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量子革命―アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突:マンジット・クマール

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量子革命―アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突:マンジット・クマール

内容紹介:
世界の根源には何がある? 量子の謎に挑んだ天才物理学者たちの100年史。20世紀に生まれた量子論は、ニュートン以来の古典的な世界像をどう書き換えたのか。アインシュタイン、ボーア、ハイゼンベルク、ド・ブロイ、シュレーディンガー…… 彼ら「偉大なる頭脳」たちが火花を散らした量子革命100年の流れを、豊富な逸話をまじえ、舌を巻く物語術で描き切る驚異のポピュラー・サイエンス!
2013年3月刊行、527ページ。

著者について:
マンジット・クマール
ロンドン在住のサイエンス・ライター。物理学と哲学の学位を取得し、アートとサイエンスを扱う異色の学際雑誌「Prometheus(プロメテウス)」創刊編集長を務める。

訳者について:
青木薫: 訳書をAmazonで検索
1956年、山形県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院博士課程修了。理学博士。専門は理論物理学。翻訳家。サイモン・シンの一連の著作『フェルマーの最終定理』『暗号解読』『宇宙創成』(以上、新潮社)をはじめ、ブライアン・グリーン『宇宙を織りなすもの』(草思社)、マーシャ・ガッセン『完全なる証明』(文藝春秋)、マンジット・クマール『量子革命』(新潮社)など、数学・物理学系の一般向けの書籍から専門書まで幅広く手がける。数学の普及への貢献により2007年度日本数学会出版賞受賞。


理数系書籍のレビュー記事は本書で318冊目。

部分と全体」でハイゼンベルクの視点で見た量子力学発展史を読んだ後、全体の流れのおさらいをしておこうと読んだのが本書だ。僕がこの分野の科学教養書を読み漁っていたのは10年ほど前。本章に書かれているほとんどのことは知っていたわけだが、その全貌を通読してみると、古典的世界像から脱却した全く新しい世界像を受け入れるのがどれほど困難だったかがよくわかる。またこれだけ詳しい本だと、知らなかった事がいくつも見つかり「量子力学豆知識」を補充できたのがよかった。


印象に残ったこと

- ハイゼンベルクの「部分と全体」ではわりと控えめに書かれていたドイツにおけるユダヤ人排斥がどのようなものであったかが詳しく書かれていたこと。ヒトラーが実権を握る10年以上前の1920年代初めの時点でかなり進んでいたことがよくわかった。

- 偉人とされる科学者たちも若いころは苦労人である。アインシュタインしかり、ボーアにしてもそうだ。特にボーアは英語をうまく喋れず、苦労したようだ。有名になればなるほど国際的な舞台で講演したり、議論したりする機会が増える。私たちにも共通する悩みを偉人たちも経験していたのだと思うと、彼らがより身近かな存在に思えてくる。

- コンプトン効果や電子のスピンの発見時期が意外と早かったこと。教科書でこれらのことを学ぶのがシュレーディンガー方程式よりも後であることから、それが歴史の順番だと僕は誤解していた。コンプトン効果は1923年、スピンのことが発表されたのは1925年、シュレーディンガー方程式が発表されたのは1926年である。巻末の年表がとても役に立つ。

- コペンハーゲン解釈を支持する科学者の間にも量子力学の解釈をめぐって違いがあり、それを詳しく学べたのがよかった。シュレーディンガーがコペンハーゲン解釈に反対の立場をとり「シュレーディンガーの猫」という思考実験を持ち出したのは有名だが、具体的にどのような見地で反対だったのか詳しく知ることができたのがよかった。

- 量子力学に反対の立場をとっていたアインシュタインがシュレーディンガーやド・ブロイを励ましていたというくだり。少し意外な気がしたが、量子力学の解釈をめぐってアインシュタインがどの部分を受け入れ、どの部分に反対だったかが浮き彫りになり、理解が深まった。

- アインシュタインとボーアの論争がとても詳しく描かれていたこと。ソルヴェイ会議での論争だけでなく、その後アインシュタインがアメリカに移住し、プリンストンで晩年を迎えるまでボーアとアインシュタインがどのような付き合い方をしていたかを知ることができたのがよかった。アインシュタインの死後7年経ってボーアは亡くなるのだが、死の前日までアインシュタインが提示した思考実験のことを考えていたという話に胸が熱くなった。

- アインシュタインが決定論、ボーアやハイゼンベルクが非決定論の立場で対立していたというのが一般的に知られていることだが、アインシュタインが反対していることの本質が「実在論」にあったことをパウリが見抜いていたということが書かれていたのがよかった。

- 古典力学と量子力学をつなぐ「エーレンフェストの定理」で印象に残っているエーレンフェストだが、悲劇の最期を遂げていたのを本書で知って胸を痛めた。ダウン症の息子さんを殺害し、その後みずから命を絶っていたのだ。

- アインシュタインやボーアの死以後のこと、「ベルの不等式(1964)」と「アスペの実験(1982)」によって量子力学の正しさが検証されたことまで書かれているのがよい。これがコペンハーゲン解釈の再考を促しているというのだという記述が訳者あとがきにあった。量子力学の解釈問題は現在でも解決していないわけだが、あらためてその深さと意味を考えるきっかけにしたいと思った。ただし「ベルの不等式」や「アスペの実験」の記述は初めて読む人には難しすぎると思う。図版を含めて解説したほうがよいと思った。


訳者あとがきと量子力学の科学教養書について

青木薫さんによる「訳者あとがき」が実に見事だった。この大著を訳されたのだから細部まで読み込んでいるのはもちろんで、著者が本書にかけた思いを私たちにわかるように「翻訳」してくださっている。僕が稚拙な紹介記事を書くのがためらわれてしまうほど「あとがき」には気付かされることが多かった。

この中で青木さんは「量子力学の技術は身の回りの電気製品を通じて当たり前になり、定着しているのだから、量子力学の不思議さばかりを強調する科学教養書はそろそろ卒業しましょうよ。」のようなことを書いている。確かにそうだなと共感する反面、全面的に賛成はできないなという気もした。なぜなら僕のようにそのような科学教養書をたくさん読んできた者にとって本書のような本はありがたいのだが、初めて読む人にとっては不思議さというインパクトがあったほうがよいと思うからだ。不思議なものはやはりどう解釈しても不思議なのであり、この意味での読者の期待に応えておいたほうがよいと思う。

とはいっても本書は分厚く、初めて読む量子論の本ではない。まず図版や挿絵の多い本で入門してから2冊目、3冊目の本として取り組んだほうがよいのだろう。そもそも図版や挿絵がほとんどない500ページを超える本書を購入する人は量子論や量子力学のあらましや意味を知っている人だと思う。その意味では「不思議さばかりを強調する科学教養書はそろそろ卒業しましょうよ。」という主張は正しいような気がしてくるのだ。

長期間の記憶力に少し問題がある僕としては、本書はいつでも手にとれる場所に置いておき、専門書で量子力学を学びなおすときの参考資料として使わせていただくことにした。

また教科書で量子力学を学んでいる人が、モチベーションを高めるためにお読みになるのもよいだろう。

本書は多くの方が書評を書いているので検索して参考にされるとよい。


翻訳の元になった原書はこちら。2009年に刊行された本だ。

Quantum: Einstein, Bohr and the Great Debate About the Nature of Reality: Manjit Kumar」(Kindle版




関連書籍:

数式を含めた形で量子論の発展史を学びたい方には、次の本をお勧めしたい。ただし、この本には「ベルの不等式」や「アスペの実験」のことまでは書かれていない。

量子論の発展史: 高林武彦



不確定性原理からベルの定理までを解説した科学教養書としては1990年に刊行された次の本がお勧め。

量子と実在―不確定性原理からベルの定理へ:ニック・ハーバート



ベルの定理からアスペの実験、量子暗号、量子テレポーテーションまでということであれば、次の本がお勧め。邦訳書はひどいそうなので、原書でお読みになるとよい。

The New Quantum Age: From Bell's Theorem to Quantum Computation and Teleportation: Andrew Whitaker」(Kindle版




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量子革命―アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突:マンジット・クマール



第1部:量子

第1章:不本意な革命―プランク
第2章:特許の奴隷―アインシュタイン
第3章:ぼくのちょっとした理論―ボーア
第4章:原子の量子論
第5章:アインシュタイン、ボーアと出会う
第6章:二重性の貴公子―ド・ブロイ

第2部:若者たちの物理学

第7章:スピンの博士たち
第8章:量子の手品師―ハイゼンベルク
第9章:人生後半のエロスの噴出―シュレーディンガー
第10章:不確定性と相補性―コペンハーゲンの仲間たち

第3部:実在をめぐる巨人たちの激突

第11章:ソルヴェイ 一九二七年
第12章:アインシュタイン、相対性理論を忘れる
第13章:EPR論文の衝撃

第4部:神はサイコロを振るか?

第14章:誰がために鐘は鳴る―ベルの定理
第15章:量子というデーモン


用語集
謝辞
訳者あとがき
年表
人名索引

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