「『数学ガイダンス2016』数学セミナー増刊:日本評論社」
内容紹介:
大学に入り、初めて大学数学を学ぶ人や、大学で理系に進もうと考えている高校生向けの本です。
2016年3月刊行、170ページ。
理数系書籍のレビュー記事は本書で303冊目。
本書のことは先月の終わりごろツイッターで知ったのだが、地元の書店で昨日1冊だけ残ってるのを見つけて購入した。こういう本はありがたい。3月には発売されていたのに気がつくのが遅くなってしまった。
買うのが遅れたので早く紹介しておいたほうがよいだろう。ゴールデンウィークであるのをよいことに、昨夜はほぼ徹夜して読み切った。2年前に書いた「大学で学ぶ数学とは(概要編)」と同じ方向性の本であり、僕の記事よりずっと具体的かつ詳細に高校生、大学1年生が知りたいことがまとめられている。
新年度が始まり新入生も新年度を迎えた上級生も忙しくなってくる頃だろうし、新しく学び始めた数学に戸惑いを覚えてくる時期かもしれない。大学の数学全体を俯瞰して、自分の立ち位置や方向性を確認するために本書は役立つだろう。
いちばん参考になるのはやはり「1)イントロダクション大学数学」の章だ。大学数学のそれぞれの分野を専門の先生方が「お話」として語ってくださっている。数式を交えて具体的に紹介されるので、各分野をある程度「学ぶ」こともできるのがよい。
この章の冒頭の「数学ランドについて」というページで全体図が示されているから、学年が進むに従って何を学べるのか、それぞれの分野のつながりを知ることができる。
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理数工学系の他の学問と違い、大学数学は分野の名前を聞いても高校生や新入生にはわかりにくいことがある。「関数論」と「関数解析」、「位相空間」と「位相幾何学」、「微分幾何学」と「ベクトル解析」の違いがよくわからないかもしれないし、「多様体」って何?というような感じだろう。
「1)イントロダクション大学数学」の章は教科書のレベルよりははるかにやさしく、具体的な説明と数式を使った説明で各分野で学ぶ数学のイメージが掴め、どのようなことに役立つかを知ることができる。そして参考図書、代表的な教科書が最後に紹介されている。
さらによいのが各分野で使われる個々の数学概念、専門用語の意味が言葉で説明されていることだ。教科書は厳密性を重視しているから「無駄なこと」が書かれていない。言葉で説明すると冗長になるし曖昧さが残るので、排除されてしまうからだ。(学生に親切な一部の教科書では言葉で説明されているが、このような教科書が授業用として指定されることはほとんどない。)
新入生には書かれていることのすべてが理解できるわけではないと思うが、言葉による説明で「わかった気」になれるのもメリットだ。大きな勘違いや思い込みで時間を浪費することが避けられるからだ。
学生時代に数学専攻だった僕のような人、社会人になってからあらためて学び直している人にとっても本書は大いに役立つ。「プリンストン数学大全」で個別の分野を調べたり散策したりするのも有益だが、このような大著では全体が見渡せない。その点「『数学ガイダンス2016』数学セミナー増刊:日本評論社」は通読することができる。すらすら読める箇所と引っかかってしまう箇所があることに気づくだろう。自分の勉強が足りない分野や項目を見つけ出すことができるのだ。
通読して気づいたことがある。本書数学科の学生を想定して書かれているため物理学に使われる数学、役立っている数学の分野が僕が感じているものより狭いことだ。
物理学で使われる数学は、いわゆる「スミルノフ高等数学教程」がカバーするような「物理数学」と呼ばれているものすべてであり、一般相対性理論(1915)以降の現代物理学についていえば、微分幾何学(リーマン幾何学)、関数解析(ヒルベルト空間)、位相幾何学、多様体、複素幾何学、リー群、群の表現論、作用素代数、統計学、情報理論も含まれている。つまり本書で紹介されている以上に近代・現代数学は現実世界の物理をあらわすのに役立っていると言いたい。それどころか現在では数学と物理学が互いに刺激し合って研究が進んでいるのである。(以下の5つのブログ記事を参照)
- 「ヒルベルト空間と量子力学:新井朝雄」
- 「理論物理学のための幾何学とトポロジー I:中原幹夫」
- 「理論物理学のための幾何学とトポロジー II:中原幹夫」
- 「ゲージ理論とトポロジーの年表」
- 「見えざる宇宙のかたち:シン=トゥン・ヤウ、スティーヴ・ネイディス」
地元の中型書店では1冊しか残っていなかったし、アマゾンでも一時在庫切れなのでよく売れている本なのだろう。お買い求めになりたい方は、書店で注文するか日本評論社のオンラインショップのページを利用されるとよい。
『数学ガイダンス2016』数学セミナー増刊(日本評論社)
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7063.html
関連記事:
大学で学ぶ数学とは(概要編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/07137c47d16d95ddde8f5c4cb6f37d55
大学で学ぶ数学とは(実用数学編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/975ad3faa2f6fd558b48c76513466945
線形代数学入門のための教科書談義
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9d2ac30c9f5f620ad703304d710ed90b
解析学入門のための教科書談義
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22c325e49cfd7c721679dbc2896b86a4
ちょっと気になる常微分方程式の本
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/779e59b0996c582373308c0a4facf16f
目次情報: スミルノフ高等数学教程 全12冊
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d26e1bf0916344802c90d785c535149f
東大教授が語る、東大新入生のための数学ブックガイド
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75ba1f671b226a46e2a31a85d4eb8f49
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「『数学ガイダンス2016』数学セミナー増刊:日本評論社」
師弟対談:数学科を語ろう:飯高茂x神田愛花
折って楽しむ折り紙セミナー番外編:円環面七色地図 前川淳
鼎談:大学数学の学び方:川平友規x小畑久美x竹山美宏
1)イントロダクション大学数学
数学ランドについて/福井敏純
線形代数/市原一裕
大学での微積分
“無限”のワンダーランド/一樂重雄
集合と論理/竹山美宏
位相空間/逆井卓也
曲線と曲面/石川剛郎
群論/雪江明彦
環・体・ガロア理論/角皆 宏
複素関数論への招待/須川敏幸
常微分方程式/柳田英二
偏微分方程式論
数学では何を学ぶのか/眞崎 聡
位相幾何学と多様体論/森田茂之
微分幾何学/小磯憲史
測度論・関数解析/曽布川拓也
確率論/服部哲弥
数理論理学(数学基礎論)/鈴木登志雄
統計学
統計的学習理論の世界/金森敬文
2)新入生のための数学ビギナーズ・ガイド
メモやノートを取りましょう/西野哲朗
レポートの書くためのTeX超入門/阿部紀行
数学書の読み方/竹山美宏
図書館を使おう!
セミナーの準備はここまでしておきたい!/河東泰之
数学記号とギリシャ文字について/間瀬 茂
eラーニングを活用しよう/高橋哲也
数学ソフトウェアのすすめ/濱田龍義
街の書店より
本はどちらでお探しになりますか?/矢寺範子
神保町で数学書なら/布川路子
3)就職ガイダンス
数学履修生のキャリアとそのデザイン/池川隆司
数学科出身の先輩より
数学は社会に出て役に立つか?/佐々木尚史
数学との関わりの変化 /坂本健一
アクチュアリーとはどんな人たちで
大学では何を勉強するべきなのか/山内恒人
アクチュアリーの仕事の魅力
数学を活かすプロフェッショナル/河原崎純一
老後を支える年金制度を数学の力で守りたい/吉田興正
対談
アクチュアリーから見た「数学」と「社会」のつながり方
根岸秋男×浅野紀久男
初出一覧
内容紹介:
大学に入り、初めて大学数学を学ぶ人や、大学で理系に進もうと考えている高校生向けの本です。
2016年3月刊行、170ページ。
理数系書籍のレビュー記事は本書で303冊目。
本書のことは先月の終わりごろツイッターで知ったのだが、地元の書店で昨日1冊だけ残ってるのを見つけて購入した。こういう本はありがたい。3月には発売されていたのに気がつくのが遅くなってしまった。
買うのが遅れたので早く紹介しておいたほうがよいだろう。ゴールデンウィークであるのをよいことに、昨夜はほぼ徹夜して読み切った。2年前に書いた「大学で学ぶ数学とは(概要編)」と同じ方向性の本であり、僕の記事よりずっと具体的かつ詳細に高校生、大学1年生が知りたいことがまとめられている。
新年度が始まり新入生も新年度を迎えた上級生も忙しくなってくる頃だろうし、新しく学び始めた数学に戸惑いを覚えてくる時期かもしれない。大学の数学全体を俯瞰して、自分の立ち位置や方向性を確認するために本書は役立つだろう。
いちばん参考になるのはやはり「1)イントロダクション大学数学」の章だ。大学数学のそれぞれの分野を専門の先生方が「お話」として語ってくださっている。数式を交えて具体的に紹介されるので、各分野をある程度「学ぶ」こともできるのがよい。
この章の冒頭の「数学ランドについて」というページで全体図が示されているから、学年が進むに従って何を学べるのか、それぞれの分野のつながりを知ることができる。
クリックで拡大
理数工学系の他の学問と違い、大学数学は分野の名前を聞いても高校生や新入生にはわかりにくいことがある。「関数論」と「関数解析」、「位相空間」と「位相幾何学」、「微分幾何学」と「ベクトル解析」の違いがよくわからないかもしれないし、「多様体」って何?というような感じだろう。
「1)イントロダクション大学数学」の章は教科書のレベルよりははるかにやさしく、具体的な説明と数式を使った説明で各分野で学ぶ数学のイメージが掴め、どのようなことに役立つかを知ることができる。そして参考図書、代表的な教科書が最後に紹介されている。
さらによいのが各分野で使われる個々の数学概念、専門用語の意味が言葉で説明されていることだ。教科書は厳密性を重視しているから「無駄なこと」が書かれていない。言葉で説明すると冗長になるし曖昧さが残るので、排除されてしまうからだ。(学生に親切な一部の教科書では言葉で説明されているが、このような教科書が授業用として指定されることはほとんどない。)
新入生には書かれていることのすべてが理解できるわけではないと思うが、言葉による説明で「わかった気」になれるのもメリットだ。大きな勘違いや思い込みで時間を浪費することが避けられるからだ。
学生時代に数学専攻だった僕のような人、社会人になってからあらためて学び直している人にとっても本書は大いに役立つ。「プリンストン数学大全」で個別の分野を調べたり散策したりするのも有益だが、このような大著では全体が見渡せない。その点「『数学ガイダンス2016』数学セミナー増刊:日本評論社」は通読することができる。すらすら読める箇所と引っかかってしまう箇所があることに気づくだろう。自分の勉強が足りない分野や項目を見つけ出すことができるのだ。
通読して気づいたことがある。本書数学科の学生を想定して書かれているため物理学に使われる数学、役立っている数学の分野が僕が感じているものより狭いことだ。
物理学で使われる数学は、いわゆる「スミルノフ高等数学教程」がカバーするような「物理数学」と呼ばれているものすべてであり、一般相対性理論(1915)以降の現代物理学についていえば、微分幾何学(リーマン幾何学)、関数解析(ヒルベルト空間)、位相幾何学、多様体、複素幾何学、リー群、群の表現論、作用素代数、統計学、情報理論も含まれている。つまり本書で紹介されている以上に近代・現代数学は現実世界の物理をあらわすのに役立っていると言いたい。それどころか現在では数学と物理学が互いに刺激し合って研究が進んでいるのである。(以下の5つのブログ記事を参照)
- 「ヒルベルト空間と量子力学:新井朝雄」
- 「理論物理学のための幾何学とトポロジー I:中原幹夫」
- 「理論物理学のための幾何学とトポロジー II:中原幹夫」
- 「ゲージ理論とトポロジーの年表」
- 「見えざる宇宙のかたち:シン=トゥン・ヤウ、スティーヴ・ネイディス」
地元の中型書店では1冊しか残っていなかったし、アマゾンでも一時在庫切れなのでよく売れている本なのだろう。お買い求めになりたい方は、書店で注文するか日本評論社のオンラインショップのページを利用されるとよい。
『数学ガイダンス2016』数学セミナー増刊(日本評論社)
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7063.html
関連記事:
大学で学ぶ数学とは(概要編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/07137c47d16d95ddde8f5c4cb6f37d55
大学で学ぶ数学とは(実用数学編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/975ad3faa2f6fd558b48c76513466945
線形代数学入門のための教科書談義
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9d2ac30c9f5f620ad703304d710ed90b
解析学入門のための教科書談義
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22c325e49cfd7c721679dbc2896b86a4
ちょっと気になる常微分方程式の本
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/779e59b0996c582373308c0a4facf16f
目次情報: スミルノフ高等数学教程 全12冊
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d26e1bf0916344802c90d785c535149f
東大教授が語る、東大新入生のための数学ブックガイド
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75ba1f671b226a46e2a31a85d4eb8f49
応援クリックをお願いします。
「『数学ガイダンス2016』数学セミナー増刊:日本評論社」
師弟対談:数学科を語ろう:飯高茂x神田愛花
折って楽しむ折り紙セミナー番外編:円環面七色地図 前川淳
鼎談:大学数学の学び方:川平友規x小畑久美x竹山美宏
1)イントロダクション大学数学
数学ランドについて/福井敏純
線形代数/市原一裕
大学での微積分
“無限”のワンダーランド/一樂重雄
集合と論理/竹山美宏
位相空間/逆井卓也
曲線と曲面/石川剛郎
群論/雪江明彦
環・体・ガロア理論/角皆 宏
複素関数論への招待/須川敏幸
常微分方程式/柳田英二
偏微分方程式論
数学では何を学ぶのか/眞崎 聡
位相幾何学と多様体論/森田茂之
微分幾何学/小磯憲史
測度論・関数解析/曽布川拓也
確率論/服部哲弥
数理論理学(数学基礎論)/鈴木登志雄
統計学
統計的学習理論の世界/金森敬文
2)新入生のための数学ビギナーズ・ガイド
メモやノートを取りましょう/西野哲朗
レポートの書くためのTeX超入門/阿部紀行
数学書の読み方/竹山美宏
図書館を使おう!
セミナーの準備はここまでしておきたい!/河東泰之
数学記号とギリシャ文字について/間瀬 茂
eラーニングを活用しよう/高橋哲也
数学ソフトウェアのすすめ/濱田龍義
街の書店より
本はどちらでお探しになりますか?/矢寺範子
神保町で数学書なら/布川路子
3)就職ガイダンス
数学履修生のキャリアとそのデザイン/池川隆司
数学科出身の先輩より
数学は社会に出て役に立つか?/佐々木尚史
数学との関わりの変化 /坂本健一
アクチュアリーとはどんな人たちで
大学では何を勉強するべきなのか/山内恒人
アクチュアリーの仕事の魅力
数学を活かすプロフェッショナル/河原崎純一
老後を支える年金制度を数学の力で守りたい/吉田興正
対談
アクチュアリーから見た「数学」と「社会」のつながり方
根岸秋男×浅野紀久男
初出一覧