三連休の初日は、この講演会を聞きに東京大学に行ってきた。
第17回東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構・宇宙線研究所合同一般講演会「なみとつぶのサーカスー宇宙の超精密実験の現在」
http://www.ipmu.jp/ja/17ICRRKIPMU
プログラム
13:00-13:45 「重力波」アインシュタインの奏でる宇宙からのメロディー
川村 静児 (東京大学 ICRR教授)
2015年9月、アインシュタインの残した最後の宿題「重力波」がついに検出されました。重力波は時空のゆがみが波として伝わる現象で、アインシュタインが1917年に予言していました。アメリカのLIGOがとらえたその信号の源は、多くの研究者が予想していなかったブラックホール連星合体。これまでの望遠鏡では見ることができなかった天体現象を観測する「新しい窓」が開かれた大発見です。今後は、重力波の観測により、これまでは見えなかった宇宙の姿、たとえば宇宙のはじまりなども見えてくるかもしれません。講演会では、重力波天文学の現状と今後について詳しく解説し、宇宙からやってくる重力波のメロディーをお聞かせします。
13:55-14:40 「ニュートリノ」T2K実験で探るその性質と将来展望
マーク・ハーツ(東京大学 Kavli IPMU特任助教, TRIUMF研究所研究員)
ニュートリノは原子を構成する素粒子の1つで、軽くて動きが早く、宇宙に充満しています。検出が困難で、1930年に予見されてから初めて検出されるまで、26年かかかりました。ニュートリノの他の素粒子と異なった振る舞いは、自然法則をうかがい知るためのユニークな「窓」として機能しています。
本講演では、日本の東海岸に位置する東海村で生み出したニュートリノのビームを発射して、そこから295km離れたスーパーカミオカンデの検出器で検出する、T2K実験を紹介します。T2K実験の動機、実験の仕組み、物理学的に重要な実験成果の数々、さらに、日本におけるニュートリノ実験の将来展望、例えばハイパーカミオカンデと呼んでいる新しい実験についてもお話しします。
※英語による講演(同時通訳あり)
14:50-15:20
対談「超精密実験の現在」 川村 静児 x マーク・ハーツ
15:20-16:00
講師を囲んでティータイム
会場は赤門を入ってすぐ右の伊藤謝恩ホール。昨年11月に「日本物理学会2016年度公開講座 「一般相対性理論と宇宙 -重力波研究の最前線-」」で訪れた場所だ。
お馴染みの赤門。開始の30分前に到着したが、すでに開場が始まっていた。ホールの前5列は机付きである。4列目に席をとることができた。ひとつ前の席には、いつも物理学講座でご一緒させている「たけのやさん」がいらっしゃっていた。
時間になりKavli IPMUの広報の女性が、オープニングの挨拶と注意事項を日本語と英語でお話になった。この日の講演の第2部はハーツ先生が英語で行う。同時通訳の装置が受付で貸し出されていた。そして、日本語の講演も含めてすべて手話通訳付きである。
「重力波」アインシュタインの奏でる宇宙からのメロディー
川村 静児 (東京大学 ICRR教授)
川村先生が登壇。先月ノーベル物理学賞と連星中性子星による重力波検出の発表されたばかりなので、とてもタイミングがよい。
重力波が何なのかを理解する前に必要なのは一般相対性理論だ。省略しないで講義をすると38時間かかるという内容を、重力の本質をたった3分の講義として解説された。
先生が作成されたスライドは、アニメーションを多用している。地上に浮いているエレベーターの中に4つのリンゴが正方形を45度回転させた頂点の位置に浮かんでいる。エレベーターのロープが切れて自然落下する状況の中で、4つのリンゴの位置は縦長の菱形の頂点の位置に移動する。この変化が潮の満ち引きをおこす地球潮汐と本質的に同じだと説明された。海水面は月がある方向だけでなく、月の反対側の海水面も盛り上がることが、よくわかる。
次に先生は重力波が伝わるときの形をあらわすアニメーションを映された。斜め上から下に円筒形のような形で伝わる重力波である。その断面はぶよぶよと縦長の楕円形->円->横長の楕円形に形を変えながら進む。これが潮汐的な空間のひずみと同じであることを解説された。
ここまできて僕は「?」と思った。地球潮汐や4つのリンゴの位置の変化は、一般相対論を持ち出さなくてもニュートン力学だけで説明できるはずだ。ニュートンの著書「プリンキピア」にも月による潮の満ち引きのしくみが書かれている。いきなり空間のゆがみに結びつけることには論理の飛躍を感じた。でも3分講義なのだから目をつぶろう。
重力波はとても小さい。仮に100Kgの2つの鉄球を1メートル離した状態で毎秒1000回転させると、2KHzの重力波が発生するが、100キロメートル離れたところでの重力波の振幅は10のマイナス40乗メートルしかないそうで、どんなに技術が発展しても絶対観測できない大きさだという。重力波の観測に天体現象をが利用されるのはそのためだ。
観測可能な重力波をもたらす天体現象は、連星中性子星の合体、連星ブラックホールの合体、超新星爆発の3つである。よく使われるアニメーションのように渦巻きが平面上を広がるのではなく、実際は四方八方に広がるのだ。
今後、重力波を精密に観測できるようになると、宇宙の誕生の瞬間にかなり近いところまで観測することになるのだという。
- 光(電磁波)で観測できるのは宇宙の誕生から38万年後(宇宙の晴れ上がり)以降
- ニュートリノで観測できるのは宙の誕生から1秒後(陽子、中性子の誕生)以降
- 重力波で観測できるのは宇宙の誕生からプランク時間(10^(-43)秒)以降
また超弦理論が予測する余剰次元に重力が漏れ出している可能性もあり、それを検出するための実験も行われている。(余剰次元から3次元空間にしみ込んでくる重力もあるのかな?と思った。)
川村先生の講義のいちばんの聞き所は、まさに重力波の音を聴くことだった。重力波の周波数はちょうど人間の聴力がカバーしている周波数に含まれているため、音として直接聞くことができるのだ。
とはいえ、直接聴くにはあまりにも小さい。たとえば宇宙空間が空気で満たされ、シリウスを公転する惑星上に人間が発する音声は、地球に届くころには10のマイナス40乗メートルの空間のゆがみとして観測されるそうだ。鼓膜を振動させるには全く足りない。
実際に聴かせていただいたのは次の4つ。
- 太陽質量の1.4倍の連星中性子星: 小鳥のさえずりのような音程が長く続く
- 太陽質量の0.1倍の連星ブラックホール: 小鳥のさえずりのような音程が短く続く
- 太陽質量の10倍の連星ブラックホール: ブーンという低い音程が短く続く
- 超新星爆発: ボコッという低い音程が短く続く
- 上記4つの現象が連続的におきる場合: 宇宙から聞こえるメロディのシミュレーション
ということは「重力波は歌う:アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち:ジャンナ ・レヴィン」という記事で紹介した動画は、LIGOで検出された連星ブラックホールの音なのに小鳥のさえずりのような音だったから、これは周波数を調整したのだなと思った。
その後は、重力波観測装置のしくみの解説とKAGRAの予定(2019年完成、翌年には重力波を検出できるのでは?)を解説された。
さらに、宇宙空間に観測装置を設置するDECIGO計画も進んでいるそうだ。これを使えば宇宙誕生から10のマイナス35乗秒後、インフレーションによって発生した重力波を捉えられるのだという。
最後に川村先生の著書を紹介しておこう。Kindle版は固定レイアウトなので、ご注意いただきたい。
「重力波とは何か アインシュタインが奏でる宇宙からのメロディー」(Kindle版)
「ニュートリノ」T2K実験で探るその性質と将来展望
マーク・ハーツ(東京大学 Kavli IPMU特任助教, TRIUMF研究所研究員)
10分間の休憩を挟んでハーツ先生が登壇された。素粒子物理学である。
ニュートリノの物理学は「An Introduction to the Standard Model of Particle Physics 2nd Edition: W.N.Cottingham, D.A.Greenwood」で少し学んだ程度の僕にとって、とても有益な講義となった。
ニュートリノは中性子が陽子と電子に崩壊する過程で、1930年にパウリがエネルギーを運ぶ粒子として予言したものだ。1987年にカミオカンデで検出され、1998年にスーパーカミオカンデで大気から降り注ぐニュートリノを観測することによって、ニュートリノ振動が実証された。その結果、ニュートリノに質量があることが実証されたわけである。
ニュートリノには3タイプのフレーバー(電子、ミューオン、タウ粒子のいずれか)があり、3つのレベルの質量がある。その対応関係は1対1ではない。
ニュートリノの発生源は自然に観測されるものと、人工的なものとに分けられる。自然に観測されるものは次のようなものだ。
- 超新星爆発による
- 太陽から放射される(うち3パーセントのエネルギーがニュートリノによるもの)
- 宇宙線としてのもの
- 地球からの放射線(原子炉からの放射線にも含まれる)
ニュートリノは他の物質とほとんど相互作用しないため、検出が極めて困難。スーパーカミオカンデでは40m x 40mのタンクに50万トンの水を入れて相互作用させ、チェレンコフ光を観測することによって検出した。
T2K実験はJ-Parkで生成した強いニュートリノのパルスを295Km離れたスーパーカミオカンデで観測する。人工的なニュートリノは強度やタイミングを始め、制御しやすいので自然発生のニュートリノよりも有効である。
J-Parkではニュートリノと反ニュートリノの両方を発射できる。この実験を行うことで、ビッグバンによってなぜ通常物質が残ったか、つまり物質と反物質の非対称性の物理を検証できる。2013年までの観測によって仮説検定5パーセントの精度で、この非対称性が確認できた。今後、仮説検定の精度を1パーセントまで高めたいという。
そしてとてもワクワクさせられたのが、次に計画されている「ハイパーカミオカンデ」である。これが実現すると、観測精度はハイパーカミオカンデの8倍になり、陽子崩壊の発見やニュートリノのCP対称性の破れ(ニュートリノ・反ニュートリノの性質の違い)の発見、超新星爆発ニュートリノの観測などを通して、素粒子の統一理論や宇宙の進化史の解明を目指すそうだ。
質問も活発に行われた。印象に残っているのはニュートリノと相互作用させる物質として、なぜ水を使うのかというもの。その理由は1)水は透明であること、2)安価で大量に入手できること、3)環境汚染しないこと、だそうである。
対談「超精密実験の現在」 川村 静児 x マーク・ハーツ
再び10分間の休憩を挟んで、両先生による対談が行われた。司会の女性の方が進行役となり、受講申し込みした人から事前にメールで募集していた質問を両先生に投げかける。
まず、お互いの講義について両先生がどのような感想をもったかが語られた。研究分野が違うと、交流はほとんど行われていないことがわかった。
そしてKAGRA、T2K実験それぞれについて、実験のアイデアが誰がどのように考え着いたのか、自分が関わることになったときのことなどを、それぞれお話になった。
KAGRA、T2K実験のどちらにも共通しているのが「超高精度実験」であるということだ。KAGRAでは雑音を取り除くために、いかに苦労しているか、そしてT2K実験のほうは統計的な精度をどのように上げるかが課題であるということだ。アプローチとしては全く違う。
そしてプロジェクトに関わるスタッフについての話も興味深かった。KAGRAには研究者と技術者の2つのタイプの人財が参加しているのだが、研究者であっても電子回路技術に通じていて、技術者としても働いているという。
講師を囲んでティータイム
講演が終わり、会場外に設けられたスペースでお二人の先生を囲んでのティータイムが始まった。とはいっても人数が多すぎる。まるで2つの連星のように離れた場所に先生がお立ちになり、その周りには受講者が取り囲んで質問したり、お話を聞くことになる。
先生の姿が見えないほど混雑していたので、僕はあきらめて会場を見回した。するといつも物理学講座に参加している、I君とM君がいたので少しの間、おしゃべりをして過ごした。
その後、僕は神保町でこの日から開催されている「神田ブックフェスティバル」に向かうことにした。この日、どんな本を買ったかは「第58回 神田古本まつり、第27回 神保町ブックフェスティバル」という記事をお読みいただきたい。
最後になりましたが川村先生、ハーツ先生、とてもためになる講演をしていただき、ありがとうございました!
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