「複素解析: 小平邦彦」
内容紹介:
現代数学の基礎を感覚的にわかりやすく解説することを目標に編集された岩波講座「基礎数学」。本選書は、この中から、学部程度の学習内容に相当するものを選んで、新たに問題の解答・ヒントを付し、編集しなおした。
本書は一貫して位相幾何学的アプローチにより、複素関数論を現代数学の視点から構築しなおしている。Cauchyの定理、等角写像、解析接続、Riemannの写像定理、Riemann面、閉Riemann面上の解析関数。教科書レベルの本で複素関数論をひととおり学んだ数学科の学生向け。
1991年6月刊行、451ページ。
著者について:
小平邦彦(こだいらくにひこ):
詳細ページ:https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/research/alumni/kodaira.html
1915‐97年。東京生まれ。1938年東京大学理学部数学科卒業、1941年同物理学科卒業。ジョンズ・ホプキンス大学、スタンフォード大学、東京大学、学習院大学教授などを務める。1954年、日本人で初めて「数学のノーベル賞」といわれるフィールズ賞を受賞。1957年文化勲章受章。
理数系書籍のレビュー記事は本書で339冊目。
アマゾンをはじめ、ネット上に内容紹介が記載されているページがなかったので、僕は次のように本書を紹介しておいた。
本書は一貫して位相幾何学的アプローチにより、複素関数論を現代数学の視点から構築しなおしている。Cauchyの定理、等角写像、解析接続、Riemannの写像定理、Riemann面、閉Riemann面上の解析関数。教科書レベルの本で複素関数論をひととおり学んだ数学科の学生向け。
つまり、本書は一般的に物理学科、工学部で使われる複素関数論の教科書のような本ではない。章のタイトルだけ見て勘違いしないようご注意いただきたい。具体的な関数形を与えて、留数やその応用として実関数の定積分を計算させたりするような例は見当たらない。本書は物理の問題を解けるようにするための複素関数論の教科書ではないのだ。
「解析概論:高木貞治」も複素関数論を含んでいるが、これよりもはるかに抽象度が高い。岩波講座「基礎数学」は「現代数学の基礎を感覚的にわかりやすく解説することを目標に編集された」とあるが、本書についてはその限りではない。
可能な限り一般性を満たす(抽象度が高い)条件で、定理や補題とその厳密な証明を積み重ねながら複素関数論の世界を構築していく。証明した定理が次の定理の証明に使われるから1冊全体としての見通しがよい。数学書とはこういうものだとわかっていても、読み進んでいくには相当の忍耐力が要求される。
章立てはこのとおり。
第1章:正則関数
第2章:Cauchyの定理
第3章:等角写像
第4章:解析接続
第5章:Riemannの写像定理
第6章:Riemann面
第7章:Riemann面の構造
第8章:閉Riemann面上の解析関数
第1章で位相幾何学的にシンプルな場合についてCauchyの積分公式を証明し、それに基づいて正則関数の基本的な性質を導く。
第2章で一般の場合のCauchyの定理と積分公式を証明する。証明に必要な位相幾何学的考察は閉領域の細胞分割によるアプローチを用いている。章末に関数 f(z) が微分可能ならば導関数 f'(z) は必ず連続であることを証明して、正則関数の定義が結局普通の定義と一致することになるのだ。
第3章では等角写像の基本的性質を述べる。
第4章は解析接続で、巾級数展開による解析接続、曲線に沿った解析接続、積分による解析接続を詳しく解説し、これに関連して曲線のホモトピーとホモロジー(そしてコホモロジー)について述べている。
第5章ではRiemannの写像定理の伝統的な証明を紹介、そして鏡像の原理と応用が述べられている。
第6章から第8章で、一般のRiemann面について、調和微分形式とDirichletの原理、単葉なRiemann面の構造、コンパクトなRiemann面上の有理型関数に関するRiemann-Rochの定理とAbelの定理などについて証明を与えている。
特に13ページにおよぶDirichletの原理の証明は追うのが大変だった。これの証明はWeylによる直交射影の方法を使えば比較的簡単にできるそうなのだが、本書の全体との調和を乱すおそれがあるため、本書では直交射影の方法をとらずに微分形式を用いた証明を与えている。
厳密な証明を与える骨太の数学書の割に、図版が多いのも本書の特長だ。これらの図版無しには証明を追うのが相当困難になると思われる。それだけ証明が込み入っているということでもある。
ページ数が多く、数学科といえども1年間の授業のカリキュラムでこなせる分量ではない。雰囲気をお伝えするために第6章と第7章の図版があるページと第4章「閉Riemann面上の解析関数」の導入部分をサンプルとして載せておこう。画像はクリックで拡大する。
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最初の4章あたりの証明までには前著「解析入門: 小平邦彦」で証明した定理や補題も使われている。「完結性」にこだわるのであれば「解析入門」を終えてから本書に取り組むのがよいだろう。つまりこの2冊で1セットである。
「解析入門: 小平邦彦」
「複素解析: 小平邦彦」
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「解析入門」のほうはソフトカバーの2分冊として購入することもできる。
「軽装版 解析入門〈1〉: 小平邦彦」
「軽装版 解析入門〈2〉: 小平邦彦」
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今回の読書は重過ぎでたいていの方には敷居が高いあ。とても濃い時間を過ごすことができたが「味わう」とか「楽しむ」、「感動する」というレベルには達することができなかった。次に読むとしたらもう少し軽めの本にしたい。たとえば次のような本が有力候補だ。
最近新装版として名著が復刊した。この2冊はおがわけんたろうさん(@KentaroOgawa)から教えていただいたものだ。東大教養学部で使われた名教科書が復活!ということである。2冊セットでどうぞ。
「新しい解析入門コース[新装版]:堀川穎二」(詳細)
「複素関数論の要諦[新装版]:堀川穎二」(詳細)
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これらの教科書の感想、紹介は次の記事でお読みいただける。
堀川先生三部作とキング・クリムゾンの頃
http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20150904/1441393304
読者に優しい数学書を書く技術
http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/touch/20101025/1288006574
関連記事:
解析学入門のための教科書談義
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22c325e49cfd7c721679dbc2896b86a4
複素関数:松田哲
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/de895908dc5ec348ed677346fa37e840
なっとくする複素関数:小野寺嘉孝
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/de4d9ea37c56d434505002d35e0132bf
ヴィジュアル複素解析
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2f47e7b748d4ca7022dc53305388a00b
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「複素解析: 小平邦彦」
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刊行にあたって
まえがき
第1章:正則関数
- 正則関数
- 巾級数
- 積分
- 正則関数の性質
第2章:Cauchyの定理
- 区分的に滑らかな曲線
- 細胞分割
- Cauchyの定理
- 微分可能性と正則性
第3章:等角写像
- 等角写像
- Riemann球面
- 1次変換
第4章:解析接続
- 解析接続
- 曲線に沿った解析接続
- 積分による解析接続
- Cauchyの定理(つづき)
第5章:Riemannの写像定理
- Riemannの写像定理
- 境界の対応
- 鏡像の原理
第6章:Riemann面
- 微分形式
- Riemann面
- Riemann面上の微分形式
- Dirichletの原理
第7章:Riemann面の構造
- 単葉型のRiemann面
- コンパクトなRiemann面
第8章:閉Riemann面上の解析関数
- 第1種Abel微分
- 第2種および第3種Abel微分
- Riemann-Rochの定理
- Abelの定理
解答・ヒント
索引
内容紹介:
現代数学の基礎を感覚的にわかりやすく解説することを目標に編集された岩波講座「基礎数学」。本選書は、この中から、学部程度の学習内容に相当するものを選んで、新たに問題の解答・ヒントを付し、編集しなおした。
本書は一貫して位相幾何学的アプローチにより、複素関数論を現代数学の視点から構築しなおしている。Cauchyの定理、等角写像、解析接続、Riemannの写像定理、Riemann面、閉Riemann面上の解析関数。教科書レベルの本で複素関数論をひととおり学んだ数学科の学生向け。
1991年6月刊行、451ページ。
著者について:
小平邦彦(こだいらくにひこ):
詳細ページ:https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/research/alumni/kodaira.html
1915‐97年。東京生まれ。1938年東京大学理学部数学科卒業、1941年同物理学科卒業。ジョンズ・ホプキンス大学、スタンフォード大学、東京大学、学習院大学教授などを務める。1954年、日本人で初めて「数学のノーベル賞」といわれるフィールズ賞を受賞。1957年文化勲章受章。
理数系書籍のレビュー記事は本書で339冊目。
アマゾンをはじめ、ネット上に内容紹介が記載されているページがなかったので、僕は次のように本書を紹介しておいた。
本書は一貫して位相幾何学的アプローチにより、複素関数論を現代数学の視点から構築しなおしている。Cauchyの定理、等角写像、解析接続、Riemannの写像定理、Riemann面、閉Riemann面上の解析関数。教科書レベルの本で複素関数論をひととおり学んだ数学科の学生向け。
つまり、本書は一般的に物理学科、工学部で使われる複素関数論の教科書のような本ではない。章のタイトルだけ見て勘違いしないようご注意いただきたい。具体的な関数形を与えて、留数やその応用として実関数の定積分を計算させたりするような例は見当たらない。本書は物理の問題を解けるようにするための複素関数論の教科書ではないのだ。
「解析概論:高木貞治」も複素関数論を含んでいるが、これよりもはるかに抽象度が高い。岩波講座「基礎数学」は「現代数学の基礎を感覚的にわかりやすく解説することを目標に編集された」とあるが、本書についてはその限りではない。
可能な限り一般性を満たす(抽象度が高い)条件で、定理や補題とその厳密な証明を積み重ねながら複素関数論の世界を構築していく。証明した定理が次の定理の証明に使われるから1冊全体としての見通しがよい。数学書とはこういうものだとわかっていても、読み進んでいくには相当の忍耐力が要求される。
章立てはこのとおり。
第1章:正則関数
第2章:Cauchyの定理
第3章:等角写像
第4章:解析接続
第5章:Riemannの写像定理
第6章:Riemann面
第7章:Riemann面の構造
第8章:閉Riemann面上の解析関数
第1章で位相幾何学的にシンプルな場合についてCauchyの積分公式を証明し、それに基づいて正則関数の基本的な性質を導く。
第2章で一般の場合のCauchyの定理と積分公式を証明する。証明に必要な位相幾何学的考察は閉領域の細胞分割によるアプローチを用いている。章末に関数 f(z) が微分可能ならば導関数 f'(z) は必ず連続であることを証明して、正則関数の定義が結局普通の定義と一致することになるのだ。
第3章では等角写像の基本的性質を述べる。
第4章は解析接続で、巾級数展開による解析接続、曲線に沿った解析接続、積分による解析接続を詳しく解説し、これに関連して曲線のホモトピーとホモロジー(そしてコホモロジー)について述べている。
第5章ではRiemannの写像定理の伝統的な証明を紹介、そして鏡像の原理と応用が述べられている。
第6章から第8章で、一般のRiemann面について、調和微分形式とDirichletの原理、単葉なRiemann面の構造、コンパクトなRiemann面上の有理型関数に関するRiemann-Rochの定理とAbelの定理などについて証明を与えている。
特に13ページにおよぶDirichletの原理の証明は追うのが大変だった。これの証明はWeylによる直交射影の方法を使えば比較的簡単にできるそうなのだが、本書の全体との調和を乱すおそれがあるため、本書では直交射影の方法をとらずに微分形式を用いた証明を与えている。
厳密な証明を与える骨太の数学書の割に、図版が多いのも本書の特長だ。これらの図版無しには証明を追うのが相当困難になると思われる。それだけ証明が込み入っているということでもある。
ページ数が多く、数学科といえども1年間の授業のカリキュラムでこなせる分量ではない。雰囲気をお伝えするために第6章と第7章の図版があるページと第4章「閉Riemann面上の解析関数」の導入部分をサンプルとして載せておこう。画像はクリックで拡大する。
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最初の4章あたりの証明までには前著「解析入門: 小平邦彦」で証明した定理や補題も使われている。「完結性」にこだわるのであれば「解析入門」を終えてから本書に取り組むのがよいだろう。つまりこの2冊で1セットである。
「解析入門: 小平邦彦」
「複素解析: 小平邦彦」
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「解析入門」のほうはソフトカバーの2分冊として購入することもできる。
「軽装版 解析入門〈1〉: 小平邦彦」
「軽装版 解析入門〈2〉: 小平邦彦」
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今回の読書は重過ぎでたいていの方には敷居が高いあ。とても濃い時間を過ごすことができたが「味わう」とか「楽しむ」、「感動する」というレベルには達することができなかった。次に読むとしたらもう少し軽めの本にしたい。たとえば次のような本が有力候補だ。
最近新装版として名著が復刊した。この2冊はおがわけんたろうさん(@KentaroOgawa)から教えていただいたものだ。東大教養学部で使われた名教科書が復活!ということである。2冊セットでどうぞ。
「新しい解析入門コース[新装版]:堀川穎二」(詳細)
「複素関数論の要諦[新装版]:堀川穎二」(詳細)
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これらの教科書の感想、紹介は次の記事でお読みいただける。
堀川先生三部作とキング・クリムゾンの頃
http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20150904/1441393304
読者に優しい数学書を書く技術
http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/touch/20101025/1288006574
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解析学入門のための教科書談義
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22c325e49cfd7c721679dbc2896b86a4
複素関数:松田哲
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/de895908dc5ec348ed677346fa37e840
なっとくする複素関数:小野寺嘉孝
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/de4d9ea37c56d434505002d35e0132bf
ヴィジュアル複素解析
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「複素解析: 小平邦彦」
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刊行にあたって
まえがき
第1章:正則関数
- 正則関数
- 巾級数
- 積分
- 正則関数の性質
第2章:Cauchyの定理
- 区分的に滑らかな曲線
- 細胞分割
- Cauchyの定理
- 微分可能性と正則性
第3章:等角写像
- 等角写像
- Riemann球面
- 1次変換
第4章:解析接続
- 解析接続
- 曲線に沿った解析接続
- 積分による解析接続
- Cauchyの定理(つづき)
第5章:Riemannの写像定理
- Riemannの写像定理
- 境界の対応
- 鏡像の原理
第6章:Riemann面
- 微分形式
- Riemann面
- Riemann面上の微分形式
- Dirichletの原理
第7章:Riemann面の構造
- 単葉型のRiemann面
- コンパクトなRiemann面
第8章:閉Riemann面上の解析関数
- 第1種Abel微分
- 第2種および第3種Abel微分
- Riemann-Rochの定理
- Abelの定理
解答・ヒント
索引