「力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」
内容紹介:
自然哲学から自然科学へ、ニュートン以後の静かな革命。十八世紀のヨーロッパ大陸で、力学は生まれ直した。惑星の運動から球の衝突まで、汎用性をもつ新たな知が立ち上がる過程を丹念に追跡し、オイラーの果たした画期的役割を、ライプニッツやベルヌーイ、ダランベールやラグランジュらとの関係の中で浮彫りにする。
2018年10月10刊行、356ページ。
著者について:
有賀暢迪(ありが のぶみち): ホームページ:http://www.ariga-kagakushi.info/index.html
1982年岐阜県に生まれる。2005年京都大学総合人間学部卒業。2010年京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2013年国立科学博物館理工学研究部研究員。2017年京都大学博士(文学)。
Twitter: @ariga_prdgmmkr
理数系書籍のレビュー記事は本書で383冊目。
力学は中学理科の物理と高校物理で学んでいたが、それがニュートン力学だと教わったのはいつのことだったのだろう?今でも物理の大学入試問題くらいは解けると思うし、高校物理までさかのぼって復習する必要はない。
中学、高校時代に自分はどのようにして力学の基礎概念を理解していたのだろうか?落体の法則や運動エネルギー、物体の衝突や放物運動、速度や加速度、力の平行四辺形運動量や運動エネルギー保存則、作用、仕事、力積、剛体の回転運動、回転モーメントなどなど。あと物理ではなく地学の中で学んだのがニュートンの万有引力の法則だった。
高校で物理を学んでいたころは、「ニュートン力学」と呼んでいるくらいだから、力学3法則はもちろん、力や放物運動、物体の衝突などの数理的解明と計算方法もアイザック・ニュートンの功績だと思っていた。ニュートンが著した「プリンキピア(自然哲学の数学的原理)」を知らなかったから無理もない。しかし運動エネルギーや運動量の概念がニュートンの業績でないことを何かの本で読んだとき「それじゃ、誰が発案したの?」と思っていた。その疑問は本書「力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」を読んで、40年ぶりに解決したのだ。
目から鱗が落ちるとはまさにこれである。高校生でも理解できる力学の概念は、ニュートン以後、世界最高水準の科学者たちの頭脳をもってしても、およそ100年におよぶ研究と論争が必要だったのだ。その過程で成果を共有するために多くの本が出版され、熾烈な論争が繰り返された。その初めの長い期間の中で私たちが「初等力学」として学ぶ概念が理解され、最終的にラグランジュによる「解析力学」という一般化した形にまとめられていった。
僕は3年前に「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」を読み、私たちが「ニュートン力学」と呼んでいるものとニュートン自身が到達し、理解していた「ニュートンの力学」との間に大きな開きがあることを学んでいる。この山本先生の本と今回紹介する有賀先生の本は、ともにニュートンから始まりライプニッツからラグランジュに至る古典力学史を解説し、引き合いに出される科学者はほぼ共通している。しかし、以下のような特長があるから2冊とも読んでおくべきだと思った。
山本先生の本:
- 横書き本である。(数式を記述するため。)
- それぞれの科学者の業績を数式を多用して紹介、解説している。(大学物理を学んだ人向け)
- ニュートン、ガリレイ、ケプラーの業績に関する記述が多い。
- ライプニッツそしてライプニッツ以降の解析学(微積分学)の発展史を含めて解説している。
- ライプニッツ、ヴァリニョン、ヤコブ・ベルヌーイ、ヨハン・ベルヌーイ、モーペルテュイ、ダニエル・ベルヌーイ、オイラー、ダランベール、ラグランジュなどが行なった研究を個別に数式を紹介しながら解説しているため、力学全体に対する貢献がどこにあるか、力学の個別の概念をどのように理解していたかが読み取りにくい。(僕の理解力が足りないだけかもしれないが。)
- 地上の力学(静力学、動力学)だけでなく、天体力学史(月や惑星の運動、潮汐理論)にも多くのページを割いている。つまり「遠隔力」をめぐる議論が解説されている。
有賀先生の本:
- 縦書き本である。(数式はほとんどない。)
- 数式はほとんどないが、理解するには高校物理レベルの知識は必要。大学の解析力学は入門書程度の知識はあったほうがよい。
- ニュートン、ガリレイ、ケプラーに関する記述はほとんどない。
- ライプニッツそしてライプニッツ以降の力学の発展史がメイン。解析学(微積分学)発展史はない。
- 年代をたどりながら科学者がどのように影響を及ぼし合って力学概念の継承、変化したかを詳細に解説している。
- 地上の力学(静力学、動力学)に関する記述がメイン。天体力学史や「遠隔力」をめぐる話はほとんど書かれていない。
「力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」の章立ては次のとおり。おおまかに言えば第I部と第II部は初等力学史、第III部が解析力学史である。
序 論 力の起源をたずねて
第1章 18世紀力学史の歴史叙述
第I部 活力論争と「運動物体の力」の盛衰
第2章 17世紀の自然哲学における「運動物体の力」
第3章 活力論争の始まり
第4章 活力論争の解消
小括 「運動物体の力」の否定とそれに替わるもの
第II部 オイラーの「力学」構想
第5章 「動力学」の解析化
第6章 活力論争における衝突理論の諸相と革新
第7章 オイラーにおける「力学」の確立
小括 「力学」の誕生
第III部 『解析力学』の起源
第8章 再定義される「動力学」と、その体系化
第9章 作用・効果・労力 ― 最小原理による力学
第10章 ラグランジュの力学構想の展開
小括 静力学と動力学の統一、あるいは衝突の問題の後退
結 論 自然哲学から「力学」へ
そもそも「力」が何なのかすらわかっていなかったのだ。「えっ!そうなの?」と思われるかもしれない。ニュートン以前であっても、物体の落下や投射運動、振子の運動は観察されていたし、テコや滑車、バネも使われていたし、物体の衝突だって日常的に経験していたはずだ。難しいのは天体の運動の力学や計算であり、地上の力学はほぼ解決済みだと僕は思っていた。小学校で実験するように「バネばかり」を使えば力は測定できる。
しかし、微積分記号を発明して力学研究に使っていたライプニッツさえも「力」とは物質に内在する「何か」であると考えていた。もちろん間違いである。そして「力の大きさを表す尺度」をどのように求めればよいかということが科学者の間で問題とされていたのだ。
なるほど、日常生活では「力を込める」とか「力を溜める」という言葉があるくらいだから、力とは物質の中にあるものだという誤った理解に陥っていたのかもしれない。
そして注意すべきは、この時代に使われていた「力」という言葉が、現代の物理概念で言うところの「運動エネルギー」あるいは「運動量」であるということなのだ。「力の量の尺度」として「1/2 mv²」と「mv」のどちらを採用すべきかということをめぐって「活力論争」は何十年にもわたって繰り広げられた。(ウィキペディアで調べると「運動エネルギー」という用語はは1850年頃ウィリアム・トムソンによって初めて用いられたとある。運動量については「運動の量」としてニュートンやライプニッツはすでに理解していた。)
現代の私たちは完成した力学と力学概念を整理された形で学んでいるから、発展途上で科学者が使う用語が同じだとしても現代とは違った概念のことがある。ライプニッツが「活力」、「死力」と呼んでいたものが何なのか、オイラーだけについてでも同じ用語であらわされる概念がどのように変化していったかを注意深く理解する必要がある。オイラーは「労力」や「最小労力の原理」という現代では使われない用語を使っているので、最初は戸惑うかもしれない。完成した力学を知っているだけに、当時の科学者が使う用語の意味を正しく理解するのが難しいのだ。
しかしながら、著者の有賀先生は分かりにくい用語、誤解をしやすい用語がでてくると、言葉を尽くして説明してくださっているから、読者は安心して読み進めることができる。また一度説明したことも、後のほうの章で必要になるときには繰り返して説明してくださるから、忘れっぽい読者でも途中で置いて行かれることはない。とても親切な本である。
ひとつだけ難点を言わせていただくと、数式がほとんどないため、科学者たちが個別に研究した内容を知らないと、どのようにして彼らが力学概念をそのように理解するに至ったかが読み取りにくいということがあげられる。これは多数の文献を調べる必要があるため、力学概念をどのようにとらえていたかを書物の中の文章表現から拾わなければならず、数式で記述された個別の研究内容の理論的脈絡からは拾いきれなかったことが影響しているからではないだろうかと僕は思った。少なくともウィキペディアなどで、それぞれの科学者がどのような研究をし、業績をあげたのか抑えておけば、この難点は軽減されると思う。(この点については、山本先生の本では数式を現代の流儀に書き換え、そこから意味をくみ取る作業をされているので問題は生じていない。)
本書は「あとがき―本書に辿り着くまで」に書かれているように、有賀先生の博士論文がもとになっている。著者の18世紀の力学とのかかわりは学生時代の2003年にまで遡る。それがようやく実を結び1冊の本になった。数多くの原書を読み解き、歴史と科学の狭間で苦労されて完成した力作である。先生ご自身が「あとがき」にお書きになっているように、「運動方程式」に関する記述が少ないこと、ダニエル・ベルヌーイの『流体動力学(1738年)』に触れていないという不備な点があるという。
僕には久しぶりにのめり込み、熱中できた読書体験となった。どなたかがツイートされていたが、本書は英語に訳して世界中の物理学関係者に読んでもらいたいと思う。
超お勧めの本なので、ぜひお読みいただきたい!
どちらを先に読むかは自由だが、山本先生の著書と紹介記事はこちらからどうぞ。
「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」(紹介記事)
有賀先生の本を読んでいるうちに、初等力学の本を無性に読みたくなってきた。高校物理の参考書までは遡る必要はないが、以前「初等力学までは読む必要はないな。」と思って未読だった前野先生の本を注文した。また、すでに紹介記事を書いている前野先生の「よくわかる解析力学」のほうも、僕が読んだ第1刷以来、誤植が訂正されている最新刷を取り寄せておいた。この2冊は有賀先生の本で語られている力学概念が現代どのように理解されているかを考えるのに(難易度が低く、丁寧で読みやすいことも含めて)最適な読み合わせの本だと思う。
「よくわかる初等力学: 前野昌弘」(サポートページ)
「よくわかる解析力学: 前野昌弘」(紹介記事)(サポートページ)
関連記事:
古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e808487b7e9d668967f703396e32d80a
古典力学の形成: 山本義隆―続きの話
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b5904a574fd4c4e276da496bd2c1821b
よくわかる解析力学:前野昌弘
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bd9d328483de3bc3f9a3ad14ec6fe078
マッハ力学―力学の批判的発展史:伏見譲訳
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b283e623ad8c112556fc107f4c422b4b
マッハと現代物理学: 伏見康治
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/199aca0e09948ec308f1cd870fd06b43
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「力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」
序 論 力の起源をたずねて
第1章 18世紀力学史の歴史叙述
1 解析化と体系化
2 活力論争と力の概念
3 「力学」の誕生
第I部 活力論争と「運動物体の力」の盛衰
第2章 17世紀の自然哲学における「運動物体の力」
1 物体の中の「力」と衝突の問題 ― デカルト
2 「固有力」と「刻印力」― ニュートン
3 「活力」と「死力」―ライプニッツ
第3章 活力論争の始まり
1 ドイツ語圏での支持拡大
2 オランダからの反応
3 フランスでの論戦の始まり
第4章 活力論争の解消
1 ダランベールの「動力学」構想
2 モーペルテュイの最小作用の原理
3 オイラーによる「慣性」と「力」の分離
小括 「運動物体の力」の否定とそれに替わるもの
第II部 オイラーの「力学」構想
第5章 「動力学」の解析化
1 活力と死力、その異質性
2 活力と死力、その連続性
3 死力による活力の生成
第6章 活力論争における衝突理論の諸相と革新
1 衝突の法則と物質観
2 ス・グラーフェサンデによる「力」の計算
3 パリ科学アカデミー懸賞受賞論文
4 ベルヌーイによる衝突過程のモデル化
5 オイラーによる「運動方程式」の利用
第7章 オイラーにおける「力学」の確立
1 活力と死力の受容
2 「動力」、「静力学」、そして「力学」
3 ライプニッツ-ヴォルフ流の「力」理解に対する批判
小括 「力学」の誕生
第III部 『解析力学』の起源
第8章 再定義される「動力学」と、その体系化
1 パリ科学アカデミーにおける「動力学」の出現
2 「力」の科学から運動の科学へ
3 ダランベールの「一般原理」と、そのほかの「一般原理」
第9章 作用・効果・労力 ― 最小原理による力学
1 弾性薄板と軌道曲線における「力」
2 「労力」の発見
3 最小労力の原理
4 2つの最小原理、2つの到達点
第10章 ラグランジュの力学構想の展開
1 「動力学」のさらなる体系化
2 「普遍の鍵」としての最小原理
3 「一般公式」の由来と『解析力学』の力概念
小括 静力学と動力学の統一、あるいは衝突の問題の後退
結 論 自然哲学から「力学」へ
あとがき
補 遺
年 表
注
参考文献
索 引
内容紹介:
自然哲学から自然科学へ、ニュートン以後の静かな革命。十八世紀のヨーロッパ大陸で、力学は生まれ直した。惑星の運動から球の衝突まで、汎用性をもつ新たな知が立ち上がる過程を丹念に追跡し、オイラーの果たした画期的役割を、ライプニッツやベルヌーイ、ダランベールやラグランジュらとの関係の中で浮彫りにする。
2018年10月10刊行、356ページ。
著者について:
有賀暢迪(ありが のぶみち): ホームページ:http://www.ariga-kagakushi.info/index.html
1982年岐阜県に生まれる。2005年京都大学総合人間学部卒業。2010年京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2013年国立科学博物館理工学研究部研究員。2017年京都大学博士(文学)。
Twitter: @ariga_prdgmmkr
理数系書籍のレビュー記事は本書で383冊目。
力学は中学理科の物理と高校物理で学んでいたが、それがニュートン力学だと教わったのはいつのことだったのだろう?今でも物理の大学入試問題くらいは解けると思うし、高校物理までさかのぼって復習する必要はない。
中学、高校時代に自分はどのようにして力学の基礎概念を理解していたのだろうか?落体の法則や運動エネルギー、物体の衝突や放物運動、速度や加速度、力の平行四辺形運動量や運動エネルギー保存則、作用、仕事、力積、剛体の回転運動、回転モーメントなどなど。あと物理ではなく地学の中で学んだのがニュートンの万有引力の法則だった。
高校で物理を学んでいたころは、「ニュートン力学」と呼んでいるくらいだから、力学3法則はもちろん、力や放物運動、物体の衝突などの数理的解明と計算方法もアイザック・ニュートンの功績だと思っていた。ニュートンが著した「プリンキピア(自然哲学の数学的原理)」を知らなかったから無理もない。しかし運動エネルギーや運動量の概念がニュートンの業績でないことを何かの本で読んだとき「それじゃ、誰が発案したの?」と思っていた。その疑問は本書「力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」を読んで、40年ぶりに解決したのだ。
目から鱗が落ちるとはまさにこれである。高校生でも理解できる力学の概念は、ニュートン以後、世界最高水準の科学者たちの頭脳をもってしても、およそ100年におよぶ研究と論争が必要だったのだ。その過程で成果を共有するために多くの本が出版され、熾烈な論争が繰り返された。その初めの長い期間の中で私たちが「初等力学」として学ぶ概念が理解され、最終的にラグランジュによる「解析力学」という一般化した形にまとめられていった。
僕は3年前に「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」を読み、私たちが「ニュートン力学」と呼んでいるものとニュートン自身が到達し、理解していた「ニュートンの力学」との間に大きな開きがあることを学んでいる。この山本先生の本と今回紹介する有賀先生の本は、ともにニュートンから始まりライプニッツからラグランジュに至る古典力学史を解説し、引き合いに出される科学者はほぼ共通している。しかし、以下のような特長があるから2冊とも読んでおくべきだと思った。
山本先生の本:
- 横書き本である。(数式を記述するため。)
- それぞれの科学者の業績を数式を多用して紹介、解説している。(大学物理を学んだ人向け)
- ニュートン、ガリレイ、ケプラーの業績に関する記述が多い。
- ライプニッツそしてライプニッツ以降の解析学(微積分学)の発展史を含めて解説している。
- ライプニッツ、ヴァリニョン、ヤコブ・ベルヌーイ、ヨハン・ベルヌーイ、モーペルテュイ、ダニエル・ベルヌーイ、オイラー、ダランベール、ラグランジュなどが行なった研究を個別に数式を紹介しながら解説しているため、力学全体に対する貢献がどこにあるか、力学の個別の概念をどのように理解していたかが読み取りにくい。(僕の理解力が足りないだけかもしれないが。)
- 地上の力学(静力学、動力学)だけでなく、天体力学史(月や惑星の運動、潮汐理論)にも多くのページを割いている。つまり「遠隔力」をめぐる議論が解説されている。
有賀先生の本:
- 縦書き本である。(数式はほとんどない。)
- 数式はほとんどないが、理解するには高校物理レベルの知識は必要。大学の解析力学は入門書程度の知識はあったほうがよい。
- ニュートン、ガリレイ、ケプラーに関する記述はほとんどない。
- ライプニッツそしてライプニッツ以降の力学の発展史がメイン。解析学(微積分学)発展史はない。
- 年代をたどりながら科学者がどのように影響を及ぼし合って力学概念の継承、変化したかを詳細に解説している。
- 地上の力学(静力学、動力学)に関する記述がメイン。天体力学史や「遠隔力」をめぐる話はほとんど書かれていない。
「力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」の章立ては次のとおり。おおまかに言えば第I部と第II部は初等力学史、第III部が解析力学史である。
序 論 力の起源をたずねて
第1章 18世紀力学史の歴史叙述
第I部 活力論争と「運動物体の力」の盛衰
第2章 17世紀の自然哲学における「運動物体の力」
第3章 活力論争の始まり
第4章 活力論争の解消
小括 「運動物体の力」の否定とそれに替わるもの
第II部 オイラーの「力学」構想
第5章 「動力学」の解析化
第6章 活力論争における衝突理論の諸相と革新
第7章 オイラーにおける「力学」の確立
小括 「力学」の誕生
第III部 『解析力学』の起源
第8章 再定義される「動力学」と、その体系化
第9章 作用・効果・労力 ― 最小原理による力学
第10章 ラグランジュの力学構想の展開
小括 静力学と動力学の統一、あるいは衝突の問題の後退
結 論 自然哲学から「力学」へ
そもそも「力」が何なのかすらわかっていなかったのだ。「えっ!そうなの?」と思われるかもしれない。ニュートン以前であっても、物体の落下や投射運動、振子の運動は観察されていたし、テコや滑車、バネも使われていたし、物体の衝突だって日常的に経験していたはずだ。難しいのは天体の運動の力学や計算であり、地上の力学はほぼ解決済みだと僕は思っていた。小学校で実験するように「バネばかり」を使えば力は測定できる。
しかし、微積分記号を発明して力学研究に使っていたライプニッツさえも「力」とは物質に内在する「何か」であると考えていた。もちろん間違いである。そして「力の大きさを表す尺度」をどのように求めればよいかということが科学者の間で問題とされていたのだ。
なるほど、日常生活では「力を込める」とか「力を溜める」という言葉があるくらいだから、力とは物質の中にあるものだという誤った理解に陥っていたのかもしれない。
そして注意すべきは、この時代に使われていた「力」という言葉が、現代の物理概念で言うところの「運動エネルギー」あるいは「運動量」であるということなのだ。「力の量の尺度」として「1/2 mv²」と「mv」のどちらを採用すべきかということをめぐって「活力論争」は何十年にもわたって繰り広げられた。(ウィキペディアで調べると「運動エネルギー」という用語はは1850年頃ウィリアム・トムソンによって初めて用いられたとある。運動量については「運動の量」としてニュートンやライプニッツはすでに理解していた。)
現代の私たちは完成した力学と力学概念を整理された形で学んでいるから、発展途上で科学者が使う用語が同じだとしても現代とは違った概念のことがある。ライプニッツが「活力」、「死力」と呼んでいたものが何なのか、オイラーだけについてでも同じ用語であらわされる概念がどのように変化していったかを注意深く理解する必要がある。オイラーは「労力」や「最小労力の原理」という現代では使われない用語を使っているので、最初は戸惑うかもしれない。完成した力学を知っているだけに、当時の科学者が使う用語の意味を正しく理解するのが難しいのだ。
しかしながら、著者の有賀先生は分かりにくい用語、誤解をしやすい用語がでてくると、言葉を尽くして説明してくださっているから、読者は安心して読み進めることができる。また一度説明したことも、後のほうの章で必要になるときには繰り返して説明してくださるから、忘れっぽい読者でも途中で置いて行かれることはない。とても親切な本である。
ひとつだけ難点を言わせていただくと、数式がほとんどないため、科学者たちが個別に研究した内容を知らないと、どのようにして彼らが力学概念をそのように理解するに至ったかが読み取りにくいということがあげられる。これは多数の文献を調べる必要があるため、力学概念をどのようにとらえていたかを書物の中の文章表現から拾わなければならず、数式で記述された個別の研究内容の理論的脈絡からは拾いきれなかったことが影響しているからではないだろうかと僕は思った。少なくともウィキペディアなどで、それぞれの科学者がどのような研究をし、業績をあげたのか抑えておけば、この難点は軽減されると思う。(この点については、山本先生の本では数式を現代の流儀に書き換え、そこから意味をくみ取る作業をされているので問題は生じていない。)
本書は「あとがき―本書に辿り着くまで」に書かれているように、有賀先生の博士論文がもとになっている。著者の18世紀の力学とのかかわりは学生時代の2003年にまで遡る。それがようやく実を結び1冊の本になった。数多くの原書を読み解き、歴史と科学の狭間で苦労されて完成した力作である。先生ご自身が「あとがき」にお書きになっているように、「運動方程式」に関する記述が少ないこと、ダニエル・ベルヌーイの『流体動力学(1738年)』に触れていないという不備な点があるという。
僕には久しぶりにのめり込み、熱中できた読書体験となった。どなたかがツイートされていたが、本書は英語に訳して世界中の物理学関係者に読んでもらいたいと思う。
超お勧めの本なので、ぜひお読みいただきたい!
どちらを先に読むかは自由だが、山本先生の著書と紹介記事はこちらからどうぞ。
「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」(紹介記事)
有賀先生の本を読んでいるうちに、初等力学の本を無性に読みたくなってきた。高校物理の参考書までは遡る必要はないが、以前「初等力学までは読む必要はないな。」と思って未読だった前野先生の本を注文した。また、すでに紹介記事を書いている前野先生の「よくわかる解析力学」のほうも、僕が読んだ第1刷以来、誤植が訂正されている最新刷を取り寄せておいた。この2冊は有賀先生の本で語られている力学概念が現代どのように理解されているかを考えるのに(難易度が低く、丁寧で読みやすいことも含めて)最適な読み合わせの本だと思う。
「よくわかる初等力学: 前野昌弘」(サポートページ)
「よくわかる解析力学: 前野昌弘」(紹介記事)(サポートページ)
関連記事:
古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e808487b7e9d668967f703396e32d80a
古典力学の形成: 山本義隆―続きの話
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b5904a574fd4c4e276da496bd2c1821b
よくわかる解析力学:前野昌弘
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bd9d328483de3bc3f9a3ad14ec6fe078
マッハ力学―力学の批判的発展史:伏見譲訳
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b283e623ad8c112556fc107f4c422b4b
マッハと現代物理学: 伏見康治
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/199aca0e09948ec308f1cd870fd06b43
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「力学の誕生―オイラーと「力」概念の革新―: 有賀暢迪」
序 論 力の起源をたずねて
第1章 18世紀力学史の歴史叙述
1 解析化と体系化
2 活力論争と力の概念
3 「力学」の誕生
第I部 活力論争と「運動物体の力」の盛衰
第2章 17世紀の自然哲学における「運動物体の力」
1 物体の中の「力」と衝突の問題 ― デカルト
2 「固有力」と「刻印力」― ニュートン
3 「活力」と「死力」―ライプニッツ
第3章 活力論争の始まり
1 ドイツ語圏での支持拡大
2 オランダからの反応
3 フランスでの論戦の始まり
第4章 活力論争の解消
1 ダランベールの「動力学」構想
2 モーペルテュイの最小作用の原理
3 オイラーによる「慣性」と「力」の分離
小括 「運動物体の力」の否定とそれに替わるもの
第II部 オイラーの「力学」構想
第5章 「動力学」の解析化
1 活力と死力、その異質性
2 活力と死力、その連続性
3 死力による活力の生成
第6章 活力論争における衝突理論の諸相と革新
1 衝突の法則と物質観
2 ス・グラーフェサンデによる「力」の計算
3 パリ科学アカデミー懸賞受賞論文
4 ベルヌーイによる衝突過程のモデル化
5 オイラーによる「運動方程式」の利用
第7章 オイラーにおける「力学」の確立
1 活力と死力の受容
2 「動力」、「静力学」、そして「力学」
3 ライプニッツ-ヴォルフ流の「力」理解に対する批判
小括 「力学」の誕生
第III部 『解析力学』の起源
第8章 再定義される「動力学」と、その体系化
1 パリ科学アカデミーにおける「動力学」の出現
2 「力」の科学から運動の科学へ
3 ダランベールの「一般原理」と、そのほかの「一般原理」
第9章 作用・効果・労力 ― 最小原理による力学
1 弾性薄板と軌道曲線における「力」
2 「労力」の発見
3 最小労力の原理
4 2つの最小原理、2つの到達点
第10章 ラグランジュの力学構想の展開
1 「動力学」のさらなる体系化
2 「普遍の鍵」としての最小原理
3 「一般公式」の由来と『解析力学』の力概念
小括 静力学と動力学の統一、あるいは衝突の問題の後退
結 論 自然哲学から「力学」へ
あとがき
補 遺
年 表
注
参考文献
索 引