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早すぎた男 南部陽一郎物語 時代は彼に追いついたか:中嶋 彰

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早すぎた男 南部陽一郎物語 時代は彼に追いついたか:中嶋 彰

内容紹介:
生誕100年に紡ぐ、「理論物理学の巨人」の初めての本格的伝記!
――南部理論の前では、2012年に発見され「質量の起源」として喝采を浴びたヒッグス粒子も、巨象にひれ伏す小さなアリでしかない。――(本書より)
日本が生んだこの途方もなく大きな才能は、常人には理解しがたく、そのため、彼の生涯最高傑作「自発的対称性の破れ」にノーベル物理学賞が授けられたのは発表後50年近くがたってからだった。いつしか彼は、人々から「魔法使い」とも「予言者」とも呼ばれるようになった。
これまで語られなかった天才の実像を浮き彫りにし、「南部マジック」と呼ばれる数々の新理論はどのように生まれたのか、そこに彼の「人間」はどう関わったのか、彼はなぜ米国に移ったのか、などを解き明かす。

2021年10月21日刊行、320ページ

著者:
中嶋 彰(@akinaka0629
サイエンス作家。東京大学工学部卒。日本経済新聞社入社、科学技術部次長、科学技術担当編集委員、ナノテクノロジー専門誌「日経先端技術」の編集長などを歴任。著書に『「青色」に挑んだ男たち』(日本経済新聞出版社)、『現代素粒子物語』(講談社ブルーバックス)、共著書に『現代免疫物語』『新・現代免疫物語』『現代免疫物語beyond』(いずれも講談社ブルーバックス)。座右の銘は「難解な科学をやさしく解きほぐす」。1954年兵庫県宍粟(しそう)市生まれ。


理数系書籍のレビュー記事は本書で468冊目。

今年最後の紹介記事は南部陽一郎先生(ウィキペディア)の伝記本だ。もちろん売り上げ好調の人気本である。

南部先生の業績は知っているものの、生い立ちや私生活、どのような人生を歩まれてきたかはあまり知らない方が多いことだろう。これほど著名な先生なのにである。そして2008年に先生がノーベル物理学賞を受賞されたとき、だれもが「遅すぎる!」と思ったことだろう。でも、なぜそれほど遅れた受賞になってしまったのか?それは本書を読めばわかる。

超弦理論研究の第一人者のおひとり、大栗博司先生は今年みずからの自伝を「探究する精神 職業としての基礎科学」としてお書きになった。大栗先生は小学生の頃に数学がもつ力を知り、講談社ブルーバックスシリーズで「相対性理論」や「マックスウェルの悪魔」などを知り、理解できないながらも物理学の世界に魅了される。その後、最先端の研究者になるまで寄り道することなく、順調に業績を積まれてきた。この本の第2部 武者修行の時代に、大栗先生は南部先生のもとで過ごされた日々のことをお書きになっている。

大栗先生のことは南部先生の伝記に「弟子の弟子」かつ「弟子」として「早すぎた男 南部陽一郎物語 時代は彼に追いついたか:中嶋 彰」に紹介されている。大栗先生をシカゴ大学にお招きになったのが南部陽一郎先生であり、南部先生は渥美清の「男はつらいよ」シリーズがとてもお好きだったそうだ。先生はDVDボックスも揃えていたそうである。大栗先生は南部先生のお宅で「寅さん」をご覧になったそうだ。(第何作だったのだろうか?)

ノーベル物理学賞を受賞するくらいだから、南部先生はさぞ順風満帆な研究者人生を歩んでこられたのだろうと僕は思っていたが、まったく違っていた。大学入試の段階で大きな勘違いをされていたこと、プリンストン高等研究所ではまったく成果を出せずに悶々とした日々を過ごしていたこと、せっかく素晴らしいアイデアを思いついたのに脇が甘く、他の研究者にアイデアをさらわれてしまったこと。。。みずから招いたこととはいえ「もったいないなぁ」と思うところしきりだった。

大まかなことは、本書の紹介の後半部に書かれている。

〔成功と失敗が交錯する南部陽一郎の生涯〕
・素粒子物理を志していたのに、物性物理の講座しかない東大にうっかり入学してしまったことが、のちの「マジック」の種になった。
・留学したプリンストン高等研究所では成果が出せず絶望状態に陥り、日本では教授職にあったのに、「ポスドク」扱いでシカゴ大学に移った。
・シカゴ大学で出会った物性物理の新理論が気に入らず、いらだち、しかしやがて恋に落ちたことで生まれたのが「自発的対称性の破れ」の理論だった。
・発表前に新理論の内容を明かしてしまい、ほかの研究者に先に論文に書かれるという痛恨のミスを犯した。
・90歳になっても、宇宙を記述する理論として流体力学に関心を寄せ、その研究に情熱を傾けていた。

「自発的対称性の破れ」「量子色力学」「ひも理論」などの新理論のなりたちを理解しながら、
生涯、現役の科学者を貫いた生き方に心打たれる、「科学」を忘れつつある日本人必読の書!


本書の章立ては次の通り。詳細目次はこの記事のいちばん下に載せておいた。

第1章 福井の神童
第2章 東大理学部305号室の住人
第3章 天国か地獄か、米プリンストン
第4章 自発的対称性の破れ
第5章 南部理論が生んだヒッグス粒子と電弱統一理論
第6章 クォークめぐるゲルマンとの対決
第7章 ひも理論VS量子色力学
第8章 「予言者」南部とノーベル賞
第9章 福井新聞記者が見た南部の素顔
第10章 生涯、現役の科学者

南部先生の3つの大きな業績は「自発的対称性の破れ」「量子色力学」「ひも理論」である。特に重要なのは「自発的対称性の破れ」であり、対称性が自発的に破れることにより「南部粒子(南部・ゴールドストーン粒子)」が生成される。このメカニズムと粒子が素粒子に質量を与えるしくみの最終的な決定打となった。自発的対称性の破れや南部粒子は、素粒子物理学の強い相互作用、弱い相互作用、ヒッグス機構の理解につながっただけでなく、物性物理にの理解にもつながった極めて重要な発見である。

またクォークに色荷(カラーチャージ)を導入したのも南部先生で、これとゲルマンの八道説によりクォークの「量子色力学」が現在のように理解されるようになった。

そして「ひも理論(弦理論)」は、その後「超弦理論」へと発展することになる。


南部先生が逝去されてすでに6年が経っている。晩年は地元の豊中市に戻られて通院生活をしながら研究を続けられていた。最後の最後まで好奇心を失わず、研究にまい進されていた先生のお姿に物理屋魂の底力を感じずにはいられなかった。

以下の2つの記事で、大栗先生による追悼文を読むことができる。

南部陽一郎先生を悼む(大栗先生による追悼文)
https://webronza.asahi.com/science/articles/2015071700003.html

南部先生が成し遂げたこと(日経サイエンス、大栗先生による追悼記事)
https://www.nikkei-science.com/201510_056.html


本書は物理学ファンにとっての必読書だと思う。ぜひお読みいただきたい。


関連書籍:

南部先生ご自身による解説書である。ブルーバックス本としては難しめの部類に入る。英語版は日本語の初版に対応している。

クォーク 第2版:南部 陽一郎」(Kindle版)(初版)(紹介記事
Quarks: Frontiers In Elementary Particle Physics: Yoichiro Nambu (Hardcover)」(Paperback) (Kindle Ed)
 


ブルーバックス本を読み終えたら、次に読むべき本はこの2冊である。

素粒子の宴 新装版 :南部陽一郎 、H・D・ポリツァー
南部陽一郎 素粒子論の発展:南部 陽一郎、江沢 洋
 


南部先生の論文集。江口先生、西島先生が「Broken Symmetry」の論文集を1995年に刊行されたことで、自発的対称性の破れのアイデアが南部先生によるものであることを世に知らしめ、南部先生の窮地を救うことになった。

Broken Symmetry: Selected Papers of Y. Nambu: Y.Nambu, T.Eguchi, K.Nishijima (Hardcover)」(Paperback)
Nambu: A Foreteller of Modern Physics: T. Eguchi, Han. M. Y. (Hardcover)」(Paperback)
 


「自発的対称性の破れ」を南部先生が着想したのは、超伝導のBCS理論(Bardeen Cooper Schrieffer理論)で対称性が破れていることに気がついたのがきっかけだった。BCS理論を学ぶのにいちばん適しているのがSchrieffer先生自身がお書きになったこの教科書だ。幸い樺沢先生(@adx50150)が日本語に訳してくださっている。詳細はこのページをお読みいただきたい。

超伝導の理論:J.R. シュリーファー
Theory Of Superconductivity: J. R. Schrieffer (Hardcover)」(Paperback) (Kindle Ed)
 


関連記事:

クォーク 第2版: 南部陽一郎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/966d315e9ed9b5391c93c1dd80f6028b


 

 


早すぎた男 南部陽一郎物語 時代は彼に追いついたか:中嶋 彰



プロローグ

第1章 福井の神童
- 老舗仏壇店を飛び出した父
- 陽一郎を育んだ父の書斎
- 軍国主義の色に染まる福井
- 神童もドイツ語には苦労した
- ガロアとアーベル
- 人生で最も楽しかった時期
- 湯川秀樹の中間子論
- 強い力は中間子のキャッチボールで生まれる
- 幻のパイ中間子発見
- 湯川の兄弟を目指さず東大へ
- 天才でない者は去れ
- 仁科・朝永セミナーに活路
- 卒業そして技術将校へ
- 海軍秘密文書を入手せよ
- 智恵子と出会い恋愛結婚
- 受け身だった南部中尉
- 新居は新妻の実家

第2章 東大理学部305号室の住人
- 実験室を住かに
- 南部の畏友、久保亮五
- イジングモデルで腕試し
- 関心はイジングモデルからラムシフトに
- 中村誠太郎らと翻訳アルバイト
- 木庭との出会い、朝永ゼミに“参加”
- 朝永のくりこみ理論
- 自力でラムシフトを計算
- 朝永グループと名勝負
- 武谷三男がやってきた
- 東大から大阪市立大学に
- 「こんな若造で大丈夫か」
- 南部の怠け癖が発覚
- 武者修行に現れた小柴昌俊
- 伏見の激励でイジング論文執筆
- ベーテ・サルピータ方程式に見る南部のぶっきらぼう
- 奇妙なV粒子現る
- 素粒子物理学の精鋭が勢ぞろい

第3章 天国か地獄か、米プリンストン
- 西海岸からプリンストンへ大陸横断
- スターぞろいの研究所
- アインシュタインを追いかけた南部
- 翻訳本を持ち2度目の訪問
- アインシュタインと南部の会話
- 畏怖すべきオッペンハイマー
- プリンストンに集った日本の英才たち
- 南部の近未来に起きる苦難
- 「核力の飽和性」にプラズマ理論適用
- 何ひとつうまくいかず、南部は絶望
- 中野・西島・ゲルマン則が誕生
- 智恵子、潤一と西海岸で合流
- 超伝導BCS理論のバーディーンと出会う
- シカゴ大学のゴールドバーガーと親友に
- ゲージ理論との出会い
- 居心地悪かった競争社会
- シカゴ大学へと“転校”

第4章 自発的対称性の破れ
- パラダイム塗り替えた新理論
- シカゴ大学に赴任
- フェルミが主催した「クエーカーの会議」
- 南部が敬意を表したフェルミ死す
- ゴールドバーガーへの恩返し
- 人生最大の危機転じて准教授に
- 南部をくつろがせたディナー・パーティー
- 小柴がシカゴ大学にやってきた
- 小柴が果たした恩返し
- 竜巻研究の天才、藤田哲也
- 超伝導のBCS理論との出会い
- BCS理論にいらだち最後に恋に落ちた南部
- 自発的対称性の破れとは?
- 鉛筆を使ったもう一つの説明
- 対称性が破れると南部粒子が発生する
- 陽子の質量の謎を解いた南部理論
- カイラル対称性の破れとは
- ビッグバン直後の宇宙で起きた相変化
- 陽子の中では何が起きている?
- 2年かけてBCS理論を解析
- 自信持てずグズグズと
- BCS型の現象を系統的に調査
- シカゴ大学教授に就任、東大からオファー
- ヨナ・ラシニオとランダウとの出会い
- ゴールドストーンから届いた衝撃の予稿論文
- 「とんびに油揚げをさらわれた」
- 悔しさかみ殺し書いたノーベル賞論文
- 南部は江口と西島に救われた
- 南部論文選集を出版
- 江口と西島の究極の利他行為
- 京大の坂東が南部論文に感動
- 西島でさえ理解に苦しんだ南部理論
- 南部ゴールドストーン粒子の正体は?
- ソルベー会議出席と11年ぶりの里帰り

第5章 南部理論が生んだヒッグス粒子と電弱統一理論
- 質量ゼロの粒子に魔法をかけた南部理論
- ヒッグス粒子に邪魔をされる粒子たち
- 電弱統一理論に挑んだグラショー
- 弱い力を伝える3つの粒子を想定
- 3グループが競合したヒッグス粒子
- 南部粒子がゲージ粒子に食べられた
- ヒッグスらの論文は南部が査読した
- ワインバーグたちが電弱統一理論を完成
- あまりに難しかったくりこみ計算
- 「めでたしめでたし」ではおさまらない
- 「ギンツブルク・ランダウ論文」を読んでいなかった南部
- 南部は嗅覚が敏感過ぎた?
- プリンストンで内山龍雄を襲った衝撃
- 内山を高く評価した南部

第6章 クォークめぐるゲルマンとの対決
- 南部がクォークモデルにいらだったわけ
- ゲルマン研究室に留学した原
- もう一人のスター、ファインマン
- ゲルマンにもためらい
- 分数に違和感もクォークモデルは周到なでき
- 日本からは坂田モデル
- 八道説でゲルマン有利に
- 素粒子の四元モデル
- 原はシカゴ大の南部研究室へ
- ハン・南部の整数電荷モデルが登場
- パウリの排他律に抵触したクォークモデル
- 同一クォークが3つ同居する不都合な真実
- クォークモデルに「色」を導入
- 南部マジック全開
- 小柴とファックスライン開通
- 吉村が遺した「南部を理解する方法」
- 南部に他大学からスカウト
- 天体観測が趣味だった
- 未踏の3色クォークの力学にメス
- 赤、緑、青は混じり合って白色に
- 湯川の中間子論を描き直した色力学
- ひも理論も提唱
- 塩水湖の旅がもたらした波乱
- ひも理論も南部論文集に収録
- 南部研に菅原が加入
- 躍進の10年
- 米市民権を取得

第7章 ひも理論VS量子色力学
- 「クォークの閉じ込め」解いた南部理論
- 巨大加速器でクォークに現実味
- クォークが見せた漸近的自由性
- わが子の対決を楽しんだ南部
- 「クォークの閉じ込め」はひも理論で説明できる
- 大学院生のポリツァーが謎を解明
- 漸近的自由性の背景に色荷の偏極
- ひも理論は超弦理論に進化
- 「陽ちゃん、お茶」
- 智恵子はイリノイ州立短大の講師に
- 始まった受賞ラッシュ
- 「私たちは恋愛結婚です」
- 「お父さんはお休みで忙しい」
- 父と子の距離感
- 小柴の文化勲章祝いに送ったファックス
- 物理学科のチェアマンに
- 益川と小林が「クォークは最低6種類」
- 「11月革命」でチャームクォーク出現
- 菅原と南部が手をさしのべた
- 素粒子界のヨハネ

第8章 「予言者」南部とノーベル賞
- 先見性と難解さが予言者の条件
- アハラノフ・ボーム効果に挑む
- 南部と江口の幻の共同論文?
- 菅本の見た南部陽一郎
- 江口の愛弟子の大栗が南部研に
- 悲しみのできごと
- 70歳で定年、シカゴ大の名誉教授に
- 阪大の招へい教授に
- 1980年代にも続いた賞賛
- 南部を助けた仲間たち
- 南部に暖かい風が吹いてきた
- ヒッグス粒子狙う加速器稼働が追い風に
- 益川、小林と共同受賞
- 「南部の受賞は遅すぎた」
- ノーベル賞授賞式は欠席
- 益川らの受賞の影に菅原の尽力

第9章 福井新聞記者が見た南部の素顔
- 取材に応じた南部の地元愛
- 南部が教えてくれた「授賞式欠席」
- 南部が語らなかったもの
- 南部に「自発的対称性の破れとは」と問うてみた

第10章 生涯、現役の科学者
- 90歳を超えて語った流体力学と宇宙
- 新婚時に暮らした豊中市に戻った南部夫妻
- 南部を遇した門下生
- 数式で考える人
- 腎臓弱り人工透析に
- 抱き続けた流体力学への好奇心
- 狙いはボーデの法則の証明
- 「超対称性粒子は存在しない」
- 豊中市の名誉市民に
- 湯川黒板の披露式に出席
- 「私の一目ぼれでございました」
- 大阪市大が南部研究所を設立

年表 南部陽一郎の生涯
エピローグ
さくいん

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