なる主・教皇パウルス3世宛て回転論諸巻へのニコラウス・コペルニクスの序文
ニコラウス・コペルニクスの『天球回転論』6巻各章の目次
第 I 巻

第1章 宇宙は球形であること
第2章 大地もまた球形であること
第3章 どのようにして大地は水とともに一つの球状をなすのか
第4章 諸天体の運動は均等で円状、永続的であり、ないし複数の円(運動)から合成されていること
第5章 大地に円運動がふさわしいかどうか、および大地の位置について
第6章 地球の大きさに対する天の広大性について
第7章 地球が、いわば中心として、宇宙の真中に静止しているとなぜ古代の人たちは考えたのか
第8章 前述の諸論拠への論駁およびそれらの不十分性
第9章 地球に複数の運動が付与されうるか、および宇宙の中心について
第10章 天球の順序について
第11章 地球の三重運動についての論証
第12章 円内の直線(=弦)の大きさについて
第13章 平面三角形の辺と角について
第14章 球面三角形について

第 II 巻

第1章 諸円とそれらの名称について
第2章 黄道の傾斜、回帰点間の距離、その把握の仕方について
第3章 互いに交わる諸円(つまり)赤道円、黄道円、子午線円の弧と角、およびそこから出てくる赤緯と直立上昇について、加えて、それらの計算について
第4章 獣帯の中央に沿って置かれた円(=黄道)の外にあって、緯度と経度(=黄緯と黄経)が確定している任意の星の傾き(赤緯)と直立上昇(=赤経)は、どのようにして明らかになるか、およびその星は黄経何度で南中するか
第5章 地平線との交点について
第6章 正中時の影の違いはどれほどあるか
第7章 最長の日、日の出の幅、球の傾斜は互いにどのように決定されるか、および日々のその他の差異について
第8章 時間および昼夜の区分について
第9章 黄道部分の傾斜上昇について、および昇ってくる任意の角度に対して、南中するものはどのように与えられるか
第10章 黄道と地平線の交角について
第11章 前出の表の使用法について
第12章 地平線の両極(=天頂と天底)を通り、12宮の同一円(=黄道)に対して生ずる円の角度と円弧について
第13章 星々の出と没について
第14章 星々の位置の探求および恒星表による記述

第 III 巻
第1章 二分二至点の西進(anticipatio, =歳差運動)について
第2章 二分二至点の不均等な歳差を論証する観測誌
第3章 二分点・黄道傾斜・赤道の変化を論証するための諸仮説
第4章 反転運動つまり振動が複数の円(運動)からどのようにして成り立つか
第5章 分点と(黄道)傾斜の西進の非均等性の証明
第6章 分点歳差と黄道傾斜の均等運動について
第7章 分点の均等歳差と見かけ上の歳差の間の最大の差はどれほどあるか
第8章 それら二つの運動の個々の差について、および表によるそれらの説明
第9章 分点歳差に関して説明された事柄の検討と修正について
第10章 赤道と黄道の交点の最大の差はどれほどあるか
第11章 分点の均等運動とアノマリの位置を確定することについて
第12章 春分点の歳差と(黄道)傾斜の計算について
第13章 太陽年の大きさとその差異について
第14章 地球中心の回転(=公転)の均等で平均的な運動について
第15章 視太陽の運動の不均等性を証明するための予備的な諸定理
第16章 視太陽(運動)の不均等性について
第17章 太陽(運動)の第一で年間の不均等性を、その個々の差異とともに証明すること
第18章 経度方向の均等運動の検討について
第19章 太陽の均等運動に対して前もって決定しておくべき年初と位置について(=元期における位置決定)
第20章 長軸線の変動のゆえに太陽に関して生ずる第二の二重の差異にいついて
第21章 太陽(運動)の不均一性の第二の差異はどれほどあるか
第22章 太陽の遠日点の均等運動は、単一の差異と合わせて、どのように説明されるか
第23章 太陽のアノマリ(=遠地点からの離角)の補正について、およびその場所を前もって決定しておくことについて
第24章 均等(運動)と視(運動)の差の表による説明
第25章 太陽の視位置の計算について
第26章 ニュクテーメロンつまり自然日の差異について

第 IV 巻

第1章 古人たちの見解による月の諸円の仮説
第2章 これらの仮定の欠陥について
第3章 月の運動に関するもう一つの見解
第4章 月の諸回転およびその個々の運動について
第5章 新月と満月のときに生ずる月の第一片側性の証明
第6章 月の均等経度運動とアノマリについて説明された事柄の確証
第7章 月の経度とアノマリの(元期における」)位置について
第8章 月の第二の差異(第二変則性)について、および第一周転円は第二(周転円)に対してどのような比率をもつべきか
第9章 月が周転円の長軸最上点から不均等に動くように見えることになる他の差異について
第10章 月の視運動は、与えられた均等(諸運動)からどのようにして証明されるだろうか
第11章 月のプロスタファイレシスつまり補正値の表による説明
第12章 月の運行の数値計算について
第13章 月の緯度運動はどのように検討され、また証明されるか
第14章 月の緯度のアノマリの位置について
第15章 視差用機器の製作
第16章 月の視差について
第17章 地球から月への距離、および地球の中心からその表面あでを1とする単位では、どのような比率をもつべきかの証明
第18章 月の直径および月が通過する場所における地球の影の直径について
第19章 地球から太陽と月までの距離、それらの直径、月が通過する場所での影の直径、影の軸をひとまとめにして、それらがどのように証明されるか
第20章 太陽、月、地球――これら三つの星の大きさ、および相互の比較について
第21章 太陽の視直径とその共変量(=視差)について
第22章 不規則に現れる月の視直径とその共変量(=視差)について
第23章 地球の影の変化率はどれほどであるか
第24章 地平線の両極(=天頂と天底)を通る円における太陽と月の個々の視差の表による説明
第25章 太陽と月の視さの計算について
第26章 経度の視差と緯度の視差はどのように識別されるか
第27章 月の視さに関して説明された事柄の確証
第28章 太陽と月の平均的な合と衝(=朔望)について
第29章 太陽と月の真の合と衝(=実朔と実望)を詳しく研究することについて
第30章 太陽と月の食となる合と衝は、他の(合と衝)とはどのようにして識別されるか
第31章 日食と月食はどれほどの大きさであったか
第32章 蝕がどれほど長く継続するかを予知するために

第 V 巻

第1章 それら(=諸惑星)の回転と平均運動について
第2章 古人たちの見解によるそれらの星々の(運動の)均等性と視(運動)論
第3章 地球の運動の結果としての現象的不均等性の一般的証明
第4章 諸惑星の固有運動はどのような仕方で不均等に現れてくるのか
第5章 土星の運動の証明
第6章 土星に関し最近観測された他の三つのアクロニュクスについて
第7章 土星の運動の検討について
第8章 土星の位置を確定することについて(=元期における土星の位置決定、以下同様)
第9章 地球の年周天球に由来する土星の共変量について、およびその距離はどれほどであるか
第10章 木星の運動の証明
第11章 最近観測された木星の他の三つのアクロニュクスについて
第12章 木星の均等運動の確証
第13章 木星の運動の位置を指定すること
第14章 木星の共変量の認識、および地球回転(=公転)の天体との比率におけるその高さについて
第15章 火星について
第16章 火星に関し新たに観測された他の三つの深夜の輝きについて
第17章 火星の運動の確証
第18章 火星の位置を前もって定めておくこと
第19章 地球の年周天球を1とした単位で、火星の天球はどれだけ大きな単位か
第20章 金星について
第21章 地球天球の直径と金星天球の直径の比率はどれほどあるか
第22章 金星の対運動(geminus motus)について
第23章 金星の運動についての検討
第24章 金星のアノマリの位置について
第25章 水星について
第26章 水星の長軸最上点と最下点の位置について
第27章 水星の離心値はどれほどあるか、および水星は諸天球のどのような均斉(symmetria)を保っているか
第28章 水星のズレは、近地点(=近日点)において生ずるものよりも、(正)六角形の辺のあたり(=近日点から60度ずれた位置)でなぜ最も大きく現れるのか
第29章 水星の平均運動の検討
第30章 最近観測された水星の運動について
第31章 水星の位置を前もって決定すること
第32章 接近と退却のもう一つの理論的仕組み
第33章 5惑星のプロスタファイレシスの表について
第34章 これら五つの星の経度位置はどのように計算されるか
第35章 5惑星の留と逆行について
第36章 逆行の時間、位置、逆行弧はどのように識別されるか

第 VI 巻

第1章 5惑星の緯度方向へのズレについての一般的説明
第2章 これらの星を緯度方向へ運んでいく諸円の仮説
第3章 土星・木星・火星の各天球の傾斜はどれほどの大きさか
第4章 これら3星の任意の他の緯度(運動)の一般的説明について
第5章 金星と水星の緯度について
第6章 遠地点と近地点における天球の斜向性(obliquitas)に由来する、金星と水星の
緯度方向への第二の逸脱(transitus)について
第7章 金星・水星それぞれの星の斜向角はどのようになっているか
第8章 偏位と称される金星・水星の緯度(運動)の第三の種類について
第9章 5惑星の緯度計算について
訳注
付録 1 種々の暦・暦元等について
付録 2 ニコラウス・コペルニクスの読者宛ての戒告および訂正

第 II 部 コメンタリオルス
『コメンタリオルス』解題
ニコラウス・コペルニクスの小論(コメンタリオルス)
訳注

第 III 部 ヴェルナー論駁書簡
「ヴェルナー論駁書簡」解題
ヴェルナー論駁書簡
訳注

第 IV 部 解説・コペルニクスと革命
1 はじめに
2 コペルニクス以前の天文学 1
――ギリシャとローマの世界――
3 コペルニクス以前の天文学 2
――イスラームとヨーロッパの世界――v 4 コペルニクスの生涯と著作
5 コペルニクスの天文学
――地球中心説から太陽中心説へ――
6 コペルニクス説の受容と変容の過程

文献
人名・書名索引
事項索引

星界の報告: ガリレオ・ガリレイ

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星界の報告: ガリレオ・ガリレイ」(Kindle版

内容紹介:
地動説にまつわる宗教裁判や物体の落下法則を発見したことで有名なガリレオ・ガリレイ(1564-1642年)は、コペルニクス、ケプラー、ニュートンと並ぶ「近代科学革命」の中心人物として知られている。
そのガリレオが初めてみずからの手で望遠鏡を製作したのは1609年7月のことだった。最初に完成したものは倍率が3倍ほどしかなかったが、そこから改良を進めて8月中旬には9倍、そして11月末には20倍の倍率を実現する。これは当時の技術レベルでは驚異的な水準で、これほどの性能をもつ望遠鏡を製作できたのはガリレオただ一人だった。
この圧倒的な優位を得て、ガリレオは天体観測を開始する。まず月から始められた観測は、月表面に起伏があることを明らかにした。翌1610年1月には望遠鏡を恒星に向けたガリレオは、天の川が無数の星々から成ることを見出し、さらに木星の周囲をめぐる四つの衛星を発見するに至る。早くも同年3月に出版された本書は、望遠鏡の話から始まり、月、恒星、そして木星の衛星の詳細な観測記録を含む、生々しいドキュメントにほかならない。
本書が与えた衝撃は、やがて伝統的な宇宙観を打ち壊す動きをもたらすことになる。地上世界と天上世界は異なる世界ではなく、同じ法則に従っている、という前提の下で「近代科学革命」が人類を大きく変えていく。
このような計り知れない意義をもっている本書を、世界の第一線で活躍する研究者が新たに訳出し、詳細な解説を書き下ろす。人類が初めて宇宙の姿の詳細を目の前にした時の貴重な記録、決定版が登場。

2017年5月12日刊行、128ページ。

著者について:
ガリレオ・ガリレイ: ウィキペディアの記事
1564-1642年。イタリアの物理学者・天文学者。落下法則の発見、望遠鏡による天体観測などの功績を残す。代表作は、本書のほか、『天文対話』(1632年)、『新科学対話』(1638年)。
ガリレオ・ガリレイ関連本: Amazonで検索

訳者について:
伊藤 和行
1957年生まれ。京都大学教授。専門は、科学史。著書に『ガリレオ』、『イタリア・ルネサンスの霊魂論』(共著)ほか。
伊藤先生の著書、訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で389冊目。

高校の古文は苦手で好きになれなかったが、科学史の古典は大好きだ。「完訳 天球回転論: ニコラウス・コペルニクス」とくれば、次はガリレオである。ガリレオはファーストネームだから姓のガリレイと書くべきだろう。

本書は人類史上初めて天体に望遠鏡を向け、詳細なスケッチを取りながらその驚きを記録した本である。ガリレイが望遠鏡を発明したわけではないから、彼より前にも天に望遠鏡を向けた人はいたのだが、当時の望遠鏡は倍率が3倍ほどだったので天体観測には使えなかった。だからガリレイが最初なのだ。




彼が自作したのは倍率20倍の望遠鏡でレンズも自ら研磨して制作した。当時としては驚異的な倍率である。僕も中学のときに望遠鏡を自作して30倍から200倍の倍率で月や惑星を観測していた。でも直径50mmのアクロマートレンズは完成品を買っていたから、ガリレイの自作とはわけが違う。

自作の望遠鏡で初めて月のクレーターを観たときの感動は今でも覚えている。毎晩何枚もスケッチをとったものだ。しかし、それは月にクレーターがあることをあらかじめ知らされていた上での話である。クレーターの存在など全く知らない状態で初めてそれを見たガリレイの驚きはどれほどであっただろうか。本書にはまるで子供が「すごいの見つけたよ!」と吹聴しているかのように、新鮮な驚きが綴られている。

翻訳の元になったオリジナルの原書は昨年9月の「[世界を変えた書物]展(上野の森美術館)」と12月に開催された「印刷博物館、企画展「天文学と印刷」(凸版印刷株式会社)」で実物を見ることができた。

拡大: ガリレイ『星界の報告(1610年初版)』

閲覧 ウィキペディア 日本語版

章立ては次のとおり。

献 辞
天文学的報告
第1章 覗き眼鏡[望遠鏡]
第2章 月の表面
第3章 恒 星
第4章 メディチ星[木星の衛星]

ガリレイによるスケッチを載せておこう。

月面:


恒星(オリオン座の三ツ星あたりとプレアデス星団)


木星の衛星の観測は2か月にわたって行われた



当時の常識では神が創った天体は完全な球でなければならなかった。そこに地上と同じような凸凹のある地形があることがわかり、天界と地上では同じような法則が支配しているのではないかという発想が生まれたのである。また、恒星の観測を通じ、天の川が無数の星から構成されていることを発見した。

特に力を入れたのは彼が「メディチ星」と名付けた木星の衛星の観測である。毎夜観測していくうちにメディチ星が木星の周りを回っていることに気が付く。コペルニクスの「天球回転論」を読んでいたガリレイは地動説の正しさを確信することになった。太陽の周りを回る惑星の縮図が木星とメディチ星の間に見て取れたのである。

これらの発見の先取権を気にするあまり、ガリレイは観測と執筆を同時進行させ、ある程度原稿がまとまると印刷所に送っていた。そのため、執筆開始から刊行までおよそ3ヶ月という当時では驚異的な早さで本が完成したのである。

しかし、この本の流布がきっかけとなり、ガリレイは異端審問にかけられて地動説の撤回を強いられることになる。さもないと地動説を擁護し続けたジョルダーノ・ブルーノのように火刑に処せられるところだった。

本書は小学校高学年から読める易しい本である。ぜひお読みいただきたい。


今回紹介したのは2017年に講談社文庫として刊行された新訳であるが、岩波文庫として刊行された旧訳本もある。

旧訳:

原書:Sidereus Nuncius 1610年(閲覧)(英語版)(ウィキペディア
星界の報告 他一編: ガリレオ・ガリレイ



異端審問で生命が助かったガリレイが、あくまで仮説として対話形式で書いたのが「天文対話」である。この本の刊行がきっかけで、彼は2回目の異端審問を受けることになる。「それでも地球は動いている。」については、この言葉をつぶやいていないとする説と周りの人たちがわからないように、あえてギリシア語でつぶやいたという説がある。

原書: Dialogo sopra i due massimi sistemi del mondo 1632年 (閲覧)(英語版)(Wikipedia
天文対話〈上〉: ガリレオ・ガリレイ
天文対話〈下〉: ガリレオ・ガリレイ
 


そして、晩年の1638年に書かれたのがこちらの本。

原書:Discorsi e dimostrazioni matematiche intorno a due nuove scienze 1638年(閲覧)(英語版)(Wikipedia
新科学対話 上: ガリレオ・ガリレイ
新科学対話 下: ガリレオ・ガリレイ
 


余談: この記事を読んで天体望遠鏡が欲しくなった方は、こちらから検索していただきたい。

天体望遠鏡: Amazonで検索
自作したい方: Amazonで検索

ガリレオの望遠鏡はこちらから購入できる。(詳細解説

大人の科学マガジン Vol.19 ガリレオの望遠鏡


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関連記事:

完訳 天球回転論: ニコラウス・コペルニクス
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7aea68b6797e8739ac2eddc051cc111e

天体の回転について:コペルニクス著、矢島祐利訳
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3399c1e7e3fc346b2235b70eb3f8c08b

[世界を変えた書物]展(上野の森美術館)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/67cec3d33c33810b91d0f7591bfbc2ee

印刷博物館、企画展「天文学と印刷」(凸版印刷株式会社)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/53a91e385578b10f4a270d0cf798b41b

宇宙の神秘 新装版:ヨハネス・ケプラー
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f6a05c374c0716ad409f1ee2c0cef0f1

新天文学:ヨハネス・ケプラー
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e82e8d8fb7ee8f95a715bdf92301269e

日本語版「プリンキピア」が背負った不幸
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bff5ce90fca6b8b13d263d0ce6fc134e

Kindle版で復刊: 日本語版プリンキピア(自然哲学の数学的原理):アイザック・ニュートン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a5ce0252019a5d9b63c20200f019e199

全5巻完結!:ラプラスの天体力学論(日本語版)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a720b0cfb775d00625763f87a56b2414


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星界の報告: ガリレオ・ガリレイ」(Kindle版


献 辞
天文学的報告
第1章 覗き眼鏡[望遠鏡]
第2章 月の表面
第3章 恒 星
第4章 メディチ星[木星の衛星]
訳者解説
文献案内・読書案内

テレポーテーション 瞬間移動の夢: デヴィッド・ダーリング

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テレポーテーション 瞬間移動の夢: デヴィッド・ダーリング

内容紹介:
原子のテレポートは、すでに成功した!ドラえもんの「どこでもドア」が現実化する日。量子力学と量子コンピュータの最先端を追求する傑作サイエンス・ノンフィクション。
2006年8月24日刊行、294ページ。

著者について:
デヴィッド・ダーリング
1953年イギリス生まれ。天文学者、サイエンス・ライター。大学で物理学、天文学を修める。米国のスーパーコンピュータメーカー、クレイ・リサーチ社で働くかたわら、「アストロノミー」での執筆を始める。その後フリーランスとして独立、「ニュー・サイエンティスト」「ニューヨーク・タイムズ」「ガーディアン」などの新聞・雑誌に寄稿している。

訳者について:
林 大
翻訳家。1967年千葉県生まれ。東京大学経済学部卒業。
林さんの訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で390冊目。

日常生活を書き留めておく日記として始めたこのブログが理系化したひとつの理由がテレポーテーションの実験に成功したことを紹介するニュースだった。理系ニュースのアンテナはまったく立てていなかったから、10年ほど遅れてこのニュースを知って驚いてしまったわけなのだ。SFさながらのことが現実になっていたとは。。。物理学ってすごいと思い「今からでも遅くないかも。」と初歩の力学から読み始め、読んだ本の数はもうすぐ400冊になろうとしている。

本書も2007年頃に読んでいたのだが紹介記事は書いておらず、今さらながら再読して記事を書いておくことにした。翻訳のもとになった英語版は2005年に刊行されている。14年も前に書かれた本なのだ。


テレポーテーションは日本語で「瞬間移動」と訳されるが、良い訳語とは思えない。量子テレポーテーションは実際のところ秒速30万Kmの光速で移動するのであって瞬間的、つまり0秒で移動するわけではないからだ。光速を超える運動は物理法則では禁じられている。ただし転送される物体(あるいは人間)は、移動時間を0秒だと感じることになる。

さらに誤解を生みそうなのが、この本につけられた帯である。『ドラえもんの「どこでもドア」が現実化する日』というキャッチフレーズはインパクトがあり過ぎる。





「どこでもドア」のしくみはマンガでは明らかにされていないが、イメージ的には移動前の場所と移動後の場所がドアでつながったものだ。これはどちらかというとワームホールを使った移動で、本書で紹介されているテレポーテーションではない。「どこでもドア」は日本語版の帯に勝手につけられたもので、英語版にはつけられていない。

本書で紹介されているテレポーテーションは「量子テレポーテーション」と呼ばれているもので、粒子の「量子状態」を転送する技術である。粒子とは光子や電子、イオン、原子などのことを総称している。

章立ては次のとおりだ。

プロローグ:移動から転送へ
序:ビーミング・アップ小史―事実か、神話か、それともSFか
第1章:光とはいったい何なのか―テレポーテーションの端緒を開く
第2章:物質世界の中の幽霊―量子の奇妙な振る舞い
第3章:謎のリンク―宇宙全体が量子でつながっている
第4章:データ宇宙―物質世界も情報もデジタル処理できる
第5章:秘密通信―量子暗号は解読できない
第6章:モントリオールの奇蹟―現実化したテレポーテーション
第7章:小さな前進と量子の飛躍―熾烈なテレポーテーション競争
第8章:限界なきコンピュータ―量子コンピュータの時代へ
第9章:原子、分子、微生物…
第10章:遠い未来の遠い世界―人間存在とは何か
エピローグ:時間も距離も問わない生活


前提知識を読者に要求しない科学教養書には避けて通れないジレンマがある。メインテーマの話をするスタート地点に読者を立たせるために、必要な物理学の知識を順序立てて説明しなければならないからだ。章立てを見ておわかりのように、本書では17世紀から19世紀までの光学を中心とした理論、電磁気学、熱力学・統計力学、20世紀初頭の量子論発展史を第3章までかけて大急ぎで解説する。そして第4章と第5章でシャノンの情報理論、量子コンピュータと量子暗号に進む。

全体を通して図版や写真は一切ない。量子力学を知らない人にはシュレディンガー方程式やハイゼンベルクの行列力学を言葉で説明しただけではイメージできるはずがない。また量子力学を学んだ人には退屈なページが続いてしまう。かといって量子力学をまるっきり省くわけにはいかないから、対象読者がはっきりしない中途半端な記述に仕上がってしまうのだ。

EPRパラドクスやベルの不等式についても同じこと。知っている人には「おさらい」であり、初めて読む人には「そんなものかなぁ。」と漠然とした知識を与えるものの、理解させるにはほど遠い解説である。書かれていることはすべて正しいが、学ぼうとする者には疑問符だらけになる教養書なのだ。図版や数式抜きの文章だけで非理数系の読者に伝えるには、相当な工夫が要求される。残念ながら本書はこの点で成功しているとはいえない。

このような「科学教養書がもつジレンマ」を我慢して受け入れ、あきらめないで読み進めると、本書の価値が見えてくる。第6章から始まるテレポーテーションの歴史だ。量子テレポーテーションのしくみを説明しているページの中で、いちばんわかりやすいのはこちらだろう。送信者アリス(Alice)と受信者ボブ(Bob)が登場する一般向けの解説ページである。

量子テレポーテーションのしくみの解説
http://www.s-graphics.co.jp/nanoelectronics/kaitai/qteleportation/index.htm

Amazonから「テレポーテーション」というキーワードで検索すると、和書ではほんの数冊しか刊行されていないことがわかる。特に物体の移動のテレポーテーションに踏み込んだ理論や技術をSFと切り離して紹介した和書は、本書だけなのだ。(Amazonで検索する

量子コンピュータに関する和書は、理論だけでなく実践のための本も含め、近年たくさん刊行されているが、テレポーテーションにフォーカスした本は少ない。本書は量子テレポーテーション実験がこれまでどのように行われてきたのかを、詳しく紹介しているという意味で貴重なのである。説明不足や図版がないという欠点に目をつぶればよいのである。詳しいことを知りたければ、紹介されている実験の名前や関わった科学者の名前を手がかりに、ネット検索、論文検索をすればよいだけのこと。


原子のテレポーテーション実験が2004年に成功したことは、第9章に書かれている。量子力学や量子コンピュータのことをすでに学んでいる方は、この章からお読みになってもよいだろう。

原子の量子テレポーテーションに成功(米国)
http://wiredvision.jp/lite/u/archives/200406/2004061801.html
http://japan.cnet.com/news/ent/story/0,2000056022,20069323,00.htm

また本書には書かれていないことだが、2014年には次の実験も成功している。

原子を100%の精度で3メートル移動させることに成功。(オランダ)
http://karapaia.com/archives/52165230.html


先日ツイッターから「原子のテレポーテーション(瞬間移動)の実験が成功していることをあなたは知っていますか?」というアンケートをさせていただいた。ちょうど200人の方から回答いただき、結果は「知っている。」が51パーセント、「知らなかった。」が49パーセントだった。僕からのアンケートだと理系バイアスがかかっているはずなのだが、この実験についてはあまり衆知されていないことがわかった。(アンケートのツイートはこちら。)



本書は科学教養書としてのわかりやすさ、親切さでは劣っているが、原子のテレポーテーションが実現していることを衆知する点についてだけ言えば、いちばん成功しているのである。


原子でうまくいったら次は分子である。その次は小さな物体、さらに大きな物体。最終的には(人間も含めて)生物のテレポーテーションを目指すのだ。

2014年6月末には国立情報学研究所(所長:喜連川 優)から次の発表がされている。実験が成功したわけではなく「方法を開発」しただけなのだが、だとしてもインパクトが大きいニュースだ。

巨視的物体の新たなテレポート方法の開発に成功
https://www.nii.ac.jp/news/release/2014/0630.html

新たな「もつれ状態」を発見-NII、巨視的物体をテレポートさせる方法を開発
https://news.mynavi.jp/article/20140701-a043/

次のステップに進むためには、解決しなければならない難題が山積みで、本書においても楽観的な記述は見当たらない。マクロな物体や生物のテレポーテーションの商用化ははるか未来のことで、技術的には量子コンピュータやAIのほうが先に実現しそうだ。


本書の巻末には次のような年表がある。英語版が刊行された2005年までの年表と未来予測だ。

1900: エネルギーが量子化されていることがわかる。古い量子論の誕生(プランク)
1905: 光が量子化されていることがわかる。光電効果が説明される。(アインシュタイン)
1923: 波と粒子の二重性が物質に拡張される(ド・ブロイ)
1925: 量子力学の、行列による定式化(ハイゼンベルク、ボルン、ヨルダン)
1926: シュレディンガー方程式と波動力学(シュレディンガー)
1927: 不確定性原理(ハイゼンベルク)
1931: テレポーテーションという用語が考え出される(チャールズ・フォートの本『見よ』で)
1935: EPRパラドクス(アインシュタイン-ポドルスキー-ローゼン)。もつれという用語が初めて用いられる(シュレディンガー)
1948: 情報理論(シャノン)
1957: 多世界解釈(エヴェレット)
1964: ベルの定理と不等式
1967: 『スタートレック』でフィクションのテレポーテーションが何百万もの視聴者にお目見えする
1970: 量子暗号の考えが初めて現れる(ウィースナー)。発表されたのは1983年
1978: 量子コンピューティングの基礎(ドイチュ)
1979: ベネットとブラサールがウィースナーの考えを公開鍵暗号と組み合わせる
1980: 量子コンピューティングが結合できる(ベニオフ)
1982: 量子非複製定理(ウーターズとズレク)、局所的な隠された変数が実験で否定される(アスペほか)
1984: 量子鍵配布のための最初のプロトコル、BB84(ベネットとブラサール)
1985: 量子原理に基づいて作動する普遍的コンピュータでどんな物理作用もシミュレートできるという考え(ドイチュ)
1989: BB84の実験用試作品(ベネット、ブラサールほか)
1991: もつれに基づく量子暗号の理論(エッカート)
1992: 「キュービット」の呼び名が考え出される(シューマッハー)
1993: 量子テレポーテーションの理論(ベネット、ブラサール、クレポー、ジョザ、ペレス、ウーターズ)
1994: 大きな数の因数分解のための量子アルゴリズム(ショア)
1996: 2キュービットの量子コンピュータ
1997: 初のテレポーテーション実演(インスブルックのツァイリンガーほか、ローマのデマルティーニ)
1998: 粒子まるごとのテレポーテーション(カルテックのキンブルほか)、NMRテレポーテーション(ラフラム)
1999: 3キュービット量子コンピュータ
2001: NMRを使って7キュービット量子コンピュータがつくりだされる(ロスアラモス)
2002: 量子鍵が野外で23キロの距離を超えて送られる(イギリス国防調査局)、どんな種類の粒子にも量子もつれが起こりうることが証明される(ボースとホーム)
2004: 実験室でデコヒーレンスが観測される(ツァイリンガーほか)
   原子の量子状態のテレポーテーション
   量子暗号を支える最初の商業ハードウェア
   初めて、もつれた光子を使って資金の電子的移転がおこなわれる
   初の量子暗号ネットワーク(Qネット)
   テレポーテーション距離記録が500メートルまで延びる
2015?: 分子のテレポーテーション
2020?: 初の量子コンピュータ
2050?: ウィルスのテレポーテーション
20XX?: 人間のテレポーテーション


私たちが生きている2019年までに、残念ながら分子のテレポーテーションは実現しなかった。2014年以降の年表を現在の視点から書き換えると次のようになるだろう。個人的には分子のテレポーテーションは2020年代に実現すると思っている。

2014: 原子を100%の精度で3メートル移動させることに成功。(オランダ)
   巨視的物体の新たなテレポート方法の開発に成功(国立情報学研究所)
2016: IBMが量子コンピューティングを誰もが実験できるクラウドサービスとして提供(紹介記事
202X?: 分子のテレポーテーション
2050?: ウィルスのテレポーテーション
20XX?: 人間のテレポーテーション


なお、本書によると世界初のテレポーテーション実演は1997年、インスブルックのツァイリンガーほか、ローマのデマルティーニによるとされている。しかし、本書には日本人の業績にはまったく触れられていない。

この分野における研究で、日本での第一人者は東大の古澤明教授である。(古澤先生のホームページ

1998年、量子テレポーテーションの実験が世界で初めて成功(古澤明)
http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001046

古澤先生の実験は、ツァイリンガーの実演の翌年ということになるが、1997年に世界で初めて量子テレポーテーションを実現した実験は条件付きで計測できるものであったのに対し、1998年の古澤先生の実験では完全な状態の量子テレポーテーションを実現したという違いなのだという。

古澤先生はさらに2004年、3者間の量子もつれ制御に成功。さらに2009年には、9者間の量子もつれ制御に成功した。2013年、これまでの100倍以上という61%の高い成功率(超大規模量子もつれ)を達成。2015年心臓部である量子もつれ生成・検出部分を1万分の1の大きさの1個の光チップ化に成功されている。

古澤先生の著書で量子テレポーテーションを学んでみたい方は、次の本をお読みなるとよいだろう。

量子テレポーテーション:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3612f0a3b86c8a8a247fe138f473adb3


テレポーテーション 瞬間移動の夢: デヴィッド・ダーリング」の翻訳のもとにされた英語版は、2005年に刊行されたこの本である。(この著者の本: Amazonで検索

Teleportation: The Impossible Leap: David Darling」(Kindle版



本書刊行後の発展史は、次のリンク集に書いておいた。この2つの記事は何か発見やニュースがあるたびに今後も書き足していく。

テレポーテーションは実現している。(リンク集)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cc0bc7e88d02231138f8b6a9f5859c93

量子コンピュータの発展史(リンク集)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/91fa592173ea1b2a6e53ae0c84323751

ツイッターから行なった「原子のテレポーテーション(瞬間移動)の実験が成功していることをあなたは知っていますか?」というアンケートに対し、量子情報物理学がご専門の堀田先生(@hottaqu)が、次のことを教えてくださった。

量子テレポーテーションの実験を指しているならば、この"瞬間移動"の描像は送り手のアリスだけに成立している。離れたところにいる受け手のボブにとっては、瞬間移動ではないことも意識したいところ。量子テレポーテーションの送信者にとって、量子情報は送信者自身の測定実験の瞬間に受信者にそれは届いて見える。一方受信者にとっては、その送られる量子情報を全く含まない別な測定結果の連絡を光速度以下のスピードで受けとった時点で、本来もらいたかった量子情報も得るように見える。量子テレポ―テーションでは量子情報の送信者による描像と受信者による描像と、そして外部の第3者による描像とが全て異なる。だが三者が共有する実験データは全て一致し、矛盾は決して起こらない。それを説明する描像は、三者各々で違っていてもだ。

詳細は堀田先生がお書きになった、次の記事をお読みいただきたい。

量子テレポーテーションは、本当はテレポーテーションではないのか。
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/05/24/060626

量子テレポーテーションでアリスとボブの間のどこを量子情報は飛んでいくのか。
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2016/02/08/143133


量子コンピュータ、量子暗号技術の進展は引き続き注視していきたい。そしてその中から、テレポーテーションに役立つ技術が次々と生まれてくることを期待している。


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テレポーテーション 瞬間移動の夢: デヴィッド・ダーリング


プロローグ:移動から転送へ
序:ビーミング・アップ小史―事実か、神話か、それともSFか
- SF世界から現実世界へ

第1章:光とはいったい何なのか―テレポーテーションの端緒を開く
- ニュートンの粒子説かホイヘンスの波動説か
- ヤングの二重スリット実験
- マクスウェルの電磁理論
- 物理学vs.エントロピーの法則
- 幸福な直観―プランクの黒体放射の公式
- 量子力学の誕生
- 光は粒子でもあり、波でもある
- 二重スリット干渉縞が証明する光子の二重性

第2章:物質世界の中の幽霊―量子の奇妙な振る舞い
- 原子モデル
- 気まぐれな振る舞い
- ハイゼンベルクの行列力学
- シュレディンガーの原子の波動モデル
- シュレディンガーの波動関数とボルンの確率解釈
- コペンハーゲン解釈に惑わされて...
- 生きている猫と死んでいる猫

第3章:謎のリンク―宇宙全体が量子でつながっている
- ハイゼンベルクの不確定性原理
- 絡み合う光子
- 気味の悪い遠隔操作
- ジョン・ベルの不等式
- 驚くべき宇宙のつながり

第4章:データ宇宙―物質世界も情報もデジタル処理できる
- 情報の数量化
- アナログからデジタルへ
- 情報とエントロピー
- シャノン・エントロピー
- ランダウアーの原理=情報も物理法則に従う
- 量子コンピュータの可能性
- 量子の世界もデジタルで表される

第5章:秘密通信―量子暗号は解読できない
- カエサル暗号からヴァ―ナム暗号へ
- 不確定性原理を用いた量子暗号作成法
- 世界初、量子暗号ハードウェア
- もつれに基づく量子暗号システム

第6章:モントリオールの奇蹟―現実化したテレポーテーション
- 科学界のお墨付き
- 量子テレポーテーション

第7章:小さな前進と量子の飛躍―熾烈なテレポーテーション競争
- ツァイリンガーの挑戦
- 勝者は誰か
- レイモンド・ラフラムの追撃
- カリフォルニア工科大学の参戦
- 塗りかえられる到達距離の記録
- さらなる躍進、電子のテレポーテーション

第8章:限界なきコンピュータ―量子コンピュータの時代へ
- 量子コンピュータの驚異的な威力
- ブルース・ケインの構想
- イオントラップ量子コンピュータ
- デコヒーレンスをどう制御するか
- 量子ソフトウェア、そして量子インターネットへ

第9章:原子、分子、微生物…
- 原子レベルでのもつれを実現
- 原子テレポーテーション成功
- 次は分子、微生物、そして人間...

第10章:遠い未来の遠い世界―人間存在とは何か
- オリジナル破壊の不安
- 魂の転送は可能か
- オリジナルか、完璧なコピーか
- アイデンティティーや意識は複製できるか

エピローグ:時間も距離も問わない生活

年表
訳者あとがき

楕円関数入門: 戸田盛和

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楕円関数入門: 戸田盛和

内容紹介:
本書は楕円関数の入門書であり、いわゆるヤコビの楕円関数を三角関数のようにたやすく扱えるようにする。『数学セミナー』で連載したものに、ワイエルシュトラスによる楕円関数の形式、楕円関数の一般論の要約や公式集を収録。身近な現象を取り上げて具体的な計算を通して現象と共に楕円関数を理解できるように解説する。
2001年9月1日刊行、218ページ。

著者について:
戸田盛和(とだ もりかず): ウィキペディアの記事
1917年東京都に生まれる。1940年東京帝国大学理学部物理学科卒業。東京教育大学、千葉大学、横浜国立大学、放送大学の教授を歴任。現在、東京教育大学名誉教授、ノルウェー王立アカデミー会員。2010年没。


理数系書籍のレビュー記事は本書で391冊目。

楕円関数を学ぶための教科書はどれも手強そうだが、いずれ読んでみたいと思っていた。いくつか立ち読みした中でいちばん入りやすそうなのがこの本。物理の先生が書いた本ならなんとかなるかもしれない。いつか「ヤコビ 楕円関数原論」や「アーベル/ガロア 楕円関数論」を読んでみたいが、それはだいぶ先のこと。(楕円関数の本: Amazonで検索

本書「楕円関数入門: 戸田盛和」は『数学セミナー』で連載したものに、ワイエルシュトラスによる楕円関数の形式、楕円関数の一般論の要約や公式集を収録。身近な現象を取り上げて具体的な計算を通して現象と共に楕円関数を理解できるように解説したものだ。

章立ては次のとおりである。

第1章:楕円の弧長
第2章:楕円積分
第3章:ヤコビの楕円関数
第4章:なわとびのひも
第5章:座屈(バックリング)
第6章:振り子とこま
第7章:重心のまわりの回転
第8章:加法定理
第9章:加法定理の代数的関係式
第10章:複素変数の楕円関数
第11章:無限乗積
第12章:θ(テータ)関数
第13章:θ(テータ)関数の加法公式
第14章:logθ0の分解
第15章:非線形波動
第16章:振り子の励振


第1章から第3章は楕円関数や楕円積分の紹介、第4章から第7章までは身近な物理現象を解くための解説にあてられる。第8章以降は計算が格段に難しくなってきてお手上げ。第10章から変域を複素変数に拡張し、楕円関数の周期性があらわれるのをみて興味が戻ってきた。第12章から始まるθ(テータ)関数とは楕円テータ関数のことだ。詳細は次のページを参照していただきたい。

楕円テータ関数(特殊関数 グラフィックスライブラリー)
http://math-functions-1.watson.jp/sub1_spec_100.html

楕円関数は、戸田格子(非線形格子)もそうであるが、さまざまな自然現象であらわれる物理数学でもあるわけだが、今回はその大まかな様子を知るにとどめておいた。(というより計算が複雑過ぎて第8章以降は大まかなところをつかんだに過ぎない。)

いちばん興味深かったのは「こま」や「なわとび」の運動に楕円関数がでてきた例だ。第7章までを理解するだけでも、それなりの収穫だったと思うことにした。

本書でどのような数式が扱われるかは、巻末の公式集を見ていただければおわかりになるだろう。

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楕円関数入門: 戸田盛和

まえがき

第1章:楕円の弧長
- 楕円
- 楕円の弧の長さ
- 正弦曲線の長さ
- 第1種楕円積分
- レムニスケートの弧長

第2章:楕円積分
- 不定積分
- 楕円積分の標準形
- 円輪のポテンシャル
- 非線形のばね
- 非線形振動
- 振り子の振動
- 振り子の回転
- 球面振り子

第3章:ヤコビの楕円関数
- 楕円関数の誕生
- ヤコビの楕円関数
- 振幅関数
- ヤコビの楕円関数の微分
- ch^-1、dn~-1の積分表示
- 第2種楕円積分
- 楕円の弧
- 楕円
- ザイフェルトの球面スパイラル

第4章:なわとびのひも
- 力学の問題
- 曲線 y=b sn(x/c){b-2k/(1-k^2) c}の長さ
- 一般の形
- 変分原理

第5章:座屈(バックリング)
- エラスチカ
- 座屈による変形
- エネルギー的考察
- 初等的な扱い
- 大きな変形
- 関連のある問題
- 棒の曲げの応力

第6章:振り子とこま
- はじめに
- 単振り子
- 球面振り子
- 亜鈴の運動
- 重力のはたらいているこま

第7章:重心のまわりの回転
- 自由な回転
- 自由な回転の安定性
- 別の見方
- 時間的変化

第8章:加法定理
- 推論
- ヤコビの楕円関数の加法公式
- 別の書き方
- 加法公式の幾何学的証明

第9章:加法定理の代数的関係式
- トムソンの式
- オイラーの積分関係式
- 例--sn関数
- 代数的関係式
- 例--sn関数の代数的加法定理

第10章:複素変数の楕円関数
- 変域の拡張
- 複素変数
- 複素平面上のsn関数
- ヤコビの楕円関数の周期性

第11章:無限乗積
- 2次元ラプラス方程式
- 対数ポテンシャルと電極
- 関数 log sin z
- 関数 log tanh z
- sn zの無限乗積表現(1)
- sn zの無限乗積表現(2)
- θ(テータ)関数

第12章:θ(テータ)関数
- 級数展開
- θ関数
- θ関数の満たす熱伝導方程式
- 1/t を用いた解
- θ関数に関するヤコビの虚数変換
- バーガース(Burgers)方程式

第13章:θ(テータ)関数の加法公式
- 加法公式
- (d^2/dv^2)logθ3(v)との関係
- Ζ(ジータ)関数

第14章:logθ0の分解
- Ζ関数の加法公式
- logθ0に対する漸化式
- フーリエ展開
- dn^2(2Kv)の分解

第15章:非線形波動
- 漸化式
- 非線形格子
- ソリトン
- 非線形性の小さい波

第16章:振り子の励振
- ヒルの方程式
- sn^2の固有値
- sech^2の固有値

参考書

付録I:ワイエルシュトラスのぺー関数(ウィキペディア
付録II:楕円関数の一般的性質
付録III:公式集

索引

数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド

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数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」(丸善出版

内容紹介:
20世紀の現代数学から見て、17世紀の天才たちはどこまで到達していたのだろうか?本書は、現代ロシアの世界的数学者アーノルドが、17世紀のニュートンやホイヘンス等による近代数学の萌芽を振り返り、それらが200年後、300年後にどのような形で開花することになったかを独自の切り口で語ったものである。数学上の業績の解説だけではなく、ニュートンとライプニッツの先取権争いや、ニュートンとフックの確執など、伝記的な挿話も織り交ぜられ、生き生きとした興味深い読み物となっている。
1999年7月刊行、151ページ。

著者について:
ヴラディーミル・イーゴレヴィッチ アーノルド(Vladimir Igorevich Arnol'd)
1937年生まれ。1959年モスクワ大学卒業。在学中の1957年にヒルベルト第13問題を(否定的に)解決したことで有名になる。恩師のコルモゴロフのプログラムに沿って、太陽系の安定性を導く摂動理論を確立し、1965年に師とともにレーニン賞を受賞し、物理・数学博士となる。クラフォード賞、ハーヴェイ賞を受賞。1965年年モスクワ大学教授、その後モスクワのスチェクロフ研究所、パリ大学ドーフィン校の決定数学研究所勤務。ヒルベルト第13問題の解決、KAM理論、力学系、特異点理論、代数幾何学、シンプレックティック位相幾何学、流体力学、偏微分方程式などで数多くの業績を残している。著書『古典力学のエルゴード問題(吉岡書店1972)』、『古典力学の数学的方法(岩波書店1981)』、『常微分方程式(現代数学社1981)』、『カタストロフ理論(現代数学社1981)』など多数。2010年没。

訳者について:
蟹江幸博(かにえ ゆきひろ):ホームページ:http://kanielabo.org/
1948年2月生まれ。1976年3月京都大学大学院理学研究科博士課程数学専攻修了。三重大学名誉教授。著書、訳書多数。
蟹江先生の著書、訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で392冊目。

本書は昨年秋に開催された「第59回 神田古本まつり、第28回 神保町ブックフェスティバル」の歳、明倫館書店の店内の本棚から買ったものだ。天体力学、特に太陽系の惑星の運動の安定性、カタストロフィ理論に興味がでてきたので、同シリーズの「天体力学のパイオニアたち(上、下)」と組合せで購入。

本書のほうは17世紀、18世紀の科学者、つまりホイヘンス (1629–1695)、バロー (1630–1677)、ニュートン (1642–1727) とフック (1635–1702)らの業績とエピソードを数理解析にしぼって紹介した本である。章立ては次のとおり。

第1章:万有引力の法則
第2章:数理解析
第3章:伸開線から準結晶へ
第4章:天体力学
第5章:ケプラーの第2法則とアーベル積分のトポロジー
附録1:軌道が楕円であることの証明
附録2:ニュートンの『プリンキピア』の補題XXVIII

以下は蟹江先生による「訳者あとがき」から抜粋した各章の紹介である。

第1章では、近代数学と理論物理学の幕を開いたニュートンの『プリンキピア』が何のために書かれ、そこでニュートンが何をし、何をしなかったか。また、彼の先行者たち、同時代の競争者と協力者が何をしたのかが語られている。特に、ニュートンとフックとの間に起った出来事が、従来あまり触れられることのなかった視点で語られている。

第2章では、解析学(微分積分学)がいつ、何のために創られたのか、解析学の基本的なアイデアがどこからきたのか、どのように発展したのかが語られる。19世紀末の解析の基礎の議論が顛末に見えるダイナミックな語り口で、直接にニュートンの衣鉢を引き継ぐアーノルドならではと思わせるものになっている。特に、引用されるブルバキの(おそらくはヴェイユの)見方との対照が面白い。

第3章は、この本流に隠されていた感のあるホイヘンスを祖とする、1つの数学が語られる。数学としての内容が、時代の定式化(枠組み)を越えていて、現代に、シンプレクティック幾何学、変分法、最適制御、特異点理論、カタストロフ理論などの現代数学の分野として開花している。

第4章は、解析学を用意して宇宙の神秘に分け入ったニュートンの力学理論が、後世どのように発展し、その力を実証してきたかが語られる。ハリー彗星の回帰の予言、海王星や冥王星の存在の予言、土星の環の隙間の理由、太陽系の安定性、三体問題の厳密解が予言した木軌道上の小惑星のトロヤ群、太陽観測に適した宇宙船の位置など、理論が現実に応用されるさまが生き生きと語られている。

第5章はと附録2では、ヒルベルトの第16問題である、代数曲線のトポロジーの問題が『プリンキピア』の中に、ケプラーの第2法則として関係して議論されていたことが発掘されている。


150ページほどの本なのですぐ読めてしまった。科学教養書としては日本やアメリカのものと一風変わった趣きのある本であることが訳書であっても伝わってくる。説明しつくそうと意気込まず、荒削りで熱のこもった本だという印象を受けた。

17世紀、18世紀の科学史はすでに何冊かで読んでいたが、知らないことはたくさんあるのだなと思う。特にニュートンについてもそうだ。『プリンキピア』はユークリッド幾何を使って書かれていて、微積分記号を発明したのはライプニッツであるから、ニュートンが解析学に貢献したのはせいぜい流率法(微分に相当する方法)くらいなのだと思っていたが、ニュートンはすでに数値を使って級数の値を求めることを熟知しており、テイラー級数に相当するものを獲得していたそうだ。この時代の科学者たちが後世発見され、現代数学の主要な概念として使われることがらを、その時代に発想していたことを思うと、卓越した能力に驚かされるばかりである。それらが功績として残されなかったのは、次々にアイデアが湧き出でて発表するためにまとめ上げる時間がなかっただけなのだ。第2章と第3章をお読みになるとわかる。

特に興味深く読めたのが第4章。もともと天文好き、太陽系好きだからであるかもしれない。ニュートンによって明かされた未来永劫に続く惑星の運動は、個別の楕円軌道を考えるのならそれでよい。しかし実際には惑星どうしが引力を及ぼし合っているから多体問題であり、摂動計算をして将来の位置を求める必要がある。離心率や近日点が変化することはニュートンも気づいており級数を使った摂動計算によってこの問題に取り組んでいる。また、その後ラプラスは太陽系の安定性についての研究をしている。太陽系の惑星の運動は永久になめらかに変化するだけなのか?それとも、ある日カタストロフィのようにばらばらになってしまうのか?とどのつまり摂動計算の級数が収束するのか発散するのかにかかっている。この時代に、そしてニュートン力学だけでこの壮大な問題にペンと紙だけで挑んだはるか昔の科学者に想いを馳せると、人類ってすごいなと思ってしまうのだ。特に土星の環の間隙がどうしてできるのかという話が面白かった。


本書は北海道大学の石川剛郎先生(紹介ページ)もお読みになり、書評をお書きになっているので合わせてお読みいただきたい。

数理解析のパイオニアたち
V.I. アーノルド 著 蟹江 幸博 訳
http://mathsoc.jp/publication/tushin/1901/1901ishikawa.pdf

石川先生は数学書をたくさんお書きになっている。研究分野は今回紹介したアーノルド博士とかぶっているようだ。

石川先生の著書: Amazonで検索


本書は丸善出版のとシュプリンガー版のがあるが、どちらも絶版である。丸善出版のほうは法外なプレミア価格がついているから、シュプリンガー版のほうをお勧めする。アマゾンだと「なか見検索!」ができるので、参考にしていただきたい。

本書は1989年にロシア語で刊行され、翌1990年に英語版が刊行された。ロシア語版の入手が困難だったため日本語版は大部分を英語版から、一部だけロシア語版から翻訳したのだという。英語版はこちらからお買い求めいただける。

Huygens and Barrow, Newton and Hooke: Pioneers in mathematical analysis and catastrophe theory from evolvents to quasicrystals



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数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」(丸善出版


第1章:万有引力の法則
1.ニュートンとフック
2.落体の問題
3.逆2乗の法則
4.『プリンキピア』
5.球面の引力
6.ニュートンは軌道が楕円であることを証明したか?

第2章:数理解析
7.ベキ級数による解析学
8.ニュートン多面体
9.バロー
10.テイラー級数
11.ライプニッツ
12.解析学の発明についての論議

第3章:伸開線から準結晶へ
13.ホイヘンスの伸開線
14.イヘンスの波面
15.伸開線と正20面体
16.正20面体と準結晶

第4章:天体力学
17.『プリンキピア』以後のニュートン
18.ニュートンの自然哲学
19.天体力学の勝利
20.ラプラスの安定性定理
21.月は地球に落ちてくるか?
22.3体問題
23.ティティウス--ボーデ則と小惑星
24.間隙と共鳴

第5章:ケプラーの第2法則とアーベル積分のトポロジー
25.積分の超越性に関するニュートンの定理
26.局所代数性と大域代数性
27.局所非代数性に関するニュートンの定理
28.滑らかな代数曲線の解析性
29.局所的に代数的に積分可能な卵形線の代数性
30.特異点を持つ代数的に積分可能でない曲線
31.ニュートンの証明と現代の力学

附録1:軌道が楕円であることの証明
附録2:ニュートンの『プリンキピア』の補題XXVIII

訳者あとがき

天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ

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天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版)―カオスと安定性をめぐる人物史

内容紹介:
天体力学とは、太陽系内の惑星の運動に代表される、ニュートンの万有引力を及ぼし合う物体の運動を論じる学問である。なかでも太陽系の安定性の問題には、数多くの数学者がエネルギーを費やしてきた。フランスのポアンカレ、ロシアのコルモゴロフ、アーノルド、米国のバーコフ、スメールなど、煌星のごとくである。本書は、カオスや安定性の概念が天体力学の問題からいかに発生したかを、生身の人間の営みを通して生き生きと描いた大河ドラマである。
2004年9月刊行、206ページ。

著者について:
F.ディアク: Wikipedia
1959年、ルーマニアのシビウ生まれ。ブカレスト大学で学び、1989年に、ハイデルベルク大学でヴィリ・イェガーの指導のもと、n体問題の衝突特異点に関する論文でPh.D.を取得。1991年よりヴィクトリア大学で教鞭をとり、2000年より同大学教授。主要な研究分野は天体力学、力学系理論、カオス理論、数理物理学などである。2018年没。

P.ホームズ: Wikipedia
1945年、英国リンカーンシャー生まれ。オックスフォード大学とサウザンプトン大学で学び、1974年に、サウザンプトン大学でR.G.ホワイトの指導のもと、工学の分野の論文でPh.D.を取得。1977年より1994年までコーネル大学で教鞭をとり、1994年よりプリンストン大学教授。主要な研究分野は非線形力学系理論、微分方程式論などである。

訳者について:
吉田春夫(よしだ はるお): 教員紹介ページ
1983年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。現在、自然科学研究機構・国立天文台教授。理学博士。専門は天体力学。

吉田先生の著書、訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で393冊目。

前回紹介した「数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」と同様、本書も昨年秋に開催された「第59回 神田古本まつり、第28回 神保町ブックフェスティバル」の際、明倫館書店の店内の本棚から買ったものだ。

ニュートン(1642-1727)が1687年に著書『プリンキピア』でケプラーの3法則を数理的に証明したことによって、それまで幾何学だった惑星の運動は力学になった。ユークリッド幾何を使って太陽の周りを回る惑星の軌道は楕円軌道であり、その限りにおいて公転運動は未来永劫に続くのだと計算上で示される。

けれども惑星どうしも万有引力で引き合っているのだから、厳密にいえば惑星の軌道は他の惑星の引力に影響されており、完全な楕円軌道を描くわけではない。ニュートンもそのことに気がついていた。

『プリンキピア』は当時の科学者たちに大きな影響を与え、ライプニッツ(1646-1716)によって発明された微積分記号を使って研究が重ねられていった。際立っているのがフランスの科学者、ラプラス(1749-1827)であり1799年から1825年にわたって出版した『天体力学論』という全5巻の大著を残した。「天体力学」という言葉を使い始めたのもラプラスである。そしてラプラスは、史上はじめて「惑星の運動の安定性」に言及し、計算を試みて特定の条件においてそれが安定であることを証明したのだ。

太陽系の惑星は多少のぶれはあったとしても、未来永劫安定して回っていることができるだろうか?惑星探査衛星は、巨大惑星の近くをかすめて飛行することでその大きな引力を利用して加速するという方法がとられている。この「スイングバイ」という方法のように、惑星そのものが本来の軌道を離れて宇宙空間の彼方に飛び去ってしまうことはないのだろうか?

これは太陽の周囲を地球と月がまわる状況をトレースしたもの。質量や初速度を変えると、このような軌道があらわれる。地球は宇宙の彼方に飛んで行ってしまうのだ。




3つの天体がそれぞれ引力をおよぼしあっている条件で、その運動を求める問題のことを3体問題と呼んでいる。10年以上前に書いたこの記事で紹介したこの例は、太陽と地球と月の運動を初期条件を変えて描いたものだ。天体がたった3つであっても、悪夢がおきることがわかる。天体が4つ、5つと増えると、その可能性は増していくのではないだろうか? ごく自然な疑問である。

ラプラス以降、数学者ラグランジュ(1736-1813)もこの問題に取り組み、ラプラスより精密な形で惑星の運動の安定性を証明した。これについては本書の下巻で解説することにしよう。


さらに数十年が経ち、同じ問題に取り組んだのがフランスの数学者、ポアンカレ(1854-1912年)である。当時はまだ3つ以上の天体が関わる系の運動、いわゆるN体問題を解くことが課題とされていた。2体問題であればニュートン力学を使って簡単に解くことができ、惑星の軌道は円か楕円、放物線、双曲線のいずれか、つまり2次曲線になることがわかっていた。運動方程式は微分方程式としてあらわされ、天体の位置と速度が初期値として与えられれば、方程式を積分することで解くことができる。

ポアンカレは次に3体問題に取り組む。しかし3体問題は微分方程式と初期値を与えても、一般的には解くことができないのだ。専門用語でいえば微分方程式が「可積分」でないからである。


ところで3体問題が解析的に解けない、つまり微積分を使って厳密な形で解けないことは、微分ガロア理論を使っても証明できるという。ガロア(1811-1832)といえば群論だ。5次方程式の解の公式が存在しないことはガロア理論を使って証明できるのは、よく知られていることだが、3体問題の解析解が存在しないことにもガロアは貢献している。その証明は次の英語PDFで読むことができる。Non-integrability of the three-body problemとは3体問題の不可積分性のことで、つまり3体問題が解析的に解けないという意味だ。

The meromorphic non-integrability of the three-body problem
Tsygvintsev Alexei
https://arxiv.org/pdf/math/0009218.pdf

Non-integrability of the three-body problem
Andrzej J. Maciejewski, Maria Przybylska
https://hal.archives-ouvertes.fr/hal-00619276/document


3体問題の微分方程式は厳密な形では解けないのだから、近似的に解くことしか残されていない。これはニュートンやラプラス以来、採られてきた方法だ。天文学ではこの方法を「摂動法」と呼んでいる。たとえて言えば、一般的な曲線を近似するときに直線(1次)、2次曲線、3次曲線のように段階を踏んで近似していく計算方法である。そして一般的な条件では計算が複雑になり過ぎるので、ポアンカレは3天体が平面内を運動するという制限をつけて計算することにした。これを制限3体問題という。3体問題や多体問題は興味深いテーマだし、今回は本の紹介記事だから、別記事として後日書くことにしよう。

彼がこの計算を進めていくうちに、天体の運動が初期値の少しの違いによって大きく変わることがあるのに気がついた。そのわずかな違いによって運動は安定になったり不安定になったりする。後に「カオス」と呼ばれることになるこの現象は、3体問題をあらわす微分方程式の解の安定性の研究の中から誕生した。歴史的瞬間である。彼は論文を書き、後に『天体力学の新しい方法』として出版する。

ポアンカレ自身、天体のこの奇妙な振る舞いをすぐには受け入れることができなかった。彼が元にしているのはニュートン力学、万有引力の法則だけである。なぜこのように複雑で予測が付かない運動が生じるのか。。。その神秘を探求するために必要な時間はもはや彼に残されていなかった。彼は一般相対性理論が発表される4年前、1912年にこの世を去ることになる。「カオス」が再び天体力学という数学の表舞台に登場するのは、ポアンカレの死後50年たった1960年代のことだった。


前置きが長くなったが本書の第1章で解説されるのは、ニュートンからポアンカレがカオスを発見するまでの数学史である。「天体力学のパイオニアたち」というタイトルだが、本書は3体問題、多体問題に立ち向かう数学者たちの物語だ。この上巻の章と項のタイトルは次のとおりである。

第1章:偉大な発見
- そして過ち
- パリの散策
- ニュートンの洞察
- 自然の法則を記述する言語
- 現実のモデル
- 多様体の世界
- n体問題
- オスカー王の賞
- ポアンカレの業績
- 『新しい方法』
- 不動点
- 第1回帰
- カオスを垣間見る
- パンドラの箱
- ポアンカレの過ち
- 驚くべき発見

第2章:記号力学
- 不動点で始まる経歴
- リオの浜辺にて
- スメールの馬蹄
- 記号のシフト
- カオスの記号
- 振動と回転
- 新しい科学

第3章:衝突とそれ以外の特異点
- 特異な人
- 衝突か爆発か
- コンピュータ・ゲーム
- ウサギ1匹捕まえるには
- 成功の度合い
- 衝突の正則化
- 天体の玉突き
- ある会議での出会い
- 4体から5体へ
- 1世紀にわたる追及の終焉
- 対称な脱線
- 夕食でのあるアイデア


第2章では、カオスを取り扱うために使われる現代数学の解説だ。記号力学、シフト写像、カントール集合、不動点、トポロジー、測度論など。そして斬新な「馬蹄」というトポロジーのアイデアが数学者スティーヴン・スメール(1930-)によって考案される。

このスメールのアイデアを基盤にして、第3章から紹介される数学者たちの斬新なアイデアが積み重ねられ、4体問題、5体問題でのカオス運動や、または安定な運動が発見されていく。3体以上の問題だとあらかじめ計算しやすい条件を課すことになる。それはそれで人為的なのだが、ぎりぎりのところで研究を突き詰めていく数学者たちの叡智に心を動かされることになる。

1960年代以降、コンピュータが使えるようになり、多体問題は視覚的にヒントを得られ、研究の道具のひとつとなっていった。しかし、どんなに計算能力が増しても無限の未来までを計算することはできない。数学だけがそれを可能にしてくれる道具なのである。本書は現代数学の威力をまざまざと見せてくれる。


量子力学の不確定性原理は、未来が不確定であることの一つの原因である。粒子と粒子の相互作用が非決定論的、確率論的な未来を生じさせる。(参考記事:「鉛筆はどれくらいの時間立っていられるか?」)

それに加えてニュートン力学だけの世界から、未来を予測不能にするカオス現象があらわれるというのがこの分野の魅力である。(一般相対性理論ベースの3体問題、多体問題が本当の運動をあらわすのだが、複雑すぎて数学者は証明できない。)

本書で解説される運動現象は、ニュートン力学をもとにしたものだけであり、質点は無限小であり、その初期条件は人為的なものが選ばれている。とても現実の天体とは思えない、数学の世界だけで通用する力学だ。しかし、複数の仮想天体が描く美しい軌道を見るとき、また安定し続けると思われているそれらの動きが突然崩れて、予測もできない崩壊を見せるとき、この謎を解き明かしたいと一歩を踏み出し、取り憑かれてしまうのである。本書はそのような数学者たちの物語である。


お読みになりたい方は、こちらからどうぞ。

天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版
天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版
 


翻訳のもとになった英語版はこちらである。日本語の上下巻がまとめて1冊の本で読める。

Celestial Encounters: The Orgins of Chaos and Stability: Florin Diacu, Philip Holmes



カオスを含め、この分野は「力学系」として分類される。第2章にでてくるスメール博士がお書きになった、定番の教科書はこちら。最新の第3版の日本語版は2017年に刊行されたばかりだ。

Hirsch・Smale・Devaney 力学系入門 ―微分方程式からカオスまで― 第3版」(第2版)(初版


同書の英語版はこちらである。

Differential Equations, Dynamical Systems, and an Introduction to Chaos, Third Edition 3rd Ed」(Kindle Ed)(2nd Ed)(1st Ed


力学系の本: Amazonで検索


ポアンカレが3体問題の微分方程式を論じ、カオスを発見したことを教科書にしたのがこの本である。

ポアンカレ 常微分方程式 -天体力学の新しい方法-



原書のフランス語版は、昨年新装版が発売されたばかりだ。

Les Méthodes Nouvelles de la Mécanique Céleste, Vol. 1: Henri Poincaré
Les Méthodes Nouvelles de la Mécanique Céleste, Vol. 2: Henri Poincaré
Les Méthodes Nouvelles de la Mécanique Céleste, Vol. 3: Henri Poincaré
  

もちろん英語版も刊行されているが、高過ぎてお勧めできない。: Amazonで検索


さて、最後に3体問題の動画をひとつ紹介し、引き続き下巻に進もう。

3体問題


3体問題の動画: YouTubeで検索


関連記事:

数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/165c894d023b1174fd519522935cdeeb

古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e808487b7e9d668967f703396e32d80a

全5巻完結!:ラプラスの天体力学論(日本語版)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a720b0cfb775d00625763f87a56b2414

発売情報: 惑星探査機の軌道計算入門: 半揚稔雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a3aba0b87bff8a8ae54fb37ad1b04504


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天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版


上巻

序文と謝辞
読者へのノート

第1章:偉大な発見
- そして過ち
- パリの散策
- ニュートンの洞察
- 自然の法則を記述する言語
- 現実のモデル
- 多様体の世界
- n体問題
- オスカー王の賞
- ポアンカレの業績
- 『新しい方法』
- 不動点
- 第1回帰
- カオスを垣間見る
- パンドラの箱
- ポアンカレの過ち
- 驚くべき発見

第2章:記号力学
- 不動点で始まる経歴
- リオの浜辺にて
- スメールの馬蹄
- 記号のシフト
- カオスの記号
- 振動と回転
- 新しい科学

第3章:衝突とそれ以外の特異点
- 特異な人
- 衝突か爆発か
- コンピュータ・ゲーム
- ウサギ1匹捕まえるには
- 成功の度合い
- 衝突の正則化
- 天体の玉突き
- ある会議での出会い
- 4体から5体へ
- 1世紀にわたる追及の終焉
- 対称な脱線
- 夕食でのあるアイデア

ノート
参考文献
索引

下巻

第4章:安定性
- 秩序への願い
- 侯爵と皇帝
- 球面の音楽
- 永遠の回帰
- 世界をかき乱す
- 安定性の度合い
- 定性的な時代
- 線形化とその限界
- モデルの安定性
- つり合いの位置にある惑星たち

第5章:KAM理論
- 簡単化して解く
- 準周期運動
- トーラスの摂動
- 手紙,失われた解,そして政治
- 証明に悩む
- ツイスト写像
- 才能ある学生
- カオスの拡散
- エピローグ

ノート
参考文献
訳者あとがき
索引

映画『ファースト・マン(2018)』

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土曜日に2月8日に公開されたばかりの『ファースト・マン(2018)』を観てきた。人類史上初めて月面に降り立った宇宙飛行士ニール・アームストロング(1930-2012)の自伝的な作品だ。いつものように映画好きの友達にチケット予約してもらい、上映15分前に待ち合わせ。映画『ドリーム(2016)』や『ボヘミアン・ラプソディ(2018)』のときもお世話になっている。

映画『ファースト・マン』オフィシャルサイト
https://firstman.jp/

『ファースト・マン』本予告映像


『ファースト・マン』特別コメント映像 山崎直子さん(宇宙飛行士)


『ファースト・マン』の動画: YouTubeで検索


新宿のこの映画館に来るのは3度目。臨場感が期待できるIMAX上映だ。『ボヘミアン・ラプソディ(2018)』のときのIMAX上映と同じ部屋で中央ど真ん中の席である。






予告編とレビュー記事は少しだけチェックしておいた。アポロ計画の科学的・技術的側面はどうも期待できそうになく、アームストロング船長の人間としての姿を描いた作品だという。海軍飛行士、宇宙飛行士に求められる不屈の精神、強靭な身体能力、冷静沈着な性格を全面に出して「強いアメリカ」が強調される映画なのだと想像していた。

けれども映画が始まって15分くらいすると、思っていたのとはずれていることに気がついた。どんなに強靭な人間でも命をかけて重要なミッションに挑むと不安がつきまとう。何がおこるかわからない。この映画に一貫していたのは「リアリティ」だ。アームストロングという人間を等身大に描いた作品だった。

冒頭のシーンは1961年、2時間21分後のエンディングは1969年7月。アームストロングが宇宙飛行士として搭乗したのは、ジェミニ8号(1966)アポロ11号(1969)の2回だ。ジェミニ計画は1961年から1966年にかけ、マーキュリー計画とアポロ計画の間に行われ、10名の宇宙飛行士が地球周回低軌道を飛行した。アポロ計画は1961年から1972年にかけて実施され、全6回の有人月面着陸を成功させた。


映画は徹底的にアームストロングの視点から映される。彼が見ていた光景そのままだ。発射時にガタガタと激震する操縦席、小さな窓から見える大気圏上層の雲や宇宙空間から時おり見える地球表面。そして登場人物の顔のアップが多いのも特徴だ。訓練中やミッション遂行中のアームストロングと、同乗している宇宙飛行士の緊張した表情、家では不安いっぱいで、いつも心配している奥さんの顔である。小さな娘さんを亡くしたばかりの家族には、明るさや温かさ、そして何よりも大切な安心感がない。アポロ1号の予行演習中におきたコックピットの火災で同僚が命を落としたのは他人事ではなかったからだ。

また、カメラを手持ちで撮影したシーンが多いことにも気がついた。大画面の映画なのに映像のブレは手持ち撮影したホームビデオを見せられているようなのだ。映画通の友達に言わせると、それはこの監督の特徴だそうで、ぐらぐら揺れる画面がリアリティを演出する。

この映像手法が地上でのシーンと宇宙でのシーンに使われると、宇宙飛行士になったときに自分が見る光景を再現してくれる。薄汚れた船内やコックピットの計器類、1960年代の機材の色彩と質感がジェミニ計画やアポロ計画で使われた昔の技術レベルを伝えてくれる。激しく振動する船内で「アポロ誘導コンピュータ」が使えるようになったのはトランジスタが実用化されたからである。トランジスタは1940年代末に発明され、世界初のMOSトランジスタは、1960年にベル研究所のカーングとアタラが製造に成功した。トランジスタ以前の真空管ではコンピュータ制御のロケット開発は論外だった。

この映画が見せてくれる、もうひとつのリアリティはアポロ計画に対する世間の冷ややかな目だ。終戦後に始まったのがソビエト連邦との熾烈な宇宙開発競争で、国家の威信をかけて行われた宇宙計画である。「人類を月に送ろう!」というケネディ大統領の夢あふれたスピーチの背景にあった国策である。生活に苦しむ国民が大勢いる中で巨額の税金を宇宙計画に投入することに対して反発をあらわにした市民がいたことをこの映画は正直に描いていた。アポロ1号で死者がでたときは、なおさらである。NASAが報道規制を引いてもリークはまぬがれない。マスコミは大々的にこの巨大プロジェクトへの不信を書き立てた。現代でも日常目にする批判的な人たちが、この時代にもいたことを伝えている。


アポロ11号のミッションが成功し、人類初の1歩をアームストロングが月面に残したことを僕たち知っている。見る前からネタバレしているようなものだ。それでも怖いシーンがいくつもあったと一緒に行った友達は言っていた。アポロ1号で亡くなった飛行士は事故原因検証のために4時間もそのままにされていたこと、そして冒頭では飛行機が大気圏外で制御を失って高速回転するシーンがあり、ジェミニ8号が宇宙空間で原因不明の回転をおこしてしまう。いずれ制御を取り戻すことができるとわかっていても、死の危険にさらされている状況で正気を失わずに地上と交信しながら姿勢制御をすべく行動をとる姿にはドキドキさせられる。精密な機械システムが異常事態に陥ったとき、人間にできることは限られている。スピードを増して回転する船内から見えるのは、これまで見たことがない光景だから、怖いながらも新鮮な驚きをもたらすのだ。

そして、月に到達して船内から見る月面の風景、着陸地点を探すまでのじれったい時間の流れ、着陸した後にゆっくりとハシゴを降りるアームストロングが映される。おそるおそる一歩を踏んだ瞬間に訪れる静寂。地球で湧き上がる大歓声をよそに、灰色一色で色彩のない冷たい風景は微動だにしない。カメラはこのシーンでは固定され、砂粒ひとつから小石、それらが描き出す模様が何億年も前から変わっていない世界を映し出す。自分がその場所に立った時、このように感じるのだという疑似体験に身震いがした。ただでさえ静かな映画館の観客が、さらに静まり返っているのがわかった。観客席の空気が止まった。ここがいちばんの見どころ。月面の究極のリアリティである。

ガリレイが史上初めて望遠鏡で月面を観測したのは1609年7月のこと。(参考記事:「星界の報告: ガリレオ・ガリレイ」)それからちょうど360年たった7月、その地に最初の人間が一歩を踏み出したことになる。50年も前のことであるが、月が現在でも人類が到達したいちばん遠い場所であることに変わりはない。


ところで月面着陸時に「1202」という警告がでたシーンがある。映画ではこれを無視して着陸を強行したのだが、なぜかは明かされていない。その答がここに書かれているのを見つけることができた。

【第13回】〈一千億分の八〉アポロ11号の危機を救った女性プログラマー、マーガレット・ハミルトン
https://koyamachuya.com/column/voyage/33611/


月から戻るシーンは映されない。地球に戻っても2週間は隔離されて過ごすことになる。ミッション大成功であり、英雄としての姿も描かれていない。ほっとする気持や、人類の偉業に歓喜したりするシーンは意図的に出していない映画だった。僕の満足度は9割を超えていたが、興行的には大丈夫だろうか? 友達は「タイミングが悪い。」と言っていた。この時期に上映される映画が目白押しで、『ファースト・マン』は1日1回しか上映されないそうだ。


映画館を出て、いつものように喫茶店で感想タイム。この作品は撮影技術がすごいのだと友達は言っていた。CGと実写の合成技術やカメラを意図的に振動させる装置が使われているという。昔の出来事を自然な映像として見せてくれる映画だったので、撮影技術の新しさにはまったく気がつかなかった。やはり映画は知識が豊富な人と行くのがよいのだ。


映画のレビューページや関連ページをいくつか教えてもらったので載せておこう。

映画「ファースト・マン」海外感想・評価まとめ【賛否両論!】
https://gennnya.com/movie-firstman-2/

町山智浩『ファースト・マン』を語る
https://miyearnzzlabo.com/archives/55007

映画『ファースト・マン』撮影風景メイキング。これがCG合成の未来か。CGを背景に映画を撮影。
https://cgtracking.net/archives/46798


そして見ておいたほうがよい動画を3つ紹介しよう。最初の動画はなんと50年前に撮影されたものだ。

APOLLO 11 [Official Trailer]


「月着陸に命をかけた男たち ~アポロ計画がのこしたもの~」


「かぐや」HDTVによるアポロ11号着陸地点付近(再生リスト



友達は英語を勉強したいと言っている。最後にアームストロングの言葉を紹介しておこう。

I'm, ah... at the foot of the ladder. The LM footpads are only, ah... ah... depressed in the surface about, ah.... 1 or 2 inches, although the surface appears to be, ah... very, very fine grained, as you get close to it. It's almost like a powder. (The) ground mass, ah... is very fine.

いま着陸船の脚の上に立っている。脚は月面に1インチか2インチほど沈んでいるが、月の表面は近づいて見るとかなり…、かなりなめらかだ。ほとんど粉のように見える。月面ははっきりと見えている。

I'm going to step off the LM now.

これより着陸船から足を踏み降ろす。

That's one small step for (a) man, one giant leap for mankind.

これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。


関連本の紹介:

ファースト・マン オフィシャル・メイキング・ブック



原作の日本語版はこちら。Kindle版は3月1日から配信される。

ファースト・マン 上:ジェイムズ・R. ハンセン」(Kindle版
ファースト・マン 下:ジェイムズ・R. ハンセン」(Kindle版)(上下合本のKindle版
 

原作本はこちら。

First Man: The Life of Neil A. Armstrong: James R. Hansen 」(Kindle版




関連記事:

映画『ドリーム(2016)』
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/54307adde353ad3fba64f33914f660a1

星界の報告: ガリレオ・ガリレイ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2bb491710bdf48a28c30c94e1dea7b36

アポロに搭載された計算尺(Pickett N600-ES)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3898318d7f4b3e84900d9ae2cb80d816

発売情報: 惑星探査機の軌道計算入門: 半揚稔雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a3aba0b87bff8a8ae54fb37ad1b04504


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天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ

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天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版)―カオスと安定性をめぐる人物史

内容紹介:
天体力学とは、太陽系内の惑星の運動に代表される、ニュートンの万有引力を及ぼし合う物体の運動を論じる学問である。なかでも太陽系の安定性の問題には、数多くの数学者がエネルギーを費やしてきた。フランスのポアンカレ、ロシアのコルモゴロフ、アーノルド、米国のバーコフ、スメールなど、煌星のごとくである。本書は、カオスや安定性の概念が天体力学の問題からいかに発生したかを、生身の人間の営みを通して生き生きと描いた大河ドラマである。
2004年9月刊行、133ページ。

著者について:
F.ディアク: Wikipedia
1959年、ルーマニアのシビウ生まれ。ブカレスト大学で学び、1989年に、ハイデルベルク大学でヴィリ・イェガーの指導のもと、n体問題の衝突特異点に関する論文でPh.D.を取得。1991年よりヴィクトリア大学で教鞭をとり、2000年より同大学教授。主要な研究分野は天体力学、力学系理論、カオス理論、数理物理学などである。2018年没。

P.ホームズ: Wikipedia
1945年、英国リンカーンシャー生まれ。オックスフォード大学とサウザンプトン大学で学び、1974年に、サウザンプトン大学でR.G.ホワイトの指導のもと、工学の分野の論文でPh.D.を取得。1977年より1994年までコーネル大学で教鞭をとり、1994年よりプリンストン大学教授。主要な研究分野は非線形力学系理論、微分方程式論などである。

訳者について:
吉田春夫(よしだ はるお): 教員紹介ページ
1983年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。現在、自然科学研究機構・国立天文台教授。理学博士。専門は天体力学。

吉田先生の著書、訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で394冊目。

上巻に続き下巻を読んだ。

上巻では3体問題の安定性を研究していく中で、カオス現象に気がついたフランスの数学者ポアンカレの話から、3体問題、4体問題、5体問題に取り組んだ1960年以降の数学者の取り組みを紹介している。

そもそも安定性とカオス(不安定性)は相容れない対極する概念だ。この2つはどのように結びつくのか?そもそもこの本の副題は「カオスと安定性をめぐる人物史」なのである。

第3章と第4章から構成される下巻では、安定性とカオスがどのように結びついていったのかが語られる。そのため時代は前後して、第3章「安定性」はダランベール(1717-1783)ラプラス(1749-1827)らに遡って始まり、この分野におけるオイラー(1707-1783)ラグランジュ(1736-1813)の業績を紹介、ポアンカレ(1854–1912)に至るまでのことが語られる。

第4章は1954年から1964年にかけて完成していった「KAM理論(Kolmogorov–Arnold–Moser theorem)」が解説される。これは力学系における準周期運動が持続性を持ちうることを示すもので、大ざっぱに言えばN体問題における安定な運動とカオス的な運動を分類し、それらが実現しうることを示す理論だ。コルモゴロフ(1903-1987)により不変トーラスの摂動論が発案、証明され、アーノルド(1937-2010)モーザー(1928–1999)らによって完成した。アーノルドは先日紹介した「数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」の著者である。N体問題が課題として与えられてから200年の歴史がひとまずここで一定の成果を治めることになる。

そして本書は天体力学から始まったカオス理論がその後、非線形力学という巨大で無秩序な分野へ成長し、化学や生物学、工学、医学、物理学、気象学など、およそ不安定な現象、突発的な現象にかかわるあらゆる分野へ応用されていること、そして数学自身にも影響を与えていることが紹介されて本書は締めくくられる。

下巻の章と項のタイトルは次のとおりである。

第4章:安定性
- 秩序への願い
- 侯爵と皇帝
- 球面の音楽
- 永遠の回帰
- 世界をかき乱す
- 安定性の度合い
- 定性的な時代
- 線形化とその限界
- モデルの安定性
- つり合いの位置にある惑星たち

第5章:KAM理論
- 簡単化して解く
- 準周期運動
- トーラスの摂動
- 手紙,失われた解,そして政治
- 証明に悩む
- ツイスト写像
- 才能ある学生
- カオスの拡散
- エピローグ


第4章の「安定性」から解説しよう。惑星が描く楕円軌道は長径と離心率で決定される。完全な楕円軌道であればその値は時間が経っても変わらないのだが、惑星は他の惑星によって引力を受けるからその値は変化する。そしてその変化が増え続けたり減り続けたりする場合、長い年月で考えると軌道が不安定だということになる。摂動論で1次、2次、3次と近似していくとき、この変化は「永年項」としてあらわれる。ラプラスが計算で示したのは、1次の近似において永年項は出現しないということだった。つまり1次の摂動論の範囲では太陽系は安定しているのである。

次にラグランジュは太陽系の安定性をさらに精密に示すことを。彼は惑星軌道として与えられた楕円の離心率および相互軌道系射角のサイン(正弦)については、すべての次数の近似で、そして質量については1次の摂動の範囲で永年項が出現しないという意味で太陽系は安定していることを証明したのだ。

太陽系の安定性に関する探究は次の段階に進んだ。ポアソン(1781-1840)は質量については2次の摂動の範囲で、惑星の長径は純粋な永年項をもたないことを証明した。

しかし、次にハレツ(1851-1912)が示したのはラプラス、ラグランジュ、ポアソンと反対のことだった。彼は3次の級数近似を考えると、惑星の長径の値には永年項が出現し、これは惑星によって描かれる軌道の長径は必ずしも時間的に有界に留まらないという意味である。しかし、これはただちに不安定性を意味しない。長径の変化がどれだけ大きくなるかが不明だからである。しかし、時間が経つにつれて、惑星の形と大きさが変化しうることが示されたのだ。

その後、この問題の研究は近似計算という定量的な方法の支配が終わり「定性的な時代」を迎えることになる。微分方程式の厳密解、近似解が見つけられなくても解の性質を調べられることがわかったからである。リアプノフ(1857-1918)が解の軌道の安定性、不安定性(カオス)の研究を進めた。多体問題であっても安定解は存在する。3体問題の安定解で知られているのはラグランジュ解とオイラー解である。



第1章で紹介したポアンカレが3体問題の安定性を研究していく中で、不安定な状況が生まれることに気がつき、50年の時を経てカオス理論に結びついていったのだ。


次に第5章の「KAM理論」についてである。これは力学系における準周期運動が持続性を持ちうることを示すもので、大ざっぱに言えばN体問題における安定な運動とカオス的な運動を分類し、それらが実現しうることを示す理論だと上で紹介した。

歳差運動する惑星の楕円軌道は、近日点が少しずつずれていくので「準周期的」だと言われている。公転周期と歳差の周期の運動をこの2つの周期の比が傾きになるように軌道を2次元のトーラスに巻き付けることを発案したのがコルモゴロフだった。

2つの周期の比が有理数になるか無理数になるかで、トーラス上にあらわれる準周期軌道は違ったものになる。周期軌道は有利数比のとき共鳴トーラス上にあるといい、無理数比のときは非共鳴トーラス上にあるという。コルモゴロフは「摂動が十分に小さければ、ほとんどの非共鳴トーラスはわずかな変形は受けるが、崩れ去ることはない。」ということを述べた。崩れ去ることにないトーラスには壊れたトーラスの遺物があるが、それが正の測度をもつという意味である。これはカオス軌道が正の測度として存在できることに対応している。コルモゴロフの理論はハミルトン力学系の不変トーラスで、これは不変多様体として一般化、多次元化することができる。

コルモゴロフは1954年に彼の主張の証明の概要を出版したが、完全な証明を補うことはなかった。モーザーとアーノルドが独立に、かつ異なった仮定のもとで、完全で厳密な議論を出版するまでさらに8年がかかることになった。詳しい解説は省略するが、アーノルドは1961年に、モーザーは1962年にツイスト写像のアイデア(ツイスト定理)によりコルモゴロフの主張を証明した。


本書をお読みになりたい方は、こちらからどうぞ。

天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版)(紹介記事
天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版
 


翻訳のもとになった英語版はこちらである。日本語の上下巻がまとめて1冊の本で読める。

Celestial Encounters: The Orgins of Chaos and Stability: Florin Diacu, Philip Holmes



カオスを含め、この分野は「力学系」として分類される。上巻の紹介記事ではスメール博士らがお書きになった「Hirsch・Smale・Devaney 力学系入門 ―微分方程式からカオスまで― 第3版」を紹介したが、力学系の和書ではこの本に人気があるようだ。

力学系カオス:松葉育雄


力学系の本: Amazonで検索


KAM定理を学んでみたい方には2冊お勧めする。ひとつは「数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」が書いた次の本だ。ただし日本語版は英語版の初版を翻訳したもので、第2版の日本語版はまだ刊行されていない。

古典力学の数学的方法: V.I.アーノルド



この本の大もとの原書はロシア語であるが、英語版の第2版はこちらである。(上の日本語版の翻訳のもとになった初版はこちらだ。)

Mathematical Methods of Classical Mechanics 2nd Edition: V.I. Arnol'd」(Kindle Edition



KAM定理はこの本でも学ぶことができる。

重点解説ハミルトン力学系 2016年 12 月号 数理科学 別冊



関連記事:

天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5c51d50e2141c8ae58c9323ad49b65a1

数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/165c894d023b1174fd519522935cdeeb

古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e808487b7e9d668967f703396e32d80a

全5巻完結!:ラプラスの天体力学論(日本語版)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a720b0cfb775d00625763f87a56b2414

発売情報: 惑星探査機の軌道計算入門: 半揚稔雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a3aba0b87bff8a8ae54fb37ad1b04504


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天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版


第4章:安定性
- 秩序への願い
- 侯爵と皇帝
- 球面の音楽
- 永遠の回帰
- 世界をかき乱す
- 安定性の度合い
- 定性的な時代
- 線形化とその限界
- モデルの安定性
- つり合いの位置にある惑星たち

第5章:KAM理論
- 簡単化して解く
- 準周期運動
- トーラスの摂動
- 手紙,失われた解,そして政治
- 証明に悩む
- ツイスト写像
- 才能ある学生
- カオスの拡散
- エピローグ

ノート
参考文献
訳者あとがき
索引

ポアンカレ 常微分方程式 -天体力学の新しい方法-

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ポアンカレ 常微分方程式 -天体力学の新しい方法-

内容紹介:
ポアンカレの名著『天体力学の新しい方法』の第3巻の全訳。
積分不変式・積分不変式の形成・積分不変式の用法・積分不変式と漸近解・後継点の理論・第二種周期解他。
1970年9月10刊行、438ページ。

著者について:
ジュール=アンリ・ポアンカレ(Jules-Henri Poincaré、1854年4月29日 – 1912年7月17日):ウィキペディア
ナンシー生まれのフランスの数学者、理論物理学者、科学哲学者。数学、数理物理学、天体力学などの重要な基本原理を確立し、功績を残した。フランス第三共和制大統領・レーモン・ポアンカレはアンリの従弟(いとこ)。

ポアンカレの著書、ポアンカレ関連の本: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で395冊目。

中身を確認しないで注文した。数分ながめただけで、すべて解読できる本ではないことがわかった。けれども文章が多いようだから何について書いているか、ポアンカレの思考の流れはつかめるかもしれないと思い、時間をかけて通読してみた。

天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ」という先日紹介した本の第1章で解説されていたのが『天体力学の新しい方法(Les Méthodes Nouvelles de la Mécanique Céleste)』である。

スウェーデン王、オスカー3世は、1889年に満60歳になる機会に数学解析の領域における重要な発見に授賞するために論文を募集した。ワイエルシュトラス、エルミート、ミッタグ-レフラーからなる審査員は4つの問題を提出し、応募者はそのうちのひとつを選ぶことができた。

提案された4つの問題はどれもポアンカレにとっては興味あるものだったが、彼はその中で最も困難と思われる第1の問題(N体問題の一般解を求める方法)を選び、彼はこの論文によって1889年に受賞した。それは「三体問題と力学の方程式について」である。彼は1890年ごろから天体力学の研究を展開していたが、その成果は1892年、1893年、1899年に『天体力学の新しい方法』の第1巻、第2巻、第3巻として出版された。

日本語版は「現代数学の系譜(Amazonで検索)」シリーズの1冊として1970年に刊行された。この日本語版はフランス語版の第3巻の翻訳に第1巻の抄訳を補遺として付けたものである。補遺は第3巻を理解するのに必要な最低限のことを第1巻から抜粋したものだ。フランス語版第1巻、第1章のn°8-n°13、すなわち「ケプラー運動」、「制限3体問題」、「一般3体問題」、「力学の一般的な問題」のハミルトン系の正準方程式による立式、ベキ級数展開が解説されている。フランス語版の第1巻と第2巻の全訳の日本語版は刊行されていない。

『天体力学の新しい方法』の3巻が数学理論であるのに対して、彼は引き続きもっと実用的な『天体力学講義(Leçons de Mécanique Céleste)』を執筆。第1巻を1905年、第2巻は2冊で1907年と1908年に、第3巻は1910年に出版された。(ポアンカレの没年は1912年である。)

『天体力学の新しい方法』は、1889年に受賞した研究を発展させたものである。『天体力学講義』のほうはより実用的で、その第1巻と第2巻は特に摂動論を展開し、第2巻2節で月の運動を論じている。第3巻では数学的な取り扱いがさらに困難な潮汐が天体の回転に及ぼす影響について論じている。

『天体力学の新しい方法』には図版がほんのわずかしかない。天体の軌道や方程式があらわす曲線図形はポアンカレの頭の中に描かれている。これが文章で表現されたものを読者は理解しなければならないから、とても読みにくい。エコール・ポリテクニクに入学する時、ポアンカレは図画の試験で0点を取り、入学許可のための特例措置がとられたという。これは本書に図版が少ないことの理由のひとつかもしれない。図版不足を補うために、この記事では「天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ」から図版を拝借して載せることにしよう。

ポアンカレの学位論文は、1878年にパリ大学に提出された『微分方程式によって定義される関数の性質について』である。審査員の一人、G.ダルブーの言葉をかりれば「彼は直観派である。一度頂上に達すると決して二度と下には戻ってこない。」ということ。そして本書を翻訳した数学者の福原満洲雄先生は「彼の証明はときにはなはだ不十分である。計算にも誤りが多い。それにもかかわらず、結果の見通しを誤らない。そこに彼の非凡な洞察力を見ることができる。」とお書きになっている。手取り足取り教えてくれる教科書ではないのだ。

『天体力学の新しい方法』の第3巻、すなわち「ポアンカレ 常微分方程式 -天体力学の新しい方法-」の目次は次のとおり。第22章から始まる。フランス語の原書のほうには目次はない。当時の製版、製本の手順で目次や索引をつくるのは難しいためだと思われる。

第22章:積分不変式
第23章:積分不変式の形成
第24章:積分不変式の用法
第25章:積分不変式と漸近解
第26章:ポアソン安定
第27章:後継点の理論
第28章:第二種周期解
第29章:最小作用原理の諸形式
第30章:第二種解の作り方
第31章:第二種周期解の性質
第32章:第二部類の周期解
第33章:二重漸近解
補遺
1.ケプラー運動
2.制限三体問題
3.ケプラー変数の用法
4.一般三体問題
5.力学の一般的な問題

微分方程式の解法には、まず定積分を使って厳密に解ける「求積法」があり、これは大学1、2年で学ぶ。(参考記事:「ちょっと気になる常微分方程式の本」)求積法で解けない問題は近似的に解く「摂動法」と呼ばれる級数を使う解法が知られている。しかし、3体問題は摂動法でも解けず、新たな概念を導入する必要があった。それが「積分不変式」や「偏差方程式」、「特性指数」である。本書の第22章から第25章まではこの解説にあてられる。ポアンカレは常微分方程式の周期解の一般論の研究から始めて、3体問題への応用を試みた。

一般の3体問題は求積法や摂動法では解くのが不可能であるだけでなく、ポアンカレのアイデアを使っても計算が難しすぎる。解きやすくするために彼は条件に制限をつけた。彼が設定した「制限3体問題」は、平面上で楕円軌道(ケプラー軌道)を描いて運動する大質量の2つの惑星と微小質量の3つめの惑星が繰り広げる運動のことである。



ポアンカレの計算は、この系のある平衡解のまわりで「2重漸近解」を発生し得ることを示した。この図のように平衡点を離れて、時間の増大とともに再び漸近的に平衡点に戻る曲線で、同一の極限から発してふたたび平衡点に向かう軌道には「ホモクリニック軌道」、2つの異なる平衡点を結ぶ軌道には「ヘテロクリニック軌道」という名前をつけた。



また、3つめの「周期軌道」のグループには渦巻きのように中心に向かう軌道と渦巻きながら外側に向かう軌道がある。この軌道を数学的に取り扱いやすくするために「第1回帰写像(ポアンカレ写像)」というアイデアを用いた。解曲線の全体は断面を横切る点列であらわされることになる。こうすることで2次元の問題が1次元の問題に帰着される。この点集合は「不変曲線」と呼ばれる。



物理学では現実の空間を離れた数学の世界の「相空間」を使って計算することが多い、周期的な相空間は下の左図のようなもので、t=0からt=Tで繰り返す平面を同一視すれば右図のようにあらわされ、これがポアンカレ写像ということになる。



説明を端折らせていただくが、この図の中の写像(写像Pとする)は点列を番号の順に写し、2次元の「安定多様体」と「不安定多様体」はポアンカレ写像に対する2つの不変曲線(SとU)になる。不安定な周期運動は、正確に周期Tで繰り返すので、写像に対する不動点として現れる。曲線SとUはこの周期運動の安定および不安定多様体に属する。SとUは、単一の滑らかな曲線とは違い、2つの異なる曲線として断面上に現れ、ある特殊な軌道に対しては2つの曲線が交わることになる。点列はnが無限に大きくなるとき不動点に接近する。ホモクリニックな交点はSにもUにも属するので、それが1つあると、無限に多くホモクリニック点を生み出す。これがポアンカレの「2重漸近」である。ホモクリニック点列から1次のホモクリニック軌道が生じ(説明省略)、2次、3次、4次...のホモクリニック軌道が生成される。

安定多様体Sと不安定多様体Uの1つの交点から出発して、そのような無限個の族が構成され、これらの点は曲線をホモクリニック・タングル(絡み)という一種の網、格子のようなものに貼り付けてしまう。網のすべての糸はSまたはUに属する弧であり、これらの糸は未来において最終的に鞍点(図のp)の左か右を通過する軌道を分離する。相空間の有限の領域に無限の「分岐」が詰め込まれた状態だ。この状況はどのように与えられた初期条件から出発した軌道であっても、その未来を予測することは現実的に不可能になる。このホモクリニック・タングルは、今日カオスと呼ばれる現象の、最初の数学的な出現だったのだ。




このカオスの存在にに気がついたポアンカレの驚きは、本書の次のような記述でうかがい知ることができる。

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「三体問題がいかに複雑なものか、またこの問題を解くためには、われわれの既知のすべての知識とは異なった超越的な知識が、いかに必要であるかもわかってくる。」

「その複雑さは驚くべきもので、私自身もこの図形を引いてみせようとは思わない。三体問題の複雑さに、もっと一般には、一価の積分をもたず、ボーリン(Bohlin)の級数が収束しないような、すべての力学の問題の複雑さに、なにかの概念を与えてくれるもの、またはそれに適したものは、これ以上なにもない。」


なお、本書の補遺は第3巻を理解するのに必要な最低限のことを第1巻から抜粋したものだが、実際のところ第1巻の他の章や第2巻の記述を参照せよとしている箇所がいくつも見られ、論理的な整合性を大切にして読むのであれば第1巻と第2巻は必須である。

第1巻では第1種の周期解の研究と、一価正則な積分の不存在の証明、永年項に関すること、そしてリントシテットによる方法の記述と解説にあてられている。第2巻と第3巻は、ギルデンによる方法の議論と、安定性の問題、第2種周期解および漸近解、二重漸近解の研究が解説されている。

ポアンカレは本書を『天体力学の新しい方法』と名付けたが、取り上げている3体問題は実際の惑星の運動ではほぼあり得ず、数学的な研究であるとしているが、正三角形解と直線解を導いた3体問題のラグランジュ解がトロヤ群と呼ばれる小惑星群として発見され安定な正三角形解の存在が裏付けられた。また、一般に3体問題はニュートン力学、すなわち古典力学であるが、近年研究されている天の川銀河の中心のブラックホールSgr A*を周回する恒星の群れなどは、一般相対性理論を使って解くべき多体問題だ。(引用元のページ)3体問題や多体問題はもはや数学の世界だけの話ではない。




この日本語版が刊行されたのは1970年、先日「映画『ファースト・マン(2018)』」として紹介したアポロ11号の翌年、大阪万博三島事件があった年である。ポアンカレ以降50年経った1960年代からカオスは数学的な発展を再開したのだが、ウィキペディアの「カオス理論」という記事によると「この複雑な軌道の概念は1975年、ジェイムズ・A・ヨークとリー・ティエンイエンによりカオスと呼ばれるようになった。」ということだそうである。本書巻末の「解説」ではポアンカレの微分方程式論やトポロジー分野への功績の記述がほとんどで、彼がカオスを最初に垣間見たことに言及していないのはそのためである。原書タイトルにはない「常微分方程式」を日本語版の主タイトルにしたのも同じ理由だと思われる。


3体問題の動画は見ていて飽きない。3つ紹介しておこう。

非周期的(カオス)で3次元の3体問題


解の初期値鋭敏性が確認できる動画。開始2分あたりから軌道が分岐する。


周期解ばかりを集めたもの。とても面白い。


3体問題の動画: YouTubeで検索


原書のフランス語版は、昨年新装版が発売されたばかりだ。

Les Méthodes Nouvelles de la Mécanique Céleste, Vol. 1: Henri Poincaré
Les Méthodes Nouvelles de la Mécanique Céleste, Vol. 2: Henri Poincaré
Les Méthodes Nouvelles de la Mécanique Céleste, Vol. 3: Henri Poincaré
  

このフランス語版は3冊とも無料で公開されている。オンライン、PDFのほか各種フォーマットで閲覧できる。
オンライン閲覧:第1巻第2巻第3巻
セピア色のPDF: 第1巻第2巻第3巻
白黒のPDF: 第1巻第2巻第3巻

もちろん英語版も刊行されているが、高過ぎてお勧めできない。: Amazonで検索


より実用的な『天体力学講義(Leçons de Mécanique Céleste)』のフランス語版も新装版として昨年刊行されている。1912年に亡くなったポアンカレ最晩年の著作だ。日本語には翻訳されていない。

Leçons de Mécanique Céleste, Vol. 1: Henri Poincaré
Leçons de Mécanique Céleste, Vol. 2: Henri Poincaré
Leçons de Mécanique Céleste, Vol. 3: Henri Poincaré
  

このフランス語版も無料で公開されている。オンライン、PDFのほか各種フォーマットで閲覧できる。
オンライン閲覧:第1巻第2巻第3巻
セピア色のPDF: 第1巻第2巻第3巻
白黒のPDF: 第1巻第2巻第3巻


関連記事:

天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5c51d50e2141c8ae58c9323ad49b65a1

数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/165c894d023b1174fd519522935cdeeb

古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e808487b7e9d668967f703396e32d80a

全5巻完結!:ラプラスの天体力学論(日本語版)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a720b0cfb775d00625763f87a56b2414

発売情報: 惑星探査機の軌道計算入門: 半揚稔雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a3aba0b87bff8a8ae54fb37ad1b04504


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ポアンカレ 常微分方程式 -天体力学の新しい方法-


第22章:積分不変式
- 定常状態にある流体の運動
- 積分不変式の定義
- 不変式と積分の関係
- 相対不変式
- 不変式と偏差方程式の関係
- 不変式の変換
- 不変式と積分との間の他の関係
- 変数変換
- 諸注意

第23章:積分不変式の形成
- 積分因子の用法
- 力学の方程式
- 積分不変式と特性指数
- ケプラー変数の用法
- n°256の不変式に関する注意
- 縮減三体問題の場合

第24章:積分不変式の用法
- 検算法
- ヤコビの定理との関係
- 二体問題への応用
- 漸近解への応用

第25章:積分不変式と漸近解
- ボーリンの方法(再)
- 積分不変式との関係
- 別の論法
- 2次型不変式
- 制限問題の場合

第26章:ポアソン安定
- 安定性の諸定義
- 液体の運動
- 確率
- 諸結果の拡張
- 制限問題への拡張
- 三体問題への応用

第27章:後継点の理論
- 後継点の理論
- 不変曲線
- 諸結果の拡張
- 力学の方程式への応用
- 制限問題への応用

第28章:第二種周期解
- 第二種周期解
- 時間が陽に現われない場合
- 力学の方程式への応用
- 力学の方程式の第二種解
- 極大に関する諸定理
- 第二種解の存在
- 注意
- 特別の場合

第29章:最小作用原理の諸形式
- 最小作用原理の諸形式
- 運動学的焦点
- モーペルチュイ焦点
- 周期解への応用
- 安定解の場合
- 不安定解

第30章:第二種解の作り方
- 第二種解の作り方
- 解の効果的な作り方
- ディスカッション
- 特別な場合のディスカッション
- n°13の方程式への応用

第31章:第二種周期解の性質
- 第二周期解と最小作用の原理
- 安定と不安定
- ダーウィン軌道への応用

第32章:第二部類の周期解
- 第二部類の周期解

第33章:二重漸近解
- 種々の幾何学的表現法
- ホモクリーヌな解
- ヘテロクリーヌな解
- n°225(第2巻)との比較
- ヘテロクリーヌな解の例

補遺
1.ケプラー運動
2.制限三体問題
3.ケプラー変数の用法
4.一般三体問題
5.力学の一般的な問題

解説
1.Henri Poincare について
2.常微分方程式論について
3.三体問題と常微分方程式論

年表

核兵器: 多田将

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核兵器: 多田将

内容紹介:
核兵器──圧倒的な破壊力のため、誕生した年に二度使用されただけで、その後70年間、実戦で使われていない。しかしその間も改良が重ねられ、凄まじいレベルにまでその威力を高めていた──。

原子核の分裂と融合が、なぜこれほどのエネルギーを生み出すのか。 またそのエネルギーを、一瞬で消費し尽くすための設計とは。天然の鉱石から「燃料」に加工するまでの、気の遠くなるような濃縮の工程。核分裂兵器(原爆)から核融合兵器(水爆)へ──そして究極の核兵器W88の誕生。

20世紀初頭に異常発達した物理学の総決算であり、人類が元来持っている闘争心と、飽くなき知への欲求が結実した究極の産物──その複雑で精緻なメカニズムを、政治的、倫理的な話は抜きに、純粋に物理学の側面から解明していく。

著者自ら作成したグラフやCAD図をはじめ、本書でしか見られない図版を多数収録。数式や表、さまざまなデータを駆使しながら、緻密に、定量的に、その実体に迫っていく。専門書としての魅力、資料的価値を最大限高めながらも、ユーモラスな喩えやイラストなどを織り交ぜることで、理系ではない読者にも読み進められる「限りなく専門書に近い一般書」を実現。

多田将のライフワーク、ついに誕生。
2018年12月17日刊行、440ページ。

著者について:
多田将(ただ しょう): ウィキペディアの記事
京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。著書に『すごい実験』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学<核兵器>』『ニュートリノ』(以上イースト・プレス)、『放射線について考えよう。』(明幸堂)がある。

多田先生の著書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で396冊目。

この本は発売されたばかりの昨年12月に購入し、はやく読みたいと思っていた。読んでいる最中に核保有国のインドとパキスタンの戦争が始まりつつあり、おまけに米朝首脳会談が決裂したのはたまたまである。先月アメリカは、INF全廃条約破棄をロシアに正式通告、半年後に失効するそうで、核兵器全廃への道のりはさらに遠くなった。

本書は、ミリタリーオタク系の人も読むのだろうが、実際のところは「物理学書」である。ルート記号を含んだ簡単な数式を使って解説しているので、対象読者は理系の高校生以上というところ。立派な特設ページで紹介されている。

核兵器: 多田将 特設ページ
http://shotada.com/




豊富なイラスト、図版、表、写真のほか多田先生がCADを使って描かれたグラフを使いながら解説をしている。実に丁寧で時間と手間をかけて執筆されたことが一見してよくわかる。本の装丁が派手過ぎで最初は違和感を覚えたが、内容の充実度を思うと「これもまたアリだな。」と納得させられた。

多田先生のこだわりは文章だけでなく用語の表記にもうかがえる。一般的には使われない次のようなカタカナ表記は、英語で発音に忠実でありたいとうお考えからなのだろう。

例:メイカー(メーカー)、デイタ(データ)、ブレイキ(ブレーキ)、テイブル(テーブル)、ヴォルト(ボルト)、ケイス(ケース)、ロウズヴェルト大統領(ルーズベルト大統領)、ゲイム理論(ゲーム理論)

またソビエト連邦やロシアの核施設や戦闘機、兵器の名前は、ロシア語で正しく表記している。


素粒子物理学はひととおり初歩を学んでいたけれど、原発や核兵器に使われるいわゆる「原子核物理学」や「高エネルギー物理学」の領域は手薄だった。福島の原発事故以来、放射線や原発のしくみに関しては何冊かの教養書で学んだが、核心的なところは学べていない気がしていた。

本書はそのような「欠如していた知識」をきっちり埋めてくれる本なのだ。それも教養書と専門書の中間レベルのスタイルで書かれているから好都合である。章立ては次のとおり。

第1章 原子核
第2章 放射線
第3章 核分裂と核融合
第4章 連鎖反応
第5章 核燃料
第6章 核分裂兵器
第7章 核融合兵器


箱から取り出すと金文字が目立つ。イラストは親しみやすい感じだ。



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原子核の構造から始まり、放射線に関する知識、核分裂と核融合のしくみなど原発と核兵器で共通する解説が繰り広げられる。そして重要になるのが原発と核兵器で大きく異なる「連鎖反応」についてだ。原発ではそれをいかに制御するかが問題になる。

原発や核兵器に使われる放射性物質も多種多様だ。それら核燃料をどのようにして抽出するか、各国でどれくらいの核物質が精製され、保有されているかなど、世界中のありとあらゆるデータを参照して紹介している。(おそらく調査には執筆の10倍以上の時間をお使いになったのだと想像している。)

3年前に「原子爆弾 1938~1950年: ジム・バゴット」を読んでいたが、知らないことばかりであることを多田先生の本を読んで痛感した。

最後の2章は実際の核兵器のしくみである。核分裂兵器、いわゆる原子爆弾のことが第6章にあてられ、核融合兵器、いわゆる水素爆弾のことが第7章にあてられている。しかし本書では「原子爆弾」や「水素爆弾」という表記は使われていない。あと第7章では中性子爆弾や、小型化された現代の核兵器についても解説している。


本書は純粋に学術書であるから、放射線による実際の被害統計や被害者が受けた苦しみなど、核兵器の非人道的な側面、政治的な側面に関しての記述はほとんどない。(もちろん核兵器の非人道的側面を多田先生はじゅうぶん承知していらっしゃるのだ。)

INF全廃条約破棄や米朝首脳会談が決裂したことを報道で知り、多田先生が本書巻末にお書きになっている次のお言葉が心にしみた。

『著者は、核兵器が所謂「非人道的な兵器」だとは思っておりません。何故なら、それはまるで、「人道的な兵器」というものが存在するかのような言い方だからです。人を殺すのに、「人道的な殺し方」など、あろうはずがありません。

そしてまた、兵器がなくなれば平和が訪れるわけでもありません。兵器が人に戦いを行わせているわけではありません。人類が誕生したときから持ち続けてきた闘争心が、相手をより効率的に打ちのめすために兵器を生み出したのであって、その逆ではないからです。もし仮に今存在する全ての兵器を取り上げたとしたら、人類は、その辺りに転がっている棒切れを拾って、また殺し合いを続けることでしょう。それは全く本末転倒なのであって、本来は、平和が訪れたときに、人々が本当に平和を求めたときに、自然と、人々の手は兵器を離すのです。』


僕は核兵器をその破壊力と無差別殺人性から「絶対悪」だととらえているので多少違和感を感じるが、今回は「正しく知り、理解しておくことの大切さ」を教えてくれる読書になった。


関連記事:

原子爆弾 1938~1950年: ジム・バゴット
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0d741fd4e77316eaf05aef8daf865cd6

原子・原子核・原子力―わたしが講義で伝えたかったこと:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/605f519af238e6b41871e81829f46e43

部分と全体: W.K. ハイゼンベルク
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6e7d8da99e4b9e76f5cd9f7dbf7f959

知ろうとすること。(新潮文庫): 早野龍五、糸井重里
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a4ef77bfa321388003c87214d7367b3d


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核兵器: 多田将




第1章 原子核
1.1 その男は、東海村からやって来た
1.2 原子力施設の熔接技術によってつくられた戦車
1.3 原子の構造
1.4 原子核の構造
1.5 同位体
1.6 安定核
1.7 ウラン
1.8 ポロニウム
1.9 強い力

第2章 放射線
2.1 不安定核の粒子の放出
2.2 不安定核のエネルギーの放出
2.3 放射線は何故危険か
2.4 エネルギーの単位
2.5 X線
2.6 中性子
2.7 放射性同位体と放射能
2.8 半減期
2.9 放射線の影響
2.10 半導体への影響
2.11 吸収線量
2.12 等価線量
2.13 α線と β線の特徴
2.14 γ線と X線の特徴
2.15 中性子の特徴
2.16 人体への影響
2.17 急性障害
2.18 晩成障害
2.19 遺伝的障害
2.20 外部被曝と内部被曝
2.21 放射線加重係数
2.22 実効線量
2.23 自然放射線
2.24 医療被曝
2.25 被曝の許容量
2.26 外部被曝の低減
2.27 内部被曝の低減
2.28 放射線の測定
2.29 放射線の利用

第3章 核分裂と核融合
3.1 不安定核の分裂
3.2 核分裂断面積
3.3 マクロ断面積
3.4 核分裂反応に於ける質量欠損
3.5 望ましい核分裂物質
3.6 核融合反応
3.7 核融合反応に於ける質量欠損
3.8 核融合断面積
3.9 分裂か融合か

第4章 連鎖反応
4.1 温度
4.2 核分裂の連鎖反応
4.3 核分裂の連鎖反応にかかる時間
4.4 原子炉
4.5 チェルノブイリ原子力発電所事故
4.6 冷却材
4.7 減速材
4.8 核燃料
4.9 臨界量
4.10 反射体
4.11 密度と臨界量
4.12 核分裂物質の安全性
4.13 核融合の連鎖反応
4.14 ローソン条件
4.15 慣性閉じ込め

第5章 核燃料
5.1 ウランの採掘
5.2 ウランの精錬
5.3 ウランの転換
5.4 ウランの濃縮
5.5 ガス拡散法
5.6 遠心分離法
5.7 エアロダイナミクス法
5.8 電磁分離法
5.9 レイザー法
5.10 化学法
5.11 ウランの再転換
5.12 プルトニウムの製造
5.13 兵器級プルトニウム
5.14 高速増殖炉
5.15 プルトニウムの抽出
5.16 プルトニウムの同素体
5.17 廃棄物問題
5.18 核分裂物質の備蓄量
5.19 デューテリウムの濃縮
5.20 トリチウムの製造
5.21 リチウムの精製と濃縮
5.22 重水素化リチウム

第6章 核分裂兵器
6.1 マンハッタン計画
6.2 砲身型核分裂兵器
6.3 爆縮型核分裂兵器
6.4 ソヴィエト連邦に於ける核分裂兵器の開発
6.5 中性子発生管
6.6 ブースター
6.7 タンパーの材質の選定
6.8 EFI
6.9 2点点火式爆縮レンズ

第7章 核融合兵器
7.1 テラー゠ウラム型熱核兵器
7.2 3F兵器
7.3 特殊な核兵器
7.4 リチウム7の効果
7.5 核兵器が与える影響
7.6 核融合兵器の近代化
7.7 究極の核兵器

巻末図表

カラー図
索引

線型代数学(新装版):佐武一郎

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線型代数学(新装版):佐武一郎

内容紹介:
本書の旧版(1958年刊、1974年増補改題)は、線型代数学に関する最も基礎的な理論および諸概念を明快に解説し、より本格的に線型代数学を学びたい読者にとって最適の参考書として、数十年にわたって理工系の多くの読者から親しまれ支持されつづけてきた定評の書。第V章のテンソル代数は、表現論や微分幾何学を学ぶ上で特に重要な概念について詳述している。2006年には日本数学会出版賞を受賞した。
その旧版をもとに、2015年刊行の新装版では、最新の組版技術によって新たに本文を組み直して読みやすくし、読者の便宜を図った。なお改版にあたっては原則、一部の文字遣いを改めるにとどめ、本文は変更していない。

2015年6月6日刊行、339ページ。(旧版は1974年1月20日刊行、324ページ)

著者について:
佐武一郎(さたけ いちろう): ウィキペディアの記事
1927年-2014年 山口県出身。東京大学理学部卒業。東京大学助教授、東京大学助教授、同 教授、シカゴ大学数学教授、カリフォルニア大学バークレー校名誉教授。東北大学名誉教授、中央大学教授などを歴任。専門は微分幾何学、代数群。佐武同型、志村多様体の佐武コンパクト化、ディンキン図形の一般化である佐武図形などで知られる。主な著書に『リー群の話』(日本評論社)、『リー環の話』(日本評論社)、“Classification theory of semi-simple algebraic groups”(Marcel Dekker)ほか。

佐武先生の著書、訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で397冊目。


I.ベクトルと行列の演算
II.行列式
III.ベクトル空間
IV.行列の標準化
V.テンソル代数
附録 幾何学的説明


関連記事:

線形代数学入門のための教科書談義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9d2ac30c9f5f620ad703304d710ed90b

線型代数[改訂版]: 長谷川浩司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2ef742e3bfe4561bea2b6994bc16909c

高校数学でわかる線形代数:竹内淳
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/622b94fbf39e086f13185565df9519aa


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線型代数学(新装版):佐武一郎


正誤表(pdfファイル)

2006年度日本数学会出版賞受賞のことば (pdfファイル)
増補版への序/序 (pdfファイル)
凡例/編集部による注記 (pdfファイル)

I.ベクトルと行列の演算
 1.1 ベクトルの演算
 1.2 行列の演算
 1.3 行列の演算(続)
 1.4 一次写像
 1.5 実数と複素数
 1.6 内積
 研究課題 行列の指数函数について

II.行列式
 2.1 置換
 2.2 行列式の定義と基本的性質
 2.3 行列式の展開
 2.4 連立一次方程式(Cramerの解法)
 2.5 行列式の積
 2.6 二,三の応用
 研究課題 1.特殊な形の行列式
 研究課題 2.乗法公式による行列式の特徴づけ
 研究課題 3.行列式の微分

III.ベクトル空間
 3.1 ベクトルの一次独立性
 3.2 部分空間
 3.3 正規直交系と直交補空間
 3.4 一次写像(行列)の階数
 3.5 連立一次方程式(一般の場合)
 3.6 ベクトル空間の公理化
 3.7 底の変換,直交変換
 研究課題 1.羃等行列,射影子
 研究課題 2.連立線型微分方程式

IV.行列の標準化
 4.1 固有値と固有ベクトル
 4.2 固有空間への分解
 4.3 対称行列の標準化
 4.4 二次形式
 4.5 正規行列
 4.6 直交行列の群
 研究課題 1.一般の二次形式
 研究課題 2.直交群のLie環

V.テンソル代数
 5.1 双対空間
 5.2 テンソル積
 5.3 対称テンソルと交代テンソル
 5.4 テンソル代数,グラスマン代数
 5.5 係数体の拡大と制限
 研究課題 群の表現

附録 幾何学的説明
 1.空間におけるベクトル
 2.直線,平面のベクトル表示
 3.面積,体積
 4.Euclid幾何の公理
 5.二次曲面の主軸

文献表
問題の解答
索引 (pdfファイル)
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