「知ろうとすること。(新潮文庫):早野龍五、糸井重里」
内容紹介:
福島第一原発の事故後、情報が錯綜する中で、ただ事実を分析し、発信し続けた物理学者・早野龍五。以来、学校給食の陰膳(かげぜん)調査や子どもたちの内部被ばく測定装置開発など、誠実な計測と分析を重ね、国内外に発表。その姿勢を尊敬し、自らの指針とした糸井重里が、放射線の影響や「科学を読む力の大切さ」を早野と語る。未来に求められる「こころのありよう」とは。文庫オリジナル。2014年9月刊行、192ページ。
著者について:
早野龍五(はやの・りゅうご)
1952(昭和27)年岐阜県生れ。物理学者。東京大学大学院理学系研究科教授。専門はエキゾチック原子。世界最大の加速器を擁するスイスのCERN(欧州合同原子核研究機関)を拠点に、反陽子ヘリウム原子と反水素原子の研究を行う一方で、2011(平成23)年3月以来、福島第一原子力発電所事故に関して、自身のTwitterから現状分析と情報発信をおこなう。
糸井重里(いとい・しげさと)
1948(昭和23)年群馬県生れ。コピーライター。「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。広告、作詞、文筆、ゲーム制作など多彩な分野で活躍。著書に『ぼくの好きなコロッケ。』『ボールのようなことば。』『海馬』(池谷裕二との共著)『黄昏』(南伸坊との共著)ほか多数。東日本大震災以来、福島で継続される早野氏の情報発信活動に注目していた。
理数系書籍のレビュー記事は本書で270冊目と書きたいところだが、厳密にいえば本書はブルーバックスのような科学教養書ではないのでカウントしないことにする。
本書のことは刊行されたときから知っていて「早く読まなきゃ。」と思っていたのだが、できればKindle版で読みたいと今まで購入をためらっていた。けれども電子書籍化される気配がなく、先日東日本大震災から4年たったこともあり、しびれを切らして紙の本を読み始めたのだ。これまで多くの方が感想文をブログなどに投稿されている。遅まきながら僕も紹介記事を書かせていただこう。
震災直後のこと
4年前を振り返ってみる。地震発生直後の津波で多数の方が犠牲になった映像を見て心が折れそうになり、その数日後に福島第一原発の水蒸気爆発のニュースで恐怖がつのり、政府発表を信用してよいのか半信半疑になっていた自分を思い出す。
何を信じていいのかまったくわからず、不安を抱えながら避難生活が始まったばかりの人たちの心配をしていた日々。繰り返し流されるAC公共広告機構のコマーシャルを見るたびに僕は鬱っぽくなっていた。あの頃は怖くてテレビから目をそむけていた人もたくさんいたはずだ。
しかし、何がおきているかは知っておきたい。原発から放出された放射性物質はいつどのように広がり、これから福島の住民をはじめ私たちの健康にどのような影響を与えていくのか。シーベルトやベクレルという単位があることや、原発から出てくる放射性物質がヨウ素やセシウムであり、被ばくには内部被ばくと外部被ばくがあることを、その頃に学んだ。
でも、どの発表を信じたらよいのだろう。不安をあおるツイートや報道ばかりが目についた。本当に危険ならば東京を脱出しなければならないし、そうはいっても建て直したばかりの実家をそうやすやすと離れるわけにはいかない。第一、仕事はどうするのだ?
健康被害を知るためのデータ蓄積には時間がかかる
2013年9月に紹介した「高校数学でわかる統計学:竹内淳」では、155ページから福島第一原発による放射線とガンの発生率の因果関係を統計学的に調べることの難しさが解説されている。
線量が微量であるほど、ガンの発症との因果関係を検証するために必要になる標本数は指数関数的に増えてしまうのだ。
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この表を見たとき僕は暗澹たる気持になった。25万人近くの人に対して検査をお願いしなければならないのだ。行政はちゃんとこれを行なってくれるのだろうか?ものすごく時間がかかりそうだし。
でもきちんと測定してなければ、いつまでもチェルノブイリの放射線被害のデータを参考にしたり、各地で測られる線量をもとに予測するしかないわけだから。急がなければならない。不安がつのる中で住民はどんどん全国に移転してしまう。
そのような気持をもちながら、ときどき放送されるNHKスペシャルで事故当時に起きていた新事実に驚愕しつつ政府や東電に対する不信感を増幅させ、そして日常の忙しさに埋没して4年が過ぎてしまった。
ツイッターを始めてよかったこと
同僚に勧められてしぶしぶ始めたツイッターは、今では僕にとって欠くことのできないツールになり、このブログのおかげで830人を超える方にフォローしていただいている。
特によかったと思えるのは、日常生活では無縁の大学教授や著名人の生の声を聞き、お人柄を知ることができるようになったことだ。物理学系ブログを書いているので早野先生のアカウントは震災前からフォローし、糸井さんは早野先生つながりで震災後にフォローさせていただいている。
結局のところ何を信頼し、誰が信用できるのかということは自らその人に対して感じる人柄だと思うのだ。非科学的に聞こえるかもしれないけれども、どんなに正しい数値を見てもその人が信用できなければ話にならない。ことさらに高い線量を見せつけて声高にツイートする人や、日ごろ他人に対して攻撃的なツイートをしている人が発信する内容をどうして信じることができるだろうか。
よくわからないことには、とりあえず心配しておいたほうがよいだろうという心のあり方は、結局のところ風評被害しかもたらさない。「知ろうとする」意識を持つことで、そこから脱却する一歩を踏み出せるのだ。
早野先生は震災前から日ごろのツイートを読ませていただいた印象から信頼できる方であったし、震災後の冷静なツイートは信用したいと積極的に思いながら読ませていただいていた。糸井さんのツイートも、僕には世間一般の人が感じていることを雄弁に語られていると、その表現力に感心しながら読ませていただいていた。
早野先生は物理学者といえども原発については専門外
早野先生のご専門は素粒子物理学の中での一分野、「エキゾチック原子」である。原子の構造はもちろんお詳しいが、原子力発電や放射線の専門家ではない。物理学といっても細分化されているから、専門外のことは特に興味をもって勉強していない限り詳しいことを知っているわけではない。
そのような先生が、自ら原発からでる放射線や福島の住民の線量を調査し始め、医者や専門の先生方からのアドバイスを得ながら、事実を明らかにしていったことに僕は驚くばかりだった。お忙しいはずなのに、行動をおこされたというのはいったい何なのだろう?
物理学者として先生がこれまで培われてきた能力と、お人柄のよさがその調査を実り多いものにしていった経緯が本書を読むとよくわかる。線量を測るにしても、計器を調整しなければ正しい値がでないことは当たり前なのだけど、実際に現地で行われた調査ではそれが行われずに誤った結果を発表しかねなかったということも本書では紹介されている。
早野先生が行なったのは、住民おひとりずつにどれくらいの線量が蓄積されているかを測定し、危険なレベルに達していないかどうかを判断するものだ。高い線量がある人がいれば問診をしてその原因をさぐるのである。
そして、結果を社会に発表することの難しさは科学とはまた別の難しさがあることについても僕は学ばせていただいた。先生がポケットマネーで始めた住民に対する線量調査は、後に行政に引き継がれ、3年後、本書を執筆するころまでに、10万人を超える住民の方々のデータが蓄積され、原発から放出された放射線はチェルノブイリに比べてごくわずかしかなかったこと、福島の住民の内部被ばくや外部被ばくの影響はなかったことが確認されたのである。
早野先生は検査を行うにあたって、もちろん客観性を重視していたわけだが、先生ご自身の被ばく体験に基づく安心感を早い段階からお持ちになっていた。それは先生ご自身が肺がんの検査のためにCTスキャナで200ミリシーベルトを被ばくしていたこと、1973年6月に中国が大気中で行なった水爆実験により、放射能を含んだ雨がその当時東京に降って被ばくしていたことなのだ。それだけ放射線を浴びていても先生ご自身はなんともなく、現在も元気に生活していらっしゃるからだ。ご自身の中に福島原発とは別の物差しをもっている先生だからこそ語れる安心感なのである。
恥ずかしながら僕は1973年の水爆実験のことを本書で知った。小学4年生のときにそんな大事件がおきていたとは。。。その日に僕が雨に濡れていたかどうかはもちろん覚えていない。
赤ちゃんは大丈夫?カリウム40のこと、甲状腺がんのこと
福島の住民がいちばん心配なのは子供に対する健康被害のことだろう。これについても早野先生は多くの方の協力を得ながら検査を行っている。その結果得られた結果は「心配することはない。」というものだった。印象に残ったのは工業デザイナーに依頼して、子供が安心して中に入って線量を検査できる機器を開発したという逸話だった。グロテスクな形の箱に入らなければならないとしたら、母親は心配になり検査に協力する人が激減してしまうからだ。
人間の体内にもともとある放射性カリウム40の話は、特に安心感を与えるものだ。実際に測定される放射性セシウムの線量に対して、もとからある放射性カリウム40の線量のほうがずっと大きいからだ。わずかな線量に振り回されず、安心して生活を送ることができるようになる。
甲状腺がんの検査については、本書刊行当時にやっと1回目が終わったばかりで、おそらく問題はないだろうというのが早野先生がお持ちになっている印象だという。けれども甲状腺がんは4~5年たって発症することが多いため、2回目に行う検査の結果と比較しなければならないそうだ。
138億年前の話、科学の話
放射性元素にはセシウムやヨウ素、ウラン、プルトニウムなどのほか、温泉に含まれるラドンもある。早野先生と糸井さんの対談はラドンの話にうつる。これを説明するためには宇宙の始まり、138億年前のことから始めなければならない。門外漢の糸井さんに対して早野先生のわかりやすい解説、科学はどのように真実を明らかにしていくのか、数式をもちいることの意味、紙と鉛筆で解ける問題とコンピュータで計算して解ける問題など、素人にもわかる科学談義が繰り広げられ、放射性元素も含めて私たちひとりひとりに宇宙誕生時に生まれた水素やその後に生まれた放射性元素がもともと入っていることを納得することができる。
マイナスからゼロへ、ゼロからプラスへ
早野先生の3年におよぶ調査やツイッターによる情報発信は、データやグラフとして福島の住民や私たちに安心をもたらす結果を与えてくれた。これはマイナスからゼロへ到達する過程だった。次はこれをどのようにプラスにもっていくかである。
その手始めとして早野先生は福島の高校生をCERNに引率し、ヨーロッパの高校生の前でその結果を英語で発表させた。そのための費用をどのように得たかという話も「大胆だなぁ。」と読んでいて僕はうれしくなった。
高校生にとっては海外で発表するために渡航するなんて「遣隋使」や「遣唐使」のようなものである。心臓が破裂しそうな思いでCERNに向かったに違いない。
海外ではいまだに「福島に人が住んでいるはずがない。」と信じられている。高校生たちの行なった発表はその誤解を払拭するために大いに貢献することができた。そして帰国後、彼らは他の生徒の前で同じ発表をすることになる。後輩たちは大いに刺激を受け、自分でも何かできると自信をもらったに違いない。
このように本書はすがすがしい読後感のある本なのだ。
今の僕にできること
今の時点で僕に何ができるのか?
数日前に震災や津波で犠牲になった方へ黙祷を捧げてから僕はずっと考えていた。幸いなことに読者のみなさんのおかげでそこそこのアクセス数があるこのブログを僕はもっている。紹介記事を書いて、少しでも多くの方に本書を読んでもらうというのが、まず僕ができることなのだなと思った。
本書をお読みいただき実際に蓄積されたデータから得られる安心感が、今後の被災地の復興活動の心理的土台になってほしいと僕は切に願っている。
Kindle版をお待ちの方は、そろそろあきらめて紙の本で読んでほしい。そしてご自身でも感想を書いて他の方に勧めていただくことを僕は期待している。(早野先生の5日前の「お待ち下さい。」というツイートで、電子書籍化は予定されていることがわかった。)
あと、本書は英訳して世界中の人に読んでもらえればよいのにと思った。
今日は3月15日。福島第一原発3号機が水素爆発をおこしてから、ちょうど4年である。
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「知ろうとすること。(新潮文庫):早野龍五、糸井重里」
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序章:まず、言っておきたいこと。
- 糸井重里が言っておきたいこと。
- 早野龍五が言っておきたいこと。
1章:なぜ放射線に関するツイートを始めたのか
- 自分でもよくわかんないんですよ
- 被ばくに関するふたつのバックグラウンド
2章:糸井重里はなぜ早野龍五のツイートを信頼したのか
- 叫ぶ人は信用できない
- 間違ったデータに騙され続けていたんです
- 当時、恐れていたこと
- 現場で働いている人たちのこと
3章:福島での測定から見えてきたこと
- 給食の陰膳調査
- 二人のお医者さんとの出会い
- 内部被ばくに関しては大丈夫だった
- 厳しい規制値と1000万袋の検査
- 外部被ばく対策、D-シャトル
4章:まだある不安と、これから
- 「私はちゃんと子供を産めるんですか?」
- 甲状腺ガンについての不安
5章:ベビースキャンと科学の話
- 科学的には必要のない道具
- カリウム40とは
- 138億年前の話
- これからの科学について
6章:マイナスをゼロにする仕事から、未来につなげる仕事へ
- 高校生をCERNへ
あとがき 早野龍五
もうひとつのあとがき
こころのありよう、というか「姿勢」のこと 糸井重里
内容紹介:
福島第一原発の事故後、情報が錯綜する中で、ただ事実を分析し、発信し続けた物理学者・早野龍五。以来、学校給食の陰膳(かげぜん)調査や子どもたちの内部被ばく測定装置開発など、誠実な計測と分析を重ね、国内外に発表。その姿勢を尊敬し、自らの指針とした糸井重里が、放射線の影響や「科学を読む力の大切さ」を早野と語る。未来に求められる「こころのありよう」とは。文庫オリジナル。2014年9月刊行、192ページ。
著者について:
早野龍五(はやの・りゅうご)
1952(昭和27)年岐阜県生れ。物理学者。東京大学大学院理学系研究科教授。専門はエキゾチック原子。世界最大の加速器を擁するスイスのCERN(欧州合同原子核研究機関)を拠点に、反陽子ヘリウム原子と反水素原子の研究を行う一方で、2011(平成23)年3月以来、福島第一原子力発電所事故に関して、自身のTwitterから現状分析と情報発信をおこなう。
糸井重里(いとい・しげさと)
1948(昭和23)年群馬県生れ。コピーライター。「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。広告、作詞、文筆、ゲーム制作など多彩な分野で活躍。著書に『ぼくの好きなコロッケ。』『ボールのようなことば。』『海馬』(池谷裕二との共著)『黄昏』(南伸坊との共著)ほか多数。東日本大震災以来、福島で継続される早野氏の情報発信活動に注目していた。
理数系書籍のレビュー記事は本書で270冊目と書きたいところだが、厳密にいえば本書はブルーバックスのような科学教養書ではないのでカウントしないことにする。
本書のことは刊行されたときから知っていて「早く読まなきゃ。」と思っていたのだが、できればKindle版で読みたいと今まで購入をためらっていた。けれども電子書籍化される気配がなく、先日東日本大震災から4年たったこともあり、しびれを切らして紙の本を読み始めたのだ。これまで多くの方が感想文をブログなどに投稿されている。遅まきながら僕も紹介記事を書かせていただこう。
震災直後のこと
4年前を振り返ってみる。地震発生直後の津波で多数の方が犠牲になった映像を見て心が折れそうになり、その数日後に福島第一原発の水蒸気爆発のニュースで恐怖がつのり、政府発表を信用してよいのか半信半疑になっていた自分を思い出す。
何を信じていいのかまったくわからず、不安を抱えながら避難生活が始まったばかりの人たちの心配をしていた日々。繰り返し流されるAC公共広告機構のコマーシャルを見るたびに僕は鬱っぽくなっていた。あの頃は怖くてテレビから目をそむけていた人もたくさんいたはずだ。
しかし、何がおきているかは知っておきたい。原発から放出された放射性物質はいつどのように広がり、これから福島の住民をはじめ私たちの健康にどのような影響を与えていくのか。シーベルトやベクレルという単位があることや、原発から出てくる放射性物質がヨウ素やセシウムであり、被ばくには内部被ばくと外部被ばくがあることを、その頃に学んだ。
でも、どの発表を信じたらよいのだろう。不安をあおるツイートや報道ばかりが目についた。本当に危険ならば東京を脱出しなければならないし、そうはいっても建て直したばかりの実家をそうやすやすと離れるわけにはいかない。第一、仕事はどうするのだ?
健康被害を知るためのデータ蓄積には時間がかかる
2013年9月に紹介した「高校数学でわかる統計学:竹内淳」では、155ページから福島第一原発による放射線とガンの発生率の因果関係を統計学的に調べることの難しさが解説されている。
線量が微量であるほど、ガンの発症との因果関係を検証するために必要になる標本数は指数関数的に増えてしまうのだ。
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この表を見たとき僕は暗澹たる気持になった。25万人近くの人に対して検査をお願いしなければならないのだ。行政はちゃんとこれを行なってくれるのだろうか?ものすごく時間がかかりそうだし。
でもきちんと測定してなければ、いつまでもチェルノブイリの放射線被害のデータを参考にしたり、各地で測られる線量をもとに予測するしかないわけだから。急がなければならない。不安がつのる中で住民はどんどん全国に移転してしまう。
そのような気持をもちながら、ときどき放送されるNHKスペシャルで事故当時に起きていた新事実に驚愕しつつ政府や東電に対する不信感を増幅させ、そして日常の忙しさに埋没して4年が過ぎてしまった。
ツイッターを始めてよかったこと
同僚に勧められてしぶしぶ始めたツイッターは、今では僕にとって欠くことのできないツールになり、このブログのおかげで830人を超える方にフォローしていただいている。
特によかったと思えるのは、日常生活では無縁の大学教授や著名人の生の声を聞き、お人柄を知ることができるようになったことだ。物理学系ブログを書いているので早野先生のアカウントは震災前からフォローし、糸井さんは早野先生つながりで震災後にフォローさせていただいている。
結局のところ何を信頼し、誰が信用できるのかということは自らその人に対して感じる人柄だと思うのだ。非科学的に聞こえるかもしれないけれども、どんなに正しい数値を見てもその人が信用できなければ話にならない。ことさらに高い線量を見せつけて声高にツイートする人や、日ごろ他人に対して攻撃的なツイートをしている人が発信する内容をどうして信じることができるだろうか。
よくわからないことには、とりあえず心配しておいたほうがよいだろうという心のあり方は、結局のところ風評被害しかもたらさない。「知ろうとする」意識を持つことで、そこから脱却する一歩を踏み出せるのだ。
早野先生は震災前から日ごろのツイートを読ませていただいた印象から信頼できる方であったし、震災後の冷静なツイートは信用したいと積極的に思いながら読ませていただいていた。糸井さんのツイートも、僕には世間一般の人が感じていることを雄弁に語られていると、その表現力に感心しながら読ませていただいていた。
早野先生は物理学者といえども原発については専門外
早野先生のご専門は素粒子物理学の中での一分野、「エキゾチック原子」である。原子の構造はもちろんお詳しいが、原子力発電や放射線の専門家ではない。物理学といっても細分化されているから、専門外のことは特に興味をもって勉強していない限り詳しいことを知っているわけではない。
そのような先生が、自ら原発からでる放射線や福島の住民の線量を調査し始め、医者や専門の先生方からのアドバイスを得ながら、事実を明らかにしていったことに僕は驚くばかりだった。お忙しいはずなのに、行動をおこされたというのはいったい何なのだろう?
物理学者として先生がこれまで培われてきた能力と、お人柄のよさがその調査を実り多いものにしていった経緯が本書を読むとよくわかる。線量を測るにしても、計器を調整しなければ正しい値がでないことは当たり前なのだけど、実際に現地で行われた調査ではそれが行われずに誤った結果を発表しかねなかったということも本書では紹介されている。
早野先生が行なったのは、住民おひとりずつにどれくらいの線量が蓄積されているかを測定し、危険なレベルに達していないかどうかを判断するものだ。高い線量がある人がいれば問診をしてその原因をさぐるのである。
そして、結果を社会に発表することの難しさは科学とはまた別の難しさがあることについても僕は学ばせていただいた。先生がポケットマネーで始めた住民に対する線量調査は、後に行政に引き継がれ、3年後、本書を執筆するころまでに、10万人を超える住民の方々のデータが蓄積され、原発から放出された放射線はチェルノブイリに比べてごくわずかしかなかったこと、福島の住民の内部被ばくや外部被ばくの影響はなかったことが確認されたのである。
早野先生は検査を行うにあたって、もちろん客観性を重視していたわけだが、先生ご自身の被ばく体験に基づく安心感を早い段階からお持ちになっていた。それは先生ご自身が肺がんの検査のためにCTスキャナで200ミリシーベルトを被ばくしていたこと、1973年6月に中国が大気中で行なった水爆実験により、放射能を含んだ雨がその当時東京に降って被ばくしていたことなのだ。それだけ放射線を浴びていても先生ご自身はなんともなく、現在も元気に生活していらっしゃるからだ。ご自身の中に福島原発とは別の物差しをもっている先生だからこそ語れる安心感なのである。
恥ずかしながら僕は1973年の水爆実験のことを本書で知った。小学4年生のときにそんな大事件がおきていたとは。。。その日に僕が雨に濡れていたかどうかはもちろん覚えていない。
赤ちゃんは大丈夫?カリウム40のこと、甲状腺がんのこと
福島の住民がいちばん心配なのは子供に対する健康被害のことだろう。これについても早野先生は多くの方の協力を得ながら検査を行っている。その結果得られた結果は「心配することはない。」というものだった。印象に残ったのは工業デザイナーに依頼して、子供が安心して中に入って線量を検査できる機器を開発したという逸話だった。グロテスクな形の箱に入らなければならないとしたら、母親は心配になり検査に協力する人が激減してしまうからだ。
人間の体内にもともとある放射性カリウム40の話は、特に安心感を与えるものだ。実際に測定される放射性セシウムの線量に対して、もとからある放射性カリウム40の線量のほうがずっと大きいからだ。わずかな線量に振り回されず、安心して生活を送ることができるようになる。
甲状腺がんの検査については、本書刊行当時にやっと1回目が終わったばかりで、おそらく問題はないだろうというのが早野先生がお持ちになっている印象だという。けれども甲状腺がんは4~5年たって発症することが多いため、2回目に行う検査の結果と比較しなければならないそうだ。
138億年前の話、科学の話
放射性元素にはセシウムやヨウ素、ウラン、プルトニウムなどのほか、温泉に含まれるラドンもある。早野先生と糸井さんの対談はラドンの話にうつる。これを説明するためには宇宙の始まり、138億年前のことから始めなければならない。門外漢の糸井さんに対して早野先生のわかりやすい解説、科学はどのように真実を明らかにしていくのか、数式をもちいることの意味、紙と鉛筆で解ける問題とコンピュータで計算して解ける問題など、素人にもわかる科学談義が繰り広げられ、放射性元素も含めて私たちひとりひとりに宇宙誕生時に生まれた水素やその後に生まれた放射性元素がもともと入っていることを納得することができる。
マイナスからゼロへ、ゼロからプラスへ
早野先生の3年におよぶ調査やツイッターによる情報発信は、データやグラフとして福島の住民や私たちに安心をもたらす結果を与えてくれた。これはマイナスからゼロへ到達する過程だった。次はこれをどのようにプラスにもっていくかである。
その手始めとして早野先生は福島の高校生をCERNに引率し、ヨーロッパの高校生の前でその結果を英語で発表させた。そのための費用をどのように得たかという話も「大胆だなぁ。」と読んでいて僕はうれしくなった。
高校生にとっては海外で発表するために渡航するなんて「遣隋使」や「遣唐使」のようなものである。心臓が破裂しそうな思いでCERNに向かったに違いない。
海外ではいまだに「福島に人が住んでいるはずがない。」と信じられている。高校生たちの行なった発表はその誤解を払拭するために大いに貢献することができた。そして帰国後、彼らは他の生徒の前で同じ発表をすることになる。後輩たちは大いに刺激を受け、自分でも何かできると自信をもらったに違いない。
このように本書はすがすがしい読後感のある本なのだ。
今の僕にできること
今の時点で僕に何ができるのか?
数日前に震災や津波で犠牲になった方へ黙祷を捧げてから僕はずっと考えていた。幸いなことに読者のみなさんのおかげでそこそこのアクセス数があるこのブログを僕はもっている。紹介記事を書いて、少しでも多くの方に本書を読んでもらうというのが、まず僕ができることなのだなと思った。
本書をお読みいただき実際に蓄積されたデータから得られる安心感が、今後の被災地の復興活動の心理的土台になってほしいと僕は切に願っている。
Kindle版をお待ちの方は、そろそろあきらめて紙の本で読んでほしい。そしてご自身でも感想を書いて他の方に勧めていただくことを僕は期待している。(早野先生の5日前の「お待ち下さい。」というツイートで、電子書籍化は予定されていることがわかった。)
あと、本書は英訳して世界中の人に読んでもらえればよいのにと思った。
今日は3月15日。福島第一原発3号機が水素爆発をおこしてから、ちょうど4年である。
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「知ろうとすること。(新潮文庫):早野龍五、糸井重里」
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序章:まず、言っておきたいこと。
- 糸井重里が言っておきたいこと。
- 早野龍五が言っておきたいこと。
1章:なぜ放射線に関するツイートを始めたのか
- 自分でもよくわかんないんですよ
- 被ばくに関するふたつのバックグラウンド
2章:糸井重里はなぜ早野龍五のツイートを信頼したのか
- 叫ぶ人は信用できない
- 間違ったデータに騙され続けていたんです
- 当時、恐れていたこと
- 現場で働いている人たちのこと
3章:福島での測定から見えてきたこと
- 給食の陰膳調査
- 二人のお医者さんとの出会い
- 内部被ばくに関しては大丈夫だった
- 厳しい規制値と1000万袋の検査
- 外部被ばく対策、D-シャトル
4章:まだある不安と、これから
- 「私はちゃんと子供を産めるんですか?」
- 甲状腺ガンについての不安
5章:ベビースキャンと科学の話
- 科学的には必要のない道具
- カリウム40とは
- 138億年前の話
- これからの科学について
6章:マイナスをゼロにする仕事から、未来につなげる仕事へ
- 高校生をCERNへ
あとがき 早野龍五
もうひとつのあとがき
こころのありよう、というか「姿勢」のこと 糸井重里