「スーパーシンメトリー―超対称性の世界:ゴードン・ケイン」
内容紹介:
もし自然界が超対称であれば…素粒子と宇宙の究極の姿を求める大冒険。宇宙空間をみたす暗黒物質は超対称性のパートナーか、重力を含む「力の大統一理論」へ、空間と時間の隠された次元とは?かすかに見えてきた「究極の理論」とはなにか…現代理論物理学最前線の魅力的な理論への道案内。2001年刊行、266ページ。
著者について:
ゴードン・ケイン: ウィキペディアの記事
1937年生まれ。ミシガン大学教授。早くから超対称性の研究で知られる第一線の理論素粒子学者。著書にThe Particle Gardenがあり、素粒子論の標準模型について解説している。
HP: http://particle-theory.physics.lsa.umich.edu/kane/
翻訳者について:
藤井昭彦
1927年生まれ。東京大学理学部物理学科卒量。ロチェスター大学大学院卒業、Ph.D. 上智大学名誉教授。主要研究分野は中間エネルギー核物理学の理論、弱い相互作用の理論。一般科学書の翻訳にガードナー「新版 自然界における左と右」(共訳)、グラショウ「クォークはチャーミング」、パイス他「反物質はいかにして発見されたか」などがある。
理数系書籍のレビュー記事は本書で267冊目。
朝日カルチャーセンターで先週受講した村山斉先生の「宇宙はどこまで美しいのか」という講座の準備として読むつもりだった本なのだが、先週は風邪でダウンしていたこともあって、昨夜ようやく読み終えることができた。
対称性をテーマにした科学教養書をいくつか購入していたのだが、僕が特に興味をもったのは「超対称性」である。いろいろ探してみたのだが、現時点で本書が日本語で読める唯一の科学教養書であることがわかった。しかし発行されたのが2001年とかなり古い。ヒッグス粒子が発見される前である。
アマゾンには章タイトルレベルの目次と3件の読者レビューがあったが、よい本なのかどうか判断がつかなかった。しかし超対称性がテーマの本はこれしかないのだから他に選択肢がない。とりあえず読んでみようということにしたわけだ。
翻訳について
読み始めてすぐ気が付いたのは、日本語がきわめて読みにくいということ。いわゆる「翻訳調」なのだ。より正確にいえば英語の原文の単語をひとつづつ日本語に置き換えることで原文の意味をそのまま伝えようとする「逐語訳」なのである。その結果、自然な日本語としての語彙選択や文章表現がなされず、読んでもなかなか頭に入ってこない。英語固有の言語文化を日本語に移した結果「何これ?この文脈で日本語ではそのような言い方はしない。」と思える文章がときどきでてきて思考が中断してしまうのだ。
意訳したりリライトすることで翻訳された文章は読みやすくなるものだ。しかし、その過程で原文の意味が損なわれたり、誤訳になったりするというリスクも生じる。そのリスクを避けるために著者は逐語訳をするという選択をしたのだろうと僕は思った。2001年5月に翻訳の元になった英語版が発売されてわずか5ヵ月後にこの日本語版が刊行されたことを考えると、自然な日本語にするためのリライトはもともと予定していなかったのだと思う。
「学生に翻訳させて、それをまとめたのでは?」と思った方もいるだろう。しかし、そうではない。古めかしい言い回しが本書のあちこちに見られることから現在88歳になられている藤井先生ご自身が翻訳したものであることがわかる。本書を翻訳した頃、先生は74歳である。
逐語訳としては完成度が高い。じっくり読んでみると熟慮した上で訳語が選択されていることがよくわかる。しかしその結果、読みにくい本に仕上がっているのだ。
英語版について
では英語版を読めばよいのでは?というとそういうわけでもない。翻訳の元になった2001年の本とヒッグス粒子発見後に改訂された2013年の本を、それぞれ米国アマゾンのサイトで読者レビューを2001年版と2013年版のページで確認する限り、どちらの版の評価もかんばしくないことがわかる。
日本語版を読んでも、原典に問題があることは想像がつく。全体的に説明が回りくどく、難易度にムラがあり対象読者がはっきりしていない。一例をあげれば素粒子の相互作用の説明をファインマン図形を使って説明している箇所。入門者向けの本であるのにファインマン図形自体の説明が極めて乏しい。ファインマン図形ではトポロジーさえ同じであれば、形が違っていても同じ現象をあらわすとか、結合定数やファインマン図形の足し上げなどまずおさえておかなければならないことが説明されていない。付録ではヒッグス機構が解説されているが、本書の説明では読者はきっと理解できないだろうと思った。
だから本書を読むためには、ニュートン力学から相対性理論、量子力学、素粒子物理(標準理論やヒッグス機構、自発的対称性の破れ)までひととおり他の科学教養書で学んでおく必要があるのだ。
著者も翻訳者も素粒子物理がご専門の科学者なので、読者に意味が伝わりにくい本に仕上がっているのは残念だ。英語原典に問題があり、翻訳も読みにくいという2つのハードルがあるにもかかわらず読む価値があるとすれば、それは本書でしか知りえない超対称性理論の詳細が書かれているからである。
これらの点を踏まえてお読みになるかどうか、ご自身で決めていただきたい。
超対称性粒子について
超対称性や超対称性粒子のことをご存知ない方のために、若干の説明をしておこう。
現在の素粒子物理学の実験で存在が確認されたのは2012年7月に発見されたヒッグス粒子までである。これらの素粒子や素粒子どうしに働く力を説明するための物理法則が「標準理論」と呼ばれているものだ。標準理論の数式はU(1)、SU(2)、SU(3)という数学の「群」であらわすことのできる対称性をそなえている。しかしこの理論には重力の理論は含まれていない。
標準理論の素粒子(クリックで拡大)
標準理論だけでは解決できないことから、自然はもっと大きな対称性の性質を持っているにちがいないという発想から超対称性理論が考案された。超対称性から導かれる(存在が予言される)素粒子は標準理論のおよそ2倍になり、理論の数式はSU(5)という数学の「群」であらわすことのできる超対称性をそなえている。これを大統一理論と呼ぶこともある。しかし予言されている超対称粒子(本書では超パートナー粒子という表現がとられている。)はまだひとつも発見されていない。
超対称性粒子(クリックで拡大)
これは超対称性粒子をその性質に従って対称的に配置した図だが、このように配置するとその存在が確かなもののような気がしてくる。ヒッグス粒子が標準理論や超対称性理論で、きわめて重要な位置にあることがおわかりになると思う。セルの色がオレンジとパープル、文字の上に「~」がついているのが超対称性粒子だ。
この図の引用元は次のページである。
Particle Fever (2014)
http://blogs.usyd.edu.au/theoryandpractice/2014/12/particle_fever_2014_1.html
超対称性理論: ウィキペディアの記事
超対称性粒子: ウィキペディアの記事
大統一理論: ウィキペディアの記事
本書の内容について
本書の章立ては次のとおり。第3章まではほとんど標準理論までの説明なので本書の難解な説明を読むより、大栗博司先生がお書きになった「強い力と弱い力」をお読みになるほうがよい。標準理論までご存知の方は第4章から読み始めても全く問題はない。
第1章:私たちはどこから来たのか?私たちは何ものであるか?私たちはどこへ行くのか?
第2章:粒子物理学の標準模型
第3章:物理学がやさしい科学である理由 -- 有効理論
第4章:超対称性と超対称粒子
第5章:超対称性を実験的に調べる
第6章:宇宙は何からできているか
第7章:ヒッグス物理学
第8章:超対称性のほかの効用と挑戦
第9章:超対称性、弦理論、根元理論
第10章:宇宙の起源とその自然法則を理解できるだろうか
付録A:標準模型のヒッグス機構
付録B:ヒッグス機構の超対称性による説明
付録C:チャージーノとニュートラリーノ
付録D:余剰次元 -- 大きな余剰次元
以下、本書で僕が感じたこと、印象に残ったことを列挙しておこう。
- 超対称性理論は「解が先にあって、問題点を探していく」ものであることが他の理論と違っている。他の理論では何か実験的な難点や理論的な矛盾を解決するために理論を構築していくのが通例である。
- 超対称性理論は弦理論や超弦理論を成り立たせるための前提になっていることが本書には書かれている。また本書には超対称性理論を前提としない弦理論、超弦理論もあり得るし、弦理論や超弦理論が間違いだと将来判明したとしても、超対称性理論の存在を否定するものではないということも書かれている。
- 超対称性理論によって、ヒッグス物理(ヒッグス機構)の解明されていない部分、トップクォークの質量の問題、階層問題、4つの力の統一などが解決できると予想されている。
- 階層性問題とは現在の素粒子物理の実験が対象としているスケールと究極理論が示しているプランクスケールとの間に、とてつもない大きさの違いがあるという問題である。
- LSP (Lightest Supersymmetric Particle:最も軽い超対称性粒子)は暗黒物質の存在を予言している。
- 私たちの4次元空間の自然(世界)が超対称性を含んだものであるならば、超対称性は自発的に破れたか、あるいは隠れた、あるいは部分的なものでなければならない。
- 弦理論や超弦理論が必要とする超対称性理論は完全なもの、つまり自発的破れていない理論である。
- 超パートナー粒子を含んだ素粒子の相互作用の例が、ファインマン図形を使って解説されているのが興味深い。
- 超対称性理論はプランクスケールより小さい世界の窓としての役割を持つと考えられている。
- 超対称性理論は4つの力の統一を含んだ理論であるが、なぜ力の統一がされなければならないかは説明しない。
- 弦理論や超弦理論は根元理論ではない。なぜならば弦理論や超弦理論は時空や量子力学を前提とした理論であるから。時空や量子力学は根元理論から導き出されるものであるべきというのが本書の主張。
- 超対称性理論の超パートナー粒子がどのような実験で発見されるかを予測している箇所が興味深い。
- 超対称性理論でしか起こりえない3つの現象が例示してある。1つ目は速い陽子の崩壊、2つ目はミューオン、タウ・レプトン、クォークのある種の崩壊や転換、3つ目は大きすぎるCP非保存の効果である。
- まだよく理解されてはいないものの、弦理論、超弦理論、M理論と超対称性理論の関係が解説されていること。
次の本が本書の翻訳の元になった英語版である。2001年7月刊行。
「Supersymmetry: Unveiling The Ultimate Laws Of Nature: Gordon Kane」(Kindle版)
そしてヒッグス粒子発見の後、改訂版として刊行されたのがこちらの英語版である。2013年5月刊行。
「Supersymmetry and Beyond: From the Higgs Boson to the New Physics: Gordon Kane」(Kindle版)
どちらもKindle版は安いので、英語でも大丈夫な方はKindle版をお求めになるとよいだろう。
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「スーパーシンメトリー―超対称性の世界:ゴードン・ケイン」
まえがき(エドワード・ウィッテン)
はじめに
第1章:私たちはどこから来たのか?私たちは何ものであるか?私たちはどこへ行くのか?
- 自然を理解するためには粒子と力と法則について知る必要がある
- 進行中の研究
- 方程式?
- 予言、後言、検証
- 超パートナーはどこに
- 科学の境界線は動いた
第2章:粒子物理学の標準模型
- 力
- 粒子 -- 私たちは実際に物質の基本的な構成要素を知っているか
- 粒子と場
- 粒子はほかにもある
- 新しい着想と標準模型の注目すべき予言
- 標準模型の実験的基礎
- 標準模型の諸過程を図示するファインマン図形
- スピン、フェルミオンとボソン
- 標準模型を超えて
第3章:物理学がやさしい科学である理由 -- 有効理論
- 距離の尺度で有効理論を組織する
- 超対称性も有効理論の1つ
- プランク尺度の物理
- 有効理論は繰り込みに取って代わる
- 人間尺度
第4章:超対称性と超対称粒子
- 超対称性とは何か
- 超対称性が解くかもしれない神秘
- 超パートナー
- 時空対称性としての超対称性、超空間
- 隠れた、あるいは破れた「超対称性」
第5章:超対称性を実験的に調べる
- 検出器と衝突器
- 超パートナーを認識する
- ス粒子の性格・背景・サイン信号
- フェルミ研探訪
- 将来の衝突器
- 必要な実験を遂行できるか
第6章:宇宙は何からできているか
- 宇宙にはどんな粒子が存在するか
- 最も軽い超パートナーは宇宙の冷たい暗黒物質か
第7章:ヒッグス物理学
- ヒッグス・ボソンを見いだす
- 最近の証拠
- LEP、フェルミ研、LHC
- フェルミ研のヒッグス・ボソン研究
第8章:超対称性のほかの効用と挑戦
- 物質と反物質の非対称
- 陽子は崩壊するか?
- まれな崩壊
- CP非保存
- インフレーション
- 見通しと懸念
第9章:超対称性、弦理論、根元理論
- 弦理論とM理論
- 壊れた(あるいは隠れた、あるいは部分的な)超対称性
- データの役割
- 有効理論と根元理論
第10章:宇宙の起源とその自然法則を理解できるだろうか
- 弦理論と根元理論を検証する
- 現実的な制限?
- 人間原理と超対称性
- 科学の終焉?
付録A:標準模型のヒッグス機構
付録B:ヒッグス機構の超対称性による説明
付録C:チャージーノとニュートラリーノ
付録D:余剰次元 -- 大きな余剰次元
参考文献
訳者あとがき
超対称標準模型の粒子と記号
用語集
索引
内容紹介:
もし自然界が超対称であれば…素粒子と宇宙の究極の姿を求める大冒険。宇宙空間をみたす暗黒物質は超対称性のパートナーか、重力を含む「力の大統一理論」へ、空間と時間の隠された次元とは?かすかに見えてきた「究極の理論」とはなにか…現代理論物理学最前線の魅力的な理論への道案内。2001年刊行、266ページ。
著者について:
ゴードン・ケイン: ウィキペディアの記事
1937年生まれ。ミシガン大学教授。早くから超対称性の研究で知られる第一線の理論素粒子学者。著書にThe Particle Gardenがあり、素粒子論の標準模型について解説している。
HP: http://particle-theory.physics.lsa.umich.edu/kane/
翻訳者について:
藤井昭彦
1927年生まれ。東京大学理学部物理学科卒量。ロチェスター大学大学院卒業、Ph.D. 上智大学名誉教授。主要研究分野は中間エネルギー核物理学の理論、弱い相互作用の理論。一般科学書の翻訳にガードナー「新版 自然界における左と右」(共訳)、グラショウ「クォークはチャーミング」、パイス他「反物質はいかにして発見されたか」などがある。
理数系書籍のレビュー記事は本書で267冊目。
朝日カルチャーセンターで先週受講した村山斉先生の「宇宙はどこまで美しいのか」という講座の準備として読むつもりだった本なのだが、先週は風邪でダウンしていたこともあって、昨夜ようやく読み終えることができた。
対称性をテーマにした科学教養書をいくつか購入していたのだが、僕が特に興味をもったのは「超対称性」である。いろいろ探してみたのだが、現時点で本書が日本語で読める唯一の科学教養書であることがわかった。しかし発行されたのが2001年とかなり古い。ヒッグス粒子が発見される前である。
アマゾンには章タイトルレベルの目次と3件の読者レビューがあったが、よい本なのかどうか判断がつかなかった。しかし超対称性がテーマの本はこれしかないのだから他に選択肢がない。とりあえず読んでみようということにしたわけだ。
翻訳について
読み始めてすぐ気が付いたのは、日本語がきわめて読みにくいということ。いわゆる「翻訳調」なのだ。より正確にいえば英語の原文の単語をひとつづつ日本語に置き換えることで原文の意味をそのまま伝えようとする「逐語訳」なのである。その結果、自然な日本語としての語彙選択や文章表現がなされず、読んでもなかなか頭に入ってこない。英語固有の言語文化を日本語に移した結果「何これ?この文脈で日本語ではそのような言い方はしない。」と思える文章がときどきでてきて思考が中断してしまうのだ。
意訳したりリライトすることで翻訳された文章は読みやすくなるものだ。しかし、その過程で原文の意味が損なわれたり、誤訳になったりするというリスクも生じる。そのリスクを避けるために著者は逐語訳をするという選択をしたのだろうと僕は思った。2001年5月に翻訳の元になった英語版が発売されてわずか5ヵ月後にこの日本語版が刊行されたことを考えると、自然な日本語にするためのリライトはもともと予定していなかったのだと思う。
「学生に翻訳させて、それをまとめたのでは?」と思った方もいるだろう。しかし、そうではない。古めかしい言い回しが本書のあちこちに見られることから現在88歳になられている藤井先生ご自身が翻訳したものであることがわかる。本書を翻訳した頃、先生は74歳である。
逐語訳としては完成度が高い。じっくり読んでみると熟慮した上で訳語が選択されていることがよくわかる。しかしその結果、読みにくい本に仕上がっているのだ。
英語版について
では英語版を読めばよいのでは?というとそういうわけでもない。翻訳の元になった2001年の本とヒッグス粒子発見後に改訂された2013年の本を、それぞれ米国アマゾンのサイトで読者レビューを2001年版と2013年版のページで確認する限り、どちらの版の評価もかんばしくないことがわかる。
日本語版を読んでも、原典に問題があることは想像がつく。全体的に説明が回りくどく、難易度にムラがあり対象読者がはっきりしていない。一例をあげれば素粒子の相互作用の説明をファインマン図形を使って説明している箇所。入門者向けの本であるのにファインマン図形自体の説明が極めて乏しい。ファインマン図形ではトポロジーさえ同じであれば、形が違っていても同じ現象をあらわすとか、結合定数やファインマン図形の足し上げなどまずおさえておかなければならないことが説明されていない。付録ではヒッグス機構が解説されているが、本書の説明では読者はきっと理解できないだろうと思った。
だから本書を読むためには、ニュートン力学から相対性理論、量子力学、素粒子物理(標準理論やヒッグス機構、自発的対称性の破れ)までひととおり他の科学教養書で学んでおく必要があるのだ。
著者も翻訳者も素粒子物理がご専門の科学者なので、読者に意味が伝わりにくい本に仕上がっているのは残念だ。英語原典に問題があり、翻訳も読みにくいという2つのハードルがあるにもかかわらず読む価値があるとすれば、それは本書でしか知りえない超対称性理論の詳細が書かれているからである。
これらの点を踏まえてお読みになるかどうか、ご自身で決めていただきたい。
超対称性粒子について
超対称性や超対称性粒子のことをご存知ない方のために、若干の説明をしておこう。
現在の素粒子物理学の実験で存在が確認されたのは2012年7月に発見されたヒッグス粒子までである。これらの素粒子や素粒子どうしに働く力を説明するための物理法則が「標準理論」と呼ばれているものだ。標準理論の数式はU(1)、SU(2)、SU(3)という数学の「群」であらわすことのできる対称性をそなえている。しかしこの理論には重力の理論は含まれていない。
標準理論の素粒子(クリックで拡大)
標準理論だけでは解決できないことから、自然はもっと大きな対称性の性質を持っているにちがいないという発想から超対称性理論が考案された。超対称性から導かれる(存在が予言される)素粒子は標準理論のおよそ2倍になり、理論の数式はSU(5)という数学の「群」であらわすことのできる超対称性をそなえている。これを大統一理論と呼ぶこともある。しかし予言されている超対称粒子(本書では超パートナー粒子という表現がとられている。)はまだひとつも発見されていない。
超対称性粒子(クリックで拡大)
これは超対称性粒子をその性質に従って対称的に配置した図だが、このように配置するとその存在が確かなもののような気がしてくる。ヒッグス粒子が標準理論や超対称性理論で、きわめて重要な位置にあることがおわかりになると思う。セルの色がオレンジとパープル、文字の上に「~」がついているのが超対称性粒子だ。
この図の引用元は次のページである。
Particle Fever (2014)
http://blogs.usyd.edu.au/theoryandpractice/2014/12/particle_fever_2014_1.html
超対称性理論: ウィキペディアの記事
超対称性粒子: ウィキペディアの記事
大統一理論: ウィキペディアの記事
本書の内容について
本書の章立ては次のとおり。第3章まではほとんど標準理論までの説明なので本書の難解な説明を読むより、大栗博司先生がお書きになった「強い力と弱い力」をお読みになるほうがよい。標準理論までご存知の方は第4章から読み始めても全く問題はない。
第1章:私たちはどこから来たのか?私たちは何ものであるか?私たちはどこへ行くのか?
第2章:粒子物理学の標準模型
第3章:物理学がやさしい科学である理由 -- 有効理論
第4章:超対称性と超対称粒子
第5章:超対称性を実験的に調べる
第6章:宇宙は何からできているか
第7章:ヒッグス物理学
第8章:超対称性のほかの効用と挑戦
第9章:超対称性、弦理論、根元理論
第10章:宇宙の起源とその自然法則を理解できるだろうか
付録A:標準模型のヒッグス機構
付録B:ヒッグス機構の超対称性による説明
付録C:チャージーノとニュートラリーノ
付録D:余剰次元 -- 大きな余剰次元
以下、本書で僕が感じたこと、印象に残ったことを列挙しておこう。
- 超対称性理論は「解が先にあって、問題点を探していく」ものであることが他の理論と違っている。他の理論では何か実験的な難点や理論的な矛盾を解決するために理論を構築していくのが通例である。
- 超対称性理論は弦理論や超弦理論を成り立たせるための前提になっていることが本書には書かれている。また本書には超対称性理論を前提としない弦理論、超弦理論もあり得るし、弦理論や超弦理論が間違いだと将来判明したとしても、超対称性理論の存在を否定するものではないということも書かれている。
- 超対称性理論によって、ヒッグス物理(ヒッグス機構)の解明されていない部分、トップクォークの質量の問題、階層問題、4つの力の統一などが解決できると予想されている。
- 階層性問題とは現在の素粒子物理の実験が対象としているスケールと究極理論が示しているプランクスケールとの間に、とてつもない大きさの違いがあるという問題である。
- LSP (Lightest Supersymmetric Particle:最も軽い超対称性粒子)は暗黒物質の存在を予言している。
- 私たちの4次元空間の自然(世界)が超対称性を含んだものであるならば、超対称性は自発的に破れたか、あるいは隠れた、あるいは部分的なものでなければならない。
- 弦理論や超弦理論が必要とする超対称性理論は完全なもの、つまり自発的破れていない理論である。
- 超パートナー粒子を含んだ素粒子の相互作用の例が、ファインマン図形を使って解説されているのが興味深い。
- 超対称性理論はプランクスケールより小さい世界の窓としての役割を持つと考えられている。
- 超対称性理論は4つの力の統一を含んだ理論であるが、なぜ力の統一がされなければならないかは説明しない。
- 弦理論や超弦理論は根元理論ではない。なぜならば弦理論や超弦理論は時空や量子力学を前提とした理論であるから。時空や量子力学は根元理論から導き出されるものであるべきというのが本書の主張。
- 超対称性理論の超パートナー粒子がどのような実験で発見されるかを予測している箇所が興味深い。
- 超対称性理論でしか起こりえない3つの現象が例示してある。1つ目は速い陽子の崩壊、2つ目はミューオン、タウ・レプトン、クォークのある種の崩壊や転換、3つ目は大きすぎるCP非保存の効果である。
- まだよく理解されてはいないものの、弦理論、超弦理論、M理論と超対称性理論の関係が解説されていること。
次の本が本書の翻訳の元になった英語版である。2001年7月刊行。
「Supersymmetry: Unveiling The Ultimate Laws Of Nature: Gordon Kane」(Kindle版)
そしてヒッグス粒子発見の後、改訂版として刊行されたのがこちらの英語版である。2013年5月刊行。
「Supersymmetry and Beyond: From the Higgs Boson to the New Physics: Gordon Kane」(Kindle版)
どちらもKindle版は安いので、英語でも大丈夫な方はKindle版をお求めになるとよいだろう。
応援クリックをお願いします!
「スーパーシンメトリー―超対称性の世界:ゴードン・ケイン」
まえがき(エドワード・ウィッテン)
はじめに
第1章:私たちはどこから来たのか?私たちは何ものであるか?私たちはどこへ行くのか?
- 自然を理解するためには粒子と力と法則について知る必要がある
- 進行中の研究
- 方程式?
- 予言、後言、検証
- 超パートナーはどこに
- 科学の境界線は動いた
第2章:粒子物理学の標準模型
- 力
- 粒子 -- 私たちは実際に物質の基本的な構成要素を知っているか
- 粒子と場
- 粒子はほかにもある
- 新しい着想と標準模型の注目すべき予言
- 標準模型の実験的基礎
- 標準模型の諸過程を図示するファインマン図形
- スピン、フェルミオンとボソン
- 標準模型を超えて
第3章:物理学がやさしい科学である理由 -- 有効理論
- 距離の尺度で有効理論を組織する
- 超対称性も有効理論の1つ
- プランク尺度の物理
- 有効理論は繰り込みに取って代わる
- 人間尺度
第4章:超対称性と超対称粒子
- 超対称性とは何か
- 超対称性が解くかもしれない神秘
- 超パートナー
- 時空対称性としての超対称性、超空間
- 隠れた、あるいは破れた「超対称性」
第5章:超対称性を実験的に調べる
- 検出器と衝突器
- 超パートナーを認識する
- ス粒子の性格・背景・サイン信号
- フェルミ研探訪
- 将来の衝突器
- 必要な実験を遂行できるか
第6章:宇宙は何からできているか
- 宇宙にはどんな粒子が存在するか
- 最も軽い超パートナーは宇宙の冷たい暗黒物質か
第7章:ヒッグス物理学
- ヒッグス・ボソンを見いだす
- 最近の証拠
- LEP、フェルミ研、LHC
- フェルミ研のヒッグス・ボソン研究
第8章:超対称性のほかの効用と挑戦
- 物質と反物質の非対称
- 陽子は崩壊するか?
- まれな崩壊
- CP非保存
- インフレーション
- 見通しと懸念
第9章:超対称性、弦理論、根元理論
- 弦理論とM理論
- 壊れた(あるいは隠れた、あるいは部分的な)超対称性
- データの役割
- 有効理論と根元理論
第10章:宇宙の起源とその自然法則を理解できるだろうか
- 弦理論と根元理論を検証する
- 現実的な制限?
- 人間原理と超対称性
- 科学の終焉?
付録A:標準模型のヒッグス機構
付録B:ヒッグス機構の超対称性による説明
付録C:チャージーノとニュートラリーノ
付録D:余剰次元 -- 大きな余剰次元
参考文献
訳者あとがき
超対称標準模型の粒子と記号
用語集
索引