「素数夜曲―女王陛下のLISP:吉田武」
内容紹介
数学学習の“全方位独学法”を提供。ガウスが、数学の女王と讃えた整数論を主題とし、その頂に登る為の様々な手法を紹介する。「発見法的」に始め、「証明」へと進む。結果は「数値実験」により再確認され、「グラフ」により視覚化される。人物小史など内容は多岐に渡る。ラムダ計算の概要から、函数型言語の基礎までを紹介し、LISPの方言であるSchemeにより整数論を表現する。本文で語られた初等整数論の基礎が、附録ではプログラムとして与えられ、具体的な数値として議論される。函数型言語の入門書としても最適。 2012年刊行、871ページ。
著者略歴
吉田武:ウィキペディアの紹介記事 著書一覧
日本の著作家。1956年大阪府生まれ。京都大学工学博士(数理工学専攻)。著書『虚数の情緒・中学生からの全方位独学法』で、平成12年度日刊工業新聞社第16回技術・科学図書文化賞最優秀賞を受賞した。
理数系書籍のレビュー記事は本書で261冊目。
2012年に発売になり、話題になったこの本をやっと読み始めることができた。素数をめぐる整数論(数論)を高校生でもわかるように具体例をふんだんに盛り込んで解説した本だ。870ページの大著で、このように数学の本らしからぬ独特の存在感がある。
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前半は初等整数論へ入門するための数学書、そして「附録」として続く膨大な後半はSchemeというLISPの方言を使って前半のおさらいをするプログラミング言語の習得と「遊び」の部分から構成されている。今日の記事は前半部だけの紹介を書くことにした。
「数学は科学の女王であり、整数論は数学の女王である。」とか「数学のセンスがあるかどうかは整数論の素質があるかどうかで決まる。」、「整数論ほど数学の世界が深遠であることを示している分野はない。」などの言葉をときどき耳にする。でも、これらを実感として納得している人はどれほどいるだろうか?
整数や素数は小学生でも理解できるし、数の不思議といきなり言われても何がすごいのかよくわからない。大数学者ガウスは小学生のとき1から100までの和を求めるのに素晴らしいアイデアを思いついたという逸話も有名だが、この計算方法は普通の小学生でも理解することができる。中学や高校でエラトステネスの篩で素数を求めたり、背理法を使って素数が無限にあることを証明したときにすごい感動が押し寄せてきたという記憶はない。
実数や複素数のことを理解していれば十分だと思っているけど、数というのはそれほど深いものなのだろうか?
また「リーマン予想」や「フェルマーの最終定理」は素数や整数論の問題であり、前者はまだ解かれていず、後者は1995年にその証明が最終的に確認されたことからもわかるように、どちらも超難問だ。それが女王の名に値するのかどうかは素人にはまったく想像できない。
「数学の女王というのがいるのなら、ほんの少しでもいいから見てみたい。」
もしあなたがそのような欲求をお持ちなら、ぜひ本書をお読みになってほしい。読み進むうちになぜ数学者たちが整数論の魅力に取りつかれ、女王の誘惑に打ち勝てなかったかがわかってくることだろう。
理数系の大学で整数論をカリキュラムに持っているのはおそらく数学科だけである。他の学部、学科は実用的な数学(線形代数、微積分、複素関数論)などが基本なので、整数論まで学ぶ時間的余裕がないのだ。
物理学が現代代数学、現代幾何学、現代解析学と深いつながりがあることは以前述べたが、整数論はそれら3つの現代数学の分野とも深いところでつながっている。数理物理学を極めるつもりなら、整数論を無視することはできない。
このタイミングで僕が本書を読んだのは先日受講した「素数の話、解の公式の話(朝日カルチャーセンター)」のテーマに沿った本だからである。
ひとくちに整数論といってもカバーしている範囲はとても広い。本書はそのうち「初等整数論」と呼ばれているもののうち入門者レベルで理解できる内容にとどめられている。この記事の最後に「より深く整数論を学ぶための書籍」という項目を設けて、本格的に学ぶための本を一覧にしたが、それぞれアマゾンで詳細目次と本書との違いを確認してみてほしい。
本書の詳細目次は後述するが、章や項のタイトルが遊び心いっぱいなため、具体的に何が学べるのかわかりにくい。そこで章ごとにキーワードを列挙しておくことにした。僕が特におもしろいと感じたのは「第5夜:マエストロの技」と「第7夜:切れ目の無い数へ」だった。
第0夜:梟は黄昏に飛翔する
学校で行われている数学教育の問題点を指摘した上で、本書の方針を紹介し、学ぶために必要な3つのことについて述べている。
学ぶために必要なこと
- 入りやすく
- 「現実」につながって...
- 自分で解いて感動できる
第1夜:素数のメロディ
自然数、加法と乗法、約数、素数、合成数、偶数、奇数、エラトステネスの篩、背理法、メルセンヌ数、双子素数、フェルマー数、最大公約数、最小公倍数、素因数分解の一意性
第2夜:ピタゴラスの調べ
ピタゴラスの定理、ピタゴラス数、三角数、平方数、正多面体、約数の総和、完全数、過剰数、不足数、親和数、約数の個数、単項式、多項式、交換法則、結合法則、分配法則、恒等式、フェルマーの最終定理(フェルマー-ワイルズの定理)
第3夜:自然数のリズム
次元、二項展開、二項係数、パスカルの三角形、廻文数、カタラン数、フラクタル図形、シェルビンスキーのガスケット、フィボナッチ数列、漸化式、巡廻数、コラッツの問題
第4夜:整数のパーティ
数の構造、整数、和の結合法則、加法における単位元、乗法における単位元、逆元、群、加群、環、体、位取り記数法、指数法則、和の計算、ベルヌーイ数、ディオファントス方程式、反射律、対称律、推移律、合同式、合同、モジュロ(法)、零因子、剰余類、完全剰余系、不合同、既約剰余類、既約剰余系、類別、オイラーの函数
第5夜:マエストロの技
整数論は数学の女王、一次合同式、連立一次合同式、孫子剰余定理(中国式剰余定理)、順列、下降階乗冪、組合せ、二項係数、上昇階乗冪、再帰的定義、冪和係数、フェルマーの小定理、位数、原始根、オイラーの定理、原始根と指数、平方剰余、平方非剰余、ルジャンドル記号、オイラーの規準、平方剰余の法則、平方剰余の相互法則、第一補充法則、第二補充法則、ヤコビ記号、ガウスの予備定理
第6夜:小数のメリーゴーランド
有理数、分数、小数、通分、逆数、有限小数、循環小数、約分、鳩の巣論法、一次の巡廻数、二次の巡廻数、高次の巡廻数、稠密(ちゅうみつ)、集合、集合の要素、元、有限集合、無限集合、部分集合、空集合、和集合(合併)、積集合(共通部分)、濃度、可算、可附番、アレフ・ゼロ、可算濃度
第7夜:切れ目の無い数へ
ピタゴラスの定理、無理数、平方根、循環しない無限小数、整数に潜む無理数の姿、数直線、連続、デデキントの切断、整数の切断、有理数の切断、実数、ユークリッドの互除法、連分数、有限連分数、無限連分数、近似分数、黄金数、黄金分割、星型五角形、二次の無理数、黄金数とフィボナッチ数列の関係、代数の幾何学、調和数、ゼータ函数、カントルの対角線論法、連続の濃度、非可算集合、代数方程式、代数的数、代数的無理数、代数的整数、有理整数、超越数、方程式の高さ、超越数の例、ネイピア数、無理数の証明
第8夜:異次元への飛翔
代数方程式、根、解、未知数、次数、一次方程式、二次方程式、根と係数の関係、根の判別式、虚数単位、複素数、実部、居部、共役複素数、複素数の絶対値、複素数のトレース、法による虚数、順序構造、複素平面(ガウス平面)、代数学の基本定理、原始n乗根、円分方程式、一次函数(線型函数)、数ベクトル、スカラー、平行四辺形の法則、デカルト座標、単位ベクトル、基底ベクトル、右手系と左手系、位置ベクトル、変換性、ユークリッド空間、スカラー積、ベクトル積、内積、外積、ゼロ・ベクトル、三角函数、サイン、コサイン、タンジェント、ラジアン、指数函数、ネイピア数、オイラーの公式、対数函数、底、真数、自然対数(函数)、常用対数(函数)、底の変換規則、離散対数、四元数、実部、虚部、非可換性、共役四元数、四元数の絶対値、純虚四元数、オイラーの公式の四元数版、二次合同式、原始根と虚数、n次合同式の解、原始根の判定方法、原始根の存在証明
第9夜:素数はめぐる
代数的整数論、複素整数(ガウス整数)、代数的整数、単数、同伴数、ガウス整数のノルム、ガウス素数、アイゼンシュタイン整数、アイゼンシュタイン素数、無限降下法、シーザー暗号、公開鍵暗号
具体的な計算例やユニークな挿絵がふんだんに盛り込まれているのも本書の特長だ。見開きで2箇所ほどお見せしよう。画像はクリックで拡大する。
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本書のタイトルの「素数夜曲」は、李香蘭(山口淑子)が歌った名曲「蘇州夜曲」のもじりである。残念なことに山口淑子さんは先月94歳でお亡くなりになったばかりである。(ウィキペディアの記事)
おまけ:「蘇州夜曲(上戸彩バージョン)」
関連ページ:
本書については何人かの人が感想記事を書いている。特に印象に残ったものを紹介しておこう。
(define 独学 再帰) - 書評 - 素数夜曲:女王陛下のLisp(404 Blog Not Found)
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51810854.html
吉田武「素数夜曲: 女王陛下のLISP」は、整数論とScheme入門として最高\(^O^)/
http://iiyu.asablo.jp/blog/2012/06/20/6486231
書評:素数夜曲(にょきにょきブログ)
http://aoking.hatenablog.jp/entry/20120918/1347975609
素数夜曲 女王陛下のLISP(ぱたヘネ)
http://d.hatena.ne.jp/natsutan/20120901/1346503936
素数夜曲―女王陛下のLISP 感想
http://book.akahoshitakuya.com/b/4486019245
好きい夢 昭和な気まぐれ飛行機
http://scmblog.blog.shinobi.jp/%E7%B4%A0%E6%95%B0%E5%A4%9C%E6%9B%B2/
関連記事:
虚数の情緒 - 中学生からの全方位独学法
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/27155c8d7b5242d7e69e00335411acc1
名著復刊:オイラーの贈物:吉田武
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9275a096b6bf54594d2a96dfa12f56e1
より深く整数論を学ぶための書籍:
カバーしている範囲、難易度もまちまちである。アマゾンで詳細目次やレビューを確認してほしい。
初等整数論講義 第2版:高木貞治
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4320010019
初学者のための整数論 (ちくま学芸文庫):アンドレ・ヴェイユ
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/448009315X
整数論 (基礎数学) :森田康夫
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4130629042
整数論1: 初等整数論からp進数へ:雪江明彦
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4535787360
整数論2: 代数的整数論の基礎:雪江明彦
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4535787379
整数論3: 解析的整数論への誘い:雪江明彦
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4535787387
代数的整数論:J. ノイキルヒ
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4621062875
数論〈1〉Fermatの夢と類体論
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4000055275
数論〈2〉岩沢理論と保型形式
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4000055283
フェルマー予想:斎藤毅
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4000059580
数論入門 I (シュプリンガー数学クラシックス)
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4621062263
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4431708480
数論入門 II (シュプリンガー数学クラシックス)
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4621062476
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/443170924X
ガウスの数論 わたしのガウス (ちくま学芸文庫)
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4480093664
ガウス 整数論 (数学史叢書)
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4254114575
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「素数夜曲―女王陛下のLISP:吉田武」
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目次(後半の詳細目次は後半のレビュー記事に記載)
増補改訂版・序
第0夜:梟は黄昏に飛翔する
第1夜:素数のメロディ
- プロローグ
- ささやかな手品
- 砂漠のオアシス
- 成功は失敗の子孫である
- ユークリッドの探索
- 本日の配布資料・壱
整数論の基本定理
人物紹介(エラトステネス、ユークリッド)
第2夜:ピタゴラスの調べ
- 教祖誕生
- 完全な友情
- 少年ガウスのアイデア
- 算術の算法
- 愛しき三角形
- 魂を揺さぶる予想
- 重力が作るピタゴラス三角形
- 本日の配布資料・弐
人物紹介(フェルマー)
可視化教具の開発
第3夜:自然数のリズム
- 数のピラミッド
- フラクタルな話
- 不思議の国のうさぎ達
- 愛の花占い
- 数 142857 の神秘
- ジャックとコラッツの木
- 本日の配布資料・参
人物紹介(メルセンヌ、パスカル、フィボナッチ)
第4夜:整数のパーティ
- 数の構造
- ゼロの機能
- 和のこころ
- ディオファントスの秘術
- ゆるやかに等しく
- 無限を有限に束ねる
- 有限の世界の相互関係
- 奇数を分類する
- 本日の配布史料:四
人物紹介(オイラー)
第5夜:マエストロの技
- 不思議な算術
- カードを並べる
- カードを配る
- 冪の三角形
- パスカルからフェルマーへ
- オイラーの妙技
- 原始根と指数
- 整数論の宝石箱
- 平方剰余の法則
- 本日の配布資料・伍
人物紹介(ガウス)
オイラーの函数の総和
ガウスの予備定理
第一・第二補充法則の証明
相互法則の証明
第6夜:小数のメリーゴーランド
- 理のある数とは?
- 法の支配
- 巡廻数の不思議
- 埋めども尽きせぬ
- 無限を扱うための道具
- 驚愕の結果
- 本日の配布資料・陸
循環小数の節の長さ
第7夜:切れ目の無い数へ
- 無理が飛び出す道理を探る
- 整数に潜む無理数の姿
- デデキントの魔法のハサミ
- 分数の数珠繋ぎ
- 黄金数
- パターンを探せ
- 無理数のオブリガート
- 超越数がいっぱい
- 本日の配布資料・漆
無理数の証明
第8夜:異次元への飛翔
- 数の工場:方程式を解く
- 法による虚数
- 虚数、値千金
- 丸い三角形
- 多次元の数
- オイラーの贈物
- 複素数から四元数へ
- 本日の配布資料・捌
二次合同式
原始根と虚数
n次合同式の解
原始根の判定方法
第9夜:素数はめぐる
- ガウスの絨毯
- アイゼンシュタインの蜂の巣
- 本日の配布資料・玖
無限降下法
- エピローグ:公開された暗号
-- 哀しみのスパイ
-- ようこそ独学研究所へ
-- 屋内射場に轟音は似合わない
-- 巨大素数と公開鍵暗号
付録A:プログラミング言語の発見
付録B:プログラミング言語の骨格
付録C:プログラミング言語の拡張
付録D:女王陛下のLISP
付録E:数表(素数・原始根)
後書(Postscript)
索引
内容紹介
数学学習の“全方位独学法”を提供。ガウスが、数学の女王と讃えた整数論を主題とし、その頂に登る為の様々な手法を紹介する。「発見法的」に始め、「証明」へと進む。結果は「数値実験」により再確認され、「グラフ」により視覚化される。人物小史など内容は多岐に渡る。ラムダ計算の概要から、函数型言語の基礎までを紹介し、LISPの方言であるSchemeにより整数論を表現する。本文で語られた初等整数論の基礎が、附録ではプログラムとして与えられ、具体的な数値として議論される。函数型言語の入門書としても最適。 2012年刊行、871ページ。
著者略歴
吉田武:ウィキペディアの紹介記事 著書一覧
日本の著作家。1956年大阪府生まれ。京都大学工学博士(数理工学専攻)。著書『虚数の情緒・中学生からの全方位独学法』で、平成12年度日刊工業新聞社第16回技術・科学図書文化賞最優秀賞を受賞した。
理数系書籍のレビュー記事は本書で261冊目。
2012年に発売になり、話題になったこの本をやっと読み始めることができた。素数をめぐる整数論(数論)を高校生でもわかるように具体例をふんだんに盛り込んで解説した本だ。870ページの大著で、このように数学の本らしからぬ独特の存在感がある。

前半は初等整数論へ入門するための数学書、そして「附録」として続く膨大な後半はSchemeというLISPの方言を使って前半のおさらいをするプログラミング言語の習得と「遊び」の部分から構成されている。今日の記事は前半部だけの紹介を書くことにした。
「数学は科学の女王であり、整数論は数学の女王である。」とか「数学のセンスがあるかどうかは整数論の素質があるかどうかで決まる。」、「整数論ほど数学の世界が深遠であることを示している分野はない。」などの言葉をときどき耳にする。でも、これらを実感として納得している人はどれほどいるだろうか?
整数や素数は小学生でも理解できるし、数の不思議といきなり言われても何がすごいのかよくわからない。大数学者ガウスは小学生のとき1から100までの和を求めるのに素晴らしいアイデアを思いついたという逸話も有名だが、この計算方法は普通の小学生でも理解することができる。中学や高校でエラトステネスの篩で素数を求めたり、背理法を使って素数が無限にあることを証明したときにすごい感動が押し寄せてきたという記憶はない。
実数や複素数のことを理解していれば十分だと思っているけど、数というのはそれほど深いものなのだろうか?
また「リーマン予想」や「フェルマーの最終定理」は素数や整数論の問題であり、前者はまだ解かれていず、後者は1995年にその証明が最終的に確認されたことからもわかるように、どちらも超難問だ。それが女王の名に値するのかどうかは素人にはまったく想像できない。
「数学の女王というのがいるのなら、ほんの少しでもいいから見てみたい。」
もしあなたがそのような欲求をお持ちなら、ぜひ本書をお読みになってほしい。読み進むうちになぜ数学者たちが整数論の魅力に取りつかれ、女王の誘惑に打ち勝てなかったかがわかってくることだろう。
理数系の大学で整数論をカリキュラムに持っているのはおそらく数学科だけである。他の学部、学科は実用的な数学(線形代数、微積分、複素関数論)などが基本なので、整数論まで学ぶ時間的余裕がないのだ。
物理学が現代代数学、現代幾何学、現代解析学と深いつながりがあることは以前述べたが、整数論はそれら3つの現代数学の分野とも深いところでつながっている。数理物理学を極めるつもりなら、整数論を無視することはできない。
このタイミングで僕が本書を読んだのは先日受講した「素数の話、解の公式の話(朝日カルチャーセンター)」のテーマに沿った本だからである。
ひとくちに整数論といってもカバーしている範囲はとても広い。本書はそのうち「初等整数論」と呼ばれているもののうち入門者レベルで理解できる内容にとどめられている。この記事の最後に「より深く整数論を学ぶための書籍」という項目を設けて、本格的に学ぶための本を一覧にしたが、それぞれアマゾンで詳細目次と本書との違いを確認してみてほしい。
本書の詳細目次は後述するが、章や項のタイトルが遊び心いっぱいなため、具体的に何が学べるのかわかりにくい。そこで章ごとにキーワードを列挙しておくことにした。僕が特におもしろいと感じたのは「第5夜:マエストロの技」と「第7夜:切れ目の無い数へ」だった。
第0夜:梟は黄昏に飛翔する
学校で行われている数学教育の問題点を指摘した上で、本書の方針を紹介し、学ぶために必要な3つのことについて述べている。
学ぶために必要なこと
- 入りやすく
- 「現実」につながって...
- 自分で解いて感動できる
第1夜:素数のメロディ
自然数、加法と乗法、約数、素数、合成数、偶数、奇数、エラトステネスの篩、背理法、メルセンヌ数、双子素数、フェルマー数、最大公約数、最小公倍数、素因数分解の一意性
第2夜:ピタゴラスの調べ
ピタゴラスの定理、ピタゴラス数、三角数、平方数、正多面体、約数の総和、完全数、過剰数、不足数、親和数、約数の個数、単項式、多項式、交換法則、結合法則、分配法則、恒等式、フェルマーの最終定理(フェルマー-ワイルズの定理)
第3夜:自然数のリズム
次元、二項展開、二項係数、パスカルの三角形、廻文数、カタラン数、フラクタル図形、シェルビンスキーのガスケット、フィボナッチ数列、漸化式、巡廻数、コラッツの問題
第4夜:整数のパーティ
数の構造、整数、和の結合法則、加法における単位元、乗法における単位元、逆元、群、加群、環、体、位取り記数法、指数法則、和の計算、ベルヌーイ数、ディオファントス方程式、反射律、対称律、推移律、合同式、合同、モジュロ(法)、零因子、剰余類、完全剰余系、不合同、既約剰余類、既約剰余系、類別、オイラーの函数
第5夜:マエストロの技
整数論は数学の女王、一次合同式、連立一次合同式、孫子剰余定理(中国式剰余定理)、順列、下降階乗冪、組合せ、二項係数、上昇階乗冪、再帰的定義、冪和係数、フェルマーの小定理、位数、原始根、オイラーの定理、原始根と指数、平方剰余、平方非剰余、ルジャンドル記号、オイラーの規準、平方剰余の法則、平方剰余の相互法則、第一補充法則、第二補充法則、ヤコビ記号、ガウスの予備定理
第6夜:小数のメリーゴーランド
有理数、分数、小数、通分、逆数、有限小数、循環小数、約分、鳩の巣論法、一次の巡廻数、二次の巡廻数、高次の巡廻数、稠密(ちゅうみつ)、集合、集合の要素、元、有限集合、無限集合、部分集合、空集合、和集合(合併)、積集合(共通部分)、濃度、可算、可附番、アレフ・ゼロ、可算濃度
第7夜:切れ目の無い数へ
ピタゴラスの定理、無理数、平方根、循環しない無限小数、整数に潜む無理数の姿、数直線、連続、デデキントの切断、整数の切断、有理数の切断、実数、ユークリッドの互除法、連分数、有限連分数、無限連分数、近似分数、黄金数、黄金分割、星型五角形、二次の無理数、黄金数とフィボナッチ数列の関係、代数の幾何学、調和数、ゼータ函数、カントルの対角線論法、連続の濃度、非可算集合、代数方程式、代数的数、代数的無理数、代数的整数、有理整数、超越数、方程式の高さ、超越数の例、ネイピア数、無理数の証明
第8夜:異次元への飛翔
代数方程式、根、解、未知数、次数、一次方程式、二次方程式、根と係数の関係、根の判別式、虚数単位、複素数、実部、居部、共役複素数、複素数の絶対値、複素数のトレース、法による虚数、順序構造、複素平面(ガウス平面)、代数学の基本定理、原始n乗根、円分方程式、一次函数(線型函数)、数ベクトル、スカラー、平行四辺形の法則、デカルト座標、単位ベクトル、基底ベクトル、右手系と左手系、位置ベクトル、変換性、ユークリッド空間、スカラー積、ベクトル積、内積、外積、ゼロ・ベクトル、三角函数、サイン、コサイン、タンジェント、ラジアン、指数函数、ネイピア数、オイラーの公式、対数函数、底、真数、自然対数(函数)、常用対数(函数)、底の変換規則、離散対数、四元数、実部、虚部、非可換性、共役四元数、四元数の絶対値、純虚四元数、オイラーの公式の四元数版、二次合同式、原始根と虚数、n次合同式の解、原始根の判定方法、原始根の存在証明
第9夜:素数はめぐる
代数的整数論、複素整数(ガウス整数)、代数的整数、単数、同伴数、ガウス整数のノルム、ガウス素数、アイゼンシュタイン整数、アイゼンシュタイン素数、無限降下法、シーザー暗号、公開鍵暗号
具体的な計算例やユニークな挿絵がふんだんに盛り込まれているのも本書の特長だ。見開きで2箇所ほどお見せしよう。画像はクリックで拡大する。


本書のタイトルの「素数夜曲」は、李香蘭(山口淑子)が歌った名曲「蘇州夜曲」のもじりである。残念なことに山口淑子さんは先月94歳でお亡くなりになったばかりである。(ウィキペディアの記事)
おまけ:「蘇州夜曲(上戸彩バージョン)」
関連ページ:
本書については何人かの人が感想記事を書いている。特に印象に残ったものを紹介しておこう。
(define 独学 再帰) - 書評 - 素数夜曲:女王陛下のLisp(404 Blog Not Found)
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51810854.html
吉田武「素数夜曲: 女王陛下のLISP」は、整数論とScheme入門として最高\(^O^)/
http://iiyu.asablo.jp/blog/2012/06/20/6486231
書評:素数夜曲(にょきにょきブログ)
http://aoking.hatenablog.jp/entry/20120918/1347975609
素数夜曲 女王陛下のLISP(ぱたヘネ)
http://d.hatena.ne.jp/natsutan/20120901/1346503936
素数夜曲―女王陛下のLISP 感想
http://book.akahoshitakuya.com/b/4486019245
好きい夢 昭和な気まぐれ飛行機
http://scmblog.blog.shinobi.jp/%E7%B4%A0%E6%95%B0%E5%A4%9C%E6%9B%B2/
関連記事:
虚数の情緒 - 中学生からの全方位独学法
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/27155c8d7b5242d7e69e00335411acc1
名著復刊:オイラーの贈物:吉田武
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9275a096b6bf54594d2a96dfa12f56e1
より深く整数論を学ぶための書籍:
カバーしている範囲、難易度もまちまちである。アマゾンで詳細目次やレビューを確認してほしい。
初等整数論講義 第2版:高木貞治
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4320010019
初学者のための整数論 (ちくま学芸文庫):アンドレ・ヴェイユ
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/448009315X
整数論 (基礎数学) :森田康夫
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4130629042
整数論1: 初等整数論からp進数へ:雪江明彦
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4535787360
整数論2: 代数的整数論の基礎:雪江明彦
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4535787379
整数論3: 解析的整数論への誘い:雪江明彦
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4535787387
代数的整数論:J. ノイキルヒ
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4621062875
数論〈1〉Fermatの夢と類体論
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4000055275
数論〈2〉岩沢理論と保型形式
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4000055283
フェルマー予想:斎藤毅
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4000059580
数論入門 I (シュプリンガー数学クラシックス)
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4621062263
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4431708480
数論入門 II (シュプリンガー数学クラシックス)
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/4621062476
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/443170924X
ガウスの数論 わたしのガウス (ちくま学芸文庫)
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ガウス 整数論 (数学史叢書)
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「素数夜曲―女王陛下のLISP:吉田武」

目次(後半の詳細目次は後半のレビュー記事に記載)
増補改訂版・序
第0夜:梟は黄昏に飛翔する
第1夜:素数のメロディ
- プロローグ
- ささやかな手品
- 砂漠のオアシス
- 成功は失敗の子孫である
- ユークリッドの探索
- 本日の配布資料・壱
整数論の基本定理
人物紹介(エラトステネス、ユークリッド)
第2夜:ピタゴラスの調べ
- 教祖誕生
- 完全な友情
- 少年ガウスのアイデア
- 算術の算法
- 愛しき三角形
- 魂を揺さぶる予想
- 重力が作るピタゴラス三角形
- 本日の配布資料・弐
人物紹介(フェルマー)
可視化教具の開発
第3夜:自然数のリズム
- 数のピラミッド
- フラクタルな話
- 不思議の国のうさぎ達
- 愛の花占い
- 数 142857 の神秘
- ジャックとコラッツの木
- 本日の配布資料・参
人物紹介(メルセンヌ、パスカル、フィボナッチ)
第4夜:整数のパーティ
- 数の構造
- ゼロの機能
- 和のこころ
- ディオファントスの秘術
- ゆるやかに等しく
- 無限を有限に束ねる
- 有限の世界の相互関係
- 奇数を分類する
- 本日の配布史料:四
人物紹介(オイラー)
第5夜:マエストロの技
- 不思議な算術
- カードを並べる
- カードを配る
- 冪の三角形
- パスカルからフェルマーへ
- オイラーの妙技
- 原始根と指数
- 整数論の宝石箱
- 平方剰余の法則
- 本日の配布資料・伍
人物紹介(ガウス)
オイラーの函数の総和
ガウスの予備定理
第一・第二補充法則の証明
相互法則の証明
第6夜:小数のメリーゴーランド
- 理のある数とは?
- 法の支配
- 巡廻数の不思議
- 埋めども尽きせぬ
- 無限を扱うための道具
- 驚愕の結果
- 本日の配布資料・陸
循環小数の節の長さ
第7夜:切れ目の無い数へ
- 無理が飛び出す道理を探る
- 整数に潜む無理数の姿
- デデキントの魔法のハサミ
- 分数の数珠繋ぎ
- 黄金数
- パターンを探せ
- 無理数のオブリガート
- 超越数がいっぱい
- 本日の配布資料・漆
無理数の証明
第8夜:異次元への飛翔
- 数の工場:方程式を解く
- 法による虚数
- 虚数、値千金
- 丸い三角形
- 多次元の数
- オイラーの贈物
- 複素数から四元数へ
- 本日の配布資料・捌
二次合同式
原始根と虚数
n次合同式の解
原始根の判定方法
第9夜:素数はめぐる
- ガウスの絨毯
- アイゼンシュタインの蜂の巣
- 本日の配布資料・玖
無限降下法
- エピローグ:公開された暗号
-- 哀しみのスパイ
-- ようこそ独学研究所へ
-- 屋内射場に轟音は似合わない
-- 巨大素数と公開鍵暗号
付録A:プログラミング言語の発見
付録B:プログラミング言語の骨格
付録C:プログラミング言語の拡張
付録D:女王陛下のLISP
付録E:数表(素数・原始根)
後書(Postscript)
索引