Quantcast
Channel: とね日記
Viewing all 975 articles
Browse latest View live

多次元空間へのお誘い(10):球と球面

$
0
0
3次元の球

球と球面

この連載記事では多次元空間のお話をさせていただいているのですから、多次元の球と球面の話をしないわけにはいきません。この記事では前回の記事の最後でお約束したように、第7回や前回の記事で確認した「4次元空間に2次元物体を置くと一般的に3次元空間からは1次元の曲線として観測される。」が正しいことを、球と球面の話を使って説明させていただきます。

ところで大栗博司先生がお書きになった「重力とは何か」の第3章「重力はなぜ生じるか - 一般相対論の世界」のはじめのほうに「4次元の球体が私たちの世界を訪れたときの様子について書かれています。この本では「私たちには見ることのできない方向から突如として空間に「点」が現れ、それが徐々に広がって「球」になる。」と説明しています。今回の記事はその部分がよくわからなかった方にもお役に立つはずです。


3次元の球と2次元の球面

記事トップの画像は「3次元の球」です。見ることはできませんが中身も詰まっています。数学でこのような球を定義するときは、次のように表現します。

3次元空間の1点(たとえば座標の原点)からの距離が一定値以下にある点の集合

座標の原点は球の中心です。

そして球の表面は「球面」ですよね?3次元球の表面は「面」ですから2次元の曲面です。球の中身を空っぽにしたもので、次の画像の赤い曲面を8つ張り合わせた形になります。



この球面は数学では「2次元の球面」と呼び、次のように定義されます。

3次元空間の1点(たとえば座標の原点)からの距離が一定値にある点の集合

2次元の球面は3次元の球の外部との「境界」になっていますね。


2次元の球と1次元の球面

ひとつ次元を下げて2次元(平面)の世界で考えてみましょう。

次の画像は「円」ですが、「丸」とか「真ん丸」などいろいろな名前で呼ばれています。けれどもこれは3次元の球の次元を1つ下げたものですから「2次元の球」と呼ぶことにしましょう。



すると2次元の球の定義は次のようになります。

2次元空間の1点(たとえば座標の原点)からの距離が一定値以下にある点の集合

座標の原点は円の中心です。

2次元の球(すなわち円)の外周のことも「円」や「丸」と呼んでいますが、正しくは「円周」と呼びます。このような形です。



円周は1次元の曲線です。これは「2次元の球面」の外周(外との境界部分)のことですから「1次元の球面」と呼ぶことにしましょう。定義は次のようになります。

2次元空間の1点(たとえば座標の原点)からの距離が一定値にある点の集合

ここまでの説明で次の物体が登場しました。

3次元の球と、その境界としての2次元の球面
2次元の球と、その境界としての1次元の球面

さて、さらに次元を下げて1次元の空間には球や球面はあるのでしょうか?もちろんあります。2次元の球や1次元の球面の定義で次元を1つ下げればよいだけです。


1次元の球と0次元の球面

2次元の球の定義の次元をひとつ下げれば、次のようになりますね。これが「1次元の球」の定義です。

1次元空間の1点(たとえば座標の原点)からの距離が一定値以下にある点の集合

画像であらわすと、このようになります。つまり線分のことなのです。線分は1次元ですしね。奇妙に思えるかもしれませんが、これが定義から導かれる自然な形です。



座標の原点は線分の中点です。

同じようにして「0次元の球面」の定義はこうなります。

1次元空間の1点(たとえば座標の原点)からの距離が一定値にある点の集合

形はこうなります。座標の原点から等しい距離にある2つの点のことです。




N次元の球と(N-1)次元の球面

同じように考えて、球や球面の定義を4次元以上に拡張することもできます。残念ながらこのような球や球面を画像で示すことはできません。

4次元の球の定義:

4次元空間の1点(たとえば座標の原点)からの距離が一定値以下にある点の集合

3次元の球面の定義:

4次元空間の1点(たとえば座標の原点)からの距離が一定値にある点の集合

続けると球と球面はいくらでも高次元化できますね。

5次元の球と、その境界としての4次元の球面
6次元の球と、その境界としての5次元の球面
7次元の球と、その境界としての6次元の球面
8次元の球と、その境界としての7次元の球面
N次元の球と、その境界としての(N-1)次元の球面

ちなみに「ポアンカレ予想」は4次元の球の境界である「3次元の球面」についての話、「エキゾチックな球面」は8次元の球の境界である「7次元の球面」についての話です。どちらも私たちの3次元世界には存在できない高い次元の空間や物体の性質を述べているわけです。

~次元の球や~次元の球面という呼び方と、日常用語との対応がこんがらかってしまった方がいるかもしれませんので、表にまとめておきました。



次に球や球面を切断することを考えてみましょう。


2次元の球や1次元の球面の切断

2次元の球を直線で切ってみましょう。これは2次元空間にある2次元の球の話です。このようになりますね。



2次元の球を切ると青い線分があらわれます。これは「1次元の球」とも言えますよね?つまり「2次元の球を切断すると1次元の球が現れる。」と言えるのではないでしょうか?

1次元の球面も直線で切ってみます。このように2つの青い点が現れます。



2つの青い点は「0次元の球面」のことですから「1次元の球面を切断すると0次元の球面が現れる。」と言えそうです。


3次元の球や2次元の球面の切断

3次元の球を平面で切ってみましょう。これは3次元空間にある3次元の球の話です。このようになりますね。



現れたのは円ですから「2次元の球」と言えます。つまり「3次元の球を切断すると2次元の球が現れる。」と言えます。

2次元の球面も切ってみましょう。このようになります。この球の中は空っぽです。



現れたのは円周ですから「1次元の球面」です。これは「2次元の球面を切断すると1次元の球面が現れる。」ということです。


整理すると、次の2つのことが言えます。

2≦Nとするとき、N次元空間で:

- N次元の球を(N-1)次元の物体を使って切断すると(N-1)次元の球があらわれる。
- (N-1)次元の球面を(N-1)次元の物体を使って切断すると(N-2)次元の球面があらわれる。

表にしてみました。



また、この表から次のことが言えることがおわかりでしょうか?

- 4次元空間で4次元球を3次元物体(空間)で切断すると3次元の球が現れる。

これと大栗先生が「重力とは何か」の中で「4次元球が私たちの世界を訪れるとき、私たちには見ることのできない方向から突如として空間に「点」が現れ、それが徐々に広がって「球」になる。」が対応しているわけです。

表では黄色いセルの箇所で球の次元が3であることからそのように言えるのです。




それでは「4次元空間に2次元物体を置くと一般的に3次元空間からは1次元の曲線として観測される。」が正しいことは、この表からどのようにしてわかるのでしょうか?

いいえ、この表からはわかりません。この表は4次元空間に4次元球を置いた場合です。今回は2次元の曲面を置いた場合を知りたいわけですから、4次元空間に置くのは3次元球のはずです。

つまり、次元の数字をひとつずつ減らして、次の表を完成させます。さきほどの表と比べてみてください。



この表によると4次元空間に置いた2次元曲面(表の黄緑色のセル)を3次元空間で切断して見ると、1次元の曲線(黄色いセル)として見えることがわかります。


さて、次回の記事ですが3次元空間での話をする予定です。第5回までの記事では「ひもが絡まるのは3次元空間だけ」という話をしましたが、「ひもはなぜ絡まりやすいのか」については、まだ説明していません。次回はこれを説明いたします。


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

多次元空間へのお誘い(11):ひもはなぜ絡みやすいのか?

$
0
0
絡まってしまった電飾

ひもはなぜ絡みやすいのか?

前回までの記事では多次元空間を舞台に空間や物体のありさまを説明してきましたが、今回は舞台を3次元空間に移します。

第4回の記事では「絡まるとはどういうことか?」、第5回の記事では「ひもが絡まるのは3次元空間だけ」ということを説明させていただきました。

今回の記事では「(3次元空間で)ひもはなぜ絡まりやすいのか?」を説明いたします。

複雑に絡んでいるひもをぼんやり見ていても、何も解決しません。実際にご自分でまっすぐに伸びたひもを手にとって少しずつ絡ませ、ひもにおきる変化をつぶさに観察していくと、理由はわかってくるはずです。

第4回の記事の「絡まるとはどういうことか?」で得た結論は次のようなものでした。

1)絡まるためには物体が「交差してループ(輪)ができて相手(または自分自身)を囲む」ことが必要

2)そのためにはその空間で物体が2方向に曲がることが必要

3)物体が曲がる方向の数(曲がりの自由度)は空間の次元数から物体の次元数を引いて求める

このうち1)がいちばん大切です。「交差してループ(輪)ができて相手(または自分自身)を囲む」の後、「そのループにひもの一部が入る」ことで「結び目」ができます。

これが(ひもも含めて)物体が絡まること、結び目ができることの本質です。ひもの場合、いちばん単純に絡まっている状態は次の写真で示されます。これはまだ結び目になっていない状態です。




さて、実際にひもを使って絡まっていく様子を見てみましょう。現実には3次元空間で様子を再現すべきなのですが、写真を撮るのがむずかしいので平面にひもを置いて再現してみました。

この状態から始めます。ポケットの中に入れたひもを想像してください。



ポケットの中でひもは自由に動き回ります。ひもは生き物ではないので自然には動きませんが、人が動くことでポケットが揺れたり曲ったりしますから、その中のひもは動いてしまいます。

ひもが動くことでひもの端は次の行き先を求めてさまよいます。ひもの端をヘビの頭のように思っても構いません。そしてひもの端が次のような移動を偶然したとします。



ひもが自分自身と交差してループがひとつ作られたことがおわかりになると思います。

ひもはさらに移動を続けます。ひもが次に移動する選択肢は2つあり、そのどちらかが偶然によって決まります。ひとつは1と書いた領域に移動すること、そしてもうひとつは2と書いた領域に移動することです。

1の領域に移動すると、ひもは最初の状態に戻ります。

けれども2の領域に移動すると状況はさらに複雑になります。2の領域に移動するにはループの上側を通る方法と下側を通る方法がありますが、下側を通ると「結び目」が作られることになります。ここでは上側を通った場合を考えましょう。次のようになります。



ひもが交差している箇所とループが増えてしまいました。交差するときは必ず上側からまたいで交差するときと、下側からくぐって交差するときの2通りがあります。いずれにしても交差することでループの数が増えることに変わりはありません。

ひもの端はさらに動き続けます。

1の領域にひもの端が移動すると、ひもはひとつ前の状態に戻ります。これが「ひとつほどける」ということです。

2の領域や3の領域に移動すると、ひもの状態はさらに複雑になります。これが「絡まっていく」ということです。

ひもの端がどこに移動するかは偶然によって決まります。1、2、3の選択をする確率はそれぞれの領域の面積に比例するのでしょうけれども、大ざっぱにとらえれば面積ではなく「領域の個数」で考えてもそれほど違いはでてきません。1の領域はとても広いですが、ひもの端が1の領域の中の遠いところに移動する確率はかなり小さいことです。


移動するときに1の領域を選択しない限り、ひもはますます絡まっていくことがおわかりだと思います。複数ある選択肢のうち「ほどけるための正解」はひとつだけなのです。1以外の選択肢はすべて不正解で、ひもは絡まりの度合いを強めていきます。

答の選択肢が複数あるクイズにたとえるとわかりやすいです。最初のクイズは2択です。正解できればよいのですが、不正解だと次に出されるクイズは3択になり、そのうち2つは不正解です。2回目のクイズで不正解すると3回目のクイズでは選択肢がさらに増え、そのうち正解は依然として1つだけなのです。偶然にまかせて次の答を選んでいる状況なのですから、不正解を選んでしまうのがいちばんおきやすいことですよね。

このように間違いをおかせばおかすほど、次に突きつけられるクイズは難問になり、状況はますます不利になっていきます。よほどじっくり考えて正解を選ぶステップを続けない限り、ひもが最初の状態に戻ることはありません。

つまり、ひもが絡まっていくのは「確率法則に従った結果」なのです。「起きやすいことは起きる」という確率の法則に従ってひもの端が移動していくことで絡まりの度合いが増していくのです。

せっかく写真を撮ったので、その後の展開を観察してみましょう。

先ほどの写真で、ひもの端が1の領域に移動した状態です。正解のはずなのですが事態はより複雑になってしまいました。



1の領域に移動するにしても、この写真の下のほうの領域に移動すれば正解なのですが、写真のように上側に移動すると交差が作られてしまいます。今回は2か所で交差が作られ、不正解の領域が2つも増えてしまいました。

つまり1の領域の中にも不正解になるケース、交差の数が増えて絡まりの度合いが強まるるケースがひそんでいるのです。1の領域の中で「交差を減らすことができる領域」が正解、「交差を増やしてしまう領域」が不正解なのだといえるでしょう。


ところでひもは端だけが動くわけではありません。ひもが伸びている部分、身体の部分と呼んでいいのかわかりませんが、ひも全体が動くわけです。(ヘビにたとえて腹の部分と表現しようかと思いましたが、はたしてヘビには腹があったかな?と思ったらよくわからなくなったので、ヘビにたとえるのはやめておきます。)

ひもの最初の状態が次のようなものであったとします。



この写真の右下のあたりに、ひもが湾曲している部分がありますよね?この部分が偶然、次のように移動するとこのようなことになります。



もう最悪です。ループが6個もできてしまいました。

みなさんは、ひもが絡まりやすいのはなぜなのか、もうおわかりになりましたよね?


ところで第3回の記事では次のことを紹介させていただきました。

- 4次元空間では面と面、あるいは面が自分自身と絡む
- 5次元空間では立体と立体、あるいは立体が自分自身と絡む
- 6次元空間では4次元物体と4次元物体、あるいは4次元物体が自分自身と絡む

5次元、6次元空間でそうなるかは第5回の記事の終わりのほうで説明した理由により確証がもてませんが、少なくとも4次元空間では今回の記事で説明したのと同じしくみで面が絡まりやすいと言えるはずです。


固結びと蝶結び

ひもが絡むことだけでなく、ひもを結ぶことにも触れておきましょう。

蝶結びは簡単にほどけますが、固結びはなかなかほどけません。その違いも今回説明したしくみで理解できます。

どちらの結び方をするにしても、最初はこのようにひもを交差させますよね。



固結びをするときは、第2段階で次のように交差させます。これは絡まるだけでなく、結び目を作っている状態ですね。不正解のループが5つもあるので容易にほどけません。



蝶結びをするときは、最初の状態から次のようにひもを交差させます。ちょっとわかりずらいかもしれませんが、よく観察してみてください。固結びよりループの数が多く、複雑に絡まっているように見えます。



けれどもこの状況の中に、次のような構造があることに注意してください。



赤いひもが作るループの中を青いひもがくぐって「不正解」、つまり絡まりの度合いを強めた状態になっていますよね。

けれども青いひもの端はループをくぐる前の位置にあります。ここからひもを手繰り寄せればひもはループをくぐる前の状態に戻ることができます。

これは命綱をつけてクイズに臨んでいるようなものですね。「不正解の洞窟」に入ってしまっても、外から引っ張って助け出してもらえるという状況です。

蝶結びが簡単にほどけるのは、このようなしくみによるものです。


ひもにさまざまな結び方があることは、みなさんもご存知だと思いますし、それは日常生活にとても役立っています。

たとえば釣り糸にはものすごくたくさんの種類の結び方があります。時間をかけずに結べることが大切ですし、ほどけにくいということも大切です。そしてルアーは再利用するものですから、ルアーに結んだひもは、ほどきたいときには簡単にほどけることが要求されるのです。

また、引っ越し業者が荷物を結ぶとき、ロープは素早く、ほどけないように結ぶようにしなければなりません。また引っ越し先では素早くロープを解けるようにしておくことが大切です。

ひもの高度な結び方、テクニックを調べてみるのも面白いと思います。


さて、次回の記事では「髪の毛の絡まり」についての話をさせていただきます。


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

多次元空間へのお誘い(12):絡まりやすいもの、絡まりにくいもの

$
0
0
櫛の通りにくい髪

絡まりやすいもの、絡まりにくいもの

前回の記事では「ひもはなぜ絡まりやすいのか?」について説明させていただきました。ひもが絡まるのは3次元空間だけでおきる現象です。(第5回の記事を参照。)

2本のひも、または1本のひもが自分自身で絡まるためにはひもが「交差してループ(輪)ができて相手(または自分自身)を囲む」ことが必要です。そしてそのループにひもの一部が入ると結び目ができます。

身の回りにはひも状のものがいくつもあります。絡みやすいものもあれば、絡みにくいものもあります。絡みやすいものは「交差しやすい」、「ループを作りやすい」わけですから、次のような状態のひもが絡みやすいわけです。

- 動きやすい、動される環境に置かれている、軽い
- 長い
- 細い
- 曲がりやすい、弾力がない
- 滑りにくい、引っかかりやすい
- ねじれやすい(ループができやすくなります。)

逆に絡みにくいひもは、次のような性質をもっています。

- 動きにくい、動される環境に置かれていない、重い
- 短い
- 太い
- 曲がりにくい、弾力がある
- 滑りやすい、引っかかりにくい
- ねじれにくい

そして、ひも状のものを絡まらないようにするために、私たちは次のようなことをします。

- 巻く
- 揃える
- 太くする
- 固定する
- 結ぶ
- 束ねる
- 編む
- アイロンをかける
- 逆巻きにねじれているものを組み合わせる。(具体例。)


以下、身の回りにあるひも状の物をいくつかお見せします。上に挙げたどの理由で絡まりやすくなっているのか考えながら観察してみましょう。(身の回りにない物も一部あります。)


髪の毛

かなり悩んでいらっしゃるようですが、この状況に陶酔しているようにも見えます。髪が長く、毛髪が細い方のようです。



手入れが悪くて表面のキューティクルが逆立ったり、枝毛ができてしまうと、ますます絡まりやすくなります。逆にしなやかな弾力があり、さらさらして滑りやすい髪は絡まりにくいものです。

お手入れが面倒でしたら、束ねてしまうのがいちばんよさそうですね。



パーマをかけていたり、天然パーマの人は、もっと大変です。というより僕にはこのような髪型の女性が櫛を使う理由がわかりません。(後日追記:にわとりおかんさんに教えていただいたのですが、櫛で梳いてやらないとますます複雑にこんがらがってしまうそうです。)




ネックレス

このように高価な貴金属は僕の身の回りにはあったためしがありません。絡まってしまうとこうなります。



絡まっている箇所にベビーパウダーや片栗粉を振りかけるとほどけやすくなるそうです。「まち針」をチェーンの穴に入れて揺するという方法もあります。2つの方法を併用してみるとよいでしょう。




刺繍糸

絡まりつつある感じです。アート作品のようです。



もちろんこのように保管しておけば、飼い猫がいたずらをしない限り絡まることはありません。




電源ケーブル

これはよいアイデアですね。見習いたいです。




イヤホンケーブル

これはよく経験します。ポケットやバッグに入れておくだけで、こうなってしまいます。音を出す部分がひっかかりやすい形状なので、ほどくのが余計に大変なわけです。



小さく巻いたり、束ねて結んでおくのもよいです。(参考動画参考ページ)また、次のようなアイデア商品があります。

巻き取り型のは、よくあるタイプです。



ジッパー式です。これは思いつきませんでした。(Amazonでジッパーイヤホンを検索する。)




スパコン「京」内部のケーブル

スパコン「京」内部のケーブルです。あれだけの数のユニットがあるのですから、配線するのはさぞかし大変だったでしょうねぇ。。。



スパコン「京」の公式ホームページ:
http://www.aics.riken.jp/jp/


鉄製のワイヤ

重機を使うような現場では、このようなワイヤは軽い部類の材料です。錆びると余計にほどきにくくなってしまいますね。絡まらないようにきちんと巻いておいたほうがよさそうです。




有刺鉄線

バイクで突っ込んでしまいました。痛そうです。やってしまったという表情が見てとれます。目に刺さらなかっただけ「不幸中の幸い」なのでしょう。日頃から安全運転を心がけたいものです。



僕が子供の頃は、立ち入り禁止の土地などには有刺鉄線の柵で囲われた場所があったものです。子供が怪我をしてしまうので今では全く見られなくなりましたが、地方の工事現場ではまだ使われているのかもしれません。

このように巻いたとしても有刺鉄線を扱うのは厄介そうです。うっかりすると痛い目にあいますよ。身の回りに有刺鉄線がある方は、怪我をしないように注意しましょう。(Amazonで有刺鉄線を検索する。)




もうひとつ紹介したい物がありますが、次回の記事で説明させていただきます。「蕎麦やうどんの話」というタイトルです。


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

多次元空間へのお誘い(13):蕎麦やうどんの話

$
0
0
特盛そば(富士そば)

蕎麦やうどんの話

前回の記事では絡まってしまう物をいくつかピックアップして紹介しましたが、今日は蕎麦やうどんなどの麺類の話をさせていただきます。

製麺しているときや、コンビニの店頭に置かれているとき、どんぶりや皿に盛られた状態で、蕎麦やうどんは水分を含んで重いから動きません。(麺がひとりでに動き出したら気持ち悪いです。)ですから絡まるかどうかは茹でているときだけのことを考えることにします。


麺類を茹でると鍋の中で麺は動き回ります。鍋の中のお湯が運動するので、その動きに引きずられて麺が動くからだというのは子供でも分かることでしょう。

けれども鍋の中の麺は絡まりません。それはなぜでしょうか?みなさんは疑問に思ったことがありますでしょうか?

その理由はズバリ「隣り合うお湯の流れどうしは平行で、その流線が交わることはない」からです。

流線とは鍋の中のお湯のように流体力学の法則に従う流れを表現するもので、お湯の各点での流れをあらわすベクトルをつなげた曲線のことです。

この図では赤い矢印が流れをあらわすベクトル、青い曲線が流線です。



麺を茹でているとき、鍋の中のお湯は流体力学の法則にしたがって運動しています。麺はお湯の流れに沿う形で「たなびき」ます。風にたなびく鯉のぼりを思い浮かべればわかりやすいでしょう。

もし流線が交われば、流れに沿って伸びる麺も交わり、きっと麺はループを作って絡まりだすことでしょう。

では、なぜ流線は交わらないのでしょうか?絶対に交わることはないのでしょうか?

理由は簡単です。もし流線が交わったとすると、1点で2方向の流れが同時に存在することになってしまうからです。

この図の場合、赤い点の場所では西風と南風が同時に吹いていることになってしまいます。これは物理的にあり得ませんね。



ですから、麺は鍋の中で交差することがないのです。


加熱の状態によって違ってきますが、お湯の温度が低いうちは麺を動かすほど強くは流れていません。けれども沸騰点に近づくにつれてお湯は対流を始めます。

加熱のしかたによって対流の様子も違ってきます。



低気圧や台風では、大気が対流します。このように広い地域で対流がおきる場合には地球の自転によるコリオリの力が効くため、大気はこのように渦を巻いて流れます。



けれども、鍋の中のお湯の対流は台風よりもずっと小さい領域で、そして流れの速度が大きいためコリオリの力による渦はおきません。(ごくわずかにおきているのですが、目に見えるほどではありません。)

麺はお湯の流れの方向に伸びますから、それは曲がってループになりにくいということになります。

実際に麺を茹でている様子を観察してみましょう。

地元の「富士そば」で店員さんが茹でている様子を見ようとしたのですが、この店では蕎麦をこのような道具に入れて茹でているので、目的は果たせませんでした。



この道具は「てぼ」という名前だそうです。みなさんはご存知でしたか?恥ずかしながら僕は知りませんでした。(Amazonで「てぼ」を検索する。)


仕方がないのでYouTubeで動画を探したところ、よく目にする2つの状況がわかる動画が見つかりました。

これは対流しているお湯で麺を茹でているときの動画です。麺がきれいに揃っていますね。

動画を再生する


次はフライパンを使うことでお湯が対流しないような状況をつくり、箸で茹でている麺をかき混ぜているときの様子です。フライパンはともかく、こちらのほうがよく見られる状況ですね。

動画を再生する


箸は麺の絡まりをほぐすように動かすことになるので、よほどの箸さばきで麺を絡ませないかぎり麺を絡まっている状態にすることはできません。仮にうまく絡ませることができたとしても、わずかなお湯の流れによってすぐほどけてしまうことが容易に想像できるでしょう。

どちらの場合でも麺は絡まりません。


鍋の中のお湯の流れは滑らかで、流体力学では滑らかな流れのことを「層流」と呼んでいます。

円柱や球に層流を当て、特定の条件がそろうと「カルマン渦」という不思議な流れが起きることが知られています。

カルマン渦がある鍋の中で麺を茹でると絡まるでしょうか?

動画を再生する


カルマン渦であってもその流線は交わりません。ですから万が一、鍋の中にカルマン渦ができたとしても麺は絡まることはありません。全体的に広い領域に強い層流があるので、麺はその方向に伸びることになり、カルマン渦のところで麺は横方向から引かれ、全体的にゆらゆらと揺れることになります。

カルマン渦は大気中に観測されることもあります。



木星の大気中にも見つかりました。




カルマン渦ができるような状況で、流れを強くしていくとある時点からカルマン渦は消えてこのような「乱流」が発生します。




ところで流体力学の教科書には「乱流では流線は交わる」と書かれています。流線は交わることが本当にあるのでしょうか?

乱流の場合は1点を共有する形で流線が交わるのではなく、1点を共有しない形で交差するだけなのです。ひもとひもが交差するようなものですね。(1点を共有して流線が交わるのはさきほど説明させていただいたとおり不可能です。)



もしこのような「乱流」がおきている状態のお湯で麺を茹でるとどうなるでしょうか?

やはり麺は絡まりません。

乱流をおこすためには広い範囲に強い流れがあり、麺がその方向に伸びるからです。また乱流が交差している箇所は長続きせず、次々と場所を変えてしまいます。その結果、麺は伸びた上体で小刻みに振動します。


あと、もうひとつ可能性として挙げられるのは鍋の中に「よどみ点」ができる場合です。よどみ点とは次のように流速がゼロになる点のことです。

この図ではSがよどみ点です。流体は左から右へ流れています。



よどみ点がある鍋の中で麺を茹でたとしても、よどみ点のまわりには層流がありますから、麺はその方向に伸びるので絡まることはありません。

鍋の中に流れるお湯の流れは通常は滑らかなので、対流や層流以外のケースを考える必要はないのですが、念のためにカルマン渦、乱流、よどみ点が発生するケースについても解説してみました。


このようにして、鍋で茹でている麺は絡まることがないのです。水や空気の「流れ」は絡まりをほどく作用があるからです。


次回の記事は「DNAの二重螺旋構造」をテーマにお話させていただきます。


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

二重螺旋 完全版: ジェームズ・D. ワトソン

$
0
0
二重螺旋 完全版: ジェームズ・D. ワトソン

内容紹介:
生命とは何か。究極の問いに肉薄した男が赤裸々に語る、世界を震撼させたドキュメント! 生命の本質、DNAの立体構造はどのように発見されたのか――旧版にはなかった貴重な資料写真、関係者の間で交わされた書簡、研究結果を記したノートの図版、そして「幻の章」など多数収録。ライバルたちの猛追をかわし、生物学の常識を大幅に書き換えた科学者たちの野心に迫る、ノーベル賞受賞までのリアル・ストーリー。2015年刊行、479ページ。

著者について:
ジェームズ・D.ワトソン
1928年生まれ。1962年、フランシス・クリック、モーリス・ウィルキンスとともに、「核酸の分子構造および生体における情報伝達に対するその意義の発見」に対して、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。ニューヨークのコールドスプリングハーバー研究所名誉所長。

アレクサンダー・ガン
コールドスプリングハーバー研究所のワトソン生物科学スクール学長であり、同研究所出版局のシニアエディターも務めている

ジャン・ウィトコウスキー
コールドスプリングハーバー研究所バンベリーセンターでエグゼクティブディレクターの役職にあり、ワトソン生物科学スクールでは教授も務めている

訳者について:
青木薫
1956年、山形県生まれ。翻訳家、理学博士。京都大学理学部卒業、同大学院修了。数学の普及への貢献により2007年度日本数学会出版賞を受賞。


理数系書籍のレビュー記事は本書で276冊目。

いま書いている「多次元空間へのお誘い」という連載記事は、1年くらい前からひもが絡まりやすいのはなぜか?とか、それが3次元空間だけでおきることに興味を持っていたことに端を発している。考えを進めていくうちに「それでは細胞分裂するときにDNAはなぜ絡まないのだろう?」という疑問を持つようになっていた。

DNAはご存知のように二重らせん構造をした非常に長い分子である。高校時代は生物や化学を真面目に勉強していなかったら、今でも僕の知識はせいぜいNHKの科学番組で得られる知識より少しましなくらいで、科学雑誌NewtonのDNA特集のレベルまでには至っていない。生物と化学は中学の理科並みの知識といってよい。

ブログ記事の準備のためにDNAについての本を読んでおこうと思って5月中旬に中古で購入したのが、今日紹介する「完全版」の旧版(ブルーバックス版)だったのである。旧版は講談社から2種類刊行されていて、翻訳者は江上不二夫さん、中村桂子さんのお二人である。講談社からでている2冊は以下のものだが、内容は同じだ。

二重らせん (ブルーバックス): ジェームズ・D. ワトソン
二重らせん (講談社文庫): ジェームズ・D. ワトソン

 


さて読み始めようかと思った矢先、Facebook友達の投稿を見て「完全版」が5月末に刊行されることを知った。「ああ、無駄な買い物をしてしまったかな。」とは思ったが、比べてみるのも面白いかもしれない。とりあえず「完全版」のほうを読んでみた。

僕が生まれたのは1962年10月である。ワトソン博士とクリック博士、ウィルキンス博士がDNAの二重らせん構造の発見によってこの年にノーベル賞を受賞したことは知っていたから、自分の生まれた年と重なっていたこともあり歴代のノーベル賞の中でも特に印象に残っていた。10月といえばまさに授賞が決まった月である。

とはいっても生物学音痴な僕がワトソン博士について知っていたことはそれだけで、いろいろお騒がせな人物であったことは、今回初めて知った。博士の人生で何がお騒がせだったかというと次のようなことがあげられる。

- 駆け出し研究者だった頃、学会などに短パンやラフな髪型で出席していたこと。(当時では非常識)
- DNA構造発見に結びついたX線回折写真を不正な方法で入手したこと。(この「完全版」にはそれが不正ではなかったことが書かれている。)
- 本書の初版をクリック博士をはじめ、数名の科学者の反対を押し切って刊行したこと。
- 2007年に「黒人は人種的・遺伝的に劣等である」という趣旨の発言をしてしまったこと。
- 2014年にノーベル賞メダルをオークションで売ってしまったこと。(後に落札者からワトソン博士に返却された。)

初版(旧版)は1968年に出版され、これには博士が自分の見たまま、感じたままが書かれていたのでいろいろ誤解を受けてしまった側面がある。けれども今回紹介する「完全版」は膨大な数の当時の写真や手紙、公式文書を掲載しアレクサンダー・ガン、ジャン・ウィトコウスキーという2人の編集者による調査、検証を経て2012年に刊行されものだ。記述の信ぴょう性は高い。

「細胞分裂」が発見されてから「DNAの二重らせん構造」発見までの流れは次のようなものである。本書を読む前におさえておくとよい。

1838年: マティアス・ヤコブ・シュライデンが植物について細胞分裂説を提唱。
1839年: テオドール・シュワンが動物について細胞分裂説を提唱。
1842年: 染色体の発見。
1865年: メンデルの法則(遺伝学の誕生)ただし1900年まで研究成果は認められなかった。
1871年: フリードリッヒ・ミーシャーは膿(うみ)から、リンを含む新しい化学物質を発見して、ヌクレイン(核酸)と名づけた。DNAはヌクレインの一種。
1900年: メンデルの法則は3人の学者により再発見された。
1909年: ヨハンセンの提唱によって、メンデルの仮定していた因子が、遺伝子と呼ばれるようになった。
1940年代までにDNA=遺伝子ということの証拠固めがされていった。
1953年: DNAの二重らせん構造と遺伝情報の格納と継承のしくみが解明された。
1962年: DNAの二重らせん構造発見の功績に対してノーベル賞が授賞された。

DNAの構造が二重らせんであること、そしてA、G、C、Tの頭文字であらわされる4種類の塩基の配列が、生物の設計図であることが明らかにされたのだ。塩基は原子レベルで構造がわかっているから、生物の設計図が原子レベルで解明されたことを意味している。


本書はワトソン博士が1950年に米インディアナ大学大学院で生物学のPhDを取得し、1951年に研究者としてのスタートを切ってから、1953年のDNA二重らせん構造の発見、1962年のノーベル賞受賞、1968年に本書の初版を出版するまでの詳細が、博士自身を主人公として語られたものだ。科学を専門としない一般読者向けの本だ。

研究内容や研究生活、その過程で関わりを持った科学者たちのことはもちろん、プライベートの友達付き合い、女友達、家族のことまで洗いざらい書かれている。偉大な業績を残したとはいえ、若い頃は博士もひとりの不完全な人間であり、好き勝手に自分の好きなことを研究するわけにはいかない立場だった。今でも同じことだが、科学者として給料をもらうためには具体的な成果を常に求められるからだ。

DNAの二重らせんの発見は分子生物学の領域だが、当時はまだDNAの構造はもちろん、その中の何が親から子へ受け継がれる遺伝情報をたくわえているか、生物がその特徴を情報としてどのようにたくわえているかがわかっていないかった。

だから博士の研究に影響を与える領域としては、遺伝学、化学、結晶学(X線回折による構造解析)などがあり、それらは博士の専門外の領域である。それぞれの学問領域には専門の科学者がいるわけであるし、DNAの構造に対してもそれぞれの学問から予見される仮説を持っている。ときに仮説どうしは矛盾していたりして、手探り状態が続いていたわけだ。遺伝情報はタンパク質が担っているという学説があったりもした。

結晶学がなぜ関係するのか不思議に思う方もいらっしゃるだろう。当時は現在のように電子顕微鏡で原子や分子を直接見ることができなかった時代である。タンパク質などの高分子は結晶を作り、X線を照射してその回折画像から構造を予測していたからだ。

先日読んだ「固体物理の基礎 上・1 固体電子論概論: アシュクロフト、マーミン」の中の結晶格子やX線回折による結晶構造の決定の知識が役に立った。

DNAにX線を照射するからといって二重らせん構造が健康診断のときに見せられる骨格のように見えるわけではない。次のような画像をもとにフーリエ解析という数学的処理を経て二重らせん構造が明らかになっていくのだ。





このような計算を手で行ない、分子の3次元的な配置を求めていったのかと思うと、当時の科学者がしていた計算量というのは僕には想像もつかない。1950年頃に科学者が使うことができたのは「手回し式計算機」と「計算尺」くらいだったのだから。僕としてはそのあたりに感動してしまうわけである。

二重らせん構造が発表された当初、これを懐疑的に見る科学者も多かったそうだ。本書では355ページにそのことが触れられている。DNAが複製されるときには、鎖が分離するメカニズムが示されていなかったからである。

人間の細胞はおよそ60兆個あるそうだ。1つの細胞の大きさはおよそ10μmであり、このなかに入っているDNAを1本につないで伸ばすと2メートルにもなるのだ。DNAにはおよそ32億個の塩基対があり、46本に分かれていたとしても1本の長さは43ミリメートルである。これが絡まらないできれいに2つの細胞に分かれていくのだ。どのようなしくみなのだろう?僕には神業としか思えない。

二重らせんが分離するしくみが数学のトポロジー理論を使って解決されたのは1995年頃のことだそうだ。(Sumners, AMS Notices, 1995) だから1953年の時点で、二重らせん構造の発表に疑問をもつ科学者がいたのは不思議なことではない。


ところで本書の主役のワトソン博士やクリック博士が大いに触発され、分子生物学を志すきっかけとなったのがこの本である。量子力学の創始者のひとり、シュレーディンガーが1944年に書いた本だ。

生命とは何か―物理的にみた生細胞: シュレーディンガー



「What is Life?: Erwin Schrodinger」
ハードカバー ペーパーバック Kindle版




今回紹介した「二重螺旋 完全版」の詳細やアマゾンのレビュー記事は、こちらからご覧になってほしい。翻訳のもとになった英語版も掲載しておく。

二重螺旋 完全版: ジェームズ・D. ワトソン



「The Annotated and Illustrated Double Helix: James D. Watson, Alexander Gann」
ハードカバー Kindle版




その後のことを知りたい方には次の本をお勧めしたい。DNAの二重らせん構造発見から現代のヒトゲノム計画、ゲノム解読までを解説した本である。これもワトソン博士によるものだ。

DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで: ジェームズ・D. ワトソン
DNA (下)―ゲノム解読から遺伝病、人類の進化まで: ジェームズ・D. ワトソン

 

「DNA: The Secret of Life: James D. Watson」
ハードカバー ペーパーバック Kindle版




同じ分野のお勧め本として、Facebook友達からは生物学者のリチャード・ドーキンス博士やスティーヴン・ジェイ グールド博士の本を紹介いただいた。両博士の本も検索できるようにしておこう。

リチャード・ドーキンス博士の本: Amazonで検索する

スティーヴン・ジェイ グールド博士の本: Amazonで検索する


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

多次元空間へのお誘い(14):DNAの複製について

$
0
0
DNAの複製メカニズムに新たな発見(2011年)

DNAの複製について

二重螺旋 完全版: ジェームズ・D. ワトソン」の紹介記事にも書きましたが、DNAはとてつもなく長い分子です。1つの細胞の中にあるDNAを1本にして伸ばすと2メートルの長さにもなるそうです。細胞分裂するたびにこれが複製され、絡まらないで2つの細胞に分かれることは1953年にDNAの二重らせん構造が発見されたとき、大きな謎として残されました。

DNAの複製は「半保存的複製」と呼ばれているものですが、メセルソンとスタールが行った実験によってこれが証明されたのが1957年のことです。この実験は当時開発されたばかりの超遠心機を用いて高分子を比重によって分離する密度勾配遠心法を使ったもので「生物学でもっとも美しい実験」と評価されました。

けれども、この実験は「半保存的複製」が行われているという事実を確認しただけのことで、DNAが絡まないで複製されるメカニズムが理解されたわけではありません。

二重らせんが分離するしくみが数学のトポロジー理論を使って解決されたのは1995年のことです。その論文はここにPDF公開されています。

Sumners, AMS Notices, 1995:
http://homepages.math.uic.edu/~kauffman/sumners.pdf

すべて理解しようとするならば、この論文や「DNAトポロジー」というキーワードで検索して出てくる内容を読み解かなければならないわけですが、これは素人が理解できるレベルをはるかに超えています。

この連載記事は「中学生や高校生にも理解できるように」という趣旨で書いていますので、専門用語は省き、ビジュアルに理解するという方針で説明することにしましょう。


まずDNAの複製についてですが、高校の生物では「DNAの半保存的複製」の単元で次のような図を使って説明しています。ジッパーのようにほどけていくわけです。ほどけた後、A、T、G、Cの4つの塩基が複製されます。



けれども、この図はどうも腑に落ちません。2本のひもがらせん状に撚られたロープを次のようにほぐしていくと、次のように捻じれてしまいますよね。DNAの複製でこの捻じれはどのようにほどかれているのでしょうか?



DNAの複製は細胞分裂のプロセスの中でおきています。細胞分裂のプロセス全体を見てみましょう。



上段の左から3番目の図の段階でDNAの複製は完了しています。なぜなら23個ある染色体それぞれが1対ずつのペア(染色分体のペア)になっているからです。ですからDNAの複製はこの図の「分裂前期」におきているはずです。

「分裂前」の細胞はこのような感じです。DNAは細胞の「核」の中に入っています。



核の中を拡大すると糸状のものが見えてきますこの糸状のものがDNAの二重らせんそのものというわけではありません。



さらに拡大してみるとこの糸状の箇所に次のような構造が見えてきます。この図の薄紫の糸がDNAの二重らせんです。糸巻きのような物質は「ヒストン」と呼ばれているタンパク質です。



このように巻き付いて絡まるのを防いでいるだけでなく、細胞核という狭い領域に効率よく収まるしくみができているわけです。またほどけやすくするために、ヒストンに巻き付く回数も2回ずつになっていることに気が付いたとき僕は驚きました。

そして「細胞分裂中期」になるまでに、DNAを巻きつけたヒストンは1か所に整列して「クロマチン繊維」になり、それが染色体の中の2つの部分(染色分体)に分かれるわけです。



ここまでのことは高校の生物で学ぶ事がらです。けれども、これではDNAが絡まないで複製することは説明できていません。このしくみを解決するのが「DNAトポロジー」なのです。

DNAトポロジーでキーワードとなるのが「DNAトポイソメラーゼ」と名付けられた酵素です。DNAトポイソメラーゼは2本鎖DNAの一方または両方を切断し再結合する酵素の総称です。

2本鎖DNAは二重らせん構造を形成しています。この二重らせんがさらに巻かれたり、逆にほどかれたりすると、DNA分子全体にひずみが生じることになります。これらを 「DNA超らせん構造」(前者を正の超らせん、後者を負の超らせん)といいます。

DNAは非常に長い分子で、両端の動きが固定されると局所的に超らせん構造をとることが知られています。また、転写、複製、修復などの際には、二重らせん構造にひずみが生じるため、トポイソメラーゼがそのひずみを解いてくれるのです。

DNAトポイソメラーゼには次のタイプがあることが知られています。




ここから先はDNAトポイソメラーゼのタイプ別にその働きを説明しなければならないので「中学生、高校生レベル」をはるかに超えてしまいますし、説明するにしても僕の力量を超えています。

けれども雰囲気だけでもお伝えしてみたいと思い、YouTubeから比較的わかりやすい動画を探してみました。我ながら安易だと思いますが、こういうのは動画で見るのがいちばんです。

私たちの細胞ひとつひとつの中に、このような精巧なしくみが備わっていることに僕は生物の進化の不思議を思わずにはいられませんでした。

まずこの動画です。細胞の視点から染色体が分裂する様子がわかります。(再生時間6分)





次の動画ではDNAの半保存的複製のプロセスがわかります。前半ではヒストンに巻きつくDNAの様子が見れます。(再生時間3分)




次の動画はDNAトポロジーの解説です。「絡み数(Linking number)」、「ツイスト数(Twist number)」、「ひねり数(Writhe number)」など基本的な事柄にフォーカスして説明しています。(再生時間8分半)




これもDNAトポロジーの解説です。より詳しい説明になりますが、わかりやすい動画だと思います。(再生時間34分)




DNAトポロジーは現代でもさかんに研究されている学問領域です。2011年には東京大学分子細胞生物学研究所の白髭克彦教授らによって「DNAの複製メカニズムの新たな発見」が発表され、DNAの複製が染色体の大きさに依存した方法で行われていることが明らかになりました。

3次元空間ではひも状のものは特に絡まりやすいのですが、このように精緻なメカニズムによってDNAは絡まることなく複製されていくのです。そしてこのメカニズムはDNAの塩基配列自体に記述されているわけです。そして塩基配列を設計図としてタンパク質が合成されます。なんだか「タマゴが先か?ニワトリが先か?」という因果関係の矛盾の話に似ていますね。

このDNA複製とタンパク質合成がはらんでいる矛盾については先日NHKで放送された「生命大躍進」の第3集で取り上げられていました。それは地球上の生物の進化の過程で、DNAによる複製とタンパク質の合成が始まるより前にRNAによる自己複製が行なわれていたという「RNAワールド仮説」のことです。

RNAワールドからDNAワールドへの発展は、RNAからタンパク質に生化学反応の触媒が移行し、RNAはタンパク質の配列を示す遺伝暗号としての機能を持つようになり、RNAが不安定な分子なので、RNAからDNAがその機能を担うようになり、おこったとされています。

けれどもRNAワールド仮説を生命の起源説として主張するにあたってはいくつかの問題点が指摘されていいます。主に次の3つがあります。

1) 様々な核酸類似体の存在下で、これらがRNA特有の結合様式をとった根拠が無い。
2) RNA は DNA 等と比べ不安定な分子であり分解されやすい。
3) 自己複製能力をもつ RNA 分子が見つかっていない。

今もなお生命の起源は明らかになっていません。


さて、次回の記事は舞台を多次元空間に戻します。「4次元空間で絡まっている面と面の状況は?」というタイトルでお話させていただきます。


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

発売情報:ファインマン流 物理がわかるコツ 増補版:リチャード・P.ファインマン

$
0
0
ファインマン流 物理がわかるコツ 増補版:リチャード・P.ファインマン

内容紹介
刊行後50年たってもなお世界中で読み継がれている『ファインマン物理学』。今なお世界中で支持されている名著である。その教え方やヒント、未収録講義や本ができるまでの裏話を満載した初版。そこに新たにファインマン本人ほか、実際の名講義に関わったレイトン、ヴォクトへのインタビューを加えて増補版として刊行。各人各様の本音とためいきが語られ、驚きと笑いの連続である。
本書は『ファインマン物理学』には収録されなかったファインマンの名講義4本を収めた。物理の苦手な学生向けに微積分入門から学力の入り口までファインマン独特の極意を伝えるという異色の内容。ウィットとユーモアたっぷりで語るファインマンならではの講義をリアルに再現した。付録にあるファインマン、レイトン、サンズらによる『ファインマン物理学』の誕生秘話もファンには興味深い。各人各様の本音とためいきが語られ、驚きと笑いの連続である。2015年4月刊行、232ページ。

著者略歴
リチャード・P.ファインマン(ウィキペディアの記事
1918‐1988。アメリカの物理学者。マサチューセッツ工科大学、プリンストン大学を卒業。コーネル大学教授、カリフォルニア工科大学(カルテク)教授を歴任。量子電磁気学における「くりこみ理論」を完成させ、1965年J.シュウィンガー、朝永振一郎とともにノーベル物理学賞を受賞。定評ある教科書のほか、エッセイも名高い。

翻訳者略歴
戸田盛和
1917‐2010年。1940年東京帝国大学理学部物理学科卒。東京教育大学教授、横浜国立大学教授などを歴任。

川島協
1932年生。1957年カリフォルニア工科大学物理学科卒。東海大学名誉教授。


これは『ファインマン物理学』の本編テキストには収録されなかったファインマンの名講義4本を収めた本である。物理の苦手な学生向けに微積分入門から学力の入り口までファインマン独特の極意を伝えるという異色の内容だ。

2007年に刊行された本書の初版が絶版になっていたのは知っていたが、ふだん大型書店に行くことがめったにないので増補版として4月に刊行されていたことに気が付いていなかった。いつものことながら迂闊だったと思う。遅まきながら発売情報として紹介させていただこう。

ファインマン先生のファンとしては『ファインマン物理学』の本編のテキストと同じデザインになったのがうれしいところ。版型は本編テキストよりも小ぶりで、本書の初版とほぼ同じサイズである。ページ数は190ページだったものが232ページに増えている。


英語版はこちら。電子書籍化も完了!

Feynman's Tips on Physics: Reflections, Advice, Insights, Practice: Richard P. Feynman」(Kindle版



『ファインマン物理学』の本編テキストをお求めの方は、こちらからどうぞ。

ファインマン物理学 I 力学」(1986)
ファインマン物理学 II 光・熱・波動」(1986)
ファインマン物理学 III 電磁気学」(1986)
ファインマン物理学 IV 電磁波と物性〔増補版〕」(2002)
ファインマン物理学 V 量子力学」(1986)






関連記事:

ファインマン先生の自伝本と講演本
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9bf47cf51085c74caf34a11068a17285

ファインマン物理学(英語版)が全巻ネット公開されました。
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e94dd49d7d8cc395e29d37927e30173d

The Feynman Lectures on Physics: The New Millennium Edition
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cb58141ade509fb63952d49ef57c70c7

ファインマン物理学: 英語版とフランス語版
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1dbcd1e1b02616ef1363ced99a912072

発売情報: フランス語版「ファインマン物理学」の新版
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/daf630deb00e6c315897d6f47ba3dd5a


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 


ファインマン流 物理がわかるコツ 増補版:リチャード・P.ファインマン



1 これだけは知っていてほしい―物理が苦手な学生のための補講A
2 法則と直観―物理が苦手な学生のための補講B
3 さまざまな問題とその解―物理が苦手な学生のための補講C
4 力学的効果とその応用―物理が苦手な学生のための補講D
5 演習問題

多次元空間へのお誘い(15):4次元空間で絡まる面と面の状況は?

$
0
0
3次元空間では絡まらない面と面

4次元空間で絡まる面と面の状況は?

第3回の記事で書いたように4次元空間では面と面、あるいは面がそれ自身で絡まりやすいのです。

ウィキペディアの「結び目理論」の項目にも「4次元空間では1次元の閉多様体である結び目はほどけてしまって役に立ちませんが、2次元の多様体である閉曲面を使ってやれば目的を果たすことができます。これを4次元結び目理論、曲面結び目理論などと呼んで結び目理論に含めることもある。」と書かれています。

また「曲面結び目理論:鎌田聖一」という本が2012年に刊行されているのを見つけました。これは4次元空間で絡まる曲面の結び目の理論を解説した本です。

4次元空間で絡まる面の姿など私たちに想像できないのはわかっていますが、僕はどうしてもあきらめきれません。その状況を3次元空間から垣間見れるだけでもいいから見てみたいのです。3次元空間から見たらそれは絡まっているのでしょうか?それとも絡まっていないのでしょうか?

とりあえずひとつ次元を落として3次元空間で絡まっているひもとひもを2次元空間(平面)から見てみましょう。それはこのような状況です。



平面の世界の住人からは、このように観察されるはずですね。



平面を上にずらして絡まっている位置まで移動させると、点の位置や個数は正確ではありませんが、だいたいこのように見えます。




3次元空間を平面で切る方向はX-Y平面、Y-Z平面、Z-X平面の3通り考えられますが、どれであっても同じように赤と青の点々になることは容易に想像できます。そしてこれは3次元空間の物体を3方向にスライスして物体の一部を「立体視」したことになります。

点と点は絡まりようがないので「4次元空間で絡まる面どうしが3次元空間で観測されるひもとして見えるとき、それは絡まっているか?」の答の参考にはなりませんが、これと同じことをひとつ上の次元で試してみようというのが、今回挑戦しようとしていることです。果たしてうまくいくでしょうか?


第7回の記事で僕は4次元空間(X-Y-Z-U空間)の中にある私たちの3次元空間(X-Y-Z空間)と、もうひとつの3次元空間(X-Y-U空間)を紹介し、この2つが互いに垂直空間であることを説明しました。2つの空間はこのようなものでした。

X-Y-Z空間


X-Y-U空間


4次元空間(X-Y-Z-U空間)から3つの座標を選び出す方法はあと2つありますね。それはX-Z-U空間とY-Z-U空間という2つの3次元空間です。

つまり4次元空間にはX-Y-Z空間、X-Y-U空間、X-Z-U空間、Y-Z-U空間という4つの3次元空間が含まれていて、それらは互いに垂直空間になっているわけです。そして4次元空間をスライスしてできる「切り口」は2次元の面ではなく3次元の立体ですので、これら4つの3次元空間は4次元空間の4方向から切ったときの切り口となるのです。

4次元空間の中にある面は、3次元空間ではひも、線、点のいずれかとして観測され、そして一般的にはひもとして観測される確率が高いことは第10回までの記事で説明しました。

4次元空間で絡まり合う面と面の姿を4つの3次元空間に映る「切り口」から観測する、いわば「超立体視」を試みるわけです。なんだかワクワクしてきます。


その状況は「3次元空間では絡まっているひもとひもとして観測されるのだろう。」という想定のもとで、僕は思考実験を始めました。

つまり4次元空間でいちばんシンプルな形で絡まっている面と面を4つの3次元空間の切り口で見た場合は、この写真の状況がどの3次元空間でも(見る角度は違っているかもしれませんが)再現されているのだと想定するわけです。



4次元空間にある赤い面と青い面を絡ませるために4つの3次元空間にある赤と青のひもを動かしながら解いていく高度な「4次元空間パズル」です。

手始めにまずX-Y-Z空間の中のX-Y平面に、次のように赤い布を置きます。X-Y平面はX-Y-U空間でも共有されていますから、X-Y-U空間で見ても赤い布が置かれている状況は同じです。



X-Y-U空間の彼に赤い布をこのように持ち上げてもらいます。私たちには認識できないU軸方向に持ち上げてもらうのです。



するとX-Y-Z空間にいる私たちには、赤い布は右端から消えていき、次の写真のようなひもとして観測されるようになります。(撮影場所が変わっていることは気にしないでください。)



ここまでは第7回の記事で解説したのと同じです。

私たちにとってこれは普通のひもですから、上下、左右の方向に曲げられるはずです。つまり曲りの自由度は2のはずですから。

とりあえず上に曲げてみます。赤いひものループを作るために必要になる曲げ方です。



そのときX-Y-U空間にいる彼が見ている次のように斜めに立っている赤い布は、写真の向う側から消えていくように見えるはずです。

つまりこの状態から



この状態に赤い布はひもに変化していくのです。それは彼にとってZ軸方向は見えない方向だからです。(もう少し急傾斜でひもを立てて撮ったほうがよかったですね。)




次に私たちは赤いひもがX-Y平面に横たわった状態から右に曲げてみます。赤いひもはループするだけでなく、青いひもと交差するために右方向へ曲げることも必要になるからです。



そのときX-Y-U空間にいる彼には次のような赤い布がどのように変化していくかを考えたとき問題がでてきてしまうことに僕は気がついたのです。

つまりこの状態の赤い布はX-Y平面を2つの3次元空間で共有していますから、彼が見ている赤い布がX-Y平面と接している部分(線)も、私たちがひもを右に曲げると同じ方向に曲っていくわけです。



この写真でわかるように、彼にとって赤い布は60度くらいの角度で傾斜していますから、平面に接している状態を保ちながら接している部分を右に曲げると、どうしても赤い布に「しわ」がよってしまいます。しわが寄るのは赤い布の面が伸びている方向に「押しの力」が働くからです。

「平面に接している状態を保ちながら」の理由は、2つの3次元空間で共有されているX-Y平面上でひもを右に曲げているので、彼にとっては布の下の辺を平面から離してはいけないからです。

もしこれが布ではなく下敷きのようなプラスチックの板だったらどうでしょうか?そのように曲げることができないのは明らかですよね?

つまり、私たちの3次元空間ではひもに見えるこの物体は、上方向には曲げられるものの、右方向には曲げることができない、曲りの自由度が1の「変な物体」になってしまいました。それは3次元空間にあるひもに見えていても、4次元方向につながっている物体としてひもが存在しているからだと考えられます。

これでは先に進めません。

このような困難がおきてしまう原因は何でしょうか?そしてこれを解決することはできるのでしょうか?


次回の記事では「物理的な問題」というタイトルで、問題の理由の本質が何であるかを解説し、その次の回の記事で「問題を解決するためのアイデア」を紹介したいと思います。


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

かんたんラクラク耳穴集音器DX

$
0
0
拡大

同居している82歳の母の聴力の衰えは生活に支障をきたすようになってきた。昨年10月に購入した「骨伝導電話機」で、長電話する楽しみは取り戻すことができたが、父との会話や歌のレッスンが難しくなり相手をイライラさせてしまうことがしばしば。母もそれを気にしてときどき憂鬱になっていた。

補聴器は5年ほど前に30万円くらいのを1つ買って使ってみたのだが、ノイズがうるさくほとんど使わないままで、食器を洗っているときに水没させてしまった。

それ以来「補聴器はもうたくさん。」というトラウマが母の心を支配していた。高価な品物を壊してしまった後ろめたさもあったのだろう。


とはいっても難聴が進行してしまったので、なんとかしなければならない。「駄目もと」で試してみようと購入したのが「かんたんラクラク耳穴集音器DX(2個セット)」である。この値段だったら壊したり、無くしたりしてもがっかりしなくてすむ。母はかなりそそっかしいので、これなら安心だ。

アマゾンや楽天での評価が良いので、安心して買うことができた。2つセットだと5800円、1つだけだと2980円。左右の区別はない。


今日届いたので使ってみてもらったところ、すこぶる調子がよい。音質もそこそこ良いし、ノイズやハウリングもない。ボリュームはいちばん小さいあたりにセットしても、母はじゅうぶん聞こえると言っていた。聞こえる最低ボリュームにしておくのが大切だ。大きい音でずっと聞いていると難聴が進んでしまうから。


急に周囲の音が聞こえ始めたので、はじめ母はきょとんとしていたのが可笑しかった。電池も長持ちするのでコスパがよい。できればこういう電池も充電式のがあればよいのだけれど、今のところは使い捨てので我慢しておこう。

使い始めて数時間後、母に使用感を聞いてみたところ自分の声が大きく響くので少し気になると言っていた。

ともかく父との会話もスムーズになり「我が家の平和」に貢献することになるだろう。

あともうひとつ、この補聴器が役に立つことがある。母には姉が2人いるのだが姉2人は千葉県と佐賀県に住んでいるので3人で会える機会はほとんどない。3人とも耳が遠くなっているから電話での会話も不自由している。来月初めに3姉妹が久しぶりに東京に集まって、近況や昔話をする予定が組まれている。いちばん上の姉にもこの補聴器を発送しておいた。久しぶりに3人揃うのだから楽しくおしゃべりして過ごしていただきたい。

とりあえず、めでたしめでたしである。


商品の説明
● 耳穴式で簡単につけられるコンパクトな集音器です。
● 耳穴にすっぽり入るコンパクトタイプだから目立たず周りの目も気になりません。
● 耳穴のサイズに合わせる4つのイヤパッド!
● 電池交換後は120時間~180時間もの長時間連続使用は可能です。(※ 付属の電池はテスト用電池ですのでご了承ください。)
● 120デシベル(±5)以上の音量については出力しませんので、急に大きな音が鳴ってもご安心ください。(※ 但しご自分に合わせた音量でご使用ください。)

仕様
サイズ:(約)本体:15x30x22mm(イヤーパッド含む)
本体、ブラシ材質:ABS樹脂
電源:ボタン電池(空気亜鉛電池1.4V)
セット内容:本体、イヤーパッド(大・中・小・極小各1)、掃除用ブラシ、テスト用ボタン電池2個(※ *本製品に付属の電池は作動テスト用です。はやめに通常電池(市販品LR41/PR41/PR41S)をお求めください。


かんたんラクラク耳穴集音器DX(2個セット)


かんたんラクラク耳穴集音器DX(1個)


パワーワン 補聴器用 空気電池 PR41(312) 6粒入り×5シートセット」(10シートセット



関連記事:

骨伝導電話機 (子機、Sanyo TEL-SKU2)を購入
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a79d25e6b4006735891b023e6929b101

それは突然やってきた(脊柱管狭窄症)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2c75664d246ee9f1ddf0c1f27bf3ec55

父がようやく退院した(脊柱管狭窄症)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0ccd4843245eb1c8e4cfb5573037319d


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

多次元空間へのお誘い(16):物理的な問題

$
0
0
同相な変形(トポロジー)

物理的な問題

前回の記事では4次元ユークリッド空間の中で布と布を変形して絡まり合う状況を再現できないものかと試行錯誤を始めたところ、思わぬ困難にぶつかってしまいました。それは3次元空間内に残されたひもを自由に曲げることができないという問題です。この問題の本質は何なのでしょうか?

布の角を内側に押して曲げると、どうしてもしわがよってしまいます。布が自由に曲がるためには押している指が抵抗を受けずに、次のように変形できなくてはなりません。布は3次元空間の外の方向にも広がっていても、私たちの3次元空間の中に残っている部分とつながっているからです。



このように自由に変形できるものは数学の世界にしかありません。記事トップに掲載したようにトポロジーという数学理論ではコーヒーカップを連続的に変形してドーナツ(トーラスという呼び方をします)にすることを考え、この2つの物体の関係を「同相」と呼んでいます。

現実の世界で粘土を使って作ったコーヒーカップを変形しようとすると指に抵抗を受けるわけですが、数学の世界では指が受ける抵抗は無視しますし、粘土はどんなに引き伸ばしても切れることはないとして考えます。このように伸縮自在な物体は現実の世界には存在しません。

ですから100円ショップで買った布を使っている限り、自在に変形して自分が思うままの状況を再現できないのです。


この問題の本質は何であるか、空間の次元をひとつ下げて考えてみましょう。次の写真は3次元空間(X-Y-Z空間)に置いたひもをあらわしています。



この状況だと2次元空間(X-Y空間)に住む生物にとってひもは「点」です。この生物がひもの端点を左に押すと次のようになりますよね?



つまり3次元空間の生物と2次元空間の生物の間でひもを引っ張り合う「綱引き」のようなことができてしまうわけです。もし上方向の軸がZ軸でなく4次元空間のU軸の方向であっても、綱引きができてしまうことに変わりはありませんよね?

この綱引きは4次元空間(X-Y-Z-U空間)の中の2つの3次元空間(X-Y-Z空間とX-Y-U空間)の間でもできることがおわかりだと思います。綱引きができるということは、2つの空間の間で共有する平面を通じてエネルギーのやり取りができることを意味しています。なぜなら高校物理で学ぶように「仕事=力×移動距離」だからです。


もし綱引きに使うひもがトポロジー理論で使う「指に感じる抵抗をゼロ(張力がゼロ)にしたまま無限に伸びることができるひも」であるならば、2つの空間の間でエネルギーのやり取りはおきないですむのですが、現実世界にある物質でできたひもを使う限り、そのようなことは不可能です。

私たちが住んでいる現実世界は3次元空間です。物理法則(この場合は力学法則)は3次元空間で成り立っているわけですが、4次元ユークリッド空間の存在を認めてしまうと、3次元空間の中の「エネルギー保存則」が満たされなくなってしまうわけですね。

「4次元以上のユークリッド空間を認めると私たちの3次元空間の物理法則を破たんさせてしまう。」、「私たちの3次元空間の物理法則をそのまま4次元ユークリッド空間にあてはめて考えることはできない。」、「4次元以上のユークリッド空間を考えて意味があるのは数学の世界だけ。」ということになります。


「連載記事のオチはそんなわかりきったことなのか!」と読者のみなさんのブーイングが聞こえてきそうです。

実をいうと連載記事を書き始める前から僕はこのことに気が付いていました。けれども最初に種明かしをしてしまうと数学の空間としての多次元空間の話に水をさしてしまうので、この回の記事まで黙っていることにしました。


でもご安心ください。3次元空間の物理法則を壊さない形で4次元以上の空間を考えることができるのです。

次回の記事では「問題を解決するためのアイデア」というタイトルで、3つのアイデアをご紹介いたします。



応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

多次元空間へのお誘い(17):問題を解決するためのアイデア

$
0
0
4次元空間にあるひも

前回の記事では私たちの3次元空間の物理法則が保たれる形で4次元以上のユークリッド空間は存在できないことを説明させていただきました。

それではどのような多次元空間ならば許されるのでしょうか?今回の記事ではそのためのアイデアを3つご紹介いたします。でも僕が思いついたアイデアではないことを最初におことわりしておきます。

1つめのアイデア

1つめのアイデアは「弦理論」です。

私たちが日ごろ目にしているひもや布は「物質」ですが、原子が3次元的な配置で結合したものを私たちは物質や物体と呼んでいます。



そして物質を構成する個々の原子は何種類かある「素粒子」から構成されています。もし物体が3次元の外の空間に伸びているとしたら、それは原子どうしの結合がその方向にも伸びていることになります。けれども、それは3次元空間の物理法則を壊してしまうので無理だと説明させていただきました。

ですので4次元方向に伸びているものは私たちが知っている「物質」ではありません。とりあえず「物質もどき」であるとしておきましょう。


そこで思いついたのは、私たちが素粒子として見ているものは3次元以外の方向に伸びている「ひもの切り口」だとみなすアイデアです。この写真は3次元空間では「点」として観測される素粒子が4次元ユークリッド空間のU軸方向に伸びているひもの切り口であることを示しています。



すなわち「弦理論」の誕生ということです。

このひも(弦)は何でできているかはわかりませんが、弦の伸びている方向が素粒子や原子の結合ではないことはわかっています。弦は「物質もどき」でできていて、物質もどきを構成するのは「原子もどき」、「素粒子もどき」です。

またトポロジー理論で使われるような「数学ひも」のように伸縮自在であるほうが好都合です。また素粒子の質量は3次元空間内だけで考えているので、この数学ひもに質量があるのかどうかは明らかではありません。

物理学の「弦理論」では弦は「エネルギーのひも」であり、弦の張力や質量が有限の値として想定されていますが、素粒子レベルで弦の存在を仮定することで、少なくとも4次元ユークリッド空間との間での「綱引き」やエネルギーのやりとりは考えなくてすむようにできます。


2つめのアイデア

2つめのアイデアは空間のコンパクト化です。コンパクト化とは空間の軸をとてつもなく小さく丸めてしまうことです。

3次元空間の外とエネルギーのやり取りができてしまうもうひとつの理由は、4次元ユークリッド空間にある別の空間との間に「共有空間」が存在していることでした。ですのでこの共有空間を限りなく小さくしてエネルギーのやり取りをできなくできればよいわけです。

そこで4次元ユークリッド空間のU軸を「丸めてしまう」ことで共有空間を小さくしてみます。1915年に発表されたアインシュタインの一般相対性理論によって空間が曲がることは証明されていますから、U軸を曲げるのは不自然なことではありません。

この写真のストローの丸い切り口は3次元空間に配置した「丸められたU軸」をあらわしています。赤と青の物体ではなく空間だと思ってください。もしくは丸められたU軸に沿って配置された「布もどき」だと思っていただいても差し支えありません。



この丸められたU軸に沿って配置している「布もどき」を私たちの3次元空間(X-Y-Z空間)から見ると「ひも」に見えることになります。




このアイデアは僕が思いついたものではありません。テオドール・カルツァ(1885年-1954年)というドイツの数学者、物理学者が着想した「カルツァ=クライン理論」で提唱された5次元時空(4次元空間+1次元の時間)と同じモデルです。



この理論では4番目の空間軸がとてつもなく小さく丸められて存在していると仮定して、当時知られていた電磁気学と重力の理論を統一しようとしました。しかしながらこの試みはうまくいきませんでした。

このように丸められた空間を思いついたカルツァは、4次元ユークリッド空間では3次元空間の物理法則が成り立たないことを知っていたに違いありません。


3つめのアイデア

3つめのアイデアは「空間の多次元化」です。

カルツァの4次元空間では電磁気学と重力の理論を統一することができませんでしたので、空間をさらに多次元化して解決しようと試みるわけです。この連載記事の範囲ではそれが何次元なのかは導くことができませんが、現在さかんに研究されている「超弦理論」では10次元の時空(空間9次元、時間1次元)、M理論では11次元の時空(空間10次元、時間1次元)を想定しています。

たとえば超弦理論で9次元の空間を考えたとき、私たちの3次元空間はその中に存在しているわけですが、残りの6次元の空間はとてつもなく小さく丸められていると考えるのです。そうしないと3次元空間との間に共有空間ができてしまい、3次元空間の物理法則が成り立たなくなるからです。

このあたりのことを厳密に述べるためには「多様体」と呼ばれる数学理論を使って話を進めなければならないのですが、滑らかに曲がっている空間どうしの関係であれば直観的に考えても大丈夫なのです。

丸められた6次元空間の例としてしばしば引き合いに出されるのが「カラビ-ヤウ空間」です。私たちの住んでいる空間と時間の各点にこのように丸められた6次元空間が隠れていると考えられているのです。



第9回の記事では、多次元空間に存在する多次元物体は私たちの3次元空間では違う次元の物体として観測されることを説明させていただきました。

この記事で使ったのと同じ計算方法で超弦理論の9次元空間で成り立つ状況を計算すると、このような表ができあがります。



つまり9次元空間にある1次元から6次元までの物体(もどき)は、私たちの3次元空間では0次元の点(素粒子)として見えることをこの表は示しています。

超弦理論やM理論では1次元の弦だけでなく、Dブレーンやp-ブレーンと呼ばれる多次元の空間や「物体もどき」を想定して理論を展開しています。多次元の空間や物体がなぜ登場するのか不思議に思った方もいらっしゃると思いますが、それは多次元空間にある多次元物体は私たちから素粒子として観測されれば不都合が生じないからなのです。

Dブレーン(D3ブレーン)をあらわした模式図



荒削りな説明で細かいところまで詰めていませんが、このような流れで考えれば3次元空間の物理法則を保ちながら、超弦理論などで小さく丸められた多次元空間や多次元物体を考えるのが自然であることがおわかりになると思います。


超弦理論、カラビ-ヤウ空間、Dブレーンなどについては、それぞれ次の記事をお読みください。

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75dfba6307d01a5d522d174ea3e13863

超ひも理論をパパに習ってみた: 橋本幸士
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/05d22e7299a4b30b24efb05cf01176a2

カラビ-ヤウ空間を見てみよう!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b3ab2b9875e9a2b81b055153c078439b

見えざる宇宙のかたち:シン=トゥン・ヤウ、スティーヴ・ネイディス
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/943c5a3cf09a78c3b4e8e933ce379879

Dブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像:橋本幸士
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e18ed1e00f1c877cf3e7926a564f01ae


連載記事の本編はこれで終わりです。次回の記事は「まとめ」として、これまでの流れを振り返ってみることにいたします。


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

多次元空間へのお誘い(18):まとめ

$
0
0
しめ縄(出雲大社)

17回に渡って書かせていただいた連載記事は今回で最終回。これまでの記事の流れを振り返ってみまししょう。

第1回では布団干しとイヤフォンケーブルの例をとりあげ、物と物がひっかかることと絡まりあうことの違いに着目し、連載記事の流れをおおまかに紹介しました。

第2回では布団干しの状況を多次元空間に一般化し、4次元ユークリッド空間から6次元ユークリッド空間では布団と竿がどのような次元で存在するかを紹介しました。

第3回では多次元空間で干されている布団の次元数だけ1つ減らすことで、どのような次元の物体が絡まりあう関係になるのか仮説をたてました。それは4次元空間では面と面が、5次元空間では立体と立体が、6次元空間では4次元物体と4次元物体が絡まりあうというものでした。そして4次元空間から6次元空間をどのように表せばよいかを紹介しました。

第4回では「絡まるとはどういうことか」を掘り下げて解説します。物体が絡まるためには物体が置かれた空間の中で2方向に曲がることが必要なことを説明しました。

第5回では「ひもが絡まりあうのは3次元空間特有の現象」であることを説明し、4次元空間ではひもは絡んでいないこと、そして一般的には「ある次元の空間で絡んでいる物体をほどくためには、そのひとつ上の次元の空間の座標軸の方向に移動すればよい。」ことを述べました。ところが4次元以上の空間では物体が曲がる方向の個数が3であっても、絡み目や結び目ができてしまうケースがあることをウィキペディアの記事で知り、多次元空間のもつ不思議を垣間見ることになりました。

第6回では5次元以上の空間はともかく、4次元空間では面と面が絡まりあうことを「4次元空間を利用した金庫破り」の例が成り立っていることを根拠として説明しました。

第7回では4次元空間の中で直交する2つの3次元空間を想定し、4次元空間の中で面が曲がる状況を視覚化させる形で紹介しました。そして4次元空間にあるひもや布、立体が3次元空間からどのように見えるかを示しました。

第8回ではいろいろな次元の物体どうしの交わりの次元について考察します。3次元空間までの常識にとらわれて結果を導いてしまった結果、誤った結論がでてしまいました。

第9回では読者の方からのご指摘によって物体どうしの交わりの次元を正しく求めることができました。その結果、物体を含む空間次元が異なると物体どうしの交わりの次元が変化することがわかりました。たとえば3次元空間で面と面の交わりは線ですが、4次元空間では面と面の交わりは点、5次元空間で立体と立体の交わりは線になります。

第10回では「球と球面」を多次元に一般化し、次元の違いにかかわらず共通して見られる性質を解説しました。そして得られた結果をもとに4次元空間に置かれた面が3次元空間からは線として観測されることを導きました。

第11回では3次元空間に話題をしぼり、ひもがなぜ絡みやすいのかを説明しました。

第12回では身の回りにあるひも状の物体を例にあげ、絡まっている様子を観察しました。そして絡まらないためにはどのようにすればよいか、根拠を示しながら方法を紹介しました。

第13回では鍋の中で茹でている蕎麦がなぜ絡まらないのかを説明しました。

第14回では細胞分裂をする際、とてつもなく長いDNAの二重らせんがなぜ絡まらないで分裂できるのかを説明しました。

第15回では4次元空間で絡まりあう面と面の状況を再現しようと試行錯誤を始めたところ、思わぬ困難にぶつかってしまったことを述べました。

第16回ではその困難が生じた原因を解説します。その結果、3次元空間の物理法則を満たす形で4次元ユークリッド空間は存在できないことが示されます。

第17回では「3次元空間の物理法則を満たす形で存在できる多次元空間」のためのアイデアとして、弦理論、超弦理論のようなコンパクト化された空間、そしてその中に存在する多次元の物体を紹介します。


結局のところ4次元ユークリッド空間で絡まりあう面を再現することはできなかったわけですが、第15回の記事のコメント欄でhirotaから教えていただいたように「4次元目の軸を時間軸にと3次元空間内で離れていた2本のひもが動いて絡まり、また離れて行くアニメーション」を考えれば、それが目標としていた状況をあらわしているのだと思います。これは4次元空間にある曲面を3次元空間からCTスキャンのように時間軸に沿って観察していくことに相当します。

時間を4次元目の軸に取るのは物理学では普通のことですが、数学(トポロジー)で時間軸をとるのは稀なことです。

けれども「曲面結び目理論:鎌田聖一」の目次を見ると第3章の「モーション・ピクチャー」で時間軸を4次元目の軸として採用していることがわかります。それだけだと4次元空間の結び目理論は3次元の理論の外挿に過ぎなくなってしまいますから、モーション・ピクチャー以外の方法や考え方がこの本で紹介されているのだと思います。

第1章:曲面結び目
第2章:1次元の結び目
第3章:モーション・ピクチャー
第4章:ダイアグラム
第5章:ハンドル手術とリボン曲面結び目
第6章:スピン構成法
第7章:結び目コンコーダンス
第8章:カンドルの基礎
第9章:カンドルホモロジーと不変量
第10章:2次元ブレイド



内容:

曲面結び目の本格的な研究の歴史は1920年代のE.Artinに遡るが、多くの研究者によって活発な研究が行われはじめたのは1960年代である。本書は曲面結び目に関する基礎的事項から、1990年代以降にはじまった2次元ブレイドを用いた研究、カンドルのホモロジー理論を用いた結び目と曲面結び目の不変量など、最近の話題までを扱っている。曲面結び目に関する専門書として、日本語で初めての書き下ろしである。はじめて結び目や曲面結び目を勉強する学生や他分野研究者にもイメージが掴めるように、図と説明を多く入れ、容易に読み進められる。2012年刊行、247ページ。


本書は3年前に刊行されたばかりで、2次元の結び目理論を日本語で解説する初めての本だという。1次元の結び目理論から始まっているので、結び目理論の入門書としてもよさそうです。このように解説のための図版も豊富です。








現実の物理空間を考えるのならば多次元ユークリッド空間を考えることは、あまり意味がないのかもしれません。けれどもコンパクトに丸められた多次元空間には「穴」が開いているので、その空間に存在する物体は穴に巻き付いているわけです。いわばそれは「結び目」といって良いでしょう。そのような意味で、超弦理論を目指すのであっても多次元の結び目理論は有用だと思われます。

いずれこの本を読み、記事として意味のある考察や結論が得られたときは、連載記事を「シーズン2」として書いてみたいと思っています。



応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

クォーク 第2版: 南部陽一郎

$
0
0
クォーク 第2版: 南部陽一郎」(Kindle版

内容紹介:
物質の究極的構造とそれを支配する基本法則を探る素粒子物理学はどう発展してきたか。すべての物質は何か共通の基本的な材料からできているのではないか?この考え方から出発して、物質の究極的構造を求め、それを支配する基本法則を探る素粒子物理学。それがどのように発展し、どこまで来たかを2008年にノーベル物理学賞受賞の著者が、トップクォーク発見後の視点から振り返り、将来を展望。1998年刊行、326ページ。

著者について:
南部陽一郎(なんぶよういちろう):ウィキペディアの記事
1921年生まれ。東京大学物理学科卒。大阪市立大学教授に赴任後の1952年、朝永振一郎博士の推薦によりプリンストン高等研究所へ留学。58年よりシカゴ大学教授。対称性の自発的破れ、クォークの色、ひもなどの概念を導入し、素粒子論の発展に多大の貢献をしてきている。また長年日本からの若い研究者を招いて後輩の養成にも努めてきた。1978年文化勲章受章。世界の学会から多くの栄誉を受け、米国科学アカデミー会員でもある。


理数系書籍のレビュー記事は本書で277冊目。

7月5日に急性心筋梗塞により94歳で逝去された南部陽一郎先生を追悼するための読書である。

同じ講談社ブルーバックス・シリーズから本書の初版が「クォーク―素粒子物理の最前線」として刊行されたのが1981年11月。湯川秀樹博士が逝去された2か月後のことだった。初版は267ページ。新しい成果を盛り込む形で1998年に改訂されたのがこの第2版である。

南部先生逝去のニュースが報じられたのは7月17日。弟子や孫弟子の世代のたくさんの物理学者の先生方がブログやツイッターで逝去されたことを痛み、南部先生の功績を讃えていたことに僕は胸を打たれた。

そして「ペンタクォーク」発見のニュースが飛び込んできたのはその2日前の7月15日のことである。僕はペンタクォークが南部先生の人生に対して自然が与えた勲章なのだと思うことにした。


本書は素粒子発見の歴史に沿って書かれた素晴らしい科学教養書であるが、入門者向きではないと思った。この分野の本を初めて読むのであれば現代の視点から整理した形で紹介している大栗博司先生の「強い力と弱い力」をお勧めしたい。本書はその次に読むとよいだろう。また本書は次のような方にも向いている。

- 専門的な教科書で勉強する前に素粒子物理学発展の流れをざっと予習しておきたい方。
- 専門的な教科書で学んでいるが、理論の背景や前後関係が見えにくくなってしまった方。
- 物理学科をはじめ、理数系学部学科の大学生。

本書が貴重だと思えるのは初版が刊行された1981年当時までの理論や仮説の流れが色濃く残されていることだ。たとえば次のような事柄は最近刊行されている科学教養書では知ることができない。

- 中野-西島-ゲルマンの法則
- フェルミとヤンの複合モデル
- 坂田モデル
- ハドロンのひもモデル
- ファインマンのパートンモデル

あとクォークやQCD(量子色力学)の解説もとても踏み込んで専門的である。他の科学教養書ではお目にかかれない次のような事柄も紹介されている。

- 漸近的自由性
- ウィルソンの格子理論とくりこみの新しい解釈

素粒子の標準模型や大統一理論、超対称性理論にも詳しい解説を与え、それらの理論が成り立つためにはどのようなことが必要になるか、クォーク・モデルとどのように整合するのか、どのようなエネルギー・スケールで実験をすることが必要かなど、理論と実験の両方の立場から今後の展望を述べている。

ヒッグス粒子やヒッグス場の意味についても、この粒子が発見される10年以上前であるにもかかわらず、詳しい解説や見通しを述べているのが印象的だった。

本書ではポスト・モダン的物理学のひとつとして紹介されているのが超対称性理論、カルーザ・クラインの多次元空間理論、そしてその延長にある超弦理論である。

超対称性理論については懐疑的であるが、頭ごなしに否定するのではなく「ディラック以来、理論家は数学的に美しいものは自然が採用しないはずはないという信念を抱く傾向がある。」と述べ、超対称性がどのように自発的に破れるのかがわかっていないなど、理論としてまだ完成していないこと、実験では全く証明できていないことを述べ、今後の研究や実験を見守っていこうという立場でしめくくっていいる。

標準理論裏付ける新証拠、「超対称性」に新たな痛手 LHC(2015年7月28日)
http://www.afpbb.com/articles/-/3055710

超弦理論については「まだ半ばの夢の段階で、今までに得られた結果を楽観的に延長した期待なのだが、まじめにこんな期待がもてるというだけでも驚くべきことである。」としつつ、「素粒子物理学はひとつの転換期(あるいは危機と言ってもよい)に直面している。それは理論の躍進と実験能力の行き詰まりの両方がたまたま同時におこったからだ。」と述べている。


南部先生にとっては「入門書」の位置づけなのだろうけれども、僕の印象は「中級者」以上が対象だと思う。科学教養書をいくつも読んでいる僕にしても、本書をきっちり理解するためには2、3度読まなければというレベルの本だ。

ブルーバックスという小型本にこれだけたくさんの項目が詰め込まれているので、専門用語を初心者向けに解説しきれていない部分が多い。専門家にとっては論理的整合性がとれている記述なのだが、入門レベルの読者には話のつながりや意味不明な箇所が残っているのも事実である。

その意味で読者を選ぶ本ではあるが、今後も読み続けられる名著のひとつなので、まだ読んでいない方はぜひ挑戦してほしい。


南部先生は本書のほかにも科学教養書をいくつかお書きになっている。興味のある方は以下のリンクから検索してみるとよいだろう。

南部陽一郎先生の著書を: Amazonで検索する


関連記事:

興奮!!:ノーベル物理学賞を日本人の科学者3人が独占
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d7bfaa2f112a267aa1da4ecfa2a6c8f7

(注意:南部先生は1970年にアメリカ国籍を取得されたので、厳密に言えば「元日本人」である。)


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 


クォーク 第2版: 南部陽一郎」(Kindle版




まえがき

第1章:素粒子とは
- 答えがあるかどうかわからない問い
- 何か不変に保たれるものがある
- 本当にあるのか?

第2章:クォークとレプトン
- 誰も見つけていない型破りの基本粒子--クォーク
- 重い粒子、軽い粒子、その中間
- 粒子の「大きさ」とは?
- 散乱実験でわかること

第3章:クォーク探し
- 陽子、中性子の構造
- 分数電荷の粒子をさがす

第4章:加速器のいろいろ
- 強く打てば響く奥深い自然
- 加速器の原理
- 衝突型方式--カウンターパンチの底力
- 測定装置の問題
- 加速器の現在と将来

第5章:湯川理論の誕生
- 原子から原子核へ
- 湯川の中間子論
- 相対論的量子力学
- 中間子に至る発想
- 1930年代

第6章:新粒子の出現
- クーロン型と湯川型
- パイオン
- 2メソン仮説からミューオンの発見へ
- V粒子の劇的な登場
- あらゆることを試みる

第7章:素粒子の規則性と保存則
- 中野-西島-ゲルマンの法則
- 発想のカギ
- 強い相互作用とアイソスピンの保存
- πNの3-3共鳴状態

第8章:対称性と保存則
- 対称性とは
- パリティの非保存
- CPの破れ
- 自然法則は時間反転に対して不変か

第9章:ハドロンの複合モデル
- 基本粒子への期待
- フェルミとヤンの複合モデル
- 素粒子の世界での「素」と「複」
- 坂田モデル

第10章:クォークモデル
- 坂田モデルとのちがい
- クォークモデルにおけるバリオン
- 予言通りのΩ-粒子の発見

第11章:クォークモデルの進化
- クォーク複合系モデル
- 原子核とのアナロジー
- クォークは色と香りで区別する
- 9個のクォークによる模型
- 色のあるハドロンはないのか
- クォーク、整数荷電の可能性を追う
- 意外な事件J/Ψ

第12章:チャームとそれに続くもの
- 自然の奥深さを示すJ/Ψ
- J/Ψ粒子の正体
- クォークモデルを完備させた第4番目のクォーク、c
- またしても自然は人知を出し抜いた
- レプトンもクォークも6種

第13章:ひも付きのクォーク
- 1つのパラドックス
- ハドロンのひもモデル
- ひもとは何か

第14章:パートンとは
- ハドロンは軟らかい
- 無限小の点粒子
- ファインマンのパートンモデル
- クォークモデルとの比較

第15章:朝永・シュウィンガー・ファインマンのくりこみ理論
- 新しい現象を追うのにいそがしい素粒子物理
- 量子電磁力学
- 無限大の自己エネルギー
- あきらめの効用--くりこみ理論

第16章:QCD--色の量子力学
- メソン論から色力学へ
- ゲージ場とは
- 色力学
- クォークをひっつける糊--グルーオン
- 漸近的自由性
- ウィルソンの格子理論とくりこみの新しい解釈

第17章:対称性の自然破綻
- 対称性とは何か
- 対称性の自発的な破れ
- 自発的な破れのなごり--NG波
- 超伝導も対称性の破れ
- クォークの質量の由来--NJLモデル

第18章:弱い相互作用の傾いた骨組
- 神の手抜き?
- 弱い相互作用とは
- 弱い相互作用の秩序性
- チャーム・クォークがあるはず

第19章:ワインバーグ-サラムの電弱統一理論
- 湯川メソンを超えて
- Wボソン
- 電磁力と弱い力の統一へ
- 超伝導現象との対比

第20章:素粒子の標準模型I--素粒子物理の現状のまとめ

第21章:素粒子の標準模型II--フェルミオンの質量

第22章:統一場の理論
- とてつもないエネルギー...でもナンセンスとは言い切れない

第23章:大統一のプログラム
- 最後の問い
- ジョージャイ-グラショウのSU(5)大統一理論
- 大統一理論の予言

第24章:素粒子物理学のゆくえ
- 素粒子論と宇宙論との融合
- ポスト・モダン的物理学

用語解説
さくいん 巻末

DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで: ジェームズ・D. ワトソン

$
0
0
DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで: ジェームズ・D. ワトソン

内容紹介:
1953年にDNAの2重らせん構造を発見した研究者の1人、James D.Watsonが、サイエンスライターのAndrew Berryと共著した、DNAにまつわる研究をまとめた本。Watsonの一人称でつづられ、Francis Crikと2重らせん構造を発見した当日のことを書いた序章では、当日2人の研究者がどれだけ興奮していたかが、読者に生々しく伝わる。続いて、遺伝現象が分子レベルで解明されるまでの過程、バイオテクノロジーの過去から現在までの技術紹介とその問題点、ヒトゲノム計画の詳細、遺伝病の原因を探る研究について、そして行動遺伝学の話題、の5つを柱として話は進む。すでに出版されているWatsonが記したDNA研究に関する本よりも、Watson個人の見解や主張が非常に率直に書かれており、Watosnという人物をより理解できる一冊だ。
2005年刊行、336ページ。

著者について:
ジェームズ・D.ワトソン
1928年生まれ。1962年、フランシス・クリック、モーリス・ウィルキンスとともに、「核酸の分子構造および生体における情報伝達に対するその意義の発見」に対して、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。ニューヨークのコールドスプリングハーバー研究所名誉所長。

アンドリュー・ベリー
ショウジョバエの遺伝学で博士号を持ち、ハーバード大学比較動物学博物館の助手をつとめる。ライターでもあり、また編者として生物学者亜路フレッド・ラッセル・ウォレスの選集にも携わった。

翻訳者について:
青木薫
1956年、山形県生まれ。翻訳家、理学博士。京都大学理学部卒業、同大学院修了。数学の普及への貢献により2007年度日本数学会出版賞を受賞。


理数系書籍のレビュー記事は本書で278冊目。

二重螺旋 完全版: ジェームズ・D. ワトソン」の後に必然的に読むことになるのが本書だ。1957年のDNA二重らせん構造の発見以降、今日に至るまでに遺伝学、分子生物学、バイオテクノロジーなどの生命科学はどのような発展を遂げたのか?2003年4月にヒトゲノムの解読が完了するまでにどのような歴史があったのか?本書はワトソン博士ご本人による貴重な記録である。講談社ブルーバックス・シリーズの中で本書が推薦書トップ10に入るのは間違いない。

上巻の章立ては次のとおりだ。

序章:生命の神秘
第1章:遺伝学の始まり--メンデルからヒトラーまで
第2章:二重らせん--これが生命だ
第3章:暗号の解読--DNAから生命へ
第4章:神を演じる--カスタマイズされるDNA分子
第5章:DNAと金と薬--バイオテクノロジーの誕生
第6章:シリアル箱の中の嵐--遺伝子組み換え農業
第7章:ヒトゲノム--生命のシナリオ


科学好きとはいえ、もともと生物学には関心が薄かった僕は「遺伝子組み換え作物」や「ヒトゲノム」という言葉を聞くと「安全性が検証されているのか?」とか「神の領域を人間が侵してよいのか?」と思ってしまうし、利益最優先の企業論理のもとで開発された食品に害はないのかという心配がどうしても先に立ってしまう。

また、ヒトゲノムの解読は生命科学が実現した素晴らしい成果であるが、過去の暗い歴史--優生学や選民思想--が新しい形で復活して、人間の尊厳の軽視など倫理的な問題が拡大していくのではなかろうか。ついそのようなことを考えてしまう。

バイオテクノロジーが巨大な富を過去にもたらし、今後はさらにビジネスチャンスが拡大していくことは確かなことである。ビジネスとしての営みと科学としての営みのはざまで企業、病院、大学、政界それぞれの立場を代表する関係者は正しい選択をしていくことができるのだろうか?

「科学は諸刃の剣」であることがもっとも典型的にあらわれるのがこの分野なのだと思う。

何も理解せずに心配ばかりしているのも一般市民の立場としては好ましくない。肯定的立場を取るにしても、否定的な立場を取るにしても、この分野で企業や研究機関がたどってきた成功と失敗の歴史を知っておくべきだと思った。

バイオテクノロジー以前に、人類は古代から農作物の品種改良を行なってきた。ワトソン博士はこの例を引き合いにし、バイオテクノロジーが突如人類の安全を脅かすようになった技術ではないことを強調し、前近代的な思い込みにとらわれた誤解を解こうとする。このあたりに科学者としての驕りを僕は少し感じたが、研究の推進という意味ではおおむね正しいのだろうと納得させられた。

問題なのはむしろ、医療や製薬、農業技術に関わる企業の倫理のほうだ。研究して得た成果をどこまで公開するか、どのような範囲で特許を取得するか、特許に付随する技術の使用料をどれくらいに設定するか、などなど。こちらの話のほうが泥臭くて、企業や政治家の欲に左右されやすく、バイオテクノロジー産業や研究の将来のあり方に影響を与えるのだと思う。

上巻の山場はなんといっても最終章。ヒトゲノム計画の始まりからヒトゲノム解読までの道のりを解説した箇所である。31億塩基対もあるヒトゲノムの作業は国家を超えた分担と協力によって行なわれた。そのために巨大な資本が投じられてきたわけだが、今後得られる利益と可能性は計りしれない。ビッグビジネスが繰り広げられる中で、私たちの価値観にそれはどのような影響を与えることになるのだろうか。

先日のNHKクローズアップ現代では「DNA編集の現状」が取り上げられていた。これは「DNA組み換え」より進んだ技術で、ピンポイントでDNAの変更を可能にするものだ。中国ではこの技術を人間に対して行なう研究がすでに始められしまっているという。倫理的な意味ではどこまで許されるのだろうか?

人類はこの問いから永遠に逃れることはできないだろう。この問いに向き合うための前提知識が本書から得られるのである。

理数系、非理数系の枠を超えて読んでいただきたい本だ。


DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで: ジェームズ・D. ワトソン
DNA (下)―ゲノム解読から遺伝病、人類の進化まで: ジェームズ・D. ワトソン

 

「DNA: The Secret of Life: James D. Watson」- 2003年刊行
ハードカバー ペーパーバック Kindle版




関連記事:

DNA (下)―ゲノム解読から遺伝病、人類の進化まで: ジェームズ・D. ワトソン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f010fe8bb444188c8229eb25876d543f

二重螺旋 完全版: ジェームズ・D. ワトソン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cdba27cd80ae2ec99652d25e7fccdf26


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 


DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで: ジェームズ・D. ワトソン



序章:生命の神秘

第1章:遺伝学の始まり--メンデルからヒトラーまで
- 遺伝の謎
- 遺伝子の発見
- ショウジョウバエと遺伝子地図
- 優生学の誕生
- カリカク家
- 断種法と科学的人種差別
- 遺伝学史上最大の汚点

第2章:二重らせん--これが生命だ
- DNAの構造をつきとめる
- クリックとの出会い
- 二重らせんの発見
- 興奮とやっかみのはざまで
- DNA複製の証明

第3章:暗号の解読--DNAから生命へ
- セントラル・ドグマ
- 塩基配列からアミノ酸へ
- 分子レベルで生命をとらえる
- 遺伝子のスイッチ
- 遺伝子のスイッチ
- RNAワールド

第4章:神を演じる--カスタマイズされるDNA分子
- 組み換え革命前夜
- DNAの大量生産に成功する
- パンドラの箱会議
- 市民を巻き添えにした規制論争
- DNAの配列を読む
- イントロンとエクソン

第5章:DNAと金と薬--バイオテクノロジーの誕生
- 医薬品開発競争の幕開け
- DNAと特許論争
- バイオテクノロジー・ビジネスの開拓者たち
- がん治療への可能性
- 反対運動ふたたび

第6章:シリアル箱の中の嵐--遺伝子組み換え農業
- アグロバクテリウムをめぐる争い
- ハイブリッドコーンと種子産業
- Bt作物の登場
- 植物をデザインする
- 組み換え作物への抵抗
- フランケンフード
- 正しい議論とは何か
- 不自然である
- 食物にアレルギーの原因物質(アレルゲン)や毒物が含まれてしまう
- 無差別的で、目的以外の種に害を及ぼす
- 「スーパー雑草」んの登場により環境の崩壊を引き起こす

第7章:ヒトゲノム--生命のシナリオ
- ヒトゲノム計画始まる
- DNA解読技術のブレーク・スルー
- ビジネスになったゲノム解読
- 加速するゲノム開発競争
- 生命科学の新たなるスタート


さくいん

下巻の主な内容

第8章:ゲノムを読む--今起こりつつある進化
第9章:アフリカに発す--DNAと人類の歴史
第10章:遺伝子の指紋--法廷とDNA
第11章:病原遺伝子を探して--ヒトの病気の遺伝学
第12章:病気に挑む--遺伝病の治療と予防
第13章:私たちは何者なのか--遺伝と環境
終章:遺伝子と未来

謝辞
訳者あとがき

DNA (下)―ゲノム解読から遺伝病、人類の進化まで: ジェームズ・D. ワトソン

$
0
0
DNA (下)―ゲノム解読から遺伝病、人類の進化まで: ジェームズ・D. ワトソン

内容紹介:
1953年にDNAの2重らせん構造を発見した研究者の1人、James D.Watsonが、サイエンスライターのAndrew Berryと共著した、DNAにまつわる研究をまとめた本。Watsonの一人称でつづられ、Francis Crikと2重らせん構造を発見した当日のことを書いた序章では、当日2人の研究者がどれだけ興奮していたかが、読者に生々しく伝わる。続いて、遺伝現象が分子レベルで解明されるまでの過程、バイオテクノロジーの過去から現在までの技術紹介とその問題点、ヒトゲノム計画の詳細、遺伝病の原因を探る研究について、そして行動遺伝学の話題、の5つを柱として話は進む。すでに出版されているWatsonが記したDNA研究に関する本よりも、Watson個人の見解や主張が非常に率直に書かれており、Watosnという人物をより理解できる一冊だ。
2005年刊行、376ページ。

著者について:
ジェームズ・D.ワトソン
1928年生まれ。1962年、フランシス・クリック、モーリス・ウィルキンスとともに、「核酸の分子構造および生体における情報伝達に対するその意義の発見」に対して、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。ニューヨークのコールドスプリングハーバー研究所名誉所長。

アンドリュー・ベリー
ショウジョバエの遺伝学で博士号を持ち、ハーバード大学比較動物学博物館の助手をつとめる。ライターでもあり、また編者として生物学者亜路フレッド・ラッセル・ウォレスの選集にも携わった。

翻訳者について:
青木薫
1956年、山形県生まれ。翻訳家、理学博士。京都大学理学部卒業、同大学院修了。数学の普及への貢献により2007年度日本数学会出版賞を受賞。


理数系書籍のレビュー記事は本書で279冊目。

上巻、下巻を通じて言えるのは本書が分子生物学を学ぶための本ではなく、DNAの二重らせん構造が発見されてから50年の間に、分子生物学の研究と発見が社会にどのような影響を与えてきたかを解説した本であるということだ。

下巻は特に新聞やニュースで取り上げられるホットな話題が多い。章立ては次のとおりだ。

第8章:ゲノムを読む--今起こりつつある進化
第9章:アフリカに発す--DNAと人類の歴史
第10章:遺伝子の指紋--法廷とDNA
第11章:病原遺伝子を探して--ヒトの病気の遺伝学
第12章:病気に挑む--遺伝病の治療と予防
第13章:私たちは何者なのか--遺伝と環境
終章:遺伝子と未来

下巻でいちばんワクワクできたのは第9章だった。人類の祖先、ホモサピエンスが15万年前にアフリカから世界各地へ移動していったということ、同じ時期に地球上にいたネアンデルタール人との違いなどを解説した箇所だ。これについては先日NHKで放送された「生命大躍進 第3集 ついに"知性"が生まれた」でも紹介されていて、DNAの解析がその発見に大きな役割を果たしたことがよくわかった。ヒトの言語能力に関係するとみられるFOXP2という遺伝子についても解説されていた。現代の生活にかかわる問題とは直結していない歴史のロマンの解明という意味で気楽に楽しみながら読める。

第10章以降が私たちの生活に直接関わる問題、すなわちDNAによる犯罪捜査、遺伝病の検出、遺伝病治療や予防についてだ。

犯罪捜査にDNA分析が使われるのは肯定的に受け止められているのはもちろんだが、犯人を特定する技術が格段に進歩したことにより、冤罪の防止にも大いに役立っている。問題があるのは、DNAの分析をかける前の段階のサンプルの採取、分類、提示のプロセスの中にある。現代では広く受け入れられているDNA分析による犯罪捜査も、技術が未熟だったり分析技術や判定方法が統一されていないと誤った結論を導いてしまう。法的な整備も必要だ。この技術が受け入れられるまでには長い道のりがあった。

下巻で多くのページが割かれているのが遺伝病についてだ。ダウン症やハンチントン病、デュシエンヌ型筋ジストロフィーなど、現在その発現遺伝子が特定されている病気については胎児の段階で検出することができる。本書では遺伝病の検出がどのようにして可能になったかを解説するとともに、その限界についても解説している。

生まれる前にその子が将来遺伝病を抱えるかどうかは、その後の家族の生活に多大な影響を与えてしまうから、親に(主に女性に)対して生むか生まないかの決断を迫るものだ。そもそも検査を受けるかどうかを選択する権利がすべての(妊娠した)女性に与えられるべきだとワトソン博士は主張する。(検査を強制してはならないということも含めて。)遺伝病はごく一部の例外を除いて、ほとんどの病気の治療法がわかっていないのが現状だ。何も知らずに天に運を任せるのがよいのか、それとも知ることができる将来のことは知った上で判断をするのがよいのか、正直に言うと僕にはわからない。

あと僕の関心を引いたのは人間の優劣を決めるのは「生まれか育ちか」について解説している箇所だ。社会的に成功するかどうか、IQや学力などを決めるのはDNAなのか、それとも生まれた後の環境が将来を決めるのかという問題である。本書には暴力的な性格の原因となる遺伝子の例が1つ紹介されていたが、それが発現するかどうかは決定論的には述べられないという。犯罪者になるかどうかは極論だが、一般的には「環境」に起因するのだと僕は思っていた。特に昨今取り上げられる親の「経済格差の違い」による生活環境、学習環境の差が大きな影響を与えていると思う。

ワトソン博士はこの問題について次のように述べている。『遺伝は行動や能力を「決定する」因子ではなく、いわばポテンシャルであり、環境が働きかける対象であると指摘する。そして、遺伝と環境という2つの要素が複雑に絡み合って行動や能力が現れてくるのが現実であるならば、遺伝の影響から目をそらしていたのでは何も進まない。遺伝の影響から目をそむけるのではなく、きちんと事実を知ろうとすることが、かつての優生学のような遺伝子決定論の専横を食い止める力になるのではないだろうか。』

本書によると人種の違いによるヒトの遺伝子の差は0.1パーセント以下だそうだ。アフリカ系アメリカ人であろうとなかろうと、すべての人種は遺伝子により優劣をつけることができない。ワトソン博士は2007年に「黒人は人種的・遺伝的に劣等である」という人種差別的な発言をしてしまったそうなのだが、2003年に刊行された本書では遺伝子による人種差別をすべきではないと主張している。


ヒトゲノムがすべて解読され、ゲノム編集さえ可能になりつつある現代、本書を読む意義はますます高くなっていると思えるのだ。ぜひご一読をお勧めする。


DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで: ジェームズ・D. ワトソン
DNA (下)―ゲノム解読から遺伝病、人類の進化まで: ジェームズ・D. ワトソン

 

「DNA: The Secret of Life: James D. Watson」- 2003年刊行
ハードカバー ペーパーバック Kindle版




分子生物学そのものを学ぶのであればこの本が第一候補。ワトソン博士がお書きになった標準的な教科書である。日本語版は原書第6版の翻訳である。ただし872ページの大著だし1万円以上する本なので、購入クリックする前に1週間くらいは考えたほうがよい。今の僕には重荷過ぎるので購入は見送ることにした。

ワトソン遺伝子の分子生物学 第6版



英語版は第7版である。Kindle版もでている。

「Molecular Biology of the Gene (7th Edition): J.D.Watson」
ハードカバー版 ペーパーバック版 Kindle版




高校時代に生物の授業を真面目に聞いていなかった僕のレベルにちょうどよいのが次の本。とはいっても479ページの分厚い本である。第2版は今年の3月に刊行されたばかり。地元の書店で立ち読みし、(第1版の)アマゾンでの読者の評価も良いので、こちらを購入した。今年中に読めればと思うが約束はできない。とりあえず積ん読本に加えておくことにした。

図解入門 よくわかる分子生物学の基本としくみ 第2版:井出利憲




関連記事:

DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで: ジェームズ・D. ワトソン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2ce183a88058ccd08d6cb1265a835405

二重螺旋 完全版: ジェームズ・D. ワトソン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cdba27cd80ae2ec99652d25e7fccdf26


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 


DNA (下)―ゲノム解読から遺伝病、人類の進化まで: ジェームズ・D. ワトソン



第8章:ゲノムを読む--今起こりつつある進化
- 遺伝子の数から何がわかるか
- 飛び移る遺伝子
- 最小ゲノム計画
- ゲノムが明らかにした微生物の多様性
- 遺伝子はいつどこで働くのか
- 遺伝子発現のルール

第9章:アフリカに発す--DNAと人類の歴史
- DNAで進化をたどる
- ミトコンドリア・イブ
- 15万年前に何が起こったのか
- 人類の伝播
- わずか0.1パーセントの違い
- 環境に適応した多様性

第10章:遺伝子の指紋--法廷とDNA
- O.J.シンプソン事件とDNA鑑定
- 時効の壁を超える
- ロマノフ皇帝とアナスタシアの謎
- DNAで身元確認
- 自分の血縁を探る
- 正義の武器

第11章:病原遺伝子を探して--ヒトの病気の遺伝学
- 遺伝子探索の妙手
- 遺伝病と出生前診断
- 遺伝子の何が病気を引き起こすのか
- 乳がん遺伝子の発見
- 完成近づくヒトゲノムマップ

第12章:病気に挑む--遺伝病の治療と予防
- 遺伝子診断のジレンマ
- 遺伝病スクリーニングの是非
- 遺伝子検査の成果
- 遺伝的運命を知る
- DNAを修復する
- 遺伝子治療の可能性
- 遺伝情報は諸刃の剣

第13章:私たちは何者なのか--遺伝と環境
- 社会的公正と遺伝学
- ソビエト科学の壮大な失敗
- すべては「育ち」か
- 双子の研究
- ネズミの愛情遺伝子
- 性格は遺伝するのか?

終章:遺伝子と未来

謝辞
訳者あとがき
さくいん

上巻の主な内容

序章:生命の神秘
第1章:遺伝学の始まり--メンデルからヒトラーまで
第2章:二重らせん--これが生命だ
第3章:暗号の解読--DNAから生命へ
第4章:神を演じる--カスタマイズされるDNA分子
第5章:DNAと金と薬--バイオテクノロジーの誕生
第6章:シリアル箱の中の嵐--遺伝子組み換え農業
第7章:ヒトゲノム--生命のシナリオ

固体物理の基礎 下・1 固体フォノンの諸問題: アシュクロフト、マーミン

$
0
0

固体物理の基礎 下・1 固体フォノンの諸問題: アシュクロフト、マーミン

内容紹介:
学部生にも大学院生にも使えるよう工夫され、内容の取捨選択がしやすく、種々の目的、異なる水準でもうまく使い分けられる。固体物理学の現象の記述と理論的解析による統一という著者の目標は完全に達成されている。1981年刊行、282ページ。

著者について:
ニール・W・アシュクロフト(ウィキペディア経歴詳細
イギリスの物理学者(固体物理学)、1938年生。1958年ニュージーランド大学卒業。学位は1964年ケンブリッジ大学。シカゴ大学およびコーネル大学で博士研究員、1975年教授。1990年にHorace White Professor of Physics。2006年名誉教授。

デヴィッド・マーミン(ウィキペディアホームページ
コーネル大学名誉教授(物理学)。米国物理学会のリリエンフェルト賞および米国物理教育学会のクロプステッグ賞を受賞。米国科学アカデミー、米国芸術科学アカデミーの会員。この数十年の間に、量子論の基礎的な問題に関する多くの著作を執筆しており、科学の啓蒙に関する明瞭さと機知には定評がある。

訳者について:
松原武生(まつばらたけお)
1921-2014 昭和後期-平成時代の理論物理学者。
大正10年4月3日生まれ。北大教授をへて昭和30年京大教授となる。61年岡山理大教授。誘電体、超伝導、超流動などを研究。「温度グリーン関数」の概念を提案した。36年仁科記念賞。日本物理学会会長をつとめた。平成26年12月15日死去。93歳。大阪府出身。大阪帝大卒。著作に「超流動と超伝導」「固体物理学」など。

町田一成(まちだかずしげ)
1968年東京教育大学理学部卒業。1973年同上理学研究科博士課程修了。京都大学理学部助手、岡山大学理学部助教授、教授を経て、岡山大学大学院自然科学研究科教授。


理数系書籍のレビュー記事は本書で280冊目。

3冊目に入ってからますますハードな勉強になってきた。固体の種類を分類した後、それぞれについて比熱や熱膨張率、熱伝導、電気抵抗、固体を伝わる音の速度など物性を計算する手順を解説する。

固体を伝わる熱は原子の格子振動による現象であること、その振動はフォノンや伝導電子によることは「熱の解析的理論:ジョゼフ・フーリエ著、ガストン・ダルブー編纂」という記事で大ざっぱに説明したことがあるが、本書ではそのことを固体物性の立場から詳細に解説、計算している。

結晶の静止格子模型がどのように破綻するか、そして静止模型から調和振動模型を採用して古典的、そして量子論的アプローチへと発展させる。それでもなお実験とのずれが生じるケースに対しては非調和振動模型を適用し、計算はますます複雑になっていく。

物理現象の中には調和振動理論では説明できないものが多数あり、それはイオン相互作用エネルギーをその平衡値の周りに展開したときの高次の項を無視したことによるものである。このような非調和項の存在が要求される現象には次のようなものがある。

- 調和結晶の量子論は比熱が高温でデュロン・プティの古典法則に従うことを予言するが、実際はそうならない。

- 非弾性的な中性子散乱の断面積は1-フォノン過程を支配する保存則によって許されたエネルギーのところで鋭いピークをもつが、実際に観測されるピークは相当明確なピークであっても観測可能な幅をもっている。1-フォノン・ピークの幅は、イオン相互作用エネルギーの非調和部分の強さのひとつの直接測定量である。

- 熱膨張は非調和項の存在で説明される。厳密に調和的な結晶では平衡状態の大きさは温度によらない。また弾性定数が体積にも温度にもよらないこと、断熱的と等温的とで弾性定数が等しくないことも非調和項によるものである。

- 絶縁固体の熱伝導度はイオン相互作用エネルギーの非調和項によってのみ有限におさえられる。厳密的に調和的な結晶は無限に大きい熱伝導度をもつと予測する。

固体の分類に従ったそれぞれのケースについて詳しく解説しているという意味ではとても優れた教科書だが、そのぶん記述がボリュームが増すことで「木を見て森を見ず。」の状況に陥りやすい。

僕はこの分野の専門家には絶対になれないと確信した1冊になった。後で思い出せるように、要点だけをこの記事にまとめておこう。

章立ては次のとおりだ。

下・1:固体フォノンの諸問題

第19章:固体の分類
第20章:凝集エネルギー
第21章:静止格子模型の破綻
第22章:調和結晶の古典論
第23章:調和結晶の量子論
第24章:フォノン分散関係の測定
第25章:結晶の非調和効果
第26章:金属中のフォノン
第27章:絶縁体の誘電的性質
付録


本書で特に重要なキーワードを解説しているページと短い説明を書いておこう。

分子性結晶(希ガス結晶):

典型的な例は希ガス固体つまりネオン、アルゴン、クリプトンとキセノンである。それらの原子状態は完全に占有された電子殻となっている。これは非常に安定した配置であり、固体になってもほんの少ししか変わらない。バンド構造という点から希ガスは強く束縛された固体の典型のよい例である。つまり電子密度はイオン芯の間ではほとんどなく、電子はすべてその属したイオンの近くに局在したままである。

注意:分子性結晶という表現は、分子間力以外の結合様式も入り込んだ場合用いる用語である。(分子結晶という表現との違いに注意。)

共有結合結晶:

共有結合によって形成される結晶のこと。一つの結晶粒で一つの分子(巨大分子)を形成しているため、化学式で表す際は形成される元素とその比率により表される。共有結合結晶とも呼ばれる。ダイヤモンドなどのように、共有結晶の中で各原子どうしは強い結合を形成する場合があり、その結果、融点が高かったり硬い性質を持つ場合がある。通常、電気伝導性はほとんどない。の他、ケイ素(シリコン)、二酸化ケイ素などが共有結晶を作る。

電子の空間分布としては、部分的にしか占有されていないバンドを持たない電子分布である。そのため結晶の電子はイオン芯の近くに鋭く局在している必要もない。また単純金属のように中間領域で、電子分布はほとんど一様ということでもない。

イオン結合結晶:

イオン結合によって形成される結晶のこと。この結晶は、異符号のイオン同士が隣り合いクーロン力によって結び付けられ固定されることでできる。イオン結合は強い結合なのでイオン結晶は融点が高く、硬い性質を持つ場合が多いが、脆くて壊れやすい性質も持つ。この性質を劈開という。これは、外力が加わると同符号のイオン同士が接近して、互いに反発しあうためである。通常、固体では電気伝導性はない(超イオン伝導体は例外)が、融点を超えて液体となった場合や溶質として水などに溶かすと電気を導く。これは、液体や水溶液になることで電荷を持ったイオンが移動できるようになるためである。水溶液中では電離して水和イオンとして存在する。このように水中で電離する物質を電解質という。

イオン結晶の最も素朴なモデルでは、すべてのイオンを貫通できない荷電球として扱う。結晶は正と負の荷電球の間の静電引力によって結合しており、球は貫通できないので結晶が壊れることはない。このように貫通できないのはパウリの排他原理やイオンの電子配置が安定な閉殻であることの結果である。二つのイオンを近づけるとその電子電荷分布は重なり始める。そのとき排他原理によって、各イオンの近くに他のイオンによって作られた過剰な電荷は占有されていない状態に収容されることになる。しかし正と負のイオンの電子配置は安定な閉殻である。これは占有状態と最低非占有状態の間に大きなエネルギー・ギャップが存在することを意味する。その結果、電荷分布を無理に重なり合わせるのには非常に多くのエネルギーを必要とする。つまりイオンを近づけて電子電荷分布が互いに重なり合うと強い反発力がそのイオン間に働く。

水素結合結晶(分子結晶):

結晶のうち、分子同士の親和力として主に水素結合を利用して形成されているもののこと。水素結合性結晶とも呼ばれる。もっとも身近で代表的な水素結合結晶は氷である。通常の水素結合はファン・デル・ワールス力よりも強いため、同程度の分子量の化合物で比べた場合、水素結合結晶のほうがファンデルワールス結晶よりも格子エネルギーが大きい、すなわち融点が高いことが多い。

ファンデルワールス結晶(分子結晶):

分子間力の一種であるファンデルワールス力によって形成される結晶のこと。ファンデルワールス力による結合は弱いので、分子結晶の格子エネルギーは弱く、融点が低かったり、柔らかかったり、昇華性を持ったりする場合が多い。主な例として、ドライアイスやナフタレン、非極性の高分子化合物などがあげられる。

一般に、静電相互作用や水素結合などのより強い分子間相互作用がはたらかないような分子が結晶となる場合にとる形式である。

金属:

金属を原子の化学結合で定義する場合、特有の金属結合で説明される。これは、カチオン化した金属元素が規則正しく並び、その間を自由電子が動き回りながら、これらがクーロン力で結びついている結合を指し、常温下でこのような結合状態にある物質を金属と定義している。原子の配列は、ほとんどの場合、面心立方格子構造 (fcc)、体心立方格子構造 (bcc)、六方最密充填構造 (hcp) のいずれかを取り、元素の種類や同じ元素でも状態によってそれぞれの構造となる。この構造はそれぞれ原子充填率が異なり、金属の塑性変形に影響を与える。

金属の定義や分類はウィキペディアの項目を参照していただきたい。

周期表をIV族から左にいくと金属の族に行きつく。共有結合が拡がり、すき間の領域全体にも電子密度が認められ、k-空間(波数ベクトル空間)ではバンドが重なり合う。金属結晶の重要な例はI族のアルカリ金属である。それらの金属は多くの目的に対してはゾンマーフェルトの自由電子模型よって正確に記述できる。この模型では価電子はイオン芯から完全に分離しており、ほとんど一様な気体を形成する。さらに一般的なことであるが、金属においてさえ共有結合や分子性結合の性質がみられる。とくに貴金属では占有されている原子のd殻はあまりきつく束縛されておらず、その結果金属中ではかなり歪んでいる。

凝集エネルギー:

液体や固体など、凝集状態にある原子またはイオンを、互いに引き離してばらばらにするために必要なエネルギー。

マールディング定数:

イオン結晶において、静電気的なポテンシャルエネルギーを表す定数をマーデルング定数と呼び、結晶構造の種類により決まる定数である。(ウィキペディアの「マールディングエネルギー」を参照。)

ヴィーデマン・フランツ法則:

金属の熱伝導率Kと、電気伝導率σの比が温度に比例することを示したものである。金属の場合、熱伝導と電気伝導の両方の大部分を自由電子が担うので、この関係が成り立っている。

デュロン・プティの法則:

固体元素の定積モル比熱 C_V が常温付近(デバイ温度より大きい領域)ではどれもほとんど等しく、 C_V = 3R = 3N_Ak_B ( = 5.96 cal/mol・K、 R は気体定数、 N_A , k_B はそれぞれアヴォガドロ定数とボルツマン定数)であるという法則。エネルギー等配分の法則やデバイ模型から導出できる。

デバイ模型:

熱力学と固体物理学において、固体におけるフォノンの比熱(熱容量)への寄与を推定する手法である。デバイ模型では、原子の熱による格子振動を箱の中のフォノンとして扱う。デバイ模型は低温における比熱のT^3に比例する温度依存性を正しく予言する。また比熱の高温におけるデュロン=プティの法則に従う振る舞いも正しく説明することができる。しかし格子振動を単純化して扱っているため、中間的な温度における正確性には弱点がある。

アインシュタイン模型:

熱力学と固体物理学において、固体を相互作用のない量子的な調和振動子の集まりとして取り扱う。固体の比熱の温度依存性を説明するために、アインシュタインが提案した固体の格子振動についての模型のこと。N個の同種原子からなる結晶の格子振動を、N個の独立な3次元調和振動子とみなし、しかも全てが同じ振動数を持つとした。

アインシュタイン模型では、格子振動の低周波領域が正しく扱われていないが、この点はデバイ模型によって改良された。

フォノン:

音子、音響量子、音量子は、振動(主に結晶中での格子振動)を量子化した粒子である。フォノンのひとつひとつがある振動数を持つモードの単位を表す。振幅が大きくなる、詰まり、振動が激しくなることはフォノンの数が増えることで表される。フォノンの持つエネルギーは格子の熱振動のエネルギーである。結晶格子のような周期構造中では、フォノンの振動数は制限され離散的になる。また、量子力学の効果で電子の場合と同様に、フォノンもバンド構造「フォノンバンド」を作る。

固体のフォノンは、音響フォノンと光学フォノンの2つに大別できる。音響フォノンは隣のフォトンと同じ位相で振動するが、光学フォノンは逆の位相で振動する。光(フォトン)と音響フォノンとの光散乱をブリルアン散乱という。光学フォノンは光と相互作用し、光と光学フォノンとの散乱をラマン散乱という。

グルナイセン・パラメータ:

結晶の格子振動の振動数は,結晶全体の体積Vによって変化する。この変化率は厳密には振動の各モードによって異なるが、近似的にこれを一定とし、振動数ν、またはデバイ温度Θの体積依存性をで表わし、γをグリュナイゼン定数という。γの値は物質により、また温度によるが1~2の程度である。体積熱膨張係数αは次の式であらわされる。
α=γCVκ/V
CV/Vは単位体積あたりの熱容量、κ=-(∂V/∂p)T/Vは等温圧縮率.格子振動が完全に調和的であればγ=0でなければならないから、熱膨張は格子振動の非調和性に由来するといってよい。

コーン(Kohn)異常:

金属における格子振動スペクトルに伝導電子のフェルミ球の効果によって出現する異常。

焦電性、焦電効果:

温度変化によって誘電体の分極(表面電荷)が変化する現象をいう。この現象を示す物質は、焦電体と呼ばれる。焦電体は圧電効果を示すので、圧電体の一種でもある。また、強誘電体は必ず焦電体である。電気石は焦電効果を示すことからこの名前が付けられた。


以下、本書に掲載されている図版を載せておこう。これらの図の原典は1960年代に書かれたれた教科書や論文から本書に引用されたものだ。



















この教科書で学んでみようという方は、こちらからどうぞ。

固体物理の基礎 上・1 固体電子論概論: アシュクロフト、マーミン」- 1981(紹介記事
固体物理の基礎 上・2 固体のバンド理論: アシュクロフト、マーミン」- 1981(紹介記事
固体物理の基礎 下・1 固体フォノンの諸問題: アシュクロフト、マーミン」- 1981
固体物理の基礎 下・2 固体の物性各論: アシュクロフト、マーミン」- 2008

   


翻訳のもとになった英語版はこの本だ。1976年刊行。

Solid State Physics 1e: Neil W. Ashcroft, N.David Mermin」(ハードカバー)(ペーパーバック




関連ページ: ネットで学びたい方はこちらからどうぞ。

目で見て操作する「分子の世界」-そのミクロ構造と物性-
http://rikanet2.jst.go.jp/contents/cp0200a/start.html

物性物理学(筑波大学物理学系 小野田雅重先生のページ)
http://www.px.tsukuba.ac.jp/~onoda/cmp/cmp.html

ときわ台学:物質・材料の掟 (公開版)
http://www.f-denshi.com/000okite/000matrl.html


関連記事:

固体物理の基礎 上・1 固体電子論概論: アシュクロフト、マーミン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/af3b66dbda3564a4c49f5d7f722ad777

固体物理の基礎 上・2 固体のバンド理論: アシュクロフト、マーミン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8c12399f0dd9b78de128a9793502c3f3

物性物理30講(物理学30講シリーズ):戸田盛和
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/00d399f545bc69dfa213015f153a312a

基礎の固体物理学: 斯波弘行
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d2287a9fdbc66eac443fe0888d835602

分子軌道法: 物理学と化学の境界
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/adb9c9e55a1ea2f1883b2a4bfced8f93


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 


固体物理の基礎 下・1 固体フォノンの諸問題: アシュクロフト、マーミン



下・1:固体フォノンの諸問題

第19章:固体の分類
- 絶縁体の分類
- 価電子の空間分布
- 共有結合結晶と分子性結晶とイオン結晶
- アルカリ・ハライド結晶
- II-IV化合物とIII-V化合物
- 共有結合結晶
- 分子性結晶
- 金属
- 水素結合結晶

第20章:凝集エネルギー
- 希ガス:レナード-ジョーンズ・ポテンシャル
- 希ガス固体の密度と凝集エネルギーと体積弾性率
- イオン結晶:マーデルング定数
- アルカリ・ハライドの密度と凝集エネルギーと体積弾性率
- 共有結合結晶の凝集力
- 金属の凝集力

第21章:静止格子模型の破綻
- 平衡状態の性質
- 比熱
- 平衡密度と凝集エネルギー
- 熱膨張
- 融解
- 輸送的性質
- 電子緩和時間の温度依存性
- ヴィーデマン・フランツ法則の破綻
- 超伝導
- 絶縁体の熱伝導度
- 音の伝播
- 輻射との相互作用
- イオン結晶の屈折率
- 光の非弾性散乱
- X線の散乱
- 中性子の散乱

第22章:調和結晶の古典的理論
- 調和近似
- 断熱近似
- 古典的結晶の比熱:デュロン・プティの法則
- 1次元単原子ブラベー格子の基準振動
- 1次元の基本構造をもった格子の基準振動
- 3次元単原子ブラベー格子の基準振動
- 3次元の基本構造をもった格子の基準振動
- 弾性体論との関係

第23章:調和結晶の量子論
- 基準振動とフォノン
- 高温比熱
- 低温比熱
- デバイ模型とアインシュタイン模型
- 格子比熱と電子比熱の比較
- 基準振動の密度(フォノン準位密度)
- 黒体輻射の理論との類似

第24章:フォノン分散関係の測定
- 結晶による中性子散乱
- 結晶運動量
- 0-フォノン散乱
- 1-フォノン散乱
- 2-フォノン散乱
- 1-フォノン・ピークの幅
- 保存則と1-フォノン散乱
- 結晶による電磁波の散乱
- フォノン・スペクトルのX線測定
- フォノン・スペクトルの光学的測定
- 輻射と格子振動の相互作用の波動像

第25章:結晶の非調和効果
- 調和モデルが根本的に不適当な点
- 非調和理論の一般的な側面
- 結晶の状態方程式と熱膨張
- 熱膨張;グルナイセン・パラメータ
- 金属の熱膨張
- 格子熱伝導度:一般的扱い
- フォノン衝突
- 格子熱伝導度:初等的運動論
- 反転過程
- 第2音波

第26章:金属中のフォノン
- フォノンの分散関係の初等的な理論
- 音の速度
- コーン(Kohn)異常
- 金属の誘電定数
- 電子-電子間の有効相互作用
- 1電子エネルギーへのフォノンの寄与
- 電子-フォノン相互作用
- 金属の電気抵抗の温度依存性
- 反転過程の効果
- フォノン・ドラッグ

第27章:絶縁体の誘電的性質
- 巨視的静電的なマクスウェル方程式
- 局所場の理論
- クラウジウス・モソティの関係式
- 分極率の理論
- イオン結晶における長波長光学モード
- イオン結晶の光学的性質への応用
- 残留輻射
- 共有結合性絶縁体
- 焦電性および強誘電性結晶

付録
L:調和結晶の量子論
M:結晶運動量の保存
N:結晶による中性子の散乱の理論
O:非調和項とn-フォノン過程

その他の巻の章立て

上・1:固体電子論概論

第1章:金属のドゥルーデ(Drude)理論
第2章:金属のゾンマーフェルト理論
第3章:自由電子モデルの破綻
第4章:結晶格子
第5章:逆格子
第6章:X線回折による結晶構造の決定
第7章:ブラベー格子の分類と結晶構造の分類
第8章:周期ポテンシャル中の電子状態、一般的性質
第9章:弱い周期ポテンシャルの中の電子
第10章:強く束縛された方法
付録

上・2:固体のバンド理論

第11章:バンド構造を計算する他の方法
第12章:電子の動力学の半古典的モデル
第13章:金属伝導の半古典的理論
第14章:フェルミ面の測定
第15章:いくつかの金属のバンド構造
第16章:緩和時間近似を越えた近似
第17章:独立電子近似を越えた近似
第18章:表面効果
付録


下・2:半導体、磁性体、超伝導体論

第28章:均質な半導体
第29章:不均質な半導体
第30章:結晶中の欠陥
第31章:反磁性と常磁性
第32章:電子相互作用と磁気的構造
第33章:磁気的秩序
第34章:超伝導
付録

前輪ブレーキキャリパーとブレーキパッドの交換

$
0
0
自分のための備忘録。

前輪ブレーキキャリパーとブレーキパッドの交換

2013年3月に前輪ブレーキパッドを交換したのだが、それから3000Kmほど走っているのでパッドはだいぶ減ってきた。

パッドの交換のためにバイク屋さんに先週行ったのだが、ブレーキユニットのネジが錆びついてしまい交換作業ができず、そのまま帰宅。

注文していたブレーキユニット(ブレーキキャリパー)が届いたので、今日ふたたびバイク屋さんへ。ブレーキキャリパーとパッド交換が完了。ブレーキパッドの交換は今回で5回目。

ブレーキディスクのほうもだいぶ減ってきているので、近いうちに交換しなければならないそうだ。

費用は作業代を含めて2万9千円。これには新品ブレーキパッドの代金7千円が含まれている。

ブレーキキャリパー交換中


いろいろ調整してもらって完成


本日までの累積走行距離は37814.9Km


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 

原子・原子核・原子力―わたしが講義で伝えたかったこと:山本義隆

$
0
0
原子・原子核・原子力―わたしが講義で伝えたかったこと:山本義隆

内容紹介:
福島の原発事故後、「α 線」「セシウム」といった言葉が日常に入り込んでいる。一人ひとりが避けて通れない問題をなおかかえる現在、自分でものごとを判断するために、科学者の発見や研究の歴史に関するさまざまな話題をまじえ、原子・原子核について基礎からやさしく解説する物理学の入門書。
原子・原子核について基礎から学び、原子力について理解を深めるために、科学上の発見や研究の発展を歴史的にたどりながら、ていねいに解説する、物理学の入門書。福島原発の事故以来、後の世代にとてつもなく大きな負債をつくってしまった我々に何ができるか、問い続けてきた著者が、2013年に駿台予備学校千葉校で行なった記念講演(開校20周年、ボーア原子模型100周年)に基づくもので、やさしい語り口で記される。
2015年3月刊行、240ページ

著者について:
山本義隆(やまもとよしたか)
1941年大阪生まれ。大阪府出身。大阪市立船場中学校、大阪府立大手前高等学校卒業。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。 東京大学大学院博士課程中退。
1960年代、学生運動が盛んだったころに東大全共闘議長を務める。1969年の安田講堂事件前に警察の指名手配を受け地下に潜伏するが、同年9月の日比谷での全国全共闘連合結成大会の会場で警察当局に逮捕された。日大全共闘議長の秋田明大とともに、全共闘を象徴する存在であった。
学生時代より秀才でならし、大学では物理学科に進んで素粒子論を専攻した。大学院在学中には、京都大学の湯川秀樹研究室に国内留学しており、物理学者としての将来を嘱望されていたが、学生運動の後に大学を去り、大学での研究生活に戻ることはなかった。
その後は予備校教師に転じ、駿台予備学校では「東大物理」などのクラスに出講している。一方で科学史を研究しており、当初エルンスト・カッシーラーの優れた翻訳で知られたが、後に熱学・熱力学や力学など物理学を中心とした自然思想史の研究に従事し今日に至っている。遠隔力概念の発展史についての研究をまとめた『磁力と重力の発見』全3巻は、第1回パピルス賞、第57回毎日出版文化賞、第30回大佛次郎賞を受賞して読書界の話題となった。

山本義隆: ウィキペディアの記事 Amazonで著書を検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で281冊目。

鹿児島県の川内原発1号機が今月11日に再稼動し、来月10日に営業運転を始めるそうなので、原発についてもう一度考えてみようと思い本書を読んでみた。今年3月に刊行されたばかりの山本義隆先生の最新刊である。

若い方にとって山本先生は駿台予備校の物理の先生、僕のような科学ファンにとっては「磁力と重力の発見」をはじめ数々の科学史本をお書きになった知の巨人である。そして団塊の世代以上の方にとっては「東大全共闘のリーダー」としての印象が残っているだろう。

山本義隆 元全共闘議長 東大闘争語る(2014年10月):ページを開く
山本義隆『知性の叛乱』:ページを開く


本書は2013年3月に駿台予備校の千葉校で高校生、受験生、そして大学入学が決まった若者に対して山本先生がおこなった「原子・原子核・原子力」という特別講演の講演内容を3倍に加筆して出版した本だ。

高校3年までで学ぶ物理や数学の範囲の数式を使って解説が進むので、本書では明らかにされていないが、聴講生は理数系の学生がほとんどだったのだろうと僕は想像している。

章立ては次のとおりだ。

はじめに
第1章:原子論のはじまり
第2章:イオンと電子の発見
第3章:X線と放射線の発見
第4章:アインシュタインと光子仮説
第5章:原子モデルをめぐって
第6章:原子核について
第7章:原爆と原発
あとがき
索引

断片的な知識や公式の丸暗記になりがちな受験勉強としての物理に慣れてしまった聴講生には古代ギリシャの四元素説からはじまり、原子論の誕生、原子内部の構造がどのように解明されてきたかを順序だてて理解するのはさぞかし新鮮で刺激的な体験だったろうと僕は思った。

実際に人類がたどった自然科学の解明の歴史は、正しい知識と誤解が交錯した試行錯誤の過程を経て、そしてさらに互いの知識が影響を与えているので、ありのままの姿を講演という短い時間で述べるわけにはいかない。そこである程度の厳密性を犠牲にしつつ、整理した形、理数系高校生にも理解できる範囲で解説しているのが本書の特長だ。

はじめに原子ありき、電子ありきで「覚える」のではなく、どのようにしてそれらを発見していったかという過程が教科書や受験参考書にはない面白さを若者に与えるのだと思う。

少なくとも第1章と第2章は「だれが原子をみたか(岩波現代文庫):江沢洋」、「新版 電子と原子核の発見(ちくま学芸文庫):S.ワインバーグ」のように純粋に科学的興味だけで読み進められる本だった。

第3章の「X線と放射線の発見」あたりから、物理学としての話の中に原子力のもつ負の側面、人体におよぼす危険性についての記述が見られるようになる。ポロニウムとラジウムの発見で知られるマリー・キュリーをはじめ、世界初の原子炉開発の陣頭指揮をとったエンリコ・フェルミ、マンハッタン計画に参加したリチャード・ファインマン、広島に原爆投下された2日後に市内を調査してまわった仁科芳雄などの物理学者が癌で亡くなっていることが紹介されている。

キュリー夫人の研究用ノートは100年が経過した今も放射線を出している
http://gigazine.net/news/20150802-marie-curie-paper-still-radioactive/

物理学としての計算をしながら定量的な理解を助け、正確な知識を伝えることで原子力の危険性を明確に示している。理数系の聴講生にはいちばんストレートに伝わるだろうし、聴講生のうち何割かは将来電力関連企業や開発を担う企業のエンジニアになるかもしれないから、対象を理数系に絞った講演や著書でも大きな意味がある。

本書の中で最も重要でページ数が多く割かれているのが第5章「原子核について」と第6章「原爆と原発」である。

本書全体を通じて、ほとんどの事柄を僕はすでに知っていたが、これら2つの章には知らなかったこと、気がついていなかったことがいくつかあった。たとえばそれは次のような事柄である。

- アインシュタインが提唱した質量とエネルギーの同等性(E=mc^2)、つまり核分裂では質量があらかたエネルギーに変換されるかのように書かれている本があるが、それは完全に間違いだということ。(それは具体的な計算によって本書に示されている。)

- 原発や原子爆弾開発に必要な原子炉の技術は第二次大戦という異常な状況下、国家の強制によって極めて短い期間に開発された技術で、安全性についての要件は無視されていたこと。

- 核エネルギーについての物理学的実験と工業的レベルの実現とでは規模が違うだけではなく、全く別の意味合いを持つものであること。後者には解決しなければならない多くの問題があること。

- 出力100万キロワット規模の原発を1日稼動させるのに必要とするウランは1日あたり広島型原爆1つぶんに相当し、1年稼動させると広島型原爆が撒き散らした「死の灰」の約1000倍の「死の灰」を残すこと。現在日本全体では使用済み核燃料が1万6千トン残されていて、最終的な処分方法が決められないでいること。

- 原発に利用できるウランはあと100年から200年ぶんしか地上に存在しないこと。人類の歴史からすればそのようにわずかな期間に、数十万年にわたって毒性の消えない廃棄物を残すことになる。十万年のスケールでそれを安全に保管する方法には全くめどがたっていないこと。

- 原発は発電に要した熱の倍の量の熱を「温廃水」として海に流すため、海洋に対する熱汚染が深刻であること。また取水口に使われている化学薬品がプランクトン、えびや蟹の幼生や魚を殺し、海洋汚染の原因になっていること。

あげればきりがないが、説得力じゅうぶんである。

駿台予備校という半ば公な場所であり、そして物理学を主軸に進めた講演なので、政治的にセンシティブな話題は分量が抑えられているが、それでも日本の原発開発を推進してきた「原子力村」と呼ばれる集団の無責任性と独善性については山本先生のお考えがはっきり述べられている。


時節柄、国会や世論の関心は「集団的安全保障」に傾き、原発についての議論はずいぶん減ってしまった。特に再稼動を判断するための「活断層があるかどうか」や「使用済み核燃料の保管方法」の話題はすっかり忘れ去られているように思える。

本書の「まえがき」に山本先生は次のようにお書きになっている。

「実は10年くらい前までには、大学の入試に原子・原子核の分野がありました。もちろん、駿台でも授業でやっていました。ところが、大学の入試で出さなくてもよいとなってから、ほとんどの大学で出題しなくなりました。10年くらい前までの受験生は、原子・原子核についての最低限の知識はもっていたのだけれど、今はそんな知識がまったくないまま大学に入ってしまっているのです。また2年ほど先に復活するらしいのですが、この10年間ほどの受験生には、その方面の知識が低下ないしは欠落しているわけです。」


ということで本書は「高校生にお勧めする30冊の物理学、数学書籍」という記事にも追加しておいた。

原子や原子核についての知識を補う意味で、(数式アレルギーのない方は)ぜひ本書をお読みになっていただきたい。


2011年に山本先生がお書きになった次の本も紹介しておこう。「原子・原子核・原子力―わたしが講義で伝えたかったこと:山本義隆」とはまた別の切り口で、日本が推進してきた原子力政策の問題点を解説したもの。こちらは数式のでてこない本なので理数系が苦手な方でも読める本だ。

福島の原発事故をめぐって― いくつか学び考えたこと:山本義隆」(Kindle版)(紹介記事



「まえがき」より

事故発生以来、日本の原発政策を推進してきた電力会社と経済産業省(旧通産省)と東京大学工学部原子力工学科を中心とする学者グループ、そして自民党の族議員たちからなる「原子力村」と称される集団の、内部的には無批判に馴れ合い外部的にはいっさい批判を受け入れない無責任性と独善性が明るみにひきだされている。
学者グループの安全宣伝が、想定される過酷事故への備えを妨げ、営利至上の電力会社は津波にたいする対策を怠り、これまでの事故のたびに見られた隠蔽体質が事故発生後の対応の不手際をもたらし、これらのことがあいまって被害を大きくしたことは否めない。その責任は重大であり、しかるべくその責任を問わなければならない。

本質的な問題は、政権党(自民党)の有力政治家とエリート官僚のイニシアティブにより、札束の力で地元の反対を押しつぶし地域社会の共同性を破壊してまで、遮二無二原発建設を推進してきたこと自体にある。


ご注意: 今日の記事は人によって考え方、感じ方が大きく分かれるセンシティブなテーマなので、内容によってはいただくコメントの公開を承認しないことがありますのでご注意下さい。


関連記事:

福島の原発事故をめぐって― いくつか学び考えたこと:山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7940dcbcf9929b45269dc9efae303848

新・物理入門(増補改訂版):山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8ea0ef12c20ef703b81afe2752b4c3a2

熱学思想の史的展開〈1〉:山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d1b18caf10c0e9a10baff20434eb9ffc

熱学思想の史的展開〈2〉:山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f852e9510c040c23ae18c4da6df2dcbf

熱学思想の史的展開〈3〉:山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c4f5c84e9854ddd2e60a1300044c9efc

発売情報: 世界の見方の転換 1~3: 山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0847cdea93a530854efbbb325ab5c147

知ろうとすること。(新潮文庫): 早野龍五、糸井重里
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a4ef77bfa321388003c87214d7367b3d

だれが原子をみたか(岩波現代文庫):江沢洋
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0f1e91e296d8d83ff2759c2de190be57

新版 電子と原子核の発見(ちくま学芸文庫):S.ワインバーグ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d6244b03bafe78c8c2316c91342df73e


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 


原子・原子核・原子力―わたしが講義で伝えたかったこと:山本義隆



はじめに
第1章:原子論のはじまり
- 化学原子論
- 歴史的な語りについて
- 力学のおさらい
- 気体分子運動論

第2章:イオンと電子の発見
- 重力をめぐって
- 電磁気学の初歩
- 電気分解の法則
- 電子の発見

第3章:X線と放射線の発見
- レントゲンとX線の発見
- ベクレルとキュリー夫妻
- 放射線をめぐって
- 放射線の人体への影響

第4章:アインシュタインと光子仮説
- 光電効果をめぐって
- 放射線のエネルギー
- 光子の波動性と粒子性
- アインシュタインについて

第5章:原子モデルをめぐって
- 有核原子
- 原子の古典モデルとその問題点
- ボーアの原子モデル
- 一般の原子について
- モーズリーの悲劇

第6章:原子核について
- 放射性元素の崩壊
- 核物理学のはじまり
- 核力と核エネルギー
- 核分裂と連鎖反応の発見

第7章:原爆と原発
- 原子爆弾について
- 原発の事故について
- 使用済み核燃料の問題
- 原発と環境汚染・被曝労働
- 放射線の危険について

あとがき
索引

福島の原発事故をめぐって― いくつか学び考えたこと:山本義隆

$
0
0
福島の原発事故をめぐって― いくつか学び考えたこと:山本義隆」(Kindle版

内容紹介:
「まえがき」より
事故発生以来、日本の原発政策を推進してきた電力会社と経済産業省(旧通産省)と東京大学工学部原子力工学科を中心とする学者グループ、そして自民党の族議員たちからなる「原子力村」と称される集団の、内部的には無批判に馴れ合い外部的にはいっさい批判を受け入れない無責任性と独善性が明るみにひきだされている。
学者グループの安全宣伝が、想定される過酷事故への備えを妨げ、営利至上の電力会社は津波にたいする対策を怠り、これまでの事故のたびに見られた隠蔽体質が事故発生後の対応の不手際をもたらし、これらのことがあいまって被害を大きくしたことは否めない。その責任は重大であり、しかるべくその責任を問わなければならない。

本質的な問題は、政権党(自民党)の有力政治家とエリート官僚のイニシアティブにより、札束の力で地元の反対を押しつぶし地域社会の共同性を破壊してまで、遮二無二原発建設を推進してきたこと自体にある。
一刻もはやく原発依存社会から脱却すべきである―原発ファシズムの全貌を追い、容認は子孫への犯罪であると説いた『磁力と重力の発見』の著者、書き下ろし。
2011年8月刊行、114ページ

著者について:
山本義隆(やまもとよしたか)
1941年大阪生まれ。大阪府出身。大阪市立船場中学校、大阪府立大手前高等学校卒業。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。 東京大学大学院博士課程中退。
1960年代、学生運動が盛んだったころに東大全共闘議長を務める。1969年の安田講堂事件前に警察の指名手配を受け地下に潜伏するが、同年9月の日比谷での全国全共闘連合結成大会の会場で警察当局に逮捕された。日大全共闘議長の秋田明大とともに、全共闘を象徴する存在であった。
学生時代より秀才でならし、大学では物理学科に進んで素粒子論を専攻した。大学院在学中には、京都大学の湯川秀樹研究室に国内留学しており、物理学者としての将来を嘱望されていたが、学生運動の後に大学を去り、大学での研究生活に戻ることはなかった。
その後は予備校教師に転じ、駿台予備学校では「東大物理」などのクラスに出講している。一方で科学史を研究しており、当初エルンスト・カッシーラーの優れた翻訳で知られたが、後に熱学・熱力学や力学など物理学を中心とした自然思想史の研究に従事し今日に至っている。遠隔力概念の発展史についての研究をまとめた『磁力と重力の発見』全3巻は、第1回パピルス賞、第57回毎日出版文化賞、第30回大佛次郎賞を受賞して読書界の話題となった。

山本義隆: ウィキペディアの記事 Amazonで著書を検索


鹿児島県の川内原発1号機が今月11日に再稼動し、来月10日に営業運転を始めるそうなので、原発についてもう一度考えてみようと思って「原子・原子核・原子力―わたしが講義で伝えたかったこと:山本義隆」を読んで紹介したが、引き続き同じ著者の本書を読んでみた。こちらは数式なしの本なので広く一般の方にお読みいただける。

本の内容紹介では自民党の族議員、通産省、学会、民間企業からなる「原子力村」と呼ばれる集団による無責任性と独善性が強調されているが、それはあくまで本書の最後の数ページに結論として書かれていることだ。本書全体の印象とは異なっている。

その結論に至るまでに、むしろ本書で主張されていることは次のような事がらである。

- 原子力技術は原爆を開発するために極めて短期間に進められた未熟な技術であること。
- 原発は「原子力の平和利用」をスローガンにした戦後アメリカの政策の延長にあること。
- 「平和利用」とは軍事目的と表裏一体であること。
- 日本は一流国とみなされるために「原子力発電所を開発運用する技術」、「ロケット開発技術」を保持し軍事転用できる可能性を保持しておく必要があること。
- 日本(そして他の国においても)原子力発電所のような巨大で複雑な装置は安全性を確保する形で建造することが現代の技術をもってしても不可能なこと。
- いくつもの企業の下請け構造の中で問題点は無視され、隠蔽されてきたこと。
- 設計から建設、稼動、点検、修理のあらゆるプロセスで事故や人為的ミスが発生していること。(つまり安全基準をいかに高く設定しようと、事故は防げないこと。)
- 「日本の優れた技術力」というのは、部品や発電所のそれぞれの部分を製造する技術についてであり、原発全体の安全性はほとんど確認できていないこと。
- 修理の際にも原発を停止することは認められず、作業員を命の危険にさらして作業を強いていること。(原発を停止すると1日数億円の損害が生じるため。)

これが1970年代から1990年代にかけてつぎつぎに建設され、稼動していた原発の実態だと思うとぞっとする。

東日本大震災から昨年までNHKスペシャルではたびたび福島第一原発でおきていた新事実が明らかにされ、そのたびに驚きと絶望感に襲われてきたのだが、それらはあくまでこの原発についてのこと、巨大地震や津波に関連しての内容である。日本中の原発の信頼性そのものに疑問を投げかける放送はされていなかった。

本書のタイトルは「福島の原発事故をめぐって」であるが、それにとどまらず日本の原子力政策全体の罪を過去にさかのぼって告発する本なのだ。


よく耳にする次のような反論に対して、山本先生は次のようにお書きになっている。

- 科学技術にリスクはつきもの。原発から得られる利益はリスクをもってしても余りある。リスクを恐れずに進むのが人類のとるべき道だ。

山本先生のお考え:それは核エネルギー以前の科学技術に対して認められることだ。放射線被害は将来の何世代に渡って甚大な負の遺産を子孫に残すのでリスク以前の人道的、倫理的問題である。また原発の場合、発電所周辺の住民がリスクをとり、利益を受けるのは都市部の企業や住民なので、その論理は当てはまらない。

- 原発を廃止すれば、電力不足、電力料金の値上げによる経済活動への悪影響がある。

山本先生のお考え:放射性廃棄物の危険性、安全保管が不可能である以上、多少の不便や不利益は耐えるべきである。特に日本はこれから人口減少社会を迎え、エネルギー需要は減っていくのだから経済活動を支えるだけの原発に頼らずとも電力はじゅうぶん足りる。

- 原子力発電はクリーンなエネルギーである。

山本先生のお考え:とんでもない誤解だ。原発を稼動することにより燃料に使ったウランとほぼ同量の「死の灰」と呼ばれる核のゴミ(断片)を排出し、海洋を汚染し、将来数十万年に渡って地球を汚染し続ける。原発設備点検ののときでも多量の放射性廃棄物を排出する。放射性廃棄物を処理するために多量の電力、つまり石油を必要とする。


鹿児島県の川内原発1号機の営業運転を直前に控えた今、もう一度この問題を考えていただきたいと僕は思うのだ。本編は94ページで余白も広くとってあるので2~3時間あれば読めると思う。ぜひお買い求めになっていただきたい。


ご注意: 今日の記事は人によって考え方、感じ方が大きく分かれるセンシティブなテーマなので、内容によってはいただくコメントの公開を承認しないことがありますのでご注意下さい。


関連記事:

原子・原子核・原子力―わたしが講義で伝えたかったこと:山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/605f519af238e6b41871e81829f46e43

新・物理入門(増補改訂版):山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8ea0ef12c20ef703b81afe2752b4c3a2

熱学思想の史的展開〈1〉:山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d1b18caf10c0e9a10baff20434eb9ffc

熱学思想の史的展開〈2〉:山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f852e9510c040c23ae18c4da6df2dcbf

熱学思想の史的展開〈3〉:山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c4f5c84e9854ddd2e60a1300044c9efc

発売情報: 世界の見方の転換 1~3: 山本義隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0847cdea93a530854efbbb325ab5c147

知ろうとすること。(新潮文庫): 早野龍五、糸井重里
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a4ef77bfa321388003c87214d7367b3d


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 


福島の原発事故をめぐって― いくつか学び考えたこと:山本義隆」(Kindle版



はじめに

第1章:日本における原発開発の深層底流
- 原子力平和利用の虚妄
- 学者サイドの反応
- その後のこと

第2章:技術と労働の面から見て
- 原子力発電の未熟について
- 原子力発電の隘路
- 原発稼動の実態
- 原発の事故について
- 基本的な問題

第3章:科学技術幻想とその破綻
- 十六世紀文化革命
- 科学技術の出現
- 科学技術幻想の肥大化とその行く末
- 国家主導科学の誕生
- 原発ファシズム


あとがき

ちょっと気になる常微分方程式の本

$
0
0


大学時代は数学専攻だったので1、2年で学ぶ基礎的な数学はあらためて勉強しなおす必要がない。したがってブログではこのあたりの教科書をあまり紹介していないことに気がついた。特に解析系の数学の教科書だ。

学生時代の教科書は「解析概論」を除いてすべて処分してしまったので、微積分はともかく微分方程式の本くらいは揃えておこうとAmazonでチェックしてみた。(とはいっても「自然科学者のための数学概論 増訂版改版:寺沢寛一」を持っているので、これ1冊で事足りるわけではあるが。。。)

常微分方程式については長年教えられてきただけあって教科書も演習書も良書が多く、どれを選ぶのか迷うものだ。結局、授業で使っている本だけで済ませている人がほとんどだろう。

さしあたり今日は大学1、2年の学生向け、あるいは社会人でも復習がてらにお勧めできるような本、僕自身がちょっと気になる常微分方程式の教科書をピックアップしてみよう。

立ち読みした本はあるけれども、まだ購入していないので「感想:」ではなく「印象:」としてコメントを書いておく。

読者のみなさん、お勧めの本がもしありましたらコメント欄を通じて紹介いただけるとうれしいです。


常微分方程式:矢嶋信男」(このシリーズの本を検索


印象: 標準的で定番の教科書。ロングセラーだけあって物理系、工学系の学生には十分な内容だと思う。あとは演習書で解法のパターンを身につければ申し分なし。

1 自然法則と微分方程式
2 微分方程式の初等解法
3 定数係数の2階線形微分方程式
4 変数係数の2階線形微分方程式
5 高階線形微分方程式―連立1階線形微分方程式
6 微分方程式と相空間―力学系の理論


常微分方程式:E.クライツィグ」(このシリーズの本を検索


印象: 米国をはじめ世界各国の大学で工業数学の教科書・参考書として使用されている名著の翻訳。常微分方程式の基礎から応用まで、具体例を交え丁寧に解説している。

1 1階微分方程式
- 基本的な諸概念
- y′=f(x,y)の幾何学的意味と方向場 ほか

2 2階および高階の線形微分方程式
- 2階の同次線形方程式
- 定数係数の2階同次方程式 ほか

3 連立微分方程式、相平面、定性的方法
- 序論:ベクトル、行列、固有値
- 序論:例題による導入 ほか

4 微分方程式のべき級数解、特殊関数
- べき級数法
- べき級数法の理論 ほか


図解入門 よくわかる微分方程式:潮秀樹


印象: 上の2冊が難しいと感じる方には、この本をお勧めする。「よくわかる物理数学の基本と仕組み」を書いた潮秀樹先生の本。現在は中古でしか買えない。本書は地元の書店で立ち読みし「あ、これいいなぁ。」と思ったが、結局購入には至らず絶版になってしまった。

第1章 微分方程式について
第2章 両辺を積分して微分方程式の解を求める
第3章 特性方程式を利用して一般的な解を求める
第4章 微分演算子を使って特解を求める
第5章 ラプラス変換を利用して解を求める
第6章 級数法を利用して一般解を求める
第7章 パソコンを利用して解を求める
第8章 微分方程式が物理で使われる例


微分方程式で数学モデルを作ろう:デヴィッド・バージェス・モラグ・ボリー


印象: 微分方程式の解法よりも現実世界の現象から数学モデルを作ることに重点を置いたユニークな教科書。70に余る図表を駆使し、30分野のテーマに渡って微分方程式のタイプで分け習得できる。図や写真も多いのが楽しそうである。

第1章 序論
第2章 成長と減衰
第3章 変数分離形微分方程式
第4章 線型1階微分方程式
第5章 線型2階微分方程式
第6章 非線型2階微分方程式
第7章 微分方程式系


常微分方程式:坂井秀隆


印象: 先月発売されたばかりで、今いちばん気になっているのがこの本だ。「初学者に向けて、その初等的な内容を網羅的かつ簡潔にまとめたテキストである。具体例や図も豊富に取り入れ、論理的にも直感的にも理解しやすいよう工夫をする。」と紹介されているが、目次を見る限り工学系、物理学系の学生にはハードルが高い気がする。数学科の学生向けなのだろうか?

第1章 基礎理論~方程式と解
現象と法則
1A.初期値問題の解の構成
1.1 局所解の構成
1.2 特異点における局所解
1.3 解函数の存在域
1.4 初期値と助変数に関する解の連続性と微分可能性
1B.境界値問題
1.5 Sturm-Liouvilleの境界値問題

第2章 解法理論~解けるということ
解けるということの意味を確定する
2A.求積法
2.1 求積の技法
2.2 定数係数線型方程式の解法
2B.変数係数線型方程式を満たす特殊函数
知っている函数を増やす
2.3 超幾何函数と超幾何微分方程式
2.4 Fuchs型微分方程式
2.5 不確定特異点を持つ線型方程式
2C. 解析力学の技法
2.6 解法のレシピ
2.7 保存量を見つける方法
2.8 可積分系

第3章 定性理論~運動の先を見つめて
永遠の後で
3.1 力学系
3.2 不動点と周期軌道と安定性
3.3 摂動
相図を描く



電子書籍としても買える本で気になったのは次の2冊だ。

マンガでわかる微分方程式」(Kindle版


印象: 「マンガでわかる~」シリーズの中ではいちばん骨のある本だと思った。もちろん初学者向け、微分方程式って何?というレベルの方が読む本である。とはいえKindleでも読めるので買って見たい欲求を抑えつつ、すでに1週間が経っている。「マンガでわかる~」シリーズのほとんどが電子書籍化されたので、なんだか楽しく学べそうだ。

プロローグ 数宮神社の数ノ姫神
第1章 微分方程式とは
第2章 微積分学の基本定理
第3章 変数分離型微分方程式―エゾシカ王国は実現するか?
第4章 1階非同次線形微分方程式 定数変化法―雲は落ちている
第5章 2階線形微分方程式―揺れ動くだけじゃない
付録


スタンダード 工学系の微分方程式:広川二郎、安岡康一」(Kindle版


印象: こちらも気になっている。「微分方程式をたてて標準的な方法で解けるようになることを目標に、工学部全学科必須範囲をカバーする。講義が組み立てやすい15章構成。要点が見やすく理解しやすいフルカラー教科書。」ということだそうだ。紙の本は昨年3月に刊行、Kindle版は今月18日に発売。112ページと薄い本ながら15章もあり、ひととおりの解法がマスターできるというのが「魅力」なのか「説明不足」なのか気になっている。「KS理工学専門書」は今後電子書籍がさらに充実しそうなので、期待しているところだ。

はじめに
第I部 1階微分方程式
第1章 微分方程式の基礎事項
第2章 変数分離形
第3章 同次形
第4章 1階線形斉次方程式
第5章 1階線形非斉次方程式
第II部 線形微分方程式
第6章 2階線形方程式の解の構造
第7章 定係数2 階線形斉次方程式
第8章 変数係数2 階線形斉次方程式
第9章 2階線形非斉次方程式
第10章 未定係数法
第11章 演算子法
第III部 微分方程式の応用
第12章 級数展開法
第13章 連立定係数1 階線形方程式
第14章 完全微分形
第15章 偏微分方程式
問題略解
索引


関連ページ:

常微分方程式の考え方や解法をネットで学びたい方は、次のページでどうぞ。

微分方程式を図解する(前野昌弘先生のページ)
http://irobutsu.a.la9.jp/mybook/ykwkrMC/sim/DE.html

微分方程式解法ノート
http://www.tsuyama-ct.ac.jp/matsuda/d-eq/bibun0.htm

微分方程式の解き方
http://www.geocities.jp/tc205ki/dfdata/dfeq.html

微分方程式演習
http://brain.cc.kogakuin.ac.jp/~kanamaru/lecture/difeq/


関連記事:

増補版 金融・証券のためのブラック・ショールズ微分方程式:石村貞夫、石村園子
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4601dda9ae0833c273d5d04aa83424d7

なっとくする偏微分方程式:斎藤恭一
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/16d054ebc14ad1c4336f2b9f997eb00c

大学で学ぶ数学とは(概要編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/07137c47d16d95ddde8f5c4cb6f37d55

大学で学ぶ数学とは(実用数学編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/975ad3faa2f6fd558b48c76513466945

自然科学者のための数学概論 増訂版改版:寺沢寛一
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3cd107d2f6575cccc88dee06aa4b03ab

高校数学でわかるフーリエ変換:竹内淳
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/aa1e79d97684f88319d9d4e96e6a89a3

熱の解析的理論:ジョゼフ・フーリエ著、ガストン・ダルブー編纂
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5bcc7bc3efc16463743cd01d3c989622


応援クリックをお願いします!
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 

  

 
Viewing all 975 articles
Browse latest View live