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昨夜のライブキャストは予想をはるかに超えたものだった。こういう興奮はそうたびたび経験できるものではない。貴重な体験だった。こんなすごいことになるのだったら、本を読んだり情報収集したりして(ブログ記事のための)準備をしておけばよかったと発表を見ながら思っていた。
新聞各紙では(さぬきうどん県の四国新聞を除いて)トップ扱いだったが、世間は広いのでこのニュースをご存じない方もいるにちがいない。そのような方はまずこの1分間のニュースを見ていただきたい。この100年で最大級の科学ニュースである。
アインシュタイン予言の「重力波」世界初観測(16/02/12):(もうひとつの動画)
今日の記事は僕のブログをこれまで知らなかった人もアクセスすると思うので、いつもより易しめに書いておこう。
そしてこの件の解説については、すでに大栗博司先生はじめ、専門の先生方が素晴らしい記事を書いていらっしゃるので、まず先生方の記事を読んでいただきたい。僕は先生方の記事やニュース記事と重複しないように補足事項や書籍紹介を書くことにした。
重力波、世紀の発見をもたらした壮大な物語
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/021200053/
重力波の直接観測(大栗博司のブログ)
http://planck.exblog.jp/25286110/
129. 重力波検出の意義と今後の進展(2016/2/12): 牧野淳一郎先生の記事
http://jun-makino.sakura.ne.jp/articles/future_sc/note131.html
重力波の理論というのはアインシュタインが1916年に発表した一般相対性理論で予言される事柄のうちのひとつだ。難解な物理学理論であるにもかかわらず、一般相対性理論は素粒子物理学や量子力学とは違って素人にもイメージしやすい。それは絵や図に描いて説明できるからであること、そして時間や空間、エネルギーなど日常生活で慣れ親しんでいる事柄を扱う理論だからでもある。
重力が「伝わるもの」であることは日常の経験から明らかに思えるかもしれないが、よく考えてみてほしい。「伝わるものだ」ということは単にそう教えられたから知っているに過ぎず、どういう仕組みで伝わるのかということをあなたは知らないはずだ。高校までの理科や物理では教えられていない。
さかのぼって考えてみれば、ニュートンは万有引力の法則を導いたことを私たちは知っている。それは質量のある物体どうしに働く引力のことだ。リンゴが地面に落ちるのも同じ種類の力によるものだ。しかしなぜ質量があると引力が働くのかをニュートンは理解できていなかった。そして引力は遠くのものに直接作用して働くのか、それとも空間を少しずつ移動しながら伝わるのかは明らかになっていなかった。(遠隔作用なのか近接作用なのかということ。)
だから重力波が遠方から地球まで移動して感想されたという事実は、重力が空間を次々に移動して伝るからだ(近接作用が連続しておきていること)と理解できるようになるのだ。
引力の原因となる物質の質量はなぜ生じるのかについては、アインシュタインの1905年の特殊相対性理論の論文、その中のE=mc^2という式でそのほとんどの部分が、そして残りの部分は2012年に検出されたヒッグス粒子の発見によって理論的にも実験的にも証明することができていた。
特殊相対性理論はもうひとつのことも予言する。運動する物体の周囲の空間はその速度に応じて縮み、周囲の時間は遅れるというものだ。空間や時間の尺度が変化しても、その中いる人は同じ影響を受けるから気が付かない。観測したとしても変化は記録されない。遠くからその人を観測するもう一人の視点から見るとその影響が観測できる。
つまり「空間が縮む」、「時間の進みが遅くなる」という常識では考えられないことが起こっていることをアインシュタインは予言し、他の科学者が行った実験で検証されてきたのだ。
そして特殊相対性理論の最大の意義は、時間と空間は別々の2つのものとして存在しているのではなく「時空」と呼ばれる4次元の世界にある何らかのひとつのものとして存在していると主張したことだ。4次元時空を構成する3次元の部分は縦・横・高さの空間であり、残りの1次元は時間である。そのために物体が速度をもつと4次元全体、つまり時間と空間の両方に影響が及ぼされ、空間は縮み、時間の進みは遅くなるのだ。重力波のさざ波も時間と空間の両方で観測される。
さらに1916年の一般相対性理論では、時間と空間の尺度は物体の質量によっても影響を受けることを予言した。私たちには引力として観測される現象は物体の質量による空間の歪みによってもたらされるものであることを発見したのだ。空間が歪むためには空間が「縮む」という性質をもつことが必要であり、縮んだ空間の部分が次々と移動して重力波が形成される。そして重力波を伝えるもの(媒質)は何かの物質ではなく「空間それ自身」である。
歪んだ空間の中を「空間に沿って真っすぐに進む光線」は遠くから離れてみると曲がって進んでいるように見える。これが重力による光線の湾曲である。今回観測されたように細かく振動した重力波を受けると歪んだまま空間はさざ波のように揺らぐことになる。湾曲した光線は遠くから見ると陽炎(かげろう)のように揺らいで見えることだろう。
ここでもし仮に宇宙から太陽が一瞬にして消滅してしまったとしよう。太陽からおよそ1.5億キロメートル離れた位置を公転している地球では、8分19秒後に太陽が消えたことがわかる。光が地球まで届くのにそれだけの時間が必要だからである。そして太陽が地球を引っ張る引力が消滅するのも8分19秒後だ。宇宙空間での重力波の速度と光の速度が等しいからだ。
LIGOで観測された重力波が細かく振動する波なのは、合体する前の2つのブラックホールがお互いの回りを高速回転していたからである。このような重力波は海面のさざ波に例えられる。しかし太陽から地球に届く重力波はむしろ「大波」だ。海面にたとえれば広い範囲でおきる「潮位の変化」に例えられる。さざ波にせよ潮位の変化にせよ次々と変化が伝わっていく近接作用であり、それが重力波であれば光速で空間を伝わっていくのだ。
一般相対性理論で予言される具体的な現象は次のようなことである。
1) 光線の湾曲、重力レンズ効果
2) ブラックホールの存在
3) 水星の軌道の近日点が移動していくこと
4) 重力波
このうち1)から3)までは近年までにさまざまな実験や観測でその正しさが検証されていた。空間が曲がる状況はイメージしにくいかもしれないが、網の目のように張り巡らされた空間の糸の各部分が縮むことで全体を変形させること、たとえて言えば毛糸のセーターの糸が縮むとセーター全体が変形することを想像するとイメージしやすくなるだろう。
4)の重力波だけこれまで直接の観測で検証されていなかった。「アインシュタインの最後の宿題」なのである。1)から3)までは曲がった空間といってもある時点で固定された「静かな(静的な)」空間での現象である。しかし4)は空間に動きのある(動的な)現象である。重力波の存在は1974年に間接的な形では検証されていた。
であるから今回の実験の意義を語るとき、「初めての観測」であること、そして「直接の観測であること」を伝え忘れないようにすることが大切だ。過去100年で最大級の科学的業績であるのというのはこの点である。
この他、今回の成功が偉業であることの理由には次のようなことがあげられる。凄いことや感動したことがあると人は友達にも伝えたくなるものだ。ぜひ、これらのことも忘れずに伝えてほしい。
- 実験設備に要求される精度が極めて高いこと
- 実験結果が素人にも明らかな形で示され、結果が正しいことが確実なこと
- 中型ブラックホールの衝突という予想外の現象の観測であったこと
- 幸運に恵まれたこと
- 重力波による宇宙観測という新たな分野が切り開かれたこと
- ちょうど100年目であること、ノーベル賞級の功績であると
ひとつずつ解説しよう。
実験設備に要求される精度が極めて高いこと
観測したい空間の縮みは長さ4キロメートルの装置をレーザー光線の干渉という現象を使って測定する。今回の実験で測定された空間の縮みの変動は原子核のサイズ程度の長さだった。そして重力波は極めて弱いため、地上の重力や宇宙空間の天体による重力のノイズによってかき消されやすい。観測がこれまで困難だったのはこの2つの理由による。
実験結果が素人にも明らかな形で示され、結果が正しいことが確実なこと
今回の観測に使われたLIGOの巨大な装置はアメリカの2か所に同じようなものが作られ、同時に重力波の現象をとらえた。そして2か所での観測結果と物理理論に基づいたスパコンでの計算結果がこのように素人でもわかる形で提示された。もちろん統計学的な検証も行われている。
このグラフで1段目の左右はワシントンとルイジアナで行われた重力波の観測結果、2段目はそれぞれの場所における現象をコンピュータを使って予測した結果、いちばん下の段はそれぞれを声紋の画像のように変換して表示した結果である。これが波のグラフであることは一目瞭然で、2つの地点での波の振動パターンは同じだとわかる。
中型ブラックホールの衝突と合体という予想外の現象の観測であったこと
質量が太陽の29倍と36倍のブラックホールが13億年前に合体した時に、太陽3個分の質量がエネルギーとなった重力波が発生し、地球に届いたとみられる。ブラックホールが合体する瞬間を捉えたのも、世界初の快挙となった。光や電波では見れないブラックホールの研究が始められるようになったのだ。
幸運に恵まれたこと
観測精度を向上させるため2008年から7年かけてこの観測装置には大幅な改造が行われていた。改造前は重力波をとらえられるとしても10年に1回程度という精度だった。改造後は1年に10回とらえられる精度に向上していた。今回の重力波が観測されたのは改造が終わって観測再開してからわずか2日後のことである。幸運としか言いようがない。
重力波による宇宙観測という新たな分野が切り開かれたこと
これまでの宇宙観測では可視光線のほか、赤外線、電磁波(マイクロ波、X線、ガンマ線など)が利用されてきた。重力波が観測に利用できるようになったことで、これまでには見ることができなかったビッグバンから38年後の「宇宙の晴れ上がり」より古い宇宙の観測が可能になった。宇宙の始まりの解明にさらなる拍車がかかる。またアメリカのLIGOと同様の観測装置(重力波望遠鏡)はヨーロッパにAdvanced Virgoが完成し、日本でもKAGRAがまもなく本格稼働する。多点観測することで新たな発見がもたらされることが期待されている。
ちょうど100年目であったこと、ノーベル賞級の功績であること
今回の成果は間違いなくノーベル賞級である。そしてアインシュタインが重力波を予言してからちょうど100年目であることからニュースとしてのインパクトが大きい。1916年に発表したときの論文は今回の成果を受けてヘブライ大学が公開した。(ニュース記事)ただしこの論文は日本語には翻訳されていない。
1916年は第一次世界大戦の真っただ中。日本は大正5年である。アインシュタインは大正天皇と同い年で37歳、連ドラの「あさが来た」のモデルとなった広岡浅子は67歳、「花子とアン」のモデルとなった村岡花子は23歳、夏目漱石は49歳でこの年の末に逝去する。そのような時代に書かれた論文なのだ。
アインシュタインはこのほか1918年と1937年に重力波についての論文を書いている。これらは日本語に訳されていて「アインシュタイン選集(2)」に収められている。僕は2008年の夏にこの論文集を読み、あらすじを記事に書いているので興味のある方はお読みいただきたい。アインシュタインがどのように考えていたのかがわかると思う。1918年の論文では重力波の速度が光速に等しいことが導かれている。
[A8] 重力波について(1918年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7f70d0291e823674435342acba782017
[A9] 重力波について(1937年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/52cc9130211d52e55eb1d2ea9f4a9465
また、理数系の大学生以上の方で一般相対性理論や重力波について学びたい方は次の記事を参考にしていただきたい。最短で学べるようなヒントを書いている。
一般相対性理論に挑戦しよう!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea7ad9292ce01ad4abbbc8c98f3303d0
書籍紹介
もう少し知りたくなった方のために本をいくつか紹介しておこう。
中学生、高校生向け
中古でしか入手できないのだが、この本がよいだろう。
「アインシュタイン 相対論の100年 (ニュートンムック Newton別冊)」
また月刊誌のNewton 2016年4月号(2月26日発売)では重力波とは何か?天文学や物理学にもたらすインパクトとは?という解説記事が掲載されるそうだ。
高校生、一般の社会人向け
いちばんよいと思ったのは次の本。アインシュタインの生涯と一般相対性理論を中心にブラックホール、重力波、重力波観測装置など今回の発表を理解するための解説が網羅されているコンパクトな新書だ。著者は一般相対性理論に25年間取り組んできた専門家である。これを読んでから大栗博司先生の「重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る (幻冬舎新書)」をお読みになるとよい。
「ブラックホール・膨張宇宙・重力波 一般相対性理論の100年と展開 (光文社新書)」(Kindle版)
理数系の大学生向け
一般相対性理論の教科書はいろいろでているので甲乙つけがたいし、広江克彦さんの「趣味で相対論」もおすすめだ。
ただし重力波についていちばん詳しいのがこちら。「電話帳」という異名がつけられている1300ページの大型本である。(最近の若い人は「電話帳」といってもピンとこない人がいるかもしれないと思った。)この本には重力波についてだけで110ページあまりが割かれている。今回の発表に登場されたキップ・ソーン博士も著者のひとりだ。
「重力理論 Gravitation-古典力学から相対性理論まで、時空の幾何学から宇宙の構造へ 」
パートVIII 重力波
35章 重力波の伝播
36章 重力波の生成
37章 重力波の探知
余談:アインシュタインの肉声はこのページで聞くことができる。
正座してアインシュタインの声を聞いてみよう
http://www.gizmodo.jp/2013/11/post_13507.html
関連ブログ:
科学ブログ仲間の「にわとりおかんさん」も、さっそく楽しい記事を投稿されている。こちらも合わせてお読みください。
物理学の悲願! 重力波の観測!!
http://niwatoriokan.blog97.fc2.com/blog-entry-3144.html
応援クリックをお願いします!
昨夜のライブキャストは予想をはるかに超えたものだった。こういう興奮はそうたびたび経験できるものではない。貴重な体験だった。こんなすごいことになるのだったら、本を読んだり情報収集したりして(ブログ記事のための)準備をしておけばよかったと発表を見ながら思っていた。
新聞各紙では(さぬきうどん県の四国新聞を除いて)トップ扱いだったが、世間は広いのでこのニュースをご存じない方もいるにちがいない。そのような方はまずこの1分間のニュースを見ていただきたい。この100年で最大級の科学ニュースである。
アインシュタイン予言の「重力波」世界初観測(16/02/12):(もうひとつの動画)
今日の記事は僕のブログをこれまで知らなかった人もアクセスすると思うので、いつもより易しめに書いておこう。
そしてこの件の解説については、すでに大栗博司先生はじめ、専門の先生方が素晴らしい記事を書いていらっしゃるので、まず先生方の記事を読んでいただきたい。僕は先生方の記事やニュース記事と重複しないように補足事項や書籍紹介を書くことにした。
重力波、世紀の発見をもたらした壮大な物語
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/021200053/
重力波の直接観測(大栗博司のブログ)
http://planck.exblog.jp/25286110/
129. 重力波検出の意義と今後の進展(2016/2/12): 牧野淳一郎先生の記事
http://jun-makino.sakura.ne.jp/articles/future_sc/note131.html
重力波の理論というのはアインシュタインが1916年に発表した一般相対性理論で予言される事柄のうちのひとつだ。難解な物理学理論であるにもかかわらず、一般相対性理論は素粒子物理学や量子力学とは違って素人にもイメージしやすい。それは絵や図に描いて説明できるからであること、そして時間や空間、エネルギーなど日常生活で慣れ親しんでいる事柄を扱う理論だからでもある。
重力が「伝わるもの」であることは日常の経験から明らかに思えるかもしれないが、よく考えてみてほしい。「伝わるものだ」ということは単にそう教えられたから知っているに過ぎず、どういう仕組みで伝わるのかということをあなたは知らないはずだ。高校までの理科や物理では教えられていない。
さかのぼって考えてみれば、ニュートンは万有引力の法則を導いたことを私たちは知っている。それは質量のある物体どうしに働く引力のことだ。リンゴが地面に落ちるのも同じ種類の力によるものだ。しかしなぜ質量があると引力が働くのかをニュートンは理解できていなかった。そして引力は遠くのものに直接作用して働くのか、それとも空間を少しずつ移動しながら伝わるのかは明らかになっていなかった。(遠隔作用なのか近接作用なのかということ。)
だから重力波が遠方から地球まで移動して感想されたという事実は、重力が空間を次々に移動して伝るからだ(近接作用が連続しておきていること)と理解できるようになるのだ。
引力の原因となる物質の質量はなぜ生じるのかについては、アインシュタインの1905年の特殊相対性理論の論文、その中のE=mc^2という式でそのほとんどの部分が、そして残りの部分は2012年に検出されたヒッグス粒子の発見によって理論的にも実験的にも証明することができていた。
特殊相対性理論はもうひとつのことも予言する。運動する物体の周囲の空間はその速度に応じて縮み、周囲の時間は遅れるというものだ。空間や時間の尺度が変化しても、その中いる人は同じ影響を受けるから気が付かない。観測したとしても変化は記録されない。遠くからその人を観測するもう一人の視点から見るとその影響が観測できる。
つまり「空間が縮む」、「時間の進みが遅くなる」という常識では考えられないことが起こっていることをアインシュタインは予言し、他の科学者が行った実験で検証されてきたのだ。
そして特殊相対性理論の最大の意義は、時間と空間は別々の2つのものとして存在しているのではなく「時空」と呼ばれる4次元の世界にある何らかのひとつのものとして存在していると主張したことだ。4次元時空を構成する3次元の部分は縦・横・高さの空間であり、残りの1次元は時間である。そのために物体が速度をもつと4次元全体、つまり時間と空間の両方に影響が及ぼされ、空間は縮み、時間の進みは遅くなるのだ。重力波のさざ波も時間と空間の両方で観測される。
さらに1916年の一般相対性理論では、時間と空間の尺度は物体の質量によっても影響を受けることを予言した。私たちには引力として観測される現象は物体の質量による空間の歪みによってもたらされるものであることを発見したのだ。空間が歪むためには空間が「縮む」という性質をもつことが必要であり、縮んだ空間の部分が次々と移動して重力波が形成される。そして重力波を伝えるもの(媒質)は何かの物質ではなく「空間それ自身」である。
歪んだ空間の中を「空間に沿って真っすぐに進む光線」は遠くから離れてみると曲がって進んでいるように見える。これが重力による光線の湾曲である。今回観測されたように細かく振動した重力波を受けると歪んだまま空間はさざ波のように揺らぐことになる。湾曲した光線は遠くから見ると陽炎(かげろう)のように揺らいで見えることだろう。
ここでもし仮に宇宙から太陽が一瞬にして消滅してしまったとしよう。太陽からおよそ1.5億キロメートル離れた位置を公転している地球では、8分19秒後に太陽が消えたことがわかる。光が地球まで届くのにそれだけの時間が必要だからである。そして太陽が地球を引っ張る引力が消滅するのも8分19秒後だ。宇宙空間での重力波の速度と光の速度が等しいからだ。
LIGOで観測された重力波が細かく振動する波なのは、合体する前の2つのブラックホールがお互いの回りを高速回転していたからである。このような重力波は海面のさざ波に例えられる。しかし太陽から地球に届く重力波はむしろ「大波」だ。海面にたとえれば広い範囲でおきる「潮位の変化」に例えられる。さざ波にせよ潮位の変化にせよ次々と変化が伝わっていく近接作用であり、それが重力波であれば光速で空間を伝わっていくのだ。
一般相対性理論で予言される具体的な現象は次のようなことである。
1) 光線の湾曲、重力レンズ効果
2) ブラックホールの存在
3) 水星の軌道の近日点が移動していくこと
4) 重力波
このうち1)から3)までは近年までにさまざまな実験や観測でその正しさが検証されていた。空間が曲がる状況はイメージしにくいかもしれないが、網の目のように張り巡らされた空間の糸の各部分が縮むことで全体を変形させること、たとえて言えば毛糸のセーターの糸が縮むとセーター全体が変形することを想像するとイメージしやすくなるだろう。
4)の重力波だけこれまで直接の観測で検証されていなかった。「アインシュタインの最後の宿題」なのである。1)から3)までは曲がった空間といってもある時点で固定された「静かな(静的な)」空間での現象である。しかし4)は空間に動きのある(動的な)現象である。重力波の存在は1974年に間接的な形では検証されていた。
であるから今回の実験の意義を語るとき、「初めての観測」であること、そして「直接の観測であること」を伝え忘れないようにすることが大切だ。過去100年で最大級の科学的業績であるのというのはこの点である。
この他、今回の成功が偉業であることの理由には次のようなことがあげられる。凄いことや感動したことがあると人は友達にも伝えたくなるものだ。ぜひ、これらのことも忘れずに伝えてほしい。
- 実験設備に要求される精度が極めて高いこと
- 実験結果が素人にも明らかな形で示され、結果が正しいことが確実なこと
- 中型ブラックホールの衝突という予想外の現象の観測であったこと
- 幸運に恵まれたこと
- 重力波による宇宙観測という新たな分野が切り開かれたこと
- ちょうど100年目であること、ノーベル賞級の功績であると
ひとつずつ解説しよう。
実験設備に要求される精度が極めて高いこと
観測したい空間の縮みは長さ4キロメートルの装置をレーザー光線の干渉という現象を使って測定する。今回の実験で測定された空間の縮みの変動は原子核のサイズ程度の長さだった。そして重力波は極めて弱いため、地上の重力や宇宙空間の天体による重力のノイズによってかき消されやすい。観測がこれまで困難だったのはこの2つの理由による。
実験結果が素人にも明らかな形で示され、結果が正しいことが確実なこと
今回の観測に使われたLIGOの巨大な装置はアメリカの2か所に同じようなものが作られ、同時に重力波の現象をとらえた。そして2か所での観測結果と物理理論に基づいたスパコンでの計算結果がこのように素人でもわかる形で提示された。もちろん統計学的な検証も行われている。
このグラフで1段目の左右はワシントンとルイジアナで行われた重力波の観測結果、2段目はそれぞれの場所における現象をコンピュータを使って予測した結果、いちばん下の段はそれぞれを声紋の画像のように変換して表示した結果である。これが波のグラフであることは一目瞭然で、2つの地点での波の振動パターンは同じだとわかる。
中型ブラックホールの衝突と合体という予想外の現象の観測であったこと
質量が太陽の29倍と36倍のブラックホールが13億年前に合体した時に、太陽3個分の質量がエネルギーとなった重力波が発生し、地球に届いたとみられる。ブラックホールが合体する瞬間を捉えたのも、世界初の快挙となった。光や電波では見れないブラックホールの研究が始められるようになったのだ。
幸運に恵まれたこと
観測精度を向上させるため2008年から7年かけてこの観測装置には大幅な改造が行われていた。改造前は重力波をとらえられるとしても10年に1回程度という精度だった。改造後は1年に10回とらえられる精度に向上していた。今回の重力波が観測されたのは改造が終わって観測再開してからわずか2日後のことである。幸運としか言いようがない。
重力波による宇宙観測という新たな分野が切り開かれたこと
これまでの宇宙観測では可視光線のほか、赤外線、電磁波(マイクロ波、X線、ガンマ線など)が利用されてきた。重力波が観測に利用できるようになったことで、これまでには見ることができなかったビッグバンから38年後の「宇宙の晴れ上がり」より古い宇宙の観測が可能になった。宇宙の始まりの解明にさらなる拍車がかかる。またアメリカのLIGOと同様の観測装置(重力波望遠鏡)はヨーロッパにAdvanced Virgoが完成し、日本でもKAGRAがまもなく本格稼働する。多点観測することで新たな発見がもたらされることが期待されている。
ちょうど100年目であったこと、ノーベル賞級の功績であること
今回の成果は間違いなくノーベル賞級である。そしてアインシュタインが重力波を予言してからちょうど100年目であることからニュースとしてのインパクトが大きい。1916年に発表したときの論文は今回の成果を受けてヘブライ大学が公開した。(ニュース記事)ただしこの論文は日本語には翻訳されていない。
1916年は第一次世界大戦の真っただ中。日本は大正5年である。アインシュタインは大正天皇と同い年で37歳、連ドラの「あさが来た」のモデルとなった広岡浅子は67歳、「花子とアン」のモデルとなった村岡花子は23歳、夏目漱石は49歳でこの年の末に逝去する。そのような時代に書かれた論文なのだ。
アインシュタインはこのほか1918年と1937年に重力波についての論文を書いている。これらは日本語に訳されていて「アインシュタイン選集(2)」に収められている。僕は2008年の夏にこの論文集を読み、あらすじを記事に書いているので興味のある方はお読みいただきたい。アインシュタインがどのように考えていたのかがわかると思う。1918年の論文では重力波の速度が光速に等しいことが導かれている。
[A8] 重力波について(1918年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7f70d0291e823674435342acba782017
[A9] 重力波について(1937年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/52cc9130211d52e55eb1d2ea9f4a9465
また、理数系の大学生以上の方で一般相対性理論や重力波について学びたい方は次の記事を参考にしていただきたい。最短で学べるようなヒントを書いている。
一般相対性理論に挑戦しよう!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea7ad9292ce01ad4abbbc8c98f3303d0
書籍紹介
もう少し知りたくなった方のために本をいくつか紹介しておこう。
中学生、高校生向け
中古でしか入手できないのだが、この本がよいだろう。
「アインシュタイン 相対論の100年 (ニュートンムック Newton別冊)」
また月刊誌のNewton 2016年4月号(2月26日発売)では重力波とは何か?天文学や物理学にもたらすインパクトとは?という解説記事が掲載されるそうだ。
高校生、一般の社会人向け
いちばんよいと思ったのは次の本。アインシュタインの生涯と一般相対性理論を中心にブラックホール、重力波、重力波観測装置など今回の発表を理解するための解説が網羅されているコンパクトな新書だ。著者は一般相対性理論に25年間取り組んできた専門家である。これを読んでから大栗博司先生の「重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る (幻冬舎新書)」をお読みになるとよい。
「ブラックホール・膨張宇宙・重力波 一般相対性理論の100年と展開 (光文社新書)」(Kindle版)
理数系の大学生向け
一般相対性理論の教科書はいろいろでているので甲乙つけがたいし、広江克彦さんの「趣味で相対論」もおすすめだ。
ただし重力波についていちばん詳しいのがこちら。「電話帳」という異名がつけられている1300ページの大型本である。(最近の若い人は「電話帳」といってもピンとこない人がいるかもしれないと思った。)この本には重力波についてだけで110ページあまりが割かれている。今回の発表に登場されたキップ・ソーン博士も著者のひとりだ。
「重力理論 Gravitation-古典力学から相対性理論まで、時空の幾何学から宇宙の構造へ 」
パートVIII 重力波
35章 重力波の伝播
36章 重力波の生成
37章 重力波の探知
余談:アインシュタインの肉声はこのページで聞くことができる。
正座してアインシュタインの声を聞いてみよう
http://www.gizmodo.jp/2013/11/post_13507.html
関連ブログ:
科学ブログ仲間の「にわとりおかんさん」も、さっそく楽しい記事を投稿されている。こちらも合わせてお読みください。
物理学の悲願! 重力波の観測!!
http://niwatoriokan.blog97.fc2.com/blog-entry-3144.html
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