素粒子の数式と一般相対性理論の数式
第1回放送ぶんの解説に続き、第2回放送ぶんの解説をしよう。
NHKスペシャル「神の数式」第2回:宇宙はどこから来たのか
NHKオンデマンド: http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2013051401SA000/index.html?capid=mail_131018_c001_B_13
宇宙はどこからきたのか?宇宙誕生の真理へ向かって物理学者は進んでいく。
ドイツで開かれた理論物理学の学会。そこにあらわれたのは車椅子の天才物理学者ホーキング博士だった。宇宙誕生の謎、その答がある場所はブラックホールである。光さえも出てこれない巨大な重力の源だ。その数式が導ければ宇宙の起源が解けるのだという。
これまでのところ神の数式に最も近い数式は第1回の放送で紹介した「標準理論」だとされている。この数式でミクロの素粒子の世界を完璧に説明することができるようになった。
けれどもこの理論には「重力の数式」が含まれていない。重力の数式とはアインシュタインが1916年に発表した「一般相対性理論」の数式のことである。
解説:「一般相対性理論」の数式は時空の各点で成り立っている微分方程式だ。学んでみたい方はこのページからどうぞ。またアインシュタインがどのような過程を経てこの理論を導いたか知りたいかたはこのページをお読みいただきたい。
この2つの数式を束ねることができれば、それは神の数式になる。物理学者たちの見果てぬ夢だった。多くの物理学者たちがそれに挑戦したが、それは困難の連続だった。
ところが近年、その突破口が開かれたようなのだ。けれどもこの究極の問題を解決できるその数式は常識をはるかに超えた世界を私たちに突きつけたのだ。その数式が示すところによると、この世界には時間と空間の4次元だけでなく「異次元」が存在するというのだ。またその数式を求める過程で世界崩壊の予言も飛び出したり精神に異常をきたす学者もでてきた。神の怒りに触れたのだ。
解説:「異次元」という言葉はSFをイメージさせるが、正しくは「余剰次元」のことである。(10次元−4次元=6次元の余剰次元空間)
現在、この数式の予言の検証が行なわれつつある。重力(重力波)を直接とらえようとするアメリカのプロジェクトだ。スパコンでも解き明かせない究極の謎に物理学者たちは純粋な思考だけで挑んでいる。
場面はアメリカにあるアスペン物理学センターに切り替わる。この緑あふれる自然に囲まれた場所は物理学者たちの聖地と言われている。この施設の50周年記念の行事に招かれたひとりの老物理学者がいる。神の数式の有力な候補とされる「超弦理論」の生みの親のシュワルツ博士だ。超弦理論は「超ひも理論」とも呼ばれる。超弦理論では素粒子は震える弦のような存在なのだという。
解説:シュワルツ博士は大栗博司先生と一緒に研究されていて、「大栗先生の超弦理論入門(ブルーバックス)」の紹介動画に友情出演されている。
スパコンを使えば?と思う方もいるだろう。けれどもコンピュータは人間がプログラムした数式にもとづいて動いているので新しい数式は求めることができない。いつかきっと辿り着くはずだと信じてシュワルツ博士は黒板に数式を書き続ける。
研究施設の近くには山があり、博士はときどき山登りをする。頂にあるのはウィルソン山天文台。その昔、アインシュタインも訪れたこともある場所だ。ここは宇宙の膨張が初めて確認された有名な天文台である。それはアインシュタインの一般相対性理論で予言されていたことだ。一般相対性理論の数式は次のようなものだ。
数式の左辺のRは空間のゆがみ、右辺のTはエネルギーや物の重さをあらわしている。右辺のTによって左辺のRが変化し、空間にゆがみが生じるのだ。画面に登場したポルチンスキー博士がこの数式の意味を説明しはじめる。碁盤の目のような模様のついたシーツをバケツの上に張り、その上にガラスの球体を博士は置いた。シーツの中心は沈み込み、その周囲はくぼみになる。重さがあると空間がゆがむことが説明される。これが一般相対性理論の数式が表していることだ。
解説:特殊相対性理論や一般相対性理論は「空間」と「時間」が歪むことが示されている。番組では空間の歪みだけが取り上げられていた。重力があることで時間の進み方は遅くなる。
場面は宇宙空間のCGに切り替わる。中心には太陽が、その回りにはいくつかの恒星があり、それぞれの星の周囲の空間がゆがんで窪んでいる。星が小さく重いほどゆがみは激しい。星の周囲では光さえも曲がってしまう。実際、太陽によって曲げられた星の光が本来あるはずの位置からずれて写っている写真が示される。空間のゆがみによって光が曲げられた証拠だ。極端な場合、星の裏側にある星さえ見えることがあるのだ。
しかし一般相対性理論には落とし穴があった。これはホーキングによって指摘されたことでブラックホールの中心でおきている。ブラックホールの中心では重力は無限大になり「特異点」と呼ばれている。誕生したばかりの宇宙も「特異点」とみなされ、そこは理論上、ブラックホールの中心と同じことなのだ。特異点では空間のゆがみは無限大になり、計算不能になってしまう。つまり宇宙のはじまりがわからなくなってしまうのだ。
それはビッグバンから10のマイナス43乗秒たった世界のことだ。宇宙誕生のその瞬間におきていることはブラックホールの特異点でおきていることと数学上同じなのである。
解説:特異点の問題を解消するためにホーキングは宇宙の始まりには時間は存在せず「虚数時間」が存在していたという説を唱えた。
それでは一般相対性理論と素粒子の数式を組み合せてみたらどうだろうか?なぜかというとそこは超ミクロの点だからである。
舞台はロシアのサンクトペテルブルグに移る。ここに世界で初めてこの問題に挑戦したブロンスタインという学者がいた。彼は19歳にしてこの2つの数式を独学で理解していた天才だった。生存している娘さんが登場する。彼女はすでに老年にさしかかっている。ブロンスタインは彼女が6歳のときに粛清されて命を奪われたので父親の思い出はほとんどない。
解説:ブロンスタインは1906年に生まれ、1938年に亡くなった。素粒子の数式が完成するのはずっと後のことである。彼の生きている頃のミクロの数式とは「量子力学」もしくはディラックが導いた「相対論的量子力学」である。つまりブロンスタインが目指していたのは「量子重力理論」のことである。
一般相対性理論と素粒子の数式を束ねるために、ブロンスタインはまず空間を素粒子より小さい超ミクロの空間に区切って重力を計算してみた。ミクロの世界の計算と物質、さまざまな力を考慮して数式を組み立てる。ところが一般相対性理論を組み込んだとたん、数式の分母にゼロがあらわれてしまったのだ。分母がゼロだと数値は無限大に発散してしまう。精度を高めてさらに計算を進めると無限大は無限大個出現してしまったのだ。世界にはブラックホールのようなものが満ち溢れているのではないか。数式が示しているのはそういうことだった。
その頃のロシアにはスターリンによる粛清が相次ぎ、ある日ブロンスタインも収容所送りとなり、間もなく銃殺されてしまった。その後、半世紀に渡って無限大の重力の謎は解決できなかったのである。
その後1974年に事態は大きな転機を迎える。「非ハドロン粒子の双対モデル」という論文を発表したのがシャークとシュワルツという2人の物理学者だった。彼らは時代遅れの分野である「弦理論」を研究していた。この理論によると素粒子は震える弦であらわされるのだという。この弦の数式は見捨てられた古い物理学の数式だった。そのためシュワルツらは同僚から「絶滅危惧種」だとからかわれていた。しかし彼らは研究を続け弦理論を進化させた「超弦理論」を提唱して無限大の問題を解消したのだという。
解説1:番組では触れていなかったのだが「弦理論」の発案者は第1回の放送に登場した南部陽一郎だ。もう少し正確に言えば1970年に南部陽一郎、レオナルド・サスキンド 、ホルガー・ベック・ニールセン が独立に発表したのである。
解説2:「弦理論」がどのようにして「超弦理論」になったのか、番組では説明を省略していた。その間にはもう1つ新しい考え方を導入する必要があった。それは「標準理論」のもつ対称性を拡張する「超対称性」という考え方だ。超対称性理論に従うと素粒子は17種類ではなく次のようにほぼ2倍になる。増えたぶんの「超対称性粒子」は実験ではまだ見つかっていない。弦理論は25次元の理論で、超弦理論は10次元の理論だ。番組ではそのことにも言及していなかった。
超対称性粒子(クリックで拡大)
解説3:超弦理論や超対称性理論の「超」は「超カッコイイ」とか「超キモイ」などのような「スゴイ!」という意味ではなく「究極の」とか「より拡張した」というような意味だ。英語の「Super」を直訳して「超」になった。その次があるとしたら「ウルトラ」になるのかどうかについては僕は予言できない。(スーパーマン、ウルトラマン)
無限大の問題は素粒子を「点」と扱うためにおきている。点とは大きさのないものだ。2つの点を近づけていくと距離がゼロになってしまう。距離が小さいほど2つの点の間に働く力やエネルギーが大きくなるので距離がゼロだと無限大になってしまうのだ。
ところが素粒子を輪ゴムのような形の弦だと仮定すると、この問題が解決される。2つの弦を近づけても弦には拡がりがあるのでその間の距離は有限の大きさになる。つまり無限大の問題は解消できるのだ。画面にはたくさんの輪ゴムのような弦が振動しながら空間に浮かんでいるCGが映される。
解説1:弦には輪ゴムのように閉じたものと、糸くずのように開いたものがある。閉じた弦が「重力子(グラビトン)」を表していることを1974年、当時まだ北海道大学の大学院生だった米谷民明が発見した。また光子は開いた弦の振動としてあらわされることがわかっている。
解説2:CGに映された弦には色がついていたが、実際にはこのような小さな世界に「色」は存在しない。
しかしほとんどの物理学者は懐疑的で、彼らの理論は目もくれられなかった。信用できないのは超弦理論の数式が一般相対性理論の数式や素粒子の数式とかけ離れてみえることだ。さらに超弦理論の数式が成立する条件が10次元で、現実にはありえないということがその理由だった。
超弦理論によれば宇宙はまず10次元世界として生まれたことになる。時間と空間の4次元を除いた残りの6つの次元をどのように考えればよいのかわからない。シュワルツは仲間の物理学者にからかわれた。「やぁ、シュワルツ。今日は何次元の世界にいたんだい?」
シャークのほうは超弦理論がなぜ10次元なのかということに悩み、異次元の研究に没頭していった。しかし手がかりは見つからない。次第に彼は仏教や瞑想の世界にのめり込み、孤独になっていった。そしてある日、大量の睡眠薬を飲んで他界してしまう。
シュワルツはシャークの死が信じられない、もし彼が死を選ばなかったら物理学の発展に大いに貢献しただろうにと若くして命を断った友人のことを思い出す。そしてシュワルツはシャークの意思を継ぎ研究を続けた。
それから10年後、超弦理論に転機が訪れた。ケンブリッジ大学の若い物理学者マイケル・グリーンの登場である。彼はシュワルツの超弦理論の研究に協力した。グリーン博士は「異次元の問題」は、実は問題ではなく4次元という常識のほうが間違っているのだと考える。
解説:グリーン博士も「大栗先生の超弦理論入門(ブルーバックス)」の紹介動画に友情出演されている。
シュワルツとグリーンは超弦理論の数式に一般相対性理論と素粒子の数式が含まれているか検証を始めた。長い計算の果てに彼らは最後の計算にたどり着く。その瞬間、数式には496という数字が次々と現れだした。496は完全数と呼ばれる数のひとつで、天地創造にかかわる数として古代ギリシアの時代から知られていた。これは広大な宇宙とミクロの世界の調和を意味する数なのだ。雷鳴が轟いた。それは真理に近づきすぎた人間に与えた神の怒りだろうか?そして次の瞬間、2つの数式が矛盾なく導き出された。そこには奥深い真実が秘められていた。
超弦理論の数式
解説:496に天地創造や世界の調和の意味があるのかどうかについては僕は判断をしないことにしたい。少なくとも言えるのは数秘術は物理学ではないということだ。
このニュースは世界中に伝わった。これは革命であり、現実世界すべてをあらわしうる数式、天からの声に応えた万物の理論である。超弦理論は物理学の最前線に踊り出た。
では異次元はどこにあるのだろうか?ポルチンスキー博士による説明が始まる。グランドに張られたロープの上を綱渡りする女性が映し出された。次元とは「動くことのできる座標の数」のことだ。彼女にとって動くことができるのはロープに沿った1次元の世界である。けれどもより小さい世界に視点を移すと隠れていた次元が見え始める。ロープの表面にはテントウ虫が歩いている。テントウ虫にとってロープの上は2次元の世界だ。張られたロープの方向と、ロープをぐるっと回る方向の2つの座標があるからだ。
解説:次元を小さく丸めてしまうことを専門的には「コンパクト化」と呼んでいる。
隠れた異次元はこのように小さく丸まっているため私たちはそれに気がつくことはない。その大きさは原子の直径の1兆ぶんの1の、そのまた1兆ぶんの1くらいなのだそうである。この異次元空間はミクロの世界でこのようなイメージで存在しているのだという。画面には複雑にからみあう図形が等間隔にいくつも回転している様子が映し出された。
カラビ-ヤウ空間
解説1:この図形は「カラビ-ヤウ空間」と呼ばれている。パラメータを変えることで10の500乗個もの種類のカラビ-ヤウ空間が考えられるそうだ。またこの空間では「距離」を定義することができない。
解説2:カラビ-ヤウ空間が登場することからわかるように、超弦理論を理解するためには多次元の「トポロジー(位相幾何学)」の知識が不可欠である。
その後ある問題が提示された。ホーキングの再登場である。それはブラックホールの底に潜む新たな難問だった。ブラックホールの底から謎の熱が発生しているのだという。素粒子さえ動くことができないその場所で、なぜ熱が発生するのか?これはホーキングパラドックスと呼ばれた。超弦理論はこのパラドックスを解決することができるのだろうか?ホーキングは「神の数式は存在しない。」とまで言い切った。
解説:この謎の熱とは「ホーキング放射」のことである。
そこに登場したのが若き救世主、超弦理論を研究しているポルチンスキーだった。彼は超弦理論を進化させてこの問題を解決したのだ。そのアイデアを彼が思いついたのは(京都を訪れていたときに入った)コインランドリーで洗濯をしていたときのことだったという。
ポルチンスキーの着想によればいくつもの「弦」はまとまって「膜」のようになるのだという。この膜を彼は「Dブレーン」と呼んだ。そう考えることでブラックホールの謎の熱の計算ができるようになったのである。異次元で膜状に集まった弦が動くことによって、熱が発生しているからくりが解明されたのだ。この問題を提起したホーキングは2004年に敗北を認めた。ブラックホールの底の謎は解明されたのだ。
Dブレーンによってブラックホールから熱が発生する説明の図
解説1:超弦理論の発展ということについていえば、ウィッテンによって提唱されたM理論も重要である。超弦理論には5つのタイプがあり、それら5つは双対性のウェブと呼ばれる関係で結びついて空間が11次元の「M理論」が提唱された。11次元の理論に発展したことは番組のいちばん最後にごくあっさりと触れられていたにすぎない。
解説2:大栗先生が発見した「トポロジカルな弦理論」や「重力のホログラフィー原理」も重要である。これらについては先生の著書「大栗先生の超弦理論入門(ブルーバックス)」をお読みいただきたい。
人類は宇宙誕生の謎を解くことができるのだろうか?LIGOやCERNなどの実験施設では研究が続けられている。次のターゲットは「異次元の検出」である。
解説:LIGOで行なわれているのは「重力波」の検出である。重力波の存在や重力波の速度が光の速度と同じであることはアインシュタインの一般相対性理論で予言されている。(参考記事:「アインシュタイン選集(2): [A8] 重力波について(1918年)」)
超弦理論の生みの親であるシュワルツ博士が再び登場する。命があるうちにその数式にたどり着きたい。しかし答がわかってしまってもそれは悲しいことだと思う。博士にとっては探求を続けることが楽しいのだという。
最新の超弦理論によると、この世界は10次元ではなく11次元なのだという。また新たな難問も提起された。この宇宙は私たちの住む宇宙だけでなく10の500乗種類の別の宇宙もでてきたのだ。これは人類にとっての果てなき探求の証なのである。
解説:番組の最後の10秒程度で映された無数の宇宙のCG。ほとんど解説もなくこれを見た人はどう思うだろう?パラレルワールドのような多宇宙を想像した人がいるのではないだろうか?超弦理論は「多宇宙(マルチバース)」さえも説明できる素晴らしい理論なのだと。。。実はそうではない。カラビ-ヤウ空間の解説で触れたことだが、超弦理論が含んでいる理論の数(可能性)が10の500乗もあるということをこのCGは示しているのである。その1通りが私たちが住んでいる宇宙の物理法則というわけなのだ。一般相対性理論と素粒子の数式を統一したものが私たちの宇宙の法則だとすれば、別の物理法則に従う宇宙のことが超弦理論を使えばいくらでも可能だということが最後のCGが伝えていることなのだ。その膨大な可能性の中からどうしてこの宇宙(物理法則)が選ばれたのかは、今後の研究課題なのである。
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第1回放送ぶんの解説に続き、第2回放送ぶんの解説をしよう。
NHKスペシャル「神の数式」第2回:宇宙はどこから来たのか
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宇宙はどこからきたのか?宇宙誕生の真理へ向かって物理学者は進んでいく。
ドイツで開かれた理論物理学の学会。そこにあらわれたのは車椅子の天才物理学者ホーキング博士だった。宇宙誕生の謎、その答がある場所はブラックホールである。光さえも出てこれない巨大な重力の源だ。その数式が導ければ宇宙の起源が解けるのだという。
これまでのところ神の数式に最も近い数式は第1回の放送で紹介した「標準理論」だとされている。この数式でミクロの素粒子の世界を完璧に説明することができるようになった。
けれどもこの理論には「重力の数式」が含まれていない。重力の数式とはアインシュタインが1916年に発表した「一般相対性理論」の数式のことである。
解説:「一般相対性理論」の数式は時空の各点で成り立っている微分方程式だ。学んでみたい方はこのページからどうぞ。またアインシュタインがどのような過程を経てこの理論を導いたか知りたいかたはこのページをお読みいただきたい。
この2つの数式を束ねることができれば、それは神の数式になる。物理学者たちの見果てぬ夢だった。多くの物理学者たちがそれに挑戦したが、それは困難の連続だった。
ところが近年、その突破口が開かれたようなのだ。けれどもこの究極の問題を解決できるその数式は常識をはるかに超えた世界を私たちに突きつけたのだ。その数式が示すところによると、この世界には時間と空間の4次元だけでなく「異次元」が存在するというのだ。またその数式を求める過程で世界崩壊の予言も飛び出したり精神に異常をきたす学者もでてきた。神の怒りに触れたのだ。
解説:「異次元」という言葉はSFをイメージさせるが、正しくは「余剰次元」のことである。(10次元−4次元=6次元の余剰次元空間)
現在、この数式の予言の検証が行なわれつつある。重力(重力波)を直接とらえようとするアメリカのプロジェクトだ。スパコンでも解き明かせない究極の謎に物理学者たちは純粋な思考だけで挑んでいる。
場面はアメリカにあるアスペン物理学センターに切り替わる。この緑あふれる自然に囲まれた場所は物理学者たちの聖地と言われている。この施設の50周年記念の行事に招かれたひとりの老物理学者がいる。神の数式の有力な候補とされる「超弦理論」の生みの親のシュワルツ博士だ。超弦理論は「超ひも理論」とも呼ばれる。超弦理論では素粒子は震える弦のような存在なのだという。
解説:シュワルツ博士は大栗博司先生と一緒に研究されていて、「大栗先生の超弦理論入門(ブルーバックス)」の紹介動画に友情出演されている。
スパコンを使えば?と思う方もいるだろう。けれどもコンピュータは人間がプログラムした数式にもとづいて動いているので新しい数式は求めることができない。いつかきっと辿り着くはずだと信じてシュワルツ博士は黒板に数式を書き続ける。
研究施設の近くには山があり、博士はときどき山登りをする。頂にあるのはウィルソン山天文台。その昔、アインシュタインも訪れたこともある場所だ。ここは宇宙の膨張が初めて確認された有名な天文台である。それはアインシュタインの一般相対性理論で予言されていたことだ。一般相対性理論の数式は次のようなものだ。
数式の左辺のRは空間のゆがみ、右辺のTはエネルギーや物の重さをあらわしている。右辺のTによって左辺のRが変化し、空間にゆがみが生じるのだ。画面に登場したポルチンスキー博士がこの数式の意味を説明しはじめる。碁盤の目のような模様のついたシーツをバケツの上に張り、その上にガラスの球体を博士は置いた。シーツの中心は沈み込み、その周囲はくぼみになる。重さがあると空間がゆがむことが説明される。これが一般相対性理論の数式が表していることだ。
解説:特殊相対性理論や一般相対性理論は「空間」と「時間」が歪むことが示されている。番組では空間の歪みだけが取り上げられていた。重力があることで時間の進み方は遅くなる。
場面は宇宙空間のCGに切り替わる。中心には太陽が、その回りにはいくつかの恒星があり、それぞれの星の周囲の空間がゆがんで窪んでいる。星が小さく重いほどゆがみは激しい。星の周囲では光さえも曲がってしまう。実際、太陽によって曲げられた星の光が本来あるはずの位置からずれて写っている写真が示される。空間のゆがみによって光が曲げられた証拠だ。極端な場合、星の裏側にある星さえ見えることがあるのだ。
しかし一般相対性理論には落とし穴があった。これはホーキングによって指摘されたことでブラックホールの中心でおきている。ブラックホールの中心では重力は無限大になり「特異点」と呼ばれている。誕生したばかりの宇宙も「特異点」とみなされ、そこは理論上、ブラックホールの中心と同じことなのだ。特異点では空間のゆがみは無限大になり、計算不能になってしまう。つまり宇宙のはじまりがわからなくなってしまうのだ。
それはビッグバンから10のマイナス43乗秒たった世界のことだ。宇宙誕生のその瞬間におきていることはブラックホールの特異点でおきていることと数学上同じなのである。
解説:特異点の問題を解消するためにホーキングは宇宙の始まりには時間は存在せず「虚数時間」が存在していたという説を唱えた。
それでは一般相対性理論と素粒子の数式を組み合せてみたらどうだろうか?なぜかというとそこは超ミクロの点だからである。
舞台はロシアのサンクトペテルブルグに移る。ここに世界で初めてこの問題に挑戦したブロンスタインという学者がいた。彼は19歳にしてこの2つの数式を独学で理解していた天才だった。生存している娘さんが登場する。彼女はすでに老年にさしかかっている。ブロンスタインは彼女が6歳のときに粛清されて命を奪われたので父親の思い出はほとんどない。
解説:ブロンスタインは1906年に生まれ、1938年に亡くなった。素粒子の数式が完成するのはずっと後のことである。彼の生きている頃のミクロの数式とは「量子力学」もしくはディラックが導いた「相対論的量子力学」である。つまりブロンスタインが目指していたのは「量子重力理論」のことである。
一般相対性理論と素粒子の数式を束ねるために、ブロンスタインはまず空間を素粒子より小さい超ミクロの空間に区切って重力を計算してみた。ミクロの世界の計算と物質、さまざまな力を考慮して数式を組み立てる。ところが一般相対性理論を組み込んだとたん、数式の分母にゼロがあらわれてしまったのだ。分母がゼロだと数値は無限大に発散してしまう。精度を高めてさらに計算を進めると無限大は無限大個出現してしまったのだ。世界にはブラックホールのようなものが満ち溢れているのではないか。数式が示しているのはそういうことだった。
その頃のロシアにはスターリンによる粛清が相次ぎ、ある日ブロンスタインも収容所送りとなり、間もなく銃殺されてしまった。その後、半世紀に渡って無限大の重力の謎は解決できなかったのである。
その後1974年に事態は大きな転機を迎える。「非ハドロン粒子の双対モデル」という論文を発表したのがシャークとシュワルツという2人の物理学者だった。彼らは時代遅れの分野である「弦理論」を研究していた。この理論によると素粒子は震える弦であらわされるのだという。この弦の数式は見捨てられた古い物理学の数式だった。そのためシュワルツらは同僚から「絶滅危惧種」だとからかわれていた。しかし彼らは研究を続け弦理論を進化させた「超弦理論」を提唱して無限大の問題を解消したのだという。
解説1:番組では触れていなかったのだが「弦理論」の発案者は第1回の放送に登場した南部陽一郎だ。もう少し正確に言えば1970年に南部陽一郎、レオナルド・サスキンド 、ホルガー・ベック・ニールセン が独立に発表したのである。
解説2:「弦理論」がどのようにして「超弦理論」になったのか、番組では説明を省略していた。その間にはもう1つ新しい考え方を導入する必要があった。それは「標準理論」のもつ対称性を拡張する「超対称性」という考え方だ。超対称性理論に従うと素粒子は17種類ではなく次のようにほぼ2倍になる。増えたぶんの「超対称性粒子」は実験ではまだ見つかっていない。弦理論は25次元の理論で、超弦理論は10次元の理論だ。番組ではそのことにも言及していなかった。
超対称性粒子(クリックで拡大)
解説3:超弦理論や超対称性理論の「超」は「超カッコイイ」とか「超キモイ」などのような「スゴイ!」という意味ではなく「究極の」とか「より拡張した」というような意味だ。英語の「Super」を直訳して「超」になった。その次があるとしたら「ウルトラ」になるのかどうかについては僕は予言できない。(スーパーマン、ウルトラマン)
無限大の問題は素粒子を「点」と扱うためにおきている。点とは大きさのないものだ。2つの点を近づけていくと距離がゼロになってしまう。距離が小さいほど2つの点の間に働く力やエネルギーが大きくなるので距離がゼロだと無限大になってしまうのだ。
ところが素粒子を輪ゴムのような形の弦だと仮定すると、この問題が解決される。2つの弦を近づけても弦には拡がりがあるのでその間の距離は有限の大きさになる。つまり無限大の問題は解消できるのだ。画面にはたくさんの輪ゴムのような弦が振動しながら空間に浮かんでいるCGが映される。
解説1:弦には輪ゴムのように閉じたものと、糸くずのように開いたものがある。閉じた弦が「重力子(グラビトン)」を表していることを1974年、当時まだ北海道大学の大学院生だった米谷民明が発見した。また光子は開いた弦の振動としてあらわされることがわかっている。
解説2:CGに映された弦には色がついていたが、実際にはこのような小さな世界に「色」は存在しない。
しかしほとんどの物理学者は懐疑的で、彼らの理論は目もくれられなかった。信用できないのは超弦理論の数式が一般相対性理論の数式や素粒子の数式とかけ離れてみえることだ。さらに超弦理論の数式が成立する条件が10次元で、現実にはありえないということがその理由だった。
超弦理論によれば宇宙はまず10次元世界として生まれたことになる。時間と空間の4次元を除いた残りの6つの次元をどのように考えればよいのかわからない。シュワルツは仲間の物理学者にからかわれた。「やぁ、シュワルツ。今日は何次元の世界にいたんだい?」
シャークのほうは超弦理論がなぜ10次元なのかということに悩み、異次元の研究に没頭していった。しかし手がかりは見つからない。次第に彼は仏教や瞑想の世界にのめり込み、孤独になっていった。そしてある日、大量の睡眠薬を飲んで他界してしまう。
シュワルツはシャークの死が信じられない、もし彼が死を選ばなかったら物理学の発展に大いに貢献しただろうにと若くして命を断った友人のことを思い出す。そしてシュワルツはシャークの意思を継ぎ研究を続けた。
それから10年後、超弦理論に転機が訪れた。ケンブリッジ大学の若い物理学者マイケル・グリーンの登場である。彼はシュワルツの超弦理論の研究に協力した。グリーン博士は「異次元の問題」は、実は問題ではなく4次元という常識のほうが間違っているのだと考える。
解説:グリーン博士も「大栗先生の超弦理論入門(ブルーバックス)」の紹介動画に友情出演されている。
シュワルツとグリーンは超弦理論の数式に一般相対性理論と素粒子の数式が含まれているか検証を始めた。長い計算の果てに彼らは最後の計算にたどり着く。その瞬間、数式には496という数字が次々と現れだした。496は完全数と呼ばれる数のひとつで、天地創造にかかわる数として古代ギリシアの時代から知られていた。これは広大な宇宙とミクロの世界の調和を意味する数なのだ。雷鳴が轟いた。それは真理に近づきすぎた人間に与えた神の怒りだろうか?そして次の瞬間、2つの数式が矛盾なく導き出された。そこには奥深い真実が秘められていた。
超弦理論の数式
解説:496に天地創造や世界の調和の意味があるのかどうかについては僕は判断をしないことにしたい。少なくとも言えるのは数秘術は物理学ではないということだ。
このニュースは世界中に伝わった。これは革命であり、現実世界すべてをあらわしうる数式、天からの声に応えた万物の理論である。超弦理論は物理学の最前線に踊り出た。
では異次元はどこにあるのだろうか?ポルチンスキー博士による説明が始まる。グランドに張られたロープの上を綱渡りする女性が映し出された。次元とは「動くことのできる座標の数」のことだ。彼女にとって動くことができるのはロープに沿った1次元の世界である。けれどもより小さい世界に視点を移すと隠れていた次元が見え始める。ロープの表面にはテントウ虫が歩いている。テントウ虫にとってロープの上は2次元の世界だ。張られたロープの方向と、ロープをぐるっと回る方向の2つの座標があるからだ。
解説:次元を小さく丸めてしまうことを専門的には「コンパクト化」と呼んでいる。
隠れた異次元はこのように小さく丸まっているため私たちはそれに気がつくことはない。その大きさは原子の直径の1兆ぶんの1の、そのまた1兆ぶんの1くらいなのだそうである。この異次元空間はミクロの世界でこのようなイメージで存在しているのだという。画面には複雑にからみあう図形が等間隔にいくつも回転している様子が映し出された。
カラビ-ヤウ空間
解説1:この図形は「カラビ-ヤウ空間」と呼ばれている。パラメータを変えることで10の500乗個もの種類のカラビ-ヤウ空間が考えられるそうだ。またこの空間では「距離」を定義することができない。
解説2:カラビ-ヤウ空間が登場することからわかるように、超弦理論を理解するためには多次元の「トポロジー(位相幾何学)」の知識が不可欠である。
その後ある問題が提示された。ホーキングの再登場である。それはブラックホールの底に潜む新たな難問だった。ブラックホールの底から謎の熱が発生しているのだという。素粒子さえ動くことができないその場所で、なぜ熱が発生するのか?これはホーキングパラドックスと呼ばれた。超弦理論はこのパラドックスを解決することができるのだろうか?ホーキングは「神の数式は存在しない。」とまで言い切った。
解説:この謎の熱とは「ホーキング放射」のことである。
そこに登場したのが若き救世主、超弦理論を研究しているポルチンスキーだった。彼は超弦理論を進化させてこの問題を解決したのだ。そのアイデアを彼が思いついたのは(京都を訪れていたときに入った)コインランドリーで洗濯をしていたときのことだったという。
ポルチンスキーの着想によればいくつもの「弦」はまとまって「膜」のようになるのだという。この膜を彼は「Dブレーン」と呼んだ。そう考えることでブラックホールの謎の熱の計算ができるようになったのである。異次元で膜状に集まった弦が動くことによって、熱が発生しているからくりが解明されたのだ。この問題を提起したホーキングは2004年に敗北を認めた。ブラックホールの底の謎は解明されたのだ。
Dブレーンによってブラックホールから熱が発生する説明の図
解説1:超弦理論の発展ということについていえば、ウィッテンによって提唱されたM理論も重要である。超弦理論には5つのタイプがあり、それら5つは双対性のウェブと呼ばれる関係で結びついて空間が11次元の「M理論」が提唱された。11次元の理論に発展したことは番組のいちばん最後にごくあっさりと触れられていたにすぎない。
解説2:大栗先生が発見した「トポロジカルな弦理論」や「重力のホログラフィー原理」も重要である。これらについては先生の著書「大栗先生の超弦理論入門(ブルーバックス)」をお読みいただきたい。
人類は宇宙誕生の謎を解くことができるのだろうか?LIGOやCERNなどの実験施設では研究が続けられている。次のターゲットは「異次元の検出」である。
解説:LIGOで行なわれているのは「重力波」の検出である。重力波の存在や重力波の速度が光の速度と同じであることはアインシュタインの一般相対性理論で予言されている。(参考記事:「アインシュタイン選集(2): [A8] 重力波について(1918年)」)
超弦理論の生みの親であるシュワルツ博士が再び登場する。命があるうちにその数式にたどり着きたい。しかし答がわかってしまってもそれは悲しいことだと思う。博士にとっては探求を続けることが楽しいのだという。
最新の超弦理論によると、この世界は10次元ではなく11次元なのだという。また新たな難問も提起された。この宇宙は私たちの住む宇宙だけでなく10の500乗種類の別の宇宙もでてきたのだ。これは人類にとっての果てなき探求の証なのである。
解説:番組の最後の10秒程度で映された無数の宇宙のCG。ほとんど解説もなくこれを見た人はどう思うだろう?パラレルワールドのような多宇宙を想像した人がいるのではないだろうか?超弦理論は「多宇宙(マルチバース)」さえも説明できる素晴らしい理論なのだと。。。実はそうではない。カラビ-ヤウ空間の解説で触れたことだが、超弦理論が含んでいる理論の数(可能性)が10の500乗もあるということをこのCGは示しているのである。その1通りが私たちが住んでいる宇宙の物理法則というわけなのだ。一般相対性理論と素粒子の数式を統一したものが私たちの宇宙の法則だとすれば、別の物理法則に従う宇宙のことが超弦理論を使えばいくらでも可能だということが最後のCGが伝えていることなのだ。その膨大な可能性の中からどうしてこの宇宙(物理法則)が選ばれたのかは、今後の研究課題なのである。
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