月曜の夜は下北沢のB&Bという書店で開催された『橋本幸士×板倉龍「Newton超ひもナイト」』を聴講してきた。廉価版の「Newtonライト」の刊行記念のイベントである。
毎晩のウォーキングで通る下北沢だが、目的が違うといつもの景色も違って見える。面白いものだ。お話をされるのは大阪大学教授の橋本幸士先生(@hashimotostring)と株式会社ニュートンプレス編集部の板倉龍さん(@itakuraryu)のお二人。申し込み以来、とても楽しみにしていたイベントだ。ノーベル物理学賞の発表を翌日に控え、前夜祭のようである。
会場となった書店は2階にあり、中に入るのは初めてだ。なんだか倉庫のような場所で壁いっぱいに本棚が並んでいる。少し眺めてみると普通の書店とは趣きが違い、マニアックな本(サブカル系ではなく文化的でという意味)が多い。いつか時間をとってゆっくり眺めてみたいと思った。演壇の前には丸いパイプ椅子が所狭しに並んでいる。椅子席+立見席で50人くらい。前から2番目の端に席をとって待っていると、ふだんツイッターでやり取りさせていただいている科学ジャーナリストの山田さん(@kumiyamada)がいらっしゃったので、並んで橋本先生と板倉さんの話を聞くことにした。
席の前には大きなスクリーン、そして向かって左側に橋本先生、右側に板倉さんがそれぞれPCを前に着席される。2時間のトークの始まりである。次の4つのテーマで進められた。録音もしていないし、今回はメモもとっていないので、覚えている範囲で書かせていただく。
1)物理学者のお仕事とは?
2)超ひも理論とは?
3)高次元空間のはなし
4)今年のノーベル物理学賞のこと
1)物理学者のお仕事とは?
関西弁でなんともくだけた感じで橋本先生のお話が始まった。先生が着ている黒のTシャツに描かれていたのはこの数式。これまでの物理学で人類が解明できた素粒子に成り立つ物理法則をあらわした数式である。この理論全体を標準模型という。(標準模型は先日「素粒子標準模型入門: W.N.コッティンガム、D.A.グリーンウッド」という記事で紹介したばかりだ。NHKスペシャルの「神の数式」という番組で紹介されたから覚えていらっしゃる方も多いだろう。)
標準模型が表しているのはこれらの素粒子である。目でみえるように大きく書いてあるが、実際は「点」であり、色もない。
この後、先生は大きな黒板に数式を書いているご自身の姿を動画で見せてくださった。短パンで黒いTシャツ姿である。一般の人がイメージする物理学者(白衣を着て、実験をしているような姿)とは全く違う。たいていの理論物理学者はラフな格好で仕事をしているそうだ。
その後、先生が作詞された超ひも理論の歌を紹介された。同じ動画が見つからなかったので、こちらの動画を紹介しておく。歌詞はこの動画と同じだったと思う
あと、「超ひも理論をパパに習ってみた」を書いたときの娘さんの反応、高校時代に科学雑誌のNewtonに出会ったときの感想、ご結婚された奥様も先生と同じ別冊ニュートン(ニュートンムック)を持っていたという「赤い糸」ならぬ「Newtonのご縁」のお話をされた。
橋本先生お一人がしゃべりっぱなしということではない。板倉さんがその都度、話を投げて橋本先生が返事をかえすというスタイルで進んだ。これまで長年Newtonで原稿をお書きになっている板倉さんが、かなり初歩的な質問や反応をされるので、僕は「あれ?」と思ったが、わざと初心者のふりをしていのではないかという気がした。
2)超ひも理論とは?
橋本先生は会場の聴講者に質問をされた。「この中で理系の人はいらっしゃいますか?」すると数人が手を上げた。「じゃ、文系の人は?」こちらも数人である。つまり「この世界はいったい何でできているか?」という問いを発するとき、「この世界」という言葉で文系の人がイメージするのは、たとえば「渋谷のスクランブル交差点を行き交う人々の光景」なのだが、理系の人は「太陽の周りをまわる惑星」をイメージしてしまう。それほど文系と理系の発想が違うということ。そしてこれから始める「超ひも理論講座」は、大阪大学の事務方の職員に対して先生が行ったものをベースにしているという前置きをされた。以下、箇条書きで流れを紹介しておく。
- アインシュタインの重力理論と量子力学はともに正しいが、数学的に矛盾していること
- その矛盾を解決するために南部先生が発案したのが「ひも理論(弦理論)」であること
- では「ひも理論」は4次元時空(3次元空間)ではなく25次元空間、「超ひも理論」は9次元空間になってしまうこと
- 標準理論では光子はなくても成り立つが、超ひも理論では光子は自然に導かれること
- 超ひも理論では重力も導かれること
- マルダセナ博士の話
- 「光=重力?」というマルダセナ博士が提唱した内容。異次元の重力子が他の次元では光子に見えるというアイデアをファインマン図を使って説明(ホログラフィー原理)
特に「光=重力?」の説明は興味深かった。これについては、今後のNewtonでぜひ取り上げてもらいたいと、橋本先生から板倉さんに要望された。
3)高次元空間のはなし
このセクションも面白かった。なんと「高次元視覚化プロジェクト」が進んでいるという。これまでにCGで作られた動画をひとつずつ見せてもらえた。
私たちは3次元の物体を見ることができるが、4次元以上の物体だとその「断面」しか見ることができない。高次元のものを私たちが認識するためには「射影」と「切断」という2つの方法をとる。今回見せていただいたのは「切断」によって描かれるCGだ。例として次のような物体を見せてもらった。動画でも見れるし、静止画マウスでぐりぐりと動かし、違う視点から見ることも可能。
3次元空間に浮かぶ2次元トーラスを2次元の平面で切断してみた図。切断する方向によって見え方が違う。
4次元空間に浮かぶ3次元トーラスを3次元の空間で切断してみた図。切断する方向は3種類以上ある。
5次元空間に浮かぶ4次元トーラスを3次元の空間で切断してみた図。
6次元空間に浮かぶ5次元トーラスを3次元の空間で切断してみた図。
7次元空間に浮かぶ6次元トーラスを3次元の空間で切断してみた図。
私たちがよく知っているのは2次元トーラス、つまりドーナツ型の表面(曲面)だ。私たちにとってその穴は1つである。ところが4次元以上のトーラスでの「穴」とは私たちが知っている「穴」とは違う概念になるそうだ。言葉では理解できるが、さっぱりイメージできない。
ともかく、見せていただいたCGはおそらく世界初のものである。貴重な経験をさせていただいた。
4)今年のノーベル物理学賞のこと
時間が押していたので、このセクションは短かった。橋本先生も今年のノーベル物理学賞は「重力波」だとおっしゃっていた。では誰が?ということだがキップ・ソーン(Kip S. Thorne)博士/レイナー・ワイス(Rainer Weiss)博士の2名になるだろうとのこと。お二人については、このページで紹介されている。
2017年「物理学賞」は誰の手に? 日本科学未来館がノーベル賞予想
https://thepage.jp/detail/20170930-00000001-wordleaf
重力波の検出は昨年2月に発表されたわけだが、長年Newtonで重力波についての記事をお書きになったり目にしていた板倉さんも、橋本先生も、10年前にはこれほど早いタイミングで検出されるとは思っていなかったという。
板倉さんが「橋本先生はノーベル物理学賞を受賞したいと思っていらっしゃいますか?」とドキリとする質問を投げかけた。これに対し橋本先生は次のようにおっしゃった。
(実験で検証可能な)素粒子物理の世界は、いわば「修羅の世界」です。理論物理学者たちが毎年、数千もの「模型(=仮説)」を提案していて、ある実験で何かの事実が検証されると、正しい理論以外は、あっという間にすべて捨て去られる恐ろしい世界なのです。僕は(まだ実験で検証されていない)夢のある超ひも理論で研究を続けたいと思うわけです。
その後、超ひも理論も間接的な形で実験による検証が行われる可能性があることについても言及されていた。
質問コーナーが最後に設けられたので「ひも理論では25次元、超ひも理論では9次元とおっしゃっていたが、実際の物理空間としてはどちらなのか?」という質問をさせていただいた。橋本先生からわかりやすく説明いただいたので、うれしかった。
橋本先生、板倉さん、楽しく刺激的な時間をありがとうございました!
なお、11月23日(木曜日、祝日)には『Newton超ひもナイト in大阪』が開催されるそうだ。
『Newton超ひもナイト in大阪』
http://eplus.jp/sys/T1U14P002240150P0050001
5)関連書籍
今夜のイベントに関連する本を紹介して、この記事をしめくくろう。
まず、橋本幸士先生の本。僕がこれまでに紹介記事を書いたのは2冊。
「超ひも理論をパパに習ってみた」(Kindle版)(紹介記事)
「マンガ 超ひも理論をパパに習ってみた」
「Dブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像」(紹介記事)
そして、株式会社ニュートンプレスの本
「Newton 別冊 Newtonライト『超ひも理論』 (ニュートン別冊)」
「Newton(ニュートン) 2017年 11 月号」
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