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宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン

宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン 」〜時間と空間の正体

内容
ニュートン以来の謎、時間と空間。その探究はいま、驚くべき段階に到達している。物理学によれば、私たちの時間と空間に関する常識的な感覚は、どうしようもないほど間違っている。たとえば、「時間は流れるもの」「歴史はひとつのはず」「空っぽの空間ではなにも起こらない」という常識的な考え方は、どれも間違っているというのだ。物理学は、いったいどのように私たちの「常識」をくつがえすのか?この世界の本当の姿は、私たちの「常識」から、どれほどかけ離れているのだろうか?『エレガントな宇宙』の著者ブライアン・グリーンが、現代物理学のもたらす世界像を鮮やかに描き出す。全米ベストセラー「The Fabric of the Cosmos」待望の翻訳。2009年刊行。

著者について
ブライアン・グリーン
物理学者・超弦理論研究者。コロンビア大学物理・数学教授。研究の第一線で活躍する一方、超弦理論をはじめとする最先端の物理学を、ごく普通の言葉で語ることのできる数少ない物理学者の一人である。
超弦理論を解説した前著『エレガントな宇宙』は、各国で翻訳され、全世界で累計100万部を超えるベストセラーとなった。

翻訳者について
青木薫
1956年、山形県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院修了。理学博士。翻訳家。訳書にサイモン・シン『フェルマーの定理』『暗号解読()()』『宇宙創成()()』『(以上、新潮社)、W・ハイゼンベルク他『物理学に生きて』(筑摩書房)、J・D・ワトソン他『DNA()()』(講談社)、R・P・クリース『世界でもっとも美しい10の科学実験』(日経BP社)、バラバシ『新ネットワーク思考』(NHK出版)、『宇宙が始まる前には何があったのか?』(文藝春秋)など。


理数系書籍のレビュー記事は本書で241冊目。

下巻は宇宙論、超弦理論、テレポーテーション、タイムマシン理論から時空の正体を探る。

僕のように場の量子論や超弦理論まで教科書や専門書を「かじった」ことのあるレベルの人がこの本のような一般向けの科学教養書を読んでためになるのかと疑問に思う方がいらっしゃるかもしれない。

以前、僕もそのように感じていた。数式を使って解説した本で理解できるならそれに越したことはない。相対性理論や量子力学を教科書で学べるだけの素養がある人はぜひそうすべきだと思う。

特にグリーン博士の著書はまだ検証されていない超弦理論の展望や無限の数の宇宙の話など、とりとめのない話題に発散する傾向が強い。一見、UFOや地球外生物の話と同じくらいトンデモな本に思えて、これまで僕はグリーン博士の本を受け付けることができなかった。超弦理論は生まれたばかりだし、それが示す可能性はいくらでもある。予想される可能性の上に、さらに検証されていない可能性を積み重ねることで、とんでもない宇宙像が次々と描かれ、これはもはや科学ではないと思えてしまうのだ。

空想するのは自由だが、検証されていないことにこれだけ多くの時間を割いて説明することに意味があるのだろうか?検証されていることだけをきちんと学びたいという意識が強かった僕は、これまで博士の本を読みたいと思えなかったのだ。

今回ブライアン・グリーン博士の一般向けの本を選んで読み始めたのは、科学には興味があるけれども数式は苦手な読者に最先端の物理学の世界を紹介するためだった。ところが読んでみると予想と全く違っていた。僕自身とても楽しめたし、知らないことがいくつも書かれていたのだ。

それはつまり、こういうことなのだ。教科書や専門書で学べることはせいぜい物理学科の大学4年か大学院レベルまでの事柄だ。特殊・一般相対論と量子力学、場の量子論あたりまでは市販されている教科書で学ぶことができる。しかしこれらの理論は今もなお研究が進んでいるのだ。教科書だけだと最先端の研究内容は知ることができない。

それに対し科学教養書は一流の物理学者によって書かれ、最先端の研究内容やそこから予想される未来の理論や世界のことが解説されている。これまで学んできたことの中で取りこぼしてきた事柄もたくさん含まれているのだ。本書を読みながらそのことに気付かされた。

この下巻は、ビッグバン、インフレーション、超弦理論、テレポーテーションとタイムマシン、ブラックホールのエントロピーなどのテーマの解説に沿いながら時空の正体解明のための模索が進む。

本書の内容全体に対してはバランスを欠くが、僕にとっては次のようなことが目新しく、ためになった。


斥力としての重力

重力には引力しかないとずっと思っていたのだが、この本には「斥力」としての重力がどのようにして生じるかについての解説がある。これは一般相対性理論から予測されていることだ。アインシュタインが重力方程式に「宇宙定数」を取り入れたことは知っていたが、僕はその意味をよく考えたことがこれまでなかった。「宇宙は静止している」という条件を成り立たせるために導入した宇宙定数は、「斥力としての重力」をも前提とする理論だった。そしてこの本にはどうして斥力としての重力が生じるかが明解に説明されている。重力は物理系のもつ質量だけでなく、その系のもつ「エネルギー」と「圧力」によっても生じる。圧力が負の場合は斥力としての重力が生じるのだ。また本書には「過冷却ヒッグス場」は斥力の重力を生むという理論も紹介されている。


物体の回転に引きずられてその周囲の空間や時間が渦巻くこと

物体の質量によってその周囲の時間と空間が歪むことはもちろん知っていたし、数式を使った一般相対性理論としても僕は理解していた。しかし、それだけでなく物体を回転させることによってその周囲の時間と空間が引きずられる形で渦を巻くことを僕は知っていたのだが忘れてしまっていた。まるで時空に粘性があるような現象だ。これも一般相対性理論から導かれる物理現象である。本書でこのことを思い出した。いつか数式を使った方法で理解したいと思う。

以前、次のような記事を書いたことがある。物体の回転による時空の渦巻き変形は2011年にNASAの観測によって実証されている。地球の自転によっても周囲の時空が引きずられるのだ。

NASAの人工衛星が時空のゆがみを観測、アインシュタインの理論を実証する
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/62901739c9bca66e9579dbfb749a3707

そういえばジョディ・フォスター主演の映画「コンタクト(1997)」にでてくる時空移動のための巨大な装置は大きなリングを高速回転させるものだったことを思い出した。

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インフレーション宇宙論の詳細

宇宙が膨張していることはウィルソン山天文台で観測され、ハッブルの法則として知られている事実である。ではなぜ宇宙は膨張しているのだろうか?宇宙誕生時のビッグバンの勢いが今でも続いているからというように単純なことではない。最新の観測結果によると約70億年前から膨張のスピードは加速しているそうだ。宇宙には物質が存在し、その質量は引力としての重力を生じる。つまり既存の力学では宇宙は膨張するとしてもその速度は小さくなっていくはずなのだ。ではなぜ観測されているような加速的膨張が見られるのだろうか?

暗黒エネルギーによる宇宙膨張の加速を確認
http://www.astroarts.co.jp/news/2010/04/02cosmic-acceleration/index-j.shtml

この現象は宇宙は1点から始まるというビッグバン宇宙論を土台にして構築されたインフレーション宇宙論によって理解できるようになる。本書ではとても詳しくインフレーション宇宙論が解説されている。それは宇宙の観測や既存の物理理論に裏打ちされた「信じるに足る理論」なのだ。宇宙論を語るのはまだ時期尚早だと思っていた僕にとって大きな収穫だった。

本書を読めば宇宙が平坦であること、均質であること、銀河や銀河団など複雑な構造が見られることなどの理由が現代物理学の視点から理解できるようになる。


既知の物質、暗黒物質、暗黒エネルギーの割合の根拠

私たちがすでに知っている物質は全宇宙のたった5パーセントであり、そのほかは暗黒物質が25パーセント、暗黒エネルギーが70パーセントであることは近年明らかになり「大栗先生の超弦理論入門」でも紹介されていたが、暗黒物質や暗黒エネルギーの正体がほとんどわかっていないのに、どうしてそれらの占める割合がわかるのだろうか?それらの合計がきっちり100パーセントになるのはなぜなのか?それは理論と観測によって明らかになったことなのだ。僕は本書でその根拠を初めて詳しく理解することができた。


未来からの野次馬見物がなぜいないのか(タイムマシン)

タイムマシンの開発が現実的には無理ということは、今ではほとんどの物理学者が受け入れていることであるが、その根拠のひとつとして「未来から現代にタイムマシンを使って旅行する人が見つからない。」というものがある。けれどもこの論理は十分なものではないのだ。本書ではその「論理の隙間」を示すことで、より深いタイムトラベルの論理や逆説を紹介している。


超弦理論の背景独立な定式化

超弦理論はもともと時間と空間の座標を使って構築されていたが、インフレーション宇宙論や「大栗先生の超弦理論入門」に書かれているように空間は(そしておそらく時間も)幻想であるということらしい。時間や空間の存在を前提としない理論の構築が必要になっているのだ。これを「超弦理論の背景独立な定式化」と呼んでいる。それがどのようなものかは全くといっていいほどわかっていないが本書ではそのような理論が必要になるまでのいきさつが解説されている。


前著「エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」との重複について

エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」との重複箇所が気になっている方が多いことだろう。結果から言うと下巻の超弦理論を説明した部分はかなりの重複があった。特に振動する弦が素粒子をあらわすこと、巻き上げられた追加次元(余剰次元)の解説あたりは同じような説明が繰り返されている。けれども本書には新たに次の4つのことが加えられている。

- Dブレーンやブレーンワールド
- AdS/CFT
- ホログラフィー原理
- 超弦理論を実験で検証できる可能性


訳者あとがきについて

上巻、下巻合わせると本書は900ページくらいになる。実にさまざまな視点から、冗長といえるほどていねいに書かれているので「木を見て森を見ず。」になりがちだ。物理法則から予言される可能性を次々に紹介しているため、ひとつの答がほしい読者の中には混乱してしまう方もいるだろう。

そのような方は下巻の最後に挿入されている「訳者あとがき」をじっくりお読みになるとよい。本書を翻訳された青木薫氏は京大理学部の大学院を卒業された方だ。上巻、下巻の内容をかみ砕いて解説してくださっているのが全体のまとめがほしい読者にはとてもありがたい。


最後になるが、上巻と下巻からわかってきた時間と空間の本質を整理すると次のようになる。

1)時間と空間は一体で不可分。空間だけや時間だけの世界は存在しない。(特殊相対性理論)

2)時間や空間は物体の運動によって伸び縮みする。(特殊相対性理論)

3)時間や空間はその中にある物体の質量、エネルギー、圧力によって伸び縮みする。(一般相対性理論)

4)時間や空間はその中にある物体の回転に引きずられて渦を巻くように変形する。(一般相対性理論)

5)時間や空間はより小さい世界に行くに従い「揺らぐ」ようになり、距離や長さを求められなくなる。(量子論)

6)時間や空間にはそれ以上分割できない限界がある。(量子論、場の量子論による仮説)

7)何もない空っぽの空間という意味での真空は存在しない。さまざまな波動場が共存し、粒子が生成・消滅するダイナミックな世界が真空なのだ。(場の量子論)

8)空間は3次元だけでなく小さく巻き上げられて見えない6次元の追加次元(余剰次元)がある。(超弦理論による仮説)

9)空間は裂けたり修復されたりしているのかもしれない。(超弦理論による仮説。「エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」に解説がある。)

10)宇宙の始まりには時間と空間はすべて巻き上げられていた。(インフレーション宇宙論、超弦理論による仮説)

11)空間は(そしておそらく時間も)幻想である。空間と時間は弦の振動によって生まれる。(超弦理論による仮説)



この分量を読みきるのはかなり大変だが、時間を見つけてぜひ読んでみてほしい。


宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン
宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン

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翻訳のもとになった英語版2004年に出版された。Kindle版もでている。

The Fabric of the Cosmos: Brian Greene

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関連記事:

エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/404c24b68f57609900bc3d7a030333d5

宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9a33e8f5ee79057972cf86c7b20c5218


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宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン 」〜時間と空間の正体

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第3部:時空と宇宙論

第9章:ビッグバン直後
- 温度が変わると対称性も変化する
- 力の場、物質の場、ヒッグス場
- 宇宙が冷えてヒッグスの海ができた
- ヒッグスの海が質量を生み出している
- ヒッグスの海がない高温下では力は統一される
- 大統一理論の興奮とその後
- ヒッグスの海が存在する証拠を探す
- エントロピーと時間

第10章:ビッグバンとインフレーション
- アインシュタインの「宇宙定数」と斥力の重力
- 「過冷却ヒッグス場」は斥力の重力を生む
- 過冷却ヒッグス場とインフレーション理論
- インフレーション理論に関する2つの注意点
- インフレーションは地平線問題を解く
- インフレーションは平坦問題を解く
- 予測される宇宙の密度と観測値の差
- 目に見えない大量の物質「暗黒物質」
- 「減速パラメータ」で宇宙の物質総量を探る
- 暗黒エネルギーで宇宙の膨張は加速した
- 解かれた謎、新しい謎

第11章:夜空に残るインフレーションの痕跡
- インフレーション前の量子ゆらぎが銀河を作った
- マイクロ波背景放射に残る量子揺らぎの痕
- 宇宙は最初、10キログラムだった!
- インフレーションが低エントロピー宇宙を作った
- 宇宙の膨張過程でエントロピーは減少したか
- インフレーション理論による時間の矢の説明
- まだ残る謎

第4部:統一とひも理論

第12章:宇宙は「ひも」でできているか
- 「真空」は量子ゆらぎで満ちている
- 量子ゆらぎは一般相対性理論を破綻させる
- それは問題なのか
- 解決の糸口を探る紆余曲折
- 第一次ひも理論革命
- すべての粒子はひもの振動から生まれる?
- なぜひも理論はうまくいくのか
- ひもより小さいスケールを考える意味
- ひも理論でなければできないこと
- 粒子の性質はひもの振動パターンで決まる
- ひも理論は必要以上の種類の粒子を生む?
- ひも理論はたくさんの空間次元を必要とする
- 追加された次元が隠れる場所はあるのか
- 隠れた次元を予測する理論
- 隠れた次元はどういう形をしているか
- 追加次元の形が物理法則を決める
- ひも理論が描き出す宇宙の基本構造

第13章:宇宙は「ブレーン」のなかにあるか
- 第二次超ひも理論革命--M理論の登場
- 五つのひも理論間の翻訳を使って問題を解く
- M理論は10次元の空間次元を必要とする
- ひもだけでなく膜もある可能性
- ブレーンワールド--私たちは膜のなかにいる?
- ブレーンにくっついて振動するひも
- この宇宙がブレーンワールドか、調べられる?
- 短距離での重力の振舞いに手がかり?
- 追加次元もひもも意外と大きいかもしれない
- ひも理論を実験で検証できる可能性
- ブレーンワールド宇宙論の誕生
- サイクリック宇宙論--宇宙は生まれ変わる?
- サイクリック・モデルの長所と短所
- 新しい時空観がもたらされるか

第5部:空間と時間への新たな挑戦

第14章:実験と観測による挑戦
- 回転物周辺で時空が渦巻くことを検証
- 重力波を検出するさまざまな計画
- 追加次元を探す実験の数々
- ヒッグスと超対称性とひも理論の検証
- 数ある宇宙論シナリオのどれが正しいか
- 暗黒物質と暗黒エネルギーの正体を探る観測
- 空間と時間に関する思索

第15章:テレポートとタイムマシン
- 量子力学でテレポーテーションを考える
- 量子エンタングルメントを使えばテレポート可能
- しかし現実的なテレポーテーションは可能か
- 時間旅行をめぐるパラドックス
- パラドックスは本当は存在しない?
- 自由意思のパラドックスは多世界解釈で解決?
- 過去への時間旅行を研究する物理学者たち
- ワームホール・タイムマシンの作り方
- ワームホール・タイムマシン建造の問題点
- 未来からの野次馬見物がなぜいないのか

第16章:時空は本当に宇宙の基本構造か
- 空間と時間は別の「何か」でできている?
- 量子世界の平均像としての時空
- 違う形の空間が同じ意味をもつ?
- ブラックホールのエントロピーが示すヒント
- 宇宙はホログラムなのかもしれない!
- 時空の存在そのものを導く理論は可能か
- やがて来る、時空の概念を変える発見

訳者あとがき

さくいん
原注
「ザ・シンプソンズについて」
用語解説
参考図書

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