「Newton(ニュートン) 2018年 01 月号: ゼロからわかる人工知能」
月刊誌のほうのNewtonの特集記事を、このブログで紹介するのは異例のこと。それだけ気に入ったということだ。
人工知能に興味をもち書店に行っても、本の種類のあまりの多さに戸惑ってしまい、結局買わずに帰ってしまう人は多いだろう。僕もそのひとりだけど、そんな人にお勧めなのがこの特集記事である。
8人の専門家の協力を得て、手ごろな28ページにまとめている。小中学生も読む雑誌だからこの分量だと、どこまで掘り下げて専門的なことを含めるかを決めるのが難しいはず。NHKのサイエンスZEROだと放送4~5回ぶんの分量になるだろう。
読んでみたところNewtonの「まとめ力」に感心させられた。特に素晴らしいと思ったのは次のようなこと。
- 28ページという適度な分量におさえてあること。「まとめ力」が素晴らしい。
- 最低限必要な事がら、読者が関心をもっていそうな事がらをカバーしていること。
- ひとつひとつのテーマの流れが自然。興味を掻き立てる順番で各記事がつながっている。
- 人口知能を使うそれぞれの分野で「できること」、「できないこと」の両面を説明し、問題点の原因まで解説していること。
- シンギュラリティがいつ頃になるのか、楽観的、悲観的にならず、いろいろな考え方、予測と根拠を紹介していること。
- 特に関心をもたれているディープラーニング(深層学習)のしくみを小学生でもわかるレベルの計算で具体的に解説していること。
- 人工知能に求められるセキュリティの問題を詳しく、そしてわかりやすく説明していること。
- 最新技術を紹介、説明していること。つまりAlphaGo Zeroの進化した強化学習や脳の構造を模倣した次世代の汎用人工知能まで取り上げている。
- 人工知能が将来の生活や社会、医療、科学に及ぼす影響を紹介していること。
- イラストが美しいのは毎号のこと。そして記事内容とイラストが完全にマッチしている。
公開されている以上のことをネタバレするわけにはいかないので、このあたりでやめておく。詳細は株式会社ニュートンプレスの以下のページをお読みいただきたい。(見開きで立ち読みができる。)
ゼロからわかる人工知能
人工知能はどこまで“進化”するのか?
http://www.newtonpress.co.jp/newton.html
協力 松尾 豊/大澤昇平/佐藤多加之/村川正宏/乾 健太郎/佐久間 淳/中川裕志/山川 宏
執筆 宮内 諭(編集部),福田伊佐央(編集部)
スマートフォンの音声認識や自動翻訳など,私たちの生活を便利にする人工知能(AI)。はたしてAIはどのようなしくみで動いているのだろうか? 「ディープラーニング」や「シンギュラリティ」といった人工知能の気になる用語をわかりやすく解説!
「Newton(ニュートン) 2018年 01 月号: ゼロからわかる人工知能」
古典論理回路を含めるべきかどうか
この特集に対して、Newton編集長の高嶋さん(@Takashima_Hidey)は、次のようにツイートされていた。(ツイートの句読点の表記もNewtonと同じだと、後から気がついた。Newtonの読点は「、」ではなく「,」に統一されている。)
「今回のNewtonの人工知能特集では,かなり原理的なところから解説してるけど,個人的にはもっとコンピューターの原理的なところ,論理回路(AND・OR・NOT回路)の解説くらいから始めて,丁寧に丁寧に解説するようなものをつくりたいな。ただ,そうすると,書籍になるかな…。ニーズはあるだろうか。」
僕は最初「論理回路」のことを「量子論理回路」と誤読してしまったわけだが、高嶋さんが言及されたのは古典論理回路のことだ。
人工知能はコンピュータ上で動作しているわけだから、どんなソフトであれ基を正せば2進数のビット演算によって行われる。それを実現するハードウェアが論理回路(AND・OR・NOT回路)だ。論理回路でビット演算、つまり2進数の足し算、引き算することで、あらゆる計算が実現されている。
古典論理回路を紹介するのは、小中学生にはとても大切なことだと思うし、1~2ページ追加すればできると思う。
それに将棋や囲碁のAIや、ディープラーニング、自然言語の翻訳、そして創薬、超弦理論研究などへの応用、さらに人工知能を開発すること自体が、すべて足し算と引き算で実行されるという事実を知ることで、基盤技術がもつパワーや重要性に気がつくきっかけになると思うのだ。「マイコン」を知っている小中学生がほとんどいない現代だからこそ、論理回路の紹介をする意味があると思う。
量子論理回路や量子コンピュータのこと
量子論理回路はまた別の話。古典論理回路との比較となると話が膨らみ過ぎるから、「量子コンピュータ」という切り口で、独立した特集記事になるだろう。もしくは「量子アニーリング」や先ごろ発表された「量子ニューラルネットワーク」も含めて別冊ニュートンとしてまとめるのがよさそうだ。(参考記事:「量子コンピュータの発展史(リンク集)」)
「量子ニューラルネットワーク」を量子コンピュータに含めるかどうかは、今後も議論されることだろうし、3つの異なる手法の量子コンピュータ研究に携わる研究者や組織への配慮も必要になることだろう。最新の情報を提供することと偏りなく紹介することの間にはジレンマが生じる。影響力の大きいNewtonだからこそ、慎重な判断が求められる。
そして、今回の人工知能特集に含められていなかったのが「量子コンピュータを利用した人工知能」だ。今のところ量子アニーリングを前提としているし、紙面の制限があるから今回の特集に含められないのは仕方ないと思う。別冊ニュートンとして人工知能の特集号を組めば、このあたりも含めて解説できるし、今回の月刊誌の特集号の内容も掘り下げることができる。
ここで判断に迷うのが「量子論理回路」の説明をどれくらいの深さで設定するかという問題だ。重要なキーワードは「状態の重ね合わせ」と「量子の絡み合い」だから、ブロッホ球や量子球を使った説明が必要だし、状態遷移にはブラ・ケット・ベクトルを使った数式を書く必要がでてくる。また量子アルゴリズムをどこまで取り上げるかも問題だ。(参考記事:「量子コンピュータ、量子アルゴリズムを学びたい高校生のために」)
先日の「オイラーの公式特集」のときもそうだったが、数式を記事にどの程度含めるか、どのように見せるかは、Newtonにとって、今後も続く課題である。(Newtonは日経サイエンスではないのだし。)今後、量子コンピュータを取り上げるときには顕在化することなので、今のうちから方針を練っておくのがよいと思った。Newtonライトは売れると思うが、「Newtonヘビー」の市場があるかどうかは、僕にはわからない。
人工知能の範囲を超えて、とりとめもなく考えを書いてしまったが、この特集記事はお勧めなので、書店で1月号をぜひ手にとっていただきたい。
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お知らせ:
このようなNewtonがどのように作られるのかがわかるイベントが、今週水曜に開催される。残席があるそうなので、ここに宣伝させていただこう。
■ タイトル
グラフィック・サイエンス・マガジンの作り方
■ ゲスト
高嶋 秀行 氏(ニュートン編集人)
■ 開催日時
2017年11月29日(水) 18:00-20:00
■ 場所
東京大学 本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター 3階 中教室
詳細、申し込みはこちら:
http://www.scicomsociety.jp/?page_id=25
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関連記事:
Newton(ニュートン)の0号と創刊号の思い出
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0bff55e11fe0fa8fd8f23e431724c678
人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの: 松尾豊
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/35dd84adaee4c749268d0b7d3283e83e
脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす:甘利俊一
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/55335818aa47b1227eebc6b73c346960
あたらしい人工知能の教科書: 多田智史、石井一夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/dc3cc14a583c2eb1c35fc8f8af34f5c9
将棋ソフト(Bonanza、GPS将棋、Apery)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9c39fa7ba13e6b9f06728f9d26097191
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月刊誌のほうのNewtonの特集記事を、このブログで紹介するのは異例のこと。それだけ気に入ったということだ。
人工知能に興味をもち書店に行っても、本の種類のあまりの多さに戸惑ってしまい、結局買わずに帰ってしまう人は多いだろう。僕もそのひとりだけど、そんな人にお勧めなのがこの特集記事である。
8人の専門家の協力を得て、手ごろな28ページにまとめている。小中学生も読む雑誌だからこの分量だと、どこまで掘り下げて専門的なことを含めるかを決めるのが難しいはず。NHKのサイエンスZEROだと放送4~5回ぶんの分量になるだろう。
読んでみたところNewtonの「まとめ力」に感心させられた。特に素晴らしいと思ったのは次のようなこと。
- 28ページという適度な分量におさえてあること。「まとめ力」が素晴らしい。
- 最低限必要な事がら、読者が関心をもっていそうな事がらをカバーしていること。
- ひとつひとつのテーマの流れが自然。興味を掻き立てる順番で各記事がつながっている。
- 人口知能を使うそれぞれの分野で「できること」、「できないこと」の両面を説明し、問題点の原因まで解説していること。
- シンギュラリティがいつ頃になるのか、楽観的、悲観的にならず、いろいろな考え方、予測と根拠を紹介していること。
- 特に関心をもたれているディープラーニング(深層学習)のしくみを小学生でもわかるレベルの計算で具体的に解説していること。
- 人工知能に求められるセキュリティの問題を詳しく、そしてわかりやすく説明していること。
- 最新技術を紹介、説明していること。つまりAlphaGo Zeroの進化した強化学習や脳の構造を模倣した次世代の汎用人工知能まで取り上げている。
- 人工知能が将来の生活や社会、医療、科学に及ぼす影響を紹介していること。
- イラストが美しいのは毎号のこと。そして記事内容とイラストが完全にマッチしている。
公開されている以上のことをネタバレするわけにはいかないので、このあたりでやめておく。詳細は株式会社ニュートンプレスの以下のページをお読みいただきたい。(見開きで立ち読みができる。)
ゼロからわかる人工知能
人工知能はどこまで“進化”するのか?
http://www.newtonpress.co.jp/newton.html
協力 松尾 豊/大澤昇平/佐藤多加之/村川正宏/乾 健太郎/佐久間 淳/中川裕志/山川 宏
執筆 宮内 諭(編集部),福田伊佐央(編集部)
スマートフォンの音声認識や自動翻訳など,私たちの生活を便利にする人工知能(AI)。はたしてAIはどのようなしくみで動いているのだろうか? 「ディープラーニング」や「シンギュラリティ」といった人工知能の気になる用語をわかりやすく解説!
「Newton(ニュートン) 2018年 01 月号: ゼロからわかる人工知能」
古典論理回路を含めるべきかどうか
この特集に対して、Newton編集長の高嶋さん(@Takashima_Hidey)は、次のようにツイートされていた。(ツイートの句読点の表記もNewtonと同じだと、後から気がついた。Newtonの読点は「、」ではなく「,」に統一されている。)
「今回のNewtonの人工知能特集では,かなり原理的なところから解説してるけど,個人的にはもっとコンピューターの原理的なところ,論理回路(AND・OR・NOT回路)の解説くらいから始めて,丁寧に丁寧に解説するようなものをつくりたいな。ただ,そうすると,書籍になるかな…。ニーズはあるだろうか。」
僕は最初「論理回路」のことを「量子論理回路」と誤読してしまったわけだが、高嶋さんが言及されたのは古典論理回路のことだ。
人工知能はコンピュータ上で動作しているわけだから、どんなソフトであれ基を正せば2進数のビット演算によって行われる。それを実現するハードウェアが論理回路(AND・OR・NOT回路)だ。論理回路でビット演算、つまり2進数の足し算、引き算することで、あらゆる計算が実現されている。
古典論理回路を紹介するのは、小中学生にはとても大切なことだと思うし、1~2ページ追加すればできると思う。
それに将棋や囲碁のAIや、ディープラーニング、自然言語の翻訳、そして創薬、超弦理論研究などへの応用、さらに人工知能を開発すること自体が、すべて足し算と引き算で実行されるという事実を知ることで、基盤技術がもつパワーや重要性に気がつくきっかけになると思うのだ。「マイコン」を知っている小中学生がほとんどいない現代だからこそ、論理回路の紹介をする意味があると思う。
量子論理回路や量子コンピュータのこと
量子論理回路はまた別の話。古典論理回路との比較となると話が膨らみ過ぎるから、「量子コンピュータ」という切り口で、独立した特集記事になるだろう。もしくは「量子アニーリング」や先ごろ発表された「量子ニューラルネットワーク」も含めて別冊ニュートンとしてまとめるのがよさそうだ。(参考記事:「量子コンピュータの発展史(リンク集)」)
「量子ニューラルネットワーク」を量子コンピュータに含めるかどうかは、今後も議論されることだろうし、3つの異なる手法の量子コンピュータ研究に携わる研究者や組織への配慮も必要になることだろう。最新の情報を提供することと偏りなく紹介することの間にはジレンマが生じる。影響力の大きいNewtonだからこそ、慎重な判断が求められる。
そして、今回の人工知能特集に含められていなかったのが「量子コンピュータを利用した人工知能」だ。今のところ量子アニーリングを前提としているし、紙面の制限があるから今回の特集に含められないのは仕方ないと思う。別冊ニュートンとして人工知能の特集号を組めば、このあたりも含めて解説できるし、今回の月刊誌の特集号の内容も掘り下げることができる。
ここで判断に迷うのが「量子論理回路」の説明をどれくらいの深さで設定するかという問題だ。重要なキーワードは「状態の重ね合わせ」と「量子の絡み合い」だから、ブロッホ球や量子球を使った説明が必要だし、状態遷移にはブラ・ケット・ベクトルを使った数式を書く必要がでてくる。また量子アルゴリズムをどこまで取り上げるかも問題だ。(参考記事:「量子コンピュータ、量子アルゴリズムを学びたい高校生のために」)
先日の「オイラーの公式特集」のときもそうだったが、数式を記事にどの程度含めるか、どのように見せるかは、Newtonにとって、今後も続く課題である。(Newtonは日経サイエンスではないのだし。)今後、量子コンピュータを取り上げるときには顕在化することなので、今のうちから方針を練っておくのがよいと思った。Newtonライトは売れると思うが、「Newtonヘビー」の市場があるかどうかは、僕にはわからない。
人工知能の範囲を超えて、とりとめもなく考えを書いてしまったが、この特集記事はお勧めなので、書店で1月号をぜひ手にとっていただきたい。
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このようなNewtonがどのように作られるのかがわかるイベントが、今週水曜に開催される。残席があるそうなので、ここに宣伝させていただこう。
■ タイトル
グラフィック・サイエンス・マガジンの作り方
■ ゲスト
高嶋 秀行 氏(ニュートン編集人)
■ 開催日時
2017年11月29日(水) 18:00-20:00
■ 場所
東京大学 本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター 3階 中教室
詳細、申し込みはこちら:
http://www.scicomsociety.jp/?page_id=25
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関連記事:
Newton(ニュートン)の0号と創刊号の思い出
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0bff55e11fe0fa8fd8f23e431724c678
人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの: 松尾豊
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/35dd84adaee4c749268d0b7d3283e83e
脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす:甘利俊一
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/55335818aa47b1227eebc6b73c346960
あたらしい人工知能の教科書: 多田智史、石井一夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/dc3cc14a583c2eb1c35fc8f8af34f5c9
将棋ソフト(Bonanza、GPS将棋、Apery)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9c39fa7ba13e6b9f06728f9d26097191
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