「量子論はなぜわかりにくいのか「粒子と波動の二重性」の謎を解く: 吉田伸夫」(Kindle版)
内容紹介:
「粒子であると同時に波である」???
それって、結局どういうこと?
量子論の具体的なイメージが描けず、くじけがちな初学者へ向け、リアルなモデルを使ってていねいに解説する今度こそわかりたいあなたのための量子論入門。
SF作家のアーサー・C・クラークは、「高度に発達した科学は魔術と見分けがつかない」という名言を残したが、どうやら多くの現代人にとって、量子論は、科学と言うより魔術に近いものに見えるらしい。量子論が魔術じみたものとして捉えられるのは、一般に流布している解説が常識を大きく逸脱しているせいでもあろう。
「シュレディンガーの猫」「多世界解釈」「量子もつれ」といった量子論の話題は、しばしばあまりに現実離れした説明がなされ、人々を混乱させる。私に言わせれば、こうした常識を逸脱する説明は、量子論に対する誤解を増やすだけである。量子論は、もっとリアルで実用的な理論であり、常識に沿った範囲で理解することが可能である。本書は、リアルなイメージに基づいて、常識的な立場から量子論を理解しようとする試みである。
(こんな方におすすめ)
・量子論に取り組んでみたが今ひとつピンとこない初学者
・サイエンスファン
2017年4月13日刊行、208ページ。
著者について:
吉田伸夫
1956年、三重県生まれ。東京大学理学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。理学博士。専攻は素粒子論(量子色力学)。科学哲学や科学史をはじめ幅広い分野で研究を行っている。ホームページ「科学と技術の諸相」(http://www005.upp.so-net.ne.jp/yoshida_n/)を運営。著書に『明解 量子重力理論入門』『明解 量子宇宙論入門』『完全独習相対性理論』(いずれも講談社)、『宇宙に果てはあるか』『光の場、電子の海』(いずれも新潮社)、『素粒子論はなぜわかりにくいのか』(技術評論社)など多数。(著書を検索)
理数系書籍のレビュー記事は本書で331冊目。
対象読者
「光の場、電子の海―量子場理論への道」や「素粒子論はなぜわかりにくいのか」が場の量子論や素粒子物理学の勉強で苦労している人の理解をとても助けてくれる良書だったので、今回は対象読者を量子論の学習者にまで下げてお書きになったのかなと思っていた。
ところが全く違うのである。内容紹介には「量子論の具体的なイメージが描けず、くじけがちな初学者へ向け」と書かれているが、読み始めてすぐわかったのは本書は前期量子論から場の量子論までの発展に貢献した科学者の名前を少なくとも15人くらいあげられる人、量子力学の教科書を1~2冊は読み、場の量子論の概要くらいは知っている人が対象だということ。
吉田先生のような方から見ると僕は「初学者」のようなものかもしれないが、量子力学や場の量子論の教科書はひととおり学んでいるし、完全とは言えないまでも量子論についてのイメージはできあがっている。初学者だと自分を卑下するのは行き過ぎだ。
本書を読んだ理由
このところ僕は量子コンピュータの勉強に凝っていて、量子力学のもたらした成果をあからさまな形で駆使する世界に浸っていた。ベルの不等式の破れは1982年のアスペの実験によって検証されたから、EPR相関はもはやパラドックスではなくなり、安心して量子力学を使う時代になったのだと思っている。
けれどもすべての問題や物理的解釈が解決されたわけではないことも知っている。量子論、量子力学を学び始めた頃を思い起こせば、今でも奇妙さ、不思議さに満ちた理論体系だと思っている。ちょうどよいタイミングで刊行されたこともあり、読みたくなった。
教科書で最初に抱いた疑問は原子の安定性を説明するために紹介されたボーアの量子条件の図。サインカーブのように波打ってはいるものの、太陽系の惑星運動のような古典的な軌道を電子の運動に当てはめているあの図のことだ。
教科書では後にシュレディンガーの方程式を使って水素様原子(すいそようげんし)の電子雲が立体的に描かれるわけなので、ボーアの図は間違っていることになる。また電子の軌道がエネルギーの低い内側の軌道にジャンプすることで、エネルギーの差のぶんが光として放出されることも、古典的な円軌道の図が使われている。教科書、教養書を問わず「絵」で説明する限り、量子力学の直観的説明は矛盾しているものなのだ。それはそれで仕方がないのだと思っていた。
「波なのか粒子なのか?」から始まり瞬間的に軌道をジャンプする電子、二重スリットの実験、電子に軌道があるのかないのか、複素値をもつ波動関数の解釈、観測すると状態が収縮する、不確定性関係、多世界解釈などは
1)疑問をもたずにそういうものだと丸呑みして納得する
2)疑問をもたずに無視する
3)無批判に受け入れ、SFのような幻想に想いを馳せる
のいずれかを受け入れ、勉強を続けるものなのだと理解していた。
量子論のこのような奇妙さ、不思議さはアニメやSFの中だけで引用されるのであればまだマシである。やっかいなのが科学教養書でそれらが強調され過ぎているものが多いことだ。かく言う僕もブログ記事にそのような調子で書いてしまったものがあるので、最近は「ちょっとまずかったな。」と反省しているところ。先日もどなたかがツイッターで「量子論の奇妙さ、不思議さばかりを強調する科学教養書は、そろそろ卒業しましょうよ。」のようなことをおっしゃっていて、まったくそのとおりだと思った。そして量子論の応用-工学系、量子化学、量子情報の教科書、教養書では量子論の奇妙さには深入りしないのが一般的である。
本書の意図と内容
本書で吉田先生がお書きになっているのがまさに「量子論の奇妙さから卒業」するためのアイデア、考え方なのである。ところが読んでみると卒業が容易でないことがすぐ明らかになる。僕にしても「ああ、そういうことか!」と目から鱗を落としてよいものか判断に迷うものばかりなのだ。大学教授ではないけれど、この分野で著名で評判のよい先生であるだけに「トンデモ」だと即断して否定するわけにはいかない。
本書の章立てはこのとおり。
第1章:量子論とはいかなる理論なのか
第2章:波と量子
第3章:相補性の落とし穴
第4章:場の量子論と実在
第5章:誤差・揺らぎ・不確定性
第6章:混乱する解釈
第7章:相関か相互作用か
第8章:量子論の本質
吉田先生が批判を向ける矛先はボーア、ハイゼンベルクにまで遡る。シュレディンガーは波動方程式を提唱したものの、状態の重ね合わせの理論を受け入れられずに物理学から生物学に転身してしまったが、彼の波動方程式は有効な道具として利用され続けている。アインシュタインとボーアの有名な対決はボーアの勝利に終わったが、ボーアの論文には理論的な矛盾や曖昧さが含まれており、正当な議論ではなく「アインシュタイン、シュレディンガー、ファインマンに対して迫力で押し切って勝利したのではないか」とまで吉田先生は酷評されている。
つまり、観測されていない状態の記述を禁止した形で展開され、電子の始状態と終状態の遷移確率だけに注目するハイゼンベルクやボーアの行列力学、不確定性原理に対する物理的解釈の誤り、二重スリット実験に対する誤解と霧箱を使った観測問題に対する解決案、経路積分の効用など独自の視点から鋭い切り込み、提案を行なっているのだ。量子論、量子力学の根幹をなすテーマが大きく揺るがされることになる。これまで学んできたことがぐらぐらと揺さぶられ、容易に受け入れることができないことばかり。かといって僕のような理解度では反論する材料や能力も持ち合わせていない。なるほど、そうかもしれないなぁと思ってしまうわけである。
結局それらの問題を解決するためには場の量子論の理解が不可欠で、時空の各点に不随する内部空間の中に存在する無数の波動をイメージすることで、解釈はよりリアルで直観的なものになるのだという。つまり格子ゲージ理論のこと。(でも「内部空間」ってSU(2)やSU(3)などゲージ理論のことであり数学的なもだと僕は思うわけだけど。)場の量子論より前の量子論、量子力学の段階では、リアルで直観的な理解を得ることができないという主張である。「量子力学は、たとえ現象を説明できても不完全な理論である」というアインシュタインの主張を吉田先生は具体的に解説したとも言える。
ベルの不等式についてはベン図をいくつもお描きになり、独自の方法で解説をしていらっしゃるのが特徴である。そして「量子論でベルの不等式が破られるのは、現実に起きない過程に対して確率を割り当てようとした結果、見かけの上の確率が負になって見える。」とお書きになっている。
数理物理学、特にノイマンの有名な著書「量子力学の数学的基礎」に対する切り込みも容赦なく行われている。シュレディンガー方程式に従って連続的に変化してきた状態が、測定が行なわれるきわめて短い時間の間に、射影演算子を作用させた状態に飛び移るとしたノイマンの主張を否定している。数学だけで物理現象を理解することに限界があることをおっしゃっているのだと僕は理解した。それは粒子描像を意味するハイゼンベルクの運動方程式、波動描像を意味するシュレディンガーの波動方程式、粒子の経路を描き出すファインマンの経路積分の手法など3つの量子力学の定式化が数学的に同等であることが証明されているにもかかわらず、前の2つに対する物理的解釈に無理だと主張していることからもうかがえる。
量子情報理論、量子コンピュータについて
また量子情報理論については本書最後のほうの「量子論はなぜわかりにくいのか」という節で次のようにお書きになっている。
「量子論のわかりにくさを集約したのが、量子情報理論と呼ばれる分野である。これは観測可能な状態についての関係を抜き出して情報理論の観点からまとめたもので、論点を整理するには適した方法論だが、物理的な理解を深めようとしても、何が起きているかイメージできずに混乱するばかりである。厳密性を重んじる専門書では、EPR相関について量子情報理論の観点から説明されることもあるが、量子論を実用的なツールとして応用する人は、全く気にする必要がない。」
また、「量子コンピュータがきわめて高速な理由が多世界解釈を使って説明されるケースがあるが、こうした解釈を信じている物理学者はごく少数である。量子コンピュータが高速なのは、常識的な解釈によれば、素子どうしの量子論的な相互作用が並列的に行われる一種のアナログ計算機だからである。」ともお書きになっている。
影響力のある先生だけに、本書での主張はこれから議論されることになるかもしれない。ひとつひとつ慎重に考えてみたいと思った。
ちなみに吉田先生はホームページをご覧になるとわかるように、超弦理論に対しては批判的、否定的なお考えをもっていらっしゃる方である。
関連記事:
光の場、電子の海―量子場理論への道:吉田伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea4bc17a6b2c98c1073039d868223f02
素粒子論はなぜわかりにくいのか:吉田伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bcbaebb9f2a77b1bd63e3928f6bd6e9f
明解量子重力理論入門:吉田伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e0ab2fd9fafe3568c24ed358dd4ea92c
宇宙に「終わり」はあるのか: 吉田伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c9ad8a76d2a1725b731238eeb4699694
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「量子論はなぜわかりにくいのか「粒子と波動の二重性」の謎を解く: 吉田伸夫」(Kindle版)
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はじめに
第1章:量子論とはいかなる理論なのか
- 実用ツールとしての量子論
- 量子論は常識に反する理論か
- 幾何学的秩序を生み出す量子効果
- 秩序の根底にある波動
第2章:波と量子
- 原子はなぜ安定に存在できるのか
- 量子仮説の登場
- ボーアの原子模型
- 物質波から波動関数へ
- 波動一元論の破綻
- 波動関数とは何か
- 台風の確率予報と波動関数
- シュレディンガーの洞察を生かす道
第3章:相補性の落とし穴
- ゾンマーフェルトの量子条件
- 行列力学の誕生
- 行列力学の体系化
- 行列力学における方法論の変質
- 交換関係は原理か
- 相補性の落とし穴
第4章:場の量子論と実在
- 光は粒子か波動か
- 場の量子論の需要
- 場を量子化する
- 波の波動関数
- 量子論と実在
第5章:誤差・揺らぎ・不確定性
- ハイゼンベルクの思考実験
- 擾乱のない測定と小澤の不等式
- 不確定性関係の導き方
- 不確定性関係は何を意味するのか
- 経路積分の考え方
- 経路積分法に基づく不確定性の解釈
- 揺らぎの拡がりとしての不確定性
第6章:混乱する解釈
- ノイマンによる観測の理論
- 量子論的な≪歴史≫
- 霧箱における観測の理論
- 二重スリット実験とデコヒーレンス
- デコヒーレンスに基づく≪歴史≫記述
- デコヒーレンスの不完全さと多世界解釈
- 場の量子論における≪歴史≫
第7章:相関か相互作用か
- EPR相関とは何か
- EPR相関の統計的性格
- 光子の偏光
- 偏光におけるEPR相関の観測
- ベルの限界
- ベルの限界の求め方
- ベルの限界はなぜ破られたか
第8章:量子論の本質
- 場の量子論が描く世界
- 要素に還元できない物理現象
- 量子論はなぜわかりにくいのか
おわりに
参考文献
内容紹介:
「粒子であると同時に波である」???
それって、結局どういうこと?
量子論の具体的なイメージが描けず、くじけがちな初学者へ向け、リアルなモデルを使ってていねいに解説する今度こそわかりたいあなたのための量子論入門。
SF作家のアーサー・C・クラークは、「高度に発達した科学は魔術と見分けがつかない」という名言を残したが、どうやら多くの現代人にとって、量子論は、科学と言うより魔術に近いものに見えるらしい。量子論が魔術じみたものとして捉えられるのは、一般に流布している解説が常識を大きく逸脱しているせいでもあろう。
「シュレディンガーの猫」「多世界解釈」「量子もつれ」といった量子論の話題は、しばしばあまりに現実離れした説明がなされ、人々を混乱させる。私に言わせれば、こうした常識を逸脱する説明は、量子論に対する誤解を増やすだけである。量子論は、もっとリアルで実用的な理論であり、常識に沿った範囲で理解することが可能である。本書は、リアルなイメージに基づいて、常識的な立場から量子論を理解しようとする試みである。
(こんな方におすすめ)
・量子論に取り組んでみたが今ひとつピンとこない初学者
・サイエンスファン
2017年4月13日刊行、208ページ。
著者について:
吉田伸夫
1956年、三重県生まれ。東京大学理学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。理学博士。専攻は素粒子論(量子色力学)。科学哲学や科学史をはじめ幅広い分野で研究を行っている。ホームページ「科学と技術の諸相」(http://www005.upp.so-net.ne.jp/yoshida_n/)を運営。著書に『明解 量子重力理論入門』『明解 量子宇宙論入門』『完全独習相対性理論』(いずれも講談社)、『宇宙に果てはあるか』『光の場、電子の海』(いずれも新潮社)、『素粒子論はなぜわかりにくいのか』(技術評論社)など多数。(著書を検索)
理数系書籍のレビュー記事は本書で331冊目。
対象読者
「光の場、電子の海―量子場理論への道」や「素粒子論はなぜわかりにくいのか」が場の量子論や素粒子物理学の勉強で苦労している人の理解をとても助けてくれる良書だったので、今回は対象読者を量子論の学習者にまで下げてお書きになったのかなと思っていた。
ところが全く違うのである。内容紹介には「量子論の具体的なイメージが描けず、くじけがちな初学者へ向け」と書かれているが、読み始めてすぐわかったのは本書は前期量子論から場の量子論までの発展に貢献した科学者の名前を少なくとも15人くらいあげられる人、量子力学の教科書を1~2冊は読み、場の量子論の概要くらいは知っている人が対象だということ。
吉田先生のような方から見ると僕は「初学者」のようなものかもしれないが、量子力学や場の量子論の教科書はひととおり学んでいるし、完全とは言えないまでも量子論についてのイメージはできあがっている。初学者だと自分を卑下するのは行き過ぎだ。
本書を読んだ理由
このところ僕は量子コンピュータの勉強に凝っていて、量子力学のもたらした成果をあからさまな形で駆使する世界に浸っていた。ベルの不等式の破れは1982年のアスペの実験によって検証されたから、EPR相関はもはやパラドックスではなくなり、安心して量子力学を使う時代になったのだと思っている。
けれどもすべての問題や物理的解釈が解決されたわけではないことも知っている。量子論、量子力学を学び始めた頃を思い起こせば、今でも奇妙さ、不思議さに満ちた理論体系だと思っている。ちょうどよいタイミングで刊行されたこともあり、読みたくなった。
教科書で最初に抱いた疑問は原子の安定性を説明するために紹介されたボーアの量子条件の図。サインカーブのように波打ってはいるものの、太陽系の惑星運動のような古典的な軌道を電子の運動に当てはめているあの図のことだ。
教科書では後にシュレディンガーの方程式を使って水素様原子(すいそようげんし)の電子雲が立体的に描かれるわけなので、ボーアの図は間違っていることになる。また電子の軌道がエネルギーの低い内側の軌道にジャンプすることで、エネルギーの差のぶんが光として放出されることも、古典的な円軌道の図が使われている。教科書、教養書を問わず「絵」で説明する限り、量子力学の直観的説明は矛盾しているものなのだ。それはそれで仕方がないのだと思っていた。
「波なのか粒子なのか?」から始まり瞬間的に軌道をジャンプする電子、二重スリットの実験、電子に軌道があるのかないのか、複素値をもつ波動関数の解釈、観測すると状態が収縮する、不確定性関係、多世界解釈などは
1)疑問をもたずにそういうものだと丸呑みして納得する
2)疑問をもたずに無視する
3)無批判に受け入れ、SFのような幻想に想いを馳せる
のいずれかを受け入れ、勉強を続けるものなのだと理解していた。
量子論のこのような奇妙さ、不思議さはアニメやSFの中だけで引用されるのであればまだマシである。やっかいなのが科学教養書でそれらが強調され過ぎているものが多いことだ。かく言う僕もブログ記事にそのような調子で書いてしまったものがあるので、最近は「ちょっとまずかったな。」と反省しているところ。先日もどなたかがツイッターで「量子論の奇妙さ、不思議さばかりを強調する科学教養書は、そろそろ卒業しましょうよ。」のようなことをおっしゃっていて、まったくそのとおりだと思った。そして量子論の応用-工学系、量子化学、量子情報の教科書、教養書では量子論の奇妙さには深入りしないのが一般的である。
本書の意図と内容
本書で吉田先生がお書きになっているのがまさに「量子論の奇妙さから卒業」するためのアイデア、考え方なのである。ところが読んでみると卒業が容易でないことがすぐ明らかになる。僕にしても「ああ、そういうことか!」と目から鱗を落としてよいものか判断に迷うものばかりなのだ。大学教授ではないけれど、この分野で著名で評判のよい先生であるだけに「トンデモ」だと即断して否定するわけにはいかない。
本書の章立てはこのとおり。
第1章:量子論とはいかなる理論なのか
第2章:波と量子
第3章:相補性の落とし穴
第4章:場の量子論と実在
第5章:誤差・揺らぎ・不確定性
第6章:混乱する解釈
第7章:相関か相互作用か
第8章:量子論の本質
吉田先生が批判を向ける矛先はボーア、ハイゼンベルクにまで遡る。シュレディンガーは波動方程式を提唱したものの、状態の重ね合わせの理論を受け入れられずに物理学から生物学に転身してしまったが、彼の波動方程式は有効な道具として利用され続けている。アインシュタインとボーアの有名な対決はボーアの勝利に終わったが、ボーアの論文には理論的な矛盾や曖昧さが含まれており、正当な議論ではなく「アインシュタイン、シュレディンガー、ファインマンに対して迫力で押し切って勝利したのではないか」とまで吉田先生は酷評されている。
つまり、観測されていない状態の記述を禁止した形で展開され、電子の始状態と終状態の遷移確率だけに注目するハイゼンベルクやボーアの行列力学、不確定性原理に対する物理的解釈の誤り、二重スリット実験に対する誤解と霧箱を使った観測問題に対する解決案、経路積分の効用など独自の視点から鋭い切り込み、提案を行なっているのだ。量子論、量子力学の根幹をなすテーマが大きく揺るがされることになる。これまで学んできたことがぐらぐらと揺さぶられ、容易に受け入れることができないことばかり。かといって僕のような理解度では反論する材料や能力も持ち合わせていない。なるほど、そうかもしれないなぁと思ってしまうわけである。
結局それらの問題を解決するためには場の量子論の理解が不可欠で、時空の各点に不随する内部空間の中に存在する無数の波動をイメージすることで、解釈はよりリアルで直観的なものになるのだという。つまり格子ゲージ理論のこと。(でも「内部空間」ってSU(2)やSU(3)などゲージ理論のことであり数学的なもだと僕は思うわけだけど。)場の量子論より前の量子論、量子力学の段階では、リアルで直観的な理解を得ることができないという主張である。「量子力学は、たとえ現象を説明できても不完全な理論である」というアインシュタインの主張を吉田先生は具体的に解説したとも言える。
ベルの不等式についてはベン図をいくつもお描きになり、独自の方法で解説をしていらっしゃるのが特徴である。そして「量子論でベルの不等式が破られるのは、現実に起きない過程に対して確率を割り当てようとした結果、見かけの上の確率が負になって見える。」とお書きになっている。
数理物理学、特にノイマンの有名な著書「量子力学の数学的基礎」に対する切り込みも容赦なく行われている。シュレディンガー方程式に従って連続的に変化してきた状態が、測定が行なわれるきわめて短い時間の間に、射影演算子を作用させた状態に飛び移るとしたノイマンの主張を否定している。数学だけで物理現象を理解することに限界があることをおっしゃっているのだと僕は理解した。それは粒子描像を意味するハイゼンベルクの運動方程式、波動描像を意味するシュレディンガーの波動方程式、粒子の経路を描き出すファインマンの経路積分の手法など3つの量子力学の定式化が数学的に同等であることが証明されているにもかかわらず、前の2つに対する物理的解釈に無理だと主張していることからもうかがえる。
量子情報理論、量子コンピュータについて
また量子情報理論については本書最後のほうの「量子論はなぜわかりにくいのか」という節で次のようにお書きになっている。
「量子論のわかりにくさを集約したのが、量子情報理論と呼ばれる分野である。これは観測可能な状態についての関係を抜き出して情報理論の観点からまとめたもので、論点を整理するには適した方法論だが、物理的な理解を深めようとしても、何が起きているかイメージできずに混乱するばかりである。厳密性を重んじる専門書では、EPR相関について量子情報理論の観点から説明されることもあるが、量子論を実用的なツールとして応用する人は、全く気にする必要がない。」
また、「量子コンピュータがきわめて高速な理由が多世界解釈を使って説明されるケースがあるが、こうした解釈を信じている物理学者はごく少数である。量子コンピュータが高速なのは、常識的な解釈によれば、素子どうしの量子論的な相互作用が並列的に行われる一種のアナログ計算機だからである。」ともお書きになっている。
影響力のある先生だけに、本書での主張はこれから議論されることになるかもしれない。ひとつひとつ慎重に考えてみたいと思った。
ちなみに吉田先生はホームページをご覧になるとわかるように、超弦理論に対しては批判的、否定的なお考えをもっていらっしゃる方である。
関連記事:
光の場、電子の海―量子場理論への道:吉田伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea4bc17a6b2c98c1073039d868223f02
素粒子論はなぜわかりにくいのか:吉田伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bcbaebb9f2a77b1bd63e3928f6bd6e9f
明解量子重力理論入門:吉田伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e0ab2fd9fafe3568c24ed358dd4ea92c
宇宙に「終わり」はあるのか: 吉田伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c9ad8a76d2a1725b731238eeb4699694
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「量子論はなぜわかりにくいのか「粒子と波動の二重性」の謎を解く: 吉田伸夫」(Kindle版)
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はじめに
第1章:量子論とはいかなる理論なのか
- 実用ツールとしての量子論
- 量子論は常識に反する理論か
- 幾何学的秩序を生み出す量子効果
- 秩序の根底にある波動
第2章:波と量子
- 原子はなぜ安定に存在できるのか
- 量子仮説の登場
- ボーアの原子模型
- 物質波から波動関数へ
- 波動一元論の破綻
- 波動関数とは何か
- 台風の確率予報と波動関数
- シュレディンガーの洞察を生かす道
第3章:相補性の落とし穴
- ゾンマーフェルトの量子条件
- 行列力学の誕生
- 行列力学の体系化
- 行列力学における方法論の変質
- 交換関係は原理か
- 相補性の落とし穴
第4章:場の量子論と実在
- 光は粒子か波動か
- 場の量子論の需要
- 場を量子化する
- 波の波動関数
- 量子論と実在
第5章:誤差・揺らぎ・不確定性
- ハイゼンベルクの思考実験
- 擾乱のない測定と小澤の不等式
- 不確定性関係の導き方
- 不確定性関係は何を意味するのか
- 経路積分の考え方
- 経路積分法に基づく不確定性の解釈
- 揺らぎの拡がりとしての不確定性
第6章:混乱する解釈
- ノイマンによる観測の理論
- 量子論的な≪歴史≫
- 霧箱における観測の理論
- 二重スリット実験とデコヒーレンス
- デコヒーレンスに基づく≪歴史≫記述
- デコヒーレンスの不完全さと多世界解釈
- 場の量子論における≪歴史≫
第7章:相関か相互作用か
- EPR相関とは何か
- EPR相関の統計的性格
- 光子の偏光
- 偏光におけるEPR相関の観測
- ベルの限界
- ベルの限界の求め方
- ベルの限界はなぜ破られたか
第8章:量子論の本質
- 場の量子論が描く世界
- 要素に還元できない物理現象
- 量子論はなぜわかりにくいのか
おわりに
参考文献