「高校数学でわかるボルツマンの原理:竹内淳」(Kindle版)
内容紹介:
熱力学と統計力学は、重要な物理学の分野です。しかし「ちゃんと理解していない分野」の代表でもあります。定義は簡単だけれど、もうひとつよく解からないエントロピー。統計力学からエントロピーを導いたボルツマンの原理。どことなく違和感を感じていた熱力学と統計力学を、納得して理解できるように解説します。
2008年11月刊行、224ページ。
著者略歴:
竹内淳:ホームページ: http://www.f.waseda.jp/atacke/
1960年徳島県生まれ。1985年大阪大学基礎工学研究科博士前期課程修了。理学博士。富士通研究所研究員、マックス・プランク固体研究所客員研究員などを経て、1997年早稲田大学理工学部助教授、2002年より教授。専門は、半導体物理学。
理数系書籍のレビュー記事は本書で306冊目。
本書は3年以上前に読んだのだが紹介記事を書くのを忘れてしまっていた。「最初に読んだ理数系書籍200冊」でも数え落としていたので、今さらだがレビュー記事を書いておこう。
本書は竹内淳先生の「高校数学でわかる~シリーズ」の4冊目。2008年に刊行された。
本書を書店で見つけたときに思ったのは「え、なんで熱力学と統計力学がこんなにコンパクトな本にまとまってしまうの?」ということ。どちらも学ぶことがたくさんある上に、物理学を専攻する学生にとっても苦手意識をもつ人が多い分野だからだ。それがたった200ページあまりの小型本で学ぶことなどできるはずがない。でもこれまでに読んだ竹内先生の本は2冊とも素晴らしかったし、この本はいったいどうなのだろう?
章立てはこのようなものだ。一応熱力学っぽいこと、気体分子運動論、統計力学、ボルツマンの原理は確かに含まれている。
第1章:天を目指す人々
第2章:夢のエンジン
第3章:エントロピーって何だ?
第4章:気体分子運動論――ミクロの世界で何が起こっているのか
第5章:統計力学の世界へ
第6章:ボルツマンの原理――統計力学の中核へ
疑い半分、期待半分で読み始めたのだが、第1章では熱気球の話を導入として気体で成り立つシャルルの法則やボイルの法則が解説されている。アボガドロ数が導入され理想気体の状態方程式など高校で学んだことの復習っぽい内容だ。第1章だけで50ページも割いているので「この後はだいぶ圧縮されてしまうのではないか?」と他人事ながら心配になっていた。
第2章から面白くなってきた。蒸気機関のしくみを説明しながら熱力学の話が始まる。熱量とエネルギーの関係、熱力学第1法則、熱量と比熱、カルノーサイクル、等温過程と断熱過程、可逆過程と不可逆過程など。ここまででページ番号は100ページになっていた。説明は確かにわかりやすい。「でもこんな悠長なペースで進んで大丈夫なの?」という気もしていた。
第3章はエントロピーの話。熱力学第2法則だ。ここは面白い部分である。純粋に熱力学の系の中だけで展開する。その後、ヘルムホルツの自由エネルギー(F)、化学ポテンシャル、ギブズの自由エネルギー(G)とそれらの間の関係式が導かれる。この時点でページ番号は130ページあたり。解説のペースがあがっているが、じゅうぶんわかりやすい。竹内先生さすがだ。。。
第4章からようやく統計力学のための準備が始まる。まずは「気体分子運動論」だ。エネルギー等分配の法則、気体の圧力、気体分子のエネルギーが計算され、ボルツマン定数を導入してから気体分子の平均スピードや比熱を計算する。次にブラウン運動の計算をするために指数や対数の計算のおさらいをする。第4章が終わって155ページになっていた。残すところあと70ページで統計力学が解説しつくせるのだろうか?
第5章が統計力学の本編である。マクスウェル・ボルツマン分布を理解するために必要
な気体分子の状態の数え方をまず学ぶ。図版が多いのでとてもわかりやすい。状態数、つまり「場合の数」って文字だけで説明すると理解しにくいものだから。その後、分配関数が導入され気体のエネルギーを計算する。これと熱力学の内部エネルギーの関係を述べて2つの理論(熱力学と統計力学)のつながりが理解されるようになる。さらにこの章では古典統計力学だけでなく、量子統計力学の入門までされている。つまりフェルミ粒子やボース粒子が従う「フェルミ・ディラック統計」や「ボース・アインシュタイン統計」のことだ。そしてこの統計に従うと「ボース・アインシュタイン凝縮」という量子力学的現象が説明されることが解説されている。
第6章は196ページから始まるのだが、この章で統計力学の中核、「ボルツマンの原理」が解説される。熱力学で定義されるエントロピー「S」と統計力学で定義される場合の数「W」の間に成り立つ関係式だ。
ボルツマンが導いたこの偉大な式は、天下りに紹介されることが多いのだが、本書では果敢にも手順を踏んで導出している。「初めて学ぶ人がこの計算手順を理解したら感動するだろうなぁ。」と思った。
その後、統計学の「中心極限定理」を説明した後、「ミクロカノニカル分布」についての紹介が簡単にされて本書がしめくくられる。一般的な教科書ではこの後「カノニカル分布」と「グランドカノニカル分布」を学ぶのだが、本書ではこの3種類の分布の解説は省略されている。ページ数の制限を考えれば無理のないことだ。
ミクロカノニカル分布: 狭い適用範囲の分布(孤立系)
カノニカル分布: 標準分布(温度一定:等温)
グランドカノニカル分布: 広い適用範囲の分布(等温で粒子のやりとりあり)
このあたりのことを学ぶためには、この記事の最後に紹介する統計力学の教科書をお読みになるとよい。無料で学びたい方には「EMANの熱力学」や「EMANの統計力学」をお勧めする。
また、熱力学や統計力学は多変数の偏微分や全微分の数式がたくさん使われる分野だ。数式は一見手ごわそうに見えるが、慣れてしまえば何のことはない。このような数式も図版入りで説明されているので微積分を学んだ高校生なら理解できると思う。
コンパクトな本にもかかわらず、これだけ豊富な内容を含み、読み応えがあり楽しめる本に仕上がっていることに竹内先生の解説力のすごさを思わずにはいられなかった。
本格的な教科書に取り組む前に読んだほうがよい本、授業で学んだのだけどよく理解できなかった人を救済する本である。ぜひお読みになっていただきたい。
なお、本書は電子書籍でも読むことができるが「固定レイアウト」なのでタブレット端末でお読みになるのがよい。スマートフォンだとかなり読みづらいので注意していただきたい。
「高校数学でわかるシリーズ」の書籍版はこちらから。
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22?_encoding=UTF8&node=70
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以下は本書を読み終えた後、お読みになるとよい。「高校数学でわかる~」シリーズの次に読めるような易しい本をピックアップしておいた。
はじめて学ぶ物理 [熱力学]: 野田学
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熱力学を学ぶ人のために: 芦田正巳
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統計力学を学ぶ人のために: 芦田正巳
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フェルミ熱力学:エンリコ・フェルミ
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次の2冊は実用的な問題を解くことを重視した、ユニークな熱力学の教科書だ。どちらも僕のお気に入り。
現代の熱力学:白井光雲
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図解 熱力学の学び方 (第2版):北山直方
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f48fd3b842e6330e42fe682dd680e315
中級者以上の方は田崎清明先生の教科書をお読みになるとよい。
熱力学―現代的な視点から(田崎 晴明著)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b4897aa001b274d176c3d676f691ced2
統計力学〈1〉(田崎 晴明著)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/617948cd72bf22f297e999a40f63743b
統計力学〈2〉(田崎 晴明著)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bb7189e7f9437ef342757a9199863e8a
上級者の方は久保亮五先生の名著がよい。僕もいずれこの本にじっくり取り組んでみたいと思う。
大学演習 熱学・統計力学
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4785380322
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「高校数学でわかるボルツマンの原理:竹内淳」(Kindle版)
まえがき
第1章:天を目指す人々
- 気球に魅せられた科学者たち
- 気球を浮かせるものは何か?
- 簡単なシャルルの法則の実験
- 気体をミクロの視点で考える=気体分子運動論
- シャルルの法則を気体分子運動論で理解する
- ボイルの法則の気体分子運動論による理解
- ボイルの法則とシャルルの法則の統合
- アボガドロ
- 1molの気体、1molの液体
- 窒素による酸欠事故
- 熱気球と水素気球の浮力比べ
- 気球競争のその後
- 高空での気圧
- パスカルとPa
- ジェット旅客機の巡航高度
- 現代の気球の活躍
第2章:夢のエンジン
- 熱のやりとりとエンジン
- ワットによる改良
- 熱機関
- 熱量とエネルギーの関係
- 熱力学第1法則
- 気体の膨張による仕事
- 気体の内部エネルギーとは何か
- ゲイリュサック・ジュールの自由膨張の実験
- 熱量と比熱
- 定積比熱と定圧比熱の関係
- カルノー
- 等温過程
- 断熱過程
- 高空での気温と断熱過程の意外な関係
- カルノーサイクル
- カルノーサイクルでした仕事
- 体積Va, Vb, Vc, Vdの間の関係
- カルノーサイクルの効率
- 様々なエンジンの効率
- 地球温暖化との闘い
- 可逆過程と不可逆過程
- カルノーサイクルを逆回転したら?
第3章:エントロピーって何だ?
- エントロピーの登場
- エントロピーは増えたり減ったりする
- エントロピー増大の法則
- 熱力学の第2法則は二十面相
- 熱力学の番外法則
- 自由エネルギー
- 2つの系が接触したときの平衡状態の条件は?
- 総体積が一定の場合
- 化学ポテンシャル
- 大きな系の中に入った小さな系の向かう方向とは
- 自由エネルギー最小の原理
- 宇宙の熱的死
第4章:気体分子運動論――ミクロの世界で何が起こっているのか
- エネルギー等分配の法則
- 気体の圧力
- 気体分子のエネルギー
- ボルツマン定数
- 気体分子の平均スピード
- 気体の比熱
- 固体の比熱
- 気体分子運動論の闘い
- ブラウン運動
- 指数と対数
第5章:統計力学の世界へ
- マクスウェル・ボルツマン分布
- 気体っ分子のエネルギー分布を考える
- 簡単のために数を減らして考えよう
- 最も起こりやすい分布を探す
- ラグランジュの未定乗数法
- 分配関数
- 気体分子のエネルギー分布
- マクスウェル・ボルツマン分布の対象
- マクスウェル・ボルツマン分布に従わない粒子
- フェルミ粒子とボース粒子の奇妙な性質
- フェルミ・ディラック分布の性質
- フェルミ分布をニュートン力学的粒子でたとえると
- ボース・アインシュタイン凝縮
第6章:ボルツマンの原理――統計力学の中核へ
- エベレストの3つの断崖
- 中心極限定理
- ミクロカノニカル分布
付録
- P-V図でのエントロピー
- クラウジウスの不等式
あとがき
参考文献・参考資料
さくいん