「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで:高瀬正仁」(Kindle版)
内容紹介:
微分積分学の長い歴史は、西欧近代の数学史と軌を一にする。そこでは、微分と積分が「曲線」を媒介項としてつながってきた。曲線の性質を解明したいと願った古代の数学者の情熱は、ライプニッツらの着想を得て一時代を切り拓く。やがて微分積分学は、知の巨人たちによる「無限」概念の精緻化を経て、コーシーと高木貞治という頭脳を得ることで現代数学の基礎を築くこととなる。天才数学者たちの情熱が現代数学に結実する物語を、本書は精緻に描く。
2015年1月刊行、288ページ。
著者について:
高瀬正仁(たかせまさひと):ウィキペディアの記事
1951年、群馬県に生まれる。現在、九州大学基幹研究院教授。博士(理学)。専門は近代数学史、多変数関数論、ヤコビ関数、虚数乗法論。数学の古典的著作の翻訳などの執筆活動により、2009年度日本数学会出版賞受賞。著書に『dxとdyの解析学』(日本評論社)、『岡潔 数学の詩人』(岩波書店)、『高木貞治とその時代 西欧近代の数学と日本』(東京大学出版会)、『無限解析のはじまり わたしのオイラー』(筑摩書房)など、訳書に『ガウス 整数論』、『アーベル/ガロア 楕円関数論』(いずれも朝倉書店)、『オイラーの無限解析』、『数の理論』(いずれも海鳴社)、『ガウス 数論論文集』 (筑摩書房)、『ヤコビ 楕円関数原論』(講談社)などがある。
高瀬先生の著書、訳書: Amazonで検索
理数系書籍のレビュー記事は本書で291冊目。
ニュートンからラグランジュに至る100年の古典力学史を支えてきたのが微分積分学の発展だ。本書はその発展史を解説した本。「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」と読み合わせることで理解を一層深めることができる。
まず本書で紹介される数学者と著書を年表で提示しておこう。
拡大
まず気が付くのはライプニッツのことだ。
1684年:ライプニッツの微積分の第1論文「分数量にも無理量にもさまたげられることのない極大・極小ならびに接線を求めるための新しい方法。およびそれらのための特異な計算方法」(接線法)公表
1686年:ライプニッツの微積分の第2論文「深い場所に秘められた幾何学および不可分量と無限の解析について」(逆接線法)公表
接線法というのは曲線に接線を引くための方法、逆接線法というのは求積法つまり積分につながる考え方のことである。微分と積分についての記号を発明しつつライプニッツはこの時点で微分と積分を発明していたことになる。
そしてニュートンの『プリンキピア』の初版が刊行されたのが1687年なので本書に従えば微分積分はライプニッツのほうが先に発明していたことになる。しかし「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」ではニュートンのほうが先に発見したと書かれていた。その根拠はライプニッツによる微分積分の記述が『試論(1689)』に書かれていること、そして『プリンキピア』に書かれたライプニッツの手書きメモにあるとしていた。山本先生の本には上記のライプニッツの第1論文と第2論文についての言及はない。
いったいどちらが先なのだろうとウィキペディアの「微分積分学」という項目を見てみると次のように書かれてあった。
「ライプニッツとニュートンの論文を慎重に精査したところ、ライプニッツは積分から論を構築し、ニュートンは微分から論を構築していることから、それぞれ独自に結論に到達していることが判明した。」
であるから、これ以上追求するのはやめておこう。
微分積分は高校や大学初年度の数学の授業で学ぶわけだが、それはすでに完成した理論であり現代の視点から私たちは知識やイメージとして持っている。現在の形になるまでにどのような経緯をたどってきたかを本書で読むと、今の私たちにとって簡単なこと当たり前のことが全くそうではなかったことに気が付くのである。
その発展史は数学者の年代別に年表形式であらわせるように単純なものではない。古代ギリシアの作図問題に源をもつ幾何学が千年以上の時を経てデカルトの『方法序説』によって座標や代数方程式と結びつき、その後の発展の礎となる。その後、おおまかには次のような変遷をたどって発展していく。
第1期(黎明期):デカルト、フェルマ、ニュートン、ライプニッツ、ベルヌーイ兄弟、ロピタル
曲線に接線を引くための「接線法」、接線から曲線を構成するための「逆接線法」の研究がメインの時代。ライプニッツはdx、dy、ddx、などの記号を発明したがこれは無限小量という認識であり、dx/dyのような変化率ではなかった。そもそもdxのような無限小量があるかどうかは証明されていたわけではなく存在すると信じた上でのこと。dxやdyなどの無限小量の間に方程式で示される関係があること、それを代数的に解くことが研究された。
また、曲線の長さや囲まれる面積、体積を求めるのは求積問題として微分とは別に考えられていたが、求積問題が積分と関連していること、微分と積分が逆の手法であることは認識されていた。ライプニッツにより d(x+y)=dx+dy、d(xy)=ydx+xdy が導かれた。(ライプニッツの公式)
第2期(発展期):オイラー、ラグランジュ
関数の概念の誕生。オイラーにより関数は第1、第2、第3の段階を経て誕生した。(オイラーの無限解析-微分と積分、微分方程式の解法)オイラー積分(ルジャンドルによるベータ関数、ガンマ関数)。またオイラーにより変分法も発明された。しかしこの段階でもdxは相変わらず「無限小量」、「変化量」である。ラグランジュは原始関数や導関数という言葉を用いていたが、現在の概念とは違っていた。
第3期(完成期):コーシー、テイラー、フーリエ
不定積分、定積分、原始関数、導関数などの誕生。テイラー展開、フーリエ展開。無限小の「量」から無限小の「数」への移行。そして「極限」の概念の導入により実在性が証明できない「無限小」の概念から脱却することができた。コーシーは複素解析を創始。解析学の厳密化の時代。
記述は数式が含まれているが簡単なものばかりだ。文章が中心の解説なので微積分を学んだ高校生にも読めるレベルである。微積分の諸概念がいつ頃、誰によって発案されたかを知ると、私たちがいかに効率よく学んでいるかがわかるであろう。大学生にとっては証明が厳密過ぎてまどろっこしいと思える解析学の授業も味わいの深いものに変わっていくかもしれない。
ひとつだけ難点をつけるとすれば、同じ内容の記述が何度も重複していることがあげられる。そのため読んでいるうちに螺旋階段をぐるぐる回りながら登っているように感じる。「この話は前の章にもあったよな。」という気持に何度もさせられるので、読み通すのに辛抱が求められる。
この点について高瀬先生は次のようにご説明されている。少し長くなるが引用しておこう。
「微積分の巨大な歴史を叙述するにはどのようにしたらよいのであろうか。時系列に沿ってひとりひとりの数学者を取り上げて解説し、叙述を積み重ねていくのは有力な方法だが、なぜかそのようにする気持ちになれなかった。微積分は大小無数の謎が散りばめられていて、しかもそれらは理論創造に携わった人びとのそれぞれに独自の思想に依拠している。デカルトにはデカルトの、フェルマにはフェルマの、ライプニッツにはライプニッツ固有の謎があり、読む者に向かって個別の解明を求めているのである。微積分の形成史を組織的に叙述するのはかえって不可能であり、むしろ全体を一つのテキストと見て、小林秀雄の文芸論集のように、微積分の謎をひとつひとつ取り上げて自由な施策を重ねていくほうがよいのではないか。ある日、そのような考えに思い当り、それからようやく筆が進むようになった。」
あと上の本の姉妹編(下の白い表紙のほうが妹)として今年の7月に刊行されたのがこちらの本。内容は似ているが姉妹で補い合う関係にあるというので両方読んでも大丈夫だと著者の高瀬先生はお書きになっている。こちらの本のほうが具体的に計算を示しながら解説しているようだ。
「微分積分学の誕生 デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで:高瀬正仁」(Kindle版)
本書に紹介されているオイラーやコーシーによる数学史上の名著を高瀬先生は翻訳されている。挑戦される方はどうぞ。
「オイラーの無限解析:レオンハルト・オイラー」
「オイラーの解析幾何:レオンハルト・オイラー」
オイラーの無限解析の入門書はこちら。上の名著をお読みになる前にどうぞ。
「無限解析のはじまり―わたしのオイラー:高瀬正仁」
コーシーの解析教程は1821年に出版された。
「コーシー解析教程:コーシー」
そして本書にも微分積分学の集大成として何度か引用されているのが高木貞治先生の「解析概論」だ。今年のはじめにはアニメにも登場した永遠の名著である。(参考リンク:「(祝)解析概論アニメ出演」、「あるアニメの中の解析概論」、アニメに登場したのは「解析概論 軽装版」)
「定本 解析概論:高木貞治」
年末になるとこの本を無性に読みたくなる「解析概論病」という病気が流行るらしい。その感染力はふつうの解析学の教科書の100倍以上あるそうだ。主に30歳以上の男性がかかり年齢が上がるほど重症になる。いまのところ有効な治療法がないので、もし運悪く感染してしまったら、この本を最後まで読むしか治す方法がない。理解できないと完全には治癒しないので要注意である。
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「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで:高瀬正仁」(Kindle版)
序―本書の読み方
第1章 曲線の理論のはじまり―デカルトの解析幾何学
デカルトの『方法序説』に始まる/いろいろな曲線/デカルトの葉(その1)/デカルトの葉(その2)/デカルトの『幾何学』より/パップスの問題(その1)―曲線の作図/3線問題と4線問題/「線」のいろいろ/パップスの問題(その2)―線分の作図/平面的な線/立体的な線と超立体的な線/曲線的な線を区分けすること/幾何学的な線と機械的な線/ギリシアの幾何学を批判する/幾何学的な曲線とは何か/方程式とは何か/次数による分類/「幾何学的な線」の世界の創造に向かう/接線法を語る/微積分の可能性―法線と面積/楕円と放物線の法線/コンコイドの法線/曲線の理論と光学/発見を定義にする/ニコメデスのコンコイド/数学の本質は問題の造形にあり
第2章 曲線論と極大極小問題―フェルマのアイデア
デカルトとフェルマ/フェルマにおける極大極小問題/極大極小問題と曲線の理論/極大極小問題のいろいろ/極大極小問題のもう一つの例―フェルマの解法/パップスの解法/フェルマの接線法/サイクロイド(その1)/サイクロイド(その2)/古代ギリシアの接線/ギリシア数学の印象/求積法/接線の認識をめぐって/極大極小問題と接線法
第3章 万能の接線法―ライプニッツの発見
「ライプニッツ1684」/切除線と向軸線/差分と微分/接線法の公理系/加減乗除の微分計算/接線の観察から微分計算の規則を抽出する/ライプニッツの微分には「変化するもの」が存在しない/接線を引くのに無限小量は要請されない/クザーヌスの影響を語る/先入観を排除すれば/曲線の形/万能の接線法/計算例など/フェルマの原理からスネルの法則を導く/逆接線法の例/微分計算は独立する/「ライプニッツ1686」/求積と微分方程式/積分のあれこれ/微分計算とガロア理論/無限小と微分と積分計算/曲線から出て曲線に向かう/一般化された逆接線法と求積法
第4章 ヨハン・ベルヌーイの無限解析とロピタルの無限小解析
ヨハン・ベルヌーイを読むまで/ヨハン・ベルヌーイの『微分計算講義』の発見/ヨハン・ベルヌーイの『積分計算講義』の脚註より/ロピタルの『無限小解析』の諸言より/微分計算の公理/曲線の変曲点/「関数」の概念について/極大と極小/視点の転換―曲線から関数へ/逆接線法/ベルヌーイからオイラーへ/関数概念の発見をうながしたもの
第5章 関数とその微分可能性をめぐって
高木貞治の著作『新式算術講義』から『解析概論』へ/コーシーの解析教程/高木貞治の『解析概論』と『シュヴァルツ解析学』/『シュヴァルツ解析学』第2巻「微分法」を読んだころ/微分可能性の概念規定/微分可能性のいろいろな表現/変数のない関数/変数のある関数/「変数」という言葉について/コーシーの関数概念
第6章 フーリエの関数概念
積分計算の泉―「微分積分学の基本定理」とは何か/定積分について―若干の補足/連続関数と不連続関数/「まったく任意の関数」をめぐって(その1)―曲線から関数へ/「まったく任意の関数」をめぐって(その2)―要請される理由/「まったく任意の関数」のフーリエ級数展開/ディリクレの関数概念/曲線と関数/無限解析と近代解析
第7章 コーシーの解析学と微分積分学の基本定理
数学の抽象性について/コーシーの『要論』/テイラー級数/原始関数と不定積分/コーシーの積分論/ルベーグ積分/コーシーの不定積分/不定積分と定積分/原始関数について/原始関数とテイラー展開/微分積分学の基本定理
第8章 無限解析の創造
微分計算と積分計算/曲線とは何か/曲線の媒介変数表示/ライプニッツの接線法/有限の世界と無限小の世界/逆接線法と積分計算と微分方程式/再び微分積分学の基本定理/求積法とコーシーの定積分/コーシーの和と面積の算出/コーシーの定積分とコーシー以前の定積分/曲線の弧長/円の周長/ラグランジュの言葉/不易と流行/無限小の仮説と運動の仮説/ニュートンの流率法/ラグランジュの所見/ラグランジュのアイデア/ラグランジュからコーシーへ
第9章 コーシーから高木貞治へ
高木貞治『近世数学史談』より/虚式と虚数/仮象の虚表示式/透明な理論と意味の消失/コーシー以前の無限小とコーシー以降の無限小/厳密化の代償/量と数/正の量と負の量/平均値の定理とロールの定理/ミシェル・ロール/オイラーの世界とコーシーの世界/無限の階層と関数の階層
第10章 関数概念の発生と無限解析の変容
若干の回想/創造者と源泉/無限解析と無限小解析/曲線の解明に寄せる情熱/曲線を理解するということ/曲線の諒解様式と接線法/ニコラウス・クザーヌス/接線法と微分計算/曲線の極大点と極小点/微分計算と積分計算/微分積分学の基本定理について/仮象の曲線を見る/逆接線法と求積法/ベータ関数とガンマ関数/オイラー積分/変分計算―もう一つの曲線論/変分法のはじまり/曲線の理論を超えて/力学と変分計算/オイラーの三部作(その1)―曲線の解析的源泉/オイラーの三部作(その2)―微分計算/オイラーの三部作(その3)―積分計算/微分方程式/変分計算と関数/オイラーの方程式/最短降下線/第二変分/曲線から関数へ/クザーヌスの思想と関数概念
終章 西欧近代の数学の礎
マルキ・ド・ロピタルの著作『曲線の理解のための無限小解析』/揺籃期へのあこがれ/ベルヌーイ兄弟(ヤコブとヨハン)/逆接線法と積分/『解析概論』の系譜/ライプニッツとベルヌーイ兄弟の往復書簡集/接線を引きたいと思う心/接線法の探求/史的展開の構想に寄せて
あとがき
小林秀雄の文芸論集のように/「微分積分学の基本定理」をめぐって/書き残したこと
内容紹介:
微分積分学の長い歴史は、西欧近代の数学史と軌を一にする。そこでは、微分と積分が「曲線」を媒介項としてつながってきた。曲線の性質を解明したいと願った古代の数学者の情熱は、ライプニッツらの着想を得て一時代を切り拓く。やがて微分積分学は、知の巨人たちによる「無限」概念の精緻化を経て、コーシーと高木貞治という頭脳を得ることで現代数学の基礎を築くこととなる。天才数学者たちの情熱が現代数学に結実する物語を、本書は精緻に描く。
2015年1月刊行、288ページ。
著者について:
高瀬正仁(たかせまさひと):ウィキペディアの記事
1951年、群馬県に生まれる。現在、九州大学基幹研究院教授。博士(理学)。専門は近代数学史、多変数関数論、ヤコビ関数、虚数乗法論。数学の古典的著作の翻訳などの執筆活動により、2009年度日本数学会出版賞受賞。著書に『dxとdyの解析学』(日本評論社)、『岡潔 数学の詩人』(岩波書店)、『高木貞治とその時代 西欧近代の数学と日本』(東京大学出版会)、『無限解析のはじまり わたしのオイラー』(筑摩書房)など、訳書に『ガウス 整数論』、『アーベル/ガロア 楕円関数論』(いずれも朝倉書店)、『オイラーの無限解析』、『数の理論』(いずれも海鳴社)、『ガウス 数論論文集』 (筑摩書房)、『ヤコビ 楕円関数原論』(講談社)などがある。
高瀬先生の著書、訳書: Amazonで検索
理数系書籍のレビュー記事は本書で291冊目。
ニュートンからラグランジュに至る100年の古典力学史を支えてきたのが微分積分学の発展だ。本書はその発展史を解説した本。「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」と読み合わせることで理解を一層深めることができる。
まず本書で紹介される数学者と著書を年表で提示しておこう。
拡大
まず気が付くのはライプニッツのことだ。
1684年:ライプニッツの微積分の第1論文「分数量にも無理量にもさまたげられることのない極大・極小ならびに接線を求めるための新しい方法。およびそれらのための特異な計算方法」(接線法)公表
1686年:ライプニッツの微積分の第2論文「深い場所に秘められた幾何学および不可分量と無限の解析について」(逆接線法)公表
接線法というのは曲線に接線を引くための方法、逆接線法というのは求積法つまり積分につながる考え方のことである。微分と積分についての記号を発明しつつライプニッツはこの時点で微分と積分を発明していたことになる。
そしてニュートンの『プリンキピア』の初版が刊行されたのが1687年なので本書に従えば微分積分はライプニッツのほうが先に発明していたことになる。しかし「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」ではニュートンのほうが先に発見したと書かれていた。その根拠はライプニッツによる微分積分の記述が『試論(1689)』に書かれていること、そして『プリンキピア』に書かれたライプニッツの手書きメモにあるとしていた。山本先生の本には上記のライプニッツの第1論文と第2論文についての言及はない。
いったいどちらが先なのだろうとウィキペディアの「微分積分学」という項目を見てみると次のように書かれてあった。
「ライプニッツとニュートンの論文を慎重に精査したところ、ライプニッツは積分から論を構築し、ニュートンは微分から論を構築していることから、それぞれ独自に結論に到達していることが判明した。」
であるから、これ以上追求するのはやめておこう。
微分積分は高校や大学初年度の数学の授業で学ぶわけだが、それはすでに完成した理論であり現代の視点から私たちは知識やイメージとして持っている。現在の形になるまでにどのような経緯をたどってきたかを本書で読むと、今の私たちにとって簡単なこと当たり前のことが全くそうではなかったことに気が付くのである。
その発展史は数学者の年代別に年表形式であらわせるように単純なものではない。古代ギリシアの作図問題に源をもつ幾何学が千年以上の時を経てデカルトの『方法序説』によって座標や代数方程式と結びつき、その後の発展の礎となる。その後、おおまかには次のような変遷をたどって発展していく。
第1期(黎明期):デカルト、フェルマ、ニュートン、ライプニッツ、ベルヌーイ兄弟、ロピタル
曲線に接線を引くための「接線法」、接線から曲線を構成するための「逆接線法」の研究がメインの時代。ライプニッツはdx、dy、ddx、などの記号を発明したがこれは無限小量という認識であり、dx/dyのような変化率ではなかった。そもそもdxのような無限小量があるかどうかは証明されていたわけではなく存在すると信じた上でのこと。dxやdyなどの無限小量の間に方程式で示される関係があること、それを代数的に解くことが研究された。
また、曲線の長さや囲まれる面積、体積を求めるのは求積問題として微分とは別に考えられていたが、求積問題が積分と関連していること、微分と積分が逆の手法であることは認識されていた。ライプニッツにより d(x+y)=dx+dy、d(xy)=ydx+xdy が導かれた。(ライプニッツの公式)
第2期(発展期):オイラー、ラグランジュ
関数の概念の誕生。オイラーにより関数は第1、第2、第3の段階を経て誕生した。(オイラーの無限解析-微分と積分、微分方程式の解法)オイラー積分(ルジャンドルによるベータ関数、ガンマ関数)。またオイラーにより変分法も発明された。しかしこの段階でもdxは相変わらず「無限小量」、「変化量」である。ラグランジュは原始関数や導関数という言葉を用いていたが、現在の概念とは違っていた。
第3期(完成期):コーシー、テイラー、フーリエ
不定積分、定積分、原始関数、導関数などの誕生。テイラー展開、フーリエ展開。無限小の「量」から無限小の「数」への移行。そして「極限」の概念の導入により実在性が証明できない「無限小」の概念から脱却することができた。コーシーは複素解析を創始。解析学の厳密化の時代。
記述は数式が含まれているが簡単なものばかりだ。文章が中心の解説なので微積分を学んだ高校生にも読めるレベルである。微積分の諸概念がいつ頃、誰によって発案されたかを知ると、私たちがいかに効率よく学んでいるかがわかるであろう。大学生にとっては証明が厳密過ぎてまどろっこしいと思える解析学の授業も味わいの深いものに変わっていくかもしれない。
ひとつだけ難点をつけるとすれば、同じ内容の記述が何度も重複していることがあげられる。そのため読んでいるうちに螺旋階段をぐるぐる回りながら登っているように感じる。「この話は前の章にもあったよな。」という気持に何度もさせられるので、読み通すのに辛抱が求められる。
この点について高瀬先生は次のようにご説明されている。少し長くなるが引用しておこう。
「微積分の巨大な歴史を叙述するにはどのようにしたらよいのであろうか。時系列に沿ってひとりひとりの数学者を取り上げて解説し、叙述を積み重ねていくのは有力な方法だが、なぜかそのようにする気持ちになれなかった。微積分は大小無数の謎が散りばめられていて、しかもそれらは理論創造に携わった人びとのそれぞれに独自の思想に依拠している。デカルトにはデカルトの、フェルマにはフェルマの、ライプニッツにはライプニッツ固有の謎があり、読む者に向かって個別の解明を求めているのである。微積分の形成史を組織的に叙述するのはかえって不可能であり、むしろ全体を一つのテキストと見て、小林秀雄の文芸論集のように、微積分の謎をひとつひとつ取り上げて自由な施策を重ねていくほうがよいのではないか。ある日、そのような考えに思い当り、それからようやく筆が進むようになった。」
あと上の本の姉妹編(下の白い表紙のほうが妹)として今年の7月に刊行されたのがこちらの本。内容は似ているが姉妹で補い合う関係にあるというので両方読んでも大丈夫だと著者の高瀬先生はお書きになっている。こちらの本のほうが具体的に計算を示しながら解説しているようだ。
「微分積分学の誕生 デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで:高瀬正仁」(Kindle版)
本書に紹介されているオイラーやコーシーによる数学史上の名著を高瀬先生は翻訳されている。挑戦される方はどうぞ。
「オイラーの無限解析:レオンハルト・オイラー」
「オイラーの解析幾何:レオンハルト・オイラー」
オイラーの無限解析の入門書はこちら。上の名著をお読みになる前にどうぞ。
「無限解析のはじまり―わたしのオイラー:高瀬正仁」
コーシーの解析教程は1821年に出版された。
「コーシー解析教程:コーシー」
そして本書にも微分積分学の集大成として何度か引用されているのが高木貞治先生の「解析概論」だ。今年のはじめにはアニメにも登場した永遠の名著である。(参考リンク:「(祝)解析概論アニメ出演」、「あるアニメの中の解析概論」、アニメに登場したのは「解析概論 軽装版」)
「定本 解析概論:高木貞治」
年末になるとこの本を無性に読みたくなる「解析概論病」という病気が流行るらしい。その感染力はふつうの解析学の教科書の100倍以上あるそうだ。主に30歳以上の男性がかかり年齢が上がるほど重症になる。いまのところ有効な治療法がないので、もし運悪く感染してしまったら、この本を最後まで読むしか治す方法がない。理解できないと完全には治癒しないので要注意である。
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「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで:高瀬正仁」(Kindle版)
序―本書の読み方
第1章 曲線の理論のはじまり―デカルトの解析幾何学
デカルトの『方法序説』に始まる/いろいろな曲線/デカルトの葉(その1)/デカルトの葉(その2)/デカルトの『幾何学』より/パップスの問題(その1)―曲線の作図/3線問題と4線問題/「線」のいろいろ/パップスの問題(その2)―線分の作図/平面的な線/立体的な線と超立体的な線/曲線的な線を区分けすること/幾何学的な線と機械的な線/ギリシアの幾何学を批判する/幾何学的な曲線とは何か/方程式とは何か/次数による分類/「幾何学的な線」の世界の創造に向かう/接線法を語る/微積分の可能性―法線と面積/楕円と放物線の法線/コンコイドの法線/曲線の理論と光学/発見を定義にする/ニコメデスのコンコイド/数学の本質は問題の造形にあり
第2章 曲線論と極大極小問題―フェルマのアイデア
デカルトとフェルマ/フェルマにおける極大極小問題/極大極小問題と曲線の理論/極大極小問題のいろいろ/極大極小問題のもう一つの例―フェルマの解法/パップスの解法/フェルマの接線法/サイクロイド(その1)/サイクロイド(その2)/古代ギリシアの接線/ギリシア数学の印象/求積法/接線の認識をめぐって/極大極小問題と接線法
第3章 万能の接線法―ライプニッツの発見
「ライプニッツ1684」/切除線と向軸線/差分と微分/接線法の公理系/加減乗除の微分計算/接線の観察から微分計算の規則を抽出する/ライプニッツの微分には「変化するもの」が存在しない/接線を引くのに無限小量は要請されない/クザーヌスの影響を語る/先入観を排除すれば/曲線の形/万能の接線法/計算例など/フェルマの原理からスネルの法則を導く/逆接線法の例/微分計算は独立する/「ライプニッツ1686」/求積と微分方程式/積分のあれこれ/微分計算とガロア理論/無限小と微分と積分計算/曲線から出て曲線に向かう/一般化された逆接線法と求積法
第4章 ヨハン・ベルヌーイの無限解析とロピタルの無限小解析
ヨハン・ベルヌーイを読むまで/ヨハン・ベルヌーイの『微分計算講義』の発見/ヨハン・ベルヌーイの『積分計算講義』の脚註より/ロピタルの『無限小解析』の諸言より/微分計算の公理/曲線の変曲点/「関数」の概念について/極大と極小/視点の転換―曲線から関数へ/逆接線法/ベルヌーイからオイラーへ/関数概念の発見をうながしたもの
第5章 関数とその微分可能性をめぐって
高木貞治の著作『新式算術講義』から『解析概論』へ/コーシーの解析教程/高木貞治の『解析概論』と『シュヴァルツ解析学』/『シュヴァルツ解析学』第2巻「微分法」を読んだころ/微分可能性の概念規定/微分可能性のいろいろな表現/変数のない関数/変数のある関数/「変数」という言葉について/コーシーの関数概念
第6章 フーリエの関数概念
積分計算の泉―「微分積分学の基本定理」とは何か/定積分について―若干の補足/連続関数と不連続関数/「まったく任意の関数」をめぐって(その1)―曲線から関数へ/「まったく任意の関数」をめぐって(その2)―要請される理由/「まったく任意の関数」のフーリエ級数展開/ディリクレの関数概念/曲線と関数/無限解析と近代解析
第7章 コーシーの解析学と微分積分学の基本定理
数学の抽象性について/コーシーの『要論』/テイラー級数/原始関数と不定積分/コーシーの積分論/ルベーグ積分/コーシーの不定積分/不定積分と定積分/原始関数について/原始関数とテイラー展開/微分積分学の基本定理
第8章 無限解析の創造
微分計算と積分計算/曲線とは何か/曲線の媒介変数表示/ライプニッツの接線法/有限の世界と無限小の世界/逆接線法と積分計算と微分方程式/再び微分積分学の基本定理/求積法とコーシーの定積分/コーシーの和と面積の算出/コーシーの定積分とコーシー以前の定積分/曲線の弧長/円の周長/ラグランジュの言葉/不易と流行/無限小の仮説と運動の仮説/ニュートンの流率法/ラグランジュの所見/ラグランジュのアイデア/ラグランジュからコーシーへ
第9章 コーシーから高木貞治へ
高木貞治『近世数学史談』より/虚式と虚数/仮象の虚表示式/透明な理論と意味の消失/コーシー以前の無限小とコーシー以降の無限小/厳密化の代償/量と数/正の量と負の量/平均値の定理とロールの定理/ミシェル・ロール/オイラーの世界とコーシーの世界/無限の階層と関数の階層
第10章 関数概念の発生と無限解析の変容
若干の回想/創造者と源泉/無限解析と無限小解析/曲線の解明に寄せる情熱/曲線を理解するということ/曲線の諒解様式と接線法/ニコラウス・クザーヌス/接線法と微分計算/曲線の極大点と極小点/微分計算と積分計算/微分積分学の基本定理について/仮象の曲線を見る/逆接線法と求積法/ベータ関数とガンマ関数/オイラー積分/変分計算―もう一つの曲線論/変分法のはじまり/曲線の理論を超えて/力学と変分計算/オイラーの三部作(その1)―曲線の解析的源泉/オイラーの三部作(その2)―微分計算/オイラーの三部作(その3)―積分計算/微分方程式/変分計算と関数/オイラーの方程式/最短降下線/第二変分/曲線から関数へ/クザーヌスの思想と関数概念
終章 西欧近代の数学の礎
マルキ・ド・ロピタルの著作『曲線の理解のための無限小解析』/揺籃期へのあこがれ/ベルヌーイ兄弟(ヤコブとヨハン)/逆接線法と積分/『解析概論』の系譜/ライプニッツとベルヌーイ兄弟の往復書簡集/接線を引きたいと思う心/接線法の探求/史的展開の構想に寄せて
あとがき
小林秀雄の文芸論集のように/「微分積分学の基本定理」をめぐって/書き残したこと