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「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム

「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム

内容
本邦初のゲージ理論のやさしい入門書。自然の奥底に息をのむ美しさがひそんでいた。
ゲージ理論に基づく素粒子の「標準模型」は自然界の三つの基本的な力(電磁気力、弱い核力、強い核力)の働きかたを解き明かすもので、現代物理学の真髄であり金字塔とされている。本書は本邦初のゲージ理論と標準模型のやさしい入門書である。
ゲージ理論は抽象的な対称性の議論から現実の相互作用のありかたを導き出すという驚くべき理論である。それは、自然界の基本的な力は単純で美しい対称性に従うとする理論だ。方程式の持つ対称性が単純で美しいものである可能性を追求することによって、相互作用を表す項を導き出してしまうのだ。ゲージ理論は、まるで知的な離れ業のようなことをやってのけているのである。
素粒子の世界の対称性を数学的に表すのに使われるのがリー群という数学である。本書は複雑な数式は避けつつ、ゲージ理論の本当の面白さを楽しむのに欠かせないリー群の知識を初歩からきっちりと解説している。本書を読むのに特別な予備知識は必要ない。
標準模型は20世紀後半に世界中のたくさんの物理学者たちが力を合わせてつくり上げたもので、人類の最高の知的業績のひとつと呼ぶにふさわしい。ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎、小柴昌俊、益川敏英、小林誠がその発展にどのように貢献したかということも本書で語られている。

出版社による本の紹介ページ
http://ec.nikkeibp.co.jp/item/books/P83610.html


理数系書籍のレビュー記事は本書で222冊目。

場の量子論:坂井典佑」を読み終えたので「新版 演習場の量子論:柏太郎」や「演習 くり込み群:柏太郎」に進もうと思っていたのだが、同じテーマで気になる本が2冊でてきたので、これらを先に読んで紹介することにした。

今回紹介する「「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム」は地元の書店で見つけた一般向けの本だ。翻訳の元になった英語版は2004年に出版され、この520ページもある分厚い日本語版は2009年に発売された。

帯にはとんでもない文句が書かれていた。(本の帯にこだわる僕の習性はこの先もずっと変わることはないだろう。)

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「ゲージ理論のやさしい入門書」だって??

にわかには信じることができなかった。だってゲージ理論っていうのは素粒子物理学の中核をなしているヤン-ミルズ理論のことだし、そこまでたどり着くには電磁気学、量子力学、相対論的量子力学、量子電気力学を含んだ場の量子論が必要で、そのためには摂動論、ファインマンの経路積分や繰り込み理論、リー群の理解が前提になっている。後になればなるほど高度な数学が使われるので、とても一般の人が理解できるようなものではないと思っていたからだ。いくら言葉を尽くしたとしても数式無しで説明するなんてきっと無理に決まっている。

とはいえ大栗博司先生の「強い力と弱い力」という本は一般向けの説明に成功されている。しかし大栗先生の本は「なるべく数学を意識させない」という立場、「物理法則を日常生活で普通に使う言葉や現象に置き換えて解説する」という立場で書かれているので本書とは根っこの発想が違っている。本書はゲージ理論や標準理論を基礎づけている数学的な話も含めて一般読者に理解してもらおうという本だ。その意味でまさに「本邦初」なのである。

書棚から取り出しページをめくると、文章がぎっしり詰まっているのとファインマンダイヤグラムやリー群を説明していると思われる図版が多いことがわかる。これで一般の人が理解できるようになるのだろうか?ページ数が多いだけに本質がぼやかされた文章をたくさん読まされて時間の無駄になりはしないだろうか?何度か手に持ってはページをめくり、書棚に戻すことを僕は繰り返していた。

最終的に購入の決め手になったのは「内部対称性空間」について説明していた一文に気がついたことだった。その空間が物理的に実在する空間ではなく理論上必要になる数学的な空間であるということが書かれた箇所である。「ああ、この本では物理空間と数学空間をきちんと区別して説明してくれているのだな。」これは大切なことだ。

数式入りの教科書で物理学を勉強していると、式で使われる変数や空間が実際に存在する物理的な対象を表すものか、理論上必要になるだけの数学的なものかの区別があやふやになってくることがある。この2つは常に区別しておきたいと日頃からずっと思っていた。

4日間かけて読み終えた。結果から言えば読んで大正解。もっと前にこの本があることを知っていればよかったのにと思った。高度な数学理論を含めて、素粒子の標準模型の美しさをこれほど見事に解説できるのだという事実に驚かされた。

標準模型を構成する素粒子は電子や光子に始まり昨年見つかったヒッグス粒子(参考記事)も含めて全部で17種類(参考ページ)ある。それらは性質ごとにグループ分けされ、それぞれの粒子がグループ内そしてグループ間にわたる美しい対称性をもった数学的関係によって結びついている。重力を除く自然界の3つの力はその数学的関係にどのように組み込まれているのか。極微の世界へと「宇宙のたまねぎ」の皮をむいていくたびに現れる新しい物理法則は、極めてデリケートで矛盾のない形で結びつき、その全体が美しい姿を作り上げている。

本書を書いたのはブルース・シュームというカリフォルニア大学サンタクルーズ校の物理学教授。専門が粒子加速器の実験物理学というだけあって本書はそれぞれの素粒子がいつ頃どのように発見されたか、それが理論の中でどのような意味を持っているのかとても詳しく書かれている。そして全体的に物理理論、実験、数学理論の記述のバランスがよく、読者が理解しやすいように、そして疲れをためないように解説する順番が工夫されていると思った。

数式はときどきでてくるが、短かくシンボリックなものばかりだから「難解」という印象は感じなくてすむ。数式が苦手な読者を排除しないぎりぎりの線をキープしているレベルだ。とはいえ、複素空間や複素回転の説明をしている箇所があるので複素数や「オイラーの公式」は前もって学んでおいたほうがよい。

そして実に見事な解説が展開されるのは、ゲージ理論、リー群、電弱理論、量子色力学(QCD:クォークの理論)、ファインマンダイヤグラム、繰り込み理論の箇所だ。数式を使った入門レベルの教科書でひととおり学んだ僕にとっても「ああ、こういうことだったのか!」という発見がいくつもあった。U(1)、SU(2)、SU(3)などのリー群の意味が一般読者でも理解できる本は本書以外では見たことがない。

本書の最後のほうでは「ヒッグス機構」や「ヒッグス粒子」、「自発的対称性の破れ」などが説明され、素粒子が質量を獲得するメカニズムを理解することができるようになる。一般的な教科書では「ヒッグスポテンシャル」を解説するためにワインボトルの底の形の立体グラフを持ち出すのだが、本書ではこのグラフは登場しなかった。これとは違う方法で説明している。


もしあなたがこれまで物理学の一般書をお読みになったことがないのなら、まず「強い力と弱い力:大栗博司」をお読みになってから本書を読んだほうがよいだろう。そして本書はこれから場の量子論や素粒子物理学を本格的に学ぼうとしている人はもちろん、それらをすでに学んだことのある人にもじゅうぶんお勧めできると思うのだ。

英語版をお読みになりたい方は、こちらからどうぞ。

Deep Down Things: The Breathtaking Beauty Of Particle Physics - Bruce A. Schumm
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用語解説:

標準模型、標準理論:ウィキペディアでの解説
ゲージ理論、ヤン-ミルズ理論:ウィキペディアでの解説
リー群:ウィキペディアでの解説
相対論的量子力学:ウィキペディアでの解説
量子電気力学、量子電磁力学(QED):ウィキペディアでの解説
量子色力学(QCD):ウィキペディアでの解説
場の量子論:ウィキペディアでの解説
摂動論:ウィキペディアでの解説
経路積分:ウィキペディアでの解説
ファインマンダイヤグラム:ウィキペディアでの解説
繰り込み理論:ウィキペディアでの解説


関連ページ:

一般向け書籍レベルの本で学んでみたい方はこちらもお勧め。

光の場、電子の海―量子場理論への道:吉田 伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea4bc17a6b2c98c1073039d868223f02


関連記事:

場の量子論:坂井典佑
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a83afc332356c0fef65e6527ddd71af1

場の量子論〈第1巻〉量子電磁力学:F.マンドル、G.ショー
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場の量子論〈第2巻〉素粒子の相互作用:F.マンドル、G.ショー
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/95d908cd752af642964cbff7ea7f0301

大著に挑む (ワインバーグの「場の量子論」)
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序文

第一章 はじめに

第二章 世界を動かすものたち ― 自然界の力

第三章 偉大なる復活 ― 現代物理学の革命

第四章 相対論と量子論の結婚 ― 相対論的場の量子論

第五章 自然のパターン ― 基本的構成要素

第六章 数学的パターン ― リー群

第七章 内側の世界 ― 内部の対称性

第八章 頭で考える物理 ― ゲージ理論

第九章 現在のパラダイム ― 隠れた対称性、標準模型、ヒッグスボゾン

第十章 未知の世界へ ― この先にあるもの

付録 指数の表記法

原注
訳者あとがき
索引

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