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二重螺旋 完全版: ジェームズ・D. ワトソン

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二重螺旋 完全版: ジェームズ・D. ワトソン

内容紹介:
生命とは何か。究極の問いに肉薄した男が赤裸々に語る、世界を震撼させたドキュメント! 生命の本質、DNAの立体構造はどのように発見されたのか――旧版にはなかった貴重な資料写真、関係者の間で交わされた書簡、研究結果を記したノートの図版、そして「幻の章」など多数収録。ライバルたちの猛追をかわし、生物学の常識を大幅に書き換えた科学者たちの野心に迫る、ノーベル賞受賞までのリアル・ストーリー。2015年刊行、479ページ。

著者について:
ジェームズ・D.ワトソン
1928年生まれ。1962年、フランシス・クリック、モーリス・ウィルキンスとともに、「核酸の分子構造および生体における情報伝達に対するその意義の発見」に対して、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。ニューヨークのコールドスプリングハーバー研究所名誉所長。

アレクサンダー・ガン
コールドスプリングハーバー研究所のワトソン生物科学スクール学長であり、同研究所出版局のシニアエディターも務めている

ジャン・ウィトコウスキー
コールドスプリングハーバー研究所バンベリーセンターでエグゼクティブディレクターの役職にあり、ワトソン生物科学スクールでは教授も務めている

訳者について:
青木薫
1956年、山形県生まれ。翻訳家、理学博士。京都大学理学部卒業、同大学院修了。数学の普及への貢献により2007年度日本数学会出版賞を受賞。


理数系書籍のレビュー記事は本書で276冊目。

いま書いている「多次元空間へのお誘い」という連載記事は、1年くらい前からひもが絡まりやすいのはなぜか?とか、それが3次元空間だけでおきることに興味を持っていたことに端を発している。考えを進めていくうちに「それでは細胞分裂するときにDNAはなぜ絡まないのだろう?」という疑問を持つようになっていた。

DNAはご存知のように二重らせん構造をした非常に長い分子である。高校時代は生物や化学を真面目に勉強していなかったら、今でも僕の知識はせいぜいNHKの科学番組で得られる知識より少しましなくらいで、科学雑誌NewtonのDNA特集のレベルまでには至っていない。生物と化学は中学の理科並みの知識といってよい。

ブログ記事の準備のためにDNAについての本を読んでおこうと思って5月中旬に中古で購入したのが、今日紹介する「完全版」の旧版(ブルーバックス版)だったのである。旧版は講談社から2種類刊行されていて、翻訳者は江上不二夫さん、中村桂子さんのお二人である。講談社からでている2冊は以下のものだが、内容は同じだ。

二重らせん (ブルーバックス): ジェームズ・D. ワトソン
二重らせん (講談社文庫): ジェームズ・D. ワトソン

 


さて読み始めようかと思った矢先、Facebook友達の投稿を見て「完全版」が5月末に刊行されることを知った。「ああ、無駄な買い物をしてしまったかな。」とは思ったが、比べてみるのも面白いかもしれない。とりあえず「完全版」のほうを読んでみた。

僕が生まれたのは1962年10月である。ワトソン博士とクリック博士、ウィルキンス博士がDNAの二重らせん構造の発見によってこの年にノーベル賞を受賞したことは知っていたから、自分の生まれた年と重なっていたこともあり歴代のノーベル賞の中でも特に印象に残っていた。10月といえばまさに授賞が決まった月である。

とはいっても生物学音痴な僕がワトソン博士について知っていたことはそれだけで、いろいろお騒がせな人物であったことは、今回初めて知った。博士の人生で何がお騒がせだったかというと次のようなことがあげられる。

- 駆け出し研究者だった頃、学会などに短パンやラフな髪型で出席していたこと。(当時では非常識)
- DNA構造発見に結びついたX線回折写真を不正な方法で入手したこと。(この「完全版」にはそれが不正ではなかったことが書かれている。)
- 本書の初版をクリック博士をはじめ、数名の科学者の反対を押し切って刊行したこと。
- 2007年に「黒人は人種的・遺伝的に劣等である」という趣旨の発言をしてしまったこと。
- 2014年にノーベル賞メダルをオークションで売ってしまったこと。(後に落札者からワトソン博士に返却された。)

初版(旧版)は1968年に出版され、これには博士が自分の見たまま、感じたままが書かれていたのでいろいろ誤解を受けてしまった側面がある。けれども今回紹介する「完全版」は膨大な数の当時の写真や手紙、公式文書を掲載しアレクサンダー・ガン、ジャン・ウィトコウスキーという2人の編集者による調査、検証を経て2012年に刊行されものだ。記述の信ぴょう性は高い。

「細胞分裂」が発見されてから「DNAの二重らせん構造」発見までの流れは次のようなものである。本書を読む前におさえておくとよい。

1838年: マティアス・ヤコブ・シュライデンが植物について細胞分裂説を提唱。
1839年: テオドール・シュワンが動物について細胞分裂説を提唱。
1842年: 染色体の発見。
1865年: メンデルの法則(遺伝学の誕生)ただし1900年まで研究成果は認められなかった。
1871年: フリードリッヒ・ミーシャーは膿(うみ)から、リンを含む新しい化学物質を発見して、ヌクレイン(核酸)と名づけた。DNAはヌクレインの一種。
1900年: メンデルの法則は3人の学者により再発見された。
1909年: ヨハンセンの提唱によって、メンデルの仮定していた因子が、遺伝子と呼ばれるようになった。
1940年代までにDNA=遺伝子ということの証拠固めがされていった。
1953年: DNAの二重らせん構造と遺伝情報の格納と継承のしくみが解明された。
1962年: DNAの二重らせん構造発見の功績に対してノーベル賞が授賞された。

DNAの構造が二重らせんであること、そしてA、G、C、Tの頭文字であらわされる4種類の塩基の配列が、生物の設計図であることが明らかにされたのだ。塩基は原子レベルで構造がわかっているから、生物の設計図が原子レベルで解明されたことを意味している。


本書はワトソン博士が1950年に米インディアナ大学大学院で生物学のPhDを取得し、1951年に研究者としてのスタートを切ってから、1953年のDNA二重らせん構造の発見、1962年のノーベル賞受賞、1968年に本書の初版を出版するまでの詳細が、博士自身を主人公として語られたものだ。科学を専門としない一般読者向けの本だ。

研究内容や研究生活、その過程で関わりを持った科学者たちのことはもちろん、プライベートの友達付き合い、女友達、家族のことまで洗いざらい書かれている。偉大な業績を残したとはいえ、若い頃は博士もひとりの不完全な人間であり、好き勝手に自分の好きなことを研究するわけにはいかない立場だった。今でも同じことだが、科学者として給料をもらうためには具体的な成果を常に求められるからだ。

DNAの二重らせんの発見は分子生物学の領域だが、当時はまだDNAの構造はもちろん、その中の何が親から子へ受け継がれる遺伝情報をたくわえているか、生物がその特徴を情報としてどのようにたくわえているかがわかっていないかった。

だから博士の研究に影響を与える領域としては、遺伝学、化学、結晶学(X線回折による構造解析)などがあり、それらは博士の専門外の領域である。それぞれの学問領域には専門の科学者がいるわけであるし、DNAの構造に対してもそれぞれの学問から予見される仮説を持っている。ときに仮説どうしは矛盾していたりして、手探り状態が続いていたわけだ。遺伝情報はタンパク質が担っているという学説があったりもした。

結晶学がなぜ関係するのか不思議に思う方もいらっしゃるだろう。当時は現在のように電子顕微鏡で原子や分子を直接見ることができなかった時代である。タンパク質などの高分子は結晶を作り、X線を照射してその回折画像から構造を予測していたからだ。

先日読んだ「固体物理の基礎 上・1 固体電子論概論: アシュクロフト、マーミン」の中の結晶格子やX線回折による結晶構造の決定の知識が役に立った。

DNAにX線を照射するからといって二重らせん構造が健康診断のときに見せられる骨格のように見えるわけではない。次のような画像をもとにフーリエ解析という数学的処理を経て二重らせん構造が明らかになっていくのだ。





このような計算を手で行ない、分子の3次元的な配置を求めていったのかと思うと、当時の科学者がしていた計算量というのは僕には想像もつかない。1950年頃に科学者が使うことができたのは「手回し式計算機」と「計算尺」くらいだったのだから。僕としてはそのあたりに感動してしまうわけである。

二重らせん構造が発表された当初、これを懐疑的に見る科学者も多かったそうだ。本書では355ページにそのことが触れられている。DNAが複製されるときには、鎖が分離するメカニズムが示されていなかったからである。

人間の細胞はおよそ60兆個あるそうだ。1つの細胞の大きさはおよそ10μmであり、このなかに入っているDNAを1本につないで伸ばすと2メートルにもなるのだ。DNAにはおよそ32億個の塩基対があり、46本に分かれていたとしても1本の長さは43ミリメートルである。これが絡まらないできれいに2つの細胞に分かれていくのだ。どのようなしくみなのだろう?僕には神業としか思えない。

二重らせんが分離するしくみが数学のトポロジー理論を使って解決されたのは1995年頃のことだそうだ。(Sumners, AMS Notices, 1995) だから1953年の時点で、二重らせん構造の発表に疑問をもつ科学者がいたのは不思議なことではない。


ところで本書の主役のワトソン博士やクリック博士が大いに触発され、分子生物学を志すきっかけとなったのがこの本である。量子力学の創始者のひとり、シュレーディンガーが1944年に書いた本だ。

生命とは何か―物理的にみた生細胞: シュレーディンガー



「What is Life?: Erwin Schrodinger」
ハードカバー ペーパーバック Kindle版




今回紹介した「二重螺旋 完全版」の詳細やアマゾンのレビュー記事は、こちらからご覧になってほしい。翻訳のもとになった英語版も掲載しておく。

二重螺旋 完全版: ジェームズ・D. ワトソン



「The Annotated and Illustrated Double Helix: James D. Watson, Alexander Gann」
ハードカバー Kindle版




その後のことを知りたい方には次の本をお勧めしたい。DNAの二重らせん構造発見から現代のヒトゲノム計画、ゲノム解読までを解説した本である。これもワトソン博士によるものだ。

DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで: ジェームズ・D. ワトソン
DNA (下)―ゲノム解読から遺伝病、人類の進化まで: ジェームズ・D. ワトソン

 

「DNA: The Secret of Life: James D. Watson」
ハードカバー ペーパーバック Kindle版




同じ分野のお勧め本として、Facebook友達からは生物学者のリチャード・ドーキンス博士やスティーヴン・ジェイ グールド博士の本を紹介いただいた。両博士の本も検索できるようにしておこう。

リチャード・ドーキンス博士の本: Amazonで検索する

スティーヴン・ジェイ グールド博士の本: Amazonで検索する


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