土曜日に2月8日に公開されたばかりの『ファースト・マン(2018)』を観てきた。人類史上初めて月面に降り立った宇宙飛行士ニール・アームストロング(1930-2012)の自伝的な作品だ。いつものように映画好きの友達にチケット予約してもらい、上映15分前に待ち合わせ。映画『ドリーム(2016)』や『ボヘミアン・ラプソディ(2018)』のときもお世話になっている。
映画『ファースト・マン』オフィシャルサイト
https://firstman.jp/
『ファースト・マン』本予告映像
『ファースト・マン』特別コメント映像 山崎直子さん(宇宙飛行士)
『ファースト・マン』の動画: YouTubeで検索
新宿のこの映画館に来るのは3度目。臨場感が期待できるIMAX上映だ。『ボヘミアン・ラプソディ(2018)』のときのIMAX上映と同じ部屋で中央ど真ん中の席である。
予告編とレビュー記事は少しだけチェックしておいた。アポロ計画の科学的・技術的側面はどうも期待できそうになく、アームストロング船長の人間としての姿を描いた作品だという。海軍飛行士、宇宙飛行士に求められる不屈の精神、強靭な身体能力、冷静沈着な性格を全面に出して「強いアメリカ」が強調される映画なのだと想像していた。
けれども映画が始まって15分くらいすると、思っていたのとはずれていることに気がついた。どんなに強靭な人間でも命をかけて重要なミッションに挑むと不安がつきまとう。何がおこるかわからない。この映画に一貫していたのは「リアリティ」だ。アームストロングという人間を等身大に描いた作品だった。
冒頭のシーンは1961年、2時間21分後のエンディングは1969年7月。アームストロングが宇宙飛行士として搭乗したのは、ジェミニ8号(1966)とアポロ11号(1969)の2回だ。ジェミニ計画は1961年から1966年にかけ、マーキュリー計画とアポロ計画の間に行われ、10名の宇宙飛行士が地球周回低軌道を飛行した。アポロ計画は1961年から1972年にかけて実施され、全6回の有人月面着陸を成功させた。
映画は徹底的にアームストロングの視点から映される。彼が見ていた光景そのままだ。発射時にガタガタと激震する操縦席、小さな窓から見える大気圏上層の雲や宇宙空間から時おり見える地球表面。そして登場人物の顔のアップが多いのも特徴だ。訓練中やミッション遂行中のアームストロングと、同乗している宇宙飛行士の緊張した表情、家では不安いっぱいで、いつも心配している奥さんの顔である。小さな娘さんを亡くしたばかりの家族には、明るさや温かさ、そして何よりも大切な安心感がない。アポロ1号の予行演習中におきたコックピットの火災で同僚が命を落としたのは他人事ではなかったからだ。
また、カメラを手持ちで撮影したシーンが多いことにも気がついた。大画面の映画なのに映像のブレは手持ち撮影したホームビデオを見せられているようなのだ。映画通の友達に言わせると、それはこの監督の特徴だそうで、ぐらぐら揺れる画面がリアリティを演出する。
この映像手法が地上でのシーンと宇宙でのシーンに使われると、宇宙飛行士になったときに自分が見る光景を再現してくれる。薄汚れた船内やコックピットの計器類、1960年代の機材の色彩と質感がジェミニ計画やアポロ計画で使われた昔の技術レベルを伝えてくれる。激しく振動する船内で「アポロ誘導コンピュータ」が使えるようになったのはトランジスタが実用化されたからである。トランジスタは1940年代末に発明され、世界初のMOSトランジスタは、1960年にベル研究所のカーングとアタラが製造に成功した。トランジスタ以前の真空管ではコンピュータ制御のロケット開発は論外だった。
この映画が見せてくれる、もうひとつのリアリティはアポロ計画に対する世間の冷ややかな目だ。終戦後に始まったのがソビエト連邦との熾烈な宇宙開発競争で、国家の威信をかけて行われた宇宙計画である。「人類を月に送ろう!」というケネディ大統領の夢あふれたスピーチの背景にあった国策である。生活に苦しむ国民が大勢いる中で巨額の税金を宇宙計画に投入することに対して反発をあらわにした市民がいたことをこの映画は正直に描いていた。アポロ1号で死者がでたときは、なおさらである。NASAが報道規制を引いてもリークはまぬがれない。マスコミは大々的にこの巨大プロジェクトへの不信を書き立てた。現代でも日常目にする批判的な人たちが、この時代にもいたことを伝えている。
アポロ11号のミッションが成功し、人類初の1歩をアームストロングが月面に残したことを僕たち知っている。見る前からネタバレしているようなものだ。それでも怖いシーンがいくつもあったと一緒に行った友達は言っていた。アポロ1号で亡くなった飛行士は事故原因検証のために4時間もそのままにされていたこと、そして冒頭では飛行機が大気圏外で制御を失って高速回転するシーンがあり、ジェミニ8号が宇宙空間で原因不明の回転をおこしてしまう。いずれ制御を取り戻すことができるとわかっていても、死の危険にさらされている状況で正気を失わずに地上と交信しながら姿勢制御をすべく行動をとる姿にはドキドキさせられる。精密な機械システムが異常事態に陥ったとき、人間にできることは限られている。スピードを増して回転する船内から見えるのは、これまで見たことがない光景だから、怖いながらも新鮮な驚きをもたらすのだ。
そして、月に到達して船内から見る月面の風景、着陸地点を探すまでのじれったい時間の流れ、着陸した後にゆっくりとハシゴを降りるアームストロングが映される。おそるおそる一歩を踏んだ瞬間に訪れる静寂。地球で湧き上がる大歓声をよそに、灰色一色で色彩のない冷たい風景は微動だにしない。カメラはこのシーンでは固定され、砂粒ひとつから小石、それらが描き出す模様が何億年も前から変わっていない世界を映し出す。自分がその場所に立った時、このように感じるのだという疑似体験に身震いがした。ただでさえ静かな映画館の観客が、さらに静まり返っているのがわかった。観客席の空気が止まった。ここがいちばんの見どころ。月面の究極のリアリティである。
ガリレイが史上初めて望遠鏡で月面を観測したのは1609年7月のこと。(参考記事:「星界の報告: ガリレオ・ガリレイ」)それからちょうど360年たった7月、その地に最初の人間が一歩を踏み出したことになる。50年も前のことであるが、月が現在でも人類が到達したいちばん遠い場所であることに変わりはない。
ところで月面着陸時に「1202」という警告がでたシーンがある。映画ではこれを無視して着陸を強行したのだが、なぜかは明かされていない。その答がここに書かれているのを見つけることができた。
【第13回】〈一千億分の八〉アポロ11号の危機を救った女性プログラマー、マーガレット・ハミルトン
https://koyamachuya.com/column/voyage/33611/
月から戻るシーンは映されない。地球に戻っても2週間は隔離されて過ごすことになる。ミッション大成功であり、英雄としての姿も描かれていない。ほっとする気持や、人類の偉業に歓喜したりするシーンは意図的に出していない映画だった。僕の満足度は9割を超えていたが、興行的には大丈夫だろうか? 友達は「タイミングが悪い。」と言っていた。この時期に上映される映画が目白押しで、『ファースト・マン』は1日1回しか上映されないそうだ。
映画館を出て、いつものように喫茶店で感想タイム。この作品は撮影技術がすごいのだと友達は言っていた。CGと実写の合成技術やカメラを意図的に振動させる装置が使われているという。昔の出来事を自然な映像として見せてくれる映画だったので、撮影技術の新しさにはまったく気がつかなかった。やはり映画は知識が豊富な人と行くのがよいのだ。
映画のレビューページや関連ページをいくつか教えてもらったので載せておこう。
映画「ファースト・マン」海外感想・評価まとめ【賛否両論!】
https://gennnya.com/movie-firstman-2/
町山智浩『ファースト・マン』を語る
https://miyearnzzlabo.com/archives/55007
映画『ファースト・マン』撮影風景メイキング。これがCG合成の未来か。CGを背景に映画を撮影。
https://cgtracking.net/archives/46798
そして見ておいたほうがよい動画を3つ紹介しよう。最初の動画はなんと50年前に撮影されたものだ。
APOLLO 11 [Official Trailer]
「月着陸に命をかけた男たち ~アポロ計画がのこしたもの~」
「かぐや」HDTVによるアポロ11号着陸地点付近(再生リスト)
友達は英語を勉強したいと言っている。最後にアームストロングの言葉を紹介しておこう。
I'm, ah... at the foot of the ladder. The LM footpads are only, ah... ah... depressed in the surface about, ah.... 1 or 2 inches, although the surface appears to be, ah... very, very fine grained, as you get close to it. It's almost like a powder. (The) ground mass, ah... is very fine.
いま着陸船の脚の上に立っている。脚は月面に1インチか2インチほど沈んでいるが、月の表面は近づいて見るとかなり…、かなりなめらかだ。ほとんど粉のように見える。月面ははっきりと見えている。
I'm going to step off the LM now.
これより着陸船から足を踏み降ろす。
That's one small step for (a) man, one giant leap for mankind.
これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。
関連本の紹介:
「ファースト・マン オフィシャル・メイキング・ブック」
原作の日本語版はこちら。Kindle版は3月1日から配信される。
「ファースト・マン 上:ジェイムズ・R. ハンセン」(Kindle版)
「ファースト・マン 下:ジェイムズ・R. ハンセン」(Kindle版)(上下合本のKindle版)
原作本はこちら。
「First Man: The Life of Neil A. Armstrong: James R. Hansen 」(Kindle版)
関連記事:
映画『ドリーム(2016)』
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/54307adde353ad3fba64f33914f660a1
星界の報告: ガリレオ・ガリレイ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2bb491710bdf48a28c30c94e1dea7b36
アポロに搭載された計算尺(Pickett N600-ES)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3898318d7f4b3e84900d9ae2cb80d816
発売情報: 惑星探査機の軌道計算入門: 半揚稔雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a3aba0b87bff8a8ae54fb37ad1b04504
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