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原子爆弾 1938~1950年: ジム・バゴット

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原子爆弾 1938~1950年―いかに物理学者たちは、世界を残虐と恐怖へ導いていったか?:ジム・バゴット

内容紹介:
広島・長崎、原爆70年――
新資料によって、初めて明らかにされる
“歴史の真実”と“人間ドラマ”。
「後世に残る傑作」(ネイチャー誌)

1938年、ドイツで核分裂発見、
亡命ユダヤ人、独米ソの物理学者やスパイによる
国家の命運を賭けた“原爆開発戦争”が始まる。
そして……。

本書は、原爆の開発競争、広島・長崎への投下、そして戦後世界の核拡散を、焦燥と不安のなかで研究を進める物理学者たちの姿、各国の政治家の思惑と策略という人間ドラマとともに描き、初めて独・英・米・ソ連の核開発の歴史の全体像に迫ったものである。
近年公開された英国MI6やソ連の機密資料、米国ヴェノナ計画で解読されたソ連の暗号文などによって、ようやく明るみに出た、独やソ連の核開発の真相、映画さながらのスパイの暗躍……。21世紀の今日だからこそ書き得た“科学と政治をめぐる20世紀の叙事詩”である。
2015年3月刊行、631ページ。

著者について:
ジム・バゴット(Jim Baggott)
世界的に活躍するサイエンス・ライター。1957年、英国サウサンプトンに生まれ。マンチェスター大学で化学修士号を1978年に取得し、そのわずか3年後に、オックスフォード大学の博士号を取得。オックスフォード大学、米国スタンフォード大学の特別研究員として研究活動をしたのち、英国のレディング大学の化学講師となる。しかし大学を辞めてビジネスの世界に入り、ビジネスコンサルタント、トレーニングコンサルタント会社を設立。
現在、その学識と精力的な行動力によって、科学・哲学・歴史など広範な分野にわたって執筆活動をしており、次々に著作を発表する一方、科学雑誌の『ニュー・サイエンティスト』をはじめ新聞・雑誌に寄稿しているほか、BBCのラジオ番組にも協力している。著作は高く評価され、英国の王立化学協会「マーロー・メダル」、「グラクソ・サイエンスライターズ・プライズ」など、数々の賞を受賞している。
邦訳書に、『究極のシンメトリー――フラーレン発見物語』(1996年)、『ヒッグス粒子――神の粒子の発見まで』(2013年)など。

翻訳者について:
青柳伸子(あおやぎ・のぶこ)
翻訳家。青山学院大学文学部英米文学科卒業。主な訳書に、ロナン・パランほか『[徹底解明]タックスヘイブン――グローバル経済の見えざる中心のメカニズムと実態』、フリア・アルバレス『蝶たちの時代』(以上作品社)など。


理数系書籍のレビュー記事は本書で315冊目。(物理学者や原子核物理の話が多いので理数系書籍にカウントした。)

戦後70年という節目だった昨年に刊行された本。600ページ以上あるので読み応えがあった。

原爆の開発や投下まで政治的、軍事的な経緯は、NHKスペシャルをはじめとするドキュメンタリー番組で広島・長崎やアメリカを中心とした話が紹介されるが、イギリスやヨーロッパ全体、ソ連を含めた全体像を知るには1~2時間という番組枠では全く足りない。このような本を読むのがいちばんよいと思う。

本の帯に書かれているように本書は「後世に残る傑作」だ。



分量だけでなく登場人物も多い。連合国とドイツ、イタリアの政治家、軍人、物理学者、スパイなど。「この人は誰だっけ?」とならないようにメモを取りながら読んだ。

物語のようにストーリー仕立てで書かれているからだろう。年代を順にたどりながら、それぞれの国でおきていたことがドラマチックに展開される。集中力が途切れずに読めるのは本書がそのようなスタイルをとっているからだ。

タイトルの「1938年~1950年」は、1938年のクリスマスに発見されたウランの核分裂から1950年のトルーマンによる水爆製造計画の発表までということなのだが、実際は1954年に始まったビキニ環礁での水爆実験や1980年代後半の米ソ冷戦の終結、ソ連邦の崩壊あたりのことまで書かれている。

量子力学の創成期から発展期まで、教科書で目にしていた物理学者の名前がいたるところにでてくる。国家の計略に否応なしに巻き込まれていった側面もあるが、研究や実験が始まると彼らは個別に与えられた作業に熱中してしまうのだ。連合国が原爆開発を急いだのは「ナチスドイツに先を越されたら大変なことになる」という恐怖感である。物理学者といえども原爆開発の是非を考えている余裕はない。原爆がよもや日本の一般市民を焼き殺すことになるとは思ってもいないから開発を止める理由は生まれてこない。

特に印象に残ったことを列挙しておこう。

- 原爆の研究、開発、実験のためロスアラモスに集められた物理学者の中にソ連の物理学者がスパイとして数名送り込まれていたこと。ファインマンの隣の部屋を割り当てられたフックスもスパイのひとりだった。ファインマンの自伝にも書かれていることだが、ファインマンはフックスと親密に付き合っていた。スパイだと見抜けないのは仕方がないこととはいえ、完全なセキュリティ保護は無理なのだという現実を突き付けられた気がした。

- ロスアラモスでのマンハッタン計画を率いていたオッペンハイマーでさえも、共産党とのつながりがあったため、スパイの嫌疑をかけられていたことに愕然とした。そしてオッペンハイマーの性格について知ったこと。彼は超一流の科学者だが、他人を小ばかにするタイプだった。

- ニールス・ボーアのコペンハーゲン脱出の経緯はまるでスパイ映画を見ているようだった。ユダヤ人の母をもつボーアはナチスドイツがデンマークを占領し、ボーアに逮捕状を出したため、イギリス経由でアメリカに渡る。家族と一緒に物置小屋に隠れたり、釣り船やトロール船、汽車を乗り継いで次の経由地を目指す。イギリスへ渡るためボーアが乗ることになったのはモスキート双発爆撃機だった。対空砲火を避けるため2万フィートまで高度を上げる。パイロットからの連絡事項はヘルメットにつけられたイヤフォンを通じて伝えられるのだが、ボーアの頭は大きすぎてヘルメットをつけることができない。酸素供給のスイッチを押すようにという指示を聞き逃したボーアは酸素不足で意識を失ったそうだ。異変を察知したパイロットが北海上空で急降下。爆撃機が着陸するまでにボーアは意識を回復したという。このときのボーアは58歳である。

- 広島・長崎への原爆投下の決定について、先日のNHKスペシャル「決断なき原爆投下~米大統領 71年目の真実~」でトルーマン大統領は決定を明示的に下しておらず、原爆開発の指揮官・陸軍グローブズ将軍が決断したと説明していた。そしてトルーマン大統領の手紙に「民間人が多数犠牲になったことに対する後悔」が書かれていたことや「3発目の原爆投下を防いだこと」を紹介していた。しかし、本書には決定を下したのはあくまでトルーマン大統領であったことが書かれている。そして水爆製造の決断、発表をしたのもトルーマン大統領である。ソ連の脅威があったとはいえ、部分的に切り取ったNHKスペシャルでの描き方には疑問を感じた。

- 水爆の破壊力は広島型原爆の1000倍~3300倍だそうである。広島型原爆の被害半径はおよそ5キロメートル。被害半径はエネルギーの立方根に比例するので、水爆の被害半径は50~75キロメートルということになる。水爆はもちろん原爆であっても絶対に使用してはならないという思いを強く持った。その反面、水爆が抑止力になるということも(悲しい現実として)理解できた。

- アメリカを中心とする連合国だけでなく、ソ連やドイツの原爆、水爆に関する諜報活動、研究、開発、製造、実験の経緯を詳しく知ることができたのがよかった。特にスターリン、フルシチョフ政権下おきていたことは、本書がいちばん詳しいと思う。

- 「キューバ危機」がおきたのは1962年10月のこと。僕はたまたまこの月の17日に生まれた。人類が戦後最大の核戦争の危機にさらされていたまさに真っ只中のタイミングに生まれていたことになる。このときアメリカが配備していた水爆の量を知って唖然とした。総破壊力はTNT爆薬70億トン相当で、広島型原爆の47万個分である。想定される死亡者数は少なく見積もっても1億人を超えるそうだ。この時点で米ソはお互い相手国の数十都市に20分以内に水爆を落とす能力を持っていた。核軍縮が少し進んでいるとはいえ、現在もその状況はほとんど変わっていない。

- 量子力学創成期の物理学者ハイゼンベルクが原爆開発に消極的だったことを知ったこと。ヒトラーのやり方に反感を持っていたハイゼンベルクは原爆開発の責任者としての仕事を進めたが、バレない形で原爆実現が進まないように行動していた。(バレたらもちろん死刑である。)実際、ドイツは原爆完成どころか、原子炉の完成にも至っていなかったことがドイツ降伏の時点で明らかになった。師弟関係にあったボーアとハイゼンベルクが戦争によって引き裂かれ、敵同士になってしまったのは悲痛だ。1941年、ボーアと話すためにコペンハーゲンを訪れたハイゼンベルクだが、周囲に見せた尊大な態度や不明瞭な図面を見せたことでボーアはドイツが原爆を開発していると思い込んでしまったのだ。アメリカが原爆研究・開発を進めるきっかけになった。ドイツ側の原爆研究や科学者そして人間としてのハイゼンベルクの内面を知るために自伝「部分と全体:W.ハイゼンベルク」も読んでみることにした。

- ドイツ敗戦後のドイツ人物理学者の扱いについて。連合国は彼らを一か所に集めて、原爆研究・開発がどの程度進んでいたのか尋問を始める。ドイツ人物理学者にはアメリカが原爆を完成させたこと、広島・長崎に投下したことも知らせていなかった。ドイツ人物理学者たちは自分たちに良い待遇が与えられている理由を「ドイツのほうが原爆の研究・開発が進んでいるからだ。」と勘違いした。科学者としての性(さが)というか、彼らを哀れに思った。

- 核軍縮の難しさをあらためて思った。第二次大戦後、国際機関による核の共同管理を目指した動きがあったのだが、結局それはアメリカの核実験再開によってソ連側の不信を招き、実現することはなく、その後の核開発競争への流れを決定づけてしまった。


学んだことはこの他にもたくさんあるのだが、とても書ききれるものではない。大まかなところは記事のいちばん下に書いておいた「目次」で確認していただきたい。


先日も「核の先制不使用」の議論がニュースで取り上げられたばかりだ。また北朝鮮が潜水艦からのミサイル発射成功のニュースも飛び込んできた。核の脅威はますます増していることを思わずにはいられない。本書を読む意義も増していると言えるだろう。

原爆を知るための本としては「原子爆弾の誕生:リチャード・ローズ」とともにお勧めできる本である。

世界週末時計」は1947年以来、次のように推移している。今年が何分前を指しているのかはご自身で確認していただきたい。



世界週末時計(タイムライン):現在何分前を指しているかを確認することができる。
http://thebulletin.org/timeline


翻訳のもとになった原書はこちら。2009年に刊行された。ちなみに原書のKindle版を購入してみたが、日本語版にたくさん掲載されている写真がまったくない。Kindle版は文字だけの本なのでご注意いただきたい。原書の書籍版について写真の有無は不明。(追記:書籍版をお持ちの読者の方からコメント欄を通じて連絡をいただきました。書籍版には書籍中央部に16ページに亘って28枚の写真が掲載されているそうです。)

Atomic: The First War of Physics and the Secret History of the Atom Bomb 1939-49: Jim Baggott」(Kindle版



内容紹介:
Spanning ten historic years, from the discovery of nuclear fission in 1939 to ‘Joe-1’, the first Soviet atomic bomb test in August 1949, Atomic is the first fully realised popular account of the race between Nazi Germany, Britain, America and the Soviet Union to build atomic weapons.

Rich in personality, action, confrontation and deception, Jim Baggott’s book tells an epic story of science and technology at the very limits of human understanding.


関連記事:

地獄の日本兵―ニューギニア戦線の真相:飯田進
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ac46ac40b155a4ef430bd92074db2a5b


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原子爆弾 1938~1950年―いかに物理学者たちは、世界を残虐と恐怖へ導いていったか?:ジム・バゴット



プロローグ ベルリンからの手紙―発見された核分裂 1938年12月~1939年9月

第1部 物理学者たちの戦い

ウランフェライン―始まったナチスの核開発 1939年9月~1940年7月
足踏みする米の核開発―亡命科学者と政府機関の軋轢 1939年9月~1940年9月
原子爆弾の実現性―英における物理学者の尚早と不安 1939年9月~1940年11月
ボーアとの面談―ハイゼンベルクのファウスト的契約 1940年10月~1941年9月
チューブ・アロイズ―英の核兵器開発計画 1941年3月~12月

第2部 原爆開発競争

兵器としての核物理学―ナチス高官と物理学者の駆け引き 1942年3月~11月
史上初の臨界達成―マンハッタン計画の誕生 1939年9月~1940年9月
ウラヌスとウラン―スターリンの二つの反転攻勢 1942年3月~1943年3月
ЗНОРМОЭ―ソ連の諜報作戦 1943年1月~8月
アメリカへの集結―頭脳科学集団とスパイと1943年1月~11月

第3部 戦争と原爆投下
ボーアの先見性―物理学者たちの研究生活と葛藤 1943年11月~1944年5月
漏洩する機密―ロスアラモスのソ連スパイたち 1944年2月~12月
アルソス・ミッション―ナチスの原子爆弾計画を探れ 1944年1月~12月
ドイツ最後の原子炉―連合軍の爆撃の下で続けられた実験 1945年1月~6月
トリニティ実験―人類初の核実験 1945年4月~7月
広島・長崎―原爆を投下した人々と投下された人々 1945年7月~8月
イプシロン作戦―ナチスの原子力開発の全容解明 1945年4月~1946年1月

第4部 世界に広がる核の恐怖
新たな戦争の始まり―スターリンの焦り 1945年8月~1946年2月
鉄のカーテン―核の国際管理か国家管理か 1945年9月~1946年3月
クロスロード実験―ソ連への「ありふれた恫喝」 1945年11月~1948年1月
アルマザス-16―ソ連の核開発の秘密都市 1946年8月~1948年6月
ジョー-1―ソ連初の原爆実験と核競争の始まり 1948年6月~1950年1月

エピローグ 恐怖の均衡―冷戦と相互確証破壊

訳者あとがき
原子爆弾年表
登場人物の紹介
原注(引用・参照文献)
引用・参照文献一覧
写真提供・所蔵一覧
略号一覧
著者・訳者紹介

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