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重力波は歌う:アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち:ジャンナ ・レヴィン

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重力波は歌う:アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち:ジャンナ ・レヴィン

内容紹介:
2016年2月、アメリカ・ワシントン発の報道が世界を揺るがせた――「重力波の直接観測に初めて成功! 」。
アインシュタイン最後の宿題がやっと解かれたと物理学界は湧き立ち、「ノーベル物理学賞間違いなしの偉業」と、手放しの賞賛がなされた。世界で最も美しい物理理論ともいわれ、一般相対性理論100周年に奇しくもなされたこの偉業の陰には、理論畑・実験畑それぞれの天才の試行錯誤があり、人と人の確執があり、ビッグサイエンスならではの政治的駆け引きがあった。関係者への豊富な直接取材に基づいて、重力波を追い求めた人々が織りなす人間ドラマの全貌を初めて明かす待望の書。
2016年6月刊行、296ページ。

著者について:
ジャンナ・レヴィン(Janna Levin)
コロンビア大学バーナード・カレッジ物理学・天文学教授。
作家としてHow the Universe Got Its Spots, A Madman Dreams of Turing Machinesといった著書をもつ一方で、宇宙物理学者としてブラックホールや時空の余剰次元、重力波にかんする業績がある。2012年にはグッケンハイム・フェローシップを受賞。

訳者について:
田沢恭子(たざわ・きょうこ)
翻訳家。1970年生。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科英文学専攻修士課程修了。訳書にスヒルトハウゼン『ダーウィンの覗き穴』、マンデルブロ『フラクタリスト』、ストーン&カズニック『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 2』(共訳)、マスビェア&ラスムセン『なぜデータ主義は失敗するのか?』、ロバーツ『アリス博士の人体メディカルツアー』、ギーゲレンツァー『賢く決めるリスク思考』ほか多数。

松井信彦(まつい・のぶひこ)
翻訳家。1962年生。慶應義塾大学大学院理工学研究科電気工学専攻前期博士課程(修士課程)修了。訳書にビリングズ『五〇億年の孤独』、ハンド『「偶然」の統計学』、オールダシー=ウィリアムズ『人体の物語』『元素をめぐる美と驚き』(後者は共訳)、ゲイル&ラックス『放射線と冷静に向き合いたいみなさんへ』、キーン『スプーンと元素周期表』、ミーオドヴニク『人類を変えた素晴らしき10の材料』ほか多数。


理数系書籍のレビュー記事は本書で309冊目。

この本が発売されたのは3日前の6月16日。偶然なのだがこの日の未明にLIGOから「重力波の2回目の観測」が発表された。狙ったわけではないので、すごいタイミングで刊行されたことになる。

重力波が初めて観測されたのは昨年9月14日で、その発表は今年の2月11日。2回目の観測が成功したのは昨年の12月26日。初観測のことを発表したときには2回目も観測されていたわけだ。

翻訳の元になった本書の英語版が発売されたのは3月末なのでそのスピード出版には驚かされる。そして2人の翻訳者が分担し、わずか2カ月半で日本語版の出版にこぎつけたことになる。短期間で翻訳されたにもかかわらず、日本語の文章は流れるように自然で素晴らしい。(ただし第15章に同じ文章が重複している箇所があったのが惜しかった。)

地元の紀伊国屋書店では先日紹介した「科学の発見: スティーブン・ワインバーグ」と並べて、それぞれ5冊くらいずつ平積みされているから売れている本であることは間違いない。



今年は半分が過ぎようとしているのに物理や数学の教科書は「解析概論」しか読んでいない。少し反省しつつも「読みたくなる科学教養書がこう次々と出てくるのだからしょうがない。」と開き直って、今回も手を出してしまった。

本書は文系読者でも楽しめる科学ドキュメンタリー系の本だ。原書は「Black Hole Blues - and Other Songs from Outer Space(ブラックホール・ブルース - そして宇宙から聞こえるそのほかの歌)」である。

まず観測された初回と2回目の重力波の音を聞き比べてみてほしい。



小鳥のさえずりにも似たこの音は重力波の波形を音声化したものだ。最後のほうがハイピッチになるのは、2つのブラックホールの回転が合体に近づくにつれて速度を増すからである。合体後は静かになってしまう。

次の動画では著者のジャンナ・レヴィン博士がこの音の解説をしている。(日本語字幕付き




発表が行われたときに公開された波形のグラフは、それが重力波であることを明確に示すものだったから、同時に公開された「音の動画」はオマケのようなものだと僕は思っていた。

本書を読むとそれがオマケ以上であることがよくわかる。初めて観測されたほうのブラックホールは地球から14億光年の彼方にある。そこで巨大な衝突がおこり、太鼓を打ち鳴らすように時空間にとどろく。宇宙は私たちが思っていたよりもはるかに「騒がしい」のだという。本書のいたるところで重力波を「音」にたとえた表現が使われている。

重力波として放出された巨大なエネルギーも地球に届く頃には弱まってしまい、LIGOの4キロメートルの観測装置をごくわずかに伸縮させる。その幅は陽子の幅の1万分の1なのだという。

空間の伸縮はレーザー光線の干渉によって検出する。反射鏡は地面に固定するわけではなく空中で吊るし、完全に静止させる。地面に固定すると地上のあらゆる振動と拾ってしまうからだ。というより鏡は「空間に対して固定する」ことが本質的に重要なのである。

初回の観測のときのブラックホールは14億光年も離れている。交通機関による振動だけでなく、海外でおこる地震波、月や太陽の潮汐など、ありとあらゆるものの微弱な振動がノイズとなり重力波の振動をかき消してしまう。

このようなノイズをどうやって除去するかが成功と失敗を分けるかなめになるのだ。そのために音響工学におけるノイズ除去の技術が最大限活用される。

重力波検出の仕組みは素人でも理解できるほど単純だが、観測装置は精度を高めていく過程で複雑さを増していき、米国内の2か所に設けられた観測装置は同じものではないという。

レーザー光の干渉を利用した重力波の検出のアイデアは50年以上前に生まれ、カルテクとMITに小型の実験装置が作られた。本書はこのようなLIGOプロジェクトの誕生前史から先日の輝かしい発表までを記録したヒューマン・ドキュメンタリーである。初めて知ることばかりなので、どなたにとっても読みごたえのある本なのだ。

本の帯には2人の先生による推薦文がある。大栗先生は「こんなことまで書いていいのか!」とお書きになっている。カルテクの教授でいらっしゃる先生なので、そう思うのは無理ないだろうなと思っていたが、部外者の僕でさえ「これ本当に書いて大丈夫?関係者から文句こないの?」という箇所が多かった。著者も天文学者なので仕事がやりづらくならないのかなと他人事ながら心配してしまう。



「書いて大丈夫なの?」という部分は2つある。ひとつはジョセフ・ウェーバーという物理学者が「ウェーバー・バー(ウェーバー棒)」という装置で重力波を観測したと発表し、それがかなり疑わしくなり、最終的に葬り去られてしまったという「事件」とその後のジョセフ・ウェーバーのこと。

そしてもうひとつはLIGOの組織内で起きてしまった人と人の対立と嫌がらせのような話。総責任者と科学者の間で、考え方やアプローチの仕方の違いでその対立は起きてしまったのだ。感情むき出しの対立である。科学者といえどもしょせん人間なんだよなと思わずにいられなかった。その後、この2人はプロジェクトから去ることになる。

著者は関係者へのインタビューをして本書を書き上げたわけだが、この2つ目の事件については「証言」も人によって食い違い、インタビューに応じる人も「匿名」を条件にすることでようやく聞き出せた話である。

もともと成功する見込みがとてもあるとは思えないプロジェクトだったから、予算を獲得するのは大仕事だ。観測装置をどこに建設する問題には政治的な問題もからんできた。関係者がどのように関わったかが嘘偽りなく書かれているのだ。

LIGOプロジェクトの歴史の暗部をさらけ出しているのが本書のいちばんの特徴である。(特徴といっていいのか特長と書くべきなのか僕には判然としない。ただ事実が明かされていくことを楽しんでいたのは事実である。)

アインシュタインが重力波を予言したのは100年前だが彼は検出されることはないだろうと思っていた。1960年代になっても重力波が存在するのかしないのか科学者の間で意見が分かれていた。ようやくその存在が信じられ始めたのは1970年以降になってからだ。計画初期の段階で理論物理学者キップ・ソーン博士がこの課題をどう考えていたか、実験物理学者のライナー・ワイス博士がどのような取り組みを始めたか、このビッグプロジェクトの前史を記録した貴重な本でもある。


最大の山場は「エピローグ」の章。重力波を観測した2015年9月14日のこと、そして翌年の2月に発表するまで極秘扱いだったわけだが、その間に関係者がどのような思いで過ごしたのか。数々の疑念が振り落とされ「これは重力波だ!」という確信に変わる瞬間。彼らはものすごい喜びに満たされる。この章だけでも本書を読む価値はじゅうぶんにあると思う。

章立ては次のとおり。(詳細の目次は記事の最後に掲載しておいた。)

第1章:ブラックホールの衝突
第2章:雑音のない音楽
第3章:天の恵み
第4章:カルチャーショック
第5章:ジョセフ・ウェーバー
第6章:プロトタイプ
第7章:トロイカ
第8章:山頂へ
第9章:ウェーバーとトリンブル
第10章:LHO
第11章:スカンクワークス
第12章:賭け
第13章:藪の中
第14章:LLO
第15章:フィゲロア通りの小さな洞窟
第16章:どちらが早いか
エピローグ


本書はすでに訳者による解説が公開されている。こちらもお読みになるとよいだろう。

『重力波は歌う アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち』訳者解説
http://honz.jp/articles/-/42928

このように本書はヒューマン・ドキュメンタリーが中心の本なので、科学的な解説という意味では弱い。重力波観測のしくみやコンピュータ・シミュレーション、天文学的な解説をお読みになりたい方は「ブラックホール・膨張宇宙・重力波 一般相対性理論の100年と展開:真貝寿明」のほうをお勧めする。


翻訳の元になった英語版はこちら。2016年3月末に刊行されたばかりだ。

Black Hole Blues and Other Songs from Outer Space: Janna Levin」(Kindle版




関連記事:

重力波の直接観測に成功!
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a8439e8e4d81d7873422737d7bd1640d

ブラックホール・膨張宇宙・重力波 一般相対性理論の100年と展開:真貝寿明
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/88bf1600687ece47464c862fefe53103

サイエンスZERO 世紀の観測!重力波?~アインシュタイン最後の宿題~
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/45923abf57b1200837afb79bb35127e3

アインシュタイン選集(2): [A8] 重力波について(1918年)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7f70d0291e823674435342acba782017


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重力波は歌う:アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち:ジャンナ ・レヴィン



第1章:ブラックホールの衝突
- 天空の”音”を記録する試み

第2章:雑音のない音楽
- 雑音のない音楽を求めて
- ナチスを逃れ、ベルリンからニューヨークへ
- シェラック盤の背景雑音はどうしたら消せるのか
- 時空の「録音装置」をつくる
- 恋に落ちて始めたピアノが人生を変えた
- MIT 20号棟の思い出
- 一般相対論を教えながら学ぶ
- 「物体間で光線を往復させて重力波を測定する」というアイデア
- 1.5メートルの「プロトタイプ」干渉計
- 結果を出さないリスクに耐える
- 立ち消えるプロジェクト
- ドイツチームに水をあけられて

第3章:天の恵み
- 70年代のボヘミアン
- ジョン・ホイーラーとの出会い
- ホイーラーと核兵器開発
- 核兵器の科学から出たブラックホール
- 相対論的天体物理学の黄金時代
- とらえどころのない”重力波”に狙いを定める
- 重力波とは何か、本当に存在するのか?
- ワイスとソーンの邂逅
- ソヴィエトから来た男

第4章:カルチャーショック
- 倹約を旨として
- いつでも渦の中心にいる男
- ヒューズ=ドレーヴァー実験で名を馳せる
- 「スズメの涙」ほどの予算で干渉計をつくり上げる
- 周囲を振り回す「科学界のモーツァルト」
- 鬼のいぬ間の洗濯
- 好条件か、居心地のよさか
- 人間心理を読み違える

第5章:ジョセフ・ウェーバー
- 「ニアミス」に翻弄され続けた先駆者
- われ、銀河系の中心に「音源」を発見せり
- フリーマン・ダイソンの「重力装置」に勇気づけられる
- 雨後の筍のようにつくられ始め「共鳴棒」
- 否定的な結論の蓄積
- 「偽りの信号」の烙印

第6章:プロトタイプ
- カルテクの<40メートル>に潜入
- <40メートル>は誰のものか?
- 「干渉計」はだれのアイデアだったのか?
- L字形をした「光の通路」

第7章:トロイカ
- 「重力波探し」は終わったテーマではない!
- その道は必ずや巨大プロジェクトに通じる
- 救世主、アイザックソン
- 「ブルーブック」提出される
- 7000万ドルのプロジェクト
- MITとカルテクの合同成る
- ドレーヴァーとワイスの間の「緊張」
- LIGOの誕生--奇妙な「トロイカ」の結成

第8章:山頂へ
- パルサーが発見されるまで
- ブラックホールが実在することの裏付けとなる
- なぜ「暗黒」に注目するのか?
- 成し遂げられた重力波の「間接検出」

第9章:ウェーバーとトリンブル
- ウェーバー、ソーンに自分語りをする
- 「身を引け」と勧めたフリーマン・ダイソン
- ウェーバーと連れ添った女性

第10章:LHO
- 黒魔術の心得
- 世界最大のチャンバー
- 42キログラムの透明な鏡
- 虫の問題
- ビームパイプを完全踏破する
- エゴは棚上げに
- 問題はトロイカによる管理体制にあり!?

第11章:スカンクワークス
- 学務部長を解任された人物
- ボイジャー・ミッションのリーダーの座を譲る
- 問題解決に秀で、問題を起こすことに長けた人物
- ヴォートのLIGO計画書、国立科学財団を動かす
- 議会承認を目指す長い闘い
- Observatoryという名称がよくない?
- 政治的な駆け引き
- カルテクの実験家には寝耳に水の「LIGO始動」
- 権威嫌いの「スカンクワークス方式」
- 消えないナチスの影

第12章:賭け
- 物理学者は賭けがお好き
- 日々高まっていった、「重力波あり」のオッズ
- LIGO建設に見合う「確率」はどれくらいか
- 第1世代のLIGOがカバーする領域では足りない
- 最終的には「自然の恵み」待ち

第13章:藪の中
- LIGOグループに生じた亀裂
- 相反する証言
- 常軌を逸した規則を課せられて
- ドレーヴァー外し
- 個人攻撃の犠牲者か、プロジェクトの障害か?
- 「黙ってろ」--財団担当者を怒鳴りつける

第14章:LLO
- アメリカ南部の観測所
- 干渉計を口説く手管の持ち主
- バス、ワニ、林業会社
- 撃ち込まれた銃弾
- コーナーラボへ「這い出す」
- 第2代統括責任者、バリー・バリッシュ
- 3億ドルの予算を得て、息吹き返したプロジェクト
- キリスト教原理主義者との諍い
- 1000任以上からなる国際コラボレーションへ

第15章:フィゲロア通りの小さな洞窟
- <小さな洞窟>での一夜
- 科学者はクライミングウォールの取ってや丸石のようなもの
- 現場のポスドクたちによる検出時期予想
- 基本法則との直接対話はいかにして行なわれるか
- いかにして雑音の中から音を聴き分けるか
- 休む間もなく回り続けるローテーション

第16章:どちらが早いか
- ヴォートのその後
- ワイス、復権したドレーヴァーを案じる
- 最初の科学運用での検出を目指して

エピローグ
- 2015年9月に飛び込んできた”音”
- 「これは訓練じゃない」
- デイヴィッド・ライツィーからの「極秘情報」
- 背中から下りたサル
- ブラックホールは重力波の歌をうたう

謝辞
LIGO科学コラボレーションおよびVIRGOコラボレーションのメンバー
訳者あとがき
情報源に関する注

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