「線型代数[改訂版]:長谷川浩司」
内容紹介:
高校の学習指導要領改訂に伴い、0章として2×2行列の基本を追加。旧版同様、丁寧に解説。基礎から応用までほぼ網羅した一冊。
本書は雑誌『数学セミナー』に2001年4月号から19回にわたり連載された原稿に加筆したものである。読者としては、おもに大学1、2年生を想定する。内容は東北大学の理系1~2年生向け講義に基いており、1990年代後半に半期で設定された工学部向け講義用のプリントが原形である。
2015年3月刊行、408ページ。
著者について:
長谷川浩司: ホームページ: http://www.math.tohoku.ac.jp/~kojihas/
1963年、静岡県榛原郡生まれ。1987年、名古屋大学大学院理学研究科数学専攻修了。博士(理学)。現在、東北大学大学院理学研究科准教授。
理数系書籍のレビュー記事は本書で319冊目。
これは今年の1月に「線形代数学入門のための教科書談義」という記事で紹介した教科書のうちの1つだ。読んでいないのに勧めるのは無責任だと思い、8月7日あたりから読み始めていた。間に何冊か量子力学系の教養書を挟んでいたのでやっと読了した。
線型代数は大学の授業で指定される教科書や演習書、自分で選ぶ副読本的な教科書でモチベーションや学習効率はずいぶん違ってくることを、あらためて感じることになった1冊だった。理数系学部の学生はおしなべて1、2年生のときに線型代数を学ぶわけだが、その学部(あるいは学科)に適した教科書、将来自分がどこまで学問を続けるかによって最適な本は違ってくる。万人にとってベストな本というのはひとつに決まらないと思うのだ。
大学時代の思い出
僕自身、大学時代は数学専攻で主に教授が自作したプリントと「詳説演習線形代数学」で学んでいた。今この演習書を読み返してみると、章の始めには教科書的な解説が書かれているし、演習問題の選び方が優れていることがわかる。カバーしている範囲も複素線形空間、抽象的な線形空間まで含んでいて十分だ。特にこの教科書は解析幾何学への応用に多くのページを割いているのが特徴だ。当時の僕は物理学に興味を持っていたわけではないから、幾何学への応用例はモチベーションアップに好都合だったと思う。幾何的なイメージを大切にしながら具体と抽象のバランスがとれた演習書である。ただしジョルダン標準形は割愛されているのでご注意いただきたい。
工学部で使われている演習書の例
工学部では複素線形空間や抽象的な線形空間をカバーしていない実線形行列の計算がほとんどの演習書が指定されることがある。3行3列、4行4列の行列式の変形計算ばかりをやらされて「線形代数って何の役に立つの?」と思ってしまうのは無理からぬことだ。
3D CGや3Dゲーム開発、電子工学や制御理論に使われるのはわかるけど、具体的に見て納得しないと気持ちが高まらないのが工学系の気質だから。昨今注目されている機械学習やディープラーニングにも線形代数は大いに役立っている。
けれどもパズルのような計算ばかりやらされる学生は「線形代数って計算が面倒なだけで、つまらないよね。」というイメージをしっかり心に刻んで卒業していくわけである。このトラウマは失恋の痛手のように時が癒してくれるようなものではなく、いつまでも続くたちが悪いものだ。
本書について
さて「線型代数[改訂版]:長谷川浩司」についてだが、物理学科の学生には最適な副読本、自習書だといえる。正直この本の内容の豊富さには驚いてしまった。章立てはこのとおり。
序章:ことはじめ
第1部 入門編:2次行列と平面の1次変換
0章 行列入門
1章 平面ベクトルと2次正方行列
2章 平面の1次変換の合成、行列式
3章 2次正方行列の対角化
4章 2次正方行列の対角化(2)
5章 解析との関連から
第2部 基本編:線型写像・次元・行列式
6章 多成分ベクトルと線型写像
7章 空間の幾何
8章 はき出し法、逆行列、階数
9章 像と核、次元定理
10章 正規直交基底など
11章 n次の行列式
12章 行列式の応用
13章 行列の対角化
第3部 展開編:一般のベクトル空間――さまざまな数学への扉
14章 一般のベクトル空間
15章 内積および正規行列
16章 行列のなす群
17章 ベクトル空間の間の演算
18章 ジョルダン標準形
19章 展望・量子力学入門
とても欲張りな本だということがわかると思う。よいと思った点は次のことだ。
- 大学1年生から読むことができる。
- 行列式の変形や逆行列、行列の標準化などの具体的な計算と意味の解説がとても丁寧。
- 線形代数で学ぶべきほぼすべての内容をカバーしている。
- 各章にはその章で扱った内容が、どのような数学に発展していくのかが具体的に例示されている。
- されにそれらの数学理論が物理学でどのように利用されていくのかが具体的に例示されている。
- 各章末にはさらに学習を深めるために次の段階として読むべき教科書とそのあらましが解説されている。
反面、この本の難点は次のようなことがあげられる。
- 分厚すぎて持ち運びに不便。巻末の50ページほどは問題の解答にあてられているので正味は350ページ。
- 教科書として指定されないことが多い。分量が多すぎてこの本をもとに授業を組み立てるのは困難。教師泣かせの教科書である。
- 大学1、2年のうちは無駄に思えてしまうほど線型代数以外のことが詳し過ぎる。3年生以上になってこの本の真価が理解できる。
難点の原因はこの本がカバーしている範囲が広いこと、記述が丁寧であることによるものだから仕方がないと言える。この本が線形代数の教科書の「ひとつの完成形」であることには違いない。
学生はどのように本書を活用すべきか
授業で線形代数を学んでいる1、2年生のうちはその進度に合わせて本書の第1部と第2部を自習すればよいわけだが、物理学科、数学科、工学部の学生は本書をどのように感じるだろうか?また、本書をどのように読んだらよいのだろうか?
物理学科の学生:
第2部あたりの線形代数から発展する数学の部分を難しく感じると思う。しかしそれらは「物理数学」として学ぶことになる内容なので、理解は不十分でも目を通しておいたほうがよい。
1、2年生のうちは物理学の学習も電磁気学に集中し、量子力学を学び始めるころなので余裕があったら第3部の第18章までを学ぶとよい。第19章は量子力学で学ぶことなので、特に焦って読む必要はない。量子力学を学び終えてから復習がてらにお読みになればよいと思う。
研究者を目指す方は、1、2年のうちに本書を卒業して「線型代数学(新装版):佐武一郎」に挑戦するとよいと思う。
数学科の学生:
第2部あたりの線形代数から発展する数学の部分は、3年生以降に選択科目として履修する内容(常微分方程式、外積代数、群論、関数解析、リー代数などの入門編)が含まれているので、自分の方向性を決めるのに役に立つだろう。第3部についても第19章を除けば同じことが言える。第19章は量子力学に興味がある人だけお読みになればよい。
数学科の学生ならば本書を学んだ上で、さらに抽象度の高い佐竹先生の教科書で学ぶことをお勧めする。名著としての誉がある教科書である。数学者の黒木玄先生もツイッターで「長谷川先生の本と佐武先生の本を両方とも読むとよい。」とおっしゃっている。(参考リンク:「黒木さん発言録: 佐武『線形代数学』と長谷川浩『線形代数』が面白いという話をまとめた」)
「線型代数学(新装版):佐武一郎」- 2015
工学部の学生(そして線形代数を学ぶその他の学部の学生):
たまたま授業で指定された教科書や演習書がカバーしている範囲が狭いと学生にとっては不幸である。与えられた教科書や演習書が全てだと思い込むことになりがちだから。本書は目次を確認したり、ざっと眺めるだけでも広い視点から線形代数で学べる内容を俯瞰でき、与えられた教科書だけだと十分でないことがわかるようになる。
線形代数は計算ばかりでつまらないと思うなら、本書の第1部と第2部だけでも読んでいただきたい。計算だけではイメージがわかないことも、その深い意味や役割、幾何的なイメージがつかめるようになるだろう。将来、専門課程に進んだり、仕事についたとき線形代数を学びなおす必要がでてきたときに、トラウマを感じないで取り組むことができるようになると思う。
またこのカテゴリーに入る学生のうち微分方程式や量子力学を学ぶ学生、そして情報工学・通信工学系の学生は「トラウマ防止」、「トラウマ解消」のような消極的な気持ちではなく、本書の第1部と第2部を積極的にお読みになるとよい。今後の勉強にきっと役に立つことだろう。
工学部や線形代数を学ぶその他の学部の学生の中にも、もちろん数学が好きで仕方がないという方もいるわけで、そのような方は本書を全部お読みになるとよいだろう。
まとめ
線型代数を学んだのは大学生のとき以来だったが、演習問題中心で学んでいた僕は本書がとても面白く、これまで学んでいた物理学や数学との結びつきが明確に印象付けられたので、とても有意義な読書となった。
本書は昨年刊行されたばかりだが、今回の改訂版は高校数学の行列の内容を第0章として加えたものだ。改訂前の教科書は「線型代数:長谷川浩司」として2004年に刊行された。改訂前の本(390ページ)の中古価格はとても安いので、高校数学の行列は不要という方は改訂前の本をお買い求めになるとよいだろう。改訂前の本をお買い求めの場合は長谷川先生のHPに掲載されている誤植情報に注意。改訂版についても誤植はほとんどないのがよいところ。
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「線型代数[改訂版]:長谷川浩司」
序章:ことはじめ
1. 連立1次方程式
2. 多変数の微積分
3. 1次変換と身近な非可換
4. 次元
5. 常微分方程式
6. シュレディンガー方程式
7. 考える道具として
8. まずは2行2列から
第1部 入門編:2次行列と平面の1次変換
0章 行列入門
0.1 行列とは
0.2 行列の加法とスカラー倍
0.3 行列の積
0.4 行列の積の性質
0.5 可換と非可換
0.6 逆行列
0.7 連立1次方程式と逆行列
0.8 まとめ
1章 平面ベクトルと2次正方行列
1.1 平面ベクトル
1.2 行列とベクトルの演算
1.3 平面の回転
1.4 行列と1次変換
1.5 まとめ
1.6 ことばの準備
2章 平面の1次変換の合成、行列式
2.1 写像の合成と行列の積
2.2 回転の合成
2.3 複素数の行列表示
2.4 逆行列と逆写像
2.5 行列式と1次変換の面積比
2.6 行列式が0のとき
3章 2次正方行列の対角化
3.1 座標系のとりかえ
3.2 直線に関する折り返し
3.3 2次曲線の概形をしらべる問題
3.4 固有ベクトルと対角化
3.5 固有方程式と固有ベクトル
3.6 対角化の例
4章 2次正方行列の対角化(2)
4.1 行列のn乗と線型漸化式
4.2 ジョルダン標準形
4.3 ケーリー――ハミルトンの定理とその応用
4.4 微分方程式とジョルダン標準形
5章 解析との関連から
5.1 2次曲面の概形
5.2 2変数の極値問題との関係
5.3 ベクトル値関数の微分方程式
5.4 行列の指数関数
5.5 回転行列とオイラーの式
第2部 基本編:線型写像・次元・行列式
6章 多成分ベクトルと線型写像
6.1 数ベクトル空間
6.2 行列とその演算
6.3 線型写像とその行列表示
6.4 いろいろな行列
6.5 スカラーの範囲が実数でない場合
6.6 ユークリッド空間、長さと内積
6.7 空間の回転を表す行列
7章 空間の幾何
7.1 直線
7.2 平面
7.3 平行6面体の体積
7.4 向きと行列式
7.5 ベクトル積
8章 はき出し法、逆行列、階数
8.1 行の基本変形、列の基本変形
8.2 行変形で逆行列を求める
8.3 列変形の意味
8.4 長方行列のとき。行列の階数
8.5 一般の連立1次方程式の解のパターン
9章 像と核、次元定理
9.1 像と核、部分ベクトル空間
9.2 次元の定義
9.3 次元の定義がうまくいっていること
9.4 次元定理
9.5 列変形の応用
9.6 はき出し法のバージョンアップ
10章 正規直交基底など
10.1 1次独立性と基底再論
10.2 部分空間の和と共通部分
10.3 正規直交基底
10.4 シュミットの直交化
10.5 直交補空間
11章 n次の行列式
11.1 3元連立1次方程式を強引に解くと
11.2 3次行列式の性質
11.3 n次行列式の定義
11.4 余因子展開と逆行列の公式
12章 行列式の応用
12.1 乗法性とその帰結
12.2 体積と行列式
12.3 向きと行列式
12.4 外積代数と小行列式
12.5 特殊な行列式
13章 行列の対角化
13.1 固有ベクトルと対角化
13.2 三角化とケーリー――ハミルトンの定理
13.3 固有空間への射影
13.4 ジョルダン標準形
第3部 展開編:一般のベクトル空間――さまざまな数学への扉
14章 一般のベクトル空間
14.1 ベクトル空間の定義
14.2 基底と次元、ベクトル空間の同型
14.3 線型写像の行列表示、基底変換の公式
14.4 線型常微分方程式の解空間
15章 内積および正規行列
15.1 内積のある空間
15.2 正規行列とテープリッツの定理
15.3 定理34の証明:同時三角化
15.4 実正規行列の標準形
15.5 実2次形式と2次曲面の概形
16章 行列のなす群
16.1 斉次でない2次式とアフィン変換
16.2 射影変換
16.3 行列のなす群と幾何学
16.4 行列の関数、とくに指数関数
16.5 リー代数入門
17章 ベクトル空間の間の演算
17.1 空間の「和」と「差」:直和と補空間
17.2 もうひとつの差:商空間とその応用
17.3 双対空間
17.4 テンソル積
18章 ジョルダン標準形
18.1 目標の定理
18.2 定数係数線型常微分方程式再論
18.3 単因子と標準形:例
18.4 単因子と標準形:一般のとき
19章 展望・量子力学入門
19.1 量子力学の枠組
19.2 調和振動子
19.3 コヒーレント状態
19.4 固有関数展開とデルタ関数
19.5 一般展開定理
付録
参考書
問題略解
索引