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理論物理学のための幾何学とトポロジー I:中原幹夫

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理論物理学のための幾何学とトポロジー I:中原幹夫

内容
本書は1986年冬期にSussex大学数理物理科学教室で行った講義をもとに、その内容を大幅に進展させたものである。その際の聴衆は大学院生及び素粒子論、物性物理学あるいは一般相対論を専門とする当教室のメンバーであった。講義はインフォーマルな雰囲気の中で行われたが、本書においても出来うる限りこの点を守るように心がけた。定理の証明はそれが教育的であるものに限って与え、極端にテクニカルなものは省略した;省略した場合は定理の内容が確証できるようにいくつかの例を与えることにした。また、図を出来るだけ多く挿入することで、内容に関する具体的なイメージが把握できるように読者の便宜をはかった。

著者について
中原幹夫
1981年京都大学大学院理学研究科博士課程修了。1983年イギリスロンドン大学数学Diploma課程修了。1981-82年南カリフォルニア大学物理学科研究員。1983-85年カナダアルバータ大学物理学科研究員。1985-86年イギリスサセックス大学数学物理教室研究員。1986-93年静岡大学教養部助教授。1993-99年近畿大学理工学部数学物理学科助教授。現在、近畿大学理工学部数学物理学科教授、理学博士

佐久間一浩
1993年東京工業大学大学院理工学研究科数学専攻修了。1994-96年国立高知工業高等専門学校一般科講師。1997年同助教授。1998年近畿大学理工学部数学物理学科講師。現在、近畿大学理工学部数学物理学科講師、理学博士


理数系書籍のレビュー記事は本書で244冊目。

米アマゾンではこの分野で最近一番人気のある本ということだそうだ。とりあえず頑張って読んでみた。物理学徒の間では「中原トポ」の愛称(?)で知られている。著者の中原先生は近畿大学の物理学の教授。もともと英語で書かれた本なのだが、評判がよかったので中原先生と東京工業大学の数学者でいらっしゃる佐久間先生が和訳し、2000年と2001年に日本語版として第1分冊と第2分冊がそれぞれ刊行された。


「自然という書物は数学という言葉で語られている」という名言をガリレオが残したのは有名な話だ。でもガリレオにとっての数学とはユークリッド幾何学と初等的な代数計算のことである。ガリレオの生きた時代は数学者ガウスはもちろん、ニュートンやライプニッツが生まれる前だから微積分はまだなかった。(ガリレオが亡くなった年にニュートンは生まれている。)

一般の人が数学と聞いて思い浮かべるのは微積分だろう。17世紀以降に発達したこのような数学は解析学と呼ばれ初等的な物理学を学ぶ道具として使われている。物理学科や工学部の学生はまず「物理数学」としてこのような基礎的な数学を学ぶ。微積分、微分方程式、線形代数(ベクトルと行列)、複素関数論、フーリエ変換などだ。そして量子力学を学ぶ頃にはヒルベルト空間論(複素関数によって張られる無限次元のベクトル空間)が必要になる。このあたりで関数解析を学ぶ人もいるだろう。(参考記事:「よくわかる物理数学の基本と仕組み」)

初等的な物理学の段階を終えて、一般相対論や場の量子論(素粒子物理学)、超弦理論を学ぶようになると必要とされる数学は格段に増え、高度なものになる。この段階での数学はもはや「道具」の域を超え、自然法則の裏に隠れている見えない摂理と呼べるほど本質的なものに深化してくる。このように高度な数学理論は物理学徒にとっては「物理数学の第2段階」である。

NHKの「神の数式」で見たように素粒子物理学は「対称性」をキーワードに解明されてきた。そのゲージ理論の数理的な基礎付けをするのは「リー群とその表現論」や「微分幾何学」、「トポロジー(位相幾何学)」である。また一般相対論の曲がった時空は「リーマン幾何学」によってあらわすことができる。そして超弦理論を学ぶためには10次元(余剰次元だけでいえば6次元)の幾何学、つまり「カラビ-ヤウ多様体」や「オービフォールド(軌道体)」などの多次元トポロジーが必要だ。

このように現代物理学は現代数学と密接なかかわりをもっている。

しかし物理学徒の悩みはそこから始まる。何をどの程度学べばよいのだろうか?どのような順番で学んでいけばよいのだろうか?必要なのはわかっているが、数学の教科書は証明ばかりでとっつきにくいし、勉強に当てることのできる時間は限られている。できれば最小限の労力ですませたい。基礎物理学は学ぶ順番がはっきりしていてわかりやすいが、門外漢にとって現代数学の分野は学ぶ順番がわかりにくいものだ。どこまで手を伸ばせばよいのか、どこまで理解したらよいのかわからないから、きりがなくなってしまう。全体を見渡せる本があればいいのにと思う。

そのような要望に答えてくれるのが本書なのだ。膨大な数の数学書の中から現代物理学を学ぶ上で必要になる最低限の現代数学を、物理学科の学生向けに解説した本なのである。数学科の学生向けに書かれた教科書よりも証明はずっと控えめで、意味を伝えることに重点を置いている。

以下が第1分冊と第2分冊の章立てだ。第3章から数学として本編が始まるのだが、各章で扱われるテーマは本格的に学ぼうとすると教科書2〜3冊で学ぶ事柄である。

理論物理学のための幾何学とトポロジー I:中原幹夫
第1章:物理学からの準備
第2章:数学からの準備
第3章:ホモロジー群
第4章:ホモトピー群
第5章:多様体論
第6章:de Rhamコホモロジー群
第7章:Riemann幾何学
第8章:複素多様体

第1分冊で解説される事柄は大きく次の3つに分けられる。しかし、本書は幾何学をメインにした本なので代数学についての記述はあるが解説はほとんどない。リー群論は他の教科書で学んでおく必要がある。

代数学: 群論リー群(連続群)、リー環
幾何学: 集合位相位相幾何学ホモロジー(群)、ホモトピー(群)、ド・ラームコホモロジー(群)
解析学: 微分幾何学(微分形式)、多様体、多様体上の微積分、リーマン幾何学テンソル)、複素多様体

このうち僕が未習だったのは多様体の後半とリーマン幾何学の後半、そして複素多様体だ。他の本ですでに学んでいた内容についてもすべて理解できたわけではない。それは本書で紹介される定理が1960年代から1980年代までに発見されたものも含んでいるからだ。全体的な僕の理解度としては既習の分野については70パーセント、はじめて学んだ分野については60パーセントといったところだった。その程度の理解度であっても大いに知的好奇心をくすぐられた。証明の細かいところは理解できなくても、話の筋道は最後まで追うことができ、定理の内容はちゃんと理解できるように書かれているからだ。

さらに言えば、本書では各分野の関連性が説明されているのが素晴らしい。第7章の「ホッジの定理」で示されるようにトポロジーで使われる位相不変量と多様体上で計算される解析的な量との一致をはじめ、代数学と幾何学、解析学の3つの分野が異なる数学の世界の中で見事なつながりをもっていることがわかってきたのだ。この関連性はもともと数学の世界にあったものなのかと問わずにはいられなかった。数学とは発見することなのだろうか?それとも創造することなのだろうか?そのように考えると私たちの観測する物理現象や物理法則はあくまで自然が見せる表層にすぎず、その本質は複雑で美しい構造を持つ幾何学の世界に存在しているように思えてくるのだ。

第7章のいちばん最後の書かれていたことが特に印象的だったのでツイートでも紹介した。

とね ‏@ktonegaw
3次元以下の位相多様体には、いつでも微分構造が入れられるが、4次元以上では微分構造を持ち得ない位相多様体が現れる。スピン構造をもつ4次元閉多様体の符号数が16の倍数になるというRochlinが1952年に導いた定理があるにもかかわらず、その符号数が8になるものが存在することを示したFreedmanの定理(1982年)の矛盾から微分構造を持ち得なくなるそうだ。

うーむ、すごい。。。高次元空間は不思議に満ちている。

さらに第8章の「複素多様体」には次のようなことが書かれている。

複素構造が許容されるのは2次元の球面だけである。4次元以上の偶数次元の球面は複素構造を許容しないことがK理論を用いて証明される。しかしながら6次元球面が複素構造を許容するか否かは現在未解決で、難問である。

とまあ、学びにきりがないことがわかるのだ。

カラビ-ヤウ多様体」や「オービフォールド(軌道体)」についても第8章の「複素多様体」で紹介されている。カラビ-ヤウ多様体は第1チャーン類がゼロのコンパクトなケーラー多様体として定義される。ケーラー多様体はエルミート多様体のうち、そのケーラー形式Ωが閉形式つまりdΩ=0の複素多様体と解説されている。エルミート多様体というのは複素多様体のうち。。。。長くなるので説明はこれくらいにしておくが、実多様体に対して定義されるリーマン計量を複素多様体に対して一般化(エルミート計量)した理論の先には幾何学・解析学・代数学が混然一体となった複素幾何学の世界が見えてくる。著者はこの世界を現代数学の「理想郷」と表現している。

カラビ-ヤウ多様体は3次元の複素次元をもっている。一般にはm次元の複素多様体は2m次元の実多様体と同型なので、超弦理論の余剰次元としてのカラビ-ヤウ空間(物理空間)はコンパクトに巻き上げられた6次元の実数空間である。


初学者は本書を全部理解しようと思ってはいけない。よほどの秀才でなければ途中でくじけるのが当たり前。まず概要をつかむこと、流れを追うこと、定理や専門用語の意味を理解すること、何がどれくらい難しいのか。初回の読書ならばこの程度のことをおさえておけばよいと思うのだ。それぞれの分野については章ごとに参考図書が紹介されているので、興味にまかせて読んでいけばよいだろう。次のような教科書が紹介されている。今では絶版状態の本が多いのが難点なので、その後刊行された同じようなテーマの教科書を読んでもよいと思う。

第1分冊全体
-「トポロジーと物理 :倉辻比呂志
-「微分・位相幾何:和達三樹
-「曲面の数学―現代数学入門:長野正
-「これからの幾何学:深谷賢治

第1章:物理学からの準備
-「量子力学1量子力学2:猪木慶治, 川合光」
-「量子力学:河原林研
-「量子力学30講:戸田盛和
-「径路積分による多自由度の量子力学:崎田文二, 吉川圭二
-「場の量子論:大貫義郎
-「素粒子物理学:坂井典佑
-「素粒子物理:牧二郎, 林浩一
-「相対性理論:内山龍雄
-「相対性理論:佐藤勝彦
-「一般相対論:佐々木節
-「相対性理論入門講義:風間洋一
-「超流動:山田一雄, 大見哲巨
-「超伝導・超流動:恒藤敏彦

第2章:数学からの準備
-「集合・位相入門:松坂和夫
-「群と位相:横田一郎
-「集合と位相:加藤十吉
-「トポロジー入門:松本幸夫」(リンク2
-「位相への30講:志賀浩二」(レビュー記事

集合論独自の重要性について、さらに集合の上に構造を入れることによって位相空間を構成するプロセスに関して、[加藤]、[松阪]は熟読すると大変参考になる。[横田]にはさまざまな概念に対する実に多くの具体例が書かれていて大いに役立つ。[松本]では基本群の計算についても言及されている。

第3章:ホモロジー群
-「群と位相:横田一郎
-「トポロジー:田村一郎
-「位相幾何学:加藤十吉
-「トポロジー入門:小島定吉
-「トポロジー:柔らかい幾何学:瀬山士郎」(レビュー記事

本章の全般の内容に対して、特に本書では証明を省略した部分に関して、[田村]で厳密な証明を読むことができるので大変参考になるはずである。

第4章:ホモトピー群
-「組合せ位相幾何:本間龍雄
-「トポロジー―ループと折れ線の幾何学:瀬山士郎」(レビュー記事
-「位相幾何学:服部晶夫
-「曲面と結び目のトポロジー―基本群とホモロジー群:小林一章
-「ホモトピー論:西田吾郎

ホモトピー群の定義に関しては、[本間]がコンパクトにまとまっていて理解しやすい。ホモトピー論のもっと進んだ話題に興味のある読者は、たとえば専門家による[西田]を参照されたい。

第5章:多様体論
-「微分多様体入門:鈴木治夫
-「多様体の基礎:松本幸夫」(レビュー記事
-「多様体:村上信吾
-「多様体論:志賀浩二
-「連続群論入門:山内恭彦, 杉浦光夫」(レビュー記事
-「連続群とその表現:島和久
-「群と物理:佐藤光
-「群と表現:吉川圭二」(レビュー記事

多様体について書かれた教科書は最近かなり多くある。上記5書はそれぞれに特徴があり面白い。なかでも[松本]は、初学者を念頭において大変ていねいな解説がなされている。

第6章:de Rhamコホモロジー群
-「微分多様体入門:鈴木治夫
-「多様体:服部晶夫

de Rhamコホモロジー群の応用の仕方はさまざまである。[鈴木]は絶版で入手しづらいかもしれないが、葉層構造への応用が解説されている。

第7章:Riemann幾何学
-「接続の微分幾何とゲージ理論:小林昭七
-「リーマン幾何学:酒井隆
-「曲線・曲面と接続の幾何:小沢哲也
-「微分形式の幾何学:森田茂之

接続は現代幾何学の重要なキーワードのひとつである。初学者は、まず本書と併せて[小沢]を読んでみるとよい。[森田]には位相幾何学の立場から、[酒井]には微分幾何学への興味深い応用が解説されている。

第8章:複素多様体
-「多様体:村上信吾
-「複素多様体論:小平邦彦
-「複素幾何:小林昭七

多様体上に複素構造が入るとそこで複素解析が行える。するとそこには、幾何学・解析学・代数学が混然一体となった理想郷が見いだせる。上記3書はそれを実際に堪能させてくれる良書である。


このほか本書ではより発展的な内容を学ぶために、次のような本も参考書籍として取り上げられている。洋書と和書が紹介されているが和書のみ一覧にしておこう。

-「微分形式と代数トポロジー:R. ボット, L.W. トゥー
-「微分形式の理論:H.フランダース
-「代数幾何における位相的方法:ヒルツェブルフ」(リンク2
-「接続の理論入門:小林昭七
-「多様体入門:松島与三
-「特性類講義:J.W.ミルナー, J.D.スタシェフ
-「物理学者のためのトポロジーと幾何学:ナッシュ・セン」(リンク2
-「物理学における幾何学的方法:B.F. シュッツ
-「ファイバー束のトポロジー:スチーンロッド」(リンク2



第2分冊は、さらに難しくなる。時間はかかるかもしれないが、がんばって読み進もう。第2分冊の章立ては次のとおりだ。

理論物理学のための幾何学とトポロジー II:中原幹夫
第9章:ファイバー束
第10章:ファイバー束上の接続
第11章:特性類
第12章:指数定理
第13章:ゲージ場理論におけるアノマリー
第14章:ボソン的弦理論


日本語版:

残念ながら日本語版は絶版状態で中古本しか手に入らない。復刊リクエストに協力いただける方はこのページからお願いします。

理論物理学のための幾何学とトポロジー I:中原幹夫
理論物理学のための幾何学とトポロジー II:中原幹夫

 

英語版:

Geometry, Topology and Physics, Second Edition: Mikio Nakahara




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理論物理学のための幾何学とトポロジー I:中原幹夫



第1章:物理学からの準備
- 経路積分と量子場の理論
- ゲージ場
- モノポール
- インスタントン
- 凝縮系における秩序
- 一般相対性理論
- Berryの位相
- 弦理論

第2章:数学からの準備
- 写像
- ベクトル空間
- 位相空間
- 同相写像と位相不変量

第3章:ホモロジー群
- Abel群
- 単体と単体的複体
- 単体的複体のホモロジー群
- ホモロジー群の一般的性質

第4章:ホモトピー群
- 基本群
- 基本群の一般的性質
- 基本群の例
- 多面体の基本群
- 高次元ホモトピー群
- 高次元ホモトピー群の一般的性質
- 高次元ホモトピー群の例
- ネマティック液晶における欠陥
- 超流動3Heの織目構造

第5章:多様体論
- 多様体
- 多様体上の微積分
- 流れとLie微分
- 微分形式
- 微分形式の積分
- Lie群とLie環
- 多様体へのLie群の作用

第6章:de Rhamコホモロジー群
- Stokesの定理
- de Rhamコホモロジー群
- ポアンカレの補題
- de Rhamコホモロジー群の構造

第7章:Riemann幾何学
- Riemann多様体と擬Riemann多様体
- 平行移動、接続、共変微分
- 曲率と捩率
- Levi-Civita接続
- ホロノミー
- 等長変換と共形変換
- Killingベクトル場と共形Killingベクトル場
- 正規直交標構
- 微分形式とHoge理論
- 一般相対性理論とPolyakov弦

第8章:複素多様体
- 複素多様体
- 複素多様体上の微積分
- 複素微分形式
- Hermite多様体とHermite微分幾何
- ケーラー多様体とケーラー微分幾何
- 調和形式と∂-コホモロジー群
- 概複素多様体
- 軌道体

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