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原子核物理学 改訂版:エンリコ・フェルミ

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原子核物理学 改訂版:エンリコ・フェルミ

内容紹介:
1938年にノーベル物理学賞を受賞、マンハッタン計画に参画、世界初の原子炉の運転に成功し、「核時代の建設者」、「原子爆弾の建設者」と呼ばれる物理学者のエンリコ・フェルミ博士が1949年1月から6月にかけてシカゴ大学で行なった原子核の物理についての講義を書籍化したものである。

原書初版:1949年、第2版:1950年1月、改訂第2版:1950年9月、再訂第2版:1951年7月
初版:1954年12月10日刊行、改訂版:1959年8月5日、383ページ

著者について:
エンリコ・フェルミ(Enrico Fermi、1901年9月29日 - 1954年11月28日):ウィキペディア
イタリア、ローマ出身の物理学者。統計力学、量子力学および原子核物理学の分野で顕著な業績を残しており、中性子による元素の人工転換の実験で新規の放射性同位元素を数多く作った。1938年にノーベル物理学賞を受賞している。また、マンハッタン計画に参画し、世界初の原子炉の運転に成功し、「核時代の建設者」「原子爆弾の建設者」とも呼ばれた。
フェルミに由来する用語は数多く、熱力学・統計力学のフェルミ分布、フェルミ準位、量子力学におけるフェルミ粒子、原子核物理学のフェルミウムの元素名の他、フェルミ推定の方法論やフェルミのパラドックスという問題にその名を残している。実験物理と理論物理の双方において世界最高レベルの業績を残した、史上稀に見る物理学者であった。


理数系書籍のレビュー記事は本書で474冊目。

本書は神保町の「明倫館書店」のワゴンセールで700円で売られているのを見つけて即買いしたものだ。素粒子物理学や場の量子論に分類される専門書は、これまでにいくつか読んできたが、原子核物理学、高エネルギー物理学に分類される実験系の理論書はまだ読んだことがない。本書は言わずもがな科学史上の名著であるだけでなく、人類史上でも後世に継承し続けるに値する歴史的な重みがある本だということがタイトルと著者名から容易に想像できる。700円という価格が申し訳ないと思った。

ウィキペディアの説明にあるとおりフェルミ博士は1938年にノーベル物理学賞を受賞している。また、マンハッタン計画に参画し、世界初の原子炉の運転に成功し、「核時代の建設者」、「原子爆弾の建設者」とも呼ばれた。(マンハッタン計画を主導したオッペンハイマー博士が「原子爆弾の父」である。)

本書は1949年1月から6月にかけてフェルミ博士がシカゴ大学で行なった講義を書籍化したものだ。原書の初版は1949年のうちに刊行され、最終の再訂第2版は1951年7月に刊行されている。原書の再訂第2版をもとにした日本語版の初版は1954年12月10日に刊行、改訂版は1959年8月5日に刊行された。フェルミ博士は日本語版の刊行を心よく承諾していたのだが、日本語版の初版が刊行されるわずか12日前の1954年11月28日に亡くなっている。

原子核物理学は当時はまだ軍事機密性が高い学問だったはずだ。広島と長崎に原爆が落とされた1945年8月以降、ソビエト連邦は原爆研究、開発を急ぎいわゆる「東西冷戦」の時代が始まった。またこの学問領域は原子力発電所を開発するうえでも欠かせない。そのように微妙な時期に行われたのが本書のもとになった講義なのである。講義が行われたのは1949年1月から6月、ソビエト連邦が初めて原爆実験に成功したのは1949年8月のことだった。(参照:「セミパラチンスク核実験場」)

日本でも第二次世界大戦中に理化学研究所(仁科芳雄博士が率いたチーム:参考ページ)や京都帝国大学(荒勝文策博士が率いたチーム:参考ページ)で原爆開発のための研究が進められていた。しかし予算と物資の圧倒的な不足によりそれらは研究の段階にとどまっていて、終戦後すぐ占領軍によって研究成果や実験設備は焼却、破壊され、完全に失われた。フェルミ博士による原子核物理学の講義が行われたのはそのような時代だった。

さて、僕が手にした本は最終ページに書かれているように、1972年5月15日に発行された第11刷である。多くの読者に読まれたことがわかる。「Fermi Nuclear Physics」ではなく「Fermi Nuclear Physice」という誤植があることに気がついた。1972年の頃の1800円は、現在の8800円くらいである。

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1972年5月15日って、最近聞いたことがある日付だと思ったが、それが沖縄が本土に復帰した当日だということにもすぐ気がついた。そういえば先月15日、NHKで本土復帰50周年の特集番組が放送されていた。(参考ページ:「〜沖縄本土復帰50周年特集〜」)

そして1970年頃というのは、日本で原子力発電所が営業運転を始めたばかりの時期でもある。東京電力のこのページを見ると、日本で最初の原子力発電所は福島第一原発で、1号機が営業運転を開始したのは1971年3月だったことがわかる。そして1号機と2号機の原子炉を設計、開発したのは米国GE(General Electronics)社だった。東芝や日立製作所などの日本企業は原子炉以外の部分を担当していた。

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つまり1950年代から1970年代にかけて、原発に従事する科学者やエンジニアは、本書や当時発売されていた類書を使って原子核物理学の基礎を学んでいたことが想像できる。僕が手にした本には、最後のページまで多くの書き込みがあり以前の所有者が丹念に勉強していた様子がうかがえる。

核兵器開発に転用できる軍事機密性が高い内容を、本書はどこまで説明しているのだろうか?フェルミ博士は計算尺を使って世界で初めて原子炉を設計し、開発を主導した物理学者である。(参考ページ:「Fermi’s Golden (Slide) Rule」- Google翻訳による日本語訳)とはいえ、仮想敵国のソ連を利するような内容は書くことができない。期待半分、半信半疑で僕は読み進めた。特に第8章「核反応」の中の「核分裂」、第9章「中性子物理学」の中の「連鎖反応の理論」という目次の項目を見てドキリとした。

結論から言えば、本書では原爆や原発の開発でいちばん重要な「ウランの濃縮方法」を解説していないため、本書を読んだからといって原爆や原発を開発できるようになるわけではない。

章立ては次の通りだ。詳細目次は以下を参照していただきたい。
詳細目次:    

第1章:核の性質
第2章:輻射と物質の相互作用
第3章:アルファ粒子の放出
第4章:ベータ崩壊
第5章:ガンマ輻射
第6章:核力
第7章:中間子
第8章:核反応
第9章:中性子物理学
第10章:宇宙線
解説

英語原書を編纂した3人による「序文」と翻訳をされた小林稔博士による「はじめに」は「 」のリンクで読めるようにしておいた。

第10章の次の「解説」は日本語版の改訂版として1959年に追加された章で、英語原書には含まれていないものである。

1932年の中性子の発見とともに、原子核が量子力学の対象として取り扱われるようになって以後、1949年にフェルミがこの教科書のもとになる講義を行なった頃までの原子核物理学は、原子核が示す基本的な性質を一般的にとりあげると同時に、それぞれの現象については個々に論じるという段階にあった。その後の実験の進歩によって、系統的な整理が行われ、原子核が示す種々の現象が、原子核という多粒子系の構造についてのいくつかの基本的な性質に結び付けられて論じられるようになった。

原子核の基底状態とその付近の低い励起状態についていえば、その基本的性質は核子が強い相互作用を持っているにもかかわらず独立に運動する面と、一方集団的に運動する面を持っているということである。前者を記述するのは殻模型(軌道模型)で後者は集団模型として記述される。

現在では核力(強い相互作用)の原因はクォークどうしを結び付けるグルーオンによるもの、いわゆる量子色力学で説明されるが、クォークの理論が登場するのは1960年代初頭で、またW粒子など弱い相互作用の理論が誕生するのもだいぶ先のことである。標準模型を構成する素粒子が発見された年表を見れば、1949年がどのような時期だったかがよくわかることだろう。当時は仮説の段階だった素粒子のニュートリノのことを本書では「中性微子」として解説している。

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このようなわけで、本書に書かれたのは原子核の探求が始まったばかりの時期、原子核の周囲でおこる現象がいろいろ解明され始めた時期なのだ。したがって、本書では時には古典物理の手法、半古典的な手法、量子力学による手法が、物理現象を解説する物理モデルの都合に合わせて用いられている。さまざまな原子についての原子核反応が解説されていて、ウランが特別扱いされているわけではない。

量子力学の手法として目につくのは、散乱理論、量子井戸を使ったトンネル効果の計算、摂動論など量子力学の教科書でおなじみの計算だ。本書の各所で「シッフのXXページを参照」という記述が見られる。もちろんこれは有名な「シッフの量子力学」という教科書なのだが、本書が参照しているのは当時としては最新の教科書ではあるが1949年に発行された英語原書の初版だから、現在では手に入れることができない。(その後、原書の初版のPDFはここからダウンロードできることがわかった。)

けれども本書の元の所有者は「シッフ第3版のYYページを参照」とその都度鉛筆書きをしてくれていてありがたい。1968年に刊行された原書第3版であればInternet Archiveの「Quantum Mechanics Third Edition: Leonard I. Schiff」から閲覧、PDFのダウンロードができるからだ。1970年に上巻、1972年に下巻として吉岡書店から発売された「シッフ 新版 量子力学」は、原書第3版を日本語訳したものである。本書の元の所有者が書き込んだページ番号から、その方は日本語版ではなく原書第3版を参照していることがわかった。

章末や巻末の「文献」には、本書を書くにあたって参考にした書籍や論文が一覧になっているのだが、どれも1930年代、1940年代のものなので、入手するのはほぼ不可能なのだ。古い名著を読んでいるのだから仕方のないことである。(丹念に探せば見つかるかもしれない。)また本書のように古い本だと、単位はCGS系であることも理解のハードルを上げる原因となっている。

本書で解説している計算は手で行える範囲だというのも、容易にコンピュータを使えることができないこの時代の物理学書では当然のことだ。けれども1か所だけコンピュータを使った数値計算が行われたことを示す記述があった。

なんとそれは1946年に発表された真空管式のコンピュータ「ENIAC」を使ったものだった。それは第8章の「核反応」の中の「核分裂」を解説したページにある。(ページ1ページ2)ほぼ球形の原子核は分裂するときに引き伸ばされて楕円体に変形する。長軸、短軸、離心率を使った楕円体の計算が行われていることに「時代の古さ」と「理論の粗さ」を僕は感じた。球形から楕円体に変形した後は瓢箪(ひょうたん)型にならないのかな?と思ったからである。

ちなみにENIACは内部構造に十進法を採用している。1桁の十進数を格納するのに、10ビットのリングカウンタを使用しており、1桁の記憶に36本の真空管を必要とする。そのうち10本は双三極管で、フリップフロップでリングカウンタを構成している。演算は、リングカウンタが入力パルスをカウントする形で行われ(リングカウンタのビット列は二進数を表しているのではなく、"1"の個数がその桁の値である)、あふれるとキャリーパルスを発生する。これは機械式計算機で数を表す歯車を電子的にエミュレートしたものである。全部で20の10桁のアキュムレータがあり、10の補数表現で負の値を表し、毎秒5,000回の加減算、毎秒385回の乗算が可能である。また5台のアキュムレータは「除算器/平方根計算器」の制御下にあり、毎秒40回の除算または毎秒3回の平方根計算が可能である。複数のアキュムレータを接続して同時並行的に動作させることができるので、最高性能はさらに高い。





本書の例では1947年にウラン236のクーロンポテンシャルの計算がコンピュータによる数値計算で行われた結果が紹介されている。原子核の近辺ではクーロンポテンシャルが双曲線になっていないことがわかる。

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計算が難しいため本書全体の理解度は50%にとどまったが、何が説明されているのかは理解できたので有益な読書経験となった。原書の改訂版はネット上で無料公開されているので、中身をご覧になっていただきたい。

核分裂の理論が軍事機密だった時代から原子力発電の技術開発が進んだ時代、そしてチェルノブイリ原発や福島第一原発の事故と廃炉、さらにロシアによるウクライナ侵攻とチェルノブイリ原発の占拠。。。歴史はつながっている。そしてその原点にあるのが本書なのだと思った。


ネットで公開されている原書はここから読むことができる。

Nuclear Physics (Revised Edition): A Course Given by Enrico Fermi at the University of Chicago
Internet Archive: Cover_TOC Chap01 Chap02 Chap03 Chap04 Chap05 Chap06 Chap07 Chap08 Chap09 Chap10 Appendix
1つにまとめたPDF: ダウンロード

製本版で原書を読みたい方は、こちらからお買い求めいただきたい。ただし、これは上記の無料公開版を製本しただけのものである。つまり昔の機械式タイプライターで印字されたものだ。(「試し読み!」をクリックしてみればわかる。)

Nuclear Physics: A Course Given by Enrico Fermi at the University of Chicago



今後も引き続きこの分野の物理を学んでみたいと思うが、次回はもっと新しい教科書を読んでみたい。

Amazonで検索: 原子核物理学 高エネルギー物理学 原子炉


関連ページ:

日米同盟と原発 隠された核の戦後史(第1章 幻の原爆製造 1940~45)
https://www.chunichi.co.jp/article/188287?rct=nichibei_feature_shinsai10

もう一つの「戦争裏面史」原爆開発競争 京都帝大「F研究」秘話 被爆地で新型爆弾の正体突き止めた皮肉
https://www.sankei.com/article/20150723-CWDSN5CZHFJJXE7ORSUBGW5P5M/

日本でも原爆開発の事実があった。柳楽優弥、有村架純、三浦春馬が「太陽の子」に込めた思い。
https://news.yahoo.co.jp/articles/1c0c2760bd40681f95ce151537efd00c707a2c1e

柳楽優弥×有村架純×三浦春馬『映画 太陽の子』予告映像: Prime Video YouTubeムービー



関連記事:

フェルミ熱力学:エンリコ・フェルミ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/216e71aa30d5376730170863b5f9070a

原子・原子核・原子力―わたしが講義で伝えたかったこと:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/605f519af238e6b41871e81829f46e43

福島の原発事故をめぐって― いくつか学び考えたこと:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7940dcbcf9929b45269dc9efae303848

原子爆弾 1938~1950年: ジム・バゴット
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0d741fd4e77316eaf05aef8daf865cd6

核兵器: 多田将
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fe84c7cd15d1b8ff7ed14de1fa356504


 

 


原子核物理学 改訂版:エンリコ・フェルミ


詳細目次:    



第1章:核の性質
- 同位元素、図表
- 比質量欠損と結合エネルギー
- 液滴模型
- スピンと磁気能率
- 電気四極能率
- 放射能とその地質学的にみた面
- 追補

第2章:輻射と物質の相互作用
- 荷電粒子のエネルギー損失
- クーロン場による散乱
- 電磁輻射の物質通過
- 追補

第3章:アルファ粒子の放出
- 矩形障壁の貫通
- 任意の形の障壁
- α崩壊への半古典的な応用
- α崩壊に対する仮の準位の理論
- α線スペクトル

第4章:ベータ崩壊
- 序論
- β過程の例
- エネルギー図
- β崩壊の理論
- 崩壊の割合
- エネルギー及び運動量スペクトルの形
- 実験的検証
- 選択則
- F τ 表
- K捕獲についての注意
- 中性微子仮説についての注意
- 中性微子および反中性微子

第5章:ガンマ輻射
- 自発的放射
- 選択則
- 内部変換
- 異性体状態

第6章:核力
- 序説
- 重陽子
- 中性子陽子散乱
- 陽子-陽子力
- 中性子-中性子力

第7章:中間子
- 実験から知られる性質
- 中間子理論
- 文献

第8章:核反応
- 記号
- 核反応断面積の一般的特徴
- 逆過程
- 複合核
- 不安定核の例
- 共鳴理論の定量的説明: Breit-Wignerの公式
- 観測された共鳴現象
- 核の統計的気体模型
- 核分裂
- 原子核の軌道模型
- 遅い中性子の陽子による捕獲
- 光と核との反応
- 非常な高エネルギーの現象

第9章:中性子物理学
- 中性子源
- 中性子の緩速
- 拡散理論
- 中性子の散乱
- 連鎖反応の理論

第10章:宇宙線
- 一次宇宙線
- 二次宇宙線
- 硬成分及び軟成分への分析
- 地球磁場内の荷電粒子の運動
- 追補
- 文献

解説

文献
物理定数表
索引

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