「四千万歩の男(四): 井上ひさし」(Kindle版)
内容:
日本全図を作るため1801年4月第2次測量隊は伊豆へ。円周率に憑かれた若者を加え、せこいお上の予算に自腹を切る冒険が始まる。阿波の藍栽培の騒動に首を突込み、十返舎一九の片棒坦いで“飯盛歌舞伎”を作り、はては俳諧師殺しの詮索に夜も日もない。忠敬の一歩は、ああ道草喰いの旅とはなった。全5巻。(講談社文庫)
1993年刊行、678ページ。
著者について:
井上ひさし: 公式サイト: http://www.inouehisashi.jp/
1934年-2010年。山形県生れ。上智大学文学部卒業。浅草フランス座で文芸部進行係を務めた後に放送作家としてスタートする。以後『道元の冒険』(岸田戯曲賞、芸術選奨新人賞)、『手鎖心中』(直木賞)、『吉里吉里人』(読売文学賞、日本SF大賞)、『東京セブンローズ』など戯曲、小説、エッセイ等に幅広く活躍している。’84年に劇団「こまつ座」を結成し、座付き作者として自作の上演活動を行う。こまつ座は現在、次女の井上麻矢さんが社長を務めている。
第4巻は2週間前に読み終えていたのだが、いろいろ忙しく感想記事を投稿するのが遅くなってしまった。
蝦夷地の測量を終え1800年暮れにようやく江戸に戻った忠敬であったが、年明け早々に妻のお栄は家出をしてしまう。途方に暮れてお栄を探し回る忠敬を描いたところで第3巻が終わっていた。
第4巻では1801年4月に忠敬率いる第2次測量隊が江戸を出発して江ノ島に差しかかるまでの道中が語られている。道のりは短いものの忠敬が巻き込まれる事件はこれまでになく多い。毎度ながら、その一部をかいつまんで紹介することにしよう。
江戸に戻った忠敬が作成した地図は幕府だけでなく全国にその評判が知れ渡った。「ぜひ我が藩の地図も作ってほしい。」、「作成した地図を譲ってはもらえないだろうか。」などの申し出を忠敬はいくつかの藩から受けることになる。しかしお上から命じられた立場上、その仕事に専念しなければならず、申し出は断らざるを得ない。
また、忠敬のもとには測量術、測天術を教えてほしいという依頼もくるようになった。日本全国の測量をするにはどうしても人手が必要である。かといって測量の旅をしながら弟子を教えている時間がとれないのも明らかである。
お栄の捜索がうまくいかないまま、1801年4月に忠敬一行は江戸を発つことになる。功績が認められたとはいえ幕府からの支給は全く足りない。今も昔も役所がケチなのは同じだ。仕方なく忠敬は足りない半分の費用は自腹で用意することになった。それだけ任務遂行にかける忠敬の想いが強かったわけである。
円周率に憑かれた若者との出会い、阿波の藍栽培の騒動に首を突込む話、十返舎一九の片棒を坦いでとある宿場で“飯盛歌舞伎”を作って旅籠の集客を助ける話、はては俳諧師殺しの詮索をしたり、次から次へと物語が繰り広げられる。その忙しい合間をぬって測量と記録作業がしっかり行われる。
飯盛とは飯盛り女のことで各宿場町に常駐していた私娼のことである。宿場女郎のことだ。彼女たちに滑稽な芝居をさせて宿の集客を助けることを忠敬は思いつくのだ。脚本は同宿していた十返舎一九に依頼した。
この作品には十返舎一九や喜多川歌麿を始め、この時代を生きた著名人が何人も登場する。忠敬は道中でこれらの人々と関わりをもつことになるが、もちろんこれは井上ひさしによる創作である。十返舎一九は1802年に出した滑稽本の『東海道中膝栗毛』が大ヒットして一躍流行作家となったわけであるが、この弥次郎兵衛と喜多八、繋げて『弥次喜多』が旅をしながら繰り広げる間抜けな笑い話は忠敬が同宿の十返舎一九に与えたアイデアがもとになったのだと本書には書かれている。(もちろん創作話。)しかし年代的に符合するので、もしかして本当のことかも?と思えてしまうのが井上ひさしのマジックである。
この巻で特に印象に残ったのが江戸時代の年貢制度にまつわる話である。年貢は各藩で徴収されていたわけだが、一部は藩から幕府へ納められていた。百姓が年貢を納める方法は2とおりあり、自分の住む藩に直接収める方法と、決められた地域の米をまとめて船で江戸まで運んで納める方法があった。
年貢米を納めるときは厳いチェックが担当役人によって行われる。この役職には誰もがなりたがった。うまい汁が吸えるからである。米俵に竹筒を差し込んでサンプルチェックをするわけだが、少しでももみ殻がついた米が混ざっていると、その俵は不合格になってしまい、百姓はもう一俵余分に納めなければならないのだ。不合格米は没収され担当役人の懐に入ることになる。中にはあらかじめ竹筒にもみ殻付きの米を仕込んでおく悪い役人もいた。もともとの年貢が高いことに加え、不合理な追加徴収を受ける百姓の生活がよくなるはずはない。「役人はとかく不正を働くものだ。」という井上ひさしらしい皮肉がこめられているわけだが、記録に残っていないだけで江戸時代にもいろいろな種類の不正が行われていたのだろうなと思ってしまう。
忠敬一行が遭遇したのは、このような個人レベルの不正ではなく、年貢米をめぐる大がかりで織的な不正だった。とある街で忠敬は途方にくれて自殺をしようとしている男と同宿する。その男、清兵衛はとある村の納名主だった。貢米船(年貢を納めるために使う船)が到着したら、積荷の米を役所の米蔵に納める役割を担っている人物である。ところがその船が難破してしまい、年貢を納めることができず、村人に会わせる顔顔がないと故郷に戻ることもできずにいたのだ。船に積んだ年貢米をすべて納めなおすなどできるはずがない。ほとほと困ったあげく自殺を考えていたところだった。
ところが船の難破は偽装だったのである。犯罪にかかわっていたのは年貢米をチェックする役人、貢米船を手配する廻船問屋、そして造船や船の修理をする造船業に携わる者たちだった。そのからくりは次のようなものである。
まず廻船問屋は貢米船を難破したことにして、積まれていた年貢米を丸ごと着服してしまう。そして回収した船はしばらく目立たないところに隠しておき、幕府には新しい貢米船の造船のための費用を請求する。次に廻船問屋は造船業者に隠しておいた古い船をリニューアルして新造船としてよみがえらせることを依頼するのだ。
船を最初から建造するのとリニューアルだけするのとでは、かかる費用がまったく違う。その差額が利益になるわけだ。
その結果、年貢米の売却代金と新造船費用からリニューアル費用を差し引いた利益をまるまる着服することになり、このからくりに加わった者たち全員が莫大な利益を得ていたのだ。この不正行為はたびたび行われていた。悪質極まりない組織犯罪である。
この不正行為は沈没したはずの船に乗っていて溺れ死んだとされていた男が、とある場所で目撃されていたことから発覚した。このように大がかりな不正に忠敬はどのように立ち向かうのだろうか。
理解者や協力者も巻き込んで、物語は急ピッチで進む。息を注がせる間もなく展開される筋書き、作者の天才的な発想には驚かせられるばかりだ。
引き続き第5巻に進もう。
「四千万歩の男(四): 井上ひさし」(Kindle版)
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関連ページ:
【 あの人の人生を知ろう~伊能忠敬編 】
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/tadataka.html
伊能忠敬e資料館
https://www.inopedia.tokyo/
日本国地図の歴史的変遷?やっぱ伊能忠敬って天才だわ。凄すぎる・・・
https://matome.naver.jp/odai/2136439442534894801
伊能大図彩色図の閲覧
http://www.gsi.go.jp/MAP/KOTIZU/sisak/ino-main.html
関連記事:
吉里吉里人:井上ひさし
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7830d542844bf6f4f6b702e081aa3be7
追悼:井上ひさしさん
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8b68249f7d2070726183c6f9e8fb71dd
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日本全図を作るため1801年4月第2次測量隊は伊豆へ。円周率に憑かれた若者を加え、せこいお上の予算に自腹を切る冒険が始まる。阿波の藍栽培の騒動に首を突込み、十返舎一九の片棒坦いで“飯盛歌舞伎”を作り、はては俳諧師殺しの詮索に夜も日もない。忠敬の一歩は、ああ道草喰いの旅とはなった。全5巻。(講談社文庫)
1993年刊行、678ページ。
著者について:
井上ひさし: 公式サイト: http://www.inouehisashi.jp/
1934年-2010年。山形県生れ。上智大学文学部卒業。浅草フランス座で文芸部進行係を務めた後に放送作家としてスタートする。以後『道元の冒険』(岸田戯曲賞、芸術選奨新人賞)、『手鎖心中』(直木賞)、『吉里吉里人』(読売文学賞、日本SF大賞)、『東京セブンローズ』など戯曲、小説、エッセイ等に幅広く活躍している。’84年に劇団「こまつ座」を結成し、座付き作者として自作の上演活動を行う。こまつ座は現在、次女の井上麻矢さんが社長を務めている。
第4巻は2週間前に読み終えていたのだが、いろいろ忙しく感想記事を投稿するのが遅くなってしまった。
蝦夷地の測量を終え1800年暮れにようやく江戸に戻った忠敬であったが、年明け早々に妻のお栄は家出をしてしまう。途方に暮れてお栄を探し回る忠敬を描いたところで第3巻が終わっていた。
第4巻では1801年4月に忠敬率いる第2次測量隊が江戸を出発して江ノ島に差しかかるまでの道中が語られている。道のりは短いものの忠敬が巻き込まれる事件はこれまでになく多い。毎度ながら、その一部をかいつまんで紹介することにしよう。
江戸に戻った忠敬が作成した地図は幕府だけでなく全国にその評判が知れ渡った。「ぜひ我が藩の地図も作ってほしい。」、「作成した地図を譲ってはもらえないだろうか。」などの申し出を忠敬はいくつかの藩から受けることになる。しかしお上から命じられた立場上、その仕事に専念しなければならず、申し出は断らざるを得ない。
また、忠敬のもとには測量術、測天術を教えてほしいという依頼もくるようになった。日本全国の測量をするにはどうしても人手が必要である。かといって測量の旅をしながら弟子を教えている時間がとれないのも明らかである。
お栄の捜索がうまくいかないまま、1801年4月に忠敬一行は江戸を発つことになる。功績が認められたとはいえ幕府からの支給は全く足りない。今も昔も役所がケチなのは同じだ。仕方なく忠敬は足りない半分の費用は自腹で用意することになった。それだけ任務遂行にかける忠敬の想いが強かったわけである。
円周率に憑かれた若者との出会い、阿波の藍栽培の騒動に首を突込む話、十返舎一九の片棒を坦いでとある宿場で“飯盛歌舞伎”を作って旅籠の集客を助ける話、はては俳諧師殺しの詮索をしたり、次から次へと物語が繰り広げられる。その忙しい合間をぬって測量と記録作業がしっかり行われる。
飯盛とは飯盛り女のことで各宿場町に常駐していた私娼のことである。宿場女郎のことだ。彼女たちに滑稽な芝居をさせて宿の集客を助けることを忠敬は思いつくのだ。脚本は同宿していた十返舎一九に依頼した。
この作品には十返舎一九や喜多川歌麿を始め、この時代を生きた著名人が何人も登場する。忠敬は道中でこれらの人々と関わりをもつことになるが、もちろんこれは井上ひさしによる創作である。十返舎一九は1802年に出した滑稽本の『東海道中膝栗毛』が大ヒットして一躍流行作家となったわけであるが、この弥次郎兵衛と喜多八、繋げて『弥次喜多』が旅をしながら繰り広げる間抜けな笑い話は忠敬が同宿の十返舎一九に与えたアイデアがもとになったのだと本書には書かれている。(もちろん創作話。)しかし年代的に符合するので、もしかして本当のことかも?と思えてしまうのが井上ひさしのマジックである。
この巻で特に印象に残ったのが江戸時代の年貢制度にまつわる話である。年貢は各藩で徴収されていたわけだが、一部は藩から幕府へ納められていた。百姓が年貢を納める方法は2とおりあり、自分の住む藩に直接収める方法と、決められた地域の米をまとめて船で江戸まで運んで納める方法があった。
年貢米を納めるときは厳いチェックが担当役人によって行われる。この役職には誰もがなりたがった。うまい汁が吸えるからである。米俵に竹筒を差し込んでサンプルチェックをするわけだが、少しでももみ殻がついた米が混ざっていると、その俵は不合格になってしまい、百姓はもう一俵余分に納めなければならないのだ。不合格米は没収され担当役人の懐に入ることになる。中にはあらかじめ竹筒にもみ殻付きの米を仕込んでおく悪い役人もいた。もともとの年貢が高いことに加え、不合理な追加徴収を受ける百姓の生活がよくなるはずはない。「役人はとかく不正を働くものだ。」という井上ひさしらしい皮肉がこめられているわけだが、記録に残っていないだけで江戸時代にもいろいろな種類の不正が行われていたのだろうなと思ってしまう。
忠敬一行が遭遇したのは、このような個人レベルの不正ではなく、年貢米をめぐる大がかりで織的な不正だった。とある街で忠敬は途方にくれて自殺をしようとしている男と同宿する。その男、清兵衛はとある村の納名主だった。貢米船(年貢を納めるために使う船)が到着したら、積荷の米を役所の米蔵に納める役割を担っている人物である。ところがその船が難破してしまい、年貢を納めることができず、村人に会わせる顔顔がないと故郷に戻ることもできずにいたのだ。船に積んだ年貢米をすべて納めなおすなどできるはずがない。ほとほと困ったあげく自殺を考えていたところだった。
ところが船の難破は偽装だったのである。犯罪にかかわっていたのは年貢米をチェックする役人、貢米船を手配する廻船問屋、そして造船や船の修理をする造船業に携わる者たちだった。そのからくりは次のようなものである。
まず廻船問屋は貢米船を難破したことにして、積まれていた年貢米を丸ごと着服してしまう。そして回収した船はしばらく目立たないところに隠しておき、幕府には新しい貢米船の造船のための費用を請求する。次に廻船問屋は造船業者に隠しておいた古い船をリニューアルして新造船としてよみがえらせることを依頼するのだ。
船を最初から建造するのとリニューアルだけするのとでは、かかる費用がまったく違う。その差額が利益になるわけだ。
その結果、年貢米の売却代金と新造船費用からリニューアル費用を差し引いた利益をまるまる着服することになり、このからくりに加わった者たち全員が莫大な利益を得ていたのだ。この不正行為はたびたび行われていた。悪質極まりない組織犯罪である。
この不正行為は沈没したはずの船に乗っていて溺れ死んだとされていた男が、とある場所で目撃されていたことから発覚した。このように大がかりな不正に忠敬はどのように立ち向かうのだろうか。
理解者や協力者も巻き込んで、物語は急ピッチで進む。息を注がせる間もなく展開される筋書き、作者の天才的な発想には驚かせられるばかりだ。
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【 あの人の人生を知ろう~伊能忠敬編 】
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伊能大図彩色図の閲覧
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吉里吉里人:井上ひさし
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追悼:井上ひさしさん
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