「数学の大統一に挑む:エドワード・フレンケル」(Kindle版)
内容紹介:
憧れのモスクワ大学の力学数学部の試験に全問正解したにもかかわらず父親がユダヤ人であるために不合格。それでも少年は諦めず、数学を学び続けた。「ブレイド群」「リーマン面」「ガロア群」「カッツ・ムーディー代数」「層」「圏」…、まったく違ってみえる様々な数学の領域。しかし、そこには不思議なつながりがあった。やがて少年は数学者として、異なる数学の領域に架け橋をかける「ラングランズ・プログラム」に参加。それを量子物理学にまで拡張することに挑戦する。ソ連に生まれた数学者の自伝がそのまま、数学の壮大なプロジェクトを叙述する。
1996年6月刊行、176ページ。
著者について:
エドワード・フレンケル
1968年旧ソ連のコロムナという都市で生まれる。両親の友人の数学者の手ほどきをうけ、幼い頃から数学オリンピックで金メダルをとるなど才能を発揮したが、父親がユダヤ人であるためモスクワ大学の入学を試験で高得点をあげたにもかかわらず面接で落とされる。石油経済研究所で応用数学を学び、ここで、フランスの数学者ラングランスが始めた数学と数学の間の架け橋をかける「ラングランス・プログラム」に興味を持ち、その第一人者となる。現在、カリフォルニア大学バークレー校の数学の教授である。2015年7月刊行、496ページ。
ウィキペディア(英語): https://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Frenkel
ホームページ: http://www.edwardfrenkel.com/
Twitter: @edfrenkel
翻訳者について:
青木薫
1956年、山形県生まれ。翻訳家、理学博士。京都大学理学部卒業、同大学院修了。数学の普及への貢献により2007年度日本数学会出版賞を受賞。
理数系書籍のレビュー記事は本書で286冊目。
先日告知させていただいた「NHK数学ミステリー白熱教室(エドワード・フレンケル教授)」の放送開始に間に合った。昨夜本書を読み終えることができた。
本書の紹介と感想は翻訳を担当された青木薫さんが「訳者あとがき」としてお書きになった文章をネット上に公開されていて、紹介文として僕が書きたかったことはほぼ尽くされている。だから僕は自分の感想文として書いておくことにしよう。
「フェルマーの最終定理」は、序章にすぎない(青木薫が「数学の大統一に挑む」を読む)
http://toyokeizai.net/articles/-/75853
青木さんがお書きになっているように、本書は著者のフレンケル博士の半生の自伝で、時系列に沿って博士が取り組んできた現代数学の世界、そして量子物理学と現代数学の不思議な結びつきの探求を一般読者向けに熱く語った本である。
一般向けの科学教養書をたくさん読んでいる僕にとっては、僭越ながら本書が「粗削り」で「ムラがある」ように思えた。でもそれは否定的な意味合いではなく、一般の読者にもわかってほしいというフレンケル博士の強い熱意ゆえのことだとすぐ気が付いた。
そもそも本書の用語集に並べられている次のように高度な数学の概念を一般読者がこの1冊で理解できるはずがない。
アーベル群(可換群)、SO(3):三次元特殊直交群、U(1):円周群、カッツ-ムーディー代数、ガロア群、基本群、球面、群、ゲージ群、ゲージ理論、圏、志村-谷山-ヴェイユ予想、数体、層、双対性、素数、対称変換、多様体、超対称性、調和解析、場の量子論、非アーベル群(非可換群)、ヒッチン・モジュライ空間、群の表現、ファイブレーション、フェルマーの最終定理、ベクトル空間、保型関数、保型層、モジュラー形式、有限体、有限体上の曲線、ラングランズ双対群、ラングランズ対応、リー群、リー代数
本書の前のほうで博士は「理解してもらえるように精一杯の努力をする」のようなことをお書きになっているが、後半になると「父親から『詰め込み過ぎだ』と言われた。」とか、「全部を理解してもらえなくてもいい。」のように、少しだけ白旗を挙げている。でもその言葉の中に「理解してもらえるように精一杯頑張った。」という気持がくみ取れ、好感が持てたのだ。
白旗を挙げてはいるものの、ある程度イメージがつかめるように解説することには成功している。博士がお書きになっているように、個別の概念の理解はできなくても、全体像の中でそれぞれの概念がどのように結びついているかを知ってほしいということなのだ。
一応、僕は場の量子論(ゲージ理論)あたりまでは専門書で理解しているし、数学についてもリー群、リー代数、基本群、リーマン面、ガロア群あたりも学び終えている。しかし僕のようなレベルの読者でも、本書で紹介される理論を理解するのは無理で、この意味では一般読者とたいして変わりはない。
旧ソ連を離れるまでの自伝についても興味深く読めた。博士が人種差別を受けていた時代が僕の大学時代に重なっていたからだ。ペレルマンは若い頃から頭角をあらわし、順調に学者としての階段を上っていたことを知っていたし、ロシアはソ連の時代から数学にしても物理学にしても優れた学者を輩出している国だということも知っていたから。学問の世界で人種差別がごく近年までまかりとおっていたことに驚かされた。なんという国なんだろう。。。恵まれた学習環境にいたにもかかわらず、大学時代に落ちこぼれてしまったわが身を反省することになったわけである。
僕の世代はゴルバチョフ元大統領のペレストロイカを鮮烈に記憶している。あのとき博士はすでにアメリカにいらっしゃったのかとか、ソ連からロシアに変わったあの激変の時代に何をお感じになっていたのかを読むことで、僕が見聞きしたのとはまた別の視点で当時のロシアを知ることができたのがよかった。
そして本書の章立てはこのとおり。
はじめに 隠されたつながりを探して
第1章:人はいかにして数学者になるのか?
第2章:その数学がクォークを発見した
第3章:五番目の問題
第4章:寒さと逆境に立ち向かう研究所
第5章:ブレイド群
第6章:独裁者の流儀
第7章:大統一理論
第8章:「フェルマーの最終定理」
第9章:ロゼッタストーン
第10章:次元の影
第11章:日本の数学者の論文から着想を得る
第12章:泌尿器科の診断と数学の関係
第13章:ハーバードからの招聘
第14章:「層」という考え方
第15章:ひとつの架け橋をかける
第16章:量子物理学の双対性
第17章:物理学者は数学者の地平を再発見する
第18章:愛の数式を探して
エピローグ われわれの旅に終わりはない
謝辞
用語集
巻末注
訳者あとがき
最初のほうは旧ソ連で苦労しつつも、将来の研究に結びつく数学概念との出会いや量子物理学への目覚め、ラングランズ・プログラムなど博士にとってライフワークともなる要素が既に培われたということがわかる。博士が書いている量子物理学とは量子力学だけでなく、場の量子論だったり、素粒子物理学、超弦理論までも含んでいる。
そしてハーバード大学に招聘されてからの話が華々しいのだ。それまで制限を受けていた境遇からいっぺんに解放され、初めて経験する資本主義社会への新鮮な驚き、次々と訪れる数学者や理論との出会い。数学者としての成長は加速する一方だ。
当初数論と調和解析の結びつきとして発見されたラングランズ・プログラムは、その結びつきを拡張していく。そして数学の世界だけにとどまらず、量子物理学との結びつきもあることが発見されつつあったのだ。第16章あたりから詳しく紹介されるのは超弦理論研究の第一人者であるウィッテン博士との共同研究について。そう、フレンケル博士は物理学の分野でも最先端の研究を推し進めているわけである。数学と物理学の間の架け橋を理解するためのキーワードは「双対性」だ。ウィッテン博士の最近の研究内容を知ることができるのも、物理学徒のひとりとしてうれしかった。
フレンケル博士は日本にも10回ほどいらっしゃっていて博士は日本びいきである。三島由紀夫の映画を見たり、本を読んでいらっしゃるあたりは相当マニアックである。旧ソ連でお生まれになったとはいえ、ひとたび水を得ると興味の対象は数学や物理学だけでは飽き足らないのかもしれない。
前述させていただいたように、本書だけで数学や物理学の高度な概念を理解することは不可能である。でも「少しでもいいから一般書のレベルで理解してみたい」と思われる方に、何冊か紹介しておこう。
数論については「数学の言葉で世界を見たら: 大栗博司」あるいは「素数夜曲―女王陛下のLISP:吉田武」をお勧めする。
フェルマーの定理については「フェルマーの最終定理 (新潮文庫)」か「数学ガール/フェルマーの最終定理:結城浩」がよいだろう。
群論、ガロア群については「数学ガール/ガロア理論:結城浩」がよいだろう。でもちょっと難しいかもしれないけれど。数式をまったく無しで群論を説明するのは無理である。緻密な証明をお望みの方には「ガロア理論の頂を踏む: 石井俊全」がいちばんである。
リー群、ゲージ理論、素粒子の標準理論については「強い力と弱い力:大栗博司」、そして分厚くても構わないのなら「「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム」をお勧めする。
超弦理論については「大栗先生の超弦理論入門:大栗博司」、分厚い本でどっぷり学んでみたい方は「エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」がよい。
超弦理論のトポロジーに興味がある方は「見えざる宇宙のかたち:シン=トゥン・ヤウ、スティーヴ・ネイディス」がお勧めである。
その他の高度な数学、物理学の概念については。。。残念ながら一般の方がお読みになれる本は存在しない。本書の説明やこれから始まる「NHK数学ミステリー白熱教室(エドワード・フレンケル教授)」を頼みにしていただいたい。
本書を原書でお読みになりたい方はこちらからどうぞ。
「Love and Math: The Heart of Hidden Reality: Edward Frenkel」(Kindle版)
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「数学の大統一に挑む:エドワード・フレンケル」(Kindle版)
はじめに 隠されたつながりを探して
数学の世界で過去半世紀のあいだに生まれたもっとも重要なアイデアが、ラングランズ・プログラムだ。大きくかけ離れて見える数学の各領域のあいだに、さらには量子物理学の世界にまで、胸躍る魅力的なつながりがあるという刺激的な予想だ。
第1章:人はいかにして数学者になるのか?
旧ソ連のロシアに生まれたわたしは、量子物理学者になりたかった。クォークを発見した物理学者のゲルマン。でも、ゲルマンはなぜ、それを発見できたのだろう。「そこにはきみの知らない数学がある」。両親の古い友人の数学者が言ったのだ。
第2章:その数学がクォークを発見した
その両親の友人の数学者は、クォークの発見に、対称性とは何かを記述する「群」という数学が関係していることをわたしに教えた。観察ではなく、理論によって何かの存在を予想する。それは数学にしかできない。
第3章:五番目の問題
ソ連のパスポートには五番目の欄にナショナリティーを記すことになっていた。わたしはロシア人として登録されていたが、父がユダヤ人であった。このことが、モスクワ大学の受験に問題となる。
第4章:寒さと逆境に立ち向かう研究所
モスクワ大学の試験官が問わず語りに口にした「石油ガス研究所」。わたしたち一家は、そこに一縷の望みをかける。そこは旧ソ連でユダヤ人が、応用数学を学べる研究所だった。全体の反ユダヤ政策のニッチをつき、優秀な学生を集めていたのだ。
第5章:ブレイド群
アドバイザーを得られずに失望していたわたしに、学校でもっとも尊敬される教授が声をかけてきた。「数学の問題を解いてみたいと思わないかね」。それが、「ブレイド群」と呼ばれる数学に取り組んでいるフックスとの出会いだった。
第6章:独裁者の流儀
フックスの与えた問題を、わたしは別の数学を使うことで解いた。フックスは、その証明をあるユダヤ人数学者が主宰する専門誌に投稿することを勧める。その数学者こそ、さまざまな数学間の架け橋をかけようとしたパイオニアだった。
第7章:大統一理論
それぞれの数学を「島」だと考えてみよう。大部分の数学者はその島を拡張する仕事に取り組んできた。しかし、あるとき、「島」と「島」をつなげることを考えた数学者が現れた。悲劇の数学者ガロアが死の前日に残したメモにその革新的な考えはあった。
第8章:「フェルマーの最終定理」
ラングランズ・プログラムがどういうものかを知るには、「フェルマーの最終定理」がどうやって証明されたかを知るといい。三百五十年間にわたって数学者を悩ませた難問は、まったく別の予想を証明することで解けたのだ。
第9章:ロゼッタストーン
数論と調和解析のあいだだけではない。幾何学や量子物理学にいたるまでまったく違うと思われていた体系に密接な関係があるらしいことがわかってきた。そのことの意味は、ある領域でわからない事柄も他の領域を使って解くことができるということだ。
第10章:次元の影
写真は実は時間という次元を加えた四次元の世界を二次元におとしこんでいる影と考えることができる。数学は四次元異常の高次元を、三次元、二次元の世界におとしこみ記述することで、より複雑な世界を理解する唯一のツールなのだ。
第11章:日本の数学者の論文から着想を得る
日本の数学者脇本の論文から得た着想を一般化することはできるのか?一度は失敗したその試みを、生涯の共同研究者となるひとりの数学者との出会いが突破させる。その仕事は、量子物理学の複雑な問題を解く強力なツールを提供することに。
第12章:泌尿器科の診断と数学の関係
フックスやフェイギンと純粋数学の教会を拡張する仕事に挑む一方、わたしの所属するケロシンカの応用数学部では、泌尿器科の医者たちとの共同研究をしていた。医者は、数学者の思考方法を求めていた。それは診断にも応用できるものなのだ。
第13章:ハーバードからの招聘
ゴルバチョフの登場とともに、これまで固く閉ざされていた西側への扉が開きはじめた。そんなとき、わたしはハーバードから客員教授として招聘をうけ、生まれて初めてソ連の外に出た。ボストンには数学の才能が集まり、心ときめく熱い時間があった。
第14章:「層」という考え方
新しい仲間、ドリンフェルドもまたソ連の反ユダヤ主義の犠牲者だった。後にフィールズ賞を受賞する彼は、モスクワに仕事を得ることすらできなかった。しかし、孤独の中で彼が発展させたのは、リーマン面を大統一に組み入れる「層」という考えだった。
第15章:ひとつの架け橋をかける
博士論文は、リー群Gとラングランズ双対群LGという異なる大陸に橋をかけることに関する仕事だった。それはわたしがモスクワで取り組んでいたカッツ-ムーディー代数を利用することによって可能になるのだった。ソ連の崩壊が目前に迫っていた。
第16章:量子物理学の双対性
純粋数学史上初めての巨額の研究資金が下りた。わたしはプリンストン高等研究所で、数学と量子物理学のつながりを探るためのプロジェクトを始めることにした。それは、数学が現実の世界を先取りしていることを確認する過程でもあった。
第17章:物理学者は数学者の地平を再発見する
最大の挑戦は、ラングランズ・プログラムに四つ目のコラムを打ち立てることだ。すなわち量子物理学との関係を調べることである。多次元の問題を二次元、三次元におとしこみ、その試みが始まる。物理学者は数学者の発見した空間を再発見する。
第18章:愛の数式を探して
2008年、わたしはある映画監督とともに、数学に関する映画を作り始める。三島由紀夫の『憂国』に影響をうけた映画のワンシーン。女性の体に彫った刺青は、「愛の数式」だ。それは、量子論の矛盾を解く可能性のある数式でもあった。
エピローグ われわれの旅に終わりはない
謝辞
用語集
巻末注
訳者あとがき
内容紹介:
憧れのモスクワ大学の力学数学部の試験に全問正解したにもかかわらず父親がユダヤ人であるために不合格。それでも少年は諦めず、数学を学び続けた。「ブレイド群」「リーマン面」「ガロア群」「カッツ・ムーディー代数」「層」「圏」…、まったく違ってみえる様々な数学の領域。しかし、そこには不思議なつながりがあった。やがて少年は数学者として、異なる数学の領域に架け橋をかける「ラングランズ・プログラム」に参加。それを量子物理学にまで拡張することに挑戦する。ソ連に生まれた数学者の自伝がそのまま、数学の壮大なプロジェクトを叙述する。
1996年6月刊行、176ページ。
著者について:
エドワード・フレンケル
1968年旧ソ連のコロムナという都市で生まれる。両親の友人の数学者の手ほどきをうけ、幼い頃から数学オリンピックで金メダルをとるなど才能を発揮したが、父親がユダヤ人であるためモスクワ大学の入学を試験で高得点をあげたにもかかわらず面接で落とされる。石油経済研究所で応用数学を学び、ここで、フランスの数学者ラングランスが始めた数学と数学の間の架け橋をかける「ラングランス・プログラム」に興味を持ち、その第一人者となる。現在、カリフォルニア大学バークレー校の数学の教授である。2015年7月刊行、496ページ。
ウィキペディア(英語): https://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Frenkel
ホームページ: http://www.edwardfrenkel.com/
Twitter: @edfrenkel
翻訳者について:
青木薫
1956年、山形県生まれ。翻訳家、理学博士。京都大学理学部卒業、同大学院修了。数学の普及への貢献により2007年度日本数学会出版賞を受賞。
理数系書籍のレビュー記事は本書で286冊目。
先日告知させていただいた「NHK数学ミステリー白熱教室(エドワード・フレンケル教授)」の放送開始に間に合った。昨夜本書を読み終えることができた。
本書の紹介と感想は翻訳を担当された青木薫さんが「訳者あとがき」としてお書きになった文章をネット上に公開されていて、紹介文として僕が書きたかったことはほぼ尽くされている。だから僕は自分の感想文として書いておくことにしよう。
「フェルマーの最終定理」は、序章にすぎない(青木薫が「数学の大統一に挑む」を読む)
http://toyokeizai.net/articles/-/75853
青木さんがお書きになっているように、本書は著者のフレンケル博士の半生の自伝で、時系列に沿って博士が取り組んできた現代数学の世界、そして量子物理学と現代数学の不思議な結びつきの探求を一般読者向けに熱く語った本である。
一般向けの科学教養書をたくさん読んでいる僕にとっては、僭越ながら本書が「粗削り」で「ムラがある」ように思えた。でもそれは否定的な意味合いではなく、一般の読者にもわかってほしいというフレンケル博士の強い熱意ゆえのことだとすぐ気が付いた。
そもそも本書の用語集に並べられている次のように高度な数学の概念を一般読者がこの1冊で理解できるはずがない。
アーベル群(可換群)、SO(3):三次元特殊直交群、U(1):円周群、カッツ-ムーディー代数、ガロア群、基本群、球面、群、ゲージ群、ゲージ理論、圏、志村-谷山-ヴェイユ予想、数体、層、双対性、素数、対称変換、多様体、超対称性、調和解析、場の量子論、非アーベル群(非可換群)、ヒッチン・モジュライ空間、群の表現、ファイブレーション、フェルマーの最終定理、ベクトル空間、保型関数、保型層、モジュラー形式、有限体、有限体上の曲線、ラングランズ双対群、ラングランズ対応、リー群、リー代数
本書の前のほうで博士は「理解してもらえるように精一杯の努力をする」のようなことをお書きになっているが、後半になると「父親から『詰め込み過ぎだ』と言われた。」とか、「全部を理解してもらえなくてもいい。」のように、少しだけ白旗を挙げている。でもその言葉の中に「理解してもらえるように精一杯頑張った。」という気持がくみ取れ、好感が持てたのだ。
白旗を挙げてはいるものの、ある程度イメージがつかめるように解説することには成功している。博士がお書きになっているように、個別の概念の理解はできなくても、全体像の中でそれぞれの概念がどのように結びついているかを知ってほしいということなのだ。
一応、僕は場の量子論(ゲージ理論)あたりまでは専門書で理解しているし、数学についてもリー群、リー代数、基本群、リーマン面、ガロア群あたりも学び終えている。しかし僕のようなレベルの読者でも、本書で紹介される理論を理解するのは無理で、この意味では一般読者とたいして変わりはない。
旧ソ連を離れるまでの自伝についても興味深く読めた。博士が人種差別を受けていた時代が僕の大学時代に重なっていたからだ。ペレルマンは若い頃から頭角をあらわし、順調に学者としての階段を上っていたことを知っていたし、ロシアはソ連の時代から数学にしても物理学にしても優れた学者を輩出している国だということも知っていたから。学問の世界で人種差別がごく近年までまかりとおっていたことに驚かされた。なんという国なんだろう。。。恵まれた学習環境にいたにもかかわらず、大学時代に落ちこぼれてしまったわが身を反省することになったわけである。
僕の世代はゴルバチョフ元大統領のペレストロイカを鮮烈に記憶している。あのとき博士はすでにアメリカにいらっしゃったのかとか、ソ連からロシアに変わったあの激変の時代に何をお感じになっていたのかを読むことで、僕が見聞きしたのとはまた別の視点で当時のロシアを知ることができたのがよかった。
そして本書の章立てはこのとおり。
はじめに 隠されたつながりを探して
第1章:人はいかにして数学者になるのか?
第2章:その数学がクォークを発見した
第3章:五番目の問題
第4章:寒さと逆境に立ち向かう研究所
第5章:ブレイド群
第6章:独裁者の流儀
第7章:大統一理論
第8章:「フェルマーの最終定理」
第9章:ロゼッタストーン
第10章:次元の影
第11章:日本の数学者の論文から着想を得る
第12章:泌尿器科の診断と数学の関係
第13章:ハーバードからの招聘
第14章:「層」という考え方
第15章:ひとつの架け橋をかける
第16章:量子物理学の双対性
第17章:物理学者は数学者の地平を再発見する
第18章:愛の数式を探して
エピローグ われわれの旅に終わりはない
謝辞
用語集
巻末注
訳者あとがき
最初のほうは旧ソ連で苦労しつつも、将来の研究に結びつく数学概念との出会いや量子物理学への目覚め、ラングランズ・プログラムなど博士にとってライフワークともなる要素が既に培われたということがわかる。博士が書いている量子物理学とは量子力学だけでなく、場の量子論だったり、素粒子物理学、超弦理論までも含んでいる。
そしてハーバード大学に招聘されてからの話が華々しいのだ。それまで制限を受けていた境遇からいっぺんに解放され、初めて経験する資本主義社会への新鮮な驚き、次々と訪れる数学者や理論との出会い。数学者としての成長は加速する一方だ。
当初数論と調和解析の結びつきとして発見されたラングランズ・プログラムは、その結びつきを拡張していく。そして数学の世界だけにとどまらず、量子物理学との結びつきもあることが発見されつつあったのだ。第16章あたりから詳しく紹介されるのは超弦理論研究の第一人者であるウィッテン博士との共同研究について。そう、フレンケル博士は物理学の分野でも最先端の研究を推し進めているわけである。数学と物理学の間の架け橋を理解するためのキーワードは「双対性」だ。ウィッテン博士の最近の研究内容を知ることができるのも、物理学徒のひとりとしてうれしかった。
フレンケル博士は日本にも10回ほどいらっしゃっていて博士は日本びいきである。三島由紀夫の映画を見たり、本を読んでいらっしゃるあたりは相当マニアックである。旧ソ連でお生まれになったとはいえ、ひとたび水を得ると興味の対象は数学や物理学だけでは飽き足らないのかもしれない。
前述させていただいたように、本書だけで数学や物理学の高度な概念を理解することは不可能である。でも「少しでもいいから一般書のレベルで理解してみたい」と思われる方に、何冊か紹介しておこう。
数論については「数学の言葉で世界を見たら: 大栗博司」あるいは「素数夜曲―女王陛下のLISP:吉田武」をお勧めする。
フェルマーの定理については「フェルマーの最終定理 (新潮文庫)」か「数学ガール/フェルマーの最終定理:結城浩」がよいだろう。
群論、ガロア群については「数学ガール/ガロア理論:結城浩」がよいだろう。でもちょっと難しいかもしれないけれど。数式をまったく無しで群論を説明するのは無理である。緻密な証明をお望みの方には「ガロア理論の頂を踏む: 石井俊全」がいちばんである。
リー群、ゲージ理論、素粒子の標準理論については「強い力と弱い力:大栗博司」、そして分厚くても構わないのなら「「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム」をお勧めする。
超弦理論については「大栗先生の超弦理論入門:大栗博司」、分厚い本でどっぷり学んでみたい方は「エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」がよい。
超弦理論のトポロジーに興味がある方は「見えざる宇宙のかたち:シン=トゥン・ヤウ、スティーヴ・ネイディス」がお勧めである。
その他の高度な数学、物理学の概念については。。。残念ながら一般の方がお読みになれる本は存在しない。本書の説明やこれから始まる「NHK数学ミステリー白熱教室(エドワード・フレンケル教授)」を頼みにしていただいたい。
本書を原書でお読みになりたい方はこちらからどうぞ。
「Love and Math: The Heart of Hidden Reality: Edward Frenkel」(Kindle版)
応援クリックをお願いします!
「数学の大統一に挑む:エドワード・フレンケル」(Kindle版)
はじめに 隠されたつながりを探して
数学の世界で過去半世紀のあいだに生まれたもっとも重要なアイデアが、ラングランズ・プログラムだ。大きくかけ離れて見える数学の各領域のあいだに、さらには量子物理学の世界にまで、胸躍る魅力的なつながりがあるという刺激的な予想だ。
第1章:人はいかにして数学者になるのか?
旧ソ連のロシアに生まれたわたしは、量子物理学者になりたかった。クォークを発見した物理学者のゲルマン。でも、ゲルマンはなぜ、それを発見できたのだろう。「そこにはきみの知らない数学がある」。両親の古い友人の数学者が言ったのだ。
第2章:その数学がクォークを発見した
その両親の友人の数学者は、クォークの発見に、対称性とは何かを記述する「群」という数学が関係していることをわたしに教えた。観察ではなく、理論によって何かの存在を予想する。それは数学にしかできない。
第3章:五番目の問題
ソ連のパスポートには五番目の欄にナショナリティーを記すことになっていた。わたしはロシア人として登録されていたが、父がユダヤ人であった。このことが、モスクワ大学の受験に問題となる。
第4章:寒さと逆境に立ち向かう研究所
モスクワ大学の試験官が問わず語りに口にした「石油ガス研究所」。わたしたち一家は、そこに一縷の望みをかける。そこは旧ソ連でユダヤ人が、応用数学を学べる研究所だった。全体の反ユダヤ政策のニッチをつき、優秀な学生を集めていたのだ。
第5章:ブレイド群
アドバイザーを得られずに失望していたわたしに、学校でもっとも尊敬される教授が声をかけてきた。「数学の問題を解いてみたいと思わないかね」。それが、「ブレイド群」と呼ばれる数学に取り組んでいるフックスとの出会いだった。
第6章:独裁者の流儀
フックスの与えた問題を、わたしは別の数学を使うことで解いた。フックスは、その証明をあるユダヤ人数学者が主宰する専門誌に投稿することを勧める。その数学者こそ、さまざまな数学間の架け橋をかけようとしたパイオニアだった。
第7章:大統一理論
それぞれの数学を「島」だと考えてみよう。大部分の数学者はその島を拡張する仕事に取り組んできた。しかし、あるとき、「島」と「島」をつなげることを考えた数学者が現れた。悲劇の数学者ガロアが死の前日に残したメモにその革新的な考えはあった。
第8章:「フェルマーの最終定理」
ラングランズ・プログラムがどういうものかを知るには、「フェルマーの最終定理」がどうやって証明されたかを知るといい。三百五十年間にわたって数学者を悩ませた難問は、まったく別の予想を証明することで解けたのだ。
第9章:ロゼッタストーン
数論と調和解析のあいだだけではない。幾何学や量子物理学にいたるまでまったく違うと思われていた体系に密接な関係があるらしいことがわかってきた。そのことの意味は、ある領域でわからない事柄も他の領域を使って解くことができるということだ。
第10章:次元の影
写真は実は時間という次元を加えた四次元の世界を二次元におとしこんでいる影と考えることができる。数学は四次元異常の高次元を、三次元、二次元の世界におとしこみ記述することで、より複雑な世界を理解する唯一のツールなのだ。
第11章:日本の数学者の論文から着想を得る
日本の数学者脇本の論文から得た着想を一般化することはできるのか?一度は失敗したその試みを、生涯の共同研究者となるひとりの数学者との出会いが突破させる。その仕事は、量子物理学の複雑な問題を解く強力なツールを提供することに。
第12章:泌尿器科の診断と数学の関係
フックスやフェイギンと純粋数学の教会を拡張する仕事に挑む一方、わたしの所属するケロシンカの応用数学部では、泌尿器科の医者たちとの共同研究をしていた。医者は、数学者の思考方法を求めていた。それは診断にも応用できるものなのだ。
第13章:ハーバードからの招聘
ゴルバチョフの登場とともに、これまで固く閉ざされていた西側への扉が開きはじめた。そんなとき、わたしはハーバードから客員教授として招聘をうけ、生まれて初めてソ連の外に出た。ボストンには数学の才能が集まり、心ときめく熱い時間があった。
第14章:「層」という考え方
新しい仲間、ドリンフェルドもまたソ連の反ユダヤ主義の犠牲者だった。後にフィールズ賞を受賞する彼は、モスクワに仕事を得ることすらできなかった。しかし、孤独の中で彼が発展させたのは、リーマン面を大統一に組み入れる「層」という考えだった。
第15章:ひとつの架け橋をかける
博士論文は、リー群Gとラングランズ双対群LGという異なる大陸に橋をかけることに関する仕事だった。それはわたしがモスクワで取り組んでいたカッツ-ムーディー代数を利用することによって可能になるのだった。ソ連の崩壊が目前に迫っていた。
第16章:量子物理学の双対性
純粋数学史上初めての巨額の研究資金が下りた。わたしはプリンストン高等研究所で、数学と量子物理学のつながりを探るためのプロジェクトを始めることにした。それは、数学が現実の世界を先取りしていることを確認する過程でもあった。
第17章:物理学者は数学者の地平を再発見する
最大の挑戦は、ラングランズ・プログラムに四つ目のコラムを打ち立てることだ。すなわち量子物理学との関係を調べることである。多次元の問題を二次元、三次元におとしこみ、その試みが始まる。物理学者は数学者の発見した空間を再発見する。
第18章:愛の数式を探して
2008年、わたしはある映画監督とともに、数学に関する映画を作り始める。三島由紀夫の『憂国』に影響をうけた映画のワンシーン。女性の体に彫った刺青は、「愛の数式」だ。それは、量子論の矛盾を解く可能性のある数式でもあった。
エピローグ われわれの旅に終わりはない
謝辞
用語集
巻末注
訳者あとがき