4回に渡って放送された数学ミステリー教室が終わった。感想記事としてまとめておこう。
NHK数学ミステリー白熱教室(エドワード・フレンケル教授)
http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/math/
第1回:数学を"統一"する!
2015年11月13日(金)午後11時放送 Eテレ
数学は学校で習う「ペンキ塗り」のようなイメージではなく絵画のように美しいもの、他の科学のように「修正されていくもの」ではなく、「普遍的なもの」であることを述べる。
数学はいくつものパズルからつくられる「島」のように考えられてきたが、それぞれの島がつながっていることが見つかってきたこと、それは「ラングランズ・プログラム」と呼ばれていること、それにより、ある分野の難問が他の分野の問題として解けることがあることを紹介。
整数がどのように誕生したかという例として、「個数の数え上げ」と「物体へのひもの巻き付け」の2つの例をとり、数学を考えるとき異なるアプローチで考えることによって本質が見えてくること。
そしてこの回のメインが「幾何学の対称性」だ。数学の島がつながっていることの鍵のひとつが「対称性」で、ペットボトルの回転対称性、蝶の形の対称性、ミカンの置き換えを例示。対称性変換は現実世界では「操作」としてあらわれ、操作は合成することができる。その対称性や操作を数学的に表したものが「群」である。
第2回:数学の世界に隠された美しさ~数論の対称性~
2015年11月20日(金)午後11時放送 Eテレ
第2回のテーマは「数論の対称性」。まずa+b√2型の「新しい数の体系(数体)」が加減乗除で閉じていること、a-√2と蝶の形のように対称的であることを紹介し、それを2次方程式の解と結びついていることを解説。これはガロア群という数学であらわされる。方程式の解から作られる数体の対称性によって形成される群である。
ガロアがラジカル(累乗根)を使って方程式の解の公式を見つける方法を見つけた。その後、2次方程式から4次方程式の解の公式を求めるまでの数学物語を紹介。しかし5次以上の方程式に解の公式が存在しないことをガロアは問題を読みかえて「解の対称性とは何か?」という視点からガロア群を使って証明した。ガロア群は解の入れ替えの対称性についての群である。5個以上の解の入れ替えの群(対称群)の構造を調べればよい、つまり可解性を調べる。可解のときは可換群から構成され
このように数論の対称性にも「群」があらわれる。ガロア理論のことだ。
第3回:"フェルマーの最終定理"への道~調和解析の対称性~
2015年11月27日(金)午後11時放送 Eテレ
第3回のテーマは「数論の対称性」。ラングランズがヴェイユに宛てた手紙を紹介し、それが数学者を何世代に渡って魅了するラングランズ・プログラムの起源であることを述べる。その特殊な例が「フェルマーの最終定理」だ。350年以上証明できなかったこの数論の定理は全く異なる調和解析の「志村・谷山・ヴェイユ予想」が1995年にワイルズとテイラーによって証明されることによって解決されたのだ。
次に素数を法とする条件のもとに3次方程式の解の個数を求める例を紹介する。するとその個数は調和解析から得られる数式を展開して得られる多項式の素数冪の項の係数の数列に一致することがわかる。
拡大
素数や係数は無限の個数あり、そのすべてが一致しているのだからこれは偶然ではない。これが志村・谷山・ヴェイユ予想が私たちに教えてくれることなのだ。しかしそれらの数がなぜ一致しているのかはわかっていない。
この問題には調和解析の対称性があらわれている。素数を法とする(モジュロ)数論の方程式を調和解析のモジュラー形式の関数として解けるということである。モジュラー形式の関数は三角関数のように単位円上で定義される周期的な特徴をもつ対称的な関数である。
志村・谷山・ヴェイユ予想: あらゆる3次方程式の解を数える数論の問題に対し、その答えを導く調和解析のモジュラー形式が存在する。
第4回:数学と物理学 驚異のつながり
2015年12月4日(金)午後11時放送 Eテレ
数学と量子物理学にもミステリアスなつながりがあることを紹介したのが第4回。フレンケル教授にとっての量子物理学とは素粒子物理学であり、スーパーストリング理論(超弦理論)である。
博士はまずLHCでの実験を紹介しながら素粒子物理学の発展史を説明する。1960年代に非常にたくさん検出された素粒子が実はより基本的なクォークから構成されていることを解説。その理論は1984年にゲルマンが発表し、SU(3)という群であらわされることがわかった。しかしSU(3)自体はそれ以前に数学の中から見つけられたものである。そして素粒子の標準理論を構成する電磁気力はU(1)、弱い力はSU(2)、強い力はSU(3)という群であらわされることがわかった。
次に博士が紹介したのは物理法則の「双対性」の概念だ。電磁気学の理論は電場と磁場を入れ替えても変化しない双対性という性質をもつ。そして弱い力と強い力には一般的にゲージ理論としてあらわせれるが、物理学の中には双対性理論は存在しない。しかし、双対理論は数学の中に見つかった。それがラングランズ双対群である。ラングランズ双対群を説明するのはとても時間がかかるので省略した。しかしそれを直観的にあらわす例として「コップを2回転するマジック」を紹介し、SO(3)とSU(2)が互いに双対群の関係にあることを示した。
その後、超弦理論の第一人者であるウィッテン博士との共同研究により物理学の理論は数学の中のラングランズ双対群を用いた理論と対になっていることを示す論文を2004年発表した。
ここまでの段階で数論と幾何学の対応についての解説はまだされていなかった。この番組で紹介した数論の3次方程式は幾何学の世界では2次元トーラス(ドーナツの表面)に対応しているのだという。これが示されたことで数学の中の3つの世界、そして物理学との間のつながりがすべて示されたことになる。
感想:
一般視聴者向けの数学番組としては大成功だった。第1回を見た直後は少し不満に思ったのだ。「群」についての解説が省略されていたし、対称性の例として挙げたペットボトルの回転、ミカンの置き換えなどが単純過ぎて一般視聴者にはその深い意味が理解できないのではないだろうかと思ったからだ。僕にとって「群」が果たしている役割は教科書で学んでようやく理解できたからだ。
けれども回を重ねるにつれ深みが増していった。そして不満に思った第1回の内容も意味深いものへ変化していった。個々の数学理論は理解できなくてもそのつながりや役割を知ることは数学を深く学んでいなくても可能だ。フレンケル教授は各回50分という制限を最大限活かしていたと思う。
一般視聴者向けとはいえ高校1年までで学ぶ数式は使われていた。第1回ではnの階乗、第2回は2乗根や3乗根を含んだ計算、第3回では素数を法とした方程式や多項式への展開計算などが説明に使われている。このあたりの計算すら忘れてしまった視聴者は番組をどのようにご覧になっていたのだろうか。
ツイッター上では「内容はわからなかったけど面白かった。」という感想がとても多かった。その意味ではフレンケル教授は数学の魅力を伝えることに成功したのだと思う。
数論の美しさを讃えて「数論は数学の女王である」という言い方がされる。もし数学のそれぞれの島が地続きなのだとしたら女王は孤独ではなく数学世界の全体と関わっているのだ。
いま僕は「圏論の歩き方」という数学書、圏論の入門書を読んでいるところだ。圏も数学の各分野に共通する一般化された数学概念であり、その概念は物理学やコンピュータ科学にも及んでいる。これはラングランズ・プログラムとはまた違う枠組みのようだが、無関係ではないことが著書やウィキペディアの「数学における統一理論」という項目を読むとわかる。
また「複素幾何学」の世界は幾何学、代数学、解析学が混然一体となった桃源郷のようだともいわれている。現代数学にはとてつもない世界が広がっている。いつかその世界を少しでも垣間見れたらどんな気持がするのだろう。
第4回の放送でようやくラングランズ・プログラムの鍵となる「ラングランズ双対群」が紹介され、物理学を含めて4つの世界のつながり方の説明が完結した。対称性は直観的に理解しやすい概念だが、双対性の概念についてもボルシチのレシピの例をあげるなど、一般視聴者にもイメージできるように説明されていたのがよかったと思う。
最終回まで見てみると、今回の番組は僕の期待をはるかに超えた中身のあるものだったと思う。今後の数学や物理学の発展も楽しみだが、このような科学教養番組もこれからどのようなものが作られていくのかについても楽しみだ。
今回の番組で取り上げられたのは「対称性」と「双対性」であり、ともに群論であらわされる性質だ。著書では番組で取り上げられていたことをより深く知ることができ、数学の統一という大目標が夢物語ではないことを実感できるだろう。放送を見逃した方にもこの本はありがたい。
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