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ヒッグス粒子の発見:イアン・サンプル

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ヒッグス粒子の発見:イアン・サンプル」理論的予測と探求の全記録

内容
はじまりは、6人の物理学者による3編の論文だった。「質量の起源」を明らかにする標準理論の最後の1ピース=「ヒッグス粒子」は、いかに予測され、探索されてきたのか?自らの名を冠されたヒッグスの苦悩、巨大加速器の予算獲得をめぐる争い、ライバルを出し抜こうと奔走する者たちの焦りと妬み、人類史上最大の実験装置を作り上げた科学者たちの苦闘と栄光…。英国最優秀科学ジャーナリストが活写する半世紀におよぶ群像劇のすべて。

著者略歴
イアン・サンプル
英国紙「ガーディアン」の科学担当記者。2005年、英国サイエンスライター協会(ABSW)による年間最優秀調査ジャーナリストに選出。ロンドン大学クイーン・メアリーで生物医学の博士号を取得。英国物理学会発行の学術誌の編集に携わった経験ももつ。オックスフォードシャー州出身、ロンドン在住

翻訳者略歴
上原昌子
翻訳家。群馬大学教育学部(理科専攻)卒業


理数系書籍のレビュー記事は本書で232冊目。

今年のノーベル物理学賞の発表は先週の火曜日だったが、僕はたまたまその2日前の日曜日に本書を購入していた。予感がしていたのではなく本当に「たまたま」だった。そして物理学賞の発表を見て、急遽この3連休を使って読むことにした。ブルーバックスでは珍しく517ページもある。(正味は471ページ)

ヒッグス粒子の予言から発見までの全記録。壮大な科学史ドキュメンタリーで文系、理系問わずお勧めできる本だった。著者は英国紙「ガーディアン」の優秀な科学ジャーナリストだ。

翻訳の元になった英語版は2011年に刊行され、2012年7月のCERNにおける発見報告会以後に本書(日本語版)の最終章にこの報告会前後の詳細が書き加えられた。

理数系書籍の読書でドキドキ、ワクワクしたことはこれまでに何度もあったが、胸が詰まり目頭が熱くなったのは僕にとって初めてのことだった。

長年に渡って何千人もの物理学者やアメリカ、ヨーロッパの加速器施設関係者や政治家や公的機関の担当者にインタービューを続けて得られた膨大な記録をもとに、著者が言うところでは「ほんの一部」を紹介する形で本書が完成したのだという。それでいてこのページ数なのには驚かされる。

まさに長編ドキュメンタリー小説で、描写はあきれてしまうほど細かい。それが読む者にはリアルな現実としてストレートに伝わってくるのだ。例えばCERNでの報告会の後、エディンバラへ戻るヒッグス博士が使った飛行機が格安であったこと、ヒッグス博士の部屋の光景などその場にいた者しか書けないことがその空間にいるヒッグス博士を感じさせてくれる。(アングレール博士、ブラウト博士など同様の論文を書いた先生方のことも詳述されている。)

本書には書かれていないことだが、ノーベル物理学賞発表が1時間遅れたのは博士と連絡がとれなかったことが原因だった。結局、3日後に博士の記者会見が行なわれたわけだが、本書を読むと博士の心情がよく理解でき、どうしてそのようなことになったのかがよくわかった。

48年前に提出したたった79行の論文を端緒に、その後の博士は実にさまざまな「扱い」を受けることになる。「そんな粒子は存在しない!」という侮蔑を受けていたことは有名だが、その他にもいろいろあったのだ。詳細は書かないので本書を読んでほしい。その結果、博士は携帯電話を持たない生活をするようになった。

欧米で繰り広げられるヒッグス粒子検出のための加速器建設競争も、僕にとっては知らないことばかりだった。莫大な費用のかかるこのような設備を計画し、予算を政府や議員、国民に説得するのは並大抵のことではない。まして見つかるかどうかわからない粒子である。見つかったとしても、国家や国民生活には直接的な利益をもたらさない実験に対しての予算なのだ。LHC成功の裏には、大きな計画が中止され、多くの研究者のキャリアが損なわれていた。

ヒッグス博士が心を痛めていたのもまさにこの点である。自分の論文がきっかけで、このような巨大プロジェクトが始まってしまい、非常に多くの人たちの人生を左右することになってしまったことに対する戸惑いだ。博士ご自身はヒッグス粒子の存在を信じ続けていたが、それが見つかるのかどうかはまったく確信が持てないことだったので、最終的な結論が出るまで博士のストレスは続いていた。

結局ヒッグス粒子は見つかったのだが、この成果は今後の物理学の発展にとってベストなことだったのだろうか?発見される前、可能性としては4つあった。

1) ヒッグス粒子が存在しないことが確認される。

2) ヒッグス粒子は見つからず、そして存在を否定することもできない。さらなる探索が次世代加速器に委ねられる。

3) ヒッグス粒子が当初の予測されていた粒子として発見される。(今回の成果)

4) ヒッグス粒子は5種類あると予想されている。当初予想されていたのではない別のヒッグス粒子が発見される。

物理学の発展にとってどれが好都合かについては、ヒッグス粒子が発見される前に本書の中でワインバーグ博士が解説されていたことだ。ぜひご自分で順番に並べてみてほしい。答は本書の中にある。


「神の粒子」という表現について

「神の粒子」という呼び方についても、本書を読んで僕にはその背景や歴史的な経緯がよく理解できた。この言葉はもともとある物理学者がなかなか見つからないヒッグス粒子に対して「いまいましい粒子(Goddamn Particle)」と書いたのが始まりで、その記事を受け取った編集者が勝手に「神の粒子(God Particle)」と書き換えてしまったことによる。

さらに「そんな神の粒子のようなものは見つかるはずがない。」という侮蔑的な文脈で使われることもあり、また巨大加速器の予算承認の必要性を政治家や国民にアピールするために「この実験が成功すれば神の粒子の発見に値する成果が得られる。」のように使われたこともあった。

またヒッグス博士は「神の粒子」と表現されることによって宗教的な勢力の反感を買い、博士ご自身や関係者が(暗殺も含めた)攻撃の対象になるのではないかと危惧していたので、この表現に不快感を持っていた。

メディアの報道がいいかげんなことや「巨大加速器で生じるミニブラックホールによって地球はおろか、宇宙全体が破壊される可能性もゼロではない。」などという報道に世論が振り回されたりすることは古今東西似たようなものだ。実際、LHCはそのような抵抗にも苦慮していたのだ。

NHKを始めとする日本の報道機関や科学番組が「神の〜」を引用するとき、特に詳しく補足解説しない限りその意味合いは定かではない。しかし、一般的に視聴者が受け取るのは、おそらく「神聖で、人智を超えた存在の証」という印象である。もちろん物理学者は誰もヒッグス粒子がそのような粒子だとは考えていない。


本書の科学的な記述の正確さについて

最後に本書の科学的な記述の正確さについて述べておこう。

十分な下調べや科学者からの説明を著者は受けているだけあって、科学的にかなり正確な文章だった。どこかの新聞のようにヒッグス粒子は「物質の質量の起源を明らかにした。」とは表現せず、ちゃんと「素粒子の質量の起源を明らかにした。」と書かれていたし、それによって説明がつくのは「質量の起源のうち1パーセントにすぎない。」こと、残りの99パーセントは原子核内部の「強い力」のエネルギーであること、エネルギーと質量の等価交換によりそれが「質量」とみなされることなどが正しく解説されていた。

それでもヒッグス機構による質量獲得のしくみの説明は間違っていた。本書では「雪原を歩く人の雪靴が抵抗を受ける形」での説明がされていた。イメージ的に降り積もる雪はヒッグス場に似ているが、質量獲得の説明としては「水飴方式」と大差なく、正しい説明とはいえない。

あと、本書を読んだからといって一般読者(非理数系の読者)が標準理論や個々の素粒子のことを詳しく理解できるようになるわけではない。それは本書が物理学自体の「解説」に重心を置いたものではないからだ。本書は科学ドキュメンタリー作品として楽しみながら、実際に起きていた事実を知るための本である。


読み進むにつれて感動がじわじわとこみ上げてくる。特に最終章に書かれている人間ドラマは圧巻だ。7月4日の報告会は僕もライブでネット中継を見たが、その2ヶ月前からその瞬間までのピリピリした緊迫感は、まさにそれが現実のものだったからこそ胸に迫ってきたのだと思う。あの日の感動をもう一度思い出したい方はこの記事の一番下に挿入した動画をご覧になるとよい。


本書はぜひ多くの方、特に今年のノーベル物理学賞の意義や背景を詳しく知りたい方にお読みいただきたい。


翻訳の元になった英語版

本書の翻訳の元になったのはこの英語版だ。

Massive: The Hunt for the God Particle: Ian Sample」2011年3月刊行


けれども、その後2012年7月4日のヒッグス粒子発見の報告後、改訂された英語版が刊行されている。英語でお読みになる方は、改訂版(Updated Edition)をお買い求めいただきたい。

Massive: The Higgs Boson and the Greatest Hunt in Science: Updated Edition: Ian Sample」2013年2月刊行



関連記事:

祝!:ヒッグス粒子発見
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f88350541542f732fec74af583a29e50

速報:2013年ノーベル物理学賞はヒッグス博士とアングレール博士に決定!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e4c4d6d15d52e86a94caccd6da8edb5e

解説:NHKスペシャル「神の数式」第1回:この世は何からできているのか
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5f0430e3fed08f6947d5efbe9559fbbd

強い力と弱い力-ヒッグス粒子が宇宙にかけた魔法を解く:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/25297abb5d996b0c1e90b623a475d1aa

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ヒッグス粒子の発見:イアン・サンプル


プロローグ
- すべては「場の目覚め」から始まった
- 「神の粒子」を蔑視した科学者たち

第1章:プリンストンへ――その遥かなる道のり
- 「質量」に思いをめぐらせた男たち
- 物質の究極を求めて
- 標準理論の最後のピース
- ヒッグス場に手なずけられた素粒子たち
- ヒッグスに届いた招待状
- 「君は勘違いしたんだ」
- ヒッグスの得た確信
- ヒッグスの理論が開いた扉

第2章:原爆の影
- ニュースと宣伝
- メディア革命の最中に生まれて
- 光を見出した方程式−マックスウェルの登場
- 科学者に明日は予見できない
- 物理学に恋をした男−マックス・プランク
- マックスェルからプランク、アインシュタインへ
- 北海の孤島で思索したハイゼンベルク
- アルプスのロッジで情婦と過ごしたシュレーディンガー
- 量子力学と相対性理論を融合させたディラック
- ディラックに魅了されたヒッグス
- 大戦下の物理学者たち
- フェルミが到達した“新大陸”
- ハイゼンベルクが犯した計算ミス
- ダイソンの告白

第3章:79行の論文
- ヒッグスの挑発
- 不器用だったピーター
- ファインマン登場
- “物理学者の宝石”
- 恩師の誤解で化学の道に
- 南部陽一郎の論文と出会って
- 「対称性の破れ」に注目せよ
- 自発的対称性の破れ
- 南部理論に取り組んだ第三のグループ
- CERNに送った論文
- 7週間早く掲載された論文
- 「偉大な物理学者になる」とはどういうことか

第4章:名誉を分け合うべき男たち
- 真空に隠された「ヒッグス場」
- 立ちはだかった難題
- ワインバーグ−マックスウェル以来の偉業を成し遂げた男
- 数式と曲線で埋め尽くされた黒板
- 千載一遇のチャンスを逃したヒッグス
- 「発散」問題ふたたび
- “街娼の館”で研究したユトレヒトの師弟
- カエルの王子さま
- 追い詰められたヒッグス
- 「ヒッグス機構」の名をめぐって

第5章:電弱理論の確証を求めて
- 加速器の登場
- 宇宙開発競争に比肩する加速器開発
- ヨーロッパの焦りが生んだ「CERN」
- 国防への貢献を問われて
- とらえられた飛跡
- 大西洋を挟んだつばぜり合い
- 中性カレントが「生命の誕生」に及ぼした影響
- 「強い力」をふりほどけ
- フェルミ研を見限ったルビア
- CERNの地下に生まれたゴリアテとダビデ
- 「ロープに水を!」
- 「これは本物だ」
- CERN内部の争い
- W粒子の発見
- ヒッグス粒子はどうふるまうのか
- 「切なるリベンジ」を

第6章:野望と挫折
- 「敵陣深く投げろ」
- 出典を探せ
- 政治的難局を乗り越えて
- LHCへの射程
- SSC計画の萌芽
- SSC計画への非難
- ワインバーグの見解
- 全米25州が誘致
- ブッシュ-宮沢階段の裏で−頓挫したSSC
- SSCの死を看取って誕生した“神の粒子”

第7章:加速器が放った閃光
- 加速器を知り尽くした男
- LEPはなぜ地下に設置されたのか
- 国境を4度もまたぐトンネル
- LEPの始動−月の満ち欠けにも影響を受けて
- 「君はヒッグス粒子を見つけたのかね?」
- 絶世の美女の歩みを止めるヒッグス粒子
- 重くなったマギー
- モノポール−とてつもなく重い“アメーバ”
- 追い詰められたLEP

第8章:「世界の終焉」論争
- 素粒子物理学界を揺るがした2通の投書
- 地球を破壊するビッグバン・マシーン
- 疑念が疑念を生んで
- 連結された加速器と爆弾魔“ユナボマー”
- ストレンジレットの脅威
- 「真空崩壊」という悪夢
- 「私たちの真空」の正体
- ガイガーカウンターを振りかざす抗議者
- 「5000万回に1回」のリスク
- 加速器と自然界は「同じ実験」をしているのか
- 「起こりうる損害に上限はない」

第9章:“幻影”に翻弄された男たち
- 「ヒッグス粒子は飛ばない」
- 予備装置なしでのフル稼働
- ヒッグス粒子の影
- 「5σ」の壁
- ホーキング対ヒッグス−相容れない主張
- ヒッグス粒子に指先を触れて
- CERN所長の翻意
- 大西洋を渡った100ドルの小切手
- ヒッグス粒子の存在を否定された科学者たち

第10章:「発見」前夜
- 「対称性の破れ」に迎えられて
- 「何なんだこれは?」
- 海の向こうに送られた指令
- 超対称性理論が描き出す世界
- Webが科学を変容させる
- 「怪物の捜索は続く」
- 「チャンスはあるっていうことだよね?」
- 標的を定めたATLAS
- 再始動への高いハードル
- 「神はヒッグス粒子を嫌っている」

第11章:「隠された世界」
- 「兆候」と「発見」
- 「標準理論のヒッグス粒子」は歓迎されず
- フェルトマンの懐疑
- 「役に立たない電子に乾杯」
- 4度めの科学革命を
- ヒッグスから届いた手紙

最終章:「新しい粒子」に導かれて
- 歴戦の強者たちが一堂に会して
- ピーター・ヒッグスへの伝言
- 神経を苛立たせるような事件
- ヒッグス粒子の存在しない場所に注目せよ
- 「ZZ」チャンネル
- シシリー島のヒッグス
- ウェブに漏洩した動画
- 「発見」と「観測」
- 「発見したのです」
- “彼ら”の賛辞
- 明日への扉を開くのか
- エディンバラの雨

謝辞
参考文献
巻末解説
事項索引
人名索引


関連動画:

2012年7月4日のプレスカンファレンス



ヒッグス粒子発見についてのセミナーと講義(必見!)



ヒッグス博士によるアナウンスメント


よくわかる解析力学:前野昌弘

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よくわかる解析力学:前野昌弘

内容
解析力学は本来「力学を簡単にする方法」。本書では「ラグランジアンのおかげでこんな問題が簡単になるよ」という点を具体的に語っていく。

著者略歴
前野 昌弘:ホームページ: http://irobutsu.a.la9.jp/
1985年神戸大学理学部物理学科卒業。1990年大阪大学大学院理学研究科博士後期課程修了。1995年より琉球大学理学部教員。現在、琉球大学理学部物質地球科学科准教授


理数系書籍のレビュー記事は本書で233冊目。

「自然という書物は数学という言葉で語られている」という名言をガリレオは残したが、みなさんはこの言葉を聞いたときどのような数式を思い浮かべただろうか?

アインシュタインのE=mc^2や重力場の方程式だと答える人もいれば、量子力学のシュレディンガーの方程式や素粒子の標準理論の数式を思い浮かべる人もいるだろう。これらの数式は自然が見せるそれぞれの側面を見事に表している。また、これらの数式をすべて含んでいる超弦理論の数式が、ガリレオのこの名言を象徴している究極の数式なのかもしれない。

けれども、これらの数式を導く過程で必ず使われているのが解析力学だ。あらゆる物理法則で共通に用いられる原理で、ラグランジアンやハミルトニアンという一般化された物理量を使って自然法則の根底にある摂理を定量的に数式で表現する物理学の分野である。

僕には解析力学で展開される数式導出こそ、ガリレオの名言を象徴していると思えるのだ。


物理学の教科書には解説や数式導出を必要最小限に抑え、学生が自分で手を動かして数式導出をしなければならない「優等生向きな教科書」と、説明や数式導出が省略されず、わかりやすい「学生の立場で書かれた教科書」がある。前者は授業を受けながら読むことが必要で、独習には向かず、後者は授業を受けなくても独習することができる。本書はもちろん後者である。前野先生の著書はどれも「先生から直接授業を受けているように」読めるのだ。

僕は6年前「解析力学(久保謙一著、裳華房)」を読んでいたが、この本はページ数が最小限に抑えられ、必要不可欠な事がらだけを解説している本だった。記述がやさしいので独習も可能だったが、詳しく理解できないところが残ってしまっていた。また、この本には具体的な問題演習が少なく、ラグランジアンやハミルトニアンを使って力学の問題が簡単に解けるという「ご利益」を実感することができなかった。だから、解析力学の実践や具体的な応用問題は他の本で学ぼうと思い、「ゴールドスタインの古典力学()()」を買い揃えていた。


よくわかる解析力学:前野昌弘」が発売されたのを知り即購入。今週は悪天候が続き、毎晩のウォーキングができなかったので読書に集中することができた。

本の帯には「で、結局ラグランジアンって何なのよ!」というコミカルなキャッチ・コピーが大きく書かれている。また「ラグランジアンのおかげでこんな問題が簡単になるよ」という文が内容紹介に書かれていたので、本書は解析力学の「ご利益」を示すことがメインなのだと思っていた。

読んでみると確かにそれは正しかった。しかし、それだけではなかった。本の帯のキャッチ・コピーをはるかに越える内容で、期待していた以上の本なのだ。特に僕には不足していた実践問題がたっぷり学べる本だった。

第8章までの章立てを見てわかるように、第4章から始まる「導入篇」、「発展篇」、「実践篇」では実にさまざまな問題の解き方を学び、理解を深めることができる。そして第8章の「保存則と対称性」で第一幕はいったん終わる。

第1章 解析力学入門の準備
第2章 簡単な変分問題
第3章 静力学―仮想仕事の原理から変分原理へ
第4章 ラグランジュ形式の解析力学?導入篇
第5章 ラグランジュ形式の解析力学?発展篇
第6章 ラグランジュ形式の解析力学―実践篇1・振動
第7章 ラグランジュ形式の解析力学―実践篇2・剛体の回転
第8章 保存則と対称性

ここまでで本の帯の「で、結局ラグランジアンって何なのよ!」の説明をするという約束が果たされる。


しかし、その後に続く第二幕は帯には書かれていない「それじゃ、ハミルトニアンって何なのよ!」である。

第9章 ハミルトン形式の解析力学
第10章 正準変換
第11章 ハミルトン・ヤコビ方程式
第12章 おわりに 解析力学と物理

第9章を読み始めたとき「本の帯のキャッチ・コピーはずいぶん謙遜している。」と思った。ラグランジアンやハミルトニアンをとおり一辺倒に解説するだけでなく、さまざまな問題を解きながらその意味を深く掘り下げて読者に示してくれているからだ。ラグランジュ形式で解いた問題をハミルトン形式や正準形式を使って解くなど、同じ問題を多角的に解いて見せてくれるのだ。

またハミルトン形式から正準変換、ハミルトン・ヤコビ方程式へと理論を一般化していく過程の説明はていねいで、間に挿入された問題と解法が説明の補足として上手に活かされている。学生が勘違いしやすい点、疑問に持ちやすい点もこと細かに取り上げて解説されているのはとてもありがたい。

2Dや3DのCGを使った図版がたくさん挿入されているのも前野先生の教科書の特長だ。回転運動における角運動量やエネルギーの保存則、ハミルトン形式の説明にでてくる位相空間など、実際の問題に対応する形でCGが示されるので、解答の持つ物理的な意味がとてもイメージしやすくなっている。

このような前野先生らしい特長は本書前半の変分法とラグランジュ形式の解析力学の説明や後半のハミルトン形式の説明で発揮されている。しかしその後の「正準変換」と「ハミルトン・ヤコビ方程式」の章については少し説明を急ぎすぎている印象を受けた。もともと内容が高度で豊富なことと図示に向かない内容なのでやむをえないのだと納得した。このあたりをもっと噛み砕いて説明していたら350ページ余りある本書はさらに50ページほど厚みを増していたことだろう。

最終章の「解析力学と物理」では相対論、統計力学、量子力学と解析力学の関係が説明されている。特に量子力学に対する寄与は大きい。単純明快なニュートン力学を一般化していくことで積み上げられていった力学の抽象化が、物理法則の本質を浮き立たせ、その後の物理学を研究する上で必要不可欠な原理になっていった事実を見るにつけ、不思議だと思わざるを得ない。

解析力学から量子力学にかかっている橋は少なくとも6つある。

- ハミルトン主関数から(光)量子にかかる橋
- ハミルトン-ヤコビ方程式からシュレーディンガー方程式にかかる橋
- ハミルトニアンを使った時間発展の式からハイゼンベルクの運動方程式にかかる橋
- 最小作用の原理からファインマンの経路積分にかかる橋
- ポアッソン括弧から量子力学における交換関係にかかる橋
- 解析力学の位相空間の面積から量子力学の不確定性関係にかかる橋

本書の第9章以降、量子力学のにおいがプンプンしてくるのだ。物理学者ハミルトンの没年が1865年、つまり量子力学誕生の60年前だったことを考えるとハミルトンの功績を超える「何か」を感じてしまうのは僕だけだろうか。


付録では本書で使われる「行列計算」、「偏微分、ルジャンドル変換」、「座標系の計算」など、基本的な計算テクニックが解説されている。特に「ルジャンドル変換」はきちんとおさえておきたい。

付録A 行列計算
付録B 偏微分に関係するテクニック
付録C 座標系に関して
付録D 問いのヒントと解答


あと本書に限らず前野先生の著書のよい点として次の2つがある。

1)用語や数式の参照がしやすいこと

理数系の教科書ではときどき「式 1.2.5を参照」のように前の章の数式を参照することがある。このような場合そのすぐ下にグレーの文字でページ番号が明記してあるので、該当箇所をすぐ見つけることができる。また用語についてもページ番号が振られているので、本書の中で最初にその用語を説明した箇所をすばやく見つけることができる。

2)誤植が少ない

僕が購入したのは初版の第1刷だ。数式満載の本であるにもかかわらず、サポートページを見てわかるように誤植が非常に少ない。これは日ごろ物理アニメーションのプログラム開発で鍛え上げられた前野先生の「バグ潰しの能力」が活かされているのだと思った。校正とプログラムのバグ潰しには共通するセンスが必要だと僕は思う。


解析力学は高校の物理とはまったく違う「大学生らしい物理学」だ。初めて学ぶ学生にとってはハードルが高い。けれども理解が深まるにつれて物理学の奥深さを感じることができる魅力たっぷりの学問なのだ。

ぜひ、多くの人に本書で学んでほしい。


前野先生は今年の2月に初等力学の入門書もお出しになっている。解析力学以前に力学も学び直してみたいという方は、合わせてお読みになるとよいだろう。

よくわかる初等力学:前野昌弘
よくわかる解析力学:前野昌弘

 


本書のサポートページ(「はじめに」や「正誤表」が読める。)
http://irobutsu.a.la9.jp/mybook/ykwkrAM/

ネットで解析力学を学んでみたい方は「EMANの解析力学」がお勧め。

EMANの解析力学
http://homepage2.nifty.com/eman/analytic/contents.html


関連記事:

発売情報:よくわかる解析力学:前野昌弘
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/76788ea9487df778de38782d5826a15a

よくわかる電磁気学:前野昌弘
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3f7e34e15a862a7c6471d5eb60be0273

よくわかる量子力学:前野昌弘
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/08beb004bf1a5c9e6f6192439045c120

今度こそ納得する物理・数学再入門:前野昌弘
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8777ea8175e9c48e0170df5b930f42d9


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よくわかる解析力学:前野昌弘


はじめに

第1章 解析力学入門の準備
 1.1 ニュートン力学の復習
  1.1.1 運動の法則
  1.1.2 保存則
  1.1.3 角運動量の保存
 1.2 力学を簡単にするために
  1.2.1 「仕事」を使いこなす
  1.2.2 より高い視点から「運動」を見る
 1.3 経路
 1.4 座標とその変換
 1.5 章末演習問題

第2章 簡単な変分問題
 2.1 変分による計算
  2.1.1 変分とは
  2.1.2 等しい周で最大面積の長方形
  2.1.3 等しい周の三角形
 2.2 光学におけるフェルマーの原理
  2.2.1 反射の法則
  2.2.2 屈折の法則
  2.2.3 光の直進
  2.2.4 極座標での直線
 2.3 関数の変分に関するまとめと例題
  2.3.1 オイラー・ラグランジュ方程式
  2.3.2 一般的な図形の等周問題
  2.3.3 最速降下線
 2.4 章末演習問題

第3章 静力学―仮想仕事の原理から変分原理へ
 3.1 仮想仕事の原理
  3.1.1 一個の質点の場合
  3.1.2 複数の質点からなる系における仮想仕事の原理
 3.2 剛体に対する仮想仕事
  3.2.1 剛体に起こり得る仮想変位
  3.2.2 剛体に対する仮想仕事
  3.2.3 仮想仕事が0 になるための条件
 3.3 仮想仕事の原理を使う例題
 3.4 位置エネルギー
  3.4.1 仕事とエネルギー
  3.4.2 位置エネルギーを表現する座標を変えてみる
 3.5 3 次元の仮想仕事と位置エネルギー
  3.5.1 積分可能条件とrot
  3.5.2 異なる座標系で計算したポテンシャルの安定点
 3.6 静力学における変分原理
  3.6.1 動力学の変分原理のモデルになる静力学の問題
  3.6.2 懸垂線の方程式
  3.6.3 一般座標におけるラプラシアン
 3.7 章末演習問題

第4章 ラグランジュ形式の解析力学?導入篇
 4.1 「作用」を`作る'
  4.1.1 作用とは何か
  4.1.2 ダランベールの原理による仮想仕事の原理の拡張
  4.1.3 確認:作用は本当に極値を取っているか
  4.1.4 運動方程式としてのオイラー・ラグランジュ方程式
  4.1.5 なぜ位置エネルギーは引かれるのか??
 4.2 1 次元運動の例題
  4.2.1 簡単な例題
  4.2.2 加速する座標系内の自由粒子
  4.2.3 速度に比例する抵抗
 4.3 複合系をラグランジアン形式で
  4.3.1 定滑車
  4.3.2 動滑車
 4.4 多次元のラグランジュ形式
  4.4.1 2 次元以上の変数のラグランジアン
  4.4.2 棒に繋がれた2 物体の平面内運動
  4.4.3 一般的ポテンシャルによる相互作用をする2 物体
 4.5 章末演習問題

第5章 ラグランジュ形式の解析力学?発展篇
 5.1 オイラー・ラグランジュ方程式と座標変換
  5.1.1 オイラー・ラグランジュ方程式の共変性
  5.1.2 2 次元極座標でのオイラー・ラグランジュ方程式
  5.1.3 循環座標
  5.1.4 変数変換に関する注意|ルジャンドル変換の必要性
  5.1.5 2 次元で万有引力が働く場合
 5.2 3次元の直交曲線座標で記述する運動
  5.2.1 直交座標から他の座標系へ
  5.2.2 3次元の極座標
  5.2.3 球対称ポテンシャル内の運動
 5.3 拘束のある系
  5.3.1 拘束条件の分類
  5.3.2 ラグランジュ未定乗数の利用
  5.3.3 変数の消去
 5.4 章末演習問題

第6章 ラグランジュ形式の解析力学―実践篇1・振動
 6.1 単振動
  6.1.1 簡単な単振動
  6.1.2 微小振動
 6.2 連成振動
  6.2.1 二体連成振動
  6.2.2 二体連成振動の行列を使った変数変換
  6.2.3 質量が異なる場合
  6.2.4 二重振り子
 6.3 三体からN 体の連成振動へ
  6.3.1 三体連成振動
  6.3.2 3つのモードの表現
  6.3.3 N 個の物体が連結されている場合の振動
 6.4 連続的な物体への極限
  6.4.1 振動解の物体数を増やす
  6.4.2 作用の書き換え
 6.5 章末演習問題

第7章 ラグランジュ形式の解析力学―実践篇2・剛体の回転
 7.1 剛体の回転運動
  7.1.1 剛体の運動エネルギー
  7.1.2 主軸変換
7.2 オイラー角で表現する回転運動
  7.2.1 物体に固定された座標軸
  7.2.2 オイラー角と角速度ベクトル
  7.2.3 外力が働かない剛体の回転運動
  7.2.4 角運動量の保存
  7.2.5 特定の軸に回りに回っている時の近似計算
 7.3 エネルギー保存と角運動量保存から言えること
  7.3.1 自由に回転する剛体
 7.4 章末演習問題

第8章 保存則と対称性
 8.1 空間並進と運動量保存則
  8.1.1 ハミルトンの主関数
  8.1.2 「ハミルトンの主関数の端点微分」としての運動量
  8.1.3 運動量保存則の導出
 8.2 運動量の一般化
 8.3 時間並進不変性とエネルギー保存則
   8.3.1 作用の時間微分としてのエネルギー
   8.3.2 エネルギー保存則の導出
 8.4 一般論|ネーターの定理
 8.5 角運動量保存則
 8.6 章末演習問題

第9章 ハミルトン形式の解析力学
 9.1 ハミルトン形式(正準形式)とは
  9.1.1 運動量と座標を使った表現
  9.1.2 ハミルトニアン
  9.1.3 簡単な例題
  9.1.4 ラグランジュ未定乗数としての運動量
 9.2 変分原理からの正準方程式
 9.3 位相空間
  9.3.1 位相空間とは
  9.3.2 位相空間で表現した「運動」
 9.4 リウヴィルの定理
 9.5 ポアッソン括弧
  9.5.1 時間微分とハミルトニアン
  9.5.2 ポアッソン括弧の性質
  9.5.3 ヤコビ恒等式の証明
  9.5.4 ポアッソン括弧が0 になることの意味
 9.6 ハミルトン形式で考える角運動量と剛体
  9.6.1 角運動量とのポアッソン括弧
  9.6.2 外力が働かない剛体の回転
  9.6.3 対称コマのハミルトニアン
  9.6.4 軸先が固定された対称コマ
 9.7 章末演習問題

第10章 正準変換
 10.1 1 次元系の時間によらない正準変換
  10.1.1 正準方程式の変換
  10.1.2 位相空間の面積を変えない変換の例
  10.1.3 ポアッソン括弧の変換
  10.1.4 より大胆な正準変換
  10.1.5 ポアッソン括弧を使って無限小正準変換を記述する
 10.2 変分原理と正準変換
  10.2.1 正準変換による作用の変化と母関数
  10.2.2 正準変換の変数の取り方
  10.2.3 母関数を使った正準変換の例
  10.2.4 変換から母関数を作る
 10.3 時間に依存する変換
  10.3.1 作用の変化
  10.3.2 時間に依存する正準変換の例
 10.4 多変数の正準変換
  10.4.1 多変数のポアッソン括弧の変換
  10.4.2 多変数の場合の母関数
  10.4.3 多変数正準変換の例
 10.5 章末演習問題

第11章 ハミルトン・ヤコビ方程式
 11.1 ハミルトン・ヤコビ方程式
  11.1.1 K = 0 となる正準変換の母関数を求める
  11.1.2 作用とハミルトン・ヤコビ方程式
 11.2 ハミルトン・ヤコビ方程式の解
  11.2.1 変数分離
  11.2.2 簡単な例
  11.2.3 2 次元放物運動
 11.3 球対称ポテンシャル内の3 次元運動
 11.4 章末演習問題

第12章 おわりに 解析力学と物理
 12.1 解析力学と相対論
 12.2 解析力学と統計力学
 12.3 解析力学と量子力学

付録A 行列計算
 A.1 行列の基本計算
 A.2 行列を使う利点
 A.3 添字を使った表現
 A.4 直交行列
 A.5 直交行列でない行列の逆行列
 A.6 固有値と固有ベクトル
 A.7 行列式の計算
 A.8 固有ベクトルによる対角化

付録B 偏微分に関係するテクニック
 B.1 多変数の関数の微分
  B.1.1 偏微分
  B.1.2 全微分と変数変換
 B.2 体積積分とヤコビアン
  B.2.1 面積積分
  B.2.2 体積積分
 B.3 ラグランジュ未定乗数の方法の意味
 B.4 オイラー・ラグランジュ方程式
  B.4.1 1変数の場合
  B.4.2 多変数の場合
 B.5 ルジャンドル変換
  B.5.1 必要性?もしルジャンドル変換をしなかったら
  B.5.2 ルジャンドル変換とは

付録C 座標系に関して
 C.1 ベクトルの表現
  C.1.1 直交座標の基底ベクトル
  C.1.2 一般的な直交曲線座標の基底ベクトル
  C.1.3 曲線座標とベクトル
  C.1.4 テンソル
 C.2 回転を記述する方法
  C.2.1 2 次元回転
  C.2.2 オイラー角

付録D 問いのヒントと解答

ストリング理論は科学か―現代物理学と数学:ピーター・ウォイト

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ストリング理論は科学か―現代物理学と数学:ピーター・ウォイト

内容
現代物理学最大の主流派であるスーパーストリング理論。提唱から二十年以上たっても一つの物証もなく、検証可能な予測をたてることすらできないこの理論は、間違ってさえいない!数学との関係を中心に素粒子物理学の歴史をたどりなおし、使えない理論を見限って新たな展開を呼びかける、科学界話題の論争の書。2007年10月刊行、366ページ。

著者略歴
ピーター・ウォイト: ホームページ: http://www.math.columbia.edu/~woit/wordpress/
1979年ハーバード大学卒、85年プリンストン大学で理論物理学博士号。現在、ニューヨーク市のコロンビア大学で数学の講師を勤める。ブログNot Even Wrongが有名

翻訳者略歴
松浦俊輔
名古屋工業大学助教授を経て翻訳家


理数系書籍のレビュー記事は本書で234冊目。

初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」を見たところ、僕にも読めそうな気がしてきたので挑戦しようと思う。

でもその前に超弦理論に対する批判にも目を通しておいたほうがよいと思い、アンチ超弦理論系の本を2冊読んでみることにした。超弦理論批判についてはおよそのことは知っているが、それに反論できるだけの成果を超弦理論の研究者が提示できていないのも事実である。極論すれば「超弦理論の可能性を信じるか、信じないか」に尽きると思う。まして、この理論を学んでいない(僕のような)素人に判断できる事柄ではない。

僕の関心はむしろ、そのような本が説得力のある文章、構成で書かれているのか、感情的な批判になっていないかということに向いている。淡々と冷静かつ具体的に書かれた批判ならば、超弦理論を学ぶ前に読んでおく価値があると思ったのだ。

著者はピーター・ウォイトというコロンビア大学で数学の講師をしている物理学者/数学者で、ご本人によると「数学指向の素粒子物理学者」である。彼は「Not Even Wrong. (それは間違ってさえいない。)」という超弦理論批判のウェブサイトを書いていることで知られている。

Not Even Wrong.
http://www.math.columbia.edu/~woit/wordpress/

翻訳の元になった英語版は「Not Even Wrong:Peter Woit」でハードカバー版は2006年に出版されている。


本書は一般向けの読者をターゲットに書かれているが、物理学上、数学上の専門用語が多用されていて、かつその説明が身近な例を使って解説しているわけではないので、ひととおり物理学を学んだ人や、他の一般書籍で学んだことのある人でないと理解できないと思った。


第1章:千年紀末の素粒子物理学
第2章:生産用具
第3章:量子論
第4章:量子場の理論
第5章:ゲージ対称性とゲージ理論
第6章:標準モデル
第7章:標準モデルの勝利
第8章:標準モデルの問題点

前半の第8章までは特殊相対論、一般相対論、量子論、ゲージ理論、素粒子物理学の標準理論までの流れを詳しく説明し、これらの理論に数学がどのような使われ方をしていたかが詳細に語られる。ひととおり学んだ人にとっては知識の整理にうってつけで、数理物理学的な観点からとてもお勧めできる内容だと思った。

数学者だけあってゲージ理論の対称性が詳しく解説されているのはもちろん、ゲージ理論とトポロジーの関係がどのようになっているのか説明しているのが僕には目新しかった。また「標準理論の問題点」として印象に残ったのは、この理論では自明でないパラメータ(物理定数)が17個残っていて18番目のパラメータがゼロになる理由がわかればいいということだ。自明でない17個のうち15個はヒッグス場の性質のパラメータとして標準理論にあらわれているという。


第9章:標準モデルの先
第10章:量子場の理論と数学における新しい見通し

続く第9章と第10章では、標準理論以降の取り組みが紹介される。僕にとってはこの2つの章が本書の中で特に興味深かった。

第9章で紹介されるのは大統一理論(GUT、SU(5)の対称性)、テクニカラー理論、超対称性理論や超重力理論(11次元の理論、N=8の対称性をもった理論)などだ。しかしこれらの理論はうまくいっていない。

第10章では主にウィッテンを中心とした物理学者、数学者の研究成果が紹介される。著者はウィッテンの天才ぶりは認めていた。標準理論が完成した後、素粒子物理学の研究課題は、クォークに対してのQCD(量子色力学)に対する摂動展開以外の方法を模索していた。キーワードとしてはヤン-ミルズ方程式のBPSTインスタントン解、アティヤ-シンガーの指数定理、ウィッテンによる現代数学と超対称性のかかわりの研究、トポロジーとゲージ理論のかかわり、格子ゲージ理論、SU(N)ゲージ理論への一般化、2次元量子場の理論、共形場の理論、ウェズ-ズミーノ-ウィッテン・モデル、無限次元の群の表現論、(カック-ムーディ群)、頂点作用素代数、アノマリー(シュウィンガー項の問題)、ウィッテンのトポロジー的量子場理論、トポロジー的シグマ・モデルなどだ。しかし、これらの理論は成果を上げていないのが現状だ。

用語だけ並べられてもさっぱり理解できないだろうが、本書のこの部分を詳細に読んでも理解できないのは同じだ。ただ全体的に混迷の度合いを深めていったことと、もしこのあたりの理論を学ぶのであればここに書かれている順番で学んでいけばいいのだろうということがわかるくらいだ。この章で紹介されているあたりの理論を一般人向けに説明した書籍はないので、本書のこの部分の記述は貴重だと思った。


ここまでが本書の前半だ。後半から157ページに渡って超弦理論批判が展開される。著者は冒頭で「科学の話は必ず元気のいい話であってほしいと思われる方は、ここで本書を読むのをやめてもっと肯定的な本を読んだほうがよい。」という意味のことを述べている。

第11章:ストリング理論―歴史
第12章:ストリング理論と超対称―評価

第11章では非可換ゲージ理論、QCDに対するアプローチとしてリー群を好む物理学者とS行列を好む物理学者いることを述べた後、弦理論の誕生、第1次超弦理論革命、第2次超弦理論革命までの歴史を解説する。「歴史」とはいうものの、かなり否定的なトーンで超弦理論の複雑さ、困難さを印象づけている。

第12章では「超対称性理論」の困難さが解説されている。素粒子の標準理論ではこの世界を決定する18個のパラメータのうち17個が非自明であることが述べられたが、超対称性理論では非自明なパラメータの数が105個になってしまうのだそうだ。それに超対称性粒子はまだひとつも発見されていないことが強調されている。

第13章:美しさと難しさ
第14章:スーパーストリング理論は科学か
第15章:ボグダノフ事件
第16章:他にゲームをやっていない―ストリング理論の威力と栄光
第17章:ストリング理論の景観
第18章:他の見方
第19章:結論

第13章から第19章が本書の核心部分だ。これでもかと言わんばかりに批判が展開される。なにもこれほどのページを割く必要はないだろうにというのが読後の感想だ。要約すれば20ページほどで十分伝えられる内容だと思った。批判の論点を箇条書きすると次のようになる。

- 実証されるとは思えない超対称性理論を前提とする超弦理論を考えること自体ナンセンスである。

- 超弦理論では10次元空間、M理論では11次元空間が必要だというが、弦が動ける空間の選び方は無数にあるのでナンセンス。

- 6次元のカラビ-ヤウ空間の選び方は10の500乗もあり、超弦理論が示す物理法則の自由度も同じ数だけある。

- コンパクト化されたカラビ-ヤウ空間の存在の根拠や次元数の根拠が示されていない。

- ファインマンやグラショウも超弦理論に反対の立場をとっていた。詳細は本書を参照。

- 超弦理論は現実世界のことを何も予想しない。だから反証することも不可能で、それは科学とは呼べない。超弦理論は物理学ではない、そして数学でもない。

- ウィッテンの提唱するM理論は理論ですらない。これはウィッテン自身の言葉だそうだ。M理論というのは理論が存在することをうかがわせる事実と論拠の集合である。理論があることを示す証拠はまったくない。

- M理論のMは「マスターベーション」のMというのがいちばんぴったりするように見えると宇宙論学者のマゲーショは著書に書いている。

- 超弦理論は「万物の理論(Theory of Everything)」ではなく「何でもないものの理論(Theory of Nothing)」である。

- 超弦理論は何でも説明できてしまう「万物以上の理論(Theory of more than Everything.)」である。

- 現在、超弦理論は天才ウィッテンの影響力が強すぎ、誰も反論を言えない状況にある。ウィッテンが超弦理論が正しくないことを認めてしまうと、超弦理論は神格化され宗教のようになってしまう危険性すらある。

- 天才といえども間違いを犯すことがある。アインシュタインでさえ晩年量子力学を頑なに拒否していた。この例と同様、ウィッテンは間違いを犯している。

- 超弦理論が幅をきかせすぎているので、それ以外の物理学へ配分される予算が少ない。若い研究者は超弦理論以外の道を選択することが非常に難しい。

- 「他にゲームをやっていない。」という言葉は現在超弦理論以外に有望な理論がないので、その道に進むしかないという意味だ。そのため多くの若い研究者が「就職事情」という理由で、強制的にこの研究をしなければならない状況になっている。

- 超弦理論の美しさが人によって異なるのはシュワルツ自身が認めている。その美はミステリーやマジックの美しさである。この手の美しさは筋書きが明らかになってしまえば跡形もなく消えてしまうものだ。

- サスキンドによれば超弦理論の入り組み方と醜さを示した上で、これは実はよいことなのだという特異な論証を立ている。


本書はアマゾンの読者レビューで高い評価を得ている。しかし、上記の批判が正しいものかどうか(僕を含めて)素人には判断できないものだ。極論すれば超弦理論の将来を信じるか信じないかの選択になってしまうのだと思う。

けれども僕が重視したのは内容そのものではなく、この著者の批判の展開の仕方である。本書前半までの冷静さはどこへ行ったやらで、まくしたてるように批判を長々とぶちまけている。他人の弁とはいえ超弦理論を「マスターベーション」とまで言うことはないだろうに。この言葉が引き合いに出された時点でアウトだと思った。

内容が正当なものかどうかを別にしても、批判を延々と聞かされるのはストレスがたまるものだ。後半を読んでいて僕は疲れてしまった。もともと超弦理論に批判的な立場の人が本書を読んだらどういう気持になるのだろうか?「そうだ!そうだ!もっと批判してほしい!」となるのだろうか?

超弦理論賛成派が大多数をしめる中で、これだけ強い批判を主張するのはとても勇気のいることだと思う。自らのキャリアさえ危うくしてしまうことだろう。間違っていると思うことを主張するのは正しいことだと思う。書き方をもう少し穏やかにし、感情を入れずに学問的な主張にとどめてめていれば、本書はもう少し多くの共感者を得ただろうと僕は思った。


なお、今回は批判意見が満載の本の紹介記事なので超弦理論に反対の立場、賛成の立場の読者の意見が対立しやすく、それぞれ過激なコメントをいただく可能性が高い。であるから他の読者が不快に感じる可能性のあるコメントが投稿された場合、僕は公開を承認しないことがあるのであらかじめご了承いただきたい。


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ストリング理論は科学か―現代物理学と数学:ピーター・ウォイト


序論

第1章:千年紀末の素粒子物理学
第2章:生産用具
第3章:量子論
第4章:量子場の理論
第5章:ゲージ対称性とゲージ理論
第6章:標準モデル
第7章:標準モデルの勝利
第8章:標準モデルの問題点
第9章:標準モデルの先
第10章:量子場の理論と数学における新しい見通し
第11章:ストリング理論―歴史
第12章:ストリング理論と超対称―評価
第13章:美しさと難しさ
第14章:スーパーストリング理論は科学か
第15章:ボグダノフ事件
第16章:他にゲームをやっていない―ストリング理論の威力と栄光
第17章:ストリング理論の景観
第18章:他の見方
第19章:結論

超ひも理論を疑う:ローレンス M.クラウス

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超ひも理論を疑う:ローレンス M.クラウス」―「見えない次元」はどこまで物理学か?

内容
私たちの世界のすぐ向こう側に、目に見えない別世界が広がっている。こういう設定はSF小説や映画、テレビドラマなどの娯楽では定番で、私たちはそういった考えかたが大好きだ。面白いことに、科学者でも事情は同じで、11とも26ともいう次元の存在を前提とした超ひも理論の出現を経て、私たちのすぐそばにあって、目に見えるほど大きいかもしれない膜状の「別世界」、ブレーンワールドが提唱されるに至り、私たちは最先端科学のファンタスティックなヴィジョンの虜になっている。しかし、物理学者のなかには、この超ひも理論、ブレーンワールド理論に異を唱えるものもいる――いくら数学的に美しくても、実験による裏づけを持たず、有効な予言も立てられずにいる理論が物理学の名に値するのか、と。「見えない次元」にどうしようもなく惹かれる人間の性を、娯楽作品と奔放な物理理論の双方の具体例を豊富にちりばめて描き、最先端理論のすばらしさとその弱点を、健全な懐疑主義の立場から鋭く検証する科学ノンフィクション。2008年刊、333ページ。

著者略歴
ローレンス・M・クラウス(Lawrence M. Krauss): 1954年生まれ。ケース・ウェスタン・リザーヴ大学のアンブローズ・スウェージー記念教授にして、同大学の宇宙論・天体物理学教育研究センター所長を務める理論物理学者。一般市民を対象にした科学教育にも熱心で、ポピュラー・サイエンスの著書も多く、先端科学のわかりやすい解説と読者の興味を巧みにそそる筆致には定評がある。著書に『物理学者はマルがお好き』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)、『コスモス・オデッセイ――酸素原子が語る宇宙の物語』(紀伊國屋書店)ほか。

翻訳者略歴
斉藤隆央(さいとうたかお)
1967年生まれ。東京大学工学部工業化学科卒業。訳書に『なぜこの方程式は解けないのか?』、『黄金比はすべてを美しくするか?』リヴィオ、『ガリレオの指』アトキンス、『タングステンおじさん』サックス(以上早川書房刊)、『ミトコンドリアが進化を決めた』レーン、『パラレルワールド』カク、『生命最初の30億年』ノールほか多数。


理数系書籍のレビュー記事は本書で235冊目。

「超ひも理論を疑う」というタイトルなので批判本だと思って読んだら、そうではなかった。筆者は超弦理論を詳しく学んだ上で、この理論の弱点を指摘し、公平な立場から意見を述べるというスタイルで書いていた。弱点だからといって頭ごなしに否定しているわけではない。

そもそも著者は超弦理論の生みの親であるシュワルツと20年来の交流があり、ウィッテン、グリーンなどこの理論の立役者の協力のもと、本書は書かれているのだ。著者の誠実さは文章からもうかがい知ることができる。

著者の名前はどこかで聞いたことがあると思って調べてみると、僕は昨年の2月に「ファインマンさんの流儀:ローレンス M.クラウス」を読んでいた。著者の印象がとてもよかったことを覚えている。


翻訳の元になった英語版は2005年に出版された「Hiding in the Mirror: Lawrence M. Krauss」で、日本語版は2008年に刊行された。

目次はこの記事のいちばん下に書いておいたが、章のタイトルだけ見てもさっぱりわからないと思うので、全体の流れをざっと解説しよう。

導入は1950年代にアメリカで放送された「トワイライトゾーン」というSFドラマである。日常の空間とは別の場所にある空間や異次元の話は、いつの時代も魅力的なテーマであること、不思議な場所があるに違いないと人は信じたがるものだということが語られる。ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」や平面世界のことを書いた風刺小説「フラットランド」も同じような趣向の小説だ。冒頭以外の章でも本書にはSF小説やSF映画がたくさん紹介されている。

物理学の話は第2章から始まる。電気と磁気の話からなのが意外だった。この手の本はケプラーやニュートンあたりから始まるのがたいていのパターンだからだ。物理学史を解説するのだということはわかるが、電磁気学から始める理由が見えなかった。

結局著者は何が言いたかったかというと、電場と磁場の話から電磁波の話をし、光も結局は電磁波であるという展開にもって行きたかったわけだ。その後、電磁気力と重力の統一のために晩年のアインシュタインが研究した統一場理論や5次元空間を前提とするカルツァ-クライン理論が紹介された。

そう、余剰次元のはしりは時空の4次元のほかに1次元の円筒形に丸まったカルツァ-クライン理論の余剰次元のことだ。この話をするために本書は電磁気の話から始まったのだと途中で気が付くことになる。この理論は電磁気力と重力を統一するための理論だった。しかしその後、うまくいかないことがわかったのと原子核内部の構造が解明されてきて、強い核力や弱い核力などの力が存在することもわかってきたため、この理論は次第に忘れられていった。

その後、本書の記述は科学史に沿う形で量子力学→相対論的量子力学→量子電磁力学、ゲージ理論→非可換ゲージ理論という流れになる。本書全体を通じて言えることなのだが、著者はなるべく日常的な言葉で説明し読者に理解してもらおうというスタイルをとっている。けれどもそのために専門用語を極力使わない方針をとっているので、僕にとってはいくぶん読みづらいものになっていた。説明をひととおり読んでから「ああ、これは〜のことを説明していたんだな!」と気が付くような按配だ。そのためゲージ理論や非可換ゲージ理論の説明でU(1)やSU(2)などのリー群も紹介されていなかった。「くりこみ」という言葉も出てこない。

超対称性や超重力理論、大統一理論については特に詳しく書かれていた。このあたりは僕も理論はもちろんのこと専門用語の知識さえ不足しているので、逆に本書の平易な言葉での解説がありがたかった。この流れの中でより複雑化した余剰次元が自然な形で仮定されていくさまが上手に解説されていたのが印象的だった。

そして特に超弦理論に入ってからの説明が詳しいのだ。「大栗先生の超弦理論入門」よりもページ数が多いぶんたくさんの事柄を知ることができる。グラスマン数や弦理論の次元数=25の計算方法も示されていた。キーワードで示せば、ヘテロな弦理論、Dブレーン、M理論、AdS/CFT、ホログラフィー原理、ブラックホールの情報問題などについて解説が行なわれている。

一昨日紹介した「ストリング理論は科学か―現代物理学と数学:ピーター・ウォイト」のほうは超弦理論の内容はほとんど説明されず、批判するために必要な事柄のみ取り上げられていた。それに対し本書は超弦理論自体の説明に手抜かりがない。

また、余剰次元については超弦理論のカラビ-ヤウ空間の他、ランドール-サンドラム理論、量子重力理論での余剰次元などが、重力理論をどのように説明するのかという視点から紹介されていた。

本書では超弦理論に批判的な箇所はほんの数ページだけだった。この理論が何も予測しないこと、ウィッテンも認めているM理論の不完全性、無数の物理法則が記述できてしまう問題などが批判の主なポイントである。けれども、余剰次元への過度な期待も含めて超弦理論を批判した後、すぐこれらの問題が当事者にとっても理解されている事柄であり、慎重に成り行きを見守っていきたいという「大人らしさ」でしめくくっている。


このように超弦理論に疑問を投げかける本であるにもかかわらず、著者の人間性や公平な記述スタイルのおかげで全体的には好印象を持った。お勧めできる本である。

なお、超弦理論に反対の立場、賛成の立場の読者の意見が対立しやすいので、他の読者が不快に感じる可能性のあるコメントが投稿された場合、僕は公開を承認しないことがあることをあらかじめご了承いただきたい。


さて次は「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」を読むことにしよう。超弦理論を理解することはこのブログの目標のひとつだ。

他にも目標がいくつかあったが、それぞれ理解して次のような記事を書いている。(場の量子論は何種類か読んだが、まだまだこれからという感じなので今のところ目標未達成だと思っている。)

一般相対性理論についての記事: 2007年12月2008年3月2009年7月

量子テレポーテーションについての記事: 2012年10月


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超ひも理論を疑う:ローレンス M.クラウス」―「見えない次元」はどこまで物理学か?


追憶―次元に魅せられて

第1章:空間に住む特権?
第2章:カエルの脚から「場」に至る
第3章:相対論への道
第4章:第四の次元
第5章:宇宙をかき乱す
第6章:宇宙を測る
第7章:『平面国』からピカソまで
第8章:最初の隠れた世界―余剰次元の物理学
第9章:回り道
第10章:どんどん変に…
第11章:混沌のなかから…
第12章:異次元からのエイリアン
第13章:もつれた結び目
第14章:超世界の超時間
第15章:Mはマザー(母)のM
第16章:DはブレーンワールドのD
第17章:空虚な理論?

エピローグ:真理と美
謝辞
用語集
訳者あとがき
事項索引
人名索引

初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ

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初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ

内容
MITの学部学生向けの講義から生まれた教育的な弦理論の教科書。

“基礎編”では相対論的な開弦および閉弦の基本的な量子化までを丁寧に解説する。まず特殊相対論と光錐座標系、高次元時空、余剰次元のコンパクト化などの背景概念を導入し、非相対論的な弦の力学を復習する。そして相対論的な点粒子や弦の古典論を論じ、それらに対して光錐量子化を施して、Lorentz不変性の要請から弦理論の臨界次元が決まることや、弦の量子状態として光子や重力子が現れることなどを見る。最終章では超対称性を導入した超弦理論の考え方を簡潔に紹介する。

日本語版の翻訳者略歴
樺沢宇紀
1990年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻前期課程修了。(株)日立製作所中央研究所研究員。1996年(株)日立製作所電子デバイス製造システム推進本部技師。1999年(株)日立製作所計測器グループ技師。2001年(株)日立ハイテクノロジーズ技師


理数系書籍のレビュー記事は本書で236冊目。

このブログの紹介欄に「超弦理論の理解を目指して勉強を続けています!」と無謀な目標を掲げてから6年以上たっている。僕のような素人でも勉強を続けていれば、現代物理学の最先端の理論を理解できるようになるのだろうか?

標準的な教科書とされている「ストリング理論:J.ポルチンスキー」をめくってみると、今の自分にはとうてい読める本ではないことがわかる。入門レベルではすまされない高度なトポロジー理論や代数学の理解が必要なので、数学的な準備にものすごく長い時間がかかりそうに思えるのだ。

しょせんアマチュアは一般読者向けに書かれた「大栗先生の超弦理論入門」や「現代物理学3大理論:Newton別冊」に甘んじているしかないのだろうか?そう思うとなんだか悔しい。

そのような失望感を払拭してくれそうな教科書がこの秋に邦訳されたのだから飛びつかずにはいられない。「MITの学部学生向けの講義から生まれた教育的な弦理論の教科書。」という触れ込みだ。そんな都合のよい教科書があるのだろうか?にわかには信じられなかった。学部学生向けとはいえ天下のMITである。半信半疑のまま読み始めたのが2週間前のことだ。

結論から言うと読んで大正解。最初から没頭することができ、最後まで熱中しながら読み終えることができた。久しぶりに興奮できた物理学の教科書だった。全体の理解度は9割を超えていたと思う。本書を翻訳していただいた樺沢先生には大感謝である。

基礎編を読むために必要な知識は学部レベルの解析力学、電磁気学、特殊相対論、量子力学、ディラック場の量子化あたりまでの場の量子論くらいで、必要な数学もそれらの分野で使われる範囲に限定される。基礎的なトポロジーは本書で説明されるので高度なトポロジー理論は知らなくても大丈夫。一般相対論は時空の計量やその添字の上げ下げの計算規則を知っていれば十分で、リーマン・テンソルは理解していなくても大丈夫だ。これらの前提知識を復習するのあれば「EMANの物理学」をお読みになるのがよい。

全体の章立ては次のとおり。(詳細目次はこの記事のいちばん下を参照。)

第1章:緒論
第2章:特殊相対性理論・光錐座標系・余剰次元
第3章:様々な次元における電磁気学と重力
第4章:非相対論的な弦
第5章:相対論的な点粒子
第6章:相対論的な弦
第7章:弦のパラメーター付けと古典的な運動
第8章:世界面カレントと保存量
第9章:相対論的な光錐弦
第10章:各種の光錐場とボゾン
第11章:点粒子の光錐量子化
第12章:相対論的な量子開弦
第13章:相対論的な量子閉弦
第14章:超弦理論入門

第10章までは100パーセント理解できた。第11章から第14章で難易度は上がり、3回読み直したのだが理解度は80パーセント止まりというところ。全体の流れは次のようになる。

第1章:緒論

物理学における弦理論、超弦理論の意義が解説される。理論全体を俯瞰し、この理論がどこまで進んでいるのかを知ることができる。

第2章:特殊相対性理論・光錐座標系・余剰次元

本書の第9章で導入されるのが「光錘座標」と呼ばれる座標系だ。これは特殊相対論から得られるミンコフスキー時空を基準にした座標系である。私たちが学んだ通常の4次元時空の座標系を使って表現されていた物理法則はすべてこの座標系を使って書き直される。この特殊な座標系は4次元時空で直交する空間軸と時間軸を45度回転させて得られるもので、1次元の「光錘時間軸」と3次元の「光錘空間軸」によって張られる時空間になる。これは私たちから見ると時間と空間が半分ずつ混ざり合った座標系になる。D次元の時空を考えるときは(D−1)次元の「光錘空間軸」を考えることになる。

また4次元以上の空間を考える場合、日常の3次元空間以外の次元は「余剰次元」として扱うことが説明される。この章で紹介されるのはそのうちいちばんシンプルな円筒形に丸まった1次元の余剰次元と「オービフォールド」と呼ばれるクリスマス・パーティーでかぶるとんがり帽子のような形に巻かれた形の空間だ。

そして量子力学で学ぶ「矩形井戸におけるポテンシャルの問題」はシュレーディンガー方程式を使って解くことができるわけだが、円筒形の余剰次元が存在すると、方程式がどのように変更され、余剰次元のサイズの変化がこの量子現象にどのような影響を与えるかが紹介される。

第3章:様々な次元における電磁気学と重力

これまでに学んだ物理法則は次元の数によらずに成り立つことが、電磁気学と重力の例をとって解説される。

電磁気学については2次元(平面)空間で成り立っていることが述べられているのが興味深かった。というのはこれまで僕は3次元以上の空間がないと電磁波は存在できないと思っていた。電場のベクトルと磁場のベクトル、電磁波の進行方向はそれぞれ直交する必要があると考えていたたからである。この章での解説によると2次元空間での磁場は「スカラー量」になるという。そして4次元以上の空間における電場に成り立つ「ガウスの法則」も紹介されている。

重力についてはその逆2乗則が短距離では破れている可能性が残っていることが紹介され、この前提で余剰次元のサイズや重力定数を各次元数で計算している。その結果、巻き取られた余剰次元のサイズがプランク長さ程度である必要はなく、光学顕微鏡で見えるほど大きい可能性が出てくることが解説される。これは弦理論で扱われる「弦」のサイズが同じようなオーダーのサイズであると予想される。余剰次元の次元数によっては「弦」の存在を実験で検証することができるかもしれないのだ。

第4章:非相対論的な弦

ここではじめて「弦」が導入される。この章で取り扱うのは古典力学的で非相対論的な弦だ。高校物理で学ぶ弦のイメージに近い。両端にディリクレ境界条件を課した固定端の弦とノイマン境界条件を課した自由端の弦を想定する。そしてこの弦の持つ物理的性質が明らかにされる。それは弦の長さ、張力、エネルギー、運動量、質量、横波の速度、振動数などだ。そして解析力学を使って弦のラグランジアンが求められ、最終的に「弦の運動方程式」が導出される。

第5章:相対論的な点粒子

この章は第6章に進む前の準備的な役割を果たしている。4次元時空内を運動する点粒子を相対論的、解析力学的に取り扱い、相対論的な作用や時空座標におけるパラメーター付け替えに伴う不変性、電荷の相対論的な運動方程式など、基礎的な事柄が解説されている。

第6章:相対論的な弦

この章から弦理論っぽくなってくる。とはいえここで扱っているのは第4章で紹介したのと同じ古典弦だ。しかし、この章では特殊相対論的な物理条件の制約が課され、さらにD次元時空に拡張されている。開弦と閉弦がD次元時空の中で運動することによって描かれる面(世界面)の固有面積を「作用」として利用する。(南部-後藤作用)これを出発点として第4章で求めたような弦の物理量をひとつづつ計算しなおす。その結果、自由端を持つ開弦の2つの端点はそれぞれ光速で振動しているという驚くべき結果が得られる。またこの章ではDブレーンやDpブレーンとそれに張り付く開弦の境界条件についての説明がされている。

第7章:弦のパラメーター付けと古典的な運動

弦が描く世界面上の位置はτとそれに直交するσという2つのパラメーターで指定されるが、弦によって運ばれるエネルギー密度によってσのパラメーター付けを完全に行うことができる。その結果として得られる弦の方程式の組は、波動方程式と2つの非線形な制約条件を含むものとなる。この章では開弦と閉弦について考察が行なわれる。開弦は漢数字の一のような形の弦で、閉弦は輪ゴムのように閉じた形の弦のことだ。

まず自由な端点を持つ開弦の運動を記述する一般解を求める。次に閉弦の自由な時間発展を調べ、弦の上に「尖点」が現れては消失するという性質が一般的に見られることが示される。そして最後に宇宙弦(宇宙紐)と、それによって生じる重力レンズ効果について解説されている。

第8章:世界面カレントと保存量

力学系において対称性と保存量は密接に関係している。この章では弦のラグランジアンにLorentz対称性を要請することで弦理論において弦が描く2次元の世界面にカレントが存在することを計算で示し、このカレントによって保存されるチャージが弦の自由な運動を特徴づける鍵となっていることを学ぶ。

第9章:相対論的な光錐弦

この章から光錘座標系をとったゲージを導入し、世界面に対するパラメーター付けの方法を適切な形で固定する。その結果、弦の座標に対するひと組の制約条件が導かれ、運動方程式として波動方程式が導かれる。光錘ゲージでの「X+座標」がτに比例するように設定することで、完全な運動方程式の解を得ることができる。光錘ゲージにおいて弦の力学は横方向の運動と、光錘ゼロモードに関する2つの値によって決まる。また「X−座標」の振動モードの2次の項の組み合わせとして「横方向のVirasoroモード」が得られ、任意の形の弦の質量を計算することができるようになる。

第10章:各種の光錐場とボゾン

この章では「弦」をいったん離れ、弦理論以前の通常の物理学で学んだスカラー場、Maxwell場、重力場の古典的な運動方程式を学ぶ。そして光錘ゲージを採用することでそれらの運動方程式に対する平面波解と、それらをそれぞれ特徴づける自由度の数を計算する。次にそのような古典場を量子化することでスカラー粒子、光子、重力子などの粒子状態が得られることが導かれる。またその計算を行なう中で、後の章で解説される相対論的な弦の量子状態とこれらのボゾンを同定するための準備が行われる。

この章で考察されるのはD次元の場である。Maxwell場によって導かれる1光子状態ではその偏向状態が(D−2)種類あることが示される。また重力場についても、その自由度は4次元時空において2個、5次元時空では5個、10次元時空では35個、26次元時空では299個であることが計算によって示される。

第11章:点粒子の光錐量子化

D次元時空における量子力学を光錘ゲージで記述するのがこの章で行なうことだ。弦を量子化するための準備として、この章では相対論的な点粒子の光錘ゲージによる量子化を学ぶ。そのためにはハイゼンベルグ演算子が古典的な運動方程式を満たすという要請において量子論を構築する。相対論的な点粒子の量子状態は、量子スカラー場の1粒子状態に対応することが示される。さらに、波動関数を与えるシュレーディンガー方程式が、古典的なスカラー場の方程式に一致することがわかる。最後に光錘ゲージのLorentz生成子を構築する。

第12章:相対論的な量子開弦

超弦理論は量子力学と重力理論を含むものであることは一般向けの本でも紹介されているが、どのような形で量子力学が含まれているのかを想像することは難しい。この章に至ってやっと弦理論が量子化されるのだ。

この章では相対論的な開弦を量子化する。交換関係を構築するために光錘ゲージを採用し、ハイゼンベルグ描像のハミルトニアンを定義する。その結果、無限個の生成・消滅演算子の組を見出すことになるが、それらはひとつの整数とひとつの横方向ベクトルの添字によって識別される。「X−方向」の振動子は横方向のVirasoro演算子の形で与えられる。量子論の定義において遭遇するさまざまな曖昧さは、理論にLorentz不変性を要請することによって解消される。時空次元の数は26に確定し、弦の質量の式は、そのスペクトルが質量のない光子状態を許容するように古典的な式から修正される。弦のスペクトルは超光速で運動するタキオン状態も含んでいるが、これを採用するとD25-ブレインが不安定であることが示される。

弦理論の次元数が26であることは「大栗先生の超弦理論入門」でも計算手順が示されているが、この教科書での導出手順のほうが難しかった。けれども次元の数という大域的な数値が弦の量子化というミクロの世界での制約によって導かれることが僕には不思議なことのように思えた。

量子力学によって素粒子の波動的描像と粒子的描像の両方が示される。弦理論で素粒子があらわされる理由は弦の量子的な波動(振動)が粒子的描像に同一視されることによるものだ。量子弦において粒子の無限個の生成・消滅演算子の組が見出されることは、この理論が無限種類の素粒子を記述できることを示している。

第13章:相対論的な量子閉弦

量子閉弦に関わる演算子の内容は、ゼロモードの位置と運動量が共有されるという点を除き、開弦の演算子の相互に可換な複製2組から成るものとしてとらえることができる。閉弦は光錘ゲージにおいても、パラメーター付け替え不変性の自由度が完全に固定されるわけではない。つまり閉弦には、始点を選ぶ自然な方法がない。その結果、閉弦の巡回的な回転の下で不変な状態だけが許容されることになる。この章では閉弦の無質量状態が重力子状態を含んでおり、弦理論が量子重力理論となり得ることが示される。また、無質量のKalb-Ramond状態とディラトン状態の存在も導かれる。ディラトン状態は弦の相互作用を制御するものと解釈される。

第14章:超弦理論入門

基礎編の最後の章でようやく超弦理論が紹介される。現実的な弦理論は、電子やクォークのようなフェルミオンに対応する粒子状態も含んでいる必要がある。超弦は、弦の位置を記述するための可換な座標変数X^μに加えて反可換な力学変数(グラスマン数)も備えている。開弦については、それを量子化することによってNeveu-Schwarz (NS)セクターと呼ばれるボゾン的な部分空間と、Ramond (R)セクターと呼ばれるフェルミオン的な状態を持つ部分空間から成る状態空間が与えられる。この理論は、ボゾン的な自由度とフェルミオン的な自由度が、任意の質量レベルにおいて同じであることを保証するような対称性、すなわち超対称性を備えている。さらにこの章ではIIA型とIIB型の閉弦理論を調べる、これには開いた超弦の状態空間を取捨選択して組み合わせることによって得られる理論だ。

そしてこの章では超弦理論が成り立つ時空の次元数が10であることが示されるほか、Neveu-Schwarz (NS)セクターと、Ramond (R)セクターについて、それぞれ弦の振動の状態数(=表現し得る粒子の種類数)がとても大きな数になることが、具体的な計算で示される。ただ基礎編ではカラビ-ヤウ空間が紹介されないので、10の500乗とも言われる超弦理論の持つ自由度が計算されるわけではない。

この章の最後では、IIA型、IIB型のほかにどのようにしてE8xE8ヘテロ型、SO(32)ヘテロ型、I型の超弦理論が導かれるか、それらの弦の結合を無限大に取った極限(T双対性やS双対性)からM理論と呼ばれる11次元時空の膜の理論が得られることが解説されている。しかし26次元の弦理論も含めてそれら6つの理論を統一する理論の中央部は、まだわかっていないのだ。


以上が基礎編のあらましである。「弦」という新しい要素を出発点に置き、これまで人類が発見してきた物理法則を制約条件として順番に適用することで、これまでとは少し違った物理世界の姿が少しずつ明らかになっていくのだ。このような形で新しい世界が再構築されていく姿を目の当たりにすると自分が世界の創造主になったような感覚にとらわれる。これが超弦理論を学ぶ醍醐味なのだ。

あと気が付いたことがひとつある。余剰次元のコンパクト化は第2章や第3章で例示されているが、基礎編全体を通してみるとコンパクト化されていない余剰次元として計算が行なわれている。つまり余剰次元がコンパクト化されていなくても理論は成り立っているわけで、コンパクト化を想定する根拠が希薄に思えることだ。コンパクト化されない場合「大きい余剰次元」が存在する根拠もなくなってwしまう。余剰次元のコンパクト化の根拠について注意しながら発展編を読んでみたい。


数式の導出は章が進むにつれて難しくなる。けれども、最終的に得られる結果は案外シンプルな数式になるので、途中で計算についていけなくなっても、数式から読み取れる物理的解釈は理解することができる。つまり、落ちこぼれを救うしくみが本書には内蔵されているのだ。各章末に設けられた「問題」も本書の理解を深める上で役に立つ。ただし解答は与えられてない。


翻訳の元となったのは2009年1月に刊行された次の本で、これが第2版である。

A First Course in String Theory: Barton Zwiebach



この第2版ではAdS/CFT対応、超弦理論 、orbifold、宇宙ひも、ひも理論のランドスケープ などを新しく網羅したという。

初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ
初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ

 


関連記事:

発売情報:初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8acd8a8c69f88d687ccd0290421c6d86

販売状況:日本語の超弦理論・M理論の教科書
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/61e4dd2232d54cf4a5f3da1aeb83975a


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初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ





初版への前書き
第2版への前書き

第1章:緒論
- 統一理論への道
- 物理学の統一理論としての弦理論
- 弦理論とその検証
- 展望と概観

第2章:特殊相対性理論・光錐座標系・余剰次元
- 単位系と理論のパラメーター
- 不変距離とLorentz変換
- 光錘座標
- 相対論的なエネルギーと運動量
- 光錘座標系のエネルギーと運動量
- 余剰次元とLorentz不変性
- コンパクト化した余剰次元
- オービフォールド
- 量子力学と矩形井戸
- 余剰次元を伴う句形井戸

第3章:様々な次元における電磁気学と重力
- 古典電磁力学
- 3次元時空の電磁気学
- 相対論的な電磁力学
- 高次元の球面
- 高次元における電場
- 重力とPlanck長さ
- 重力ポテンシャル
- 次元とPlanck長さ
- 重力定数とコンパクト化
- 大きな余剰次元

第4章:非相対論的な弦
- 横方向の振動に関する運動方程式
- 境界条件と初期条件
- 横方向振動の振動数
- より一般的な弦の振動
- ラグランジアン力学の復習
- 非相対論的な弦のラグランジアン

第5章:相対論的な点粒子
- 相対論的な点粒子の作用
- パラメーター付け替え不変性
- 運動方程式
- 電荷を持つ相対論的な粒子

第6章:相対論的な弦
- 空間内の面に関する面積汎関数
- 面積のパラメーター付け替え不変性
- 時空内の面に関する面積汎関数
- 南部-後藤作用
- 運動方程式、境界条件、D-ブレイン
- 静的ゲージ
- 弦の張力とエネルギー
- 横方向速度から見た作用
- 自由な開弦の端点の運動

第7章:弦のパラメーター付けと古典的な運動
- σのパラメーター付けの選択
- 弦の運動方程式の物理的な解釈
- 波動方程式と制約条件
- 開弦の一般的な運動
- 閉弦の運動と尖点
- 宇宙弦(宇宙紐)

第8章:世界面カレントと保存量
- 電荷の保存
- ラグランジアンの対称性とチャージの保存
- 世界面において保存するカレント
- 全運動量カレント
- Lorentz対称性とカレント
- 勾配パラメーターα’

第9章:相対論的な光錐弦
- τの選択の方法
- σのパラメーター付け
- パラメーター付けの制約条件と波動方程式
- 波動方程式とモード展開
- 運動方程式の光錘解

第10章:各種の光錐場とボゾン
- 序論
- スカラー場の作用
- スカラー場の古典的な平面波解
- スカラー場の量子化と粒子状態
- Maxwell場と光子状態
- 重力場と重力子状態

第11章:点粒子の光錐量子化
- 光錘粒子
- Heisenberg描像とSchodinger描像
- 量子力学的な点粒子とスカラー粒子
- 光錘運動量演算子
- 光錘Lorentz生成子

第12章:相対論的な量子開弦
- 光錘ハミルトニアンと交換子
- 振動子の交換関係
- 調和振動子群としての弦
- 横方向のVirasoro演算子
- Lorentz生成子
- 状態空間の構築
- 運動方程式
- タキオンとD-ブレイン崩壊

第13章:相対論的な量子閉弦
- モード展開と交換関係
- 閉弦のVirasoro演算子
- 閉弦の状態空間
- 弦の結合とディラトン
- R^1/Z_2オービフォールドにおける閉弦
- オービフォールドにおけるツイストしたセクター

第14章:超弦理論入門
- 序論
- 反可換な変数と演算子
- 世界面フェルミオン
- Neveu-Schwarzセクター
- Ramondセクター
- 状態の勘定
- 開いた超弦
- 閉じた超弦

初級講座弦理論 発展編:B.ツヴィーバッハ

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初級講座弦理論 発展編:B.ツヴィーバッハ

内容
MITの学部学生向けの講義から生まれた教育的な弦理論の教科書。

“発展編”では、“基礎編”で詳述した量子弦の基礎概念を背景に置いて、弦理論の多様な発展的側面を概観する。D‐ブレインと開弦を利用したYang‐Mills場の構築や、弦のKalb‐Ramondチャージ、T双対性の概念について説明し、D‐ブレインの電磁場を考察する。更に、弦理論を利用した素粒子モデルやブラックホールの統計力学、AdS/CFT対応などの応用的な話題を紹介する。共変な量子化についても簡単に言及し、最後の部分では弦のダイヤグラムを用いて弦の相互作用やループ振幅を論じる。“発展編”は超弦理論の入門書となっている。


日本語版の翻訳者略歴
樺沢宇紀
1990年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻前期課程修了。(株)日立製作所中央研究所研究員。1996年(株)日立製作所電子デバイス製造システム推進本部技師。1999年(株)日立製作所計測器グループ技師。2001年(株)日立ハイテクノロジーズ技師


理数系書籍のレビュー記事は本書で237冊目。

「発展編」は実に刺激的だった。まるで50年後の物理の教科書だ。でもこんな世界が本当にあるのだろうか?という感じである。

大栗先生の超弦理論入門」で取上げられていた「AdS/CFT対応」や「クォーク-グルーオンプラズマ」、「ブラックホールのエントロピー問題」、「超弦理論による素粒子の標準理論の再現」など専門的でホットな事柄が、このような入門書でわかるようになるのだろうか?もし本当にわかるのだとしたら素晴らしいではないか。定性的な理解にとどまるのか、それとも定量的に理解できるようになるのかについても気になるところ。そのような気持で読み始めた。

基礎編」では弦および弦が存在する26次元または10次元の時空の物理的性質がテーマで、この「発展編」ではそこからどのような物理現象が導き出されるかということが解説される。

章立ては次のとおり。(詳細目次はこの記事のいちばん下を参照。)

第15章:D‐ブレインとゲージ場
第16章:弦のチャージと電荷
第17章:閉弦のT双対性
第18章:開弦およびD‐ブレインのT双対性
第19章:電磁場を持つD‐ブレインとT双対性
第20章:Born‐Infeld理論とD‐ブレインの電磁場
第21章:弦理論と素粒子物理
第22章:弦の熱力学とブラックホール
第23章:強い相互作用とAdS/CFT対応
第24章:弦の共変な量子化
第25章:弦の基本的な相互作用とRiemann面
第26章:弦のダイヤグラムの構造とループ振幅

第24章の「弦の共変な量子化」は難しく、僕の理解度は6割程度、しかしその他の章はじゅうぶん理解でき、理解度は9割以上だったと思う。つまり読む価値はあった。

本書は標準的な場の量子論の教科書よりは読みやすい。「発展編」では難しい数式導出で「証明」が必要になる箇所は導出を省略し、文章による説明で済ませていることによる。厳密性には欠けるが「入門書」なのだから仕方がないことだ。


第15章:D‐ブレインとゲージ場

この章では空間を25次元とする弦理論として話が進む。D‐ブレインは「基礎編」でも紹介されたが、この章に登場するのはp次元のDp‐ブレインや、それに接続する開弦の物理現象だ。ブレインや弦は原子でできているわけではないので「物体」と呼んでよいのか疑問が残るが、ともかくpが1から25の値を取るp次元の物体がいきなり登場することに頭がクラクラしてくる。そんな世界って本当にあるのだろうか?とりあえず疑問を丸呑みして読む必要がある。D3‐ブレインは私たちの住む3次元世界のことだ。

まずD‐ブレインに接続している開弦の量子化を行う。次に2つの平行なDp‐ブレインを仮定するとそこには相互作用をするゲージ場(Maxwell場)が出現するのだ。さらにN個の重なり合ったDp‐ブレインは、質量のないU(N)ゲージ場を持つことが導かれる。また異なる次元数を持つ平行なD‐ブレインが考察される。

この章で取上げられる25次元空間はコンパクト化されていないこと、つまりユークリッド的な空間であることに注意しよう。

第16章:弦のチャージと電荷

この章で学ぶのは弦理論版、超弦理論版の電磁気学である。これによってD‐ブレインの物理がますます具体的になり真実性が帯びてくる。なんと弦が「チャージ(荷量)」を持つようになるのだ。このチャージは電荷を一般化したようなものでKalb-Ramon場に結合する弦が持っている。点粒子がMaxwell場に結合するときその粒子は電荷を持っているわけなので、同じ理屈を弦にも当てはめるわけだ。

電磁気学のMaxwellゲージ場はA_μという1次元のベクトル場であらわされるが、Kalb-Ramond場と弦の結合によって導かれる場はB_μνという2階の反対称テンソル場となる。大雑把な言い方をすれば私たちの世界の電磁場を一般化したような場が弦理論の25次元空間や超弦理論の9次元空間に存在しているのだ。

弦のチャージは弦に沿ったカレント(流れ)として可視化できる。弦は弦のチャージの保存を破ることなくD‐ブレインに端点を接続できる。弦の端点は電荷を持ち、そこからD‐ブレイン内に生じる電場線が弦のチャージを運ぶからである。

超弦理論におけるある種のD‐ブレインは、閉じた弦に起因するRamond-Ramond場に対するチャージを担う。チャージを持っていて、空間次元がコンパクト化の方向に限定されているようなブレインは、低次元の観測者にとって、Ramond-Ramond場から次元低減によって生じているMaxwell場に対して電荷を持つ点粒子のように見える。

第17章:閉弦のT双対性

空間次元が円に巻き取られると、閉弦には2種類の影響が及ぶ。閉弦の円に沿った方向の運動量は量子化され、また閉弦が円を周回するように巻き付いた新た状態も現れる。運動量と巻き付き状態の、円の半径の関数としての相補的な挙動により驚くべき対称性(T対称性)が生じる。閉弦の理論において、円の半径がRのときの物理は、円の半径がα’/Rのときの物理と区別がつかなくなるのだ。この等価性は、すべての交換関係を考慮した2つの理論の間の演算子写像を示すことによって証明される。

第18章:開弦およびD‐ブレインのT双対性

T双対性はDp‐ブレインのひとつの空間座標が円に巻き取られている世界を、それと双対な半径を持つ円の上の決まった位置にD(p-1)‐ブレインがあるような、見た目は異なるけれども等価な世界へと関係づける。第1の世界では、開弦は円に沿った運動量を持つことができるが、そのまわりを巻くことはできない。第2の世界では、開弦は双対な円に沿った運動量を持てないが、その円に巻き付くことができる。そしてMaxwellゲージ変換を利用して、円の上において、ゲージ場の線積分



の値が周期的に同定されることが示される。Dp‐ブレインの、円に巻き付いている方向に沿ったゲージ場のホロノミーは、T双対性によって、双対な円の上のD(p-1)‐ブレインの角度位置に関係づけられることになる。

第17章と第18章で弦理論や超弦理論が持つT双対性という事実によって次元の異なる2つの世界で対応付けがされる互いに等価な物理法則が存在することが説明される。第18章では量子力学で導かれる「アハラノフ-ボーム効果」の存在も示されている。ただしこれら2つの章では弦理論を使って解説されていること、余剰次元は1つの次元だけで円筒形に巻かれるコンパクト化を使った解説が行なわれている。

第19章:電磁場を持つD‐ブレインとT双対性

この章ではD‐ブレインがその世界領域(多次元化された世界面)において電場や磁場を持つ状況について学ぶ。開弦の端点はこれらの電磁場に結合する。T双対性を利用して、電場を持つD‐ブレインが電場を持たずに移動しているD‐ブレインと物理的に等価であることが示される。D‐ブレインが光速より速く移動できないという制約は、電場の強度がある最大値を超えないことを意味している。また、磁場を持つDp‐ブレインがT双対性により、磁場を持たずに傾いているD(p-1)‐ブレインと等価であることも;示される。それはDp‐ブレインにおける磁場が、溶解したD(p-2)‐ブレインの分布によって生成されるものととらえてもよい。

第20章:Born‐Infeld理論とD‐ブレインの電磁場

この章では線形なMaxwell理論を修正したBorn-Infeld理論という非線形電磁力学が導入される。この理論は電場の大きさに最大値があるという制約が組み込まれていて、点電化が持つ静電的な自己エネルギーが有限になる。(つまり繰り込み理論が不要。)そしてT双対性を利用して、D‐ブレインの世界領域における電磁場がBorn-Infeld理論に支配される理由が説明され、この理論における電磁場のハミルトニアンやラグランジアンが計算される。つまりD‐ブレインの存在によって導かれるのは非線形電磁気学なのだ。

第21章:弦理論と素粒子物理

この章ではIIA型の超弦理論を前提とし、2つのD6‐ブレインを交差させた配置を設定することにより、素粒子物理に対するひとつの弦モデルが定義される。ブレインの交差部分における開弦状態から、カイラルフォルミオンが自然に与えられるが、これは素粒子の標準模型において鍵となる構成要素である。しかしこの段階では標準理論には含まれない粒子が3つでてきてしまう。さらにオリエンティフォールド平面(ブレイン)という鏡像ブレインを導入することによって3つの余分な粒子は出てこなくなりゲージボゾンとカイラルフォルミオンのスペクトルが無質量な形で出ることで、標準理論は非可換ゲージ対称性や物質粒子が3世代あることも含めて完全に再現されることになる。

コンパクト化のモデュライは調整可能なパラメーターであり、ここから不都合な無質量スカラー場が生じてしまうが、これを安定化させてスカラー場に質量を与える必要がある。磁束コンパクト化によってモデュライの安定化が達成され、弦の真空モデルに関する広大な景観(ランドスケープ)が得られる。真空エネルギーが、現在観測されている値に整合するような真空の存在は、統計力学的に見てもっともらしいものになる。

この章で用いられるのはIIA型の超弦理論で、余剰次元はコンパクト化された6次元トーラスT6である。6次元トーラスは3つの2次元トーラスT2の積として書くことができ、解説は交差する2次元トーラスを使って行なわれている。

またこの章の「素粒子物理の弦理論モデルの概観」という節では、5つの超弦理論のモデルとM理論、そしてE8xE8ヘテロ型の超弦理論モデルで予想されるCalabi-Yau空間というコンパクト化された余剰次元空間について概説し、この章で前提とした6次元トーラス(6次元ドーナツの表面)による交差ブレインモデルだけが標準理論を構築するためのモデルではないことに言及している。

標準理論を再現できることはよくわかったが、6次元トーラスと鏡像ブレインを採用するのはどうも人為的だという感が否めないと僕には思えた。けれども超弦理論の空間次元数は9で、私たちの空間次元数の3を引くと余剰次元は6になる。6次元の対称的なトポロジーによって標準理論が導かれることは人為的だと言い切ってしまうのも言い過ぎのような気がするのだ。

第22章:弦の熱力学とブラックホール

この章はブラックホールの熱力学、つまりホーキング放射やエントロピー問題の解明につながる解説がされている。

弦の熱力学は、弦の取り得る量子状態の数がエネルギーに対して指数関数的に増大するという性質に支配される。そのような増加率を、大きな整数の分割パターンの数をかぞえることによって推定する。エントロピーの挙動から、高エネルギーにおいて温度が有限の定数、すなわちHagedorn温度に近づくことが導かれる。(ブラックホールの温度はある一定以上の温度には上昇しない。)それらがボゾン的な開弦について有限温度における単一弦の分配関数を計算する。そして弦の状態数をいかにしてブラックホールのエントロピーの統計力学的な導出に利用できるかが説明される。弦モデルによる計算結果はSchwarzschildブラックホールのエントロピーと定性的に一致し、ある種の荷電ブラックホールのエントロピーと定量的に一致することが示される。

統計力学をきちんと学んだ人にとっては読みやすい章だ。この章でブラックホールのエントロピーがブラックホールの体積ではなく面積に比例していることが示唆される。ただし本書では厳密な証明が与えられているのではないこともわかった。またホーキングパラドックスがこの章で解決されているわけではない。「NHKスペシャル「神の数式」第2回:宇宙はどこから来たのか」ではブラックホール中心でCalabi-Yau空間の中を運動するD‐ブレインによって熱が発生することがCG化されていたが、この章ではCalabi-Yau空間もD‐ブレインも出てこない。

第23章:強い相互作用とAdS/CFT対応

この章で解説されるのは量子色力学(QCD)を成り立たせる強い相互作用(強い核力)と5次元の双極型時空である反de Sitter時空の中で成り立つ重力理論に物理的な等価性があるという驚くべき事実が解説される。これは「AdS/CFT対応」と呼ばれている。この理論によって「クォーク-グルーオンプラズマ」の性質が説明され、この現象は超弦理論の正当性を示す1つの証拠とされている。

弦理論は強い相互作用に対する多くの洞察をもたらす。回転する開弦の量子状態は、強粒子励起の鍵となる性質を備えている。伸びている弦のエネルギーは、話されたクォーク-反クォーク対のポテンシャルエネルギーの挙動とよく整合する。さらに驚くべきことに、ある種のゲージ理論に対して物理的に等価な閉弦の理論が見出される。その閉弦はゲージ理論が存在する空間を境界として持つような、次元がひとつ高い空間の中を伝播する。この等価性の主要な例はAdS/CFT対応であるが、これは4次元時空(すなわち私たちの住む時空)における超対称SU(N)ゲージ理論が、5次元の反de Sitter時空AdS_5を含む時空におけるIIB型の超弦理論によって完全に等価になっていることを示している。この対応関係をじゅうぶんに理解するための背景として、反de Sitter時空と、これに関連する双極型空間の幾何を詳しく調べる。この対応を利用することにより、最近発見されたクォーク-グルーオンプラズマの性質を、反de Sitter時空におけるブラックホールの性質と関係づけて説明することが可能になる。

第24章:弦の共変な量子化

弦理論のLorentz共変な量子化においては、すべての弦座標X~μ(τ,σ)が同等に扱われる。物理的な状態を選ぶためにVirasoro演算子の部分集合によって設定される制約を適用する。得られるじょうたいは自動的に時間のラベルを備えるので、ハミルトニアンは時間発展を生成しない。最後にPolyakov作用を記述し、それが古典的には南部-後藤作用と等価であることが示されている。

これまでの章では光錘座標と光錘ゲージを利用して弦の量子化を行なってきた。しかしこれではLorentz対称性を明白な形にすることができない。この章で解説される「Lorentz共変な量子化」によってはじめてこれが明白になるのだ。通常の量子力学では粒子の位置は演算子となる一方、時間はパラメーターのまま残る。しかしLorentz共変な量子化においては時間x0も粒子の位置と同等に扱われ、演算子となるのだ。これを出発点として、これまで解説されてきた弦の物理に対してどのような制限を課し、修正されるべきかがこの章で解説される。

第25章:弦の基本的な相互作用とRiemann面

素粒子物理学や場の量子論では、粒子どうしがどのように相互作用されるかについて調べるのだが、弦どうしはどのように相互作用し、それが私たちにとって粒子の相互作用として認識されるのだろうか?これがこの章のテーマである。

相互作用に関与するそれぞれの開弦の世界面はRiemann面と見なされ、相互作用仮定は、それらのRiemann面のモデュライ空間を構築するように見なされる。相互作用をする光錘世界面に対する正準表現を与えるために、共形写像が利用される。開弦タキオンの相互作用に関する有名なVeneziano振幅が紹介される。

弦理論の前史は1970年頃、CERNの理論家G・ベネツィアーノや鈴木真彦の発見から始まった。200年前のオイラーによるベータ関数と呼ばれる関数:B(u,v)≡Γ(u)Γ(v)/Γ(u+v)を導入すれば、Venezianoによる散乱振幅をA(s,t)=B(−α(s),−α(t))と表わされることを偶然発見したのが弦理論誕生の瞬間だったのだ。

この章の解説で利用されるのは複素解析で紹介される「Riemann面」の「共形写像(等角写像)」だ。これについては「ヴィジュアル複素解析:T.ニーダム」で詳しく解説されているので、この章をお読みになる前に読んでおくとよいだろう。Riemann面は複素平面なので物理的に実在するものではない。この章ではあくまで問題を解く道具としてRiemann面の共形写像を利用しているわけである。

第26章:弦のダイヤグラムの構造とループ振幅

この章では重力の紫外発散、つまり重力が無限大になる問題を弦理論でどのように解決されているかが論じられている。解決というより、そもそも弦理論にはこの問題が存在しないのだ。

散乱振幅を高い精度で計算するためには、仮想的な過程を表すループを含むダイヤグラムからの寄与を計算に含めなければならない。Einsteinの重力理論において、そのようなダイヤグラムは紫外発散を引き起こしてしまい、短距離の現象が手に負えない問題になる。弦理論は重力を含んでいるが、こおような紫外発散は存在しない。短距離の過程に対する候補となるようなRiemann面は、それが明らかに安全な長距離現象の記述であると見る解釈をも同時に許容するものになっている。この驚くべき性質を仮想開弦の過程に関するアニュラス(円環面)の場合と、仮想閉弦の過程に関係するトーラス(輪環面)の場合について解説している。

この章で取り上げられているのはファインマン・ダイヤグラムである。トポロジカルな意味で、この章は特に興味深かった。とはいえ進むにつれて難しくなっているので、より発展的な教科書で学ぶ必要があるように思えた。

以上が章ごとの解説である。


全体的な感想:

「発展編」は各章で解説されている個別の事柄についてはよく理解できたのだ。「AdS/CFT対応」や「クォーク-グルーオンプラズマ」、超弦理論による素粒子の標準理論の再現」などについての理解も本書の解説で納得できる。「ブラックホールのエントロピー問題」についても基礎的なところまでは知ることができた。

けれども全体としては特に次の3つの点が疑問として残った。

1)全体像が見えない

26次元時空の弦理論があり、10次元時空の超弦理論は5種類あること、そして5つの超弦理論は11次元時空のM理論を構成していること、それとは別にp次元のDp‐ブレインがあることがわかるのだが、全体としてどうなっているのかが見えてこない。今の段階ではまさに「群盲象を評す。」という状況であることがよくわかった。超弦理論は巨大な象であり、全体像(象?)はまだわかっていない。

2)どのようなコンパクト化を採用するのか?

上の解説でおわかりのように、章によって採用される余剰次元のコンパクト化の手法が異なっている。(コンパクト化がされないケースもある。)それは弦理論を採用するか、5つの超弦理論のうちどれを採用するかという違いに起因することもあるのだろうが、本来余剰次元のコンパクト化の仕方は1つであるはずだ。いったいどれが本当なのだろうか?そのような疑問がどうしても残ってしまう。

3)コンパクト化される余剰次元はどのように決まるのかがわからない?

もともとすべての次元がコンパクト化されていたと想定されているので、この質問は逆なのかもしれないが、現在弦理論や超弦理論の余剰次元の22次元、6次元のうち一部(たとえば1つまたは2つ)だけがコンパクト化されているのならば、なぜ一部の次元だけがコンパクト化されているのかが不明。

この他にも疑問は残っているし、より高度な内容は本書では説明されていないこともわかった。今だに高次元の空間やDp‐ブレインの存在を信じ切ることができないでいるが、超弦理論の入門書としてはとても示唆に富んだよい教科書なので、自分には無理と決めつけないでぜひお読みになっていただきたい。


翻訳の元となったのは2009年1月に刊行された次の本で、これが第2版でKindle版も出ている。

A First Course in String Theory: Barton Zwiebach



この第2版ではAdS/CFT対応、超弦理論 、orbifold、宇宙ひも、ひも理論のランドスケープ などを新しく網羅したという。

初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ
初級講座弦理論 発展編:B.ツヴィーバッハ

 


関連記事:

発売情報:初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8acd8a8c69f88d687ccd0290421c6d86

初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6da996449afaf50f8cf0f4f84881da0e

販売状況:日本語の超弦理論・M理論の教科書
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/61e4dd2232d54cf4a5f3da1aeb83975a


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初級講座弦理論 発展編:B.ツヴィーバッハ



第15章:D‐ブレインとゲージ場
- Dp‐ブレインと境界条件
- Dp‐ブレインに接続している開弦の量子化
- 平行なDp‐ブレインの間の開弦
- 平行なDp‐ブレインとDq‐ブレインの間の弦

第16章:弦のチャージと電荷
- 基本的な弦のチャージ
- 弦のチャージの可視化
- D‐ブレインに接続する端点を持つ弦
- D‐ブレインのチャージ

第17章:閉弦のT双対性
- 双対対称性とハミルトニアン
- 閉弦の巻き付き
- 左進波と右進波
- 量子化と交換関係
- 状態の制約条件と質量公式
- コンパクト化(次元低減)と閉弦の状態空間
- スペクトルの驚くべき一致
- 全量子対称性としてのT双対性

第18章:開弦およびD‐ブレインのT双対性
- 開弦のT双対性
- U(1)ゲージ変換
- 円におけるWilsonライン
- D‐ブレインと開弦とWilsonライン

第19章:電磁場を持つD‐ブレインとT双対性
- 開弦に結合するMaxwell場
- 電場を持つD‐ブレイン
- 磁場を持つD‐ブレイン

第20章:Born‐Infeld理論とD‐ブレインの電磁場
- 非線形電磁力学の枠組み
- Born-Infeld理論
- Born-Infeld理論とT双対性

第21章:弦理論と素粒子物理
- 交差する2つのD6‐ブレイン
- D‐ブレインと標準模型のゲージ群
- 開弦と標準模型のフォルミオン
- 交差するD‐ブレインと標準模型
- 素粒子物理の弦理論モデルの概観
- モデュライの安定化と真空モデルのランドスケープ

第22章:弦の熱力学とブラックホール
- 統計力学の復習
- 分割の数と量子バイオリン弦
- Hagedorn温度
- 相対論的な粒子の分配関数
- 単一の弦の分配関数
- ブラックホールのエントロピー
- ブラックホールの状態の勘定

第23章:強い相互作用とAdS/CFT対応
- 序論
- 中間子と量子回転弦
- 伸びた有効弦のエネルギー
- ゲージ理論のNが大きい極限
- 質量を持つ源の重力効果
- AdS/CFT対応への動機付け
- AdS/CFT対応におけるパラメーターの関係
- 双極型空間と共形境界
- AdSの幾何とホログラフィー
- 有限温度におけるAdS/CFT対応
- クォーク・グルーオン・プラズマ

第24章:弦の共変な量子化
- 序論
- 開弦のVirasoro演算子
- 量子力学的な状態への制約(補助条件)
- Lorentz共変な状態空間
- 閉弦のVirasoro演算子
- Polyakov弦作用

第25章:弦の基本的な相互作用とRiemann面
- 序論
- 相互作用と観測量
- 弦の相互作用と大域的な世界面
- Riemann面としての世界面
- Schwarz-Christoffel写像と3本の弦の相互作用
- Riemann面のモデュライ空間
- 4本の弦の相互作用
- Veneziano振幅

第26章:弦のダイヤグラムの構造とループ振幅
- ループダイヤグラムと紫外発散
- 円環面(アニュラス)と1ループ開弦
- 円環面(アニュラス)と静電容量
- 非平面の開弦ダイヤグラム
- 4個の閉弦の相互作用
- 輪環面(トーラス)のモデュライ空間

参考文献について
- 文献リスト

ミドリ色の屋根 - ルネ (1974)

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懐かしい動画を見つけたので紹介しておこう。

1974年、第3回東京音楽祭において「ミドリ色の屋根」でグランプリ、フランク・シナトラ賞を受賞したカナダ人のルネ・シマールという少年のことだ。
当時ルネは13歳。1961年生まれだから現在は52歳になっており、今も歌手として活動を続けている。

ウィキペディアの記事(英語):検索してみる
ネット上のルネの画像:検索してみる
YouTubeにあるルネの動画:検索してみる

あどけない少年が大きなステージの真ん中でこの切ない歌を熱唱する姿は聴衆を圧倒した。ルックスは良いし、歌唱力も抜群だったから東京音楽祭の番組をきっかけにものすごい人気となった。消臭力のミゲル君など足元にも及ばない。放送翌日だけでレコードの売り上げは3万枚に達したという。

当時の僕は声変わりする前でこの歌を何度も歌っていたことを覚えている。

まず、聞いてもらいたい。

フランス語の原曲はこちら。Rene Simard - Non...Ne pleure pas (1974)



日本でヒットしたのはこちらの曲。ミドリ色の屋根 - ルネ (1974)







ためしに訳してみた。

ルネ・シマール - だめ...泣かないで (1974)
(歌詞の訳:とね)

ママは窓をじっと見てる
朝からずっと目に涙をためて
また会えるという望みをもちながら
パパは結局
何も言わずに出て行ってしまったのに
ママと僕を置いて
外は木々の葉が黄色になりかけている
幸せだった日々は秋のこと

(繰り返し)
だめ、泣かないで 僕はそばにいるよ
だめ、泣かないで 僕が愛しているから
お日さまや青い空、春になっても
行かないでという声がずっと聞こえる
ママと僕はずっとここに
この家にいようよ

(間奏)
風がドアをたたく音が聞こえる
暖炉の薪が
なぐさめているように歌ってくれている
ママが忘れられるように

(繰り返し)
いつまでもこの家にいようよ
僕はママのそばにずっといるから


ELSAの「T'en Vas Pas」もそうなのだけど、この曲も家族を捨てて出て行ってしまうパパの話なのだ。

ELSA - T'en va pas
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e0f3492d19631d74ebcc7820b9f5d47f


関連ページ:

ファンの方のブログや掲示板があり、今でも活発に投稿されていることには驚かされた。

ミドリ色の屋根は永遠に〜Rene Simardに首ったけ〜
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/

ルネ・シマールの掲示板
http://8123.teacup.com/renee/bbs


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発売情報: 新天文学:ヨハネス・ケプラー

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新天文学:ヨハネス・ケプラー

内容紹介
惑星運動は古代ギリシア以来考えられていた円ではなく、楕円を描いていた! ティコ・ブラーエより膨大な火星の観測データの解析を託されたケプラーは、試行錯誤のはてに、コペルニクスはもとよりガリレオも前提としていた円を脱却し、 楕円軌道の発見にいたる。近代天文学への扉を開いたケプラーの第1法則、第2法則発見プロセスの全容。ラテン語原典より本邦初の全訳。

著者について
Johannes Kepler 1571.12.27〜1630.11.17
1571年、ドイツのヴァイル・デァ・シュタット生まれ。テュービンゲン大学で学んだ後、グラーツの神学校で数学・天文学を教える。処女作『宇宙の神秘』(1596)に示された数学的才能を評価したティコ・ブラーエに招かれ、プラハで共同研究した成果を本書『新天文学』(1609)に発表。いわゆるケプラーの3法則のうちの楕円軌道の法則(第1法則)、面積速度一定の法則(第2法則)を確立。さらに『宇宙の調和』(1619)で第3法則(惑星の公転周期の2乗と太陽からの平均距離の3乗が比例する)を提示し、近代科学の基礎を築く。またガリレオが発見した木星の「衛星(satelles)」の命名者、星形多面体の発見者、最密充填問題の予想者としても科学史に名を残している。1630年、レーゲンスブルクにて客死。


ケプラー3部作の邦訳がついに完結した。

特に重要なこの2冊目、「新天文学」の日本語版は先月発売されたばかり。これも岸本良彦先生がラテン語から翻訳された本だ。

ヨハネス・ケプラーの業績はネット上に詳しく解説しているページがいくつもあるので、あえて僕が説明するまでもないだろう。彼が発見した惑星の運動の3法則は惑星の運動の幾何学であり、50年後にアイザック・ニュートンによって数学的に証明され力学の法則、万有引力の法則が導かれた。そしてニュートンの研究成果を集大成した著書「プリンキピア(自然哲学の数学的原理)」は近代自然科学の出発点としてあまりにも有名である。

ケプラーの法則: 解説ページ
第1法則(楕円軌道の法則):惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。
第2法則(面積速度一定の法則):惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は、一定である(面積速度一定)。
第3法則(調和の法則):惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する。

この歴史的名著が3冊とも翻訳されたことは、学術的な意味においても極めて意義が大きい。

ケプラーは多数の著作物を残したが、ケプラーの法則につながる代表的なものはこの3冊だ。(出版された年代は江戸時代が始まった頃。)

宇宙の神秘 新装版:ヨハネス・ケプラー著、大槻真一郎+岸本良彦訳」(初版は1596年、25歳のとき出版。第2版は1621年、50歳のとき出版。)日本語版は縦書き本。(レビュー記事
新天文学:ヨハネス・ケプラー著、岸本良彦訳」(1609年、38歳のとき出版):ケプラーの第1、第2法則を発表した本。
宇宙の調和:ヨハネス・ケプラーヨハネス・ケプラー著、岸本良彦訳」(1619年、48歳のとき出版):ケプラーの第3法則を発表した本。日本語版は横書き本。

  


なお「新天文学(1609年初版)」のラテン語原典はこのページで閲覧できる。(その他の貴重書籍はこちら。)
http://www.kyoto-su.ac.jp/lib/kichosyo/kepler/index.html



関連記事、関連サイト:

宇宙の神秘 新装版:ヨハネス・ケプラー
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f6a05c374c0716ad409f1ee2c0cef0f1

松岡正剛氏も本書についてお書きになっているので、あわせてお読みいただきたい。

ヨハネス・ケプラー『宇宙の神秘』(松岡正剛の千夜千冊)
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0377.html

Johannes Kepler info(ケプラーについての総合情報サイト)
http://www.johanneskepler.info/

ケプラーの多面体宇宙モデル(天文古玩)
http://mononoke.asablo.jp/blog/2011/07/08/5947547

日本語版「プリンキピア」が背負った不幸
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bff5ce90fca6b8b13d263d0ce6fc134e


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新天文学:ヨハネス・ケプラー


第1部 仮説の比較について
◎ 第1章 第1の運動と惑星に固有の第2の運動の相違
◎ 第2章 離心円と周転円付同心円の単純な最初の等値とその自然学的理由
◎ 第3章 相異なる観点や量的に異なる仮説が理論上等値となり一致して同一の惑 星行路を形成する
◎ 第4章 同心円上の2重周転円ないしは離心周転円と離心円におけるエカントの 間に認められる不完全な等値に
◎ 第5章 エカントもしくは第2周転円を用いたこの軌道の配列も実際には同一(な いしほぼ同一)でも惑星を平均太陽もしくは視太陽との衝で観測するのに応じて同一の時点でどの程度まで異なる外観を呈しうるか
◎第6章 惑星の第2の不整を論証するプトレマイオス、コペルニクス、およびブラーエ説の理論上の等値 また3説を太陽の視運動と平均運動に適用したときの相違
第2部 古人の説にならった火星の第1の不整について
◎ 第7章 どんなきっかけで火星論に出会ったか
◎ 第8章 ティコ・ブラーエが観測し算出した火星と太陽の平均運動の線との衝の 表およびその表の検討
◎ 第9章 火星の黄道上の位置をその円軌道に還元する
◎ 第10章 ティコ・ブラーエが太陽の平均位置と衝になる時点を求めたさいの拠 り所である観測結果そのものの考察
◎ 第11章 火星の日周視差
◎ 第12章 火星の交点の探求
◎ 第13章 黄道面と火星軌道面の傾斜の探求
◎ 第14章 離心円の面がぶれずに平衡を保つ
◎ 第15章 夜の始めと終わりに見えた位置を太陽の視運動の線に還元する
◎ 第16章 第1の不整をうまく説明するための仮説を探求する方法
◎ 第17章 遠地点と交点の動きの一応の探求
◎ 第18章 発見された仮説による初更の12の位置の検証
◎ 第19章 大家たちの見解に従い初更の全位置により確証されたこの仮説に対す る初更の緯度による論駁
◎ 第20章 初更の位置以外での観測結果による同仮説の論駁
◎第21章 誤った仮説から正しさの生じる理由とその正しさの程度
第3部 第2の不整すなわち太陽もしくは地球の運動の研究 あるいは運動の物理的原因に関する多彩にして深淵な天文学の鍵
◎ 第22章 周転円ないし年周軌道は運動を均一化する点(エカント)の周囲に均一 に位置しない
◎ 第23章 地球から太陽までの2つの距離と獣帯上の位置および太陽の遠地点を 知って太陽(ないしはコペルニクス説の地球)の行路の離心値を求める
◎ 第24章 周転円もしくは年周軌道がエカントの点から離心していることのより 明白な証拠
◎ 第25章 宇宙の中心から太陽までの3つの距離から獣帯上の位置を知り遠地点 と太陽もしくは地球の離心値を求める
◎ 第26章 周転円が固定点つまり軸から、年周軌道(太陽を回る地球の軌道ないしは地球を回る太陽の軌道)も太陽ないし地球の本体の中心から、ティコ・ブラーエが太陽の運動の均差によって発見した値の少なくとも半分は離心していることの、同じ観測結果による証明
◎ 第27章 初更の位置ではないが同じ離心位置にある火星の別の4つの観測結果 から、地球軌道の離心値、遠日点、獣帯上の火星の離心位置と合わせて地球の各位置での軌道相互の比を論証する
◎ 第28章 獣帯上の太陽の位置だけでなく離心値1800から地球と太陽の距離も 想定し、同じ離心位置に来る火星をかなり多く観測することによって、太陽から火星までの距離と離心位置とがあらゆる所で一致するかどうか見る この議論により、太陽の離心値がちょうど1800であり、想定の正しかったことが確認される
◎ 第29章 離心値を知り太陽と地球の距離を定める方法
◎ 第30章 太陽の地球からの距離の一覧表およびその用法
◎ 第31章 太陽の離心値を2等分してもティコの提示した太陽の均差は感知でき るような混乱をきたさないこと、および4つの均差算出法
◎ 第32章 惑星を円運動させる力は源泉から離れるにつれて減衰する
◎ 第33章 惑星を動かす力は太陽本体にある
◎ 第34章 太陽の本体は一種の磁石であり、自らの占める空間で自転する
◎ 第35章 太陽に由来する運動も光のように遮蔽によって惑星に届かないことが あるか
◎ 第36章 太陽から発する運動を司る力は宇宙の広大さによってどの程度弱めら れるか
◎ 第37章 月を動かす力はどのようにして得られたか
◎ 第38章 惑星には運動を司る太陽の共通な力のほかに本来の固有な力が具わっ ている また個々の惑星の運動は2つの原因から成る
◎ 第39章 惑星に内在する力が、エーテルの大気中の惑星軌道を一般にそう信じ られているような円にするには、どういう経路と手段で運動を起こすべきか
◎第40章 物理学的仮説から均差を算出する不完全な方法 ただしこの方法は太陽もしくは地球の理論には十分である
第4部 物理的原因と独自の見解による第1の不整の真の尺度の探求
◎ 第41章 すでに用いた太陽と衝になる位置以外での観測結果から長軸端、離心 値、軌道相互の比を調べる試み ただし誤った条件を伴っている
◎ 第42章 火星が遠日点の近くに来るときの初更の位置以外での若干の観測結果 と近日点の近くに来るときの別の若干の観測結果とにより最も確実な遠日点の位置、平均運動の訂正、真の離心値、軌道相互の比を求める
◎ 第43章 惑星軌道が真円になると想定したときに離心値の2等分と三角形の面 積から立てられる均差の欠陥
◎ 第44章 第1の不整を切り離して無視し、ブラーエとプトレマイオス両大家の 説で第2の不整に由来するその螺旋の連鎖も理論的に除外しても、エーテルの大気中を通る惑星の道は円ではない
◎ 第45章 惑星が円からこういう形で外れる自然な原因について 最初の説の検 討
◎ 第46章 第45章の説によれば惑星の動きを表す線はどのようにして描けるか またその線はどのようなものになるか
◎ 第47章 第45章で得られ第46章で描こうとした卵形面の求積法試論 および それによって均差を出す方法
◎ 第48章 第46章で描いた卵形円周の数値による測定と分割を介した離心円の 均差の算出法
◎ 第49章 先の均差算出法の検証と第45章の見解による卵形軌道の構成原理に もとづくさらに整備された方法
◎ 第50章 離心円の均差を立てるために試みた他の6つの方法
◎ 第51章 各半円上で遠日点からの離隔が等しいときの火星と太陽の距離を調べ て対比する 同時に代用仮説の信頼性も調べる
◎ 第52章 惑星の離心円は太陽の周転円の中心あるいは太陽の平均位置の点では なく太陽の本体そのものの周囲に配置される また……
◎ 第53章 初更の位置の前後の連続的な観測結果によって火星と太陽の距離を調 べる別の方法 ……
◎ 第54章 軌道相互の比のいっそう精密な検証
◎ 第55章 第51、53章の観測結果と第54章の軌道相互の比から第45章で性急 に取りあげた仮説が誤りであること および……
◎ 第56章 以前に掲げた観測結果から火星の太陽からの距離はいわば周転円の直 径によって測り取るべきことを証明する
◎ 第57章 どういう自然の原理によって惑星はいわば周転円の直径上で秤動する ようになるのか
◎ 第58章 第56章で証明し発見した秤動も不適切に使用するとどのようにして 誤りが入り込み、惑星軌道が豊頬形(buccosus)になるか
◎ 第59章 周転円の直径上で秤動する火星の軌道が完全な楕円になること およ び円の面積が楕円周上にある点の距離の総和を測る尺度になることの証明
◎第60章 物理学的仮説つまり最も真正な仮説から均差の各部分と真正な距離を立てる方法 これまで代用仮説ではこの両者を同時に行えなかった ……
第5部 緯度について
◎ 第61章 交点の位置の検証
◎ 第62章 軌道面の傾斜の検証
◎ 第63章 緯度についての物理学的仮説
◎ 第64章 緯度による火星の視差の検証
◎ 第65章 太陽と合および衝となるときのそれぞれの側における最大緯度の探求
◎ 第66章 脇への最大のずれは必ずしも太陽と衝になるときに起こるわけでない
◎ 第67章 交点の位置と火星軌道面の黄道面に対する傾斜から、火星の離心値の 起点が平均太陽の位置を示す点(あるいはブラーエ説における太陽の周転円の中心)ではなく……
◎ 第68章 火星軌道面と黄道面の傾斜角は現在もプトレマイオスの時代も同一な のか および……
◎ 第69章 プトレマイオスの3つの観測結果の考察 および……
◎第70章 プトレマイオス時代の緯度と軌道相互の比とを調べるための、プトレマイオスが用いたる……

幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン

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幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン

内容紹介
相対性理論の着想の源泉となった、1854年に行われたリーマンの記念碑的講演。ヘルマン・ワイルの格調高い序文・解説で読み解くリーマン幾何学の構想。ミンコフスキーの論文「空間と時間」を収録。

著者略歴
ベルンハルト・リーマン
1826‐1866年。解析学、幾何学、数論などの分野で先駆的な業績を上げ、20世紀の数学に多大な影響を与えた数学者。ゲッティンゲン大学でガウスのもと、複素解析の基礎づけと多様体概念を導入したリーマン幾何学を確立。数論では「リーマン予想」が未解決問題としてよく知られている。

翻訳者略歴
菅原正巳
1917‐2011年。東京帝国大学理学部卒業。名古屋帝国大学助教授、統計数理研究所所員、国立防災科学技術センター所長などを歴任。水文学において、河川流量の時系列を予測するための「タンクモデル」の提唱者。


理数系書籍のレビュー記事は本書で238冊目。

空間が曲がることについて考察を深めてみたい方のために今日は貴重な本を紹介しよう。なんと1854年に行われたリーマンの記念講演が「ちくま学芸文庫」で読めるようになったのだ。


中学生の頃、学習図鑑で「曲がった空間」についての解説を読んだことがある。曲がった空間の代表例として地球の表面のような球面が説明に使われていた。それは非ユークリッド幾何学というもので、「2本の平行線は交わらない。」という直観的常識を否定した立場で展開する新しい幾何学なのだという。

子供ながら僕は「ふーん、そんなものか。前提条件を変えれば全く違う幾何学が成り立つのは当たり前なんだけどな。そんな大げさに取り沙汰するほどすごいことなのかな?」と思っていた。曲面というのは曲がっているけどそれはしょせん物体だ。なにも2次元の空間と呼ばなくてもよいのに。少し譲ってそれを2次元空間としたとしても、それは(まっすぐな)3次元空間の中にある曲がった2次元空間だ。特に不思議はない。

学習図鑑で説明されていた非ユークリッド幾何学は、僕の一般常識をくつがえす程のものではなかった。

高校生になりブルーバックスで一般相対性理論について読み、天体の周囲の空間が歪んでいることを知った。本来まっすぐ進む光も曲がった空間に沿ってまっすぐ進むから遠くから見ると光線は曲線になるのだという。

不思議だと思ったが、本当のことを言えば「ふーん、そんなものか。」というのが僕の感想だ。本に書かれていたことを鵜呑みにしただけで、そのことの本質がよく理解できていなかったのだ。

それは「2次元の曲面ではなく3次元の空間が曲がること。」であり、「数学的な空間のことではなく物理的に実在する3次元空間のこと。」である。

数学的な空間なら仮想的なものにすぎないからどんなに曲がった世界だって受け入れられる。でも物理的な空間が曲がっていたとしたら宇宙を真っ直ぐ進んでいったとしても、いつの間にか元の場所に戻ってきてしまうこともあるわけだ。そもそも空間っていうのはからっぽの入れ物の中に、人間が勝手に座標を割り当てたものだから「3次元空間が曲がる」ということの意味は何なの?という感じだった。

そのように考えるようになってから僕はあることが心配になった。1次元の空間、つまり曲線が存在するためにはその曲線が含まれる2次元の面が必要になる。もしその2次元の面が曲がっているとしたら、曲面を取り囲む3次元の空間が必要になるわけだ。小学校で使う下敷きを湾曲できるのも、そのまわりに3次元空間があるからだ。そしてその3次元の空間が曲がっているとしたら、それを取り囲む4次元空間が必要になり。。。その後は5次元、6次元、・・・無限次元の空間まで存在してしまうことになる。それは数学的な仮想空間ではなく実在する物理空間としてのことなのだ。アインシュタインがとんでもないことを言い出したから僕の頭の中ではあっという間に無限次元空間まで存在することになってしまった。

でも、そんな心配をしなくてもいいことがだいぶ後になってから - 大人になってから理解できるようになった。それは大数学者ガウス(1777年-1855年)のおかげである。僕の心配は1827年 - 『曲面の研究』という本で解決されていた。彼が研究していたのは「曲面論」という2次元曲面の微分幾何学だ。これによると「曲面の性質はその曲面の上の2点間の距離や角度などの量だけですべて表すことができる。」という。専門的に言えば「内在幾何」というそうだ。つまり曲面が存在するためにはその周囲に3次元空間は必ずしも無くてよいというのがその意味するところである。だから大雑把に言えば曲がった3次元空間を含む高次元の空間を考える必要もなくなったのだ。

たとえば球面の方程式は普通 x, y, z と半径の r の間の関係式として表現されるが、これら4つの変数はどれも球面を取り囲む3次元空間に存在する位置や長さを表している。けれども内在幾何を使えば同じ球面をこれらの変数を全く使わず、球面上の無限小の線素(duやdv)や球面上の曲率、線素どうしがなす角度などだけで表すことが可能になるのだ。球面上だけに内在する幾何学的な量だけで形が決まるので、3次元空間は存在しなくてもよくなる。あまり正確なものではないが、これが「内在幾何」の説明だ。

ガウスが研究したのは2次元の曲面までの話。その後、曲がった3次元だけでなく一般のn次元の曲がった空間を表す数学理論を研究したのがガウスの弟子であり、今日紹介する本の著者のベルンハルト・リーマン(1826年-1866年)である。リーマン幾何学、リーマン多様体の創始者だ。

本書「幾何学の基礎をなす仮説について」は同じタイトルでリーマンが1854年にゲッティンゲン大学で行なった歴史的な記念講演(ゲッティンゲン大学への就職講演)を冒頭の20ページに掲載している。この部分は数式がほとんどないので数式が苦手なでも読むことができる。亡くなる前年にこの講演を聴いたガウスは大いに感銘を受けたと伝えられている。

この講演の内容は昭和17年に菅原正巳先生(1917-2011)によって和訳、出版され、度々の重版を重ねられたのだが絶版になり、先月やっとちくま学芸文庫から復刊されたのだ。原本は金沢工業大学にも所蔵されており、解説を読むことができる。

幾何学の基礎にある仮説について
ゲッティンゲン, 1867年, 初版.
http://www.kanazawa-it.ac.jp/dawn/186701.html

本書ではリーマンの記念講演のほか、ワイル(1885-1955)による序文とリーマン記念講演の解説、訳者の菅原先生による解説、ミンコフスキー(1864-1909)の「空間と時間」と題した講演、これを訳された菅原先生の解説などを読むことができる。しかしリーマンの記念講演以外は数式満載なので微分幾何学を学んでからでないと読むことができない。

リーマンの記念講演が行われたのは1854年。当時の日本は幕末で坂本龍馬は18歳。この年は黒船来航の翌年にあたり、龍馬が江戸での15カ月の剣術修行を終えて土佐へ帰国した年だ。新島八重はまだ9歳だった。

リーマンの研究はその後、テンソルの絶対微分学としてリッチ、レヴィ・チビタなどによって発展し、アインシュタインが特殊相対論から重力場の存在を許した一般相対論を導くために必要な数学的な道具となった。

さらにワイルやカルタンはより一般な接続の観点から幾何学をとらえ、クラインの幾何を変換群から見る立場とリーマンのアイデアを統一した。また曲面の幾何において曲面全体にわたる大域的な性質の研究、ポアンカレ、バーコフ、モース、アダマールによる測地線の研究、ホップによる定曲率空間、カルタンによる対称空間の研究を通してリーマン幾何学は力学系や変分学、位相幾何学とも結びつき、計量に関する曲率などの局所的な性質と空間全体にかかわる大域的性質の関連が必要であることがわかってきた。また、多様体の概念が計量や接続と切り離して現代数学の言葉で定義され、リーマン幾何学の基本的な諸概念も整備され、ホップとリノウによってリーマン空間の完備性が定義され大域的な概念が明確になった。

リーマンの記念講演は一般相対論によって曲がった空間が提唱される62年前のことだ。リーマン自身、現実の空間が曲がっているなどとは予想もできないことだと思う。けれどもこの講演の最後に、彼は量子力学や素粒子物理学を予感させるようなことを述べているのだ。量子力学の誕生はこの講演の70年後、素粒子物理学は80〜90年後のことであることを考えると、彼の洞察力には畏怖さえ感じさせられる。リーマンは数学者であって物理学者ではない。空間の性質の理解からどのようなインスピレーションでミクロの世界の物理学を予感できたのだろうか?以下、その部分を掲載しようと思ったが著作権保護法違反になってしまうのでやめておく。本書の33ページから35ページに書かれているのでご自身で読んでいただきたい。


今年は「大栗先生の超弦理論入門」や「NHKスペシャル:神の数式」などのおかげで、一般の人が空間について考えたり想像をめぐらせることになった。10次元や26次元やコンパクトに巻き取られた余剰次元の存在を私たちが納得できるまでにはしばらく時間がかかりそうだ。しかし空間というものに「曲がる」という性質があることを認めることで、超弦理論の余剰次元がコンパクトに巻き上げられることも少しは理解できるようになるのかもしれない。

私たちの常識を超える空間の概念を160年も前の数学者がすでにものにしていたことを知ることのできる貴重な本を今回紹介させていただいた。


関連書籍:曲がった空間やリーマン幾何学を学びたい人のために。

数学が苦手な一般読者にはこの本がよいだろう。今月発売されたばかりだ。

伸び縮みする時間と空間―光速度不変の原理で理解する (Newton別冊)」(解説ページ




一般相対性理論を学ぶためにリーマン幾何学を学びたいのであれば、「EMANの相対性理論」がよいのはもちろんであるが、本で学ぶのであればこれらの教科書がよい。

相対性理論への数学的第一歩 〜共変微分のやさしい説明〜」(レビュー記事



時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎」(レビュー記事

とね日記賞の発表!(2013年): 物理学賞、数学賞、他

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毎年12月10日、スウェーデンのストックホルムでアルフレッド・ノーベルの誕生日に行われるノーベル賞の授賞式の日程にあわせて、「とね日記賞」というのを発表している。今年で4回目だ。

これはその年に僕が読んだ物理学書、数学書の中から自分のためになった本、この分野を勉強している学生や社会人にお勧めする本を物理学、数学、工学、啓発書に分けてそれぞれ1〜2冊発表する。今年は講談社ブルーバックス創刊50周年だったのでその記念の賞も設け、あと贈り物にふさわしい本としてクリスマス賞というのも設けている。

註:一般向け書籍に対しては「啓蒙書賞」を設けていたが、啓蒙という言葉に「上から教えてやる」というニュアンスが感じられるので「啓発書賞」という名前にした。

たとえ名著と言われる本であっても僕が理解できなければ受賞できない。昨年以前に読んだ本は自動的に選考対象から外されるし、どんなに良書であっても僕が読んでいなければ対象外。今のところ洋書も対象外。何より僕の学習進度や理解度や好みに影響される。

メダルも賞金も授賞式も晩餐会も舞踏会もないので、ありがたくも何ともなく、主観に満ちたアンフェアな賞だが、それでよいのだ。

- とね日記物理学賞
 物理学の教科書、専門書から選考。

- とね日記数学賞
 数学の教科書、専門書から選考。

- とね日記工学賞
 電子工学など工学系の教科書、専門書から選考。

- とね日記啓発書賞
 物理、数学の分野の一般向け書籍から選考。

- ブルーバックス創刊50周年記念賞
 今年だけ設けた賞

- とね日記新人賞
 科学書籍出版デビューを応援する賞。

- とね日記功労賞
 科学史への貢献、ライフワークを完結されたような本から選考。

- とね日記文学賞
 ジャンルを問わない小説、文学書から選考。

- とね日記ドラマ賞
 テレビドラマの中からいちばんよかったものを選考。

- とね日記クリスマス賞
 クリスマスプレゼントにふさわしい本を選考。

この1年で読んだ本は38冊で、次のような本を読んだ。(参考:「200冊の理数系書籍を読んで得られたこと」)

- 佐藤文隆先生の量子力学系の科学思想史の本を2冊
- 吉田伸夫先生の量子重力理論入門
- 今この世界を生きているあなたのためのサイエンス(2冊)
- 熱力学、伝熱学の本を10冊
- 原子や電子の発見ストーリー本を2冊
- 偏微分方程式、フーリエ変換、ラプラス変換の本を数冊
- 一般向けの物理学書を数冊
- 大栗博司先生の一般向け物理学の書籍を2冊
- 場の量子論の入門的教科書を3冊
- 安田寿先生のマイコン3部作(1970年代のブルーバックス)
- 嶋正利先生の世界初のCPU開発ストーリー本
- 「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム
- 前野昌弘先生の解析力学の教科書
- 超弦理論批判系の本を2冊
- 初級講座 弦理論(基礎編、発展編)
- 幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン


それでは発表しよう。2013年の「とね日記賞」は次のとおりだ。(書籍名と画像はそれぞれ紹介記事などにリンクさせておいた。)


* 物理学賞

文句なくこの本に授賞することにした。

初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ」(レビュー記事
初級講座弦理論 発展編:B.ツヴィーバッハ」(レビュー記事

 

受賞理由:とね日記が掲げる目標のひとつは超弦理論の理解だ。6年かかってようやくその入口にたどり着いたという意味で、今年は本書に決定した。物理専攻の学部学生でも理解できる超弦理論の日本語教科書は、今のところこの本しかない。

翻訳の元になったのは2009年1月に刊行された次の本で、これが第2版でKindle版も出ている。

A First Course in String Theory: Barton Zwiebach




* 数学賞

今年はあまり数学書を読んでいないので選択肢は少ないのだがこの2冊に決めた。

高校数学でわかる統計学:竹内淳」(レビュー記事



受賞理由:分布関数の導出手順が書かれている統計学の本は少ない。本書は手ごろなボリュームで必要なことが網羅されている、統計学に貢献した学者のことを紹介している、Excelを使った解説がされているなど多角的に学べる優れた入門書だ。

高校数学でわかるフーリエ変換:竹内淳」―フーリエ級数からラプラス変換まで(レビュー記事



受賞理由:フーリエ変換とラプラス変換を順序立てて無理なく学べる本だ。他の教科書でくじけてしまった人でも、この本なら大丈夫。特にフーリエ変換は物理学を学ぶ上でとても重要なので早い段階でマスターしておきたい。


* 工学賞

今年の工学賞はこの2冊に決定。

マイクロコンピュータの誕生―わが青春の4004:嶋正利」(レビュー記事



受賞理由:今ではCPUのことを意識しながらスマートフォンやパソコンを使っている人はほとんどいないだろう。けれどもCPU無しに現代の情報社会はあり得ない。本書は世界初のCPUがどように生まれたのか、その開発に多大な貢献をした著者の若き日の挑戦が熱く語られた本である。その後、著者の嶋先生から直接この記事に対してお礼のメールをいただいたことはIT業界に身を置いている僕にとって今年いちばんうれしかった出来事だった。

安田寿明先生の「マイ・コンピュータ」3部作(ブルーバックス)」(レビュー記事

  

受賞理由:1970年代後半の「マイコンブーム」のきっかけとなった本だ。コンピュータというものに対する意識に大変革をもたらしたという意味で日本のコンピュータ文化史の原点に位置する本である。あらゆる電気製品にマイコンが組み込まれることがこの本で予言されていた。著者にとってマイコンは趣味であって本業ではない。仕事に追われる生活の中で趣味のための時間を必死に確保し、マイコン作りに没頭する著者の姿がとてもいじらしい。


* 啓発書賞(物理学部門)

いろいろ迷ったあげく、この本にした。中学生くらいから読める良書だと思う。

だれが原子をみたか(岩波現代文庫):江沢洋」(レビュー記事



受賞理由:この世界が原子でできていることは小学生でも知っている。でもあなたはそれを順序立てて説明することができるだろうか?原子の存在はかなり昔から仮説として受け入れられていた。しかしそれを人類はどのような実験を経て確証するに至ったのだろうか?この本は著者みずから実験を行なって原子の存在を確認する過程を高校生以上の読者を対象に解説した本である。筋道を立てて予想、検証、理解することの大切さとワクワク感をぜひ多くの方に味わってほしい。


* 啓発書賞(数学部門)

改訂版 関数のはなし〈上〉:大村平」(紹介記事
改訂版 関数のはなし〈下〉:大村平」(紹介記事
改訂版 微積分のはなし〈上〉:大村平」(紹介記事
改訂版 微積分のはなし〈下〉:大村平」(紹介記事

 

 

受賞理由:数式を使わない本というのが例年の啓発書賞なのだが、今年はこれら4冊の本にした。関数、微積分、微分方程式にテーマを絞って中学1年レベルから大学初年度までの数学を楽しく理解してしまえる超お勧め本。この意味でこれらは「啓発書」なのだ。やり直し系の数学本で学ぶのもよいが、この本ように「遊び心」のある本でモチベーションを高めるのもありだと思う。中学生、高校生はあらかじめ読んでおけば授業を受けるのがだいぶ楽になるはずだ。


* ブルーバックス創刊50周年賞

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司」(レビュー記事



受賞理由:超弦理論研究の第一人者のおひとりである大栗先生による一般向けの本。NHKからタイミングよく「神の数式」という番組が放送されてこの本の売り上げアップにもつながった。大栗先生はこの番組にも協力されている。最先端の物理学がどこまで進んでいるのかを正確に、短期間で知ることのできる本だ。本書は今年創刊50周年をむかえた講談社ブルーバックスを記念して出版された。


* 新人賞

統計データをすぐに分析できる本:中西達夫



受賞理由:科学ブログ仲間の中西さんがお書きになったビジネス系統計分析の本だ。中西さんにとっては「悩めるみんなの統計学入門」に続く2冊目の本なので「出版デビュー」というわけではないのだが、たまたまタイミングよく12月13日に出版されることになったので授賞させていただいた。中西さん、出版おめでとうございます!


* 功労賞

年末近くになってケプラー3部作が完結したので、結局これら2冊に対して授賞することにした。どちらも人類の科学資産として貴重な書物である。

熱の解析的理論:ジョゼフ・フーリエ著、ガストン・ダルブー編纂」(レビュー記事



受賞理由:フーリエ展開、フーリエ変換は数学だけでなく物理学、工学に多大な影響を与えた。この理論を考え出した19世紀のフランスの数学者フーリエがこの理論を使って熱伝導という物理現象を解析的に解いて発表した本だ。歴史的な意味でも貴重なこの本を日本語版を読めるようにしてくださった竹下貞雄先生のご苦労に対して僭越ながら授賞させていただいた。


ヨハネス・ケプラー3部作

宇宙の神秘 新装版:ヨハネス・ケプラー著、大槻真一郎+岸本良彦訳」(レビュー記事
新天文学:ヨハネス・ケプラー著、岸本良彦訳」(紹介記事
宇宙の調和:ヨハネス・ケプラーヨハネス・ケプラー著、岸本良彦訳

  

受賞理由:惑星の運動の3法則(ケプラーの法則)を紹介したとても貴重な本だ。この3部作が先月すべて日本語で読めるようになった。原典は17世紀初頭にラテン語で出版された。翻訳をしていただいた岸本良彦先生には大いに感謝したい。


* 文学賞

「8(エイト)〈上〉:キャサリン ネヴィル」(文庫版)(単行本
「8(エイト)〈下〉:キャサリン ネヴィル」(文庫版)(単行本

 

内容紹介
宇宙を司る8の公式。その謎を秘めた黄金のチェスの駒を求め、争奪戦が繰り広げられる。
その昔、紀元8世紀頃のこと。フランク王国を治めていた国王シャルルマーニュ(カール大帝)に対して回教徒のバルセロナ総督から「モングラン・サーヴィス(Montglane Service)」という大きなチェス・セットが贈られた。これはアラビアの名匠の手によるもので、駒は金と銀でできておりルビーやダイヤモンド、サファイヤなどがふんだんに散りばめられていた。このチェス・セットは宇宙を動かすほどの力を秘めているという言い伝えがあった。それから千年の間、「モングラン・サーヴィス」はとある修道院で秘密裏に守られ続けた。そして舞台は革命の嵐吹きすさぶ18世紀末のフランスに移る。存亡の危機にたつ修道院では、この伝説のチェス・セットを守るため、修道女たちが駒を手に旅にでた。 また20世紀の世界を生きるコンピュータ専門家キャサリンは、左遷されたアルジェで「モングラン・サーヴィス」の秘密を握る人物をついに探し当て、駒の在り処めざして決死の砂漠縦断を試みる。世界じゅうに散逸した駒を求め、時を超えた壮絶な争奪戦が繰り広げられる!2世紀の時間に隔てられた物語が一つに溶け合うとき、意外な結末が…。推理・歴史・伝奇・冒険などあらゆる要素がふんだんに盛り込まれた傑作。時空を超えてひろがる壮大かつスリリングな冒険ファンタジー。

受賞理由:日本語版が出版されたのは1991年、文庫化されたのが1998年だ。その後絶版状態が続いているのでこの本のことを知っている人は今では少ないと思う。英語のペーパーバック版は当時40ヶ国語に翻訳されたという。僕はこのベストセラー小説を1991年頃に読んだのだがこんなにすばらしい作品が普通に買えないの状態になっているのはとても残念だ。この本を多くの人に知ってもらいたい気持ちで授賞させていただいた。中古本は流通しているのでぜひ読んでみてほしい。復刊リクエストに協力いただける方はこちらからお願いします。

翻訳のもとになった英語版はこれだ。

The Eight: Katherine Neville




* ドラマ賞

あまちゃん」、「半沢直樹」が大人気だったことは言うまでもないが、これでは当たり前すぎる。あまのじゃくな僕としては今年のドラマ賞をこれら2つのドラマに授賞することにした。

斉藤さん2


ダンダリン 労働基準監督官


受賞理由:この2つのドラマに共通するのは「言うべきことは言う。」ということである。今年も「いじめによる自殺」や「ブラック企業」がクローズアップされた。安心して暮らせる社会を取り戻したいという願いをこめてこれらのドラマに授賞させていただくことにした。見て見ぬふりをしてはならない。子供たちや若者が希望を持って生きられる社会を作るのは大人の責任である。言うべきことはきちんと主張し続けることを忘れてはならない。もちろんこの2つのドラマは内容もよく、とても楽しむことができた。


* クリスマス賞

理系クン (文春文庫):高世えり子」(紹介記事



受賞理由:今年も「笑う門には福来る。」ということでプレゼント向きの本を選ばせていただいた。注文するときはギフトラッピングをお忘れずに!みなさん、楽しいクリスマスをお過ごしください。


最後になりましたが、今日ノーベル物理学賞を受賞されるヒッグス博士とアングレール博士に心からお祝いを申し上げます。

速報:2013年ノーベル物理学賞はヒッグス博士とアングレール博士に決定!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e4c4d6d15d52e86a94caccd6da8edb5e


関連記事:

とね日記賞の発表!(2010年): 物理学賞、数学賞、他
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ddc344204dec2ebd35c47a8699eb1389

とね日記賞の発表!(2011年): 物理学賞、数学賞、他
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/27bc2b5eafa9334dae11d92e90c69b0d

とね日記賞の発表!(2012年): 物理学賞、数学賞、他
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b4ce3d8c7d90d5b95bf6ab826cc7d93f


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8(エイト):キャサリン・ネヴィル

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「8(エイト)〈上〉:キャサリン・ネヴィル」(文庫版)(単行本
「8(エイト)〈下〉:キャサリン・ネヴィル」(文庫版)(単行本

内容紹介
宇宙を司る8の公式。その謎を秘めた黄金のチェスの駒を求め、争奪戦が繰り広げられる。
その昔、紀元8世紀頃のこと。フランク王国を治めていた国王シャルルマーニュ(カール大帝)に対して回教徒のバルセロナ総督から「モングラン・サーヴィス(Montglane Service)」という大きなチェス・セットが贈られた。これはアラビアの名匠の手によるもので、駒は金と銀でできておりルビーやダイヤモンド、サファイヤなどがふんだんに散りばめられていた。このチェス・セットは宇宙を動かすほどの力を秘めているという言い伝えがあった。それから千年の間、「モングラン・サーヴィス」はとある修道院で秘密裏に守られ続けた。そして舞台は革命の嵐吹きすさぶ18世紀末のフランスに移る。存亡の危機にたつ修道院では、この伝説のチェス・セットを守るため、修道女たちが駒を手に旅にでた。 また20世紀の世界を生きるコンピュータ専門家キャサリンは、左遷されたアルジェで「モングラン・サーヴィス」の秘密を握る人物をついに探し当て、駒の在り処めざして決死の砂漠縦断を試みる。世界じゅうに散逸した駒を求め、時を超えた壮絶な争奪戦が繰り広げられる!2世紀の時間に隔てられた物語が一つに溶け合うとき、意外な結末が…。推理・歴史・伝奇・冒険などあらゆる要素がふんだんに盛り込まれた傑作。時空を超えてひろがる壮大かつスリリングな冒険ファンタジー。


本書はひとつ前の記事で紹介した本で22年ぶりに読んでみたのだが、やはりめちゃくちゃ面白かったので紹介記事としてあらためて書いておくことにした。

上記の内容紹介だと神秘主義や黒魔術系の本のような印象を持たれてしまうかもしれないし、「薔薇の名前()()」や「ダヴィンチ・コード」、「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」のようなイメージを想像されるかもしれないが全く違う。ネタバレにならない程度に、そしてこれから読む人の読書の楽しみを損なわないように、もう少し補足しておこう。

本書は「世界史好き(特にフランスを中心として近世ヨーロッパ史好き)な人」、「理数系好きな人」、「バロック音楽好きな人」、「時空を超えた物語が好きな人」、「将棋やチェス好きな人」にとっては特に楽しめる本なのだ。

* 世界史好きな人にとって

フランス革命とその後のナポレオン帝政下が舞台になるだけでなく、当時のロシアやイギリスも本書の舞台となる。アマゾンのレビュー記事に「ロベスピエール、ナボレオン、ダヴィッド、ロシアの女帝エカテリーナなどの大物が登場人物として出てくる。」と書かれているとおり、歴史上の大物たちが次々と登場する。彼らはただ引用されるだけではなくこの物語に組み込まれ、等身大の人物として台詞を与えられた形で登場するのだ。フランス革命やナポレオンのロシア遠征など昔教科書で学んだ世界をたどりつつ、その裏に伝説のチェスセットをめぐる争奪戦が本当にあったかのような妄想を抱きながら読み進んでいくうち、それが現実におこったことにように思えてくるのだ。

* 理数系好きな人、バロック音楽好きな人にとって

この本に登場する歴史上の大物たちはそれだけではない。レオンハルト・オイラー、レオナルド・フィボナッチ、アイザック・ニュートン、ヨハネス・ケプラー、ジョセフ・フーリエまで登場する。さすがにフィボナッチとケプラーは時代が違うので「説明」にとどまっていたが、オイラーとニュートン、フーリエは200年前の世界でリアルタイムに活躍する役者で、伝説のチェスセットに秘められた暗号を解いていくのだ。ニュートンが錬金術を研究していたことはよく知られている。私たちが「科学」と呼んでいるものは当時の数学者や科学者の頭の中では数秘術や魔術的なものも含めたもっと広い学問領域の一部だった。ケプラーの正多面体宇宙論や惑星の公転運動が奏でる音楽などはピタゴラス学派の「万物は数」にその源流を見出せるし、本書で役を与えられている老作曲家バッハもチェスボードに書き込まれた数字を音程や和音に変換して数字から音楽を紡ぎだしている。音楽や自然と数の間に密接なかかわりがあることは、さまざまな例で確認することができる。たとえばクォーク・モデルは八道説になぞらえて説明されている。

* 時空を超えた物語が好きな人にとって

本書は200年前のフランス革命の時代と現代の話が交互に語られる形で進行していく。その接点は北アフリカのアルジェリアという砂漠地帯にある。2つの物語は少しずつ融合していき、終盤に向けてあるひとつの話として結びつく。タイムマシンがでてくるわけではないのに時空を超えた2つの話の結びつきはどのように得られるのか?200年前の話だけでなく現代の世界で繰り広げられる物語も息をつかせない展開で進む。チェスの駒を求め探し続けることで主人公が遭遇する数々の事件の中で、誰が敵で誰が見方かが明らかになっていく。

* 将棋やチェス好きな人にとって

この本にはチェスの起源や歴史も説明されているのでチェス愛好家にとってもお勧めだ。かといってチェスを知らなければ本書が読めないわけでもない。チェスは理数系の人が好みそうなボードゲームでもある。この本をきっかけに興味を持つ人も出てくるかもしれない。本書の主な登場人物にはチェスの駒の役割が与えられているし、チェスのルールに沿った形で解説が加えられている。チェスはスマートフォンやタブレット端末に無料アプリがあるし、おしゃれなチェスセットもアマゾンやヤフオクで買うことができる。正月休みに遊んでみてはいかただろうか。

最後に本書を訳された村松潔氏による「訳者あとがき」を引用して、本書の紹介を締めくくらせていただこう。

訳者あとがき

これは、かつてシャルルマーニュが持っていたとされる伝説的なチェス・セット「モングラン・サーヴィス」をめぐって、ふたつの時代の実在、架空のさまざまな人物が繰り広げる壮大な冒険=ファンタジーである。

赤毛の修道女ミレーユは、革命後の動乱期のフランスにあって、このチェス・セットを権力の亡者から護るため、縦横無尽の活躍をする。映画『薔薇の名前』を思わせる山のなかの修道院からパリの血生臭い恐怖政治の現場へ、フランスに反旗を掲げるコルシカから灼熱のサハラ砂漠へ、さらには女帝エカチェリーナの君臨する帝政ロシアの雪深いペテルブルグへと、物語は次々に展開し、歴史上の実在の人物がいたるところに登場する。ジャン=ジャック・ルソー、タレーラン、スタール夫人、画家ダヴィッド、マラー、ロベスピエール、さらにはカザノーヴァや、若き日のナポレオン。1792年、いわゆる「九月の虐殺」が行なわれたアベイ監獄で、額に汚いぼろきれを巻き、顔にだらだら膿をしたたらせながら、貴族や司祭たちに次々に死刑を宣告し、目の前で処刑させるマラー。その虐殺の夜、パリから脱出しようとするミレーユと出会って、混乱するフランスを彼女といっしょに縦断し、コルシカの実家に連れて行く、まだ初々しいナポレオンとその妹エリーザ。チェスボードに書き込まれた数字を音程や和音に変換し、数字から音楽をつむぎだす不思議な老作曲家バッハ。レース刺繍をしながら、ヴェネツィアで見た奇怪な儀式について語る晩年のジャン=ジャック・ルソー -- 彼は素朴な田園生活を称揚しながら、なぜか腹の底に権力への野望を秘めているように見える。こういう歴史の教科書でおなじみの人物が、「モングラン・サーヴィス」の秘密に絡んで登場し、それぞれ一癖ある素顔を見せて、ぼくらを楽しませてくれる。

一方、これと並行して語られる現代の物語は1970年代前半、OPECが石油を武器に世界を揺るがそうとした時期に設定されている。ニューヨークのコンピュータ技術者キャサリン・ヴェリスは、ボスの命令に従わなかったためにアルジェに左遷され、思わぬことから現代におけるこのチェス・セットの争奪戦に巻き込まれる。彼女はカスバの迷路の奥に謎の女を訪ね、ガビール山地の奥深く分け入り、サハラ砂漠ではに迷い込み、砂嵐の迫る砂漠をロールスロイスで駆け抜けて、なんとかめざすタッシリ高原の洞窟にたどりつく。この間のスリリングなストーリーの展開は、主人公を女性に変えたインディ・ジョーンズの冒険を思わせる。しかも、彼女のたどる行程は200年ちかくまえ、飼い馴らしたタカが捕らえる獲物だけを唯一の食料として、この砂漠を横断したミレーユの決死の旅に重なっているのである。

ふたつの時代のふたりの美女を主人公にしたこの二重構造の冒険小説は、スリリングなストーリーの展開と痛快なアクションでぼくらをぐんぐん引っ張っていく。著者はこの大仕掛けな物語を読みやすい読み物にすることにいちばん苦心したと言うが、それはみごとに成功しており、この作品は不思議なほど長さを感じさせない。並行して語られるふたつの物語は、初めは2世紀近い時間に隔てられた別々の話に思えるのだが、最後には、意外な結末があきらかにされ、ふたつの物語がひとつに融合する。

この作品が単なる冒険アクション小説と一味違うものになっているのは、スピーディなアクションの展開のほかにも、読者にさまざまな楽しみを提供してくれていることだろう。たとえば、占師が残していった詩に隠されたメッセージを解読する謎解き遊びもそのひとつだし、また、章のタイトルからもうかがえるように、全編がチェスのゲームになぞらえて構成され、登場人物がじつは黒白どちらかの陣営に属し、どんなチェスの駒の役割を演じているのかが次第にあきらかになっていくという仕掛けになっている。問題のチェス・セットに秘められた公式についても、哲学的な議論が交わされ、そのなかで本書のタイトルでもある「8」が浮かび上がってくる。古代ギリシャでは、数学や哲学や音楽や天文学はひとつの学問であり、この宇宙は厳密な数学的秩序で構成されていて、数の本質があきらかにできれば、自然や宇宙の構造が解明できると考えられていたという。本書では、その構造の秘密を解く鍵として「8」という数字が提起される。音階は八度上昇すると元の音に回帰し、元素の周期表でも8番目ごとに似た性質の元素が現れる。ニュートンが描いた春分点歳差を示す螺旋形も8の字だし、メビウスの輪や無限を示す記号も8(∞)にほかならない。そして、8x8=64の枡で構成されているチェスのセットのなかに、この宇宙のあらゆる存在の構造を解き明かす鍵になる公式が隠されているというのである。そのほかにも、いろいろ小さな仕掛けや遊びがあって、たとえば本書に登場する(台詞のある)人物は全部で64人--つまり、チェスの枡目の数と同じなのだ。


日本語版が出版されたのは1991年、文庫化されたのが1998年だ。その後絶版状態が続いているのでこの本のことを知っている人は今では少ないと思う。英語のペーパーバック版は当時40ヶ国語に翻訳されたという。僕はこのベストセラー小説を1991年頃に読んだのだがこんなにすばらしい作品が普通に買えないの状態になっているのはとても残念だ。中古本は流通しているのでぜひ読んでみてほしい。復刊リクエストに協力いただける方はこちらからお願いします。


翻訳のもとになった英語版はこれだ。

The Eight: Katherine Neville




関連リンク:本書やこの記事を通じてチェスに興味を持たれた方もいらっしゃるかもしれないので、リンクを張っておこう。

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日本チェス協会:
http://www.jca-chess.com/

Shinのチェス入門:
http://shinuesugi.web.fc2.com/introtochess/intro-to-chess.html

ルールから始めるチェス入門:
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チェスゲーム:
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「8(エイト)〈上〉:キャサリン・ネヴィル」(文庫版)(単行本
「8(エイト)〈下〉:キャサリン・ネヴィル」(文庫版)(単行本

 

上巻目次

防御
ポーンをクイーンの四段目へ
クワイエット・ムーヴ
フィアンケット
チェスのゲーム
クイーンの交換
ナイトの車輪
ナイトのツアー
犠牲
フォーク
ポーンが前進する
盤の中央
中盤戦


下巻目次

局面の分析
砂漠の声
魔の山

王たちの死
黒のクイーン
失われた大陸
ツークワンク
白い土地
八段目
嵐のまえの静けさ

秘密
終盤戦(エン・ゲーム)

エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン

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エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン

内容紹介
本書の主題である超ひも理論は、相対性理論と量子力学の対立という、物理学最大の難問を解決する。そればかりではない。宇宙の本当の姿を映し出し、万物を説明し尽くす根本の理論、究極の理論であると考えられている。世界は11次元のひもで出来ている! この驚くべき前提から美しい理論が立ち上がり、いまや宇宙の全てを説明し尽くそうとしている。宇宙の本当の姿とは?第一線の研究者である著者が、巧みな表現で描く超ひも理論の最新成果から、驚くべき宇宙の姿が明らかになる。

著者略歴
ブライアン・グリーン
超ひも理論研究者。ハーヴァード大学を卒業後、オクスフォード大学で博士号取得。現在はコロンビア大学物理学・数学教授。超ひも理論の権威ウィッテンから「現役ひも理論研究者のなかでも指折り」という評価を受ける一方で、超ひも理論を普通の言葉でわかりやすく語れる数少ない物理学者の一人でもあり、これまでに二〇ヵ国以上で一般向けの講演を行って超ひも理論を解説、テレビ番組などへの出演も多い

翻訳者略歴
林一:昭和薬科大学名誉教授
林大:東京大学卒業


理数系書籍のレビュー記事は本書で239冊目。

大栗先生の超弦理論入門」の次にお読みになるとよい本。実をいうと僕はこの本を読んでいなかった。

本書が出版されたのは2001年。もう12年も前のことになる。社会人になってから僕が物理学にのめり込み出したのが2006年だからこの本はその当時に買って読み始めていた。「超弦理論の理解を目指す」と宣言していながらも、当時の僕にはこの本は受け付けられず、半分くらい読んでそのまま放置していた。その理由は次のようなものだ。

- 当時の僕は本格的に教科書で物理学を学んでいず、これから順番にきちんと積み上げる形で学ぼうと思っていた。だから超弦理論の10次元の世界があまりにも突拍子もないものに思え、心理的に拒否してしまった。

- アメリカ人が書いたポピュラーサイエンス系の本は文章が冗長で分厚いものがほとんどでこの本も570ページある。ブルーバックスのようにもっと簡潔にまとめられた本のほうが好みだった。

- ミチオ・カク博士の「パラレルワールド」にくらべて、本書は「たとえ話」が多い。その当時の僕はたとえ話ではぐらかされてしまったような気分になり不快感を持ってしまった。


ところがそれから7年が経ち、物理学をひととおり学んでみると同じ本に対する印象が全く違ったものになったのだ。今年は大栗先生の超弦理論の講座を受講し、著書も読ませていただいたこと、そして「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」という教科書で学び、もっと詳しく知りたくなったからだと思う。

超弦理論は膨大な理論体系であるし誕生して間もないので変化が激しい分野なので、研究者によって取り上げるポイントやカバーする範囲が違ってきてしまうものだ。本書は日本で紹介された本の中では比較的早い時期のものであること、かなり深いレベルまで掘り下げて解説していること、カバーしている範囲が広いのでこれまで学んできたことが超弦理論発展史の中でどのような位置にあるのかを知るためには都合がよい。

この世界は10次元時空だという突拍子もない「仮説」についても、これまでさんざん読んだり聞いたりしてきたから7年前よりだいぶ抵抗感がなくなっている。

年末年始には科学系の本を読んで過ごす人も多いと思うので、ブライアン・グリーン博士やリサ・ランドール博士の書いたポピュラー・サイエンス系の本を読んで紹介することにした。それは僕自身にとっても今後の勉強を進める上で、現在最先端の物理学者たちが考えている世界を知っておくことは頭の整理になると思う。まだ知らないことも見つかるかもしれない。7年前は半ばSFとして、今は物理学上の仮説としてきちんと受け止めることができるわけだ。


この分厚い本のすべてをここで解説することはできないので、これまでに僕が読んだ超弦理論についての本と対比する形でトピック別に紹介しよう。

相対性理論、量子力学について

一般向けに書かれた物理学の本は読者に前提知識を要求してはならなないので、相対性理論や量子力学の説明を含めざるを得ない。その結果、僕たちは何度も似たような文章を読まされることになってしまう。この2つの分野については本書よりももっとよい本がいくらでもあるので、本書での説明は読み飛ばしてもよいと思った。

本書に「たとえ話」が多いことはすでに述べたが、相対性理論と量子力学の解説に割かれている部分についても同様だ。上手に説明されているので、これらの分野の本を読んだことがない方は、本書で概要を知るのもよいだろう。ただし、もっと詳しく書かれた本を読むのに越したことはない。

なお、本書では「特殊相対論 vs 量子力学」、「一般相対論 vs 量子力学」という2つの取上げ方をし、超弦理論へ誘導している。

カラビ-ヤウ空間について

本書の特長はカラビ-ヤウ空間について多くの説明がなされていることだ。6次元ある余剰空間のトポロジーのあり方は現在でもまだ定説がない状況である。その中でカラビ-ヤウ空間はとても複雑なため一般向けの本や入門者用の教科書で詳しく解説することができない。実際「大栗先生の超弦理論入門」や「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」でも、カラビ-ヤウ空間が図とともに紹介されているだけで、その内容には立ち入っていない。

本書ではカラビ-ヤウ空間も含めて超弦理論で扱われる空間のトポロジーが数多くの図によって示されるとともに、詳しい解説がなされているという点で際立っている。これは他の本にはない特長だ。

超弦理論で要請される次元数について

弦理論や超弦理論で要請される時空次元が10次元や26次元になることはもちろん述べられているが、なぜそうなるかは解説されていない。

空間の余剰次元、次元のコンパクト化について

空間の次元数が6であることやコンパクト化についても解説が行なわれている。本書の特長はどのようなメカニズムでコンパクト化が行われるのかという理由が仮説として解説されていることだ。

空間が裂けることについて

幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン」という記事では、数学的空間が曲がるだけでなく相対性理論で導かれるように物理的な空間も曲がることについて書いた。

ところが本書には物理的な空間は曲がるだけでなく穴が開くこともあることが書かれている。連続的な空間に穴が開くためには、まず空間が裂けなくてはならない。本書では空間が割け、修復される過程がカラビ-ヤウ空間で起こりえることが図を示しながら詳しく解説されている。これは「フロップ転移」と呼ばれる著者のブライアン・グリーン博士ご自身が発見した仮説であり、本書でのみ知ることができる。グリーン博士にとってこの世界は曲がったり裂けたりする10次元の時空の織物なのだ。

超弦理論の研究手法について

超弦理論で扱われる空間の研究は高度なトポロジーや代数を使って行なわれる。上記のカラビ-ヤウ空間や「空間が裂けること」はこの分野の第一人者エドワード・ウィッテン博士によっても数学的に検証された。しかし、グリーン博士は数学的な手法を同僚研究者の協力のもとコンピュータによる計算によって裏付けたことが紹介されている。このことは僕にとって目新しかった。物理学者であれ、数学者であれ、自分でプログラミングできるにこしたことはない。

5つの超弦理論と双対性について

超弦理論が5つでてきてしまうことや、コンパクト化された次元の半径と巻き付く弦の巻き数の間の関係、つまり超弦理論の双対性についてとても詳しく解説されている。さらに5つの超弦理論についての関係についての解説は本書がいちばん詳しかった。ページ数がページ数だけに他の本と比べるのは不公平かもしれないが。

M理論、11次元超重力理論

5つの超弦理論は11次元時空で成り立つM理論としてウィッテン博士が提唱したことが詳しく解説されている。さらに本書では11次元超重力理論もこの枠組で説明されているのが他の本にはない特長だ。図示するとこのようになる。これは「双対性のウェブ」と呼ばれている。



Dp-ブレインについて

初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」の感想として「Dp-ブレインとM理論や超弦理論の関係がよくわからない。」と書いたが本書で理解することができた。上記の双対性のウェブの図はヒトデの形をしているが、その「手」のところに位置する理論は「(私たちの世界がそうであるような)低エネルギーの世界」で、ヒトデ型の中心に行くに従って「高エネルギーの世界」なのだという。本書には「Dp-ブレインが存在するのは高いエネルギー領域であると予想される。」と書かれていた。

等価な2つの物理法則の解釈について

超弦理論の持つ双対性という性質によって、2つの異なる物理法則が等価であり区別がつかないということが導かれる。「大栗先生の超弦理論入門」や「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」にもこのことについて解説があったのだが「2つの物理法則がある」ということの解釈が僕にはよくできていなかった。それは2つの異なる物理的な世界が存在するという意味なのか、それとも2つの異なる物理現象が等価であり片一方を証明すれば他方も自動的に証明されるということなのかという2つの解釈だ。

本書では空間のスケールをどんどん小さくしていき、その極限として想定されるプランク長よりも小さい世界に物理法則は存在するのかという疑問を提示し、私たちにはプランク長より小さい世界を見ようとすると、超弦理論の双対性によって「長さの逆転現象」が起きるため、見ることのできる世界には限界があることが示されている。つまり本書で紹介されている「2つの異なる物理法則」とは同時に存在している2つの世界のうち常に片一方しか私たちが認識できていないということを意味していることになる。つまり2つの物理法則とは1つの物理現象の裏と表なのだ。

双対性、鏡映対称性がもたらす恩恵について

超弦理論での問題解決は高度なトポロジーの計算が必要になるため物理学者と数学者の協力がとても重要だ。しかし双対性や鏡映対称性という性質によって、高度で複雑な問題をそれと等価な問題に言い換えることができ、幸いなことに元の問題よりも簡単に解くことができるようになる。これは物理学者にとっても数学者にとっても研究を勧めていく上で大きなメリットである。

超対称性について

本書は超対称性や超対称性を前提とした重力理論について、きわめて肯定的で詳しい解説がされている。

摂動論的アプローチと非摂動論的アプローチについて

素粒子の標準理論の成功は素粒子どうしの相互作用を「摂動論」という近似的な計算方法を使って解くことによってもたらされた。相互作用のしやすさは「結合定数」によってあらわされ、ファインマン・ダイヤグラムを使って「あらゆる可能性」を加味することで計算される。本書ではそれを「弦の相互作用」として拡張する形で説明されるのだが、摂動論的アプローチでは計算が発散して解けない場合があることが示される。そのために超弦理論ではより厳密な「非摂動論的アプローチ」が採られること、それが非常に難しい数学を必要とすることが紹介されている。

ブラックホール、ホーキング・パラドックスについて

ブラックホールの熱力学、エントロピー、情報問題についても詳しく解説されている。有名な「ブラックホールの情報問題」は結局ホーキング博士の敗北で決着がついたが、本書が書かれたのはそれ以前のことなので「決着はまだついていない。」と書かれている。しかし前後の文脈を読めば彼にとって分が悪いことが想像できるような記述になっている。

非可換幾何学について

物理法則の非可換性は量子力学以降の物理学であらわれる性質だ。その本質は波動関数が複素数であることによる。また以前書いた「コンヌ博士の非可換幾何学へはどうたどり着けばいいのだろう?」という記事では現代の最先端の物理学と数学に密接な関係性があることに触れた。けれども僕にはこれら2つの文脈のつながりがよく理解できていなかった。つまり物理法則の非可換性がどうして非可換幾何学になるのかという疑問だ。

本書には疑問を解決するヒントが書かれていた。プランク長より大きい空間ではリーマン幾何学(=一般相対論で成り立つ幾何学)が成り立ち、プランク長よりも小さい世界ではコンヌ博士が提唱するような非可換幾何学が成り立つ可能性があるのだそうだ。もちろん前述したようにそのような極微の世界のことを私たちが検出したり観測したりすることはできない。ブラックホールの中心の特異点はそのようなプランク長より小さい世界であり、超弦理論によって問題が解決される可能性があることが述べられている。

宇宙の始まり、多宇宙、超弦理論の可能性について

本書もそうなのだが超弦理論についての本は宇宙論で締めくくられることがほとんどだ。極微の世界の法則は巨大な宇宙の法則と同等と見なされること、宇宙のはじまりは極微の世界であることは超弦理論のもつ双対性によって自然に予想されることだからだ。また無数のカラビ-ヤウ空間が導くものは無数の物理法則(=物理的な世界)であり、これが多宇宙の存在する可能性の理論的よりどころのひとつとなっている。しかし、ここまで話が膨らむと(僕も含めて)読者はちょっとついていけなくなるのも事実だ。可能性を言い出せばきりがない。

空間は幻想?ということについて

大栗先生の超弦理論入門」ではブラックホールの内部の物理学が2次元の空間上の情報によって完全に表すことができることから「空間は幻想である」という主張がされていた。本書でも「空間は幻想」ということが述べられているが、大栗先生の本とはまったく違う観点からの説明だった。それは「宇宙の始まりより前」のことなのだ。そこには時間も存在しないから「前」という概念もないし、「空間」もない。そのような状況の中で「弦」だけは存在するというのだ。弦が振動することによって巻き取られた時空次元(10次元)が生成するという仮説が述べられている。そのうち3次元だけがコンパクトが解除されて長く伸びて私たちが認知している空間になるそうだ。この意味で空間は弦がもたらした幻想であるというのが本書での説明なのだ。

けれども弦の振動は「空間的」なものであることが超弦理論の前提であるから、これが矛盾に満ちた仮説であることをグリーン博士は認めている。そこで博士は「矛盾」というものも含めて私たち人間が理解する方法には「超えることのできない限界」があり、真実はそのような私たちの常識を超えているのかもしれないという説を展開している。

超弦理論はまだ誕生したばかりだということについて

本書は後半以降、超弦理論が生まれたばかりの理論であること、取りうる可能性が無数にあるという記述が増えていく。それはこの理論の持つ可能性であると同時に、信ぴょう性の意味においてまだまだ信用できないということでもある。超弦理論によって説明できないことを具体的に述べている点は誠実性を感じることができた。

グリーン博士はこの分野の研究者であるからもちろん肯定的に超弦理論をとらえている。しかし「〜の可能性は否定できない。」とか「〜であると証明できるようになるかもしれない。」という文が特に本の最後のほうでは多くなるので、読者には博士の希望が逆に働いてしまい「超弦理論はSFとほとんど変わらないじゃないか!」というネガティブな印象を与えてしまうのだ。

本書で触れられていない点について

本書の英語版が出版されたのは1999年なので、それ以降に発見された事柄やそれ以前であっても比較的新しい事柄は本書では触れられていない。つまり超弦理論を使って標準理論を構築すること、AdS/CFT、重力のホログラフィー原理、クォーク-グルーオンプラズマ現象の超弦理論による裏付けなどについては、まったく触れられていない。

巻末の「原注」がとてもよいこと

本文で解説しきれなかった点を巻末で補っている。「数学に興味のある方に〜」という項目が多く、より正確に理解したい読者、これから専門書で学んでみようと思っている読者にとってはとても有益なことが書かれている。本書のこの部分は素晴らしいと思った。


本書の翻訳のもとになったのは「The Elegant Universe S.S.: Brian Greene」だ。

けれども2010年に新版がでているので、英語でお読みになるのだったらこちらをお買い求めになるとよいだろう。Kindle版もでている。

The Elegant Universe: Brian Greene




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エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン



はじめに

第1部:私たちはどこまで知っているのか

第1章:なぜひも理論は重要なのか
- 現代物理学をつくった3つの衝突
- 物質の根源について私たちが知っていること
- 世界には4種類の力がある
- ひも理論の基本概念
- ひも理論はすべてを説明し尽くす?
- ひも理論の現状

第2部:相対性理論 vs 量子力学

第2章:空間、時間と特殊相対性理論
- 特殊相対性理論は直感のウソをあばく
- 特殊相対性理論の根拠その1--相対性原理
- 特殊相対性理論の根拠その2--光の速さ
- するとどういうことが起こるのか
- 時間への影響その1--同時性
- 時間への影響その2--時間の遅れ
- 速く動けば長生きできる?
- それにしても、どちらが動いているのか
- 運動している物体は短くなる
- 静止した物体は時間のなかを光速で進む

第3章:一般相対性理論によるゆがみと重力
- ニュートンの重力観とは?
- ニュートンの重力理論と特殊相対性理論は両立できない
- アインシュタインが考えついたこと
- 加速によって空間と時間はゆがむ
- 一般相対性理論の基本
- 警告をいくつか
- これでニュートン理論の矛盾は解決するのか
- 時間のゆがみ再考
- 一般相対性理論を実験で立証するには
- 一般相対性理論の予言--ブラックホールとビッグバン
- 一般相対性理論は本当に正しいか

第4章:量子力学は誰にも理解できない?
- 本当に量子力学を理解している人はいない
- 量子力学が生まれたきっかけ
- エネルギーには最小単位がある
- エネルギーがかたまりをなすとはどういうことか
- 光は波なのか、それとも粒子なのか
- 物質の粒子は波でもある
- 波とは何の波か
- もう一つの解釈--ファインマンの視点
- さらに奇怪なふるまい--不確定性原理

第5章:一般相対性理論 vs 量子力学
- ミクロの世界では粒子が発生と消滅をくり返す
- 重力以外の力の量子場理論
- 力を伝えているのはメッセンジャー粒子
- 重力の量子場理論だけ見つかっていない
- 一般相対性理論 vs 量子力学

第3部:ひも理論はすべてを説明し尽くすか

第6章:超ひも理論の本質
- ひも理論小史
- ひもは古代ギリシアのアトムか
- 粒子の性質はひもの振動のしかたで決まる
- ひもはとてもきつく張られている
- きつく張られたひもがもたらす3つの効果
- ひも理論は重力と量子力学の衝突を解決する
- 衝突の解決--大雑把な答え
- ひもは本当にひもなのか

第7章:超ひもの「超」の意味
- 物理法則の対称性とはどういうことか
- スピンとは何か
- 超対称性とは何か
- 超対称性の根拠--ひも理論以前
- ひも理論における超対称性
- 多ければいい、というわけではない

第8章:目に見えない次元がたくさんある
- この宇宙は本当に3次元か
- ホースの表面について考える
- ホース状宇宙の住人たち
- 次元がたくさんあれば力の理論が統一される
- その後のカルーザ-クライン理論
- ひも理論はさらに多くの次元を必要とする
- いくつかの素朴な疑問
- 新たな次元にはどのような物理的意味があるか
- 巻き上げられた次元はどんな姿をしているのか

第9章:ひも理論の証拠は実験でつかめるか
- ひも理論をめぐる批判の嵐
- ひも理論を実験で確証するには
- すべてのカラビ-ヤウ図形を検証する?
- スーパーパートナー粒子を探せ
- 分数の電荷を帯びた粒子が見つかれば
- 一発逆転でひも理論を確証する?
- 評価

第4部:超ひも理論と時空

第10章:宇宙をあらわす新しい幾何学
- 重力理論とリーマン幾何学の核心
- 宇宙が縮むとしたら何が起きるか
- ひもが空間に巻きつく
- 空間に巻きついたひもの物理学
- 見分けのつかない2つの宇宙
- 2つの答えをめぐる論争
- 3つの疑問
- 宇宙はおそろしく小さい?
- 宇宙はプランク長さより小さくはならない
- この結論はどれくらい一般的なのか
- 同じ物理を生み出すもの--鏡映対称性
- 鏡映対称性の物理学と数学

第11章:空間を裂く--ワームホールの可能性
- ワームホールをひも理論で考える
- 鏡映の視点から空間の引き裂きをながめる
- 証明に向けて少しずつ進む
- 戦略、現れる
- 最高の物理学者ウィッテンとの競争
- 半ダースのビールと週末の仕事
- 決定的瞬間をむかえる
- ウィッテンのアプローチ
- イエス、ワームホールは存在する

第12章:ひもを超えて--M理論を探す
- 第2次超ひも理論革命の要約
- 近似的方法とはどのようなものか
- 摂動論がいつもうまくいくとは限らない
- ひも理論への摂動的アプローチ
- 近似が近似になっているのか
- ひも理論の正確な方程式
- 双対性、現れる
- 対称性の威力
- ひも理論の双対性
- ここまでのまとめ
- 超重力理論にも双対性の兆候があった
- M理論のかすかな光
- M理論と相互関連の網
- 全体像を見わたす
- ひも以外の可能性--ブレンの民主主義
- これで、答えの出ていないひも理論の疑問が解決するのか

第13章:ブラックホールをひも/M理論で考える
- ブラックホールと素粒子は同じもの?
- ひも理論は前進を可能にするか?
- 確信をもって空間の織物を引き裂く
- Eメールの洪水
- ブラックホールと素粒子をふたたび考える
- 「溶ける」ブラックホール
- ブラックホール・エントロピー
- ブラックとはどのくらいブラックか
- ひも理論の登場
- ブラックホールをめぐる謎

第14章:宇宙論をひも/M理論で考える
- 標準宇宙モデルとはどのようなものか
- ビッグバンの証拠はあるのか
- プランク時間からビッグバンの100分の1秒後まで
- 標準宇宙モデルで説明できない謎--地平線問題
- インフレーション宇宙モデルの登場
- 超ひも理論が宇宙論にできること
- はじめにプランク・サイズのかたまりがあった
- なぜ3次元だけが拡がったのか
- ビッグバン直後、カラビ-ヤウ図形は激変した?
- はじまりの前?
- M理論があらゆる力を融合させる?
- 宇宙の存在理由--多宇宙、人間原理、そして究極理論

第5部:統一にむけて

第15章:ひも/M理論の未来
- ひも理論の根本原理は何か
- 空間、時間とは本当は何か、そして、なくてもすむのか
- ひも理論は量子力学の再定式化につながるか
- ひも理論は実験で検証できるか
- 説明に限界はあるのか
- 人間の梯子

訳者あとがき
推薦図書
原注
用語解説
索引

番組告知:NHK-BS1「神の数式 完全版」全4回

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9月21日、22日に放送され、反響を呼んだNHKスペシャル「神の数式」が4回シリーズの完全版として放送されるそうだ。再放送ではなく9月の放送よりも詳しい内容となる。

録画予約をお忘れなく!

この番組のことを教えていただいた読者の方、ありがとうございました!


★ 番組情報 ★
NHK-BS1「神の数式 完全版」全4回

12月24日(火)〜27(金)午後7時00分〜7時50分

人類の思索の歴史。それは、全宇宙の謎を解く唯一無二の“神の数式”を追い求めた歴史でもあった。ニュートン、アインシュタイン以来、科学者たちは「あらゆる自然現象は、最終的には一つの数式で説明できるはずだ」と信じてきたのだ。そしてノーベル賞を受賞したヒッグス粒子の発見によって、人類はその究極の数式の輪郭をつかもうとしている。9月に放送し大きな反響を得た番組を4回シリーズの「完全版」として届ける。
【出演】オジェル・ノザキ,【語り】小倉久寛

神の数式 完全版
12月24日(火)午後7:00〜7:49 第1回 「この世は何からできているのか〜美しさの追求 その成功」
12月25日(水)午後7:00〜7:49 第2回 「“重さ”はどこから生まれるのか〜自発的対称性の破れ」
12月26日(木)午後7:00〜7:49 第3回 「宇宙はなぜ始まったのか〜残された“最後の難問”〜」
12月27日(金)午後7:00〜7:49 第4回 「異次元宇宙は存在するか〜超弦理論“革命”〜」


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関連記事:

番組告知:NHKスペシャル「神の数式」(9月21日、22日)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1a809c46b31c32b3b3c84dc0be881ddc

NHKスペシャル「神の数式」の感想
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a2368bbcee58771d16dbcb4613dc077d

解説:NHKスペシャル「神の数式」第1回:この世は何からできているのか
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5f0430e3fed08f6947d5efbe9559fbbd

解説:NHKスペシャル「神の数式」第2回:宇宙はどこから来たのか
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7ddecf5c37c9ef0e467bb5be8f168898

ファインマン物理学(英語版)が全巻ネット公開されました。

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ファインマン物理学」の英語版が全巻ネット上で無料公開されたので告知記事として投稿させていただきます!

全世界の物理学ファンへのクリスマス・プレゼントですね。


The Feynman Lectures on Physics (カリフォルニア工科大学のサイト)
http://www.feynmanlectures.caltech.edu/

The Feynman Lectures on Physics (「Read」というメニューから読めます。)
http://www.feynmanlectures.info/


各巻の内容

Volume I: Mainly mechanics, radiation, and heat

物理学という学問の位置付けを解説した後、エネルギーの話からはじめて剛体まで力学全般を扱う。その中で微積分とベクトルの説明があり、特殊相対論も紹介される。続いて光学、熱力学、統計力学と進むが、途中で各分野を横断する概念として振動、波動、線形系などが説明される。また二重スリット実験を題材に量子力学を紹介している。I-5とI-6はファインマンの不在中にサンズが代わって行った講義でファインマンの講義の流れを邪魔しないように補足的なトピックが選ばれている。

Volume II: Mainly electromagnetism and matter

静電気学から電磁波の輻射まで標準的な電磁気学のトピックがほぼ完全に含まれ、更に特殊相対論、物理光学、ローレンツの電子論による物性論が扱われる。途中でファインマンの口調を多く残した形で最小作用の原理の特別講義の章が入る。そのほかに連続体力学として弾性体と流体力学を取り上げ、最後に一般相対論が簡単に紹介される。この巻ではベクトル解析とテンソルが導入される。また、境界値問題など高度な数学が必要なトピックでは計算過程を省略して結果だけが紹介される。

Volume III: Quantum mechanics

この巻はシュレディンガー方程式を解かなくても議論ができる量子力学的に単純な系の議論を中心にした量子力学入門である。Volume I の二重スリット実験の章(I-37, I-38)を再収録し、更に議論を進めて状態ベクトルと確率振幅が導入される。それ以後は一貫してブラ-ケット記法が使われる。これに続きスピン、二状態系(英語版)、結晶格子内の電子の伝播、角運動量を扱い、最後は水素原子のシュレディンガー方程式とその解の紹介である。更にそのあとに番外編として「古典的状況のもとでのシュレディンガー方程式」の章が置かれている。


関連記事:

The Feynman Lectures on Physics: The New Millennium Edition
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cb58141ade509fb63952d49ef57c70c7

ファインマン物理学: 英語版とフランス語版
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1dbcd1e1b02616ef1363ced99a912072


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番組の感想:NHK-BS1「神の数式 完全版」

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今日から4夜に渡って放送されるNHK-BS1「神の数式 完全版」。番組を見た後の感想記事だ。毎晩放送後に書き足していくことにしよう。

9月に放送された番組から追加された箇所と変更された箇所について、それぞれ良かった点、不満に思った点を書き出すことにした。

第1回 「この世は何からできているのか〜美しさの追求 その成功」

良かった点:

- ヒッグス粒子の発見、ヒッグス博士の紹介

番組冒頭でヒッグス粒子の発見、12月10日にノーベル物理学賞を受賞したヒッグス博士が映像で紹介されていた。

参考記事:速報:2013年ノーベル物理学賞はヒッグス博士とアングレール博士に決定!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e4c4d6d15d52e86a94caccd6da8edb5e

- 自発的対称性の破れの持つ意味

倒れる鉛筆が意味するところの自発的対称性の破れが南部陽一郎博士の発見であることは9月の番組でも紹介されていたが、それがヒッグス粒子の発見と素粒子の数式の扉を開けるきっかけになったことが明確に述べられていた。

- 素粒子の数式の最初のLの意味

素粒子の数式の最初のLがこの世のすべての数式をあらわすという宣言であることが述べられていた。このLはラグランジアン密度と呼ばれる量であるが9月の放送では全く触れられていなかった。

- ポール・ディラックの娘さん

ディラックの娘さんが登場し、ディラックの几帳面な性格をうかがわせる逸話が紹介されていた。

晩年のディラック博士による量子力学の講義(Paul Dirac: 1902-1984) 動画は途中から安定します。



- 反粒子、反物質について

ディラック方程式から反粒子(電子に対する陽電子)の存在も予言され、それが実験で確認されていたことが紹介されていた。

参考記事:ディラックによる陽電子の予言(1928年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0764eaa33a765ffff27bccee3e35b4f3

- 並進対称性について

並進対称性の例として東京とテキサスでは物理法則が同じであることが紹介されていたこと。

- 戦時中の朝永博士のこと

9月の放送では戦時中に朝永博士が研究チームを率いて困難な状況の中で研究を続けていたという説明だったが、今回の放送では「軍から命じられた研究を行ないながらも、同僚たちと協力して密かに電磁気力の研究を進めていた。」と正確な説明がされていたこと。

- くりこみ理論について

朝永博士、ファインマン博士、シュウィンガー博士がそれぞれ独立して発見した「くりこみ理論」のことがきちんと「くりこみの手法」として説明されていたこと、3種類のくりこみの手法があることが紹介されていた。9月の放送では「特殊な計算方法」というあいまいな呼び方で紹介されていた。

- ミルズ博士

ヤン博士だけでなくミルズ博士も紹介され、非可換ゲージ理論がお二人の業績であることが説明されていた。9月の放送ではヤン博士だけ紹介されていた。

不満に思った点:

- シュレーディンガー方程式

ディラック方程式の元となったシュレーディンガー方程式が紹介されていたが、この方程式が量子力学というミクロの世界の基礎方程式であることに言及してほしかった。その意味を解説するには時間が足りないが、そのような紹介をするだけで素粒子の数式が量子力学という理論とつながりがあることが視聴者に伝わると思う。

- 非可換ゲージ対称性

9月の放送では全く解説されていなかったが、今回は陽子(P)と中性子(N)の例を紹介して説明を試みていたのは良かった。ただ、この説明だと「非可換」であることの意味合いが視聴者に伝わらない。ヤン-ミルズ理論を説明するにはワインバーグ-サラム理論(SU(2)×U(1)対称性)やクォークの理論(量子色力学=QCD、SU(3)対称性)を紹介すべきで、この番組で説明するのはとても無理だが、あと2〜3分くらい時間をとれば「非可換な回転」という意味だけでもある程度伝えることができたと思う。

非可換な回転については、このページの説明がわかりやすい。

無限小回転1(物理のかぎしっぽ)
http://hooktail.sub.jp/mechanics/infinitesimalRot1/


参考図書:第1回放送分の内容をより深く理解したい方には次の本をお勧めしたい。

強い力と弱い力:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

ヒッグス粒子の発見:イアン・サンプル
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/46c46f676c631634b83fb9616161ec4d

物理法則はいかにして発見されたか:R.P.ファインマン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ab31086d3d97f72d800893033189592d

光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学: R.P.ファインマン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4b34cd4e7d077d037022e62734d1ee76


第2回 「“重さ”はどこから生まれるのか〜自発的対称性の破れ」

第3回 「宇宙はなぜ始まったのか〜残された“最後の難問”〜」

第4回 「異次元宇宙は存在するか〜超弦理論“革命”〜」


★ 番組情報 ★
NHK-BS1「神の数式 完全版」全4回

12月24日(火)〜27(金)午後7時00分〜7時50分

人類の思索の歴史。それは、全宇宙の謎を解く唯一無二の“神の数式”を追い求めた歴史でもあった。ニュートン、アインシュタイン以来、科学者たちは「あらゆる自然現象は、最終的には一つの数式で説明できるはずだ」と信じてきたのだ。そしてノーベル賞を受賞したヒッグス粒子の発見によって、人類はその究極の数式の輪郭をつかもうとしている。9月に放送し大きな反響を得た番組を4回シリーズの「完全版」として届ける。
【出演】オジェル・ノザキ,【語り】小倉久寛

神の数式 完全版
12月24日(火)午後7:00〜7:49 第1回 「この世は何からできているのか〜美しさの追求 その成功」
12月25日(水)午後7:00〜7:49 第2回 「“重さ”はどこから生まれるのか〜自発的対称性の破れ」
12月26日(木)午後7:00〜7:49 第3回 「宇宙はなぜ始まったのか〜残された“最後の難問”〜」
12月27日(金)午後7:00〜7:49 第4回 「異次元宇宙は存在するか〜超弦理論“革命”〜」


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関連記事:

番組告知:NHK-BS1「神の数式 完全版」全4回

宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン

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宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン 」〜時間と空間の正体

内容
ニュートン以来の謎、時間と空間。その探究はいま、驚くべき段階に到達している。物理学によれば、私たちの時間と空間に関する常識的な感覚は、どうしようもないほど間違っている。たとえば、「時間は流れるもの」「歴史はひとつのはず」「空っぽの空間ではなにも起こらない」という常識的な考え方は、どれも間違っているというのだ。物理学は、いったいどのように私たちの「常識」をくつがえすのか?この世界の本当の姿は、私たちの「常識」から、どれほどかけ離れているのだろうか?『エレガントな宇宙』の著者ブライアン・グリーンが、現代物理学のもたらす世界像を鮮やかに描き出す。全米ベストセラー「The Fabric of the Cosmos」待望の翻訳。

著者について
ブライアン・グリーン
物理学者・超弦理論研究者。コロンビア大学物理・数学教授。研究の第一線で活躍する一方、超弦理論をはじめとする最先端の物理学を、ごく普通の言葉で語ることのできる数少ない物理学者の一人である。
超弦理論を解説した前著『エレガントな宇宙』は、各国で翻訳され、全世界で累計100万部を超えるベストセラーとなった。

翻訳者について
青木薫
1956年、山形県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院修了。理学博士。翻訳家。訳書にサイモン・シン『フェルマーの定理』『暗号解読()()』『宇宙創成()()』『(以上、新潮社)、W・ハイゼンベルク他『物理学に生きて』(筑摩書房)、J・D・ワトソン他『DNA()()』(講談社)、R・P・クリース『世界でもっとも美しい10の科学実験』(日経BP社)、バラバシ『新ネットワーク思考』(NHK出版)、『宇宙が始まる前には何があったのか?』(文藝春秋)など。


理数系書籍のレビュー記事は本書で240冊目。

時間と空間に対する認識の変遷を物理学史に沿いながら深く考察した本。これまで何冊も科学教養書を読んだことのある方にもお勧めできる本である。

著者のブライアン・グリーン博士にとって本書は一般向けに書いた本の2冊目だ。前著「エレガントな宇宙」では相対性理論、量子理論のあらましを述べた後、超弦理論を詳しく解説し、それが宇宙のはじまりの謎を解く鍵になるという見解を紹介している。本書では話を大幅に膨らませて物理学の発展の歴史をニュートンの時代から現代に至るまで詳細に説明しながら、それぞれの時代で物理学者たちが時間と空間をどのようにとらえていたかが解説される。NHKの「神の数式」の前半は素粒子物理学の観点からこの世界を構成している力の素粒子と物質の基本粒子の探求の歴史を紹介していた。つまり物質と力がテーマだった。時間と空間も物理学で忘れてはならいない重要な研究テーマである。

前著と同様、数式はまったく使われずに前提知識のない読者でも読みとおせる本である。とはいえ僕のブログを読まれるような方は、これまでにも相対性理論や量子力学の本はお読みになっていることだろう。「また、同じようなことを読まされるのか。うんざりさせられるかもしれない。」とお思いになる方もいらっしゃることだろう。それは僕にしても同じことだった。

ところが読み始めてみると、この本はとても面白いのだ。これだけ分厚い本なので一般向け書籍でありながら、他書では説明が及ばない詳しいところまで、深い考察を盛り込ませながら本質を掘り下げ、読者に問いかけながら進行するからだ。この上巻で僕の印象に残った箇所は次のような事柄だ。


ニュートンの絶対空間、絶対時間について

宇宙のどこにいても私たちは同じ空間と時間を共有している。これがニュートンが力学の理論を構築する上で前提にした絶対空間と絶対時間であることは高校物理で習うことだし、空間や時間に対する私たちの日常感覚とも一致する。

けれどもこれは当たり前のこととして無条件に受け入れてよいことだろうか?

たとえば地球が絶対空間に対して動いていることは、どのようにして確認すればよいのだろうか?ニュートンの時代、太陽が銀河系の中心のまわりを回っていたことはまだ知られていなかったが、太陽を絶対空間の基準点として採用できないことはニュートン自身も気付いていた。

それでは天空の恒星を基準できるかというとこれも無理であることがわかる。地球の公転によって観測されはずの「恒星の年周視差」を検出できるほど当時の観測技術は発達していなかった。

2つの物体の「相対速度」を考えればこの問題の本質を捉えることができるようになるのだろうか?それとも「加速度」を考えることがより本質的なことなのだろうか?ニュートンが「絶対空間」や「絶対時間」を提示するまでには、かなり込み入った思考錯誤が必要だったのだ。

本書はページ数が多いぶん、通常の科学教養書や教科書では説明されていない自然法則の解明に至るまでの思考プロセスが詳細に紹介されている。

ニュートン力学と異なる立場をとった「マッハの力学」やニュートンと同時代のライプニッツ、そしてアインシュタインによる時間と空間の概念までもが紹介され、4者の間にどのような違いがあったかが比較、検討される。


非局所性について

時間とは何か?空間とは何か?という問題の舞台は相対性理論と量子力学の世界に移る。アインシュタインの特殊相対性理論と一般相対性理論によってニュートンの時間と空間の概念が大変革を遂げ「伸び縮みする時空」が時間と空間の本質であることが認識されるようになったわけである。このあたりのことは他の本で何度も読んで知っていたことだ。それは量子力学にしても同じこと。どんなに不思議なこと、奇妙なことであっても、何度も同じような話を読まされる新鮮な驚きはなくなり、読書が退屈になってくるものだ。

それでも我慢して読んでみたところ、本書の説明はとてもワクワクさせられるものであることにすぐ気がついた。たとえば特殊相対性理論によって1つの出来事が同時であるということを互いい離れて相対運動をする2人の観測者が確認することはできないという「同時性の崩壊」がわかるのだが、その結果お互いの観測者にとっての過去と現在、未来はどのような関係になっているのかということが本書では図を使って解説されている。「現在」とはいったい何なのだろうか?そして最終的に過去と現在、未来の区別は幻想であることが導かれる。本書の考察は通常の科学教養書だけでなく、数式入りの教科書で相対性理論を学んだことのある読者にとっても十分読み応えのある内容になっている。

量子力学の解説をしている部分についても同様だ。「非局所性」というのは空間的に離れた2つの粒子の状態に相関があるという事実で、量子力学が示す不思議のうち特に際立った「量子エンタングルメント」という性質だ。この性質を使って量子テレポーテーションが実現した。アインシュタインは「非局所性」を受け入れられずに「EPRパラドックス」の論文で反証を試みたことは有名である。それまで連続だと思っていいた空間にそのような性質が備わっていることで、空間に対する認識をふたたび改めなければならない。また「同時に」ということは何事も光速を超えてはならないという因果律を破ってしまうのだろうか?時間についても認識を改めなければならないのだろうか?

本書では量子テレポーテーションのように近年の実験で確認された現象を紹介するだけでなく、量子の粒子性と波動性、不確定性原理、二重スリット問題、測定問題(観測問題)などを時間と空間の概念を意識させながら解説をしている。アインシュタインは未来は決まっていると主張し、量子力学は未来は決まっていないと主張する。この決定論と非決定論の対立は時間と空間の概念とどのようなつながりがあるのだろうか?

個別の内容をすでに知っていたとしても、本書はその意味を問い続けることによって読者を深い思索の世界に導いてくれるのだ。


古典力学で考える時間の矢とエントロピー

そもそも時間とは過去から未来に向かって流れるものなのだろうか?空間の方向に対称性があるのに時間の方向が対称的でないのはなぜだろうか?

ニュートン力学、電磁気学から一般相対性理論までの古典物理学の物理法則の数式を見るかぎりこの世界は時間についても対称的であると結論づけられる。

熱力学第2法則、すなわちエントロピー増大則がこの「時間の矢」の唯一の根拠となる物理法則であることを僕は「時:渡辺慧」という記事で紹介したが、本書を読むとそれがそう簡単に受け入れてはいけないことがわかる。ショックだった。

エントロピーは「乱雑さの度合い」を示す尺度であり、この世界は秩序ある状態から秩序のない乱雑な状態に変化するように変化するのが経験的に正しいことのように思える。しかしこのエントロピー増大則を統計力学を使って導くにせよ、その根底にあるのは時間について対称的なニュートン力学だ。理論的には過去と未来の対称性について完璧な釣り合いがとれているのに、なぜその釣り合いは崩れているように私たちの目にはうつるのだろう?

乱雑な状態が秩序ある状態に変化する確率はほとんどゼロに等しい。しかしそれはゼロではない。統計的なゆらぎはわずかながら存在する。たとえ一瞬にせよエントロピー増大則は破れることがあるのではないだろうか?

また、ニュートン力学をベースとする古典統計力学に従えば現在から未来の方向でエントロピー増大則が成り立つならば、時間について対称的な方程式を元に計算するのだから現在から過去への時間経過についてもエントロピーは増大すると予想される。ところが現実にはそうなっていないのはなぜだろうか?

このような疑問を出発点として、同じテーマを扱う他の本では知ることができないほど深い考察が時間とエントロピーをテーマに展開されている。


時間と量子

古典物理学では解決できない時間の矢の謎の問題は量子力学に持ち越される。不確定性原理により未来は決まっていないというのが量子力学の立場であるが、その基礎方程式であるシュレーディンガー方程式は時間について対称性を持っている。波動関数がどのように変化するかは決定論的に決まっているのだ。確率論的にしか求められない未来というのはそこからどのように生じるのだろうか?

量子力学の基礎方程式が時間について対称であるのに、なぜ現在から過去に遡るときに不確定性が生じないのだろうか?つまりなぜ過去はひと通りにきまっているのだろうか?

また波動関数の収縮という観点で考える限り、それは不可逆過程なので未来は非決定論的である。そしてエヴェレットの多世界解釈を採用すれば未来は無数に分岐するが、それらの多世界を総体としてとらえれば決定論的である。

ファインマンの経路積分の考え方に従えば、過去から未来への可能な無数の世界が未来への道筋を1つに決定する。未来を変更することによって過去を変えることができるのだろうか?

さまざまな考察や実験結果を交えて、過去から未来へ流れる「時間」の本質を捉えることがいかに難しいことなのかを思い知らされるのだ。

そして最後に量子力学から帰結されるいくつかの仮説に基いてエントロピー増大則との関係性が紹介される。


対称性と時空

古典物理学から考えても、量子力学から考えてもエントロピーの考え方を数学的に考えると、未来にあてはめれば直観や経験の正しさを裏付けてくれるが、過去にあてはめれば、直観や経験と真っ向から矛盾してしまう。

この矛盾を解決するには過去にいくにしたがってエントロピーが少なくなる傾向にあることが示せればよいわけなのだが、ひとつだけそれを裏付ける理由があるのだ。それは宇宙のはじまりが極めてエントロピーが低い状態にあったことである。

生物は食物としてエネルギーを摂取すること生命を維持している。それは同時にエントロピーの低い(秩序が大きい)食物というものを取り入れていることに対応する。このようにエントロピーの増大とエネルギーの流れの向きは一致している。それでは食物の低いエントロピーはどこからもたらされるのだろうか?それは太陽からなのだ。太陽のエントロピーのほうがもっと低いのである。そしてその太陽の低いエントロピーはという問いが生じるわけだが、それは太陽が誕生する前の星間ガスに起源をもっている。このような低いエントロピーの連鎖を遡ることによって、最終的には「宇宙のはじまり」のエントロピーにまで辿り着くのである。宇宙の始まった瞬間のエントロピーは極めて低いのだ。

時間の矢をエントロピー増大則で裏付けるためには、初期宇宙のことまで考える必要だと現代物理学は要請しているのである。

上巻の最後の部は「対称性と時空」というテーマで最先端の宇宙論が展開される。膨張する宇宙やビッグ番、インフレーション宇宙論、宇宙は均一なのかなどのテーマを、素粒子物理学という小さい世界へ向かっていた現代物理学がなぜ取り扱わなければならなくなったかがよく理解できるようになる。


以上が上巻に書かれていることのあらましだ。


宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン
宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン

 


翻訳のもとになった英語版はこちら。Kindle版もでている。

The Fabric of the Cosmos: Brian Greene




関連記事:

エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/404c24b68f57609900bc3d7a030333d5


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宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン 」〜時間と空間の正体



はじめに

第1部:空間とは何か

第1章:宇宙の実像を求める旅路
- 空間と時間:古典物理学による捉え方
- 空間と時間:相対性理論による捉え方
- 空間と時間:量子力学による捉え方
- 空間と時間:宇宙論による捉え方
- 空間と時間:統一理論による捉え方
- 物理学と人生の大問題「時間の矢」
- 宇宙を知ることと、人生の意味

第2章:バケツを使って宇宙を探る
- アインシュタイン以前にも「相対論」はあった
- ニュートンのバケツ実験と絶対空間
- 「空間とは何か」という問題の歴史
- マッハによるニュートンへの異議申し立て
- 物質があるから加速度がある:マッハの見解
- マッハ vs ニュートンの意外な決着

第3章:相対と絶対
- 「からっぽの空間」は本当にからっぽなのか
- アインシュタインが出した決定的な答え
- 特殊相対性理論は本当は難しくない
- バケツ問題にはどう答えたのか
- 「時空の断面」という考え方
- 時空の断面の角度
- バケツ問題を時空で考えるとどうなるか
- 重力はなぜ伝わるかという古い問題と、バケツ
- 重力と加速度の等価性
- 重力と加速度と時空の湾曲
- 一般相対性理論によるバケツ問題の答え
- 現在における時空の概念

第4章:非局所性と宇宙
- 量子力学によればこの世界は……
- 量子力学の「非局所性」とはどういうことか
- 二重スリット実験の奇妙な結果
- 物理法則は根本から確率に支配されている
- アインシュタインと量子力学
- ハイゼンベルクの不確定性原理とは何か
- アインシュタインが攻撃した量子力学の「矛盾」
- 量子力学支持者はどう対応したか
- スピンを使ってアインシュタインを論破する
- 結果はあらかじめ決まっているのか
- 量子力学が本当に働いているかテストする
- ここまでのまとめと、実際の実験結果
- 非局所性は特殊相対性理論と矛盾しない
- しかしまだ問題は未解決だと考える人もいる
- 非局所性をどう受け止めればいいのか

第2部:時間とは何か

第5章:時間は流れない?
- 日常経験の中で「時間」が示す性質
- 特殊相対性理論はすべての時刻を平等に扱う
- 「過去、現在、未来」という区別は幻想である
- 科学は「現在」の特別さを捉えられない?

第6章:時間の矢という問題
- 時間の矢の何が不思議なのか
- 「ものごとは逆向きにも生じうる」と物理学は主張する
- 時間反転対称性とはどういうことか
- 「割れた卵も元通りになる」と物理学は主張する
- 原理的には可能、実際上は困難、ということ?
- エントロピーとは何か
- エントロピーと熱力学第二法則、そして時間の矢
- エントロピーとは時間の矢の問題を解決しない
- それとも私たちの記憶のほうが間違っている?
- 今日の宇宙のエントロピーは低すぎる
- 統計的ゆらぎでは説明できないことが多すぎる
- 低エントロピーの起源はどこにあるか
- エントロピーの増大傾向を最大限に利用する力、重力
- 秩序の起源はビッグバンにある
- ではなぜ宇宙は低エントロピーではじまったのか

第7章:時間と量子
- 量子力学は過去をどう考えるか
- 同時に複数の歴史が生じ、未来に影響する?
- 可能な選択肢のすべてが歴史に寄与する
- 歴史から選択肢を取り去るとどうなるか
- 過去に影響を与えることは可能?
- 過去の行為をなかったことにできる?
- 未来が過去を決定する?
- 量子力学が結果的に日常世界と矛盾しない理由
- 量子力学の大問題「測定問題」と時間の矢
- 測定問題にたいするさまざまな解釈
- 「デコヒーレンス」で測定問題は解決する?
- 量子力学と時間の矢

第3部:時空と宇宙論

第8章:対称性と時空
- 対称性から物理法則は生まれる
- 時間の進み方は宇宙のどこでも同じ
- 「宇宙の膨張」とは何が膨張したのか
- 宇宙の時間が均一なのは膨張が対称的だから
- 膨張宇宙を理解するときのよくある間違い
- 私たちの「対称な膨張宇宙」はどんな形か
- 「対称な膨張宇宙」の時空をイメージしてみる
- 宇宙空間が無限の広がりをもっていたとすると……
- 宇宙論は対称性によって進展した

原注
「ザ・シンプソンズ」について

新年おめでとうございます。

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2014 元旦

読者のみなさまへ

新年おめでとうございます。昨年は当ブログをお読みいただきありがとうございました。数えたところ1年でちょうど100本の記事を投稿していました。

昨年は8月に「大栗先生の超弦理論入門」が発売され、9月と12月にはNHKから「神の数式」という番組が放送されたこともあり、一般の人が物理学の世界に関心をもつ機会となりよかったと思っています。これほど専門的に掘り下げて解説した番組はこれまでありませんでした。

ユーキャンの流行語大賞にはノミネートされませんでしたが、物理学の世界の昨年のキーワードが「ヒッグス粒子」だったことは間違いありません。

今年は物理学、数学の世界でどのような発見や展開がなされるのか楽しみです。


また、昨年は僕にとって電子書籍端末デビューの年でもありました。日本語の科学教養書が電子端末書籍でいくつか読めるようになったのが昨年の出来事でした。今年はさらに多くの本が電子化されればと願っています。そして欲を言えば数式で説明されている教科書や専門書も英語並みに電子化されるといいですね。


これからも専門書、一般向きに科学教養書を織り交ぜて紹介していきます。

今年もよろしくお願いいたします。楽しい正月をお過ごしください。


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宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン

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宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン 」〜時間と空間の正体

内容
ニュートン以来の謎、時間と空間。その探究はいま、驚くべき段階に到達している。物理学によれば、私たちの時間と空間に関する常識的な感覚は、どうしようもないほど間違っている。たとえば、「時間は流れるもの」「歴史はひとつのはず」「空っぽの空間ではなにも起こらない」という常識的な考え方は、どれも間違っているというのだ。物理学は、いったいどのように私たちの「常識」をくつがえすのか?この世界の本当の姿は、私たちの「常識」から、どれほどかけ離れているのだろうか?『エレガントな宇宙』の著者ブライアン・グリーンが、現代物理学のもたらす世界像を鮮やかに描き出す。全米ベストセラー「The Fabric of the Cosmos」待望の翻訳。2009年刊行。

著者について
ブライアン・グリーン
物理学者・超弦理論研究者。コロンビア大学物理・数学教授。研究の第一線で活躍する一方、超弦理論をはじめとする最先端の物理学を、ごく普通の言葉で語ることのできる数少ない物理学者の一人である。
超弦理論を解説した前著『エレガントな宇宙』は、各国で翻訳され、全世界で累計100万部を超えるベストセラーとなった。

翻訳者について
青木薫
1956年、山形県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院修了。理学博士。翻訳家。訳書にサイモン・シン『フェルマーの定理』『暗号解読()()』『宇宙創成()()』『(以上、新潮社)、W・ハイゼンベルク他『物理学に生きて』(筑摩書房)、J・D・ワトソン他『DNA()()』(講談社)、R・P・クリース『世界でもっとも美しい10の科学実験』(日経BP社)、バラバシ『新ネットワーク思考』(NHK出版)、『宇宙が始まる前には何があったのか?』(文藝春秋)など。


理数系書籍のレビュー記事は本書で241冊目。

下巻は宇宙論、超弦理論、テレポーテーション、タイムマシン理論から時空の正体を探る。

僕のように場の量子論や超弦理論まで教科書や専門書を「かじった」ことのあるレベルの人がこの本のような一般向けの科学教養書を読んでためになるのかと疑問に思う方がいらっしゃるかもしれない。

以前、僕もそのように感じていた。数式を使って解説した本で理解できるならそれに越したことはない。相対性理論や量子力学を教科書で学べるだけの素養がある人はぜひそうすべきだと思う。

特にグリーン博士の著書はまだ検証されていない超弦理論の展望や無限の数の宇宙の話など、とりとめのない話題に発散する傾向が強い。一見、UFOや地球外生物の話と同じくらいトンデモな本に思えて、これまで僕はグリーン博士の本を受け付けることができなかった。超弦理論は生まれたばかりだし、それが示す可能性はいくらでもある。予想される可能性の上に、さらに検証されていない可能性を積み重ねることで、とんでもない宇宙像が次々と描かれ、これはもはや科学ではないと思えてしまうのだ。

空想するのは自由だが、検証されていないことにこれだけ多くの時間を割いて説明することに意味があるのだろうか?検証されていることだけをきちんと学びたいという意識が強かった僕は、これまで博士の本を読みたいと思えなかったのだ。

今回ブライアン・グリーン博士の一般向けの本を選んで読み始めたのは、科学には興味があるけれども数式は苦手な読者に最先端の物理学の世界を紹介するためだった。ところが読んでみると予想と全く違っていた。僕自身とても楽しめたし、知らないことがいくつも書かれていたのだ。

それはつまり、こういうことなのだ。教科書や専門書で学べることはせいぜい物理学科の大学4年か大学院レベルまでの事柄だ。特殊・一般相対論と量子力学、場の量子論あたりまでは市販されている教科書で学ぶことができる。しかしこれらの理論は今もなお研究が進んでいるのだ。教科書だけだと最先端の研究内容は知ることができない。

それに対し科学教養書は一流の物理学者によって書かれ、最先端の研究内容やそこから予想される未来の理論や世界のことが解説されている。これまで学んできたことの中で取りこぼしてきた事柄もたくさん含まれているのだ。本書を読みながらそのことに気付かされた。

この下巻は、ビッグバン、インフレーション、超弦理論、テレポーテーションとタイムマシン、ブラックホールのエントロピーなどのテーマの解説に沿いながら時空の正体解明のための模索が進む。

本書の内容全体に対してはバランスを欠くが、僕にとっては次のようなことが目新しく、ためになった。


斥力としての重力

重力には引力しかないとずっと思っていたのだが、この本には「斥力」としての重力がどのようにして生じるかについての解説がある。これは一般相対性理論から予測されていることだ。アインシュタインが重力方程式に「宇宙定数」を取り入れたことは知っていたが、僕はその意味をよく考えたことがこれまでなかった。「宇宙は静止している」という条件を成り立たせるために導入した宇宙定数は、「斥力としての重力」をも前提とする理論だった。そしてこの本にはどうして斥力としての重力が生じるかが明解に説明されている。重力は物理系のもつ質量だけでなく、その系のもつ「エネルギー」と「圧力」によっても生じる。圧力が負の場合は斥力としての重力が生じるのだ。また本書には「過冷却ヒッグス場」は斥力の重力を生むという理論も紹介されている。


物体の回転に引きずられてその周囲の空間や時間が渦巻くこと

物体の質量によってその周囲の時間と空間が歪むことはもちろん知っていたし、数式を使った一般相対性理論としても僕は理解していた。しかし、それだけでなく物体を回転させることによってその周囲の時間と空間が引きずられる形で渦を巻くことを僕は知っていたのだが忘れてしまっていた。まるで時空に粘性があるような現象だ。これも一般相対性理論から導かれる物理現象である。本書でこのことを思い出した。いつか数式を使った方法で理解したいと思う。

以前、次のような記事を書いたことがある。物体の回転による時空の渦巻き変形は2011年にNASAの観測によって実証されている。地球の自転によっても周囲の時空が引きずられるのだ。

NASAの人工衛星が時空のゆがみを観測、アインシュタインの理論を実証する
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/62901739c9bca66e9579dbfb749a3707

そういえばジョディ・フォスター主演の映画「コンタクト(1997)」にでてくる時空移動のための巨大な装置は大きなリングを高速回転させるものだったことを思い出した。




インフレーション宇宙論の詳細

宇宙が膨張していることはウィルソン山天文台で観測され、ハッブルの法則として知られている事実である。ではなぜ宇宙は膨張しているのだろうか?宇宙誕生時のビッグバンの勢いが今でも続いているからというように単純なことではない。最新の観測結果によると約70億年前から膨張のスピードは加速しているそうだ。宇宙には物質が存在し、その質量は引力としての重力を生じる。つまり既存の力学では宇宙は膨張するとしてもその速度は小さくなっていくはずなのだ。ではなぜ観測されているような加速的膨張が見られるのだろうか?

暗黒エネルギーによる宇宙膨張の加速を確認
http://www.astroarts.co.jp/news/2010/04/02cosmic-acceleration/index-j.shtml

この現象は宇宙は1点から始まるというビッグバン宇宙論を土台にして構築されたインフレーション宇宙論によって理解できるようになる。本書ではとても詳しくインフレーション宇宙論が解説されている。それは宇宙の観測や既存の物理理論に裏打ちされた「信じるに足る理論」なのだ。宇宙論を語るのはまだ時期尚早だと思っていた僕にとって大きな収穫だった。

本書を読めば宇宙が平坦であること、均質であること、銀河や銀河団など複雑な構造が見られることなどの理由が現代物理学の視点から理解できるようになる。


既知の物質、暗黒物質、暗黒エネルギーの割合の根拠

私たちがすでに知っている物質は全宇宙のたった5パーセントであり、そのほかは暗黒物質が25パーセント、暗黒エネルギーが70パーセントであることは近年明らかになり「大栗先生の超弦理論入門」でも紹介されていたが、暗黒物質や暗黒エネルギーの正体がほとんどわかっていないのに、どうしてそれらの占める割合がわかるのだろうか?それらの合計がきっちり100パーセントになるのはなぜなのか?それは理論と観測によって明らかになったことなのだ。僕は本書でその根拠を初めて詳しく理解することができた。


未来からの野次馬見物がなぜいないのか(タイムマシン)

タイムマシンの開発が現実的には無理ということは、今ではほとんどの物理学者が受け入れていることであるが、その根拠のひとつとして「未来から現代にタイムマシンを使って旅行する人が見つからない。」というものがある。けれどもこの論理は十分なものではないのだ。本書ではその「論理の隙間」を示すことで、より深いタイムトラベルの論理や逆説を紹介している。


超弦理論の背景独立な定式化

超弦理論はもともと時間と空間の座標を使って構築されていたが、インフレーション宇宙論や「大栗先生の超弦理論入門」に書かれているように空間は(そしておそらく時間も)幻想であるということらしい。時間や空間の存在を前提としない理論の構築が必要になっているのだ。これを「超弦理論の背景独立な定式化」と呼んでいる。それがどのようなものかは全くといっていいほどわかっていないが本書ではそのような理論が必要になるまでのいきさつが解説されている。


前著「エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」との重複について

エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」との重複箇所が気になっている方が多いことだろう。結果から言うと下巻の超弦理論を説明した部分はかなりの重複があった。特に振動する弦が素粒子をあらわすこと、巻き上げられた追加次元(余剰次元)の解説あたりは同じような説明が繰り返されている。けれども本書には新たに次の4つのことが加えられている。

- Dブレーンやブレーンワールド
- AdS/CFT
- ホログラフィー原理
- 超弦理論を実験で検証できる可能性


訳者あとがきについて

上巻、下巻合わせると本書は900ページくらいになる。実にさまざまな視点から、冗長といえるほどていねいに書かれているので「木を見て森を見ず。」になりがちだ。物理法則から予言される可能性を次々に紹介しているため、ひとつの答がほしい読者の中には混乱してしまう方もいるだろう。

そのような方は下巻の最後に挿入されている「訳者あとがき」をじっくりお読みになるとよい。本書を翻訳された青木薫氏は京大理学部の大学院を卒業された方だ。上巻、下巻の内容をかみ砕いて解説してくださっているのが全体のまとめがほしい読者にはとてもありがたい。


最後になるが、上巻と下巻からわかってきた時間と空間の本質を整理すると次のようになる。

1)時間と空間は一体で不可分。空間だけや時間だけの世界は存在しない。(特殊相対性理論)

2)時間や空間は物体の運動によって伸び縮みする。(特殊相対性理論)

3)時間や空間はその中にある物体の質量、エネルギー、圧力によって伸び縮みする。(一般相対性理論)

4)時間や空間はその中にある物体の回転に引きずられて渦を巻くように変形する。(一般相対性理論)

5)時間や空間はより小さい世界に行くに従い「揺らぐ」ようになり、距離や長さを求められなくなる。(量子論)

6)時間や空間にはそれ以上分割できない限界がある。(量子論、場の量子論による仮説)

7)何もない空っぽの空間という意味での真空は存在しない。さまざまな波動場が共存し、粒子が生成・消滅するダイナミックな世界が真空なのだ。(場の量子論)

8)空間は3次元だけでなく小さく巻き上げられて見えない6次元の追加次元(余剰次元)がある。(超弦理論による仮説)

9)空間は裂けたり修復されたりしているのかもしれない。(超弦理論による仮説。「エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」に解説がある。)

10)宇宙の始まりには時間と空間はすべて巻き上げられていた。(インフレーション宇宙論、超弦理論による仮説)

11)空間は(そしておそらく時間も)幻想である。空間と時間は弦の振動によって生まれる。(超弦理論による仮説)



この分量を読みきるのはかなり大変だが、時間を見つけてぜひ読んでみてほしい。


宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン
宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン

 


翻訳のもとになった英語版2004年に出版された。Kindle版もでている。

The Fabric of the Cosmos: Brian Greene




関連記事:

エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/404c24b68f57609900bc3d7a030333d5

宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9a33e8f5ee79057972cf86c7b20c5218


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宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン 」〜時間と空間の正体



第3部:時空と宇宙論

第9章:ビッグバン直後
- 温度が変わると対称性も変化する
- 力の場、物質の場、ヒッグス場
- 宇宙が冷えてヒッグスの海ができた
- ヒッグスの海が質量を生み出している
- ヒッグスの海がない高温下では力は統一される
- 大統一理論の興奮とその後
- ヒッグスの海が存在する証拠を探す
- エントロピーと時間

第10章:ビッグバンとインフレーション
- アインシュタインの「宇宙定数」と斥力の重力
- 「過冷却ヒッグス場」は斥力の重力を生む
- 過冷却ヒッグス場とインフレーション理論
- インフレーション理論に関する2つの注意点
- インフレーションは地平線問題を解く
- インフレーションは平坦問題を解く
- 予測される宇宙の密度と観測値の差
- 目に見えない大量の物質「暗黒物質」
- 「減速パラメータ」で宇宙の物質総量を探る
- 暗黒エネルギーで宇宙の膨張は加速した
- 解かれた謎、新しい謎

第11章:夜空に残るインフレーションの痕跡
- インフレーション前の量子ゆらぎが銀河を作った
- マイクロ波背景放射に残る量子揺らぎの痕
- 宇宙は最初、10キログラムだった!
- インフレーションが低エントロピー宇宙を作った
- 宇宙の膨張過程でエントロピーは減少したか
- インフレーション理論による時間の矢の説明
- まだ残る謎

第4部:統一とひも理論

第12章:宇宙は「ひも」でできているか
- 「真空」は量子ゆらぎで満ちている
- 量子ゆらぎは一般相対性理論を破綻させる
- それは問題なのか
- 解決の糸口を探る紆余曲折
- 第一次ひも理論革命
- すべての粒子はひもの振動から生まれる?
- なぜひも理論はうまくいくのか
- ひもより小さいスケールを考える意味
- ひも理論でなければできないこと
- 粒子の性質はひもの振動パターンで決まる
- ひも理論は必要以上の種類の粒子を生む?
- ひも理論はたくさんの空間次元を必要とする
- 追加された次元が隠れる場所はあるのか
- 隠れた次元を予測する理論
- 隠れた次元はどういう形をしているか
- 追加次元の形が物理法則を決める
- ひも理論が描き出す宇宙の基本構造

第13章:宇宙は「ブレーン」のなかにあるか
- 第二次超ひも理論革命--M理論の登場
- 五つのひも理論間の翻訳を使って問題を解く
- M理論は10次元の空間次元を必要とする
- ひもだけでなく膜もある可能性
- ブレーンワールド--私たちは膜のなかにいる?
- ブレーンにくっついて振動するひも
- この宇宙がブレーンワールドか、調べられる?
- 短距離での重力の振舞いに手がかり?
- 追加次元もひもも意外と大きいかもしれない
- ひも理論を実験で検証できる可能性
- ブレーンワールド宇宙論の誕生
- サイクリック宇宙論--宇宙は生まれ変わる?
- サイクリック・モデルの長所と短所
- 新しい時空観がもたらされるか

第5部:空間と時間への新たな挑戦

第14章:実験と観測による挑戦
- 回転物周辺で時空が渦巻くことを検証
- 重力波を検出するさまざまな計画
- 追加次元を探す実験の数々
- ヒッグスと超対称性とひも理論の検証
- 数ある宇宙論シナリオのどれが正しいか
- 暗黒物質と暗黒エネルギーの正体を探る観測
- 空間と時間に関する思索

第15章:テレポートとタイムマシン
- 量子力学でテレポーテーションを考える
- 量子エンタングルメントを使えばテレポート可能
- しかし現実的なテレポーテーションは可能か
- 時間旅行をめぐるパラドックス
- パラドックスは本当は存在しない?
- 自由意思のパラドックスは多世界解釈で解決?
- 過去への時間旅行を研究する物理学者たち
- ワームホール・タイムマシンの作り方
- ワームホール・タイムマシン建造の問題点
- 未来からの野次馬見物がなぜいないのか

第16章:時空は本当に宇宙の基本構造か
- 空間と時間は別の「何か」でできている?
- 量子世界の平均像としての時空
- 違う形の空間が同じ意味をもつ?
- ブラックホールのエントロピーが示すヒント
- 宇宙はホログラムなのかもしれない!
- 時空の存在そのものを導く理論は可能か
- やがて来る、時空の概念を変える発見

訳者あとがき

さくいん
原注
「ザ・シンプソンズについて」
用語解説
参考図書

隠れていた宇宙(上):ブライアン・グリーン

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隠れていた宇宙(上):ブライアン・グリーン

内容
量子力学、超ひも理論、ランドスケープ宇宙、ホログラフィック理論……物理学の先端をそれぞれに切り拓いた、あるいはいま切り拓きつつある理論を各々突き詰めていくと、不思議なことに、必ずと言っていいほど「私たちのいる宇宙から見えないところに別の(多くの)宇宙がある」という結論が導かれる。現代はある意味で、「多宇宙の世紀」なのだ。これらの見えない宇宙を実験で確かめるすべは、今はまだない。しかし、これだけあちこちの科学者から報告される多宇宙=多世界=並行世界を、私たちはどう考えるべきか? 科学的な観測事実の裏付けのないものはやはり、物理研究の対象と見なすべきではないのか? いやむしろ、これだけ数学の確固たる裏付けをともなったものはリアルな、実在のものと考えるべきではないのか……『エレガントな宇宙』『宇宙を織りなすもの』で、普通の言葉で先端理論をわかりやすく解説すると定評のある、グリーン待望の本格的科学解説。2011年刊行。

著者について
ブライアン・グリーン
物理学者・超弦理論研究者。コロンビア大学物理・数学教授。研究の第一線で活躍する一方、超弦理論をはじめとする最先端の物理学を、ごく普通の言葉で語ることのできる数少ない物理学者の一人である。
超弦理論を解説した前著『エレガントな宇宙』は、各国で翻訳され、全世界で累計100万部を超えるベストセラーとなった。

翻訳者について
大田直子
翻訳家。東京大学文学部社会心理学科卒。訳書にサックス『音楽嗜好症』、リドレー『繁栄』(共訳)、オレル『明日をどこまで計算できるか?』(共訳、以上早川書房刊)、サトゥリス『徒歩で行く150億年の旅』、メレディス『インドと中国』、ロオジエ『関係の法則』ほか多数。

監修者について
竹内薫
1960年東京生。科学作家。1983年東京大学教養学部教養学科、1985年同理学部物理学科卒。マギル大学(カナダ)哲学科・物理学科修士課程を経て、1992年博士課程修了。Ph.D(高エネルギー物理学専攻)。一般読者にもわかりやすく手に取りやすい先端科学の解説本には定評があり、近年ではテレビやラジオでも科学解説者として活躍中。著書に『シュレ猫がいく! ブレーンワールドへの大冒険』『「超ひも理論」とはなにか』『ゼロから学ぶ超ひも理論』『物質をめぐる冒険』『世界が変わる現代物理学』『99.9%は仮説』ほか多数。訳書にテイラー『奇跡の脳』、ホーガン『科学の終焉』、マクスウェル『電気論の初歩』ほか多数。


理数系書籍のレビュー記事は本書で242冊目。

現代物理学の「SF化」が著しい。果たしてこれは科学なのだろうか?

私たちの住む宇宙の大きさが無限かどうかもわかっていないのに、そして始まりの瞬間や終わりがどうなるかもわかっていないのに「多宇宙(マルチバース)」の研究が進んでいる。

科学雑誌ニュートンで泡のような宇宙がいくつも描かれ、そのひとつが私たちの宇宙だという図版を目にした方もいることだろう。またNHKの「神の数式」の最後の10秒ほどで「宇宙は無数に存在するという説もでてきた。」と紹介されていた。

泡宇宙




本書はその最後の部分であっさりと語られた「多宇宙論」を詳細に解説した本である。ブライアン・グリーン博士にとっては3冊めの科学教養書だ。

上巻に登場する多宇宙は次の5種類。概念図とともに紹介しよう。下の3つは超弦理論から予想されているものだ。


パッチワークキルト多宇宙

わたしたちの宇宙と同じ物理定数や物理法則を持つ宇宙が四方八方に無限個埋め尽くされている多宇宙。ひとつひとつの宇宙はハッブル体積(宇宙膨張の後退速度が光速未満となる宇宙の体積)をもつ。




インフレーション多宇宙

インフレーション宇宙論を前提にした多宇宙論。宇宙のインフレーションが巨大ネットワークになり泡宇宙が無限に連鎖する。物理定数や物理法則はインフレーションの条件によって違ってくるのでそれぞれの泡宇宙で異なる。インフレーション宇宙論が成立するためには、そもそもインフラトン場が存在していなければならないが、この場の存在は仮説の段階だ。




ブレーン多宇宙

超弦理論のブレーンワールドのシナリオが予想する多宇宙。Dブレーンが異なる次元に無数存在するという多宇宙論。私たちの宇宙は1つの巨大な3次元のDブレーン(D-3ブレーン)だとする。2つのDブレーン、つまり2つの宇宙が衝突するとき莫大なエネルギーが発生し、これをビッグバンと考えることにより新たな宇宙が誕生する。




サイクリック多宇宙

超弦理論で導かれる2つのDブレーン、つまり2つの宇宙が衝突するとき莫大なエネルギーが発生し、これをビッグバンと考えることにより新たな宇宙が誕生する。これが繰り返されることにより時間的に並行するいくつもの宇宙を生み出す。宇宙創成の1サイクルはおよそ1兆年だという。




ランドスケープ多宇宙

超弦理論とインフレーション宇宙論を総合して組み立てた多宇宙論。余剰次元の様々な形は様々な泡宇宙を生み出し、それら宇宙の物理定数や物理法則は異なる。




このような多宇宙論を拒否したり疑念を抱いている科学者も多い。また真面目に研究している科学者がいるのも確かだ。インフレーション宇宙論については着実に信頼度を上げているが、理論に必要なインフラトン場が実験で検証されていない。また超弦理論はM理論に発展し将来有望な万物の理論として提唱されたが、肝心の余剰次元の形の研究が進んでいない。これらの多宇宙論は主にこれら2つの理論を土台にしているため、仮説の上に仮説を重ねた形で構築されているのだ。

とはいえ、実際に本書を読んでみるとわかるのだが説明はとてもわかりやすく、理論の積み重ねも筋がとおっている。説得されるとまではいかないまでも、話の筋道としてはそういう多宇宙もあり得ると思わざるを得なくなるのだ。

宇宙がたくさんあるかもしれないということはNHKの「神の数式」の最後でほんの少しだけ紹介されていた。しかしあまりにも短い紹介だったのでどのような理論を指しているのかわからなかった。超弦理論がテーマだから、おそらく「ブレーン多宇宙」か「サイクリック多宇宙」、「ランドスケープ多宇宙」のことだろう。

番組の内容から判断すると、これはカラビ-ヤウ空間という6次元の余剰次元の取りうる形が10の500乗という膨大な数になるから、それが記述しうる物理法則の数もそれと同じくらい膨大になるということだ。9月の放送では「10の500乗という数の宇宙がでてきてしまうという新たな問題もでてきた。」という多宇宙説に否定的な表現がとられ、12月の「完全版」では「10の500乗個の宇宙が今でも生まれたり消えたりしている。」という多宇宙説に肯定的な表現がとられていた。

しかし10の500乗種類という可能性はカラビ-ヤウ空間の取りうる数学上の数であって、現実の物理的実在(宇宙)の数ではない。だからこの文脈では9月の放送での表現のほうが正しいと僕は思うのだ。それでも本書には異なる物理法則が成り立つ10の500乗種類の宇宙が存在するかもしれないと信じている科学者かいることも紹介されている。

本書には「〜の可能性がある。」とか「〜であることは否定できない。」とか「〜かもしれないのだ。」のような表現がとても多い。仮説の正しさに対して「可能性」という言葉を口にするとき2つの相反する受け取り方がある。「可能性はゼロではないが、ほとんど無いに等しい。」という否定的な受け取り方と「可能性があるので、きっと確信できるようになるだろう。」という肯定的な受け取り方だ。本書で取り上げられる多宇宙はそれぞれ「存在する可能性がある」ものなので、解説を読んだ上でどちらの立場をとるかはひとりひとりの判断に委ねられている。


以下、僕が気になった箇所、今回学んだ事柄、注意点を述べておこう。


Dブレーンの存在は受け入れられるか

ブレーン多宇宙の説明が成り立つためにはDブレーンという存在を認めなければならない。D-3ブレーンだけなくD-4ブレーンやその他の次元のブレーンも含めてだ。そして開いた弦の端はこれらのブレーンに「接続していなければならない」ことも含めてだ。文章による解説だけではにわかに信じられないというのが僕の実感だった。あなたはこのようなものを物理的な実在として受け入れることができるだろうか?

さらに本書ではブレーンの周りには「ブレーン場」た存在しているという。これは電子でいえば電場のようなものだそうだ。そして電場を電気力線で表現するようにブレーン場に対しては「流束」というものがあるという。ブレーン場の強さは流束の本数によってあらわされ、その数は整数値をとるそうだ。

しかし先月はじめに読んだ「初級講座弦理論 発展編:B.ツヴィーバッハ」の第16章「弦のチャージと電荷」や第20章「Born‐Infeld理論とD‐ブレーンの電磁場」で僕はDブレーンの周りのKalb-Ramon場(つまりブレーン場)や弦に流れるチャージ(荷量)がD-ブレーンに電荷や電場を生み出すことを定量的に学んでいた。このことを思い出すとD-ブレーンの実在性がだいぶ納得できるようになった。


10の500乗という数はどこからくるか

カラビ-ヤウ空間の取りうる可能性がこの数だという説明をしたが、実はもう少し事情は複雑だ。本書によるとカラビ-ヤウ空間の一部はブレーンによって包まれ、上述の流束(ブレーン束)によって数珠つなぎになっているという。カラビ-ヤウ空間が「ドレスアップ」するわけだ。あるカラビ-ヤウ空間に開いている領域が1つある場合、それを流束でドレスアップする方法が10通りあって、余剰次元の形が新たに10個生まれる。開いている領域が2個あれば10x10=100通りのドレスアップの形が生まれる。超弦理論によればおよそ500の開いている領域をもつカラビ-ヤウ空間もあるので、ドレスアップされた余剰次元の形は10の500乗種類になる。この膨大な数に対して異なる物理法則が生まれるというのだ。


コペルニクス原理と人間原理

地球は宇宙の中心ではなく、太陽の周りを回っている惑星のひとつにすぎない。このように私たちの宇宙が唯一無二の存在ではなく、同じような宇宙は他にもあると考えるのが「コペルニクス原理」の考え方だ。これに対し、この宇宙の宇宙定数や物理パラメータが現在の値になっているのはその条件が偶然すべて揃ったから銀河だけでなく太陽系も地球も、そして生物や人間も存在できたのだというのが「人間原理」である。

科学的な探究心に従う限り、なぜ宇宙定数や物理パラメータがそのような値になっているかということを解明したくなるものだ。しかし、そこに本質的な理由はない。なぜならその条件がたまたま私たちの銀河や生命体を進化させたからだ。自然界の定数を納得できるように説明するには、その定数としてさまざまな値をもっている種々の宇宙がなくてはならない。この多宇宙の状況ではじめて人間原理の論法によって神秘が当たり前のことに成りうるのだ。


M理論で見つかった10番目の空間次元はなぜ見落とされていたか

超弦理論での空間は9次元であることが計算で求められるのだが、その後5つの超弦理論はM理論という1つの枠組みにまとめられた。しかしM理論が要請する空間は10次元だという。そして10番目の次元は見落とされていたという説明があった。計算で9次元と求められたはずなのになぜ見落とされたのだろう?僕はこのことが気になっていたが、本書にその答が書かれていた。

なぜかというと、これまで知られていなかった10番目の空間次元の大きさは、弦の結合定数の大きさで決まるからだ。研究者たちは摂動論を使うために結合定数を小さくすることで、知らないうちにこの空間次元も小さくして理論の数学にとっても見えなくなってしまっていたのだ。


別の宇宙の存在を確認する手段はあるのか

確認としては間接的なものになってしまうが手段はあるのだそうだ。それは次のような測定による。

- 短い距離での重力の逆2乗測の破れを検出して巻き上げられた余剰次元の存在を間接的に確認し、さらに余剰次元に漏れる重力の量を測定する。

- 重力波を検出し精密に測定する。(LIGOなどの巨大な施設およびLHCなどでの超ミクロなブラックホールの検出)

また、宇宙の加速的膨張やマイクロ波の背景放射の精密な測定、インフラトン場の検出、超対称性粒子の検出、超弦理論の余剰次元の形の決定など、インフレーション理論や多宇宙論の土台となる観測や研究の発展も必要だ。


「エレガントな宇宙」や「宇宙を織りなすもの」と重複している内容

「ブレーンワールド宇宙論」と「サイクリック宇宙論」は「宇宙を織りなすもの」でも解説されていたが、本書の説明のほうが圧倒的に詳しい。

また超弦理論については「エレガントな宇宙」や「宇宙を織りなすもの」と重複している。しかし、多宇宙を解説する文脈の中で必要になることなので、重複していてもそれほど気にならない。

一般相対性理論や量子力学は、本書ではほとんど解説されていないので「エレガントな宇宙」や「宇宙を織りなすもの」との重複は気にしなくてよい。ただし「量子のゆらぎ」の説明は3冊を通して重複している。



下巻ではこのような多宇宙の研究が果たして科学なのかという議論がなされるのと、他のタイプの多宇宙も紹介されているそうだ。


単行本と文庫版、そしてKindle版も出ているのでぜひ読んでみてほしい。

単行本:

隠れていた宇宙(上):ブライアン・グリーン
隠れていた宇宙(下):ブライアン・グリーン

 

文庫版:

隠れていた宇宙(上)文庫版:ブライアン・グリーン
隠れていた宇宙(下)文庫版:ブライアン・グリーン

 


翻訳のもとになった英語版20011年に出版された。Kindle版もでている。

The Hidden Reality: Brian Greene




関連ページ:

多元宇宙論が検証可能に?(ナショナルジオグラフィック ニュース)
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20110810002



関連記事:

エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/404c24b68f57609900bc3d7a030333d5

宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9a33e8f5ee79057972cf86c7b20c5218

宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e7d60b8a36b423ef5d42df59458804b7


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隠れていた宇宙(上):ブライアン・グリーン



はじめに

第1章:現実(リアリティ)の境界--並行宇宙について
- 単一の宇宙と複数の宇宙
- 並行宇宙のさまざまなバリエーション
- 宇宙の秩序

第2章:終わりのないドッペルゲンガー--パッチワークキルト多宇宙
- ビッグバンの父
- 一般相対性理論
- 宇宙とティーポット
- 納税申告書の重力
- 原初の原子
- モデルとデータ
- 私たちの宇宙
- 無限の宇宙のなかの実在(リアリティ)
- 無限の空間とパッチワークキルト
- 有限の可能性
- 宇宙の繰り返し
- 単なる物理現象
- これをどう考えるか

第3章:永遠と無限--インフレーション多宇宙
- 熱い始まりの名残
- 原初の光子の不可解な一様性
- 光速より早く
- 広がる地平線
- 量子の場
- 量子場とインフレーション
- 永遠のインフレーション
- スイスチーズと宇宙
- 視点を変える
- [インフレーション多宇宙]を経験する
- くるみの殻のなかの宇宙
- 泡宇宙のなかの空間

第4章:自然法則の統一--ひも理論への道
- 統一の沿革
- 再説--量子場
- ひも理論
- ひも、点、量子重力
- 空間の次元
- 大いなる期待
- ひも理論と粒子の性質
- ひも理論と実験
- ひも理論、特異点、ブラックホール
- ひも理論と数学
- ひも理論の現状

第5章:近所をうろつく宇宙--ブレーン多宇宙とサイクリック多宇宙
- 近似法を超えて
- 双対性
- ブレーン
- ブレーンと並行多宇宙
- 粘着性のブレーンと重力の触手
- 時間、サイクル、そして多宇宙
- サイクリック宇宙の過去と未来
- 流束のなかで

第6章:古い定数についての新しい考え--ランドスケープ多宇宙
- 宇宙定数の再来
- 宇宙の運命
- 距離と明るさ
- そもそも、それは何の距離なのか
- 宇宙の色
- 宇宙の加速
- 宇宙定数
- ゼロの説明
- 宇宙論における人間
- 生命、銀河、自然に潜む数字
- 悪から善へ
- 最後のステップを手短に
- ひも理論のランドスケープ
- ランドスケープにおける量子トンネル現象
- あとの物理現象は?
- これは科学か?

原注

隠れていた宇宙(下):ブライアン・グリーン

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隠れていた宇宙(下):ブライアン・グリーン

内容
量子力学、超ひも理論、ランドスケープ宇宙、ホログラフィック理論……物理学の先端をそれぞれに切り拓いた、あるいはいま切り拓きつつある理論を各々突き詰めていくと、不思議なことに、必ずと言っていいほど「私たちのいる宇宙から見えないところに別の(多くの)宇宙がある」という結論が導かれる。現代はある意味で、「多宇宙の世紀」なのだ。これらの見えない宇宙を実験で確かめるすべは、今はまだない。しかし、これだけあちこちの科学者から報告される多宇宙=多世界=並行世界を、私たちはどう考えるべきか? 科学的な観測事実の裏付けのないものはやはり、物理研究の対象と見なすべきではないのか? いやむしろ、これだけ数学の確固たる裏付けをともなったものはリアルな、実在のものと考えるべきではないのか……『エレガントな宇宙』『宇宙を織りなすもの』で、普通の言葉で先端理論をわかりやすく解説すると定評のある、グリーン待望の本格的科学解説。2011年刊行。

著者について
ブライアン・グリーン
物理学者・超弦理論研究者。コロンビア大学物理・数学教授。研究の第一線で活躍する一方、超弦理論をはじめとする最先端の物理学を、ごく普通の言葉で語ることのできる数少ない物理学者の一人である。
超弦理論を解説した前著『エレガントな宇宙』は、各国で翻訳され、全世界で累計100万部を超えるベストセラーとなった。

翻訳者について
大田直子
翻訳家。東京大学文学部社会心理学科卒。訳書にサックス『音楽嗜好症』、リドレー『繁栄』(共訳)、オレル『明日をどこまで計算できるか?』(共訳、以上早川書房刊)、サトゥリス『徒歩で行く150億年の旅』、メレディス『インドと中国』、ロオジエ『関係の法則』ほか多数。

監修者について
竹内薫
1960年東京生。科学作家。1983年東京大学教養学部教養学科、1985年同理学部物理学科卒。マギル大学(カナダ)哲学科・物理学科修士課程を経て、1992年博士課程修了。Ph.D(高エネルギー物理学専攻)。一般読者にもわかりやすく手に取りやすい先端科学の解説本には定評があり、近年ではテレビやラジオでも科学解説者として活躍中。著書に『シュレ猫がいく! ブレーンワールドへの大冒険』『「超ひも理論」とはなにか』『ゼロから学ぶ超ひも理論』『物質をめぐる冒険』『世界が変わる現代物理学』『99.9%は仮説』ほか多数。訳書にテイラー『奇跡の脳』、ホーガン『科学の終焉』、マクスウェル『電気論の初歩』ほか多数。


理数系書籍のレビュー記事は本書で243冊目。

多宇宙(マルチバース)の理論については物理学者の間でも判断が大きくわかれ、それを嫌悪し、反対の立場をとる学者もいる。一般の人にとっても受け入れがたいことは容易に想像がつくし、僕も本書を読みながら「主張するのは勝手だけど、とりとめもないそんな妄想を今の段階で議論しても意味があるの?」という思いが何度も頭をもたげてきた。

これは科学なのか?検証したり、何かを予測することのできる理論なのか?と問うことすら時間の無駄に思えてならない。

けれども多宇宙理論を肯定しているのは著者のグリーン博士だけではない。多くの科学者が真面目にこの分野に取り組んでいることが紹介されている。数学に裏付けられた現代物理学は、いくつもの別のルートを辿り、そのほとんどが行き着く先が、それぞれタイプは異なるのだが「多宇宙」という点で一致している。


下巻では新たに量子多宇宙、ホログラフィック多宇宙、シミュレーション多宇宙、究極の多宇宙という4つのタイプの多宇宙が紹介されるのだが、猪突猛進する前に立ち止まって次のような考察を読者に示している。(第7章「科学と多宇宙--推論、説明、予測」)

- 仮説や理論が科学と呼べるためには何が必要か?
- 多宇宙は観測不能か?
- 多宇宙理論は何に立脚しているか?
- 多宇宙理論は何かを予測し、意味のある役割を果たせるのか?

これらの点について詳細な説明と議論が尽くされるのであるが、結論として次のようになると本書では主張されている。

- 仮説や理論が科学と呼べるための必要条件については意見が分かれているが、一般的には「検証可能性」や「予測可能性」だと言われている。
- 多宇宙は直接観測不能であるが、そのうちのいくつかのタイプは間接的な形でその存在や性質を検証することができる可能性がある。
- 多宇宙理論は、既存の物理学と数学、そして現在仮説段階の物理理論と数学的な推論に立脚している。
- 多宇宙理論は私たちの宇宙や他の多宇宙について何かを予測できるようになる可能性がある。

書いてあることの理解はできたが、僕は机上の空論というか砂上の楼閣の設計図が正しいことを延々と聞かされている気分になった。それでも著者は猪突猛進するのではなく、反対意見を意識しながら研究をしていることはわかったので、その後を読み進もうとする気持ちの糸はつながったままでいられるのだ。

そして4つのタイプの多宇宙の紹介が始まる。


量子多宇宙

この多宇宙は、いわゆるエヴェレット3世が波動関数の収縮、観測問題という量子力学の解釈をめぐる困難を解消するために発案した「多世界」のことで、他のタイプの多宇宙のように遠くにある宇宙ではない。それではどこにあるのかと聞かれてしまうと答には困ってしまうわけであるが。。。エヴェレットの多世界は提唱された当時から反発を呼び、1980年代には「トンデモ理論」としてのレッテルを貼られていた。しかし、近年の物理学の発展によってこの理論の信ぴょう性が浮上し、再び議論の舞台に浮上しているのだ。

僕自身はこの多世界論のことをタイムパラドックスを解決するという文脈で知ったが、そのときの説明は短すぎて「トンデモ理論」だという印象を強く持った。ところが本書での説明はとても詳しく、ボルンの確率解釈や観測問題など一般的に受け入れられている量子力学の解釈が抱える問題と対比して解説されているので、多世界解釈を受け入れることが論理的には自然で美しいのだということがよくわかる。


ホログラフィック多宇宙

上巻、下巻を通じてこの箇所が僕にとっていちばん有益だった。無限の彼方にある2次元の面にある情報(つまり1と0のビット)が私たちの3次元宇宙と等価であるというのが「ホログラフィー原理」であり、このことは「大栗先生の超弦理論」でも紹介されていたが、本書ではさらに詳しい解説がされている。

その発想の元はブラックホール表面にある情報の問題である。ホーキング放射、ホーキングパラドックスについてとても詳しく知ることができたのがよかった。NHKの「神の数式」で紹介されていたように、ブラックホールの謎の熱の問題は超弦理論によって解決されていたのだが、これの詳細も解説されている。

この世界の本質が「情報」であるという考え方だけでも突飛であるのに、本質はむしろ「情報」のほうにあり、この世界のほうが幻影だという考え方は衝撃的だ。この世界(空間と時間)は連続だという考え方は量子の世界では大いに怪しくなる。空間の最小体積は「プランク体積」というものになり、その体積が保持できる情報の量が1ビットであると予想されている。

常識的に考えればブラックホールが蓄えることのできる情報量は体積に比例すると思われるがそうではない。不思議なことに情報量はブラックホールの表面積に比例しているのだ。

ある特定の体積の領域が保持できる情報量には限界があり、限界を超えるとその領域はブラックホールになってしまうという説が特に興味深かった。

ホログラフィック宇宙の理論的根拠は超弦理論である。蓄える情報の違いにより無限の数の多宇宙が生成されると予想されているのだ。


シミュレーション多宇宙

この多宇宙のことが僕はいちばん受け入れがたかった。シミュレーション多宇宙とはコンピュータによって作られる「仮想現実」のことだ。映画「トータル・リコール」の世界である。コンピュータの中の仮想世界の中には私たちの世界と同様の世界や、まったく異なる世界が存在し、そこには意思を持つ生命が「生きて」いる。その世界もコンピュータがあり、新たな仮想現実の世界を生み出し、仮想世界生成の連鎖は無限に続く。

私たちは「仮想現実でない世界」に生きていると信じているが、果たしてそう言い切れるだろうか?この世界が仮想でないという証拠を提示することができるだろうか?

本書のこの部分では、このようにSFの世界そのもののような多宇宙論が展開されるのである。

しかし、ここで重要なのはコンピュータが描き出しうる世界というのは「計算可能な宇宙」であるということだ。アラン・チューリングによってコンピュータ・アルゴリズムによって解くことができる問題とそうでない問題についての研究が行なわれたが、計算不能の多世界はシミュレーション多宇宙からは除外されるのである。


究極の多宇宙

究極の多宇宙とは「考えられうる限りのすべて種類の宇宙」のことである。この多宇宙はシミュレーション多宇宙を論じる前に紹介されていた。著者が大学生の頃に受講した哲学の講義を担当された教授から提示された話の中で持ち出されたのがその発端である。

「考えられうる限りのすべての種類の宇宙」の例として本書では「モッツァレラチーズだけでできた宇宙」があげられている。何でもありだ。きりがない。「不思議の国のアリスの世界そのままの宇宙」だってよいわけだし、「スターウォーズの世界」でも、「ロボットだけが生活している宇宙」も「究極の多宇宙」の仲間だ。「チョコレートだけでできた世界」や「何も無い世界」というのでもOK。

さすがにグリーン博士も、このような多宇宙は科学ではないとおっしゃっている。それはそうなのだが、なぜこのような多宇宙論を持ち出す必要があるのだろうか?

それは無限にある多宇宙の可能性のうち、意味のあるものと意味のないものを区別するよりどころを示すためである。シミュレーション多宇宙の説明では「計算可能性の有無」がその基準になり、その他の多宇宙では「数学による裏付けができるかどうか」、「論理的な整合性」が基準になる。

究極の多宇宙という明らかに非科学的なトンデモ宇宙の極限と対比されることで、これまで紹介されてきた他の多宇宙の論理的な枠組みがまっとうで、正しいもののように思えてきてしまうのが可笑しかった。


本書の最後では、上巻、下巻を通じて取り上げた多宇宙のことがまとめとしてもう一度紹介され、それが科学であることの説明が再び主張されている。


グリーン博士のとてつもない話の本ばかり続いたので、地に足がついた本を読みたくなった。次の本は普通の教科書にしよう。


単行本と文庫版、そしてKindle版も出ているのでぜひ読んでみてほしい。

単行本:

隠れていた宇宙(上):ブライアン・グリーン
隠れていた宇宙(下):ブライアン・グリーン

 

文庫版:

隠れていた宇宙(上)文庫版:ブライアン・グリーン
隠れていた宇宙(下)文庫版:ブライアン・グリーン

 


翻訳のもとになった英語版20011年に出版された。Kindle版もでている。

The Hidden Reality: Brian Greene




関連ページ:

多元宇宙論が検証可能に?(ナショナルジオグラフィック ニュース)
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20110810002



関連記事:

隠れていた宇宙(上):ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4a1abbca21c0188f43d7d72af39287f2

エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/404c24b68f57609900bc3d7a030333d5

宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9a33e8f5ee79057972cf86c7b20c5218

宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e7d60b8a36b423ef5d42df59458804b7


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隠れていた宇宙(下):ブライアン・グリーン



第7章:科学と多宇宙--推論、説明、予測
- 科学の本質
- 手が届く多宇宙
- 科学と手の届かないものI--観測不能な宇宙を持ち出すことは、科学として正当と認められるのか?
- 科学と手の届かないものII--原理はここまでにして、実際問題として何に立脚するのか?
- 多宇宙における予測I--多宇宙を構成する宇宙は、それ自体は手の届かないものでも、予測をするという点で意味のある役割を果たせるのか?
- 多宇宙における予測II--原理はここまでにして、実際問題として何に立脚するのか?
- 多宇宙における予測III--人間原理
- 多宇宙における予測IV--何が必要か?
- 無限の割り算
- 反対派からのさらなる異論
- 謎と多宇宙--私たちは多宇宙から、ほかではえられない説明能力を与えられるのか?

第8章:量子測定の多世界--量子多宇宙
- 量子論における実在(リアリティ)
- 二者択一の謎
- 量子波
- 早まるな
- 線型性とその不満
- 多世界
- 二つの話の話
- いつ「もう一つの宇宙」になるのか
- 最先端の不確定性
- 予想される問題
- 確率と多世界
- 予測と理解

第9章:ブラックホールとホログラム--ホログラフィック多宇宙
- 情報
- ブラックホール
- 第二法則
- 第二法則とブラックホール
- ホーキング放射
- エントロピーと隠れた情報
- エントロピー、隠れた情報、ブラックホール
- ブラックホールの隠れた情報を突き止める
- ブラックホールだけでない
- 細則
- ひも理論とホログラフィー
- 並行宇宙か並行数学か?
- 結び--ひも理論の未来

第10章:宇宙とコンピュータと数学の実在性--シミュレーション多宇宙と究極の多宇宙
- 宇宙を創造する
- 思考の成分
- シミュレーションされた宇宙
- あなたはシミュレーションのなかで生きているのか?
- シミュレーションの向こうを見る
- バベルの図書館
- 多宇宙の合理的説明
- バベルのシミュレーション
- 実在(リアリティの根源)

第11章:探求の限界--多宇宙と未来
- コペルニクスのパターンは基本なのか?
- 多宇宙を持ち出す科学理論は検証可能か?
- 私たちが出会った多宇宙論を検証できるか?
- 多宇宙は科学的説明の本質にどう影響するのか?
- 数学を信じるべきなのか?

監修者あとがき
参考文献
原注
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