宇宙の形はわかるのでしょうか?
「宇宙の形は宇宙の外に出なくてもわかるのか?」という問いに答えるために、第2回の記事では外在幾何と内在幾何の違い、ガウスが曲面の研究を進めて発見した曲面についての第一基本形式と第二基本形式を学びました。
今回はもっと具体的な例で話を進めますので、第一基本形式と第二基本形式のことは忘れてしまって構いません。
説明をやさしくするために、今回は球面の世界に住んでいる2次元ガウスさんに登場いただきましょう。このようなガウスさんです。
球面に対してガウスさんがあまりにも大きいので、球面を地球くらいに大きくした世界に住んでもらうことにします。するとガウスさんはほとんど平らな体になってしまいます。
球面の世界には平面の世界には見られない不思議な状況が生まれます。なんと「二角形」が存在できるのです。次の画像の中の図形は2辺の長さや2つの頂点のところの内角が90度なので「正二角形」です。この正二角形の1辺は赤道の半分を回り、もう1辺は赤道から直角に北極点へ進み、再び赤道の反対側に伸びています。そしてこの正二角形は地球全体の4分の1の面積を占めています。
地球の外にいる私たちから見るとこれらの辺は大円ですが、球面の世界しか知らないガウスさんにとっては直線ですよね?わからない方は前回の記事の前半を確認してください。ガウスさんには2つの同じ長さの直線で囲まれ、2つの頂点で2辺のなす内角が90度ですから「正二角形」だと判断するわけです。
次の画像の中の図形も正二角形です。でもこちらは2つの頂点で2辺のなす角度は同じですが、90度より小さいですよね。不思議ですよね。2辺の長さは同じですから正二角形に違いありません。一方の辺は赤道を半周していますが、もう一方の辺は赤道から45度の角度で伸び、北緯45度あたりまで北上してから南下し始め、赤道の反対側に及んでいます。この正二角形の内角の和は90度で、面積は球面全体の8分の1です。
この2つの正二角形は頂点のところの角度が違いますから相似ではありません。平面の世界では頂点の数が同じ正多角形どうしは相似ですから、これも球面の世界でしかあらわれない状況です。
さて、ガウス先生は小さな正三角形の板を持っています。これは私たちの世界の正三角形と同じです。3つの頂点のところで2辺のなす内角は60度で、3つの内角の和は180度になります。
私たちの3次元の世界では、3辺の長さを真っすぐ伸ばすことで、いくらでも大きな正三角形を作ることができます。けれども、ガウスさんの球面の世界ではそうならないのです。3か所の内角を60度に保ったまま辺を真っすぐ延長すると正三角形ではなくなってしまうのです。
じゅうぶんに辺を伸ばし、1辺が地球の北極から赤道に伸びるようにすると、正三角形はこの画像のような状態で存在できることがわかります。
辺ABは北極から赤道まで大円に沿って南下し、辺BCは赤道上を東向きに赤道1周の4分の1だけ進み、そして辺CAは赤道から北極点に向かって大円に沿うルートで北上します。そして頂点で辺と辺のなす内角は3つとも90度ですから、内角の和は270度になります。
ですからガウスさんが小さい正三角形を大きくしていくためには、辺をまっすぐ延長しながら少しずつ内角のほうも大きくしていかなければならないのです。平面の世界で三角形の内角の和はいつも180度です。けれども球面の世界では内角の和は三角形を拡大していくにつれて180度からだんだん大きくなっていきます。
また馬の鞍の形をした曲面(双曲面)の世界の三角形だと内角の和は180度より小さくなります。曲がり方が違う3つの世界について図示した画像はこちらです。上から球面、双曲面、平面です。
辺の長さや辺と辺のなす角度は曲面の世界のガウスさんにも測れる量ですよね。つまりガウスさんの世界で辺の長さや角度など内在幾何の量を測れば、世界の外に出なくても形がわかるのです。具体的には大きな三角形を作って内角の和を計算すれば球面のように曲がっているか、双曲面のように曲がっているか、あるいは平面なのかを知ることができるわけです。
理解を深めていただくために、ちょっと寄り道させてください。ガウスさんの球面の世界を私たちの世界から見たらどうなっているかという話です。
高校の数学で球面の方程式を学びます。半径を1とすれば、それはこのように書きあらわされます。3次元の直交座標での方程式ですね。
私たちの世界のあらゆる場所は(x, y, z)という3つの数字の組み合わせであらわすことができます。けれども球面上の点はそのうちのほんの一部にすぎません。ですからガウスさんにとって、この球面の方程式はまったく別世界のものなので実用には向きません。
私たちの世界には円や球などの座標をあらわすために、極座標と呼ばれるもうひとつの座標システムがあります。地球儀を例にとれば緯度と経度、地球の中心からの距離の3つの情報で位置を示す方法です。
数学っぽく描けばこのような図になります。地球の表面だけでなく私たちの世界のあらゆる場所は(r,θ,ψ)の3つの数字の組み合わせであらわすことができ、地球を例にとればこの3つは順に(地球の中心からの距離, 90度-緯度, 経度)に対応します。
直交座標系(x, y, z)の座標システムはガウスさんには使えません。またガウスさんは経度と緯度については使えるものの、地球の中心からの距離が一定の球面の世界に住んでいますから、rが変化する世界を理解することができません。ですから極座標システム(r,θ,ψ)も外の世界の座標系なので使うことができないのです。私たちの直交座標系(x, y, z)と極座標系システム(r,θ,ψ)はガウスさんにとっては外在幾何であるわけです。(3次元空間の私たちにとってこの2つの座標システムは内在幾何です。)
寄り道はここまでにしておきましょう。
ここまでの話は2次元の曲面についてのことでした。2次元世界が曲がるのならば、3次元世界だって曲がることがあると考えるのが自然です。事実、昨年発表された「重力波の初観測」は非常にわずかな量の空間のゆがみを観測したわけですし、重力によって時空が歪むというアインシュタインの一般相対論の予言で空間が変形することによって生じる「重力レンズ効果」や「地球の自転による時空の引きずり現象」を始めとするいくつかの例で検証されています。けれどもこれらは宇宙の限られた領域で見られる3次元空間のゆがみです。
宇宙全体の形を知るために、ずっと広い範囲での空間の曲がりについてはどうでしょうか?実をいうとすでに検証されているのです。そのためには観測された「宇宙マイクロ波背景放射」を分析するという手法が使われました。
生まれて間もない高温の宇宙で発せられた光の残照、それが宇宙マイクロ波背景放射です。宇宙誕生の瞬間を見ることは不可能です。けれども誕生から30万年後の姿は見ることができるのです。宇宙マイクロ波背景放射の精密な観測(COBE、WMAP、Plank 2013)が行われ、宇宙誕生時のプランクスケール(超ミクロなスケール)での量子力学的な不確定性原理による揺らぎが全方向について確認されました。これは宇宙誕生時にインフレーション(劇的な膨張)がマクロな世界でも見れるほど揺らぎを拡大させたことを意味しているわけです。次の画像はWMAPで観測された宇宙マイクロ波背景放射です。
宇宙誕生から30万年後の世界は地球から137億光年ほど先にあります。宇宙が膨張するにつれて初期宇宙ではプランクスケールほどの小さなものだった揺らぎが、地球から観測できるほど大きなサイズに拡大しているわけです。画像を見て揺らぎが見えていることがおわかりでしょう。
理論的な計算によると、宇宙が平坦(曲がっていない)場合は揺らぎの平均サイズは地球から見たときの角度が1度くらい、球のように曲率が正の値で曲がっている場合は揺らぎの平均サイズは1度より大きくなり、曲率が負の値で曲がっている場合の揺らぎの平均サイズは1度よりも小さくなるそうです。揺らぎのサイズを全天くまなく測定することによって、それぞれの方向で宇宙がどれくらい曲がっているのかがわかるのです。
なぜ揺らぎのサイズで宇宙の形を知ることができるかおわかりでしょうか?そう、内在幾何を使っているのです。球面に貼り付けた正三角形の内角を測定するのと理屈は同じです。
ただし、この場合は正三角形ではなく二等辺三角形です。それもとてつもなく背の高い二等辺三角形で考えるのです。三角形の上の頂点を観測衛星(ほぼ地球の位置に等しい)とし、底辺は137億光年離れた揺らぎの位置に設定します。頂点で揺らぎのサイズを測れば頂点の場所での角度が求まります。球面に貼り付けた正三角形の内角が180度以上でしたから、各辺の内角は60度以上になっていました。宇宙が球のように曲がれば、この二等辺三角形でも宇宙が平坦のときに1度だった頂点での内角が1度より大きくなるわけです。
実際に揺らぎのサイズを測定したところ、宇宙は平坦であるという結果が得られました。
「なーんだ、これだけ曲がった空間について勉強してきたのにつまらない。」という声が聞こえてきます。
けれどもまだわかりません。これからもっと精密な観測が行われ、ある特定の方向だけで宇宙の曲がりが観測される可能性もあります。宇宙が平坦なほうがよいのか、曲がっていたほうがよいのか僕にはわかりませんが、予想を裏切る何かが発見されるとワクワクしてきますよね。科学の研究もより拍車がかかることでしょう。
宇宙マイクロ波背景放射を使った宇宙の形を知る試みは始まったばかりです。今後の動向に注意することにしましょう。観測や分析についての詳細は、次の科学教養書をお読みになるとよいと思います。
宇宙が始まる前には何があったのか?: ローレンス・クラウス
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6f36e8eedba5ee63a4f919d30a2cb20
曲面というテーマでは、次のような記事を書いたことがあります。あわせてお読みください。
ストッキングを使った極小曲面、最小面積曲面の実験
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3f12c54ce6f853263433c39c8ed7a2b0
ガウスの曲面論、曲面の微分幾何学を学びたい方には、この教科書がお勧めです。理数系の大学学部生向けの本です。
曲線と曲面の微分幾何(増補版): 小林昭七著
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e741d67cb5480cbddc816c1cb17c1d18
ガウスの弟子にベルンハルト・リーマン(1826-1866)という大数学者がいました。師匠のガウスより49歳も年下でした。正確な表現方法ではありませんが、曲がった3次元空間にいるリーマンさんの画像を作ってみました。
リーマンはガウスの曲面の理論を多次元に一般化することに成功し、ガウスを大いに喜ばせました。3次元、4次元をはじめn次元の曲がった空間やその空間に存在する直線の方程式を導くことに成功したのです。曲面の周りには3次元空間は必ずしも必要でないという「驚異の定理」が示している状況も、曲がった3次元以上の空間へ継承されることもわかりました。
微分幾何学は多様体の理論へと発展していきました。いわゆる「リーマン幾何学」のことです。このうち4次元の曲がった空間の幾何学はアインシュタインの4次元時空の理論(一般相対論)の誕生に不可欠なものとなりました。リーマン幾何学について知りたい方は次の本をお勧めします。科学教養書と専門書の中間ぐらいの難易度ですが、数式ができなくても読める箇所が多いです。
幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22be602fe4cee385a9939c0869c511eb
多様体への入門書は、こちらがお勧めです。「すごくやさしく書かれた専門書」という位置づけです。
現代数学への招待:多様体とは何か:志賀浩二
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7aade4e043ef0b93de491bf674c734f3
連載記事はこれで終わりだと思っている方が多いことでしょう。けれども、そうは問屋が卸しません。
第4回の記事に続きます。
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「宇宙の形は宇宙の外に出なくてもわかるのか?」という問いに答えるために、第2回の記事では外在幾何と内在幾何の違い、ガウスが曲面の研究を進めて発見した曲面についての第一基本形式と第二基本形式を学びました。
今回はもっと具体的な例で話を進めますので、第一基本形式と第二基本形式のことは忘れてしまって構いません。
説明をやさしくするために、今回は球面の世界に住んでいる2次元ガウスさんに登場いただきましょう。このようなガウスさんです。
球面に対してガウスさんがあまりにも大きいので、球面を地球くらいに大きくした世界に住んでもらうことにします。するとガウスさんはほとんど平らな体になってしまいます。
球面の世界には平面の世界には見られない不思議な状況が生まれます。なんと「二角形」が存在できるのです。次の画像の中の図形は2辺の長さや2つの頂点のところの内角が90度なので「正二角形」です。この正二角形の1辺は赤道の半分を回り、もう1辺は赤道から直角に北極点へ進み、再び赤道の反対側に伸びています。そしてこの正二角形は地球全体の4分の1の面積を占めています。
地球の外にいる私たちから見るとこれらの辺は大円ですが、球面の世界しか知らないガウスさんにとっては直線ですよね?わからない方は前回の記事の前半を確認してください。ガウスさんには2つの同じ長さの直線で囲まれ、2つの頂点で2辺のなす内角が90度ですから「正二角形」だと判断するわけです。
次の画像の中の図形も正二角形です。でもこちらは2つの頂点で2辺のなす角度は同じですが、90度より小さいですよね。不思議ですよね。2辺の長さは同じですから正二角形に違いありません。一方の辺は赤道を半周していますが、もう一方の辺は赤道から45度の角度で伸び、北緯45度あたりまで北上してから南下し始め、赤道の反対側に及んでいます。この正二角形の内角の和は90度で、面積は球面全体の8分の1です。
この2つの正二角形は頂点のところの角度が違いますから相似ではありません。平面の世界では頂点の数が同じ正多角形どうしは相似ですから、これも球面の世界でしかあらわれない状況です。
さて、ガウス先生は小さな正三角形の板を持っています。これは私たちの世界の正三角形と同じです。3つの頂点のところで2辺のなす内角は60度で、3つの内角の和は180度になります。
私たちの3次元の世界では、3辺の長さを真っすぐ伸ばすことで、いくらでも大きな正三角形を作ることができます。けれども、ガウスさんの球面の世界ではそうならないのです。3か所の内角を60度に保ったまま辺を真っすぐ延長すると正三角形ではなくなってしまうのです。
じゅうぶんに辺を伸ばし、1辺が地球の北極から赤道に伸びるようにすると、正三角形はこの画像のような状態で存在できることがわかります。
辺ABは北極から赤道まで大円に沿って南下し、辺BCは赤道上を東向きに赤道1周の4分の1だけ進み、そして辺CAは赤道から北極点に向かって大円に沿うルートで北上します。そして頂点で辺と辺のなす内角は3つとも90度ですから、内角の和は270度になります。
ですからガウスさんが小さい正三角形を大きくしていくためには、辺をまっすぐ延長しながら少しずつ内角のほうも大きくしていかなければならないのです。平面の世界で三角形の内角の和はいつも180度です。けれども球面の世界では内角の和は三角形を拡大していくにつれて180度からだんだん大きくなっていきます。
また馬の鞍の形をした曲面(双曲面)の世界の三角形だと内角の和は180度より小さくなります。曲がり方が違う3つの世界について図示した画像はこちらです。上から球面、双曲面、平面です。
辺の長さや辺と辺のなす角度は曲面の世界のガウスさんにも測れる量ですよね。つまりガウスさんの世界で辺の長さや角度など内在幾何の量を測れば、世界の外に出なくても形がわかるのです。具体的には大きな三角形を作って内角の和を計算すれば球面のように曲がっているか、双曲面のように曲がっているか、あるいは平面なのかを知ることができるわけです。
理解を深めていただくために、ちょっと寄り道させてください。ガウスさんの球面の世界を私たちの世界から見たらどうなっているかという話です。
高校の数学で球面の方程式を学びます。半径を1とすれば、それはこのように書きあらわされます。3次元の直交座標での方程式ですね。
私たちの世界のあらゆる場所は(x, y, z)という3つの数字の組み合わせであらわすことができます。けれども球面上の点はそのうちのほんの一部にすぎません。ですからガウスさんにとって、この球面の方程式はまったく別世界のものなので実用には向きません。
私たちの世界には円や球などの座標をあらわすために、極座標と呼ばれるもうひとつの座標システムがあります。地球儀を例にとれば緯度と経度、地球の中心からの距離の3つの情報で位置を示す方法です。
数学っぽく描けばこのような図になります。地球の表面だけでなく私たちの世界のあらゆる場所は(r,θ,ψ)の3つの数字の組み合わせであらわすことができ、地球を例にとればこの3つは順に(地球の中心からの距離, 90度-緯度, 経度)に対応します。
直交座標系(x, y, z)の座標システムはガウスさんには使えません。またガウスさんは経度と緯度については使えるものの、地球の中心からの距離が一定の球面の世界に住んでいますから、rが変化する世界を理解することができません。ですから極座標システム(r,θ,ψ)も外の世界の座標系なので使うことができないのです。私たちの直交座標系(x, y, z)と極座標系システム(r,θ,ψ)はガウスさんにとっては外在幾何であるわけです。(3次元空間の私たちにとってこの2つの座標システムは内在幾何です。)
寄り道はここまでにしておきましょう。
ここまでの話は2次元の曲面についてのことでした。2次元世界が曲がるのならば、3次元世界だって曲がることがあると考えるのが自然です。事実、昨年発表された「重力波の初観測」は非常にわずかな量の空間のゆがみを観測したわけですし、重力によって時空が歪むというアインシュタインの一般相対論の予言で空間が変形することによって生じる「重力レンズ効果」や「地球の自転による時空の引きずり現象」を始めとするいくつかの例で検証されています。けれどもこれらは宇宙の限られた領域で見られる3次元空間のゆがみです。
宇宙全体の形を知るために、ずっと広い範囲での空間の曲がりについてはどうでしょうか?実をいうとすでに検証されているのです。そのためには観測された「宇宙マイクロ波背景放射」を分析するという手法が使われました。
生まれて間もない高温の宇宙で発せられた光の残照、それが宇宙マイクロ波背景放射です。宇宙誕生の瞬間を見ることは不可能です。けれども誕生から30万年後の姿は見ることができるのです。宇宙マイクロ波背景放射の精密な観測(COBE、WMAP、Plank 2013)が行われ、宇宙誕生時のプランクスケール(超ミクロなスケール)での量子力学的な不確定性原理による揺らぎが全方向について確認されました。これは宇宙誕生時にインフレーション(劇的な膨張)がマクロな世界でも見れるほど揺らぎを拡大させたことを意味しているわけです。次の画像はWMAPで観測された宇宙マイクロ波背景放射です。
宇宙誕生から30万年後の世界は地球から137億光年ほど先にあります。宇宙が膨張するにつれて初期宇宙ではプランクスケールほどの小さなものだった揺らぎが、地球から観測できるほど大きなサイズに拡大しているわけです。画像を見て揺らぎが見えていることがおわかりでしょう。
理論的な計算によると、宇宙が平坦(曲がっていない)場合は揺らぎの平均サイズは地球から見たときの角度が1度くらい、球のように曲率が正の値で曲がっている場合は揺らぎの平均サイズは1度より大きくなり、曲率が負の値で曲がっている場合の揺らぎの平均サイズは1度よりも小さくなるそうです。揺らぎのサイズを全天くまなく測定することによって、それぞれの方向で宇宙がどれくらい曲がっているのかがわかるのです。
なぜ揺らぎのサイズで宇宙の形を知ることができるかおわかりでしょうか?そう、内在幾何を使っているのです。球面に貼り付けた正三角形の内角を測定するのと理屈は同じです。
ただし、この場合は正三角形ではなく二等辺三角形です。それもとてつもなく背の高い二等辺三角形で考えるのです。三角形の上の頂点を観測衛星(ほぼ地球の位置に等しい)とし、底辺は137億光年離れた揺らぎの位置に設定します。頂点で揺らぎのサイズを測れば頂点の場所での角度が求まります。球面に貼り付けた正三角形の内角が180度以上でしたから、各辺の内角は60度以上になっていました。宇宙が球のように曲がれば、この二等辺三角形でも宇宙が平坦のときに1度だった頂点での内角が1度より大きくなるわけです。
実際に揺らぎのサイズを測定したところ、宇宙は平坦であるという結果が得られました。
「なーんだ、これだけ曲がった空間について勉強してきたのにつまらない。」という声が聞こえてきます。
けれどもまだわかりません。これからもっと精密な観測が行われ、ある特定の方向だけで宇宙の曲がりが観測される可能性もあります。宇宙が平坦なほうがよいのか、曲がっていたほうがよいのか僕にはわかりませんが、予想を裏切る何かが発見されるとワクワクしてきますよね。科学の研究もより拍車がかかることでしょう。
宇宙マイクロ波背景放射を使った宇宙の形を知る試みは始まったばかりです。今後の動向に注意することにしましょう。観測や分析についての詳細は、次の科学教養書をお読みになるとよいと思います。
宇宙が始まる前には何があったのか?: ローレンス・クラウス
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6f36e8eedba5ee63a4f919d30a2cb20
曲面というテーマでは、次のような記事を書いたことがあります。あわせてお読みください。
ストッキングを使った極小曲面、最小面積曲面の実験
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3f12c54ce6f853263433c39c8ed7a2b0
ガウスの曲面論、曲面の微分幾何学を学びたい方には、この教科書がお勧めです。理数系の大学学部生向けの本です。
曲線と曲面の微分幾何(増補版): 小林昭七著
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e741d67cb5480cbddc816c1cb17c1d18
ガウスの弟子にベルンハルト・リーマン(1826-1866)という大数学者がいました。師匠のガウスより49歳も年下でした。正確な表現方法ではありませんが、曲がった3次元空間にいるリーマンさんの画像を作ってみました。
リーマンはガウスの曲面の理論を多次元に一般化することに成功し、ガウスを大いに喜ばせました。3次元、4次元をはじめn次元の曲がった空間やその空間に存在する直線の方程式を導くことに成功したのです。曲面の周りには3次元空間は必ずしも必要でないという「驚異の定理」が示している状況も、曲がった3次元以上の空間へ継承されることもわかりました。
微分幾何学は多様体の理論へと発展していきました。いわゆる「リーマン幾何学」のことです。このうち4次元の曲がった空間の幾何学はアインシュタインの4次元時空の理論(一般相対論)の誕生に不可欠なものとなりました。リーマン幾何学について知りたい方は次の本をお勧めします。科学教養書と専門書の中間ぐらいの難易度ですが、数式ができなくても読める箇所が多いです。
幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22be602fe4cee385a9939c0869c511eb
多様体への入門書は、こちらがお勧めです。「すごくやさしく書かれた専門書」という位置づけです。
現代数学への招待:多様体とは何か:志賀浩二
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7aade4e043ef0b93de491bf674c734f3
連載記事はこれで終わりだと思っている方が多いことでしょう。けれども、そうは問屋が卸しません。
第4回の記事に続きます。
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