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「薔薇の名前〈上〉:ウンベルト・エーコ」
「薔薇の名前〈下〉:ウンベルト・エーコ」
内容紹介: :(ウィキペディアの記事)
迷宮構造をもつ文書館を備えた、中世北イタリアの僧院で「ヨハネの黙示録」に従った連続殺人事件が。バスカヴィルのウィリアム修道士が事件の陰には一冊の書物の存在があることを探り出したが…。精緻な推理小説の中に碩学エーコがしかけた知のたくらみ。中世、異端、「ヨハネの黙示録」、暗号、アリストテレース、博物誌、記号論、ミステリ…そして何より、読書のあらゆる楽しみが、ここにはある。全世界を熱狂させた、文学史上の事件ともいうべき問題の書。伊・ストレーガ賞、仏・メディシス賞受賞。
1990年刊行、413ページ(上巻)、426ページ(下巻)。
著者について:
ウンベルト・エーコ: ウィキペディアの記事
1932年、北イタリアのアレッサンドリアに生まれる。世界的な記号論学者にしてヨーロッパを代表する知識人。評論・創作に幅広く活躍する。
Amazonで著書を検索
「磁力と重力の発見〈1〉古代・中世:山本義隆」をよりリアルに理解したいと思い、背景となっている中世キリスト教世界にどっぷり浸かってみようと本書を読んでみたところ、その毒気にすっかりあてられてしまった。映画より本のほうがはるかに濃密かつスリリングである。
映画のほうは1990年代にレンタルビデオで見ていた。あらすじや犯人、そして殺人事件の手口も覚えているので本は楽しく読めるかなと思っていたが杞憂だった。映画はたかだか2時間あまり。本のほうには映画にはなかったシーンや解説がたくさんあった。しかし主役のウィリアム修道士を演じたショーン・コネリーがあまりにもかっこよかったので、見習い修道士アドソ役のクリスチャン・スレーター、そしてその他の登場人物の顔がしばしば思い浮かんでくる。映画のキャスティングは本のイメージにぴったり一致していた。
ミステリー小説なので紹介記事でネタバレはしたくない。「磁力と重力の発見〈1〉古代・中世:山本義隆」と読み合わせる上で重要な点だけを紹介していくことにしよう。
舞台はローマ教皇ヨハネス22世が南仏のアヴィニョン教皇庁に捕囚されていた時代、1327年のことである。ローマ教皇は神聖ローマ帝国皇帝でドイツを治めていたルドーヴィヒ4世と対立していた。そして二重選挙により選出されていたもうひとりのドイツ国王フリードリヒ3世(フリードリヒ美王)の特使としてバスカヴィルのウィリアム修道士が北イタリアの某所にあるベネディクト会修道院を訪れる。ウィリアムはかつて異端審問官としてそのバランスのとれた判断が高く評価されていた。物語の語り手である見習修道士メルクのアドソは、見聞を広めてほしいという父親メルク男爵の意向によってこのウィリアムと共に旅をしている。
ウィリアムの本来の目的は、当時「清貧論争」と呼ばれた、フランシスコ会とアヴィニョン教皇庁のあいだの論争に決着を付ける会談を調停し、手配することにあった。ところがその修道院において、両者の代表の到着を待たずに奇怪な事件が次々と起こる。二人は文書館に秘密が隠されていることを察知し、これを探ろうとするがさまざまな妨害が行われる。修道院内で死者が相次ぎ、老修道士がこれは黙示録の成就であると指摘すると、修道士たちは終末の予感におののく。
やがてフランシスコ会の代表と教皇側使節一行が到着するが、論争の決着は付かず決裂する。教皇使節と共に会談に訪れていた苛烈な異端審問官ベルナール・ギーが、修道院で起こっている殺人事件は、異端者の仕業であるとして、異端審問を要求した為、事態は、まったく異なる方向へと進行して行く。ウィリアムはそれでも、事件の秘密解明に全力を注ぐことを決意する。(ここまではウィキペディアからの引用)
この物語の鍵になるのが巨大な建物の中にある文書館で、そこは修道僧たちの立ち入りが禁じられている場所だった。蔵書の一部は閲覧可能だが目録のみ公開されていて、修道僧からの申し出に応じて文書館長が貸し出すという方式をとっていた。ヨーロッパ全土の他、北アフリカや東方のイスラーム世界で集められた世界中の書物、古代ギリシャの哲学書や数学書、天文学書、医学書、魔術書など。そして異教であるイスラム教や奇書、怪書もあった。これら大量の本が僧院に持ち込まれ、「写字室」と呼ばれる部屋で修道僧たちが手書きで本を複製、ラテン語に翻訳したり、挿絵を描いたりしていた。文書館はキリスト教圏最大の図書館、知の宝庫だった。
しかしこの文書館の目的は膨大な知識を広めることでも共有することでもなく、ただ「保存」することだった。貴重な史料を持つことで教会の権威や権力を維持するためである。歴代の文書館長と副文書館長のみが立ち入りを許されていた。また文書館は複数階に渡る巨大な迷宮になっていた。一度入ると出るのは容易ではない。暗号を解読してはじめて目的の部屋に移動したり、外に出れるように作られていたのだ。
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連続殺人事件の鍵がこの文書館にあり、とりわけある1冊の書物にあることに修道士ウィリアムは気が付くことになる。下巻の後半で明らかにされるのだが、この書物の中に1000年前に古代ギリシャの哲学者アリストテレスが書き失われたと云われる『詩編』第2部が含まれていた。ここにはアリストテレスが喜劇や笑いを肯定する記述があり、キリスト教の維持にとってこれが大問題になるのだという。そもそもアリストテレスはの著書『自然学』の中で宇宙の始まりを物質どうしの作用だと主張していたから、神が宇宙を創造したというキリスト教の教えとは相いれないものがあった。
本書の中でも「キリストは笑ったかどうか」ということについて大論争が繰り広げられる。また「聖職者は清貧であるべきかどうか、キリストは私有物を持っていたかどうか。」という「清貧論争」も繰り広げられる。私有財と公共財の違いについてだ。教会が保有する財は貧しい人に施すための公共財であるからという主張もされている。しかし実状は金銀財宝などをため込み、私欲と権力欲にまみれた世界だった。キリストが笑ったかどうかがなぜ重大問題なのかは伏せておこう。この物語の舞台となる僧院でも笑うことや(必要以外の)会話は禁止されている。
本書の盛り上がりは下巻の冒頭から始まる。それまでに起きていたいくつかの殺人事件の容疑者の修行僧と僧院近くに住む美しい農民の娘が異端審問官によってにわか仕立ての裁判にかけられるシーン。もちろん修行僧のほうは濡れ衣である。過去にたまたま所属していた宗派の異端を告げ口され、一方的に断罪されてしまう。また農民の娘は貧困のあまりわずかばかりの施し(具体的には料理で使われなかった牛の心臓)を得るために厨房係の修行僧に体を任せていたという姦通罪もしくは淫行罪である。女人禁制のこの僧院への侵入を手引きしていたのが殺人事件の容疑者でもあった。恐怖におののきながら受ける審問である。そしてラテン語で行われるため、「俗語」しか話せない農民の娘の叫びはいっさい聞き入れられない。2人に火刑が下されることは初めから決まっていた。
この農民の娘(映画で演じたのはヴァレンティナ・ヴァルガス 画像検索)であるが、物語の中ではウィリアム修道士が連れていた見習い修道士アドソがたまたま居合わせ彼女と関係をもってしまう。この映画のセックスシーン(画像検索)は当時としては過激で話題になっていたので印象に残っている。その後、アドソは後悔と娘への甘美な想いに悩まされ続けることになる。(娘が話すのが俗語だったのでアドソとの件は異端審問で暴かれずにすんだ。)当時のキリスト教で女性は(聖女を除き)男を惑わす邪悪なものとみなされていたからだ。外見が美しいほど中身は邪悪なのである。そのような教義と彼女を助けたいという気持の揺らぎ、彼女に課せられるであろう残酷な結末にアドソの心は引き裂かれていた。
毒気が増すのがこの異端審問のあたり。教会の権威を高めるためには対極としての異端が必要であり、そのおかけで恐怖による支配が可能になる。悪魔や魔術も同じ意味で当時のキリスト教には必要な要素なのだろうと思った。
数々の魔女裁判、ガリレオ・ガリレイに対して行われた異端審問のことを思い出した。火刑が行われる手順も極めて残忍である。倫理的な意味で映画にはとても表現できない状況が本には書かれていた。
修道士ウィリアムはギリシャ語とラテン語、そしてイタリア語を理解する知性の人、理性を重んじる人物である。神やキリストの啓示や奇蹟を説明するために知識や理性を働かせるのを善しとしていた教会や組織の中では異端とされかねない。
犯人探しという役目と理性に照らし合わせれば捜査しなければならない文書館やアリストテレスの禁書との間のジレンマ、そして事件の核心に近づきつつも次々と起こる新たな殺人事件がもたらす切迫感。これが本書をスリリングな作品にしている最大の要素だ。
本書と「磁力と重力の発見〈1〉古代・中世:山本義隆」で共通して取り上げられた人物はアリストテレスのほか、トマス・アクィナス、ロジャー・ベーコン、プリニウス、ヒルデガルトなど。そして薬草学やウィリアム修道士が使っていた眼鏡のレンズ(老眼鏡)も本書では重要な要素であり、磁石の不思議や東方世界で発明された羅針盤や渾天儀など当時の最先端技術の解説もされている。読み合わせるにはぴったりだと思うのだ。
このように正しい思考方法と知識が与えられず、秘蹟や迷信の世界に身を置いていると、物は地球の中心(すなわち宇宙の中心)に向かう傾向がある、磁針は北極星に引かれるから北を指し示す、磁石は婦人の不貞を見分けるというようなおかしな理論もまっとうなものに思えてくることがよくわかる。この小説の時代よりも2~300年先のことになるが、ケプラーが惑星どうしにはたらく引力が磁力によるものと考えていたことやニュートンが錬金術やオカルトの研究をしていたことを納得できるようになるための下地が整った。
ふとわが身を振り返ったとき、私たちの生活は日ごろの考えや行動にも迷信や科学的根拠のないことに影響を受けていることに気が付く。1月1日には初詣に行き願い事をするし、お守りを買う。また2月3日には家から鬼を追い出し、福を招くために豆まきをしたばかりだ。科学的に効果が確認されていないのに磁気ネックレスや(商品名は出さないが)磁気治療器も相変わらず販売されている。そしてパワーストーンやパワースポット。例をあげればきりがない。
映画を先に見ても楽しめるし、本を読んでから映画を見ても「ああ、なるほど。よく描けている」と感心することだろう。映画での結末部分の展開は小説と少し違っている。
映画は明後日WOWOWで放送されるので、紹介記事としてはとてもよいタイミングになった。
「薔薇の名前〈上〉:ウンベルト・エーコ」
「薔薇の名前〈下〉:ウンベルト・エーコ」
(イタリア語版)(英語版)(フランス語版)
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関連ページ:
薔薇の名前 ウンベルト・エーコ(松岡正剛の千夜千冊)
http://1000ya.isis.ne.jp/0241.html
薔薇の名前(上・下) [著]ウンベルト・エーコ(書評)
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011072806864.html
『薔薇の名前』(上・下) ウンベルト・エーコ 東京創元社 1990年(書評)
http://www.geocities.jp/nymuse1984/baranonamae.html
薔薇の名前(書評サイト)
http://saiten.dip.jp/mystery/main/list_review/4648
映画の概要はウィキペディアの「薔薇の名前」でお読みになっていただきたい。また1986年にショーン・コネリー主演で公開された映画の予告編の動画は「このリンク」からご覧いただける。(動画検索)
映画は今月2/9(火)深夜1:00からWOWOWで放送される。
薔薇の名前
http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/002551/#intro
番組紹介/解説
難解ともいわれるU・エーコの傑作小説を映画化したミステリー。中世ヨーロッパを舞台に、修道士とその見習いの青年が、修道士たちが連続して殺された怪事件の謎を追う。 キリスト教史や神学論の知識、そしてちりばめられた暗喩の読解力を要し、難解とも評されるエーコの同名小説を「愛人 ラマン」「スターリングラード」のJ=J・アノー監督が映画化したゴシックミステリー。宗教裁判が激化する中世ヨーロッパを舞台に、身近で起きる連続殺人の真相を追う修道士とその見習いの奔走を描く。暗黒と形容されることもある中世という時代を、入念な時代考証によって再現した美術が見もの。主人公の修道士役を演じる名優S・コネリー、見習い修道士役のC・スレイターの熱演も光る。
保存用にお買い求めになる方は、こちらからどうぞ。
「薔薇の名前 特別版 [DVD]」
「薔薇の名前 The Name of the Rose [Blu-ray]」
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内容紹介: :(ウィキペディアの記事)
迷宮構造をもつ文書館を備えた、中世北イタリアの僧院で「ヨハネの黙示録」に従った連続殺人事件が。バスカヴィルのウィリアム修道士が事件の陰には一冊の書物の存在があることを探り出したが…。精緻な推理小説の中に碩学エーコがしかけた知のたくらみ。中世、異端、「ヨハネの黙示録」、暗号、アリストテレース、博物誌、記号論、ミステリ…そして何より、読書のあらゆる楽しみが、ここにはある。全世界を熱狂させた、文学史上の事件ともいうべき問題の書。伊・ストレーガ賞、仏・メディシス賞受賞。
1990年刊行、413ページ(上巻)、426ページ(下巻)。
著者について:
ウンベルト・エーコ: ウィキペディアの記事
1932年、北イタリアのアレッサンドリアに生まれる。世界的な記号論学者にしてヨーロッパを代表する知識人。評論・創作に幅広く活躍する。
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映画のほうは1990年代にレンタルビデオで見ていた。あらすじや犯人、そして殺人事件の手口も覚えているので本は楽しく読めるかなと思っていたが杞憂だった。映画はたかだか2時間あまり。本のほうには映画にはなかったシーンや解説がたくさんあった。しかし主役のウィリアム修道士を演じたショーン・コネリーがあまりにもかっこよかったので、見習い修道士アドソ役のクリスチャン・スレーター、そしてその他の登場人物の顔がしばしば思い浮かんでくる。映画のキャスティングは本のイメージにぴったり一致していた。
ミステリー小説なので紹介記事でネタバレはしたくない。「磁力と重力の発見〈1〉古代・中世:山本義隆」と読み合わせる上で重要な点だけを紹介していくことにしよう。
舞台はローマ教皇ヨハネス22世が南仏のアヴィニョン教皇庁に捕囚されていた時代、1327年のことである。ローマ教皇は神聖ローマ帝国皇帝でドイツを治めていたルドーヴィヒ4世と対立していた。そして二重選挙により選出されていたもうひとりのドイツ国王フリードリヒ3世(フリードリヒ美王)の特使としてバスカヴィルのウィリアム修道士が北イタリアの某所にあるベネディクト会修道院を訪れる。ウィリアムはかつて異端審問官としてそのバランスのとれた判断が高く評価されていた。物語の語り手である見習修道士メルクのアドソは、見聞を広めてほしいという父親メルク男爵の意向によってこのウィリアムと共に旅をしている。
ウィリアムの本来の目的は、当時「清貧論争」と呼ばれた、フランシスコ会とアヴィニョン教皇庁のあいだの論争に決着を付ける会談を調停し、手配することにあった。ところがその修道院において、両者の代表の到着を待たずに奇怪な事件が次々と起こる。二人は文書館に秘密が隠されていることを察知し、これを探ろうとするがさまざまな妨害が行われる。修道院内で死者が相次ぎ、老修道士がこれは黙示録の成就であると指摘すると、修道士たちは終末の予感におののく。
やがてフランシスコ会の代表と教皇側使節一行が到着するが、論争の決着は付かず決裂する。教皇使節と共に会談に訪れていた苛烈な異端審問官ベルナール・ギーが、修道院で起こっている殺人事件は、異端者の仕業であるとして、異端審問を要求した為、事態は、まったく異なる方向へと進行して行く。ウィリアムはそれでも、事件の秘密解明に全力を注ぐことを決意する。(ここまではウィキペディアからの引用)
この物語の鍵になるのが巨大な建物の中にある文書館で、そこは修道僧たちの立ち入りが禁じられている場所だった。蔵書の一部は閲覧可能だが目録のみ公開されていて、修道僧からの申し出に応じて文書館長が貸し出すという方式をとっていた。ヨーロッパ全土の他、北アフリカや東方のイスラーム世界で集められた世界中の書物、古代ギリシャの哲学書や数学書、天文学書、医学書、魔術書など。そして異教であるイスラム教や奇書、怪書もあった。これら大量の本が僧院に持ち込まれ、「写字室」と呼ばれる部屋で修道僧たちが手書きで本を複製、ラテン語に翻訳したり、挿絵を描いたりしていた。文書館はキリスト教圏最大の図書館、知の宝庫だった。
しかしこの文書館の目的は膨大な知識を広めることでも共有することでもなく、ただ「保存」することだった。貴重な史料を持つことで教会の権威や権力を維持するためである。歴代の文書館長と副文書館長のみが立ち入りを許されていた。また文書館は複数階に渡る巨大な迷宮になっていた。一度入ると出るのは容易ではない。暗号を解読してはじめて目的の部屋に移動したり、外に出れるように作られていたのだ。
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連続殺人事件の鍵がこの文書館にあり、とりわけある1冊の書物にあることに修道士ウィリアムは気が付くことになる。下巻の後半で明らかにされるのだが、この書物の中に1000年前に古代ギリシャの哲学者アリストテレスが書き失われたと云われる『詩編』第2部が含まれていた。ここにはアリストテレスが喜劇や笑いを肯定する記述があり、キリスト教の維持にとってこれが大問題になるのだという。そもそもアリストテレスはの著書『自然学』の中で宇宙の始まりを物質どうしの作用だと主張していたから、神が宇宙を創造したというキリスト教の教えとは相いれないものがあった。
本書の中でも「キリストは笑ったかどうか」ということについて大論争が繰り広げられる。また「聖職者は清貧であるべきかどうか、キリストは私有物を持っていたかどうか。」という「清貧論争」も繰り広げられる。私有財と公共財の違いについてだ。教会が保有する財は貧しい人に施すための公共財であるからという主張もされている。しかし実状は金銀財宝などをため込み、私欲と権力欲にまみれた世界だった。キリストが笑ったかどうかがなぜ重大問題なのかは伏せておこう。この物語の舞台となる僧院でも笑うことや(必要以外の)会話は禁止されている。
本書の盛り上がりは下巻の冒頭から始まる。それまでに起きていたいくつかの殺人事件の容疑者の修行僧と僧院近くに住む美しい農民の娘が異端審問官によってにわか仕立ての裁判にかけられるシーン。もちろん修行僧のほうは濡れ衣である。過去にたまたま所属していた宗派の異端を告げ口され、一方的に断罪されてしまう。また農民の娘は貧困のあまりわずかばかりの施し(具体的には料理で使われなかった牛の心臓)を得るために厨房係の修行僧に体を任せていたという姦通罪もしくは淫行罪である。女人禁制のこの僧院への侵入を手引きしていたのが殺人事件の容疑者でもあった。恐怖におののきながら受ける審問である。そしてラテン語で行われるため、「俗語」しか話せない農民の娘の叫びはいっさい聞き入れられない。2人に火刑が下されることは初めから決まっていた。
この農民の娘(映画で演じたのはヴァレンティナ・ヴァルガス 画像検索)であるが、物語の中ではウィリアム修道士が連れていた見習い修道士アドソがたまたま居合わせ彼女と関係をもってしまう。この映画のセックスシーン(画像検索)は当時としては過激で話題になっていたので印象に残っている。その後、アドソは後悔と娘への甘美な想いに悩まされ続けることになる。(娘が話すのが俗語だったのでアドソとの件は異端審問で暴かれずにすんだ。)当時のキリスト教で女性は(聖女を除き)男を惑わす邪悪なものとみなされていたからだ。外見が美しいほど中身は邪悪なのである。そのような教義と彼女を助けたいという気持の揺らぎ、彼女に課せられるであろう残酷な結末にアドソの心は引き裂かれていた。
毒気が増すのがこの異端審問のあたり。教会の権威を高めるためには対極としての異端が必要であり、そのおかけで恐怖による支配が可能になる。悪魔や魔術も同じ意味で当時のキリスト教には必要な要素なのだろうと思った。
数々の魔女裁判、ガリレオ・ガリレイに対して行われた異端審問のことを思い出した。火刑が行われる手順も極めて残忍である。倫理的な意味で映画にはとても表現できない状況が本には書かれていた。
修道士ウィリアムはギリシャ語とラテン語、そしてイタリア語を理解する知性の人、理性を重んじる人物である。神やキリストの啓示や奇蹟を説明するために知識や理性を働かせるのを善しとしていた教会や組織の中では異端とされかねない。
犯人探しという役目と理性に照らし合わせれば捜査しなければならない文書館やアリストテレスの禁書との間のジレンマ、そして事件の核心に近づきつつも次々と起こる新たな殺人事件がもたらす切迫感。これが本書をスリリングな作品にしている最大の要素だ。
本書と「磁力と重力の発見〈1〉古代・中世:山本義隆」で共通して取り上げられた人物はアリストテレスのほか、トマス・アクィナス、ロジャー・ベーコン、プリニウス、ヒルデガルトなど。そして薬草学やウィリアム修道士が使っていた眼鏡のレンズ(老眼鏡)も本書では重要な要素であり、磁石の不思議や東方世界で発明された羅針盤や渾天儀など当時の最先端技術の解説もされている。読み合わせるにはぴったりだと思うのだ。
このように正しい思考方法と知識が与えられず、秘蹟や迷信の世界に身を置いていると、物は地球の中心(すなわち宇宙の中心)に向かう傾向がある、磁針は北極星に引かれるから北を指し示す、磁石は婦人の不貞を見分けるというようなおかしな理論もまっとうなものに思えてくることがよくわかる。この小説の時代よりも2~300年先のことになるが、ケプラーが惑星どうしにはたらく引力が磁力によるものと考えていたことやニュートンが錬金術やオカルトの研究をしていたことを納得できるようになるための下地が整った。
ふとわが身を振り返ったとき、私たちの生活は日ごろの考えや行動にも迷信や科学的根拠のないことに影響を受けていることに気が付く。1月1日には初詣に行き願い事をするし、お守りを買う。また2月3日には家から鬼を追い出し、福を招くために豆まきをしたばかりだ。科学的に効果が確認されていないのに磁気ネックレスや(商品名は出さないが)磁気治療器も相変わらず販売されている。そしてパワーストーンやパワースポット。例をあげればきりがない。
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映画は明後日WOWOWで放送されるので、紹介記事としてはとてもよいタイミングになった。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011072806864.html
『薔薇の名前』(上・下) ウンベルト・エーコ 東京創元社 1990年(書評)
http://www.geocities.jp/nymuse1984/baranonamae.html
薔薇の名前(書評サイト)
http://saiten.dip.jp/mystery/main/list_review/4648
映画の概要はウィキペディアの「薔薇の名前」でお読みになっていただきたい。また1986年にショーン・コネリー主演で公開された映画の予告編の動画は「このリンク」からご覧いただける。(動画検索)
映画は今月2/9(火)深夜1:00からWOWOWで放送される。
薔薇の名前
http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/002551/#intro
番組紹介/解説
難解ともいわれるU・エーコの傑作小説を映画化したミステリー。中世ヨーロッパを舞台に、修道士とその見習いの青年が、修道士たちが連続して殺された怪事件の謎を追う。 キリスト教史や神学論の知識、そしてちりばめられた暗喩の読解力を要し、難解とも評されるエーコの同名小説を「愛人 ラマン」「スターリングラード」のJ=J・アノー監督が映画化したゴシックミステリー。宗教裁判が激化する中世ヨーロッパを舞台に、身近で起きる連続殺人の真相を追う修道士とその見習いの奔走を描く。暗黒と形容されることもある中世という時代を、入念な時代考証によって再現した美術が見もの。主人公の修道士役を演じる名優S・コネリー、見習い修道士役のC・スレイターの熱演も光る。
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