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次期学習指導要領(高等学校、数学、情報)について思うこと


平成34年度から実施される予定の学習指導要領について、2月14日から3月15日まで次のページで意見公募が行われている。現在の小学5年生が高校生になるときに実施されることになるはず。

学校教育法施行規則の一部を改正する省令案及び高等学校学習指導要領案に対する意見公募手続(パブリックコメント)の実施について
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185000958&Mode=0

数学 統計関係部分抜粋
http://www.stat.go.jp/teacher/dl/pdf/c3index/guideline/high/math.pdf

統計学習の指導のために(先生向け)「授業モデル」「補助教材」「学校教育における統計教育の位置付け」
http://www.stat.go.jp/teacher/index.htm


今回の記事では高等学校の数学および情報の教科について、思ったことを書いておこう。参考にしたのは上記のページに掲載されている4つのPDF文書、およびその下に載せた統計関係のページ、そして「寺田文行先生の「数学の鉄則」シリーズ」で紹介した1980年代、1990年代の数学の参考書、さらに現在書店で売られている数学の参考書、「学習指導要領の変遷」というページなどだ。

これらの方針を流れる思想は高校だけでなく小学校、中学校の学習指導要領にも適用されるので、それを踏まえて考えることが大切だ。また僕を含めてこのブログをお読みになる方は、自然科学を学ぶには何が優先されるべきかという視点で考えてしまいがちだが、これからの社会を担う子供にとって何が大切であるか、日本全体を活性化するために何を優先すべきかという視点も忘れてはならない。

数学および情報の教科に関して、今回の大きな変更点は次の5つだ。

- 数学の「統計、データの分析」を重視し、内容を充実させる
- 数学Cの復活、「ベクトル」が数学Bから数学Cへ移行、「行列、1次変換」は復活せず
- 数学Aから「整数」が消滅
- 「情報」をプログラミングも含めて文系理系共通で必須科目として行う
- あらゆる教科でコンピュータの活用を推進

全体的に見て「これは詰め込み過ぎだなぁ。」という感想を持った。「ゆとり教育の失敗」への反省が強い反動として表れてしまったかのようである。

どれも確かに重要なのはわかる。数学、情報以外に物理や化学などの科学、国語や社会科系の科目もあるのだから、1980年頃に高校時代を過ごした僕には隔世の感がある。日本を取り巻く社会情勢は変わったし、社会人になって必要なことは増えているのも事実だ。どれも教えておきたいという気持ちはわかるが、授業時間数は昔も今も同じである。どれを捨ててどれを取るか。。。悩ましい問題だ。

あと5つの変更点に色濃くでているのが「国内産業の活性化」、「教育情報化の推進」という国の方針だと思う。基礎的で理論を重視した分野よりも、社会に出てすぐ役に立つ技術的、応用的な分野を重視したカリキュラムとなっている。

数学はI,II,III,A,B,Cに分かれていて、このうち文理共通で必須なのは数学Iだけであるが、通常文系の生徒は数学I,A(+II,B)を、理系の生徒は数学I,II,III,A,B,Cを履修することになる。(注意:現行の過程では数学Cは教えられていない。)

つまり、現実としては次のようになる。

文系の生徒:数学I,II,A,B(または数学I,A)
理系の生徒:数学I,II,III,A,B,C


数学の「統計、データの分析」を重視

「学習指導要領の変遷」のページに「統計」が書かれていないことからわかるように、「統計、データ分析」は少なくとも1980年以降、現在に至るまで一貫して教えられている。1980年頃にも確率分布や仮説検定は教えられていた。しかし、今回の改訂を細かく見ると次の点が重要だ。

- 数学Bに標本調査、確率分布、仮説検定が追加
- 標本調査をコンピュータを使って確認する
- 日常生活、社会生活に対して数理的考察力をつける

これらが文理共通の必須学習項目になったことが最大の変更点なのだ。1980年代にも「理系であっても高校で統計は必要か?」という議論はあったし、2番目と3番目はその時代にはなかった項目だ。

統計やデータ分析はビッグデータの重要性が東日本大震災後の分析で認識されたし、医療や経済、ビジネスでも重要だ。もちろん自然科学でも不可欠だ。文理共通というのはうなづける。

しかし、統計は応用数学の範疇であり、高校レベルの基礎学力では数式の意味(たとえば確率分布)を正確に理解できるはずがない。あと数学の他の基礎的項目との間のバランスが悪くなる。僕としてはこれら3つは理系専門の項目に移動させるか、2番目と3番目を削除したいところだ。


数学Cの復活、「ベクトル」が数学Cへ移行

数学Cの復活と聞いて喜んだのはつかの間。詳しく見て唖然としてしまった。「ベクトル」が数学Bから数学Cへ移行、そして「行列」は復活しない。ベクトルと行列など線形代数に必要なことは理系専門に押しやられてしまった。文系の生徒は行列や1次変換はおろか、ベクトルさえも知らずに人生を過ごすことになってしまう。

そして理系にしても3年生になってからしかベクトルを学べないし、行列や1次変換を全く学べないのは大問題だ。数学Cを復活させたことの意味が半減してしまう。(1980年頃、僕は高校2年と3年でベクトルと行列、1次変換を学んでいた。)あと、文系の生徒は複素数だけ学んで複素平面は学ばない。これもいただけない。

この件については、ジョゼフ・アンリさん(@joseph_henri)が次の図をツイートされていた。

引用元)(拡大
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引用元)(拡大
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「統計、データ分析」を増やした結果、数Bにあった「ベクトル」が復活させたばかりの数Cに入れられた。そしてもともと数Cに入っていた「行列と1次変換」が押し出され、高校数学の外に捨てられてしまったことになる。

「統計、データ分析」と「行列、1次変換」はどちらも大切なことはわかりきっている。しかし、生徒や日本経済の将来を考えるとき、どちらがより重要か?と問われれば、僕は「行列、1次変換」に軍配を上げたい。


数学Aから「整数」が消滅

「統計、データ分析」を重視したせいで、「整数」が高校数学から追い出されてしまった。整数概念自体は簡単だが、高校数学は「整数問題」のことであり、思いのほか難しい。整数問題に対してのアプローチは他分野とは大きく異なり、独特なものが多いのだ。パズル的要素が大きい分野である。数列とはつながりをもつが、他の分野とは関連があまりないのが追い出された理由だと僕は思っている。


情報、プログラミングの必須化

「情報I」、「情報II」という教科。このうち文理共通で必須なのは「情報I」だ。詳細は次のページをお読みいただきたい。

2020年、次期学習指導要領~情報科:プログラミング教育のほかには?
https://edutmrrw.jp/2017/innovation/0313_2020education


僕はIT業界の人間のひとりとして、現代社会でコンピュータや情報リテラシー、情報セキュリティの重要性はじゅうぶん認識している。(もともと僕はC言語のプログラマーだった。)

この分野が学校の教育課程に組み込まれたのは平成11年度からだ。小中高を通じて「ICT利活用の促進」が行われてきている。

今回の改訂で大きく変わるのは、情報教育、プログラミングが小学校、中学校だけでなく、高校でも文理共通の必須項目になることだ。

情報リテラシーや情報セキュリティについて教えるのを義務化することには、僕は賛成したい。しかし、プログラミングの義務化には反対で、必須項目ではなく文系理系を問わない形の選択項目にしておいたほうがよいと思っている。(つまりプログラミングは情報IやIIとは切り離して科目設定する。)

そして、コンピュータの操作に関して文理共通で義務化するのであれば、文書作成ソフト、表計算ソフト、プレゼンソフトなど事務作業に役立つ範囲で教えるのがよいと思う。プログラミングは興味を持った生徒だけ、必要と感じた生徒だけが選択すればじゅうぶんだ。

まず、プログラミング言語や開発環境、OSを全生徒の授業のために準備するのが大変である。そしてそれらは数年のうちに陳腐化してしまうから、そのたびに教える内容が変わってしまう。変化についていける教師はほとんどいないだろう。外部から先生を呼ぶにしても、全校生徒に対して継続的に教えるのはコストがかかり過ぎる。

そして問題なのはその効果だ。プログラミングを学ぶのは手間のかかることであり、工学系の大学では4年間、専門学校では2年間みっちり学ぶだけの分量がある。小中高を通じて教えたとしても学習時間はどれほど取れるだろうか? 印刷されたプログラム・リストを呪文のように入力して実行したところで、もともと興味のない生徒にはほとんど意味がない。

身の回りにいる大学3年生3人に聞いてみたところ、次のような返事がもらえた。

大学生1(文系男子): 小学校、中学校プログラミングの授業はあったが、まったく覚えていない。
大学生2(文系女子): 高校ではプログラミングをやっていない。やらなくてよいと思う。
大学生3(看護系女子): 小中高でプログラミングの授業を受けたが、まったく覚えていない。必要ないと思う。

理系の生徒、プログラミングが必要だと思う生徒は、放っておいても自分で学ぶだろうし、選択科目としてあれば履修するだろう。問題はプログラミングなど将来絶対に使わないと思っている生徒に強制することなのだ。まかり間違って興味をもつかもしれないのは5パーセントくらい、残りの95パーセントの生徒は、プログラミングが嫌いになるのではと僕は思う。食いつき率が5パーセントあれば上等だと思うという意見もある。

また「情報」は大学入試の科目ではない。コンピュータ科学科や情報科学科であっても、入試科目としては設けられていない。つまり、生徒や高校はおのずと軽視することになってしまうのだ。情報リテラシーや情報セキュリティを徹底したいのならば、大学入試にもそれらを盛り込む必要がある。


あらゆる教科でコンピュータの活用を推進

教育の現場でコンピュータやタブレット端末を使うことに、僕は全面的に賛成だ。優れたコンテンツが開発されることを期待している。

デジタル版だけでも正式な教科書に 政府が閣議決定
2018/2/23 9:56
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO2728984023022018CR0000/?n_cid=SNSTW001


地学について(おまけ)

物理、化学、生物と比較して人気がない地学である。僕が高校生のころは今よりも、ずっとマシだったが、地学を選択していた生徒がいちばん少なかったのは事実である。

地震、火山、気象災害が頻発しているのだから、地学をもっと教えなければいけないと思う。学問分野、研究分野としても新しいことがまだまだたくさんある分野である。しかし、他の分野と比較して地学が活発に研究されないのは、お金を生み出す産業に結び付きにくいことがいちばん大きいと思う。天文や宇宙も地学の範疇だが、宇宙開発が経済活性化に還元されるまで待つにはかなりの忍耐が必要だ。


ざっくばらんに、思ったことを書いてみた。みなさんのご意見、お考えをコメント欄、ツイッターにいただけるとうれしいです。


関連記事:

寺田文行先生の「数学の鉄則」シリーズ
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/412539f939c8058c9b57368f98abce16

復刻版 チャート式 代数学、幾何学(数研出版)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/412539f939c8058c9b57368f98abce16

大学への数学(研文書院)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6124158481ed8d9d4655478643be0db8

学習参考書が電子書籍化され始めている件
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cdbd82914186c4b8dda69ab77e6efa07


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