「多変数関数論 (数学のかんどころ 21):若林功」
内容紹介:
本書は、多変数関数論の基礎知識を学びたいと思う人々に向けた入門書である。20世紀には種々の分野において多変数化が行われ、多変数関数論が重要な役割を果たすようになった。多変数関数論が専門でない人々にとっても、数学を学ぶ上でこの基礎知識は有用である。本書では、どの分野の人にも知っておいてほしい多変数関数の知識を厳選し、解説した。
2013年12月刊行、171ページ。
著者について:
若林功(わかばやし いさお): HP: http://math-seikei.sakura.ne.jp/wakabayashi/
1965年東京大学理学部数学科卒業、1967年東京大学理学研究科数学、1994年-2002年成蹊大学工学部教授、専門は代数学、基礎解析学。
理数系書籍のレビュー記事は本書で375冊目。
解析学(微積分学)は17世紀にニュートンやライプニッツによって創始され、その後高校で学ぶ1変数の実変数の微積分学から理工系の大学1、2年で学ぶ1変数の複素変数の微積分学に150年をかけて発展した。そこまでの経緯を知るには高瀬先生の「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで」や「微分積分学の誕生 デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで」をお読みになるとよい。その後、20世紀になってから岡潔によって目覚ましい発展を遂げたのが多変数(n変数)の複素領域(C^n)での関数の微積分学(多変数関数論=n変数の関数論)である。
今年2月に放送された「天才を育てた女房(読売テレビ)、数学者 岡潔」に触発され、岡先生が切り拓いた多変数複素関数の世界を少しでもわかりたいと「岡潔/多変数関数論の建設:大沢健夫」を読んだがあえなく挫折。
番組解説記事
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あきらめがつかなかったので、今回は「多変数関数論 (数学のかんどころ 21):若林功」を読んでみた。僕が知る限り、この分野ではいちばんやさしい教科書、副読本である。結果から言うと読んで大正解だった。理解度は7割にとどまったが、多次元複素領域の様子がだいぶイメージできるようになったと思う。共立出版の「数学のかんどころ」シリーズには、よい本が揃っていそうだ。
本書の「はじめに」と「正誤表」は共立出版の本書紹介のページで読むことができる。
多変数関数論 (数学のかんどころ 21):共立出版のHP
http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320019997
本書の要約
本書は次のように要約される。
第1章 多変数正則関数の基本性質
多変数の正則関数の定義を述べ、1変数正則関数について成り立つ基本性質とほぼ類似の性質について、1変数関数論を復習しながら学ぶ。一致の定理、多変数正則関数の実部である多重調和関数は1変数の場合と異なった状況が生じる。
キーワード:ハルト―クスの正則性定理、コーシーの積分公式、コーシーの評価式、リューヴィルの定理、一致の定理、多重円板、多重調和関数、コーシー・リーマンの関係式
第2章 正則関数の接続
ある領域の正則関数が、より広い領域の正則関数に接続されることがある。1変数の正則関数に対する除去可能特異点と同様なことは、多変数正則関数についても成り立つ。ところが、多変数正則関数の現象として、ある領域のすべての正則関数が一斉により広い一定の領域まで接続されることがある。その最初の一、二の例とハルト―クスの接続定理について述べる。正則関数がより広い領域まで接続される現象は、代数幾何学などでも利用される。
キーワード:除去可能特異点、除去可能定理、ハルト―クスの接続定理、超球、ハルト―クス・オスグッドの定理、正則領域、ワイエルシュトラスの定理
第3章 ワイエルシュトラスの予備定理
多変数関数については、関数の大域的な性質のみならず、局所的な性質、すなわち1点の近傍における性質も重要である。局所的な性質も、1変数の場合と比べて多変数の場合はかなり複雑な様子になっている。局所的な性質を理解するのに有用なワイエルシュトラスの予備定理を述べる。これを用いて、局所正則関数環が素元分解環であることを示す。また、割り算定理を述べて、これより、局所正則関数環がネーター環であることを示す。
キーワード:局所正則関数環、関数芽、正則関数芽、ワイエルシュトラスの予備定理、素元分解環(一意分解整域)、ネーター環、割り算定理、ヒルベルトの基底定理、偏角の原理
第4章 解析的集合
正則関数の共通零点集合である解析集合について、局所的な扱いと大域的な扱いとがあるが、局所的にもかなり複雑であるので、局所的性質を中心に考える。局所的に、解析的集合芽と局所整数環のイデアルとの対応、解析的集合芽の既約性、次元、特異点などの一般的事項を初めに学ぶ。その後、1つの正則関数の零点集合である主解析的集合について、その幾何学的性質をワイエルシュトラスの予備定理によって調べる。
解析的集合の特異点の詳しい性質などは、特異点論の分野の研究に発展していくものであるし、代数幾何学でも必要になっている。また、複素多様体を拡張した解析空間と呼ばれる空間、すなわち解析的集合を張り合わせた空間の研究にも繋がっていく。
キーワード:解析的集合。集合芽、解析的集合芽、主解析的集合芽、可約、既約、イデアル、素イデアル、ネーター環、共通零点集合、局所次元、局所余次元、特異点、通常点、連結性、終結式、判別式
第5章 有理型関数,ローラン展開
有理型関数の定義を述べ、その極、および多変数のときに初めて現れる不確定点の様子を見る。次に1変数関数の場合のローラン展開を、そのままの形で多変数に拡張する。
キーワード:有理型関数、極、極集合、特殊擬多項式、ローラン展開、多重円環
第6章 正則領域
C^nの領域が正則領域であることと正則凸領域であることは同値である。これは正則領域を特徴付ける重要な性質で、カルタン・トゥレンの基本定理と呼ばれている。
正則領域は、多変数関数論を展開する上で最も重要な領域であり、様々な良い性質をもっている。例えば、正則領域においては、局所的に与えられた極をもつ領域全体での有理型関数が常に存在する。また、正則領域がある種の幾何学的条件を満たせば、局所的に与えられた零点をもつ領域全体での正則関数が存在する。これらは岡潔による深い研究から得られた結果であり、本書では結果の紹介だけしかできない。
キーワード:正則凸性、多重円板、正則凸包、正則凸領域、幾何学的凸、幾何学的凸包、解析的多面体、カルタン・トゥレンの基本定理、ミッタグ・レフラーの定理、ワイエルシュトラスの因数分解定理、極の分布、零の分布、クザンの加法的問題、クザンの乗法的問題、上空移行の原理、ポアンカレの問題
第7章 微分形式と積分
微分形式は微分可能実多様体の上で定義され、微分可能部分多様体の上でそれを積分することが考えられているが、それを C^n の領域において正則な、あるいは有理型の微分形式について考える。微分形式とは積分されるもののことである。C^n の領域の場合も、積分する図形は区分的に滑らかな実の部分多様体である。超曲面に高々1位の極を持つ有理型微分形式に対して留形式を定義し、積分と留形式との関係を見る。
キーワード:正則微分形式、p次正則微分形式、C^n上の正則微分形式、外積、微分形式の積分、外微分、微分形式の引き戻し、微分形式の制限、ストークスの定理、コーシーの積分定理の一拡張、留形式(留数の一般化)、超曲面、定義関数、留形式定理、管近傍、δ対応、正規交差、合成留形式、閉正則微分形式、合成留形式の積分、合成留形式定理
まとめと感想
「第6章 正則領域」と「第7章 微分形式と積分」が重要なのは言うまでもない。最初はわかりにくくても、読んでいくうちにイメージが作られてくるのが本書の特長だ。途中であきらめないで読み進めることをお勧めする。1変数での微分形式や留数が多変数だとどのようになるかが理解できたとき、かなりうれしかった。
ただし、過度な期待をしてはいけない。あくまでこれは「入門のための入門書」。岡潔の業績を最高峰のチョモランマに例えれば、本書でたどり着けるのはベースキャンプではなく、登山のために開催されるガイダンス、あるいは説明会のレベルだと僕は感じた。「チョモランマを制覇するのは、こんなに大変なのですよ。でも、この山に登るとこのような景色が待ち受けているのです。」のような段階の本である。
工夫された図版
本書の理解を大いに助けてくれるのが図版である。多次元複素空間(C^n)の図形を上手に工夫して実2次元の紙面に落とし込み、視覚化している。いくつか紹介しておこう。本書の記述の雰囲気と合わせて参考にしていただきたい。
拡大:正則関数の拡張
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拡大:ハルト―クスの接続定理
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拡大:A*の連結性
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拡大:幾何学的凸領域
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拡大:上空移行の原理
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拡大:留形式定理
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拡大:管近傍の局所直積表示
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しかし、このレベルの数学を図版無しの教科書で学ぶというのは、このような図版のイメージを自分で想像できなければならないことに気付くと、先に続く道は相当険しいのだと思い知るわけだ。
本書で紹介されている参考図書
巻末では参考図書をいくつか紹介し、特長が書かれている。本書を学び終えたら次はこのような本に取り組むとよい。
「多変数関数論:酒井栄一」(1966年)
多変数関数論の基礎が初学者にも学びやすいように述べられている。本書で触れられなかった内容も含まれていて、またより詳しく述べられてもいるので、本書の補いとして学ぶには良い本である。
「多変数函数論:西野利雄」(1996年)
20世紀の半ばまでに確立された多変数関数論を解説し、岡潔によって創造された世界を可能な限り元の姿のままで紹介することを目指したものである。著者の深い研究と数学観に基づいて書かれていて、高度な内容の専門書である。岡潔によって解かれたレヴィ問題、すなわち完備な強擬凸状関数をもつ解析空間はスタイン空間であること、その特別な場合として、C^n の擬凸領域は正則領域であることの証明を最終目標としている。
「多変数解析関数論 ─学部生へおくる岡の連接定理:野口潤次郎」(2013年)
多変数関数論全般にわたって解説していて、層の理論やスタイン多様体の理論など現代的な取り扱いをしている。岡の連接定理を基本にして多変数関数論を組み立て、多変数関数論における主要な成果を証明を付けて証明している。多変数関数論を本格的に学ぼうとする学生にとって良い本である。
「多変数解析函数論:一松信」(1960年)
多変数関数論の初歩から、全般にわたる当時の最新の内容まで含んだ素晴らしい本である。多変数関数論を本格的に学ぼうとする人にとって、この本は現在でも最も良い本の1つである。高度な内容まで述べられているが、具体的、実質的であり、頑張れば理解できるであろう。多変数関数論の発展の歴史も詳しく述べられていて興味深く読むことができる。本書の執筆に際して、多くの部分についてこの本を参考にさせて頂いた。
「複素函数:山口博史」(2003年)
1変数函数論の初歩からコーシーの積分公式、留数定理までを学び、その後、多変数関数論に入り、上空移行の原理を解説し、岡潔の画期的なアイデアの素晴らしさが読者に伝わることを願って書かれた本である。丁寧にわかりやすく書かれている。
関連書籍:
多変数複素関数論の教科書。6月に増補版として刊行されたばかり。立ち読みした限りでは、僕には歯が立たないとすぐわかった。こういう教科書が理解できる人がうらやましい。
「多変数複素解析 増補版:大沢健夫」
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もう少し易しい教科書は次の2冊。これらも立ち読みしたところ、手ごわそうだった。それぞれAmazonで目次をご覧いただきたい。野口先生の本は今回紹介した若林先生の「多変数関数論 (数学のかんどころ 21)」でも参考図書として取り上げられている。
「多変数解析関数論 ─学部生へおくる岡の連接定理:野口潤次郎」
「多変数複素関数論を学ぶ:倉田令二朗」
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岡潔のライバル、親友であり続けたフランスの数学者アンリ・カルタンによる複素関数論の初等的教科書。フランス語版の原題は「解析関数の初等的理論:1または多複素変数」である。第IV章で20ページに渡って多変数複素関数論が解説されている。カルタンがパリ大学理学部で行なった講義をもとに1963年に出版された大学1、2年生から読める易しい教科書だ。日本語版、英語版、フランス語版を載せておこう。
「複素函数論:H.カルタン」
「Elementary Theory of Analytic Functions of One or Several Complex Variables」(Kindle版)
「Theorie elementaire des fonctions analytiques. D'une ou plusieurs variables complexes - Deuxieme cycle」
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1変数の複素関数論:
そもそも1変数の複素関数論がわかっていないと多変数複素関数論は学べない。1変数についてはよい教科書がたくさんでているので「解析学入門のための教科書談義」という記事を参考にしていただきたいが、今月、次のようなとても易しい副読本が刊行された。大学の授業についていけない人はお読みになるとよいだろう。若林先生の「多変数関数論 (数学のかんどころ 21)」と同様、図版がとても豊富である。1変数複素関数論の本だと「ヴィジュアル複素解析: T.ニーダム」もそうだが、これら3冊はさしずめ複素関数論書籍では「ビジュアル系」といったところだ。
「高校生からわかる複素解析: 涌井良幸」(図版のサンプル)
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参考資料:
数学者 岡潔文庫(奈良女子大学)
http://www.lib.nara-wu.ac.jp/oka/
岡潔の「多変数複素関数論」の概要に,独学で入門するPDF資料まとめ。解析接続や正則性の概念を多様体上で一般化
http://study-guide.hatenablog.jp/entry/2015/12/24/岡潔の「多変数複素関数論」の概要に、独学で入
不定域イデアルの理論と多変数代数関数論への路
評伝「岡潔」のための数学ノートI(未定稿):高瀬正仁
http://www2.tsuda.ac.jp/suukeiken/math/suugakushi/sympo08/08takase.pdf
複素解析学特論(多変数)PDF文書 - 東京大学
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/web/htdocs/publication/documents/saito-lectures
関連記事:
天才を育てた女房(読売テレビ)、数学者 岡潔
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d30aa855f68847fddb48b6078402f1f3
岡潔/多変数関数論の建設:大沢健夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e059394599194c8763006c8195df95a0
解析学入門のための教科書談義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22c325e49cfd7c721679dbc2896b86a4
ヴィジュアル複素解析
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2f47e7b748d4ca7022dc53305388a00b
なっとくする複素関数:小野寺嘉孝
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/de4d9ea37c56d434505002d35e0132bf
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「多変数関数論 (数学のかんどころ 21):若林功」
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第1章 多変数正則関数の基本性質
- 1変数正則関数の定義
- 多変数正則関数の定義
- コーシーの積分公式
- 正則関数の整級数表示
- 一致の定理
- 多重調和関数
- 第1章補 極限と微分積分の交換
第2章 正則関数の接続
- 除去可能特異点
- より広い領域への拡張
- 正則領域
第3章 ワイエルシュトラスの予備定理
- 局所正則関数環の定義
- ワイエルシュトラスの予備定理
- 局所正則関数環における整除
- ネーター環
- 第3章補 偏角の原理とその拡張
第4章 解析的集合
- 解析的集合の定義と基本性質
- 主解析的集合
- 第4章補 終形式、判別式
第5章 有理型関数,ローラン展開
- 有理関数の定義
- ローラン展開
第6章 正則領域
- 正則凸性
- 正則領域の例
- 局所データをもつ関数
第7章 微分形式と積分
- 正則微分形式
- 微分形式の積分
- 外微分
- 留形式
- 留形式と積分
- 正規交差における合成留形式
- 合成留形式における積分
問題略解
参考図書
索引
内容紹介:
本書は、多変数関数論の基礎知識を学びたいと思う人々に向けた入門書である。20世紀には種々の分野において多変数化が行われ、多変数関数論が重要な役割を果たすようになった。多変数関数論が専門でない人々にとっても、数学を学ぶ上でこの基礎知識は有用である。本書では、どの分野の人にも知っておいてほしい多変数関数の知識を厳選し、解説した。
2013年12月刊行、171ページ。
著者について:
若林功(わかばやし いさお): HP: http://math-seikei.sakura.ne.jp/wakabayashi/
1965年東京大学理学部数学科卒業、1967年東京大学理学研究科数学、1994年-2002年成蹊大学工学部教授、専門は代数学、基礎解析学。
理数系書籍のレビュー記事は本書で375冊目。
解析学(微積分学)は17世紀にニュートンやライプニッツによって創始され、その後高校で学ぶ1変数の実変数の微積分学から理工系の大学1、2年で学ぶ1変数の複素変数の微積分学に150年をかけて発展した。そこまでの経緯を知るには高瀬先生の「微分積分学の史的展開 ライプニッツから高木貞治まで」や「微分積分学の誕生 デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで」をお読みになるとよい。その後、20世紀になってから岡潔によって目覚ましい発展を遂げたのが多変数(n変数)の複素領域(C^n)での関数の微積分学(多変数関数論=n変数の関数論)である。
今年2月に放送された「天才を育てた女房(読売テレビ)、数学者 岡潔」に触発され、岡先生が切り拓いた多変数複素関数の世界を少しでもわかりたいと「岡潔/多変数関数論の建設:大沢健夫」を読んだがあえなく挫折。
番組解説記事
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あきらめがつかなかったので、今回は「多変数関数論 (数学のかんどころ 21):若林功」を読んでみた。僕が知る限り、この分野ではいちばんやさしい教科書、副読本である。結果から言うと読んで大正解だった。理解度は7割にとどまったが、多次元複素領域の様子がだいぶイメージできるようになったと思う。共立出版の「数学のかんどころ」シリーズには、よい本が揃っていそうだ。
本書の「はじめに」と「正誤表」は共立出版の本書紹介のページで読むことができる。
多変数関数論 (数学のかんどころ 21):共立出版のHP
http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320019997
本書の要約
本書は次のように要約される。
第1章 多変数正則関数の基本性質
多変数の正則関数の定義を述べ、1変数正則関数について成り立つ基本性質とほぼ類似の性質について、1変数関数論を復習しながら学ぶ。一致の定理、多変数正則関数の実部である多重調和関数は1変数の場合と異なった状況が生じる。
キーワード:ハルト―クスの正則性定理、コーシーの積分公式、コーシーの評価式、リューヴィルの定理、一致の定理、多重円板、多重調和関数、コーシー・リーマンの関係式
第2章 正則関数の接続
ある領域の正則関数が、より広い領域の正則関数に接続されることがある。1変数の正則関数に対する除去可能特異点と同様なことは、多変数正則関数についても成り立つ。ところが、多変数正則関数の現象として、ある領域のすべての正則関数が一斉により広い一定の領域まで接続されることがある。その最初の一、二の例とハルト―クスの接続定理について述べる。正則関数がより広い領域まで接続される現象は、代数幾何学などでも利用される。
キーワード:除去可能特異点、除去可能定理、ハルト―クスの接続定理、超球、ハルト―クス・オスグッドの定理、正則領域、ワイエルシュトラスの定理
第3章 ワイエルシュトラスの予備定理
多変数関数については、関数の大域的な性質のみならず、局所的な性質、すなわち1点の近傍における性質も重要である。局所的な性質も、1変数の場合と比べて多変数の場合はかなり複雑な様子になっている。局所的な性質を理解するのに有用なワイエルシュトラスの予備定理を述べる。これを用いて、局所正則関数環が素元分解環であることを示す。また、割り算定理を述べて、これより、局所正則関数環がネーター環であることを示す。
キーワード:局所正則関数環、関数芽、正則関数芽、ワイエルシュトラスの予備定理、素元分解環(一意分解整域)、ネーター環、割り算定理、ヒルベルトの基底定理、偏角の原理
第4章 解析的集合
正則関数の共通零点集合である解析集合について、局所的な扱いと大域的な扱いとがあるが、局所的にもかなり複雑であるので、局所的性質を中心に考える。局所的に、解析的集合芽と局所整数環のイデアルとの対応、解析的集合芽の既約性、次元、特異点などの一般的事項を初めに学ぶ。その後、1つの正則関数の零点集合である主解析的集合について、その幾何学的性質をワイエルシュトラスの予備定理によって調べる。
解析的集合の特異点の詳しい性質などは、特異点論の分野の研究に発展していくものであるし、代数幾何学でも必要になっている。また、複素多様体を拡張した解析空間と呼ばれる空間、すなわち解析的集合を張り合わせた空間の研究にも繋がっていく。
キーワード:解析的集合。集合芽、解析的集合芽、主解析的集合芽、可約、既約、イデアル、素イデアル、ネーター環、共通零点集合、局所次元、局所余次元、特異点、通常点、連結性、終結式、判別式
第5章 有理型関数,ローラン展開
有理型関数の定義を述べ、その極、および多変数のときに初めて現れる不確定点の様子を見る。次に1変数関数の場合のローラン展開を、そのままの形で多変数に拡張する。
キーワード:有理型関数、極、極集合、特殊擬多項式、ローラン展開、多重円環
第6章 正則領域
C^nの領域が正則領域であることと正則凸領域であることは同値である。これは正則領域を特徴付ける重要な性質で、カルタン・トゥレンの基本定理と呼ばれている。
正則領域は、多変数関数論を展開する上で最も重要な領域であり、様々な良い性質をもっている。例えば、正則領域においては、局所的に与えられた極をもつ領域全体での有理型関数が常に存在する。また、正則領域がある種の幾何学的条件を満たせば、局所的に与えられた零点をもつ領域全体での正則関数が存在する。これらは岡潔による深い研究から得られた結果であり、本書では結果の紹介だけしかできない。
キーワード:正則凸性、多重円板、正則凸包、正則凸領域、幾何学的凸、幾何学的凸包、解析的多面体、カルタン・トゥレンの基本定理、ミッタグ・レフラーの定理、ワイエルシュトラスの因数分解定理、極の分布、零の分布、クザンの加法的問題、クザンの乗法的問題、上空移行の原理、ポアンカレの問題
第7章 微分形式と積分
微分形式は微分可能実多様体の上で定義され、微分可能部分多様体の上でそれを積分することが考えられているが、それを C^n の領域において正則な、あるいは有理型の微分形式について考える。微分形式とは積分されるもののことである。C^n の領域の場合も、積分する図形は区分的に滑らかな実の部分多様体である。超曲面に高々1位の極を持つ有理型微分形式に対して留形式を定義し、積分と留形式との関係を見る。
キーワード:正則微分形式、p次正則微分形式、C^n上の正則微分形式、外積、微分形式の積分、外微分、微分形式の引き戻し、微分形式の制限、ストークスの定理、コーシーの積分定理の一拡張、留形式(留数の一般化)、超曲面、定義関数、留形式定理、管近傍、δ対応、正規交差、合成留形式、閉正則微分形式、合成留形式の積分、合成留形式定理
まとめと感想
「第6章 正則領域」と「第7章 微分形式と積分」が重要なのは言うまでもない。最初はわかりにくくても、読んでいくうちにイメージが作られてくるのが本書の特長だ。途中であきらめないで読み進めることをお勧めする。1変数での微分形式や留数が多変数だとどのようになるかが理解できたとき、かなりうれしかった。
ただし、過度な期待をしてはいけない。あくまでこれは「入門のための入門書」。岡潔の業績を最高峰のチョモランマに例えれば、本書でたどり着けるのはベースキャンプではなく、登山のために開催されるガイダンス、あるいは説明会のレベルだと僕は感じた。「チョモランマを制覇するのは、こんなに大変なのですよ。でも、この山に登るとこのような景色が待ち受けているのです。」のような段階の本である。
工夫された図版
本書の理解を大いに助けてくれるのが図版である。多次元複素空間(C^n)の図形を上手に工夫して実2次元の紙面に落とし込み、視覚化している。いくつか紹介しておこう。本書の記述の雰囲気と合わせて参考にしていただきたい。
拡大:正則関数の拡張
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拡大:ハルト―クスの接続定理
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拡大:A*の連結性
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拡大:幾何学的凸領域
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拡大:上空移行の原理
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拡大:留形式定理
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拡大:管近傍の局所直積表示
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しかし、このレベルの数学を図版無しの教科書で学ぶというのは、このような図版のイメージを自分で想像できなければならないことに気付くと、先に続く道は相当険しいのだと思い知るわけだ。
本書で紹介されている参考図書
巻末では参考図書をいくつか紹介し、特長が書かれている。本書を学び終えたら次はこのような本に取り組むとよい。
「多変数関数論:酒井栄一」(1966年)
多変数関数論の基礎が初学者にも学びやすいように述べられている。本書で触れられなかった内容も含まれていて、またより詳しく述べられてもいるので、本書の補いとして学ぶには良い本である。
「多変数函数論:西野利雄」(1996年)
20世紀の半ばまでに確立された多変数関数論を解説し、岡潔によって創造された世界を可能な限り元の姿のままで紹介することを目指したものである。著者の深い研究と数学観に基づいて書かれていて、高度な内容の専門書である。岡潔によって解かれたレヴィ問題、すなわち完備な強擬凸状関数をもつ解析空間はスタイン空間であること、その特別な場合として、C^n の擬凸領域は正則領域であることの証明を最終目標としている。
「多変数解析関数論 ─学部生へおくる岡の連接定理:野口潤次郎」(2013年)
多変数関数論全般にわたって解説していて、層の理論やスタイン多様体の理論など現代的な取り扱いをしている。岡の連接定理を基本にして多変数関数論を組み立て、多変数関数論における主要な成果を証明を付けて証明している。多変数関数論を本格的に学ぼうとする学生にとって良い本である。
「多変数解析函数論:一松信」(1960年)
多変数関数論の初歩から、全般にわたる当時の最新の内容まで含んだ素晴らしい本である。多変数関数論を本格的に学ぼうとする人にとって、この本は現在でも最も良い本の1つである。高度な内容まで述べられているが、具体的、実質的であり、頑張れば理解できるであろう。多変数関数論の発展の歴史も詳しく述べられていて興味深く読むことができる。本書の執筆に際して、多くの部分についてこの本を参考にさせて頂いた。
「複素函数:山口博史」(2003年)
1変数函数論の初歩からコーシーの積分公式、留数定理までを学び、その後、多変数関数論に入り、上空移行の原理を解説し、岡潔の画期的なアイデアの素晴らしさが読者に伝わることを願って書かれた本である。丁寧にわかりやすく書かれている。
関連書籍:
多変数複素関数論の教科書。6月に増補版として刊行されたばかり。立ち読みした限りでは、僕には歯が立たないとすぐわかった。こういう教科書が理解できる人がうらやましい。
「多変数複素解析 増補版:大沢健夫」
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もう少し易しい教科書は次の2冊。これらも立ち読みしたところ、手ごわそうだった。それぞれAmazonで目次をご覧いただきたい。野口先生の本は今回紹介した若林先生の「多変数関数論 (数学のかんどころ 21)」でも参考図書として取り上げられている。
「多変数解析関数論 ─学部生へおくる岡の連接定理:野口潤次郎」
「多変数複素関数論を学ぶ:倉田令二朗」
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岡潔のライバル、親友であり続けたフランスの数学者アンリ・カルタンによる複素関数論の初等的教科書。フランス語版の原題は「解析関数の初等的理論:1または多複素変数」である。第IV章で20ページに渡って多変数複素関数論が解説されている。カルタンがパリ大学理学部で行なった講義をもとに1963年に出版された大学1、2年生から読める易しい教科書だ。日本語版、英語版、フランス語版を載せておこう。
「複素函数論:H.カルタン」
「Elementary Theory of Analytic Functions of One or Several Complex Variables」(Kindle版)
「Theorie elementaire des fonctions analytiques. D'une ou plusieurs variables complexes - Deuxieme cycle」
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1変数の複素関数論:
そもそも1変数の複素関数論がわかっていないと多変数複素関数論は学べない。1変数についてはよい教科書がたくさんでているので「解析学入門のための教科書談義」という記事を参考にしていただきたいが、今月、次のようなとても易しい副読本が刊行された。大学の授業についていけない人はお読みになるとよいだろう。若林先生の「多変数関数論 (数学のかんどころ 21)」と同様、図版がとても豊富である。1変数複素関数論の本だと「ヴィジュアル複素解析: T.ニーダム」もそうだが、これら3冊はさしずめ複素関数論書籍では「ビジュアル系」といったところだ。
「高校生からわかる複素解析: 涌井良幸」(図版のサンプル)
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参考資料:
数学者 岡潔文庫(奈良女子大学)
http://www.lib.nara-wu.ac.jp/oka/
岡潔の「多変数複素関数論」の概要に,独学で入門するPDF資料まとめ。解析接続や正則性の概念を多様体上で一般化
http://study-guide.hatenablog.jp/entry/2015/12/24/岡潔の「多変数複素関数論」の概要に、独学で入
不定域イデアルの理論と多変数代数関数論への路
評伝「岡潔」のための数学ノートI(未定稿):高瀬正仁
http://www2.tsuda.ac.jp/suukeiken/math/suugakushi/sympo08/08takase.pdf
複素解析学特論(多変数)PDF文書 - 東京大学
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/web/htdocs/publication/documents/saito-lectures
関連記事:
天才を育てた女房(読売テレビ)、数学者 岡潔
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d30aa855f68847fddb48b6078402f1f3
岡潔/多変数関数論の建設:大沢健夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e059394599194c8763006c8195df95a0
解析学入門のための教科書談義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22c325e49cfd7c721679dbc2896b86a4
ヴィジュアル複素解析
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2f47e7b748d4ca7022dc53305388a00b
なっとくする複素関数:小野寺嘉孝
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/de4d9ea37c56d434505002d35e0132bf
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「多変数関数論 (数学のかんどころ 21):若林功」
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第1章 多変数正則関数の基本性質
- 1変数正則関数の定義
- 多変数正則関数の定義
- コーシーの積分公式
- 正則関数の整級数表示
- 一致の定理
- 多重調和関数
- 第1章補 極限と微分積分の交換
第2章 正則関数の接続
- 除去可能特異点
- より広い領域への拡張
- 正則領域
第3章 ワイエルシュトラスの予備定理
- 局所正則関数環の定義
- ワイエルシュトラスの予備定理
- 局所正則関数環における整除
- ネーター環
- 第3章補 偏角の原理とその拡張
第4章 解析的集合
- 解析的集合の定義と基本性質
- 主解析的集合
- 第4章補 終形式、判別式
第5章 有理型関数,ローラン展開
- 有理関数の定義
- ローラン展開
第6章 正則領域
- 正則凸性
- 正則領域の例
- 局所データをもつ関数
第7章 微分形式と積分
- 正則微分形式
- 微分形式の積分
- 外微分
- 留形式
- 留形式と積分
- 正規交差における合成留形式
- 合成留形式における積分
問題略解
参考図書
索引