「マーミン相対論―新しい発想で学ぶ:デヴィッド マーミン」
内容紹介:
マーミン博士は、本書のなかで、常識からすればきわめて不思議にみえる相対論について、科学に興味をもつ学生たちが理解しやすいように、新しい発想にもとずいた展開を試みている。全編を通じて明快さと機知が溢れ、いままで分からなかったことが霧が晴れるかのように見えてこよう。その他、「対数の面白さ」など“数の神秘”についての話や、偉大な物理学者ランダウに対する素直な思いを綴ったエッセイなどを収載。
1994年9月刊行、196ページ。
著者について:
デヴィッド・マーミン(ウィキペディア、ホームページ)
コーネル大学名誉教授(物理学)。米国物理学会のリリエンフェルト賞および米国物理教育学会のクロプステッグ賞を受賞。米国科学アカデミー、米国芸術科学アカデミーの会員。この数十年の間に、量子論の基礎的な問題に関する多くの著作を執筆しており、科学の啓蒙に関する明瞭さと機知には定評がある。
訳者について:
町田茂(まちだ しげる)
1926生まれ。京都大学名誉教授。理学博士。1949年東京大学卒業。広島大学講師,立教大学助教授,同教授を経て京都大学教授,現在京都大学名誉教授。主な研究分野は素粒子論,量子力学の基礎。著書に『現代科学と物質概念』(共著,青木書店),『量子論の新段階』(丸善),『基礎量子力学』(丸善),『量子力学の反乱』(学研)がある。
理数系書籍のレビュー記事は本書で320冊目。
アインシュタインの特殊相対性理論はとっくの昔に学び終えたと思っていたのだが、あながちそうではなかった。本書のことはT_NAKAさんから教えてもらったのだが、「光なしの相対性理論」を解説しているユニークな本なのである。
みなさんご存知のとおり、特殊相対性理論はアインシュタインが16歳のときに「手鏡で顔を見ながら光速で飛べたとしたら、鏡に自分の顔は映るのだろうか?」と疑問を抱いたことから始まった理論だ。1905年、彼が26歳のときに発表した「運動している物体の電気力学について」という論文も電磁気学のマクスウェル方程式に特殊相対性理論を適用させる電気力学についての論文である。
たいていの入門書ではアインシュタインが考えたのと同じ方法で説明がされているから、「光速度不変の原理」はいちばん大切で、光(電磁波)の存在なしにこの理論は導けないのだと思っている人が多い。僕もそのひとりだった。聖書の「神は言われた「光あれ」こうして光があった。」とはよく言ったものだと僕は思っていた。特殊相対性理論によってニュートンの絶対空間は修正され、ローレンツ変換であらわされる伸縮する4次元の時空の概念を私たちは獲得することができたのである。
ところがこの本によれば光は必要なかったのである。光のように運動するどの系(観測者)から見ても同じ速度に見える「不変速度」があることや、その不変速度はこの世界の最大速度であること、ローレンツ変換のような時空が光の存在を使わなくても導けてしまうのである。この理論には「光なしの(特殊)相対性理論」という名前が与えられた。そして1910年には最初の論文が発表されていたのである。
ツイッターでアンケートをとってみたところ8割ほどの人がご存知ないようだ。
本書は相対性理論を詳しく解説しているような印象のタイトルだが、相対性理論は最初の5章だけで、残りはすべて相対性理論以外のテーマである。そして最初の5章についても一般相対性理論は含まれず、特殊相対性理論だけである。著者のマーミンは相対性理論だけ解説した「It's About Time: Understanding Einstein's Relativity」や「Space and Time in Special Relativity」をお書きになっているが、この2冊は邦訳されていない。
光なしの相対性理論のことは後述するとして、まず本書の全体の構成を述べておこう。
第6章以降はエッセイ集、物理学よもや話のようなもので2ページほどの短い章もあれば、10ページ以上続く長い章もある。全体的に「寄せ集め感」が否めない。
第1章:すばらしい多色相対性エンジン
学生に特殊相対性理論を教えるための著者のアイデアである。名付けて「相対性理論エンジン」だ。もともと機械仕掛けで教材を考案したのだが、パソコンソフトで実現するイメージで解説されている。次のようなイメージだ。
しかし、書かれたのがキャラクタ端末のパソコンを使っていた頃で、今となっては時代遅れだ。説明も複雑で僕にはかえってわかりにくいものに感じた。
第2章:光速度一定から導く相対論的な速度の加法則
ローレンツ変換を使わないばかりでなく、長さの収縮も時間の遅れも、そして同時刻の相対性も使わずに相対論的な速度の加法則を導く。初歩的な代数計算で導くことができる。
第3章:光なしの相対論
詳細は後述する。
第4章:E=mc^2
アインシュタインの思考実験では、エネルギー含量の変化は光の放出によって生じ、電磁波のエネルギーに対する変換則に基づいてE=mc^2を求めている。この章では純粋に力学的に、ひとつの非弾性過程を考えるという方法で同じ式を導出している。でてくる数式は高校数学程度であるが、導出過程は複雑なので大学初年度以降の学生向きだ。
第5章:相対論の悲喜劇
相対性理論を題材にした寸劇の脚本。僕には意味がよくわからなかった。
第6章:「対数!」の面白さ
いろいろな自然数を低にもつ対数の値を概算で計算するテクニックを紹介している。関数電卓やパソコンが自由に使える現代では興味を引く話題ではないが、著者がこの本を出版した1984年でも関数電卓は安く手に入っていた。昔はこのようにして計算していたということを知っておくのもよいかもしれない。
第7章:スターリングの公式
スターリングの公式の値を求めるために近似式を使うわけだが、より早く収束する級数を段階的に紹介する。プログラム電卓やポケットコンピュータを使い始めた時代に書かれた文章だ。
第8章:空に浮かぶパイ
ラマヌジャンが発見した円周率(π)の驚異的な近似式を紹介し、それがなぜすごい式なのかを説明した文章。
第9章:力学と量子論における変分原理
1952年に出版された「力学と量子論における変分原理」という本の第3版に対するマーミンの感想が書かれている。学生にとってはとても有益な本なのだそうだ。
第10章:新語をつくりたがる物理学者
マーミンは超流動ヘリウム3に見られるある現象に対して「ブージャム」という新語を科学の国際語にしようとしたことがあった。この章はこの用語がなかなか受け入れられず、彼が苦労したことを書き綴ったかなり長い文章である。
第11章:卒業式での挨拶
サンタフェにあるセントジョンズ・カレッジの卒業式での挨拶をマーミンが依頼されたことにまつわる文章。僕はあまり面白いと思えなかった。
第12章:一人の偉大な物理学者…そして偉大な人格
アンナ・リヴァノーヴァ著『ランダウ--優れた物理学者にして教師』という本に対するマーミンの書評である。
第13章:ランダウと共に過ごした日々
「ランダウと共に過ごした日々」というタイトルで行われたランダウ追悼会議での講演内容である。物理学者としてマーミンは数え切れないほどの恩恵、借りがあるとおっしゃっている。
翻訳の元になった原書はこちら。1990年に出版された。目次を見ると26章から構成されており、日本語版では半分しか翻訳されていないこと、章の順序がまるで違うことがわかる。
「Boojums All the Way through: Communicating Science in a Prosaic Age: N. David Mermin」(Kindle版)
「光なしの相対性理論」について
さて本題に移ろう。まず私たちが普通に学ぶ特殊相対性理論の簡単な復習だ。次のような(等速直線運動をする)2つの慣性系を考える。
すると2つの系の間には次のローレンツ変換であらわされる関係が成り立つ。cは光の速度で、vは左の慣性系に対する右の慣性系の相対速度だ。光速度不変の原理によりcはどちらの慣性系から見ても一定値であることを要請している。
そして速度の合成(速度の加法)について、小学校以来慣れ親しんでいるニュートン力学の世界、ガリレイの相対性原理の世界では次のようになる。
ところが特殊相対性理論、ローレンツ変換をもとに計算する現実の世界での式は次のようなものになっているわけだ。
ちなみにEMANの相対論では「ローレンツ変換の求め方」や「なぜ光速を越えられないのか」のページでローレンツ変換や速度の合成が解説されている。
本書の第3章「光なしの相対論」では、速度の加法則(速度の足し算)の式を導出してから3つの慣性系を使って「不変速度」が存在することを導出している。高校数学レベルの数式とはいえ、とても込み入っていてわかりにくい。
T_NAKAさんは「光なしの相対論」という記事で本書のことを紹介されているが、実際にご自分で5回の記事に分けて計算を示されている。(記事1、2、3、4、5)疑問に思うことはとことん自力で確認してみる方で、大ざっぱに理解して済ましてしまう僕は頭が下がる思いがする。
本書の導出手順が難解であることはT_NAKAさんもおっしゃっていて、「「光無しの相対論」はこんなに簡単」という記事の中で「連載<相対論>」というページの中の「特殊相対性理論2」というPDF資料のほうがずっとわかりやすいと述べている。みなさんもこのPDF資料で学ばれるとよい。
実はこのPDF資料で紹介されている導出手順は、次の本で紹介されているものだ。中古本があったので購入して読んでみた。(僕が中古で残っていた最後の1冊を買ってしまった。読者の方ごめんなさい。)
「相対性理論のパラドックス―タキオンの物理: Ya.P.テルレッキー」
この本の原書(ロシア語)の初版は1966年に刊行されており、上の日本語版は1966年のロシア語版の不備をなおして翻訳し、1989年に刊行されたものだ。(1966年にも日本語版が刊行されていたので1989年版は増補新版と表記されている。)章立ては次のとおり。
序論
第1章:相対性理論の名称と内容
第2章:アインシュタインの要請とローレンツ変換
第3章:運動学的パラドックス
第4章:相対論的力学のパラドックス
第5章:光速度を超える速度は可能か?
第6章:負と虚の固有質量
第7章:星の集団の熱力学的安定性について
第2章の中に「光速度不変の原理を用いないローレンツ変換の導き方」がある。負の質量をもつ「ネガトン」や虚の質量をもち超光速で運動する「タキオン」などの粒子の物理を計算で示しながら解説した本だ。特殊相対性理論の本としてはかなり特異な内容である。
この本は英語版も2013年に刊行された。日本のアマゾンだと絶版で中古価格は1万円するが、米国アマゾンだと新品が99ドルで買える。(見てみる)
「Paradoxes in the Theory of Relativity: Yakov Terletskii」
上記のPDF資料でもテルレッキーのこの本でも同じことだが、「光なしの相対性理論」のこわかりやすい導出手順は、次の3つのことを前提としている。
1)空間の等方性(すべての空間方向の同等性、つまり対称性)
2)空間と時間の一様性(空間・時間の性質が基準系の原点の選択に依存しないこと)
3)相対性原理(すべての慣性基準系の完全な同等性)
これだけである。「光なしの相対性理論」が興味深いのは光や電磁波という物理的な実在を考えなくても時間と空間を幾何学的に考えるだけで不変速度の存在や、それが最大速度であることが導けてしまうところにある。
その不変速度が0のときは私たちが慣れ親しんだガリレオ変換が成り立つ世界、0より大きいときはローレンツ変換が成り立つ特殊相対性理論の世界になる。この理論だけでは不変速度の値は具体的には求められない。実験によって光が不変速度cをもち、それが自然界の最大速度であることが明らかになったため、「光なしの相対性理論」で導出された不変速度が光速であると考えられているわけである。
しかし物理学者のパウリは「群論的な仮定(つまり対称性の仮定)からは、変換式の一般形を導くことができるだけで、その物理的内容を導くことはできない」と言っている。たしかに「光なしの相対性理論」は数学的(幾何学的)議論に終始するわけだから、物理的内容がでてくるはずはない。それにも関わらず、この理論を考えることには十分な意義があると思えるのだ。
「光なしの相対性理論」は「Relativity without light: a further suggestion」という英語のPDF資料でも導出手順が示されている。この資料によると、理論が最初に示されたのは1905年のアインシュタインによる発表のわずか5年後の1910年だったようだ。現在に至るまで、マーミンを含めて次のような科学者によって論文が書かれている。(論文の発表年の順)
Ignatowski (1910, 1911a, 1911b)
Frank and Rothe (1911, 1912)
Pars (1921)
Kaluza (1924)
Lalan (1937)
Dixon (1940)
Weinstock (1965)
Mitavalsky (1966)
Terletskii (1968)
Berzi and Gorini (1969)
Gorini and Zecca (1970)
Lee and Kalatos (1975)
Levy-Leblond (1976)
Srivastava (1981)
Mermin (1984)
Schwartz (1984, 1985)
Singh (1986)
Sen (1994)
Field (1997)
Coleman (2003)
Pal (2003)
Sonego and Pin (2005)
Gannett (2007)
Silagadze (2007)
Certik (2007)
Feigenbaum (2008)
重力(波)の速度
1916年に発表された一般相対性理論によると重力、重力波の伝わる速度も光速に等しいことが導かれている。これは「 [A8] 重力波について(1918年)」という論文に書かれているし、EMANの相対論では「重力波」のページで具体的に計算手順が示されている。
光と重力波はまったく別物なのに、どちらも自然界の最高速度で伝わるというのも不思議な気がする。
しかし重力波の速度はまだ観測されたことがない。アインシュタイン最後の宿題として「重力波の初観測」が今年の2月に発表されたばかりだ。
重力子(グラビトン)の質量がゼロであるから重力も光速で伝わるということらしいが、重力子にしても観測されてるわけではない。そもそもアインシュタインは重力子など知っていたはずがない。
ウィキペディアの「Speed of gravity」を見ると、いちばん下の「Direct measurements of gravitational waves(重力波の直接観測)」のところには次のような記述がある。
これによると重力子の質量はゼロより大きい可能性があり、この場合、重力(波)の伝わる速さは光速より遅くなるわけだ。
私たちが生きている間に重力子が観測され、その質量も明らかになるのかは予想がまったくつかないが、近年のLHCやLIGOをはじめとする観測装置のもたらした成果を思うと、もしかすると。。。という気持ちになってくるわけである。
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「マーミン相対論―新しい発想で学ぶ:デヴィッド マーミン」
訳者まえがき
日本語版への序
第1章:すばらしい多色相対性エンジン
第2章:光速度一定から導く相対論的な速度の加法則
第3章:光なしの相対論
第4章:E=mc^2
第5章:相対論の悲喜劇
第6章:「対数!」の面白さ
第7章:スターリングの公式
第8章:空に浮かぶパイ
第9章:力学と量子論における変分原理
第10章:新語をつくりたがる物理学者
第11章:卒業式での挨拶
第12章:一人の偉大な物理学者…そして偉大な人格
第13章:ランダウと共に過ごした日々
注および文献