「数学とは何か(原書第2版):R.クーラント、H.ロビンズ、I.スチュアート」
内容紹介
クーラントが全精力を注ぎ込んでまとめあげた数学入門。基本概念を深く理解し数学的に考える事の意欲がかきたてられる偉大な古典。50年ぶりに改訂された原書第2版である。整数論や位相幾何、作図問題や微分積分など数学の基本概念を深く理解し、数学的に考えることの意欲がかきたてられる名著。改訂された原書第2版では、フェルマーの最終定理や4色問題の解決など最近の発展が補われた。日本語版では、図を見やすくするために立体視図を入れるなどさらに改善した。599ページ。
著者略歴
R.クーラント
リヒャルト・クーラント(Richard Courant, 1888年1月8日 - 1972年1月27日、現ポーランド領ルブリニツ生まれ、アメリカ合衆国ニューヨーク没)はドイツとアメリカの数学者。ウィキペディアの記事
H.ロビンズ
Herbert Ellis Robbins, 1915年1月27日 - 2001年2月12日, 20世紀を代表するアメリカの数学者、統計学者。ウィキペディアの記事
監訳者略歴
森口繁一
1916年9月11日 - 2002年10月2日、1938年東大工学部航空学科卒業、同講師、助教授、教授、1977年定年、名誉教授。1977〜82年電気通信大学教授。1982〜87年東京電機大学教授。1954年工学博士。紹介ページ
理数系書籍のレビュー記事は本書で258冊目。
クーラントといえば「数理物理学の方法」や「楕円関数論」などの専門書が有名だが、本書は数学初心者向けに書かれた入門書である。
クーラントが全精力を注ぎ込んでまとめあげた本で英語版の初版が刊行されたのは1941年だ。長年読み継がれてきた古典的名著である。内容がさすがに古くなってきたので、近年イアン・スチュアート教授が初版以降なされた「新しい発見」を書き加えて原書第2版が1996年に「What Is Mathematics?: An Elementary Approach to Ideas and Methods」(Kindle版)として刊行した。
初版の日本語版は「数学とは何か―考え方と方法への初等的接近」として1966年に刊行され、この原書第2版の日本語版が刊行されたのが2001年である。スチュアート教授が原書第2版をお書きになったのは、この古典的名著を歴史に埋もれさせてはならないというお気持ちからだった。
残念ながら日本語版の1966年版も第2版の2001年版も絶版なので中古本しか手に入らない。(復刊ドットコムでリクエストする。)
本書は科学ブログ仲間から紹介いただいた。それはおそらく僕が「大学で学ぶ数学とは」という連作記事を書き始めたからだと思う。
章立ては次のとおり。(詳細目次はこの記事のいちばん最後に掲載)古代から現代に至るまで、数学史に沿いながら発展の歴史を論理立てを重視しながら解説する。もともとの英語の文章が格調高いこともあって、日本語訳も1文が長めであるため「文学的」でさえある。今ではこのように重厚長大なスタイルで書かれた本はずいぶん減っていると思った。初学者向けの本であるとはいえ、このような文章で600ページもあるので、読み通すのはかなりしんどいと思う。
章立ては次のとおり。
第1章:自然数
第1章への補足:整数論
第2章:数学における数系
第2章への補足:集合の代数
第3章:作図法、数体の代数
第1部:作図不可能の証明と代数
第2部:作図を行うための種々の方法
第4章:射影幾何学、公理論、非Euclid幾何学
第5章:位相幾何学
第6章:函数と極限
第6章への補足:極限と連続性の例題の追加
第7章:最大と最小
第8章:微分積分学
第8章への補足:
第9章:最近の発展
「数の基礎」から始まり、初等代数へと進む。そして代数や数体と作図法の間の関係を明示する。代数と幾何がはじめの3分の1のメインテーマだ。次の3分の1はユークリッド幾何学以外の幾何学がテーマ。射影幾何学や非ユークリッド幾何学、位相幾何学(トポロジー)などである。そして最後の3分の1は関数や極限、微積分、変分法など解析学を中心に話が進む。
僕は大学時代に数学を専攻していたので、ほとんどの章の内容を知っていたが、大学数学では初等幾何学の科目はなかったので、ギリシャ時代から発展した幾何学のより高度な応用の章、作図と数の体系の関係についての章は興味深く読めた。
また第7章の「最大と最小」や第9章の「最近の発展」には、先日記事として書いた「ストッキングを使った極小曲面、最小面積曲面の実験」で紹介した「石鹸膜と最小曲面」がより詳しく解説されているのでとても興味深く読めた。特に最小曲面を線画のCGで描いたものがステレオグラムで立体視させているのが印象的だ。
文章による解説が多く、高校と大学の数学の橋渡しとしてちょうどよい。大学の数学の雰囲気を実感として理解できる内容だ。本書のように厳密な論証が自分の性に合うかどうかが数学科を志望したらよいかどうかの分かれ道になるだろう。かといって大学の数学の教科書がこの本のように親切でわかりやすいと誤解しないように注意すべきだとも思った。
なぜ数学を学ぶのか?どうして実数や関数の連続性の証明などのように、当たり前のように思えることに対して、うんざりするほど厳密で証明が必要になるのか?大学で数学を専攻するとまずぶつかるのがこのような疑問だ。これに対して教科書は何も答えてはくれない。
その問いに対して僕が考えている2つの答は次のようなものである。
- 数学が高度に進化して「抽象数学」といわれる域に達したときその世界は人間の直観ではとらえにくいものになる。そのような未知の世界で歩みを進めていくためには厳密な論理の積み重ねが唯一のよりどころになる。
- 直観的に一見当たり前のように思える事柄の中に、実はとんでもない矛盾や反例が潜んでいることがあるので厳密な論証が必要になる。
高校生にとってはユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学の違いが面白いと感じるだろう。「平行線の公準」を採用するかしないかにいよって、生み出される幾何学は全く違う様相を呈してくる。同じようなことは集合論でも生じる。集合論における前提をどのようにとるかによって、生みだされる世界は異なったものになる。というより、そもそも集合論はその前提が証明不能であること自体に高校生はまず驚かされることだろう。(連続体仮説)
「数学とは堅固な土台の上に構築された壮大な建築物なのか?それともあやふやな土台の上に築かれた砂上の楼閣なのか?」
また本書を読むうちに、次のようなことも考えるようになるだろう。
「数学の定理の証明とは(もともと存在しているものを)発見することなのか?それとも新たに創り出される発明なのか?」
これはギリシャ以来、現在に至るまで考え続けられている問いかけだ。これは初等数学から高度な抽象数学まで、それぞれ学んでいく過程で折に触れて頭を持ち上げてくる数学が持つ深遠な問いのひとつである。
さらに抽象数学とかつて呼ばれていた分野は現在、相対性理論や素粒子物理学(ゲージ理論)、超弦理論などの先端物理学の数理的な裏づけとして欠くことができなくなっていることを知っておくべきだ。そのことは以下の5つの記事で紹介している。
幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22be602fe4cee385a9939c0869c511eb
理論物理学のための幾何学とトポロジー I:中原幹夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ef0b2fcb7c87aabfcd68bbe2a567840e
理論物理学のための幾何学とトポロジー II:中原幹夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9fd93716929786316ee234a66ec4d32b
ゲージ理論とトポロジーの年表
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1050f5ac88c40f83f566ba52c142c565
時間とは何か、空間とは何か: S.マジッド、A.コンヌ、R.ペンローズ他
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d80d021f4fba492bf0e3f47615289422
もちろん抽象数学は本書がカバーしている範囲ではないが、数学の研究を進める先にはこのような世界が広がっているということで紹介させていただいた。
本書はギリシャ数学以来の「公理を重視した数学」を紹介するとともに、直観を推進力として数学が発展してきた歴史も紹介している。初等数学において直観に基づく推論はとても大切だ。
また本書では大学で学ぶ数学のうち、次の分野が含まれていないことにも注意すべきである。本書の第9章「最近の発展」で紹介しているのは最先端の数学であり、そこに至るまでには学ぶべき分野がたくさんあるのだ。
- 線形代数、ベクトル解析
- 複素関数論、複素解析
- 位相空間、群論、関数解析、統計学、測度論、確率論
- 位相幾何学(ホモロジー、ホモトピー、コホモロジー)
- 代数学(群論、加群、環論、体論、ガロア理論、数論、可換体論、リー群論、群の表現論、テンソル代数、作用素代数、圏論など)
- 微分幾何学(多次元微分幾何、微分形式、多次元微分幾何学、リーマン幾何学、射影幾何学、接続理論、モース理論)、多様体、複素幾何、代数幾何学
線型代数やベクトル解析は完成しつくされている「道具としての基礎数学」なので本書の趣旨には合わないから割愛されたのかもしれない。また、割愛されたその他の分野は高度過ぎて初学者向きでないためだと思われる。これらのうち大学に入る前から学んでおくのだったら線形代数や複素関数論あたりを予習しておくとよいだろう。
さて、次に読んで紹介する本はすでに以下の2冊決めてある。(数学書が続くので物理学ファンの読者には申し訳ないが。)
まず読むのは今日紹介した「数学とは何か(原書第2版):R.クーラント、H.ロビンズ、I.スチュアート」の続編、姉妹本とでもいうべき本だ。古代数学から現代数学まで、分野ごとの発展の歴史と現代社会、現代技術への応用例を紹介した本。数式を使わない形式で書かれているので一般の方でも十分読み解くことができる。
「無限をつかむ: イアン・スチュアートの数学物語」
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そしてその次に読むのがこちらの本。素粒子物理学(ゲージ理論)や超弦理論で重要な「アティヤ=シンガーの指数定理」を証明したアティヤ教授による「数学とは何か?」である。今日紹介した本と同じタイトルであるが、初等数学の先の抽象数学では数学の世界はどのように展開しているのだろうか。最先端の数学が描き出している世界を知るにはうってつけの本である。数式は使われていないので一般の方でも読むことができる。
「数学とは何か―アティヤ 科学・数学論集」
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関連記事:
高校生にお勧めする30冊の物理学、数学書籍
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f79ac08392742c60193081800ea718e7
大学で学ぶ数学とは(概要編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/07137c47d16d95ddde8f5c4cb6f37d55
大学で学ぶ数学とは(実用数学編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/975ad3faa2f6fd558b48c76513466945
世界を変えた17の方程式:イアン・スチュアート
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/58748ffcb6e52721fe47f7806fa14ee8
ストッキングを使った極小曲面、最小面積曲面の実験
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3f12c54ce6f853263433c39c8ed7a2b0
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「数学とは何か(原書第2版):R.クーラント、H.ロビンズ、I.スチュアート」
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第2版まえがき(1995年、Ernest D. Courant)
第2版序文(1995年、Ian Stewart)
初版への序文(1941年、R. Courant)
第2、第3および第4刷への序文(1943, 1945, 19471年、R. Courant)
本書の使い方
数学とは何か
第1章:自然数
- 序論
- 整数の計算
- 数の無限性、数学的帰納法
第1章への補足:整数論
- 序論
- 素数
- 合同式
- Pythagoras数とFermatの最終定理
- Euclidの算法
第2章:数学における数系
- 序論
- 有理数
- 通約不可能な線分、無理数、および極限の概念
- 解析幾何学に関する注意
- 無限の数学的解析
- 複素数
- 代数的数と超越数
第2章への補足:集合の代数
第3章:作図法、数体の代数
- 序論
第1部:作図不可能の証明と代数
- 基本的な作図
- 作図可能な数と数体
- 三つのギリシャの問題の回の不能性
第2部:作図を行うための種々の方法
- 幾何学的諸変換、反転
- 他の器具を使用する作図、コンパスだけを使用するMascheroniの作図
- 反転およびその応用の続き
第4章:射影幾何学、公理論、非Euclid幾何学
- 序論
- 基本概念
- 複比
- 平行性と無限遠
- 応用
- 解析的表現
- 直線定規だけでの作図問題
- 円錐曲線と2次曲面
- 公理論と非Euclid幾何学
- 付録:4次元以上の幾何学
第5章:位相幾何学
- 序論
- 多面体に対するEulerの公式
- 図形の位相的諸性質
- 位相幾何学の定理のいくつかの別例
- 面の位相的分類
- 付録
第6章:函数と極限
- 序論
- 変数と函数
- 極限
- 連続的に近づくときの極限
- 連続性の厳密な定義
- 連続函数に関する二つの基本的な定理
- Bolzanoの定理の二三の応用例
第6章への補足:極限と連続性の例題の追加
- 極限の例
- 連続性の例
第7章:最大と最小
- 序論
- 初等幾何学における諸問題
- 極値問題の基礎をなす一般原理
- 停留点および微分法
- Schwarzの3角形の問題
- Steinerの問題
- 極値と不等式
- 極値の存在、Dirichletの原理
- 等周問題
- 境界条件のある極値問題、Steinerの問題と等周問題との関係
- 変分法
- 最小問題の実験的解放、石鹸膜の実験
第8章:微分積分学
- 序論
- 積分
- 導函数
- 微分の技術
- Leibnizの記号と「無限小」
- 微分積分学の基本定理
- 指数函数および対数
- 微分方程式
第8章への補足:
- 原理的なこと
- 大きさの位数
- 無限級数および無限乗積
第9章:最近の発展
- 素数を求める公式
- Goldbach予想と双子素数
- Fermatの最終定理
- 連続体仮説
- 集合論の記号
- 4色問題
- Hausdorff次元とフラクタル
- 結び糸
- 力学の一問題
- Steinerの問題
- 石鹸膜の最小曲面
- 超準解析
付録:補足、問題、および演習問題
- 算術と代数
- 解析幾何学
- 作図問題
- 射影幾何学および非Euclid幾何学
- 位相幾何学
- 函数、極限、および連続
- 最大および最小
- 微分積分学
- 積分の技術
もっと学びたい人のための参考書
参考書の追加
原書第2版の発刊に寄せて
監訳者あとがき
索引
内容紹介
クーラントが全精力を注ぎ込んでまとめあげた数学入門。基本概念を深く理解し数学的に考える事の意欲がかきたてられる偉大な古典。50年ぶりに改訂された原書第2版である。整数論や位相幾何、作図問題や微分積分など数学の基本概念を深く理解し、数学的に考えることの意欲がかきたてられる名著。改訂された原書第2版では、フェルマーの最終定理や4色問題の解決など最近の発展が補われた。日本語版では、図を見やすくするために立体視図を入れるなどさらに改善した。599ページ。
著者略歴
R.クーラント
リヒャルト・クーラント(Richard Courant, 1888年1月8日 - 1972年1月27日、現ポーランド領ルブリニツ生まれ、アメリカ合衆国ニューヨーク没)はドイツとアメリカの数学者。ウィキペディアの記事
H.ロビンズ
Herbert Ellis Robbins, 1915年1月27日 - 2001年2月12日, 20世紀を代表するアメリカの数学者、統計学者。ウィキペディアの記事
監訳者略歴
森口繁一
1916年9月11日 - 2002年10月2日、1938年東大工学部航空学科卒業、同講師、助教授、教授、1977年定年、名誉教授。1977〜82年電気通信大学教授。1982〜87年東京電機大学教授。1954年工学博士。紹介ページ
理数系書籍のレビュー記事は本書で258冊目。
クーラントといえば「数理物理学の方法」や「楕円関数論」などの専門書が有名だが、本書は数学初心者向けに書かれた入門書である。
クーラントが全精力を注ぎ込んでまとめあげた本で英語版の初版が刊行されたのは1941年だ。長年読み継がれてきた古典的名著である。内容がさすがに古くなってきたので、近年イアン・スチュアート教授が初版以降なされた「新しい発見」を書き加えて原書第2版が1996年に「What Is Mathematics?: An Elementary Approach to Ideas and Methods」(Kindle版)として刊行した。
初版の日本語版は「数学とは何か―考え方と方法への初等的接近」として1966年に刊行され、この原書第2版の日本語版が刊行されたのが2001年である。スチュアート教授が原書第2版をお書きになったのは、この古典的名著を歴史に埋もれさせてはならないというお気持ちからだった。
残念ながら日本語版の1966年版も第2版の2001年版も絶版なので中古本しか手に入らない。(復刊ドットコムでリクエストする。)
本書は科学ブログ仲間から紹介いただいた。それはおそらく僕が「大学で学ぶ数学とは」という連作記事を書き始めたからだと思う。
章立ては次のとおり。(詳細目次はこの記事のいちばん最後に掲載)古代から現代に至るまで、数学史に沿いながら発展の歴史を論理立てを重視しながら解説する。もともとの英語の文章が格調高いこともあって、日本語訳も1文が長めであるため「文学的」でさえある。今ではこのように重厚長大なスタイルで書かれた本はずいぶん減っていると思った。初学者向けの本であるとはいえ、このような文章で600ページもあるので、読み通すのはかなりしんどいと思う。
章立ては次のとおり。
第1章:自然数
第1章への補足:整数論
第2章:数学における数系
第2章への補足:集合の代数
第3章:作図法、数体の代数
第1部:作図不可能の証明と代数
第2部:作図を行うための種々の方法
第4章:射影幾何学、公理論、非Euclid幾何学
第5章:位相幾何学
第6章:函数と極限
第6章への補足:極限と連続性の例題の追加
第7章:最大と最小
第8章:微分積分学
第8章への補足:
第9章:最近の発展
「数の基礎」から始まり、初等代数へと進む。そして代数や数体と作図法の間の関係を明示する。代数と幾何がはじめの3分の1のメインテーマだ。次の3分の1はユークリッド幾何学以外の幾何学がテーマ。射影幾何学や非ユークリッド幾何学、位相幾何学(トポロジー)などである。そして最後の3分の1は関数や極限、微積分、変分法など解析学を中心に話が進む。
僕は大学時代に数学を専攻していたので、ほとんどの章の内容を知っていたが、大学数学では初等幾何学の科目はなかったので、ギリシャ時代から発展した幾何学のより高度な応用の章、作図と数の体系の関係についての章は興味深く読めた。
また第7章の「最大と最小」や第9章の「最近の発展」には、先日記事として書いた「ストッキングを使った極小曲面、最小面積曲面の実験」で紹介した「石鹸膜と最小曲面」がより詳しく解説されているのでとても興味深く読めた。特に最小曲面を線画のCGで描いたものがステレオグラムで立体視させているのが印象的だ。
文章による解説が多く、高校と大学の数学の橋渡しとしてちょうどよい。大学の数学の雰囲気を実感として理解できる内容だ。本書のように厳密な論証が自分の性に合うかどうかが数学科を志望したらよいかどうかの分かれ道になるだろう。かといって大学の数学の教科書がこの本のように親切でわかりやすいと誤解しないように注意すべきだとも思った。
なぜ数学を学ぶのか?どうして実数や関数の連続性の証明などのように、当たり前のように思えることに対して、うんざりするほど厳密で証明が必要になるのか?大学で数学を専攻するとまずぶつかるのがこのような疑問だ。これに対して教科書は何も答えてはくれない。
その問いに対して僕が考えている2つの答は次のようなものである。
- 数学が高度に進化して「抽象数学」といわれる域に達したときその世界は人間の直観ではとらえにくいものになる。そのような未知の世界で歩みを進めていくためには厳密な論理の積み重ねが唯一のよりどころになる。
- 直観的に一見当たり前のように思える事柄の中に、実はとんでもない矛盾や反例が潜んでいることがあるので厳密な論証が必要になる。
高校生にとってはユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学の違いが面白いと感じるだろう。「平行線の公準」を採用するかしないかにいよって、生み出される幾何学は全く違う様相を呈してくる。同じようなことは集合論でも生じる。集合論における前提をどのようにとるかによって、生みだされる世界は異なったものになる。というより、そもそも集合論はその前提が証明不能であること自体に高校生はまず驚かされることだろう。(連続体仮説)
「数学とは堅固な土台の上に構築された壮大な建築物なのか?それともあやふやな土台の上に築かれた砂上の楼閣なのか?」
また本書を読むうちに、次のようなことも考えるようになるだろう。
「数学の定理の証明とは(もともと存在しているものを)発見することなのか?それとも新たに創り出される発明なのか?」
これはギリシャ以来、現在に至るまで考え続けられている問いかけだ。これは初等数学から高度な抽象数学まで、それぞれ学んでいく過程で折に触れて頭を持ち上げてくる数学が持つ深遠な問いのひとつである。
さらに抽象数学とかつて呼ばれていた分野は現在、相対性理論や素粒子物理学(ゲージ理論)、超弦理論などの先端物理学の数理的な裏づけとして欠くことができなくなっていることを知っておくべきだ。そのことは以下の5つの記事で紹介している。
幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22be602fe4cee385a9939c0869c511eb
理論物理学のための幾何学とトポロジー I:中原幹夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ef0b2fcb7c87aabfcd68bbe2a567840e
理論物理学のための幾何学とトポロジー II:中原幹夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9fd93716929786316ee234a66ec4d32b
ゲージ理論とトポロジーの年表
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1050f5ac88c40f83f566ba52c142c565
時間とは何か、空間とは何か: S.マジッド、A.コンヌ、R.ペンローズ他
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d80d021f4fba492bf0e3f47615289422
もちろん抽象数学は本書がカバーしている範囲ではないが、数学の研究を進める先にはこのような世界が広がっているということで紹介させていただいた。
本書はギリシャ数学以来の「公理を重視した数学」を紹介するとともに、直観を推進力として数学が発展してきた歴史も紹介している。初等数学において直観に基づく推論はとても大切だ。
また本書では大学で学ぶ数学のうち、次の分野が含まれていないことにも注意すべきである。本書の第9章「最近の発展」で紹介しているのは最先端の数学であり、そこに至るまでには学ぶべき分野がたくさんあるのだ。
- 線形代数、ベクトル解析
- 複素関数論、複素解析
- 位相空間、群論、関数解析、統計学、測度論、確率論
- 位相幾何学(ホモロジー、ホモトピー、コホモロジー)
- 代数学(群論、加群、環論、体論、ガロア理論、数論、可換体論、リー群論、群の表現論、テンソル代数、作用素代数、圏論など)
- 微分幾何学(多次元微分幾何、微分形式、多次元微分幾何学、リーマン幾何学、射影幾何学、接続理論、モース理論)、多様体、複素幾何、代数幾何学
線型代数やベクトル解析は完成しつくされている「道具としての基礎数学」なので本書の趣旨には合わないから割愛されたのかもしれない。また、割愛されたその他の分野は高度過ぎて初学者向きでないためだと思われる。これらのうち大学に入る前から学んでおくのだったら線形代数や複素関数論あたりを予習しておくとよいだろう。
さて、次に読んで紹介する本はすでに以下の2冊決めてある。(数学書が続くので物理学ファンの読者には申し訳ないが。)
まず読むのは今日紹介した「数学とは何か(原書第2版):R.クーラント、H.ロビンズ、I.スチュアート」の続編、姉妹本とでもいうべき本だ。古代数学から現代数学まで、分野ごとの発展の歴史と現代社会、現代技術への応用例を紹介した本。数式を使わない形式で書かれているので一般の方でも十分読み解くことができる。
「無限をつかむ: イアン・スチュアートの数学物語」

そしてその次に読むのがこちらの本。素粒子物理学(ゲージ理論)や超弦理論で重要な「アティヤ=シンガーの指数定理」を証明したアティヤ教授による「数学とは何か?」である。今日紹介した本と同じタイトルであるが、初等数学の先の抽象数学では数学の世界はどのように展開しているのだろうか。最先端の数学が描き出している世界を知るにはうってつけの本である。数式は使われていないので一般の方でも読むことができる。
「数学とは何か―アティヤ 科学・数学論集」

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高校生にお勧めする30冊の物理学、数学書籍
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大学で学ぶ数学とは(実用数学編)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/975ad3faa2f6fd558b48c76513466945
世界を変えた17の方程式:イアン・スチュアート
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/58748ffcb6e52721fe47f7806fa14ee8
ストッキングを使った極小曲面、最小面積曲面の実験
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3f12c54ce6f853263433c39c8ed7a2b0
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「数学とは何か(原書第2版):R.クーラント、H.ロビンズ、I.スチュアート」

第2版まえがき(1995年、Ernest D. Courant)
第2版序文(1995年、Ian Stewart)
初版への序文(1941年、R. Courant)
第2、第3および第4刷への序文(1943, 1945, 19471年、R. Courant)
本書の使い方
数学とは何か
第1章:自然数
- 序論
- 整数の計算
- 数の無限性、数学的帰納法
第1章への補足:整数論
- 序論
- 素数
- 合同式
- Pythagoras数とFermatの最終定理
- Euclidの算法
第2章:数学における数系
- 序論
- 有理数
- 通約不可能な線分、無理数、および極限の概念
- 解析幾何学に関する注意
- 無限の数学的解析
- 複素数
- 代数的数と超越数
第2章への補足:集合の代数
第3章:作図法、数体の代数
- 序論
第1部:作図不可能の証明と代数
- 基本的な作図
- 作図可能な数と数体
- 三つのギリシャの問題の回の不能性
第2部:作図を行うための種々の方法
- 幾何学的諸変換、反転
- 他の器具を使用する作図、コンパスだけを使用するMascheroniの作図
- 反転およびその応用の続き
第4章:射影幾何学、公理論、非Euclid幾何学
- 序論
- 基本概念
- 複比
- 平行性と無限遠
- 応用
- 解析的表現
- 直線定規だけでの作図問題
- 円錐曲線と2次曲面
- 公理論と非Euclid幾何学
- 付録:4次元以上の幾何学
第5章:位相幾何学
- 序論
- 多面体に対するEulerの公式
- 図形の位相的諸性質
- 位相幾何学の定理のいくつかの別例
- 面の位相的分類
- 付録
第6章:函数と極限
- 序論
- 変数と函数
- 極限
- 連続的に近づくときの極限
- 連続性の厳密な定義
- 連続函数に関する二つの基本的な定理
- Bolzanoの定理の二三の応用例
第6章への補足:極限と連続性の例題の追加
- 極限の例
- 連続性の例
第7章:最大と最小
- 序論
- 初等幾何学における諸問題
- 極値問題の基礎をなす一般原理
- 停留点および微分法
- Schwarzの3角形の問題
- Steinerの問題
- 極値と不等式
- 極値の存在、Dirichletの原理
- 等周問題
- 境界条件のある極値問題、Steinerの問題と等周問題との関係
- 変分法
- 最小問題の実験的解放、石鹸膜の実験
第8章:微分積分学
- 序論
- 積分
- 導函数
- 微分の技術
- Leibnizの記号と「無限小」
- 微分積分学の基本定理
- 指数函数および対数
- 微分方程式
第8章への補足:
- 原理的なこと
- 大きさの位数
- 無限級数および無限乗積
第9章:最近の発展
- 素数を求める公式
- Goldbach予想と双子素数
- Fermatの最終定理
- 連続体仮説
- 集合論の記号
- 4色問題
- Hausdorff次元とフラクタル
- 結び糸
- 力学の一問題
- Steinerの問題
- 石鹸膜の最小曲面
- 超準解析
付録:補足、問題、および演習問題
- 算術と代数
- 解析幾何学
- 作図問題
- 射影幾何学および非Euclid幾何学
- 位相幾何学
- 函数、極限、および連続
- 最大および最小
- 微分積分学
- 積分の技術
もっと学びたい人のための参考書
参考書の追加
原書第2版の発刊に寄せて
監訳者あとがき
索引