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時間とは何か、空間とは何か: S.マジッド、A.コンヌ、R.ペンローズ他


時間とは何か、空間とは何か:S.マジッド、A.コンヌ、R.ペンローズ他

内容紹介
宇宙は何次元なのか。ビッグバン以前には何があったのか。結局のところ、時間と空間について何が明らかになり、まだわかっていないのは何なのか。これまでの論点をわかりやすく整理しつつ、『皇帝の新しい心』のペンローズ、フィールズ賞受賞者コンヌをはじめ、数学者、物理学者、宇宙論研究者、哲学者が独自の視点で、自らの仮説も含めてこの宇宙の姿を描いてみせる。


理数系書籍のレビュー記事は本書で249冊目。

本書は数学者、数理物理学者による量子時空、量子重力理論へのアプローチを知ることができる科学教養書。2013年6月に刊行された。

大栗先生の超弦理論入門:大栗博司」の表紙にも薄く描かれている量子時空の概念図を見てわかるように、プランクスケール(プランク長=10のマイナス35乗メートル、プランク時間=10のマイナス44乗秒)という極微、極短の世界では量子ゆらぎによって時空間は「泡立っている」と予想されている。また時間や空間は離散的で私たちが実感しているように連続したものではないという説も信憑性を持ったものとして主張されている。時間や空間は無限に分割して小さくできるというものではないらしい。

プランクスケールでの時空のイメージ
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このような極微の世界で量子力学と重力理論(一般相対性理論)の両方を成り立たせようとすると理論が破綻することはNHKの「神の数式」で示されたとおりだ。無限小の世界に重力理論を当てはめると無限大のエネルギー(=質量)が生じてしまい、時空の曲率も無限大になってしまう。

この問題を解決するために量子重力理論のひとつとして超弦理論が提案されている。この理論で時空は10次元であることが必要とされるが、超弦理論では量子力学と重力理論の両方を成り立たせることができる。しかし、これで時空の問題が解決したわけではない。超弦理論で導入される弦は量子的な振動をするものであり、その実体は10次元の「連続した時空」の中にあることを前提として研究が始まった。そして「大栗先生の超弦理論入門:大栗博司」の最後のほうに書かれていることだが、その結果「空間は幻想」であることが超弦理論から導かれるのだ。つまり私たちが「空間」と呼んでいるものでさえ弦の振動によって生まれてくるのだという。

だとすると時間や空間というのは何なのだろうか?
プランクスケールより小さい世界で時間や空間はどうなってしまうのだろうか?
残念ながらそれはまだほとんどわかっていない。
そもそもプランクスケールより小さい世界があるのかどうかさえわかっていない。

もしプランクスケールより小さい世界があるのならば、そこではおそらく量子力学が新たな形で再定式化され、その枠組みの中で全く新しい物理法則が解明されていくのだろう。それは私たちの直観や実感ではまるでイメージできない世界のはずだ。量子時空は無限小の点の概念を持たない幾何学の世界として考えられている。(ただし量子力学や相対性理論において時間は連続変数tとして扱われていることには注意すべきだ。これについてはQuantum Universeさんの「時間とエネルギーの不確定性関係と、相対性理論」という記事をお読みいただきたい。)

量子時空にあると予想される量子重力の存在性は先月紹介した「原始重力波の観測」によって初めて示された。その具体的な有様の探究は始まったばかりである。

現代数学が必要とされる理由がここにある。数学は物理的にイメージできない世界をも体系化し、構造を明らかにしてくれることがある。最先端の代数学と幾何学と解析学が明らかにしてくれる世界。私たちにとってこの3つの数学はどう進んでよいかわからない真っ暗な世界を照らし出してくれる3本のスポットライトである。

コンヌ博士の「非可換幾何学」もそのような量子時空に対する数学的なアプローチのひとつである。「アラン・コンヌ博士の非可換幾何学とは?」という記事で専門書の内容の概略を紹介したが、いまいちよくわからない。科学教養書レベルの解説本はないものかと探したところ、今日紹介する「時間とは何か、空間とは何か:S.マジッド、A.コンヌ、R.ペンローズ他」が見つかった。地元の中型書店では見かけていなかったのでメジャーな本ではないのだと思う。本の帯にはこう書かれている。

いったいどこまでわかっているのか?
ロジャー・ペンローズ、アラン・コンヌらが時間と空間の招待についての論点を整理し、宇宙の姿を描く。

本書は2006年9月にケンブリッジ大学のエマニュエル・カレッジで開かれた公開討論会で、「時間とは何か?空間とは何か?」という問いを一流の数学者、物理学者、哲学者、神学者からなるユニークなパネリストに問いかけ、この催しから得られた本だ。英語版は2008年に出版された。

科学教養書とはいえ、レベルは高めである。次のような文章を読んで意味がわかる人ならば読み通すことができるだろう。

- 一般相対性理論の時空の曲がりは「計量テンソル」によって表される。
- アインシュタインの重力場の方程式は時空のあらゆる点で成り立つ微分方程式である。
- 量子力学において物理量はヒルベルト空間上の自己共役作用素であらわされる。

本書を読んだからといって、量子時空の正体が明らかになるわけではない。各章はそれぞれの学者が空想を最大限働かせながら予想している仮説に過ぎないからだ。しかし、読むことで少なくとも彼らが進んでいる方向性をイメージできるようになるだろう。


以下に各章を担当した科学者と大まかな内容を紹介しておこう。

第1章:暗黒宇宙
アンドリュー・テイラー
エジンバラ大学の天体物理学の教授。宇宙論の分野において多大な貢献がある。特に暗黒物質(ダークマター)の分布の画像を作成し、暗黒エネルギー(ダークエネルギー)の性質を研究するとともに、宇宙の初期条件について考察した。妻と息子とともにエジンバラに在住。

宇宙の膨張、ビッグバンモデル、インフレーション宇宙論、量子重力、宇宙マイクロ波背景輻射、ダークマター、ダークエネルギー、マルチバースなど、通常の科学教養書で見かけるような解説がされている。

第2章:量子力学的な時間と空間、その物理的実在
シャーン・マジッド
ロンドン大学クイーン・メアリーの数学教授。ケンブリッジ大学とハーヴァード大学で理論物理学と数学を修得し、1980年代と1990年代に量子対称性の理論の創始に一役買った。この分野における入門書を2冊と多数の研究論文を著した。

古典物理、一般相対論、量子力学の手身近かな発展史、量子時空の問題解決のための新しいアプローチの紹介:q変形量子群、q変形の組みひも幾何学(非可換代数)、双接合積量子群、共形場の理論、自己双対構造、モノイド関手、ハイティング代数など。

第3章:因果律、量子論、そして宇宙論
ロジャー・ペンローズ
オックスフォード大学のラウズ・ボール数学名誉教授。1988年にスティーヴン・ホーキングとともにウルフ賞を受賞。1970年代にツイスター理論を創始し、他にもタイル貼りの理論から天体物理学と量子論まで多数の業績がある。

擬リーマン多様体や計量テンソルの説明、光円錐、アインシュタインの重力方程式、プランクスケールにおける量子泡の時空構造、量子重力、スピンネットワーク理論、エントロピー、ホーキング放射、時空のコンフォーマルバウンダリー(共形不変性)、共形巡回宇宙論(Conformal Cyclic Cosmology)。

第4章:時空の美しい理解のために:重力と物質の統一
アラン・コンヌ
コレージュ・ド・フランスで解析学と幾何学の講座を持ち、パリのフランス高等科学研究所、アメリカのヴァンダービルト大学の教授である。1982年にフィールズ賞、2002年にクラフォード賞を受賞。非可換幾何学のパイオニアである。この分野において、純粋数学および物理学でのさまざまな応用を研究し、この分野における代表的な入門書や多数の研究論文を著した。

最小作用の原理、ラグランジアン、無限小変数における非可換性、時空の非可換性、スペクトル幾何学、幾何学に対する量子修正、有限体Fの必要性、重力場での観測量とスペクトル作用、標準模型からスペクトル模型への変数変換、くりこみ群方程式、量子重力。

コンヌ博士の理論は素粒子の標準模型と重力を統一するから、統一スケール(プランクスケール)においてニュートン定数の値も予想する。そしてスペクトル作用は有効作用として用いることができる。MxFについての非可換幾何学へ応用するスペクトル作用関数からわかる理論は基本理論ではないが、統一スケールで意味を持つところで留まる実質的な理論と考えられる。(この非可換幾何学によって素粒子の標準理論が導かれることはこの論文で示されている。)

量子重力についてその伝搬関数はタキオン極を持ち、そのユニタリー性は破れ、コンヌ博士は「Noncommutative Geometry, Quantum Fields and Motives (2007)」(PDF)の中で数論の枠組みの中での対称性の破れの役割--リーマン-ゼータ関数のゼロ点についての特別な理解--と標準模型の電弱セクターでの対称性の破れとの間の類似性を展開した。この電弱対称性の破れのメカニズムの後に幾何学が現れるという可能性がある。ヒルベルト空間でのシンプレクティック・ユニタリー群のもとで、スペクトル作用の不変性は、任意の幾何学のコンパクト等長変換群に至るこのプロセスの中で破られる。

したがって、もし数論的な類推から考えてみることができると、あるエネルギー(プランクエネルギー)状態の上では、時空の考えは消失し、そして大域な系の状態は本質的に古典的な幾何学的な意味を持たない作用素環論的データに含まれるIII型(III型作用素環を生成する意味での)の混合状態であることがわかる。数論的系において、温度がエネルギー準位の役割を果たし、鍵となる概念はKMS状態である。したがって、この考えに従うなら、時空の初期に起きた特異点を調べることを断念し、それに代わって、対称性の破れの現象を通して、新しい幾何学を生み出すことに向かうべきである。特にくりこみ可能なユニタリーな場の量子論を見つけることによって固定された背景時空多様体上で重力場の量子化を試みるという考えは現実的でないものとなると述べている。

第5章:時間とは何か
ジョン・ポーキングホーン
英国国教会の神学者として名を知られているとともに、1960年代と1970年代にはケンブリッジ大学の主要な素粒子論物理学者でもあった。ケンブリッジ大学クイーンズカレッジの学長も務めている。2002年にテンプルトン賞を受賞。物理学と神学に関する多数の書物と研究論文を著した。

パネリストは神学者であるとともに物理学者であるというユニークな経歴を持つ先生だ。神学の立場から「時間とは何か?」ということについて6ページほどお書きになっているが、僕にとってはほとんど興味の持てる内容ではなかった。


翻訳の元になった英語版はこちら。Kindle版だと格安で販売されている。

On Space and Time: Cambridge University Press」(Kindle版
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余談:コンヌ博士が担当された章に次の写真があった。

NHKの「素数の魔力に囚われた人々 〜リーマン予想・天才たちの150年の闘い〜」では、コンヌ博士の後ろに複雑な数式が映されていて、何の数式か気になっていたのだが謎が解けた。これは素粒子の標準理論の数式(ラグランジアン)である。NHKの「神の数式」でCERNの庭にある石に書かれていた数式のことだ。素粒子毎に書き下すとこのように長い式になるわけである。

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はじめに(シャーン・マジッド)

第1章:暗黒宇宙(アンドリュー・テイラー)
- 宇宙論における空間と時間
- 膨張する宇宙
- ビッグバンモデルの土台
- 宇宙の初期条件
- 標準的な宇宙のモデル
- 宇宙論のスタンダードモデルの証拠
- 宇宙の暗黒面
- ダークエネルギーの性質に関する理論的なアイデア
- おわりに

第2章:量子力学的な時間と空間、その物理的実在(シャーン・マジッド)
- イントロダクション
- 科学の核心にある欠陥
- 量子時空
- 観測可能量と状態の双対性
- 自己双対構造とプラトンの洞穴
- 相対的現実主義

第3章:因果律、量子論、そして宇宙論(ロジャー・ペンローズ)
- 時空構造
- 量子重力?
- 熱力学からの動機
- 時空のコンフォーマルなバウンダリー
- 共形巡回宇宙論(CCC)
- より大胆なCCC様相の推測

第4章:時空の美しい理解のために:重力と物質の統一(アラン・コンヌ)
- はじめに
- 量子的な考え方と無限小変数
- なぜ時空は非可換に拡張されるべきなのか
- 長さの単位についての歴史
- スペクトル幾何学
- 有限体Fの必要性
- 重力場での観測量とスペクトル作用
- 予想
- 量子重力について

第5章:時間とは何か(ジョン・ポーキングホーン)

参考文献
訳者あとがき
索引
著者紹介

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