図1. 「量子重力理論は対称性を持たない」ことを背理法で証明する図。もし対称性があるとすると、それは図の灰色で塗られた部分にしか作用せず、中心の黒い点のまわりの状態には変化を起こさない。円周を細かく分けていくと、灰色の部分をいくらでも小さくできるので、対称性には、どこにも作用しないことになる。これは矛盾である。(Credit:Harlow and Ooguri)
理論物理学の領域で大きなニュースが飛び込んできた。大栗博司先生(@PlankScale)とダニエル・ハーロウ先生(ホームページ)の快挙である。
量子重力には対称性はない ― 大栗機構長らが証明
https://www.ipmu.jp/ja/20190619-symmetry
発表概要:
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU) の大栗博司 (おおぐりひろし) 機構長は、マサチューセッツ工科大学物理学教室の Daniel Harlow 助教と共同で、重力と量子力学を統一する理論では、素粒子論の重要な原理であった対称性がすべて破れてしまうことを、ホログラフィー原理を用いて証明しました。この証明にあたっては、量子コンピューターで失われた情報を回復する鍵とされる「量子誤り訂正符号」とホログラフィー原理との間に近年発見された関係性を用いるという新たな手法が用いられました。本研究成果は、素粒子の究極の統一理論の構築に大きく貢献するものであるとともに、近年注目される量子コンピューターの発展にも寄与すると期待され、アメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) に2019年5月17日付で掲載され、成果の重要性から注目論文(Editors’ Suggestion)に選ばれました。
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.122.191601 (2019年5月17日掲載)
論文のアブストラクト(Physical Review Letters のページ)
プレプリント (arXiv.orgのウェブページ)
2013年暮れにNHKで放送された「神の数式」で強調されていた「物理法則の対称性」が量子重力理論では「ない」ことが証明されたというのだ。対称性が「破れる」のではなく、「ない」のである。
そして「背理法」を使って証明したそうだ。高校生に背理法の威力を教えるには格好の材料だと思う。
掲載画像にはR1~R8という領域(R: Region)が描かれている。なぜ8までなのか僕にはよくわからないが、ホログラフィー原理におけるD8ブレインのことなのかと思ったり、もしかすると先日他界したマレー・ゲルマン博士の「八道説」なのかなと思ったりしている。
超弦理論によるハドロンの記述
http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~kimurasho.oj/kimurasho/file/sugimoto.pdf
Hadrons in holographic QCD(D8ブレイン上の開弦理論)
http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~masaki.murata/Masterthesis.pdf
でもプレプリントにはこの数が「任意(arbitrary)」だと書いてあるし、図の説明には「円周を細かく分けていくと」と書かれているから、たまたま8個の領域を図に採用したのだと思うようになった。
また、複数の候補があがっている「超対称性理論」や「超重力理論」、「重力子」との関係はどうなるのだろうか?これらが否定されたということなのだろうか?
発表の詳細は上記のKavli IPMUのページがいちばんわかりやすい。同じ文面をここに繰り返すのは能がない。僕にできることは論文のアブストラクトを日本語訳することくらいだ。以下に訳文を載せておく。誤訳があったらその都度直すので、ご指摘いただきたい。
発表された論文の日本語訳(翻訳 by とね)
ホログラフィーから得られる対称性に対する制約
Daniel Harlow and Hirosi Ooguri
Phys. Rev. Lett. 122, 191601 - Published 17 May 2019
この論文ではAdS/CFT対応の理論における量子重力において、従来から考えられている一連の推測(が正しいこと)を示す。推測されているのは、大域的な対称性(グローバル対称性)は成り立たないこと、内部ゲージ対称性はすべての既約表現から変換される動的な対象から導かれなければならないこと、そして内部ゲージ群はコンパクトでなければならないことである。これらの推測の真実性に関して大方の見通しでは明らかではなく、AdS/CFT対応の非摂動的な一貫性から得られる結果からは自明ではない。この議論に関しての背景と詳細は、付随する論文で紹介する。
対称性については、従来から [1-3]で示される一連の推測的な制約が考えられている。(i) 量子重力は大域的な対称性を許していない。(ii) 量子重力では、いかなる内部ゲージ対称性もすべての既約表現から変換される動的な対象から導かれなければならない。(iii) 量子重力では、いかなる内部ゲージ対称性群もコンパクトでなければならない。
これらの推測のどれも古典的なラグランジアンによって正しいとは証明されていない。例えば、アインシュタインの重力に結合する自由零質量スカラー場では推測(i)と(iii)が満たされない。そしてアインシュタインの重力に結合する純粋なマックスウェル理論のゲージ不変性は推測(ii)を満たしていない。それはこれらの推測のどれもが、非摂動的な量子重力の特性に依存しているからである。これらの推測の「古典的な」議論はブラックホールの物理学に基礎を置いている。しかし、ここにはいくつもの抜け穴がある。例えば、(i)に関してこれまで議論されてこなかったことのひとつに、λφ^4 理論における φ'= -φ 対称性のような離散的大域対称性を排除するということがあげられる。そして推測の(ii)では、ある種の短距離での物理学の仮定が必要になる。(この議論の詳細は[4]を参照)
この論文のゴールはAdS/CFT対応の力を使って、少なくともこの対応の範囲内で、量子重力理論の最良の理解を得ることであり、これらの推測(が正しいこと)を確立することである。そして、その過程で理論物理学で最も基礎的な概念である大域的な対称性とゲージ対称性が本当は何を意味しているのかを明らかにすることである。この論文では[4]で紹介されている詳細を大きく省いている。また、簡潔にするために、時空座標でありふれた動きをする内部対称性のみを取り上げた。これは高い形式での対称性と同様、[4]で再び議論されている時空対称性についても言える。
リファレンス:
[1] W. Misner and J.A. Wheeler, Classical physics as geometry: Gravitation, electromagnetism, unquantized charge, and mass as properties of curved empty space, Ann. Phys. (N.Y.) 2, 525 (1957).
[2] J. Polchinski, Monopoles, duality, and string theory, Int. J. Mod. Phys. A 19, 145 (2004).
[3] T. Banks and N. Seiberg, Symmetries and strings in field theory and gravity, Phys. Rev. D 83, 084019 (2011).
[4] D. Harlow and H. Ooguri, Symmetries in Quantum Field Theory and Quantum Gravity, Symmetries in quantum field theory and quantum gravity arXiv:1810.05338
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理論物理学の領域で大きなニュースが飛び込んできた。大栗博司先生(@PlankScale)とダニエル・ハーロウ先生(ホームページ)の快挙である。
量子重力には対称性はない ― 大栗機構長らが証明
https://www.ipmu.jp/ja/20190619-symmetry
発表概要:
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU) の大栗博司 (おおぐりひろし) 機構長は、マサチューセッツ工科大学物理学教室の Daniel Harlow 助教と共同で、重力と量子力学を統一する理論では、素粒子論の重要な原理であった対称性がすべて破れてしまうことを、ホログラフィー原理を用いて証明しました。この証明にあたっては、量子コンピューターで失われた情報を回復する鍵とされる「量子誤り訂正符号」とホログラフィー原理との間に近年発見された関係性を用いるという新たな手法が用いられました。本研究成果は、素粒子の究極の統一理論の構築に大きく貢献するものであるとともに、近年注目される量子コンピューターの発展にも寄与すると期待され、アメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) に2019年5月17日付で掲載され、成果の重要性から注目論文(Editors’ Suggestion)に選ばれました。
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.122.191601 (2019年5月17日掲載)
論文のアブストラクト(Physical Review Letters のページ)
プレプリント (arXiv.orgのウェブページ)
2013年暮れにNHKで放送された「神の数式」で強調されていた「物理法則の対称性」が量子重力理論では「ない」ことが証明されたというのだ。対称性が「破れる」のではなく、「ない」のである。
そして「背理法」を使って証明したそうだ。高校生に背理法の威力を教えるには格好の材料だと思う。
掲載画像にはR1~R8という領域(R: Region)が描かれている。なぜ8までなのか僕にはよくわからないが、ホログラフィー原理におけるD8ブレインのことなのかと思ったり、もしかすると先日他界したマレー・ゲルマン博士の「八道説」なのかなと思ったりしている。
超弦理論によるハドロンの記述
http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~kimurasho.oj/kimurasho/file/sugimoto.pdf
Hadrons in holographic QCD(D8ブレイン上の開弦理論)
http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~masaki.murata/Masterthesis.pdf
でもプレプリントにはこの数が「任意(arbitrary)」だと書いてあるし、図の説明には「円周を細かく分けていくと」と書かれているから、たまたま8個の領域を図に採用したのだと思うようになった。
また、複数の候補があがっている「超対称性理論」や「超重力理論」、「重力子」との関係はどうなるのだろうか?これらが否定されたということなのだろうか?
発表の詳細は上記のKavli IPMUのページがいちばんわかりやすい。同じ文面をここに繰り返すのは能がない。僕にできることは論文のアブストラクトを日本語訳することくらいだ。以下に訳文を載せておく。誤訳があったらその都度直すので、ご指摘いただきたい。
発表された論文の日本語訳(翻訳 by とね)
ホログラフィーから得られる対称性に対する制約
Daniel Harlow and Hirosi Ooguri
Phys. Rev. Lett. 122, 191601 - Published 17 May 2019
この論文ではAdS/CFT対応の理論における量子重力において、従来から考えられている一連の推測(が正しいこと)を示す。推測されているのは、大域的な対称性(グローバル対称性)は成り立たないこと、内部ゲージ対称性はすべての既約表現から変換される動的な対象から導かれなければならないこと、そして内部ゲージ群はコンパクトでなければならないことである。これらの推測の真実性に関して大方の見通しでは明らかではなく、AdS/CFT対応の非摂動的な一貫性から得られる結果からは自明ではない。この議論に関しての背景と詳細は、付随する論文で紹介する。
対称性については、従来から [1-3]で示される一連の推測的な制約が考えられている。(i) 量子重力は大域的な対称性を許していない。(ii) 量子重力では、いかなる内部ゲージ対称性もすべての既約表現から変換される動的な対象から導かれなければならない。(iii) 量子重力では、いかなる内部ゲージ対称性群もコンパクトでなければならない。
これらの推測のどれも古典的なラグランジアンによって正しいとは証明されていない。例えば、アインシュタインの重力に結合する自由零質量スカラー場では推測(i)と(iii)が満たされない。そしてアインシュタインの重力に結合する純粋なマックスウェル理論のゲージ不変性は推測(ii)を満たしていない。それはこれらの推測のどれもが、非摂動的な量子重力の特性に依存しているからである。これらの推測の「古典的な」議論はブラックホールの物理学に基礎を置いている。しかし、ここにはいくつもの抜け穴がある。例えば、(i)に関してこれまで議論されてこなかったことのひとつに、λφ^4 理論における φ'= -φ 対称性のような離散的大域対称性を排除するということがあげられる。そして推測の(ii)では、ある種の短距離での物理学の仮定が必要になる。(この議論の詳細は[4]を参照)
この論文のゴールはAdS/CFT対応の力を使って、少なくともこの対応の範囲内で、量子重力理論の最良の理解を得ることであり、これらの推測(が正しいこと)を確立することである。そして、その過程で理論物理学で最も基礎的な概念である大域的な対称性とゲージ対称性が本当は何を意味しているのかを明らかにすることである。この論文では[4]で紹介されている詳細を大きく省いている。また、簡潔にするために、時空座標でありふれた動きをする内部対称性のみを取り上げた。これは高い形式での対称性と同様、[4]で再び議論されている時空対称性についても言える。
リファレンス:
[1] W. Misner and J.A. Wheeler, Classical physics as geometry: Gravitation, electromagnetism, unquantized charge, and mass as properties of curved empty space, Ann. Phys. (N.Y.) 2, 525 (1957).
[2] J. Polchinski, Monopoles, duality, and string theory, Int. J. Mod. Phys. A 19, 145 (2004).
[3] T. Banks and N. Seiberg, Symmetries and strings in field theory and gravity, Phys. Rev. D 83, 084019 (2011).
[4] D. Harlow and H. Ooguri, Symmetries in Quantum Field Theory and Quantum Gravity, Symmetries in quantum field theory and quantum gravity arXiv:1810.05338
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