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マイ・コンピュータをつくる―組み立てのテクニック:安田寿明

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マイ・コンピュータをつくる―組み立てのテクニック:安田寿明

内容:
“人工頭脳”とあがめられていたコンピュータが、「マイコン」という、だれもが気軽に使え、持つことができる、じつに楽しい機械となって出現した。
「マイ・コンピュータ入門」の続篇としての本書は、マイ・コンピュータのつくり方の初歩テキストである。どうせ手づくりするなら、本格的なコンピュータが良い。そこで、昭和52年春に開発されたばかりの、最も優秀な性能を有するLSI(大規模集積回路)を利用して、最終的には、大型電子計算機メーカー顔負けの本格的コンピュータを手づくりする方法について、くわしく解説しよう。

著者略歴(1977年、本書出版当時の情報)
安田寿明(やすだ・としあき):昭和10年、兵庫県に生まれる。昭和34年、電気通信大学経営工学科卒業後、読売新聞社に勤務。編集局社会部員、米国特派員、社長直属総合計画室員などを経て、昭和45年退社。現在東京電機大学工学部電気通信工学科助教授。『知識産業』(ダイヤモンド社)などのほか、情報産業、漢字情報処理システム、有線テレビジョンに関する著書、論文が多数ある。


理数系書籍のレビュー記事は本書で226冊目。(マイコンは電子工学系だが広い意味で理系としておく。)

1976年にマイコンキットが登場する4年も前から、自分用のコンピュータを6台も作り上げた著者によるマイコン入門の書。この本によって多くの人がマイコンによって何ができるのかを正しく理解するようになった。未来への夢が生き生きと語られている安田寿明先生が42歳のときにお書きになった「マイ・コンピュータ3部作」の1冊目のレビュー記事。

章立てと大まかな内容は次のとおり。(詳細な目次は記事のいちばん下に書いておいた。)

第1章:ひろがるマイ・コンピュータ時代

1971年に登場したマイクロ・コンピュータには4ビットのものと8ビットものがある。4ビットのものは炊飯器や全自動洗濯機などに組み込むのに適し、それらの電気製品を制御するためのプログラムを焼きこんで大量生産して使われることが多い。それに対し8ビット型は自由にプログラムを書き換える「汎用型」に向いている。マイコンキットは後者のCPUが使われる。

第2章:マイ・コンピュータの基礎

この章ではCPUやメモリーについて基礎的なことが解説される。
世界で初めて開発されたCPUは4ビットのi4004で、すぐ8ビットのi8008が開発された。これらは第一世代のマイクロ・コンピュータである。第二世代はインテル社のi8080やモトローラ社のM6800とされている。
この章ではマイコンの基本3要素(CPU、メモリー、インタフェース)についての説明がなされる。コンピュータはCPUの小型化だけでなく、メモリーやコンピュータ制御システム、周辺機器とのインタフェースなどの回路のLSI化や、それぞれのCPUに対応したメモリー用LSI、インタフェースLSIなどが「ファミリー」として提供され、それらを使うことで小型化が格段に進み「ワンボード・コンピュータ」を作ることが可能になった。第一世代のCPUでコンピュータを作ったときは周辺回路のために12枚ものプリント基板が必要だったのである。

第3章:ワンボードからワンチップ・コンピュータへ

コンピュータの小型化はさらに進む。CPU内にメモリーやインタフェースを組み込んでしまう「コンピュータのワンチップ化」がこの章で解説される。またCPUの動作の基本となる「クロック」の原理が解説される。
次にワンチップ・コンピュータとまではいかなくてもLSIが3個だけで構成されるコンピュータが紹介される。CPUにi8085、256バイトのRAMと3つのインタフェースを備えたi8155、2キロバイトのPROMと2つのインタフェースを備えたi8755という3つのLSIによる構成だ。これはMCS85というコンピュータ・システムの構成例である。
さらにこの章ではこれら3つのLSIを使ってワンボード・マイコンを作るための配線パターンやプリント基板の工作手順が解説される。

第4章:電子ソロバンをつくろう

コンピュータの動作原理の基礎、2進法による計算手順を学ぶ。説明には発光ダイオード(LED)を使った「電子ソロバン」が使われる。まず紙の上で2進法の原理を説明し、その後LEDを使った16桁表示パネルとスナップ・スイッチをつないだ回路、安定化電源装置の自作方法が解説される。

2進数16桁の電子ソロバンの表示、入力装置(クリックで拡大)


第5章:コンピュータ本体をつくる

前の章で作った電子ソロバンを使って加算器や減算器を作るのかな?と思っていたら全く違った。次に工作するのはコンピュータのメモリ部なのだ。MOS・LSIを使ってメモリー回路を作る手順が示される。そして次にスナップ・スイッチによる電子ソロバン操作パネルとつなぐためのインタフェース回路の作り方が解説される。そして最後にCPUまわりの回路を作り上げる。CPUはMC6810だ。
これで2進数16桁表示の8ビット・マイコンが完成し、簡単なプログラムを入力して動作確認をする。メモリーはたったの127バイトだが、周辺機器を自在に制御することのできる立派なコンピュータである。マイコンキットを使わずともコンピュータは自作できるのだ。

メモリー回路(クリックで拡大)


インタフェース回路(クリックで拡大)


CPUのまわりの回路(クリックで拡大)



第6章:マイ・コンピュータのいろいろ

せっかく作った自作マイコンも周辺機器とのインタフェースを作るためには知識や時間、そしてお金もかかる。はじめてマイコン制作にチャレンジするのであればキットを買って始めるのがよいだろう。この章では各メーカーから販売されているマイコンキットが紹介される。それぞれ特色があって興味深い。

当時のマイコンキットの性能はCPUクロック2MHz、メモリーは512バイト〜2キロバイト、フロッピーディスクやハードディスクはなく、プログラムやデータの読み書きはカセットテープレコーダが使われていた。

次のようなマイコンキットが写真付きで紹介されている。

- インテル SDK-85(詳細
- NEC TK-80(詳細
- モトローラ MEK6800II(詳細
- 日立 H68/TR(詳細
- IMSAI-8048(詳細
- ロジック・システムズ MP-80(詳細
- NS SC/MPキット(詳細
- FCI F8キット(詳細
- インターシル・サンプラー・キット(詳細
- 東芝 TLCS12A・EX-12/05(詳細
- パナファコムLKIT/16(詳細
- その他のマイコン・キット

この章の最後ではアメリカのマイコン事情についても解説している。日本でマイコンキットが発売される2年ほど前の1974年、アメリカでは世界初のホーム・コンピュータALTAIR 8800が発売されブームのきっかけとなった。

ALTAIR 8800 (1974年)、左に少しだけ映っているのはApple I (1976年)


さらに1977年にはコモドール社がタイプライター型キーボードとキャラクタ表示モニターを備えたPET-2001を発売する。このように個人用コンピュータはプリント基板むき出しの形からスマートな形、使いやすい形に進化していった。パソコンという言葉が定着するのはまだ先のことだが、パソコン時代の幕開けである。

PET 2001 (1977年)


日本で最初のパソコンNEC PC-8001が発売されるのは本書の出版から2年後の1979年のことである。

NEC PC-8001 (1979年)



本書は中学3年のときに読んでいたはずだが、覚えていたのは後半、各社から発売されていたマイコンキットの説明の部分だけで、前半はほとんど覚えていなかった。当時はデジタル回路を学んでいなかったので前半を理解できたとは思えない。ただワクワク感は第1作の夢のような話から実際の回路の話になったので「難しい〜。僕にはできそうもない。」と思いながら読んでいたことだろう。

もし本書を読むのであれば前もって「改訂版 電子回路の「しくみ」と「基本」 :小峯龍男」や「改訂版 デジタル回路の「しくみ」と「基本」:小峯龍男」などを読んでおくとよいだろう。

第1作の内容をさらに深く解説し、当時のコンピュータの状況が詳しく読み取れる好書である。コンピュータの原理を学ぶという意味では、現代でも入門用として使えそうな1冊だ。


マイ・コンピュータ入門―コンピュータはあなたにもつくれる:安田寿明」(リンク2
マイ・コンピュータをつくる―組み立てのテクニック:安田寿明」(リンク2
マイコンピュータをつかう―周辺機器と活用の実際:安田寿明

  


関連記事:

安田寿明先生の「マイ・コンピュータ」3部作(ブルーバックス)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e54e4eb38380ff2ff2f51747ca7b4f75

マイ・コンピュータ入門―コンピュータはあなたにもつくれる:安田寿明
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/997e2c40fda774b25ebd5561336a7bfe

NEC TK-80やワンボードマイコンのこと
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/36db2417701c58efa1ac81343e70227b

真空管式コンピュータへのノスタルジア(EDSAC)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/14c9aeedfcda78c9fd9ff4b677435283

ファインマン計算機科学:ファインマン, A.ヘイ, R.アレン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4f7f453019fd463ed2bfdeaa7b288d79

量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ef75709187cf4b35a12f2d9fdf73a320


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マイ・コンピュータをつくる―組み立てのテクニック:安田寿明


まえがき

第1章:ひろがるマイ・コンピュータ時代
- プロローグ/マイクロ・コンピュータの成長性
- マイクロ・コンピュータの種別
- マイコンの主役は4ビット型コンピュータ
- 工場向けの4ビット型/マイ・コンピュータには8ビット以上を
- マイコン・キットの二つの目的/汎用性の8ビット型
- コンピュータ・ホビイストの誕生

第2章:マイ・コンピュータの基礎
- 高級電卓用のi4004/複雑怪奇な手づくり1号機
- i8008のターヘル・アナトミア
- 超小型誇示?のi8008/複雑怪奇なi8008の動作
- 時間分割多重化のしくみ/電極数現象でキャラメル大に
- 小さくしたため周囲は複雑化
- 第二世代マイクロ・コンピュータの誕生
- わずか大学ノート大のコンピュータ
- ワンボード・コンピュータの構成
- プリント基板とは/マイコン・キットの生い立ち
- コンピュータの三要素/インタフェース機能とは
- 「ノイマン・マシン」とは/メモリの効用
- 頭脳の秘密は記憶装置に?/メモリの種別
- 記憶の消失/どれだけ記憶できるか
- ROMとPROM

第3章:ワンボードからワンチップ・コンピュータへ
- 8080型の最小構成
- “脳波発生”のクロック・ジェネレータ
- 動作基準時間の尺度/CPUの動作状態
- システム制御と時間整合/集積回路の区分
- コンピュータかプロセッサか/たった一個でコンピュータ
- 機械のためだけのマイ・コンピュータ
- i8085コンピュータ/i8085の機能
- LSI3個で構成/プリント基板のつくり方

第4章:電子ソロバンをつくろう
- 手足のないダルマ・コンピュータ
- 2進法なんかこわくない/ソロバンは5進/10進法
- ソロバンで練習してみよう/ひとつ玉ソロバンをつくる
- 電源装置のつくり方/電子ソロバンで練習しよう

第5章:コンピュータ本体をつくる
- 事前準備は入念に/配線作業の注意点
- メモリ部の制作/事前の点検整備
- MOS・LSIの装着/メモリの動作チェック
- CPUはMC6802/マイ・コンピュータの構成
- 手づくり向きの1石コンピュータ

第6章:マイ・コンピュータのいろいろ
- 育て上げるには時間と費用が
- メーカー製の組み立てキットもある
- インテル SDK-85
- NEC TK-80
- モトローラ MEK6800II
- 日立 H68/TR
- IMSAI-8048
- ロジック・システムズ MP-80
- NS SC/MPキット
- FCI F8キット
- インターシル・サンプラー・キット
- 東芝 TLCS12A・EX-12/05
- パナファコムLKIT/16
- その他のマイコン・キット
- マイコンからハンサム・コンピュータへ
- 最初のホーム・コンピュータ ALTAIR8800
- アマチュア向けのSWTP
- 動き出した巨大資本
- ホーム・コンピュータへの旅

マイ・コンピュータをつかう―周辺機器と活用の実際:安田寿明

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マイ・コンピュータをつかう―周辺機器と活用の実際:安田寿明

内容:
マイクロ・コンピュータは本体だけでは飾りものでしかない。自分自身の生活設計や仕事に活用しようと思えば、付属機器やソフトウェアの知識が、必要となってくる。これらの理解のため、本書では、マイクロ・コンピュータではじめて「ファイル」という概念で解説を進めた。
グレード・アップには欠くことのできない大容量のメモリの増設や、基本的入出力機器の活用法はもとより、データ通信、テレビジョン受像機によるディスプレイに至るまでを丁寧に処方している。最後に、付録として初歩的な代数知識で複雑な計算が望むままにできる電大版タイニイBASICを掲載したことも本書の特色である。

著者略歴(1978年、本書出版当時の情報)
安田寿明(やすだ・としあき):昭和10年、兵庫県に生まれる。昭和34年、電気通信大学経営工学科卒業後、読売新聞社に勤務。編集局社会部員、米国特派員、社長直属総合計画室員などを経て、昭和45年退社。現在東京電機大学工学部電気通信工学科助教授。『知識産業』(ダイヤモンド社)などのほか、情報産業、漢字情報処理システム、有線テレビジョンに関する著書、論文が多数ある。


理数系書籍のレビュー記事は本書で227冊目。(マイコンは電子工学系だが広い意味で理系としておく。)

1976年にマイコンキットが登場する4年も前から、自分用のコンピュータを6台も作り上げた著者によるマイコン入門の書。この本によって多くの人がマイコンによって何ができるのかを正しく理解するようになった。未来への夢が生き生きと語られている安田寿明先生が42歳のときにお書きになった「マイ・コンピュータ3部作」の3冊目のレビュー記事。完結編である。


この本は僕が中学3年のときに刊行されたのだが当時の僕には難しくて購入していなかった。35年たって初めて読んだことになる。大人になってから電子回路やコンピュータの知識は学んでいるとはいえハードウェア系については初心者同然なので読むのに時間がかかってしまった。

1冊めの「マイ・コンピュータ入門」は260ページ、2冊めの「マイ・コンピュータを作る」が226ページあるのに対し、この3冊目は本文だけで340ページ、付録が37ページある。おまけに活字も最初の2冊より小さめだ。


章立てと大まかな内容は次のとおり。(詳細な目次は記事のいちばん下に書いておいた。)

第1章:初歩コンピュータ・システム

この章では子供向けの「おもちゃコンピュータ」として販売されている「ナショナル・パナキット KX-33」というコンピュータの回路や使われている部品、内蔵プログラムを解析した結果を解説し、電子時計や磁気センサ、光センサ、タイムスイッチなどの活用例を紹介する。内蔵プログラムのおかげで詳しい知識がない子供でも遊べる設計になっているが、それは同時に使用方法に厳しい制限を与えることになる。「至れりつくせりは、かえって不便」なのだ。
KX-33 で使われているのはMN1400というマイクロ・コンピュータLSIで、コンピュータとして最低限必要な機能(ROMやRAM、I/Oポート)を備えているので、これだけでもコンピュータとして機能する。章の最後ではこのLSIを内蔵したカラー・テレビ(もちろんアナログテレビ)の例が紹介され、電源スイッチ、チャンネル切り替え、音量調節、リモコン制御などの機能がどのように実装されているかが解説される。


第2章:ファイル・システムの設計の基本

この章では「ファイル」という考え方を中心に話が進む。CPUと周辺機器との間でやり取りされるデータの流れをすべて「ファイル」という考え方でとらえることでプログラムを統一的、簡潔に行うことができるようになる。メモリーもCPUにとっては周辺機器のひとつである。
この時代にはすでにOSは大型コンピュータでは使われていたが、マイコンには実装されていない。OSの開発費が膨大であったことと、メモリー容量が足りなかったためだ。したがってファイルに対するデータの読み書きは機械語のプログラミングでどのように行うか意識して書かなければならない。ファイルを構成するレコードの考え方、Intel 2101というメモリーLSIを使ってどのようにファイルを構成するかなどが解説される。本書で紹介されているメモリー(Intel 2101)はたった128バイト(キロバイトではない)のLSIだ。そして複数のIntel 2101を組み合わせて1Kバイト、8Kバイトのメモリーに増設する方法が紹介される。現在(2013年)では増設メモリーカードを挿せばすむだけなのだが1978年当時はメモリーLSIを自分でプリント基板上に配線しなければならなかったのだ。


第3章:メモリ・ファイル拡張の実際

「メモリー増設」の話はさらに進む。Intel 2101を組み合わせて64Kバイトという「大容量」のメモリーを作るためには512個のLSIが必要になる。この章ではその方法が回路図付きで説明される。1978年当時、1Kバイトのメモリーを揃えるためには3千円ほどかかった。(64Kバイトだと20万円、1Gバイトだと31億円!しかしCPUは8ビットなので64Kバイトが使える最大サイズである。)
後半ではメモリーの種類と性質、読み込み書き込みの方法が詳細に解説される。(リフレッシュが必要なダイナミックRAM、PROM、EPROMなど)


第4章:シーケンシャル・ファイル・システムの形成

この章では入出力ポートの設計から始まり「シーケンシャル・ファイル」として取り扱われる周辺機器について解説される。プログラムやデータの読み書き用周辺機器として当時まだ使われていた紙テープ・リーダの例が取り上げられるのだが、手動式のものがあったことに驚かされた。

手動式紙テープ・リーダ(HR-100)リコー電子工業(株)



第5章:楽しいアプリケーション・ファイル

なぜこの章が「アプリケーション・ファイル」というタイトルなのかよくわからないのだが、この章ではコンピュータ間通信の方法についての解説が行われる。通信によるデータの流れも「シーケンシャル・ファイル」のひとつである。無線によるデータ通信、音響カプラを使った電話回線経由の通信の例が詳細に説明される。無線によるデータ通信は「技術的には可能だが、法律を順守しなければならないので個人による実現は困難である」ことが強調されている。無線によるデータ通信速度は45ビット/秒、音響カプラ(電話回線)によるデータ通信速度は300ビット/秒である。ちなみに1.4Mバイトの画像ファイルを音響カプラの方法で受信するためには最短でも11時間ほどかかってしまうことになる。

「インターネット」はおろかモデムを使ったダイヤルアップ接続もなかった頃の話である。


第6章:ファミリイ・ファイルのあれこれ

CPUと対応付けて製品化される「ファミリイLSI」の発達によって(アナログ)テレビを入出力機器として使えるようになってきた。出力(表示)はブラウン管であり、入力はテレビ画面をなぞるライト・ペンである。この章ではマイコンからどのようにしてテレビ出力を行うのか、またライト・ペンによる入力のしくみ、インタフェース回路の作り方が解説される。ここで解説されるテレビ出力の方法は初代ファミコンと同じようなRF接続で、テレビのアンテナ端子にビデオ信号を直接入力する方法だ。後に一般的に使われるようになったコンポジットビデオ出力(赤白黄の端子のケーブルを使う方法)ではない。コンピュータから出力される文字や図形をRF出力(アナログテレビの電波として出力)するための回路も紹介されている。
後半ではASCIIキーボードをマイコンに接続するためのインタフェース回路、デジタル・カセットテープ、フロッピーディスクなどのディスク・オペレーティング・システム(DOS)のためのインタフェース回路が紹介される。この本で紹介されている「ミニ・フロッピーディスク」とは8インチで、記憶容量が実質44.8Kバイトのものである。(僕がFM-7につなげて使ったことのある5.25インチのフロッピーディスクは両面倍密度-2Dの規格で容量が約320Kバイトだったと思う。)


第7章:プロセッサ・ファイルのハードとソフト

マイコンを使って「電卓」を作るにはどうしたらよいか?この章では「数値演算用LSI」を使った回路を設計する方法が解説される。電卓を作ることは想像以上に難しいことなのだ。(参考記事:「電卓を作りたいという妄想」)
次にプログラミング言語での足し算の計算式「A=A+B」の話からBASIC言語へと話が展開され、東大版、電大版などのTiny BASICが紹介される。


付録(付属参考資料編)

資料1〜3では8080系CPUや6800系CPUによるファイル例、SC/MPによるBASIC言語プロセッサが紹介される。
資料4:計算プロセッサ・ファイルMM57109を活用するための基本サブルーチン例
資料5:電大版Tiny BASICの概要
資料6:Tiny BASICによるプログラム例


感想:

とにかく回路図が多い「専門書」だった。当時はデバイス・ドライバーどころかOSもないのだから周辺機器をつなげるためにはすべて手作りするしかない。ケーブルやコネクタもないから部品はすべてプリント基板上で「配線」するのである。1978年の頃のコンピュータ自作とはそのような状況だったのだ。

本書で解説されているマイコン技術は現在でも使われているものばかりだ。近年市販されているハードウェア系の解説書ではあえて説明されていない事柄もたくさん書かれている。

現代でもコンピュータ自作する人はいるが、別々に購入したマザーボードやハードディスク、電源ユニット(、そしてケース)などを決められた規格のケーブルやコネクターでつなげばよいだけだ。1日もあれば完成してしまうだろう。

その一方、最新型のマイコンを買ってきて基板から回路を自作したりCPUエミュレータをプログラミングしたりするマニアも少なからずいることもネットを検索するとわかる。昔の時代の「電子マニア系アキバおたく」の精神は今でも受け継がれているようだ。

本書の中で特に印象に残ったのは次のようなことだ。

1)1978年当時のメモリー・サイズ、価格

64Kバイトのメモリーは当時としては「大容量」でLSIを512個も使わなければ実現できなかったのには驚かされた。このたった128バイトのメモリー用LSI(Intel 2101)のピンの数は22本。いったいどれだけの数の配線をしなければならないのだろう。(笑)(512 x 22 = 11,264)
また1978年当時、1Kバイトのメモリーを揃えるためには3千円ほどかかった。64Kバイトだと20万円、1Gバイトだと31億円!(しかしCPUは8ビットなので64Kバイトが使える最大サイズである。)

ダイナミックRAM(メモリー)128バイト(=1024ビット)のLSIに内蔵されているトランジスタ素子は1024個だから64Kバイトだとトランジスタ素子52万個、1Gバイトだと86億個にもなる。ものすごい集積度だ。

2)紙テープリーダー

紙テープを使ってデータの読み書きをしていたのは知っていたが、手動式の紙テープリーダが売られていたとは。。。この装置の値段は当時1万7千円ほどだったそうだ。

3)フロッピーディスク、クロスアセンブラ、DOS、Tiny BASIC

今となってはすたれてしまった過去の遺物、古臭い技術も当時からすれば今後展開される新技術である。フロッピーディスクやクロスアセンブラ、DOS、Tiny BASICのことが「これからはすごいことになる。」と夢いっぱいに語られているのがとても新鮮かつ面白く思えた。


マイ・コンピュータ入門―コンピュータはあなたにもつくれる:安田寿明」(リンク2
マイ・コンピュータをつくる―組み立てのテクニック:安田寿明」(リンク2
マイ・コンピュータをつかう―周辺機器と活用の実際:安田寿明

  


関連記事:

安田寿明先生の「マイ・コンピュータ」3部作(ブルーバックス)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e54e4eb38380ff2ff2f51747ca7b4f75

マイ・コンピュータ入門―コンピュータはあなたにもつくれる:安田寿明
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/997e2c40fda774b25ebd5561336a7bfe

マイ・コンピュータをつくる―組み立てのテクニック:安田寿明
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d3a8f49500fa0934e99e4c8c63993204

NEC TK-80やワンボードマイコンのこと
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/36db2417701c58efa1ac81343e70227b

真空管式コンピュータへのノスタルジア(EDSAC)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/14c9aeedfcda78c9fd9ff4b677435283

ファインマン計算機科学:ファインマン, A.ヘイ, R.アレン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4f7f453019fd463ed2bfdeaa7b288d79

量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ef75709187cf4b35a12f2d9fdf73a320


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マイ・コンピュータをつかう―周辺機器と活用の実際:安田寿明


まえがき

第1章:初歩コンピュータ・システム
- 遊び中心のマイコン・キット
- 拡張するのは使う人の責任
- 自分の夢を実現するには
- コンピュータなら、なんでもできる?
- 至れりつくせりは、かえって不便
- コンピュータ動作理解のために
- KX-33のハードウェア
- 動作のカギ、内蔵プログラム
- データ文法と機能構成
- 電源周波数活用の電子時計
- 3種類のセンサ
- リード・スイッチで磁気センサ
- 光で感じるホト・センサ
- センサ・インタフェース
- タイム・スイッチへの活用
- 1石コンピュータの用途
- コンピュータ化カラー・テレビ受像機

第2章:ファイル・システムの設計の基本
- 多目的に利用できるコンピュータ
- プログラミングの知識をマスターする
- ファイルという概念の理解
- OSとモニタ
- 途方もないOS開発費
- レコード・サイズ
- メモリ・ファイルの実際
- 普及型メモリの2101によるファイル
- アドレス・セレクトの方法
- 1バイト単位のレコード構成
- 2101メモリ・ファイルの拡張方法

第3章:メモリ・ファイル拡張の実際
- アドレス・デコードの実際
- 大容量ファイル化の方法
- ダイナミックRAMの活用
- むずかしいリフレッシュ操作
- ホーム・コンピュータ既製品はダイナミックRAM
- ファイル・システムの真髄-ROM
- マイコン・キット・モニタROMの活用
- ROMを外部ファイルとして着脱交換も
- アドレス配置はRAMと同じ
- ヒューズ切断PROM
- EPROMの動作原理
- 書き込みと消去をするには
- バス・ラインのシステム形成
- 駆動電流容量で制限が
- TTLコンパチブルの性能限界
- ハイ・インピーダンスのMOS入出力
- 配線延長に有利なTTL
- バッファ回路の実例
- 負論理バス・ラインの利点
- 単方向出力のアドレス・バス
- DMA機能の基本
- DMAはCPU処理より高速
- バースト・モードとサイクル・スチール
- DMAファイルの応用
- 高性能複写機相当のDMA

第4章:シーケンシャル・ファイル・システムの形成
- 内部ファイルと外部ファイル
- シーケンシャル・ファイルとは
- ファイルのスタック化
- 無限大スタックを考える
- 入力ポートの設計
- 入出力ポートの設計
- 紙テープの規格
- 紙テープ入出力の基本
- 手動紙テープ・リーダでの実例
- 読み取り機構の仕組み
- スプロケット信号の役割
- 監視プログラムの基本
- 読み込みデータのスタック化
- チャタリング除去対策
- リーダ操作の高度化
- 連続読み取りの手順
- 時間整合もインタフェースの役割
- データ入力と状態制御
- 総合的入力操作の基本

第5章:楽しいアプリケーション・ファイル
- 遠隔地とのデータ通信
- シーケンシャル・ファイルでの直列データ処理
- 電流ループと半二重通信
- 調歩式データ通信の基本
- 直列信号のプログラム手順
- 調歩式信号のハードウェア処理
- オーディオ・テープの応用
- カンサスシティ規格
- FSK記録の復調方式
- データ通信への応用
- データ通信の技術規則
- 送信機インタフェース
- 受信機とのインタフェース
- 音響カプラの利用
- 自作機器でも認定可能
- 手続きをめんどうがらずに
- きびしい罰則の通信法規
- まず電信級の免許取得を
- ピギーバック・データ通信

第6章:ファミリイ・ファイルのあれこれ
- CPUとファイル・システム
- ファイル内蔵の1石CPU
- 便利なTVTファイル
- レーダー技術とコンピュータの結合
- マイ・コンピュータ時代予測の勝利者
- TVTの設計基準
- 32文字詰づめ16行表示で
- ライト・ペンの動作原理
- 文字表示にはCG活用
- 文字符号化メモリ・ファイル
- TVTの基本構成
- TV映像信号と同期信号
- 同期信号を発生するには
- 走査カウンタの機能
- ビデオ・ラムとDMA
- コンピュータ化TVT
- “遊び時間”逆活用のTVT方式も
- 割り込み処理の活用
- インタラプト動作の仕組み
- プログラマブル入出力ポート
- CRTコントローラ
- カラー化の基本知識
- DA変換器を作るには
- AD変換でジョイスティック・コントロール
- TV電波のつくり方
- ビデオ信号の直結法
- ASCIIキーボード
- 固定長レコードとは
- 可変長レコード機器
- ディジタル・カセット・テープ
- ディスク・ファイルの実際
- ディスク・オペレーティング・システム

第7章:プロセッサ・ファイルのハードとソフト
- 計算が苦手のコンピュータ
- “ルート一発”の方が便利
- サラリー遅配・欠配の危機も
- 電卓を組み込む
- 計算専用プロセッサ
- ポーランド記法が基本
- 高速乗算器の活用
- ポーランドと逆ポーランド
- 代数式ではどうか
- BASIC言語
- BASICの操作
- BASICの歴史
- わかること?使うこと?
- 通訳者-BASIC
- タイニイBASIC
- サイコロ(乱数)は必須条件
- PA版BASICの登場
- 日本では東大版が標準に
- 6800系BASIC
- フロッピィ・ロムのアイデア
- 性能と評判の差
- 電大版タイニイBASICプロセッサ
- BASICの柔軟な機能
- BASICの標準化
- 組み立て半日、活用は一生がかり
- 繰り返し処理の基本
- ループ処理のもうひとつの方法
- ノンBASICプログラミング
- “定石”を覚えよう
- プログラムのシステム構造
- 固い構造と柔らかい構造
- 電大版BASICの特色と移植の注意点
- なにをどのように育てるか

付録(付属参考資料編)

- 資料1:8080系CPUファイル
8080A本体システムCPUファイル例、i8085によるCPUファイル例、Z80によるCPU
ファイル例、Z80プロセッサ用ダイナミック RAMメモリ・ファイル構成例

- 資料2:SC/MPによるBASIC言語プロセッサ
SC/MPのNIBLプロセッサ・ファイル例

- 資料3:6800系CPUファイル
6800プロセッサ・ファイル例、MC6802および相当品でのCPUファイル例、MIKBUG
モニタ・ファイル例
- 資料4:市販のマイコン・キット拡張システムのファイル構成
LKIT-16のファイル・システム構成、TK-80BSのファイル・システム構成

- 資料4:計算プロセッサ・ファイルMM57109を活用するための基本サブルーチン例

- 資料5:電大版Tiny BASICの概要

- 資料6:Tiny BASICによるプログラム例
TK-80BSによる宇宙船の表示、電大版Tiny BASICによるStar Trek

マイクロコンピュータの誕生―わが青春の4004:嶋正利

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マイクロコンピュータの誕生―わが青春の4004:嶋正利

内容:
世界最初の4ビットのマイクロプロセッサ4004はアメリカのインテル社で開発されたが、その過程には日本人が深く関わっていた。まさにその当人である著者は、その後一世を風靡した8ビットのZ80をはじめ、Z8000などの設計・開発にたずさわった。このような体験をもとに、マイクロコンピュータがどのようにして誕生し、発展したのかを、エピソードをまじえて熱っぽく語る。1987年刊行、著者が44歳のときにお書きになった本である。

著者略歴(1987年、本書出版当時の情報)
嶋正利(ウィキペディア
1943年生れ、1967年東北大学理学部化学第二学科を卒業。ビジコン社に入社後渡米し、インテル社で世界初のマイクロプロセッサ4004の開発に参加した。1972年にはインテル社に入社し、8080の開発に従事。また1975年にはザイログ社に移ってZ80、Z8000を開発した。1980年、インテル・ジャパンのデザイン・センター所長として帰国。1986年にブイ・エム・テクノロジー社を設立し、新しいマイクロプロセッサの開発にとりくんでいる。


理数系書籍のレビュー記事は本書で228冊目。(CPUは電子工学系だが広い意味で理系としておく。)

奇しくも今日8月22日は本書をお書きになった嶋正利先生の誕生日で、先生は古希(70歳)をむかえられている。心より嶋先生にお祝いを申し上げます。


これまで紹介してきた安田寿明先生がマイ・コンピュータを自作できたのも、そしてコンピュータが小型化し、パソコンやスマートフォンとして世界中の人々が使えるようになったのもCPU(中央演算処理装置)やその周辺チップ(LSI)が開発されたおかげである。(参考記事:「安田寿明先生の「マイ・コンピュータ」3部作(ブルーバックス)」)

今日紹介するのは世界初のCPU Intel 4004 (1971)の開発に深くかかわった嶋正利先生によって書かれた自伝本だ。1969年、若干25歳のときにビジコン社の子会社の社員として渡米し、予想もしなかった世界初のCPUの開発に深くかかわることになったのだ。若き日のご苦労とご活躍、そしてその後10年に渡るCPU開発の現場経験を熱く語った回想録である。

Intel 4004 (1971)の内部回路(クリックで拡大)


僕が本書に興味をもったのは、もちろん技術的な興味からで安田先生のマイコン3部作を読んだことがきっかけだった。しかし、読み進むうちにこの本は技術書であると同時に、ビジネス・マインドを伝える本であることに気づかせられた。若い技術者が海外で働くときにどういう問題に直面し、どのように解決していったかがリアルに伝わってくる。もし自分ならどういう行動をとるだろうか?そのような読み方をすると得るもの多しという本なのだ。

章立ては次のとおり。(詳細目次はこのページの最後に書いておいた。)

第1章:マイクロコンピュータ誕生の背景
第2章:電卓用汎用LSIの開発
第3章:マイクロコンピュータのアイデアの出現
第4章:世界初のマイクロプロセッサ4004の設計と誕生
第5章:8080の開発
第6章:Z80の開発
第7章:Z8000の開発
第8章:これからのマイクロプロセッサ


世界初の汎用コンピュータは1940年代には開発されていたし(参考記事:
真空管式コンピュータへのノスタルジア(EDSAC, 1949年)」)、1969年に人類を初めて月に送ったアポロ11号にも初期の集積回路(IC)を使った小型のアポロ誘導コンピュータが搭載されていた。

IPSコンピュータ博物館」のページを見ると1950年代の終わりにはOSが開発されていたことがわかる。科学技術計算用のFORTRANや事務計算用のCOBOLなどのプログラミング言語が考案されたのも1950年代後半のことだ。トランジスタを使って作られた大型コンピュータは会社や大学で普通に使われていた。


著者の大学での専攻は化学なのでコンピュータや計算機とは関係ない。半導体技術にしてもそれは物性物理の範疇だ。だから新卒社員としてビジコン社という計算機メーカーに入社したとき、彼は素人同然だった。

1969年当時はIC電卓からLSI電卓への移行期である。カシオや早川電機(現シャープ)をはじめ大小さまざまなメーカーが開発競争を繰り広げていた。機械式計算機メーカーとして成長してきたビジコン社もそのうちのひとつである。嶋先生は同社の「プリンタ付き電卓」という新製品に組み込むLSIを開発、製造してもらうために当時の社員数500人ほどの半導体メーカー、インテル社に数名の技術者うちのひとりとして派遣されたのだ。入社して2年しかたっていない。そこに数々の困難が待ち受けていることを先生は予想だにしていなかった。

大多数のメーカーが電卓の回路として採用していたのは「ランダム論理」というもので計算手順をすべてAND、OR、NOT、NORなどの論理ゲートの組み合わせで電子部品を配線するものだった。電卓は何かキーが押されるたびに内部の状態が推移していくのだが、その状態推移や計算そのものをすべて電子素子の回路として実現していたわけである。(参考記事:「電卓を作りたいという妄想」)

それに対してビジコン社の電卓はキー操作による状態推移や計算自体をマクロ化した「プログラム論理」を採用していた。つまりコンピュータ化しやすい設計方針だったのである。このことが後にインテル社と組むことでCPU開発の大きなメリットになった。

インテル社に着き、嶋先生が開発依頼の窓口として紹介されたのがホフという31歳の技術者だった。ところがホフをはじめ、インテル社はビジコン社側からのLSI開発依頼にまったく興味を示してくれなかった。

「これはどういうことか?」

嶋先生は焦った。

先生はビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのように社長ではなく中堅会社の平社員に過ぎない。ホフについても同様だ。つまり意思決定するためにその都度上司の判断を仰がなければならないということだ。さらに嶋先生にとっては人生初の海外生活で英会話にも自信がなかったそうだ。渡米直後にいきなり大問題に直面してしまったわけである。

この段階でビジコン社の提案は「LSI電卓」であり、CPUという発想は世界中の誰も思いついていなかった。とにかく電卓の設計方針を詳しく説明して、納得してもらうことから始めなければならない。

その後、嶋先生がどのような奮闘を経て世界初のCPU Intel 4004(1971)や、8080(1974)、ザイログ社のZ80(1976)Z8000(1979)などのCPUとそれらの周辺LSI(ファミリーLSI)の開発に貢献していったかという話が続く。でもそれはとても長い話になるので、本書やウィキペディアの「嶋正利」の項目をお読みいただきたい。

CPUのアイデア自体はホフによるものだ。しかし依頼者の立場から一転して共同開発者になった嶋先生の協力なしにCPUを完成させることはできなかった。

残念ながら本書は絶版なので中古本をお買い求めになるか図書館を利用していただきたい。(復刊リクエストにご協力いただける方はこちらからお願いします。)


CPUは内部演算回路やデータパスで扱うビット数が増えるに従い、コンピュータの使用用途が拡大する。

- 4ビットCPU (例:Intel 4004):10進数計算用、電卓用、簡単な機器制御用
- 8ビットCPU(例:Intel 8080, Zilog Z80):文字の入出力、簡単な図形表示、OSの実装、BASICや各種の高級プログラミング言語
- 16ビットCPU (例:Zilog Z8000):高品質なグラフィック処理、写真

またCPUに詰め込まれる素子数(総トランジスタ数)もビット数が増加すると次のように増えていく。CPU以外にも周辺LSIもあるから素子数は膨大だ。

- 4ビットCPU (Intel 4004):2,300
- 8ビットCPU(Intel 8080):4,800
- 8ビットCPU(Zilog Z80):8,200
- 16ビットCPU (Intel 8086):20,000 (29,000)
- 16ビットCPU (Zilog Z8000):17,500
 中略
- 64ビットCPU (Intel Core i7プロセッサー): 7億3100万個

参考:CPUの素子数の変化(Intel 4004から最新のCore i7まで、画像クリックで拡大)
http://japan.intel.com/contents/museum/processor/index.html




CPUや周辺LSIの開発手順は大まかに次のようになる。

- 仕様決定
- 論理設計
- 回路設計
- 回路のマスクパターンのレイアウトと検査
- シリコン・ウェハーの製造
- シリコン・ウェハー上での検査、動作確認
- 周辺LSIと組み合わせて動作確認、デバッグ
- 量産用試作CPUの製造
- 量産開始

嶋先生やホフのCPU開発は世界で初めてのことである。設計から検査まですべて初めて経験することばかりでそのための機械はなく、自分で作るか目視で検査するしかない。

人間の目や手で設計や検査ができるのは、どんなにがんばっても8ビットCPUまでなのだそうだ。もちろんミスも発生する。本書には「気の狂うような作業」で精魂尽き果てたことも書かれている。

「もし動かなかったらどうしよう。。。」

スケジュールを気にしながら最後の最後までものすごいプレッシャーを受けながら黙々と作業を続けるわけである。

CPUというアイデアだけではどうにもならない。実現するためには並々ならぬご苦労があったのだ。

このように完成できるかできないか最後になるまでわからない創造的な新製品を中堅の企業が業務として仕様を決定し、開発していくプロセスに僕は新鮮な驚きを覚えた。ふつう会社の業務は経営陣の決定してトップダウンの命令によって行われるからだ。(もちろんトップダウンの意思決定はその都度あったと思う。)

当事のインテル社は巨大企業IBMのように多額の投資を研究開発費に投じていた企業ではないし、嶋先生やホフの立場はマイクロソフト社やアップル社の社長にようにみずから自由な意思決定ができたわけではない。売り上げ見込みがどの程度立つかわからない状況で、このようなチャレンジがよく続けられたものだと僕は思った。

実際CPUのビジネスに将来性があることがインテル社の経営陣に理解されたのは、4004の完成からやっと2年後、8080の開発がスタートする頃だったのだ。


嶋先生は今日70歳になられたばかりだが、先生の共同開発者としてCPU開発に貢献された技術者も、すでにご高齢になられている。ウィキペディアの記事によるとその後もご活躍されていること、お二人とも2009年にアメリカ国家技術賞を受賞されていることがわかる。

テッド・ホフ:76歳(ウィキペディアの記事
フェデリコ・ファジン:72歳(ウィキペディアの記事


関連ページ:

コンピュータ偉人伝(嶋正利)
http://www.ijinden.com/_c_16/Shima_Masatoshi.html

マイクロコンピュータは誰が創ったの?
http://www.picfun.com/cpu02.html


ところで個人でCPUのチップを製造できるはずがないことは百も承知であるが、ICを組み合わせてなら作ることをご存知だろうか。有名なのは中日電工さんの「MYCPU80組立キット」だが、相当な電子工作の経験が要求される。

もっと簡単に作れないものか。。。僕が気になっているのはこの本だ。アマゾンではレビューも50人以上投稿されていて、すこぶる評判がよい。この本で作るのは4ビットのCPUである。

CPUの創りかた:渡波郁



関連記事:

安田寿明先生の「マイ・コンピュータ」3部作(ブルーバックス)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e54e4eb38380ff2ff2f51747ca7b4f75

NEC TK-80やワンボードマイコンのこと
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/36db2417701c58efa1ac81343e70227b

真空管式コンピュータへのノスタルジア(EDSAC)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/14c9aeedfcda78c9fd9ff4b677435283

ファインマン計算機科学:ファインマン, A.ヘイ, R.アレン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4f7f453019fd463ed2bfdeaa7b288d79

量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ef75709187cf4b35a12f2d9fdf73a320


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マイクロコンピュータの誕生―わが青春の4004:嶋正利


まえがき

第1章:マイクロコンピュータ誕生の背景
- マイクロコンピュータとは何か
- 電子式卓上計算器の登場と発展
- 半導体論理素子技術の登場と発展
- ビジコン社へ入社
- ハードウェア・アーキテクチャの発展
- LSI電卓発表の衝撃

第2章:電卓用汎用LSIの開発
- ビジコン社とインテル社との開発契約
- プロジェクトチームの結成と渡米
- ホフの登場
- インテル社
- プログラム論理方式の電卓用汎用LSI開発の提案
- 他社の動向とアメリカ生活
- 暗礁に乗り上げる

第3章:マイクロコンピュータのアイデアの出現
- ホフのアイデア
- 「4ビットのCPU」の採用へ
- ホフのアイデアはどこから来たか?
- マイクロコンピュータ・システムの構築
- 一時帰国へ

第4章:世界初のマイクロプロセッサ4004の設計と誕生
- ファジンの登場
- 発注者が設計の助っ人に
- マイクロプロセッサの設計
- ヨーロッパで市場調査をして帰国
- マイコン電卓一発始動
- 4004 CPU開発以後

第5章:8080の開発
- ミニコン技術の習得
- インテル社からの誘い
- 再びインテルへ
- 最大のヒット商品8080の開発へ
- 新型NMOSプロセスの登場
- 8080の目標と設計ゴール
- 8か月で設計完了
- 8080が完成し爆発的に売れた
- 2種類の8080
- 8080の生産移行と周辺LSIの開発
- ファジンとアンガーマンの退社

第6章:Z80の開発
- フロッピー・ディスクとDRAMの大量生産化
- ザイログ社設立に参加
- Z80マイクロプロセッサ開発のゴール
- Z80のハードウェア・アーキテクチャ
- わずか9か月で最初のウェーハが得られた

第7章:Z8000の開発
- 16ビット・マイクロプロセッサの開発競争
- 難しかったZ8000の開発
- Z8000とは何か
- デバッグの方法も変わった

第8章:これからのマイクロプロセッサ
- 開発からの引退と帰国
- これからのLSI開発
- 失敗しないための方法論

あとがき
- 新世代マイクロプロセッサ開発と現役復帰

参考文献
人名索引

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司

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大栗先生の超弦理論入門:大栗博司

著者略歴(詳細な経歴
大栗博司
カリフォルニア工科大学 カブリ冠教授 および 東京大学 カブリIPMU 主任研究員。京都大学卒業、東京大学理学博士(素粒子論専攻)。
東京大学助手、プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授などを経て、現職。
超弦理論の研究に対し アメリカ数学会アイゼンバッド賞(2008年)、フンボルト賞(2009年)、仁科記念賞(2009年)、サイモンズ賞(2012年)などを受賞。アスペン物理学センター理事、アメリカ数学会フェロー。
ホームページ: http://www.theory.caltech.edu/~ooguri/index_j.html
ブログ: http://planck.exblog.jp/


理数系書籍のレビュー記事は本書で229冊目。

ブルーバックス創刊50周年記念として刊行された日本の超弦理論研究の第一人者による一般向けの入門書である。(著者の大栗先生は9月8日に創刊50周年記念公演もされる予定だ。)


超一流の科学者による入門書は異例のこと

僕のブログを読んでいただいている読者に大栗先生や超弦理論をあらためて紹介する必要はないのだろうけれども、日ごろ科学や物理学になじんでいない方がいらっしゃるかもしれないので、本書の出版が「きわめて異例」であることをまず説明しておこう。

科学系の入門書というものはこれまでにも数多く出版されてきたが、ひととおりの学問的な成果をあげた科学者が、定年を迎えられる前か定年後にお書きになったものがほとんどだった。近年になってようやく現役の先生方も入門書を出すようになり「時代は変化しつつある」ことが実感できるようになった。

けれども世界的に著名な超一流の科学者になるとそうはいかない。ご研究や学会、論文の執筆、後輩の指導などで忙しく一般書を書いているヒマがないのだ。

超弦理論は現代の最先端の物理理論として知られ、大栗先生はこの理論を研究されている第一人者のうちのおひとりである。

だから先生がお書きになっているブログを見つけたときや一般向けの著書を出版されたとき、朝日カルチャーセンターで講座を担当されることを知ったとき、そのたびごとに僕は度肝を抜かれていた。朝日カルチャーセンターの講座は一般市民向けのもので、先生が講座を担当されるのはイチローや松井のようなスーパースターが草野球チームに指導すべく定期的に帰国してくれるようなものだからである。講座で初めて先生にお会いしたときは(そして今でもそうなのだが)胸がドキドキしたし、質問させていただいたときも僕の声はうわずっていた。

これまでに先生は幻冬舎新書から「重力とは何か」、「強い力と弱い力」という2冊の入門書をお書きになっている。そして今回がブルーバックスから刊行された3冊目、先生がご専門に研究されている超弦理論がテーマだけにとても気合いのこもった本に仕上がっている。

以下は大栗先生ご自身による本書の紹介動画とブログ記事で、すでに本書をお読みになった方々の感想記事へのリンクも張られている。動画の冒頭で先生の両側にいらっしゃるのが1984年に超弦理論に革命をもたらす発見をしたマイケル・グリーン博士ジョン・シュワルツ博士だ!シュワルツ博士は超弦理論の生みの親でもある。お二人の業績も本書で紹介されている。



『超弦理論入門』: http://planck.exblog.jp/20587736/
『超弦理論入門』、1分42秒ビデオ: http://planck.exblog.jp/20642050/
人間原理: http://planck.exblog.jp/20663458/


読者モニターの件

本書は完成前に早刷の段階で「読者モニター募集」が行われていて、実をいうと僕はそれに参加していた。400文字以内での感想文を求められていたので、次のような文章を講談社の担当者に送っていた。

------ ここから ------
超弦理論は最先端の研究分野であるため日常の言葉だけで説明するのはとても困難なことです。一般の読者には直観に反し、理解しにくい理由は、物理学の他の分野と違って超弦理論の舞台が日常経験している空間次元と時間次元とは全く違う6次元の余剰次元の空間だからです。その舞台に入るためには相対論や量子論、ゲージ理論など超弦理論以前の高度な物理学の知識が欠かせません。一般向け書籍では前提となるそれらの理論の解説にページが割かれ、肝心の超弦理論にあてられるページ数が減ってしまいがちです。その点を大栗先生は十分心得ていて、超弦理論の解説をできる限り本の最初のほうから始めるという工夫をされていると思いました。また、理論を紹介するだけでなく「なぜそうなったのか。」のように理論の根拠や理論どうしの整合性をとてもていねいに解説されているので、超弦理論をより深く理解し、その正当性を納得することができました。
------ ここまで ------

早刷版


完成版は8月20日に出版され、一昨日入手することができた。早刷版にあちこち手直しをされているようなので、全体を読み直すことにした。

本書は6月に行われた「超弦理論(朝日カルチャーセンター)」という講座の内容に沿ったものだ。本と講座のどちらが先に進行していたのかはわからないが、本のほうが講座の内容よりもずっと詳しく書かれている。


僕の感想

先生の著書は既刊のものを含めて「素晴らしい!」の一言に尽きるのだが、それでは小学低学年並みの感想になってしまうので、僕が「すごい!」と思った箇所を列挙しておこう。

●卓越した日本語力、解説力

本書のタイトルが表紙に縦書きで書かれていることから象徴されるように、徹底的に「日本語で表現する」ことにこだわっている。センスのよいちょっとした言葉があるかないかで文章はとても理解しやすくなったりするものだ。たとえば本書45ページに外村彰先生のグループによる電子による干渉縞実験についての説明があるのだが、これを「一つひとつの電子が降り積もっていくと、それらが集まって波のように干渉縞ができることがわかります。」とお書きになっている。一見文学的な「降り積もる」というこの実験の本質を見事に表している言葉を見たとき大栗先生のセンスのよさに僕はうならされた。僕だったらもっと難しい言葉でだらだらと説明することだろう。

なお本書で紹介される「電子の二重スリット実験」や「アハラノフ-ボーム効果」については「目で見る美しい量子力学:外村彰」という記事で紹介している。

224ページの「しかし、膜には必ず円に巻きつかなければいけない『義理』はないのです。」という文にも感心させられた。『義理』という言葉は物理学の本ではまず使われることはない。「膜には必ず円に巻きつく必然性はない。」と表現するのが普通だ。細かいことだと思うが、『義理はない』とあえて言うことで読みやすい文章に仕上がっている。

●当たり前のことでも新鮮に思わせ、好奇心がくすぐられる

86ページには「『超空間』とはなにか」という節がある。この中で先生は「では、『普通の空間』とは何でしょうか。」と説明を始めている。中学の数学で学ぶようなことなのであえて説明する必要はないと思うのが普通だが、大栗先生は手を抜かない。

「普通の空間では、空間の中の位置を特定するのに、数字の組を使います。たとえば、…」のように続ける。こうやって空間を定義してもらうと読者は昔習ったことを思い出し「ああ、そういうことだったよな。」とうれしくなるのである。さらに「3次元空間での待ち合わせ」として京都の町での待ち合わせの例が紹介され、「四条河原町の高島屋の6階で」のように「四条」、「河原町」、「高島屋の6階」という3つの座標が待ち合わせに必要なことを説明する。当たり前な「普通の空間」のことがこんなに新鮮で素敵な例で理解できるなんて素晴らしいなと思いながら読者は早く次を読みたい気分にさせられるのだ。

あと92ページに「物理法則の回転対称性」の説明で「上下が特別な方向であると私たちに感じられるのは、私たちが住んでいる地球が重力を及ぼしているからであって、」と普段当たり前に感じていることに対して、あらためてその再発見としての意味合いを強調されているあたりは、さすがだなと思ってしまうのだ。憎いほど細かい配慮が行き届いている。

●論理に飛躍がないこと、理論と理論の整合性がていねいに解説されていること

早刷版に対して送った感想文にも書いたことだが、「なぜそうなったのか。」ということをとても大切にして説明を展開されている。超弦理論は9次元空間の理論だというけれども、「次元を増やせばいろいろなことの説明が自由にできるだろうし、超弦理論は何でも説明可能な都合が良すぎる理論なのではないか。」という大ざっぱな素人考えを持っている方もいるかもしれない。けれども相対論や量子力学、場の量子論、素粒子物理学とのつながりをその都度ていねいに説明し、また超弦理論の発展史の中でも新しい考え方がでてくるたびに「なぜそうなのか?」を先生は説明されている。このように論理に飛躍がないので、きちんと読みさえすれば最後までちゃんとついていける本なのだ。

理論の整合性についてだが、ファインマン先生のことが大好きな僕にとって、場の量子論のために考案したファインマン図進化した形で超弦理論でも活躍しているのを見たときはうれしかった。

●専門用語は使われるが、自然に理解できてしまうこと

一般向け書籍といえども物理学の本を専門用語を使わずに書くと冗長になり、かえって読みにくいものとなってしまう。かといって専門用語を多用すると読みにくくなるのも事実だ。本書では難しい用語を使ったらかならず日常表現で言い換えをして説明しているので読者は自然な文脈の流れの中で理解できてしまう。152ページでは「アノマリー」のことを「理論の病気」と言い換え、さらに「理論の整合性が失われてしまうことを、アノマリーといいます。」と続けているあたりは見事だと思った。

●数式は2つでてくるが、本書の魅力アップに効いていること

一般向けの本では「数式を1つ書くたびに読者は半分減る」ということが言われている。悲しいことだが数式はそれだけ敬遠されるというのが一般常識なのだ。先生はもちろんそれを承知されているにもかかわらず、本書では数式を2つ(厳密に言えば3つ)紹介している。

まず「オイラーの公式」である。

1 + 2 + 3 + 4 + 5 + ・・・= - 1/12

これがものすごく不思議な式だということは、算数さえできればすぐわかる。本書の巻末にその証明が与えられているのは、とても親切でうれしく思う読者が多いことだろう。

そして2つめは弦理論や超弦理論の次元の数Dが決まってしまう不思議を示した数式だ。結局それはDを変数とする1次方程式になるのだが、その解を求めるときにDの箇所に直接、次元の数を代入して方程式が成り立っていることを示している。普通は変数を移項したり、両辺から同じ数を足したり引いたりして方程式を解くプロセスを示すのだろうけれども、あえてそういう手順は示さない。数式アレルギーを持っている読者に敬遠されないための細かい配慮だと思った。

●先生独自のユニークな例示で解説されていること

弦理論や超弦理論の次元の数の導出手順を示した本は、おそらく本書以外にないだろう。(と先生もお書きになっている。)

また電磁場の法則のゲージ対称性や場の量子論でのゲージ対称性、ゲージ原理の説明に、金利相場と為替相場、裁定機会の動きを例にとったきわめてユニークな解説をされている。これは先生の「専売特許」と言ってもいいだろう。また、それを理解するために必要になる「位相」という数学概念も先生の考案した考え方によって素人でも理解できる説明がなされている。

「ゲージ原理」を日常語だけで解説した本として先月「「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム」を紹介したが「リー群論」の説明に踏み込んでいるため、相当なページ数が説明に割かれている。大栗先生の本では、対象読者を明確に意識し、難しい数学理論にはあえて踏み込まず、かなり少ないページ数で効果的に「ゲージ原理」を解説するという目的を見事に達成されている。

●実験による検証がされたことが紹介されていること

超弦理論を「数学的な机上の理論にすぎない。」と考えている科学者がいるのも事実だ。けれども本書246ページから「重イオン衝突実験」で「クォーク・グルーオン・プラズマ状態」を作り出すことに2005年に成功したことが紹介されている。これは超弦理論の「重力ホログラフィー原理」で予言されていたことである。実験による検証が紹介されている点も本書の特長のひとつだと思った。

●解明されてない事柄にも触れていること

超弦理論は「究極の理論」とか「万物の理論」とも言われているが、現在は発展途上の理論だ。この理論で説明できない事柄が本書では紹介されている。究極の謎解きは始まったばかりであることを大栗先生は正直に述べられている。先生のそのような姿勢にとても好感がもてた。

●先生ご自身のことが紹介されていること

大学院に入られてから現在にいたるまで、先生ご自身のご研究が超弦理論の発展史にどのように関わってきたか、とても詳しく若い頃の先生や同僚研究者の写真付きで紹介されている。まさにリアルで今も発展途上にある理論であることがわかり、ますます興味が沸いてくるのだ。


今回の紹介記事では本書で解説される理論自体の説明はしなかった。それは僕の中途半端な説明を読むより、大栗先生による第一級の説明(つまり本書)をお読みになったほうがよいと思ったからだ。

超弦理論に至る100冊の物理学、数学書籍」という記事を書いたことがあるが、もし「最短で超弦理論に至るための一般書籍」という記事を書くとしたら間違いなく大栗先生の「重力とは何か」、「強い力と弱い力」と今回紹介した「大栗先生の超弦理論入門」の3冊ということになるだろう。


最後にひとつだけ気になっていることがある。先生のお書きになる一般向け本や朝日カルチャーセンター講座はこれで打ち止めになるのではないかということだ。そのように心配するのは前著2冊と本書、先日の講座で超弦理論までひととおり完結したからである。

でもおそらくそれは杞憂だと思う。きっと新しい展開が待ち受けているに違いない。


関連記事:

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f63cdcd45ec542fa62d535b4cc715d69

強い力と弱い力:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

素粒子論のランドスケープ:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5201583450c82ac59cb4d71efe52b3d9

はじめての〈超ひも理論〉:川合光
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2484943aee0230f7f2df114a6a543fe4

Dブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像:橋本幸士
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e18ed1e00f1c877cf3e7926a564f01ae

超弦理論に至る100冊の物理学、数学書籍
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d37fe65a84df23cca2af7ecebb83cfc6

超ひも理論、M理論に至る勉強ロードマップ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0e1ae44c88899b9c469b24012d180cca

販売状況:日本語の超弦理論・M理論の教科書
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/61e4dd2232d54cf4a5f3da1aeb83975a

カラビ-ヤウ空間を見てみよう!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b3ab2b9875e9a2b81b055153c078439b

重力のふしぎ(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/243ec8bcf130122f0b25d7838a33b6a8

重力をめぐる冒険(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0471486930f344c4daa7aaa5ba2fdcc4

ヒッグス粒子とは何か(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f4a1756c8de4273487ffac8184c8b0c7

強い力と弱い力(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/59084db3bdfb94a2705989a51fcc37ab

超弦理論(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ee9d62fa4bcd23fe49301d6b015ea52f


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大栗先生の超弦理論入門:大栗博司


内容:
物質の基本は「点」ではなく「ひも」――これが「超弦理論」の考え方です(「超ひも理論」と同じですが研究者は超弦理論と呼んでいます)。しかし、なぜ「ひも」なのでしょうか? 超弦理論は物理学者の悲願「量子力学と重力理論の統合」を期待される最先端の理論ですが、それだけに難解です。
●なぜ「点」ではなく「ひも」なのか?
●なぜ「弦理論」ではなく「超弦理論」なのか?
●なぜ超弦理論は9次元あるいは10次元の理論といわれるのか?
●なぜ超弦理論では量子力学と重力が矛盾しないのか?
多くの人たちの理解を阻んできたこれらの「壁」に、『重力とは何か』『強い力と弱い力』(いずれも幻冬舎新書)がベストセラーとなった大栗先生が挑み、誰にでもわかる、しかしごまかしのない説明にチャレンジします。なかでも「次元の数」が決まる理由の謎解きは圧巻です。そこでは、あのオイラーが発見した、ある驚異的な公式が大活躍します。読んでいくうちに空間は9次元であると当たり前のように思えてくるでしょう。
そして最後には、とんでもない疑問に突き当たります。「私たちが存在しているこの空間は幻想ではないか?」というのです。空間は9次元だと思ったら、実は幻想だった! 世界の見方が根底から覆る衝撃を、ぜひ体験してください。
本書はブルーバックス創刊50周年にして初めて、表紙の書名を縦書きにしています。そこには、この難解な理論を「日本語の力」で説明してみせるという著者と編集部の思いが込められています。
※早刷版をご覧いただいた読者モニターの方からは、さっそく次のようなご感想をいただきました。
「何が問題で、どう解決したのか。私自身が謎解きをしているようでした」
「誰もが一度は考える物質や時空の成り立ちに、 こうも広大な知の営みがある。この世界や、生きていることの素晴らしさが実感できる、 いつまでも心に残る最高の一冊です!」
「一見浮き世離れしたような理論をこれほどまで読みやすくわかりやすい表現で明示した労作は前代未聞。理系を毛嫌いするすべての老若男女に一読を勧めたい」
「現代の理論物理学が難解なのは、理論が進化してきた過程が見えなくなっているからだ。大栗先生は300頁に満たないこの本で『進化のはしご』を再現するという離れわざをやってのけた」

はじめに

第1章:なぜ「点」ではいけないのか
- 「点」とは部分を持たないものである
- 物質は何からできているか
- 標準模型の問題①暗黒物質と暗黒エネルギー
- 標準模型の問題②重力を説明できない
- 遠隔力の不思議を説明する「場」
- 点粒子だから起きる「無限大」の問題
- 「点」を放棄しないアイデア
- Column:「ひも」か「弦」か

第2章:もはや問題の先送りはできない
- 無限大を解決する二つの可能性
- 光は「波」でもあり「粒」でもある
- 「反粒子」から生じる無限大もある
- 予想以上に機能した「くりこみ」
- くりこみが可能にした「無知の仕分け」
- 重力がくりこみに歯止めをかける
- ブラックホールは階層構造の終着点
- Column:思考実験

第3章:「弦理論」から「超弦理論」へ
- 根本的な解決をめざした弦理論
- 17種類の素粒子が「一種類の弦」から現れる
- 開いた弦はタリアテッレ、閉じた弦はペンネ
- なぜ弦は無限大を解消できるのか
- 光子は「開いた弦」の振動
- 「閉じた弦」は重力を伝える
- 弦理論と超弦理論の違い
- 「超空間」とはなにか
- 「超対称性」とはなにか
- 私たちは超空間にいるのか
- Column:南部の失われた論文

第4章:なぜ9次元なのか
- なぜこの世界は3次元なのか
- 弦理論が使える空間は25次元
- 光子には質量がない
- 「量子ゆらぎのエネルギー」はゼロではない
- 「光子の質量」の求め方
- 脅威の公式が導く25次元
- なぜ超弦理論は9次元なのか
- Column:「わかる」ということ

第5章:力の統一原理
- 力には共通の原理がある
- 電磁場は金融市場に似ている
- 電場と金利相場
- 磁場と為替相場
- 金融市場にもある「電磁誘導」
- 電磁場にも「通貨」がある
- 電磁場の「物差し(ゲージ)」は回転する円
- 「高次元の通貨」を考えたヤン-ミルズ理論
- Column:金本位制とヒッグス粒子

第6章:第一次超弦理論革命
- 見捨てられかけた超弦理論
- パリティを破れないII型の超弦理論
- 「病気」を抱えていたI型の超弦理論
- 標準模型のアノマリーは相殺された
- 「32次元の回転対称性だ」
- 超弦理論と弦理論の「結婚」:ヘテロティック弦理論
- カラビ-ヤウ空間で9次元をコンパクト化
- カラビ-ヤウ空間のオイラー数が「世代数」を決める
- 人間原理への抵抗
- Column:学問の多様性

第7章:トポロジカルな弦理論
- 忘れられない第一次超弦理論革命の感激
- 距離も測れない空間で何ができるのか
- 計算のしかたがわかった
- トポロジカルな四人組
- カリフォルニアで直面した第二次超弦理論革命

第8章:第二次超弦理論革命
- ウィッテンが抱いていた不満
- 一つの理論の五つの化身
- 二つのII型理論を結びつけた「T-双対性」
- 異端、されど美しい10次元の超重力理論
- 1次元の弦から2次元の膜へ
- 10次元の理論から9次元の理論を導けるか
- 「力の強さ」が次元を変える
- 「双対性のウェブ」とM理論
- 次元とは何か、空間とは何か
- Column:宇宙の数学

第9章:空間は幻想である
- 10次元空間に現れる5次元の物体
- 「主役」を降ろされた弦
- 開いた弦が張り付いたDブレーン
- 弦は復活した
- 開いた弦は「ブラックホールの分子」だった!
- 事象の地平線は映画のスクリーン
- 重力のホログラフィー
- 空間は幻想である
- 検証された予言
- 空間は何から現れるのか
- オー、マルダセナ!

第10章:時間は幻想か
- 空間とは何か
- 時間は幻想か
- なぜ時間には「向き」があるのか
- 宇宙の始まりを知っている重力波とニュートリノ
- 超弦理論の挑戦は続く

あとがき
さくいん
付録:オイラーの公式

夜のウォーキング、その後3

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4月7日から今日までで歩いた累計距離
(掲載画像は300Km歩いた後に記録を始めたので906.4Kmと表示されている。)

3月8日に始めた夜のウォーキングはあいかわらず続けている。雨が降るか用事がない限り毎晩2時間をかけて10Kmを歩く。中野区南台->渋谷区笹塚->下北沢->太子堂->三軒茶屋というルートを往復。

Nikeアプリで記録をとり始めて今夜でちょうど100回目。累計距離も900Kmを超えたので記事として残しておくことにした。

100回歩いたのだから距離は1000Kmになるはずだが、途中で休憩した後アプリを再開するのを忘れたり、途中の酒場でビール飲んで歩くのをやめたりすることがあるからだ。

これまで歩いた距離の累計は1206Km、減量8.5Kg。体脂肪は確実に減っている。あと3月の時点での「体年齢」は「実年齢+5歳」が表示されていたのが、今はちょうど実年齢が表示されている。

前回の記事(7月1日)から340Km歩いている。けれども体重は全く減っていない。どうやら停滞期に入ったようだ。

けれども顔は小さくなり、首まわりや腕は細くなっている。ここで止めてはいけない。

3月に買った安物スニーカーも底がだいぶ擦り減ってきた。いつまでもつものか試すつもりだ。


写真は今月中旬に笹塚と下北沢の中間地点あたりで見かけた夏祭り(阿波踊り)だ。




関連記事:

ウォーキングと夜桜
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/055b88c503e142d7b9559e5965de5550

夜のウォーキング、三軒茶屋へ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cfd8a6fb66f8d236da95531fd108d8cf

夜のウォーキングのその後
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/65eb0d670f88ee2225670772ad03793e

夜のウォーキングのその後2
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a64b260d065375c77a79c2839dc414be


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IC電卓ノスタルジア (SHARP Compet CS-12A, 1969年)

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SHARP Compet CS-12A (1969年)
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ついに僕の電卓コレクションは1960年代の「博物館級」の領域に突入した。これまで紹介してきたのはすべて1970年以降に発売されたLSI電卓ばかりである。昔の電卓は科学技術遺産だ。骨董品と同じで、古くて状態のよいものほど価値がある。

参考:IC、LSI、VLSIの違い
IC: 集積回路のこと。素子の集積度が1000個程度までのもの。
LSI: 集積回路のうち、素子の集積度が1000個〜10万個程度のもの。
VLSI: 集積回路のうち、素子の集積度が10万〜1000万個程度のもの。

今回紹介するのはMOS ICを使った12桁の四則演算電卓 Compet CS-12Aだ。

1967年発売の16桁電卓Compet CS-16Aの廉価版として1969年3月にCS-12D、同年6月CS-12Aの順で発売された。("A"より"D"のほうが先だったことは興味深い。)CS-16Aは23万円、CS-12Dは14万3千円、CS-12Aは12万9千円だった。

CS-12Aが発売された1969年6月といえば僕はまだ6歳で、大栗先生もそうなのだが、小学校に入学して2ヶ月しかたっていない。よもやその翌月、テレビで人類史に残るこの映像を見て驚嘆することになるとは夢にも思っていなかった。映像にはお若い頃のNHKアナウンサー鈴木健二さんや、映画「日本沈没(1973年版)」でご本人役を演じた地球物理学者の竹内均先生が出演されている。(このリアルで感動的な映像の続きはここをクリックすると見れる。竹内均先生や日本沈没(1973年版)についてはこの記事の後半で紹介している。)

話の軌道がそれてしまいそうので元に戻そう。

その年の大卒初任給は3万2千円。安くなったとはいえ四則演算しかできないこの電卓は月収の4倍もする「高級品」だったのである。(参考記事:「電卓を作りたいという妄想」)

1912年に創業した早川電機工業が社名変更してシャープ株式会社になったのは1970年のことなので、これらの電卓は早川電機工業時代の製品である。3機種の詳細は次のページでご覧いただける。

Compet CS-16A (1967年12月発売、23万円、消費電力22ワット)
http://www.oldcalculatormuseum.com/comp16.html

Compet CS-12D (1969年3月発売、14万3千円、消費電力15ワット)
http://www.devidts.com/be-calc/desk_16861.html

Compet CS-12A (1969年6月発売、12万9千円、消費電力15ワット)
http://www.funkygoods.com/calc/cs_12a/cs_12a.htm

順にCS-16A、CS-12D、CS-12A:CS-12DとCS-12Aは価格以外に違いがわからない。(クリックで拡大)
  

参考:シャープの初期の電卓
http://www.dentaku-museum.com/calc/calc/1-sharp/1-sharpd/sharpd.html

この電卓を入手できたのは半年ほど前だった。相場とくらべてだいぶ安く買うことができた。「完動品なのにどうして手放すのですか?」と所有者に尋ねたところ「自分はカメラマンで、古いインテリアの撮影用小物として使ったのでもういらなくなった。」ということだった。古い電卓には全く興味がないという。

ま、こういう品物に萌えるのは理数系の中でもごくわずかだと思うし、普通の人の99パーセント以上にとっては単なるゴミでしかない。

あとすぐ記事にしなかったのは発売年があいまいだったからだ。ネット上にはCS-16Aと同じ「1967年説」とCS-12Dと同じ「1969年説」がある。不正確な記事は書きたくなかった。先週ある資料を入手し、発売年月がやっとわかったので記事にすることができたのだ。

CS-12Aは、以前紹介した「CASIO fx-2 (1972)」というLSIを使った関数電卓よりもさらに大きい。後ろにパソコンが写ってるのでどれほどの大きさかわかると思う。

クリックで拡大


数字の表示部には初期の蛍光表示管が使われている。これ以前の電卓ではアメリカ製のニキシー管を輸入して使っていたが、ニキシー管はとても高価なのでコストを下げるために日本で蛍光管を開発したのだ。書体がとてもユニークである。

クリックで拡大


電源スイッチを入れてみた。



ん?なんだこれ?
スイッチをオフして、もう一度オン!



壊れちゃったのかな?
もう一度電源を入れなおしてみる。



当時、電卓とはこういうものだった。電源投入時の「乱数表示」に驚いてサポート・センターに電話してはいけない。

ひと通り四則演算を試してから、中を開けてみた。以下の写真はすべてクリックで拡大する。

全体:左が電卓の回路、右がキーボードの裏側


左側:当時は工場でたくさんの女性たちが部品を半田付けして作っていた。回路の意味も教えられずに作る単調作業だ。


MOS ICを拡大。NECのμPD1 E9506と印刷されている。


μPD1の中はこのページによると三角形で表されるインバータ回路が5つ入っている。

μPD1はNECの記念すべき第1号のMOS ICである。


その他にもNEC μPD145、日立HD706M、HD708M、HD709M、HD713MなどのMOS ICが使われているそうだ。

キーボードの裏側



以上のことを踏まえて、この電卓を動かしてみよう。


最初に電源のオフとオンを何度か繰り返し、その後数字を順番に押して12桁あることを確認、次に円周率の近似値として355÷113を計算し、最後に1から10までの総和と積(10の階乗)を求めている。


ところで今日のタイミングでこの電卓を紹介したのにはもうひとつ理由がある。これについては後日、別記事で明かすことにしよう。


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関連記事:

電卓を作りたいという妄想
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/01cf6bc6669bf0956a792bce292f97f1

加減乗除と小数の計算手順を理解したい。
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/44687dc879c9a6642b59c49a0c7cc3b3

算数チャチャチャ(NHKみんなのうた)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5f45451ee92873728f3046ed36cdce71

機械式計算機ノスタルジア(タイガー計算器)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/226dd92e17d66ac624b7279776aa77f6

計算尺ノスタルジア (コンサイス計算尺、ヘンミ計算尺)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b91ae7814c1830a9aaf7da77aadf88a8

神様の計算機 (CASIO fx-2、1972年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/51d92a0f17a3abd1112691590d86c83a

王様の計算機 (CASIO fx-3、1975年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6840ad8d279eff97acd11a3f56b54343

カシオミニのノスタルジア
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c57178b502b8207746af9df9a9e0dd90

電卓についての記事一覧
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/c/1a4217b50cea360ba6f5326eb2374da9

電卓技術教科書〈基礎編〉〈研究編〉:ラジオ技術社

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電卓技術教科書〈基礎編〉(1971年)」B6版、356ページ
電卓技術教科書〈研究編〉(1973年)」B6版、334ページ


本書を入手した経緯

本書のことは1年前に「電卓を作りたいという妄想」という記事で触れていた。この記事の中で僕は次のように書いている。

「たとえ100円ショップで売られるようになろうとも、電卓が電卓であるかぎり論理回路が簡単になるわけではない。自作するのは無理だとしても、せめて四則演算の電卓でよいから回路を全部理解してみたい。どうして電卓ごときにあれだけの電子部品が必要なのか、僕にはさっぱり理解できていないのが悔しい。」

「理数系を標榜するのであれば電卓の回路くらいは「一般常識」としておさえておきたいものだ。人生の目標がまたひとつ増えた。」

本書はこの目標を実現するためにはベストな本で、1969年に発売されたCompet CS-12Dをはじめ、その後に発売された電卓について高校生レベルの基礎から解説した教科書だ。この電卓の製造元のシャープ(株)が監修している。

SHARPCompet CS-12D (1969)



監修者は1971年当時のシャープ(株)代表取締役専務・産業機器事業本部長(現在同社顧問)の佐々木正氏だ。本書刊行当時は56歳、現在98歳になられている。本文の各章は同社の技術者が分担して執筆した。

だから先週アマゾンで中古本を見つけたときは本当に驚いた。公共図書館や大学の図書館には置いてあるものの、中古市場ではほとんど流通しておらず僕は入手するのをあきらめていた。(いや、「だめもと」でときどき検索していたのだからあきらめていなかった。)今度お目にかかるのはいつになるかわからないから、ためらいなく注文ボタンをクリックしたわけだ。


本書の詳細

本の詳細は、詳細な目次も含めて次のページで事細かく説明されている。

電卓技術教科書
http://www.protom.org/mad/0069.htm

「基礎編」では1969年に発売されたCompet CS-12Dの実際の論理回路を例に取り上げながら四則演算電卓のしくみが詳しく解説される。そして巻末には全回路図が掲載されているのだ。この機種は前回の記事で紹介したCompet CS-12Aとほとんど同じ製品だ。発売時期も3ヶ月しか違わない。半年も前に手に入れたたCompet CS-12Aのことを一昨日のタイミングで「IC電卓ノスタルジア (SHARP Compet CS-12A, 1969年)」として紹介したのは本書を入手できたことがきっかけだった。「研究編」では関数電卓で必要な超越関数(三角関数や指数・対数関数)を計算するためやプログラム機能のための論理回路も解説されている。

「基礎編」の章立て

序章:電卓の歴史と将来の展望
第1章:電卓とは
第2章:電卓の基礎理論
第3章:電卓の実際
第4章:入・出力装置
第5章:演算装置と演算制御
第6章:演算方式
第7章:電源回路
第8章:電卓の操作方法
巻末:
1.コンペットCS-12Dの全回路図
2.わが国の電卓の一覧表

「研究編」の章立て

第1章:電卓の高級化
第2章:新しい電卓
第3章:集積回路
第4章:電卓の製品設計
第5章:電卓の安全規格
第6章:電卓の信頼性
第7章:電卓の製造・検査工程
第8章:ユーザーとの諸問題


電卓とはどういうものか

電卓が電卓として動作するためには、その内部に「制御回路」が必要になる。キーが押されるたびにどのような処理をすべきかは押されるキーによって違ってくる。

たとえば「1」、「2」、「3」、「.」、「5」という入力に対して「123.5」という10進数の小数を一時記憶しなければならない。「5」を押した時点では、まだ次に他の数字が押されるかもしれない。どのタイミングでどのようにこの小数をレジスタに格納したらよいだろうか?そのようなキーシーケンスによる状態遷移を処理するのは「制御回路」の役割だ。

また入出力回路もある。キー入力は1つのスイッチがオンになるだけだから、これを2進数に変換しなければならない。この2進数は数字出力のために蛍光表示管の規格に合った信号に変換する回路も必要だ。(エンコーダ回路とデコーダ回路のこと。)

そしてもちろん演算回路も必要だ。加減乗除は2進数で行うが、どのようなアルゴリズムで行えばよいのだろう。整数だけでなく正負の小数の加減乗除である。乗算と除算のアルゴリズムは特に難しい。電子工学科の大学院レベルの内容だ。学部レベルだとせいぜい「簡単な電卓の設計」というページで解説されているような自然数1桁の足し算電卓くらいまでしか学ばないのだ。

参考ページ:
加減乗除と小数の計算手順を理解したい。
ウィキペディアの記事:乗算器除算器


60年代の電卓はこのようなことを「ワイヤードロジック(結線論理)」で実現していた。トランジスタやダイオードなど(60年代後半にはICも含まれる)を配線して論理回路を構成していたのである。ただし本書の基礎編を読むとCompet CS-12Dは「ワイヤードロジック」を採用してはいるものの、制御回路の部分は「マイクロプログラム論理」で作られている。説明がややこしいが、一部の回路は「コンピュータ的」なのだ。

その点「マイクロコンピュータの誕生―わが青春の4004:嶋正利」で触れたビジコン社の電卓は60年代後半「マイクロプログラム論理」で設計されたLSI電卓で、その後Intel 4004という世界初のCPUを内蔵した電卓(『Busicom 141-PF』)として発売された。シャープやカシオの電卓はCPU電卓ではない。

本書が出版されたのは1970年代はじめである。電卓の開発競争が激化していた時代にもかかわらずこのように社内機密的な技術情報をよくも市販したものだと思ったのだが、今とは事情が違っていることに気がついた。

60年代当時、電卓をはじめ電子製品や電気製品を買うと、説明書にはその製品の回路図が添えられているのが普通だった。電気製品はまだ高価だったので故障しても今のように簡単に買い替えられるわけではない。街の電気屋さんに修理してもらうのが一般的だった。そのときに修理担当者が頼りにしたのが製品に付属していた回路図なのだ。ヤフオクを「回路図」というキーワードで検索してみると当時の電気製品の電子回路図が(そして、なんと自動車の電子回路図までもが)高値で取引されていることがわかる。

だから本書が市販されても開発競争の足を引っ張ることはなく、学生や技術者向けの教科書として大いに役立ったのだ。


電卓について学ぶ方法

ところで電卓のしくみを学ぶために当時の教科書を入手しようとしても難しいことがわかる。

たとえばヤフオクで「電子計算機入門」というキーワードで検索してみるとコンピュータ入門系の本ばかりヒットしてしまう。そのような本の前半では2進数やANDやORなどの論理ゲート回路、そのハードウェアの解説が書かれているがコンピュータを前提とした解説で「電卓用」ではない。後半はアセンブリ言語やFORTRANなどプログラミング言語の話題になってしまう。これは当時、コンピュータは「電子計算機」と呼ばれるのが普通だったからだ。(そういえば、先日打ち上げが中止された「イプシロン」ロケットについて、プロジェクト・リーダーの会見でも「コンピュータ」ではなく「計算機」という言葉が使われていた。)

このようなわけで本書は現在では「幻の技術解説書」であり、そして70年代当時においては電卓のしくみを開発者と同じレベルで学ぶことのできる貴重な本だったのだ。

「基礎編」の6ページには1964年から1971年にかけて発売されたシャープ(60年代は早川電機工業)の電卓一覧表がある。Compet CS-12Aの発売年月がわかったのもこの表のおかげだ。

シャープ電卓一覧表(クリックで拡大)


シャープのデスクトップ電卓の歴史
http://www.dentaku-museum.com/calc/calc/1-sharp/1-sharpd/sharpd.html


ところで本書に頼らず、現代の方法で電卓のしくみを学ぶことも可能だ。これについては「加減乗除と小数の計算手順を理解したい。」という記事で詳しく紹介している。加減乗除だけでなく、関数電卓の論理回路まで学ぶことができる。

本書を入手できて僕はとても満足して幸せな気持ちになっているのだが、本は読まなければただの紙だ。いずれ両方とも読んで、それぞれレビュー記事を書きたいと思う。本書を入手して以来、1960年代電卓開発にたずさわった技術者と知り合いになりたいという気持ちがふつふつと沸いてきた。そのような方々は今では70代、80代になっていることだろう。もちろんお知り合いになるのは本書を読み終えてからのほうがよいと思う。


本書に関心がある方のために

本書がアマゾンに出品されることはほとんどないのだが、たとえ時間がかかってもいいから入手したいという方のためにリンク・ページを設けておこう。

電卓技術教科書〈基礎編〉(1971年)
電卓技術教科書〈研究編〉(1973年)
 

なお〈研究編〉は後に増補版が刊行されている。
電卓技術教科書〈研究編〉(1976年)


とりあえず実物を見てみたいという方は次のリンクから検索してみてほしい。日本各地に「保管」されていることがわかる。(おそらく「閉架」にしまってあるのだろう。)

国立国会図書館サーチ(公共図書館)で「電卓技術教科書」を:検索してみる

全国の学校図書館で「電卓技術教科書」の検索をしてみる:
〈基礎編〉(1971年)と〈研究編〉(1973年)」、「〈研究編〉(1976年)

ヤフオクで「電卓技術教科書」を:検索してみる


関連記事:

IC電卓ノスタルジア (SHARP Compet CS-12A, 1969年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9fead04c16784b42226ea8f280dc32a7

電卓を作りたいという妄想
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/01cf6bc6669bf0956a792bce292f97f1

加減乗除と小数の計算手順を理解したい。
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/44687dc879c9a6642b59c49a0c7cc3b3

算数チャチャチャ(NHKみんなのうた)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5f45451ee92873728f3046ed36cdce71


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いつもだとここに詳細目次を書くのだが、「電卓技術教科書」に書かれているのでそちらを見てほしい。

そのかわりにこちらの記事では「基礎編」、「研究編」の冒頭部分、監修者の佐々木正氏による「はしがき」をそれぞれ紹介しておこう。

「基礎編」に書かれている「はしがき」

電子式卓上計算機(電卓と略称される)は、多くの意味において特筆すべき製品の一つであります。最近の電子技術を応用した点においては電子計算機と変わりなく、すなわち小規模ながら記憶・演算・制御・入出力の各装置を有し、四則計算(加減乗除)を中心にして各種の事務・技術計算を簡単な操作で行なわせるようにした計算装置であります。

電子計算機が高度の有機的機能をもつ情報処理装置へ発展したのに対し、電卓は事務所・家庭をと言わず、大衆に、より身近かな実用性ある製品として発展したのが特徴です。電卓には四則演算を主にした電子ソロバンから、複雑な各種の計算ができるプログラマブルな高級機種にいたるまで、非常に広範囲にわたっております。さらに最近は電卓を核とした応用機器が開発されはじめ、あらゆる部門に電卓技術が浸透しつつある状態です。

一方電卓に使用されている素子の面から考えましても、過去において日本のトランジスタ産業がラジオ・テレビにより大きな発展を遂げたごとく、現在の集積回路(IC)および大規模集積回路(LSI)産業の発展は電卓に負うところが非常に大きいことです。これらの点を考えますと、電卓は小形ではありますが最新の電子技術の粋を集めたものであり、ごく最近まで一般大衆には無縁と考えられていた宇宙技術で開発されたLSI等が、かくもすみやかに地上で一般の誰もが手のとどく範囲に引寄せられたことは、驚くべきことであります。

このように普及してきた電卓について系統的にまとめられた本が見当たらず、断片的なものにかぎられ、その刊行が強く要望されるようになってまいりました。本書はこれらの要望に答えるために、電卓全般を網羅した系統的な刊行物としてまとめたものであります。

内容は電卓の使用者に参考になるように、サービス技術より見て書かれたもので、高校・大学初級の人々を対象にして記述してありますが、一般の利用者も考慮し、わかりやすく解説してあります。使用の便宜を考慮して上下2巻に分かち構成することとしました。上巻では一般の電卓についての基礎的事項より説明を始め、代表的機種としてシャープ電卓(CS-12D)を例にとって具体的に説明しました。下巻にはこれらの基礎に立って、さらに高級機種およびLSI化機種について深くかつ広範囲な説明を加えることにしました。

本書はその上巻:基礎編として刊行されたもので8章から構成されています。第1章には緒論として電卓の一般概念を、第2章には電卓に使用されている回路の基礎となっている論理数学、論理素子、論理回路について説明を加え、第3、4、5、7章は電卓の操作方法、ハードウェア的解説を一般的構成、入出力装置と記憶装置、演算制御と装置、電源回路と順に説明し、第6章にはそのまとめとして具体的な演算方法を取り上げてあります。また第8章には電卓取扱上の注意、およびその他の機種の操作方法につき述べて参考に提供してあります。


「研究編」に書かれている「はしがき」

先般“基礎編”を出版したのは昭和46年の夏ごろでしったが、その後電卓は成長産業として、その機能・技術において格段の進歩を示し、その研究から販売にいたる広範囲にわたって、種々の革新がなされてきました。

昭和45年(1970)においては、全世界の機械式・電気式および電子式の卓上計算機の需要は580万台で、そのうち電卓は162万台と28%を占め、日本は全電卓生産量の80%にあたる130万台を生産していましたが、翌昭和46年(1971)には全卓上計算機の需要は630万台、そのうち電卓は250万台を占め、日本はこのうち210万台と、世界の全電卓生産量の84%を生産しました。さらに昭和47年(1972)については、全世界の集計は終っていませんが、日本の総生産量は400万台を越していると思われています。

とくに昭和47年中には、CONSUMER-個人用電卓の市場と事務機用電卓のし上が明確に分離を始めました。上の400万台の生産の中で、CONSUMER-個人用電卓は260万台と見られ、実に60%を占めるにいたりました。

このように普及発展してきた電卓の技術の中で、特にLSIは、昭和45年ごろには、8桁を標準にとって説明すると、LSI 4チップと周辺部品で構成していましたが、昭和46年には1チップに納める集積化技術が成功し、47年にはさらにその集積化を高めることにより周辺部品点数を減らし、また表示管の低価格化、キー・ボードの簡易化によって材料構成費の減少をうながし、さらには1チップによる工数減少による原価切下げに成功しました。そして日米両国とも、低価格・個人用のマーケットを米国において創出し、ELECTRONICS誌をして、1973年はCONSUMER MARKET(パーソナル)は9,000万ドル市場、事務用MARKETは4億6,300万ドル市場といわせる状態となりました。

一方この事務用電卓も、LSI内のシステムにROM、RAM方式が採用され、さらにPLA、RPS (parallel processing system)の方式が開発されるにおよんで、高級電卓も低価格化普及を呼び、少なくとも1976年までは急成長する産業だといわれるにいたりました。

この両マーケットを支持するLSI、表示装置、キー・ボード、印字機構について、それぞれのマーケットに適応する技術の進歩が1チップになっても急速に行なわれており、つぎにいかなる技術革新が出現するか予断を許さない状況にあります。

LSIにおいては、上記のようなシステムの開発のほか、その構造・原理においても、従来のP-MOSに対し電池の寿命を長くするためにC-MOSの技術も開発され、さらに新しい構造の研究が行なわれています。表示装置では、従来のニキシー、蛍光表示管は、一方は構造的に多文字化され平板化され、他方LEDが実用化の緒につき、さらにはあらたな原理のもの(たとえば液晶)の出現を目前にしています。

本書においては、第1章に印字・表示両電卓の機能およびシステムの高級化について解説し、また第2章においては新しい電卓に用いられているシステムおよび装置について説明し、電子ソロバン、事務用および科学技術用電卓をその応用例として取上げました。

第3章には、電卓に使用されているLSIについてその技術紹介を行ない、技術進歩の主体となっている点だけを記述しました。なお表示装置については第2章に述べられていますが、キー・ボードにも相当の進歩が見られており、これについても併記したかったのですが、まだ進歩の過程にあり、今回紹介することは早計と考え、次回に譲ることにしました。

第4章にはこれらの部品・装置を使用して電卓の製品設計を行なう場合の手順とその問題点について述べ、第5章には最近問題になりはじめている安全規格の問題、第6章には信頼性について試験方法および保証行為について説明しました。また第7章では以上にもとづいて製造を行なう場合の製造工程、検査工程について説明し、第8章では現在行なわれているサービスに関し、ユーザーとの問題点について紹介しました。

本稿は、だいたい1年前までの技術と問題点を紙数に能うかぎりの説明を行なったつもりですが、脱稿時、そのときの現状をみて物足りなさを感じていますが、説明の不十分な点は再度機会をみて補正させていただくとして、読者諸氏の御批判・御意見をできるだけおうかがいし、さらに追補する機会を得たいと思っております。

時空とは何か(朝日カルチャーセンター)

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時空とは何か(朝日カルチャーセンター)
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=209996&userflg=0

カリフォルニア工科大学カブリ冠教授 大栗博司(ブログ
東京大学高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構機構長 村山斉(紹介ページ
朝日新聞編集委員 高橋真理子

講座内容
時空概念の革命を人類は2度経験しました。ギリシャ以来の「調和の取れた宇宙」観を壊したのがニュートンの主著「プリンキピア」でした。「無限の空間が入れ物としてあり、時間が無限に流れていく」という無味乾燥な像が描かれました。次の革命家アインシュタインは「時空とは与えられる枠組みではなく、重力によって決定されるもの」と言いました。 そして今、第3の革命の足音が聞こえてきます。時空とは何なのでしょうか?

1)13:00-14:00 
時空入門ーニュートンからアインシュタインまで
(大栗博司・村山斉・高橋真理子)
2)14:15-14:45 宇宙のかたち・始まり・終わり (村山斉)
3)14:50-15:20 空間は幻想である (大栗博司)
4)15:30-17:30 会場からの質問を受けてディスカッション
(大栗博司・村山斉・高橋真理子)


昨日の土曜日は朝日カルチャーセンターの物理学講座を受けてきた。今回は「時空と何か」というテーマで、大栗先生、村山先生そして朝日新聞編集委員の高橋真理子さんの3人による講座だ。

前回6月22日の「超弦理論(朝日カルチャーセンター)」から地下1階の住友ホール(200名収容)で開催され、より多くの方が受講できるようになった。

30分前に住友ビルに着くと入口の前には、このような美術作品が展示されていた。たくさんの矢印が風になびいて揺れている。まるで「ベクトル場」のようで物理学講座の会場にふさわしい。もちろん偶然そういうことになったわけだけれども。



会場に着くと通路は長蛇の列。前のほうで271828さんが手を振っているのに気がついた。5分もすると入場できるようになったが最前列は人気が高く、よほど早い時間に並ばないと席取りできない。幸いいつも講座でご一緒している271828さんとYさんが僕の席もキープしてくださっていた。僕らは二列目に横並びで着席。明日から9月だというのに真夏の暑さだった。冷房の効いた大ホールに入ってひと安心。

講座が始まる20分前には満員になっていた。今回はどうしたわけか女性の受講者が多い。これまでは1割くらいなのに今回は3割はいる。20代前半から70代までバランスもよかった。今回は朝日新聞の高橋さんがいらっしゃるので、女性がふだん目にする媒体でも宣伝がされていたのかなと思った。「(男性も含めて)全体の平均年齢は50歳くらいだな。」と271828さんはおっしゃっていた。

恥ずかしいことだが、プログラムの第1部に書かれていた「鼎談」という言葉を僕は知らなかった。271828さんが「ていだん」と読むのだよと教えてくれた。2人のときは「対談」、3人のときは「鼎談」と言うのだそうだ。「漢字検定に出題されそうだな。」とか「書き順が難しそうだ。」と思っているうちに朝日カルチャーセンターのスタッフの方の挨拶が聞こえ、村山先生、大栗先生、高橋さんが順に入っていらして舞台上の椅子に着席された。


第1部:「鼎談」

壇上の高橋さんがお二人の先生を紹介され会場から拍手がおきる。第1部は高橋さんがメインで「時空入門ーニュートンからアインシュタインまで」という題目だ。説明は「ニュートン」からではなく「古代」から始まった。よく調べていらっしゃったようで、スライドを映しながら数千年に渡る「時空概念史」のキーポイントを順に紹介された。超一流の専門家お二人を前に、まったく動じることなく説明されているのがすごかった。途中でお二人の先生に意見や質問を求めたり、「そうですよね?」と確認をされたり、そして先生方からは逆に質問されたりするので「先生はどのようなお答えをするのかな?」と聞いている私たちの興味は増していく。

高橋さんは「世界で初めての科学ジャーナリストはガリレオ・ガリレイ」であるという自説を主張された。彼の著作は岩波文庫から「星界の報告」、「天文対話〈〉〈〉」、「新科学対話〈〉〈〉」として出版された。(後の2つは現在絶版だが岩波文庫から復刊されるそうである。)

ガリレオがこれらの本を書いた17世紀、知識人はラテン語で書くのが常識だった。にもかかわらず彼は日常的に使われていたイタリア語で書いたのだ。「自分で見たものを誰にでもわかる言葉で伝える。」というのはジャーナリズムの原点だと高橋さんは説明された。これには大栗、村山両先生も納得されたようだった。

特にニュートンとライプニッツは「どちらが可哀想だったか」ということについて高橋さんと先生方の間で意見を闘わされていたのは面白かった。


第2部:「宇宙のかたち・始まり・終わり」



第2部は村山先生の「宇宙のかたち・始まり・終わり」という30分の講義。「宇宙になぜ我々が存在するのか」や「宇宙は何でできているのか」という先生の著書を読んだことがあるが講義を受けるのは初めてだ。次のような流れでリズム感あふれる解説が進んだ。村山先生は「SuMIReプロジェクト」を率いている実験系の物理学者である。

- 伸びる時間(特殊相対性理論)
- ピサの斜塔(一般相対性理論)
- 空間の果て、宇宙の形
- 時間の始まり
- 時間の終わり?
- 空間の次元

僕にとって特に印象に残ったのは、アインシュタインの重力場に見立てた曲面の模型の上にパチンコ玉を転がしている写真だ。中心に近いほど深く窪んでいて、パチンコ玉を引っ張る引力が強くなるように見える。この方法で惑星の「楕円軌道」やケプラーの第3法則が再現できるかな?パソコンでシミュレーションできないかな?などと僕は考えを巡らせていた。

村山先生が物理学に興味を持ったのは「不思議宇宙のトムキンス:ジョージ・ガモフ」がきっかけだったそうだ。アマゾンでは次のように紹介されている。

- アインシュタインをはじめ、世界中の科学者が絶賛した不朽の名作。

- ごく普通の銀行員だった主人公トムキンスが小さな宇宙に閉じ込められたり、量子力学が支配するジャングルを探検したり、はたまた陽子となって粒子加速器の中を猛スピードで回らされたりと、刺激的なストーリーが展開される。トムキンスと一緒に摩訶不思議な世界を探検しているうちに、宇宙の運命やブラックホールの謎、反物質、クォークなど、最新の物理学が学べてしまう楽しい科学読み物だ。

先生のスライドでは特殊相対論による時空の伸縮の効果を示す挿絵が紹介されていたが、この本は量子力学や反物質、クォークまでもカバーしている。これはすごい!英語版「The New World of Mr Tompkins:George Gamow」で読むのもいいかもしれない。英語版はKindle版でも出ている。

現在販売されている「不思議宇宙のトムキンス:ジョージ・ガモフ」は村山先生がスライドで紹介した本の表紙と違うので、この本はその後改訂されたようだ。ウィキペディアによると次のように解説がされている。

========= ここから ==========
日本語版は伏見康治の訳で1943年に創元科学選書の1冊として刊行され、訳者まえがきで伏見は「これは物理学の漫画である」と述べた。そして多くの若者を誘って物理学者への道をとらせるのに力があった。現在はトムキンスを主人公とする他の3つの物語と合本されて『トムキンスの冒険』 (白揚社、1990年) として書店に並び、その第?部の前半が『不思議の国のトムキンス』である。

また、『不思議宇宙のトムキンス』 (白揚社、2001年) は、ラッセル・スタナード(英語版)が『不思議の国のトムキンス』とその続編『原子の国のトムキンス』Mr. Tompkins explores the atom (1944年) とを合わせたものに最新の知見を加えて改訂・加筆し、それに新たに書き下したいくつかの章を付け加えて1999年に出版した改訂版 The New World of Mr. Tompkins の翻訳である。
========= ここまで ==========

これまで宇宙論は僕のなかで「とりとめもないもの」という印象で、物理学の勉強から無意識にはずれていたのだが、今回村山先生のお話を聴いて「宇宙論の勉強に取り組む動機」が自分の中に芽生えたように思う。


第3部:「空間は幻想である」



第3部は「空間は幻想である」と題した大栗先生の30分の講義だ。先生の一般向けの著書3冊「重力とは何か」、「強い力と弱い力」、「大栗先生の超弦理論入門」を総括したような内容だった。説明の流れは次のとおり。

- 時間とは何か?空間とは何か?
- 自然は真空を嫌悪する
- ニュートンの革命
- アインシュタインの革命
- 量子力学、標準理論、ヒッグス粒子
- 暗黒物質、暗黒エネルギー
- 量子力学と重力理論を統一するには
- 超弦理論
- ブラックホールの情報問題
- 重力のホログラフィー原理
- ブラックホールの防火壁問題
- 時空とは何か

既刊の3冊を読んだり、朝日カルチャーセンターで行われてきた講座を聴いていたので、僕はとてもよく理解することができた。

先生はいつもと変わらず、そのまま本の文章になると思えるほど明快な話し方で説明をされていた。大栗、村山両先生はプレゼン能力が抜群である。

アリストテレスの「自然は真空を嫌悪する」の意味は「時間や空間はその中の物質とは独立に存在しない。」ということであり、これがニュートンやアインシュタインの理論では「物質とは関係なく存在する時間と空間」となった。しかし研究が進み超弦理論で「弦の振動によって空間さえも2次的に生成される」ことになる。これはアリストテレスの考え方に近い。これが「空間は幻想である」という主張なのだ。

他の方にとっても同じだと思うが、僕にとって目新しかったのは「ブラックホールの防火壁問題」だった。この問題について大栗先生は昨年の12月にブログで記事をお書きになっている。先生の著書3冊では触れられていない。

ブラックホールの防火壁(大栗博司のブログ)
http://planck.exblog.jp/19026474/

この問題(パラドックス)は昨年提起されたばかりでまだ解決していず、真剣に答を探している最中なのだという。素人が解決できるような問題ではないが、何が問題になっているかは専門家でなくても理解できる内容だ。ひとつの謎が解けると新たな謎が生まれるのだなという好例だと思った。そのような最新の話題を一般の人が知ることができるのも、先生がブログをお書きになっているおかげだ。

今回先生が用意したスライドは80枚で最後に映されたのが筆ペン書体で書かれたこの1枚。



「また先生は講座を開いてくださるのだ。」と次回に期待をつなぐことができ、僕はうれしかった。

先生が受講者の「糖分補給」のために今回ご用意されたのは、前回と同じくマーブルチョコレートだ。今回は先生が描かれたアインシュタインとアリストテレスの似顔絵バージョンである。

クリックで拡大



第4部:会場からの質問を受けてディスカッション

第4部は受講者からの質問に先生方が回答する形で説明が展開された。村山先生、大栗先生、高橋さんが登壇され、受講者が挙手して質問をする。2時間たっぷりあったのでいろいろなお話を聞くことができた。

最初から多くの手が挙がった。本質的な内容を突く質問が多く、先生方も回答するだけでなく補足説明などで話を膨らませてくださっていたので、質問者以外の受講者への配慮もされているのだと僕は思った。

僕も1つ質問させていただいた。ブラックホールの防火壁問題の説明図として大栗先生は上と下が漏斗(ろうと)状になっている絵を引用されていたのだが、末広がりになっている下の部分は「ホワイトホール」ですか?「ホワイトホールは物理学で扱っている対象なのですか?」という質問だ。

先生からは「図で下の部分はホワイトホールですが、引用した図がミスリードでした。」という説明をいただいた。要するにホワイトホールのことを考えない形で、ブラックホールの防火壁問題は解決すべきだとおっしゃっているのだろうと僕は理解した。

「で、結局エネルギーというのは何なのでしょうか?」というとても本質的な質問をした男性がいたことや、女性の受講者も数名の方が積極的に質問されていたことが特に印象に残った。

「時間の矢」についての解説も興味深く聴かせていただいた。宇宙のはじまりでエントロピーが小さいことが検証されれば、それはエントロピー増大則の検証になる。この法則は熱力学第2法則のことであり、量子力学や超弦理論の世界で時間は対称性を保っているが、近似としてマクロな世界で熱力学第2法則が成立しているというご説明だった。「時間」についてはまだわかっていないことが多く、それを超弦理論の枠組みでどのように取り扱うかが課題として残っているそうだ。


講座の後はいつものように先生方の著書販売とサイン会が開かれた。毎回長蛇の列である。

先生方の著書は、検索用のリンクから紹介させていただこう。

アマゾンで村山先生の著書を:検索する
アマゾンで大栗先生の著書を:検索する

村山先生、大栗先生、そして朝日新聞の高橋さん、楽しい講義や進行をしていただきありがとうございました。


オフ会

オフ会は科学ブログ仲間のいつものメンバー。今回は271828さん、Nさん、Yさんと僕の4人が参加。趣味が同じ仲間で過ごす酒席は実に楽しいものだ。

写真は271828さんからいただいたお手製のジャム。毎回いただいているのだが今回は「ルバーブ」で作られたという。271828さん、ありがとうございました。



ルバーブ(rhubarbe)
http://www1.cablenet.ne.jp/fumiffy/material/rhubarbe/rhubarbeindex.html


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関連記事:

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強い力と弱い力(朝日カルチャーセンター)
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強い力と弱い力:大栗博司
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新解さんの謎(文春文庫):赤瀬川原平

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新解さんの謎(文春文庫):赤瀬川原平

内容紹介
辞書の中から立ち現われた謎の男。魚が好きで苦労人、女に厳しく、金はない―。「新解さん」とは、はたして何者か?三省堂「新明解国語辞典」の不思議な世界に踏み込んで、抱腹絶倒。でもちょっと真面目な言葉のジャングル探検記。紙をめぐる高邁深遠かつ不要不急の考察「紙がみの消息」を併録。


これは「新解さんブーム」を引き起こしたことで知られている本だ。みなさんは三省堂の「新明解国語辞典」がとても変なユニークな辞書だということをご存知だろうか?

たとえばこのような感じだ。語意解釈に独自の主観、主張が盛り込まれている。

れんあい【恋愛】 
特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。(第5版)

こうやく【公約】
政府・政党など、公の立場にある者が選挙などの際に世間一般の人に対して、約束すること。また、その約束。〔実行を伴わないことも多い〕(第5版)


もともと本書が発売される前、この辞典の可笑しさは次のホームページで紹介されていた。スマートフォンからだと文字化けするのでパソコンから開いていただきたい。

新明解国語辞典を読む 万省堂(第5版までに対応)
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/3578/

このホームページを書籍化したのが「新解さんの謎(文春文庫):赤瀬川原平」である。

まさに抱腹絶倒。電車の中では絶対に読まないほうがよい。僕はいつもの喫茶店で読み始めたのだが、笑いをこらえきれなくなりやむなく中断した。

本書を読むとこの辞書が欲しくなるものだ。初版から第7版までお求めやすいようにまとめておいた。(初版から第6版までは中古本だ。)

とね書店:新明解国語辞典売り場
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22?_encoding=UTF8&node=47




新解さんの謎(文春文庫):赤瀬川原平」はKindle版も販売されている。

また「新明解国語辞典」の第6版と第7版は、iPhoneアプリ、Androidアプリとしても1800円で販売されているので検索してみてほしい。

「新明解国語辞典」の面白い用語説明をつぶやくツイッターも見つけることができた。

新明解国語辞典_bot
https://twitter.com/shinmeikai_bot


思う存分笑って気分をすっきりさせたい方は、ぜひ読んでみてください。「笑う門には福来たる。」である。

ところで本書の著者の赤瀬川原平さんは、有名な方なのだ。赤瀬川さんのご経歴はウィキペディアの記事をお読みいただきたい。


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新版 演習場の量子論:柏太郎

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新版 演習場の量子論:柏太郎

内容
場の理論事始め、経路積分法、有効作用と近似値、ゲージ場の量子論など、場の理論を基礎から解説したテキスト。練習問題つき。新しい問題および最近の参考文献を加える。2001年初版、2006年新版刊行。222ページ。

著者略歴
柏太郎:プロフィール
1978年名古屋大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。1979年九州大学理学部物理学科助手。1997年九州大学理学部物理学科助教授。1999年九州大学大学院理学研究院物理学部門助教授(改組による)。2002年愛媛大学理学部物質理学科教授。2006年愛媛大学大学院理工学研究科(理学系)数理物質科学専攻教授。専門、場の量子論、量子力学、素粒子論

出版社による本の紹介ページ
http://www.saiensu.co.jp/?page=book_details&ISBN=ISBN978-4-7819-1148-9&YEAR=2006


理数系書籍のレビュー記事は本書で230冊目。

6月の終わり頃から読み始め、やっと読み終えることができた。ここまで来るにはずいぶん長い道のりだったと思う。

計算手順をこれほど細かく示してくれている場の量子論の本は、これ以外にないだろう。先月6年ぶりに偶然再会した素粒子論専攻の友達は僕が読んでいる本書を見て「あ、この本はM1のときにやった。懐かしいな〜。」と言っていた。

章立ては次のとおりだ。

第1章 場の理論事始め
第2章 量子場入門
第3章 経路積分法
第4章 有効作用と近似法
第5章 ゲージ場の量子論

場の量子論の面倒な計算をこれほど詳しく書いた本はまず本書以外にないと思う。物理学科で学ぶ学生はもちろんのこと、僕のような独習者にはとてもありがたい本なのだ。

「演習書」なのでこのように数式が多いのは当然のことだ。それだけ導出手順が詳しいのでありがたいことである。

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本書での学習は僕にとてもためになった。自分で計算することが求められているので、少しずつではあるが実際に計算したりして読み進んだ。第3章までの理解度は9割ほど、第4章以降は8割ほどだったと思う。

それでもやはりファインマングラフやゲージ場、中西-ロートラップ場、BRST変換あたりはきつい。実際の計算方法をマスターすることが目的なのだから、「近道」や「直観的で分かりやすい解説」を探し求めても意味がないということも理解できた。どういうやり方をしても難しいものは難しいのだ。

著者の柏先生がお書きになっているように第4章の中の「くりこみ」についての説明は少なすぎる。この点はその後刊行された「演習 くり込み群:柏太郎」で補うのがよさそうだ。今年中に読みたいと思っている。アマゾンでは売り切れだが、出版社のページから買うことができる。

演習 くり込み群:柏太郎


なお「新版 演習場の量子論:柏太郎」については2010年10月あたりから2012年3月にかけてT_NAKAさんがとても詳しい記事を書いていらしゃるので参考にしていただきたい。

テーマ「演習 場の量子論」のブログ記事 (T_NAKAの阿房ブログ)
http://teenaka.at.webry.info/theme/facc7ac4b2.html


関連ページ:

ネット上で学んでみたい方は、これらのページをお読みください。

場の理論(東海大学、安江研究室)
http://phys.cool.coocan.jp/physjpn/field.htm

量子場の理論入門(前野先生によるPDF形式のテキスト)
http://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/~maeno/field.pdf

場の量子化と粒子の相互作用(名古屋大学、松原先生のHPの一部)
http://tmcosmos.org/cosmology/cosmology-web/node55.html

一般向け書籍レベルの本で学んでみたい方はこちらがお勧め。

「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/25297abb5d996b0c1e90b623a475d1aa

光の場、電子の海―量子場理論への道:吉田 伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea4bc17a6b2c98c1073039d868223f02


関連記事:

場の量子論:坂井典佑
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a83afc332356c0fef65e6527ddd71af1

場の量子論〈第1巻〉量子電磁力学:F.マンドル、G.ショー
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/08726ab931904f76d9c26ff56d219e53

場の量子論〈第2巻〉素粒子の相互作用:F.マンドル、G.ショー
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/95d908cd752af642964cbff7ea7f0301

大著に挑む (ワインバーグの「場の量子論」)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/95ac4b64aa4eaf70608088006813cbf5


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新版 演習場の量子論:柏太郎


第1章 場の理論事始め
  1.1 調和振動子の物理
  1.2 特殊相対性理論の復習
  1.3 場の解析力学

第2章 量子場入門
  2.1 クライン−ゴルドン (Klein−Gordon) 場
  2.2 ド・ブロイ (de Broglie) 場
  2.3 ディラック (Dirac) 場
  2.4 マックスウェル (Maxwell) 場 ― 電磁場
  2.5 量子場の一般論

第3章 経路積分法
  3.1 経路積分入門
  3.2 フェルミオンの経路積分
  3.3 ユークリッド経路積分

第4章 有効作用と近似法
  4.1 摂動論とファインマングラフ
  4.2 生成母関数と有効作用
  4.3 WKB近似

第5章 ゲージ場の量子論
  5.1 ゲージ原理とゲージ場
  5.2 ゲージ場の量子化
  5.3 対称性の自発的破れとヒッグス (Higgs) 機構

練習問題の解答
参考文献
索引

ブルーバックス創刊50周年、特別記念講演会

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講談社のブルーバックスは今月20日に創刊50周年を迎える。これを記念する講演会が今月同シリーズから著書を出版されたお二人の先生を招いて日曜の午後に日比谷図書文化館の大ホールで行なわれた。

ブルーバックス創刊50周年、特別記念講演会
http://bookclub.kodansha.co.jp/books/bluebacks/50th/

講演会の行なわれる建物に着き、レストランで昼食をとってから地下1階の大ホールで40分ほど待ってから開場となった。

講演会場


プログラムはこの流れで行なわれた。

13時30分 開場
14時 開演
14時00分〜14時40分
 大栗先生講演「空間は幻想だった!」
14時40分〜15時20分
 池谷先生講演「脳からみた『世界』」
休憩(10分)
15時30分〜16時30分
 ブルーバックス創刊50周年記念対談
    「脳と時空の冒険」
    司会:青野由利(毎日新聞編集委員)
16時30分 閉演

会場は満員で女性は半分くらいだったと思う。男女合わせて平均年齢は40歳くらいで、物理学だけの講座より10歳くらい年齢が下がっていた。


まず、講談社のブルーバックスの担当者が挨拶をし、ブルーバックスの歴史を紹介された。受講者は受付で講談社のロゴ入りの手さげ袋を渡されている。この中には講演される先生方の著書のほか、ブルーバックス解説目録という小雑誌や「ブルーバックス物語」と書かれた大きな紙が入っていた。これには創刊から今年まで、人気が高かったブルーバックス本のタイトル、創刊50年のランキングベスト20、21世紀のランキングベスト10が紹介されていた。僕にとって思い出が深い安田寿明先生の「マイ・コンピュータ入門」も1977年のベストセラーとしてこの印刷物に載っている。

表:1963年〜2000年(クリックで拡大)


裏:2001年〜2013年(クリックで拡大)



手さげ袋に入っていた先生方の著書(サイン入りのページが入っている特別限定版)




第1部:大栗先生講演「空間は幻想だった!」

ご経歴:
大栗博司(おおぐり・ひろし)
ホームページ: http://www.theory.caltech.edu/~ooguri/index_j.html
ブログ: http://planck.exblog.jp/
1962年、岐阜県岐阜市生まれ。理学博士。東京大学理学部助手、プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授などを経て、現在、カリフォルニア工科大学カブリ冠教授。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究員、アスペン物理学センター理事でもある。著書に、『重力とは何か』、『強い力と弱い力』(ともに幻冬舎新書)など。市民講座などで科学アウトリーチにも努めている。


大栗先生は登壇されるとまず、創刊50周年をブルーバックスが迎えることについてお祝いの言葉をおっしゃり、ご自身とブルーバックスの出会いについて語り始めた。

小学生のとき大栗先生はとてもよい理科の先生に教えてもらったそうで、たくさんの実験をさせてもらったそうだ。そして物理学者の都筑卓司先生がお書きになったブルーバックス本と出会い、物理学の魅力に目覚め、この道に進むきっかけになったのだという。であるから今自分がここにあるのもブルーバックスや都筑先生のおかげであり、今月本を出版できたことは「恩返し」になるのだとおっしゃっていた。

先生の講演は40分。スクリーンに映されたスライドの右下を確認したところスライドは全部で78枚。内容は先週の土曜日に新宿の朝日カルチャーセンターで開催された「空間は幻想である」とほぼ同じである。(であるから講座の流れは朝日カルチャーセンターの講座のほうの記事をお読みください。)

ただ、スライドは2割くらい変更され、改善されていたことに僕は気がついた。朝日カルチャーセンターの講座では見かけなかったスライドもあったし、そのかわりに削除されていた内容もあった。(「オイラーの公式」や弦理論や超弦理論の次元数を計算する箇所は削除されていた。)

いつもそうなのだが、先生は言語明瞭、とても元気にお話をされる。今回は時間が押しているためか、いつもより早口だ。しばらくすると「興奮してきて暑くなってしまいました。スーツを脱がせていただきます。」ということになり、身軽になった先生はますますヒートアップしていく。

ときおり先生がジョークを言って笑いをとるのも、いつもどおりだ。ジョークが受講者にウケている間に先生は次の言葉を選んでいるように僕には思えた。

「ブラックホールの防火壁問題」の解説では、今回先生は「東京オリンピック決定」のことを話された。「まさか、知らない人はいませんよね?」と会場を沸かせた。

東京オリンピックの話は「ブラックホールの防火壁問題」における量子の「多夫多妻制」と「一夫一婦制」の話の中で使われた。「古典力学ではひとつの情報(たとえば東京オリンピック決定という情報)は複数の人の間で共有できるのに対し、量子力学では一組の夫婦の間でしか共有できない。」というものだ。ところが一夫一婦制を認めてしまうと矛盾が生じてブラックホール表面でとてつもなくエネルギーが高くなり、炎につつまれたような状態になってしまうのだそうだ。これは一般相対論から予想されることと矛盾しているのだ。詳細は先生がお書きになった記事をお読みいただきたい。

ブラックホールの防火壁(大栗博司のブログ)
http://planck.exblog.jp/19026474/

80枚近くのスライドをたった40分で紹介したわけであるから、終わってみるとあっという間だった。

今月ブルーバックスから刊行された先生の著書はこの本だ。売れ行きも好調だそうである。

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司


本書の感想については次の記事をお読みいただきたい。

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75dfba6307d01a5d522d174ea3e13863

また本書の内容を元にして6月22日に朝日カルチャーセンターで先生の4時間にわたる講義として開催されている。

超弦理論(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ee9d62fa4bcd23fe49301d6b015ea52f


第2部:池谷先生講演「脳からみた『世界』」

ご経歴:
池谷裕二(いけがや・ゆうじ)
ホームページ: http://www.gaya.jp/ikegaya.htm
1970年、静岡県藤枝市生まれ。薬学博士。現在、東京大学大学院薬学系研究科准教授。脳研究者。海馬の研究を通じ、脳の健康や老化について探求をつづける。日本薬理学会学術奨励賞、日本神経科学学会奨励賞、日本薬学会奨励賞、文部科学大臣表彰(若手科学者賞)、日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞などを受賞。主な著書に『記憶力を強くする』『進化しすぎた脳』(ともに講談社ブルーバックス)、『脳はなにかと言い訳する』(新潮文庫)、『脳には妙なクセがある』(扶桑社)などがある。

池谷先生はこれまでたくさんの著書を刊行されている。先生の著書「記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方」がブルーバックスの「21世紀のランキングベスト10」のランキング1位を獲得していることに配布された紙を見て知った。僕は脳科学にはこれまで興味がなかったので恥ずかしながら先生のことを存じ上げていなかった。


トップの掲載画像で先生は丸眼鏡をかけているが、当日は眼鏡はかけていらっしゃらず若々しい青年、近所の優しいお兄さんという雰囲気だ。(ここをクリックすると当日の写真がご覧いただける。)

講演が始まり、先生がまずスクリーンに映したのが電車で女の子がお婆さんに席を譲っているところを描いたイラストだった。その横には新聞を読むのに夢中になり、お婆さんに気づいていない会社員が座っている。この絵で先生が解説されたのが「気づかなければ(意識できなければ)気遣いはできない。」ということ。この説明に続き40分の講演は次のように展開された。

- 意識と無意識:「意識は氷山の一角。水面の下には巨大な無意識がある。」と言われるが、そんなものではない。「意識はせいぜい頭の上の飾りくらいでしかない。」先生はスクリーンに映しだしたトイプードルの頭の上の赤いリボンを指して「これが意識です。」とおっしゃった。

- 見えているものが真実の姿ではない:先生は植物園のような場所で撮影した女性の写真を映し出す。この写真は、後の説明で周辺部の色彩をなくしたり、画像の解像度を落としてどう見えるかなどの例として先生はお使いになった。(モデルのようなこの女性は先生の奥様なのだと後になって明かされた。)

- 色覚マイノリティ:色の3原色と網膜の3種類(赤青緑)+1種類(明暗)の視覚細胞の解説、2種類の色しか感知できない色覚マイノリティの割合は10%(男性だけだと20%)いること、4原色の色覚を持つ人もいること。またゴッホなど有名画家の絵画から彼らが色覚マイノリティだったことを紹介。

色覚タイプ別シミュレーション
http://www.happycolors.net/simulation.html

新人類誕生!?4原色の視覚を持つ女性、見つかる。
http://matome.naver.jp/odai/2134037291497843801

- 錯視:白黒の濃淡を誤認識してしまう例、視覚の周辺では色を感知できないことなど。

- 脳は感覚器官の不備を「補って」真実とは別の世界を認識させていること。

- 脳は進化しすぎていて、感覚器官のほうが追いつけていないこと。

- 紫外線、赤外線、地磁気、電磁波、超音波などを感知できる動物がいること。

- 地磁気センサーを内蔵した小型装置をマウスの脳につなげ、目が見えなくても方向が感知できるようになることを示す実験を紹介。このような研究は視覚を失っても方向感覚を得られるような医療機器に応用できる可能性がある。


ジョークを交えながら次から次へとテンポよくお話されるので、笑いと驚きの連続だった。ふだん馴染みのない分野だけにとても楽しい。40分はあっという間に終わった。

詳しいことは著書をお読みくださいということである。今月発売になったのは表紙が青い本だが、赤い本のほうから読んでほしいともおっしゃっていた。

進化しすぎた脳―中高生と語る「大脳生理学」の最前線
単純な脳、複雑な「私」

 

アマゾンのレビュー投稿も多く、評判はとてもよいようだ。当日会場にいらしたアルファ・ブロガーの小飼弾さんはこの2冊について書評をお書きになっている。

進化しすぎた脳―中高生と語る「大脳生理学」の最前線
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50757241.html

単純な脳、複雑な「私」
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51212153.html


第3部:ブルーバックス創刊50周年記念対談「脳と時空の冒険」
司会:青野由利(毎日新聞編集委員)

10分間の休憩を挟み、毎日新聞の科学記者の青野さんが司会をつとめる形で「鼎談(ていだん)」が始まった。青野さんご自身も「宇宙はこう考えられている: ビッグバンからヒッグス粒子まで」という本をお書きになっている。

鼎談は会場の受講者からの質問を受け、先生方が回答、議論する形で進められた。

科学者が啓蒙書を書くことについて

まず科学者が一般人向けの啓蒙書を書くことについて両先生のお考えがそれぞれ述べられた。池谷先生は昼間の仕事の時間帯には執筆しない、講演内容を書籍化したり、口述筆記して時間をなるべく割かないようにする、などご自身でルールを決めているという。それに対し大栗先生は「自分が書きたいから書いている。」というスタイルだ。夕食後に執筆されているという。「だって、自分で面白いと思ったことは人に伝えたくなるでしょ!」と先生はとてもうれしそうだった。

僕としては今年の2月、大栗先生は次の記事で「科学者の役割」についてお考えを述べられていることを添えておきたい。「科学者の矜持」とは社会における科学者の役割や基礎研究の意義がひろく問われる中、理化学研究所研究員会議総会において大栗先生が行った講演のタイトルである。

科学者の矜持(大栗博司のブログ)
http://planck.exblog.jp/19217332/


空間、時間、物質の本質について

次に「空間は幻想だ」という大栗先生の講演内容が議論された。池谷先生のお考えでは脳が作り出す「幻想」とどのように違うのかということがポイントであるように僕には思えた。超弦理論によれば空間と物質はそれぞれ独立して存在できず、ブラックホール内部の3次元空間内の重力理論はその表面の2次元の世界の法則としてあらわれる。どちらが本質的なものなのか?このように空間と物質、時間の本質についての議論が深められていった。

「誰にとっての幻想か?」という問いがされたとき、僕は物理学と脳科学の研究者が話し合うとき共通認識できる「言葉」にずいぶんギャップがあるものだと思うようになった。その「言葉」には「数学による表現」も含まれる。池谷先生がおっしゃっている「幻想」は人間の意識の上での幻想であるのに対し、大栗先生の文脈での「幻想」は人間の意識とは関係ない。

また両先生の間には『物理学』⇔「量子化学」⇔「無機化学」⇔「有機化学」⇔「生物学」⇔「精神医学や心理学」⇔『脳科学』といういくつもの世界があるようにも思えた。物理学ではスケールが異なる世界ごとに成り立つ法則があり、世界ごとに成り立つ「有効理論」と呼んでいるが、上記のそれぞれの分野にも有効理論があり、脳科学で示される内容を物理学の言葉に還元するには気の遠くなるようなステップがあるように僕には思えた。

自由意思について

最初に質問の手をあげた方は小飼弾さんだった。人間原理という言葉をきっかけに、人間の思考や自由意思は物理学ではどのように解釈されているのか?すべては決定論的に決まっているのだとしたら自由意思はないと思うのだが。というような質問だった。

大栗先生はニュートンやアインシュタインの理論が決定論的であるだけでなく、その後の基本物理法則の方程式は決定論的であることを述べ、ただし量子力学では波動関数から導かれる確率解釈、不確定性原理という意味で非決定論的であることを述べられた。その意味では自由意思は存在しない。

池谷先生は人間が自分の意思で決定したと思っていたとしても、それは脳が決めたことなので、真の意味で「自由に」決定したとはいえない。というようなことを述べられていたと思う。

「ひらめき」について

科学者はどのようなときに新しい考え方を「ひらめく」のだろうか?大栗先生は「そんなうまい方法があったら、僕も知りたい。」と冗談を飛ばした上で、「私の場合は同僚の科学者と散歩したりするとひらめくことが多い。」とおっしゃっていた。また豪雪で大学に行けなくなり家にこもって研究したときに大きな発見をされたこと、SNSやツイッターから距離を置くことも大切だとおっしゃっていた。

それに対し池谷先生は「とにかく私は眠ることですね。」という回答だった。睡眠をとったり風呂に入ってリフレッシュしたり、隔離された環境で集中して考えたりすることはアイデアをひらめくのに好都合であることは脳科学的にも検証されていることなのだそうだ。

「ゆらぎ」について

次の話題は「ゆらぎ」である。大栗先生から池谷先生「脳科学でのゆらぎとは物理学でいう(熱力学のような)古典物理的なものか、それとも量子力学的なものか?」という質問がされた。池谷先生のお答えは「脳科学でのゆらぎは脳神経細胞のシナプス間でやりとりされる電気信号のゆらぎです。」ということだ。つまり古典物理的なものだということになった。

「時間」について

次のテーマは「時間」である。物理学ではまだ解明されつくしたわけではないが「時間の矢」や「因果律」が基礎法則の大前提とされていることを大栗先生は説明された。それに対し池谷先生のお考えは「時間は人間の脳が作り出したもの。」というものだ。このテーマについての結論はでなかった。

物理法則や数学は「普遍」なのか?

池谷先生が「僕にはどうして物理法則が数学で記述できるのかということがすごく不思議で、理解できないのです。」とおっしゃったことから始まった議論だ。

人間の意識は脳によって都合よく作られたものだし、生体器官の機能にも制限がある。そうした人間が考えて作り出した数学が宇宙全体で成り立つ、普遍的なものになるのだろうか?そして物理法則についても同じ疑問を持っている。という意味だ。たとえば蛙は動くものしか見えない。つまり静止したものが存在しない世界で、(有能な)蛙は私たちと同じ数学理論や物理法則を作り出せるだろうか?

大栗先生は次のように回答された。

物理学では一度発見された法則が覆ることはありません。ただし、家を増改築するように新しい法則によって「修正」、「拡張」されながら発展していきます。それに対し数学はいちど証明された法則(定理)は、未来永劫正しく、改変されることはありません。証明された瞬間に宇宙の真理のひとつになるのです。

ただし、動物や宇宙人の世界は私たちが知覚するものと異なります。私たちはまっすぐな空間に生まれましたから私たちの数学は「ユークリッド幾何学」から始まりました。蛙は運動法則を見つけるのが遅くなるかもしれませんし、イルカは抵抗の大きい水中で暮らす生物ですからニュートン力学を発見するのは遅くなるでしょう。ですからイルカや蛙の数学や物理学の発展のしかたは私たちとは違ったものになるかもしれません。

さらに池谷先生は質問された。「不完全な意識のもとで解明した物理法則が、なぜ宇宙全体で成り立つ普遍なものだと言い切れるのでしょうか?」

大栗先生は次のようにお答えになった。「たとえば光の色は人間の目にはそのように見えるだけで(3原色だけでない)スペクトルによって構成される電磁波であることがわかっています。それが普遍的な法則であるかどうかは実験の「再現性」によって示されることです。人間の感覚器官、運動器官の能力は限られているから人間は検出装置を作って実験を行い、法則の検証を行ないます。その法則をもとに技術の発展がなされ、エアコン(や家電製品)が作れるようになり自然をコントロールできるようになるわけです。だから私たちは夏であるにもかかわらず、この大ホールで涼しく過ごすことができるわけです。」


議論は尽きないが時間がとても足りるような話ではない。質問は打ち切られ3時間におよぶ講演会が終わった。

心地よい興奮に満たされ、来場者は会場を後にした。


大栗先生、池谷先生そして青野さん、講談社ブルーバックス担当の社員のみなさま、とても刺激的で有意義な時間を設けていただきありがとうございました。


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番組告知:NHKスペシャル「神の数式」(9月21日、22日)

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今度の土日に究極の理論、万物の理論として有望視されている「超弦理論」についての番組がNHKスペシャルから2夜に渡って放送される。

放送日まで1週間を切ったので、録画予約をお忘れずに!告知するのにはよいタイミングだ。

神の数式
第1回 この世は何からできているのか
〜天才たちの100年の苦闘〜
2013年9月21日(土)
午後9時00分〜9時58分(NHK総合)
ヒッグス粒子、対称性の自発的破れ、素粒子の「標準理論」
番組詳細: http://www.nhk.or.jp/special/detail/2013/0921/index.html

神の数式
第2回 宇宙はどこから来たのか
〜最後の難問に挑む天才たち〜
2013年9月22日(日)
午後9時00分〜9時58分(NHK総合)
標準理論と一般相対性理論→超弦理論
番組詳細: http://www.nhk.or.jp/special/detail/2013/0922/index.html

番組紹介動画




超弦理論とは(一般向けの書籍




関連ページ:

『大栗先生の超弦理論入門』(ブルーバックス前書き図書館)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36818

目で見る超弦理論(超ひも理論)
http://www.h7.dion.ne.jp/~natsuume/visual.html

オススメ本紹介(素粒子論を目指す学生へ〜超弦理論編〜)
http://quantcafe.exblog.jp/13449791


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関連記事:

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f63cdcd45ec542fa62d535b4cc715d69

素粒子の「標準理論」について知りたい方はこの本をどうぞ。
強い力と弱い力:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司 → 必見
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75dfba6307d01a5d522d174ea3e13863

超弦理論(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ee9d62fa4bcd23fe49301d6b015ea52f

はじめての〈超ひも理論〉:川合光
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2484943aee0230f7f2df114a6a543fe4

祝!:ヒッグス粒子発見
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f88350541542f732fec74af583a29e50

「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/25297abb5d996b0c1e90b623a475d1aa

一般相対性理論に挑戦しよう!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea7ad9292ce01ad4abbbc8c98f3303d0

時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ffc643a688ce45dec7460d107fe1392e

超弦理論に至る100冊の物理学、数学書籍
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d37fe65a84df23cca2af7ecebb83cfc6

Dブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像:橋本幸士
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e18ed1e00f1c877cf3e7926a564f01ae

日本語の超弦理論・M理論の教科書
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/61e4dd2232d54cf4a5f3da1aeb83975a

いただいた帽子

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ウォーキングの帰り道にときどき立ち寄るイタリアンレストラン(居酒屋風)で、店のオーナーから「○○ちゃんからとねさんへの贈り物ですよ。」と渡された帽子。その夜、その女の子はいなかったのだけど「えっ、なんで彼女が僕に帽子くれるの??」という感じで受け取った。

その店でバイトしているメアドも電話番号も知らない19歳の女の子。ときどき会話を交わす程度で思い当たるのは卒業した中学が同じことくらいだ。

でもかぶってみたら、これがかなり似合うのだ。帽子なんてこのブログのプロフィール写真に使っているように幼稚園児だったときと、小学1年のときの黄色い帽子以来。自分で言うのも変だが、僕の普段の服装と雰囲気にぴったりな帽子なのだ。

その次にその女の子がバイトに入っている曜日を聞き、和菓子持参でお礼に行った。彼女によるとその帽子を見たとき、「とねさんがかぶったらきっと似合う!」とひらめいたのだそうだ。なんだかよくわからないけど、少し納得できた。

裏側の縁を見るとロゴがあった。ブランド物のようだ。



NEW ERA
http://store.neweracap.jp/

オフィスに出勤したとき同僚に見せたところ、口の悪い同僚が「反原発のオジさんみたい。」とか「薄毛隠しですね。」とか言っていたけど僕は気にしない。かぶっているだけで気分がよいのだから。

帽子をくれた○○ちゃん、ありがとう!


もし笹塚、下北沢、三軒茶屋あたりでこの帽子かぶってウォーキングしている男を見かけたら声かけてください。きっとそれは僕です。


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高校数学でわかる統計学:竹内淳

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高校数学でわかる統計学:竹内淳

内容
高校数学でわかるシリーズの第7弾は、待ちに待っていた統計学です。正規分布、回帰分析、区間推定、仮説検証が高校数学でわかる!
テレビの視聴率、明日の晴れの確率、発ガンリスク、直下型地震の起こる確率、放射線のリスク、生産管理、在庫管理、物価変動、マーケティング…現代の私たちの生活は、「統計」なしには成り立ちません。しかし、統計学の正しい知識がなければ、数字に追われ、数字に踊らされ、数字に振り回されるだけです。本書は、高校数学の知識だけで本格的に統計学を理解することを目指します。 2012年2月刊行、254ページ。

著者略歴
竹内淳:ホームページ: http://www.f.waseda.jp/atacke/
1960年徳島県生まれ。1985年大阪大学基礎工学研究科博士前期課程修了。理学博士。富士通研究所研究員、マックス・プランク固体研究所客員研究員などを経て、1997年早稲田大学理工学部助教授、2002年より教授。専門は、半導体物理学


理数系書籍のレビュー記事は本書で231冊目。

いま取り組んでいる本が数式びっしりなので読むのに時間がかかっている。このままだとしばらく記事がかけないので(僕にとっては)易しの本を併読して紹介することにした。

本書は統計学の入門書。これほど数式が多いブルーバックス本は珍しい。とはいってもこれまでブルーバックスから出版されている竹内先生の著書はどれも横書きで数式が多いのが「特長」だ。特に本書は数学の本なのだから数式が多いのは当たり前のこと。

でも恐れる必要はない。先生の著書はどれをとっても入門者に優しいお勧め本ばかり。紹介記事は書いていないけれども僕はほとんど読んでいる。

統計学の入門書は次のようなタイプに分類される。D)以上は統計学の専門書レベル。

A)数式はおろか算数も使わず文章だけで説明している本

B)算数レベルの数式で説明している本

C)高校の数IIIレベルの数式で説明している本。ただし確率分布の数式や確率密度関数は天下りに紹介

D)高校の数IIIレベルの数式で説明している本。そして確率分布の数式や確率密度関数の導出手順も示している。本書はここに分類される。

あと、Excelを使った実例があるかないかという違いもあるし、Excel中心で話を進める本もある。


幸い僕の地元には紀伊國屋書店があり、この店は書店の中では「中型店」とでも呼べるような広さの店だ。物理や数学の一般向けの書籍だけで天井まで届く本棚ひとつぶんくらいが割り当てられている。(あと天文、生物などその他の自然科学系で本棚がもうひとつある。)

今日現在この本棚には、A)のタイプが1種類、B)のタイプが4種類売られている。3年前まではC)のタイプが中心でB)のタイプが少数派だった。つまりレベルが下がっているのである。これは数学が苦手なビジネスマンや学生にとって統計学の必要性が高くなってきたためだろう。皮肉なことだが易しい本ほど幅広い層のニーズを満たすことができる現実がある。

この書店には置いていないのだがB)のタイプで僕が特にお勧めするのは「悩めるみんなの統計学入門:中西達夫」だ。(紹介記事

- 確率分布、確率密度関数、確率母関数、モーメント母関数まで数式がきちんと導出されている。(ただしF分布については証明が難しいので導出手順は省略されている。)

- 説明が親切でわかりやすい。高度な内容であるにもかかわらずだ。

- 例題がタイムリーなこと。福島原発からの放射線による被爆量と癌の発生率を仮説検定するために必要な標本数を求めるという、多くの人が関心をもっているテーマで解説を行なっている。

- 統計学を発展させた学者たちのことが肖像画つきで紹介されている。他の分野の入門書では珍しくないことだが、統計学の本で統計学者のことがこれほど詳しく紹介されている本は僕にとって初めてだった。

- Excelによる実例も豊富。Excelを使って数値実験しているようで楽しい。

- 分量、価格が手頃なこと。


大学時代に数学専攻だったにもかかわらず、統計学は僕にとって鬼門だった。確率分布関数は天下り的に覚えるだけで理解していなかった。理解していない数式を使って仮説検定をしたり、区間推定をしたりすることに違和感をもっていたので好きになれなかったのが統計学だった。卒業後しばらくたち、パソコンでExcelが使えるようになってから「もっと真面目にやっておけばよかった。」と後悔していたのだ。とはいっても大学の教科書レベルの本で学びなおすのは今の僕にとって荷が重過ぎる。

そのようなわけで、たまたま選んだこの一冊は僕にとって「棚からぼた餅」のような本だったのだ。手軽に統計学の数式導出を学ぶことができる。

章立ては次のとおり。(詳細はこの記事のいちばん下に記載。)

第1章:サイは投げられた!- 期待値と分散
第2章:2つの確率変数 - 独立と共分散
第3章:グラフの近似 - 回帰分析
第4章:分布の女王、それは正規分布
第5章:視聴率20%は本当か - 二項分布が問題を明らかに
第6章:標本の統計学 - 母集団にどう近づくのか
第7章:区間推定と仮説検定 - 探偵のように
第8章:正規分布の惑星たち - カイ二乗分布と適合度検定
第9章:正規分布のプリンス、それはt分布
第10章:母なる関数とは


あと、次は僕がお勧めする統計学入門書の一覧。(これらは現在どれも地元(笹塚)の紀伊國屋書店の数学書コーナーには置かれていない本ばかりである。)

とね書店(統計学書籍コーナー)
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22?_encoding=UTF8&node=48


竹内先生は本書のほか、次のような本をお書きになっている。

竹内淳先生の著書一覧
http://www.f.waseda.jp/atacke/list2.html


関連記事:

悩めるみんなの統計学入門:中西達夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/da51039e6f55f5d55bdd7b700f761584

無料で学べる統計学入門サイトのリンク集
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bbc07d148199e963ac8a7ec60de2e7e1

高校数学でわかるフーリエ変換:竹内淳
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/aa1e79d97684f88319d9d4e96e6a89a3


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高校数学でわかる統計学:竹内淳


はじめに

第1章:サイは投げられた!- 期待値と分散
- サイは投げられた!
- 確率変数と確率分布
- 期待値
- 期待値とギャンブル
- 分布
- 分散
コラム:統計学は世界を予測するか?

第2章:2つの確率変数 - 独立と共分散
- 確率変数が2つある場合
- 平均と分散の加法性
- 独立な場合に共分散がゼロになること
- 共分散とグラフの関係
- 相関係数と決定係数
コラム:朝ご飯と成績の関係 - 因果関係か相関関係か?

第3章:グラフの近似 - 回帰分析
- 直線の近似、回帰分析
- 最小2乗法
- 表計算ソフトを使って回帰直線を求める
- 近似の良さを表す指標
- 最小2乗法を生み出したのは誰か?
コラム:二人のルジャンドル

第4章:分布の女王、それは正規分布
- 正規分布とは?
- 連続的な確率変数
- 正規分布の骨格
- 正規分布の規格化
- 正規分布の分散
- 正規分布と標準正規分布
- 標準偏差は正規分布のどこにあるのか?
- 正規分布と分散の関係
- 正規分布をグラフ化する
- 「-σからσ」と「-2σから2σ」の確率(面積)を求める
- 偏差値
- 標準偏差の範囲を決める不等式
- チェビシェフの不等式の証明
- チェビシェフ
- 分布の形を表す指標
コラム:18歳人口の推移

第5章:視聴率20%は本当か - 二項分布が問題を明らかに
- 視聴率20%は本当か
- 標本の大きさを100に増やすと
- ド・モアブル-ラプラスの定理
- ド・モアブル
- 確率pが小さい二項分布、それはポアソン分布
- 二項分布をポアソン分布で近似する
- ポアソン分布の導出
- ポアソン
コラム:ハインリッヒの法則

第6章:標本の統計学 - 母集団にどう近づくのか
- 標本の平均の期待値(平均)
- 母集団と標本の関係
- 標本の平均
- 標本の平均の分散は?
- 標本分散と不偏(標本)分散
- 大数の法則
- 中心極限定理
コラム:杞憂は杞憂でない

第7章:区間推定と仮説検定 - 探偵のように
- 標本平均から母平均を推定する
- 仮説検定
- 放射能によるガンの影響を調べるには何人のデータが必要か
- 二標本問題を1つの確率変数で扱う
コラム:ナイチンゲール

第8章:正規分布の惑星たち - カイ二乗分布と適合度検定
- 正規分布を取り囲む3つの惑星
- ガンマ関数
- カイ二乗分布
- 正規分布のカイ二乗分布
- 自由度2以上のカイ二乗分布
- カイ二乗分布の組み込み関数
- 標本分散のカイ二乗分布
- メンデルの法則
- 適合度検定
- ピアソン
コラム:本の統計分布は?

第9章:正規分布のプリンス、それはt分布
- t分布
- 回帰分析の相関係数の妥当性の検定にt分布を使う
- t分布を生み出した謎の研究者
- F分布
- フィッシャー
- 分散分析
コラム:紅茶にミルクと、ミルクに紅茶では味が異なるか?

第10章:母なる関数とは
- 確率母関数
- モーメントって何?
- モーメント母関数とは
- 確率母関数とモーメント母関数の関係
- 連続的な確率変数のモーメント母関数
- カイ二乗分布のモーメント母関数
- 2つの正規分布の平均の差のモーメント母関数
- 独立な確率変数の和のモーメント母関数=それぞれのモーメント母関数の積
- モーメント母関数はなかなか役に立つ

おわりに
付録
参考資料・文献
さくいん

NHKスペシャル「神の数式」の感想

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NHKスペシャルで放送された「神の数式」。この手の番組にしては視聴率が高かったと思っている。第2夜はTBSドラマ「半沢直樹」の最終回と重なっていたため、どちらを先に見ようか迷っていた方もいただろう。実際この2番組の視聴率はいい勝負になっていたのかということも僕は気になった。

第1夜は素粒子の「標準理論」、第2夜は「超弦理論」。この2つの理論がNHKの番組で特集されるのは初めてのことだ。これらの理論以前の物理学を学んでいない一般視聴者に向けてそれぞれ1時間の枠で「もれなく」紹介するのは不可能で、僕の関心は「何を取り上げて、何を捨てるか。」ということだった。もれなく紹介するためにはそれぞれ5時間くらい必要になると思う。(NHKには10時間バージョンの番組も作ってほしい!)

2つめに僕が関心をもっていたのは「どれだけ正確に伝えるか。」ということだった。物理学や数学で使われる言葉と日常用語には違いがある。「意味の伝わりやすさ」を優先して不正確な日常用語を採用するか、説明の時間を割いてでも専門用語を使ってごまかしのない形を採るかという選択だ。

3つめは、視聴者の関心を引くために「どのような表現スタイルにするか」ということである。物理学講座のように「勉強」っぽいイメージを強調すると視聴者は逃げていくし、SF番組っぽく作ったり、ことさら「神」を強調するスタイルを採ると興味をもつ視聴者は増えるがアカデミックさや内容の正確さは損なわれてしまう。

だから僕の感想文としてはこれら3つの観点から番組で紹介された内容がどうだったのかを取上げてみようと思う。放送時間は2話で2時間という制限があったのだから不正確な点、漏れてしまった点がでてくるのは十分承知している。重箱の隅を突くような不満として述べているのではないことをまずお断りしておこう。


神の数式:第1回 この世は何からできているのか

NHKオンデマンド:http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2013050887SC000/index.html

何を捨てていたか(何を省略していたか)

- 特殊相対性理論、量子力学の説明がされていなかった。

素粒子物理学の「標準理論」は「場の量子論」という分野の集大成だ。その理論を理解するためにはニュートン力学、電磁気学、特殊相対性理論、量子力学のあらましを知っている必要がある。それらを紹介するには最低でもそれぞれ10分はかけなくてはならないので省略されていた。ちなみにローレンツ収縮は特殊相対性理論と関連している。

- ディラックの電子の理論で、陽電子や反物質の紹介がされていなかった。

ディラックの電子の理論から導かれる結論として電子の自転と磁力が紹介されていたが、彼の理論で最も重要なのは陽電子の予言である。これによって反物質の存在が示された。「標準理論」は物質だけでなく反物質のことも含む理論である。

- 標準理論を構成する素粒子が17種類であることの紹介がなかった。

ヒッグス粒子が「標準理論」で説明される最後の素粒子であることは紹介されていたが、この理論で素粒子は全部で17種類あることの説明はなかった。紹介されていたクォークも u と d の2つだけだったから、クォーク6つ(u d, s c, t b)のからくりを説明する2008年に南部先生と一緒にノーベル物理学賞を受賞した小林先生、益川先生の功績も紹介されていなかった。時間が足りなかったのだ。

- ヒッグス博士の紹介が省略されていた。

標準理論の立役者はワインバーグ博士であることは紹介されていたが、ヒッグス博士の紹介はなかった。せめて顔写真を大写しで紹介してほしかった。

- 「電磁気学」の説明がなかったこと

電磁気力のしくみを解明したのはオッペンハイマーだと番組では紹介したが、マックスウェルのことを思い出した人もいたと思う。(僕もそのひとり。)正確に言えば「古典電磁気学」を完成させたのがマックスウェルで、オッペンハイマーは「量子電磁力学」を使って素粒子レベルでの「電磁気力」のしくみを解明したわけである。古典電磁気学では電子と原子核が引き合うクーロンの法則(逆2乗則)が知られていたが、なぜクーロン力が生じるかは理解できていなかった。量子電磁力学で「光子の交換」によってクーロン力が生じるということが解明されたのだ。
でもどちらの理論も知らない人にとっては、今回のような放送内容でよかったのだと後になって僕は思った。

- 標準理論の数式の左辺のL(ラグランジアン)の説明がなかったこと

ラグランジアンは解析力学という分野で学ぶとても重要な物理量だ。とはいえこの説明をすると30分くらいかかるだろうから、省略されてしまうのは無理もないこと。


専門用語と日常用語、内容の正確さ

- 「質量」と「重さ」

番組では「重さ」と表現していたが、正しくは「質量」である。

- 自発的対称性の破れの説明が間違っていた

鉛筆が倒れるのが自発的対称性の破れの説明に使われていたが説明の仕方が間違っていた。
倒れるという現象の理由は自発的対称性の破れではなく量子力学の不確定性原理によるものだ。量子力学を省略していたため、このことに言及することなく間違った説明になってしまっていた。自発的対称性の破れの説明に「倒れる鉛筆」を引き合いにすることがあるが「倒れる方向が揃うか、揃わないか」ということが大切なのである。詳細は次のページで理解してほしい。

自発的対称性の破れと素粒子物理学
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/40/4/features/03.html

- シュレディンガー方程式で偏微分の「階数」のことを「個数」と表現していた

ディラック方程式を導く過程の出発点。シュレディンガー方程式の偏微分の階数を「時間について1個」、「空間について2個」と表現していたが、数学的には話にならない。でもここで微分方程式の話をするわけにはいかないから、一般視聴者向けの番組ということで目をつぶろう。

- ヒッグス粒子(ヒッグス場)に質量の起源の説明は間違っていた

たくさんのヒッグス粒子の間を電子が動いているアニメーションで質量の起源が説明されていたが、これは完全に誤った説明だ。これではヒッグス粒子の場が粘性をもっているように思えてしまう。かといって日常的なたとえ話でこのからくりをうまく説明している例を僕はまだ見たことがないのだが。。。

表現のスタイル(学問的にするか一般受けするスタイルにするか)

- 「神の数式」という表現以外、特に気になる日常用語はなかった。「神の数式」という表現についての感想は第2話のほうに書いておく。



神の数式:第2回 宇宙はどこから来たのか

何を捨てていたか(何を省略していたか)

- 超弦理論はまだ宇宙の5パーセントしか解明していないことを説明していなかった

超弦理論をもってしても、人類はまだ全宇宙の5パーセントを占める物質の物理現象しか解明できていないのだ。それを言ってしまうと番組の面白さが半減すると番組制作者は考えたのだろうか?

- ブラックホールの事象の地平線の説明がなかった

ブラックホール中心の特異点の紹介はされていたが、事象の地平線について言及していなかったため話の流れがわかりにくいものになってしまっていた。

- 弦理論がなぜ超弦理論になったのか説明されていなかった

25次元の弦理論が10次元の超弦理論になった過程が示されていなかった。けれどもそのためにはボゾンとフェルミオンのことや超対称性の話をしないといけないので時間的に無理なことである。

- ウィッテン博士、M理論、ポルチンスキー博士のDブレーンの説明がなかった

時間の制限により仕方のないことだが、ウィッテン博士のお名前くらいは表示してほしかった。超弦理論には5つのタイプがあり、それら5つは双対性のウェブと呼ばれる関係で結びついてM理論が完成した。


専門用語と日常用語、内容の正確さ

- 一般相対性理論の説明で「空間」の歪みだけが示されていた。

質量によって歪むのは「空間」だけでなく「空間と時間」であることが説明されていなかった。

- 弦に色がついていた、閉じた弦しか図示されていなかった

超弦理論の弦には「閉じた弦」と「開いた弦」がある。アニメーションでは輪ゴムのような「閉じた弦」しか表示されていなかった。美しく見せるために弦にさまざまな色付けがされていたのは可笑しかった。弦に「色」などついていない。

- 「異次元」という用語

「異次元」という言葉はSFっぽ過ぎる。正しくは「余剰次元」なのだが、一般視聴者にはわかりにくい言葉だから日常用語(?)ですませたのだと思った。

- ブロンスタインは標準理論と何を統合しようとしたのかが明確に示されていなかった。

若くしてスターリンに粛清されてしまったロシアの天才物理学者ブロンスタインの研究が紹介されていた。けれども番組では彼があたかも重力理論と標準理論を統合しようとしていたかのように放送されていた。標準理論が完成するのは彼の死後のことである。彼が統合しようとしていたのは何の理論なのかが正確に表現されていなかった。ブロンスタインは量子重力理論を研究していた物理学者である。であるから彼が統一しようとしていたのは量子力学と重力理論だ。この番組では量子力学を省略していたので、この点についての正確さが犠牲になってしまった。


表現のスタイル(学問的にするか一般受けするスタイルにするか)

- 「神の数式」という表現

「神の数式」という言い方は明らかに大げさだ。けれども番組の注目度を上げ一般受けするためにこの番組タイトルにしたのだと僕は理解している。この番組の文脈での「神」はもちろん宗教的なものではなく「この世界の創造主」という意味にすぎない。超弦理論は「万物の理論」、「究極の理論」の最有力候補と現在みなされている。けれども人類がこれまで解明した物理学で理解できているのはこの宇宙全体のたった5パーセントに過ぎない。本当の意味で「万物の理論」、「究極の理論」になるのは残り95パーセントが解明されてからのことだ。


番組を見逃した方はNHKオンデマンドからご覧になってほしい。また、もっと正確に詳しく知りたいという方は大栗博司先生の著書3冊をお読みになるとよいだろう。

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f63cdcd45ec542fa62d535b4cc715d69

素粒子の「標準理論」について知りたい方はこの本をどうぞ。
強い力と弱い力:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司 → 必見
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75dfba6307d01a5d522d174ea3e13863


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番組告知:NHKスペシャル「神の数式」(9月21日、22日)
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Dブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像:橋本幸士
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日本語の超弦理論・M理論の教科書
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/61e4dd2232d54cf4a5f3da1aeb83975a

解説:NHKスペシャル「神の数式」第1回:この世は何からできているのか

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素粒子の数式(標準理論の数式)

番組を見た人も、また見れなかった人にもより深く理解していただけるように解説記事を書いてみた。

キーワードをメモしながら番組をもう一度見て文章として書き起こした。それから僕の解説を緑色の文字で挿入したのが以下の文章である。


「神の数式」第1回:この世は何からできているのか

NHKオンデマンド: http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2013051400SA000/index.html?capid=mail_131018_c001_B_11

まず番組冒頭で鉛筆を立てようと頑張る子どもたちの映像が映され、この「鉛筆が倒れる」という現象が科学的大発見のきっかけになったことが伝えられる。それはいったいどういうことなのか?

次に昨年の夏、CERNで報告されたヒッグス粒子の発見の様子が紹介される。これは世紀の大発見でこの素粒子は「最後の素粒子」なのだという。

倒れる鉛筆とヒッグス粒子、この2つを結びつけるものは「自発的対称性の破れ」という理論で、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部博士による着想だった。創造主はどのような設計図をもとにしてこの宇宙を作り上げたのか。神の設計図は数式であらわされていると物理学者は信じている。

解説:2008年にノーベル物理学賞を受賞したのは、南部博士の他、小林博士、益川博士だ。小林・益川理論は「CP対称性の破れ」というもので、今回の番組では紹介されなかった第2世代、第3世代のクォークの存在を予言した。結局これらのクォークも発見され、素粒子の標準理論で、クォークは6種類あることになる。

近年、神の数式に肉薄する数式が求められ、一応の成功をおさめたのだという。その数式を使えばオーロラの現象、大気の動き、電気のかかわる現象などを説明できるそうだ。もしあらゆる現象を寸分の狂いもなく表すことができたら、それは神の数式といえよう。それは万物の理論であり素粒子から大宇宙までのすべてを説明できる。

解説:万物の理論は「基礎物理学」と呼ばれている分野であり、素粒子から大宇宙までの物質やエネルギー現象をすべて解き明かすことが目標だが、これが達成できても「全て」が解明されるわけではない。たとえば複雑な生命現象や人間の感情や思考、社会現象、経済現象など因果関係が複雑にからみ合う世界は基礎物理学だけでは解明できない。当たり前のことだけれども、一応述べておこう。

この番組では完璧な美しさをもった数式を求めるために、100年に渡る物理学者たちの苦闘を紹介する。その過程でこの世は数式上存在してはならないという驚くべき結論が導かれ、苦悩の時代が続いたこともあった。そして南部による「鉛筆のアイデア」がその突破口となる。それによると「完璧な美しさは崩れる運命にある」のだという。

第1回は「この世界は何からできているのか」と題した素粒子物理学の発展史だ。

物理学者は、いつも数式のことばかり考えているちょっと変わった人たち。彼らがどんな方法で万物の理論に肉薄しようとしてきたのか、そして彼らはついにその神の数式にかなり近づいたというのだ。
CERNの裏庭の大きな石にその数式は書かれている。これが物理学者が到達した素粒子の「標準理論」の数式だ。

解説:この記事の冒頭に掲載したのが数式の書かれた大きな石だ。そしてこの回ではこの数式の解説を上から順番に行う。



数式の2行目から4行目に書かれているのはこの世界で働いている「力」をあらわし、それぞれ電磁気力、弱い核力、強い核力と呼ばれている。

物質を構成する素粒子については4種類あり、電子、ニュートリノ、アップクォークとダウンクォークである。これらは素粒子の理論では「第一世代の素粒子」と呼ばれている。

解説:物理学ではこれ以上分割することのできない基本的な粒子のことを総称して「素粒子」と呼んでいる。第1世代、第2世代、第3世代、そして昨年発見されたヒッグス粒子を含めて「標準理論」に含まれる素粒子は次のように17種類ある。番組ではその一部(第1世代のクォーク、ニュートリノ、電子と光子)だけが紹介された。

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視点をミクロの世界に移す。すると原子は原子核のまわりを回る電子、そして原子核には陽子と中性子が含まれ、それらはクォークで構成されている。そしてときおり原子核の中からニュートリノが飛び出してくる。これらの粒子はそれぞれ電磁気力、弱い核力、強い核力で相互に結びついていて、物理学者たちはこれらの力からすべてを説明できると信じているのだ。そして数式の5行目に書かれているのが最後の粒子として昨年見つかったヒッグス粒子をあらわしている。

解説:陽子はクォーク3個、中性子はクォーク3個、中間子はクォーク2個によって構成されている。ヒッグス粒子は1964年にその存在が予言され、2012年7月4日にその発見が発表された。

さて、この数式の1行目から説明しよう。1行目は電磁気力をあらわす数式だ。1920年代後半、イギリスのケンブリッジ大学で研究をしていたポール・ディラックという物理学者がいた。彼は30歳にして同大学のルーカス教授職という地位につく。これは過去ニュートンやホーキング博士が就いた名誉ある地位である。

ディラックは特に「数式の美しさ」にこだわっていた。その当時、素粒子はまだ電子しか見つかっていず、それがマイナスの電気を帯びていることがわかっていた。また電子はこの時代に見つかったばかりのシュレディンガー方程式に従って運動していることがわかっていた。しかし、この方程式を使っても解明できない問題が残っていた。それは電子のエネルギーについて、電子が自転(スピン)について、電子が磁石のような性質をもっていることなどの問題だ。なぜ自然はそのような性質を電子に与えたのか?物理学者たちはその数式を求めたがまったく歯が立たなかった。

それまでの物理学者たちは実験や観測結果を数式に置き換える方法をとってきた。けれどもディラックの方法はそれとはまったく違い、「物理法則は数学的に美しくなければならない。」という自分の美的感覚にしたがって数式を導くものだった。「美しさ」は人によって違う曖昧な概念だ。しかし物理学者たちが考える「数学的な美しさ」ははっきりとしている。それは「数式が対称的である。」ということなのだ。

たとえば「円」の数式を考えてみよう。中心を軸として円を回転させても数式の形は変わらない。これは「円の数式は回転対称性を持っている。」という意味である。次に平行に並ぶ縞模様の上の図形を考えてみる。図形を平行移動しても数式の形は変わらない。これが「並進対称性を持っている。」という意味だ。

ところが円を平行移動させると、円の数式は形を変えてしまう。これは「円の数式は並進対称性を持っていない。」ことを意味している。つまり「対称的」というのは「見る人の視点が変わっても性質が変わらない。」ことであり、それは「視点が変わっても数式の形が変わらない。」ことなのだ。

対称性にはこのほか「ローレンツ対称性」というものがある。これはアインシュタインが導いた特殊相対性理論によると「時間と空間は同じもの」という解釈がなりたち、つまり4次元時空の対称性をあらわしているものだ。

ディラックが研究のもとにしたのはミクロの世界の素粒子で成り立っている「シュレディンガー方程式」である。この数式には時間をあらわすtが1つ、空間をあらわすxが2つ書かれている。つまり時間と空間は同等に扱われていないので「ローレンツ対称性」はもっていない。

シュレディンガー方程式



解説:シュレディンガー方程式は偏微分方程式と呼ばれている数式に分類される。微分を行なう回数のことは「階数」と呼んでいる。けれども一般視聴者向けの番組なので「階数」のことを「個数」と表現したわけだ。

ディラックは電子のもつ「回転対称性」と4次元時空が満たす「ローレンツ対称性」を同時に満たす数式を探し求め、ついにひとつの数式にたどり着く。苦労は報われた。この数式にはtとxがひとつずつあるのでローレンツ対称性をもっていることがわかる。そしてこの数式によって電子が自転(スピン)していることと、磁気(磁気能率)をもっていることの説明がついたのだ。



解説:ディラックの電子の理論はミクロの世界の現象を説明する「量子力学」とアインシュタインが1905年に発表した「特殊相対性理論」を統一した「相対論的量子力学」という理論だ。これによって上記のような電子のもつ2つの性質のほか、陽電子の存在が予言された。陽電子とはプラスの電荷を帯びた電子のことで、電子の反粒子である。陽電子はディラックが予言した4年後の1932年にアンダーソンによる実験で発見された。つまりディラック方程式を含んでいる素粒子の数式は上記の素粒子だけでなく反粒子、反物質のことも含んだ数式なのである。

参考記事:ディラックによる陽電子の予言(1928年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0764eaa33a765ffff27bccee3e35b4f3

このようなわけで素粒子の数式の1行目には「ディラック方程式」が書かれている。これは物理法則において「対称性」がいかに大切かを印象づけ、物理学者の研究方法に大きな影響を与えることになった。


しかし、まだ3つの力の数式がわかっていない。まず電磁気力である。これは原子どうしを結びつけている力だ。電磁気力の数式に挑んだのがオッペンハイマーである。彼は「原爆の父」として知られているアメリカの物理学者だ。

解説:電磁気学は1864年にマックスウェルによって「4つの数式」で表わされることが示された。けれどもそれは電子の発見の前のことである。電気を帯びた粒子どうしの引力や斥力(反発力)すなわち「クーロン力(=電磁気力)」が万有引力と同様に、逆2乗則に従っていることがこの数式で示されていたが、「クーロン力」がどのように発生するかはわかっていなかった。(マックスウェルによる電磁気学の数式が発表された頃のアメリカは南北戦争の時代、日本では坂本龍馬が活躍し池田屋事件がおきていた。)

オッペンハイマーとディラック、そしてシュウェーバーの3人は電磁気力に対して成り立つ新たな対称性を求めることに成功した。それは「ゲージ対称性」と呼ばれるものだ。ゲージというのは「物差し」のことである。番組では目盛のついた円形の分度器が紹介される。左右のどちらに回転させても数式の形は変わらない。それではゲージ対称性は何が回転するのか?難しいことはともかくディラック方程式の発展版とお考えいただきたい。

解説1:分度器は左に40度回してから右に60度回すと結果は1回の回転として右に20度回転させたことになる。右に60度回してから左に40度回しても結果は同じである。これは回転操作の順番を変えても結果が同じ、つまり複数回の操作の順番が「可換」であることを示している。この3人が求めた対称性を厳密に表現すれば「可換ゲージ対称性」というわけなのだ。

解説2:では「何が回転しているのだろうか?」この番組では省略されていたことだ。実際に回転しているのは現実世界に実在する何かではなく、電磁気力の数式であらわされる「数学的な量」なのである。この量はミクロの世界で成り立つ量子力学の波動関数としてあらわされる複素数の量なので、現実の世界のどこかにある(見えたり、観測できたりする)量ではないのだ。詳しいことは量子力学で学ぶ内容だ。この数学的な量の「非存在性」は量子力学の基礎方程式である「シュレディンガー方程式」に含まれている虚数「i」によって象徴されている。

これが素粒子の数式の2行目である。この数式の意味は電磁気力をあらわしている。電子は光子を放って原子核に到達する。原子核と電子はこのように光子をやり取りすることで結びついているのだ。これが電磁気力がおきるしくみなのだ。ここで大切なのは「力は粒子が伝達する」ということである。

解説:原子核と電子の間で光子が交換されることによって逆2乗則に従う電磁気力が伝達されることを、数式で確認したい方は次のページから始まる一連の記事をお読みになるとよいだろう。

Note289 スカラー光子とクーロン力に関する疑問
http://blogs.yahoo.co.jp/cat_falcon/33510875.html

ところがこの数式には重大な欠陥があることが見つかった。オッペンハイマーの1930年の論文によって明らかにされたことは「電子のエネルギーが無限大になる」ということだった。もちろん電子のエネルギーは有限だから現実とは矛盾する。無限大のエネルギーを認めてしまうとこの世界に物質は存在してはならないことになってしまう。

その後、第二次世界大戦に突入し、物理学者の研究は兵器開発に向けて行なわれるようになった。ウランの核分裂の連鎖反応が成功し、アメリカ中から物理学者がロスアラモスに集められた。原爆を開発するための「マンハッタン計画」を遂行するためである。この計画のリーダーに任命されたのがオッペンハイマーだった。開発された原爆は広島と長崎に投下され、数十万人の命を奪った。

解説1:原爆や原子力発電のエネルギーとして使われるのが「強い核力」である。しかしこの時代にはまだ電子のエネルギーが無限大になるという矛盾がまだ解明されていなかった。核力の存在を予言したのはアインシュタインの特殊相対性理論であり1905年に発表された。有名なE=mc^2という数式である。

解説2:「弱い核力」とはセシウムやヨウ素などの放射性物質からでてくる「放射線(電磁波)」のことである。


原爆のもたらした多大な犠牲に衝撃を受けたオッペンハイマーは、その後研究生活から距離をおくようになる。そのような彼のところに1通の手紙が届いた。敗戦国日本から届いた朝永振一郎という物理学者からの手紙だった。

朝永によると電子の無限大のエネルギーという矛盾を解決する方法が見つかったのだという。甚大な戦争被害を受けた日本で物理学の研究の続けることは並大抵のことではない。空襲で焼け落ち、物資にも事欠く東京で朝永はチームを率いて研究を続けていた。自らが甚大な被害を与えた敗戦国日本で、このような日本人がいて世界に引けをとらない最先端の研究成果を上げていることにオッペンハイマーは非常に驚き、すぐさまその論文を英語で送るように朝永に求めた。朝永の英語論文はオッペンハイマーの協力によって、世界的に有名な物理学論文誌「フィジカル・レビュー」に掲載された。

朝永の発表したこの論文は、電子のエネルギーについて特殊な計算方法を使うものだった。この方法を使うと電子の磁気能率が精度10桁という驚異的な正確さで求められ、実験結果を一致することが確認されたのだ。この特殊な計算方法は同じ頃、物理学者ファインマンやシュウィンガーによっても発見されていた。そして3人は1965年にノーベル物理学賞を共同受賞した。

解説:朝永、ファインマン、シュウィンガーによって考案されたこの特殊な計算方法は「繰り込み理論(くりこみ理論)」と呼ばれている。数式上、無限大に発散してしまうエネルギーなどの物理量から無限大の数値を差し引くことで有限の値にしてしまう奇抜な方法だ。3人の計算方法はそれぞれ異なっていたが、後に物理学者ダイソンがこれら3つの計算方法が数学的に同等であることを示した。繰り込み理論によって「相対論的量子力学」と「電磁気学」を統一した「量子電磁力学(QED)」が完成した。朝永先生や繰り込み理論については次のページをお読みいただきたい。

朝永振一郎博士とその業績
http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/tour/nobel/tomonaga/p1.html

この成果によって電磁気力の矛盾がすべて解決し、神の数式の2行目が完成した。電磁気力がもつのは「ゲージ対称性」という性質である。

次は神の数式の3行目と4行目、つまり弱い核力、強い核力やそれらの力を生み出す「力の粒子」についての話である。

舞台は1950年代の北京にうつされる。この話の悲劇の主役となるのは物理学者のヤンだ。彼は強い核力と弱い核力の数式を追い求めていた。彼がよりどころにしていたのはもちろん「対称性」である。苦難の末に彼はひとつの数式にたどり着いた。この数式はゲージ対称性の発展形であり「非可換ゲージ対称性」という超難解なものだった。1954年にヤンはこの数式を「荷電スピンの保存とゲージ不変性」という論文で同僚のミルズと一緒に発表する。この対称性は電磁気力のゲージ対称性をヒントにしたもので、さらに素晴らしい美しさをもっていた。

解説1:番組では「非可換ゲージ対称性」の説明が省略されていた。電磁気力で成り立つ「(可換)ゲージ対称性」が円形の分度器を使って説明されるのであれば、「非可換ゲージ対称性」は目盛のついた球形の分度器(地球儀)で説明できる。球のような立体は任意の軸を中心にして回転させることができる。たとえばX軸を中心にして右方向に90度、Y軸を中心にして右方向に90度回転したときと、Y軸を中心に右方向90度回転してからX軸を中心に右方向90度回転したときでは最終結果が違うことがわかる。複数の回転操作を行うとき、その順番によって結果が違ってくるのだ。これを操作が「非可換」であると言う。「非可換ゲージ対称性」はこのように説明できる。

解説2:それでは「非可換ゲージ対称性」では、何が回転するのだろうか?これについても電磁気力のゲージ対称性と同様、この世界に実在する何かが回転するわけではない。強い核力や弱い核力の数式に含まれる複素数の変数に対して「数学的な回転操作(つまり変換のこと)」を行なうという意味だ。この回転を行なっても数式の形がかわらないので強い力や弱い力は「非可換ゲージ対称性」という性質を持っているわけなのだ。

このように「数学的な操作」といってもピンとこない方が多いと思う。そのような方のために日常的な「カップラーメン」の例で説明をしてみよう。(カップラーメンを食べるのを日常的と呼ぶのはさびしい生活のようにも思えるが。。。)

カップラーメンは熱湯を注いでから食べるのが普通だ。「熱湯を注ぐ」という操作の次に「麺を食べる」という操作を行なう。操作の順番を変えると結果が異なってくることは明白だろう。つまりこの2つの操作は「非可換」なのである。このように考えると身の回りには非可換な操作がたくさんあることがわかる。たとえば自動車の「アクセルを踏む操作」と「ブレーキを踏む操作」も非可換な例といえる。

ヤンとミルズが提唱した「非可換ゲージ対称性」は弱い核力に対する非可換ゲージ対称性と強い核力に対する非可換ゲージ対称性の2種類ある。僕の説明では「球の回転」によって説明したが、実際にはそれぞれ複素数を座標軸にもつ多次元空間にある「超球」の回転によってあらわされている。想像しにくいと思うが。。。

解説3:素粒子の数式に示されている弱い核力を伝えるのは「2種類のWボソン」や「Zボソン」と呼ばれる素粒子だ。強い核力を伝えるのは「グルーオン」と呼ばれる素粒子である。番組では紹介されていなかった。

ところがこの数式には予想外の落とし穴があった。この数式によれば力を伝える粒子の重さがゼロになってしまうのだ。光子の重さがゼロであることは昔から知られていた。また、原子核の中で力を伝える粒子は、当時はまだ見つかっていなかったが、それらの粒子が「重い」ことはわかっていた。この予想外の結果はヤンにとっても難問で、ついに彼は数式の完成をあきらめてしまう。

解説:番組では「重さ」と表現していたが、正しくは「質量」である。「重さ」は重力の働いている場所ではプラスの値だが無重力空間ではゼロになる。「質量」は物の動かしにくさをあらわす量で重力が働いていようが無重力空間であろうが変化しない。光子の質量がゼロであることはアインシュタインの特殊相対性理論によって説明される。

その後、ヤンの数式に従えば力を伝える粒子だけでなく、すべての素粒子の重さがゼロになってしまうことが指摘された。つまり、素粒子の重さがゼロになるとそれらは光速で飛び散ることになり、この世界はばらばらに飛び散ってしまうことになる。

この「重さの謎」の解決は自発的対称性の破れやヒッグス粒子の発見まで待たなけらばならなかった。

クォークの重さの謎を解決したのは南部陽一郎だった。彼が2008年にノーベル物理学賞を受賞したのは「自発的対称性の破れ」という理論でクォークの重さの謎を解明したことによる。彼は異質の天才だった。

南部の理論によると、この世界の設計図が回転対称的なものであっても、つまり数式に対称性があっても、そこから導かれる実際の世界の現象には対称性がなくてもよいということだ。

番組冒頭で紹介した「立てた鉛筆が倒れてしまう例」がそれである。数式に従えば立てた鉛筆は回転対称なので倒れることはない。しかし現実には倒れてしまう。これが南部の考えた自発的対称性の破れというものだ。

解説:このあたりの説明は難しいと思う。次のページの解説を参考にしてほしい。

「自発的対称性の破れ」の例
http://www.alphagrafixx.com/ScienceCaravan/science/gst003.html

〜 自発的対称性の破れとは 〜
http://legacy.kek.jp/newskek/2008/novdec/SSBD.html

この考え方は1961年に「超電導についての論文」として発表された。これによって強い核力の設計図(素粒子の数式の3行目)が示され、クォークが重さを持つことの理由が解明されたのだ。

電子とニュートリノの「重さの謎」についてはヒッグス粒子によって解明された。アメリカの物理学者ワインバーグは1964年に予言されたヒッグス粒子というこの世には存在しない都合のよい粒子を素粒子の数式に導入して電子とニュートリノが重さをもつことの説明に成功した。

ワインバーグによると、この宇宙が誕生したときにはまず真空があり、その後ヒッグス粒子が勝手に増え始めて空間をびっしり埋め尽くしているのだという。その中を電子が運動するとき、ヒッグス粒子による抵抗を受けて進みにくくなる。進みにくいということは重さとして私たちには観測される。これが電子の重さだというのだ。この理論は1967年に論文として発表された。

解説:ヒッグス場の中を抵抗を受けながら電子が進むという説明は誤りである。かといって他に日常的なたとえ話でうまく説明することができないのが苦しいところだ。

ところがこの理論の評判はよくなかった。ヒッグス粒子の仮定があまりに都合よいものと受け取られたからだ。さらに理論としての美しさがないのだという。

それでもヒッグス粒子は予言から40年後の2012年に発見された。これが素粒子の数式の5行目の完成であり、数式全体として標準理論と呼ばれるものなのだ。これが現在「神の数式」にかなり近いものだとされている。

解説1:ヒッグス粒子発見の報告については、次の記事を参考にしていただきたい。

祝!:ヒッグス粒子発見
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f88350541542f732fec74af583a29e50

解説2:素粒子の数式の左辺に書かれているLはラグランジアンと呼ばれている量だ。ラグランジアンは「解析力学」という分野で学ぶとても重要な物理量だ。とはいえこの説明をすると30分くらいかかるだろうから、省略されてしまうのは無理もないこと。解析力学はニュートン力学から超弦理論まで、すべての物理理論で成り立っている普遍的な原理である。

解説3:「標準理論」に含まれる17種類の素粒子は私たちにとっては別々のものに見えているが、これらの素粒子は数式であらわされる「対称性」という抽象的な世界で美しく結びついていることが明らかになったのである。

宇宙はビッグバンと呼ばれる大爆発によって誕生したとされる。誕生直後の宇宙は設計図どおりの対称性をもち、あらゆるものに重さはなかった。その後、自発的対称性の破れによって重さが生じる。つまり物質ができ、星間ガスから恒星が、恒星が集まって無数の銀河ができた。物理学者たちは神の数式が求められれば、この世界に説明できない現象はないと信じている。

現在、物理学者たちはその先を目指し始めている。すでに求められた素粒子の数式には万有引力のもととなる重力が含まれていない。素粒子は非常に軽いので、これまでの数式では重力を考える必要がなかったのだ。

解説:素粒子物理学では重力を伝達する「重力子(グラビトン)」の存在が予言されている。しかし重力子は朝永先生らによって導かれた「繰り込み理論」をつかって計算しても、無限大の問題を解決することができない。重力理論は素粒子の数式と相性が悪いのだ。

ところでブラックホールの中心の重力はとてつもなく大きく、周囲の空間を大きく歪めてとても小さな世界に圧縮している。この場所では素粒子の数式と重力の数式、つまり「一般相対性理論」の両方が成り立つ数式が成り立っていなければならない。この2つの理論が統一されれば電磁気力、弱い核力、強い核力、重力という4つの力がひとつの数式に統一されることになる。物理学者は現在も4つの力の統一へ向けて研究を続けているのだ。


第2回放送ぶんの解説記事につづく。


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関連記事:

番組告知:NHKスペシャル「神の数式」(9月21日、22日)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1a809c46b31c32b3b3c84dc0be881ddc

NHKスペシャル「神の数式」の感想
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a2368bbcee58771d16dbcb4613dc077d

強い力と弱い力:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/25297abb5d996b0c1e90b623a475d1aa

解説:NHKスペシャル「神の数式」第2回:宇宙はどこから来たのか

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素粒子の数式と一般相対性理論の数式

第1回放送ぶんの解説に続き、第2回放送ぶんの解説をしよう。


NHKスペシャル「神の数式」第2回:宇宙はどこから来たのか

NHKオンデマンド: http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2013051401SA000/index.html?capid=mail_131018_c001_B_13


宇宙はどこからきたのか?宇宙誕生の真理へ向かって物理学者は進んでいく。

ドイツで開かれた理論物理学の学会。そこにあらわれたのは車椅子の天才物理学者ホーキング博士だった。宇宙誕生の謎、その答がある場所はブラックホールである。光さえも出てこれない巨大な重力の源だ。その数式が導ければ宇宙の起源が解けるのだという。

これまでのところ神の数式に最も近い数式は第1回の放送で紹介した「標準理論」だとされている。この数式でミクロの素粒子の世界を完璧に説明することができるようになった。

けれどもこの理論には「重力の数式」が含まれていない。重力の数式とはアインシュタインが1916年に発表した「一般相対性理論」の数式のことである。



解説:「一般相対性理論」の数式は時空の各点で成り立っている微分方程式だ。学んでみたい方はこのページからどうぞ。またアインシュタインがどのような過程を経てこの理論を導いたか知りたいかたはこのページをお読みいただきたい。

この2つの数式を束ねることができれば、それは神の数式になる。物理学者たちの見果てぬ夢だった。多くの物理学者たちがそれに挑戦したが、それは困難の連続だった。

ところが近年、その突破口が開かれたようなのだ。けれどもこの究極の問題を解決できるその数式は常識をはるかに超えた世界を私たちに突きつけたのだ。その数式が示すところによると、この世界には時間と空間の4次元だけでなく「異次元」が存在するというのだ。またその数式を求める過程で世界崩壊の予言も飛び出したり精神に異常をきたす学者もでてきた。神の怒りに触れたのだ。

解説:「異次元」という言葉はSFをイメージさせるが、正しくは「余剰次元」のことである。(10次元−4次元=6次元の余剰次元空間)

現在、この数式の予言の検証が行なわれつつある。重力(重力波)を直接とらえようとするアメリカのプロジェクトだ。スパコンでも解き明かせない究極の謎に物理学者たちは純粋な思考だけで挑んでいる。

場面はアメリカにあるアスペン物理学センターに切り替わる。この緑あふれる自然に囲まれた場所は物理学者たちの聖地と言われている。この施設の50周年記念の行事に招かれたひとりの老物理学者がいる。神の数式の有力な候補とされる「超弦理論」の生みの親のシュワルツ博士だ。超弦理論は「超ひも理論」とも呼ばれる。超弦理論では素粒子は震える弦のような存在なのだという。

解説:シュワルツ博士は大栗博司先生と一緒に研究されていて、「大栗先生の超弦理論入門(ブルーバックス)」の紹介動画に友情出演されている。




スパコンを使えば?と思う方もいるだろう。けれどもコンピュータは人間がプログラムした数式にもとづいて動いているので新しい数式は求めることができない。いつかきっと辿り着くはずだと信じてシュワルツ博士は黒板に数式を書き続ける。

研究施設の近くには山があり、博士はときどき山登りをする。頂にあるのはウィルソン山天文台。その昔、アインシュタインも訪れたこともある場所だ。ここは宇宙の膨張が初めて確認された有名な天文台である。それはアインシュタインの一般相対性理論で予言されていたことだ。一般相対性理論の数式は次のようなものだ。



数式の左辺のRは空間のゆがみ、右辺のTはエネルギーや物の重さをあらわしている。右辺のTによって左辺のRが変化し、空間にゆがみが生じるのだ。画面に登場したポルチンスキー博士がこの数式の意味を説明しはじめる。碁盤の目のような模様のついたシーツをバケツの上に張り、その上にガラスの球体を博士は置いた。シーツの中心は沈み込み、その周囲はくぼみになる。重さがあると空間がゆがむことが説明される。これが一般相対性理論の数式が表していることだ。

解説:特殊相対性理論や一般相対性理論は「空間」と「時間」が歪むことが示されている。番組では空間の歪みだけが取り上げられていた。重力があることで時間の進み方は遅くなる。

場面は宇宙空間のCGに切り替わる。中心には太陽が、その回りにはいくつかの恒星があり、それぞれの星の周囲の空間がゆがんで窪んでいる。星が小さく重いほどゆがみは激しい。星の周囲では光さえも曲がってしまう。実際、太陽によって曲げられた星の光が本来あるはずの位置からずれて写っている写真が示される。空間のゆがみによって光が曲げられた証拠だ。極端な場合、星の裏側にある星さえ見えることがあるのだ。

しかし一般相対性理論には落とし穴があった。これはホーキングによって指摘されたことでブラックホールの中心でおきている。ブラックホールの中心では重力は無限大になり「特異点」と呼ばれている。誕生したばかりの宇宙も「特異点」とみなされ、そこは理論上、ブラックホールの中心と同じことなのだ。特異点では空間のゆがみは無限大になり、計算不能になってしまう。つまり宇宙のはじまりがわからなくなってしまうのだ。

それはビッグバンから10のマイナス43乗秒たった世界のことだ。宇宙誕生のその瞬間におきていることはブラックホールの特異点でおきていることと数学上同じなのである。

解説:特異点の問題を解消するためにホーキングは宇宙の始まりには時間は存在せず「虚数時間」が存在していたという説を唱えた。

それでは一般相対性理論と素粒子の数式を組み合せてみたらどうだろうか?なぜかというとそこは超ミクロの点だからである。


舞台はロシアのサンクトペテルブルグに移る。ここに世界で初めてこの問題に挑戦したブロンスタインという学者がいた。彼は19歳にしてこの2つの数式を独学で理解していた天才だった。生存している娘さんが登場する。彼女はすでに老年にさしかかっている。ブロンスタインは彼女が6歳のときに粛清されて命を奪われたので父親の思い出はほとんどない。

解説:ブロンスタインは1906年に生まれ、1938年に亡くなった。素粒子の数式が完成するのはずっと後のことである。彼の生きている頃のミクロの数式とは「量子力学」もしくはディラックが導いた「相対論的量子力学」である。つまりブロンスタインが目指していたのは「量子重力理論」のことである。

一般相対性理論と素粒子の数式を束ねるために、ブロンスタインはまず空間を素粒子より小さい超ミクロの空間に区切って重力を計算してみた。ミクロの世界の計算と物質、さまざまな力を考慮して数式を組み立てる。ところが一般相対性理論を組み込んだとたん、数式の分母にゼロがあらわれてしまったのだ。分母がゼロだと数値は無限大に発散してしまう。精度を高めてさらに計算を進めると無限大は無限大個出現してしまったのだ。世界にはブラックホールのようなものが満ち溢れているのではないか。数式が示しているのはそういうことだった。

その頃のロシアにはスターリンによる粛清が相次ぎ、ある日ブロンスタインも収容所送りとなり、間もなく銃殺されてしまった。その後、半世紀に渡って無限大の重力の謎は解決できなかったのである。


その後1974年に事態は大きな転機を迎える。「非ハドロン粒子の双対モデル」という論文を発表したのがシャークとシュワルツという2人の物理学者だった。彼らは時代遅れの分野である「弦理論」を研究していた。この理論によると素粒子は震える弦であらわされるのだという。この弦の数式は見捨てられた古い物理学の数式だった。そのためシュワルツらは同僚から「絶滅危惧種」だとからかわれていた。しかし彼らは研究を続け弦理論を進化させた「超弦理論」を提唱して無限大の問題を解消したのだという。

解説1:番組では触れていなかったのだが「弦理論」の発案者は第1回の放送に登場した南部陽一郎だ。もう少し正確に言えば1970年に南部陽一郎、レオナルド・サスキンド 、ホルガー・ベック・ニールセン が独立に発表したのである。

解説2:「弦理論」がどのようにして「超弦理論」になったのか、番組では説明を省略していた。その間にはもう1つ新しい考え方を導入する必要があった。それは「標準理論」のもつ対称性を拡張する「超対称性」という考え方だ。超対称性理論に従うと素粒子は17種類ではなく次のようにほぼ2倍になる。増えたぶんの「超対称性粒子」は実験ではまだ見つかっていない。弦理論は25次元の理論で、超弦理論は10次元の理論だ。番組ではそのことにも言及していなかった。

超対称性粒子(クリックで拡大)


解説3:超弦理論や超対称性理論の「超」は「超カッコイイ」とか「超キモイ」などのような「スゴイ!」という意味ではなく「究極の」とか「より拡張した」というような意味だ。英語の「Super」を直訳して「超」になった。その次があるとしたら「ウルトラ」になるのかどうかについては僕は予言できない。(スーパーマン、ウルトラマン)

無限大の問題は素粒子を「点」と扱うためにおきている。点とは大きさのないものだ。2つの点を近づけていくと距離がゼロになってしまう。距離が小さいほど2つの点の間に働く力やエネルギーが大きくなるので距離がゼロだと無限大になってしまうのだ。

ところが素粒子を輪ゴムのような形の弦だと仮定すると、この問題が解決される。2つの弦を近づけても弦には拡がりがあるのでその間の距離は有限の大きさになる。つまり無限大の問題は解消できるのだ。画面にはたくさんの輪ゴムのような弦が振動しながら空間に浮かんでいるCGが映される。

解説1:弦には輪ゴムのように閉じたものと、糸くずのように開いたものがある。閉じた弦が「重力子(グラビトン)」を表していることを1974年、当時まだ北海道大学の大学院生だった米谷民明が発見した。また光子は開いた弦の振動としてあらわされることがわかっている。

解説2:CGに映された弦には色がついていたが、実際にはこのような小さな世界に「色」は存在しない。

しかしほとんどの物理学者は懐疑的で、彼らの理論は目もくれられなかった。信用できないのは超弦理論の数式が一般相対性理論の数式や素粒子の数式とかけ離れてみえることだ。さらに超弦理論の数式が成立する条件が10次元で、現実にはありえないということがその理由だった。

超弦理論によれば宇宙はまず10次元世界として生まれたことになる。時間と空間の4次元を除いた残りの6つの次元をどのように考えればよいのかわからない。シュワルツは仲間の物理学者にからかわれた。「やぁ、シュワルツ。今日は何次元の世界にいたんだい?」

シャークのほうは超弦理論がなぜ10次元なのかということに悩み、異次元の研究に没頭していった。しかし手がかりは見つからない。次第に彼は仏教や瞑想の世界にのめり込み、孤独になっていった。そしてある日、大量の睡眠薬を飲んで他界してしまう。

シュワルツはシャークの死が信じられない、もし彼が死を選ばなかったら物理学の発展に大いに貢献しただろうにと若くして命を断った友人のことを思い出す。そしてシュワルツはシャークの意思を継ぎ研究を続けた。

それから10年後、超弦理論に転機が訪れた。ケンブリッジ大学の若い物理学者マイケル・グリーンの登場である。彼はシュワルツの超弦理論の研究に協力した。グリーン博士は「異次元の問題」は、実は問題ではなく4次元という常識のほうが間違っているのだと考える。

解説:グリーン博士も「大栗先生の超弦理論入門(ブルーバックス)」の紹介動画に友情出演されている。

シュワルツとグリーンは超弦理論の数式に一般相対性理論と素粒子の数式が含まれているか検証を始めた。長い計算の果てに彼らは最後の計算にたどり着く。その瞬間、数式には496という数字が次々と現れだした。496は完全数と呼ばれる数のひとつで、天地創造にかかわる数として古代ギリシアの時代から知られていた。これは広大な宇宙とミクロの世界の調和を意味する数なのだ。雷鳴が轟いた。それは真理に近づきすぎた人間に与えた神の怒りだろうか?そして次の瞬間、2つの数式が矛盾なく導き出された。そこには奥深い真実が秘められていた。

超弦理論の数式


解説:496に天地創造や世界の調和の意味があるのかどうかについては僕は判断をしないことにしたい。少なくとも言えるのは数秘術は物理学ではないということだ。

このニュースは世界中に伝わった。これは革命であり、現実世界すべてをあらわしうる数式、天からの声に応えた万物の理論である。超弦理論は物理学の最前線に踊り出た。


では異次元はどこにあるのだろうか?ポルチンスキー博士による説明が始まる。グランドに張られたロープの上を綱渡りする女性が映し出された。次元とは「動くことのできる座標の数」のことだ。彼女にとって動くことができるのはロープに沿った1次元の世界である。けれどもより小さい世界に視点を移すと隠れていた次元が見え始める。ロープの表面にはテントウ虫が歩いている。テントウ虫にとってロープの上は2次元の世界だ。張られたロープの方向と、ロープをぐるっと回る方向の2つの座標があるからだ。

解説:次元を小さく丸めてしまうことを専門的には「コンパクト化」と呼んでいる。

隠れた異次元はこのように小さく丸まっているため私たちはそれに気がつくことはない。その大きさは原子の直径の1兆ぶんの1の、そのまた1兆ぶんの1くらいなのだそうである。この異次元空間はミクロの世界でこのようなイメージで存在しているのだという。画面には複雑にからみあう図形が等間隔にいくつも回転している様子が映し出された。

カラビ-ヤウ空間


解説1:この図形は「カラビ-ヤウ空間」と呼ばれている。パラメータを変えることで10の500乗個もの種類のカラビ-ヤウ空間が考えられるそうだ。またこの空間では「距離」を定義することができない。

解説2:カラビ-ヤウ空間が登場することからわかるように、超弦理論を理解するためには多次元の「トポロジー(位相幾何学)」の知識が不可欠である。

その後ある問題が提示された。ホーキングの再登場である。それはブラックホールの底に潜む新たな難問だった。ブラックホールの底から謎の熱が発生しているのだという。素粒子さえ動くことができないその場所で、なぜ熱が発生するのか?これはホーキングパラドックスと呼ばれた。超弦理論はこのパラドックスを解決することができるのだろうか?ホーキングは「神の数式は存在しない。」とまで言い切った。

解説:この謎の熱とは「ホーキング放射」のことである。

そこに登場したのが若き救世主、超弦理論を研究しているポルチンスキーだった。彼は超弦理論を進化させてこの問題を解決したのだ。そのアイデアを彼が思いついたのは(京都を訪れていたときに入った)コインランドリーで洗濯をしていたときのことだったという。

ポルチンスキーの着想によればいくつもの「弦」はまとまって「膜」のようになるのだという。この膜を彼は「Dブレーン」と呼んだ。そう考えることでブラックホールの謎の熱の計算ができるようになったのである。異次元で膜状に集まった弦が動くことによって、熱が発生しているからくりが解明されたのだ。この問題を提起したホーキングは2004年に敗北を認めた。ブラックホールの底の謎は解明されたのだ。

Dブレーンによってブラックホールから熱が発生する説明の図


解説1:超弦理論の発展ということについていえば、ウィッテンによって提唱されたM理論も重要である。超弦理論には5つのタイプがあり、それら5つは双対性のウェブと呼ばれる関係で結びついて空間が11次元の「M理論」が提唱された。11次元の理論に発展したことは番組のいちばん最後にごくあっさりと触れられていたにすぎない。

解説2:大栗先生が発見した「トポロジカルな弦理論」や「重力のホログラフィー原理」も重要である。これらについては先生の著書「大栗先生の超弦理論入門(ブルーバックス)」をお読みいただきたい。

人類は宇宙誕生の謎を解くことができるのだろうか?LIGOCERNなどの実験施設では研究が続けられている。次のターゲットは「異次元の検出」である。

解説:LIGOで行なわれているのは「重力波」の検出である。重力波の存在や重力波の速度が光の速度と同じであることはアインシュタインの一般相対性理論で予言されている。(参考記事:「アインシュタイン選集(2): [A8] 重力波について(1918年)」)


超弦理論の生みの親であるシュワルツ博士が再び登場する。命があるうちにその数式にたどり着きたい。しかし答がわかってしまってもそれは悲しいことだと思う。博士にとっては探求を続けることが楽しいのだという。

最新の超弦理論によると、この世界は10次元ではなく11次元なのだという。また新たな難問も提起された。この宇宙は私たちの住む宇宙だけでなく10の500乗種類の別の宇宙もでてきたのだ。これは人類にとっての果てなき探求の証なのである。

解説:番組の最後の10秒程度で映された無数の宇宙のCG。ほとんど解説もなくこれを見た人はどう思うだろう?パラレルワールドのような多宇宙を想像した人がいるのではないだろうか?超弦理論は「多宇宙(マルチバース)」さえも説明できる素晴らしい理論なのだと。。。実はそうではない。カラビ-ヤウ空間の解説で触れたことだが、超弦理論が含んでいる理論の数(可能性)が10の500乗もあるということをこのCGは示しているのである。その1通りが私たちが住んでいる宇宙の物理法則というわけなのだ。一般相対性理論と素粒子の数式を統一したものが私たちの宇宙の法則だとすれば、別の物理法則に従う宇宙のことが超弦理論を使えばいくらでも可能だということが最後のCGが伝えていることなのだ。その膨大な可能性の中からどうしてこの宇宙(物理法則)が選ばれたのかは、今後の研究課題なのである。


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大栗先生の超弦理論入門:大栗博司
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はじめての〈超ひも理論〉:川合光
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「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム
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時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎
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超弦理論に至る100冊の物理学、数学書籍
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Dブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像:橋本幸士
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日本語の超弦理論・M理論の教科書
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速報:2013年ノーベル物理学賞はヒッグス博士とアングレール博士に決定!

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2013年のノーベル物理学賞はピーター・ヒッグス博士とフランソワ・アングレール博士のお二人に決定した!

Nobelprize.org
http://www.nobelprize.org/

おめでとうございます!


授賞理由:

"For the theoretical discovery of a mechanism that contributes to our understanding of the origin of mass of subatomic particles, and which recently was confirmed through the discovery of the predicted fundamental particle, by the ATLAS and CMS experiments at CERN's Large Hadron Collider."

翻訳:

亜原子粒子の質量の起源の理解に貢献するメカニズムの理論的発見、そして予想された基本粒子としてCERNのLHCにおいてなされたATLASおよびCMSの実験によって最近確認されたことに対して授賞する。」

発表時の映像はこちら。




ピーター・ヒッグス:ウィキペディアの記事(日本語)

フランソワ・アングレール:ウィキペディアの記事(英語)


ノーベル物理学賞 2013 一般向け説明(PDF)
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2013/popular-physicsprize2013.pdf

ノーベル物理学賞 2013 専門家向け説明(PDF)
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2013/advanced-physicsprize2013.pdf

受賞をもたらしたヒッグス博士、アングレール博士の論文(1964年)
http://www.aps.org/publications/apsnews/updates/nobel13.cfm

2012年7月4日:お二人が初めてCERNで会ったときの写真



なお、報道ではヒッグス粒子は「神の粒子」と伝えられているが、神の粒子などではない。報道の文脈での「神の粒子」は「偉大な粒子」とか「神の存在の証となる粒子」という意味だか、この呼び方はもともと「そんな粒子はあるはずがない。」という皮肉、蔑視の意味合いで使われることが多かった。

また「ヒッグス粒子が邪魔することにより素粒子に質量が生まれる。」と報道されることが多いが、これは完全に間違った説明である。

あと「ヒッグス粒子はすべての物質に質量を与える。」とか「ヒッグス粒子は物質の質量の起源を明らかにした。」という説明も誤りだ。ヒッグス粒子(ヒッグス機構)によって質量が与えられるのは「力を伝える粒子(ゲージ粒子:Wボソン、Zボソン)」や「フェルミオン(電子など)」だけである。すべての素粒子に質量を与えるわけではない。

物質の質量のうち素粒子の質量は1パーセントだけにすぎない。残りの99パーセントは原子核内の核力(強い力)のエネルギーによって説明される。アインシュタインの特殊相対性理論によりエネルギーが質量に換算されるからだ。

物質の質量=素粒子の質量+強い力のエネルギーによる質量

クリックで拡大


繰り返そう。物質の質量の起源の99パーセントはアインシュタインの理論によって解明済みで、残りの1パーセントの謎が昨年の夏に解明されたわけである。

詳しいことは「強い力と弱い力-ヒッグス粒子が宇宙にかけた魔法を解く:大栗博司」の第1章の最後の2つの節で説明されている。


後日追記:

ヒッグス粒子(ヒッグス機構)による素粒子の質量の起源については、報道やネット上では不正確な説明がまことしやかに広まってしまっているが、前野先生のご説明が(僕が見た中では)いちばん正確だと思う。ぜひお読みいただきたい。

ヒッグス粒子ってなあに?(高校生以上向け版)
http://irobutsu.a.la9.jp/movingtext/HiggsHS/index.html


関連書籍:

ヒッグス粒子の発見 (ブルーバックス):イアン・サンプル」(レビュー記事



関連記事:

祝!:ヒッグス粒子発見
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f88350541542f732fec74af583a29e50

解説:NHKスペシャル「神の数式」第1回:この世は何からできているのか
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5f0430e3fed08f6947d5efbe9559fbbd

強い力と弱い力-ヒッグス粒子が宇宙にかけた魔法を解く:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/25297abb5d996b0c1e90b623a475d1aa

2013年度ノーベル物理学賞(大栗先生のブログ)
http://planck.exblog.jp/20806670/


ノーベル物理学賞、ヒッグス博士ら2人に(読売新聞)

スウェーデン王立科学アカデミーは8日、2013年のノーベル物理学賞を英エディンバラ大学名誉教授のピーター・ヒッグス博士(84)とベルギー・ブリュッセル自由大学名誉教授のフランソワ・アングレール博士(80)に贈ると発表した。

賞金800万スウェーデン・クローナ(約1億2000万円)は、2人で分ける。

2人は、宇宙誕生後、物に質量(重さ)が生まれた仕組みの理論を1964年に相次ぎ発表。質量を生み出した粒子は、後にヒッグス粒子と呼ばれた。昨年7月、日本の16機関が参加したスイスの加速器実験で粒子の存在が確認され、受賞につながった。装置の開発にも日本企業が多く貢献した。


「南部博士の影響大」ノーベル賞・ヒッグス博士(読売新聞)

【エディンバラ(英北部)=石黒穣】2013年のノーベル物理学賞の受賞が決まった英エディンバラ大学名誉教授のピーター・ヒッグス博士(84)が11日、同大で記者会見を行った。

8日の発表の際に人前に姿を現さず、3日遅れの受賞会見となった。

ヒッグス博士は「南部陽一郎博士の研究から大きな影響を受けた」と明かした。

ヒッグス博士は1964年、物に質量を与えるヒッグス粒子の存在を予測し、今回の受賞が決まった。その基礎になる理論を提唱したのが、米シカゴ大名誉教授で、2008年の同賞受賞者の南部博士だ。ヒッグス博士は「1960年に研究の方向を見失っていたとき、南部博士の論文に興味をかきたてられた。彼の足跡をたどり、彼の理論で欠けていた要素を提供した」と語った。


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発売情報:よくわかる解析力学:前野昌弘

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よくわかる解析力学:前野昌弘

内容
解析力学は本来「力学を簡単にする方法」。本書では「ラグランジアンのおかげでこんな問題が簡単になるよ」という点を具体的に語っていく。

著者略歴
前野 昌弘:ホームページ: http://irobutsu.a.la9.jp/
1985年神戸大学理学部物理学科卒業。1990年大阪大学大学院理学研究科博士後期課程修了。1995年より琉球大学理学部教員。現在、琉球大学理学部物質地球科学科准教授


注文していた本書が今日届いた。今の学生は恵まれていると思った。発売されたばかりのとてもわかりやすい解析力学入門書である。本書を読むための前提知識は理数系の大学1年で学ぶ微積分(偏微分を含む)と線形代数。本書に限らず解析力学を学ぶのであれば、いずれにせよ前提知識は同じだ。

解説:NHKスペシャル「神の数式」第1回:この世は何からできているのか」の記事で「素粒子の数式の左辺に書かれているLはラグランジアンと呼ばれている量だ。ラグランジアンについて学ぶ解析力学はニュートン力学から超弦理論まで、あらゆる物理理論で成り立っている普遍的な原理である。」と書いたように解析力学(Wikipediaの記事)はとても重要な位置をしめている。

「無数にある未来の可能性の中から自然はどうやって1つだけを選び取っているのだろうか?そしてそれが繰り返されることで世界の動きが進み、どのように過去の有り様がひとつに決まって「歴史」が作られていくのだろうか?」

解析力学はそこに潜む普遍的な原理を説き明かしてくれる。ニュートン力学を出発点としているから解析力学の示す未来はあらかじめ決まっているという決定論のはずだ。しかし不思議なことに学び終えるころには量子力学の入口が見えてくるのだ。その先にあるのは非決定論的で不確実な世界である。(第12章の「解析力学と物理」でそれはわかる。)

とはいっても初めて学ぶ人には幾分ハードルが高いのも事実。これまで僕がお勧めしていたのは「解析力学(久保謙一著、裳華房)」だった。

しかし今日届いたばかりの「よくわかる解析力学:前野昌弘」の内容をざっと確認した限りでは、こちらのほうがずっとよい。これからは本書を勧めることにしよう。

読んでもいないのに無責任だという声も聞こえてきそうだが、「よくわかる電磁気学:前野昌弘」や「よくわかる量子力学:前野昌弘」の良さは十分知っているので、前野先生の本ならば間違いはない。本書のわかりやすさについても九分九厘保証できる。章立ては次のとおり。

第1章 解析力学入門の準備
第2章 簡単な変分問題
第3章 静力学―仮想仕事の原理から変分原理へ
第4章 ラグランジュ形式の解析力学?導入篇
第5章 ラグランジュ形式の解析力学?発展篇
第6章 ラグランジュ形式の解析力学―実践篇1・振動
第7章 ラグランジュ形式の解析力学―実践篇2・剛体の回転
第8章 保存則と対称性
第9章 ハミルトン形式の解析力学
第10章 正準変換
第11章 ハミルトン・ヤコビ方程式
第12章 おわりに 解析力学と物理
付録A 行列計算
付録B 偏微分に関係するテクニック
付録C 座標系に関して
付録D 問いのヒントと解答


ひととおり学び終えている僕でも近いうちに読んでレビュー記事を書いてみたい。そんな気持ちにさせられた。

前野先生は今年の2月に初等力学の入門書もお出しになっている。解析力学以前に力学も学び直してみたいという方は、合わせてお読みになるとよいだろう。

よくわかる初等力学:前野昌弘
よくわかる解析力学:前野昌弘

 


本書のサポートページ(「はじめに」や「正誤表」が読める。)
http://irobutsu.a.la9.jp/mybook/ykwkrAM/

ネットで解析力学を学んでみたい方は「EMANの解析力学」がお勧め。

EMANの解析力学
http://homepage2.nifty.com/eman/analytic/contents.html


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追記:その後、本書を読んでレビュー記事を書いた。

よくわかる解析力学:前野昌弘
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bd9d328483de3bc3f9a3ad14ec6fe078


余談:

ところでノーベル物理学賞が発表されたばかりだが、前野先生はこんなページもお書きになっている。報道やネット上では不正確な説明がまことしやかに広まってしまっているが、前野先生のご説明が(僕が見た中では)いちばん正確だと思う。ぜひお読みいただきたい。

ヒッグス粒子ってなあに?(高校生以上向け版)
http://irobutsu.a.la9.jp/movingtext/HiggsHS/index.html


関連記事:

よくわかる電磁気学:前野昌弘
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3f7e34e15a862a7c6471d5eb60be0273

よくわかる量子力学:前野昌弘
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/08beb004bf1a5c9e6f6192439045c120

今度こそ納得する物理・数学再入門:前野昌弘
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8777ea8175e9c48e0170df5b930f42d9


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よくわかる解析力学:前野昌弘


はじめに

第1章 解析力学入門の準備
 1.1 ニュートン力学の復習
  1.1.1 運動の法則
  1.1.2 保存則
  1.1.3 角運動量の保存
 1.2 力学を簡単にするために
  1.2.1 「仕事」を使いこなす
  1.2.2 より高い視点から「運動」を見る
 1.3 経路
 1.4 座標とその変換
 1.5 章末演習問題

第2章 簡単な変分問題
 2.1 変分による計算
  2.1.1 変分とは
  2.1.2 等しい周で最大面積の長方形
  2.1.3 等しい周の三角形
 2.2 光学におけるフェルマーの原理
  2.2.1 反射の法則
  2.2.2 屈折の法則
  2.2.3 光の直進
  2.2.4 極座標での直線
 2.3 関数の変分に関するまとめと例題
  2.3.1 オイラー・ラグランジュ方程式
  2.3.2 一般的な図形の等周問題
  2.3.3 最速降下線
 2.4 章末演習問題

第3章 静力学―仮想仕事の原理から変分原理へ
 3.1 仮想仕事の原理
  3.1.1 一個の質点の場合
  3.1.2 複数の質点からなる系における仮想仕事の原理
 3.2 剛体に対する仮想仕事
  3.2.1 剛体に起こり得る仮想変位
  3.2.2 剛体に対する仮想仕事
  3.2.3 仮想仕事が0 になるための条件
 3.3 仮想仕事の原理を使う例題
 3.4 位置エネルギー
  3.4.1 仕事とエネルギー
  3.4.2 位置エネルギーを表現する座標を変えてみる
 3.5 3 次元の仮想仕事と位置エネルギー
  3.5.1 積分可能条件とrot
  3.5.2 異なる座標系で計算したポテンシャルの安定点
 3.6 静力学における変分原理
  3.6.1 動力学の変分原理のモデルになる静力学の問題
  3.6.2 懸垂線の方程式
  3.6.3 一般座標におけるラプラシアン
 3.7 章末演習問題

第4章 ラグランジュ形式の解析力学?導入篇
 4.1 「作用」を`作る'
  4.1.1 作用とは何か
  4.1.2 ダランベールの原理による仮想仕事の原理の拡張
  4.1.3 確認:作用は本当に極値を取っているか
  4.1.4 運動方程式としてのオイラー・ラグランジュ方程式
  4.1.5 なぜ位置エネルギーは引かれるのか??
 4.2 1 次元運動の例題
  4.2.1 簡単な例題
  4.2.2 加速する座標系内の自由粒子
  4.2.3 速度に比例する抵抗
 4.3 複合系をラグランジアン形式で
  4.3.1 定滑車
  4.3.2 動滑車
 4.4 多次元のラグランジュ形式
  4.4.1 2 次元以上の変数のラグランジアン
  4.4.2 棒に繋がれた2 物体の平面内運動
  4.4.3 一般的ポテンシャルによる相互作用をする2 物体
 4.5 章末演習問題

第5章 ラグランジュ形式の解析力学?発展篇
 5.1 オイラー・ラグランジュ方程式と座標変換
  5.1.1 オイラー・ラグランジュ方程式の共変性
  5.1.2 2 次元極座標でのオイラー・ラグランジュ方程式
  5.1.3 循環座標
  5.1.4 変数変換に関する注意|ルジャンドル変換の必要性
  5.1.5 2 次元で万有引力が働く場合
 5.2 3次元の直交曲線座標で記述する運動
  5.2.1 直交座標から他の座標系へ
  5.2.2 3次元の極座標
  5.2.3 球対称ポテンシャル内の運動
 5.3 拘束のある系
  5.3.1 拘束条件の分類
  5.3.2 ラグランジュ未定乗数の利用
  5.3.3 変数の消去
 5.4 章末演習問題

第6章 ラグランジュ形式の解析力学―実践篇1・振動
 6.1 単振動
  6.1.1 簡単な単振動
  6.1.2 微小振動
 6.2 連成振動
  6.2.1 二体連成振動
  6.2.2 二体連成振動の行列を使った変数変換
  6.2.3 質量が異なる場合
  6.2.4 二重振り子
 6.3 三体からN 体の連成振動へ
  6.3.1 三体連成振動
  6.3.2 3つのモードの表現
  6.3.3 N 個の物体が連結されている場合の振動
 6.4 連続的な物体への極限
  6.4.1 振動解の物体数を増やす
  6.4.2 作用の書き換え
 6.5 章末演習問題

第7章 ラグランジュ形式の解析力学―実践篇2・剛体の回転
 7.1 剛体の回転運動
  7.1.1 剛体の運動エネルギー
  7.1.2 主軸変換
7.2 オイラー角で表現する回転運動
  7.2.1 物体に固定された座標軸
  7.2.2 オイラー角と角速度ベクトル
  7.2.3 外力が働かない剛体の回転運動
  7.2.4 角運動量の保存
  7.2.5 特定の軸に回りに回っている時の近似計算
 7.3 エネルギー保存と角運動量保存から言えること
  7.3.1 自由に回転する剛体
 7.4 章末演習問題

第8章 保存則と対称性
 8.1 空間並進と運動量保存則
  8.1.1 ハミルトンの主関数
  8.1.2 「ハミルトンの主関数の端点微分」としての運動量
  8.1.3 運動量保存則の導出
 8.2 運動量の一般化
 8.3 時間並進不変性とエネルギー保存則
   8.3.1 作用の時間微分としてのエネルギー
   8.3.2 エネルギー保存則の導出
 8.4 一般論|ネーターの定理
 8.5 角運動量保存則
 8.6 章末演習問題

第9章 ハミルトン形式の解析力学
 9.1 ハミルトン形式(正準形式)とは
  9.1.1 運動量と座標を使った表現
  9.1.2 ハミルトニアン
  9.1.3 簡単な例題
  9.1.4 ラグランジュ未定乗数としての運動量
 9.2 変分原理からの正準方程式
 9.3 位相空間
  9.3.1 位相空間とは
  9.3.2 位相空間で表現した「運動」
 9.4 リウヴィルの定理
 9.5 ポアッソン括弧
  9.5.1 時間微分とハミルトニアン
  9.5.2 ポアッソン括弧の性質
  9.5.3 ヤコビ恒等式の証明
  9.5.4 ポアッソン括弧が0 になることの意味
 9.6 ハミルトン形式で考える角運動量と剛体
  9.6.1 角運動量とのポアッソン括弧
  9.6.2 外力が働かない剛体の回転
  9.6.3 対称コマのハミルトニアン
  9.6.4 軸先が固定された対称コマ
 9.7 章末演習問題

第10章 正準変換
 10.1 1 次元系の時間によらない正準変換
  10.1.1 正準方程式の変換
  10.1.2 位相空間の面積を変えない変換の例
  10.1.3 ポアッソン括弧の変換
  10.1.4 より大胆な正準変換
  10.1.5 ポアッソン括弧を使って無限小正準変換を記述する
 10.2 変分原理と正準変換
  10.2.1 正準変換による作用の変化と母関数
  10.2.2 正準変換の変数の取り方
  10.2.3 母関数を使った正準変換の例
  10.2.4 変換から母関数を作る
 10.3 時間に依存する変換
  10.3.1 作用の変化
  10.3.2 時間に依存する正準変換の例
 10.4 多変数の正準変換
  10.4.1 多変数のポアッソン括弧の変換
  10.4.2 多変数の場合の母関数
  10.4.3 多変数正準変換の例
 10.5 章末演習問題

第11章 ハミルトン・ヤコビ方程式
 11.1 ハミルトン・ヤコビ方程式
  11.1.1 K = 0 となる正準変換の母関数を求める
  11.1.2 作用とハミルトン・ヤコビ方程式
 11.2 ハミルトン・ヤコビ方程式の解
  11.2.1 変数分離
  11.2.2 簡単な例
  11.2.3 2 次元放物運動
 11.3 球対称ポテンシャル内の3 次元運動
 11.4 章末演習問題

第12章 おわりに 解析力学と物理
 12.1 解析力学と相対論
 12.2 解析力学と統計力学
 12.3 解析力学と量子力学

付録A 行列計算
 A.1 行列の基本計算
 A.2 行列を使う利点
 A.3 添字を使った表現
 A.4 直交行列
 A.5 直交行列でない行列の逆行列
 A.6 固有値と固有ベクトル
 A.7 行列式の計算
 A.8 固有ベクトルによる対角化

付録B 偏微分に関係するテクニック
 B.1 多変数の関数の微分
  B.1.1 偏微分
  B.1.2 全微分と変数変換
 B.2 体積積分とヤコビアン
  B.2.1 面積積分
  B.2.2 体積積分
 B.3 ラグランジュ未定乗数の方法の意味
 B.4 オイラー・ラグランジュ方程式
  B.4.1 1変数の場合
  B.4.2 多変数の場合
 B.5 ルジャンドル変換
  B.5.1 必要性?もしルジャンドル変換をしなかったら
  B.5.2 ルジャンドル変換とは

付録C 座標系に関して
 C.1 ベクトルの表現
  C.1.1 直交座標の基底ベクトル
  C.1.2 一般的な直交曲線座標の基底ベクトル
  C.1.3 曲線座標とベクトル
  C.1.4 テンソル
 C.2 回転を記述する方法
  C.2.1 2 次元回転
  C.2.2 オイラー角

付録D 問いのヒントと解答

発売情報:初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ

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初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ
初級講座弦理論 発展編:B.ツヴィーバッハ

内容
MITの学部学生向けの講義から生まれた教育的な弦理論の教科書。

“基礎編”では相対論的な開弦および閉弦の基本的な量子化までを丁寧に解説する。まず特殊相対論と光錐座標系、高次元時空、余剰次元のコンパクト化などの背景概念を導入し、非相対論的な弦の力学を復習する。そして相対論的な点粒子や弦の古典論を論じ、それらに対して光錐量子化を施して、Lorentz不変性の要請から弦理論の臨界次元が決まることや、弦の量子状態として光子や重力子が現れることなどを見る。最終章では超対称性を導入した超弦理論の考え方を簡潔に紹介する。

“発展編”では、“基礎編”で詳述した量子弦の基礎概念を背景に置いて、弦理論の多様な発展的側面を概観する。D‐ブレインと開弦を利用したYang‐Mills場の構築や、弦のKalb‐Ramondチャージ、T双対性の概念について説明し、D‐ブレインの電磁場を考察する。更に、弦理論を利用した素粒子モデルやブラックホールの統計力学、AdS/CFT対応などの応用的な話題を紹介する。共変な量子化についても簡単に言及し、最後の部分では弦のダイヤグラムを用いて弦の相互作用やループ振幅を論じる。“発展編”は超弦理論の入門書となっている。

日本語版の翻訳者略歴
樺沢宇紀
1990年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻前期課程修了。(株)日立製作所中央研究所研究員。1996年(株)日立製作所電子デバイス製造システム推進本部技師。1999年(株)日立製作所計測器グループ技師。2001年(株)日立ハイテクノロジーズ技師


2日連続の発売情報記事となり、レビュー記事をお待ちの読者の方には申し訳ないのだが本が出てしまったのだから仕方がない。

紹介するのは超弦理論の教科書の中ではいちばんやさしいと定評のある入門書である。英語版はKindle版も出ているのでそろそろダウンロード購入しようと思っていた矢先、日本語版が発売されたというニュースが飛び込んできた。

翻訳の元となったのは2009年1月に刊行された次の本で、これが第2版である。

A First Course in String Theory: Barton Zwiebach




この大著を翻訳されたのは樺沢宇紀先生。これまでたくさんの物理学書の翻訳を手がけてきた。この記事の最後に示すように先生の訳書はこれまで僕も4冊読んでいる。

そして今回丸善プラネットから出版されたのが次の2冊。分量が多いので2分冊になってしまったわけだ。タイトルや目次には「弦理論」と書いてあるが、基礎編のいちばん最後に「超弦理論入門」というセクションがあるので、少しだけ「超弦理論の入門書」なのだろうけれども、全体的には「弦理論の入門書」である。(追記:訳者の樺沢先生からコメント欄を通じて『“全体的には「弦理論の入門書」”という評言は,これはこれで正しい.しかしながら「発展編」のほうには,超弦理論を前提とした話題も結構含まれているので(定在的なD-ブレインを扱う話題は必然的に超弦理論の範疇に入る)両編あわせて「超弦理論の話題も含めた弦理論の入門書」と評しても悪くはない内容になっています.』とご説明いただいた。僕の記事の訂正として追記しておく。)

学部3年生から読めるそうなのだが、解析力学、場の量子論、相対論(特殊と一般)を学んでいることは必要だ。超対称性を加味した弦理論(超弦理論)を構築したケンブリッジ大学の天才物理学者マイケル・グリーン教授が「相対性理論や量子理論の知識が浅い人でも理解できる、新鮮なアプローチを取り上げる」と推薦している。

この第2版ではAdS/CFT対応、超弦理論 、orbifold、宇宙ひも、ひも理論のランドスケープ などを新しく網羅したという。

初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ
初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ

 

基礎編の目次

緒論
特殊相対性理論・光錐座標系・余剰次元
様々な次元における電磁気学と重力
非相対論的な弦
相対論的な点粒子
相対論的な弦
弦のパラメーター付けと古典的な運動
世界面カレントと保存量
相対論的な光錐弦
各種の光錐場とボゾン
点粒子の光錐量子化
相対論的な量子開弦
相対論的な量子閉弦
超弦理論入門

発展編の目次

D‐ブレインとゲージ場
弦のチャージと電荷
閉弦のT双対性
開弦およびD‐ブレインのT双対性
電磁場を持つD‐ブレインとT双対性
Born‐Infeld理論とD‐ブレインの電磁場
弦理論と素粒子物理
弦の熱力学とブラックホール
強い相互作用とAdS/CFT対応
弦の共変な量子化
弦の基本的な相互作用とRiemann面
弦のダイヤグラムの構造とループ振幅


「やさしい」とはいっても、やはり超弦理論の本だ。書店で立ち読みしてからお買い求めになったほうがよいかもしれない。アマゾンの読者レビューは英語版のほうに日本語で3件投稿されているので参考にされるとよいと思う。

追記:訳者の樺沢先生からコメント欄を通じて次のようなご説明をいただいたので付記しておく。先生ありがとうございました。

内容的に,先日のNHK「神の数式」第2夜や,大栗博司氏の日本語の著作にシンクロする部分をたっぷり含んでいます.また「学部学生向け」とうたってあるだけあって,教育的な配慮の行き届いた,読みやすい本だと思います.ただ,字面を追うことは容易であっても,これだけの内容をきちんと理解するのは(学部生はおろか,大方の理系のマスターコースの学生にとっても)なかなか大変ではないかと思います.MITで理論物理をやろうという学生なんぞの頭は,並の出来ではないのでしょうね.私の訳業の指針は「私程度の頭の持ち主(並の理工系修士修了程度・理論物理専攻経験なし)でも,読めば理解できる(少なくとも理解に近づいた気分になる)訳書を提供する」ということなので,読者にとってテキストの議論がさらに飲み込みやすくなるように随所に訳註を入れてあります.(頭のよい人々の中には,余計な差し出口と揶揄する人もいるでしょうけれども.)


関連記事:

初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6da996449afaf50f8cf0f4f84881da0e

販売状況:日本語の超弦理論・M理論の教科書
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/61e4dd2232d54cf4a5f3da1aeb83975a


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関連記事2: 樺沢宇紀先生の訳書で、これまで僕が読んでレビュー記事を書いた本

サクライ上級量子力学〈第1巻〉輻射と粒子:J.J.サクライ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f54547be0138322c412050725ce489c2

サクライ上級量子力学〈第2巻〉共変な摂動論:J.J.サクライ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ef07c6e9d17863ca8e6c48959925783e

場の量子論〈第1巻〉量子電磁力学:F.マンドル、G.ショー
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/08726ab931904f76d9c26ff56d219e53

場の量子論〈第2巻〉素粒子の相互作用:F.マンドル、G.ショー
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/95d908cd752af642964cbff7ea7f0301
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