「一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全」 - 出版社のページ
内容紹介:
いわゆる相対性理論にはアタマに「特殊」と「一般」とつくものがあります。「一般」というのは簡単に言うと、どのような条件でも成り立つ理論という意味であり、「特殊」な状況を切り取った理論より、はるかに複雑で難解なものになります。いまからおよそ100年前、アインシュタインはこの「一般相対性理論」を導きました。これは表面的な概念だけで語れるようなものではありません。それを表現する言語は「数式」以外にないのです。本書は、相対性理論を理解するのに必要な知識を獲得するところから始まり、はじめから一歩一歩着実に、「一般相対性理論」を数式で理解できるよう、徹底的に詳しく解説していきます。
この本は、高校の数学・物理を履修した人向けに書かれています。まず、専門の内容に入る前に、数学、物理の準備をしましょう。次に、相対論を読むときの第一関門となる「テンソル」を具体的な計算をしながら説明します。直線のテンソルを分かったところで、いったん特殊相対性理論に進みます。次に直線のテンソルの話を曲線・曲面のテンソルに拡張し、その中で第二関門である「共変微分」をじっくりと説明します。最後に一般相対論のキーコンセプトとなる曲率の概念を手に入れれば、あとは一気に一般相対性理論を理解することができます。重力場の方程式の一番単純な解から、重力波の方程式までを解説します。
2017年3月27日刊行、672ページ。
著者について:
石井俊全(いしい としあき)
1965年、東京生まれ。
東京大学建築学科卒、東京工業大学数学科修士課程卒。
大人のための数学教室「和」講師。確率・統計、線形代数から、金融工学、動学マクロ経済に至るまでの幅広い分野で、難しいことを分かりやすく講義している。
石井先生の著書: Amazonで検索
本書のカバーの「そで」には次のように書かれている。
一般相対性理論の発表から100年が経過しました。もうそろそろ、一般相対性理論を数式レベルで理解する人たちが爆発的に増えてもいい頃ではないでしょうか。
爆発的増加は無理としても小規模爆発くらいはしてほしいと僕も思うわけで、著者の石井先生と同じ気持ちから8年前に「一般相対性理論に挑戦しよう!」という記事を書いたことがある。この記事の中核になるのが広江克彦さんがお書きになった「趣味で相対論」という本だ。数式を使わない科学教養書と数式だらけの専門書の中間的位置づけの「副読本」、「準教科書」のような切り口で、2008年の発売以来多くの物理ファンの心をつかんできた。
今日紹介する「一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全」も教養書と専門書の間をつなぐ位置付けにある本で先月末に発売されたばかりだ。これまで刊行された石井先生の著書が素晴らしかっただけに、期待できる本なのだろう。さっそく中身を調べてみた。
相対性理論の教科書、副読本(準専門書)の種類
相対性理論を解説した教科書、副読本は、いくつかのタイプに分類できる。
1)物理学的視点から書かれた本、数学的視点から書かれた本
著者の石井先生は数学がご専門なので本書は数学的視点から解説した本である。同様に数学的視点から書かれた本では「時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎」が知られている。
その他の教科書のほとんどは物理学的視点から書かれた本だ。
2)アインシュタインの重力場の方程式の扱い方の違い
一般相対性理論の根幹はアインシュタインの重力場の方程式だ。その導出にはリーマン幾何学の複雑なテンソル計算が必要である。この部分を詳しく解説するか、しないかで本の特色の違いがでてくる。
本書はこの方程式の導出を省略することなく解説している。「時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎」と「趣味で相対論」もこの点については同様だ。
物理現象、応用に焦点、数値相対論に重点を置いた本ではこの方程式の導出は大まかにしか行われない。ハートルの「重力(上)(下)」、柴田先生の「一般相対論の世界を探る―重力波と数値相対論」などがこれに該当する。
方程式の導出を読者の演習として学ばせる本もある。中級レベルの教科書として知られている須藤先生の「一般相対論入門:須藤靖」、「もうひとつの一般相対論入門:須藤靖」がこれに該当する。
上級者向けに、より発展的な内容に重点を置いた本がある。内山先生の「一般相対性理論」、「一般ゲージ場論序説」がこれに該当し、Reissner-Weyl解(荷電粒子のまわりの静的・球対称な時空)や、Kerr解などの導出、重力のゲージ場理論までを解説している。
百科事典的な本もある。「重力理論 Gravitation-古典力学から相対性理論まで、時空の幾何学から宇宙の構造へ」はほぼすべての項目を含み、「黒い電話帳」として学生、専門家の間で重宝されている。ただし日本語版は翻訳の質がよくないので、英語版をお勧めしたい。
相対性理論の本は、この他ここに紹介できないほどたくさんあるのは言うまでもない。
本書の構成、特色
- 構成、数学と物理の割合
670ページの分厚い本になったのは相対性理論を解説するために必要な数学の解説をすべて含めたためだ。これ1冊で完結しているコンプリートな本である。ページ占有率は数学6、物理学4という割合。章立ては次のとおりだ。
第1章 数学の準備
第2章 物理の準備
第3章 テンソルと直線座標のテンソル場
第4章 特殊相対性理論
第5章 曲線座標のテンソル場
第6章 曲率
第7章 一般相対性理論
- 安い
ページ数がこれだけあり、相対性理論を理解するためのすべてが詰まっているのに定価は3500円(+消費税)。居酒屋、焼き肉屋1回分のお金で相対性理論を自分のものにできるのだから激安である。
- テンソルの解説を前倒しにしていること
ベクトル解析、テンソル解析を前倒しに解説しているのが他の本に見られない特色だ。数学と物理の記述は章ごとに交互になるよう置かれているが、ベクトル場、テンソル場、リーマン幾何学など、それぞれなるべく早い時点で説明してから、それらを使う物理の解説を展開している。
テンソル場はまず直線のテンソル場を解説し、次に曲面のテンソル場への一般化、そして第二関門である「共変微分」、最終関門である「曲率の概念」へと進んでいく。
- 特殊相対性理論と一般相対性理論
本書がユニークなのは特殊相対性理論と一般相対性理論の連続的なつながりが理解できるところにある。特殊相対性理論で使われる数式は中学、高校レベルの易しいものであるのに対し、一般相対性理論ではテンソル解析、多次元微分幾何学という難易度が全く違う数学が使われる。したがって本書以外の本ではこの2つの理論が分断されている別々の理論のように思えてしまう。
けれども本書ではテンソルの説明を前倒しにすることで、特殊相対性理論と一般相対性理論の連続的なつながりが明らかになり、文字通り特殊相対性理論が一般相対性理論の特殊な場合であることが理解できるのだ。
- 電磁気学も解説、マックスウェル方程式の4元化
古典電磁気学、マックスウェル方程式を詳しく解説している。特殊相対性理論には欠かせない電磁気学を省略していないことはページ数が増えた理由のひとつだ。古典電磁気学は広江さんの著書では「趣味で物理学」に含まれている。そして「マックスウェル方程式を1本にまとめたのは誰?」という記事で紹介したような特殊相対性理論による電磁気学の4次元化、ローレンツ変換の解説へとつないでいる。
- 驚異の定理への言及
リーマン幾何学では「曲率の概念」は特に重要だ。数学がご専門だけにガウスの功績、「驚異の定理」への言及もされている。この定理については「宇宙の形、ガウスの曲面論と内在幾何」という連載記事をお読みいただきたい。
- 双子のパラドックス、重力波
科学教養書ではなかなか納得できない「双子のパラドックス」を数式でていねいに説明している。ページ数の都合でとかく省略されてしまいがちなこの現象が解説されているのはうれしい。
また、重力波の方程式が導出されているのも本書の長所だ。「重力波の直接観測に成功!」というニュースは昨年話題になったばかり。新しい本の強みだといえよう。
- ニュートンの場の理論
これもページ数の都合で割愛されてしまいがちな内容だ。ベクトル解析を解説した後、高校で習うニュートンの運動方程式を復習し、さらに高校では習わない場の方程式として紹介する。アインシュタインの場の方程式に対応するものがニュートン力学の段階ですでにあることをこの本を読む初学者は学ぶことができる。
- 数学といっても定理の証明をしているわけではない
数学としての解説が多いといっても、本書は高校3年レベルの数学と物理学を学んだ人を対象にしているわけだから、同じ著者の「ガロア理論の頂を踏む」のように定理、証明を厳密な形で積み重ねていくような専門書ではない。全体的に数式で埋め尽くされているページが多いが、それは詳しく手順を追って式変形を紹介しているからだ。本のタイトルにあるとおり「一歩一歩」進めば初学者でもついていける本だ。
「趣味で相対論」との比較
- ページ数の違いについて
アインシュタインの重力場の方程式の導出を「ごまかしなく解説する」という意味では「趣味で相対論」は本書と同じである。しかしこちらは273ページしかない。どういうことだろうか?
それは本書で解説されているニュートン力学と古典電磁気学を広江さんは「趣味で物理学」のほうにお書きになっているからだ。またベクトル解析は書籍化されていない「EMANの物理数学」の一部としてお書きになっている。
すべてを書籍化して1冊にまとめれば、広江さんの本のほうも本書と同じようなページ数になるのではないかと僕は思っている。
広江さんは大学で物理学を専攻されていたので、物理的な視点、発想で相対性理論を解説されている。ここは本書と大きく違うところだ。
また広江さんの本は本書と比べて文章が多い。ご自身への問いかけ、感動をそのままお書きになっているから読み物としての面白味や味わいがある。それに対し本書は「感情の露出」が控えめである。地道に一歩ずつ階段を上るようなイメージで読み進めることになる。
数式で学ぶ相対性理論の入門書としてどちらがよいのかは決められない。読者の好みや忍耐力に左右されるのだと思う。
「時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎」との比較
数学からの視点から書かれたという意味で「時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎」は本書と同じ側面をもっている。
けれども「時空の幾何学」は大学で数学を専攻している学生向けであり、本書のような高校卒業レベルの人を対象にしているわけではない。
特に「時空の幾何学」は相対性理論の幾何学的イメージを強調していて、特殊相対性理論では三角関数や双曲三角関数が多用されている。またリーマン幾何学に入る直前の章ではガウスの内在幾何の解説に多くのページを割いている。いかにも数学科の学生が好みそうな様相に仕上がっているのだ。ビジュアルで美しい図版が多いのも「時空の幾何学」の特色だ。
また「時空の幾何学」には電磁気学についての記述はマックスウェルの方程式とローレンツ変換について5ページの解説があるだけである。
著者からのメッセージ
本書のカバーの「そで」には著者からのメッセージが書かれている。この中で石井先生は「私は数学・物理学を専門にしている研究者ではない」と、しきりに「素人ぶり」を強調されている。「まえがき」には「大学受験の物理の問題を解ける自信もない」ともお書きになっている。
謙遜しすぎだと思ったが、たとえそれが本当だとしても石井先生は多くの人がもっている「一般相対性理論を理解したい」という夢をかなえたおひとりだということ、その感動を多くの人に感じてもらいたいという思いが込められている。カバーの「そで」に書かれているメッセージは本のページには含まれていないので、カバーはなくさずに持っておきたい。
僕の感触、感想
広江さんの「趣味で相対論」を読んだとき、こんなにわかりやすいの?と衝撃を受けたのだが、本書が登場したことで、もうひとつ選択肢が増えたことになる。
今の学生は幸せだなとつくづく思うのだ。どちらを先に読むかはあなた自身で決めていただきたい。どちらにも一長一短があるという言い方はあてはまらない。どちらの本を選ぶかは、相対性理論が到達した山頂を目指して数学の風景を見ながら登るか、物理学の風景を見ながら登るかの違いなのだ。
今回は大ざっぱにページをめくったうえでの紹介記事である。実際に読むとまた新しい発見や気づきがあることだろう。本書を通読してから正式な紹介記事を書くつもりだ。
関連記事:
一般相対性理論に挑戦しよう!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea7ad9292ce01ad4abbbc8c98f3303d0
趣味で物理学:広江克彦
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/90aa60383b600ff4e4fd7bea6589deaa
趣味で相対論:広江克彦
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http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ae6e91eec0ecb404b3b77d46ca04b49b
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http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6e47253b0622e867f57fb15b88d18149
ブログ執筆のはげみになりますので、1つずつ応援クリックをお願いします。
「一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全」 - 出版社のページ
内容紹介:
いわゆる相対性理論にはアタマに「特殊」と「一般」とつくものがあります。「一般」というのは簡単に言うと、どのような条件でも成り立つ理論という意味であり、「特殊」な状況を切り取った理論より、はるかに複雑で難解なものになります。いまからおよそ100年前、アインシュタインはこの「一般相対性理論」を導きました。これは表面的な概念だけで語れるようなものではありません。それを表現する言語は「数式」以外にないのです。本書は、相対性理論を理解するのに必要な知識を獲得するところから始まり、はじめから一歩一歩着実に、「一般相対性理論」を数式で理解できるよう、徹底的に詳しく解説していきます。
この本は、高校の数学・物理を履修した人向けに書かれています。まず、専門の内容に入る前に、数学、物理の準備をしましょう。次に、相対論を読むときの第一関門となる「テンソル」を具体的な計算をしながら説明します。直線のテンソルを分かったところで、いったん特殊相対性理論に進みます。次に直線のテンソルの話を曲線・曲面のテンソルに拡張し、その中で第二関門である「共変微分」をじっくりと説明します。最後に一般相対論のキーコンセプトとなる曲率の概念を手に入れれば、あとは一気に一般相対性理論を理解することができます。重力場の方程式の一番単純な解から、重力波の方程式までを解説します。
2017年3月27日刊行、672ページ。
著者について:
石井俊全(いしい としあき)
1965年、東京生まれ。
東京大学建築学科卒、東京工業大学数学科修士課程卒。
大人のための数学教室「和」講師。確率・統計、線形代数から、金融工学、動学マクロ経済に至るまでの幅広い分野で、難しいことを分かりやすく講義している。
石井先生の著書: Amazonで検索
本書のカバーの「そで」には次のように書かれている。
一般相対性理論の発表から100年が経過しました。もうそろそろ、一般相対性理論を数式レベルで理解する人たちが爆発的に増えてもいい頃ではないでしょうか。
爆発的増加は無理としても小規模爆発くらいはしてほしいと僕も思うわけで、著者の石井先生と同じ気持ちから8年前に「一般相対性理論に挑戦しよう!」という記事を書いたことがある。この記事の中核になるのが広江克彦さんがお書きになった「趣味で相対論」という本だ。数式を使わない科学教養書と数式だらけの専門書の中間的位置づけの「副読本」、「準教科書」のような切り口で、2008年の発売以来多くの物理ファンの心をつかんできた。
今日紹介する「一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全」も教養書と専門書の間をつなぐ位置付けにある本で先月末に発売されたばかりだ。これまで刊行された石井先生の著書が素晴らしかっただけに、期待できる本なのだろう。さっそく中身を調べてみた。
相対性理論の教科書、副読本(準専門書)の種類
相対性理論を解説した教科書、副読本は、いくつかのタイプに分類できる。
1)物理学的視点から書かれた本、数学的視点から書かれた本
著者の石井先生は数学がご専門なので本書は数学的視点から解説した本である。同様に数学的視点から書かれた本では「時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎」が知られている。
その他の教科書のほとんどは物理学的視点から書かれた本だ。
2)アインシュタインの重力場の方程式の扱い方の違い
一般相対性理論の根幹はアインシュタインの重力場の方程式だ。その導出にはリーマン幾何学の複雑なテンソル計算が必要である。この部分を詳しく解説するか、しないかで本の特色の違いがでてくる。
本書はこの方程式の導出を省略することなく解説している。「時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎」と「趣味で相対論」もこの点については同様だ。
物理現象、応用に焦点、数値相対論に重点を置いた本ではこの方程式の導出は大まかにしか行われない。ハートルの「重力(上)(下)」、柴田先生の「一般相対論の世界を探る―重力波と数値相対論」などがこれに該当する。
方程式の導出を読者の演習として学ばせる本もある。中級レベルの教科書として知られている須藤先生の「一般相対論入門:須藤靖」、「もうひとつの一般相対論入門:須藤靖」がこれに該当する。
上級者向けに、より発展的な内容に重点を置いた本がある。内山先生の「一般相対性理論」、「一般ゲージ場論序説」がこれに該当し、Reissner-Weyl解(荷電粒子のまわりの静的・球対称な時空)や、Kerr解などの導出、重力のゲージ場理論までを解説している。
百科事典的な本もある。「重力理論 Gravitation-古典力学から相対性理論まで、時空の幾何学から宇宙の構造へ」はほぼすべての項目を含み、「黒い電話帳」として学生、専門家の間で重宝されている。ただし日本語版は翻訳の質がよくないので、英語版をお勧めしたい。
相対性理論の本は、この他ここに紹介できないほどたくさんあるのは言うまでもない。
本書の構成、特色
- 構成、数学と物理の割合
670ページの分厚い本になったのは相対性理論を解説するために必要な数学の解説をすべて含めたためだ。これ1冊で完結しているコンプリートな本である。ページ占有率は数学6、物理学4という割合。章立ては次のとおりだ。
第1章 数学の準備
第2章 物理の準備
第3章 テンソルと直線座標のテンソル場
第4章 特殊相対性理論
第5章 曲線座標のテンソル場
第6章 曲率
第7章 一般相対性理論
- 安い
ページ数がこれだけあり、相対性理論を理解するためのすべてが詰まっているのに定価は3500円(+消費税)。居酒屋、焼き肉屋1回分のお金で相対性理論を自分のものにできるのだから激安である。
- テンソルの解説を前倒しにしていること
ベクトル解析、テンソル解析を前倒しに解説しているのが他の本に見られない特色だ。数学と物理の記述は章ごとに交互になるよう置かれているが、ベクトル場、テンソル場、リーマン幾何学など、それぞれなるべく早い時点で説明してから、それらを使う物理の解説を展開している。
テンソル場はまず直線のテンソル場を解説し、次に曲面のテンソル場への一般化、そして第二関門である「共変微分」、最終関門である「曲率の概念」へと進んでいく。
- 特殊相対性理論と一般相対性理論
本書がユニークなのは特殊相対性理論と一般相対性理論の連続的なつながりが理解できるところにある。特殊相対性理論で使われる数式は中学、高校レベルの易しいものであるのに対し、一般相対性理論ではテンソル解析、多次元微分幾何学という難易度が全く違う数学が使われる。したがって本書以外の本ではこの2つの理論が分断されている別々の理論のように思えてしまう。
けれども本書ではテンソルの説明を前倒しにすることで、特殊相対性理論と一般相対性理論の連続的なつながりが明らかになり、文字通り特殊相対性理論が一般相対性理論の特殊な場合であることが理解できるのだ。
- 電磁気学も解説、マックスウェル方程式の4元化
古典電磁気学、マックスウェル方程式を詳しく解説している。特殊相対性理論には欠かせない電磁気学を省略していないことはページ数が増えた理由のひとつだ。古典電磁気学は広江さんの著書では「趣味で物理学」に含まれている。そして「マックスウェル方程式を1本にまとめたのは誰?」という記事で紹介したような特殊相対性理論による電磁気学の4次元化、ローレンツ変換の解説へとつないでいる。
- 驚異の定理への言及
リーマン幾何学では「曲率の概念」は特に重要だ。数学がご専門だけにガウスの功績、「驚異の定理」への言及もされている。この定理については「宇宙の形、ガウスの曲面論と内在幾何」という連載記事をお読みいただきたい。
- 双子のパラドックス、重力波
科学教養書ではなかなか納得できない「双子のパラドックス」を数式でていねいに説明している。ページ数の都合でとかく省略されてしまいがちなこの現象が解説されているのはうれしい。
また、重力波の方程式が導出されているのも本書の長所だ。「重力波の直接観測に成功!」というニュースは昨年話題になったばかり。新しい本の強みだといえよう。
- ニュートンの場の理論
これもページ数の都合で割愛されてしまいがちな内容だ。ベクトル解析を解説した後、高校で習うニュートンの運動方程式を復習し、さらに高校では習わない場の方程式として紹介する。アインシュタインの場の方程式に対応するものがニュートン力学の段階ですでにあることをこの本を読む初学者は学ぶことができる。
- 数学といっても定理の証明をしているわけではない
数学としての解説が多いといっても、本書は高校3年レベルの数学と物理学を学んだ人を対象にしているわけだから、同じ著者の「ガロア理論の頂を踏む」のように定理、証明を厳密な形で積み重ねていくような専門書ではない。全体的に数式で埋め尽くされているページが多いが、それは詳しく手順を追って式変形を紹介しているからだ。本のタイトルにあるとおり「一歩一歩」進めば初学者でもついていける本だ。
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- ページ数の違いについて
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それは本書で解説されているニュートン力学と古典電磁気学を広江さんは「趣味で物理学」のほうにお書きになっているからだ。またベクトル解析は書籍化されていない「EMANの物理数学」の一部としてお書きになっている。
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広江さんは大学で物理学を専攻されていたので、物理的な視点、発想で相対性理論を解説されている。ここは本書と大きく違うところだ。
また広江さんの本は本書と比べて文章が多い。ご自身への問いかけ、感動をそのままお書きになっているから読み物としての面白味や味わいがある。それに対し本書は「感情の露出」が控えめである。地道に一歩ずつ階段を上るようなイメージで読み進めることになる。
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けれども「時空の幾何学」は大学で数学を専攻している学生向けであり、本書のような高校卒業レベルの人を対象にしているわけではない。
特に「時空の幾何学」は相対性理論の幾何学的イメージを強調していて、特殊相対性理論では三角関数や双曲三角関数が多用されている。またリーマン幾何学に入る直前の章ではガウスの内在幾何の解説に多くのページを割いている。いかにも数学科の学生が好みそうな様相に仕上がっているのだ。ビジュアルで美しい図版が多いのも「時空の幾何学」の特色だ。
また「時空の幾何学」には電磁気学についての記述はマックスウェルの方程式とローレンツ変換について5ページの解説があるだけである。
著者からのメッセージ
本書のカバーの「そで」には著者からのメッセージが書かれている。この中で石井先生は「私は数学・物理学を専門にしている研究者ではない」と、しきりに「素人ぶり」を強調されている。「まえがき」には「大学受験の物理の問題を解ける自信もない」ともお書きになっている。
謙遜しすぎだと思ったが、たとえそれが本当だとしても石井先生は多くの人がもっている「一般相対性理論を理解したい」という夢をかなえたおひとりだということ、その感動を多くの人に感じてもらいたいという思いが込められている。カバーの「そで」に書かれているメッセージは本のページには含まれていないので、カバーはなくさずに持っておきたい。
僕の感触、感想
広江さんの「趣味で相対論」を読んだとき、こんなにわかりやすいの?と衝撃を受けたのだが、本書が登場したことで、もうひとつ選択肢が増えたことになる。
今の学生は幸せだなとつくづく思うのだ。どちらを先に読むかはあなた自身で決めていただきたい。どちらにも一長一短があるという言い方はあてはまらない。どちらの本を選ぶかは、相対性理論が到達した山頂を目指して数学の風景を見ながら登るか、物理学の風景を見ながら登るかの違いなのだ。
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