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控えめにお祝い: 科学ブログのランキングで3冠達成

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ブログを始めて10年。3つのランキングサイトで1位になっていることに気がつきました。いずれも科学部門です。ブログ活動の記録として記事にしておくことにしました。

これも日ごろの皆様の応援の賜物だと思っています。読者の皆様には心からお礼申し上げます。

このブログは3つのランキング・サイトに登録しています。以下は本日午後8時の段階での順位と応援クリック数です。


にほんブログ村(科学のカテゴリー):1位 / 1824人中(上位0.05%)
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人気ブログランキング(科学のカテゴリー):1位 / 302人中(上位0.33%)
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総合部門のランキングだと次のようになります。

にほんブログ村:7511位 / 859900人中(上位0.87%):ランキングの推移
人気ブログランキング:4107位 / 1162128人中(上位0.35%)
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ランキングの投票クリックをこのようにたくさんいただいているのは、もちろん読者の皆様の応援によるわけですが、あと2つ理由があります。それは僕のブログは読書レビューの記事が多いため検索してもらいやすいこと、古い記事をいまでもお読みになっていただいていることです。

たとえば、昨日の人気記事の順位は次のようなものです。(画像クリックで拡大)




年月が経過しても継続して読んでいただける人気記事というのは、そうたびたび書けるわけではありませんが、日ごろから好奇心のアンテナを張りめぐらせておくことを忘れず、記事のための肥やしを欠かさずにいたいと思います。

これからも当ブログをよろしくお願いいたします。


あと記事タイトルに「控えめにお祝い」と書きました。それは次のようなわけです。

先日からの大雨で鬼怒川の堤防が決壊して多くの方が家や財産を失ってしまいました。命を落とされた方もいらっしゃいます。NHKも1日中、災害救助の報道を放送していますし、今現在も救助活動が行なわれています。

命を落とされた方、ご遺族の方には心よりお悔やみ申し上げるとともに、水害の被害にあわれた方にお見舞い申し上げます。


関連記事:

祝: とね日記はおかげさまで10周年!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6227a305e06bc794b4cd9dd2dcc87f8

祝: 累計200万アクセス達成!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06bfd029ecbd406627f4c1e9ffa7cf99

200冊の理数系書籍を読んで得られたこと
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1b92c958e54960246be16b564c6b8c8e

超弦理論に至る100冊の物理学、数学書籍
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d37fe65a84df23cca2af7ecebb83cfc6

高校生にお勧めする30冊の物理学、数学書籍
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f79ac08392742c60193081800ea718e7


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固体物理の基礎 下・2 固体の物性各論: アシュクロフト、マーミン

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固体物理の基礎 下・2 固体の物性各論: アシュクロフト、マーミン

内容紹介:
学部生にも大学院生にも使えるよう工夫され、内容の取捨選択がしやすく、種々の目的、異なる水準でもうまく使い分けられる。固体物理学の現象の記述と理論的解析による統一という著者の目標は完全に達成されている。本巻では固体が示す種々の興味ある性質が基礎理論の応用として詳述されている。まず均質な半導体および不均質な半導体の性質が論じられるが、これは固体エレクトロニクスの基礎をなすものである。ついで結晶格子の欠陥全般についての概説があり、続いて磁性体論が3章にわたって展開される。最後の超伝導体の章はこの難解な現象をわかり易く理解させてくれる他に類を見ない解説である。2008年刊行、274ページ。

著者について:
ニール・W・アシュクロフト(ウィキペディア経歴詳細
イギリスの物理学者(固体物理学)、1938年生。1958年ニュージーランド大学卒業。学位は1964年ケンブリッジ大学。シカゴ大学およびコーネル大学で博士研究員、1975年教授。1990年にHorace White Professor of Physics。2006年名誉教授。

デヴィッド・マーミン(ウィキペディアホームページ
コーネル大学名誉教授(物理学)。米国物理学会のリリエンフェルト賞および米国物理教育学会のクロプステッグ賞を受賞。米国科学アカデミー、米国芸術科学アカデミーの会員。この数十年の間に、量子論の基礎的な問題に関する多くの著作を執筆しており、科学の啓蒙に関する明瞭さと機知には定評がある。

訳者について:
松原武生(まつばらたけお)
1921-2014 昭和後期-平成時代の理論物理学者。
大正10年4月3日生まれ。北大教授をへて昭和30年京大教授となる。61年岡山理大教授。誘電体、超伝導、超流動などを研究。「温度グリーン関数」の概念を提案した。36年仁科記念賞。日本物理学会会長をつとめた。平成26年12月15日死去。93歳。大阪府出身。大阪帝大卒。著作に「超流動と超伝導」「固体物理学」など。

町田一成(まちだかずしげ)
1968年東京教育大学理学部卒業。1973年同上理学研究科博士課程修了。京都大学理学部助手、岡山大学理学部助教授、教授を経て、岡山大学大学院自然科学研究科教授。


理数系書籍のレビュー記事は本書で282冊目。

本書の第1巻は3月末に読み始めたのだが、ようやく第4巻を読了。1000ページを超える大著でも地道に進めばなんとかなるものだ。

第4巻は章ごとに違うテーマなので飽きることなく読める。それはまた本書でも言及されていることだが各テーマの記述が「概論」にとどまっており、詳しく学ぶためにはそれぞれ専門書を読んだほうがよいということになる。特にそれは磁性、超伝導の章についていえる。

効率だけを考えれば第3巻まで読んで、あとは専門書を読むべきだったと思ったのは後の祭りりだ。

日本語版は第4巻だけ現代の研究成果を取り入れて2008年に改訂されたわけだが、それでも古臭さが残っていると感じた。

章立ては次のとおりだ。

下・2:半導体、磁性体、超伝導体論

第28章:均質な半導体
第29章:不均質な半導体
第30章:結晶中の欠陥
第31章:反磁性と常磁性
第32章:電子相互作用と磁気的構造
第33章:磁気的秩序
第34章:超伝導
付録

半導体のバンド理論は電子工学系の本で学んだり「基礎の固体物理学: 斯波弘行」では16ページ」ほどの記述で学んでいたので基礎的なことは知っていた。しかし本書の記述は66ページにもおよび、十分詳しく学ぶことができる。

興味深く読めたのは第30章の「結晶中の欠陥」、第31章から第33章までの「磁性」や「磁気」を扱った章だった。

第34章の「超伝導」の章は僕にはわかりにくく、専門書を読んだほうがよいという印象だった。(本のせいではなく僕の理解度が追いついていないだけなのかもしれないが。)

本書で特に重要なキーワードを解説しているページと短い説明を書いておこう。

半導体:

電気電導性の良い金属などの導体(良導体)と電気抵抗率の大きい絶縁体の中間的な抵抗率をもつ物質を言う。代表的なものとしては元素半導体のシリコン(Si)などがある。半導体は、熱や光、磁場、電圧、電流、放射線などの影響でその電導性が顕著に変わるという特徴を持つが、これら特徴は固体のバンド理論によって説明される。

バンド理論:

結晶などの固体物質中に分布する電子の量子力学的なエネルギーレベルに関する理論を言う。1920年代後半にフェリックス・ブロッホ、ルドルフ・パイエルス、レオン・ブリリアンらによって確立された。ブロッホの定理によると、結晶中の電子の波動関数(結晶中の電子の電子状態)は、波数と呼ばれる量子数によって指定される。このことが、エネルギーと波数の関係式が原理的に書き下せることを保障している。

また、結晶構造に応じた並進対称性の影響から、エネルギーバンドの間にギャップ(バンドギャップ)が生じることがある。

絶縁体と半導体ではエネルギーバンドは価電子帯と伝導帯に分かれ、フェルミ準位はそれらの間のギャップの中に存在するが、金属では少なくとも一つのエネルギーバンドの中にフェルミ準位が存在する。逆に、このエネルギーバンドの特徴によって、物質を金属と絶縁体に分類することができる。

このような金属、絶縁体の分類の描像は20世紀の半ばには確立されていた。しかし単純なバンド理論では説明できない絶縁状態(モット絶縁体)も存在し、強相関電子系と呼ばれる分野で研究されている。

サイクロトロン共鳴:

荷電粒子は磁場中でサイクロトロン運動 (円運動) をするが,これと同じ振動数の電磁波を加えると共鳴して,電磁波のエネルギーを吸収する。この現象をサイクロトロン共鳴という。プラズマ中の電子やイオンの加熱に応用される。

p-n接合:

半導体中でp型の領域とn型の領域が接している部分を言う。整流性、エレクトロルミネセンス、光起電力効果などの現象を示すほか、接合部には電子や正孔の不足する空乏層が発生する。これらの性質がダイオードやトランジスタを始めとする各種の半導体素子で様々な形で応用されている。またショットキー接合の示す整流性も、p-n接合と原理的に良く似る。

ショットキー欠陥:

結晶中において、格子点イオンが結晶の外に出た後に空孔が残った欠陥のこと。アルカリハライド結晶(NaCl、RbI、CsI など)にて観察される。ショットキー欠陥の生成により、密度が変化するが、電気伝導性は増加しない。その名はヴァルター・ショットキーにちなむ。

ショットキー欠陥の欠陥密度の式表現は、熱力学で知られているボルツマン分布や、より正確には統計力学のフェルミ・ディラック分布で表現される。

フレンケル欠陥:

結晶中において、格子点イオンが、格子間に移りその後に空孔が残った欠陥のこと。塩化銀 (AgCl) や臭化銀(AgBr)などのイオン結晶にて観察されやすい。フレンケル欠陥は、熱振動が原因で発生しやすい。このフレンケル欠陥の生成は、密度に関しては変化はない。電気伝導性を増加させる。電気伝導性が増える理由は、格子欠陥の生成と同時に電子の励起や、正電荷に帯電した空孔を生成し、それらが電流のキャリアになるためである。「フレンケル欠陥」の名称の由来は、ロシアの科学者のヤコヴ・フレンケルにちなむ。

フレンケル欠陥の欠陥密度の式表現は、熱力学で知られているボルツマン分布や、より正確には統計力学のフェルミ・ディラック分布で表現される。

色中心:

イオン結晶中の点欠陥に、電子や正孔が捕捉されたある種の格子欠陥のこと。

特定の波長の光を吸収して色が着くため、このように呼ばれる。このうち盛んに研究されたのがF中心である。(Fはドイツ語で色を意味するFarbeに由来する。)

ポーラロン:

準粒子のひとつで、電子と、分極した電場からなる。電子が誘電体の結晶の中をゆっくり動くとき、結晶格子のイオンと相互作用しながら周辺領域の結晶格子に分極と変形をもたらし、そのような領域も電子とともに動く。その状態を粒子に見立ててポーラロンと呼ぶ。

ラーマー(ラーモア)反磁性:

反磁性のひとつであり、古典的には原子に磁場をかけたときに、電子がレンツの法則に従い原子核のまわりでラーモア運動とよばれるサイクロトロン運動をする(より正確には、元の軌道半径は変わらずに角周波数が増える)ことによって生じる反磁性である。1905年にポール・ランジュバンによって理論的に求められた。このような電子の運動はジョセフ・ラーモアにより研究されたため、ラーモア反磁性とよばれる。また、理論により求めたランジュバンより、ランジュバンの反磁性と呼ばれることもある。

ラーモア反磁性の大きさは、温度に依存しない。また、原子番号Zが大きい元素では反磁性が大きくなる。更に、電子の軌道半径に依存するため、かつては磁化率の値から原子の大きさを求めるために利用されていた。

フントの規則:

原子の最安定な電子配置に関する経験則である。フリードリッヒ・フントにより提案された。原子に限らず、イオンや分子においても成り立つことが多い。同じエネルギーの軌道が N 個あるとき、これに k 個の電子を配置する場合の数は 2NCk 通りある。フントの規則によれば、これらの電子配置のうちで、許される限りスピンを平行にして異なる軌道に電子を入れる配置が、最も安定な電子配置である。

同じエネルギーの軌道が複数ある場合、二個の電子は同じ軌道に入るよりも互いに異なる軌道に入ったほうが、それらの電子同士が接近して存在する確率が低くなり、クーロン力による位置エネルギーが小さくなる。互いに異なる軌道に入っている電子のスピンが反平行であるときよりも平行であるときの方が安定になることについては、フェルミ孔を考えることにより定性的には説明できる。

ファン・ブレック常磁性:

基底状態での磁気モーメントの期待値がゼロであるようなイオンに磁場をかけたとき、磁場に比例した磁化が誘起される。このためには励起状態間の磁気モーメントの行列要素がゼロでないことが必要である。結晶場中のイオンで、十項基底状態をもつものにおいてしばしばみられる。

キューリー則:

常磁性物質においては、 その物質の磁化は、(ほぼ)かけられた磁場に正比例する。しかし、もし物質が熱せられていると、この線形性は消失する: 一定の磁場については、磁化は(ほぼ)温度に反比例する。

この関係は1895年にピエール・キュリーにより(実験結果が想定されるモデルに適合するように調整されつつ)実験的に発見された。その後、ポール・ランジュバンが理論的に導出した(以下を参照)。そのため、キュリー・ランジュバンの法則とも呼ばれる。

この法則は高温または弱い磁場についてのみ成り立つ。以下で導く通り、低温または強磁場のような反対側の極限では磁化は飽和する。

なお、強磁性体や反強磁性体では、キュリーの法則を拡張したキュリー・ワイスの法則が(ほぼ)成り立っている。

断熱消磁:

極低温領域での冷却法の一つ。液体ヘリウムでの冷却では冷やせないさらに低温の冷却を行う。以下に断熱消磁の原理について説明する。

常磁性体は内部の電子のスピンがばらばらな方向を向いている。今、常磁性体を1K程に冷却したのち強い磁場をかける。極低温では、常磁性体でもほとんどの電子スピンの向きは磁場方向に向く。断熱したまま磁場を切ると電子スピンは再びばらばらな方向を向き、エントロピーが上昇する。断熱されているので、このエントロピーの上昇を補償する分だけ常磁性体の温度が下がり10^(-3)K程度まで冷却される。

パウリ常磁性:

自由電子系における常磁性の一種で、キュリー常磁性に比べ磁化率は小さく、温度変化も少ない。磁場をかけることで、磁場に平行なスピンを持つ電子の数が反平行なものより増加することで発生する。

金属中の自由電子はフェルミ縮退を起こしている。そのため古典統計力学で考えた場合と異なり、磁場をかけた場合に電子がそのスピン状態を変えようとしても、変わる先の状態がすでに占有されているのでスピン状態が変わることができない(パウリの原理)。よって磁性に影響するのはフェルミ面付近の電子だけになってしまい、磁化率は古典粒子として考えた場合よりもずっと小さい値になる。また同様の原理により、フェルミ縮退している物質では、フェルミ縮退をしなくなる温度であるフェルミ温度程度までは温度によらない磁化率を示す。

核磁気共鳴:

外部静磁場に置かれた原子核が固有の周波数の電磁波と相互作用する現象である。原子番号と質量数がともに偶数でない原子核は0でない核スピン量子数 I と磁気双極子モーメントを持ち、その原子は小さな磁石と見なすことができる。磁石に対して磁場をかけると磁石は磁場ベクトルの周りを一定の周波数で歳差運動する。原子核も同様に磁気双極子モーメントが歳差運動を行なう。この原子核の磁気双極子モーメントの歳差運動の周波数はラーモア周波数 (Larmor frequency) と呼ばれる。この原子核に対してラーモア周波数と同じ周波数で回転する回転磁場をかけると磁場と原子核の間に共鳴が起こる。この共鳴現象が核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance、略してNMR)と呼ばれる。

ハバード・モデル: https://staff.aist.go.jp/t-yanagisawa/activity/hubbard.html

固体中を動いている電子間には距離に反比例するクーロン相互作用が働いているが、バックグラウンド(すなわち原子核の)の正の 電荷により遮蔽されて、長距離相互作用が有効的に短距離相互作用になっていると考えらる。 電子は、原子内にある時は原子内電子間でクーロン相互作用をおよぼしあっている。これは、オンサイトのクーロン相互作用とよばれるものだ。 ハバードモデルはオンサイトのクーロン相互作用のみを考えたものである。1/rで長距離まで働くクーロン相互作用に比べて、オンサイトのクーロン相互作用の方が重要であろうと考えたもので、固体中の電子系を記述する基本的なモデルの一つ。

近藤効果: https://staff.aist.go.jp/t-yanagisawa/activity/kondoeffect.html

磁性を持った極微量な不純物(普通磁性のある鉄原子など)がある金属では、温度を下げていくとある温度以下で電気抵抗が上昇に転じる現象である。これは通常の金属の、温度を下げていくとその電気抵抗も減少していくという一般的な性質とは異なっている。現象そのものは電気抵抗極小現象とよばれ、1930年頃から知られていたが、その物理的機構は1964年に日本の近藤淳が初めて理論的に解明した。

ハイゼンベルク強磁性:

統計力学に登場するモデル(模型)の一つで、強磁性やその他の現象を説明するために用いられる。nベクトル模型の n = 3 の場合に相当する。

平均場理論:

平均場近似は多体系を扱う場合、その多体の相互作用をまともに解くことが通常非常に困難であることから、多体の効果をある平均的なもの(平均場)とみなす近似である。そして、これを解くためのセルフコンシステント(自己無撞着)な方程式を導き出し、これを解くことにより求めるべき解が得られる。

強磁性に関するワイス理論(1907年)が、この近似(これは分子場近似と言われた)が使われた最も初期のもの。その後、平均場近似(分子場近似)を用いたものとして、ブラッグ‐ウィリアムス近似(二元合金の規則・不規則問題)、ハートリー近似(ハートリー‐フォック近似)などがある。バンド計算での一電子近似も平均場近似の一つである。

マイスナー効果:

超伝導体が持つ性質の1つであり、遮蔽電流(永久電流)の磁場が外部磁場に重なり合って超伝導体内部の正味の磁束密度をゼロにする現象である。マイスナー―オクセンフェルト効果(Meissner-Ochsenfeld effect)、あるいは完全反磁性(Perfect diamagnetism、Superdiamagnetism)とも呼ばれる。

外部磁場がない状態で超伝導物質を冷却し、超伝導状態になってから外部磁場を加え始めると、磁場は超伝導体の内部に侵入しない。これはマイスナー効果というものを考えなくても、電磁誘導の法則だけで説明できる。すなわち、超伝導体は電気抵抗がゼロであるから、外部磁場をかけた瞬間に誘導電流が発生して、その誘導電流がつくる磁場が外部磁場を打ち消すというものである。

しかし実際には、先に外部磁場をかけて物質内部に磁場がある状態にしてから、物質を冷却して超伝導状態にすると、超伝導状態になったとたんに磁場が物質外部に押し出される。この現象は電磁誘導の法則では説明できない。従ってマイスナー効果は、完全導電性(ゼロ抵抗)とは別の、超伝導体に固有の性質の1つである。

臨界磁場:

超伝導状態を破壊してしまう磁場の値のこと。外部からの磁場が臨界磁場より強くなければ、超伝導体はマイスナー効果により磁場を排除するが、磁場が臨界磁場を超えると超伝導状態ではなくなってしまう。磁場の反応の違いから超伝導体には第一種超伝導体と第二種超伝導体の二種類がある。第二種超伝導体はHc1とHc2の2つの臨界磁場を持つ。

臨界磁場は1913年にヘイケ・カメルリング・オネスによって発見された。彼は鉛(Pb、転移温度7.2K(ケルビン))線をコイル状に巻いて電磁石を作り、強力な磁場を発生させようと試みた。鉛合金線を長さ1cm、直径8mmの管に千回巻いてコイルにし、転移温度まで下げて電流を流したところ、0.8A(アンペア)以上の電流を流せなかった。それ以上の電流を流すと、超伝導状態が壊れてしまったからである。これにより、鉛コイルが作り出した磁場により超伝導状態が壊れたのだと考えられ、その磁場の値を臨界磁場とした。

ロンドン方程式:

超伝導の特徴の1つであるマイスナー効果に対して現象論的な解釈を与える方程式のことである。

ロンドン兄弟(フリッツ・ロンドンとハインツ・ロンドン)によって導きだされたのでロンドン方程式という。この方程式で使うλ(ラムダ)をロンドンの侵入長(しんにゅうちょう、London penetration depth)という。

BCS理論:

1911年の超伝導現象発見以来、初めてこの現象を微視的に解明した理論。1957年に米国、イリノイ大学のジョン・バーディーン、レオン・クーパー、ジョン・ロバート・シュリーファーの三人によって提唱された。三人の名前の頭文字からBCSと付けられた。この理論によると超伝導転移温度や比熱などが、式により表される。三人はこの業績により1972年のノーベル物理学賞を受賞した。

ギンツブルグ・ランダウ理論:

1950年にロシアで発表された超伝導を説明する現象論で、ランダウの相転移の理論と平均場理論を基にしている。Ψで表される秩序(オーダー)パラメータと呼ばれる超伝導の秩序の程度を表すパラメータを用いたのが特徴で、ベクトルポテンシャルAによるギンツブルグ-ランダウ方程式で表される。  この理論では、系のヘルムホルツの自由エネルギーについて、変分法によってその平衡状態を求めたとき、或る温度以下では電子対凝縮が起きた状態の方がエネルギーが低いことが示された。すなわち個々の電子として存在するよりも、もうひとつの電子と対を成す方がより安定である事を示した。この電子対は7年後に提唱されたBCS理論におけるクーパー対に相当する。またこの方程式から得られるパラメーターの比から第一種・第二種超伝導体の区別を与える。 この理論によって、それまでの現象論であるロンドン理論の不足が補われた。ギンツブルグは本業績により2003年ノーベル物理学賞を受賞。ミクロ理論は、J.バーディーンらによるBCS理論(1957)。

磁束の量子化:

リング状の超伝導体を考えたとき、超伝導体そのものはマイスナー効果により内部に磁束が入ることは出来ないが、リングの穴の部分を通ることは可能である。

超伝導リングを通ることができる磁束の量が離散的な値になることを「磁束の量子化」と呼び、その最小単位を磁束量子と呼ぶ。 超伝導を特徴づける重要な特性の一つに挙げられる。 リング状でなくとも、例えば第二種超伝導体の内部へ侵入した磁束は、量子化された磁束量子となる。

量子化した磁束は、1961年にディーバー、フェアバンクら、及びドール、ネーバーらによって独立に観察された。

ジョセフソン効果:

弱く結合した2つの超伝導体の間に、超伝導電子対のトンネル効果によって超伝導電流が流れる現象である。1962年に、当時ケンブリッジ大学の大学院生だったブライアン・ジョセフソンによって理論的に導かれ、ベル研究所のアンダーソンとローウェルによって実験的に検証された。1973年、ブライアン・ジョセフソンは江崎玲於奈らと共にジョゼフソン効果の研究によりノーベル物理学賞を受賞した。波動関数の位相というミクロな量をマクロに観測できるという点で、超伝導の特徴を最も端的に示す現象と言うことができる。超伝導量子干渉計(SQUID)のようなジョセフソン効果による量子力学回路の重要な実用例もある。

弱結合の種類としては、トンネル接合、サブミクロンサイズのブリッジ、ポイントコンタクト等がある。また、トンネル障壁としては厚さ2 nm程度の絶縁体、厚さ10 nm程度の常伝導金属あるいは半導体等が使われる。弱結合を介して流れる超伝導電流をジョセフソン電流、ジョセフソン効果を示すトンネル接合をジョセフソン接合と呼ぶ。電子デバイスとして扱われる場合はジョセフソン素子と呼ばれる。


以下、本書に掲載されている図版を載せておこう。






















この教科書で学んでみようという方は、こちらからどうぞ。

固体物理の基礎 上・1 固体電子論概論: アシュクロフト、マーミン」- 1981(紹介記事
固体物理の基礎 上・2 固体のバンド理論: アシュクロフト、マーミン」- 1981(紹介記事
固体物理の基礎 下・1 固体フォノンの諸問題: アシュクロフト、マーミン」- 1981(紹介記事
固体物理の基礎 下・2 固体の物性各論: アシュクロフト、マーミン」- 2008

   


翻訳のもとになった英語版はこの本だ。1976年刊行。

Solid State Physics 1e: Neil W. Ashcroft, N.David Mermin」(ハードカバー)(ペーパーバック




関連ページ: ネットで学びたい方はこちらからどうぞ。

目で見て操作する「分子の世界」-そのミクロ構造と物性-
http://rikanet2.jst.go.jp/contents/cp0200a/start.html

物性物理学(筑波大学物理学系 小野田雅重先生のページ)
http://www.px.tsukuba.ac.jp/~onoda/cmp/cmp.html

ときわ台学:物質・材料の掟 (公開版)
http://www.f-denshi.com/000okite/000matrl.html

磁石の不思議
http://www.ne.jp/asahi/shiga/home/Lecture/magnet.htm

強磁性体の性質
http://www.ne.jp/asahi/shiga/home/Lecture/ferromagnet.htm

金属の塑性変形と格子欠陥(転位)
http://ms-laboratory.jp/zai/part2/part2.htm

超伝導 --- マクロな量子現象
http://www.kh.phys.waseda.ac.jp/superconductivity@.html

超伝導の基礎
http://moniko.s26.xrea.com/cyoudendou_kiso.htm


関連記事:

固体物理の基礎 上・1 固体電子論概論: アシュクロフト、マーミン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/af3b66dbda3564a4c49f5d7f722ad777

固体物理の基礎 上・2 固体のバンド理論: アシュクロフト、マーミン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8c12399f0dd9b78de128a9793502c3f3

固体物理の基礎 下・1 固体フォノンの諸問題: アシュクロフト、マーミン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a60d3f080472a8472c462a02484743da

物性物理30講(物理学30講シリーズ):戸田盛和
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/00d399f545bc69dfa213015f153a312a

基礎の固体物理学: 斯波弘行
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d2287a9fdbc66eac443fe0888d835602

分子軌道法: 物理学と化学の境界
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/adb9c9e55a1ea2f1883b2a4bfced8f93


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固体物理の基礎 下・1 固体フォノンの諸問題: アシュクロフト、マーミン



下・2:半導体、磁性体、超伝導体論

第28章:均質な半導体
- 半導体の一般的な性質
- 半導体のバンド構造の例
- サイクロトロン共鳴
- 熱平衡におけるキャリアー統計
- 真正半導体と外来性半導体
- 熱平衡における不純物準位の統計
- 不純物半導体の熱平衡状態のキャリアー密度
- 不純物バンド伝導
- 非縮退半導体中の輸送現象

第29章:不均質な半導体
- 不均質な固体の半古典的取り扱い
- 平衡状態にあるp-n接合中の電場とキャリアー密度
- p-n接合による整流作用の初等的描像
- 移動および拡散の流れ
- 衝突時間と再結合時間
- 非平衡状態にあるp-n接合における電場、キャリアー密度および電流

第30章:結晶中の欠陥
- 結晶内の欠陥
- ショットキー欠陥とフレンケル欠陥
- 焼鈍
- イオン結晶の電気伝導度
- 色中心
- ポーラロンと励起子
- 転移
- 結晶の強度
- 積層欠陥と粒界


第31章:反磁性と常磁性
- 磁場と固体との相互作用
- ラーマー反磁性
- フントの規則
- ファン・ブレック常磁性
- 自由イオンのキューリー則
- 断熱消磁
- パウリ常磁性
- 伝導電子の反磁性
- 核磁気共鳴、ナイト・シフト
- ドープした半導体の電子反磁性

第32章:電子相互作用と磁気的構造
- 磁気的相互作用の静電的原因
- 2電子系の磁気的性質
- 独立電子近似の破綻
- スピン・ハミルトニアン
- 直接、超、間接、および遍歴交換相互作用
- ハバード・モデル
- 合金の局在モーメント
- 抵抗極小の近藤理論

第33章:磁気的秩序
- 磁気的構造の種類
- 磁気的構造の観測
- 磁気的秩序の出現温度での熱力学的性質
- ハイゼンベルグ強磁性と反強磁性体の基底状態
- 低温の性質:スピン波
- 高温の性質、キューリー法則の補正
- 臨界点の解析
- 平均場理論
- 双極子相互作用の効果、磁区、反磁場係数

第34章:超伝導
- 臨界温度
- 永久電流
- 熱電気効果
- マイスナー効果
- 臨界磁場
- 比熱
- エネルギー・ギャップ
- ロンドン方程式
- BCS理論の構造
- BCS理論の予測
- ギンツブルグ・ランダウ理論
- 磁束の量子化
- ジョセフソン効果

付録P:ランデのg因子の計算

その他の巻の章立て

上・1:固体電子論概論

第1章:金属のドゥルーデ(Drude)理論
第2章:金属のゾンマーフェルト理論
第3章:自由電子モデルの破綻
第4章:結晶格子
第5章:逆格子
第6章:X線回折による結晶構造の決定
第7章:ブラベー格子の分類と結晶構造の分類
第8章:周期ポテンシャル中の電子状態、一般的性質
第9章:弱い周期ポテンシャルの中の電子
第10章:強く束縛された方法
付録

上・2:固体のバンド理論

第11章:バンド構造を計算する他の方法
第12章:電子の動力学の半古典的モデル
第13章:金属伝導の半古典的理論
第14章:フェルミ面の測定
第15章:いくつかの金属のバンド構造
第16章:緩和時間近似を越えた近似
第17章:独立電子近似を越えた近似
第18章:表面効果
付録

下・1:固体フォノンの諸問題

第19章:固体の分類
第20章:凝集エネルギー
第21章:静止格子模型の破綻
第22章:調和結晶の古典論
第23章:調和結晶の量子論
第24章:フォノン分散関係の測定
第25章:結晶の非調和効果
第26章:金属中のフォノン
第27章:絶縁体の誘電的性質
付録

無料で読めるラプラスの『天体力学』のフランス語版と英語版

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ラプラスの『天体力学』のフランス語版(原書)と英語版を無料で読めるページを見つけたので紹介しておこう。オンラインで読めるほか各種ファイル形式でダウンロードできる。

原書フランス語の書籍は、次のリンクから無料で読める。

第1巻 第2巻 第3巻 第4巻 第5巻

英語版は第4巻までが無料で読める。(残念ながら第5巻は見つからなかった。)

第1巻 第2巻 第3巻 第4巻


原書(クリックで拡大)



日本語への翻訳は2013年の5月に完了して発売されている。

全5巻完結!:ラプラスの天体力学論(日本語版)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a720b0cfb775d00625763f87a56b2414


原本著者のピエール=シモン・ラプラスはフランスを代表する数学者の一人だ。

ピエール=シモン・ラプラス:ウィキペディアの記事
(Pierre-Simon Laplace, 1749年3月23日 - 1827年3月5日)はフランスの数学者。「天体力学概論」(traite intitule Mecanique Celeste)と「確率論の解析理論」や「確率の哲学的試論」という名著を残した。77歳没。ラプラス変換の発見者。決定論者としても知られる。これから起きるすべての現象は、これまでに起きたことに起因すると考えた。ある特定の時間の宇宙のすべての粒子の運動状態が分かれば、これから起きるすべての現象はあらかじめ計算できるという考え方である(ラプラスの悪魔)。



本書はニュートン以来のすべての重要な業績を概説し、さらに多くの新しいアイデアと結果を含んでいる。「天体力学」という言葉を初めて用いたのはラプラスである。

ラプラスは本書をナポレオン皇帝に献呈した。ナポレオンはラプラスに対して、 「お前の書いた本は不朽の大著作だと評判が高いが、神のことがどこにも出て来ないじゃないか」とからかうと「陛下、私には神という仮説は無用なのです」と言ったというのは有名な話。(ナポレオンはラプラスより20歳年下である。)

書名は「天体力学」であってもその内容は惑星や衛星の軌道計算、惑星大気や海洋の流潮汐理論(流体力学)、地熱の計算など広い範囲をカバーし「天体物理学」と呼ぶにふさわしい。

ラプラスが生まれたのはニュートンの死から22年後、ラプラスの天体力学論第1巻が出版されたのはニュートンのプリンキピア第3版が出版されてから73年後、ラプラスが50歳のときである。

ラプラスの『天体力学』は5巻16編からなり、1799年から1825年にわたって出版された大著である。(第5巻を出版したのはラプラスが75歳、亡くなる2年前のことで、ナポレオンの死後4年たっている。)

第1巻では、ニュートンやケプラーの運動法則を解析的に説明する。第2巻では2次曲面をもった均質な楕円体の引力の問題から、有名なラプラスの2階偏微分方程式を発見し、また、海の潮汐の解析と実測との比較の結果も報告する。第3巻では、惑星が不規則運動をする原因として、太陽の扁平率や惑星の軌道の離心率や傾斜角などを挙げ、また、惑星の運動の解析と実測から、エーテルの存在を否定している。第4巻では、衛星の不規則運動の原因のほかに、液体の毛管作用についての解析結果と実測結果の比較を報告する。第5巻では音の速度式のほかに、流体や水蒸気の運動方程式を提案している。

各巻目次

第1巻
第1編:釣り合いと運動の一般法則
第2編:万有引力と天体の重心の運動とに関する法則について

第2巻
第3編:天体の形状について
第4編:海と大気の振動について
第5編:天体の、それらの重心の周りの運動

第3巻
第6編:惑星の運動の理論
第7編:月の理論

第4巻
第8編:木星、土星および天王星の衛星の理論
第9編:彗星の理論
第10編:宇宙系に関する諸点について

第5巻
第11編:地球の形状と自転について
第12編:球の引力と斥力、および、弾性流体の釣り合いと運動法則について
第13編:惑星を覆っている流体の振動について
第14編:天体の、自分の重心の周りの運動
第15編:惑星と彗星の運動について
第16編:衛星の運動について


余談: 高校生のみなさんには理解できなくても、少しだけ本書のページを見てほしい。みなさんが学校で学んでいる三角関数や微分積分が大活躍しているのがわかると思う。微分積分の記号やsin, cos, tanのように三角関数が使われだしたのは17世紀で、18世紀頃までには定着した。指数関数と三角関数の間の関係をあらわした「オイラーの公式」が発表されたのは1748年(ラプラスが生まれる1年前)だ。つまり現在の高校3年までに学ぶ数学は18世紀中ごろには完成していたのである。
江戸時代中ごろ、伊能忠敬が生まれたころのことだ。


関連記事:

全5巻完結!:ラプラスの天体力学論(日本語版)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a720b0cfb775d00625763f87a56b2414

日本語版「プリンキピア」が背負った不幸
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bff5ce90fca6b8b13d263d0ce6fc134e


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購入報告:少数例のまとめ方(1964年):増山元三郎

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少数例のまとめ方:増山元三郎

僕が大学1年のときに必須教科だった「数理統計学」を担当されていた増山元三郎先生による教科書だ。学生時代に使っていた教科書は紛失していたので、中古で手ごろな価格のものが見つかったこともあり購入した。

増山先生は1970~88年に東京理科大学教授をされていた。1912年生まれなので先生が58歳から76歳の頃である。僕は1987年に卒業したので定年退官直前の先生に教えていただいたことになる。増山先生のご経歴は「ウィキペディアの記事」をお読みいただきたい。まったく凄い人物だったことがおわかりいただけるだろう。学生時代は数学専攻だったわけではなく東大の物理学科卒である。

購入したのは1964年初版の2分冊のもの。第1分冊は1978年の第8刷(増補改訂第1刷)で310ページ、第2分冊は1980年の第9刷(増補改訂第2刷)で428ページある。



教科書としては医療統計学寄り、ご自身が確立に貢献された推測統計学を含めた専門的な本で「東京大学出版会の統計学シリーズ3冊」よりもはるかにレベルが高い。それは後に載せておく目次を見てもおわかりだろう。

「少数例のまとめ方」の1953年版はPDFで無料公開されている。これはまだ2巻構成になっていず、1964年版の第2分冊に対応している(僕が学生時代に購入した教科書も分冊になっていない1976年版である。)

「少数例のまとめ方(1953)」
http://ebsa.ism.ac.jp/ebooks/ebook/176


つまりこの教科書は高校数学、受験数学を終えたばかりの(そして世間を知らない)学生には読めるはずがない。先生には申し訳ないが統計学は僕の苦手教科になり、4年生の夏には就職が決まっていた状況で卒業できるかどうかを左右する運命を決める教科になっていた。ただし定期試験はごく一般的な問題だったので、先生の教科書ではなく普通の教科書や演習書で勉強してから試験に臨めばよかったと30年たった今頃になって気が付いたのは後の祭りだ。

今でもお付き合いしている同級生のI君は理科大を卒業してからスタンフォード大学で統計学を専攻した。卒業後も増山先生にはずいぶんお世話になったそうである。理科大の数学科(正確には応用数学科)の学生は当時120人ほどいて氏名の50音順にAクラスとBクラスに分かれていた。先日I君に聞いたところ彼のいたAクラスでは他の先生が統計学を担当していたので増山先生の教科書は使っていなかったという。難しいこの教科書を使っていたのは僕がいたBクラスだけだったそうだ。これもつい最近知った事実。


増山先生は2005年の夏に92歳で逝去された。葬儀で息子さんの増山明夫先生が配布した「増山元三郎伝説集」という冊子が以下に公開されている。増山元三郎先生の生い立ちから晩年まで。ご専門の事柄だけでなく、語学に堪能であったことも書かれている。このページによると7か国語で講義をすることができたそうだ。正義感が強く反骨精神にあふれたお人柄が偲ばれる。僕にとってはとても厳しい老教授で、学生だった当時は先生の生い立ちなど知るよしもなかったので、このページを読んであらためて自分の無学浅学を反省するきっかけにさせていただいた。

増山元三郎伝説集
http://www.i-younet.ne.jp/~masuyamaakio/0/mo.html

増山元三郎さんを悼む(ありがままの自分日記):木田盈四郎先生のブログ
http://kida.way-nifty.com/blog/2005/08/post_027e.html


増山先生の功績のうち忘れてはならないのは「サリドマイド事件」の裁判に統計学者の立場から多大な貢献をして、薬と薬害の因果関係があることを証明したことだ。理科大で教鞭をとられるようになって間もない頃のことである。

この薬害事件については今年の2月にNHKから「薬禍の歳月~サリドマイド事件・50年~」としてアンコール放送されたので記憶している方もいることだろう。またこの事件の裁判は「地獄の日本兵」の著者である飯田進さんが団長として原告団を率いていた。この薬のために世界中で奇形児が生まれているという事実がTBSによってスクープされ、朝日新聞からも報道された。被害者の親たちは駅前に立ち、ビラを配って事件のことを社会に訴え、この裁判への賛同を求めたのである。

当時の日本にはまだ障がい者福祉の考え方はほとんど浸透していず、たとえば車椅子障がい者は家に引きこもった状態の人がほとんどだったそうだ。サリドマイド被害者の親たちが行った街頭でのビラ配りの様子はテレビや新聞で報道され、全国で障がい者に対する福祉の必要性が認識されるようになったそうだ。

「あ、そうか!障がい者も自由に外出できるのが社会の当たり前のあり方なのか。」

と多くの人が気付いたのである。サリドマイド事件や裁判の報道をきっかけにして全国に障がい者支援団体、福祉団体が生まれていった。たとえば乙武洋匡さんをはじめとする車椅子障がい者が大学に行けるようになったのも、その源に1960年~70年代に始まったこのような市民活動があったからである。

サリドマイド裁判についてはウィキペディアの記事や以下のページで概要をお読みいただけるほか、裁判の全記録がKindle書籍として(低価格で)販売されていることをこのブログ記事を書くにあたって知った。

サリドマイド事件の概要/被害の実態: 解説ページ

サリドマイド事件: 詳細解説と裁判全記録の電子書籍へのリンク Kindle版購入ページ

また増山先生は「サリドマイド―科学者の証言(1971)」という本の編者でもある。この本には増山先生が1988年に退官された後、理科大工学部で1992年から2007年まで統計学(統計科学)を教えた吉村功先生がお書きになった文章も掲載されている。当時は名古屋大学の助教授だった吉村先生は被告である大日本製薬(株)から得られたデータのみを駆使して、それらの数値が持つ意味、あるいは数値の中に潜む歪み等を徹底的に分析された。そしてその結果、同じデータを使って行われた大日本製薬(株)や一部の学者の主張は間違いであることを証明したのである。吉村先生は定年退官後の2009年に「医学・薬学・健康の統計学―理論の実用に向けて」を出版されている。

サリドマイド―科学者の証言(1971)(内容): Amazonでこの本を確認する 

Amazonで増山先生の著書をすべて検索

余談:僕が卒業した年には「コンピュータの部品になりたくない学生諸君へ」という本もお書きになっていたようだ。


サリドマイド裁判では被告側(厚生省と大日本製薬)は自己に都合のよい統計データを提出していたそうなので、増山先生のご尽力がなかったら原告側敗訴になっていたはずだ。

日本での被害者は309人。母親が薬を投与された期間や回数、分量はそれぞれ違うから、統計学的に因果関係を証明するのは非常に困難な人数だ。この記述によると検証に利用できたデータは100人分に満たない数であったことがわかる。増山先生の教科書の題名の「少数例の~」はそのように標本数の小さい状況でも使える方法を解説した本だという意味が込められている。原発の放射線と癌の発生との間の因果関係を知る上でも本書の価値は今でもじゅうぶんあるのだと僕は思っている。

コンピュータが処理能力の向上させたことやモバイル端末の普及で、とかくビッグデータの統計処理ばかりクローズアップされる昨今であるが、今後おきるかもしれない薬害訴訟、公害訴訟、放射線関連訴訟を思うとき、「少数例による検証」は統計学の本領が活かされるもうひとつの要であることを忘れてはならないと思うのだ。

それは上で紹介させていただいた「増山元三郎さんを悼む」という木田先生のブログ記事によると、増山先生は「精度の良い事例を集めれば、極めて僅かの対象の研究だけで、全体の支配法則を知ることができる」の大切さを述べたが、その考えは、EBM(vidence based medicin、証拠にもとずく医学)に繋がるのだという文からもわかる。


原告団を率いていた飯田進さんに僕は昨年11月にお会いすることができた。飯田さんはもちろん増山先生のことをご存知である。数学のことはあまりご存知ないと思ったので、裁判でご尽力いただいた増山先生のご専門のあらましと僕自身が学生時代に増山先生から4年間もご指導いただいたこと(つまり3回落第してしまったこと)を報告させていただいた。


本は読まなければただの紙。本書は表紙を眺めているだけで自分の無学浅学を反省する材料にはなるかもしれないが。しかし先生からいただいたご恩に報いるために、普通の統計学の教科書を読んでから本書に挑戦したいと思っている。


関連記事:

無料で学べる統計学入門サイトのリンク集
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bbc07d148199e963ac8a7ec60de2e7e1

悩めるみんなの統計学入門:中西達夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/da51039e6f55f5d55bdd7b700f761584

高校数学でわかる統計学:竹内淳
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ba393f6500440b20dd06c66dc2b800aa


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少数例のまとめ方:増山元三郎



少数例のまとめ方1


数値表および雑誌一覧表

演習編

基礎
- 連続分布からの確率抽出法
- 積率の累積和による計算法
- 有限母集団からの抽出と、少数例での母平均、母標準偏差の推定法
- ヒストグラムのある大標本での分位点の求め方
- 母平均を分位数を用いて推定すること

分布の型
- 正規分布のあてはめ
- 対数正規分布のあてはめ、その1
- 対数正規分布のあてはめ、その2
- 対数正規分布のあてはめ、その3
- 対数正規分布のあてはめ、その4
- 対数正規分布のあてはめ、その5
- ガンマ分布のあてはめ
- 指数分布のあてはめ
- 適合度の検定
- 母出現率の一様性、その1
- 二項分布のあてはめ
- ポワソン分布のあてはめ、その1
- ポワソン分布のあてはめ、その2
- 負の二項分布のあてはめ
- 二峰性の検定
- 混合比の推定

正規分布 - 平均
- 標本平均の求め方
- 不偏分散の求め方
- 母分散未知の場合の母平均の信頼限界
- 母分散未知の場合の母平均と規準値との比較(片側検定)
- 母分散は未知だが共通の場合の二つの母平均の差の検定(両側検定)
- 母分散は未知だが共通の場合の平均値の差の信頼限界
- 母分散は未知で異なる場合の二つの母平均の差の検定(両側検定)
- 母分散が異なる場合、標本平均の母分散を推定する方法
- 正規型棄却検定(母分散未知)
- 一元配置法、その1
- 母平均の差の検出力(片側検定)
- 二つの母平均の差の検定、簡便法
- 丸めの誤差
- 分布関数の差の検定(分布型によらないもの)
- 母平均の差の検出力(両側検定)
- 実験の大きさの定め方

正規分布 - 分散
- 母分散と規準値との比較(両側検定)
- 自由度の大きいときのFの値
- 母分散の信頼限界
- 二つの母分散の比の検定(片側検定)
- 二つの母分散の比の検定(両側検定)
- 分散比の信頼限界
- 母分散の一様性の検定、その1
- 母分散の一様性の検定、その2(簡便法)
- 母分散の一様性の検定、その3
- 分散の合成
- 線型計画

正規分布 - 回帰
- 一次回帰での係数の点推定
- 一次回帰での係数の区間推定

- 係数間に制約条件のある一次回帰
- 一次式での回帰係数の検出力
- 実験公式の求め方、その1
- 実験公式の求め方、その2
- 回帰係数の一様性
- 各点での反復階数の等しくない場合の多項式のあてはめ
- 回帰係数の誤差項からの推定
- 順位の計量化

正規分布 - 実験配置
- 一元配置法、その2
- 一元配置法での検出力
- 最大母平均の選出
- 二元配置法
- 加法性の検討
- 欠測値の推定
- 多元配置法
- 分割法
- 一部実施法

正規分布 - 相関
- 相関係数 ρ=0 の検定
- 相関係数の信頼限界
- 二つの母相関係数の比較
- 偏相関係数

標本抽出の設計(連続型)
- 逐次検定、その1
- 地点抽出

二項分布
- 母出現率と規準値との比較、その1
- 母出現率の一様性、その2
- 両平方方眼紙
- 母出現率と規準値との比較、その2
- 母出現率の信頼限界
- 標本の大きさの定め方
- 二つの母出現率の比較、その1
- 二つの母出現率の比較、その2
- 出現率の検出力
- 最尤推定
- 出現数での二元配置法
- 出現数での多元配置法
- 符号検定
- 検定結果の併合
- 出現率の差の併合検定
- 出現数の傾向線
- 出現率の傾向線
- 同じ個体での応答の変更、その1
- 同じ個体での応答の変更、その2
- 出現数の対称性
- 尤度比検定
- 逐次検定、その2
- 有限母集団の大きさの推定、その1
- 有限母集団の大きさの推定、その2

ポワソン分布
- 母出現数の一様性
- 母出現数の信頼限界
- 小出現率の比の推定

分布の型によらない手法
- 順位相関
- 順位の一致性
- 順位での不完備型配置
- 水平の連、上下の連

生物学的検定
- 数値積分法
- 確率近似法
- 上げ下げ法
- 稀釈法


少数例のまとめ方2

講義編

第1章:序論
- 統計
- 母集団
- 標識化
- 等質化
- 数量化
- 母集団の構成状態
- 母数
- 確率化
- 推計的母集団

第2章:母数
- 集合算
- 測度
- 母集団全体での平均
- 母積率
- 積率母関数
- 特性関数
- 中心極限定理
- 回帰と相関
- 平均復帰時間

第3章:統計的決定方式
- 損失関数、残念関数
- 混合方略
- ベイズ方略
- 卓越性、許容性、完全類
- 統計的決定関数
- ベイズ方式
- 最尤方式
- 十分統計量
- 分解定理
- 最小十分統計量

第4章:母数推定論
- 母数推定
- 一致性
- 不偏性、完備性
- 不変性
- 有効性
- 情報不等式、指数族
- 最尤解
- BAN推定量
- 最良不偏推定量

第5章:仮説検定論
- 仮説検定
- 単純仮説
- 最強力検定
- 棄却域の大きさ
- 複合仮説
- 検定方式のよさ
- 一様最強力検定
- 尤度比検定
- 逐次検定

第6章:分布の型
- 正規分布 N(μ,ρ^2)
- ガンマ分布 G(a,p)
- 指数分布 G(a,1)
- カイ2乗分布
- 非心カイ2乗分布
- ベータ分布 Be(a,b)
- t-分布
- 非心t-分布
- F-分布
- 非心F-分布
- 順序統計量の分布
- 超幾何分布
- 二項分布 M(n;p,q)
- ポワソン分布 Po(μ)
- 負の二項分布
- 超幾何待時間分布
- 二項待時間分布
- 対数分布
- 多変正規分布 N(m,n)
- 多項分布 M(n;p1,p2,p3,...,pk)
- 負の多項分布

第7章:回帰
- 一変数の一次式
- 二変量間の一次式
- 最小二乗法
- 直交多項式
- 必ずしも線型独立でない多変数の一次式
- 実験配置のよさ
- 交互作用

第8章:特殊な問題
- 平方距離
- 線型判別関数
- 因子分析、重心法
- 主要成分
- 母平均に関する多重判定
- 有限母集団からの抽出
- 幾何学的調査法
- 重層法の基礎方程式

付録
- 付表1:正規分布の表
- 付表2:カイ2乗分布の表
- 非心カイ2乗分布の表
- 非心F-分布の表
- スチューデント化された範囲 q の分布の表(上側)
- n log n の表(logは自然対数)
- 正規確率紙
- 対数正規確率紙

補講1

補講2
- 生化学的個体差

補表

索引

超弦理論と観測宇宙(朝日カルチャーセンター)

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林正彦先生(左)と大栗博司先生(右)
(朝日カルチャーセンターのHPから引用)

昨日の土曜日は朝日カルチャーセンター新宿教室で宇宙論、宇宙物理学の講座を聴講してきた。

超弦理論と観測宇宙
https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/327658a9-4e9a-909e-3640-5541e5b00c00

講師:
国立天文台台長 林正彦先生
カリフォルニア工科大学 理論物理学研究所長 大栗博司先生

講座内容:
一般相対論と量子力学を統合する統一理論の最有力候補とされている超弦理論。超弦理論は、宇宙の始まりやブラックホールの謎の解明に応用できるのか。それは観測と一致するのか。観測と理論の最新の知見をもとに、究極の宇宙像を語り合います。

タイムテーブル:
13:00-13:50 人類が見た宇宙:国立天文台台長 林正彦先生
13:50-14:40 超弦理論と宇宙:カリフォルニア工科大学理論物理学研究所所長 大栗博司先生
=休憩=
15:00-17:00 超弦理論と観測宇宙 林正彦先生・大栗博司先生


天文学と理論物理学を代表する超一流のお二人による講座だけあって、講座の予約は早い段階で満席となっていた。場所はいつもの71番教室。3年前にこの教室で物理学の講座を受講するようになってから何度足を運んだことだろう。朝日カルチャーセンターの講座を通じて仲間もでき、講座の後はオフ会をするのも恒例行事になっている。今回参加した「朝日カルチャー仲間」は僕を含めて8人だった。

今回の講座は「宇宙全体」を観測と理論の両面から取り上げるという文字通りスケールの大きい話。天文学と物理学という2つの学問領域からビッグなお二人からお話を聞けるという贅沢極まりない機会だ。そして普段はそれほど密な関わりのない(と僕には思われる)両先生の対談を僕は特に楽しみにしていた。

朝日カルチャーセンターのスタッフによる先生方の紹介の後、講義が始まった。


人類が見た宇宙:国立天文台台長 林正彦先生



林先生がご登壇。まず意外に思ったのは先生がとてもお若いことだった。国立天文台長というと僕は初代の古在由秀先生や2代目の小平桂一先生のような年配の方というイメージを持っていたので、はつらつとお話を始めた林先生にちょっとびっくり。なんだか自分と同世代の感じがして不思議な気分。「日本の天文学者の系図」というページで見ると林先生は1959年生まれだそうなので3歳年上だということを後で知った。国立天文台長に就任されたのが2012年だから53歳で日本の天文学界のトップになられたわけだ。うーむ、お若い。。。きっと昔は「天文少年」だったのだという印象を持った。

林先生がご用意されたスライドは35枚。僕は中学生の頃から天文少年で、高校時代には小平桂一先生がドイツ語から日本語に翻訳された「現代天文学―新しい宇宙の姿を求めて (1978年):A.ウンゼルト」や荒木俊馬先生がお書きになった「現代天文學事典 (1971年)」を読み込んでいたのと、昨年は「宇宙が始まる前には何があったのか?: ローレンス・クラウス」を読んだので天文学史はひととおり知っている。

けれどもスライドをめくっていると、いくつか知らないことや忘れていることがあるのに気が付いた。聴講してよかったわけだ。

講義は1時間しかない。フォーカスするのは太陽系外の話、宇宙全体を人類がどのように認識してきたかという点に集中していた。ケプラーやニュートンそして冥王星探査の話をしている時間はない。1610年にガリレオが望遠鏡を使って天の川が星の集まりであることを発見してから、それが銀河系という円盤型の宇宙であることをハーシェルが1785年に発見するまで、実に175年もかかったことが解説される。

ニュートンは銀河系のことを知らなかったけれど、先日紹介したラプラスは知っていたのだなという考えが頭をよぎった。日本の天文学は渾天儀に代表されるように古来から中国由来のものがほとんどだったが1750年以降には地動説などの天文学を含め西洋科学が日本に伝えられたから江戸時代の中期や後期には幕府の天文方の人たちも銀河系のことを知っていたのだろうか?

そもそもハーシェルはどのようにして星の見かけの明るさを測ったのだろう?現在のようにCCDがあったわけではないし。と思ってウィキペディアの「写真史」のページを見ると世界最初の写真は1827年に撮影されたと書いてある。つまりハーシェルは目視で星の明るさを決めていたわけか。

あれこれ妄想しているうちに講義は進んでいた。先生は終始にこやかにお話される。

銀河系の大きさを直径5.5万光年(現在知られている半分)と発表したのはカプタインで1922年のことだそうだ。(えっ、一般相対性理論の発表より後なの??)

その後、球状星団の分布から太陽が銀河系の端のほうにあることがわかり、その視線速度の観測から銀河系内での太陽の運動がリンドブラッドやオールトによって明らかにされる。また銀河系の渦巻き構造は水素が発する21cm波長の観測によって明らかにされた。

また、銀河系以外の渦巻き星雲がパーソンズによって発見されたのが1845年。直径182cmの望遠鏡による観測によってである。しかし当時はこれが銀河系内にあるのか銀河系外にあるのかがわかっておらず、その論争は1920年まで続いていたそうだ。

それに決着がついたのが1923年(関東大震災の年)。アンドロメダ星雲の中にセファイド(変光星の一種)が見つかり、その変光周期からこの星雲が銀河系外にあることが理解された。

その後、いくつもの渦巻き星雲までの距離が測定され、有名なハッブルの法則によって宇宙が膨張していることが発見される。(1929年、世界大恐慌の年)

でもそれは大きな問題を提示した。過去に遡ると宇宙が一点に集中していたことになってしまう。この問題を回避するために「定常宇宙論」つまり、銀河は互いに遠ざかっているが、それによって希薄となった空間で新たに物質が生まれて銀河が誕生することで、宇宙は無限の過去から未来にかけて一定密度を保ったまま存在し続ける、という理論が提唱された。(でもこれは誤り。)

定常宇宙論がくつがえされたのは1965年のマイクロ波宇宙背景放射の発見だ。(あ、僕が3歳の頃なんだな。)それによってガモフが予想したビッグバン宇宙論が自然な帰結であることが理解される。

その後、マイクロ波宇宙背景放射の精密な観測がなされ、宇宙の大規模構造やビッグバンからわずか8億年後に誕生した銀河の存在が明らかにされた。たとえば「すばる望遠鏡」で観測された天体は宇宙の果てまでの94%である。

マイクロ波宇宙背景放射自体はビッグバン後40万年たった宇宙の姿だ。このとき宇宙は現在の1/1100の大きさ、温度3000K、そして10万分の1の揺らぎが存在していた状態。これは宇宙の年齢が138億歳であること、宇宙が過去から現在にいたるまで極めて「平坦」であること、宇宙初期にインフレーションが起こったことを意味している。

宇宙が平坦だというのは3次元空間のこと。ちなみに残りの6つの次元はごちゃごちゃに曲がって「カラビ・ヤウ空間」として折りたたまれているらしいというのが超弦理論。

あと「インフレーション」、「ビッグバン」という言葉の使い分けだが、アメリカでは「インフレーション」の後の宇宙膨張のことを「ビッグバン」と呼ぶ流儀になっているが、日本ではインフレーションの時期のことも含めてビッグバンとかつては呼んでいた。けれども近年は日本でもアメリカ流に従った言葉の使い分けをするようになった。

まとめ:

- 人類は宇宙を観測して仮説を立て、それを検証することによって誰からも教わることなく宇宙の本当の姿を理解してきた。(「誰からも」って誰のこと?宇宙人?- 僕のつぶやき)

- その結果、人類は太陽系や銀河系の本当の姿を明らかにし、銀河を発見し、さらに膨張宇宙、ビッグバン、宇宙の平坦性などの考えに至った。

- そのような人類は、宇宙膨張にともなって、星や銀河が誕生・進化し、重元素ができ、地球や生命を作る元素ができ、その結果できた生命が地球上で進化した結果である。

講義はこのような流れだった。

ひとつだけ残念に思ったのが「宇宙の平坦性」である。トポロジーの世界で3次元空間を構成する原子ともいうべき空間の断片は8種類あることが「サーストンの幾何化予想」として提唱された。この予想は2003年にペレルマンが証明した「ポアンカレ予想」を含んでいること、ペレルマンは「サーストンの幾何化予想」も証明したことを「トポロジカル宇宙(完全版):根上生也著」という記事で8年前に紹介したことがある。8種類の断片になるためには空間が大きな曲率で曲がっていなければならない。だから「サーストンの幾何化予想」は単に数学の世界だけのことで、物理世界では出る幕がないのかなという気がしたからだ。実際の空間が平坦ではなく断片から構成されていたらさぞ面白いだろうと思ったのだ。

サーストンの幾何化予想とポアンカレ予想
http://www7b.biglobe.ne.jp/~ykoba/geometrization.html


超弦理論と宇宙:カリフォルニア工科大学理論物理学研究所所長 大栗博司先生



続いて登壇されたのが大栗先生。おなじみの超弦理論の解説である。先生の講座は何度も受講しているので、聞いたことのある話ばかりかなと思ってスライドを眺めると、量子もつれについてなど目新しいことが含まれていた。先生が用意したスライドは全部で79枚。

今年はアインシュタインが一般相対性理論を発表してから100周年である。この理論の発想の源は1907年、「人生最高のひらめき」と後に語ったところによる重力と加速度の等価原理である。

物体の質量によって引き起こされる空間や時間の伸び縮みを定量的に表したのが一般相対性理論によって導かれた重力場の方程式だ。この方程式を導くにあたって、彼は50年以上も前に発表された「リーマン幾何学」を必要としていた。

ところがこの幾何学をアインシュタインは理解できていなかったので、当時数学の最重要拠点であったゲッチンゲン大学でその話をする。すると当代最高の数学者のダフィット・ヒルベルトは「私ならその問題を解ける」と宣言した。このようにしてアインシュタインとヒルベルトのデッドヒートが始まったのだ。結局この競争はヒルベルトがアインシュタインより5日前に発表したのだが、彼はこれがアインシュタインの業績だと認めることになる。

この方程式によって予言されたのは次の3つだった。

1) 重力レンズ効果(1911年、1936年):参考記事
2) 重力波(1916年):参考記事1 参考記事2
3) 宇宙の膨張(1917年):参考記事

重力レンズ効果は1919年に英国のエディントンが日食観測によって検証に成功。また1937年にはフランツ・ツビッキーによって巨大星雲による重力レンズ効果は観測可能だと予言され、1933年に予言していた「暗黒物質(ダークマター)」の確認に使えるとされた。現在、重力レンズは天文学で暗黒物質の探索に使われている重要な技術である。

重力波は光の速さで伝わる。間接的には連星パルサーの周期の減少により定量的に観測された。(テイラーとハルスによる功績)

直接的な検証のために現在 LIGO (Caltech & MIT)やKAGRAなどの重力波望遠鏡が建設中である。

宇宙の膨張については林先生の講義で解説があったとおり、1929年にウィルソン山で行なわれた観測によって確認された。(ハッブルの法則)現在では宇宙の年齢は138.2億年とされている。(有効数字が4桁なのは驚異的である。)

初期宇宙では重力だけでなく量子力学が重要。マイクロ波宇宙背景放射の観測がより精密に行なわれたことにより、初期宇宙からの光の揺らぎ、宇宙は空間方向に平坦であることが確認された。この光の揺らぎはインフレーション時代の量子揺らぎを起源とする説が有力。

重力は時間や空間を曲げること(古典力学的世界)、そして量子力学ではものごとが不確定(量子力学的世界)の2つを組み合わせると時空間が不確定になる。このあたりのことを詳しく知るためには、次の3冊をお読みいただきたい。

- 「重力とは何か:大栗博司
- 「強い力と弱い力:大栗博司
- 「大栗先生の超弦理論入門

ここから超弦理論の解説。

- 超弦理論では物質の基本単位が「点」ではなく「ひも」であり、素粒子の標準模型に含まれる17種類の粒子が1種類の弦(ひも)の振動で現れる。

- 超弦理論では時空は9+1次元とされ、われわれは3+1次元の時空間を経験している。

- 6つの余計な次元は「カラビ・ヤウ空間」になり直接観測できないと考えられていて、3世代の素粒子やその間に働く力、「ヒッグス粒子」などの構造は、カラビ・ヤウ空間の幾何から生まれる。超弦理論の課題の一つはカラビ・ヤウ空間の幾何学から素粒子現象について定量的な予言を導くことである。

- カラビ・ヤウ空間の幾何学は複雑すぎて、その上の2点の間の距離を測る公式(計量テンソル)すら具体的にはわかっていない。

その問題を解決するために使われるのがトポロジーである。これを使えばカラビ・ヤウ空間の計量を知らなくても計算できる量があるからだ。(なるほど、トポロジー=位相幾何学だからそれはオイラー数や巻き数などの位相不変量のことか。僕のつぶやき。)

- クォークの種類=|カラビ・ヤウ空間のオイラー数|
(1984年:キャンデラス、ホロビッツ、ストロミンジャー、ウィッテン)

これを一般化したのが

- トポロジカルな弦理論:超弦理論のある種の確率振幅を厳密に計算する数学的方法
(1994年:ベルシャドスキー、チェコッティ、大栗、バファ)

量子重力の検証可能性については、2014年3月にBICEP2実験は宇宙背景マイクロ波輻射のB-モード偏光を観測したと発表。(参考記事

この偏光が初期宇宙を起源にしているのなら、原始の重力波を観測したことになるはずだった。そしてこの発表が正しければ次の5つのことが確認されたことになったはず。

- CERNのLHC実験の100京倍のエネルギー現象であること。
- 宇宙の初めの1兆分の1兆分の1兆分の1秒の間の観測を意味すること。
- 初期宇宙のインフレーション理論の検証。
- 量子重力効果の直接観測。
- 観測された偏光の大きさは超弦理論から説明することが難しいほどの強さだったこと。

残念ながら、今回観測された偏光は、銀河系内の星間塵の効果による可能性が高くなった。

現在予定されている観測計画には次のようなものがある。

- LiteBIRD: 偏光観測衛星
- KAGRA: 重力波望遠鏡
- TMT: 30メートル望遠鏡

観測された偏光の大きさは超弦理論から説明することが難しいほどの強さだった。今後の重力波の観測は、"On the Geometry of the String landscape and the Swampland"などで、初期宇宙のインフレーションを引き起こすインフラトン場の変動の大きさに一般的な上限が知られていた。大栗、バファ(2007年)- 初期宇宙の観測による超弦理論検証の機会である。

加速器としての初期宇宙:インフレーション時代が観測できればLHCの100億倍のエネルギー現象が見える。また素粒子の標準模型を超える新粒子の痕跡が宇宙背景マイクロ波輻射の相関として観測される可能性がある。

次に「量子もつれに注目した量子重力理論の展開」にテーマがうつる。

アインシュタインは、量子力学の創設と発展にも重要な貢献をしている。(参考記事

- 1905年:光電子効果の理論
- 1909年:光についての、波と粒子の可能性
- 1916年:光子の自然放出・誘導放出・吸収の理論
- 1917年:ボーア・ゾンマーフェルト量子化条件の座標変換不変な表現 ⇒ 量子カオスの萌芽
- 1925年:ボーズ・アインシュタイン凝縮

~~ コペンハーゲン解釈への批判 ~~
- 1935年:量子もつれの現象を指摘

量子もつれ

- 1935年:アインシュタイン-ポドルスキー-ローゼンのパラドックス「奇怪な遠隔作用」
- 1964年:ベルの不等式で検証可能になる(参考記事
- 1981年:アスペらの2光子実験で確立(参考記事

量子もつれについては受講者の要望により「対談」の時間枠を使って詳しく解説された。(参考記事

量子もつれは量子計算や量子暗号の新技術であるとともに、強結合電子系の新物質に本質的に重要である。またこの現象は一般相対論と量子力学の統合においても、最も重要な話題として浮上してきた。

- 一般相対論は時空間の局所的な幾何
- 量子もつれは「奇怪な遠隔作用」

この話題の延長としてあるのがブラックホールの物理学である。

- 近年出されたブラックホールの防火壁問題

大栗先生のブログ記事:
http://planck.exblog.jp/19026474/

量子もつれが時空を形成する仕組みを解明~重力を含む究極の統一理論への新しい視点~
http://www.ipmu.jp/ja/node/2175

最後に大栗先生は物理学と生命科学を次のように比較し、紹介された。(ブラックホールとショウジョウバエの対応が可笑しいと思った。)

重力理論⇔生物学
ブラックホール⇔ショウジョウバエ
情報理論⇔化学
量子もつれ⇔分子
ホログラフィー原理⇔分子生物学
宇宙の始まりの解明⇔がんの撲滅


超弦理論と観測宇宙 林正彦先生・大栗博司先生

10分間の休憩を挟んで両先生の対談が受講生からの質問を含める形で行なわれた。

まず大栗先生の「TMT(30メートル望遠鏡)に期待することは何でしょうか?」という問いを受けて林先生は次のことを解説された。

- すばる望遠鏡は130億年前の宇宙を観測できるわけだが、TMTが目指しているのは宇宙が始まってから3億年前の宇宙、First Star(宇宙で最初に誕生した星)の観測を目指している。

- 太陽系外の惑星の観測、そしてその惑星に生物がいるかもしれないことを示すバイオマーカー(オゾンや酸素、光合成の有無を示すRed Edgeと呼ばれる赤外線の反射)の観測を期待している。

- 宇宙に生命体がいる確率をあらわす「ドレイク方程式」のPlanetaryパラメータとHabitable Zoneパラメータはともに10%くらいだと近年わかってきたそうだ。わかっていないのはその惑星で原始的生物が知的生物になる確率と文明の存続期間である。

次に大栗先生が受講生からの質問を受けて「ワームホール」の解説をされた。「インターステラー」という映画を推薦されていた。(「インターステラー ブルーレイ&DVDセット」)

また受講生から「超弦理論の弦やブレーンはいかにもとってつけたような存在で、問題を解決するためのまやかしのように思えてしまう。」という感想に対して、大栗先生は次のように回答された。

超弦理論は日常の言葉で説明するとそのような印象を持ってしまうかもしれないが、数学的に厳密な理論であること。それを正確に理解するためには、大学、大学院の物理学や数学を学ぶことが必要である。(受講者の多くからため息が漏れた。とはいっても僕はちゃんと理解できるまで頑張って勉強するぞと思ったわけだが。)

同じ文脈で「宇宙の加速膨張」の理由として考えられている暗黒エネルギーについてであるが、これもそれがどのようなものであるかはわかっていないことが解説された。

ニュートン力学や電磁気学にはパラメータ(物理定数)がある。超弦理論にはあらかじめ与えるパラメータがない。超弦理論はパラメータがどうして決まるのかを導き出すことを目指している。

最後に林先生から大栗先生への質問があった。超弦理論での時空次元を計算するときに

1+2+3+....+∞ = -1/12

という計算が使われるのだが、どうにも不思議でならないという話。

大栗先生によるとこれは「繰り込み」を加えることによって答がマイナスになっていること。高校レベルで理解できる(厳密性を犠牲にした)計算方法は「大栗先生の超弦理論入門」の巻末に掲載されている。同じような式はカシミールエネルギーの計算でも出てくる。

超弦理論の入門書を読んでいたら、1+2+3+4+(Yahoo!知恵袋)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13115734303

同じ宇宙を研究しているとはいえ、専門領域が違うと学ぶ数学はずいぶん違うのだろうと僕は想像していた。


講座の後は、いつもどおり朝日カルチャー仲間でオフ会をして過ごした。


林先生、大栗先生、今回も楽しくてためになる講義をありがとうございました!


お勧め本の紹介:

大栗先生の著書3冊を読んだ後は、次の2冊を読まれるとよいだろう。どちらも「事典」であるが頑張れば通読可能な分量である。網羅的でコスパがとてもよく、刊行されたのが最近であるのがお勧めな理由だ。

新・天文学事典 (ブルーバックス)」(2013年刊行)
新・物理学事典 (ブルーバックス)」(2009年刊行)

 


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関連記事:

重力のふしぎ(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/243ec8bcf130122f0b25d7838a33b6a8

重力をめぐる冒険(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0471486930f344c4daa7aaa5ba2fdcc4

ヒッグス粒子とは何か(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f4a1756c8de4273487ffac8184c8b0c7

強い力と弱い力(朝日カルチャーセンター)
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超弦理論(朝日カルチャーセンター)
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時空とは何か(朝日カルチャーセンター)
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数学の言葉で世界を見たら(朝日カルチャーセンター)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/942a6936377e1bcb0da4a6d865a345e7

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f63cdcd45ec542fa62d535b4cc715d69

強い力と弱い力:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75dfba6307d01a5d522d174ea3e13863

素粒子論のランドスケープ:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5201583450c82ac59cb4d71efe52b3d9

トポロジー入門: 松本幸夫

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トポロジー入門:松本幸夫」(オンデマンド版

内容紹介:
高校数学程度の素養をもった読者にトポロジーの初歩からその基本事項をていねいに紹介した最適の入門書。論理的理解と直観的理解が並行して進むよう、親切な工夫が凝らしてある。章末に練習問題,巻末に解答を付す。1985年刊行、308ページ。

著者について:
松本幸夫(まつもとゆきお)
1944年、埼玉県生まれ。東京大学理学部数学科卒業(1967)、学習院大学教授、東京大学名誉教授。日本数学会弥永賞受賞。
ホームページ: 
http://www.math.gakushuin.ac.jp/Staff/matsumoto_pr.html
インタビューのページ:
http://www.gakushuin.ac.jp/univ/sci/top/kagakusanpo/matsumoto/matsumoto.html


理数系書籍のレビュー記事は本書で283冊目。

本書は5年ほど前に5000円ほどで購入していてそのまま手つかずになっていた。いま中古価格を見ると1万円を超えていることに驚いたがオンデマンド版がでているので品切れになることはない。とはいえオンデマンド版は8千円以上する。それだけ人気が高い名著だということなのだ。

トポロジー(位相幾何学)の本は「トポロジー とね日記でGoogle検索」すればわかるように、これまでたくさんの本を読んで紹介してきた。けれどもそれらはすべて数学の教科書ではない教養書であり「証明」はあまり重視されていない。教科書として読んだのはこれが最初の本である。いつか読みたいと思いつつそのままになっていたのだ。本は読まなければただの紙である。

表題は「トポロジー入門」。しかし証明をかなり厳密にしているスタイルをとっているので扱っているテーマは「ホモトピー」に限られている。「ホモトピーって何?」という段階の方は本書を読むのはきついと思う。もっと易しい入門書、たとえば次の4冊をまず読んだほうがよい。特に最初の2冊が初心者向け。

「トポロジー万華鏡〈1〉:小竹義朗、瀬山士郎、村上斉」(紹介記事
「トポロジー万華鏡〈2〉:玉野研一、深石博夫、根上生也」(紹介記事
「トポロジーの世界: 野口廣」(紹介記事
「トポロジー―基礎と方法: 野口廣」(紹介記事


また本書と同じく厳密な証明を含んだレベルの教科書で「ホモロジー」を学びたいののであれば次の本をお勧めする。これも名著なので近いうちに読みたい。

「トポロジー:田村一郎」(オリジナル版)(オンデマンド版


前置きが長くなったが「トポロジー入門:松本幸夫」の紹介を始めよう。

本書は9月上旬に読み始めた。Amazonの内容紹介では「高校数学程度の素養をもった読者に」と書かれていたので「シルバーウィークの終わりまでには読めるだろう。」とたかをくくっていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。章立ては次のとおりなのだが、すらすら読めたのは第4章の基本群まで。シルバーウィークが始まった頃に第5章を読み始めたのだが5日間の休暇中読みふけっていたにもかかわらず付録Bを読み終えたのが昨夜のこと。第5章と第6章はページ数もあり、難儀だった。(優秀な)高校生が読めるのは第4章までだというのが僕の持った感触だ。

第1章:空間と連続写像
第2章:位相
第3章:連結性
第4章:基本群
第5章:ファンカンペンの定理
第6章:いくつかの応用
付録A:距離空間について、点列によるコンパクト性と開被覆による定義とが同等なことの証明
付録B:まつわり数

第1章から第4章までは位相や位相空間、連結性、群論の入門書など現代数学の入門領域をとても分かり易く教えている。僕はこれらを他の本で学んでいるので、効率的な復習になった。本書全体に通じて言えることだが、定理の紹介や証明など難しい部分と図示やたとえ話、具体的な例をもちだした直観的な解説が交互にバランス良く書かれているのが特長だ。

第4章の「基本群」を理解するのがトポロジー(ホモトピー理論)の第1歩である。コーヒーカップとドーナツが同じだとみなすのがトポロジーだというのはよく聞く話だと思うが。トポロジーは物や空間の「形」を研究するのが目的だ。「形」を数のパターンや穴の数やオイラー数など「位相不変量」と呼ばれる「空間や物体の形を特徴づける数」であらわし、実際に見たり触ったりできない状況でもその形をあらわし、他の人に伝えることができる手法なのである。「数のパターン」というのが「群論」であり、基本群というのはそれぞれの形に対応している群のことだ。

たとえば正方形や三角形、円の形をした2次元の面の基本群は「e」とよばれる群の単位元そのものでり、1次元の円周(つまり円環)の基本群は加法群「Z」である。加法群Zとはつまり整数のことだ。これは1次元の円周にホモトピー理論ではひもを巻きつけるとき、右回りに巻ける回数が1、2、3...と正の整数であることに対応し、左周りに巻ける回数が-1、-2、-3と負の整数にであることに対応していることを意味している。

自分は目が見えるし手も使えるから形なんてそんな難しいことをやらなくてもと思うかもしれない。けれども超弦理論の余剰次元はコンパクトに丸められた6次元空間で、私たちには見ることも触ることも、そしてその形を想像することすらできない。このような状況で形をあらわす有効な手段となるのが基本群であり、トポロジーである。先日の朝日カルチャーセンターの講座で大栗博司先生は「カラビ・ヤウ空間は計量が定義できないので距離すらわからない。」とおっしゃっていた。距離を気にしないのがトポロジーである。「形」という幾何学の世界を「数や群」という代数学の世界に結びつけることで何次元の形であっても私たちは理解できるようになるわけだ。

第5章で長々と厳密な形で証明するのが「ファンカンペンの定理」だ。形があるものはくっつけて複雑な形にすることができる。この定理は円環と円環をくっつけてできる8の字形のリングの基本群を表すためのものだ。円環の基本群はわかっているがそれを2つもってきてどのような計算をすれば8の字形の基本群になるのだろうか。その計算がいわゆる「融合積」と呼ばれているものになる。詳しくは本書で学ぶか、次のPDF資料を参考にしてほしい。

トポロジー(ファンカンペンの定理)
http://mathmatica.web.fc2.com/college/topology/PDF/topology05.pdf

円環を2つくっつけるのはトポロジーの世界の2歩目である。いろいろな形の物体をくっつけて基本群を求めることができるわけだが、それは第6章でたっぷり学ぶことになる。この章はページ数も多く、難しくなってきたので本当にきつかった。特に被覆空間あたりから特にきつかった。

とはいえすごく面白いと思ったのが閉曲面(閉じた2次元の面)の分類をしている箇所。どうしてそう分類されているのかは証明されていなかったけれどそれについては本が紹介されていた。「トポロジー(サイエンスライブラリ理工系の数学):加藤十吉」という本だそうである。

なんと2次元の閉曲面は3種類に分類され、第1グループは「向き付け可能」であり、第2グループは「向き付け不可能」であるという。

第1グループ)S^2またはnT^2(n≧1)

第2グループ)nP^2(n≧1)

つまり第1グループの最初のは円や正方形のような形、後のほうは種数(穴の数)がn個のトーラス(ドーナツ形の表面)のことで、第2グループは種数n個の射影平面のことである。射影平面は2次元の空間(面)あるいは物体であるが3次元空間には埋め込むことはできず4次元以上の空間にしか埋め込むことができない「2次元の形」である。

僕がなぜこれが面白いと感じたかといえば「トポロジカル宇宙(完全版):根上生也著」の記事で紹介した「サーストンの幾何化予想」(ペレルマンがもう証明してしまったので「サーストンの幾何化定理」なのもしれない)を思い出したからだ。この予想は3次元の空間の分類についてのもので、いわば上の2次元の閉曲面の場合から1つ次元を増やした世界に相当する。つまり僕らの住んでいる3次元空間のとりうる種類を述べたものだ。記事に含まれている図を見てわかるように8種類あるというのがその答だ。8種類それぞれの形の横に書かれている英数字の記号が形をあらわしている。次元を1つ上げただけで、問題はずいぶん難しくなるのだ。

このような感じで本書をなんとか最後まで読み終えることができた。


このほかにも松本先生はトポロジーの本をお書きになっている。それは次の2冊でリンクをクリックしていただあくとそれぞれの紹介記事をお読みいただける。

「トポロジーへの誘い―多様体と次元をめぐって:松本幸夫著」(紹介記事

初学者はまずこの本をお読みになるとよい。とはいえ後半は高度な話題なので、記事の上のほうで紹介した入門書4冊よりはずっと難度が高い。理解できないながらも最先端のトポロジーの不思議と凄さを垣間見ることができる小型本である。

「増補新版 4次元のトポロジー:松本幸夫」(紹介記事

大型本。初心者から専門家まで楽しめる科学教養書と教科書の中間的な本である。最先端の定理まで紹介してあるのと、証明をかなり省いて数多くの話題を提供するので、難しいと感じる方も多いだろう。今回紹介した「トポロジー入門:松本幸夫」には触れていない話題がたくさんあるので両方お読みになることをお勧めする。


お知らせ:

ところで松本先生は今月朝日カルチャーセンター新宿教室で2つの講座を教えられるそうだ。ひとつは土曜日1日(2時間)の講座でもうひとつは金曜夕方(2時間を3回)の講座である。都内近郊にお住まいの方はぜひ受講していただきたい。(僕は差し当たり土曜日の1日講座を予約しておいた。楽しみである。金曜の3回の講座は残業があるかもしれないので未定。)

「多様体」超入門:現代幾何学が解き明かす「曲がった空間」
土曜 15:30-17:30 10/10 1回:(講座詳細)(学生会員はこちら

現代幾何学入門:多様体とトポロジー
金曜 18:30-20:30 10/23~11/13 3回:(講座詳細)(学生会員はこちら
なおこちらの講座の参考書は「トポロジーへの誘い―多様体と次元をめぐって:松本幸夫著」だそうである。


関連記事:

トポロジーへの誘い―多様体と次元をめぐって:松本幸夫著
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fc45854ef67aafbff51ce9432bd6184c

増補新版 4次元のトポロジー:松本幸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/286e47e23e3dc4d1c6596d19c78720e5

多様体の基礎: 松本幸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a372a9ed92d55474cdbbb707922dc353


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トポロジー入門:松本幸夫」(オンデマンド版



まえがき

第1章:空間と連続写像
- いろいろな図形
- 連続曲線
- ユークリッド空間と距離空間
- 連続写像と同相写像

第2章:位相
- 閉集合、開集合、位相空間
- コンパクト空間

第3章:連結性
- 連結性
- 弧状連結性

第4章:基本群
- 道の変形
- 群
- 基本群
- 写像のホモトピー

第5章:ファンカンペンの定理
- 自由積と融合積
- ファンカンペンの定理

第6章:いくつかの応用
- 群の表示
- 空間の工作と閉局面の基本群
- 被覆空間
- 結び目

付録A:距離空間について、点列によるコンパクト性と開被覆による定義とが同等なことの証明
付録B:まつわり数
演習問題解答

あとがき
索引

2015年 ノーベル物理学賞は梶田隆章先生、アーサー・マクドナルド先生に決定!

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昨日ノーベル医学生理学賞を受賞された大村智先生に続き、物理学賞も梶田先生が受賞。まったくすごい週になった

(産経新聞):スウェーデン王立科学アカデミーは6日、2015年のノーベル物理学賞を、東京大宇宙線研究所の梶田隆章教授(56)とカナダ・クイーンズ大のアーサー・マクドナルド名誉教授(72)に授与すると発表した。素粒子ニュートリノに質量があることを発見し、物質や宇宙の謎に迫る素粒子研究を発展させた功績が評価された。(続きを読む


今日は仕事を30分ほど早く終え、Nobelprize.orgのサイトのウェブキャストから発表が始まる夕方6時45分には自宅のPCの前でスタンバイしていた。この決定的瞬間を見逃した方は、次の動画でご覧いただきたい。

Announcement of the Nobel Prize in Physics 2015


2015年ノーベル物理学賞の詳細(英語)
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2015/index.html

梶田先生、マクドナルド先生、物理学賞の受賞おめでとうございます!

先生方のご研究はいわゆる素粒子物理学。現在実験で検出されている素粒子の中でニュートリノは次のような位置づけにある。



2015年ノーベル物理学賞発表!「ニュートリノ振動の発見」で梶田隆章博士ら(日本科学未来館)
http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201510062015-14.html

ニュートリノ振動で宇宙がわかるわけ(日本科学未来館)
http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20110715post-39.html

T2K実験(スーパーカミオカンデのHP)
http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/sk/physics/t2k.html

ニュートリノとニュートリノ振動(ハイパーカミオカンデのHP)
http://www.hyper-k.org/neutrino.html

ニュートリノ振動(EMANの物理学)
http://homepage2.nifty.com/eman/elementary/neutrino_osc.html


梶田先生の業績やニュートリノ、ニュートリノ振動についての解説はご専門の先生方のブログやツイッターにお任せすることにして、僕は一般の方がお読みいただける本を紹介するにとどめておこう。ニュートリノのことだけでなく、今回の受賞の意義がよく理解できるようになるはずだ。

いくつか探したところ、次の2冊がよさそうだ。Kindle版もあるので品切れになることがない。

ニュートリノでわかる宇宙・素粒子の謎」(Kindle版
はたして神は左利きか? ニュートリノの質量と「弱い力」の謎:山田克哉」(Kindle版

 


忘れてはならないのは2008年に癌で亡くなられた戸塚洋二先生のことだ。もしご存命ならばきっと今回の受賞者に含まれていたはず。NHK NEWSWEBでは今回の物理学賞の空席は戸塚先生のために残したノーベル財団の粋な計らいかもしれないと言っていた。戸塚先生も1998年、スーパーカミオカンデでニュートリノ振動を確認しニュートリノの質量がゼロでないことを世界で初めて示した物理学者である。



戸塚先生は生前、実名を明かさない形で「落ちこぼれ研究者の年金生活」というタイトルのブログをお書きになっていた。僕も当時からこのブログに気付いて読ませていただいていたのだが、たしか途中から癌の闘病記になったのだと思う。ご自身の癌検査の結果など詳細に記録されていた。

先生の訃報を聞いたとき「落ちこぼれ」ではなく「ノーベル賞候補の研究者」だったことを知り、なんということだと落ち込んだことを今でも忘れていない。。。ブログはすでに閉鎖されて先生の闘病記は書籍化されている。戸塚先生の著書とともに、こちらに紹介しておこう。今回受賞された梶田先生は戸塚先生から指導を受けていただけに、まず小柴先生と戸塚先生に報告したいと思っていらっしゃるはずだ。

戸塚教授の「科学入門」 E=mc2 は美しい!:戸塚洋二
がんと闘った科学者の記録:戸塚洋二、立花隆

 

必見:

NHK BSプレミアム
10月12日(月) 午後3時~4時30分(2009年7月7日の番組の再放送)
ハイビジョン特集「物理学者 がんを見つめる 戸塚洋二 最後の挑戦」
番組内容:「ノーベル物理学賞に決まった梶田隆章さんの恩師が、7年前にがんで亡くなった戸塚洋二さん。死の直前まで宇宙の誕生と自らの病を分析し続けた戸塚さんの半生を描く。」


関連記事:

2008年ノーベル物理学賞を日本人の科学者3人が独占
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d7bfaa2f112a267aa1da4ecfa2a6c8f7

2013年ノーベル物理学賞はヒッグス博士とアングレール博士に決定!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e4c4d6d15d52e86a94caccd6da8edb5e

2014年ノーベル物理学賞は赤崎勇先生、天野浩先生、中村修二先生に決定!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2172a44a53c933389fcb8dc1acbfd97e


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番組告知: ノーベル物理学賞、物理学関連

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ブログを読んでいただいている「はやぶささん」から以下の2つの番組のことをご連絡いただいたので告知しておこう。はやぶささん、ありがとうございました。


NHK BSプレミアム
10月12日(月) 午後3時~4時30分(2009年7月7日の番組の再放送)
ハイビジョン特集「物理学者 がんを見つめる 戸塚洋二 最後の挑戦」
番組内容:「ノーベル物理学賞に決まった梶田隆章さんの恩師が、7年前にがんで亡くなった戸塚洋二さん。死の直前まで宇宙の誕生と自らの病を分析し続けた戸塚さんの半生を描く。」

NHK BSプレミアム(再放送)
10月15日(木) (水曜深夜) 午前0時~1時
コズミックフロント☆NEXT「反物質 宇宙のロストワールド」
番組内容:「今年のノーベル物理学賞の受賞理由となった『ニュートリノ振動』を用いた地下実験に密着。私たちはなぜ存在するのか?宇宙究極の謎のカギを握る反物質に迫る。」
http://www.nhk.or.jp/space/cfn/151008.html


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「多様体」超入門:現代幾何学が解き明かす「曲がった空間」(朝日カルチャーセンター)

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連休初日の土曜日は朝日カルチャーセンターで数学の講座を受講した。

「多様体」超入門:現代幾何学が解き明かす「曲がった空間」
土曜 15:30-17:30 10/10 1回:(講座詳細

講師について:
松本幸夫(まつもとゆきお)
1944年、埼玉県生まれ。東京大学理学部数学科卒業(1967)、学習院大学教授、東京大学名誉教授。日本数学会弥永賞受賞。
ホームページ: 
http://www.math.gakushuin.ac.jp/Staff/matsumoto_pr.html
インタビューのページ:
http://www.gakushuin.ac.jp/univ/sci/top/kagakusanpo/matsumoto/matsumoto.html
松本幸夫先生「最終講義」「ご退職記念の会」:
http://www.math.gakushuin.ac.jp/~nobuhiro/mat-finlec/


松本先生の著書はこれまで何冊か読んで紹介させていただいていた。また先月から先生の「トポロジー入門」を読んで今月始めに紹介記事を書かせていただいたばかりでもある。

メールの記録を見ると僕が今回の講座に気が付いたのは9月25日だ。たまたま気が付くことができたわけで、僕がすぐさま申し込みをしたのはごく自然なことだった。

講座が開始する2時間前には新宿に着き、コクーンタワーにある大型書店で理数系書籍探索をして楽しんだ後、カルチャーセンターのある新宿住友ビルへ。コクーンタワーの書店は理数系書籍がとても充実しているから、ふだんアマゾンで気が付かない本が見つかることが多い。


講座は77番教室。顔なじみになっているスタッフの方とエレベーター前でお会いしたのでご挨拶。

「数学の講座なので今日は人数少ないのかもしれませんね。」と僕が言うと、「いえ、そうじゃないのです。この講座には30名ほどの方が申し込んでいらっしゃいますよ。」というご返事だった。

それはすごい。さすが松本先生だ。

先生が朝日カルチャーセンターで講座をされるのは初めてだそうだ。前から2番目の席についてしばらくするうちに、教室はいっぱいになった。これまで受講してきた物理学の講座のときより「強者(つわもの)」が多い感じ。何をもって強者かと聞かれると困ってしまうわけだが、シニアの方の中には定年退職した元大学教授もいらっしゃるかもしれないし、趣味であっても生涯を数学の勉強に捧げてきた方もいらっしゃるかもしれない。年齢層も物理学講座より少し高めで白髪の方が目立つ。女性の受講者は3~4名いた。あと、どうしたわけか小学3年生くらいの男の子がひとり。(後日追記:Twitter友達の@HorizonEternityさんからヒントをいただいて気がついたのだが、この男の子は小2で数検準1級に合格した高橋洋翔君だと確信するようになった。)


スタッフの方による先生の紹介の後、講義が始まった。飄々とした感じで先生がお話を始めると、僕は数学者の森毅先生のことを思い出した。(ちょっと似てるかなと思った。)

講義はWord文書にテキスト入力したものを配布した教材と、教室横のホワイトボード。そして教室前方のスクリーンには数学者の肖像画を映す形で進められた。

大まかな流れを箇条書きすると次のとおり。

- はじめに
現代数学において多様体が重要(中心概念)であること。今回の講座について。ニュートリノは新聞によく登場するが、多様体はほとんど登場しないことなど。

- ユークリッド幾何学(BC 300年、「原論」、第5公準のこと)

- デカルトの幾何学(「方法序説」)

- 微積分の発展(ニュートン、ライプニッツ、ベルヌーイ兄弟、オイラー)

- 非ユークリッド幾何学(ロバチェフスキー、ヤノス・ボーヤイ、ガウス、ポアンカレ)

- ガウスの曲面論(第1基本形式、内在幾何と外在幾何)

- 多様体の概念の誕生(リーマン幾何学:一般次元多様体の概念)

- 多様体の現代的定義(局所座標系、座標変換、多様体の例、ポアンカレ予想、一般相対性理論)

- 20世紀における高次元多様体論の進展(ミルナーによるエキゾチックな球面、スメールにより5次元以上の多様体について「一般化されたポアンカレ予想」が解決されたこと)

- 低次元多様体論へのシフト(サーストンの幾何化予想、幾何化予想の解決、ペレルマンによるポアンカレ予想の解決、4次元多様体論へのゲージ理論の導入(ドナルドソン)など)


「超入門」というわりには現代の多様体論の成果など、数学科の学部生でも理解できない内容が盛り込まれていて刺激的な講義だった。もちろん多様体の概念がどのように出来上がっていったかという点については、初めて「多様体」という用語を聞く人でもわかるように解説されていたのがよかったと思う。先生の著書は読者を常に意識した親切な本であることを知っていた僕は、先生のお話の展開のされ方に納得させられたわけである。


以下、講義の中で印象的だった話題を僕がメモ書きとして残したものを紹介しておこう。

- ユークリッド幾何学が成立した頃、日本は弥生時代だったということ。(これはすごい。)

- ユークリッド幾何学の成立は論証的数学の成立を意味し、数学が「外界」を必要としなくなったこと、数学の定理は永遠の真理であることを意味するようになったこと。

- デカルトの方法序説はユークリッド幾何学に基づき、本当の真理をどのようにして見つけるかについての方法を提示したものであること。

- デカルトが発明した「座標系」は私たちが使うX軸、Y軸のような直交座標系ではなかったこと。

- リーマン幾何学の構想は一般相対論より50年以上前のこと、その構想が実に雄大であったこと。

- リーマンの肖像画(写真?)はおそらく30代の頃である。それにしては貫禄あり過ぎ。

- ペレルマンがフィールズ賞を辞退し、数学もやめてしまったことに対し、松本先生が「もらえるものはもらっておけばよいのに。」と俗っぽい感想をおっしゃっていたこと。

- 7次元のエキゾチック球面と4次元のエキゾチック球面は理論の考え方、出所が異なっていること。

- 各次元によって空間の個性が違うこと、5次元以上はわかりやすく、4次元や3次元の空間が特に難しいこと。でもそれがどうしてだかはわかっていない。

- 多様体は英語でManifold(s)だが、いつ誰が「多様体」という訳語を割り当てたのかはわかっていない。

- 松本先生の著書「多様体の基礎」は松島与三先生がお書きになった教科書「多様体入門」で学ぼうと思っている学生のためにと思って書いた入門書であるということ。


受講者からの質問も活発だった。僕は「学問領域としての微分幾何学、微分位相幾何学、多様体の区別はどのようなものですか?」と質問させていただいたところ、先生からは「多様体論では大きく分けて微分幾何学派と微分位相幾何学派の2つの流儀があります。」というご返事をいただいた。


講義は2時間なのであっという間に終わってしまった。今後、多様体の本は何冊か読むつもりでいるが、今回の講座のことを思い出すだけでモチベーションが維持できそうである。

松本先生、楽しくてわかりやすい講義をありがとうございました!


今回の講座にはいつも物理学講座でご一緒している「朝日カルチャー仲間」はひとりもいなかったので講座の後のオフ会をすることもなく、新宿駅近くの店で夕食をとってから帰宅した。


お知らせ:

松本先生は、今月23日から金曜夕方(2時間を3回)の講座を予定されている。都内近郊にお住まいの方はぜひ受講していただきたい。

現代幾何学入門:多様体とトポロジー
金曜 18:30-20:30 10/23~11/13 3回:(講座詳細)(学生会員はこちら
なおこちらの講座の参考書は「トポロジーへの誘い―多様体と次元をめぐって:松本幸夫著」だそうである。


関連記事:

トポロジーへの誘い―多様体と次元をめぐって:松本幸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fc45854ef67aafbff51ce9432bd6184c

多様体の基礎: 松本幸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a372a9ed92d55474cdbbb707922dc353

増補新版 4次元のトポロジー:松本幸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/286e47e23e3dc4d1c6596d19c78720e5

トポロジー入門: 松本幸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bce517a89b400cb9c52f459f41ff195d

現代数学への招待:多様体とは何か:志賀浩二
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7aade4e043ef0b93de491bf674c734f3

幾何学〈1〉多様体入門:坪井俊
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b3e1ce8cb8a308649bdf0db23a75e29b

曲線と曲面の微分幾何(増補版): 小林昭七著
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e741d67cb5480cbddc816c1cb17c1d18

ストッキングを使った極小曲面、最小面積曲面の実験
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3f12c54ce6f853263433c39c8ed7a2b0

幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22be602fe4cee385a9939c0869c511eb

エキゾチックな球面: 野口廣
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b3f1abb0ae2b139d53580261b22b9c87

トポロジカル宇宙(完全版):根上生也著
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/246a5c64c600c9c12c303231173ee9e2


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アリスとキャロルのパズルランド 不思議の国の謎解きブック

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アリスとキャロルのパズルランド 不思議の国の謎解きブック

内容紹介
さあ、兎の穴を抜けて謎解きと知的な数字遊び、かわいいみっけ遊びが詰まったワンダーランドに旅立ちましょう。いつまでもそばに置きたくなるこの素敵な謎解きブックには、テニエルの挿絵をベースにしたカラーイラスト150点以上。
「答えはもう見つかったかね?」帽子屋は再びアリスの方を向いて言った。「いいえ、降参するわ」「答えは何かしら?」とアリス。「俺にも全く思いつかない」と帽子屋。さあ、兎の穴を抜けて謎解きと知的な数字遊びの詰まったワンダーランドに旅立ちましょう。いつまでもそばに置きたくなるこの素敵なパズル集には、テニエルのカラーイラストと共に、アリスの世界を楽しみながらチャレンジせずにはいられない、難解だけど幸せな気分にさせてくれる問いが満載です。あるものは、きっと世界中のみんなが知つていることでしょう…そしてあるものは奇妙な…奇妙な。さて、これは謎解きをはじめてからのお楽しみということで。2014年12月刊行、256ページ。

出版社からのコメント
英国の児童文学として世界的に有名な『不思議の国のアリス』。2015年は、その初版本が1865年に発行されてから、丁度150周年目にあたる年となります。
本書は、数学者でもあった作者、ルイス・キャロルが『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』をベースに考案したパズルに新たなパズルや謎解きを加え165点というボリュームで楽しめる一冊となっています。
うっとりしてしまう美しい挿絵とレトロな装丁は、コレクターの大切な一冊にもなることでしょう。


新宿のコクーンタワーにある書店で見つけた高級感たっぷりな本の紹介。ルイス・キャロルや不思議の国のアリスのファンであれば買わずにはいられない。昨年暮れに発売になっていたようだ。大型本なのに税込みで2,376円とお買い得である。

ご自身のコレクションとして、またご贈答用としてどうぞ。


以下はAmazonで公開されているサンプルページ。

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質感をお伝えするために写真を撮ってみた。

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お買い求めはこちらから。

アリスとキャロルのパズルランド 不思議の国の謎解きブック

 


英語版はこちら。リンクを開くとサンプルページがご覧いただける。

Lewis Carroll's Puzzles in Wonderland: A Frabjous Puzzle Challenge, Inspired by Alice's Adventures




関連記事:

贈り物にできる本を2冊紹介
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7cb3511763c1d6d8f2b3a46e3f06354b


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「物理数学勉強会」のご紹介

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朝日カルチャーセンターなどで自然科学系の講座が開かれていたり、不定期で著名な科学者による講演会などが行なわれていたりしますが、サイエンスカフェなどアマチュアによる自発的な活動もこの数年活発に行なわれるようになってきています。


今日はそのうちのひとつ「物理数学勉強会」を紹介させていただきます。

物理数学勉強会
http://butsuri.org/

今年の3月頃、この勉強会を主催されている「おーにしさん」から連絡をいただきました。

それは「2012年の暮れに僕が書いた「超弦理論に至る100冊の物理学、数学書籍」というリストをもとに勉強会を始めようとしていますが、よろしいでしょうか?」というお問い合わせでした。

このリストは自分のために作ったようなものですから気恥ずかしさがありましたが、活用していただけるのはうれしいことです。「もちろん、OKですよ。ぜひ活用なさってください。」のような返事をさせていただきました。

できれば僕も参加してご挨拶したいと思ったのですが、開催場所と日時を見てびっくり。なんと金曜の朝6時半から溝の口(神奈川県川崎市)のジョナサンで行なうのだそうです。月に1回とはいえ、人数集められるのかしら?という心配が先にたちました。僕の家からだと遠すぎるから参加するのはちょっと無理だなと残念にも思っていました。

この勉強会が始まったのは2012年1月で、ファインマン物理学の読書会などを早朝にやっていたそうです。2015年4月から「超弦理論への道」シリーズが始まりました。

それからおよそ半年、ブログに掲載される活動状況を折に触れて見ていましたが、着々と進んでいるのです。どんな感じで活動されているのだろう?メンバーはちゃんと集まっているのだろうか?など知りたいことが次々とでてきました。

直接お会いしに行くことができないので、メールでお問い合わせさせていただくことに。
僕が知っている勉強会の中では、かなり充実していると思いますし、参加されている方の満足度も高いと感じたので、紹介記事を書かせていただくことにしました。


以下は僕からの質問に対して「おーにしさん」からいただいたご返事です。

=====
質問1) 参加者はどのような年齢層でしょうか?参加人数や学生と社会人の割合は?

年齢層は、下は大学一年生から上は定年退職された方まで幅広いです。
参加人数は、だいたい各回 5~6人です(最大8人)。
学生の割合は20%くらいでしょうか。親子で参加されてる方もいます。

質問2)物理学、数学を大学で学んでいた参加者はどれくらいいますか?

あまり詳しくは存じ上げないのですが、「理系の大学を出たけれど、それほど詳しいわけではない」という感じの方が多いように感じます。

質問3)人によって学習進度や理解度にばらつきがあると思うのですが、どのようにして調整していますか?

基本的に、初心者の方に合わせるようにしています。初心者の方には気軽に発言していただいて、逆にすでにある程度詳しい方にはサポートしていただけるようお願いしています。

質問4)1冊を1時間半の時間でというのは、かなり無理があると思うのです。どのように進めていらっしゃいますか?

事前にテキストにひととおり目を通してきていただいてます。読書期間中は参加者どうしの交流(Q&A、雑談など)用の掲示板もあります。

だいたい月1回のペースで、1か月で読み切れなさそうな本は複数回に分けています。

質問5)知識が豊富な「先生役」の人がいますか?

テキストを念入りに読み込んだ有志の説明役(今のところ私を含めて2人。募集中)がいます。説明役は、その回の範囲をまとめた資料を作ってきて、それを使ってみんなに説明します。
それを受けて、みんなでディスカッション(質問、フォローなども含む)します。
大学のゼミに近いかもしれません。

そういう進め方ですので、その凝縮された説明を聞いて大枠を把握してから、あとでご自身で復習するというスタイルの方もいます。

質問6)何かのテーマで議論になったりしますか?

「関連することなら何を話してもOK!」としていますので、みんなの疑問点や面白かったこと、考えたこと、豆知識などについて話し合うことはよくあります。

質問7)すごく真面目(真剣)な雰囲気なのでしょうか?それとも和気合い合いという雰囲気なのでしょうか?

中間くらいの、ちょうどいい感じかな~と個人的には思っています。

質問8)早朝にこれだけの人数が集まっているのは、(寝坊がちな)僕にはとても不思議なのですが、何か理由があるのでしょうか?

早朝だと他の予定が入りにくいので、続けやすいというのがあると思います。月1回(金曜日)というのもあるかもしれません。

あと、お住まいや通勤・通学先が溝の口から1時間以内くらいの方がほとんどだと思います。(朝4:00起きで遠方から来られてる方もいます(^^;)


- その他

・レビュー記事

レギュラーメンバーの1人がご自身のブログでこの会のレビューを書いてくださってますのでよろしければご参考まで。

超弦理論への道(高津科学クラブ)
http://soran.cocolog-nifty.com/brog/2015/09/post-a51e.html

・今後の予定

ツヴィーバッハの「初級講座 弦理論」を当面のゴールとしています。

11/6(金) 「なっとくする複素関数 (小野寺嘉孝さん著)」← 基礎数学終了
12/11(金) 「大栗先生の超弦理論入門 (ブルーバックス)」
1/22(金) 電磁気学(テキスト未定)

11月で基礎数学をひと通り終えて、2016年から物理に突入します。
12月は、1月から物理に突入する前に一旦一般書でゴールを俯瞰しておこうという位置づけです。

ご興味のある方は一度試しに来られてみると雰囲気が掴めるかと思います。



=====


このような感じです。現在はとりあえず基礎数学を終わろうとする段階で、これから物理学の世界に入るところなのですね。

超弦理論を(そのすべては無理としても)ちゃんと数式で理解したいというのは、アマチュアの人でも思うことですし、そのために勉強をしている人は(僕のように)ブログで公言していないところにもたくさんいらっしゃると思うのです。

時間帯と場所のことを考えると「物理数学勉強会」に参加できる人は限られてくるとは思いますが、もし沿線にお住まいの方で興味がおありの方は主催者の「おーにしさん」に連絡をとってみてはいかがでしょうか?(連絡先のメール・アドレスは勉強会のブログの記事に書かれています。)


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吾輩は猫である: 夏目漱石

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拡大ジュニア版 日本文学名作選(偕成社)

吾輩は猫である(岩波文庫): 夏目漱石」(Kindle版

内容:
猫を語り手として苦沙弥・迷亭ら太平の逸民たちに滑稽と諷刺を存分に演じさせ語らせたこの小説は『坊っちゃん』とあい通ずる特徴をもっている。それは溢れるような言語の湧出と歯切れのいい文体である。この豊かな小説言語の水脈を発見することで英文学者・漱石は小説家漱石となった。猫を語り手に苦沙弥・迷亭ら太平の逸民たちに滑稽と諷刺を存分に演じさせ語らせたこの小説の特徴は溢れるような言語の湧出と歯切れのいい文体にある。(解説 高橋英夫・注 斎藤恵子)563ページ。

著者について:
夏目漱石(なつめそうせき): ウィキペディアの記事
慶応3(1867)年、東京に生れる。帝国大学文科大学英文科卒業。東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校の教職を経て、イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校、東京帝国大学で教鞭をとるかたわら、『吾輩は猫である』『坊っちゃん』を執筆。明治40(1907)年より朝日新聞社員となる。以後、同新聞に『虞美人草』『三四郎』『それから』『門』を発表、明治43(1910)年、胃潰瘍のため吐血してからは病いと闘いながら『彼岸過迄』『行人』『こころ』『道草』を書いたが、『明暗』を執筆中の大正5(1916)年死去した。その内容の豊かさ深さにおいて、その後世への影響において、日本屈指の文学者である。


日ごろ理数系書籍に読書傾向が偏っているので、たまには普通の小説も読んでおきたい。特に毎年10月は「読書の秋」を意識して本を選んでいる。ブログには「小説、文学」というカテゴリーも作っておいた。

さて何を読もうかと考えて思いついたのが「吾輩は猫である」だ。超有名な小説であるにもかかわらず読んだことがない。文庫で全編600ページあるから読みきったことがある人は案外少ないのではないかと思う。中学の教科書で取り上げられているとしてもそれは最初の数ページにすぎないわけだし。

この作品は日本文学を代表するひとつなのだから、とにかく最後まで読み通すこと。どんな小説なのか知っておくこと。これが今回の読書の目的だ。

著作権が切れているので「Kindleの無料版」や「青空文庫」(縦書き表示)のものがあり、今では無料で読めるわけだが解説も読んでみたいので僕は岩波文庫のKindle版で読み始めた。(青空文庫をパソコンから縦書きで読みたいときは「えあ草紙・青空図書館 」が便利である。)

吾輩は猫である(岩波文庫): 夏目漱石」(Kindle版




「吾輩は猫である」の感想

ところが楽しく読めたのは出だしの数ページだけ。文体が固いのと漢字が多すぎてすらすら読めたものではない。この作品は文語体のなごりを残している文体で書かれているからだ。残り600ページあることを思うと少し憂鬱になった。人気作品なのにこんなに難しい本だったの?

ひとことで「文語体」といっても種類は多く、ウィキペディアの記事によると「漢文訓読体、宣命体(奈良時代)、和文体(平安時代)、和漢混交体、候文(鎌倉時代以降)、普通文(明治30年代以降)」のように分類されるそうだ。

夏目漱石が小説家として活躍したのは最晩年の10年間に過ぎない。この短い期間に作風を大きく変えていっただけでなく、文体も格段に読みやすい口語体へと変化させていったそうで、それが漱石を文豪たらしめた所以である。

しかし小説家としてのデビュー作の「吾輩は猫である」は文体が口語になった初期の頃の作品なので、現代文学になれてしまっている人には読みづらい。

またもうひとつこの作品を読みにくくさせているのが「改行がほとんどない」ことだ。現代の小説でふつうカッコ(「」)で囲む会話文は、そのたびに改行するものだが、この小説にはそれがほとんどない。原稿用紙に隙間なく詰めて書いた小学生の作文のように原稿が書かれたものだから、本のページも文字がぎっしり詰まっている。

「難しい」を「六つかしい」、「イギリス」を「英吉利」、「ギリシャ」を「希臘」のような漢字表記を気にしながら黙々と僕は読み進んだ。

しかし「猫を語り手に苦沙弥・迷亭ら太平の逸民たちに滑稽と諷刺を存分に演じさせ語らせた」というわりには、いくら読んでもちっとも面白くならないのだ。確かに言葉は饒舌で(読みにくい文語体を残しつつも)次から次へと沸き出る泉のようである。でも語られる内容はくだらないことばかり。

物語の主人公は猫であるが特に面白い猫というわけでもない。また「主人」として登場する飼い主は旧制中学の英語教師、漱石自身がモデルだ。この先生も漱石同様胃病を患っている。(漱石は胃潰瘍を悪化させて亡くなっている。)

この先生はあまのじゃくな性格で、周囲の人や出来事を弁舌巧みに茶化すのが習慣になっている。それが風刺であり、滑稽というのだろうけれど僕にはまったくつまらないものに思えた。近所のご婦人の容貌について「鼻がでかすぎるので鼻子と呼ぶことにしよう。」というくだりや、来客者の前で自分の奥さんをぞんざいに扱うなど女性蔑視が鼻につく。

猫は猫でそのような主人の言動を茶化すわけだが、これは漱石が自分のことを自虐的に茶化すのと同じことである。この部分は井上ひさしの「吉里吉里人」に作家として登場する古橋を井上ひさしが自分自身に重ねて馬鹿にするスタイルとよく似ていると思った。溢れるような言語の湧出という意味でも共通したものがある。ただし「吉里吉里人」のほうが段違いに面白いし笑わせてくれる。

「吾輩は猫である」にもストーリーは一応あるのだが、取るに足らない出来事ばかりで盛り上がりがない。だらだらとつまらない文章が延々と続くだけ。そして結末は実にあっけないものだ。ビールを誤って舐めてしまった猫が水の入った甕(かめ)に落ちて溺死してしまう。「なんだよこれ。」と思わずにいられなかった。こういうだらだらと続く小説のあらすじを書くのは難しいはずだ。この本を読書感想文に指定される中学生は可哀想である。


当時はこういう本でも斬新だったから爆発的にヒットしたのだろう。この本の後には現代に至るまで「吾輩は~である」と題したパロディ小説が数多く出版されているそうだ。僕はこのようにこき下ろしてしまったわけだが、アマゾンを見てみるとすこぶる評価が高い。

左から日本語版、英語版「I Am a Cat」、フランス語版「Je suis un chat」である。




あとこの本を読んでいて思ったのは戦争のことだ。この作品が連載されていた時期は日露戦争が行われていた時期に重なる。旅順陥落のニュースのことも書かれていた。戦時中にもかかわらず、この時代の庶民はのんびりと生活していたことが読み取れるのだ。

日清、日露、第一次世界大戦で日本は戦勝国であり、庶民が新聞で目にするのはうれしい戦果報告ばかりである。日本本土が戦場になっていないから戦争をしているという実感があまりない。戦地で命を落とした兵士はいただろうけど、全体的に戦争肯定のムードが支配する世相の中で、反戦や戦争の悲惨さを訴えても無視されるか非国民扱いされるだけだ。日露戦争当時はモールス信号を使った無線電信の時代だったからラジオはない。庶民のニュースソースは新聞と伝聞だけである。(参考:「電気通信物語―通信ネットワークを変えてきたもの:城水元次郎」)

多くの庶民が戦争の悲惨さにやっと気が付いたのは太平洋戦争の最後の年、全国の都市が空襲され、広島と長崎に原爆が落ちてからのことである。


この名作をこき下ろしてしまったので、弁護もしておこう。

今年7月に放送された「歴史秘話ヒストリア 漱石先生と妻と猫?“吾輩は猫である”誕生秘話? 」で紹介された逸話である。

イギリスに留学中の漱石は苦悩に満ちた生活の果てに精神病を患っていたというのはよく知られている。「文学とは何か」という正解のない問題に取りつかれてしまっていたからだ。帰国後も家で躁鬱を繰り返し、ささいなことに対して怒鳴り散らすこともあったという。漱石の奥さんはよくできた人で、そのような状況でもつとめて明るく振る舞い、漱石を支え続けた。

そのような時期にたまたま家に迷い込んできた黒猫がいた。当初、奥さんや使用人はその猫を毛嫌いして追い払っていたのだが、漱石は何を思ったか「家に置いてやろう。」と決める。不思議なことにその猫は漱石にはよくなつき、漱石も猫を愛したため、この頃から漱石の機嫌が良くなっていた。さらに猫をきっかけに夫婦の仲も良くなっていったという。そんな中で執筆を始めたのが「吾輩は猫である」なのだ。

猫が迷い込んでこなかったら夏目漱石という文豪は存在していなかったのである。


赤い表紙のシリーズ

そういえば小学生のときこの本を読みかけたことがあったのを思い出した。記事トップに載せた赤いカバーの本である。子供のときにこんな難しい本が出版されていたのだろうか?文体を現代の口語体に書き直した本だったのだろうか?アマゾンで検索すると上下巻それぞれ1円で売られていたので購入してみた。発売当時の定価はそれぞれ350円。

「吾輩は猫である」の上下巻は偕成社の「ジュニア版日本文学名作選」のうちの2冊である。Googleから「ジュニア版日本文学名作選」で画像検索すると赤い表紙の本がたくさん見つかる。



届いた本を見てみると次のことがわかった。

- 難しい漢字表記はなくして、ひらがな表記に変更し、すべて当用漢字に直されていること。
- 原文にはない改行を適宜入れることで文章を読みやすくしていること。
- ただし現代の口語体への変更は行われていず、文章は原文に忠実であること。内容の要約や省略も行われていない。

多少読みやすくはなっているものの小中学生にとって難しい小説であることに変わりはない。本の背表紙には「中学生向け」と書かれている。


この赤い表紙の本を見て「こんな本あったよね。ああ懐かしい。」と思うのはおそらく45歳以上の方だろう。偕成社の「ジュニア版日本文学名作選」の全60巻が発売されたのは1964年から1974年にかけてのことで、ちょうど僕の小学生時代に重なっている。

60巻はこのような品揃えだった。

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このうち必読図書に指定されているのが「次郎物語(第1部)」、「坊ちゃん」、「二十四の瞳」、「しろばんば」、「路傍の石」の5冊。シリーズ全体に対しては全国学校図書館協議会日本図書館協会選定、東京大学教授文学博士吉田精一、作家武者小路実篤推薦と書かれている。

「次郎物語」は第3部まで読んだのを覚えている。おわかりのようにこれら60冊は子供向けに書かれた小説ではない。明治から昭和初期の文豪たちによって書かれた大人向けの小説ばかりである。山本有三の「路傍の石」のような自伝的小説も多い。明治、大正期の正義感にあふれた少年の苦悩や葛藤、貧しさから奉公に出されて苦労する話、厳しい家父長制が全盛期だった時代の道徳観を説いた小説を子供たちが喜んで読むわけがない。

1970年代とはいっても僕の小学生時代は高度経済成長期である。「仮面ライダー」や「ウルトラマン」、「マジンガーZ」は放送されていたし、女の子たちは「魔法使いサリー」や「ひみつのアッコちゃん」に熱中していた。マンガだって「天才バカボン」や「オバケのQ太郎」をはじめ飽和状態に近かった。児童書にしても楽しい本、ワクワクする本がたくさんあった。子供たちはドリフターズの「8時だョ!全員集合」に爆笑し、キャンディーズや天地真理の歌を真似ていた時代だ。

お父さん方は働きアリ状態で大変だったろうけれど、生活がどんどん便利になっていく明るい時代、日本の人口は増え続け、将来人口爆発するのではないかとさえ言われていた時代だった。(よもや少子高齢化社会がおとずれるなどとは思ってもいなかった。)

そのような世相の中でどんな子供がこんな古臭くて難しい小説を読むだろう。中には子供に読んでもらいたい小説もいくつかあるが、ほとんどが「読書嫌いの子供」を大量生産してしまう本だ。

でも第54巻の「性に目覚める頃」っていったい何? これは室尾犀星の著作でウィキペディアには「寺の子として育った青少年の「性」の目覚めと葛藤を描いた作品である。実体験をもとに書かれており、犀星が幼少の頃に過ごしたとされる雨宝院が登場する。」と書かれているので性教育のための本ではないことは想像がつく。

気になったので青空文庫で読んでみた。(横書き縦書き

とどのつまりこの小説は年上の女性にほのかな恋心を抱いていた少年が、性的衝動を抑えきれずに彼女の雪駄(草履のこと)を盗んでしまい、高揚感に満たされるという話だ。その後「彼女は雪駄が無くなって困って探しているだろうな。」と後悔の念にかられるという話である。ダメダメな奴じゃん!下着泥棒してしまう心理と同じことだ。

少年期の男子に性衝動はつきものだが、こうあからさまに小説として流布してしまう著者の心理が全く理解できない。「そういうことはしてはいけませんよ。」と反面教師的に子供は読むべきなのだろうか?

そしていけないのが第59巻の「舞姫」である。森鴎外の自伝的小説であるが子供には向かない。青空文庫(横書き縦書き)で見ていただくとおわかりのように、難しい漢字をひらがなに直しても小中学生に読める文体ではない。(お読みになりたい方には現代語訳された「舞姫(ちくま文庫)」をお勧めする。)

さらにいけないのが内容である。医学生としてドイツ留学した男が留学先で美しい娘と恋に落ちる恋愛小説として好意的に紹介される物語なのだが、結局その娘とねんごろになり身ごもらせてしまう。そして自己の都合で帰国せざるを得ない状況に。苦しんだ挙句に彼女を捨て、その後しばらくして再会したときに彼女は失恋の苦しみと絶望に耐えられず発狂していたという話だ。男も恋にのめり込むあまりに勉学をないがしろにする。

国費で留学しているんだからそういういいかげんなことしてちゃダメでしょ!
後悔や苦悩をいかに言葉巧みに語っても言い訳にしか聞こえない。もともと自分が蒔いた種ですよね?
そしてこういうことを小説にしてしまうのは浅ましいと思いませんか?

小中学生の教育によろしくないのは言うまでもない。自伝ならば「野口英世」や「ヘレンケラー」の伝記のほうがずっとよい。

また酷評してしまった。。。

ちなみに第59巻の「舞姫」はなぜだかわからないが、中古価格1万4千円~3万5千円という異様な高値で売られている。(検索してみる

僕が小学生、中学生の頃、このような日本文学の「名作」が赤い目立つ表紙で、文字通り書店の児童書コーナーの書棚で「これぞ日本文学!」と言わんばかりに幅を利かせていたのである。


緑の表紙のシリーズ

記憶の糸をたどっているうちに「緑色のシリーズ」もあったことを思い出した。「ジュニア文学名作選」というキーワードで画像検索すると赤いシリーズの兄弟のように緑色の本が表示される。



こちらはポプラ社の「ジュニア文学名作選」全50巻である。このシリーズも偕成社の「ジュニア版日本文学名作選」と同じ時期に出版されていた。

たまたまヤフオクで全巻まとめて出品されていたので、写真で品揃えをお見せしよう。「赤毛のアン(村岡花子訳)」など海外文学も何冊か含まれている。

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日本文学の品揃えを見る限り赤いシリーズとだいぶ被っていて大差はないことがわかる。ポプラ社の緑のシリーズと偕成社の赤いシリーズは当時の児童文学書コーナーで競い合っていたわけだ。

これらの赤や緑のシリーズは現在はもう書店に並んでいないわけだが、それらの大半が「偕成社文庫(日本の名作文学)」や「ポプラポケット文庫」から購入できる。ただし室尾犀星の「性に目覚める頃」はどちらにも含まれていない。


現代の児童文学

日本における児童文学の歴史は長い。ウィキペディアの記事によると「日本の児童文学は、近代文学成立とほぼ同時期に確立されたと考えられる。巖谷小波による『こがね丸』や小川未明の第一童話集『赤い船』(1910年12月)が始まりとされる。」のだそうだ。

1982年にはミヒャエル・エンデの「はてしない物語」の日本語版が発売され、ファンタジー小説が児童文学に新たなページを加えることになった。

現在の少年向き小説がどんな様子なのかを書店で確認したところ、昔ながらの児童文学書だけでなく、アニメやゲームキャラクターを主人公にした小説まであることに驚かされた。講談社の「青い鳥文庫」の品揃えを見ていただくとそれがよくわかるだろう。

各出版社が子供の読書離れを食い止めるために、いろいろ工夫していることがわかり頼もしさを感じた次第だ。


いろいろ児童書をあたっている中で、読んでみたいシリーズが2つでてきた。小学生の頃にはよく見かけていた表紙なので懐かしい。今ではKindle版を購入することができるのだ。

- 怪盗ルパン全集(ポプラ文庫クラシック): Kindle版を検索する
- 江戸川乱歩・少年探偵団シリーズ(ポプラ文庫クラシック): Kindle版を検索する


最後におことわりしておくが、この記事で僕は明治から昭和初期の日本文学を否定しているわけではない。「子供向きではない。」と言いたかっただけだ。それぞれの時代背景の中でこれら文豪たちの果たした功績は大きい。彼らがいたからこそ、ジャンルや作風を大きく変えた現代の小説や文学があると思うのだ。

参考:NHKスペシャル「私が愛する日本人へ ~ドナルド・キーン文豪との70年~


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ジュニア版 日本文学名作選(偕成社)全60巻のタイトル

第1巻: 次郎物語(第一部) 1965.7.1
第2巻: わんぱく時代 1965.8.15
第3巻: 野菊の墓 1965.2.1
第4巻: 坊っちゃん 1965.2.1
第5巻: 二十四の瞳 1965.2.1
第6巻: 羅生門 1964.12.1
第7巻: しろばんば 1964.12.25
第8巻: 路傍の石 1965.11.20
第9巻: 熊犬物語 1964.12.25
第10巻: 走れメロス・女生徒 1964.12.25

第11巻: ビルマの竪琴 1965.2.10
第12巻: 伊豆の踊子 1965.2.25
第13巻: 怪談 1965.3.10 平井呈一訳
第14巻: 山椒大夫・高瀬舟 1965.4.10
第15巻: 友情 1965.3.25
第16巻: ジョン万次郎漂流記 1965.5.15
第17巻: 小さき者へ・生まれ出ずる悩み 1965.5.25
第18巻: 末っ子物語 1965.6.15
第19巻: 吾輩は猫である(上) 1965.9.20
第20巻: 吾輩は猫である(下) 1965.9.20

第21巻: 次郎物語(第二部) 1965.10.1
第22巻: 真実一路 1965.8.20
第23巻: 地獄変・六の宮の姫君 1965.10.15
第24巻: 子供の四季 1965.11.1
第25巻: 恩讐の彼方に 1965.11.15
第26巻: 母のない子と子のない母と 1965.11.20
第27巻: ゆうれい船(上) 1965.12.15
第28巻: ゆうれい船(下) 1965.12.15
第29巻: 悦ちゃん 1965.12.20
第30巻: 武蔵野 1966.1.10

第31巻: 次郎物語(第三部) 1966.5.5
第32巻: 三四郎 1967.1.20
第33巻: コタンの口笛(第一部) 1966.2.15
第34巻: コタンの口笛(第二部) 1966.2.15
第35巻: 女中っ子 1966.3.15
第36巻: 落城・小さな赤い花 1966.4.5
第37巻: 美しい暦 1967.9.20
第38巻: 哀しき少年 1966.5.20
第39巻: 次郎物語(第四部) 1966.4.10
第40巻: 次郎物語(第五部) 1966.5.10

第41巻: こころ 1967.11
第42巻: 出家とその弟子 1967.12
第43巻: 愛と死 1967.11
第44巻: 一握の砂・悲しき玩具 1968.1
第45巻: 放浪記 1968.3
第46巻: パリに死す 1968.2
第47巻: 智恵子抄 1968.9
第48巻: 風立ちぬ・美しい村 1968.8
第49巻: 青年・雁 1968.12
第50巻: 天平の甍 1969.3

第51巻: たけくらべ 1969.10
第52巻: 桜の実の熟する時 1969.10
第53巻: 鞍馬天狗 1971.1
第54巻: 性に目覚める頃 1971.1
第55巻: 姉妹 1971.6
第56巻: 草枕 1973.3
第57巻: 忘れ残りの記 1972.11
第58巻: 福翁自伝 1974.9
第59巻: 舞姫 1974.11
第60巻: 愛の詩集 1972.10

知識ゼロからの異常気象入門:斉田季実治

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知識ゼロからの異常気象入門:斉田季実治」(Kindle版

内容紹介:
昔と天気が変わった? 災害が増えている? 天気のギモンを人気気象キャスターが解説!
最近のテレビでは、天気予報はもちろん、ニュースのなかでも天気を扱うことが多くなっています。
これは、「昔と天気が変わってきた」「災害が増えている」と感じている人が多いためだと思いますが、それは本当でしょうか?
この本では、私たちの生活に大きくかかわる天気に、いま何が起きているのか、今後どうなると予想されているのかを、NHK気象キャスターとして「気象情報1958」「NEWS WEB」でおなじみの斉田季実治さんが解説。
40℃を超える猛暑、都市機能をマヒさせる大雪、爆弾低気圧、竜巻、ゲリラ豪雨…全世界で続発する気象現象は、何が原因か?身近な災害から、いかに身を守るか?豊富なイラストや図解で、親しみやすい一冊となっています。2015年5月刊行、143ページ。

著者について:
斉田季実治(さいたきみはる):ウィキペディアの記事
1975年、東京都生まれ。北海道大学で海洋気象学を専攻し、在学中に気象予報士資格を取得。北海道文化放送の報道記者、民間の気象会社などを経て、2006年からNHK気象キャスター。現在は「首都圏ニュース845」「NEWS WEB」に出演中。
公式ウェブサイト: http://www.tenki-saita.com/


理数系書籍のレビュー記事は本書で284冊目。

茨城県常総市で鬼怒川の堤防が決壊したのは先月9日の夜から10日にかけてのことだ。千葉県で突風被害がおきたのはその3日前である。このところ過ごしやすい秋晴れの日が続いているので忘れかけていた。

子供の頃と今では天気の様子が全く違う気がする。僕の世代の方は、みなさんそう実感していることだろう。気温にしても降雨量にしても平均すれば昔とそれほど違わないのかもしれないが、突発的な気候変化、天候悪化は確実に増えていると思うのだ。

大地震や火山噴火も心配だが、異常気象による災害のほうがずっと頻繁に起きている。大雪、大雨、集中豪雨、巨大台風、竜巻、猛暑、大寒波など想定外の気象現象から災害が起こるたび、被害を受けた方のことを思って気の毒になっている昨今。

これから先、この傾向はますます悪化していくのだろうか?
地球全体が異常気象の時期に入ったと言い切ってよいのだろうか?
地球温暖化が異常気象の原因だと言われているが、それは本当だろうか?
温暖化は人類が排出する二酸化炭素が原因だと言われているが、それは本当だろうか?

日常感じるこのような疑問を整理して解説してくれるのが本書である。今年の5月に刊行されたばかりなので、最近私たちが耳にした気象災害までカバーしているのがお勧めな点だ。


中学時代は天体観測が趣味だったので、天気のことはいつも気になっていた。観測条件は天気だけでなく大気の透明度や気流の状態にも左右される。天気予報から得られる情報だけで足りないところは自分の経験を頼りにして予測するしかない。

中学1年(1975年)、天体観測を始めたばかりの頃の観測ノート(自分で天気予報をしていたことが読み取れる。)

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中学2年の秋には月面の地形に興味をもっていたようだ。大気の気流や透明度について書いていることが読み取れる。(この年の夏と秋にバイキング1号と2号が相次いで火星に着陸して史上初の火星表面のカラー写真を送ってきた。)

スケッチ1 スケッチ2 スケッチ3


新聞の天気図は切り抜いて観測ノートに貼っていたし、気象通報を聞いて天気図を何枚も書いていた。また気象についての解説本や観天望気の本も何冊か読んでいたから、ひととおりの知識は持っていた。(気象通報は今でも毎日1回午後4時からラジオ第2で放送されているし、天気図用紙も購入可能だ。)

Let's観天望気
http://freedom.mitene.or.jp/~tsune/

雲から天気を予測しよう
http://www.geocities.jp/fly_diary/framepage31.html

突ちゃんのコツコツ気象通報データ
http://y2kuda.blog45.fc2.com/

天気図用紙: Amazonで検索


でも僕が自分で天気予報をしていたのは1970年代のこと。季節は規則正しく移り変わり、災害に結びつくような異常気象はあまりなかった時代だ。だから気象について学ぶのは災害とは無縁の楽しい時間だった。


あれから40年が経ち、気象に関する本を久しぶりに読んだわけだ。気象が変化する基本的なしくみは昔と変わっていないし台風や大雪は昔からあったのだけれど、異常気象の解説の部分は目新しかった。僕にとって気象を学ぶ意味や目的が大きく変化していることに気が付いた。

気象衛星による観測や数値予報も格段に進歩している。しかしゲリラ豪雨や爆弾低気圧などという言葉が使われだしたのはいつ頃からだろう。想定外の気象現象が突発的に起こるようになったものだから、実感として観測や予報の精度が向上が追いついていない気もする。実際のところはどうなのだろう?


本書の章立ては次のとおり。

1章 天気がおかしい!
2章 「異常気象」とは何か
3章 何が天気を狂わせる?
4章 すっかり変わった? 日本の天気
5章 おかしな天気から身を守れ!
6章 知っておきたい天気の知識

著者は「NEWS WEB」でおなじみの斉田季実治さん。長年気象の仕事に携わり、視聴者に予報を伝えるだけでなく災害についての注意喚起や解説をされている。天候の状況によっては最悪の場合、生活基盤や生命を失うこともあるわけだから「伝え方」はとても大切だ。気象予報士という仕事に対する斉田さんの熱意が伝わってくる一冊だ。

長年の仕事の中で斉田さんが培われてきた知識や経験が本書の構成や内容に反映されている。さまざまなタイプの異常気象がなぜ起きているのか、どのような点に注意すべきなのかが書かれている。筋道を立てて理解することで日ごろの防災に大いに役に立つ本だと思った。もちろん新しいタイプの気象現象やしくみが理解できるので知的好奇心も満たされる。

理数系書籍として紹介したが、理系文系を問わず読んておいたほうがよい本だと思った。


2013年に斉田さんは次の本もお書きになっている。あわせてお読みになるとよいだろう。

いのちを守る気象情報:斉田季実治」(Kindle版





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知識ゼロからの異常気象入門:斉田季実治」(Kindle版



1章 天気がおかしい!
- 夏がおかしい! ~人命をも奪いかねない強烈な熱波~
- 冬がおかしい! ~温暖化なのに大豪雪?~
- 雨がおかしい! ~降りすぎる! 降らなすぎる!~
- 台風がおかしい! ~強大化する熱帯低気圧~
斉田気象予報士の気象コラム1:天気予報は日進月歩

2章 「異常気象」とは何か
- 何と比べて「異常」なのか
- 「異常」か、単なる「変動」か
- 「地球温暖化」とは何か
- 何が地球を熱くする?
- 温暖化すると何が困る?
- CO2だけが悪者か
- 本当は地球は冷えている?
- 国際協力で何をすべきか
斉田気象予報士の気象コラム2:どんどん精密になる観測

3章 何が天気を狂わせる?
- 海が変われば空も変わる
- ペルー沖の海水温に注意!
- つながっている「ここ」と「よそ」
- 地球規模で吹き続ける風
- 西風は揺れ動く
- 閉じ込められた気圧配置
- 氷の融解が止まらない
- 気候変動は天文現象?
- 地球を冷やす灰のベール
- 台風は今後どうなるか
斉田気象予報士の気象コラム3:「ハイエイタス」という現象

4章 すっかり変わった? 日本の天気
- 暑いぞ、ニッポン!
- 便利な暮らしが気温をあげる
- 風通しがよくない東京
- 雨雲は都会を目指す
- 「経験したことのない大雨」の多発
- 天空を駆け抜ける「大型爆弾」
- 想定外の大雪で首都圏混乱
- 空から弾丸が降ってくる?
- もう竜巻は珍しくない?
- 虫たちは北を目指す?
斉田気象予報士の気象コラム4:災害に備えるということ

5章 おかしな天気から身を守れ!
- 土砂災害の恐怖
- 川の水は「時間差」で襲う
- 都市の浸水は一気に増える
- 台風の知識は全国民必須
- 落雷から身を守る
- 雪は降ったあとが怖い
- 熱中症を甘くみるな!
- 竜巻は不意打ちをする
- 情報収集が身を守る
- 万一に備えろ!とにかく逃げろ!
斉田気象予報士の気象コラム5:いまいる場所はどんな場所?

6章 知っておきたい天気の知識
- 「空気の重さ」が天気をつくる
- 低気圧と台風は何が違う?
- 雲はどうしてできるのか
- 雨を降らせるのはどんな雲?
- 「不安定な大気」とはどういう状態?
- 「前線」とは何だ?
- 天気が西から変わる理由
- 台風は日本ばかりを狙う?
- 四季折々の気圧配置
- 天気図が読めれば明日がわかる
斉田気象予報士の気象コラム6:気象予報士になる!

資料
索引
気象の情報サイトと携帯アプリ

第56回 神田古本まつり

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一昨日から神保町で神田古本まつりが開催されている。昨年も行ったがブログ記事にはしていなかった。今日行ってきたので記録として何を買ってきたか記録として残しておこう。

第56回 東京名物神田古本まつり  2015年10月23日(金)~11月1日(日)
http://jimbou.info/news/furuhon_fes_index.html

そして今度の土日は同じ地域で「神保町ブックフェスティバル」も開催される。路上のワゴンセールと露店で賑うイベントだ。古本まつりと両方楽しむのだったら今度の土日に行くべきだろう。

第25回 神保町ブックフェスティバル 2015年10月31日(土)、11月1日(日)
http://jimbou.info/news/book_fes.html


今年買ってきたのはこの4冊。舗道に並べられた本棚には買いたい本がなかったので、結局明倫館書店での買い物になった。合計14,100円。定価の4割引きの値段である。




シミュレーション天文学 (シリーズ現代の天文学)



内容: コンピュータの中に天体を再現し、その実相に迫る。天文シミュレーションの全体をカバーしつつ、基礎の数理から最新の成果までを一貫して記述。

僕のコメント: このシリーズをすべて揃えるつもりはないが、興味のある巻から順番に購入したい。以前NHKの番組でファーストスターの再現映像をスパコンで再現しているのを見て、天体や宇宙のシミュレーションへの興味が増しているところ。安かったので購入。


「リーマン―人と業績」(シュプリンガー版)(丸善出版



内容: リーマン幾何学やリーマン積分など、現代数学の基礎概念にその名を残し、19世紀半ばにして20世紀数学を予見して、その飛躍の礎を与えたドイツの数学者リーマン。本書ではリーマンの数学における代表的な仕事を厳選し、それぞれの分野におけるリーマン以前の数学の到達点とリーマン以降の数学の流れの変化を明らかにすることによって、リーマンの業績の同時代における意義を浮き彫りにした。さらに本書では物理学・哲学についての彼の仕事も紹介。彼の学問の背景となる生い立ち、交遊についても伝記的に興味深い内容を詳述している。

僕のコメント: 業績はウィキペディアやこれまで読んでいた本である程度知っていたが、どのような人物だったかにも興味がでてきた。伝記本であるが数式もいくつか書かれている。読みごたえがありそうな415ページの本だ。来年はリーマン生誕から190年、没後150年である。


力学系カオス:松葉育雄



内容: カオス理論を、力学的な見方を中心に丁寧に解説しました。基本からはじめ、豊富な数値解析や図を交えながら進むため、理論そのものだけでなく、理論と実現象とのつながりがよくわかります。演習問題や研究課題も数多く掲載しているので、本格的な理解に役立ちます。カオス理論をこれから学ぶ方、さらによく知りたい方、利用したい方に最適です。

僕のコメント: これまでカオスや複雑系は手を広げる余裕がなかった。リーズナブルな価格だったので購入してみた。520ページの分厚い本。


古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆



内容: 「ニュートン力学」と称される古典力学は、ニュートン以後のヨーロッパの数学者たちによる協同作業で形成されていったものであった。最新の科学史学を踏まえた、近代自然科学理論生成の物語。

僕のコメント: 今日の買い物でいちばんうれしかったのがこの本。コペルニクスからニュートンに至るまでの本はたくさんあるが、ニュートンからラグランジュに至る古典力学史はこの本に勝るものがあるだろうか?山本先生の本なのできっと素晴らしいに違いない。


神保町に行くとたいてい尾道ラーメンを食べる。水道橋駅近くには2店舗あったのだが、よく行っていた店舗は今年の9月17日に閉店していた。

ということで、もうひとつの店舗のほうで大盛りチャーシュー麺を食べた。

尾道ラーメン 麺一筋
http://www.onomichi-jp.com/







関連記事:

第51回 神田古本まつり
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c8b3a07e28fd98a1f3f7feb852e1d2b1

とねの本棚 (蔵書目録)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2949d01bf2f786f7d788c7f191fc3daa


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寺川奈津美の気象講座(朝日カルチャーセンター)

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寺川奈津美の気象講座(朝日カルチャーセンター): 詳細

講師紹介:
寺川奈津美(てらかわなつみ)
公式ブログ:http://www.nhk.or.jp/news7-blog/150/
Twitter: @natumikann541
気象予報士、気象キャスター。
1983年、山口県下関市生まれ。慶応義塾大学理工学部応用化学科卒業。第5回矢上祭で行われた理系美人コンテスト『ミス矢上』で初代グランプリを獲得。塾講師を経て、2008年よりNHK鳥取放送局のキャスターを務める。同年、気象予報士資格を取得。
2011年4月より『NHKニュース7』の気象情報を担当。




10月31日の土曜日は朝日カルチャーセンター新宿教室で気象の講座を受講してきた。午後1時から1時間半の授業だ。9月27日には「超弦理論と観測宇宙」、10月21日には「「多様体」超入門:現代幾何学が解き明かす「曲がった空間」」を受講しているので、この秋はすっかり朝日カルチャーファンになっている。

この日は朝から大忙し。バイクのセルモーターが動かなくなったので午前9時に近所のバイク屋さんに行き、ヤフオクで買っておいた部品とバイクを渡した。その後、今週始めからスマホの調子がおかしくなったのでドコモショップ笹塚店に行って機種変更手続しに行ったわけ。バイクのほうはカルチャーセンターの授業が終わるころまでに修理完了するというスケジュール。バイクとスマホの件は、別記事に書いておいた。(バイク修理の記事スマホ機種変更の記事)

新宿の朝日カルチャーセンターに着いたのが12時くらい。前のほうの席をとろうと早めに着いたのだけど、休憩コーナーでパソコンを広げて用事をしているうちに、教室前にはいつの間にか列ができているのに気が付いた。ああ!せっかく早く来たのに。。。慌ててパソコンをしまって最後尾に並んだ。

とはいえ、結局僕がとれたのはいつもの物理学講座で座っているような最前列の席。どうしてなのかわからないけど、その席だけ空いていた。ラッキーである。

いつもの71番教室。100人以上入れるいちばん大きい部屋だ。集客力は抜群である。さすが寺川先生!(講師なので「寺川さん」ではない。)教室の入口に「本日はサイン会や握手会はありません。」と張り紙がしてあった。(そういうの期待して来る人もいるのだろうなー。)

開講時間が近づく頃には満席に。男性が9割以上というのは物理学や数学の講座のときと変わらないが、年齢層が少し若い気がした。(8月にイケメン気象予報士の斉田先生が講座をされたときは女性受講者が異様に多かったそうである。やはりそういうものなのだろう。)


スタッフの紹介に続き講義が始まった。テレビで見慣れている人が3Dで目の前にいるのは楽しいものだ。黒のとっくりのセーターに黒とグレーのチェス盤模様のスカート、そして黒のタイツという服装。シックに決めているなと思った。そして顔が小さい。。。

講義の大まかな流れは次のとおり。ご自身が作成したPowerPoint資料とホワイトボードを使っての解説。

- 気象キャスターとしての仕事の話、1日のスケジュール
- 趣味としてのランニングのこと
- 2015年はどんな天気だったか
- 2014年2月の大雪について
- 2013年の成人の日の大雪について
- 雪と雨を分ける要因
- 質疑応答
- 自著の紹介


気象キャスターとしての仕事の話、1日のスケジュール

今月からツイッターを始めていること、自分のアカウントのほかに「NHK生活・防災(@nhk_seikatsu)」でもツイートされていること。

天気キャスターとしての仕事は毎日2分間だけだが、ヒマではない。朝8~9時に気象して天気予報チェック。前日の予報がはずれたときは、なぜはずれたかを分析。午前中は趣味のランニングをする。NHKの周りや代々木公園を走る。

昼頃から空模様の解析、ブリーフィングを行う。ブリーフィングはその日の天気のポイントを関係者で共有する。ブリーフィングは若手の育成という目的もある。専門家の前で行うため緊張する。

ヘアメイクは女性の場合45分程度、男性の場合は5~10分程度。その間のメイク担当者、衣装担当者との会話は一般の方の天気や気候に関する感じ方を知ることができるのでとても大切な時間。

衣装は気象予報士の間で共有したりするので、いつも新品を着ているわけではない。そのための洋服のお直し担当の方がいるのだという。

本番前はアナウンサーと打ち合わせ。担当は2分間だが状況によって短縮されること、延長されることがある。(時間調整のことは「尺の調整」という言葉で表現されていた。)

原稿は自分で書いて記憶している。ただしどう見せるか、どう話すかはチームであらかじめ打ち合わせしている。


2015年はどんな天気だったか

新年の大雪。61年ぶりの積雪。実家(山口県)への帰省のために新幹線を利用しているが、新幹線は雪に影響されやすい。

新幹線が徐行するかどうかは雪の量と性質に影響を受ける。粉雪だと走行中に舞い上がり、車体に凍り付いた雪が落下して砂利を跳ね飛ばす。そのようなときは徐行運転になる。

春は穏やかだった。(春一番は発生しなかった。)気温は高め。

5月下旬から暑かった。5月31日の東京の気温は32.2度。

夏は始めが暑かった。真夏日は歴代7位。7月19日~8月16日は1876年観測開始以来の猛暑だった。

エルニーニョが発生すると冷夏になると言われているが、この表現には注意が必要。「過去のデータをみる限り、冷夏になるケースが多い。」というのが本当のところ。だから気象予報では「エルニーニョが発生するので冷夏になります。」と断定的に表現してはいない。(断定的な表現をしてはいけないことになっている。)

長期予報はさまざまな要因が絡んでいるので難しい。しかし精度は年々向上している。

今年の台風の発生数と接近数は例年と大差ない。

7月の台風11号: 四国に上陸、関東に局地的な大雨を降らせた。7月17日の朝、桶川で女子高生が通学途中で流されて死亡する痛ましい事故があった。休日を利用して寺川先生は現場を訪れ、付近の様子を写真で説明された。

8月の台風15号:石垣島で最大瞬間風速71メートル。これは史上1位。

9月の台風18号と17号:鬼怒川の堤防決壊による洪水。(9月9日~11日)台風から離れていても台風周辺の湿った空気が流れ込んだ。(バックビルディング)線状降水帯が鬼怒川に沿っていたから被害が拡大した。

災害から1か月たった10月10日に休日を利用して寺川先生は現場(三坂地区)を訪れ、住民に聞き取りをしたり、写真を撮影して、状況を解説された。

この大雨は予想されていて注意喚起がなされていたが、天気予報での伝え方が十分だったか寺川先生は疑問を持っていらっしゃるという。現状の天気予報では雨量の予測はできるが、場所の精度は十分でない。

このほか9月12日の大雨の際、茨城県常総市の水街道地区を訪れたときの写真も紹介。水害は時差(タイムラグ)があるので注意。

今年の冬は暖冬と予想されている。暖冬のとき関東は大雪になることが多い。南から湿った空気が流れ込むため。


2014年2月の大雪について

関東で記録的な大雪が降った。前橋を訪れたときの写真を紹介されていた。

この2月の大雪のことは僕もブログ記事で書いていた。

記録的な大雪と東京都知事選挙
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0f2a56e5f169576ff22e50ad50537599

渋谷駅のハチ公の隣に「雪ハチ」の雪像が作られたときの大雪もこの月だった。

バレンタインデー、再び大雪、ソチ・オリンピック2014
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2f9f2eb35d60ab9bd82ef2703c0c0fb6


2013年の成人の日の大雪について

寺川先生にとっていちばんつらい日だったのだそうだ。(予報をはずしたという意味で。)

気象予報士にとって大切なのは、気象庁の予報をそのまま伝えるのではなく「予報の幅を伝える」ことなのだそうだ。つまり気象庁の予報の「自信の有る無し」をくみとって伝えるの大切なこと。


雪と雨を分ける要因

ほんのちょっとの気温や湿度の差で雪になったり雨になったりするので予報するのは難しい。高層天気図や高層の風向、気温、湿度(地上相対湿度)も考慮する必要がある。

気温を下げる要因は次の3つ。

1)雨が蒸発する際、気化熱によって冷却効果
2)雪が融ける際の融解熱による冷却効果
3)北からの寒気の流入

関東は山に囲まれた地形なので「冷気ドーム」が形成されて降雪するのが特徴。

この年の成人の日に大雪になったのは、融解熱による冷却と来たからの湿った寒気の流入によることが後の分析でわかった。


質疑応答

最後の10分が質疑応答に割り当てられていたが質問者が多かったので10分延長になった。爆弾低気圧についての解説を希望される方がいらっしゃり、まさにタイムリーなトピックで解説が行われた。


感想

あっという間の1時間半。声もよくとおり、さすが「話のプロ」である。受講者からの質問に対して即座にお答えをされるあたりは日ごろから広く深く勉強されているのだろうなと思った。

プライベートの時間を使って災害現場に足を運んでいらっしゃることにも驚かされた。特に桶川で女子高生が亡くなった現場や、鬼怒川の洪水の現場について時間をとって詳しく解説され、その地域にお住まいの方のお話もうかがっていらっしゃることに、ご自身の役割についての模索を真剣に行っていしゃるのだと僕は感じた。

気象予報の報道の仕方によっては人の生死を分けることにもなるのだから責任は重大である。来月発売される寺川さんの著書「はれますように」というタイトルには「災害をもたらすような天気になりませんように」という意味がこめられているのかなと思った。気象予報士、気象キャスターの仕事はとてもやりがいのある仕事だと強調されていたのが印象的だった。

洪水のあった三坂地区へは災害の1か月後の写真をお見せいただいたのだが、その惨状がひどいことに僕は驚き「1か月??」と思わずつぶやいてしまったのだが、寺川先生に気づかれて「そう、1か月もたってるのですよ。」とおっしゃっていた。写真に写っていない悲惨な現場の様子も先生の脳裏にあったに違いない。

大雪や大雨など災害に結びつく気象の話が多かったわけだけれども、全体的には明るく楽しい感じで進行した。テレビではけして見ることができない表情が見れたのもよかった。(大笑いしているときの表情とか。)


質疑応答が終わって、最後に著書の紹介をされた。11月13日発売予定で、ネットでは予約受付中。寺川先生の写真集の小冊子も含まれているそうだ。本が届いたら、僕も読んで紹介記事を書かせていただこう。


気象キャスター寺川奈津美 はれますように~未来はきっと変えられる


内容紹介
人気の気象キャスターが初めて語る
気象予報士の仕事、そしてプライベート

NHK 『ニュース7』の気象キャスター(平日担当)として活躍する寺川奈津美さん。 6回目の受験でようやく合格した気象予報士試験の苦労談から、気象キャスターの仕事の魅力、プライベートまでを赤裸々に語ります。
寺川奈津美さんは慶応大学理工学部卒の、いわゆる“リケジョ"。卒業後、いったんは一般企業に就職しますが、仕事になじめず1年で退社。その後、故郷・山口県下関市に戻り、アルバイトをしながら気象予報士の試験勉強に専念するが…。
これから「気象予報士」を目指す人はもちろん、目標や夢を諦めずに追いかける人たちにエールを贈るエッセイ集です。
「自分には認めてもらえるものが何もない」

ダメダメな自分に終止符を打つべく
気象予報士試験に6度チャレンジ。

『とにかく自分に自信がほしかったのです。
難関といわれる資格を取れば、
「頑張った証」をもらえる気がしました。
ダメダメな自分に終止符を打ちたかった』


講座では紹介されていなかったけれども、こういうのも販売されている。2年たつとプレミアがつくようだ。

NHK気象予報士カレンダー




寺川先生、楽しく、そして深く考えさせられる講義をしていただき、ありがとうございました!


講座の後、僕はバイク屋さんに戻り、修理を終えたバイクに乗っていったん帰宅。その後、地元の商店街に出たのだけれど、ハロウィンの仮装をしている人をたくさん見かけた。

今日の寺川先生は黒づくめの服装だったわけだけれど、仮装の人たちを見ているうちに「あっ、もしかしたら後で仮装しやすいように黒一色の服装をされていたのかな?」と思いついた。当たっているかどうかは確認のしようがないわけだけれど。


関連記事:

知識ゼロからの異常気象入門:斉田季実治
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0294a67d1755964cb572b65f029624e4


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セルモーターオーバーホール ブラシの交換

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自分のための備忘録。

セルモーターオーバーホール ブラシの交換

今年の夏あたりからエンジンのかかりが悪くなっていた。バイク屋さんに聞いたところエンジンのセルモーターあたりをハンマーやスパナでコツコツと叩くとかかるようになるそうなので、それ以来「だましだまし」乗っていた。

先週あたりから、ますます調子が悪くなりとうとう始動しなくなった。外出先で運転できなくなったら厄介である。

原因はセルモーターのブラシの接触だそうだ。あらかじめヤフオクで新品パーツを買い、今朝9時過ぎに近所のバイク屋さんに。大がかりな修理なので時間がかかる。

パーツ代: セルモーターブラシ+シールリング=3,350円
修理代: 7,000円

合計:10,350円

いろいろ調整してもらって完成



この日は午後から朝日カルチャーセンターの講座があったので、講座の後、午後3時ころにバイクを受け取りに行った。であるから修理している様子は見れなかった。

本日までの累積走行距離は37989.9Km


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docomoスマートフォン機種変更: SH-02E ⇒ SH-01H

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自分のための備忘録。

スマートフォンはdocomoのをメインに、SoftBankのiPhone 6をサブで使っているが、今週初め、急にdocomoのスマートフォンのバッテリーの減り方が早くなり、アプリもインストールできないという異常事態に陥っていた。前回機種変更してから2年半しか経っていないのだがやむなく機種変更することに。


機種変更前:SH-02E
http://www.sharp.co.jp/products/sh02e/

4.9インチ 約1,678万色 IGZO(720×1280ドット HD)
Android 4.0
APQ8064 1.5GHz(クアッドコア)
ROM 32GB、RAM 2GB/最大64GB(microSDXCカード)

機種変更後:SH-01H
https://www.nttdocomo.co.jp/product/smart_phone/sh01h/

5.3インチ Full HD TFT(IGZO)(横1080×縦1920ピクセル Full HD)
Android 5.1
Qualcomm MSM8992ヘキサコア(1.8GHzデュアルコア+1.4GHzクァッドコア)
ROM 32GB、RAM 3GB/最大64GB(microSDXCカード)


CPUやバッテリーの性能アップには目を見張るものがある。またワンセグテレビがフルセグテレビになったのがうれしい。

壁紙は相変わらず水戸黄門の印籠。色をブラックにしたのでより印籠らしくなった。


関連記事:

docomoスマートフォン機種変更: SH-02D ⇒ SH-02E
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/640a553779e25aeec40db62f398c215a


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第25回 神保町ブックフェスティバル

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先週の「第56回 東京名物神田古本まつり」に続き、今週も神保町で古本漁りをしてきた。今日は「神保町ブックフェスティバル」が目当て。

第25回 神保町ブックフェスティバル 2015年10月31日(土)、11月1日(日)
http://jimbou.info/news/book_fes.html

このように出版社別のワゴンセールがずっと並んでいる。



大の本好きとして知られている中江有里さんがブックフェスティバルに昨日はいらっしゃったようだが、今日は前のほうから和服を着た男性とすれ違った。どこかで見たことのある顔だと思ったら京極夏彦さんだった。

地元の笹塚に戻ってきて、書店の店員さんから聞いたところによると自分の蔵書印も作れるイベントもあったそうだ。調べてみたらこのページが見つかった。

第15回蔵書印まつり10月31日~11月1日 10:00~16:00
http://homepage2.nifty.com/e-noguchi/zoushoin/zoushoin.htm


今日の収穫はこの2冊だ。




応用数学の基本(朝倉書店)



内容: 第1章では、常微分方程式の一般的な解法のほかに、演算子法による解法や機械的、電気的振動系の解法にもふれている。第2章では、偏微分方程式の基本的な形の方程式の解法について述べ、あわせて例題を加えて詳細に説明した。第3章では、フーリエ級数、フーリエ変換が理工学方面に応用されることを考慮し、調和解析や画像再生の問題を例として取り上げている。第4章では、ラプラス変換およびラプラス逆変換について基礎的事項を詳述し、かつ機械的振動や電気回路の振動をはじめ、自動制御などの理論に広く用いられる、微分方程式を代数計算に置き換えて解く方法について述べている。第5章では数値計算の基本的事項を説明し、それらの数値計算アルゴリズムについて記述し、次章の常微分、偏微分方程式の数値解法への橋渡しとしている。第6章では、常微分方程式の一般的な形の基本的な数値計算例を示し、演習として解法のプログラムを付してある。第7章では、偏微分方程式の代表的な数値計算法である差分法、有限要素法、境界要素法について述べ、簡単な例題をあげて説明した。1995年刊行、182ページ。

僕のコメント: いわゆるコンピュータによる数値計算の理論と実践の基礎を学ぶための本。応用数学の基礎である。朝倉書店のワゴンは8割引きなので本書は700円で購入できた。


天体軌道論 改訂版:長谷川一郎



内容: 天体の軌道計算の理論と実際を解説した本。1983年刊行、407ページ。章立ては次のとおり。
第1章:観測時刻、第2章:座標系、第3章:歳差、第4章:2体問題、第5章:位置推算表、第6章:円軌道の決定、第7章:一般軌道の決定(1)ガウス・マートンの方法、第8章:放物線軌道の決定(1)、第9章:直接法(バイサラの方法)、第10章:軌道改良、第11章:特別摂動(1)直角座標による方法、第12章:特別摂動(2)要素変化法、第13章:特別摂動(3):惑星の勢力圏及び彗星の原始軌道、第14章:流星の軌道、第15章:特殊な軌道決定法、付録

僕のコメント: アマゾンから「天文計算」や「軌道計算」というキーワードで検索いただくとおわかりになるが、1970年代から1990年代にかけて天文の計算方法を解説した本がいくつも出版されていた。関数電卓やパソコンが一般人でも使えるようになったことが背景にある。本書もそのようなジャンルの本のうちの1冊だ。今では新刊で出版されなくなったため、このような本はいずれ入手困難になると思われる。2000円で購入できた。アマゾンの中古はいちばん安いのでも4927円するので、よい買い物だ。


関連記事:

第51回 神田古本まつり
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c8b3a07e28fd98a1f3f7feb852e1d2b1

第56回 神田古本まつり
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e6f8747520c13a604be12dc5c9fdfd2c

とねの本棚 (蔵書目録)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2949d01bf2f786f7d788c7f191fc3daa


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「昭和天皇実録」の謎を解く (文春新書)

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「昭和天皇実録」の謎を解く (文春新書)」(Kindle版

内容紹介
87年の生涯にわたり、日々の動静を克明に記した「昭和天皇実録」。史実として認められたことがある一方で、書かれなかったことも。昭和史の知識と経験が豊富な4人が、1万2千ページの激動の記録をどう読んだか?初めて明らかにされた幼少期、軍部への抵抗、開戦の決意、聖断に至る背景、そして象徴としての戦後。天皇の視点から新しい昭和史が浮かび上がる。2015年3月刊行、302ページ。

著者について
半藤一利(著書を検索
昭和5(1930)年、東京都生まれ。作家。東京大学文学部卒業後、文藝春秋入社。「週刊文春」「文藝春秋」編集長、専務取締役、同社顧問などを歴任。

保阪正康(著書を検索
昭和14(1939)年、北海道生まれ。ノンフィクション作家、評論家。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。同志社大学文学部卒業。2004年、昭和史研究の第一人者として菊池寛賞受賞。

御厨貴(著書を検索
昭和26(1951)年、東京都生まれ。東京大学名誉教授。東京大学先端科学技術研究センター客員教授、政治学者。東京大学法学部卒業。TBSテレビ「時事放談」の司会も務める。

磯田道史(著書を検索
昭和45(1970)年、岡山市生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部教授、歴史学者。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。NHK BSプレミアム「英雄たちの選択」の司会も務める。


昨年9月、宮内庁は昭和天皇の生涯を記録した「昭和天皇実録」の内容を公表した。これは宮内庁が24年5カ月をかけて編纂した第一級の史料だ。

天皇皇后両陛下に奉呈された「昭和天皇実録」


これの公刊本は宮内庁が行った入札により東京書籍から最初の4巻が今日までに刊行されている。最終的には全19巻、1万2千ページになり、刊行が完了するのは5年後の平成31年になるという。

「昭和天皇実録」公刊本: Amazonで検索



同居している母(昭和8年生)が読んでみたいというので差し当たり4冊購入してみた。入札が功を奏したのだろう。各巻税込み2041円という格安価格で買うことができる。

このように分厚い本は持ち歩けないから電子書籍がでればよいのだけど、母はiPadを使いこなしていないから紙の本のままにしておこう。自炊してしまうのは忍びないし。

電子書籍版がでていないのは、このように文字の割り付けが凝っているからなのだと思う。




今回僕が読んだ「「昭和天皇実録」の謎を解く (文春新書)」(Kindle版)は「昭和天皇実録」本編を読むためのガイドとでもいうべき本。公表された実録をすべて読んだ識者4人による対談集である。本編は年月の順に事実を記載しただけなので素人が読み解くのはとても難しいからこのような本はとても役に立つ。

章立てはこのとおり。

第一章 初めて明かされる幼年期の素顔
第二章 青年期の栄光と挫折
第三章 昭和天皇の三つの「顔」
第四章 世界からの孤立を止められたか
第五章 開戦へと至る心理
第六章 天皇の終戦工作
第七章 八月十五日を境にして
第八章 "記憶の王"として

昭和天皇のご発言はこれまで「独白録」や「拝聴録」として記録されていたが、「独白録」は昭和天皇が戦前、戦中の出来事に関して1946年(昭和21年)側近に対して語った談話をまとめた記録であり、東京裁判を意識している。「拝聴録」はその所在すら公表されていなかったのだが「昭和天皇実録」ではその存在が明らかにされた。(参考記事

また卜部亮吾、河井弥八など昭和天皇側近による日記(検索)も私たちが知りえる貴重な史料だった。

これらの史料をすべて合わせても昭和の激動の時代を天皇陛下がどのように生きたかを知るには不十分である。ジグソーパズルに例えると、今回公表された「昭和天皇実録」によって中央の大きなピースがようやく埋められたことになるのだ。それだけでなく、これまでに公表された史料や関係者の日記に記載されていた事柄の裏付けを取ることができるようになった。


先日放送された「NHKスペシャル 新・映像の世紀」第1集では、皇太子だったころ昭和天皇が第一次世界大戦後の戦場を訪れ、その悲惨極まりない光景を目にされたことが紹介されていた。このとき昭和天皇は戦争はけして起こしてはならないと決意されたのである。

にもかかわらず、なぜ日本は太平洋戦争への道を突き進むことになってしまったのであろうか?

昭和天皇は終戦まで陸軍海軍を統率する大元帥であり、戦争開始を命令したご本人であることは歴史上の事実である。昭和天皇が「戦争はしない。」と強く主張すれば回避できたのかもしれない。

しかし、当時の日本は明治憲法(大日本帝国憲法)に基づいた立憲君主制だ。昭和天皇といえども憲法や帝国議会の決定を無視するわけにはいかない。議会や政府、行政に対して強い影響力をもっていた軍部の暴走を抑えることはついにできなかった。

戦争中も昭和天皇に奏上される戦況報告は真実とは程遠く、軍部に都合のよいものがほとんどだった。そのように嘘に囲まれた状況で本当の戦況を知るために昭和天皇は海外から放送されている短波放送をお聞きになっていたことも「実録」で明らかにされたのだという。

国のトップであるがゆえに腹を割って話す相手がいない状況で正しい判断をしなければならない。戦前から終戦後にかけて苦悩されていたこと、不信感を抱いている軍や政府の要人は何度も呼びつけお話や叱責をされていたことが「実録」の記述から読み取れるそうだ。

昭和天皇自身のご発言にも一見矛盾した、一貫性のない場合があることもわかるそうだ。それはご自身に「大元帥」、「立憲君主」そしてこれらの上に大祭司という「大天皇」というお立場があり、それぞれの立場からのご発言であるからなのだという。また、奏上を受けている際には相手の立場や考え方によって発言内容も異なってくるそうだ。

戦前、昭和天皇の情報源は公式なお立場から受ける報告や記録映画などが主であったが、戦後になると好んで映画やテレビをご覧になっていたそうだ。庶民の生活を描いた映画や「トラ・トラ・トラ!」という真珠湾攻撃をめぐる両国の動きを題材に据え、日本との合同スタッフ・キャストで制作された1970年に公開のアメリカの戦争映画もご覧になっていたという。メディア革命の影響は一般庶民だけでなく昭和天皇にも同様に及んでいたことが実録にも紹介されている。


この他にもご幼少期のご様子、関心をお持ちになっていた事がら、他の皇族方に対する接し方、終戦から戦後のことまで、初めて知ることばかりなので興味が尽きない。苦悩されていただけでなく、何を楽しみ、物事に対してどのようにお感じになっていたのかなど、ひとりの人間としてのお姿をうかがい知ることができる。

「昭和天皇実録」の公刊本は厖大なのであえてお勧めしないが、この新書版だけでもお読みになってみるとよいだろう。

今年は昭和90年、昭和天皇がご存命であれば御年115歳である。

激動87年の生涯 昭和天皇 1901年~89年(御生誕から崩御されるまでの写真)
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/showa/chronology.html


余談: 先日「吾輩は猫である」を紹介したばかりだが、本書の著者のひとり半藤一利さんの義祖父は夏目漱石であるそうだ。(ウィキペディアの記事


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「昭和天皇実録」の謎を解く (文春新書)」(Kindle版



第一章 初めて明かされる幼年期の素顔

大正十年~昭和十六年
父母へ宛てた手紙の全文公開、科学と歴史へご興味、いたずらをして叱られる様子。生き生きとした記述の中に、四歳で日本海海戦の戦況報告を聞き、乃木大将の死に涙する姿も。

第二章 青年期の栄光と挫折

昭和六年~昭和十一年
戦争の悲惨さを知った欧州訪問は、後に「自分の花であった」と述懐するほどの輝く思い出に。二十五歳で即位した若き君主が直面したのは関東軍の暴走、治安維持法改正の難題だった。

第三章 昭和天皇の三つの「顔」

昭和十二年~昭和十六年
陸海軍を統べる大元帥、立憲君主としての天皇、これらの上に大祭司という「大天皇」がいる。満州事変から二・二六事件へ。軍部は天皇の異なる立場を巧みに利用しようとする。

第四章 世界からの孤立を止められたか

昭和十六年
昭和天皇は、日中戦争が長期化すると予測し得たか。三国同盟の先を見据えた外相・松岡洋右の大構想とは?天皇からの視点で開戦前の日本外交を点検する。

第五章 開戦へと至る心理

昭和十七年~昭和二十年
戦争に断固反対だった天皇が、開戦の決意をしたのはいつか。御前会議、大本営政府連絡会議、統帥部奏上の克明な記録から、「開戦やむなし」と追い込まれていったプロセスをたどる。

第六章 天皇の終戦工作

昭和二十年~昭和二十二年
陸軍が本土決戦を叫ぶ中、天皇自ら終戦への一歩を踏み出す。信頼する軍人からの情報収集、六月十五日の「空白の一日」、皇太后との関係から浮かび上がる「聖断」の背景。

第七章 八月十五日を境にして

昭和二十年~昭和六十三年
占領下で新たにクローズアップされる「国体」の問題。退位と戦争責任、マッカーサー会見、沖縄発言の矛盾。「立憲君主」と「象徴天皇」の枠組みの中での天皇像を探る。

第八章 "記憶の王"として

「独白録」と「拝聴録」。記憶はどう紡がれるのか。晩年に再訪した欧州での苦い経験、初めての訪米。激動の八十七年、最後に刻まれたものは?

ゴム弾性(初版復刻版):久保亮五

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ゴム弾性(初版復刻版):久保亮五

内容紹介:
本書の初版は1947年に刊行され、その後絶版となりましたが、発刊翌年に毎日出版文化賞を受賞し、著者が若くして表された、現在でも学問的にきわめて価値の高い幻の名著として今日まで語り継がれてまいりました。
著者は1995年3月に亡くなられましたが、著者の業績を忍ぶ各方面から復刊の要望が高く、読みやすい現代版として復刻したものです。
ゴムの物理や化学は今日でもなお未解決の問題も多く、当時少壮気鋭の学者としてこの問題に取り組まれた著者の、ゴム弾性の神秘をあばこうとして構想をめぐらす姿勢がうかがわれる本書は、直接この方面に携わる方々を魅了するばかりでなく、多くの方々の興奮を呼び起こすことでありましょう。復刻版は1996年6月刊行、176ページ。

著者について:
久保亮五(くぼりょうご):ウィキペディアの記事
1920年 東京に生まれる。東京大学教授、京都大学教授、慶應大学教授、日本物理学会会長などを歴任。東京大学名誉教授、理学博士。統計物理学、物性物理学の分野で国際的に知られた。 特に線形応答理論の構築に貢献し、彼の提案した理論は「久保理論」の名でも呼ばれている。 1997年に生前の業績を記念して井上科学振興財団が久保亮五記念賞を創設した。
久保先生の著書、訳書: Amazonで検索する


理数系書籍のレビュー記事は本書で285冊目。

小学校ではバネにおもりを吊るす実験をして張力とバネの伸びが比例するという「フックの法則」を学ぶ。僕はこの実験をしたとき、バネではなくてゴムを使っても同じになるのかなと思って試してみたことがある。輪ゴムをいくつもつないでバネのかわりにして、おもりのかわりに10円玉を何枚も使って実験した。

その当時、八百屋さんでは「ばね秤」が使われていたけれども、子供たちの身の回りにあってすぐ手に入るのは輪ゴムや女の子たちが「ゴム段」で遊ぶために使っていた長いゴムの輪だった。どちらも日常的に目にしていたものだから、僕がゴムを使って秤を作ってみたらと思いついたのは自然なことだ。

実験の記録はノートに書かなかったので詳しいことは忘れてしまったが、伸びの長さと張力が比例していなかったことだけは覚えている。なぜなのだろう?と先生に聞いてみたことも覚えているが、当時教えていただいた先生は理数系の大学で学んでいない若い女の先生だったので、今になって思うと先生に答えられたはずがない。

結果がどうなるのか、ネットで調べてみたところ次のようになることがわかった。

点線は初めて引っ張ったときの伸びと張力の関係、実線は10回ほどゴムを伸ばしたり元に戻したりした後に測定した伸びと張力の関係である。



輪ゴムで身近なものの質量を量る
http://www.ons.ne.jp/~taka1997/education/2012/1-physics/14/

注意:このページではフックの法則を無理矢理あてはめてグラフを直線化させてしまっているが、測定値を見る限りフックの法則は成り立っていないと僕は思う。もちろんどんな曲線であっても部分的には直線に近似できるわけだが。物理は初めに法則ありきではない。現実の結果を最優先すべきである。縦と横の軸がこのブログ記事のグラフと逆になっていることにも注意。


けれども僕にできることはそこまでで、それ以来、現在に至るまでゴムがなぜ「フックの法則」に従わないのか、どのようなしくみで伸びるのかは謎のままだった。そしてこの10年ほど物理学を学んできたが、この話題に触れている本はひとつもなかった。ゴムについて僕はほとんど何も知らない。僕にとってゴムは知識の平原の中にぽっかり空いている「無知の穴」のようなものだ。

要素還元主義を無理矢理こじつければ、ゴムの弾性は4つの力のうち電磁気力によるものだろうけれど、それでは安直すぎる。ファンデルワールス力(分子間力)も関係していそうだし。(実際、条件によっては関係しているのだ。)

その後、ゴムは繊維状の高分子の集合体であり、ほつれた毛糸の塊を伸ばすようなイメージで伸びるのだと感覚的にとらえるようになったが、これも定性的な理解をしているに過ぎないわけで。。。

相対性理論や量子力学、素粒子物理学などの基礎物理学も大事だけど、身の回りの物のしくみも知っておくのも大切だから今年は物性物理を学び始めている。ゴムのしくみは高分子物性物理だ。


本書はこのテーマについて統計物理学、物性物理学の大家でいらっしゃる久保亮五先生が27歳のときに研究成果をまとめて出版された本である。初版が刊行されたのは1947年で、1996年に復刻版として刊行された名著だ。久保先生の処女作でもある。

ゴムの弾性について定性的な理解が深まるだけでなく、いくつかの物理モデルに従った理論にもとづいた定式化により、定量的な理解も深めることができる。前提知識として熱力学、統計力学が必要になる。(量子統計物理学は不要)

章立ては次のとおり。

第1章:はしがき
第2章:ゴムおよびゴム類似物質
第3章:ゴム状態の本質
第4章:統計力学的な基礎
第5章:理想ゴムの統計力学的理論
第6章:実際のゴム
第7章:ゴムの理論に関連した諸問題


第1章と第2章で、ゴムを形成する分子の構造やその結合の仕方、生ゴムと硫黄を加えた「加硫ゴム」の分子構造、ゴムに類似した物質について解説がされる。

弾性をもつ原因は金属とゴムでは全く違うのだ。ゴムは固体に分類されるが、その状態は半ば液体といってもよいものであり、鎖状に結合した高分子(分子量は20万から30万)は、ゴムの伸長によりその位置を変えているのである。ゴムの弾性は物理的には熱力学的(エントロピー的)な現象であり、つまり熱力学によって定式化されるだけでなく、統計力学を使って記述することもできる。

生ゴムの分子の結合状態の一例


加硫したゴムの分子(硫黄はSであらわされる)


第3章では、ゴム弾性がエントロピー的な現象であることを踏まえて、それをもたらすのがミクロブラウン運動とマクロブラウン運動、分子内回転であることを解説し、実際に計算をしてみせてくれる。物理モデルから構成するのは熱力学の方程式だから温度変数も含まれている。つまりゴムの温度が張力にどのように影響するということもわかるわけだ。ご存じのようにゴムを冷やせば固くなる。ゴム温めれば張力は減ることが理論からも示される。

第4章では統計力学を使った解析を行うための物理モデルを提案し、これに従って鎖状分子のエントロピーを計算する。

第5章では、理想ゴム状態というもの(理想気体に対応するような形で)を定義し、マクロな力学系からの視点でゴム弾性の記述を試みる。その際、W.Kuhnの理論として知られるゴム弾性の初期の理論を説明し、その誤りを指摘している。そのうえで理論上計算されるゴムのポアソン比とヤング率の比較を行い、久保先生の理論のほうが勝っていることが示される。またこの章では高分子の網状構造をモデルにした理論、内部エネルギーを考慮した理論、運動論的なモデルを利用したゴム弾性の解釈などさまざまなモデルや視点にたってゴムの性質の理解を試みている。




第6章からは実際のゴムの性質についての考察を深める。実際のゴムとは生ゴムと加硫したゴムのことである。ゴムは伸長するとその一部が結晶化するという性質もある。低温にさらすと状態が変わるし、伸ばしたまま時間を経過させても性質が変わる。このような現象を実験と理論の両面から考察する。

第7章は「ゴムの理論に関連した諸問題」と題して、ゴムを構成する鎖状の分子がよじれて回転する場合の理論的な計算、粘性、膨潤など現象を説明し、解析を試みる。

以上のような流れで話が進むわけであるが、化学を理解していない僕でもついていけるのがうれしかった。ゴムは高分子でできているのだからまず化学を学ぶ必要があるのかなと思っていたからだ。

上の概要をお読みになっていただいてわかるように、ゴムの性質についてはすべてが解明されているわけではない。それでも、熱力学・統計力学を使った考察だけで、金属バネとは明らかに違うゴムの弾性が説明可能であることに僕は驚かされたというわけだ。

本書で紹介される理論が現実のゴムの現象にどれだけ肉薄しているかは、以下に示すグラフから感じ取ってほしい。

統計力学的に導かれるゴムの張力と伸びの関係(aとbは力学的モデルの違いによる)


張力と伸びの関係(理論と実験の結果)


加硫の違いによる張力の緩和の時間的変化


生ゴムの張力と伸びの関係(理論-実線と実際-破線の結果)


生ゴムの張力と伸びの関係の実験、温度による違い(左右のグラフは異なる実験者による実験結果)



ゴムが他の物質と極めて異質であることや魅力的な研究テーマであることは、本書のまえがきに相当する文章の中で物理学者の伏見康治先生がお書きになっている次の文章で見事に表現されている。みなさんも本書をお読みになり、この不思議さに基礎物理学の知識を使って果敢に挑んだ若き日の久保先生の物理現象に対する勘のよさと洞察力、卓越した応用力を味わってみてほしい。

------- 引用 ---------
ゴムという物質は極めて奇妙な物質である。金属の針金も引っ張れば伸びるが、それは極めてわずかである。ところがゴムは、特に加硫と言って、硫黄を入れたゴムは非常によく、2倍にも3倍近くにも伸びて、しかも手を離せば、もとの長さにもどってしまう。金属の針金も無理に引き延ばせば、今度はもとに戻らなくなってしまう。

もう一つ不思議な点がある。ゴムのバンドを急に引き延ばして唇にあててみると、それが熱くなっているのに気づく。これは気体を急に膨張させたときに冷えるのと対照的な話である。これは分子運動論的物性論の研究者にとって極めて挑戦的な問題ではなかろうか。

しかし純粋に学問的に考えても、ゴムほど分子論的物性論者にとって魅惑的な課題はなかった。若い久保亮五さんがこの問題にとりつかれたのは全く自然な話である。その熱的性質から言って、ゴムの弾性はバネの弾性のような力学的なものではなくて、熱的なものであることは明らかである。ゴムを作る分子はいわゆる高分子であって、長い、極めて長い鎖状の分子なのであって、それがくねくね折れ曲がりしている。その自由度が、伸びたときに減るから、熱が出てくるのである。

こういう立場で、久保さんは、前駆者Kuhnの誤りを訂正しながら、理論を構成していったのである。その際の武器は、熱力学と統計力学である。本書は統計力学の教科書としても良くできている。

半世紀前に書かれたこの本は、今日でも若い学徒たちへの入門書として、極めて高い価値をもっていると思う。それは著者自身が、ゴム弾性の神秘をあばこうとして、あれこれと構想をめぐらしている。その姿が如実に文間に現れているからである。
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関連書籍:

熱力学、統計力学の名著といえば、久保先生によるこの本が筆頭だ。通読は困難だが折に触れて学び続けていたい座右の書である。

大学演習 熱学・統計力学:久保亮五




数式が苦手な方にはこの本をお勧めする。ゴムの弾性のしくみが理解できるだけでなく、現代の社会で使われているさまざまなゴムについて知ることができる。一般向けの科学教養書だ。

ゴムはなぜ伸びる?―500年前、コロンブスが伝えた「新」素材の衝撃:伊藤眞義




余談:「ゴムはなぜ伸びる?」のほうは東京理科大学・坊っちゃん選書のうちの1冊。この記事の前に紹介した「「昭和天皇実録」の謎を解く (文春新書)」の「余談」にも書いたのだが、このところ僕はどうも夏目漱石にご縁があるような気がしてならない。


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ゴム弾性(初版復刻版):久保亮五



久保亮五「ゴム弾性」のもつ意義[伏見康治]
はしがき

第1章:はしがき
- 高分子物性論の位置

第2章:ゴムおよびゴム類似物質
- ゴムとその特質
- 高弾性
- ゴムの分子および加硫
- ゴムのX線的研究
- ゴム類似物質

第3章:ゴム状態の本質
- 物質の構造、原子分子間の力と力学的性質
- ミクロブラウン運動とマクロブラウン運動
- 分子内回転
- ゴム弾性の本質
- 熱力学的関係式と実験的証明

第4章:統計力学的な基礎
- 統計力学の基礎
- 理想気体
- 一つの力学的模型
- 鎖状分子のエントロピー

第5章:理想ゴムの統計力学的理論
- 理想ゴム状態
- 荷重と張力
- W.Kuhnの理論
- Poisson比とYoung率
- 網状構造の理論
- 内部エネルギーを考えた理論
- 要素分子の配向
- ゴムの張力の一つの運動論的解釈
- ゴムの複屈折
- 分子バネの説

第6章:実際のゴム
- 生ゴムの弾性
- 結晶化現象
- ゴムの低温における状態変化
- 時間的な現象および可塑性

第7章:ゴムの理論に関連した諸問題
- 分子内回転と鎖状分子の形
- 粘度
- 膨潤
- 繊維状タンパク質の問題
- 結びの言葉

付録
復刻版あとがき[西敏夫]
索引
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